(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024050187
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】調理用刃物の刀身及び調理用刃物
(51)【国際特許分類】
B26B 9/00 20060101AFI20240403BHJP
B26B 9/02 20060101ALI20240403BHJP
A47J 47/16 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
B26B9/00 A
B26B9/02
A47J47/16 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022156877
(22)【出願日】2022-09-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第31回開催 2022NEW環境展、2022年5月25日
(71)【出願人】
【識別番号】504462836
【氏名又は名称】福田刃物工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】福田 恵介
(72)【発明者】
【氏名】古池 晃
(72)【発明者】
【氏名】北村 雅人
【テーマコード(参考)】
3C061
4B066
【Fターム(参考)】
3C061AA02
3C061BA03
3C061BA18
3C061DD20
3C061EE13
4B066AB10
4B066EE42
(57)【要約】
【課題】切れ味が良く、操作性や耐久性に優れる調理用刃物の刀身を提供する。
【解決手段】刀身10を構成する材料を炭化タングステン系超硬合金とし、刀身10の厚さである刃厚の最大値を1.1mm以上、1.4mm以下とする。加えて、第一刃角θ1度を18度以上、24度以下、第二刃角度θ2を6.0度以上、8.0度以下、第一刃幅D1を0.1mm以上、0.6mm以下、第二刃幅D2を4.0mm以上、8.0mm以下とすることができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
刀身を構成する材料が炭化タングステン系超硬合金であり、
前記刀身の厚さである刃厚の最大値が1.1mm以上、1.4mm以下である
ことを特徴とする調理用刃物の刀身。
【請求項2】
刃先線におけるある点で、該刃先線の法線方向に前記刀身を切断した断面の形状は、刃先から峰の中心に向かう直線Lに対して線対称であり、
前記断面の外形において前記刃先から前記峰に向かう両方の側辺がなす角度は、刃先側から順に第一刃角度、第二刃角度、第三刃角度と三段階で変化しており、
前記第一刃角度は18度以上、24度以下であり、前記第二刃角度は6.0度以上、8.0度以下であり、第三刃角度は第二刃角度より小さく、
前記両方の側辺がなす角度が前記第一刃角度から前記第二刃角度に変化する点と前記刃先との間の前記直線L方向における長さである第一刃幅が0.1mm以上、0.6mm以下であると共に、前記両方の側辺がなす角度が前記第二刃角度から前記第三刃角度に変化する点と前記刃先との間の前記直線L方向における長さである第二刃幅は4.0mm以上、8.0mm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の調理用刃物の刀身。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の調理用刃物の刀身が、中子を介して柄部に支持されている
ことを特徴とする調理用刃物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、調理用刃物の刀身、及び、該刀身を備える調理用刃物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
包丁やナイフなどの調理用刃物にとって、切れ味の良さや、手で握って操作する際に重心が取りやすい等の操作性の良さは、常に希求すべき課題である。旧来、調理用刃体の刀身としては鋼製のものが多用されているが、鋼製の刀身は摩耗しやすく耐久性に劣る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、切れ味が良く、操作性や耐久性に優れる調理用刃物の刀身、及び、該刀身を備える調理用刃物の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる調理用刃物の刀身は、
「刀身を構成する材料が炭化タングステン系超硬合金であり、
前記刀身の厚さである刃厚の最大値が1.1mm以上、1.4mm以下である」ものである。
【0005】
従来の調理用刃物の刀身では、刃厚の最大値は少なくとも2mmを超えている。これと比べると、本発明の刀身における刃厚の最大値1.1mm以上、1.4mm以下は、非常に小さな値である。炭化タングステン系超硬合金は剛性が高いため、刃厚の最大値を1.1mm以上、1.4mm以下という非常に小さな値としても、たわみなどの変形を生じにくい。従って、変形を抑制しながら、刀身の刃厚を1.1mm以上、1.4mm以下という非常に小さい値とすることにより、鋭い切れ味を実現することができる。刃厚の最大値は、1.2mmとすることが最も望ましい。
【0006】
また、炭化タングステン系超硬合金は硬度が高いため、本構成の刀身は摩耗しにくく耐久性が高い。一般的に、硬度の高い材料は密度が大きいため、硬度の高い材料で刀身を構成させると、刀身が重くなり、重心が取りにくいなど操作性が低下するおそれがある。これに対して、本構成では刃厚を非常に小さくしているため、硬度が高く密度が大きい材料を使用しても、重量が大きくなることを防止することができる。
【0007】
従って、本構成によれば、切れ味が良く、操作性や耐久性に優れる調理用刃物の刀身を提供することができる。
【0008】
本発明にかかる調理用刃物の刀身は、上記構成に加え、
「刃先線におけるある点で、該刃先線の法線方向に前記刀身を切断した断面の形状は、刃先から峰の中心に向かう直線Lに対して線対称であり、
前記断面の外形において前記刃先から前記峰に向かう両方の側辺がなす角度は、刃先側から順に第一刃角度、第二刃角度、第三刃角度と三段階で変化しており、
前記第一刃角度は18度以上、24度以下であり、前記第二刃角度は6.0度以上、8.0度以下であり、第三刃角度は第二刃角度より小さく、
前記両方の側辺がなす角度が前記第一刃角度から前記第二刃角度に変化する点と前記刃先との間の前記直線L方向における長さである第一刃幅が0.1mm以上、0.6mm以下であると共に、前記両方の側辺がなす角度が前記第二刃角度から前記第三刃角度に変化する点と前記刃先との間の前記直線L方向における長さである第二刃幅は4.0mm以上、8.0mm以下である」ものである。
【0009】
刃厚の最大値に加え、第一刃角度、第二刃角度、第一刃幅、及び第二刃幅を上記のような特定の範囲とすることにより、詳細は後述するように、操作性、初期切れ味、切れ味持続性、加工性、耐衝撃性に総合的に優れる刀身を、提供することができる。なお、第一刃角度は20度が、第一幅は0.3mmが、第二刃角度は7.0度が、第二刃幅は6.0mmが最も望ましい。
【0010】
次に、本発明にかかる調理用刃物は、
「上記に記載の調理用刃物の刀身が、中子を介して柄部に支持されている」ものである。
【0011】
これは、上記の刀身を備える調理用刃物の構成である。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、切れ味が良く、操作性や耐久性に優れる調理用刃物の刀身、及び、該刀身を備える調理用刃物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】(a)は刀身及び中子の平面図であり、(b)は刀身が中子を介して柄部に支持されている調理用刃物の正面図である。
【
図3】(a)は
図2(b)におけるA-A線断面図であり、(b)は
図2(b)におけるB-B線断面図ある。
【
図6】切れ味持続性の試験結果を示すグラフである。
【
図7】味覚センサによる分析結果を示すグラフである。
【
図8】味覚センサによる分析結果の一部を他社製品についての分析結果と対比したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の具体的な実施形態である調理用刃物1、及び、その刀身10について、図面を用いて説明する。調理用刃物1は、刀身10が中子30を介して柄部40に支持されているものである。本実施形態の調理用刃物1は、包丁である。
【0015】
刀身10は、炭化タングステン系超硬合金製である。炭化タングステン系超硬合金は炭化タングステンの粒子が、結合相を構成する金属によって結合した複合材料である。本実施形態の超硬合金は、結合相を構成する金属がニッケル及びクロムであるWC-Ni-Cr系超硬合金である。ニッケルを結合相とする炭化タングステン系超硬合金は、ニッケルの含有量が一定以上となると磁性を失って非磁性超硬合金となると共に、耐食性が向上する。更に結合相にクロムを含むことにより、更に耐食性が向上する。本実施形態で使用しているWC-Ni-Cr系超硬合金は、非磁性超硬合金であり、次の組成の粉末を原料として粉末冶金によって製造されたものである。
WC:69.76質量%
Ni:27.00質量%
Cr3C2:3.24質量%
【0016】
本実施形態の刀身10を構成しているWC-Ni-Cr系超硬合金の物性値は、以下のようである。
比重:12.30~12.88
ロックウェル硬度:HRA83.0~85.0
抗折力:250~380kgf/mm2以上
WC粒子径:1.0μm
ヤング率:435GPa
ポアソン比:0.25
【0017】
ここで、比重は、超硬工具協会規格CIS028B-2007に則ったアルキメデス法で測定した。ヤング率及びポアソン比は、超音波パルス法により測定した。
【0018】
刀身10の形状は、切り刃が形成されている刃先15が連続している刃先線が、刃元12から切っ先11(剣先)までカーブしている形状である。中子30は、刀身10と一体に形成されており、切っ先11とは反対側で、刀身10の幅よりも細い幅で平板状に延出している。中子30の周縁部における峰16側の部分は、刀身10の峰16と連続している。
【0019】
刃厚(刀身10の厚さ)は、切っ先11から刃元12に向かって厚くなっていると共に、刃先15から峰(背)16に向かって厚くなっている。従って、刀身10において、中子30との境界部分の峰16側が、最も刃厚の大きい部分である。この部分の刃厚を「最大刃厚T」と称すると、最大刃厚Tは1.1mm以上、1.4mm以下である。本実施形態では、中子30の厚さは刀身10の最大刃厚Tと同一である。なお、本実施形態の最大刃厚が、本発明の「刃厚の最大値」に相当する。
【0020】
刃先線におけるある点で、刃先線の法線方向に刀身10を切断した断面(以下、「刀身断面」と称する)は、特殊な形状である。すなわち、刀身断面は、
図1に示すように、刃先15から峰16の中心に向かう直線Lに対して線対称であり、刀身断面の外形において刃先15から峰16に向かう両方の側辺21,22がなす角度は、刃先15側から順に第一刃角度θ1、第二刃角度θ2、第三刃角度θ3と三段階で変化している。第一刃角度θ1は18度以上、24度以下であり、第二刃角度θ2は6度以上、8度以下であり、第三刃角度θ3は第二刃角度θ2より小さい。
【0021】
また、刀身断面において、両方の側辺21,22がなす角度が第一刃角度θ1から第二刃角度θ2に変化する点P1と刃先15との間の直線L方向における長さである第一刃幅D1は0.1mm以上、0.6mm以下であり、両方の側辺21,22がなす角度が第二刃角度θ2から第三刃角度θ3に変化する点と刃先15との間の直線L方向における長さである第二刃幅D2は4.0mm以上、8.0mm以下である。
【0022】
第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、及び第二刃幅D2が定まれば、刃厚が最大刃厚Tとなる刀身断面での第三刃角度θ3は一つに定まる。この第三刃角度θ3を、刃厚が最大刃厚Tではない刀身断面においても使用する。
【0023】
ここで、
図1では、角度の変化を明確に示すために、第一刃角度θ1、第二刃角度θ2、及び第三刃角度θ3の角度の大きさ、第一刃幅D1と第二刃幅D2の長さの関係を、実際より誇張して図示している。実際の刀身断面の例を、
図3(a),(b)に示す。
図3(a)は、
図2(b)におけるA-A線、すなわち、刃先線の接線TL1に垂直な線で刀身10を切断した刀身断面図であり、
図3(b)は
図2(b)におけるB-B線、すなわち、刃先線の接線TL2に垂直な線で刀身10を切断した刀身断面図である。これらの断面図から分かるように、切っ先11のごく近傍を除き、刃先線における任意の点で、刃先線の法線方向に刀身10を切断した刀身断面では、第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2、及び第三刃角度θ3は同一であり、両方の側辺21,22のなす角度が第三刃角度θ3である部分の直線L方向の長さのみが変化する。
【0024】
次に、最大刃厚T、第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、及び、第二刃幅D2の望ましい範囲を、上記の範囲に定めた根拠を説明する。
【0025】
<刃厚の検討>
第一刃角度θ1を20度、第一刃幅D1を0.3mm、第二刃角度θ2を7.0度、第二刃幅D2を6.0mmと一定にし、刃厚を0.9mmから1.6mmまで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S1~S8について、剛性と重量を評価した。剛性は、包丁を手で握りまな板に当てたときの変形(たわみ)の程度で評価した。重量は、包丁を手で握って動かすに当たり、重心を取りやすく操作のしやすい重量であるか否かで評価した。剛性と重量それぞれを、次のように点数を付けて評価した。その結果を表1に示す。
非常に良好:5点
良好:4点
普通:3点
不良:2点
非常に不良:1点
【0026】
【0027】
最大刃厚Tが0.9mmの包丁S1は、刀身10がたわみ易く、実用的な剛性ではないと共に、手に感じる重量が軽過ぎて重心が取りにくく、操作しにくいものであった。最大刃厚Tが1.5mm以上の包丁S7,S8は、剛性は良好であったが、重量については持ち重りして重心が取りにくく、非常に不良であった。剛性及び重量の評価を総合すると、最大刃厚Tは1.1mm以上、1.4mmの範囲が望ましく、1.1mm以上、1.3mm以下がより望ましく、評価の合計点が最大である1.2mmが最も望ましい。
【0028】
次に、包丁で食品を切断してもらった被験者による操作性評価により、第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2の検討を行った結果を示す。操作性評価は、5名の被験者が包丁でニンジン、トマト、玉ねぎを切り、操作性を次のように点数で評価した。操作性は、対象物を押し潰すような感触がなく、刀身10の移動に応答性よく切断できる場合を、非常に良好であるとし、程度によって減点して評価した。
非常に良好:5点
良好:4点
普通:3点
不良:2点
非常に不良:1点
【0029】
<第一刃角度θ1の検討>
第一刃幅D1を0.3mm、第二刃角度θ2を7.0度、第二刃幅D2を6.0mm、最大刃厚Tを1.2mmと一定にし、第一刃角度θ1を18度から40度まで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S11~S16について、操作性を評価した。その結果を表2に示す。
【0030】
【0031】
第一刃角度θ1が28度以上となると、操作性は急激に低下した。第一刃角度θ1は18度以上、24度以下が望ましく、評価点が最大である20度が最も望ましい。なお、第一刃角度θ1が18度未満の刀身10は、製造することが困難であった。
【0032】
<第一刃幅D1の検討>
第一刃角度θ1を20度、第二刃角度θ2を7.0度、第二刃幅D2を6.0mm、最大刃厚Tを1.2mmと一定にし、第一刃幅D1を0.1mmから0.9mmまで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S21~S24について、操作性を評価した。その結果を表3に示す。
【0033】
【0034】
第一刃幅D1は0.1mm以上、0.6mm以下が望ましく、評価点が最大である0.3mmが最も望ましい。
【0035】
<第二刃角度θ2の検討>
第一刃角度θ1を20度、第一刃幅D1を0.3mm、第二刃幅D2を6.0mm、最大刃厚Tを1.2mmと一定にし、第二刃角度θ2を3.0度から9.0度まで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S31~S37について、操作性を評価した。その結果を表4に示す。第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2、及び最大刃厚Tから定まる第三刃角度θ3についても、表4に併せて示す。
【0036】
【0037】
第二刃角度θ2が9.0度の包丁S37は、切断時の抵抗が大きく、ニンジンに割れが生じた。また、第二刃角度θ2が5.0度以下の包丁S31~S33は、切断対象物が刀身10に粘りつくような抵抗を感じた。第二刃角度θ2は6.0度以上、8.0度以下が望ましく、評価点が最大である7.0度が最も望ましい。また、第二刃角度θ2が6.0度以上、8.0度以下のとき、第三刃角度θ3は0.48度以上、0.80度以下であった。
【0038】
<第二刃幅D2の検討>
第一刃角度θ1を20度、第一刃幅D1を0.3mm、第二刃角度θ2を7.0度、最大刃厚Tを1.2mmと一定にし、第二刃幅D2を2.0mmから9.0mmまで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S41~S45について、操作性を評価した。その結果を表5に示す。第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2、及び最大刃厚Tから定まる第三刃角度θ3についても、表5に併せて示す。
【0039】
【0040】
第二刃幅D2が2.0mmの包丁S41、及び、第二刃幅D2が9.0mmの包丁S45は、共に抵抗が大きかった。第二刃幅D2は、4.0mm以上、8.0mm以下が望ましく、評価点が最大である6.0mmが最も望ましい。また、第二刃幅D2が4.0mm以上、8.0mm以下のとき、第三刃角度θ3は0.26度以上、0.98度以下であった。
【0041】
上記では、人の感覚による操作性の評価であったが、その他の評価として、切れ味試験機を使用した初期切れ味、切れ味試験機を使用した切れ味持続性、加工性、及び、耐衝撃性を評価した結果を次に示す。これらの評価には、上述したように、第一刃幅D1を0.3mm、第二刃角度θ2を7.0度、第二刃幅D2を6.0mm、最大刃厚Tを1.2mmと一定にし、第一刃角度θ1を18.0度から40.0度まで変化させた刀身10を柄部40に支持させた包丁S11~S16を使用した。
【0042】
<切れ味試験機による評価>
図4(a)に示すように、切っ先11を下に向けた包丁の刀身10を試験機のクランプ51に保持させ、刃先15から紙束50に一定の荷重がかかる状態で、包丁を上下に往復動させて紙を切断させる試験を行った。試験には、株式会社丸富精工製の刃物切れ味試験機を使用した。所定厚さの紙を所定の枚数重ねた紙束50を、
図4(b)に示すように一つの円筒ピン55と二つのローラー56で挟み込んで湾曲させ、円筒ピン55に刃先15が向かうように紙束50に接触させる。包丁を上下に往復動させることにより切断された紙は、刀身10から離れ、切断済みの紙と刀身10との間に摩擦が生じることがないため、刃先15を紙束50に接触させる力を一定に保つことができ、刃先15の切断性能のみを評価することができる。
【0043】
このような切れ味試験機を使用して、初期切れ味と、切れ味持続性を評価した。初期切れ味の試験では、新聞紙相当で幅7.5mmの紙を重ねた紙束50を使用し、刃先15から紙束50に8.0±0.2Nの荷重をかけた状態で、包丁を片道20mm、往復40mmで上下運動させた。10往復させたときの切断枚数(切断距離)から、一往復当たりの平均切断距離を求め、次のように点数で評価した。評価結果を、後述する表6に示す。
2.6mm以上:5点
2.0mm以上、2.5mm未満:4点
1.5mm以上、2.0mm未満:3点
1.0mm以上、1.5mm未満:2点
1.0mm未満:1点
【0044】
切れ味持続性の試験は、幅7.5mmのマットコート紙を重ねた紙束50を使用し、刃先15から紙束50に8.0±0.2Nの荷重をかけた状態で、包丁を片道40mm、往復80mmで上下運動させた。そして、一往復当たりの切断距離が0.5mmになるまでの累積切断距離を求めた。刃物による切断を続けていると徐々に切れ味が低下して行くが、切れ味が低下しにくい刃物ほど、すなわち、切れ味持続性が高い刃物ほど、累積切断距離が長い。各包丁S11~S16について、一往復当たりの切断距離を累積切断距離に対してプロットしたグラフを、
図6に示す。一往復当たりの切断距離が0.5mmになるまでの累積切断距離は、第一刃角度θ1が小さいほど長い。従って、第一刃角度θ1が小さいほど切れ味持続性が高い。
【0045】
また、一往復当たりの切断距離が0.5mmになるまでの累積切断距離を、次のように点数で評価した。評価結果を、後述する表6に示す。
4000mm以上:5点
3000mm以上、4000mm未満:4点
2000mm以上、3000mm未満:3点
1000mm以上、2000mm未満:2点
1000mm未満:1点
【0046】
<加工性の評価>
刃付け装置を使用し、所定の第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2、最大刃厚T、及び、第三刃角度θ3となるように刃付けを行った刀身10について、刃付けに伴い発生したバリの量、及び、バリの除去の容易さを加工性の指標とし、次のように点数で評価した。評価結果を、後述する表6に示す。
良好:3点
普通:2点
不良:1点
【0047】
<耐衝撃性の評価>
図5(a)に示すように、軸61周りに回動するアーム60に包丁を支持させ、高さHからアーム60の自然回動により包丁を落下させ、刃先15をステンレス製の丸棒65(SUS304製、直径Φ10mm)に衝突させた。この衝突の衝撃により、
図5(b)に示すように刀身10の刃先15に欠け19が生じる。この欠け19の長さAと深さBから、欠け19の面積を求めた。複数回の試験によって求めた欠け19の面積の平均値を、欠け難さ、すなわち耐衝撃性の指標とし、次のように点数で評価した。
0.5mm
2未満:3点
0.5mm
2以上、1.0mm
2未満:2点
1.0mm
2以上:1点
【0048】
初期切れ味、切れ味持続性、加工性、耐衝撃性の評価結果を、上述した人による操作性の評価結果と併せて表6に示す。また、表6には、これら複数の評価それぞれの点数を合計した総合評価を示す。
【0049】
【0050】
総合評価から、第一刃角度θ1は18.0度以上、24度以下が望ましく、評価点が最大である20度が最も望ましい。
【0051】
上記の評価の結果、総合的に最も望ましい包丁はS12、すなわち、第一刃角度θ1を20度、第一刃幅D1を0.3mm、第二刃角度θ2を7.0度、第二刃幅D2を6.0mm、最大刃幅を1.2mmとした包丁であった。これは、包丁S4、S22、S35、及びS43と同一であり、第三刃角度θ3は0.64度である。この包丁を使用し、ニンジン、玉ねぎ、ローストビーフ、マグロ刺身を切断対象として切断した試料について、味覚センサで甘味、旨味、苦味、酸味、及び塩味を分析した。分析にはAISSY株式会社製の味覚センサ「レオ」を使用し、同社にて分析を行った。また、本実施形態の包丁とほぼ同じ大きさで同形状の他社製包丁であるA社製包丁、及びB社製包丁についても、上記と同一個体の切断対象を切断した試料について、同様に甘味、旨味、苦味、酸味、及び塩味を分析した。A社製包丁、及びB社製包丁の刀身は何れもステンレス製である。分析結果を、
図7に示す。
【0052】
また、ニンジンの甘味、玉ねぎの苦味、ローストビーフの旨味、及びマグロ刺身の旨味について、それぞれA社製包丁、B社製包丁、及び本実施形態の包丁で切断した試料の分析値を対比したグラフを
図8(a)~
図8(d)に示す。いずれの分析値も、本実施形態の包丁で切断した試料と他社製包丁で切断した試料について、有意な差があり、本実施形態の包丁で切断した試料は他社製包丁で切断した試料に比べて、ニンジンの甘味が高く、玉ねぎの苦味が低く、ローストビーフ及びマグロ刺身の旨味が高いという結果であった。従前より、調理用刃物の切れ味は、切断された食品の味に影響すると言われていたが、上記の分析結果より、本実施形態の包丁で切断することにより、人にとって好ましい味が高められていると考えられた。
【0053】
以上のように、本実施形態によれば、第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、第二刃幅D2、最大刃厚T、及び、これによって定まる第三刃角度θ3を、所定の範囲とすることにより、操作性、初期切れ味、切れ味持続性、加工性、及び耐衝撃性について総合的に優れている調理用刃物1を提供することができる。また、本実施形態の調理用刃物1で食品を切断することにより、人にとって好ましい味が高められ、よりおいしく感じられるものとなる。
【0054】
なお、切っ先11のごく近傍あって、刀身断面の直線L方向の長さが、第一刃幅D1と第二刃幅D2の和の長さ以下である部分では、第三刃角度θ3は形成しない。調理用刃物1において切っ先11のごく近傍は、それを除く刃先15部分とは異なる切断用途に用いられる部分である。本実施形態を含む本発明では、第三刃角度θ3を形成できる範囲の刃先15の切れ味、操作性、及び耐久性を高めることを課題としている。
【0055】
刀身断面の直線L方向の長さが、第一刃幅D1と第二刃幅D2の和に等しいとき、つまり、第三刃角度θ3が形成できる部分と形成できない部分との境界について、第一刃角度θ1、第一刃幅D1、第二刃角度θ2、及び第二刃幅D2から、峰16側の刃厚を求めることができる。この刃厚を最小刃厚tとする。例えば、最大刃厚Tが1.2mm、第一刃角度θ1が20度、第一刃幅D1が0.3mm、第二刃角度θ2が7.0度、及び第二刃幅D2が6.0mm、すなわち、それぞれが最も望ましい値であるとき、最小刃厚は0.80mmである。このような刀身10では、中子30との境界部分の最大刃厚T1.2mmから最小刃厚0.80mmまで峰16側の刃厚が徐々に減少しており、更に切っ先11に向かって峰16側の刃厚が徐々に減少している。
【0056】
最小刃厚が最小値をとるのは、第一刃角度が18度、第一刃幅が0.1mm、第二刃角度が6.0度、第二刃幅が4.0mmのとき、すなわち、それぞれが望ましい数値範囲の最小値である場合であり、最小刃厚は0.44mmである。この場合、刃厚は、中子30の境界部分の最大刃厚T1.1mm~1.4mmから最小刃厚t0.44mmまで峰16側の刃厚が徐々に減少しており、更に切っ先11に向かって峰16側の刃厚が徐々に減少している。
【0057】
一方、最小刃厚が最大値をとるのは、第一刃角度が24度、第一刃幅が0.6mm、第二刃角度が8.0度、第二刃幅が8.0mmのとき、すなわち、それぞれが望ましい数値範囲の最大値である場合であり、最小刃厚tは1.29mmである。この値は、最大刃厚の最小値を超えているため、中子30の境界部分の最大刃厚Tが1.1mm以上、1.29mm以下の範囲では、刀身断面の直線L方向の長さが第一刃幅D1と第二刃幅D2の和に等しい部分まで刃厚は一定であり、切っ先11に向かって峰16側の刃厚が徐々に減少している。中子30の境界部分の最大刃厚Tが1.29mmを超え、1.4mm以下である範囲では、刃厚は最大刃厚から最小刃厚t1.29mmまで峰16側の刃厚が徐々に減少しており、更に切っ先11に向かって峰16側の刃厚が徐々に減少している。
【0058】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0059】
例えば、上記の実施形態では、調理用刃物1として包丁を示したが、これに限定するものではなく、調理用ナイフであっても良い。また、上記の実施形態では、刃先線がカーブしている調理用刃物1を示したが、刃先線が直線状である調理用刃物についても、本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0060】
1 調理用刃物
10 刀身
15 刃先
16 峰
30 中子
40 柄部
θ1 第一刃角度
θ2 第二刃角度
θ3 第三刃角度
D1 第一刃幅
D2 第二刃幅
T 最大刃厚(刃厚の最大値)