(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024050299
(43)【公開日】2024-04-10
(54)【発明の名称】多成分混合物の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20240403BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20240403BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N27/62 X
G01N30/88 C
G01N30/72 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022157099
(22)【出願日】2022-09-29
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 昭雄
(72)【発明者】
【氏名】片野 恵太
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA03
2G041DA05
2G041DA18
2G041EA04
2G041EA06
2G041FA07
2G041GA05
2G041GA06
2G041HA01
2G041LA09
(57)【要約】
【課題】石油重質留分をはじめとする多成分混合物の性状や定量の予測を高精度で実施する新たな手法を提供する。
【解決手段】
多成分混合物の質量分析方法であって、
(1)上記多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ、
(2)上記複数のフラクションの質量分析を実施するステップ、
(3)分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ、および
(4)補正された前記複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
を含む方法を提供する。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多成分混合物の質量分析方法であって、
(1)前記多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ、
(2)前記複数のフラクションの質量分析を実施するステップ、
(3)分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ、および
(4)補正された前記複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
を含む、方法。
【請求項2】
前記多成分混合物が、石油重質留分である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(1)の複数のフラクションのうち少なくとも一つのフラクションの常圧換算沸点が350℃以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(1)の複数のフラクションが、飽和分、芳香族分、レジン分およびアスファルテン分から選択される少なくとも一つのフラクションを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(1)の複数のフラクションが、飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性レジン分、多環芳香族レジン分およびアスファルテン分から選択される少なくとも一つのフラクションを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
ステップ(1)の分画処理が、石油重質留分の抽出処理、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)による分画処理、およびそれらの組合せから選択される分画処理を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
ステップ(2)の質量分析が、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)およびガスクロマトグラフィー時間飛行型質量分析法(GC-ToF)から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
ステップ(2)の質量分析が、各フラクション毎に予め設定される前処理を用いて実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
各フラクション毎に予め設定される前処理が、大気圧光イオン化法(APPI法)、レーザー脱離イオン化法(LDI法)およびエレクトロスプレーイオン化法(ESI)法から選択させる少なくとも一つのイオン方法を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ステップ(3)の検出感度補正情報が、標準物質群を用いて分子量領域毎に予め作成された検出感度分布情報を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
ステップ(3)の分子量領域は少なくとも二つの分子量領域である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
ステップ(3)の少なくとも二つの領域が100~1100(m/z)の領域を区分けしたものである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
ステップ(3)の少なくとも二つの領域が300~500(m/z)を基準として区分けされてなる、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
(5)前記複数のフラクションの元素分析値に基づき石油重質留分におけるヘテロ元素含有成分の存在量を補正するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
請求項1に記載の方法により得られる分析値に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【請求項16】
請求項1に記載の方法を実行させるためのコンピュータプログラムまたは当該コンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項17】
請求項16に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油重質留分をはじめとする多成分混合物の質量分析方法に関し、より詳細には、石油重質留分の性状や定量の予測を高精度で実施する石油重質留分の質量分析方法、当該方法に使用される装置の運転方法、それらを実行させるコンピュータプログラム、その記録媒体およびそれを記憶したコンピュータに関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製に関する諸装置の運転においては、通常、比重や粘度、蒸留性状(沸点)などの全体の物理的性状に基づいて原料油を分析し、過去の類似のデータを有する油種の運転実績を参考にして運転条件を決めるという手法がとられている。しかしながら、昨今では、輸入原油種が多様化しており、類似する過去のデータを探すことは容易ではない。さらに運転効率の向上や環境保護という面からも、単純に過去の運転実績を踏襲すればよいというものではなくなっている。
【0003】
そこで、比重や粘度、蒸留性状というような石油全体を一括りにした観点で捉えるのではなく、石油を構成している炭化水素分子というレベルでその化学構造や存在割合を把握し、それにより得られた推定物性値等の知見に基づいて運転条件を設定することができれば、より客観性に基づいた効率的な運転ができると考えられてきた。そのため、石油業界においては、石油を分子レベルで把握する技術の出現が待ち望まれてきた。
【0004】
一方、石油のような多成分混合物は膨大な数の炭化水素分子からなる混合物であり、特に重質油は分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在する。そのため、分子の一つ一つについて化学構造を特定し、それらの存在割合をも特定するというのは、非常に困難なことであった。
【0005】
そのため、石油の物性値を推定する手法として、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計(FT-ICR MS)による分析結果から求めた物質の構造から物性値を推定する手法(特許文献1、2等)等が検討されている。しかしながら、イオン化効率は分子の構造タイプに著しく依存しているため、特に重質油成分の網羅的な分析には適切な分離前処理技術が必要となる。重質油成分の分離前処理技術としては、飽和分、芳香族、レジン、アスファルテンへ分離するSARA分画法が従前広く知られており、近年では、SARA分画法を拡張した7分画法が報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2014-500506号公報
【特許文献2】特表2014-503816号公報
【特許文献3】特開2011-133363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、石油重質留分をはじめとする多成分混合物をFT-ICR MS等の質量分析法により分析する場合、該留分に含まれる各分子の分子構造、分子極性および分子量によってイオン化効率の違いがあるため、性状や定量の予測精度にしばしば大きな影響を与えうることが本発明者らの検討から明らかとなった。
【0008】
そこで、本発明は、多成分混合物の性状や定量の予測を高精度で実施する新たな分析手法を提供することを目的とするものである。
【0009】
上記の目的を達成するため、本発明者がさらに検討をしたところ、石油重質留分をはじめとする多成分混合物の質量分析で観測できる分子量範囲内の検出感度が領域によって大きく変動し得ることが判明した。そこで、本発明者らは、当該多成分混合物の分子量の測定範囲に応じて質量分析における検出感度を補正したところ、多成分混合物の性状や定量の予測精度が著しく向上することを見出した。本発明は係る知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
本発明の一実施態様において、多成分混合物の質量分析方法は、
(1)上記多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ、
(2)上記複数のフラクションの質量分析を実施するステップ、
(3)分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ、および
(4)補正された前記複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
を含む。
【0011】
また、本発明の別の実施態様においては、上記方法を用いた石油精製装置の運転方法や、それらを実行させるコンピュータプログラム、その記録媒体およびそれを記憶したコンピュータも提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、多成分混合物の性状や定量の予測を高精度で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態における石油重質留分の分析方法を説明するフローチャートである。
【
図2】本発明の一実施形態における石油重質留分を分画処理して得られる各フラクションを説明する模式図である。
【
図3】試験例1で合成し、使用した標準試薬の構造と分子量を示す模式図である。
【
図4】試験例1のFT-ICR MS測定における標準試薬(等モル混合物)の感度分布を示すグラフである。上図は、低分子量側での感度を高めた感度分布であり、2つの指数関数により近似曲線を作成している。下図は、高分子量側での感度を高めた感度分布であり、スプライン近似により近似曲線を作成している。
【
図5】試験例1において、常圧残油を7分画して得た1Aを低分子量側と低分子側でそれぞれ感度補正処理して2つのデータを得、それらのデータを連結した結果を示す。
【
図6】試験例1において、Sa、1A、2A、3A+、Poに低・高分子量側の測定と感度補正を実施し、PA、Asには高分子量側測定と感度補正を実施し、データ統合を行い、分子の沸点を算出して得た常圧残油の蒸留曲線を示す
【
図7】試験例1において、FT-ICR MSの感度補正方法の正確性を検証するため、原油全体の蒸留曲線推定したものと原油の蒸留実験結果の比較を行った結果を示す。
【
図8】試験例2において、試験サンプルのFT-ICR MSデータの補正を実施した際の補正前後でのヘテロクラスの比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
【0015】
「多成分混合物」
「多成分混合物」とは、二以上の成分からなるあらゆる混合物を包括する概念である。成分の含有割合は問わない。例えば、「多成分混合物」は「多くの芳香族化合物を主たる成分とする混合物」であってよい。より具体的には、「多成分混合物」としては、「石油」または「原油」が挙げられるが、好ましくは、「石油重質留分」である。
【0016】
多成分混合物は、ある多成分混合物を複数の成分に分画することにより得られた一つの分画物であってもよい。例えば、上記分画する複数の成分の数は、好ましくは2~5個であり、より好ましくは3~5個であり、より一層好ましくは4~5個である。成分混合物を複数の成分に分画することは、測定ピークの重なり等による精度低下を回避する観点から好ましい。
【0017】
「石油重質留分」
「石油重質留分」とは、沸点が350℃以上の留分を含む石油留分をいい、例えば、常圧残油(AR)、脱硫残油(DSAR)、重質油流動接触分解残油(CLO)、ビチューメン、減圧軽油(VGO)、および減圧残油(VR)などが含まれる。
【0018】
「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的または化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的または化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的または化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)同士は同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0019】
「構成する」
「多成分混合物を構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物およびオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
【0020】
「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
【0021】
「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
【0022】
「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオンまたは擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、または単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
【0023】
「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量および後述するDBE値等の情報は得ることができる。
【0024】
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR MS」ともいい、FT-ICR MSにより得られたスペクトルを「FT-ICR-質量分析スペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
【0025】
ただし、FT-ICR MSの特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
【0026】
「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
【0027】
「石油に関する装置」
本明細書において、「石油に関する装置」とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。「石油に関する装置」を総じて、「石油精製装置」ともいい、流動接触分解(FCC)装置、残油流動接触分解(RFCC)装置等が含まれる。
【0028】
<多成分混合物の質量分析方法>
本発明の一実施形態によれば、多成分混合物の質量方法であって、
(1)上記多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ、
(2)上記複数のフラクションの質量分析を実施するステップ、
(3)分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ、および
(4)補正された複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
を含む方法が提供される。
【0029】
多成分混合物の組成分析において、上述のような特定の分画処理と質量分析結果の補正処理とを組合せることにより、多成分混合物の性状や定量の予測精度を顕著に向上しうることは、意外な事実である。
以下、
図1のフローチャートを参照して、本発明の一実施形態における多成分混合物の質量分析方法をステップ毎に説明する。
【0030】
ステップ(1):多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ
本発明の一実施態様によれば、多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備する。
【0031】
本発明においては、多成分混合物は、質量分析に基づく予測精度を向上する観点から、多成分混合物を2以上の任意の部分に分画することにより得られた一つのフラクションとして捉え、種々のフラクションに分画処理することができる。
【0032】
多成分混合物としては、石油重質留分や、石炭、バイオ系材料等が挙げられるが、好ましくは石油重質留分である。また、多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションのうち少なくとも一つのフラクションの常圧沸点は、例えば、350℃以上、好ましくは370℃以上、より好ましくは400℃以上とされる。石油重質留分に含まれる常圧沸点が350℃以上のフラクションは、ヘテロ原子が多く構成成分が多岐にわたり、帰属を決定することが困難でありかつ定量性も悪化しうることから、質量分析結果を補正することが好ましい。
【0033】
分画処理を行うにあたって、分画物の境目とする基準または分画するための方法は特に問わないが、例えば、上記フラクションは、好ましくは、飽和分(Sa)、芳香族分、レジン分およびアスファルテン分(As)から選択される少なくとも一つを含み、より好ましくは、飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)、多環芳香族レジン分(PA)およびアスファルテン分(As)から選択される2種以上を含み、より一層好ましくは、飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)、多環芳香族レジン分(PA)およびアスファルテン分(As)を含む。
【0034】
上述のようなタイプ別の各フラクションの分画処理は、例えば、後述するとおり、特許文献3に記載の方法を準じた(1-1)~(1-3)、または(1-1)~(1-4)の工程に従い実施することができる。
【0035】
(1-1)重質油をn-パラフィンに可溶なマルテン分とそれ以外のフラクションに分離する第1工程
上記(1-1)工程は、重質油中のマルテン分を溶剤抽出し、それ以外のアスファルテン分などを除去する、いわゆる溶剤脱歴工程である。
上記(1-1)工程で使用する溶剤としては、n-ヘプタンを用いることが望ましい。
具体的な分離操作については、特に制限はなく、従来公知の方法でその後の分析に使用するマルテン分を分離すればよい。例えば、ソックスレー抽出器や不溶解分試験装置を用いて分離することができる。
【0036】
(1-2)上記(1-1)で分離したマルテン分をカラムクロマトグラフィーを用いて飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性レジン分、および多環芳香族レジン分の各フラクションに分離する第2工程
当該第2工程では、上記(1-1)で分離したマルテン分をいわゆる構造タイプ別に分離する工程である。
この工程におけるカラムクロマトグラフィーによる分離方法は、特に制限はないが、例えば、充填剤として、アルミナゲルとシリカゲルの二種類のゲルを下から順番に充填して用い、展開溶剤として、ヘプタン、トルエン、エタノール、及びクロロホルムを用いて行うことが好ましい。これらの展開溶剤は、通常この順序でカラムに投入して行う。これによって上記構造タイプ別分離が可能である。
【0037】
(1-3)上記(1-2)で得た3環以上の芳香族分を含むフラクションを分取液体クロマトグラフィー(LC)を用いて、さらに3環芳香族分、4環芳香族分、及び5環以上の芳香族分の各フラクションに分離する第3工程、
上記(1-3)工程では、上記(1-2)で得た3環以上の芳香族分を含むフラクションをさらに詳細に、芳香族分の各フラクションに分離する。
このように芳香族分の環数別分離を(1-2)と(1-3)の二工程で行うことにより、環数3,4および5の芳香族分を高精度に分離することができる。
分取液体クロマトグラフィー(LC)による分離の具体的方法としては、特に制限はないが、例えば、カラムにはNH2カラムを用い、移動相溶媒として、n-ヘキサンを用いて行う方法が好適である。
【0038】
(1-4)本発明においては、上記3工程で分離された4環芳香族分を、さらに、分取液体クロマトグラフィーによって、ピレンタイプのPeri型4環芳香族分とクリセン、ベンゾアントラセンタイプのCata型4環芳香族分に分離する第4工程を有することが好ましい。
この場合におけるカラムは、NH2カラムを用い、分離には、移動相溶としてn-ヘキサンを用いて行う方法が好適である。従って、分取クロマトグラフィーによる分離工程において、NH2カラムを用い、移動相溶媒としてn-ヘキサンを用いる場合、Peri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分は上記(1-3)の工程で同時に分離することができる。
以上、(1-1)~(1-3)の工程、もしくは(1-1)~(1-4)の工程によって、飽和分、1~4環の各芳香族分、5環以上の芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分、もしくはさらにPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分を分離することができ、ステップ(1)の分画処理が完了する。
【0039】
なお、各フラクションの分画は、上述のように実際に分画してもよいが、各フラクションに適した条件にて多成分組成物の質量分析を後述するステップ(2)にて複数回行い、得られたデータから、各フラクションに相当するデータを用いことにより分画することもできる。本発明にはかかる態様も包含される。
【0040】
ステップ(2):複数のフラクションの質量分析を実施するステップ
また、本発明の一実施態様によれば、(1)で得られた複数のフラクションの質量分析を実施する。
【0041】
上記質量分析の具体的な手法は特に制限されないが、好ましくは、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)およびガスクロマトグラフィー時間飛行型質量分析法(GC-ToF)等であり、より好ましくは、FT-ICR MSである。FT-ICR MSは、特に石油重質留分のような多成分混合物の組成や性状を予測のするうえで有利に利用することできる。
【0042】
FT-ICR MSによれば、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行うことができる。FT-ICR MSを用いるステップ(2)は、多成分混合物に対しFT-ICR MSを行い、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。即ち、重質油に対しFT-ICR MSを行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子式に該当する分子の存在割合を特定するステップである。かかるステップ(2)は、例えば、特開2020-165926号公報、特開2020-165928号公報を参照して実施することができる。
【0043】
また、ステップ(2)の質量分析においては、検出感度を向上させる観点から、各フラクション毎に予め設定される前処理を用いて実施することが好ましい。かかる前処理の好適な例としては、大気圧光イオン化法(APPI法)、レーザー脱離イオン化法(LDI法)およびエレクトロスプレーイオン化法(ESI)法またはそれらの組合せ等が挙げられる。本発明の好ましい実施形態によれば、上記前処理として、芳香族成分および多環芳香族分子を効率的にイオン化する観点から、APPI法、LDI法またはそれらの組合せを適用する。
【0044】
なお、上記質量分析の実施回数は1回であってもよいが、質量分析結果の補正精度を向上させる観点から、後述するステップ(3)で規定される分子量領域毎に当該領域に適した条件にて複数回実施することが好ましい。
【0045】
ステップ(3):分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ
本発明の一実施態様によれば、ステップ(2)で得られた複数のフラクションの各々の質量分析結果を、分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて補正する。
【0046】
上記検出感度補正情報としては、複数の標準物質を用いて分子量領域毎に予め作成された検出感度分布情報が好適に使用される。
【0047】
上記標準物質としては、例えば、Francisco, M. A.;Garcia, R.; Chawla, B.; Yung, C.; Qian, K.;Edwards, K. E.;and Green, L. A. Energy Fuels 2011, 25, 4600に記載のような、芳香族2~4環の分子(ナフタレン、フェナントレン、ピレン)とそれらをアルキル置換した分子またはその混合物等が挙げられる。
【0048】
また、上記検出感度補正情報は、例えば、上記標準物質を同一モル量で混合した標準物質群のFT-ICR MS測定により作成した検出感度分布(分子量分布)を参照して、縦軸を検出感度(Intensity)、横軸を分子量(m/z)とした検出感度-分子量曲線(近似曲線)等として準備することができる。検出感度-分子量曲線(近似曲線)等は、例えば、分子量領域毎の測定結果に応じて、指数関数曲線やスプライン曲線等を用いた公知の近似法により作成することができる。
【0049】
また、後述する実施例にも示されるように、石油重質留分の質量分析における検出感度は、試料の分子量領域に応じて大きく相違しうることが明らかとなった。したがって、石油重質留分の質量分析における検出感度分布情報は、分子量領域毎に作成することが好ましい。分子量領域毎に検出感度分布情報を作成することは、分子量領域毎に適切な検出感度に調整し、検出精度を向上する上で有利である。したがって上記検出感度分布情報は、分子量領域を少なくとも二つに区分けして作成し、分子量領域毎の一次情報をさらに組み合わせることにより作成することができる。したがって、上記検出感度分布情報における分子量領域は2以上、好ましくは2~10、より好ましくは2つの領域から構成される。上記検出感度分布情報を2つ以上の領域で構成することは、後述する実施例にも示されるとおり、測定感度を適切に調整する上で好ましい。
【0050】
また、本発明の質量分析が適用される分子量領域は、測定サンプルの性質等に応じて適宜設定してよいが、例えば、100~1100(m/z)の領域である。したがって、検出感度分布情報の作成に適用される分子量領域は、例えば、100~1100(m/z)の領域を区分けしたものであってよい。
【0051】
また、検出感度分布情報の作成に適用される分子量領域は、上述の通り、適切な感度の調整の観点から区分けすることが好ましい。分子量領域を区分ける基準分子量値は、各領域の検出感度が調和されるように適宜設定してよいが、例えば、300~500(m/z)を基準として区分けされてなる、好ましくは400~450(m/z)、より好ましくは420~425(m/z)である。
【0052】
ステップ(4):補正された複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
また、本発明の一実施態様によれば、ステップ(3)で補正された複数のフラクションの質量分析結果を統合する。例えば、上述のようなステップ(1)~(3)を複数のフラクション毎に行い、各フラクションのピーク毎に補正された質量分析値を得、それらの公知の演算ソフトを用いて加算することにより、当業者は上記質量分析結果を統合することができる。
【0053】
ステップ(5):必要に応じて、複数のフラクションの元素分析値に基づき石油重質留分におけるヘテロ元素含有成分の存在量を補正するステップ
また、本発明の一実施態様によれば、ステップ(1)の複数のフラクションに対して元素分析を行い、予め用意した元素分析補正情報に基づき、各フラクションの元素分析結果を補正し、補正された各フラクションの元素分析結果を統合することにより、石油重質留分におけるヘテロ元素含有成分の存在量を補正する。
【0054】
ステップ(5)で用いられる元素分析補正情報としては、例えば、FT-ICR MS等の質量分析から得られる元素組成の推定値と、燃焼法等で得られる実測値と誤差や比が挙げられる。かかる元素分析補正情報は、例えば、複数のフラクションの試験サンプルを用いて、質量分析(FT-ICR MS)による元素組成と燃焼法等による実測値とを予め測定し、比較することにより取得することができる。複数のフラクション毎に予め元素分析補正情報を用意し、ステップ(2)で得られる各フラクションの質量分析結果と元素分析補正情報とに基づいて公知の演算ソフトを用いて補正し、各フラクション毎に得られる元素組成の補正値を当業者は統合することができる。
【0055】
本発明の上記推算方法は、製油所の収益向上を図る観点から、石油に関する装置の運転条件の調整において利用することが可能である。したがって、好ましい態様によれば、本発明の上記方法により得られる分析値に基づいて石油に関する装置の運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。
【0056】
本発明において、一連の処理は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0057】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0058】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0059】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0060】
また、本発明の一実施態様によれば、以下が提供される。
[1]多成分混合物の質量分析方法であって、
(1)上記多成分混合物を分画処理することにより得られる複数のフラクションを準備するステップ、
(2)上記複数のフラクションの質量分析を実施するステップ、
(3)分子量領域毎に予め設定された検出感度補正情報に基づいて前記複数のフラクションの質量分析結果を補正するステップ、および
(4)補正された前記複数のフラクションの質量分析結果を統合するステップ
を含む、方法。
[2]
上記多成分混合物が、石油重質留分である、[1]に記載の方法。
[3]
ステップ(1)の複数のフラクションのうち少なくとも一つのフラクションの常圧換算沸点が350℃以上である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
ステップ(1)の複数のフラクションが、飽和分、芳香族分、レジン分およびアスファルテン分から選択される少なくとも一つのフラクションを含む、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
ステップ(1)の複数のフラクションが、飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上の芳香族分、極性レジン分、多環芳香族レジン分およびアスファルテン分から選択される少なくとも一つのフラクションを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
ステップ(1)の分画処理が、石油重質留分の抽出処理、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)による分画処理、およびそれらの組合せから選択される分画処理を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
ステップ(2)の質量分析が、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR MS)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)およびガスクロマトグラフィー時間飛行型質量分析法(GC-ToF)から選択される、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
ステップ(2)の質量分析が、各フラクション毎に予め設定される前処理を用いて実施される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
各フラクション毎に予め設定される前処理が、大気圧光イオン化法(APPI法)、レーザー脱離イオン化法(LDI法)およびエレクトロスプレーイオン化法(ESI)法から選択させる少なくとも一つのイオン方法を含む、[8]に記載の方法。
[10]
ステップ(3)の検出感度補正情報が、標準物質群を用いて分子量領域毎に予め作成された検出感度分布情報を含む、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]
ステップ(3)の分子量領域は少なくとも二つの分子量領域である、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]
ステップ(3)の少なくとも二つの領域が100~1100(m/z)の領域を区分けしたものである、[11]に記載の方法。
[13]
ステップ(3)の少なくとも二つの領域が300~500(m/z)を基準として区分けされてなる、[11]または[12]に記載の方法。
[14]
(5)前記複数のフラクションの元素分析値に基づき石油重質留分におけるヘテロ元素含有成分の存在量を補正するステップをさらに含む、[1]~[13]のいずれかに記載の方法。
[15]
[1]~[14]のいずれかに記載の方法により得られる分析値に基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
[16]
[1]~[15]のいずれかに記載の方法を実行させるためのコンピュータプログラムまたは当該コンピュータプログラムを記録した記録媒体。
[17]
[16]に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【0061】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的にまたは個別に実行されてもよい。本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
【実施例0062】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
試験例1:FT-ICR MSによる蒸留性状推定結果の改善
試料として、常圧残油を減圧蒸留することにより得られた減圧残油(VR)(重質留分に相当)であるサンプルNo.1~8を用いた。試料は、以下に示される手順に従い、溶媒抽出(ソックスレー抽出法による)とカラムクロマトグラフィーにより分離した。
図2に記載の通り、分離した分画物は、飽和分(Sa)、3種の芳香族分(1A,2A,3A+)、極性レジン分、多環芳香族レジン分(Po,PA)、アスファルテン(As)、そしてトルエン不溶分(TI)におけるTHF可溶分、THF不溶分である。より具体的な分離手法の詳細は、特許文献2の記載に準じるものとした。
【0063】
減圧残油(VR)に対し、前処理方法(第1~2工程)を行うことによって得られた飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)および多環芳香族レジン分(PA)の各フラクション、並びに、第1工程でマルテン分と分離したアスファルテン分(As)の各フラクションについて、それぞれの得率を求めた。
【0064】
(第1工程:マルテン分の分離)
容量500ミリリットルの三角フラスコに試料を7gはかりとり、n-ヘプタンを220ミリリットル加え、空気冷却管をつけてn-ヘプタン不溶解分試験器で混合物を1時間還流煮沸した。
還流煮沸後、放置冷却し、ろ紙を用いてヘプタン不溶分を分離し、マルテン分を含むフラクションを得た。
【0065】
(第2工程および第3工程:マルテン分のカラムクロマトグラフィーによる分離)
第1工程で得たマルテン分を以下の条件にて、カラムクロマトグラフィーで分離した。(1)カラムクロマトグラフィーのカラム条件
カラム:15mm×600mm(ゲル充填部分、ガラス製)
ゲル:シリカゲル40g+アルミナゲル50g(活性化後)
シリカゲル:Fuji Silysia製、Chromato Gel Grade 923AR
アルミナゲル:MP BiomebicaLs製、MP Alumina,Activated,Neutral,Super I
活性化条件:シリカゲル250℃×20h、アルミナゲル400℃×20h、0.2kg/cm2(N2ガス)加圧
試料量:1.5g(マルテン)
【0066】
(2)分離方法
以下の溶媒を順次カラムに投入し、溶出溶液を分取した。
(i)n-ヘプタン200ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液250ミリリットルまでを飽和分(Fr.Sa)としてカットする。
(ii)n-ヘプタン95%、トルエン5%混合溶媒250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液200ミリリットルまでを1環芳香族分(Fr.1A)としてカットする。
(iii)n-ヘプタン90%、トルエン10%混合溶媒250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液200ミリリットルまでをカットし、2環芳香族分(Fr.2A)とする。
(iv)トルエン250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液300ミリリットルをカットし、3環以上芳香族分(Fr.3A+)とする。
(v)エタノール250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液230ミリリットルをカットし、極性レジン(Fr.Po)とする。
(vi)クロロホルム100ミリリットルを投入する。続いて
(vii)エタノール100ミリリットルを投入し、再度(vi)、(vii)を繰り返す。
(vi)、(vii)はすべて1つのフラクションとして分取し、多環芳香族レジン(Fr.PA)とする。
【0067】
(第4工程)
第1工程で分離したヘプタン不溶分に、トルエンを220ミリリットル加え、空気冷却管をつけて混合物を1時間還流煮沸した。還流煮沸後、放置冷却し、ろ紙を用いてトルエン不溶分を分離し、トルエン可溶分(アスファルテン:As)を得た。
さらに、トルエン不溶分(TI)に、THFを220ミリリットル加え、空気冷却管をつけて混合物を1時間還流煮沸した。還流煮沸後、放置冷却し、ろ紙を用いてTHF不溶分を分離し、THF可溶分を得た。
【0068】
分画物は12テスラの超伝導マグネットを備えたFT-ICR MS(solariX 12T,ブルカーダルトニクス社製)で測定した。イオン化方法は、芳香族成分を効率的にイオン化できる大気圧光イオン化(APPI)法、および、多環芳香族分子の感度が高く、トルエン不溶分でも測定が可能であるレーザー脱離イオン化(LDI)法を用いた。ピーク検出、内部キャリブレーション、分子式の同定はComposer(Sierra Analytics社製)を用いて行った。得られた分子式から、上述した構造解析の実施ならびに原子団寄与法による推算法からハンセン溶解度(HSP)を求め、MCAMで蒸留性状の予測を実施した。
【0069】
上記測定の結果、含有成分数の多い分画は、極性レジン(Po)、芳香族3環以上(3A+)、多環レジン(PA)、アスファルテン(As)であった。
【0070】
FT-ICR MSが持つ感度分布は、分析結果の定量性に大きな影響を与えることが予備実験において確認され、特に、常圧残油をFT-ICR MS分析結果を用いて蒸留性状を推定した場合、蒸留実験データとの乖離がこれまでに確認されていた。そこで、FT-ICR MSから得られる質量分析データの定量性を向上させるため、FT-ICR MSで観測できる分子量範囲(m/z200~1200)をカバーする標準試薬を合成し、分子量に応じた検出感度の補正方法を検討した。
【0071】
FT-ICR MSの分子検出感度を補正するため、Francisco, M. A.;Garcia, R.; Chawla, B.; Yung, C.; Qian, K.;Edwards, K. E.;and Green, L. A. Energy Fuels 2011, 25, 4600に従って芳香族2~4環の分子(ナフタレン、フェナントレン、ピレン)をアルキル置換した分子を合成した。本合成法では、芳香族分子が炭素数16のアルキル鎖1~4本で置換されるため、
図3に示されるm/zの範囲に各分子が位置する。合成後、これらの分子は混合物として得られるためGPCを用いて各分子の単離を行った。その結果、
図3に示される9種の分子を単離できた。
【0072】
これら9種の分子にアルキル鎖が無い2~5環の芳香族分子(ナフタレン、フェナントレン、ピレン、ベンゾピレン)を加えた13種の標準試薬を等モル量で混合し、低分子量側と高分子量側での感度を高めた2つのFT-ICR MS測定条件でそれぞれの感度分布を求めた。その結果を
図4に示す。
図4上図では2つの指数関数で近似曲線を作成し、
図4下図ではスプライン近似を用いた。高分子量側の感度を高めた測定(
図4下段)はm/z300よりも低分子量側にほとんど感度を有しておらず、この条件の測定のみでは低分子量成分の多くをロスすることが考えられる。一方、低分子量側の感度を高めた測定(
図4上図)はm/z300付近に高い感度を有しており、高分子量側と低分子量側を別々に測定することで広範囲に渡り感度の高い測定が実現できると考えられる。
【0073】
そこで、
図4に示した2つの測定を同一の重質油試料に対して実施した後、近似曲線を用いて感度補正を行い、m/z425の位置でピーク高さが一致するように2つのデータを連結することで分子量に応じた感度補正を行う方法について検討した。データの連結位置(m/z425)は
図4に示した低・高分子量側測定の感度が互いに低くなりすぎず、補正に大きな値を必要としない境界として選定した。本法の実施例として、
図5には常圧残油を7分画して得た1Aを感度補正し、データを連結した結果を示す。感度補正を行うことでデータ連結部に発生する分布の歪みが解消され、滑らかな分子量分布が作成できていることがわかる。
【0074】
7分画した分画物のうち、Sa、1A、2A、3A+、Poに低・高分子量側の測定と感度補正を実施し、PA、Asには高分子量側測定と感度補正を実施してデータ統合を行い、特許文献2020-165956号に記載の以下に記載の式に準じて分子の沸点を算出し、得えられた常圧残油の蒸留曲線を
図6に示す。
図6には、比較のため感度補正の無い高分子量側の測定のみで作成したデータ(従来法)も示した。この結果より、感度補正した蒸留曲線は感度補正無しの場合より数十K低くなることが確認された。これは、感度補正によって低分子量側に存在する成分が大幅に補われたためと考えられる。
【0075】
【数1】
(式中、A
tb及びA
tbはそれぞれ、下記式(I-1)及び(I-2)で表される。)
【0076】
【数2】
[式中、炭素数(C
n)、水素数(H
n)、窒素数(N
n)、硫黄数(S
n)を算出することができる。
a
ρ2、b
ρ2はそれぞれ、実測値を表現できるように定められたパラメータである。
DBEは、分子式がC
cH
hN
nO
oS
sである場合、下記式(i):
【数3】
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数である。)により算出される値である。]
【0077】
このFT-ICR MSの感度補正方法の正確性を検証するため、常圧残油よりも軽質な留分の蒸留データを
図6に加え、原油全体の蒸留曲線推定したものと原油の蒸留実験結果の比較を行った。その結果を
図7に示す。これより、感度補正して得られた蒸留曲線は実験結果と良く一致しており、本方法により40~80K程度のずれを示していたFT-ICR MSによる蒸留性状推定精度を改善できることが分かった。
【0078】
試験例2:FT-ICR MSによる元素組成分析結果の改善
FT-ICR MSデータから算出されるヘテロ元素(S、N、O)の検出量を元素分析結果と比較すると乖離が見られることがあった。そこで、試験サンプルのヘテロ元素組成を求めて、FT-ICR MSデータの補正を実施した。なお、サンプルには超重質原油の常圧残油(AR)の3環以上の芳香族分(3A+)を使用した。
【0079】
補正法は以下の手順に従って実施した。
まず、FT-ICR MSで得られた数百から数万の分子式を8つの分子群に分類し、8つの分子群ごとに補正係数を算出し、8つの分子群のそれぞれの補正係数を乗じて規格化して補正する。具体的な方法として、8つの群は分子式CcHhNnOoSsに対して、(1)HC、(2)Ss、(3)SsOo、(4)Nn、(5)NnOo、(6)NnSs、(7)NnOoSs、(8)Ooに分類する。
次に、FT-ICR MSデータから算出されるヘテロ元素組成が試験サンプルの実験により求めたヘテロ元素組成になるように8つの分子群のそれぞれの補正係数を算出し、補正係数を乗じて補正を行う。
【0080】
表1にヘテロ元素補正の効果を示す。また、
図8に補正前後でのヘテロクラスの比較を示す。
【0081】
【0082】
表1および
図8に示される通り、補正により実測値と近似した値が得られた。
石油重質留分をはじめとする多成分混合物の組成分析において、特定の分画処理と質量分析結果の補正処理とを組合せることにより、多成分混合物の性状や定量の予測を高精度で実施することができる。