(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051198
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】結晶化コーティング薄膜及びその製造方法、並びに光学積層体及びこれを備えたディスプレイ、レンズ、及び物品
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20240404BHJP
G02B 1/115 20150101ALI20240404BHJP
【FI】
C23C14/08
G02B1/115
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022157232
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000108410
【氏名又は名称】デクセリアルズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】知京 豊裕
(72)【発明者】
【氏名】若生 仁志
(72)【発明者】
【氏名】ユン キョンソン
(72)【発明者】
【氏名】久保山 聡
【テーマコード(参考)】
2K009
4K029
【Fターム(参考)】
2K009AA02
2K009BB02
2K009BB12
2K009BB22
2K009CC03
2K009DD03
2K009DD06
4K029AA09
4K029AA24
4K029BA02
4K029BA43
4K029BB02
4K029BC07
4K029BD01
4K029DB05
4K029DB20
(57)【要約】 (修正有)
【課題】従来の酸化ニオブをコーティングした薄膜の機能向上を目的として、高い屈折率に加えて高い硬度も併せ持ったコーティング薄膜を、安価でかつ比較的簡便な方法により実現する。
【解決手段】酸化ニオブ(Nb2O5)及び酸化バナジウム(V2O5)を含み、VxNb1-xOy(但し、0.70≦x≦0.90、1.00≦y≦3.00)の組成比を有する、結晶化コーティング薄膜。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ニオブ(Nb2O5)及び酸化バナジウム(V2O5)を含み、VxNb1-xOy(但し、0.70≦x≦0.90、1.00≦y≦3.00)の組成比を有する、結晶化コーティング薄膜。
【請求項2】
酸化ニオブ(Nb2O5)並びに酸化バナジウム(V2O5及びV3O5)の混晶を含む結晶化コーティング薄膜。
【請求項3】
基材上に非晶質のコーティング薄膜を作製した後、酸素雰囲気の大気圧下又は減圧下で、150~350℃の温度でアニール処理することにより非晶質のコーティング薄膜を結晶化することを特徴とする、請求項1又は2に記載の結晶化コーティング薄膜の製造方法。
【請求項4】
酸素雰囲気の大気圧下又は減圧下で前記アニール処理を行う、請求項3に記載の結晶化コーティング薄膜の製造方法。
【請求項5】
透明基材と、少なくとも請求項1又は2に記載の結晶化コーティング薄膜とを備え、前記透明基材がガラス又は樹脂フィルムである、光学積層体。
【請求項6】
請求項5に記載の光学積層体を備えた、液晶表示ディスプレイ又は有機EL表示ディスプレイ。
【請求項7】
請求項5に記載の光学積層体を備えた、レンズ。
【請求項8】
請求項5に記載の光学積層体を備えた、反射防止コーティング。
【請求項9】
請求項5に記載の光学積層体を備えた、加飾コーティング。
【請求項10】
請求項5に記載の光学積層体を備えた、物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶化コーティング薄膜及びその製造方法に関する。また、本発明は、透明基材と結晶化コーティング薄膜とを備えた光学積層体、並びにこれを用いた液晶表示ディスプレイ又は有機EL表示ディスプレイなどのディスプレイ、レンズ、及び物品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンに代表されるタッチパネル機器、モバイル電子機器の増加により、液晶表示パネルや有機EL表示パネルなどのディスプレイの画面の保護層等の重要性がさらに高まっている。このような保護層等の形成を目的として、酸化ニオブ(Nb2O5)をコーティングした薄膜を用いることが知られている。酸化ニオブをコーティングした薄膜は、さまざまな特徴を備えており、非常に幅広い用途で使用されている。例えば、酸化ニオブは屈折率が2.3と比較的高く、可視光域で高屈折率が得られるという特徴があることから、レンズの材料としても用いられ、また、耐食性や耐酸性を備えていることから、自動車、建材用ガラス、ディスプレイ用の低反射膜の製造などにも使用されている。
【0003】
酸化ニオブをコーティングした薄膜を形成する方法には、公知の薄膜形成技術であるスパッタリング法や蒸着法等が用いられるが、スパッタリング法や蒸着法を用いて薄膜を形成した場合、これらの方法は低温形成による方法であるため、通常は、非晶質の膜が得られることになる。例えば、特許文献1(段落[0020])には、プラスチック基板を用いた場合、当該基板上に酸化チタンや酸化ニオブをコーティングすると、コーティングした層がアモルファス状態になっていることが原因となり、所望の効果が再現できないことから、材料の変更を余儀なくされることが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らは、ICT機器において、ディスプレイ用の画面の保護は必ずしも十分ではなく、保護層のさらなる改良が好ましいとの観点に立ち、従来の酸化ニオブをコーティングした薄膜の機能向上を目的として、高い屈折率に加えて高い硬度も併せ持ったコーティング薄膜を、安価でかつ比較的簡便な方法により実現することを、研究開発の課題とした。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、酸化ニオブをさまざまな組成比で含有する複合酸化物をコーティングした酸化物コーティング薄膜を作製し、安価でかつ比較的簡便な方法により、その非晶質性の変化に着目しつつ、高硬度化が実現するような新規な酸化物コーティング薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、酸化ニオブに対して多種多様な酸化物をさまざまな組成比で組み合わせた組成傾斜試料を調製してコーティングした酸化物コーティング薄膜を作製し、次いで、低温でのアニール処理(熱処理)を施すことにより、鋭意検討した結果、意外なことに、酸化ニオブ(Nb2O5)に対して酸化バナジウム(V2O5)を特定の組成比で調製したコーティング薄膜を作製し、次いで、低温でのアニール処理を施した場合に、酸化物コーティング薄膜が結晶化し、準安定な結晶相が形成され、ひいては当該酸化物薄膜の高硬度化が実現することを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明の要旨は、以下の通りである。
[1] 酸化ニオブ(Nb2O5)及び酸化バナジウム(V2O5)を含み、VxNb1-xOy(但し、0.70≦x≦0.90、1.00≦y≦3.00)の組成比を有する、結晶化コーティング薄膜。
[2] 酸化ニオブ(Nb2O5)並びに酸化バナジウム(V2O5及びV3O5)の混晶を含む結晶化コーティング薄膜。
[3] 基材上に非晶質のコーティング薄膜を作製した後、酸素雰囲気の大気圧下又は減圧下で、150~350℃の温度でアニール処理することにより非晶質のコーティング薄膜を結晶化することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の結晶化コーティング薄膜の製造方法。
[4] 酸素雰囲気の大気圧下又は減圧下で前記アニール処理を行う、[3]に記載の結晶化コーティング薄膜の製造方法。
[5] 透明基材と、少なくとも[1]又は[2]に記載の結晶化コーティング薄膜とを備え、前記透明基材がガラス又は樹脂フィルムである、光学積層体。
[6] [5]に記載の光学積層体を備えた、液晶表示ディスプレイ又は有機EL表示ディスプレイ。
[7] [5]に記載の光学積層体を備えた、レンズ。
[8] [5]に記載の光学積層体を備えた、反射防止コーティング。
[9] [5]に記載の光学積層体を備えた、加飾コーティング。
[10] [5]に記載の光学積層体を備えた、物品。
【発明の効果】
【0008】
本発明の特定の条件を満たす酸化ニオブ及び酸化バナジウムを含む酸化物コーティング薄膜は、従来の薄膜形成技術や低温でのアニール処理(熱処理)を使用することによって形成することができ、準安定な結晶相を含み得る結晶化コーティング薄膜であることから、従来の非晶質コーティング薄膜に比べて硬度が大幅に向上し、また、平坦性においても優れた物性を示すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例で作製した組成傾斜試料の概略断面図である。
【
図2】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料の製膜後且つアニール処理前のXRDチャートである。
【
図3】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料の製膜後且つアニール処理後のXRDチャートである。
【
図4】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料のアニール処理前及びアニール処理後の硬度計測結果である。
【
図5】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料をアニール処理した後に硬度が上昇した組成のXRDチャート及び2次元XRD像である。
【
図6】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料(製膜時の基板温度を300℃に設定)の製膜後のXRDチャートである。
【
図7】実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料(製膜時の基板温度を300℃に設定)の組成比x=0.7の2次元XRD像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施する好ましい形態の一例について説明する。ただし、下記の実施形態は本発明を説明するための例示であり、本発明は下記の実施形態に何ら限定されるものではない。
【0011】
[結晶化コーティング薄膜]
本発明の結晶化コーティング薄膜について説明する。
本発明の一実施形態では、結晶化コーティング薄膜は、酸化ニオブ(Nb2O5)及び酸化バナジウム(V2O5)を含み、VxNb1-xOyの組成比を有する。ここで、xは、好ましくは、0.65以上0.90以下であり、より好ましくは0.70以上0.85以下であり、最も好ましくは0.72以上0.80以下である。yは、好ましくは、1.00以上3.00以下であり、より好ましくは1.50以上2.50以下であり、最も好ましくは1.60以上2.00以下である。このような範囲に組成比を制御することにより、酸化ニオブ(Nb2O5)を基準として、準安定な結晶相(例えば、V3O5構造)が形成され得る条件を整えることができ、ひいては、薄膜の高硬度化の実現に寄与することができる。
また、本発明の一実施形態では、結晶化コーティング薄膜は、酸化ニオブ(Nb2O5)並びに酸化バナジウム(V2O5及びV3O5)の混晶を含む。このような構成を採用することにより、酸化ニオブに加えて、酸化バナジウムの混晶が準安定な結晶相であるV3O5構造を含むものとなり、薄膜の高硬度化の実現に寄与する。
【0012】
上記の本発明の各実施形態は、本発明者らが、複合酸化物をコーティングした酸化物コーティング薄膜の高硬度化を検討するにあたり、酸化ニオブに対して、欠陥補償を目的とした価数変化が見込まれる様々な元素との固溶化による構造制御を実施した結果、見出されたものである。すなわち、後述する実施例で示すとおり、酸化ニオブに対して、バナジウム、ハフニウム、タンタル及びタングステンの酸化物を様々な組成比で調製し、構造制御を試みて、薄膜特性を評価したところ、意外なことに、酸化バナジウム(V2O5)を特定の組成比で調製し、次いで、低温でのアニール処理を施した場合において、酸化物コーティング薄膜が結晶化し、準安定な結晶相が形成され、ひいては当該酸化物薄膜の高硬度化が実現することを見出すに至ったものである。
なお、上記の本発明の各実施形態は、結晶化コーティング薄膜そのものを対象とするものであり、当該結晶化コーティング薄膜を得るために選択された薄膜形成技術及び/又はアニール処理の種類及び条件が問われるものではない。
【0013】
[結晶化コーティング薄膜の製造方法]
次いで、本発明の結晶化コーティング薄膜の製造方法について説明する。
本発明の一実施形態では、上記の結晶化コーティング薄膜の製造方法は、基材上に、結晶化する前の非晶質のコーティング薄膜を作製(製膜)した後、アニール処理(熱処理)することにより非晶質のコーティング薄膜を結晶化することを特徴とする。アニール処理の下限温度は、好ましくは150℃、より好ましくは200℃、最も好ましくは300℃であり、アニール処理の上限温度は、好ましくは350℃、最も好ましくは300℃である。
【0014】
アニール処理の時間は、所望の結晶化が実現する条件であれば、特に限定されるものではないが、完全結晶化までの結晶化の程度や生産性及び製造コスト等の観点から、アニール処理の下限時間は、好ましくは1時間、より好ましくは2時間、最も好ましくは6時間であり、最も長い時間として好ましくは12時間である。結晶化の程度を考慮すると、概して、アニール処理温度が低い場合(低温形成)は、アニール処理の時間を長く確保することが好ましく、また、結晶化するコーティング薄膜の厚さが厚い場合は、アニール処理の時間を長くすることが好ましい。
【0015】
アニールは酸素雰囲気であれば、大気圧下であっても減圧下であっても良い。なお、アニール処理の条件は、製膜後の薄膜において酸素欠陥が多い場合は、酸素雰囲気下や大気圧下でアニール処理するのが好ましく、一方で、例えば、酸素ガス等を用いた反応性スパッタリングによる製膜後の薄膜において酸素欠陥が少ない場合(換言すると、製膜時において酸素が十分に薄膜内に取り込まれた場合)は、減圧下でアニール処理してもよく、得られる薄膜の所望の結晶化の程度に応じて、アニール処理の条件を選択することができる。すなわち、結晶化前のコーティング薄膜を得るために選択された薄膜形成技術の種類及び条件によって、適切なアニール温度(例えば300℃)を設定することにより、減圧下であっても、結晶化のためのアニール処理を実施し得る。
【0016】
本発明の一実施形態では、上記のアニール処理(熱処理)による非晶質のコーティング薄膜の結晶化と共に、又はこれに代えて、基材の種類等を考慮して、製膜中の基材温度を室温よりも高く設定することにより、基材上のコーティング薄膜の結晶化を促進してもよい。
【0017】
[光学積層体及びその用途]
次いで、本発明の光学積層体及びその用途について説明する。
本発明の一実施形態では、光学積層体は、基材と、少なくとも上記の結晶化コーティング薄膜とを備える。基材は、透明基材であることが好ましく、基材の材質は、ガラス又は樹脂フィルムであることが好ましい。
光学積層体は、一例として、互いに屈折率の異なる層を積層し、干渉効果を用いて、光学特性を制御するように設計されたものであり、そのため、基材上に、上記の結晶化コーティング薄膜と、適切に選択された他の薄膜とを積層したものを光学積層体として使用することができる。
【0018】
本発明の一実施形態では、上記の光学積層体は、液晶表示ディスプレイ又は有機EL表示ディスプレイに用いることができる。上記の光学積層体を備えた本発明の液晶表示ディスプレイ又は有機EL表示ディスプレイは、従来の非晶質の酸化ニオブ薄膜を備えたディスプレイと比べて、硬度が大幅に向上している点等において、優れた効果を奏する。
本発明の一実施形態では、上記の光学積層体は、レンズに用いることができる。上記の光学積層体を備えた本発明のレンズは、従来の非晶質の酸化ニオブ薄膜を備えたレンズと比べて、硬度が大幅に向上している点等において、優れた効果を奏する。
さらに 本発明の一実施形態では、上記の光学積層体は、反射防止コーティングや加飾コーティングなどの物品に用いることができ、当該物品は、従来の非晶質の酸化ニオブ薄膜を備えた物品と比べて、硬度が大幅に向上している点等において、優れた効果を奏する。
【0019】
これらの特徴を備えた本発明の結晶化コーティング薄膜及びその製造方法、並びに光学積層体及びこれを備えたディスプレイ、レンズ、及び物品は、前述の先行技術文献には記載も示唆もなされておらず、本発明者らの鋭意検討によって初めて見出されたものである。
【実施例0020】
以下、実施例に基づき、本発明の特定の条件を満たす酸化ニオブ及び酸化バナジウムを含む酸化物コーティング薄膜の作製及びその特性について、更に詳しく説明する。なお、これらの記載は本発明の実施形態の例示であって、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
[手順1:組成傾斜試料の調製]
図1は、本実施例で作製した組成傾斜試料の概略断面図である。以下の手順にしたがって組成傾斜試料を調製した。
【0022】
まず、基材として、10mm角の石英ガラス基板を用いた。基板を、アセトンで洗浄し、次いでエタノールで洗浄し、さらに純水で洗浄した後、UVオゾンクリーナーで清浄化処理(炭素吸着物の除去を目的としたUVオゾン処理)を施した。
次に、基板を、真空容器内に搬送し、パルスレーザー堆積法(レーザーアブレーション手法)を用いて、基板上に、酸化物薄膜層を形成して、組成傾斜試料を調製した。
【0023】
薄膜作製条件は以下の通りである。
・薄膜作製前の装置内の真空度: 5×10-8Torr未満
・基板温度: 室温(非加熱)
・導入ガス種: 最大10%オゾン含有酸素
・酸素ガス分圧: 1×10-2Torr
・レーザー波長: 248nm(KrFエキシマレーザー)
・レーザー周波数: 5Hz
・製膜用ターゲット: Nb酸化物と、他の元素(V、Hf、Ta又はWのいずれか1つ)の酸化物の2種類の酸化物焼結ターゲット(セラミックスペレット)
【0024】
酸化物薄膜層の形成による組成傾斜試料の調製の手順は、以下の通りである。
・上記の2種類の製膜用ターゲットと基板との間に、ターゲットへのレーザーの照射によって飛散したターゲット成分が通過するように窓を設けた稼働マスクを設置した。
・この窓を備えた稼働マスクを、製膜中に、薄膜の堆積方向と垂直な方向に適切に繰り返しスライドして2種類のターゲット成分が通過する割合を制御することにより、基板上に、Nb
2O
5の膜厚傾斜層(組成傾斜幅6mm)と、他の元素の酸化物の膜厚傾斜層(組成傾斜幅6mm)を交互に積層した。
・なお、
図1に示すように、Nb
2O
5の膜厚傾斜層を堆積し(堆積1)、次いで、他の元素の酸化物の膜厚傾斜層を堆積(堆積2)することにより、堆積1及び堆積2の後の基板上の堆積膜の膜厚が5Åで均一となるように、製膜中の基板と稼働マスクの位置関係を制御し、これを1サイクルとした(これにより、上記組成傾斜幅6mmの一端が、Nb
2O
5の100%領域となり、反対側の一端が、他の元素の酸化物の100%領域となる。)。
・組成傾斜試料の堆積膜の合計膜厚は、150~400nmとし、目的の膜厚まで、堆積1及び堆積2からなる1サイクルを繰り返した。なお、得られた堆積膜の膜厚は、触針式表面形状測定器(Dektak)を用いて確認した。
【0025】
上記の手順に沿って、Nb2O5と、V2O5、HfO2、Ta2O5又はWO3との組成傾斜試料を調製した。
【0026】
[手順2:製膜後の組成傾斜試料の評価]
本実施例で調製した製膜後の組成傾斜試料の構造解析をするため、2次元検出器X線回折法(2D-XRD)を用いて、酸化物薄膜層の結晶性の有無を確認した。
図2に、評価結果の一例として、実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料の製膜後のXRDチャートを示す。Nb
2O
5と、V
2O
5、HfO
2、Ta
2O
5又はWO
3との組成傾斜試料について、製膜後のXRDチャートを検証したところ、これらのすべての複合酸化物組成において、XRDチャートに回折線は確認されず、結晶性は認められず非晶質であることがわかった。
【0027】
[手順3:製膜後の組成傾斜試料のアニール処理]
製膜後の薄膜には酸素欠陥が多いことを考慮し、上記の組成傾斜試料のすべてについて、酸素雰囲気下、300℃のアニール温度で、10時間のアニール処理(熱処理)を行った。
【0028】
[手順4:製膜後且つアニール処理後の組成傾斜試料の評価]
<結晶化の有無>
手順3のアニール処理後の組成傾斜試料の構造解析をするため、手順2と同様に、2次元検出器X線回折法(2D-XRD)を用いて、酸化物薄膜層の結晶性の有無を確認した。
【0029】
図3に、評価結果の一例として、実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料の製膜後且つアニール処理後のXRDチャートを示す。
その結果、Nb
2O
5とV
2O
5との組成傾斜試料について、製膜後のXRDチャートを検証したところ、V
2O
5の割合が50%以上の組成比の領域で、orthorhombic構造が発現し、結晶化していることが判明した。
【0030】
これに反して、Nb2O5と他の元素の酸化物との組成傾斜試料、すなわち、Nb2O5と、V2O5を除くHfO2、Ta2O5又はWO3との組成傾斜試料について、製膜後のXRDチャートを検証したところ、これらのすべての複合酸化物組成についてはXRDチャートに回折線は確認されず、複合酸化物薄膜の結晶化は認められず、非晶質のままであることがわかった。
【0031】
このように、酸化ニオブに対して、バナジウム、ハフニウム、タンタル及びタングステンの酸化物を様々な組成比で調製し、構造制御を試みて、薄膜特性を評価したところ、意外なことに、酸化バナジウム(V2O5)を特定の組成比で調製し、次いで、300℃でアニール処理を施した場合においてのみ、酸化物コーティング薄膜が結晶化することが判明した。
【0032】
<硬度の向上>
次いで、実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料のアニール処理前及びアニール処理後の硬度を、マルテンス硬度計を用いて計測した。
図4にそれらの硬度計測結果(単位は[N/mm
2])を示す。
計測の結果、アニール処理(熱処理)により、いずれ傾斜組成においてもアニール処理後に硬度が向上しており、その硬度は、市販の無アルカリガラス基板(硬度計測値2417N/mm
2)よりも大きく向上している。
特に、アニール処理による結晶化が認められたV
2O
5の割合が50%以上の組成比の領域のうち、V
2O
5の割合が70%~90の組成比の領域、中でも特に75%前後の組成比の領域で、最も高い硬度のピークを示すことがわかる。その硬度は、市販の石英ガラス(硬度計測値3277N/mm
2)をはるかに凌駕している。
このことから、酸化ニオブ(Nb
2O
5)及び酸化バナジウム(V
2O
5)を含み、V
xNb
1-xO(但し、0.70≦x≦0.90)の組成比を有する、結晶化コーティング薄膜は、同一組成比の非晶質コーティング薄膜と比べて、顕著に優れた高い硬度を有することが判明した。
【0033】
<準安定相の存在>
さらに、硬度が最大となるV
2O
5の割合が75%の組成比の試料、すなわち、実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料をアニール処理した後に硬度が大幅に上昇した組成について、結晶性及び配向性を評価するため、XRDチャートと2次元XRD像を取得した。結果を
図5に示す。
図5からわかるように、XRDチャートにおいて、2θ=27度付近に強いピークがあり、2次元XRD像を併せて検証することにより、V
3O
5の(002)面の回折で強い配向が見られ、このことにより、混晶ではあるがV
3O
5の(002)配向が安定化されていることがわかる。
このことから、酸化ニオブ(Nb
2O
5)並びに酸化バナジウム(V
2O
5及びV
3O
5)の混晶を含み、V
3O
5の準安定相を有する結晶化コーティング薄膜は、V
xNb
1-xOとした表記した場合の同一組成比の非晶質コーティング薄膜と比べて、顕著に優れた高い硬度を有することが判明した。
【0034】
<製膜時の基板温度の影響について>
さらに、製膜時の基板温度の影響を調べるため、製膜時の基板温度を300℃に設定した以外は、上記の実施例と同様に実験を行い、酸化物薄膜層の結晶性の有無を確認した。
図6に、この実施例で作製したNb
2O
5とV
2O
5の組成傾斜試料(製膜時の基板温度を300℃に設定)の製膜後のXRDチャートを示す。
その結果、Nb
2O
5とV
2O
5との組成傾斜試料について、製膜後のXRDチャートを検証したところ、V
2O
5の割合が約70%以上の組成比の領域で、orthorhombic構造が発現し、結晶化していることが判明した。 次いで、上記のNb
2O
5とV
2O
5との組成傾斜試料のうち、V
2O
5の割合が70%の組成について、配向性を評価するため、2次元XRD像を取得した。結果を
図7に示す。
図7からわかるように、混晶ではあるがV
3O
5の(002)配向も安定化されていることが確認できる。
このことから、製膜時の基板温度を300℃に設定した場合、製膜後にアニール処理を施さない場合でも、酸化ニオブ(Nb
2O
5)並びに酸化バナジウム(V
2O
5及びV
3O
5)の混晶を含むことが確認され、V
xNb
1-xOとした表記した場合の同一組成比の非晶質コーティング薄膜と比べて、顕著に優れた高い硬度を有することが期待される。
【0035】
[総括]
以上の通り、実施例の記載及び各図に示した測定結果及び評価結果から、酸化ニオブ(Nb2O5)及び酸化バナジウム(V2O5)を含み、VxNb1-xO(但し、0.70≦x≦0.90)の組成比を有する結晶化コーティング薄膜、並びに、酸化ニオブ(Nb2O5)並びに酸化バナジウム(V2O5及びV3O5)の混晶を含む結晶化コーティング薄膜が、これらの組成比にある非晶質コーティング薄膜と比べて、顕著に優れた高い硬度を有することが示された。
また、実施例の記載及び各図に示した測定結果及び評価結果から、このような特定の組成比で調製された酸化ニオブ(Nb2O5)と酸化バナジウム(V2O5)の複合酸化物コーティング薄膜に対して、低温でのアニール処理(熱処理)を施すことにより、コーティング薄膜が結晶化して得られることが示された。さらに、製膜時の基板温度を例えば300℃に調整した場合、製膜後にアニール処理を施さない場合であっても、コーティング薄膜が結晶化して得られることが示された。
本発明の結晶化コーティング薄膜は、従来の非晶質コーティング薄膜に対して機能が向上しており、高い屈折率と高い硬度を併せ持つため、スマートフォンに代表されるタッチパネル機器、モバイル電子機器の画面などの素子の保護等、ITC機器を含む多種多様な物品の保護膜等として用いるのに好適である。また、本発明の光学積層体も同様に所望の光学特性と高い硬度を併せ待つため、多種多様な物品に適用することができ、機械特性の点で物品の信頼性に直接寄与する特性を有することから、産業上の利用価値は大きい。