IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人早稲田大学の特許一覧

<>
  • 特開-オートファジー亢進剤 図1
  • 特開-オートファジー亢進剤 図2
  • 特開-オートファジー亢進剤 図3
  • 特開-オートファジー亢進剤 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051242
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】オートファジー亢進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20240404BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20240404BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20240404BHJP
   A61K 8/44 20060101ALI20240404BHJP
   A23L 33/175 20160101ALI20240404BHJP
【FI】
A61K31/198
A61P1/04
A61Q19/00
A61K8/44
A23L33/175
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022157299
(22)【出願日】2022-09-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.集 会 名 :「第26回 日本フードファクター学会 学術集会」JSoFF2021 掲載年月日:2021年11月6日 掲載アドレス:https//:jsoff2021.wixsite.com/jsoff 開 催 日 :2021年11月20日~11月21日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム「大学・エコシステム推進型 大学推進型」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 太一
【テーマコード(参考)】
4B018
4C083
4C206
【Fターム(参考)】
4B018MD19
4B018ME14
4C083AC581
4C083AC582
4C083CC02
4C083CC05
4C083DD31
4C083EE12
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA53
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA05
4C206NA14
4C206ZA68
(57)【要約】
【課題】腸管上皮組織及び皮膚組織におけるオートファジー亢進剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明者らは、D-アミノ酸に対してオートファジー亢進活性の有無を検討したところ、D-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)に優れたオートファジー亢進活性を有することを見出し、本発明を完成させた。具体的には、本発明は、D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)からなる群から選択される1種以上のD-アミノ酸を含有する腸管上皮細胞及び皮膚組織に対するオートファジー亢進剤を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)からなる群から選択される1種以上のD-アミノ酸を含有することを特徴とする、オートファジー亢進剤。
【請求項2】
オートファジー亢進作用が、腸管上皮組織又は皮膚組織に対する作用であることを特徴とする、請求項1に記載のオートファジー亢進剤。
【請求項3】
前記オートファジー亢進剤が、炎症性腸疾患の予防又は治療のための医薬組成物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオートファジー亢進剤。
【請求項4】
前記炎症性腸疾患が、潰瘍性大腸炎又はクローン病から選択されることを特徴とする、請求項3に記載のオートファジー亢進剤。
【請求項5】
前記オートファジー亢進剤が、炎症性腸疾患の予防のための食品組成物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオートファジー亢進剤。
【請求項6】
前記オートファジー亢進剤が、皮膚のバリア機能の保全又は美容のための化粧品組成物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のオートファジー亢進剤。
【請求項7】
前記皮膚のバリア機能の保全に対する作用が、皮膚の保湿作用であることを特徴とする、請求項6に記載のオートファジー亢進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D-アスパラギン酸(D-Asp)及び/又はD-トリプトファン(D-Trp)を含有するオートファジー亢進剤に関し、本オートファジー亢進剤は、炎症性腸炎の予防又は治療のための医薬組成物、炎症性腸疾患の予防のための食品組成物、及び、スキンケアのための化粧品組成物として使用される。
【背景技術】
【0002】
オートファジー (Autophagy) は、細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つであり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行ったり、細胞質内に侵入した病原微生物を排除したりすることで生体の恒常性維持に関与している。
【0003】
一方、腸管は食品の消化吸収のみならず、生体最大の免疫器官としての機能も有している。腸管免疫の機能不全は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患を発症することが明らかとなっている (非特許文献1,2)。近年、炎症性腸疾患に関するゲノムワイドな解析から、オートファジー関連遺伝子の変異が報告されており、疾患発症の原因の一つとしてオートファジーの機能不全が注目されている(非特許文献3)。また、腸管組織特異的オートファジー関連遺伝子欠損マウスを用いた解析から、オートファジーの機能不全により炎症性サイトカインが過剰産生され、炎症性腸疾患様症状を引き起こすことが明らかとなっている(非特許文献4)。一方、大腸炎を発症するマウスを用いた研究において、オートファジー活性化剤であるラパマイシンを投与することにより、その症状が軽減することが報告されている(非特許文献5)。したがって、腸管においてオートファジーを活性化する医薬成分や食品成分は、炎症性腸疾患の予防及び/又は治療に寄与することが考えられる。
【0004】
L型アミノ酸はたんぱく質を構成する栄養成分であり、オートファジーにおいては抑制的に作用すると考えられている。一方、その鏡像異性体であるD型アミノ酸は、植物や発酵食品、腸内細菌の代謝産物と腸内に豊富に存在することが知られているが、腸細胞のオートファジーに及ぼす役割については報告がない。
【0005】
また、皮膚組織におけるオートファジー活性化の役割は、現在、明らかになっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bernard Khor, et al., Nature. 2011;474(7351):307-317.
【非特許文献2】Daniel C Baumgart,et al.,The Lancet. 2012;380:1590-1605.
【非特許文献3】Bernard Khor, Agnes Gardet, et al., Nature. 2011; 474(7351):307-317.
【非特許文献4】Minori Kubota, et al., PLoS One. 2019;14(11):e0225066.
【非特許文献5】Yutaka Kurebayashi, et al.,Cell Reports. 2012;1:360-373.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、腸管上皮組織又は皮膚組織におけるオートファジー亢進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、D-アミノ酸に対してオートファジー亢進活性の有無を検討したところ、D-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)に優れたオートファジー亢進活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
具体的には、本発明は、D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)からなる群から選択される1種以上のD-アミノ酸を含有することを特徴とする、オートファジー亢進剤を提供する。
【0010】
本発明のオートファジー亢進剤において、オートファジー亢進作用が、腸管上皮組織又は皮膚組織に対する作用である場合がある。
【0011】
前記オートファジー亢進剤が、炎症性腸疾患の予防又は治療のための医薬組成物である場合がある。
【0012】
本発明のオートファジー亢進剤において、前記炎症性腸疾患が、潰瘍性大腸炎又はクローン病から選択される場合がある。
【0013】
前記オートファジー亢進剤が、炎症性腸疾患の予防のための食品組成物である場合がある。
【0014】
前記オートファジー亢進剤が、皮膚のバリア機能の保全又は美容のための化粧品組成物である場合がある。
【0015】
本発明のオートファジー亢進剤において、前記皮膚のバリア機能の保全に対する作用が、皮膚の保湿作用である場合がある。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、腸管上皮組織や皮膚組織におけるオートファジー亢進剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】GFP-LC3-RFPを発現するCaco-2細胞を用いたD-アスパラギン酸(D-Asp)、D-トリプトファン(D-Trp)、陽性対照としてのTorin 1、陰性対照としてのBafilomycin A1(BafA1)及びErk阻害剤のGFP/RFP ratioに与える影響、すなわち、各検体のオートファジー活性に及ぼす効果を評価した結果を表した図(*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.005を表す)。データは平均値±SDを表す。
図2】A:培養Caco-2細胞でのH2O2誘導酸化ストレスに対する細胞生存率に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。B:培養Caco-2細胞でのMG132誘導プロテオストレスに対する細胞生存率に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。C:H2O2とMG132 の組み合わせで処理した培養Caco-2細胞の細胞生存率に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。D:H2O2とMG132 の組み合わせで処理した培養Caco-2細胞のIL-8排泄に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。
図3】A:培養Caco-2細胞でのN-アセチルムラミル-L-アラニル-D-イソグルタミン水和物(ムラミルジペプチド、以下「MDP」と記載)誘導IL-8上昇に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c、d)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。B:培養Caco-2細胞でのTNF(Tumor Necrosis Factor)-α誘導IL-8上昇に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。C:培養Caco-2細胞でのMDP誘発腸炎におけるNF-κBシグナル伝達に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。また、IKBKBはInhibitor of nuclear factor kappa B kinase subunit betaを、CXCL8はC-X-C motif chemokine ligand 8を、CXCL6はC-X-C motif chemokine ligand 6を表す。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。D:培養Caco-2細胞でのTNF-α誘発腸炎におけるNF-κB シグナル伝達に及ぼすD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用を評価した図。図中の文字(a、b、c)は、同じ文字を共有しない処理が統計的に有意(p<0.05)であることを示す。データは平均値±SDを表す。
図4】培養HaCaT細胞でのオートファジー活性に及ぼす各種D-アミノ酸の及ぼす作用を評価した図。*はp<0.05を、***はp<0.005を表す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態は、D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)からなる群から選択される1種以上のD-アミノ酸を含有するオートファジー亢進剤である。該オートファジー亢進剤は、医薬組成物、食品組成物及び化粧品組成物として使用できる。以下に、これらを説明する。
【0019】
1.腸管上皮様細胞におけるオートファジー活性亢進剤
近年、オートファジー活性を定量的に評価できる蛍光プローブとして、GFP-LC3-RFPが開発されている(Takeshi Kaizuka, et al., Molecular Cell. 2016;64:835-849)。本プローブは翻訳された後、システインプロテアーゼである ATG4によりGFP-LC3とRFPに切断される。GFP-LC3はオートファジーの進行に伴い、分解されるのに対し、RFPは細胞質にとどまる。従って、GFP/RFP ratioを比較することでオートファジー活性を定量的に解析可能である(図1)。
【0020】
本発明では、Caco-2細胞におけるオートファジー活性の定量的評価系の樹立を目的として、レトロウイルスベクターを用いて、GFP-LC3-RFP遺伝子を安定発現する細胞株の作製を行った。
【0021】
GFP-LC3-RFP遺伝子を安定発現する細胞株を用いて、本発明者らは、D-アミノ酸に対してオートファジー亢進活性の有無を検討したところ、D-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)に優れたオートファジー亢進活性を有することを見出した(図1)。
【0022】
そこで、本発明は、D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)からなる群から選択される1種以上のD-アミノ酸を含有する腸管上皮細胞に対するオートファジー亢進剤を提供することができる。
【0023】
上記のとおり、オートファジーの機能不全により炎症性サイトカインが過剰産生され、炎症性腸疾患様症状を引き起こすことが明らかとなっている(非特許文献4)。一方、大腸炎を発症するマウスを用いた研究において、オートファジー活性化剤であるラパマイシンを投与することにより、その症状が軽減することが報告されている(非特許文献5)。そこで、オートファジー亢進剤として、炎症性腸疾患の予防又は治療のための医薬組成物を提供できる。
【0024】
本発明のオートファジー亢進剤において、前記炎症性腸疾患の例として、潰瘍性大腸炎又はクローン病を選択することができる。
【0025】
また、本発明のオートファジー亢進剤として、炎症性腸疾患の予防のための食品組成物やスキンケアのための化粧品組成物を提供できる。
【0026】
本発明の医薬組成物は、D-トリプトファン(D-Trp)又はD-アスパラギン酸(D-Asp)に、薬学的に許容可能な医薬品添加剤を添加して、例えば、錠剤、カプセル剤、細粒剤、注射剤等の製剤として医薬組成物を調製し、オートファジー活性亢進効果を必要とするヒトを含む哺乳動物に投与することにより、使用できる。
【0027】
前記医薬製剤の調製に使用される薬学的に許容可能な医薬品添加剤は、当業者に公知の、安定化剤、抗酸化剤、pH調整剤、緩衝剤、懸濁剤、乳化剤、界面活性剤等の添加物を添加して、調製することができる。これらの医薬品添加剤の種類及びその用法・用量は、医薬品添加物事典2007(日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社、2007年7月)などに記載され、これらの記載に従って調製し、使用することができる。
【0028】
より具体的には、安定化剤として酒石酸、クエン酸、コハク酸、フマル酸等の有機酸が、抗酸化剤として例えばアスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン又は没食子酸プロピル等が、pH調整剤として希塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液等が、緩衝剤としてクエン酸、コハク酸、フマル酸、酒石酸若しくはアスコルビン酸又はその塩類、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、アスパラギン酸、アラニン若しくはアルギニン又はその塩類、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、水酸化マグネシウム、リン酸若しくはホウ酸又はその塩類が、懸濁剤又は乳化剤としてレシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリソルベート又はポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレン共重合物等が、界面活性剤として例えばポリソルベート80、ラウリル硫酸ナトリウム又はポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等が使用できるが、これらに限定されない。
【0029】
上記製剤に含まれる有効成分化合物の量は、特に限定されず広範囲に適宜選択されるが、通常、全組成物中0.5~95重量%、好ましくは1~30重量%含む。
【0030】
本発明にかかる医薬組成物の投与量は、症状の程度、年齢、性別、体重、投与形態・塩の種類、薬剤に対する感受性差、疾患の具体的な種類等に応じて異なるが、通常、成人の場合は1日あたり経口投与で約1 mg~約1000 mg(好ましくは約10 mg~約500 mg)、注射剤の場合には、体重1Kgあたり、約1 μg~約3000 μg(好ましくは約3 μg~約1000 μg)を1日に1回投与又は2~6回に分けて使用することができる。
【0031】
本発明の食品組成物においては、酵母や乳酸菌、アルコールなどを用いた発酵過程を施すことにより、L-アミノ酸のラセミ化が起こり D-アミノ酸が生成されることが報告されている(Giorgia Letizia Marcone, et al., Applied Microbiology and Biotechnology. 2020;104:555-574)。これらの発酵過程を施した食品を使用することにより、D-アスパラギン酸(D-Asp)及び/又はD-トリプトファン(D-Trp)を含有するオートファジー亢進剤としての食品組成物を提供することができる。
【0032】
また、食品組成物においても、上記医薬組成物の経口剤と同様に、適切な食品添加剤又は医薬品添加剤を加えて調製することにより、炎症性腸疾患の予防のために、ヒトを含む哺乳動物に摂取させることができる。
【0033】
2.皮膚角化細胞におけるD-アミノ酸のオートファジー亢進活性
下記実施例で示されるように、D-アスパラギン酸(D-Asp)とD-トリプトファン(D-Trp)に、相対的GFP/RFP比に対する統計学的有意な低下作用、即ち、オートファジー亢進効果を認めた。本結果は、D-アスパラギン酸(D-Asp)やD-トリプトファン(D-Trp)を皮膚のバリア機能の増進又は維持のための化粧品組成物として使用できる。
【0034】
前記化粧品組成物は、D-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)に、本技術分野で周知の添加剤を加え、例えば、軟膏剤等の外用剤とすることで使用できる。また、前記医薬品添加物事典2007(日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社、2007年7月)などに記載された外用剤用医薬品添加物を用い、これらの記載に従って外用剤としての化粧品組成物を調製し、使用することができる。
【0035】
前記外用剤におけるD-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)の含有量は、例えば、0.1~10質量%の濃度で作製し、使用できる。ヒトへの適用としては、1日当たりの有効成分量として、0.01g~1g/人の使用が好ましい。
【0036】
以下、実施例で詳細に説明する。なお、本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例0037】
1.試薬
D-アスパラギン酸(D-Asp、カタログNo.A0545)、D-トリプトファン(D-Trp、カタログNo. T0539)を始めとした各種D-アミノ酸は東京化成工業株式会社より購入し使用した。
Torin 1はMillipore社から購入し使用した。Bafilomycin A1、Puromycin Dihydrochloride、Protein Assay BCA Kit、D-MEM(High Glucose) without L-Glutamine and Phenol Red、Penicillin-Streptomycin、Non-essential Amino Acidsは富士フイルム和光純薬株式会社(大阪、日本)から購入し使用した。Protease Inhibitor Cocktail TabletsはRoche社から購入した。pMRX-IP-GFP-LC3-RFPはAddgene(米国)から購入し使用した。Erk阻害剤であるPD184352は、Selleck Biotech株式会社(東京、日本)より購入し使用した。
ヒト組換え腫瘍壊死因子-α(TNF-α)及びヒトIL-8(CXCL8)ELISAキットは、富士フイルム株式会社(東京、日本)から購入し、使用した。N-アセチルムラミル-L-アラニル-D-イソグルタミン水和物(ムラミルジペプチド、以下「MDP」と記載)は、Merck KGaA社 (ダルムシュタット、ドイツ) から購入し、使用した。
【0038】
2.D-アミノ酸のオートファジー活性の測定
(1) Caco-2細胞の培養
ヒト腸管上皮様細胞であるCaco-2細胞は、20% Fetal bovine serum (FBS)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン、1% Non-essential Amino Acidsを含むダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM)を用いて、37℃、5% CO2存在下で培養した。
【0039】
(2) 遺伝子導入と安定発現株の作製
GFP-LC3-RFPを発現するCaco-2細胞は、レトロウイルスベクターを用いて遺伝子導入することにより作製した。レトロウイルスは、HEK293FT細胞にFuGENE HD (Promega)を用いて、pMRX-IP-GFP-LC3-RFP、pCG-gag/pol、pCG-VSV-Gをコトランスフェクションし、72時間培養することで作製した。その後、ウイルス粒子を含む培養上清を回収した。次に、Caco-2細胞に回収したレトロウイルスを感染させ、5μg/mLのPuromycinを含む培地でセレクション した。
【0040】
(3) Caco-2細胞におけるオートファジー活性の測定
GFP-LC3-RFPを発現するCaco-2細胞を12 well plate 1.0×105細胞/ウェルで播種し、被験検体を加え、24時間培養した。サンプル処理後、細胞をPBSで洗浄し、0.25%トリプシンで37℃、3分間インキュベートすることで細胞を回収した。その後、Cellometer(登録商標)Vision (Nexcelom Bioscience LLC)を用いて、蛍光強度を測定した。GFP、RFPの蛍光強度の定量は、FCS Express4 (De Novo Software)を用いて行った。次に、オートファジー活性の指標としてGFP/RFP ratioを算出した。なお、統計学的解析は、SPSS統計プログラム(バージョン19.0、IBM社、アーモンク、ニューヨーク、米国)を用いて、一元配置分散分析(ANOVA)を行った。続いて、事後検定として、Tukeyのテストにより、対比較を統計的に分析した。以下の実験においても、同様の統計学的解析を行った。
【0041】
(4) 実験結果
既知のオートファジー誘導剤であるTorin 1(mTOR阻害剤)、及び、オートファジー抑制剤であるBafilomycin A1(オートファゴソームとリソソームとの融合阻害剤)を用いて作製した細胞におけるオートファジー活性を検証した。共 焦点顕微鏡観察では、Torin 1処理によるGFP蛍光の減弱、Bafilomycin A1処理によるオートファゴソームの蓄積が観察された。そこで、セロメーターを用いて、定量的解析を行った。
【0042】
その結果、1μMのTorin 1処理によって、GFPの蛍光強度の減少、0.2mMのBafilomycin A1処理によって、GFPの蛍光強度の増加が示された。一方で、両処理においてRFPの蛍光強度に影響は認められなかった(図示せず)。従って、Control細胞と比較して、 GFP/RFP ratioはTorin 1処理で有意な減少が示され、Bafilomycin A1(BafA1と記載)処理で有意な増加が示された(図1)。これらの結果から、Caco-2細胞におけるオートファジー活性の亢進及び抑制の双方を定量的に解析可能な評価系が樹立されたと言える。
【0043】
また、同時に、Torin 1処理やBafilomycin A1処理と同一の実験系で、2.5mMのD-アスパラギン酸(D-Asp)、D-トリプトファン(D-Trp)、及びErk阻害剤である5μMのPD184352について、オートファゴソーム活性を評価した。
【0044】
その結果、D-アスパラギン酸(D-Asp)、D-トリプトファン(D-Trp)、及びErk阻害剤で、GFP/RFP ratioの統計学的有意な低下、すなわち、オートファゴソーム活性に対する亢進活性を認めた。
【0045】
3.TNF-α、MDPに対するD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用の評価
(1) 細胞培養
Caco-2 細胞を24ウェルプレートに5×104細胞/ウェルの密度で播種し、通常のダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM)(20% FBS及び1%ペニシリン-ストレプトマイシンを含む)で、前培養後、細胞培地を100ng/mL TNF-α又は10μg/mL MDPを含有するD-MEMで交換し、2.5mMのD-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)で24時間処理した。処理後、細胞上清を1.5mL チューブに回収し、2000×g で10分間遠心分離して死細胞を除去し、上清を使用してIL-8(CXCL8) ELISAテストを実施し、IL-8濃度を測定した。
【0046】
(2) 細胞生存率
細胞を1×104細胞/ウェルの密度で96ウェルプレートに播種し、37℃、5% CO2 存在下で 24時間前培養した。次に、細胞の培地を2.5mMのD-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)を含むD-MEMに交換し、100MMのH2O2、10μMのMG132、10μg/mLのMDP又は100ng/mLのTNF-αの存在下処理し、細胞をさらに24時間培養した。製造元のマニュアルに従って、細胞の生存率をCCK-8キット(DOJINDO)で分析した。簡潔に説明すると、100μLの培地と10μLのCCK-8 試薬を各ウェルに加え、37℃のインキュベーターで1時間処理した。各ウェルの吸光度は、450nmの波長でプレート リーダーによって測定した。細胞生存率は、対照群に対して正規化された比率で計算した。
【0047】
(3) IL8 ELISA
細胞を2×105細胞/ウェルの密度で24ウェルプレートに播種し、37℃、5% CO2 存在下で 24時間前培養した。次に、細胞の培地を 2.5mMのD-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)を含む DEME に交換し、1μM Torin 1、1mM H2O2、10μM MG132、10μg/mLのMDP又は100ng/mLのTNF-α の存在下処理し、細胞をさらに 24時間培養した。処理後、細胞上清を1.5mLチューブに回収し、2000×gで10分間遠心分離して死細胞を除去した後、上清を新しい1.5mLチューブに移し、10000×gで遠心分離してデブリを除去し、得られた上清を分離した。新しい 1.5mLチューブに移し、ELISA検出用に準備した。
【0048】
マニュアルの指示に従って、ヒトIL-8(CXCL8)ELISAキット(富士フイルム和光株式会社、東京、日本)をIL-8検出に使用した。簡潔に言えば、マニュアルの推奨に従って、サンプルを2倍に希釈した。100μLのサンプル希釈液とブランクとしてのサンプル反応液を各ウェルに加えた。プレートシールで覆い、マイクロプレートシェーカーを使用して500rpmで振とうしながら、室温で2時間インキュベートした。溶液を捨て、300μLの洗浄バッファーで3回洗浄した。次に、100μLのビオチン化抗体を各ウェルに加え、新しいプレートシールで覆い、室温で1時間、500rpmで振盪しながらインキュベートした。次に、溶液を捨て、300μLの洗浄バッファーで3回洗浄した。HRP結合ストレプトアビジン100μLを各ウェルに添加した。新しいプレートシールで覆い、約500rpmで振とうしながら、室温でさらに 2 時間インキュベートした。溶液を捨て、300μLの洗浄バッファーで 5 回洗浄した。最後に、100μLのTMB溶液を各ウェルに加えた。そして、新しいプレートシールで覆った。室温で30分間インキュベートし、100μLのStop Solutionを各ウェルに加えた。約5秒間振とうし、すぐに450nmの吸光度を測定した。
【0049】
(4) RT-qPCR
ReliaPrep(登録商標)RNA cell Miniprep システム (Promega、Madison、WI、USA) を使用してRNAを抽出した。ReverTra Ace(登録商標) qPCR RT Master Mix とgDNAリムーバーキット(東洋紡株式会社、大阪、日本)を使用して、抽出した全RNAをcDNAに逆転写した。再現性を確保するために、3つの独立した複製を調べた。IKBKB、CXCL8、CXCL6、及びNFKB1の発現は、次の反応混合物を用いてRT-qPCRを使用して測定した。フォワード及びリバースターゲットプライマー、及び8.5μLのヌクレアーゼフリー水、Thermal Cycler Dice(登録商標)Real Time System III (タカラバイオ株式会社、滋賀、日本) を使用した。サーマルサイクリング条件は、95℃で30秒間の初期変性ステップ、その後、95℃で5秒間、60℃で30秒間の40サイクルで実施した。遺伝子発現は、内部コントロールとしてGAPDHの幾何平均に対して正規化した。
【0050】
(5)実験結果
(i) H2O2誘導酸化ストレス及びMG132誘導プロテオストレスに対するD-アミノ酸誘導細胞保護オートファジーの効果
D-アミノ酸活性化オートファジーのさまざまな細胞刺激に対する効果を調べるために、H2O2誘導酸化ストレス及びMG132誘導プロテオストレス下でD-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)を細胞に添加して細胞生存率アッセイを行った。興味深いことに、より高いオートファジー活性を持つ細胞は、H2O2誘導酸化ストレス下で有意に高い細胞生存率を示した(図2A、p<0.05)。同様に、Torin 1、D-アスパラギン酸(D-Asp)、及びD-トリプトファン(D-Trp) で処理した細胞も、MG132誘導プロテオストレス下でより高い細胞生存率を示した (図2B、p<0.05)。
【0051】
さらに、H2O2とMG132の組み合わせで処理し、Torin 1、D-アスパラギン酸(D-Asp)、及び D-トリプトファン(D-Trp)を補充した細胞では、Torin 1で処理した細胞のみが有意に高い細胞生存率を示し(図2C、p<0.05)、一貫して、Torin 1を添加した細胞は、H2O2とMG132の併用処理でより低いIL-8排泄を示した(図2D、p<0.05)。
【0052】
D-アスパラギン酸(D-Asp)とD-トリプトファン(D-Trp)は、酸化ストレスとプロテオストレスから細胞を保護する細胞保護オートファジーを誘導したが、誘導された細胞保護オートファジーは、酸化ストレスとプロテオストレスの組み合わせの効果を逆転させることはできなかったことを示した。
【0053】
(ii) D-アミノ酸がオートファジーを活性化させ、腸の炎症を誘発するさまざまな要因に及ぼす影響
腸の炎症を誘発するためにTNF-α又はムラミルジペプチド(MDP、細菌細胞壁成分)を選択し、1μMのTorin 1、2.5mMのD-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)を補給して、腸の炎症に対するオートファジー活性化の影響を検討した。
【0054】
結果は、D-トリプトファン(D-Trp)とTorin 1がMDP誘導IL-8上昇を有意に減少させたが(図3A、p<0.05)、どちらもTNF-α誘導IL-8上昇には影響を及ぼさなかった(図3B、p>0.05)ことを示した。
【0055】
なお、図3A図3Bで示される実験において、「Erk」はErk阻害剤を表す。Erk阻害剤としてはPD184352という化学試薬を用いた。本実験では、D-アスパラギン酸(D-Asp)及びD-トリプトファン(D-Trp)がErk1/2の活性化(リン酸化)を抑制するため、Erk阻害剤をポジティブコントロールとして処理し、D-Asp及びD-トリプトファン(D-Trp)の作用にErkキナーゼの阻害が原因となっているかを検討した。
【0056】
MDPによって誘発される腸の炎症は、NF-κBシグナル伝達に関連することが実証されている。したがって、RT-qPCRを実行してNF-κBシグナル伝達のmRNA発現を検討した。
【0057】
予想どおり、D-トリプトファン(D-Trp)及びTorin 1の補給により、MDP誘発腸炎におけるNF-κBシグナル伝達が正常化された(図3C、p<0.05)。TNF-α誘発性腸炎症において、すべての処置の間で有意差はなかった(図3D、p>0.05)。
【0058】
また、図3C図3Dで示される実験において、「IKBKB」、「CXCL8」、「CXCL6」はqPCR解析で使用する遺伝子で、炎症マーカーであり、これらの遺伝子を測定した。MDP又はTNF-α誘発による腸の炎症モデルでは、これらの遺伝子の発現増加は細胞が炎症状態にあることを意味し、D-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)の投与によりこれらの遺伝子の発現が減少し、D-アスパラギン酸(D-Asp)又はD-トリプトファン(D-Trp)が細胞の炎症を改善したことが示された。
【0059】
これらのデータは、オートファジーの活性化が細菌の侵入による腸の炎症を軽減する可能性があることを示しているが、サイトカインを介した炎症には有意な効果は認めなかった。
【0060】
4.皮膚角化細胞であるHaCaT細胞に対するD-アミノ酸の作用の評価
(1) 実験方法
GFP-LC3-RFPを発現するHaCaT細胞は、上記GFP-LC3-RFPを発現するCaco-2細胞と同様に、レトロウイルスベクターを用いて遺伝子導入することにより作製した。
【0061】
このGFP-LC3-RFPを発現するHaCaT細胞を1.5×105細胞/ウェルの密度で12ウェルプレートに播種し、10% FBS及び1%ペニシリン-ストレプトマイシンを含むD-MEMで37℃、5% CO2存在下で24時間前培養した。次いで、細胞培地を、10% FBS、1%ペニシリン-ストレプトマイシン及び2.5mMの各種D-アミノ酸を含有するD-MEMに交換し、さらに24時間培養した。次に、細胞を200μLの0.25%トリプシンで回収し、200μLのPBSで希釈した。細胞のGFP及びRFPは、フローサイトメトリー(SONY、SA3800 Spectral Cell Analyzer)によって分析した。
【0062】
(2) 実験結果
D-アスパラギン酸(D-Asp)とD-トリプトファン(D-Trp)に、相対的GFP/RFP比に対する統計学的有意な低下作用、即ち、オートファジ―亢進効果を認めた。本結果は、D-アスパラギン酸(D-Asp)やD-トリプトファン(D-Trp)を皮膚(角化細胞)の健康増進又は維持のための化粧品組成物として使用できることを示すものである。
図1
図2
図3
図4