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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051704
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】光送信機、及びバイアス制御方法
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/025 20060101AFI20240404BHJP
   H04B 10/516 20130101ALI20240404BHJP
   H04B 10/077 20130101ALI20240404BHJP
【FI】
G02F1/025
H04B10/516
H04B10/077 190
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158005
(22)【出願日】2022-09-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/ポスト5G情報通信システムの開発/ポスト5G情報通信システムにおけるテラビット光伝送システムの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】松浦 秀行
(72)【発明者】
【氏名】小牧 浩輔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 秀利
(72)【発明者】
【氏名】石堂 勝利
【テーマコード(参考)】
2K102
5K102
【Fターム(参考)】
2K102AA20
2K102BA03
2K102BB04
2K102BC04
2K102CA01
2K102CA09
2K102DA02
2K102DB05
2K102DD03
2K102EA02
2K102EA26
2K102EB06
2K102EB16
2K102EB20
2K102EB22
2K102EB29
5K102AA51
5K102AH02
5K102LA04
5K102LA32
5K102LA52
5K102MA01
5K102MB04
5K102MC30
5K102MD01
5K102MD02
5K102MD03
5K102MH02
5K102MH13
5K102MH27
5K102PH02
5K102PH31
5K102PH49
5K102RD05
5K102RD12
5K102RD26
(57)【要約】
【課題】挿入損失の波長依存性を抑制した光送信機とバイアス制御方法を提供する。
【解決手段】光送信機は、InP系材料を用いたマッハツェンダ型の光変調器と、前記光変調器に印加される直流バイアスを制御するバイアス制御部と、前記光変調器の出力光をモニタしてモニタ信号を生成するモニタ部と、前記バイアス制御部によるバイアス制御の前段で、波長に応じて前記モニタ信号の利得を前記光変調器の挿入損失の波長依存性を補償する方向に補正する補正部と、を有する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
InP系材料を用いたマッハツェンダ型の光変調器と、
前記光変調器に印加される直流バイアスを制御するバイアス制御部と、
前記光変調器の出力光をモニタしてモニタ信号を生成するモニタ部と、
前記バイアス制御部によるバイアス制御の前段で、波長に応じて前記モニタ信号の利得を前記光変調器の挿入損失の波長依存性を補償する方向に補正する補正部と、
を有する光送信機。
【請求項2】
前記モニタ部は、前記光変調器の前記出力光の一部を検出する光検出器と、前記光検出器で得られる光電流を電圧信号に変換するトランスインピーダンスアンプと、前記トランスインピーダンスアンプから出力される電圧信号に含まれる所定の周波数成分を取り出すバンドパスフィルタと、前記バンドパスフィルタで取り出された前記所定の周波数成分を増幅する電気アンプと、を含み
前記補正部は、波長に応じて前記電気アンプの利得を補正する、
請求項1に記載の光送信機。
【請求項3】
前記モニタ部は、前記光変調器の前記出力光の一部を検出する光検出器と、前記光検出器で得られる光電流を電圧信号に変換するトランスインピーダンスアンプと、前記トランスインピーダンスアンプから出力される電圧信号に含まれる所定の周波数成分を取り出すバンドパスフィルタと、前記バンドパスフィルタで取り出された前記所定の周波数成分を増幅する電気アンプと、を含み
前記補正部は、波長に応じて前記トランスインピーダンスアンプの利得を補正する、
請求項1に記載の光送信機。
【請求項4】
前記バイアス制御部は前記モニタ信号の利得をデジタル的に調整するデジタルゲイン調整部を有し、
前記補正部は、波長に応じて前記デジタルゲイン調整部のデジタルゲインを補正する、
請求項1に記載の光送信機。
【請求項5】
前記バイアス制御部は、現在の波長チャネルの設定情報を取得する波長チャネルデータ取得部を有し、
前記補正部は、前記波長チャネルデータ取得部で取得された設定情報に基づいて、前記モニタ信号の利得を調整する補正値を決定する、
請求項1から4のいずれか1項に記載の光送信機。
【請求項6】
前記バイアス制御部は前記光変調器に印加される前記直流バイアスにディザ信号を重畳し、利得補正された前記モニタ信号に含まれるディザ成分と前記ディザ信号との位相誤差を小さくする方向に前記直流バイアスの電圧値を制御する、
請求項1から4のいずれか1項に記載の光送信機。
【請求項7】
InP系材料を用いたマッハツェンダ型の光変調器の直流バイアスにディザ信号を重畳し、
前記光変調器の出力光をモニタして、前記ディザ信号と同じ周波数で変動するディザ成分を含むモニタ信号を生成し、
前記モニタ信号の利得を、前記光変調器の挿入損失の波長依存性を補償するように波長に応じて補正し、
補正された前記モニタ信号を用いて前記光変調器のバイアス制御を行う、
バイアス制御方法。
【請求項8】
前記光変調器の出力光の一部を光検出器で検出し、前記光検出器から出力される光電流を電圧信号に変換するトランスインピーダンスアンプの利得を波長に応じて補正する、
請求項7に記載のバイアス制御方法。
【請求項9】
前記光変調器の出力光から前記ディザ信号と同じ周波数で変動するディザ成分を取り出し、前記ディザ成分を増幅する電気アンプの利得を波長に応じて補正する、
請求項7に記載のバイアス制御方法。
【請求項10】
前記モニタ信号をデジタル変換し、デジタルモニタ信号のデジタルゲインを波長に応じて補正する、
請求項7に記載のバイアス制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光送信器、及びバイアス制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の通信の高速化、大容量化の要求に対応するため、外部変調器を用いた多値変調が採用されている。コアネットワークでは、長い間、ニオブ酸リチウム(LN:Lithium Niobate)を用いたLN変調器が使われてきた。近年、LN変調器に対して、小型の特徴を持つInP系材料を用いたInPベースの変調器の性能が向上してきており、商用化段階にきている。InP系材料として、例えば、INGaAsP、InAlGaAsなどがあり、これらの材料の厚膜、もしくは多重量子井戸構造を用いて変調器が形成される。
【0003】
LN変調器やInP系材料を用いたマッハツェンダ型変調器(MZM)では、温度変化、経年変化などにより、動作点を規定する直流(DC)バイアスがドリフトする。DCバイアスを光変調器の動作点に維持するために、自動バイアス制御(ABC:Auto Bias Control)が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-67933号公報
【特許文献2】特開2009-265283号公報
【特許文献3】特開2012-257164号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
InPベースの光変調器では、電界の印加によりバンドギャップが変化することで光吸収率が変わり、光の進行速度、すなわち位相が変化する。すなわち、InPベースの光変調器の光吸収特性は、波長依存性を有する。一方、光通信の伝送帯域の広帯域化が進められており、光変調器の動作帯域も拡張されつつある。高周波域では、パワー特性を維持した状態で帯域を拡げることが難しく、一般に帯域補償が行われている。帯域補償は、高周波域での波長対パワー特性を平坦化するために、低周波域での利得を低下させて帯域全体の利得を平坦化する処理である。この帯域補償により、出力レベルが低下するだけではなく、補償量によって損失にばらつきが生じる。高周波帯域補償による損失ばらつきは、LN変調器では問題とされてこなかった。しかし、InP系材料を用いた光変調器では、高周波帯域補償による損失ばらつきと、光吸収特性の波長依存性とが相まって、挿入損失の波長依存性が無視できないものになっている。InPベースの光変調器の挿入損失の波長依存性はABC制御にも影響し、DCバイアスを正しい動作点に維持することが困難になる。
【0006】
本開示は、挿入損失の波長依存性を抑制した光送信機とバイアス制御方法を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
実施形態において、光送信機は、
InP系材料を用いたマッハツェンダ型の光変調器と、
前記光変調器に印加される直流バイアスを制御するバイアス制御部と、
前記光変調器の出力光をモニタしてモニタ信号を生成するモニタ部と、
前記バイアス制御部によるバイアス制御の前段で、波長に応じて前記モニタ信号の利得を前記光変調器の挿入損失の波長依存性を補償する方向に補正する補正部と、
を備える。
【発明の効果】
【0008】
挿入損失の波長依存性を抑制した光送信機とバイアス制御方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】MZMの挿入損失の波長依存性を示す図である。
図2】実施形態の光送信機を用いた光トランシーバモジュールの模式図である。
図3】実施形態の光送信機の模式図である。
図4】MZMの電圧対光パワー特性を示す図である。
図5】チャネル対応情報の一例を示す図である。
図6】実施形態のバイアス制御のフローチャートである。
図7】波長依存性補正のフローチャートである。
図8】補正値決定の一例を示す図である。
図9】挿入損失の波長依存性を補償する補正例を示す図である。
図10】光送信機の変形例の模式図である。
図11】光送信機の別の変形例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施形態の光送信機の構成とバイアス制御方法を述べる前に、図1を参照して、InP系材料を用いた光変調器で問題となる挿入損失の波長依存性を説明する。図1の横軸は波長、縦軸は光検出レベルの中心波長に対する相対値(%)である。搬送波がInPベースの光変調器で変調される際に生じる挿入損失は、波長によって大きく変わる。Cバンドを含む1528nmから1566nmの波長域で、中心波長である1547nmの光検出レベルを100%とすると、短波長側の1528nmでは、中心波長に対して+10%の光検出レベルを示すが、長波長側の1565nmでは、中心波長に対して-30%となり、挿入損失が大きい。
【0011】
-30%の挿入損失は、ABC制御の最適バイアス点への収束の精度または収束時間に影響する。図1に示した特性は、一つのサンプルでの測定例であるが、挿入損失は素子間、または製造ロット間によっても変わり得る。素子ごと、または製造ロットごとのばらつきを考慮すると、波長に依存した挿入損失の偏りは、さらに大きくなると考えられる。
【0012】
実施形態では、MZMの挿入損失の波長依存性を打ち消すように、波長に応じてバイアス制御に用いるモニタ値の利得を調整する。以下に示す形態は、本開示の技術思想を具現化するための一例であって、開示内容を限定するものではない。各図面に示される構成要素の大きさ、位置関係等は、発明の理解を容易にするために誇張して描かれている場合がある。同一の構成要素または機能に同一の名称または符号を付けて、重複する説明を省略する場合がある。
【0013】
<光トランシーバモジュールと光送信機の構成>
図2は、実施形態の光送信機10を有する光トランシーバモジュール1の模式図、図3は、光送信機10の模式図である。実線の矢印は電気信号、太線は光の経路を示す。光トランシーバモジュール1は、コヒーレント受信とデジタル信号処理を組み合わせた、デジタルコヒーレント方式の光トランシーバである。光トランシーバモジュール1は、デジタル信号プロセッサ(DSP)2、光源(図中で「LD」と表記)5、光送信機10、及び光受信機30を有する。光送信機10は、光変調器13と、光変調器13のDCバイアスを制御するマイクロプロセッサ20とを有する。光変調器13はInP系材料を用いた変調器である。
【0014】
光トランシーバモジュール1は光ファイバ6及び7に接続されている。光送信機10は光ファイバ6に接続され、伝送路に光信号を送信する。光受信機は光ファイバ7に接続され、伝送路から光信号を受信する。光源5から出射された光は、光送信機10と光受信機30に供給される。光送信機10に供給される光は搬送波として光変調器13に入射し、光変調器13で変調された光信号が光ファイバ6に出力される。光受信機30に供給される光は、光ファイバ7から受信した光信号を検波する局発光として用いられる。
【0015】
図3を参照すると、光送信機10は、デジタルアナログコンバータ(DAC)12と、光変調器13と、光変調器13に印加されるDCバイアスを制御するバイアス制御部200と、光変調器13の出力光をモニタするモニタ部19とを有する。バイアス制御部200は、マイクロプロセッサ20の機能により実現される。モニタ部19は、光検出器(PD)14と、トランスインピーダンスアンプ(TIA)15と、バンドパスフィルタ(BPF)16と、電気アンプ17とを含む。PD14は光変調器13からの出力光を検出する。TIA15は、PD14から出力される光電流を電圧信号に変換する。BPF16はTIA15から出力された電圧信号に含まれる所定の周波数の変動成分を通過させる。電気アンプ17は、BPF16で取り出された周波数の変動成分を増幅する。
【0016】
光変調器13は、マッハツェンダ型の変調器であり、2つの子MZM131と132が並列に接続されて、親MZM133が形成されている。子MZM131を通る光と、子MZM132を通る光の間には90度の位相差が与えられる。子MZM131と132の一方は同相(I)チャネルとして働き、他方は直交(Q)チャネルとして働き、位相変調型のIP変調器が形成される。
【0017】
子MZM131と132、及び親MZM133に、電極135、136、及び137がそれぞれ設けられている。電極135と136の高周波(RF)端子に、DSP2で生成されたデータ信号が高速駆動信号として入力される。光源5から光変調器13のIチャネルとQチャネルに入射した光は、各チャネルでデータ信号により変調される。子MZM131で変調された光と、子MZM132で変調された光は、互いに90度の位相差が与えられて合波され、4つの位相状態をもつ光信号として光変調器13から出力される。
【0018】
電極135、136、及び137のDC端子には、DCバイアスが印加される。子MZM131の電極135のDC端子にバイアス電圧V1が印加され、子MZM132の電極136のDC端子にバイアス電圧V2が印加される。親MZM133の電極137のDC端子にバイアス電圧V3が印加される。バイアス電圧V1、V2、及びV3は、バイアス制御部200によって適切な動作点に制御される。光位相を変調する光変調器13では、子MZM131と132のバイアス電圧V1とV2は、データ信号の入力のない状態で光変調器の出力パワーが最小となるNull点に制御される。親MZM133のバイアス電圧V3は、子MZM131を通る光と子MZM132を通る光の間に90度の位相差を与えるように設定されている。
【0019】
図4は、MZMの電圧対光パワー特性を示す。この電圧対光パワー特性は消光カーブとも呼ばれ、横軸は印加されるバイアス電圧、縦軸はMZMの出力パワーである。バイアス電圧V1とV2は、データ信号の入力がない状態で、MZMの2本のアームを伝搬する光の位相が180度逆相になるように設定されている。2本のアーム間に180度の位相差を与えることで、2本のアームを通る光が合波されたときに互いに打ち消し合ってMZMの出力は最小になる。MZMの出力パワーが最小になる点をNull点と呼ぶ。2本のアームを通る光が同じ位相のときは、合波されたときに互いに強め合って、MZMの出力は最大(ピーク)になる。MZMの出力を最小から最大まで変化させるのに必要な駆動電圧は、半波長電圧Vπと呼ばれる。
【0020】
InPベースの光変調器13には波長依存性があり、特に伝送帯域が拡がった場合、電圧と位相の関係は必ずしも線形にならない。そのため、光変調器13では半波長電圧Vπが帯域幅にわたってできるだけ一定になるようにバイアス電圧が調整されるが、挿入損失の波長依存性はなおも残存する。すなわち、波長によって光変調器13から出力される光パワーが変動し、この光パワーの変動がABC制御の精度や収束時間に影響する。そこでこの挿入損失の波長依存性を打ち消すようにABC制御を行う。
【0021】
バイアス制御自体は、従来と同じく、低周波のディザ信号を用いる。バイアス電圧V1、V2、及びV3に、数十Hzから数百Hzの周波数で変化するディザ信号を重畳する。重畳されたディザ信号は、各MZMで生成される高速光信号の振幅の微小な変動として現れる。図4に示すように、バイアス電圧が光変調器13の動作点(たとえばNull点)からずれていると、光変調器13の出力光に、ディザ信号と同じ周波数で変動するディザ成分が観測される。バイアス電圧のずれの方向によって、観測されるディザ成分の位相がディザ信号と同相、または逆相になる。
【0022】
ディザ成分を観測するために、光変調器13の出力光の一部をタップ138で分岐してPD14で検出する。PD14から出力された光電流は、TIA15で電圧信号に変換され、BPF16で、ディザ信号と同じ周波数で変動する成分が取り出される。ディザ信号と同じ周波数で変化する変動成分(これを「ディザ成分」と呼ぶ)は、電気アンプ17で増幅される。電気アンプ17の利得は、デジタルポテンショメータ(DPOT)18で調整されている。
【0023】
子MZMのバイアス電圧がNull点、すなわち電圧対光パワー特性のボトムにある場合は、ディザ成分の位相がNull点を中心に180度反転して、ディザ周波数の2倍の周波数が観察される。バイアス電圧がNull点からずれていると、ディザ信号と同じ周波数のディザ成分が観察され、バイアスずれの程度に応じてディザ成分とディザ信号の間に位相差が生じる。ABC制御は、ディザ成分とディザ信号の位相差をゼロまたは最小にするようにバイアス電圧を制御する。
【0024】
ただし、光変調器13の挿入損失の波長依存性が大きいと、損失の大きい波長と、損失の小さい波長で、PD14で検出されるモニタ光のパワーが大きく変動し、バイアス制御部200に入力されるモニタ信号のレベルが波長によって変動する。バイアス制御部200への入力レベルの変動は、光信号の位相の進みまたは遅れを補正するABC制御ループの収束の精度や速度に影響する。たとえば、1560nm近傍の波長が用いられて、バイアス制御部200への入力レベルが大きく低下した場合に、ディザ信号に対するディザ成分の位相ずれを正確に検出できずにABC制御が収束しない。あるいは、ABC制御ループで消光点が定まらず、収束時間が非常に長くなる。一方、1530nm近傍の波長が用いられてPD14に入射する光パワーが高すぎると、電気アンプ17の出力飽和による不感帯の発生や、過大な制御利得による異常発振が懸念される。
【0025】
このようなバイアス制御の劣化を抑制するために、実施形態では、ABC制御の前段でモニタ部19によって生成されるモニタ信号の利得を波長に応じて調整する。図3の構成例では、電気アンプ17のDPOT18を利用して、バイアス制御部200への入力の前段で、モニタ信号の利得を光変調器13の挿入損失の波長依存性を打ち消す方向に補正する。
【0026】
バイアス制御部200は、ディザ生成部21と、制御誤差算出部22と、バイアス値算出部23と、アナログデジタルコンバータ(ADC)24と、波長依存性補正部25と、波長チャネルデータ取得部26とを有する。ディザ生成部21はバイアス電圧V1、V2、及びV3に重畳されるディザ信号を生成する。一例として、300Hzのディザ信号を生成する。ディザ信号は、バイアス値算出部23で決定された各MZMのDCバイアス値とともに、DAC12に供給され、アナログ電気信号に変換されて、対応するMZMの電極135、136、及び137に印加される。ABC制御の開始時には、初期バイアス値としてV1、V2、及びV3はあらかじめ定められた電圧値に設定されていてもよい。
【0027】
ディザ信号が重畳された状態で、光変調器13の出力光は、モニタ部19によってモニタされる。バイアス制御部200に入力されたモニタ信号は、ADC24によりデジタル信号に変換され、制御誤差算出部22に入力される。ADC24は、バイアス制御部200の外部に設けられていてもよい。この場合は、デジタルモニタ信号がバイアス制御部200に入力される。
【0028】
制御誤差算出部22は、ディザ生成部21で生成されたディザ信号を用いて、モニタ信号に含まれるディザ成分を同期検波し、位相の進みまたは遅れから、DCバイアスの制御誤差を算出する。算出された制御誤差は、バイアス値算出部23に供給されて、現在のバイアス値に加算され、制御誤差を小さくする方向にバイアス値が更新される。たとえば、モニタ信号に含まれる揺らぎ(ディザ)成分の位相がDCバイアスに重畳されたディザ信号と同相のときは、DCバイアスがNull点(親MZMの場合はπ/2の位相点)に向かって減少する方向にバイアス値が更新される。モニタ信号に含まれる揺らぎ(ディザ)成分の位相がDCバイアスに重畳されたディザ信号と逆相にあるときは、DCバイアスがNull点(親MZMの場合はπ/2の位相点)に向かって増加する方向にバイアス値が更新される。
【0029】
バイアス値が更新されたバイアス電圧V1、V2、V3が光変調器13に印加され、制御誤差(位相差)が最小になるまでABC制御のループが繰り返し実行される。子MZM131及び132、及び親MZM133のABC制御は時分割で行われてもよいし、バイアス制御部200をそれぞれのMZMごとに設けて、並列で同時に実行されてもよい。
【0030】
実施形態の特徴として、現在使用されている波長チャネルの情報が、光源5に供給されるとともに、バイアス制御部200に入力される。波長チャネルデータ取得部26は、現在の波長チャネルの情報を取得すると、波長チャネル情報を波長依存性補正部25に供給する。波長依存性補正部25は、チャネル対応情報251を参照して、現在の波長に応じて発生する挿入損失を補う方向にモニタ信号の利得を補正する。たとえば、波長依存性補正部25で決定された補正値は、電気アンプ17に供給されて、電気アンプ17の利得が波長に応じて調整される。
【0031】
波長依存性補正部25で用いられるチャネル対応情報251は、マイクロプロセッサ20(図2参照)に内蔵された、あるいは外付けのメモリに保存されている。チャネル対応情報は、チャネル(波長)ごとに対応する補償値を記述したルックアップテーブル(LUT)の形式でもよいし、補償値を波長の関数として定義した関数であってもよい。
【0032】
図5は、チャネル対応情報251の一例を示す。このチャネル対応情報251は、波長設定チャネルと、挿入損失補償値とを対応づけたLUTとして保存されている。図3の光送信機10では、電気アンプ17のDPOT18の可変抵抗を利用して挿入損失を補うので、挿入損失補償値としてDPOT設定データが記述されている。チャネルによってDPOT18の可変抵抗値を変えることで電気アンプ17の利得を変えて、波長によって変動する挿入損失を補う。
【0033】
図5のLUTでは、50チャネルごとにDPOT18の設定値が記述されている。光変調器13を形成する各MZMの通過損失の波長依存性を模擬できるならば、所定のチャネル間隔でDPOT設定値のデータを間引いてもよい。間引かれたチャネルのDPOT設定値は、たとえば、線形補間で計算される。チャネル範囲、すなわち帯域の範囲に応じて、異なる線形補間式を用いてもよい。たとえば、帯域の中心波長よりも長波長側の領域で、短波長側の領域よりも線形補間の傾きを大きくしてもよい。図5のLUTの替わりに、全チャネルを複数のチャネルグループに分けて、チャネルグループごとに関数式を保持してもよい。
【0034】
いずれの構成でも、波長によって変動する光変調器13の挿入損失を電気アンプ17の利得で補正し、ABC制御に入る前に挿入損失の波長依存性を補償する。これによりABC制御の収束精度の劣化や、収束時間の増大を抑制することができる。
【0035】
<バイアス制御方法、及び挿入損失の波長依存性の補正>
図6は、実施形態のバイアス制御のフローチャートである。この制御フローは初期起動時または波長変更時に実行される。バイアス制御は子MZM131と132、及び親MZM133のそれぞれに対して行われる。図6では、子MZM131に対するバイアス制御に着目する。まず、子MZM132へのディザ信号の入力をオフにして、子MZM131の電極135のDC端子に、ディザ信号が重畳されたバイアス電圧V1を印加する(S11)。ディザ信号の重畳により、光変調器13の出力光にディザ信号と同じ周波数で変動するディザ成分が含まれている。ディザ成分は、ディザ信号に対してバイアス電圧V1のNull点からのずれに相当する位相差をもつ。
【0036】
モニタ部19で光変調器13の出力光をモニタしてモニタ信号を生成する(S12)。上述したように、伝送帯域にわたって光変調器13の挿入損失が一定であれば、電気アンプ17から出力されるモニタ信号をそのままABC制御に供給してもよい。しかし、InPベースの光変調器13では、波長によって挿入損失が大きく変動するため、ABC制御の前段で、挿入損失の波長依存性を補正する(S13)。具体的には、モニタ信号の利得を波長に応じて調整する。
【0037】
利得調整されたモニタ信号を用いてABC制御を実施する(S14)。ABC制御は、着目しているバイアス電圧V1を、ディザ成分のディザ信号からの位相ずれを小さくする方向に制御する。これにより、DCバイアスが動作点またはその近傍に制御される。
【0038】
図7は、図6のS13の波長依存性補正のフローチャートである。挿入損失の波長依存性の補正は、波長依存性補正部25、すなわちマイクロプロセッサ20で実行される。まず、波長チャネル設定情報を取得する(S21)。波長チャネル設定情報は、ユーザによって選択されている波長チャネルであってもよいし、波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)方式の光通信の場合は、光源5の波長可変レーザアレイの現在の設定波長であってもよい。
【0039】
現在の波長に基づいて、挿入損失の変動を補償する補正値を決定する(S22)。たとえば、DPOT18の可変抵抗値、または電気アンプ17の利得値が補正値となる。補正値はDPOT18の設定値に限定されず、後述するように、TIA15の利得を調整してもよいし、ADC24の後段でデジタルゲインを調整してもよい。
【0040】
決定された補正値に基づいて、挿入損失の波長依存性を補償する(S23)。たとえば1565nm近傍の波長が用いられている場合は、電気アンプ17の利得を大きくするようにDPOT18の可変抵抗値を設定する。1528nm近傍の波長が用いられている場合は、電気アンプ17の利得を小さくするようにDPOT18の可変抵抗値を設定する。これにより、挿入損失の波長依存性が補償される。
【0041】
図8は、補正値決定の一例を示す。帯域の中心を境にして、長波長側と短波長側で、線形補間により挿入損失の波長依存性の補正値を計算する。補正対象は、この例では、DPOT18の設定値である。まず、中心波長λref(この例では1547nm)で規定のABC制御利得が得られるように、DPOT18の可変抵抗値を設定する。このときのDPOT設定値をDPOTrefとする。DPOT18の設定値がDPOTrefに設定されているときの、中心波長λrefでの光検出レベルをPref=100%とする。
【0042】
中心波長λrefよりも短波長λの光検出レベルをP、中心波長λrefよりも長波長λの光検出レベルをPとする。図6の波長対光検出レベル特性(または波長対挿入損失特性)において、Prefを100%とすると、1528nmでのPは112%、1566nmでのPは69%である。
【0043】
短波長側と長波長側で、中心波長λrefを基準とする補正係数を計算する。
波長1528nmの補正係数:Pref/P=100/112=0.89
波長1566nmの補正係数:Pref/PL=100/69=1.45
【0044】
上記の補償係数を用いて、短波長側と長波長側のそれぞれで、目標波長λでのDPOT18の設定値DPOT(λ)を補間計算する。
短波長側:DPOT(λ)
=DPOTref×[(0.89-1.00)/(λ-λref)(λ-λref)+1]
=DPOTref×[(0.89-1.00)/(1528-1547)(λ-1547)+1]
短波長側:DPOT(λ)
=DPOTref×[(1.45-1.00)/(λ-λref)(λ-λref)+1]
=DPOTref×[(0.89-1.00)/(1566-1547)(λ-1566)+1]
【0045】
このようにして、ABC制御に入力される前段で、任意の波長で動作する光変調器13のモニタ信号の利得を、挿入損失の波長依存性を打ち消す方向に補正できる。波長によってモニタ信号のパワーが過大になる、あるいは著しく低下する事態を防止し、ABC制御の収束精度、または収束時間を許容範囲内に維持することができる。
【0046】
図9は、挿入損失の波長依存性を補償する補正例を示す図である。横軸は波長、左の縦軸は最大エラー検出量、右の縦軸は電気アンプ17の増幅率である。中心波長λrefでの増幅率を1倍としている。黒丸はエラー量、三角マークは電気アンプ17の利得(増幅率)を表す。四角マークは、中心波長λref、短波長(λ)、及び長波長(λL)の3点でのエラー量の測定値、点線は3点の測定値に基づいて短波長側と長波長側でそれぞれ線形補間したフィッティングラインである。
【0047】
エラー量の実測値とフィッティングラインはよく一致している。中心波長λrefのときの電気アンプ17の利得を1倍として、帯域全体にわたって最大エラー検出量がほぼ一定となるようにDPOT設定値を決定する。このときの電気アンプ17の利得特性は、三角マークで示すように、長波長側に向かって非線形に減少する。これにより、ABC制御の前段で、ディザ成分を表すモニタ信号の利得が、挿入損失の波長依存性をなくす方向に補正される。
【0048】
<変形例>
図10は、変形例である光送信機10Aの模式図である。光送信機10Aでは、ABC制御の前段で、TIA15の利得を調整して、挿入損失の波長依存性を補正する。バイアス制御部200Aの波長依存性補正部25は、チャネル対応情報251Aとして、チャネルごとに対応するTIAの利得設定値を補正値として有する。TIAの利得設定値は、図5のように、所定間隔のチャネルに対応して記述されていてもよい。チャネル間のTIA利得は、線形補間によって計算され得る。波長依存性補正部25で波長ごとに決定された補正値に基づいて、TIA15の増幅率が調整され、伝送帯域にわたって挿入損失の波長依存性が補正された電圧信号がBPS16に入力される。
【0049】
TIA15に入力されるPD14の光電流は微小なので、PD14の出力をTIA15の入力に接続するプリント回路基板の電気配線を最短にするなど、ノイズ対策をとることが望ましい。光送信機10Aとバイアス制御部200Aのその他の構成は、図3を参照して説明したとおりである。光送信機10Aの構成でも、ABC制御の前段で光変調器13の挿入損失の波長依存性を補正して、ABC制御の収束精度の劣化または収束時間の増大を抑制することができる。
【0050】
図11は、別の変形例としての光送信機10Bの模式図である。光送信機10Bのバイアス制御部200Bは、ADC24の出力に接続されるデジタルゲイン調整部27を有する。モニタ信号のゲインをデジタルで調整することで、ABC制御の前段で、挿入損失の波長依存性を補正する。波長依存性補正部25は、チャネル対応情報251Bとして、チャネルごとに対応するデジタルゲインの設定値(係数)が記述されている。デジタルゲイン設定値は、図5に示したように、所定間隔のチャネルに対応して記述されてもよい。チャネル間のデジタルゲイン値は線形補間され得る。波長依存性補正部25によって、波長ごとに決定されたデジタルゲイン係数に基づいて、デジタルモニタ信号が増幅される。伝送帯域にわたって挿入損失の波長依存性が補正されたデジタルモニタ信号が制御誤差算出部22に入力される。
【0051】
デジタル処理によるゲイン調整は簡単である。図11の構成を用いる場合、電気アンプ17のアナログ回路利得を、ADC24への入力で飽和しない最大レベルに設定しておくことが望ましい。電気アンプ17のアナログ回路利得が制限されることで、ADC24のダイナミックレンジが若干制限されるが、信号対雑音特性を最適化することで、挿入損失の波長依存性を補正してABC制御の収束精度の劣化または収束時間の増大を抑制することができる。
【0052】
以上、特定の構成例に基づいて本開示を述べてきたが、本開示は上述した構成例に限定されない。光源5は、光送信機10の内部に設けられてもよい。チャネル対応情報251に記述される各補正値は、モニタ信号の増幅率を調整する係数として記述されていてもよい。ディザ信号の周波数は、光変調器13を駆動するアナログ駆動信号と比べて十分に低い周波数であれば、100Hz、200Hz等、任意の周波数を用いることができる。マイクロプロセッサ20により子MZMの131、132、及び親MZM133のそれぞれに応じたバイアス制御部200の機能を実現する場合は、子MZM131、132、及び親MZM133に異なる周波数のディザ信号を適用してもよい。その場合も、着目するMZMのDCバイアス制御の前段で、波長に応じてモニタ信号の利得を調整することで、伝送帯域にわたって挿入損失の波長依存性が補正されたモニタ信号をABC制御に供給することができる。
【0053】
光変調器13の変調方式として、直交位相シフトキーキング(QPSK:Quadrature Phase Shift Keying)や直交振幅変調(QAM:Quadrature Amplitude Modulation)などが用いられる、親MZM133を2つ並列に接続して、偏波多重(DP:Dual Polarization)QPSK方式の変調を行ってもよい。その場合は、X偏波用の光変調器とY偏波用の光変調器のそれぞれに対してABC制御を行い、ABC制御の前段で、各偏波の光変調器の出力光のモニタ信号の利得を波長に応じて調整する。
【符号の説明】
【0054】
1 光トランシーバモジュール
2 DSP
5 光源
6、7 光ファイバ
10、10A、10B 光送信機
12 DAC
13 光変調器
131、132 子MZM
133 親MZM
135、136、137 電極
14 PD
15 TIA
17 電気アンプ
18 DPOT
19 モニタ部
20 マイクロプロセッサ
21 ディザ生成部
22 制御誤差算出部
23 バイアス値算出部
24 ADC
25 波長依存性補正部
26 波長チャネルデータ取得部
27 デジタルゲイン調整部
200、200A、200B バイアス制御部
251、251A、251B チャネル対応情報
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11