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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051792
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】移植軟骨組織の内軟骨性骨化抑制方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20240404BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
C12N5/077
A61L27/38 112
A61L27/38 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158123
(22)【出願日】2022-09-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構 「国家課題対応型研究開発推進事業 再生医療実現拠点ネットワークプログラム」「自己凝集化技術によるヒトiPS/ES細胞からの立体軟骨組織の創出」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寳田 剛志
(72)【発明者】
【氏名】木股 敬裕
(72)【発明者】
【氏名】北口 陽平
(72)【発明者】
【氏名】太田 智之
(72)【発明者】
【氏名】高尾 知佳
【テーマコード(参考)】
4B065
4C081
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BB08
4B065BB12
4B065BB15
4B065CA44
4C081AB02
4C081BA13
4C081CD34
4C081EA11
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された移植材料を提供することである。
【解決手段】培養軟骨組織体を、移植前培養工程の最後にグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する工程を含む、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養軟骨組織体を、移植前培養工程の最後にグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する工程を含む、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料の製造方法。
【請求項2】
前記培地が、添加剤(A)及び/又は添加剤(B)をさらに含み、
前記添加剤(A)が、乳酸、グルコース-6-リン酸、フルクトース-6-リン酸、フルクトース-1,6-ビスリン酸、グリセルアルデヒド-3-リン酸、1,3-ビスホスホグリセリン酸、3-ホスホグリセリン酸、2-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、オキサロ酢酸、ジヒドロキシアセトンリン酸、アセチルCoA、クエン酸、イソクエン酸、αーケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、オキサロ酢酸からなる群から選択される少なくとも一種であり、
前記添加剤(B)が、グルタミン、アルギニン、グルタミン酸、ヒスチジン、プロリン、アラニン、システイン、グリシン、セリン、トレオニン、トリプトファン、イソロイシン、メチオニン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、アスパラギン、アスパラギン酸からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記培地が、乳酸及びグルタミンをさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料。
【請求項5】
培養軟骨組織体を培養するためのグルコース濃度4.5g/L未満の培地を含む、
生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料を製造するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植軟骨組織の内軟骨性骨化抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
形成外科領域・整形外科領域において、顔面に発生した悪性腫瘍の摘出や交通事故等の外傷、鼻変形を伴う口唇口蓋裂、あるいは小耳症等に対して、培養自家軟骨細胞又はヒトiPS 細胞由来軟骨細胞からヒト軟骨組織体を組織工学的に作製し、それを移植する試みがなされている。しかし、生体への移植後に、移植物が内軟骨性骨化することで、移植物の形状を長期に維持できない点が開発における問題となっていた(非特許引用文献1、2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】J. Cel. Biol. 1987, 104(5), 1435-1441
【非特許文献2】Br. J. Plast Surg. 1993, 46(5), 416-420
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された移植材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく、発明者らは鋭意研究を重ねた結果、グルコース濃度が低い培地で軟骨組織を培養した後に、生体内に移植することで、内軟骨性骨化を抑制できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものであり、以下に示す広い態様の発明を含むものである。
[項1]
培養軟骨組織体を、移植前培養工程の最後にグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する工程を含む、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料の製造方法。
[項2]
前記培地が、添加剤(A)及び/又は添加剤(B)をさらに含み、
前記添加剤(A)が、乳酸、グルコース-6-リン酸、フルクトース-6-リン酸、フルクトース-1,6-ビスリン酸、グリセルアルデヒド-3-リン酸、1,3-ビスホスホグリセリン酸、3-ホスホグリセリン酸、2-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、オキサロ酢酸、ジヒドロキシアセトンリン酸、アセチルCoA、クエン酸、イソクエン酸、αーケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、オキサロ酢酸からなる群から選択される少なくとも一種であり、
前記添加剤(B)が、グルタミン、アルギニン、グルタミン酸、ヒスチジン、プロリン、アラニン、システイン、グリシン、セリン、トレオニン、トリプトファン、イソロイシン、メチオニン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、アスパラギン、アスパラギン酸からなる群から選択される少なくとも一種である、項1に記載の製造方法。
[項3]
前記培地が、乳酸及びグルタミンをさらに含む、項1又は2に記載の製造方法。
[項4]
生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料。
[項5]
培養軟骨組織体を培養するためのグルコース濃度4.5g/L未満の培地を含む、
生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料を製造するためのキット。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、生体内移植後における移植軟骨組織の内軟骨性骨化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】軟骨への分化誘導と内軟骨性骨化。
図2】ヒトiPS細胞から誘導したLBM(Exp LBM)から軟骨組織体を得るための方法の模式図。
図3】実施例1における、軟骨組織体の移植前後の様子。移植前:NOD/SCID マウスへの移植前の軟骨組織体。移植後12週間:軟骨組織体をNOD/SCID マウスに移植し、12週間経過した後に取り出して軟骨組織体を確認。
図4】実施例1における、骨化体積量変化。
図5】実施例2における、軟骨組織体の移植前後の様子。移植前:NOD/SCID マウスへの移植前の軟骨組織体。移植後12週間:軟骨組織体をNOD/SCID マウスに移植し、12週間経過した後に取り出して軟骨組織体を確認。
図6】実施例2における、骨化体積量変化。
図7】実施例2において、STEP3を各条件で培養後、移植前の各組織体をTUNEL染色した結果。
図8】幼若マウスの成長板を含む肋骨・軟骨移行部のサフラニンO染色。
図9】実施例3における、DMEM(high glucose)培地で2日間培養した後の染色結果。
図10】実施例3における、DMEM(no glucose)培地(乳酸4mM及びグルタミン4mM添加)で2日間培養した後の染色結果。
図11】実施例3における、DMEM(no glucose)培地(乳酸及びグルタミン無添加)で1日間培養した後の染色結果。
図12】実施例3における、コントロールの結果。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は、培養軟骨組織体を、移植前培養工程の最後にグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する工程を含む、生体内に移植時したときの内軟骨性骨化が抑制された移植材料の製造方法を提供する。
【0009】
本明細書において、「内軟骨性骨化」とは、軟骨が石灰化し、石灰化軟骨が破骨細胞によって吸収され、骨芽細胞によって形成された骨細胞へと置換されることを意味する。
【0010】
本明細書において、「内軟骨性骨化の抑制」とは、内軟骨性骨化が全く観察されないことのみならず、本発明の工程を経ずに生体内に移植した場合と比較して、内軟骨性骨化の抑制がみられることをも広く包含する。内軟骨性骨化が抑制されたか否かは、例えば、サフラニンO染色、コッサ染色等を用いた、後述する実施例に記載の方法により確認することができる。
【0011】
培養軟骨組織体としては特に制限されず、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、肢芽間葉系細胞、軟骨前駆細胞等から分化誘導される培養軟骨組織体、軟骨組織より単離された軟骨細胞から分化誘導される培養軟骨組織体等が挙げられ、公知の方法により製造されるものであっても良い。
【0012】
これらの細胞の由来としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、モルモット、イヌ、ネコ、サル、チンパンジー等の哺乳動物が挙げられ、ヒト由来であることが好ましい。
【0013】
また、細胞は自家細胞であっても良く、他家細胞であっても良い。多能性幹細胞に由来する細胞の場合には、移植の際の拒絶反応の観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型と同一または実質的に同一である細胞であることが好ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子が一致していることを意味する。また、軟骨組織より単離された軟骨細胞の場合には、移植の際の拒絶反応の観点から、移植先の患者自身の自家細胞であることが好ましい。
【0014】
培養軟骨組織体を構成する細胞同士は、少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに例えば化学的、電気的に連結されていても良い。細胞同士は、直接(接着分子等の細胞要素を介するものを含む)及び/又は介在物質(スキャフォールド)を介して互いに連結していても良い。
【0015】
「多能性幹細胞」とは、自己複製能と他の複数系統の細胞に分化する能力(多分化能)とを併せ持つ細胞を意味する。多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の万能性細胞(あらゆる体細胞及び生殖系列の細胞に分化する能力を有する細胞)が挙げられる。細胞が多能性幹細胞であることの確認は、自己複製能と多分化能を有することの確認に換えて、Oct3/4、Klf-4等の幹細胞マーカーの発現によっても確認することもできる。
【0016】
「間葉系幹細胞」とは、骨髄中に存在する体性幹細胞であり、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞等の間葉系に属する細胞へ分化することが可能である。骨髄、血液、脂肪、筋肉、骨膜等に存在することが知られている。
【0017】
「肢芽間葉系細胞」(LBM)は、軟骨前駆細胞とRunx2陽性骨芽前駆細胞の両方に分化することができる多能性の細胞である。一方、軟骨前駆細胞(Chondrocyte Progenitor Cells, 以下、「CPC」と略すことがある)は、骨芽細胞へ分化しない点で、LBMとは異なる細胞である。
【0018】
「前駆細胞」とは、幹細胞から最終の分化先である機能細胞へ分化する途中にある細胞を意味する。例えば、多能性幹細胞由来のヒト軟骨前駆細胞とは、多能性幹細胞を原料細胞として分化誘導され、かつ最終の分化先である軟骨細胞へと分化する途中にある細胞を意味する。
【0019】
軟骨組織から単離された軟骨細胞としては、特に制限されず、硝子軟骨、線維性軟骨、弾性軟骨のいずれの軟骨組織から単離した軟骨細胞を使用できる。
【0020】
培養軟骨組織を培養する培地のグルコース濃度は、4.5g/L未満である。好ましくは3g/L以下、より好ましくは2.5g/L以下、さらに好ましくは2g/L以下、よりさらに好ましくは1.5g/L以下、特に好ましくは1g/L以下、最も好ましくは0.5g/L以下である。一つの態様において、グルコース濃度は0g/L(つまり、グルコースを含まない)であることが好ましい。
【0021】
本発明で用いる培地は、
乳酸、グルコース-6-リン酸、フルクトース-6-リン酸、フルクトース-1,6-ビスリン酸、グリセルアルデヒド-3-リン酸、1,3-ビスホスホグリセリン酸、3-ホスホグリセリン酸、2-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、オキサロ酢酸、ジヒドロキシアセトンリン酸、アセチルCoA、クエン酸、イソクエン酸、αーケトグルタル酸、スクシニルCoA、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、オキサロ酢酸からなる群から選択される少なくとも一種の添加剤(A)、及び/又は、
グルタミン、アルギニン、グルタミン酸、ヒスチジン、プロリン、アラニン、システイン、グリシン、セリン、トレオニン、トリプトファン、イソロイシン、メチオニン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、アスパラギン、アスパラギン酸からなる群から選択される少なくとも一種の添加剤(B)
を含むことが好ましい。特に、グルコース濃度が1g/L以下の培地においては、培養軟骨組織の細胞生存率の観点から添加剤(A)及び/又は添加剤(B)を含むことが好ましく、添加剤(A)及び添加剤(B)を含むことがより好ましい。添加剤(A)として乳酸を含むことが好ましく、添加剤(B)としてグルタミンを含むことが好ましい。添加剤(A)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。また、添加剤(B)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。
【0022】
好ましい一実施形態において、本発明で用いる培地は、グルコース濃度0g/L(つまり、グルコースを含まない)であり、且つ乳酸を濃度1~10mMで含み、グルタミンを濃度1~10mMで含む。
【0023】
本発明で用いる培地は、上記グルコース、添加剤(A)、添加剤(B)以外の成分について、特に制限されない。好ましい実施形態において、公知の軟骨誘導培地に対し、グルコース濃度を調整することで使用することができる。軟骨誘導培地として、L-アスコルビン酸、ITS、GDF5、BMP4等の含む公知の組成が挙げられる。例えば、DMEM培地、IMDM培地、F12培地等が挙げられる。必要に応じて、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗菌薬、Non-Essential Amino Acids(NEAA)、ROCK阻害剤(例えば、Y-27362)等の成分を添加することができる。
【0024】
培養温度としては、36~38℃の範囲が好ましい。培地のpHは7.3~7.6であることが好ましい。
【0025】
培養期間としては、1~1000時間の範囲で適宜設定できる。グルコース濃度に応じて培養時間を適宜設定でき、例えば、グルコース濃度1g/Lの場合には培養時間は48~1000時間が好ましく、100~800時間がより好ましく、300~700時間が特に好ましい。また、グルコース濃度0g/L(グルコース無し)の場合には培養時間は1~100時間が好ましく、10~80時間がより好ましく、24~72時間が特に好ましい。
【0026】
上記培養条件での培養軟骨組織体の培養を、移植前培養工程の最後に行う。培養軟骨組織体へ誘導する工程と、本発明の工程は、培地を変更して連続的に行っても良く、培養軟骨組織体をいったん培養空間から取り出したのちに、改めて本発明の工程を行っても良い。
【0027】
本発明の培養工程が終わってから、生体への移植までの期間は、24時間以内であることが好ましく、12時間以内であることがより好ましい。また、移植直前まで本発明に係る培地で培養していることが特に好ましい。
【0028】
本発明の方法により得られる移植材料は、本発明の工程を経ずに培養軟骨組織を生体内に移植した場合と比較して、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制することができる。本発明の方法により得られる移植材料は、生体内への移植後において(例えば、移植後12週間以上経過した場合に)、本発明の工程を経ずに培養軟骨組織を生体内に移植した場合と比較して、骨化体積量が好ましくは10%以上減少し、より好ましくは50%以上減少し、さらに好ましくは90%以上減少する。好ましい1つの態様において、本発明の移植材料は、生体内への移植後において(例えば、移植後12週間以上経過した場合に)内軟骨性骨化が全く観察されない。
【0029】
本発明の移植材料は、骨又は軟骨関連疾患の治療に使用することができ、その他に形成外科或いは美容外科等の用途にも好適に使用される。例えば、鼻の形状は、大鼻翼軟骨、鼻中隔軟骨、外側鼻軟骨等により決まり、耳の形状は耳介軟骨により決まる。鼻や耳は、交通事故等の外傷や先天性鼻骨欠損、小耳症等の場合に、鼻や耳の形状を整え、或いは再建する必要が生じるが、本発明の移植材料を移植することでこれらのことが可能になる。所望の形状の軟骨は、鼻、耳以外の本来軟骨が存在しない場所に埋め込んだ場合にも美容的効果を期待できる。例えば軟骨板又は軟骨ブロックを調製し、それを所望の形状に削ることで、所望の形状の軟骨移植材料を作製することができる。
【0030】
一実施形態において、本発明の移植材料は、スキャフォールドを含むことができる。スキャフォールドは、その表面及び/又はその内部に細胞を付着又は包埋し、これにより移植片の物理的一体性の維持や、強度の付与のために用いられる。スキャフォールドとしては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されず、細胞由来の物質であっても、細胞由来以外の物質であってもよい。スキャフォールドとしては、例えば 、羊膜、PVDF、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリウレタン、ポリプロ ピレン、ポリエステル、塩化ビニル、ポリカーボネート、アクリル、シリコーン、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、 乳酸・グリコール酸コポリマー(PLGA)等のフィルム;フィブリン、ゼラチン、コ ラーゲンアルギン酸ナトリウム、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)をポリエチレングリコールで架橋した温度応答性ゲル(市販名:メビオールゲル)、ヒアルロン酸、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、コンドロイチン、 セルロース、アガロース、カルボキシメチルセルロース、キチン、キトサン、ゼラチン、 アテロコラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、プロネクチン、ラミニン、テネイシン、フィブロイン、エンタクチン、トロンボスポンジン、レトロネクチン、デキストリン、トレハロース等を含むゲル等が挙げられるが、これに限定されない。
【0031】
また、本発明は、生体内に移植したときの内軟骨性骨化が抑制された、移植材料を製造するためのキットを提供する。本発明のキットは、培養軟骨組織体を培養するためのグルコース濃度4.5g/L未満の培地を少なくとも含む。当該培地としては、公知の培地を基にグルコース濃度4.5g/L未満に調整したものが挙げられ、例えば、DMEM low glucose培地や、DMEM no glucose培地に対して上記添加剤(A)及び/又は添加剤(B)を添加したものが挙げられる。
【0032】
なお、培養軟骨組織体を、移植前最後の培養工程においてグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養することで、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制することができるのは、低グルコース条件で培養することにより、内軟骨性骨化を起こす部位の細胞に選択的にアポトーシス誘導がされているためであると推定される。
【0033】
図7において、多能性幹細胞由来の培養軟骨組織体をグルコース濃度0g/Lの培地で2日間培養した際のTUNEL染色結果を示す。緑色に検出されている部分が死細胞を示す。グルコース濃度0g/L培地で2日間培養した組織体((B),(C))で多くの死細胞を認める。死細胞の分布は内軟骨性骨化した組織体の骨化部位と類似しており、低グルコース条件で培養することにより、内軟骨性骨化を起こす部位の細胞に選択的にアポトーシス誘導されていることが示唆される。
【0034】
また、図9~11において、3週齢の幼若マウスの軟骨細胞を高グルコース培地又はグルコース濃度0g/L培地で培養した際のTUNEL染色結果を示す。グルコース濃度0g/L培地においては、内軟骨性骨化の過程で特に骨化を生じる原因となる軟骨細胞(肥大軟骨細胞、前肥大軟骨細胞)で特に集中的に細胞死が観察された。
【0035】
以上により、内軟骨性骨化に関与する細胞はグルコースの要求性が高いことから、グルコース濃度4.5g/L未満というグルコース濃度が低い培地で培養することで、内軟骨性骨化を起こす部位の細胞に選択的にアポトーシスを誘導するため、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制することができるものと推定される。
【0036】
以下に、多能性幹細胞から培養軟骨組織体へと分化誘導し、本発明の工程を実施する場合の例を説明する。
【0037】
原料細胞として用いる多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を使用することができる。ES細胞及びiPS細胞は、新規に作製したもの、又は既に確立されたものを使用することができる。
【0038】
まず、多能性幹細胞から側板中胚葉細胞を分化誘導する。多能性幹細胞から側板中胚葉細胞を分化誘導する手段としては、公知の手段を用いることができる。例えば、文献:Loh et al, 2016, Cell, 451-467に記載の方法に準じた方法を採用することができる。具体的には多能性幹細胞からまず原始線条(Mid-primitive streak)へと分化誘導を行い、次いで原始線条から側板中胚葉細胞への分化誘導を行う。 側板中胚葉細胞が分化誘導されたことは、例えば側板中胚葉細胞の特異的マーカーであるHAND1タンパク質の発現を検出することにより確認することができる。
【0039】
次いで、分化誘導された側板中胚葉細胞を、Wntシグナルを活性化する環境下で培養し、PRRX1タンパク質陽性である、側板中胚葉由来PRRX1陽性細胞へ分化誘導する。なお、前の培養環境の影響を低減するために、PBS緩衝液等での洗浄を適宜行った上でWntシグナルを活性化する環境下での培養を行うことが好ましい。
【0040】
側板中胚葉細胞から肢芽間葉系細胞への分化誘導はまた、FGF2等のFGFシグナル活性化剤の非存在下で行うことが好ましく、Wntシグナルを活性化する環境下に行い、かつTGFβシグナル抑制剤、BMPシグナル抑制剤及びヘッジホッグシグナル抑制剤からなる群から選ばれる1種、2種又は3種の存在下に行うことがより好ましく、TGFβシグナル抑制剤、BMPシグナル抑制剤、TGFβシグナル抑制剤、及びヘッジホッグシグナル抑制剤の存在下に行うことがさらにより好ましい。
【0041】
Wntシグナルを活性化する環境下での培養は、例えば有効量のWntシグナル活性化剤の存在下で培養をすることで行うことができる。Wntシグナル活性化剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達(特に、カノニカルWnt経路)を増強するものである。Wntシグナル活性化剤としては、GSK3β阻害剤、Wntファミリータンパク質等が挙げられる。例えば、GSK3β阻害剤としては、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(5-methyl-1H-imidazol-2-yl)-2-pyrimidinyl]amino]ethyl]amino]-3-pyridinecarbonitrile)、XAV939(3,5,7,8-Tetrahydro-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-4H-thiopyrano[4,3-d]pyrimidin-4-one)、LiCl等が挙げられる。Wntシグナル活性化剤としてCHIR99021を用いる場合、その添加量は例えば、0.1~20μM程度、好ましくは1~10μMとすることができる。
【0042】
BMPシグナル抑制剤は、BMPにより媒介されるシグナル伝達を抑制(阻害)するものである。BMPシグナル抑制剤としては、LDN193189(4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline)又はその塩(例えば、塩酸塩)、DMH-1等が挙げられ、その添加量は例えば、0.1~10μM程度、好ましくは0.2~5μMとすることができる。
【0043】
TGFβシグナル抑制剤は、TGFβにより媒介されるシグナル伝達を抑制(阻害)するものである。TGFβシグナル活性化剤としては、A-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)、SB431542等が挙げられ、その添加量は例えば、0.1~10μM程度、好ましくは0.2~5μMとすることができる。
【0044】
ヘッジホッグシグナル抑制剤は、ヘッジホッグにより媒介されるシグナル伝達を抑制(阻害)するものである。ヘッジホッグシグナル活性化剤としては、ビスモルデギブ(Vismordegib)、シクロパミン、ソニデジブ等が挙げられ、その添加量は例えば、10nM~1μM程度、好ましくは50nM~500nM程度とすることができる。
【0045】
培養は、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0046】
培養は二次元細胞培養(平面培養)で行うことができる。二次元細胞培養は、培養器具を必要に応じて細胞の接着を促進するコーティング処理して行うことができる。
【0047】
Wntシグナルを活性化する環境下での培養を行う期間は、特に限定されるものではないが、例えば、6時問~4日程度、好ましくは1日間~3日間程度、より好ましくは2日間程度(48時間程度)とすることができる。必要に応じて、培地交換を行うことができる。培養条件は、常法に準じることが好ましい。
【0048】
培養においては、必要に応じて継代を行うことができる。継代を行う場合は、コンフルエント状態に到達する前又は直後に細胞を回収し、細胞を新しい培地に播種する。また、培地を適宜交換することもできる。
【0049】
培地としてIMDM培地、F12培地、又はその混合培地等の無血清培地を用いることが好ましい。動物由来成分不含の状態で分化誘導並びに維持培養が可能である。また前記無血清培地に、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗菌薬、非必須アミノ酸(NEAA)、ROCK阻害剤(例えば、Y-27632((R)-(+)-trans-N-(4-Pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl))、インスリン等のホルモン、トランスフェリン、アルブミン等のタンパク質、脂質、ポリビニルアルコール、モノチオグリセロール等の各種培地添加物を添加することができる。
【0050】
次いで、調製された肢芽間葉系幹細胞を、Wntシグナルを活性化する環境下で培養し、PRRX1タンパク質陽性の軟骨前駆細胞へと分化誘導する。なお、Wntシグナルを活性化する環境下とは、上記と同義である。また肢芽間葉系細胞から軟骨前駆細胞への分化誘導はさらに、FGF2等のFGFシグナル活性化剤の存在下で行うことが好ましい。
【0051】
このように得られた軟骨前駆細胞は、同一ロットにおいて拡大培養が可能であり、一定の品質管理条件下でストック可能である。
【0052】
軟骨前駆細胞の細胞培養空間への播種は、細胞を培地に懸濁した細胞懸濁液とし、これを細胞培養空間に添加する等、それ自体公知の方法で実施される。軟骨前駆細胞の播種密度は1.4×106~2.8×106cells/cm2が好ましく、1.8×106~2.2×106cells/cm2がより好ましい。播種密度が低すぎると細胞凝集塊の生成が遅く、また細胞凝集塊に孔が開いたり、軟骨組織体の強度が形状維持に不十分となることがある。
【0053】
細胞培養空間に播種された軟骨前駆細胞を培養することで、細胞凝集塊を得る。
【0054】
培養は、軟骨前駆細胞から細胞凝集塊を作製し得る手法であれば特に限定されず、軟骨前駆細胞の性質等に応じて適宜選択される。
【0055】
例えば、多能性幹細胞由来のPRRX1タンパク質陽性の軟骨前駆細胞の培養は、Wntシグナルを活性化する環境下、及び/又は、TGFβシグナルを抑制する環境下で行うことが好ましい。
【0056】
Wntシグナルを活性化する環境下での培養は、例えば有効量のWntシグナル活性化剤の存在下で培養をすることで行うことができる。Wntシグナル活性化剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達(特に、カノニカルWnt経路)を増強するものである。Wntシグナル活性化剤としては、GSK3β阻害剤、Wntファミリータンパク質等が挙げられる。例えば、GSK3β阻害剤としては、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-dichlorophenyl)-5-(5-methyl-1H-imidazol-2-yl)-2-pyrimidinyl]amino]ethyl]amino]-3-pyridinecarbonitrile)、XAV939(3,5,7,8-Tetrahydro-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-4H-thiopyrano[4,3-d]pyrimidin-4-one)、LiCl等が挙げられる。Wntシグナル活性化剤としてCHIR99021を用いる場合、その添加量は例えば、0.1~20μM程度、好ましくは1~10μM程度とすることができる。
【0057】
TGFβシグナルを抑制する環境下での培養は、例えば有効量のTGFβシグナル抑制剤の存在下で培養をすることで行うことができる。TGFβシグナル抑制剤は、TGFβにより媒介されるシグナル伝達を抑制(阻害)するものである。TGFβシグナル抑制剤としては、A-83-01(3-(6-methyl-2-pyridinyl)-N-phenyl-4-(4-quinolinyl)-1H-pyrazol-1-carbothioamide)、SB431542(4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-benzamide)等が挙げられる。TGFβシグナル抑制剤としてA-83-01を用いる場合、その添加量は例えば、0.1~10μM程度、好ましくは0.2~5μMとすることができる。
【0058】
軟骨前駆細胞の培養は、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0059】
培養を行う期間は、特に限定されるものではないが、例えば、6時間~4日程度、好ましくは1日間~3日間程度、より好ましくは2日間程度(48時間程度)とすることができる。必要に応じて、培地交換を行うことができる。培養条件は、常法に準じることが好ましい。
【0060】
培地としてIMDM培地、F12培地、又はその混合培地等の無血清培地を用いることが好ましい。動物由来成分不含の状態で分化誘導並びに維持培養が可能である。また前記無血清培地に、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗菌薬、非必須アミノ酸(NEAA)、ROCK阻害剤(例えば、Y-27632)、EGF、FGF等の細胞増殖因子、インスリン等のホルモン、トランスフェリン、アルブミン等のタンパク質、脂質、ポリビニルアルコール、モノチオグリセロール等の各種培地添加物を添加することができる。
【0061】
このようにして、ヒト軟骨前駆細胞から自己凝集化した細胞凝集塊が得られる。得られた細胞凝集塊は、次いで軟骨組織体に誘導される。細胞凝集塊の作製と軟骨組織体への誘導は、培地を変更して連続的に行ってもよく、細胞凝集塊の段階で細胞培養空間から取り出し、複数の細胞凝集塊を用いて所望の形状にし、次いで軟骨組織体に分化誘導してもよい。
【0062】
分化誘導工程では、細胞凝集塊を培養し軟骨組織体を作製する。
【0063】
培養は、前記細胞凝集塊から軟骨組織体を作成しうる手法であれば特に限定されず、前記ヒト軟骨前駆細胞から得られる細胞凝集塊の性質等に応じて適宜選択される。
【0064】
例えば、多能性幹細胞由来のPRRX1タンパク質陽性のヒト軟骨前駆細胞から得られる細胞凝集塊の培養は、Wntシグナルを活性化する環境下で培養する工程を含む方法で行うことが好ましい。
【0065】
Wntシグナルを活性化する環境下での培養は、例えば有効量のWntシグナル活性化剤の存在下で培養をすることで行うことができる。Wntシグナル活性化剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達(特に、カノニカルWnt経路)を増強するものである。Wntシグナル活性化剤としては、GSK3β阻害剤、Wntファミリータンパク質等が挙げられる。例えば、GSK3β阻害剤としては、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-dichlorophenyl)-5-(5-methyl-1H-imidazol-2-yl)-2-pyrimidinyl]amino]ethyl]amino]-3-pyridinecarbonitrile)、XAV939(3,5,7,8-Tetrahydro-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-4H-thiopyrano[4,3-d]pyrimidin-4-one)、LiCl等が挙げられる。Wntシグナル活性化剤としてCHIR99021を用いる場合、その添加量は例えば、0.1~20μM程度、好ましくは1~10μMとすることができる。
【0066】
また培養は、多段階で行うことが好ましい。具体的には、
(i)Wntシグナル活性剤の存在下かつFGFシグナル活性化剤の存在下で培養をする工程、次いで
(ii)FGFシグナル活性化剤の存在下で(かつ好ましくは、Wntシグナル活性化剤の非存在下で)培養をする工程、次いで
(iii)好ましくは、Wntシグナル活性化剤の非存在下且つFGFシグナル活性化剤の非存在下で培養する工程
の3段階で行うことが好ましい。
【0067】
FGFシグナルを活性化する環境下での培養は、例えば有効量のFGFシグナル活性化剤の存在下で培養をすることで行うことができる。FGFシグナル活性化剤は、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達を増強するものである。FGFシグナル活性化剤としては、FGF1/aFGF、FGF2/bFGF等が挙げられる。FGFシグナル活性化剤としてFGF2を用いる場合、その添加量は例えば、0.1~100ng/mL程度、好ましくは1~50ng/mLとすることができる。
【0068】
前記3段階での培養を行う場合、工程(i)及び工程(ii)は二次元細胞培養(平面培養)又は三次元培養で行うことができる。二次元細胞培養は、培養器具を必要に応じて細胞の接着を促進するコーティング処理して行うことができる。工程(iii)は、三次元培養で行うことが好ましい。なお、各段階の培養の間において、前の培養環境の影響を低減するために、PBS緩衝液等での洗浄を適宜行った上で培養を行うことが好ましい。
【0069】
培養は、細胞及び培地を格納するための適切な容器中で行うことができる。好適な培養を行う手法として、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0070】
Wntシグナルを活性化する環境下での培養を行う期間は、本発明の効果を損なわない範囲で、特に限定されるものではない。例えば、2時間~12日程度、2日間~8日間程度、或いは3日間~6日間程度とすることができる。また培養を多段階で行う場合、例えば前記3段階での培養を行う場合、工程(i)及び工程(ii)はそれぞれ、2時間~12日程度、2日間~8日間程度、或いは3日間~6日間程度とすることができ、工程(iii)は、2時間~60日程度、8日間~54日間程度、或いは21日間~50日間程度、特に35日間~45日間程度とすることができる。必要に応じて、培養期間中に培地交換を行うことができる。培養条件は、常法に準じることが好ましい。
【0071】
培養において、必要において継代を行うことができる。継代を行う場合は、コンフルエント状態に到達する前又は直後に細胞を回収し、細胞を新しい培地に播種する。
【0072】
分化誘導工程で用いる培地は、特に限定されない。培地としてIMDM培地、F12培地、DMEM培地又はその混合培地等の無血清培地を用いることができ、さらにそれらにL-アスコルビン酸、ITS(インスリン-トランスフェリン-亜セレン酸ナトリウム培地サプリメント)、GDF5、及び/又はBMP4等を添加した公知の軟骨誘導培地を用いることができる。また、必要に応じて、ストレプトマイシン、ペニシリン等の抗菌薬、非必須アミノ酸(NEAA)、ROCK阻害剤(例えば、Y-27632)、EGF、TGFβ等の細胞増殖因子、インスリン等のホルモン、トランスフェリン、アルブミン等のタンパク質、脂質、ポリビニルアルコール、モノチオグリセロール等の公知の各種培地添加物を添加することもできる。
【0073】
本発明の特に好ましい実施形態において細胞凝集体から軟骨組織体への分化誘導は、例えば以下のステップ1~ステップ3により行うことができる。
【0074】
(i) ステップ1
培養期間は、3~6日間であり、培養温度は、37℃前後である。培地の成分としては、CHIR99021、FGF2、Ascorbic acid、ITS (Insulin, transferrin, selenium)、FBS(ウシ胎児血清)が挙げられる。必要に応じて培地交換を行う。ステップ1及び工程(i)において、FBSは1~10%(w/v)程度の濃度で使用することが、凝集塊の形状を維持するために好ましい。
【0075】
(ii) ステップ2
培養期間は、3~6日間であり、培養温度は、37℃前後である。培地の成分としては、BMP4、TGFb1、GDF5、FGF2、Ascorbic acid、ITS、FBS等が挙げられる。必要に応じて培地交換を行う。ステップ2及び工程(ii)において、FBSは1~10%(w/v)程度の濃度で使用することが、軟骨組織体の変形は見られず、所望の太さで、平滑で均一な軟骨組織体を形成することができる。組織学的にもサフラニンOで赤色、アルシアンブルーで青色に染まる軟骨基質の産生を確認できる。
【0076】
(iii) ステップ3
培養期間は、6~8週間であり、培養温度は、37℃前後である。培地の成分としては、BMP4、TGFb1、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBS等が挙げられる。必要に応じて培地交換を行う。期間を前半と後半に分ける場合(例えば、ステップ3の培養期間が合計6週間の場合、前半3週間と後半3週間に分ける)、前半における好ましい培地は、BMP4、TGFb1、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBSから構成される培地、或いは、TGFb1、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBSから構成される培地である。また、後半における好ましい培地は、BMP4、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBSから構成される培地、BMP4、TGFb1、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBSから構成される培地、或いは、TGFb1、GDF5、Ascorbic acid、ITS、FBSから構成される培地である。ステップ3及び工程(iii)において、FBSは1~10%(w/v)程度の濃度で使用することが、所望の形状かつ均一で平滑な軟骨組織体を得るために好ましい。得られた軟骨組織体は、サフラニンOで赤色、アルシアンブルーで青色に染まることで、軟骨基質の産生を確認することができる。
【0077】
このようにして得られた軟骨組織体をそのまま生体内に移植すると、生体内への移植後に内軟骨性骨化が生じてしまう。
【0078】
そのため、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制するために、上記により得られた軟骨組織体をグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する。グルコース濃度は、好ましくは3g/L以下、より好ましくは2.5g/L以下、さらに好ましくは2g/L以下、よりさらに好ましくは1.5g/L以下、特に好ましくは1g/L以下、最も好ましくは0.5g/L以下である。一つの態様において、グルコース濃度は0g/L(つまり、グルコースを含まない)であることが好ましい。
【0079】
また、上記培地は、添加剤(A)及び/又は添加剤(B)を含むことが好ましく、添加剤(A)及び添加剤(B)を含むことがより好ましく、乳酸及びグルタミンを含むことが特に好ましい。添加剤(A)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。また、添加剤(B)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。
【0080】
本工程は、三次元培養で行うことが好ましい。なお、各段階の培養の間において、前の培養環境の影響を低減するために、PBS緩衝液等での洗浄を適宜行った上で培養を行うことが好ましい。
【0081】
培養は、細胞及び培地を格納するための適切な容器中で行うことができる。好適な培養を行う手法として、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0082】
培養期間としては、1~1000時間の範囲で適宜設定できる。グルコース濃度に応じて培養時間を適宜設定でき、例えば、グルコース濃度1g/Lの場合には培養時間は48~1000時間が好ましく、100~800時間がより好ましく、300~700時間が特に好ましい。また、グルコース濃度0g/L(グルコース無し)の場合には培養時間は1~100時間が好ましく、10~80時間がより好ましく、24~72時間が特に好ましい。必要に応じて培地交換を行う。
【0083】
本発明の特に好ましい実施形態において、本工程は例えば以下の条件により行うことができる。
【0084】
グルコース濃度0g/Lにおいて、培養期間は24~72時間、培養温度は37℃前後、培地としてはDMEM no glucose培地を用い、乳酸及びグルタミンをそれぞれ濃度1~10mMとなるよう添加する。必要に応じて培地交換を行う。
【0085】
また、以下に、軟骨組織より単離された軟骨細胞から培養軟骨組織体へと分化誘導し、本発明の工程を実施する場合の例を説明する。
【0086】
まず、患者等から採取された軟骨組織に対し、公知の方法で酵素処理を行い、軟骨細胞を単離する。その後、単離した軟骨細胞を、軟骨細胞を培養するのに通常用いられる培地で培養する。培地としては、例えばDMEM培地、HAM F-12培地等が挙げられ、当該培地に抗生物質等が添加されていても良い。必要に応じて培地交換を行う。
【0087】
培養は、細胞及び培地を格納するための適切な容器中で行うことができる。好適な培養を行う手法として、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0088】
軟骨細胞の培養期間は、1~6週間、好ましくは2~4週間である。得られた軟骨組織体は、サフラニンOで赤色、アルシアンブルーで青色に染まることで、軟骨基質の産生を確認することができる。
【0089】
このようにして得られた軟骨組織体をそのまま生体内に移植すると、生体内に移植後に内軟骨性骨化が生じてしまう。
【0090】
そのため、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制するために、上記により得られた軟骨組織体をグルコース濃度4.5g/L未満の培地で培養する。グルコース濃度は、好ましくは3g/L以下、より好ましくは2.5g/L以下、さらに好ましくは2g/L以下、よりさらに好ましくは1.5g/L以下、特に好ましくは1g/L以下、最も好ましくは0.5g/L以下である。一つの態様において、グルコース濃度は0g/L(つまり、グルコースを含まない)であることが好ましい。
【0091】
また、上記培地は、添加剤(A)及び/又は添加剤(B)を含むことが好ましく、添加剤(A)及び添加剤(B)を含むことがより好ましく、乳酸及びグルタミンを含むことが特に好ましい。添加剤(A)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。また、添加剤(B)の濃度は0.01~40mMが好ましく、0.1~20mMがより好ましく、1~10mMが特に好ましい。
【0092】
本工程は、三次元培養で行うことが好ましい。なお、各段階の培養の間において、前の培養環境の影響を低減するために、PBS緩衝液等での洗浄を適宜行った上で培養を行うことが好ましい。
【0093】
培養は、細胞及び培地を格納するための適切な容器中で行うことができる。好適な培養を行う手法として、約37℃程度及び二酸化炭素濃度約5%程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて温度及びCO2濃度を制御しながら行うことができる。
【0094】
培養期間としては、1~1000時間の範囲で適宜設定できる。グルコース濃度に応じて培養時間を適宜設定でき、例えば、グルコース濃度1g/Lの場合には培養時間は48~1000時間が好ましく、100~800時間がより好ましく、300~700時間が特に好ましい。また、グルコース濃度0g/L(グルコース無し)の場合には培養時間は1~100時間が好ましく、10~80時間がより好ましく、24~72時間が特に好ましい。必要に応じて培地交換を行う。
【0095】
本発明の特に好ましい実施形態において、本工程は例えば以下の条件により行うことができる。
【0096】
グルコース濃度0g/Lにおいて、培養期間は24~72時間、培養温度は37℃前後、培地としてはDMEM no glucose培地を用い、乳酸及びグルタミンをそれぞれ濃度1~10mMとなるよう添加する。必要に応じて培地交換を行う。
【0097】
このように、本発明の方法は、多能性幹細胞由来の培養軟骨組織体や軟骨細胞由来の培養軟骨組織体等、幅広い軟骨組織体に対して、生体内に移植したときの内軟骨性骨化を抑制するために実施することができる。
【実施例0098】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0099】
<実施例1>
ヒトiPS細胞から誘導したLBM(Exp LBM)を用いて検討を行った。図2に、培養軟骨組織体を得るための方法の模式図を示す。図2において、ExpLBMは、ヒトiPS細胞からWO2021/054449の実施例の記載に従い誘導したヒト軟骨前駆細胞を意味する。
【0100】
基板として、細胞の付着抑制能を有する培養ディッシュ(直径:35mm)(住友ベークライト株式会社、MS9035X)を使用し、図2のCAT(cell self-aggregation technique)コーティングとして、2-(N,N-ジメチルアミノ)エチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体(以下、「CATポリマー」と記載する)(全モノマーに対する2-(N,N-ジメチルアミノエチル)メタクリレートのモル比率が90%)の水溶液を使用した。
【0101】
培養ディッシュに円形に切り抜いたシリコーンシートを貼り付け、その中心にシリコーン製の支柱を設置し、シリコーン型枠を作製した。その後、シリコーンで囲まれたドーナツ状の領域(細胞培養空間)に濃度12μg/mlのCATポリマー液を添加し、5分間静置した後にポリマー液を完全に吸引することでコーティング領域を作成した(図2)。このコーティング領域にExpLBMを2×106cells/cm2で播種しSTEP1~3の培養を行った。培地にはSTEP1~3培地を使用した。培養期間は、STEP1:3日、STEP2:3日、STEP3:6週間で行った。
・STEP1培地: CDM2 basal medium+3μM CHIR99021+10ng/mL FGF2+50μg/mL アスコルビン酸+1×ITS
・STEP2培地:CDM2 basal medium+10ng/mL FGF2+50μg/mL アスコルビン酸+30ng/mL BMP4+10ng/mL TGFβ1+10ng/mL GDF5+1×ITS
・STEP3培地:CDM2 basal medium+50μg/mL アスコルビン酸+10ng/mL TGFβ1+10ng/mL GDF5+30ng/ml BMP4+1×ITS
【0102】
得られた軟骨組織体をサフラニンO染色で確認したところ、赤色に染まる軟骨基質の産生が確認された。
【0103】
得られた軟骨組織体を、以下の種々の培地で3週間培養した。その後、NOD/SCID マウスに移植し、12週後に当該移植組織を取り出し、サフラニンO染色及びコッサ染色で確認した。また、移植後1~12週における骨化体積量変化を確認した。結果を図3、4に示す。
・CDM2培地:BSA(5 %)、 lipid concentrate(1 %)、MTG(450μM)、insulin(0.7μg/ml)、transferrin(15μg/ml)含有 IMDM/F12 培地、グルコース濃度3.151g/L
・DMEM(high glucose)培地:グルコース濃度4.5g/L
・DMEM(low glucose)培地:グルコース濃度1.0g/L
【0104】
CDM2培地及びDMEM(high glucose)培地で追加培養した軟骨組織体では内軟骨性骨化が確認されたが、DMEM(low glucose)培地で追加培養した軟骨組織体では内軟骨性骨化が確認されなかった。
【0105】
<実施例2>
STEP2の培養までの工程は、実施例1と同様に行った。その後、STEP3において、DMEM No glucose(乳酸及びグルタミン添加)による48時間の短期曝露の検討を行った。具体的には、STEP3において、下記(A)~(C)の3つのパターンで検討を行った。
(A)(a)培地で6週間培養(コントロール)
(B)(b)培地で48時間培養した後に(a)培地で6週間培養
(C)(a)培地で6週間培養した後に(b)培地で48時間培養
【0106】
(a)培地:CDM2 basal medium+50μg/mL アスコルビン酸+30ng/mL BMP4+10ng/mL TGFβ1+10ng/mL GDF5+1×ITS+10%FBS
(b)培地:DMEM(no glucose)培地+ 4mM lactic acid +4mM glutamine(グルコース濃度0g/L)
【0107】
その後、得られた軟骨組織体をNOD/SCID マウスに移植し、12週後に当該移植組織を取り出し、サフラニンO染色及びコッサ染色で確認した。また、移植後1~12週における骨化体積量変化を確認した。結果を図5、6に示す。
【0108】
曝露なしのコントロール(A)の軟骨組織体とSTEP3の始めにグルコース無しの培地で培養した(B)の軟骨組織体では移植後に骨化を生じたが、STEP3の終わりにグルコース無しの培地で培養した(C)の軟骨組織体では移植後の骨化を生じなかった。
【0109】
また、上記(A)~(C)で培養して得られた軟骨組織体に対しTUNEL染色を行い、アポトーシスを確認した。結果を図7に示す。STEP3の終わりにグルコース無しの培地で培養した(C)の軟骨組織体でより多くの死細胞が観察された。死細胞の分布は骨化した組織体の骨化部位と類似しており、骨化の原因となる細胞を事前に排除できている可能性が示唆された。STEP3の始めにグルコース無しの培地で培養した(B)の軟骨組織体でも骨化細胞が一度除去できていると考えられるが、STEP3の培養工程における分化誘導プロトコールにより再度骨化細胞が形成されることが考えられるため、移植直前にグルコース無しの培地で培養することが好ましいと考えられる。
【0110】
<実施例3>
実施例2において選択的に細胞死した軟骨細胞がどのような細胞化を調べるため、幼若マウスの成長板を含む肋骨・軟骨移行部を採取し、DMEM(high glucose)培地、DMEM No glucose培地(乳酸4mM及びグルタミン4mM添加), DMEM(no glucose)培地(乳酸及びグルタミン無添加)にて培養を行った。DMEM(high glucose)培地、及びDMEM No glucose培地(乳酸4mM及びグルタミン4mM添加)にて培養を行った検体については、培養開始2日後にTUNEL染色にて死細胞を染色し、サフラニンO染色やHE染色による形態的な特徴を合わせて死細胞の局在を調べた。DMEM(no glucose)培地(乳酸及びグルタミン無添加)にて培養を行った検体については、培養開始1日後に、TUNEL染色、サフラニンO染色、HE染色を行い、死細胞の局在を調べた。また、コントロールとして採取後にすぐ4%PFAによる固定を行う検体を採取し、同様にTUNEL染色、サフラニンO染色、HE染色を行い、死細胞の局在を調べた。結果を図9~12に示す。
【0111】
DMEM(high glucose)培地で培養した組織では石灰化、骨化部位での細胞死を生じているが、軟骨細胞の細胞死はほぼ生じなかった(図9)。一方、DMEM No glucose培地(乳酸4mM及びグルタミン4mM添加)で培養した組織では、サフラニンO染色により観察される肥大軟骨細胞と前肥大軟骨細胞の部位に特に集中的に細胞死を認めた(図10)。また、DMEM(no glucose)培地(乳酸及びグルタミン無添加)においても、軟骨細胞の局所的な細胞死が観察された(図11)。これは、内軟骨性骨化の過程で特に骨化を生じる原因となる軟骨細胞(肥大軟骨細胞、前肥大軟骨細胞)が無糖培養で排除されているためであると考えられる。DMEM No glucose培地(乳酸4mM及びグルタミン4mM添加)とDMEM(no glucose)培地(乳酸及びグルタミン無添加)との 間での著明な差は認めなかったが、DMEM(high glucose)培地と比較することで、肥大軟骨細胞や前肥大軟骨細胞はより糖依存度が高いことが証明された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12