(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051908
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】コロナウイルス中和抗体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/13 20060101AFI20240404BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20240404BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240404BHJP
C07K 16/10 20060101ALI20240404BHJP
G01N 33/569 20060101ALI20240404BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20240404BHJP
【FI】
C12N15/13
A61P31/14 ZNA
A61K39/395 S
C07K16/10
G01N33/569 L
C12P21/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158295
(22)【出願日】2022-09-30
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】森 康子
【テーマコード(参考)】
4B064
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG27
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA13
4C085AA14
4C085BA71
4C085CC23
4C085DD62
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA76
4H045EA20
4H045EA29
4H045EA50
4H045EA53
4H045FA74
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明の目的は、より幅広い株に対して中和活性を示すことができるコロナウイルス中和抗体を提供することにある。
【解決手段】特定のアミノ酸配列における特定位置のアミノ酸残基に対する結合能を有し、且つクラス3抗体であるコロナウイルス中和抗体、前記コロナウイルス中和抗体を含むコロナウイルス感染症治療薬組成物、及び前記コロナウイルス中和抗体を含む抗原検査キットを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1における、T345、R346、N439、K440、L441、D442、S443、K444、V445、N448、N450、Y451、及びP499に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能を有し、且つクラス3抗体である、コロナウイルス中和抗体。
【請求項2】
配列番号2に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号3に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号4に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域を含む重鎖可変領域と、
配列番号5に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号6に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号7に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
【請求項3】
配列番号1における、Y449、Y453、L455、F456、N477、K478、A484、G485、F486、N487、Y489、F490、R493、S494、S496、R498、及びY501に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能を有する、コロナウイルス中和抗体。
【請求項4】
配列番号8に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号9に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号10に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域を含む重鎖可変領域と、
配列番号11に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号12に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号13に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び請求項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかを含む、コロナウイルス感染症治療薬組成物。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び請求項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体を含む、コロナウイルス感染症治療薬組成物。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び請求項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかを含む、抗原検査キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロナウイルス中和抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、2019年に始まった爆発的なコロナウイルス症2019(COVID-19)パンデミックの原因となり、SARS-CoV-2は2022年8月4日現在、世界中で577万人以上に感染、640万人を超える死亡の原因になっている。SARS-CoV-2のオミクロン変異株(BA.1;B.1.1.529)は、2021年11月に南アフリカで初めて報告され、世界中に拡大した(非特許文献1)。オミクロン変異株の拡散によりCOVID-19の感染者が増加し、オミクロンBA.5変異株が世界的に拡散するに至っている(非特許文献2)。
【0003】
オミクロン変異株BA.1及びBA.2は、既知の中和抗体の大半を回避する(非特許文献3,4)。また、オミクロン範囲株BA.5は、クラス1抗体の結合部位周辺のF486Vや、クラス3抗体の結合部位周辺のL452Rのような変異を更に有していることによって、その回避能力が強化されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W. Dejnirattisai et al., SARS-CoV-2 Omicron-B.1.1.529 leads to widespread escape from neutralizing antibody responses. Cell 185, 467-484.e415 (2022).
【非特許文献2】H. Tegally et al., Continued Emergence and Evolution of Omicron in South Africa: New BA.4 and BA.5 lineages. medRxiv, 2022.2005.2001.22274406 (2022).
【非特許文献3】D. Yamasoba et al., Virological characteristics of the SARS-CoV-2 Omicron BA.2 spike. Cell 185, 2103-2115 e2119 (2022).
【非特許文献4】J. Ai et al., Antibody evasion of SARS-CoV-2 Omicron BA.1, BA.1.1, BA.2, and BA.3 sub-lineages. Cell Host Microbe, (2022).
【非特許文献5】Y. Cao et al., BA.2.12.1, BA.4 and BA.5 escape antibodies elicited by Omicron infection. Nature, (2022).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで見出されている中和抗体は、その中和活性がコロナウイルスの特定の1種又は数種の株に対して認められるのみであり、より幅広い株に対する中和活性は期待できない。
【0006】
そこで、本発明の目的は、より幅広い株に対して中和活性を示すことができるコロナウイルス中和抗体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討の結果、これまで見出されている中和抗体とは異なるフットプリントに基づく結合様式を持つ新たな中和抗体を見出し、これらの中和抗体が、現存するコロナウイルス変異株の5種以上に対して中和活性を有することを確認した。本発明は、この知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 配列番号1における、T345、R346、N439、K440、L441、D442、S443、K444、V445、N448、N450、Y451、及びP499に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能を有し、且つクラス3抗体である、コロナウイルス中和抗体。
項2. 配列番号2に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号3に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号4に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域を含む重鎖可変領域と、
配列番号5に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号6に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号7に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
項3. 配列番号1における、Y449、Y453、L455、F456、N477、K478、A484、G485、F486、N487、Y489、F490、R493、S494、S496、R498、及びY501に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能を有する、コロナウイルス中和抗体。
項4. 配列番号8に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号9に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号10に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域を含む重鎖可変領域と、
配列番号11に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号12に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号13に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
項5. 項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかを含む、コロナウイルス感染症治療薬組成物。
項6. 項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体を含む、コロナウイルス感染症治療薬組成物。
項7. 項1又は2に記載のコロナウイルス中和抗体及び項3又は4に記載のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかを含む、抗原検査キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、より幅広い株に対して中和活性を示すことができるコロナウイルス中和抗体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】SARS-CoV-2変異体に対する中和モノクローナル抗体(mAbs)について、ELISAによって明らかにされた、D614G、Delta、BA.1、BA.2、およびBA.5変異株のSARS-CoV-2スパイクエクトドメインへの結合の分析結果を示す。
【
図1B】SARS-CoV-2変異体に対する中和モノクローナル抗体(mAbs)について、プラーク減少中和試験(PRNT)により評価したD614G、Delta、BA.1、BA.1.1、BA.2またはBA.5に対する中和活性を示す。
【
図1C】SARS-CoV-2変異体に対する中和モノクローナル抗体(mAbs)について、上記中和データ(
図1B)から計算されたSARS-CoV-2バリアントに対する50%阻害濃度(IC50)を示す。
【
図2A】バイオレイヤー干渉法(BLI)による、BA.2スパイクRBDのMO1又はMO2への結合に関するセンサグラムを示す。破線はフィッティングカーブを示す。
【
図2B】バイオレイヤー干渉法(BLI)による、BA.5スパイクRBDのMO1への結合に関するセンサグラムを示す。破線はフィッティングカーブを示す。
【
図2C】
図2A、
図2Bの曲線フィッティングから評価したBLIキネティクスのまとめを示す。
【
図3A】BA.1スパイク三量体と中和モノクローナル抗体MO1の結合様式であり、MO1 FabとプレフュージョンBA.1スパイク3量体のクライオ電子顕微鏡密度マップとリボンモデルを示す。
【
図3B】
図3Aと同じ視点からの構造モデルの表面描写である。
【
図3C】MO1結合部位から見たRBD上のオミクロンBA.1またはBA.2変異部位のマッピングを示す。オミクロンBA.5変異株のF486V及びL452R、並びにオミクロンBA.1.1変異株のR346Kも表示されている。
【
図3D】MO1フットプリントに関与する残基を淡色(破線部内)で示す(
図3Cと同じ視点から)。
【
図3E】RBD上のMO1結合モードである(左図は、
図3Cと同じ視点からの図である。)。
【
図3F】界面におけるMO1とRBDの特筆すべき相互作用を示す。
【
図3G】界面におけるMO1とRBDの特筆すべき相互作用を示す。
【
図3H】界面におけるMO1とRBDの特筆すべき相互作用を示す。
【
図3I】界面におけるMO1とRBDの特筆すべき相互作用を示す。
【
図4A】BA.1スパイクエクトドメインの部位特異的アラニン変異体を用いたELISA法により、T345, R346, K440, D442, K444, V445, N448, N450, Y451へのMO1結合を解析した結果である。
【
図4B】
図4Aの結果のまとめである。なお、注釈「*」は、コントロール抗体も反応性を失ったことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.コロナウイルス中和抗体
コロナウイルスは、コロナウイルス科のコロナウイルス亜科に属するウイルスの種であり、ヒト等の動物に感染し、呼吸器、胃腸、または神経性の疾患を発症させるプラス鎖RNAウイルスである。コロナウイルスの具体例としては、第1の所定の結合能を有するクラス3抗体に中和されるもの、又は第2の所定の結合能を有する抗体に中和されるものであることを限度として特に限定されず、例えば、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV、SARS-CoV-2)、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)等が挙げられる。これらのコロナウイルスには、野生株だけでなく、変異株も包含される。これらのコロナウイルスの中でも、好ましくはSARS-CoV-2が挙げられる。また、SARS-CoV-2としては、野生株、D614G変異株、デルタ変異株、オミクロンBA.1変異株、オミクロンBA.1.1変異株、オミクロンBA.5変異株等が挙げられるが、これらに限定されず、将来的に発生し得る変異株も含まれる。
【0012】
本発明のコロナウイルス中和抗体は、第1のコロナウイルス中和抗体と、第2のコロナウイルス中和抗体とを含む。
【0013】
第1のコロナウイルス中和抗体は、配列番号1における、T345、R346、N439、K440、L441、D442、S443、K444、V445、N448、N450、Y451、及びP499に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能(以下において、「第1の所定の結合能」とも記載する。)を有し、且つクラス3抗体である、コロナウイルス中和抗体である。
【0014】
第2のコロナウイルス中和抗体は、配列番号1における、Y449、Y453、L455、F456、N477、K478、A484、G485、F486、N487、Y489、F490、R493、S494、S496、R498、及びY501に相当する位置のアミノ酸残基に対する結合能(以下において、「第2の所定の結合能」とも記載する。)を有する、コロナウイルス中和抗体である。
【0015】
第1の所定の結合能及び第2の結合能に関して、配列番号1は、GenBankのアクセッション番号QOS45029.1で登録されている野生型SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列である。「相当する位置のアミノ酸残基」とは、本発明の中和抗体の標的であるコロナウイルスがSARS-CoV-2(野生型又は変異株)である場合は、配列番号1のアミノ酸配列中の上記所定位置のアミノ酸残基をいい、本発明の中和抗体の標的であるコロナウイルスがSARS-CoV-2以外の他のコロナウイルスである場合は、配列番号1のアミノ酸配列に対応する当該他のコロナウイルスのスパイクタンパク質のアミノ酸配列(対応するアミノ酸配列)中の、上記所定位置に対応する位置のアミノ酸残基をいう。当該対応する位置は、配列番号1のアミノ酸配列と当該対応するアミノ酸配列とのアラインメントにより特定することができる。
【0016】
本発明の第1のコロナウイルス中和抗体は、以下に示すものでもある。
配列番号2に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号3に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号4に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域(重鎖CDR)を含む重鎖可変領域と、
配列番号5に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号6に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号7に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域(軽鎖CDR)を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
【0017】
配列番号2~7に示すアミノ酸配列は、具体的には以下の通りである。
【表1】
【0018】
本発明の第2のコロナウイルス中和抗体は、以下に示すものでもある。
配列番号8に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号9に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号10に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する重鎖相補性決定領域(重鎖CDR)を含む重鎖可変領域と、
配列番号11に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号12に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号13に示すアミノ酸配列又はそれと80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する軽鎖相補性決定領域(軽鎖CDR)を含む軽鎖可変領域と、を含む、コロナウイルス中和抗体。
【0019】
配列番号8~13に示すアミノ酸配列は、具体的には以下の通りである。
【表2】
【0020】
80%以上の配列同一性の好ましい例は、各CDRそれぞれの全長に応じて異なるが、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは92%以上、一層好ましくは94%以上が挙げられる。
【0021】
なお、「配列同一性」とは、BLAST PACKAGE[sgi32 bit edition,Version 2.0.12;available from National Center for Biotechnology Information(NCBI)]のbl2seq program(Tatiana A.Tatsusova,Thomas L.Madden,FEMS Microbiol.Lett.,Vol.174,p247-250,1999)により得られるアミノ酸配列の同一性の値を示す。パラメーターは、Gap insertion Cost value:11、Gap extension Cost value:1に設定すればよい。
【0022】
配列番号2~13それぞれと配列同一性が80%以上100%未満のアミノ酸配列において、配列番号2~13それぞれにおけるアミノ酸配列から所定のアミノ酸が置換されている場合、当該置換としては、類似アミノ酸による置換(即ち保存的アミノ酸置換)が、抗体の中和活性に変化をもたらさないことが予測されるため好適である。具体的には、アミノ酸側鎖の性質に基づいて、次のような分類が確立しており、同じ分類に属するアミノ酸に置換されることが好ましい。
塩基性アミノ酸:リジン、アルギニン、ヒスチジン
酸性アミノ酸:グルタミン酸、アスパラギン酸
中性アミノ酸:グリシン、アラニン、セリン、トレオニン、メチオニン、システイン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、ロイシン、イソロイシン、バリン、グルタミン、アスパラギン、プロリン
更に、前記中性アミノ酸は、極性側鎖を有するもの(アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖を有するもの(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、アミド含有側鎖を有するもの(アスパラギン、グルタミン)、硫黄含有側鎖を有するもの(メチオニン、システイン)、芳香族側鎖を有するもの(フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン)、水酸基含有側鎖を有するもの(セリン、トレオニン、チロシン)、脂肪族側鎖を有するもの(アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン)等に分類することもできる。
【0023】
アミノ酸配列中の所定のアミノ酸を他のアミノ酸に置換する方法については、例えば、部位特異的変異誘発法(Hashimoto-Gotoh T. et al.,Gene, Vol.152,p.271-275(1995); Zoller MJ. et al.,Methods Enzymol.Vol.100,p.468-500(1983)、Kramer W. et al.,Nucleic Acids Res.Vol.12,p.9441-9456(1984); Kramer W. et al.,Methods. Enzymol.Vol.154,p.350-367(1987); Kunkel TA.,Proc Natl Acad Sci USA.,Vol.82,p.488-492(1985)等)が知られており、当該部位特異的変異誘発法を用いてCDRのアミノ酸配列にアミノ酸置換を行うことができる。また、他のアミノ酸に置換する方法としては、WO2005/080432に記載されているライブラリー技術も挙げられる。
【0024】
本発明のコロナウイルス中和抗体において、可変領域中のフレームワーク領域は、コロナウイルスに対する中和活性に実質的な影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本発明の第1のコロナウイルス中和抗体の具体的な配列としては、重鎖可変領域のアミノ酸配列として配列番号14、軽鎖可変領域のアミノ酸配列として配列番号15が挙げられる。本発明の第2のコロナウイルス中和抗体の具体的な配列としては、重鎖可変領域のアミノ酸配列として配列番号16、軽鎖可変領域のアミノ酸配列として配列番号17が挙げられる。また、本発明のコロナウイルス中和抗体において、定常領域のアミノ酸配列も、コロナウイルスに対する中和活性に実質的な影響を及ぼさない限り、特に限定されない。
【0025】
配列番号2~配列番号13に示すCDRのアミノ酸配列は、ヒト抗体由来であるが、本発明のコロナウイルス中和抗体は、ヒト抗体であってもよいし、キメラ抗体であってもよい。
【0026】
本発明のコロナウイルス中和抗体のアイソタイプについては特に制限されないが、例えば、IgG(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)、IgA(IgA1、IgA2)、IgM、IgD、及びIgEが挙げられる。これらの中でも、IgGが好適である。
【0027】
また、少なくとも第1のコロナウイルス中和抗体はクラス3抗体である。クラス3抗体は、スパイクのRBD領域がダウン、及びアップのコンフォメーションのどちらであっても結合可能であり、ACE2結合サイトとは重ならず、ACE2結合サイト以外のRBD領域に結合する抗体をいう(Gruel et al. Immunity 55, June 14, 2022、Figure 2D)。
【0028】
本発明のコロナウイルス中和抗体の形態は、典型的には、単離されたモノクローナル抗体である。モノクローナル抗体の作製方法は特に限定されないが、例えば、“Kohler G, Milstein C., Nature. 1975 Aug 7;256(5517):495-497.”に掲載されているようなハイブリドーマ法;米国特許第4816567号に記載されているような組換え法;“Clackson et al., Nature. 1991 Aug 15;352(6336):624-628.”、又は“Marks et al., J Mol Biol. 1991 Dec 5;222(3):581-597.”に記載されているようなファージ抗体ライブラリーから単離する方法、“タンパク質実験ハンドブック, 羊土社(2003):92-96.”に掲載されている方法等により作製することができる。
【0029】
また、本発明のコロナウイルス中和抗体には、全長抗体(Fab領域とFc領域を有する抗体)のみならず、断片抗体も包含される。このような断片抗体として、Fv抗体、Fab抗体、Fab'抗体、F(ab')2抗体、scFv抗体、dsFv抗体、ダイアボディ、ナノボディ等が挙げられる。また、本発明のコロナウイルス中和抗体には、前記の抗原結合領域を含む限り、多価特異性抗体(例えば二重特異性抗体)も包含する。これらの断片抗体及び多重特異性抗体は、従来公知の方法に従って作製することができる。
【0030】
本発明のコロナウイルス中和抗体は、ポリエチレングリコール、放射性物質、トキシン等の各種化合物と結合したコンジュゲート抗体又はコンジュゲート抗体断片であってもよい。また、本発明のコロナウイルス中和抗体は、必要に応じて、結合している糖鎖が改変されていてもよいし、他のタンパク質が融合していてもよい。
【0031】
2.核酸
本発明の核酸は、上記のコロナウイルス中和抗体をコードしている核酸である。本発明の核酸は、例えば、上記のコロナウイルス中和抗体をコードしている核酸を鋳型として、少なくともコロナウイルス中和抗体をコードしている領域をPCR等によって取得することにより得ることができる。また、本発明核酸は、遺伝子の合成法によって人工合成することもできる。
【0032】
また、核酸の塩基配列の特定の部位に特定の変異を導入する場合、変異導入方法は公知であり、例えば核酸の部位特異的変異導入法等が利用できる。核酸中の塩基を変換する具体的な方法としては、例えば、市販のキットを用いて行うこともできる。
【0033】
塩基配列に変異を導入した核酸は、核酸シーケンサーを用いて塩基配列を確認することができる。一旦、塩基配列が確定されると、その後は化学合成、クローニングされたプローブを鋳型としたPCR、又は当該塩基配列を有する核酸断片をプローブとするハイブリダイゼーションによって、前記コロナウイルス中和抗体をコードする核酸を得ることができる。
【0034】
また、部位特異的突然変異誘発法等によって前記コロナウイルス中和抗体をコードする核酸の変異型であって変異前と同等の機能を有するものを合成することができる。なお、前記コロナウイルス中和抗体をコードする核酸に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法、メガプライマーPCR法等の公知の手法によって行うことができる。
【0035】
本発明の核酸の塩基配列については、当業者であれば、本発明のコロナウイルス中和抗体の上記CDRの配列に従って適宜設計可能である。例えば、配列番号2をコードする塩基配列として配列番号18が挙げられ、配列番号3をコードする塩基配列として配列番号19が挙げられ、配列番号4をコードする塩基配列として配列番号20が挙げられ、配列番号5をコードする塩基配列として配列番号21が挙げられ、配列番号6をコードする塩基配列として配列番号22が挙げられ、配列番号7をコードする塩基配列として配列番号23が挙げられ、配列番号8をコードする塩基配列として配列番号24が挙げられ、配列番号9をコードする塩基配列として配列番号25が挙げられ、配列番号10をコードする塩基配列として配列番号26が挙げられ、配列番号11をコードする塩基配列として配列番号27が挙げられ、配列番号12をコードする塩基配列として配列番号28が挙げられ、配列番号13をコードする塩基配列として配列番号29が挙げられる。
【0036】
例えば、本発明の核酸に含まれる重鎖可変領域をコードする塩基配列として、配列番号30に示す塩基配列(配列番号14で示される重鎖可変領域をコードする塩基配列)及び配列番号31に示す塩基配列(配列番号16で示される重鎖可変領域をコードする塩基配列)が挙げられる。本発明の核酸に含まれる軽鎖可変領域をコードする塩基配列として、配列番号32に示す塩基配列(配列番号15で示される軽鎖可変領域をコードする塩基配列)及び配列番号33に示す塩基配列(配列番号17で示される軽鎖可変領域をコードする塩基配列)が挙げられる。
【0037】
3.組換えベクター
組換えベクターは、上記の本発明の核酸を含む。本発明の組換えベクターは、発現ベクターに本発明の核酸を挿入することにより得ることができる。
【0038】
組換えベクターには、本発明の核酸に作動可能に連結されたプロモーター等の制御因子が含まれる。制御因子としては、代表的にはプロモーターが挙げられるが、更に必要に応じてエンハンサー、CCAATボックス、TATAボックス、SPI部位等の転写要素が含まれていてもよい。また、作動可能に連結とは、本発明の核酸を調節するプロモーター、エンハンサー等の種々の制御因子と本発明の核酸が、宿主細胞中で作動し得る状態で連結されることをいう。
【0039】
発現ベクターとしては、宿主内で自律的に増殖し得るファージ、プラスミド、又はウイルスから遺伝子組換え用として構築されたものが好適である。具体的には、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET-Blue)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110)、酵母由来プラスミド(例えばpSH19)、動物細胞発現プラスミド(例えばpA1-11、pcDNA3.1-V5/His-TOPO)、λファージなどのバクテリオファージ、ウイルス由来のベクター等が挙げられる。
【0040】
4.形質転換体
形質転換体は、上記の本発明の核酸又は上記の組換えベクターを用いて宿主を形質転換することによって得られる。
【0041】
形質転換体の製造に使用される宿主としては、遺伝子の導入が可能であり、且つ自律増殖可能で本発明の遺伝子の形質を発現できるのであれば特に制限されないが、例えば、ヒト及びヒトを除く哺乳動物(例えば、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ウシ、サル等)の細胞、より具体的には、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、サル細胞COS-7、ヒト胎児由来腎臓細胞(例えば、HEK293細胞);昆虫細胞;植物細胞;大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属等に属する細菌;放線菌等;酵母等;糸状菌等が挙げられる。
【0042】
形質転換体は、宿主に上記の本発明の核酸又は上記の組換えベクターを導入することによって得ることができる。本発明の核酸又は組換えベクターを導入する方法は、目的の遺伝子が宿主に導入できる限り特に限定されない。また、核酸を導入する場所も、目的の遺伝子が発現できる限り特に限定されず、プラスミド上であってもよいし、ゲノム上であってもよい。本発明の核酸又は組換えベクターを導入する具体的な方法としては、例えば、組換えベクター法、ゲノム編集法が挙げられる。
【0043】
宿主に本発明の核酸又は組換えベクターを導入する条件は、導入方法及び宿主の種類等に応じて適宜設定すればよい。宿主が細菌の場合であれば、例えば、カルシウムイオン処理によるコンピテントセルを用いる方法及びエレクトロポレーション法等が挙げられる。宿主が酵母の場合であれば、例えば、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、スフェロプラスト法及び酢酸リチウム法等が挙げられる。宿主が動物細胞の場合であれば、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法及びリポフェクション法等が挙げられる。宿主が昆虫細胞の場合であれば、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法及びエレクトロポレーション法等が挙げられる。宿主が植物の場合であれば、例えば、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法及びPEG法等が挙げられる。
【0044】
5.コロナウイルス中和抗体の製造方法
本発明のコロナウイルス中和抗体は、前記の形質転換体を培養することによって製造することができる。形質転換体の培養条件は、宿主の栄養生理的性質を考慮して適宜設定すればよいが、好ましくは液体培養が挙げられる。得られた培養物から、適宜コロナウイルス中和抗体を回収し、精製することができる。
【0045】
6.コロナウイルス感染症治療薬組成物
本発明は、前記本発明のコロナウイルス中和抗体を含むコロナウイルス感染症治療薬組成物も提供する。
【0046】
本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物には、上記第1のコロナウイルス中和抗体及び上記第2のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかが含まれ、好ましくは、上記第1のコロナウイルス中和抗体及び上記第2のコロナウイルス中和抗体の両方が含まれる。本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物には、さらに、他のコロナウイルス中和抗体が含まれていてもよい。
【0047】
本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物は、前記本発明のコロナウイルス中和抗体を有効量含んでさえいればよく、その他に、医薬的に許容される担体又は添加剤を含んでいてもよい。このような担体又は添加剤としては、例えば、界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、pH緩衝剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、矯味剤等が挙げられる。
【0048】
また、本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物の投与形態については、経口的又は非経口的のいずれであってもよく、具体的には、経口投与;静脈内投与、筋肉内投与、腹腔内投与、皮下投与、経鼻投与、経肺投与、経皮投与、経粘膜投与、眼内投与等の非経口投与が挙げられる。
【0049】
本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物の製剤形態については、採用する投与形態に応じて、その製剤形態を適宜設定することができる。例えば、経口投与で使用される場合には、粉末剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の製剤形態に調製すればよく、非経口投与で使用される場合には、液剤、懸濁液、エマルジョン、スプレー剤、坐剤、点眼剤等の製剤形態に調製すればよい。
【0050】
本発明のコロナウイルス感染症治療薬組成物は、ヒト又はヒト以外の動物(典型的には哺乳動物)に対して適用することができる。
【0051】
7.抗原検査キット
本発明は、前記本発明のコロナウイルス中和抗体を含む抗原検査キットも提供する。
【0052】
本発明の抗原検査キットには、上記第1のコロナウイルス中和抗体及び上記第2のコロナウイルス中和抗体の少なくともいずれかが含まれ、好ましくは、上記第1のコロナウイルス中和抗体及び上記第2のコロナウイルス中和抗体の両方が含まれる。
【0053】
また、コロナウイルス中和抗体は、水不溶性担体に固定化されていてもよい。水不溶性担体としては、粒子であってもよいし、基板であってもよい。
【0054】
検体としては、コロナウイルスの検出が求められるものであることを限度として特に制限されず、具体的には、唾液、鼻咽頭ぬぐい液等が挙げられる。
【0055】
本発明のコロナウイルス検出キットは、コロナウイルス中和抗体と検体中のウイルス抗原との抗原抗体反応を免疫測定(代表例として、酵素免疫測定法(ELISA)が挙げられる。)する方法に基づいて構成され、使用されることができる。
【0056】
また、本発明のコロナウイルス検出キットは、細胞へのウイルス感染阻害、細胞への擬似ウイルスの侵入阻害、又は、スパイクタンパク質とACE2の結合阻害等を測定する方法に基づいて構成され、使用されることもできる。
【0057】
本発明のコロナウイルス検出キットには、前記本発明のコロナウイルス中和抗体の他に、他のコロナウイルス中和抗体、並びに/若しくは、測定方法に対応した他の試薬及び/又は器具が含まれていてもよい。
【実施例0058】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下において、Abは抗体を表し、mAbはモノクローナル抗体を表す。また、以下において示されるモノクローナル抗体のうち、MO1が、本発明の第1のコロナウイルス中和抗体の一実施形態であり、MO2が、本発明の第2のコロナウイルス中和抗体の一実施形態である。
【0059】
(1)試験方法
(1-1)ヒトサンプルの収集
2020年7月から11月の5ヶ月間にCOVID-19に感染し、その後2回投与のmRNAワクチンを接種した患者の血液サンプルを、兵庫県立加古川医療センター(Kakogawa, Japan)で採取した。この期間にCOVID-19発症した患者は、公式の疫学データに基づくと、主にSARS-CoV-2の野生型(D614G)変異型に感染していた。各患者の検体から、血清と末梢血単核細胞(PBMC)とを分離した。SARS-CoV-2に対して高い中和活性を持つ患者(以下において、ドナーとも記載する。)の血清及びそのデータを使用した。
【0060】
(1-2)ドナーPBMCからのヒト抗体遺伝子の単離
ドナーPBMC(末梢血単核球)からヒト抗体遺伝子を単離するために、抗SARS-CoV-2スパイクAbを発現する血清のメモリーB細胞をスクリーニングした後、単一細胞としてソーティングを行った。次に、Ecobody技術(T. Ojima-Kato, S. Nagai, H. Nakano, Ecobody technology: rapid monoclonal antibody screening method from single B cells using cell-free protein synthesis for antigen binding fragment formation. Sci Rep 7, 13979 (2017))で示される各V遺伝子から発現する抗体Fabドメインの抗スパイク反応性を、ELISA(酵素結合免疫吸着法)(iBody、名古屋、日本)により評価した。
【0061】
選択されたV遺伝子の配列を決定し、以下のようにヒト免疫グロブリン(IgG)mAb 発現ベクターにサブクローン化した。重鎖および軽鎖のV領域配列を増幅した。EcoRI-XhoIサイト及びEcoRI-BsiWIサイトを使用し、配列をそれぞれpFUSEss-CHIg-hG1およびpFUSE2ss-CLIg-hK発現ベクター(InvivoGen、カリフォルニア州、サンディエゴ)に挿入した。配列の確認には、キャピラリー電気泳動(CE)シーケンサー(モデルDS3000、日立ハイテク、東京)を使用した。
【0062】
(1-3)抗体の発現と精製
ポリエチレンイミンと、抗体の重鎖及び軽鎖の配列を含む2つのプラスミドとを用いて、HEK293T(ヒト腎臓)細胞にトランスフェクションすることにより、組換えmAbを発現させた。細胞は、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)に10%FBS(牛胎児血清)を添加し、37℃に維持したCO2インキュベーター(5%CO2)内で3日間培養した。また、Expi293F(商標) Expression System(Thermo Fisher Scientific)を用いて、製造元のプロトコルに沿ってmAbを発現させた。
【0063】
抗体の精製には、培養上清にrProtein A Sepharose(登録商標) (Cytiva, Marlborough, MA) を加え、その混合物を4℃で10-12時間穏やかに揺動させた。得られた樹脂を500 g、4℃で5分間遠心分離し、その後、冷リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で5回洗浄した。捕捉されたmAbは、クエン酸ナトリウム緩衝液(すなわち、40mMクエン酸三ナトリウム、pH3.4)で溶出された。その後、1M Tris-HClバッファーの添加により、溶液を直ちに~pH7.0に中和した。
【0064】
分子量カットオフ50,000 DのAmicon(登録商標) Ultra遠心分離フィルター(Sigma Chemicals, St.Louis, MO)で限外ろ過を行い、溶媒をPBSに置換した後、各mAbを濃縮した。ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行い、各mAbの純度を測定し、ナノドロップ(商標)分光光度計(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA)を用いて各抗体の濃度を決定した。
【0065】
(1-4)SARS-CoV-2スパイクタンパク質のプラスミド構築と発現
プレフュージョン安定化スパイクエクトドメイン三量体を発現するために、変異D614G、R682del、R683del、R685del、F817P、A892P、A899P、A942P、K986P及びV987Pを含むスパイク1-1213のアミノ酸(aa)残基をコードするプラスミドpCAGGS(H. Niwa, K. Yamamura, J. Miyazaki, Efficient selection for high-expression transfectants with a novel eukaryotic vector. Gene 108, 193-199 (1991))を用いた(C. L. Hsieh et al., Structure-based design of prefusion-stabilized SARS-CoV-2 spikes. Science 369, 1501-1505 (2020))。このコンストラクトには、T4フォルドン配列とC-末端側のHis6タグも含まれている。オーバーラップポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて、Delta 変異を持つスパイクエクトドメインを調製した。GeneArt Gene Synthesis service (Thermo Fisher Scientific) により、Omicron BA.1 と BA.2 のスパイク配列を調製し、BA.5 の配列は BA.2 の配列を基にしたオーバーラップPCRにより調製した。また、スパイクの受容体結合ドメイン(RBD)を残基334-528と定義した。
【0066】
次に、各バリアントのRBDコーディング配列を、N末端側にスパイクシグナル配列、C末端側にHisタグを持つプラスミドpCAGGSにサブクローニングした。部位特異的な置換を実現するために、オーバーラップ PCRを実施した。配列の確認は全て上記のDS3000CEシークエンサーで行った。スパイクエクトドメインまたはRBDをHEK293T細胞または上記のExpi293F(商標)発現系で発現させた。トランスフェクション後4-5日目に、培養上清を回収した。アフィニティークロマトグラフィーマトリックスNi-NTA (nickel-charged nitriloacetic acid) agarose (Qiagen, Hilden, Germany) を用いて、標的タンパク質を精製した。タンパク質をAmicon(登録商標) Ultra遠心分離フィルターで濃縮した後、SDS-PAGEで純度を評価し、NanoDrop(商標)分光光度計で濃度を測定した。
【0067】
(1-5)酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)
抗原としてプレフュージョン安定化スパイクタンパク質を96ウェルELISAプレート(コーニング、ニューヨーク、ニューヨーク)のウェルに(100又は200ng/ウェル)加え、続いて4℃で12時間超インキュベートした。その後、各ウェルをPBS-0.1%Tween20(PBST)で2回洗浄した後、次のステップのために試薬を添加した。
【0068】
ウェルをブロッキングバッファー(PBSTを含む1%ウシ血清アルブミン)により4℃で2時間インキュベートし、その後、希釈した各抗体を37℃で1時間反応させた。結合した抗体の検出には、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗ヒトIgG(1:10,000希釈、Abcam、Cambridge、MA)を使用し、37℃で1時間反応を継続させた。酵素反応を開始するために、ABTS(商標)溶液(Roche Diagnostics, Indianapolis, IN)を加えた。室温、暗所で40分インキュベートした後、1.5% (w/v) シュウ酸脱水溶液を加えて反応を停止させた。最後に、マイクロプレート光度計(Multiskan(商標) FC, Thermo Fisher Scientific)を用いて波長405 nm(OD405)で光学密度を測定した。
【0069】
(1-6)ウイルス
下記表に示すウイルスを用いた。
【表3】
【0070】
各ウイルスのストックを作成するため、2% FBS 含有 DMEM 中の Vero E6 (TMPRSS2発現) 細胞に感染させることでウイルスを増殖させた。
【0071】
(1-7)プラーク減少中和試験(PRNT)
プラーク減少中和試験(PRNT)を行い各ウイルス株に対する中和率を求めるため、Vero E6/TMPRSS2細胞(2×105 cells/well)を12wellプレート(Corning)に播種し、5%CO2、37℃で24hr培養を行った。その後、細胞単層体をDMEM(FBSなし)で1回洗浄した。DMEM(FBSなし)で希釈した各抗体を、100プラーク形成単位(PFU)のSARS-CoV-2と混合し、37℃で1時間インキュベートした。次に、Vero E6/TMPRSS2細胞にウイルス-抗体混合物を加え、37℃、5% CO2で1時間培養を行った。接種液を除去した後、感染細胞をPBSで2回洗浄し、2%FBSおよび1.6%メチルセルロースを含むDMEMとともに5%CO2、37℃で3~6日間培養した。培養液を除去した後、PBSで2回洗浄し、80%メタノールで1時間室温で細胞を固定した。残った細胞は50%メタノール中1%クリスタルバイオレットで染色し、プラークを可視化し、手動でカウントした。中和率は、抗体なしで得られたプラーク数を、抗体ありで得られたプラーク数で割ることで求めた。
【0072】
(1-8)バイオレイヤー干渉法
BLItz Biolayer Interferometer System (Sartorius, Goettingen, Germany) を用いて、各抗体とスパイクタンパク質との親和性をバイオレイヤー干渉法(BLI)により測定した。ストレプトアビジンセンサーは、Capture Select Biotin Anti-IgG-Fc (Multi-species) Conjugate (Thermo Fisher Scientific) でコーティングし、試験対象の抗体を捕獲した。各抗体をリガンドとしてセンサーに担持させた後、分析対象として各SARS-CoV-2亜種のRBDを含む溶液にセンサーを浸漬させた。得られたデータは、1:1相互作用を仮定したBLI会合解離モデルの標準式を用いてフィッティングした。すべてのリガンドと分析対象物の組み合わせについて、少なくとも2回の繰り返し測定を行い、代表的なデータを示した。
【0073】
(1-9)クライオ電子顕微鏡法
抗体のFabドメインは、パパイン消化により調製した。10 mM システインを添加したパパインアガロース(Thermo Fisher Scientific)と抗体溶液を混合し、1 M Tris-HCl, pH 8.8 を加えて pH を約 7 に調整した。37℃で48時間インキュベートした後、パパインアガロースをろ過し、rProtein A Sepharose resin(Cytiva, Marlborough, MA)を通過させてFcおよび未切断抗体を除去した。
【0074】
MO1 FabとBA.1プレフュージョン安定化スパイクエクトドメインの複合体を、AKTA pureシステム(Cytiva、Marlborough、MA)を用いてランニングバッファ(20 mM Tris-HCl pH 8.0および150 mM塩化ナトリウム)で平衡化したSephacryl S-300 HR column(Cytiva, Marlborough, MA)により精製した。精製した複合体をAmicon Ultra遠心分離フィルター(Sigma)分子量カット100,000 Dを用いた限外ろ過により濃縮し、9.4 mg/mlに調製した。これをグロー放電したばかりの Quantifoil ホーリーカーボングリッド (R0.6/1.0, Cu, 300 mesh) に、Vitrobot Mark IV (FEI) を用いて、8℃、湿度 100%の条件でブロット力 15、ブロット時間 4 秒で貼り付け、液体エタン中でプランジフロストした。このグリッドをOmegaタイプのインカラムエネルギーフィルターとGatan K3 camera (Gatan AMETEK, CA USA) を装備したCRYO ARM 300 (JEOL, Tokyo) に移し、300 kVで動作させ、相関二重サンプリング (CDS), カウントモードで撮影を行った。画像処理は公称倍率60,000倍で行われ、0.752A/pixの較正済みピクセルサイズに相当する(SPring-8におけるEM01CT)。入射電子ビームは平行光に設定し、検出器での線量率は10e-/pix/sであった。各露光は50フレーム、2.26秒の動画として記録され、試料での積算線量は50e-/A2であった。データはSerialEMソフトウェアと日本電子のカスタムスクリプトにより自動収集され、デフォーカス範囲はステージシフトごとに7x7x1のイメージシフトマトリクスの中心で-1.2~-1.6μmに設定された。ステージシフトは、ソフトウェアyoneoLocrを用いて穴の中心まで精細化した。
【0075】
(2)結果
(2-1)SARS-CoV-2に感染し、その後2回ワクチンを接種した患者のPBMCからの、SARS-CoV-2に対する中和活性を持つ抗体を産生するB細胞の取得
SARS-CoV-2亜型の共通エピトープを標的とするmAbを単離するために、感染及びその後にワクチンを接種したドナー(表2)のPBMCから抗体遺伝子を検索した。D614G、Delta、Omicron BA.1変異株のすべてに対して高い中和活性を示した患者から3つのPBMCsを選択した。このPBMCから分離した単一B細胞において、Ecobody技術により作製したFabsのELISA所見からさらに10種類の抗体遺伝子を選択し、精製した組み換えIgG抗体とV遺伝子を用いて試験を行った。10種類のmAbについて中和活性を調べ、中和活性を示した3種の抗体、つまり、MO1(本願発明の中和抗体の一例)、MO2(本願発明の中和抗体の一例)、及びMO3を得た。
【0076】
【0077】
(2-2)SARS-CoV-2変異株に対する中和モノクローナル抗体
図1Aに示すように、D614Gに対する3種類の中和抗体(MO1、MO2、MO3)は、D614GのSARS-CoV-2スパイクタンパク質を認識することが確認された。MO1は5つの変異株(D614G、Delta、BA.1、BA.2、BA.5)の5種類のスパイクタンパク質を認識し、MO2は、BA.5以外の4つの変異株のスパイクタンパク質を認識した一方、MO3は、Delta及びBA.5以外の3つの変異株のみ認識した。
【0078】
また、
図1B及び
図1Cに示すように、MO1は、以下のIC50値で、5つの変異株すべてを阻害した:D614G (23.62 ng/mL), Delta (15.84 ng/mL), BA.1 (4.0 ng/mL), BA.1.1 (10.64 ng/mL), BA.2 (20.31 ng/mL), 及び BA.5 (15.67 ng/mL)。MO2は、以下のIC50値で、BA.5以外の4つの変異株を阻害した:D614G (65.81 ng/mL), Delta (88.24 ng/mL), BA.1 (17.71 ng/mL), BA.1.1 (36.05 ng/mL) 及び BA.2 (151.2 ng/mL)。一方、MO3は、以下のIC50値で、Delta及びBA.5以外の3つの変異体を阻害した:D614G (231.57 ng/mL), BA.1 (594.63 ng/mL), 及び BA.2 (701.95 ng/mL)。
【0079】
MO1及びMO2のCDRの配列解析結果は次の通りであった。
【表5】
【0080】
さらに、MO1の重鎖可変領域のアミノ酸配列は配列番号14で表され、MO1の軽鎖可変領域のアミノ酸配列は配列番号15で表されるものであり、また、MO2の重鎖可変領域のアミノ酸配列は配列番号16で表され、MO2の軽鎖可変領域のアミノ酸配列は配列番号17で表されるものであった。
【0081】
(2-3)中和抗体のSARS-CoV-2スパイクタンパク質に対する親和性
SARS-CoV-2 BA.2スパイクタンパク質とMO1及びMO2 mAbsの親和性をバイオレイヤー干渉法(BLI)で評価した。プレフュージョン安定化BA.2スパイクのエクトドメイン3量体は、MO1やMO2とほとんど解離せず、スパイク3量体上の多価結合部位による高い親和性を示した。MO1及びMO2ともにBA.2スパイクRBDと高い親和性を示し、解離定数(KD)はそれぞれ3.3 nM、2.0 nMであった(
図2A、
図2C)。MO1はBA.5スパイクRBDとも高い親和性を示し、KDは11 nMであった(
図2B、
図2C)。
【0082】
(2-4)MO1の結合様式及びフットプリントの分析
MO1の標的部位と結合様式を検討するために、クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)解析を行った。プレフュージョン安定化BA.1スパイクのエクトドメイン及びMO1のFabドメインをクロマトグラフィーで共精製し、解析に使用した。MO1-Fab複合体のクライオ電子顕微鏡密度マップは、2.98Aのグローバル分解能で得られた。
【0083】
3つのMO1 Fabがマップ上で解釈可能であり、1つのアップ型のRBD及び2つのダウン型のRBDに結合した(
図3A、
図3B)」アップ型RBDに結合したFabは、他の2つのダウン型結合したFabと比較して、おそらくRBDコンフォメーションの動きやすさにより明確ではなかったため、以下の観察はダウン型RBDに結合したFabに基づいて行われた。
【0084】
MO1は、S309(D. Pinto et al., Cross-neutralization of SARS-CoV-2 by a human monoclonal SARS CoV antibody. Nature 583, 290-295 (2020).)のような他のクラス3抗体と同様に、スパイクRBDの右肩付近に結合した(
図3A)。RBDのこの面における変異の数は一般的に少ないが、オミクロン株(特にBA.5株)ではいくつかの変異がある(
図3C)。それにもかかわらず、RBD上のMO1フットプリントは、外縁のR346とK440の部位を除いて、変異部位を完全に避けている(
図3C、
図3D、
図3E)。表面近くにある重鎖の相補性決定領域(CDR)H3はRBDループ344-349及び442-452からなり、CDR H1及びH2、CDR L1及びL3が接触部位を取り囲んでいる。MO1のフットプリントは埋没表面積が638A2とコンパクトであり、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の領域と重ならない(別途、スパイクRBD上のACE2ペプチダーゼドメインとMO1 Fabの空間配置を、スパイクRBD-ACE2ペプチダーゼドメイン複合体の座標に基づいて、インシリコでシミュレーションし、表面モデルとして示した結果、ACE2に結合した糖鎖とMO1 Fab軽鎖が接近しているものの、明確な衝突は観察されなかったことを確認した。)
【0085】
MO1とRBDの間で観察された相互作用を
図3F-
図3Iに示す。また、MO1のフットプリントに関与するSARS-CoV-2スパイクのRBD残基及び主要なSARS-CoV-2株間の保存性に関する情報を下記表に示す。フットプリントは、中和抗体の原子から4Å以内の原子を含む残基と定義される。下記表では、野生型スパイクにおけるアミノ酸残基(WT Spike residues)(BA.1のcryo-EM構造には、N440K変異が含まれる)、SARS-CoV-2の変異株間の保存性(Conservation among SARS-CoV-2 variants)、近傍に位置するMO1アミノ酸残基(MO1 residues located nearby)(添え字のH及びLは、それぞれ重鎖及び軽鎖を表す)、可能性のある相互作用(Possible interaction)(ファンデルワールス力、カチオンΠ相互作用、静電相互)、及び対応する図番号(
図3F~
図3Iのいずれか)を示す。また、N439側鎖は抗体とは反対側を向いており、L441側鎖は抗体の反対側を向いており、S443側鎖は抗体の反対側を向いている。
【0086】
【0087】
上記表に示される通り、フットプリントのアミノ酸残基(スパイクタンパク質の、T345、R346、N439、K440、L441、D442、S443、K444、V445、N448、N450、Y451、及びP499)は、オミクロン変異株に見られるN440K及びR346K以外は全て、主要なSARS-CoV-2変異株間で保存されていた(Conserved)。特に、RBDのR346がMO1のW52
Aの側鎖の近くに位置しており、R346とW52
Aの間のカチオンΠ相互作用を示唆した(
図3F)。さらに、MO1の重鎖残基Y98、D30、D31は、RBDのR346の近くに側鎖を配していた。
【0088】
BA.1スパイクエクトドメインの部位特異的アラニン変異体を用いて、MO1フットプリント(T345、R346、N439、K440、L441、D442、S443、K444、V445、N448、N450、Y451、及びP499)においてエピトープを分析した。構造情報から側鎖の寄与が特に重要と予想されるT345、R346、K440、D442、K444、V445、N448、N450、及びY451を試験対象とした。
図4Aに示すように、MO1の抗原反応性をELISAで試験したところ、R346AとN448Aの変異抗原に対して反応性の低下が観察された一方で、他の置換を有するスパイクに対しては明確に反応した。以上のことから、MO1は、R346 及び N448を重要なエピトープとして認識することがわかった(
図4B)。
【0089】
(2-5)MO2のフットプリントの分析
同様にしてMO2のフットプリントの分析を行った結果、スパイクタンパク質の、Y449、Y453、L455、F456、N477、K478、A484、G485、F486、N487、Y489、F490、R493、S494、S496、R498、Y501がフットプリントとして導出された。