(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051919
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】状態推定装置及び状態推定方法
(51)【国際特許分類】
H02P 29/024 20160101AFI20240404BHJP
【FI】
H02P29/024
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158315
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】岡本 英之
(72)【発明者】
【氏名】芦田 剛
(72)【発明者】
【氏名】竹葉 陽南
(72)【発明者】
【氏名】土居 昭博
【テーマコード(参考)】
5H501
【Fターム(参考)】
5H501AA05
5H501AA08
5H501AA09
5H501BB08
5H501CC05
5H501EE08
5H501HA09
5H501HB07
5H501JJ03
5H501JJ04
5H501JJ26
5H501LL22
5H501LL23
5H501LL29
5H501LL33
5H501LL45
5H501LL47
5H501LL51
5H501LL53
5H501MM01
5H501MM09
(57)【要約】
【課題】モータの回転により駆動される装置又は当該装置を搭載する機器の状態推定の精度の向上。
【解決手段】モータの回転により駆動される装置又は前記装置を搭載する機器の状態推定を行う状態推定装置であって、前記装置は、圧縮機、ファン又はポンプであり、前記モータの負荷トルクと相関のある信号から前記モータの機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算する制御部を備え、前記特定の周波数成分の振幅又は位相を用いて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、状態推定装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの回転により駆動される装置又は前記装置を搭載する機器の状態推定を行う状態推定装置であって、
前記装置は、圧縮機、ファン又はポンプであり、
前記モータの負荷トルクと相関のある信号から前記モータの機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算する制御部を備え、
前記特定の周波数成分の振幅及び位相を用いて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、状態推定装置。
【請求項2】
前記装置又は前記機器の状態推定は、圧縮室のオイルシール性、モータの絶縁状態、軸受けの摩耗状態、圧縮室の液圧縮状態、回転体もしくは軸負荷のアンバランス性、または流路の閉塞を推定することである、請求項1に記載の状態推定装置。
【請求項3】
前記モータは、前記モータの負荷トルクの変動により周期的な速度変動が生ずるモータである、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記装置又は前記機器を制御するマイコンである、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項5】
前記信号は、前記モータの電流または電圧に基づく信号である、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項6】
前記特定の周波数成分の演算処理の前に前記信号の周波数帯域を制限する、請求項1又は2のいずれか一項に記載の状態推定装置。
【請求項7】
前記逐次推定手法は、前記特定の周波数成分の振幅及び位相と同時に前記モータの機械角周波数を推定する、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項8】
前記逐次推定手法は、カルマンフィルタ又はPLLである、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項9】
前記逐次推定手法は、前記状態推定で観測する周波数成分のノイズを低減できるように前記逐次推定手法のパラメータを設定する、請求項1又は請求項2に記載の状態推定装置。
【請求項10】
前記逐次推定手法は、前記モータの機械角周波数を初期値として与え、前記特定の周波数成分の振幅及び位相を推定する手法であり、
前記モータの速度が安定した状態で前記初期値を再度与えて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、請求項1又は2に記載の状態推定装置。
【請求項11】
モータの回転により駆動される装置又は前記装置を搭載する機器の状態推定を行う状態推定方法であって、
前記装置は、圧縮機、ファン又はポンプであり、
前記モータの負荷トルクと相関のある信号から前記モータの機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、
前記特定の周波数成分の振幅または位相を用いて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、状態推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、状態推定装置及び状態推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータの負荷電流をFFT(Fast Fourier Transformation:高速フーリエ変換)により周波数解析し、異常により変動する側帯波を検出することにより、モータにおける異常を診断する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、FFTにより得られた側帯波を検出する方法では、モータの回転速度の周期的な変動がある場合、側帯波を正しく取り出すことが出来ず診断精度が低下する。
【0005】
本開示は、モータの回転速度の周期的な変動がある場合でも、状態推定の精度を向上させることができ、かつ小さな演算負荷で状態速度の精度向上を実現できる状態推定装置及び状態推定方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の第1態様は、
モータの回転により駆動される装置又は前記装置を搭載する機器の状態推定を行う状態推定装置であって、
前記装置は、圧縮機、ファン又はポンプであり、
前記モータの負荷トルクと相関のある信号から前記モータの機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算する制御部を備え、
前記特定の周波数成分の振幅又は位相を用いて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、状態推定装置を提供する。
【0007】
第1態様によれば、逐次推定手法を用いて前記装置又は前記機器の状態推定が行われるので、モータの回転速度の周期的な変動がある場合でも、小さな演算負荷で状態推定の精度が向上する。
【0008】
第2の態様では、第1態様の状態推定装置において、
前記装置又は前記機器の状態推定は、圧縮室のオイルシール性、モータの絶縁状態、軸受けの摩耗状態、圧縮室の液圧縮状態、回転体もしくは軸負荷のアンバランス性、または流路の閉塞の少なくとも一つを推定することを特徴としてもよい。
【0009】
圧縮室のオイルシール性、モータの絶縁状態、軸受けの摩耗状態、圧縮室の液圧縮状態、回転体もしくは軸負荷のアンバランス性、または流路の閉塞に起因する前記信号の変化は微小である。そのため、前記信号のノイズ(例えばインバータ起因のノイズ)の影響を受けて前記信号の変動が大きくなり、異常判定の精度の低下を招くことがある。第2態様によれば、前記逐次推定手法を用いることで前記信号の脈動を減衰させ、小さな演算負荷で、圧縮室のオイルシール性、モータの絶縁状態、軸受けの摩耗状態、圧縮室の液圧縮状態、回転体もしくは軸負荷のアンバランス性、または流路の閉塞のうちの少なくとも一つを推定する精度が向上する。
【0010】
第3態様では、第1又は第2態様の状態推定装置において、
前記モータは、前記モータの負荷トルクの変動により周期的な速度変動が生ずるモータでもよい。
【0011】
第3態様によれば、前記モータの負荷トルクの変動により周期的な速度変動がある場合でも、逐次推定手法を用いることで、小さな演算負荷で状態推定の精度が向上する。
【0012】
第4態様では、第1から第3態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記制御部は、前記装置又は前記機器を制御するマイコンに搭載されてもよい。
【0013】
第4態様によれば、逐次推定手法の演算負荷は比較的軽いので、前記特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算する機能を前記装置又は前記機器を制御するマイコンに比較的容易に実装できる。
【0014】
第5態様では、第1から第4態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記信号は、前記モータの電流または電圧に基づく信号でもよい。
【0015】
圧縮機、ファン、ポンプの電流または電圧の周波数成分で状態推定する場合、既設センサを使える反面、状態変化に伴う電流周波数成分変化が微小となるため、モータの負荷トルクの変動による周期的な速度変動によって、状態推定の精度が低下する事がある。第5態様によれば、モータの負荷トルクの変動により周期的な速度変動がある場合でも、逐次推定手法を用いることで、前記特定の周波数成分の振幅及び位相が比較的高精度に演算されるので、状態推定の精度向上と既設センサの利用を両立できる。
【0016】
第6態様では、第1から第5態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記特定の周波数成分の演算処理の前に前記信号の周波数帯域を制限してもよい。
【0017】
第6態様によれば、前記特定の周波数成分の演算精度を低下させる高調波が、前記特定の周波数成分の演算に使用する前記信号に混入しにくくなるので、状態推定の精度が向上する。また、前記特定の周波数成分より大きな周波数成分を推定することを防止することができる。
【0018】
第7態様では、第1から第6態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記特定の周波数成分の振幅及び位相と同時に前記モータの機械角周波数を推定してもよい。
【0019】
機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)の周波数成分とは異なる周波数成分(例えば電源周波数に同期した周波数成分)を誤って推定する可能性がある。第7態様によれば、前記モータの機械角周波数と推定した機械角周波数を比較し、差異が大きい場合は、例えば、逐次推定手法の推定値をリセットし、回転数の指令を初期値として与えることで上記の周波数成分の誤推定を防止することができる。
【0020】
第8態様では、第1から第7態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記逐次推定手法は、カルマンフィルタ又はPLL(Phase Locked Loop:位相同期ループ)でもよい。
【0021】
第8態様によれば、カルマンフィルタ又はPLLを用いて前記装置又は前記機器の状態推定が行われるので、小さな演算負荷で状態推定の精度が向上する。
【0022】
第9態様では、第1から第8態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記逐次推定手法は、前記状態推定で観測する周波数成分のノイズを低減できるように前記逐次推定手法のパラメータを設定してもよい。
【0023】
第9態様によれば、前記逐次推定手法は、前記状態推定で観測する信号に内在するノイズの分散の大きさに合わせて、前記逐次推定手法の共分散の大きさを設定することで、前記ノイズを減衰させた入力信号に対する推定値を得られる。そのため、機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)の周波数成分を高精度に推定できる。また、前記状態推定時に想定されるノイズを逐次推定手法のモデルに組み込み、前記機器の状態推定の精度を向上させることが可能である。例えば、モータに印加する電圧に依存するノイズを上記状態推定モデルに入れ込むことで、状態推定の精度が向上する。
【0024】
第10態様では、第1から第9態様のいずれか一つの態様の状態推定装置において、
前記逐次推定手法は、前記モータの機械角周波数を初期値として与え、前記特定の周波数成分の振幅及び位相を推定する手法であり、
前記モータの速度が安定した状態で前記初期値を再度与えて、前記装置又は前記機器の状態推定が行われてもよい。
【0025】
第10態様によれば、前記モータの速度が安定した状態で、再度与えられた前記初期値を用いて前記逐次推定手法が再開するので、推定値が安定するまでの時間が短くなる。
【0026】
本開示の第11態様は、
モータの回転により駆動される装置又は前記装置を搭載する機器の状態推定を行う状態推定方法であって、
前記装置は、圧縮機、ファン又はポンプであり、
前記モータの負荷トルクと相関のある信号から前記モータの機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、
前記特定の周波数成分の振幅又は位相を用いて、前記装置又は前記機器の状態推定を行う、状態推定方法を提供する。
【0027】
第11態様によれば、逐次推定手法を用いて前記装置又は前記機器の状態推定が行われるので、モータの回転速度の周期的な変動がある場合でも、小さな演算負荷で状態推定の精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】モータの回転により駆動される装置を搭載する機器の構成例を示す図である。
【
図2】逐次推定手法の一例を説明するためのフローチャートである。
【
図3】圧縮機のモータの一定の指令速度に対する現在速度のシミュレーション結果の一例を示す図である。
【
図4】圧縮機の回転体を回転させるモータの電流波形を例示する図である。
【
図5】制御部によって推定される状態を例示する一覧である。
【
図6】オイルシール破綻が進行する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の挙動を例示する図である。
【
図7】液圧縮が発生する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の挙動を例示する図である。
【
図8】モータの軸受け摩耗が発生する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを例示する図である。
【
図9】モータの軸受け摩耗が発生する状況において、検出されたU相電流の大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを例示する図である。
【
図10】モータの軸受けが偏心している状況において、検出されたU相電流の大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを例示する図である。
【
図11】バンドパスフィルタ(BPF)と拡張カルマンフィルタ(EKF)を組み合わせた手法の一例を説明するための概略図である。
【
図12】拡張カルマンフィルタを用いて事前状態量の推定値x
pk、事後状態量の推定値x
ukの推定値を演算する処理の流れを例示するフローチャートである。
【
図13】圧縮室のオイルシール破綻を検知する方法の一例を示すフローチャートである。
【
図14】モータの軸受けの摩耗を検知する方法の一例を示すフローチャートである。
【
図15】モータの絶縁劣化を検知する方法の一例を示すフローチャートである。
【
図16】液圧縮を検知する方法の一例を示すフローチャートである。
【
図17】軸の偏心を検知する方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、実施形態を説明する。
【0030】
図1は、モータの回転により駆動される装置を搭載する機器の構成例を示す図である。
図1は、モータ7の回転により駆動される装置9を搭載する機器10を例示する。例えば、機器10は、対象とする空間の空気を調和する空気調和機である。機器10は、空気調和機に限られず、モータ7の回転により駆動される装置9を搭載する他の機器でもよい。装置9は、例えば、流体を圧縮する圧縮機、流体を送るファン、または、流体を圧送するポンプであるが、これらの装置に限られない。
【0031】
機器10は、モータ7、コンバータ回路2、直流リンク部3、インバータ回路4、装置9及び状態推定装置1を備える。状態推定装置1は、機器10に構成される装置に限られず、機器10に有線又は無線で接続される外部装置でもよい。
【0032】
モータ7は、例えば、三相交流モータである。モータ7の具体例として、空気調和機の冷媒回路に設けられた圧縮機を駆動する電動機などが挙げられる。
【0033】
コンバータ回路2は、交流電源6から複数の配線61,62,63を介して入力される三相交流を直流に変換する変換器の一例である。
図1に示す例では、交流電源6から供給される三相交流は、3本の配線61,62,63(3つの配線対61,62、配線対62,63及び配線対61,63)を介して、コンバータ回路2の入力部に入力される。
【0034】
コンバータ回路2は、交流電源6に接続され、交流電源6が出力した交流を直流に変換する。コンバータ回路2は、例えば、複数(この例では、6つ)のダイオードがブリッジ状に結線されたダイオードブリッジ回路である。これらのダイオードは、交流電源6の交流電圧を全波整流して、直流電圧に変換する。コンバータ回路2は、変換後の直流電力を、直流リンク部3を介して、インバータ回路4に供給する回路であれば、ダイオードブリッジとは別の回路形式の電圧変換回路でもよい。
【0035】
なお、コンバータ回路2は、交流電源6から複数の配線を介して入力される単相交流を直流に変換する変換器でもよい。コンバータ回路2は、不図示のリアクトルを介して交流電源6に接続されてもよい。
【0036】
直流リンク部3は、コンバータ回路2とインバータ回路4との間に接続されたコンデンサ3aを備えている。コンデンサ3aは、コンバータ回路2の出力部に並列接続され、コンデンサ3aの両端に生じた直流電圧(直流リンク電圧vdc)がインバータ回路4の入力ノードに入力される。コンデンサ3aは、配線対31,32の間に接続されている。配線対31,32のうち、一方の配線31は、正極母線であり、他方の配線32は、負極母線である。
【0037】
コンデンサ3aの容量値は、コンバータ回路2の出力をほとんど平滑化することができない一方で、インバータ回路4のスイッチング動作に起因するリプル電圧(スイッチング周波数に応じた電圧変動)を抑制できるように、設定されてもよい。具体的には、コンデンサ3aは、一般的な電力変換装置においてコンバータ回路2の出力の平滑化に用いられる平滑コンデンサ(例えば、電解コンデンサ)の容量値の約0.01倍の容量値(例えば、数十~数百μF程度)を有する小容量コンデンサ(例えば、フィルムコンデンサ)によって構成されてもよい。
【0038】
直流リンク部3は、コンバータ回路2とインバータ回路4との間に接続されたリアクトル8を備えている。リアクトル8は、コンバータ回路2の出力部とインバータ回路4の入力部との間の直流母線に直列に挿入されている。
図1に示す例では、リアクトル8は、一対の直流母線である配線対31,32のうち、一方の配線31に直列に挿入されている。リアクトル8は、配線32に直列に挿入されてもよいし、配線対31,32の両方に直列に挿入されてもよいし、配線61、62、63の全てに直列に挿入されてもよい。リアクトル8とコンデンサ3aによって、LCフィルタが構成される。
【0039】
なお、配線とは、電流が通る経路を意味し、単なる導線とは限られない。例えば、配線32は、接地された導電部でもよいし、インバータ回路4の放熱のためのヒートシンクでもよい。
【0040】
インバータ回路4は、コンバータ回路2から配線対31,32に出力される直流電力を交流電力に変換する逆変換器の一例である。
【0041】
インバータ回路4は、入力ノードが直流リンク部3のコンデンサ3aに並列に接続され、直流リンク部3の出力をスイッチングして三相交流に変換し、接続されたモータ7に供給する。本実施形態のインバータ回路4は、複数のスイッチング素子4aがブリッジ結線されて構成されている。このインバータ回路4は、三相交流をモータ7に出力するので、6個のスイッチング素子を備えている。詳しくは、インバータ回路4は、互いに並列接続された3つのスイッチングレグを備え、各スイッチングレグは、互いに直列に接続された2つのスイッチング素子を有する。各スイッチングレグにおいて上アームのスイッチング素子と下アームのスイッチング素子との中点が、それぞれモータ7の各相のコイルに接続されている。また、各スイッチング素子には、還流ダイオードが逆並列に接続されている。インバータ回路4は、これらのスイッチング素子のオンオフ動作によって、直流リンク部3から入力された直流リンク電圧vdcをスイッチングして三相交流電圧に変換し、モータ7へ供給する。なお、このオンオフ動作の制御は、制御部5が行う。
【0042】
制御部5は、インバータ回路4におけるスイッチング(オンオフ動作)を制御することで、装置9又は機器10を制御する。制御部5は、例えば、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサ及びメモリを備えた制御回路である。制御部5の機能は、メモリに読み出し可能に記憶されたプログラムによって、プロセッサが動作することにより実現される。制御部5の具体例として、マイコン(マイクロコンピュータ)が挙げられる。制御部5は、FPGA(Field Programmable Gate Array)又はASIC(Application Specific Integrated Circuit)でもよい。
【0043】
状態推定装置1は、装置9又は機器10の状態推定を行う制御部5を備える。制御部5は、インバータ回路4におけるスイッチングを制御する制御部でもよいが、インバータ回路4におけるスイッチングを制御する制御部とは異なる他の制御部でもよい。
【0044】
制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号から、モータ7の機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算する。制御部5は、逐次推定手法により演算された特定の周波数成分の振幅又は位相を用いて、装置9又は機器10の状態推定を行う。
【0045】
図2は、逐次推定手法の一例を説明するための概略図である。制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sから、モータ7の機械角周波数ω
rmのN倍(Nは正の有理数)である特定の周波数成分の振幅amp
k及び位相θ
kを逐次推定手法により抽出する。制御部5は、振幅amp
k及び位相p
kと同時に角周波数ω
kを推定してもよい。
【0046】
例えば、ステップS61において、制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sを取得し、BPF(バンドパスフィルタ)を用いて機械角周波数ωrmのN倍(Nは正の有理数)の周波数成分を有する特定の信号成分SBPFを信号Sから抽出する。ステップS62において、制御部5は、特定の信号成分SBPFから、機械角周波数ωrmのN倍の周波数成分の、振幅ampk、位相θkおよび角周波数ωk)を推定する。ステップS63において、制御部5は、ステップS62で推定された値を用いて、信号(ampk×sin(θk))を生成し出力する。ステップS64において、入力信号と出力信号の誤差が小さくなるように推定モデルのパラメータを更新する。
【0047】
逐次推定手法は、各タイムステップ(時刻k+1)での推定値をその前のタイムステップ(時刻t、…、k、tはt<kを満たす自然数)での推定値の関数として導出する手法である。逐次推定手法の具体例として、カルマンフィルタ、PLL、逐次ベイズ推定などが挙げられる。カルマンフィルタの種類として、拡張カルマンフィルタ(EKF)、アンセンテッドカルマンフィルタ(UKF)等がある。
【0048】
イナーシャが小さく負荷の小さい装置9又は機器10では、モータ7の一定の速度指令に対し、モータ7の現在速度に周期的な変動が
図3のように発生する。この周期的な変動により、FFTによる従来の周波数解析手法では信号Sにおける側帯波を正しく取り出すことが出来ない。また、側帯波周辺のエネルギーを算出する方法(特許文献1)や、フラップトップ等の窓関数を用いる方法では、前記側帯波周辺のスペクトル漏れをいくらか抑制できるが、漏れを全て無くすことができる訳ではない他、演算負荷が上昇する等の課題が存在する。
【0049】
これに対し、逐次推定手法は、モータ7の負荷トルクの変動により生ずる周期的な速度変動がある場合でも、小さな演算負荷で状態推定の精度が向上する。また、モータの回転速度を推定することで、状態推定の精度をさらに向上させることができる。これは、装置9又は機器10を制御する制御部5に状態推定機能を実装する上で有利である。
【0050】
当該状態推定装置によれば、前記逐次推定手法は、前記状態推定で観測する信号に内在するノイズの分散の大きさに合わせて、前記逐次推定手法の共分散の大きさを設定することで、入力信号に対して前記ノイズを減衰させた推定値を得られる。そのため、機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)の周波数成分を高精度に推定できる。
【0051】
図4は、圧縮機の回転体を回転させるモータ7の電流波形の一例を示す図である。モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sが電流または電圧である場合、信号Sは、モータ7における交流量又は直流量でもよい。また、信号Sは、電流、電圧の他、音、振動、磁束、AE(Acoustic Emission)でもよい。
【0052】
図4は、交流量の一例として、モータ7に流れる相電流i
u,i
v,i
wを示し、直流量の一例として、相電流i
u,i
v,i
wの電流ベクトルの大きさ(=√(i
u
2+i
v
2+i
w
2))を示す。交流量又は直流量は、モータ7の電流または電圧に基づく信号の一例である。
【0053】
以下に、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sの例を列挙する。
【0054】
<交流量>
【0055】
【0056】
<直流量>
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
【0075】
なお、モータ7のコイルに流れる相電流(U相電流iu、V相電流iv、W相電流iw)から算出される電流(電流ベクトル振幅)は、三相電流のうちの二相電流を用いて算出されても、インバータ回路4の直流電流から算出されてもよい。
【0076】
次に、制御部5によって推定される状態について説明する。
【0077】
図5は、制御部5によって推定される状態を例示する一覧である。制御部5は、圧縮室のオイルシール性、モータの絶縁状態、軸受けの摩耗状態、圧縮室の液圧縮状態、回転体もしくは軸負荷のアンバランス性、または流路の閉塞を推定する。異常が進行するほど、モータ7の負荷トルクの高調波に微小変動が生じる。そのため、異常の兆候を表す変化が負荷トルクと相関のある信号の高調波に現れる。
【0078】
圧縮室のオイルシール破綻が進行すると、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分(機械角周波数の1倍の周波数成分)が変化する。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、圧縮室のオイルシール破綻と判定する。
【0079】
モータの絶縁劣化が進行すると、検出された相電流の大きさを表す信号に含まれる電気角3次成分(電気角3次成分は機械角周波数の3Pn倍の周波数成分、Pnはモータの極対数)が変化する。制御部5は、三相電流のうち少なくとも一つの相電流の大きさを表す検出信号に含まれる電気角3次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、モータ7の絶縁劣化と判定する。
【0080】
モータ7の回転軸を支持する軸受けの摩耗が進行すると、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角N次成分(機械角周波数のN倍成分、Nは自然数)又は機械角分数次成分(機械角周波数の分数倍成分)が変化する。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角N次成分又は機械角分数次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、モータ7の回転軸を支持する軸受けの摩耗と判定する。
【0081】
圧縮室の液圧縮が進行すると、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)が変化する。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、液圧縮と判定する。
【0082】
回転体又は軸負荷のアンバランスが進行すると、検出された相電流の大きさを表す検出信号に含まれる電気角周波数から機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)の周波数を減算して得られる周波数、または電気角周波数から機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)の周波数を加算して得られる周波数の周波数成分が変化する。回転体又は軸負荷の具体例として、モータの回転軸によって回転駆動されるファンがある。このアンバランスが生じる要因の具体例として、軸の偏心、ファンの羽の変形、脱落、着霜などが挙げられる。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、回転体又は軸負荷がアンバランス状態と判定する。
【0083】
流路の閉塞が進行すると、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)が変化する。流路は、例えば、モータの回転によってファンにより送られる流体が流れる通路である。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超える変化を検出することで、流路の閉塞と判定する。
【0084】
このように、制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号の所定の高調波の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値を用いて装置9又は機器10に発生する異常等の挙動変化を推定する。逐次推定手法を用いることにより、比較的軽い演算負荷で挙動変化の推定精度が向上する。
【0085】
図6は、圧縮機を30rps(1秒間に30回転)で運転している時にオイルシール破綻が進行する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分(30Hzの周波数成分)の挙動を例示する図である。オイルシール破綻が進行すると、圧縮室内の摩擦係数が増えてモータ7の負荷トルクが上昇するので、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅は、徐々に低下する。制御部5は、当該機械角1次成分の振幅及び位相の各演算値が所定の振幅基準値を下回ったことを検出すると、圧縮室のオイルシールが破綻したと判定する。
【0086】
図7は、圧縮機を70rps(1秒間に70回転)で運転している時に圧縮室の液圧縮が発生する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分(70Hzの周波数成分)の挙動を例示する図である。液圧縮が起こると、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分は、上昇する。制御部5は、当該機械角1次成分の振幅及び位相の各演算値が、それぞれに対応する所定の基準値を超えたことを検出すると、圧縮室の液圧縮が発生したと判定する。
【0087】
図8は、圧縮機を45rps(1秒間に45回転)で運転している時にモータ7の軸受け摩耗が発生する状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを正常時と比較して例示する図である。
図9は、圧縮機を45rps(1秒間に45回転)で運転している時にモータ7の軸受け摩耗が発生する状況において、検出されたU相電流の大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを正常時と比較して例示する図である。
【0088】
図8及び
図9において、軸受け摩耗が進行すると、摩耗進行前の正常時に比べて振幅が高い機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)が発生する。また、摩耗進行前の正常時に比べて振幅が高い機械角分数次成分(機械角周波数の1/3倍成分及び2/3倍成分)が発生する。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分及び所定の機械角分数次成分の振幅を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超えたことを検出すると、モータ7の軸受けが摩耗したと判定する。
【0089】
図10は、圧縮機を45rps(1秒間に45回転)で運転している時に軸が偏心している状況において、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号の周波数スペクトルを正常時と比較して例示する図である。
図10において、軸が偏心している時は正常時に比べて振幅が高い機械角1次成分(機械角周波数の1倍成分)が発生する。制御部5は、検出された電流ベクトルの大きさを表す検出信号に含まれる機械角1次成分の振幅を逐次推定手法により演算し、その演算値が所定の基準値を超えたことを検出すると、モータ7の軸受けが摩耗したと判定する。
【0090】
このように、制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号の所定の高調波の振幅及び位相を逐次推定手法により演算し、その演算値を用いて装置9又は機器10に発生する異常等の挙動変化を推定する。制御部5は、異常等の挙動変化の推定結果を、機器10の内部又は外部の所定の装置に出力する。所定の装置は、当該推定結果に対応する制御を実行する。
【0091】
制御部5は、例えば、当該推定結果を表す情報をディスプレイやリモコンなどの所定の装置に表示させる。これにより、ユーザは、当該推定結果を表す情報を認知できる。制御部5は、当該推定結果を表す情報を、空気調和機の冷媒回路を動かすアクチュエータを操作する操作回路に供給してもよい。操作回路は、冷媒回路が当該推定結果に対応する動作を行うように当該アクチュエータを操作する。制御部5は、当該推定結果に応じて、モータ7の運転条件を変更してもよく、例えば、当該推定結果が変更条件を満たすと、モータ7の回転を減速又は停止させてもよい。
【0092】
制御部5は、周波数成分の値、特定の周波数の周辺の周波数成分の二乗和平方根、複数の周波数成分の加減乗除、べき乗、又はそれらの組み合わせのいずれを用いて、推定した状態の異常等の挙動変化を判定してもよい。制御部5は、基準値(閾値)を超えた継続時間や累積時間や累積回数、所定時間における基準値(閾値)を超えた時間の割合、あるいは所定上限値を超えた部分の大きさの累積値を用いて、推定した状態の異常等の挙動変化を判定してもよい。制御部5は、モータ7の機械角周波数のN倍である特定の周波数成分と、モータ7とは異なる機械の機械角周波数の整数倍の周波数成分とを組み合わせて、推定した状態の異常等の挙動変化を判定してもよい。
【0093】
制御部5は、所定の基準値(例えば、上限値又は下限値)との比較によって異常等の挙動変化を判定することに代えて、ニューラルネットワーク又は機械学習を用いて、推定した状態の異常等の挙動変化を判定してもよい。例えば、制御部5は、ニューラルネットワークを用いてバックプロパゲーションにより学習を行うことで、推定した状態の異常等の挙動変化を判定してもよい。
【0094】
図11は、バンドパスフィルタ(BPF)と拡張カルマンフィルタ(EKF)を組み合わせた手法の一例を説明するための概略図である。
図11は、特定の周波数成分(この例では、機械角1次成分)がEKFにより演算処理される前に、モータ7の負荷トルクと相関のある信号S(例えば、電流ベクトルの大きさを表す検出信号)の周波数帯域をBPFにより制限する場合を例示する。BPFは、機械角周波数のN倍(この例では、1倍)の周波数成分を有する特定の信号成分S
BPFを信号Sから抽出する。EKFは、信号Sから抽出された特定の信号成分から、特定の周波数成分(この例では、機械角1次成分)の位相、角周波数、振幅を逐次的に推定する。
【0095】
このように、EKF等の逐次推定手法にBPF等のフィルタを併用することで、特定の周波数成分の振幅又は位相の演算精度を低下させる高調波が、当該特定の周波数成分の振幅及び位相の演算に使用する信号成分に混入しにくくなるので、状態推定の精度が向上する。また、前記特定の周波数成分より大きな周波数成分を推定することを防止することができる。
【0096】
次に、本実施形態で使用される拡張カルマンフィルタの例について説明する。以下の説明に用いる物理量を[数20]に定義する。この例では、拡張カルマンフィルタは、以下の状態方程式[数21]と観測方程式[数22]のモデルに基づき、モータ7の機械角周波数のN倍である特定の周波数成分の位相、角周波数、振幅を推定する。
【0097】
【0098】
【0099】
【数22】
ここでbは3次元列ベクトルである。状態遷移の共分散行列Q、観測方程式の共分散Rはそれぞれ[数23]の式で表すことができる。
【0100】
【数23】
Qは、状態遷移の共分散行列であり、状態遷移時の特定の信号成分y
Sの分散の大きさに合わせて設計する。また、Rは観測方程式の共分散を表し、前記状態推定で観測する信号に内在するノイズの分散の大きさに合わせて設計する。
【0101】
図12は、拡張カルマンフィルタを用いて状態量の推定値x
k(位相θ
k、角周波数ω
k、振幅amp
k)を演算する処理の流れを例示するフローチャートである。以下状態量の推定値x
kは事前状態量の推定値x
pkと事後状態量の推定値x
ukで区別して定義しており、x
pkはx
ukを用いて[数24]の様に表すことができる。
【0102】
【0103】
ステップS1において、制御部5は、時刻k=0における初期値として、事後状態量の推定値xu0及びPu0を[数25]で設定する。Pukは、時刻kにおける事後誤差共分散行列を表す。
【0104】
【0105】
ステップS2において、制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sを取得し、BPFを用いて機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)の周波数成分を有する特定の信号成分SBPFを信号Sから抽出する。ここで、以下の説明に用いる物理量を[数26]に定義する。
【0106】
【0107】
ステップS3において、制御部5は、事後状態量の推定値xuk-1を用いて、[数24]に基づいて拡張カルマンフィルタの事前状態量の推定値xpkを更新する。
【0108】
ステップS4において、制御部5は、以下[数27]で算出した事前誤差共分散行列Ppkを用いて、時刻kにおけるカルマンゲインKkを[数28]で算出する。
【0109】
【0110】
【数28】
ここで、上付きのTは転置行列を表し、上付きの「-1」は、逆行列を表す。
【0111】
また、事後誤差共分散行列Pukは、[数27]で算出した事前誤差共分散行列Ppk、[数28]で算出したカルマンゲインKkを用いて[数29]で算出する。
【0112】
【0113】
次に、制御部5は、ステップS3において[数24]で算出した事前状態量の推定値xpkと、ステップS4において上記式[数28]で算出したカルマンゲインKkとを用いて、[数30]の式より、時刻kにおける事後状態量の推定値xukを更新する。
【0114】
【0115】
制御部5は、これ以降、ステップS2,S3,S4を繰り返すことで、逐次的に事後状態量の推定値xukを算出する。
【0116】
このように、制御部5は、拡張カルマンフィルタを用いることで、下記[数31]の様に事後状態量の推定値xuk(位相θk、角周波数ωk、振幅ampk)を高精度に得られる。
【0117】
【0118】
制御部5は、モータ7の速度(例えば、機械角周波数ω
rm)が安定した状態での状態量の推定値x
k及び共分散行列を、時刻k=0における初期値(状態量x
0及びP
0)として再設定して、
図12に示す流れで状態量の推定値x
kを逐次的に再度算出してもよい。これにより、実際の状態量に近い初期値から状態推定が再開されるので、状態量の推定値x
kを逐次的に算出する精度がより向上する。
【0119】
次に、逐次推定手法において推定の発散あるいは推定精度が低くなる課題への対策について説明する。
【0120】
モータが加速あるいは減速している時に状態量の推定値xkとは異なる周波数成分(例えば電源周波数に同期した周波数成分)を推定する可能性がある。そこで、加速あるいは減速している時にカルマンフィルタの推定値をリセットし、回転数の指令を初期値として与えることで上記課題を回避する。
【0121】
マイクロプロセッサで演算する時に演算誤差により共分散行列の対称性が崩れて状態量の推定値xkが発散する可能性がある。そこで、理論的に必ず事前誤差共分散行列及び事後共分散行列が対称である平方根フィルタを用いる、事前誤差共分散行列あるいは事後共分散行列の上三角成分を下三角成分に代入する、事前誤差共分散行列あるいは事後共分散行列の下三角成分を上三角成分に代入する、あるいは事前誤差共分散行列あるいは事後共分散行列の演算後のPを用いて1/2P+1/2PTを演算し置き換える等の対策を実施することで、推定の発散を回避する。
【0122】
カルマンフィルタの入力信号Sが0である時に、カルマンフィルタが不可観測となってしまい状態量の推定値xkが発散する可能性がある。そこで、カルマンフィルタの最低入力値に制限を設けることで推定の発散を回避する。
【0123】
推定途中の逆行列を求める行列が正定でない時に状態量の推定値xkが発散する可能性がある。そこで、逆行列を求める行列が正定となる様に対角成分の値を制限して、推定の発散を回避する。上記値の制限の具体例として、対角成分に一定値を足す、あるいは行列の対角成分の固有値を演算して全てが正の固有値を持つ様に行列の成分を補正する等が挙げられる。
【0124】
電流ベクトルの1次成分が急激に増加あるいは減少した際に振幅ampkの整定時間の間に、状態量の角周波数ωkの推定が発散することで振幅の推定も併せて発散する可能性がある。そこで、周波数の推定値に制限をかける、あるいはカルマンゲインKkに制限をかけることで、推定の発散を回避する。
【0125】
BPFで設計するQ値の値は一定ではなく、BPFの通過帯域が速度指令の周波数を中心に前後一定の範囲となる様なQ値を設定する。これにより状態量の推定精度の低下を防止する。
【0126】
マイクロプロセッサで演算を続けると、位相θkが増加し続けて値がオーバーフローしてしまい、状態量の推定が発散する可能性がある。オーバーフローを防ぐために位相θkの上限値を設定して0に戻す、あるいは0~2πでビットマスクをかける等の対策により推定の発散を回避する。
【0127】
次に、推定した状態の異常を検知する方法のいくつかの具体例について説明する。
【0128】
図13は、圧縮室のオイルシール破綻を検知する方法の一例を示すフローチャートである。制御部5は、モータ7の三相の相電流i
u,i
v,i
wを検出し(ステップS11)、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sとして、相電流の電流ベクトルの大きさi
aを演算する(ステップS12)。制御部5は、バンドパスフィルタで信号Sの周波数領域を制限する(ステップS13)。制御部5は、バンドパスフィルタにより周波数領域が制限された信号Sから、拡張カルマンフィルタを用いて、機械角1次成分の振幅と周波数を同時に推定する(ステップS14)。制御部5は、機械角1次成分の振幅の推定した値が所定の下限値以下か否かを判定する(ステップS15)。制御部5は、機械角1次成分の振幅が所定の下限値以下の場合、オイルシール破綻が検知されたことを表す信号を発報する(ステップS16)。これにより、制御部5は、オイルシール破綻の発生を外部に通知でき、オイルシール破綻の進行を抑制できる。
【0129】
図14は、モータの軸受けの摩耗を検知する方法の一例を示すフローチャートである。制御部5は、モータ7の三相の相電圧v
u,v
v,v
wを検出し(ステップS21)、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sとして、相電圧の電圧ベクトルの大きさv
aを演算する(ステップS22)。制御部5は、逐次ベイズ推定を用いて、機械角周波数の1/3倍成分の振幅の時間平均値を算出する(ステップS23)。制御部5は、当該時間平均値が所定の上限値以上である累積回数が所定の上限値以上か否かを判定する(ステップS24)。制御部5は、当該時間平均値が所定の上限値以上である累積回数が所定の上限時間以上の場合、モータの軸受け摩耗が検知されたことを表す異常信号を発報する(ステップS25)。これにより、制御部5は、軸受け摩耗の発生を外部に通知でき、軸受け摩耗の進行を抑制できる。
【0130】
図15は、モータの絶縁劣化を検知する方法の一例を示すフローチャートである。制御部5は、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sとして、モータ7の三相の相電流i
u,i
v,i
wを検出する(ステップS31)。制御部5は、バンドパスフィルタで三相の相電流i
u,i
v,i
wの周波数領域を制限する(ステップS32)。制御部5は、バンドパスフィルタにより周波数領域が制限された三相の相電流i
u,i
v,i
wのうち少なくとも一つから、アンセンテッドカルマンフィルタ(UKF)を用いて、電気角周波数の3次成分の振幅を推定する(ステップS33)。制御部5は、電気角周波数の3次成分の振幅が所定の上限値以上である継続時間が所定の時間以上か否かを判定する(ステップS34)。制御部5は、当該継続時間が所定の時間以上の場合、モータ7の絶縁劣化が検知されたことを表す異常信号を発報し、モータ7を延命運転する(ステップS35)。これにより、制御部5は、モータ7の絶縁劣化を外部に通知でき、モータ7の絶縁劣化の進行を抑制できる。
【0131】
図16は、液圧縮を検知する方法の一例を示すフローチャートである。制御部5は、モータ7の三相の相電流i
u,i
v,i
w及び三相の相電圧v
u,v
v,v
wを検出し(ステップS41)、モータ7の負荷トルクと相関のある信号Sとして、瞬時電力pを演算する(ステップS42)。制御部5は、ガウシアンフィルタを用いて、瞬時電力pに含まれる機械角1次成分の振幅を推定する(ステップS43)。制御部5は、所定時間における振幅が所定の上限値以上である継続時間の割合が所定上限値以上か否かを判定する(ステップS44)。制御部5は、当該継続時間の割合が所定時間以上の場合、液圧縮が検知されたことを表す異常信号を発報し、モータ7を停止する(ステップS45)。これにより、制御部5は、液圧縮の発生を外部に通知でき、液圧縮の進行を抑制できる。
【0132】
図17は、軸の偏心を検知する方法の一例を示すフローチャートである。制御部5は、モータ7の振動及び音の信号を検出する(ステップS51)。制御部5は、PLLを用いて、振動・音の信号に含まれる機械角1次成分の振幅を推定する(ステップS52)。制御部5は、振幅が所定上限値以上である部分の大きさの累積値が所定の上限値以上か否かを判定する(ステップS53)。制御部5は、当該累積値が所定上限値以上の場合、軸の偏心が検知されたことを表す異常信号を発報する(ステップS54)。これにより、制御部5は、軸の偏心を外部に通知できる。
【0133】
なお、以上の判定処理の説明では、機械角周波数のN倍(Nは正の有理数)の周波数成分と上限値とが比較される場合を例に挙げたが、これに限定されない。例えば、上記周波数成分と予め定められた下限値とが比較されてもよい。つまり、上記の「上限値以上」を「下限値以下」に読み替えてもよい。また、上記周波数成分と予め定められた許容範囲とが比較されてもよい。つまり、上記の「上限値以上」を「許容範囲外」に読み替えてもよい。
【0134】
以上、実施形態を説明したが、特許請求の範囲の趣旨及び範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。他の実施形態の一部又は全部との組み合わせや置換などの種々の変形及び改良が可能である。
【符号の説明】
【0135】
1 状態推定装置
2 コンバータ回路
3 直流リンク部
4 インバータ回路
4a スイッチング素子
5 制御部
6 交流電源
7 モータ
8 リアクトル
9 装置
10 機器