(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051970
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】小細胞肺がんの治療
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20240404BHJP
A61K 31/52 20060101ALI20240404BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20240404BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240404BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240404BHJP
A61K 45/06 20060101ALI20240404BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240404BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20240404BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240404BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20240404BHJP
A61K 31/517 20060101ALI20240404BHJP
A61K 31/198 20060101ALI20240404BHJP
A61P 1/18 20060101ALI20240404BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240404BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20240404BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20240404BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240404BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20240404BHJP
【FI】
A61K45/00 ZNA
A61K31/52
A61P11/00
A61P35/00
A61P43/00 111
A61K45/06
A61P43/00 121
A61K48/00
A61P43/00 105
A61K31/713
A61K31/7088
A61K31/519
A61K31/517
A61K31/198
A61P1/18
A61P25/00
G01N33/574 A
C12N15/113 Z
C12N15/12
C12N15/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】25
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158382
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(74)【代理人】
【識別番号】100103230
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 裕貢
(72)【発明者】
【氏名】中山 敬一
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA13
4C084AA17
4C084AA19
4C084AA20
4C084AA22
4C084AA23
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4C084ZC75
4C086AA01
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4C086ZA59
4C086ZA66
4C086ZB21
4C086ZB26
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4C206ZC41
4C206ZC75
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、小細胞肺がんを処置および/または予防するための治療を目的とする。
【解決手段】本発明は、HPRT1の阻害物質、具体的には6-メルカプトプリン、HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質、またはHPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質およびグルタミン合成酵素の阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医を予防または処置するための医薬組成物に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1 (HPRT1) の阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
【請求項2】
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
HPRT1の阻害物質が、HPRT1発現の阻害物質である、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項4】
HPRT1発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、請求項3記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
【請求項5】
HPRT1発現の阻害物質が、配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、請求項4記載の医薬組成物。
【請求項6】
HPRT1発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる請求項4記載の医薬組成物。
【請求項7】
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、請求項1から6までのいずれか記載の医薬組成物。
【請求項8】
HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
【請求項9】
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、請求項8記載の医薬組成物。
【請求項10】
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、請求項9記載の医薬組成物。
【請求項11】
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、請求項8から10までのいずれか記載の医薬組成物。
【請求項12】
HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質、およびグルタミン合成酵素 (GS) の阻害物質を含有する、がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
【請求項13】
GSの阻害物質が、メチオニンスルホキシミンである、請求項12記載の医薬組成物。
【請求項14】
GSの阻害物質が、GS発現の阻害物質である、請求項12記載の医薬組成物。
【請求項15】
GS発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、請求項14記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
【請求項16】
GS発現の阻害物質が、配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、請求項15記載の医薬組成物。
【請求項17】
GS発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる請求項15記載の医薬組成物。
【請求項18】
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、請求項12から17までのいずれか記載の医薬組成物。
【請求項19】
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、請求項12記載の医薬組成物。
【請求項20】
がんが、小細胞肺がん、膵腺がん、または神経膠芽腫である、請求項19記載の医薬組成物。
【請求項21】
がんが、小細胞肺がんである、請求項20記載の医薬組成物。
【請求項22】
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、請求項21記載の医薬組成物。
【請求項23】
小細胞肺がんにおける予後を判定する方法であって、
(a1)被検体のHPRT1の量(被検バイオマーカー量)を測定する工程、
(b1)被検バイオマーカー量と、健常検体のHPRT1の量(対照バイオマーカー量)とを比較する工程、および
(c1)被検バイオマーカー量が対照バイオマーカー量よりも多い場合に、被検体を、小細胞肺がんの予後不良と判定する方法。
【請求項24】
小細胞肺がんにおける予後を判定することができる、HPRT1であるバイオマーカー。
【請求項25】
小細胞肺がんにおける予後を判定することができるバイマーカーとしての、HPRT1の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん、特に小細胞肺がんの治療の分野に属す。詳細には、本発明は、HPRT1の阻害物質、またはHPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物、およびHPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質およびグルタミン合成酵素の阻害物質を含有する、がんを処置および/または予防するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
小細胞肺がん (SCLC) は、急速な増殖と高い転移性を特徴とする最も悪性度の高いがんの一つである。小細胞肺がんの第一選択薬としてシスプラチンが使用されてきたが、ほとんどの患者は最終的にこの薬剤に対して耐性を獲得し、5年生存率は約7%と非常に低い「治療不可能ながん」と定義されている(非特許文献1、2、3)。シスプラチンは小細胞肺がんの第一選択薬として1984年に承認されたが、それから約40年近くが経過した近年に至るまで、未だ特異的かつ効果的な治療法は開発されていない。小細胞肺がんの臨床試験にて様々な化学療法コンビネーションが実施されたにもかかわらず、小細胞肺がん患者の生存期間の延伸が実現できていない絶望的な状況である(非特許文献3、4)。
【0003】
直近、免疫チェックポイント療法が進展型小細胞肺がんの全生存期間に一定の効果を示したが、小細胞肺がんは免疫チェックポイント療法に感受性が高い非小細胞肺がんなどと比較し治療抵抗性が高いこととも明らかになり、小細胞肺がんに対する免疫チェックポイント療法の効果の限界が露呈している。このような背景から、小細胞肺がんにおける更なる効果的かつ新規な治療法の樹立が待望されている(非特許文献5、6、7)。小細胞肺がん患者の予後を改善させるためには、小細胞肺がんの悪性性の根源を分子生物学的解析で明確にする必要がある(非特許文献3、8)。近年、小細胞肺がんに包括的な遺伝子プロファイルが明らかになってきたが、その悪性性の詳細は未解明のままである。
【0004】
多くのがん種でデノボ (de novo) 核酸合成経路への依存度が高まっており、特に小細胞肺がんで顕著であることが明らかになってきた(非特許文献9-15)。材料の再利用でなく新たにプリンおよびピリミジンを合成するde novoプリンおよびピリミジン合成は、主に宿主から供給されるグルタミンを窒素として必要とする(非特許文献16)。経口摂取されたグルタミンの大部分は腸管内皮で異化を受け、血流に直接入るグルタミンはごく少量である(非特許文献17、18)。むしろ、血清中のグルタミンは、グルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成するグルタミン合成酵素 (GS) が高度に発現している肺や骨格筋などの臓器から供給される(非特許文献16)。グルタミンは細胞内に取り込まれた後、de novoプリン合成の律速酵素であるホスホリボシル・ピロホスフェート・アミドトランスフェラーゼ (phosphoribosyl pyrophosphate amidotransferase (PPAT)) によって代謝され、グルタミン由来の窒素をプリン前駆体に移行させる。本発明者らはこれまでの研究で、PPATの発現量が小細胞肺がん患者の予後と大きく関係していること、PPATの阻害が小細胞肺がん細胞の増殖抑制に効果的であることを明らかにした(非特許文献20)。プリン核酸は、de novo経路に加え、ヒポキサンチンホスホリボシル二リン酸(PRPP)とヒポキサンチンがヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1(HPRT1)により代謝されるサルベージ経路でも合成される。しかし、ヒポキサンチンの血漿濃度が1μM程度と低いことから、がんの増殖を支える核酸の需要に対するサルベージ経路の貢献度は不明であった(非特許文献19)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】George, J. et al. Comprehensive genomic profiles of small cell lung cancer. Nature 524, 47-53, 14664 (2015).
【非特許文献2】Gazdar, A. F., Bunn, P. A. & Minna, J. D. Small-cell lung cancer: what we know, what we need to know and the path forward. Nat. Rev. Cancer 17, 725-737, 87 (2017).
【非特許文献3】Zhang, W. et al. Small cell lung cancer tumors and preclinical models display heterogeneity of neuroendocrine phenotypes. Transl Lung Cancer Res 7, 32-49, 02.02 (2018).
【非特許文献4】Koinis, F., Kotsakis, A. & Georgoulias, V. Small cell lung cancer (SCLC): no treatment advances in recent years. Transl. Lung Cancer Res. 5, 39-50, (2016).
【非特許文献5】Horn, L. et al. First-Line Atezolizumab plus Chemotherapy in Extensive-Stage Small-Cell Lung Cancer. N. Engl. J. Med. 379, 2220-2229, (2018).
【非特許文献6】Sabari, J. K., Lok, B. H., Laird, J. H., Poirier, J. T. & Rudin, C. M. Unravelling the biology of SCLC: implications for therapy. Nat. Rev. Clin. Oncol. 14, 549-561, (2017).
【非特許文献7】Remon, J. et al. Small cell lung cancer: a slightly less orphan disease after immunotherapy. Ann. Oncol. 32, 698-709, (2021).
【非特許文献8】Stewart, C. A. et al. Single-cell analyses reveal increased intratumoral heterogeneity after the onset of therapy resistance in small-cell lung cancer. Nature Cancer 1, 423-436, (2020).
【非特許文献9】Kodama, M. et al. A shift in glutamine nitrogen metabolism contributes to the malignant progression of cancer. Nature Communications 11, (2020).
【非特許文献10】Kodama, M. & Nakayama, K. I. A second Warburg-like effect in cancer metabolism: The metabolic shift of glutamine-derived nitrogen: A shift in glutamine-derived nitrogen metabolism from glutaminolysis to de novo nucleotide biosynthesis contributes to malignant evolution of cancer. Bioessays, (2020).
【非特許文献11】Huang, F. et al. Inosine Monophosphate Dehydrogenase Dependence in a Subset of Small Cell Lung Cancers. Cell Metab. 28, 369-382 e365, (2018).
【非特許文献12】Augert, A. et al. MAX Functions as a Tumor Suppressor and Rewires Metabolism in Small Cell Lung Cancer. Cancer Cell 38, 97-114 e117, (2020).
【非特許文献13】Li, L. et al. Identification of DHODH as a therapeutic target in small cell lung cancer. Sci. Transl. Med. 11, (2019).
【非特許文献14】Morita, M. et al. PKM1 Confers Metabolic Advantages and Promotes Cell-Autonomous Tumor Cell Growth. Cancer Cell 33, 355-367 e357, (2018).
【非特許文献15】Ruano-Ravina, A., Provencio-Pulla, M. & Perez-Rios, M. Small Cell Lung Cancer-A Neglected Disease With More Data Needed. JAMA Netw Open 5, e224837, (2022).
【非特許文献16】Lee, J. S. et al. Urea Cycle Dysregulation Generates Clinically Relevant Genomic and Biochemical Signatures. Cell 174, 1559-1570 e1522, (2018).
【非特許文献17】Windmueller, H. G. & Spaeth, A. E. Uptake and metabolism of plasma glutamine by the small intestine. J. Biol. Chem. 249, 5070-5079 (1974).
【非特許文献18】Hensley, C. T., Wasti, A. T. & DeBerardinis, R. J. Glutamine and cancer: cell biology, physiology, and clinical opportunities. J. Clin. Invest. 123, 3678-3684, (2013).
【非特許文献19】Luengo, A., Gui, D. Y. & Vander Heiden, M. G. Targeting Metabolism for Cancer Therapy. Cell Chem Biol 24, 1161-1180, (2017).
【非特許文献20】Kodama, M. et al. A shift in glutamine nitrogen metabolism contributes to the malignant progression of cancer. Nat. Commun. 11, 1320 (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
小細胞肺がんは5年生存率が約7%と非常に予後の悪いがんの一つであり、全肺がんの約15%を占める。その播種的性質により、がんの発見時には多数の転移巣があって既に手術適応がないケースが多い。上記の通り、現在、シスプラチン(cDDP)を中心とした化学療法が行われているが、その奏功率は低く、大きな医学的問題となっており、小細胞肺がんを根本的に治療できる薬物療法は常に求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、小細胞肺がんの患者検体を独自に開発したiMPAQTシステムにより解析し、小細胞肺がんの増殖が核酸合成経路に強く依存していることを突き止めた。特に核酸合成経路の主経路(de novo経路)と副経路(サルベージ経路)を、メトトレキサート(MTX)と6-メルカプトプリン(6-MP)を用いて同時に阻害することで、小細胞肺がん細胞株に対して強い増殖抑制効果をもたらすことできることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
したがって、本発明は、以下の態様を含む。
<HPRT1の阻害物質を含有する医薬組成物>
[1]
ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1 (HPRT1) の阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[2]
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、[1]記載の医薬組成物。
[3]
HPRT1の阻害物質が、HPRT1発現の阻害物質である、[1]記載の医薬組成物。
[4]
HPRT1発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、[3]記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
[5]
HPRT1発現の阻害物質が、配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、[4]記載の医薬組成物。
[6]
HPRT1発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる[4]記載の医薬組成物。
[7]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[1]から[6]までのいずれか記載の医薬組成物。
【0009】
<HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する医薬組成物>
[8]
HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[9]
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、[8]記載の医薬組成物。
[10]
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、[9]記載の医薬組成物。
[11]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[8]から[11]までのいずれか記載の医薬組成物。
【0010】
<HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質およびグルタミン合成酵素の阻害物質を含有する医薬組成物>
[12]
HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質、およびグルタミン合成酵素 (GS) の阻害物質を含有する、がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[13]
GSの阻害物質が、メチオニンスルホキシミンである、[12]記載の医薬組成物。
[14]
GSの阻害物質が、GS発現の阻害物質である、[12]記載の医薬組成物。
[15]
GS発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、[14]記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
[16]
GS発現の阻害物質が、配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、[15]記載の医薬組成物。
[17]
GS発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる[15]記載の医薬組成物。
[18]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[12]から[17]までのいずれか記載の医薬組成物。
[19]
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、[12]記載の医薬組成物。
[20]
がんが、小細胞肺がん、膵腺がん、または神経膠芽腫である、[19]記載の医薬組成物。
[21]
がんが、小細胞肺がんである、[20]記載の医薬組成物。
[22]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[21]記載の医薬組成物。
【0011】
<小細胞肺がんの予後判定>
[23]
小細胞肺がんにおける予後を判定する方法であって、
(a1)被検体のHPRT1の量(被検バイオマーカー量)を測定する工程、
(b1)被検バイオマーカー量と、健常検体のHPRT1の量(対照バイオマーカー量)とを比較する工程、および
(c1)被検バイオマーカー量が対照バイオマーカー量よりも多い場合に、被検体を、小細胞肺がんの予後不良と判定する方法。
[24]
小細胞肺がんにおける予後を判定することができる、HPRT1であるバイオマーカー。
[25]
小細胞肺がんにおける予後を判定することができるバイマーカーとしての、HPRT1の使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、がん、特に小細胞がんを処置および/または予防するための治療を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1a】
図1aからdは全体として、小細胞肺がん患者の腫瘍では、プリンおよびピリミジン核酸合成酵素の高発現が特徴であることを示す。図中、SCLCは小細胞肺がん、NSCLC-Adは肺腺がん、およびNSCLC-Sqは肺扁平上皮がんを示す。
図1aは、小細胞肺がん (患者数:12)、肺腺がん (患者数:12) および肺扁平上皮がん (患者数:12) におけるiMPAQTで測定した代謝酵素の階層的クラスタリングのためのヒートマップである。
【
図1b】
図1bは、小細胞肺がん、肺腺がん、扁平上皮がんにおける代謝酵素の発現パターンを主成分分析により単純化したグラフである。PC1は第1主成分を、PC2は第2主成分をそれぞれ示す。カッコ内の数値は、それぞれの主成分の寄与率である。
【
図1c】
図1cは、小細胞肺がんおよび肺腺がんの腫瘍において発現が上昇または低下している遺伝子リストに対する代謝酵素の差異発現をGSEAでプロットした、プリンヌクレオチドおよびピリミジンヌクレオチド合成酵素群の発現についての結果を示す。
【
図1d】
図1dは、小細胞肺がんおよび扁平上皮がんの腫瘍において発現が上昇または低下している遺伝子リストに対する代謝酵素の差異発現をGSEAでプロットした、プリンヌクレオチドおよびピリミジンヌクレオチド合成酵素群の発現についての結果を示す。
【0014】
【
図2a】
図2aからfは全体として、小細胞肺がんでは、核酸合成酵素HPRT1が特徴であることを示す。
図2aは、小細胞肺がん対肺腺がん、小細胞肺がん対肺扁平上皮がんで発現量の異なる核酸合成酵素を描いた火山プロットである。
【
図2b】
図2bは、肺腺がんと肺扁平上皮がんと比較して、小細胞肺がんで発現量が有意に増加している核酸合成酵素を描いたベン図である。
【
図2c】
図2cは、小細胞肺がん、肺腺がんまたは扁平上皮がんのHPRT1、DUTおよびPOLR2Fの発現量を示したボックスプロットである。
【
図2d】
図2dは、腫瘍サイズ3 cm以下と、3 cmより大きなものとに分けて酵素発現量の比較を行った図である。HPRT1はDUTやPOLF2Fと比較し、腫瘍サイズが大きくなるほど発現量が増加する傾向があることが明らかになった。
【
図2e】
図2eは、小細胞肺がん患者の正常組織 (n=6) またはがん組織 (n=6) におけるHPRT1、DUT、POLR2Fの発現量の比較解析の結果を示す。
【
図2f】
図2fは、小細胞肺がん患者について、がん組織におけるHPRT1、DUT、およびPOLR2F遺伝子の発現量が高い (High) または低い (Low) 場合を対比したカプラン・マイヤー生存率解析の結果を示す。患者は、タンパク質発現レベルの中央値によって分けた。
【
図3a】
図3aは、小細胞肺がんにおけるHPRT1の予後への影響を示す、小細胞肺がん患者からの腫瘍における免疫組織化学染色 (IHC) によるHPRT1の画像写真である。写真中、矢印は、HPRT1陽性細胞を示す。
【
図3b】
図3bは、HPRT1の発現レベルが高い試料 (実線) または低い試料 (破線) を対比した、小細胞肺がんのカプラン・マイヤー生存率解析の結果を示す。患者の診断は、WHO肺腫瘍分類に基づく。
【
図4a】
図4aからgは全体として、HPRT1の遺伝子破壊は、小細胞肺がんの腫瘍形成性を減弱させることを示す。
図4aは、6-メルカプトプリン (6-MP) に対する小細胞肺がん細胞株 (n=10)およびその他のがんパネル (n=20) の細胞生存率の用量反応曲線 (n=4) を示す。
【
図4b】
図4bは、AAVS1対照、HPRT1-KO#1、HPRT1-KO#3ならびにヒトHPRT1過剰発現HPRT1-OE小細胞肺がん細胞株 (HPRT1-KO#1およびHPRT1-KO#3) におけるHPRT1およびHsp90 (ローディング対照)の免疫ブロット分析の結果である。
【
図4c】
図4cは、HPRT1欠損細胞 (HPRT1-KO#1およびHPRT1-KO#3) に外来性のHPRT1を過剰発現させ、細胞生存率に対する影響を調べた結果である。
【
図4d】
図4dは、AAVS1対照、HPRT1-KO#1、HPRT1-KO#3 ならびにヒトHPRT1過剰発現HPRT1-OE小細胞肺がん細胞株 (HPRT1-KO#1およびHPRT1-KO#3) における、生理的培地を用いた2次元培養の際の小細胞肺がん細胞の増殖効率の結果である。n=4。
【
図4e】
図4eは、AAVS1対照、HPRT1-KO#1、HPRT1-KO#3 ならびにヒトHPRT1過剰発現HPRT1-OE小細胞肺がん細胞株 (HPRT1-KO#1およびHPRT1-KO#3) における、生理的培地を用いた3次元培養の際の小細胞肺がん細胞の増殖効率の結果である。n=4。
【
図4f】
図4fは、de novo プリン代謝およびサルベージ代謝の模式図である。
【
図4g】
図4gは、MTXで処理したAAVS1対照細胞およびHPRT1-KO 小細胞肺がん細胞株 (SBC-3およびSBC-5) の細胞生存率の用量反応曲線である。
【
図4h】
図4hは、マウス担がん移植アッセイにおいて、HPRT1欠損が腫瘍形成に及ぼす影響を調べた結果を示す。データは平均+s. d. *P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001 (Student t-test); NS, 有意差無し。
【
図5a】
図5aからcは全体として、ヌクレオチド救済代謝は、グルタミン飢餓下の小細胞肺がん細胞の成長を促進することを示す。
図5aは、サルベージプリン核酸合成で使用される基質ヒポキサンチンをグルタミン飢餓培地へ添加することによるSBC-3およびSBC-5細胞の増殖に及ぼす影響を調べた結果である。
【
図5b】
図5bは、グルタミン飢餓の間に6-MPで96時間処理したSBC-3およびSBC-5細胞の細胞生存率の用量反応曲線である (n=4)。
【
図5c】
図5cは、6-MP処理とグルタミン飢餓の組み合わせが小細胞肺がん細胞株の増殖に及ぼす影響を調べた結果である。データは平均値+s.d. *P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001 (Student t-test) ; NS, 有意差なし。
【
図6a】
図6aからeは全体として、宿主のグルタミン代謝の攪乱が、小細胞肺がんにおけるヌクレオチド救済阻害の感受性を呼び起こすことを示す。
図6aは、グルタミン合成酵素 (GS) の化学反応の模式図である。
【
図6b】
図6bは、SBC-3およびSBC-5細胞を、様々なグルタミン濃度 (0、300、600μM) の条件下でMSO処理し、それら小細胞肺がん細胞の成長を調べた結果である。血漿中のグルタミンおよびグルタミン酸は、グルタミン/グルタメート-Glo (Promega) を用いて測定した。図中、太線は、平均値を示す。
【
図6c】
図6bは、グルタミン飢餓状態で96時間MSO処理したSBC-3とSBC-5の細胞生存率の用量反応曲線を示す (n=4)。
【
図6d】
図6dは、MSO単独投与、MSOと6-MPの併用、およびMSOと6-MPおよびMTXによる追加併用による、ヌードマウスにおけるSBC-3およびSBC-5細胞株の腫瘍重量の変化を示す。データは平均値+s.d. *P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001 (Student t-test) ; NS, 有意差なし。
【
図6e】
図6eは、MSO単独投与、MSOと6-MPの併用、およびMSOと6-MPおよびMTXによる追加併用による、ヌードマウスにおけるSBC-3およびSBC-5細胞株の生存率解析の結果を示す。データは平均値+s.d. *P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001 (Student t-test) ; NS, 有意差なし。
【
図7a】
図7aからhは全体として、MTXと6-MPの組み合わせは、シスプラチン耐性小細胞肺がんに対する有効な治療介入を提供できることを示す。
図7aは、シスプラチン (cDDP) で96時間処理したcDDP耐性MS-1-LおよびSTC-1細胞の細胞生存率の用量反応曲線を示す (n=4)。小細胞肺がん細胞をCmaxの濃度で48時間培養し、30日以内に生き残った細胞集団が耐性-1 (R1)、このサイクルを3回繰り返し、シスプラチン耐性集団が耐性-3 (R3) である。
【
図7b】
図7bは、シスプラチン耐性小細胞肺がんMS-1-LおよびMS-1-L R3のインビボでのシスプラチン耐性を確認した結果である。
【
図7c】
図7cは、シスプラチン耐性小細胞肺がんSTC-1およびSTC-1 R3のインビボでのシスプラチン耐性を確認した結果である。
【
図7d】
図7dは、6-MP、MTXもしくは6-MP+MTXで処理したcDDP耐性MS-1-LおよびSTC-1細胞の細胞生存率の用量反応曲線を示す (n=4)。
【
図7e】
図7eは、6-MP、MTXもしくは6-MP+MTXで処理したシスプラチン耐性小細胞肺がんMS-1-L R3およびSTC-1 R3における腫瘍体積を調べた結果である。
【
図7f】
図7fは、6-MP、MTXもしくは6-MP+MTXで処理したシスプラチン耐性小細胞肺がんMS-1-L R3およびSTC-1 R3におけるカプラン-マイヤー生存曲線の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明はひとつの実施形態において、ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1 (HPRT1) の阻害物質、例えば6-メルカプトプリン (6-MP) を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物を提供する。
【0016】
HPRT1は、生物に含まれているプリン塩基の合成および分解の代謝経路であるプリン代謝に関係している酵素である。本発明において、小細胞肺がん治療では、プリン合成経路は有望な標的であることが見出された。また、HPRT1が高発現し、代謝活性が高い細胞は、HPRT1の代謝活性を競合的に阻害する作用を有する6-MPに対する感受性が亢進すると考えられる。本発明において、小細胞肺がんの細胞株では、他のがん細胞と比較し、6-MPに対する増殖阻害感受性が高いことが示され、このことから、小細胞肺がんはHPRT1活性が高いことが推測された(
図4)。
【0017】
HPRT1をコードする核酸配列またはDNA配列は次の通りである。
atg gcgacccgca gccctggcgt cgtgattagtgatgatgaac caggttatga ccttgattta ttttgcatac ctaatcatta tgctgaggatttggaaaggg tgtttattcc tcatggacta attatggaca ggactgaacg tcttgctcgagatgtgatga aggagatggg aggccatcac attgtagccc tctgtgtgct caaggggggctataaattct ttgctgacct gctggattac atcaaagcac tgaatagaaa tagtgatagatccattccta tgactgtaga ttttatcaga ctgaagagct attgtaatga ccagtcaacaggggacataa aagtaattgg tggagatgat ctctcaactt taactggaaa gaatgtcttgattgtggaag atataattga cactggcaaa acaatgcaga ctttgctttc cttggtcaggcagtataatc caaagatggt caaggtcgca agcttgctgg tgaaaaggac cccacgaagtgttggatata agccagactt tgttggattt gaaattccag acaagtttgt tgtaggatatgcccttgact ataatgaata cttcagggat ttgaatcatg tttgtgtcat tagtgaaactggaaaagcaa aatacaaagc ctaa(配列番号1)
【0018】
本発明において、「阻害物質」の「阻害」とは、HPRT1タンパク質の発現またはその活性を阻害または抑制することにより、HPRT1活性としてのプリン代謝を遅延または停止させるプロセスを意味する。
【0019】
本発明において、ひとつの実施態様として、HPRT1の阻害物質は、6-メルカプトプリンが挙げられる。6-メルカプトプリンは、化学名が1,7-ジヒドロ-6H-プリン-6-チオンであり、現在、小児急性白血病のみならず、成人急性白血病にもすぐれた効果が認められている。6-MPは、現在ヒト白血病治療に利用されているため、安全性については問題が少ないと考えられる。
【0020】
本発明において、別の実施態様として、HPRT1の阻害物質は、HPRT1発現の阻害物質が挙げられる。この態様において、HPRT1発現の阻害物質は、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質が挙げられる:
(a)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
【0021】
本発明において、HPRT1発現の阻害物質は具体的には、配列表の配列番号1に示す塩基配列を含む核酸と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列が挙げられる。
【0022】
本発明においてmRNAとは、標的核酸によりコードされるmRNA、または標的核酸によりコードされるタンパク質をコードするものであればいずれでもよい。好ましくはHPRT1の核酸配列でコードされるmRNAである。
【0023】
本発明の一実施態様では、HPRT1発現の阻害物質として、好ましくは、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれるものが挙げられる。
【0024】
本発明のリボザイムとはDNA制限エンドヌクレアーゼと類似の機構により他の一本鎖RNA分子を特異的に切断するRNA分子を意味する。既知の手法によりRNAの核酸配列を適宜修飾することにより、RNA一本鎖中の特定の塩基配列を認識し切断するリボザイムを作製することができる(Science, 239, p. 1412-1416, 1988)。
【0025】
本発明の siRNAとは、核酸配列(標的核酸)の発現を抑制する二本鎖RNAを指し、「RNAi剤」、「短鎖干渉性RNA」、「短鎖干渉性核酸」、「siNA」を意味し、配列特異的なRNA干渉(RNAi)または遺伝子サイレンシングを介して遺伝子発現またはウイルス複製を阻害または下向き調節することのできる核酸分子である。これは、RNAのみからなるものであってもよいし、DNAとRNAとの融合体であってもよい。該siRNAは標的核酸およびNCBIデータベースの検索により得られた情報から常法に従い作製することができる。siRNAオリゴヌクレオチドの設計においては、標的核酸がコードするmRNAのコーディング領域のうち、できるだけGC含有率が50%に近い配列を選択する。GC含有率は45%から55%の間が理想的である。AUGスタートコドン付近の50から100ヌクレオチドまたはターミネーションコドン付近の50から100ヌクレオチドの領域は避け、AA(アデニン・アデニン)に続く19ヌクレオチドを選択し、このセンス鎖19ヌクレオチドの3’末端にはdTdT(デオキシチミン・デオキシチミン)をオーバーハングとして付加する。オーバーハングは、RNAオリゴまたはRNA/DNAのキメラオリゴから選択できる。2塩基のオーバーハングとして通常、チミン(TT)やウラシル(UU)が使用されるが、その他のオーバーハングを使用することもできる。しかし、 siRNA末端を平滑にする、5’末端のみをオーバーハングにする、オーバーハングの長さを変えることにより、RNAi効果に影響を与える場合がある。該ヌクレオチドの塩基配列中には3 個以上のグアノシンまたはシトシンが連続している配列は避けるべきであり、他のどの遺伝子とも相同性がないことを確認する必要がある。アンチセンス鎖はセンス19ヌクレオチドの相補鎖とし、3’末端にはdTdTを付加する。こうして設計された塩基配列に基づき、センス鎖、アンチセンス鎖をDNA/RNA合成機で合成する。合成されたセンス鎖およびアンチセンス鎖は、NAP-10カラムなどによって精製後、濃縮乾燥し、再度バッファーに溶解して加熱し、アニーリングさせて二本鎖のsiRNAとする。DNA/RNA合成機によるsiRNAの調製法以外に、本発明のsiRNA標的配列をループ配列とともに発現ベクターに組み込み、細胞内で発現させて標的核酸の発現を抑制することも可能である。また、本発明のsiRNA標的配列のセンス鎖、アンチセンス鎖を別々に細胞内で発現させて、細胞内でハイブリダイズさせてsiRNAとし標的核酸の発現を抑制することも可能である。更には本発明のsiRNA標的配列を含む長いdsRNAを細胞内に導入して、細胞内で切断してsiRNAとし、標的核酸の発現を抑制することも可能である。
【0026】
本発明のsiRNAは、HPRT1の核酸配列の発現を阻害することから、標的核酸の発現を調節する物質として、小細胞肺がんを予防または治療する医薬組成物として利用可能である。
【0027】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸配列(単に、アンチセンスと呼ぶことがある)とは、標的核酸の発現を抑制する塩基配列を有する核酸であり、常法に従って作製される。まず、標的核酸がコードするmRNAの標的候補部位を選択するが、この選択方法としては、エネルギー計算に基づくmRNA高次構造予測法(Methods in Enzymol., 180, p. 262, 1989; Ann. Rev. Biophys. Biophys. Chem., 17, p. 167, 1988)、ランダムオリゴ/RNase H法(Nucleic Acid Res., 25, p. 5010, 1997)、逆転写酵素法(Nature Biotech, 15, p. 537, 1997)、蛍光核酸プローブ法(Nucleic Acid Res., 27, p. 2387, 1999)、FRET法(Biochemistry, 31, p. 12055, 1992)などが使用できる。次に選択したmRNAの候補領域からアンチセンスオリゴヌクレオチドの配列を決定する。このとき、アンチセンスオリゴヌクレオチドの鎖長は15~30量体が一般的であり、アンチセンスオリゴヌクレオチド自体が自ら二重鎖や自己ステム-ループ構造を形成しないようにし、Gが4個以上連続して並ぶ配列はタンパク質と相互作用する可能性が高いので避け、アンチセンスオリゴヌクレオチド中の「CpG」配列はB細胞のレセプターに結合するので避けて設計する。アンチセンスオリゴヌクレオチドの構造としては、リン酸結合型(天然型、ホスホロチオエート型、メチルホスホネート型、ホスホロアミデート型、2'-O-メチル型)や非リン酸型(モルフォリデート型、ポリアミド核酸)などの選択肢がある。また、細胞透過性を高めるためにペプチドやコレステロールを導入し、またはアルキル化剤や光架橋剤を導入して架橋性能を持たせることも可能である。このように設計したアンチセンスオリゴヌクレオチドはDNA合成機などによって調製し、逆相HPLC、イオン交換HPLC、ゲル電気泳動法、エタノール沈殿などによって精製する。
【0028】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸は標的核酸(HPRT1の核酸配列)の発現を阻害することから、標的核酸の発現を調節する物質として、小細胞肺がんを予防または治療する医薬組成物として利用可能である。
【0029】
<HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する医薬組成物>
本発明は別の実施形態において、HPRT1の阻害物質、例えば6-メルカプトプリン、および葉酸合成阻害物質、例えばメトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、またはラルチトレキセドを含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物に関する。本発明において、HPRT1阻害とMTXの併用が小細胞肺がんに対する有効な治療法となる可能性が示された。
【0030】
メトトレキサート (MTX) は、関節リウマチの治療では世界中で最もよく使用される、免疫抑制作用を持つ抗リウマチ薬である。MTXは核酸合成に必要な活性型葉酸に還元させるジヒドロ葉酸リダクターゼ (DHFR) の働きを阻害してテトラヒドロ葉酸 (THF) を枯渇させることで、主にチミジル酸合成系を阻害し、細胞増殖を抑制する。これにより、MTXはまた、プリン代謝 (DNA合成)、アミノ酸代謝を阻害し、白血病や乳がんなど幅広い悪性腫瘍に対し抗腫瘍効果を示す。MTXは、現在ヒト白血病治療に利用されているため、安全性については問題が少ないと考えられる。なお、6-MPもMTXも白血病治療に利用されているが、それぞれは小細胞肺がんの治療に利用されておらず、また両者の組み合わせが小細胞肺がんの治療に有用であるとの知見はない。
【0031】
小細胞肺がんの第一選択治療はシスプラチンベースの白金製剤による治療であるが、その治療効果は一過性の場合が多く、ほとんどの症例がシスプラチン耐性を獲得している。シスプラチン耐性非小細胞肺がんは、最近、グルタミン代謝リモデリングを受け、グルタミン飢餓に対する感受性が高まっていることが示された (30-32)。また、シスプラチン耐性や他の様々な化学療法耐性がんでは、核酸合成が促進され、核酸合成阻害物質に対する感受性が上昇することが示された (30-32)。本発明において、de novoプリン合成経路 (HPRT1の阻害物質) とサルベージプリン合成経路 (葉酸合成阻害物質) の同時阻害がシスプラチン抵抗性小細胞肺がんに対しても有効であるかどうかを検討し、シスプラチン感受性小細胞肺がんのみならずシスプラチン耐性小細胞肺がんに対しても決定的な治療効果を示すことを見出した。
【0032】
本発明はさらなる別の実施形態において、HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質、およびグルタミン合成酵素の阻害物質、例えば、メチオニンスルホキシミンを含有する、がんを処置および/または予防するための医薬組成物に関する。
本発明において、グルタミン枯渇は6-MPへの感受性を増大することが示された。すなわち、グルタミンは、de novoヌクレオチド生合成における必須窒素供与体であると同時に、TCAサイクルのグルタミン酸化経路の補充基質であり、がんの増殖に必須なアミノ酸である (22, 23)。宿主生体内で増殖するがん細胞は、グルタミン飢餓に曝されることが知られている。ヒト血漿中のグルタミン濃度は~600μMであるのに対し、固形腫瘍の外層部のグルタミン濃度は~400μM、腫瘍の深層部では100μM以下であることさえある (24-26)。これらの知見は、グルタミンの供給が制限された場合、がん細胞が増殖能と生存率を維持するためにサルベージ経路に依存している可能性を示唆している。この仮説を検証するため、グルタミン飢餓培地へのヒポキサンチンの添加が小細胞肺がん細胞の増殖に及ぼす影響を調べた (実施例3)。ヒポキサンチンはサルベージプリン核酸合成で使用される基質であり、その存在によりグルタミンが無くても核酸前駆体は合成される。よって、がん細胞がグルタミン飢餓にさらされた場合、HPRT1がヒポキサンチンを代謝し、de novo核酸合成経路の回避経路として機能する可能性がある。本発明において、グルタミン飢餓環境下でのヒポキサンチン添加が小細胞肺がん細胞の増殖を促すことを見出した。そして、6-MP処理とグルタミン飢餓の組み合わせは、小細胞肺がん細胞の増殖抑制に、各処理単独よりも有効であり、MTXの追加処理はこの効果をさらに増強することを見出した。
【0033】
グルタミン合成酵素 (GS) をコードする核酸配列またはDNA配列は次の通りである。
atgac cacctcagca agttcccact taaataaagg catcaagcag gtgtacatgtccctgcctca gggtgagaaa gtccaggcca tgtatatctg gatcgatggt actggagaaggactgcgctg caagacccgg accctggaca gtgagcccaa gtgtgtggaa gagttgcctgagtggaattt cgatggctct agtactttac agtctgaggg ttccaacagt gacatgtatctcgtgcctgc tgccatgttt cgggacccct tccgtaagga ccctaacaag ctggtgttatgtgaagtttt caagtacaat cgaaggcctg cagagaccaa tttgaggcac acctgtaaacggataatgga catggtgagc aaccagcacc cctggtttgg catggagcag gagtataccctcatggggac agatgggcac ccctttggtt ggccttccaa cggcttccca gggccccagggtccatatta ctgtggtgtg ggagcagaca gagcctatgg cagggacatc gtggaggcccattaccgggc ctgcttgtat gctggagtca agattgcggg gactaatgcc gaggtcatgcctgcccagtg ggaatttcag attggacctt gtgaaggaat cagcatggga gatcatctctgggtggcccg tttcatcttg catcgtgtgt gtgaagactt tggagtgata gcaacctttgatcctaagcc cattcctggg aactggaatg gtgcaggctg ccataccaac ttcagcaccaaggccatgcg ggaggagaat ggtctgaagt acatcgagga ggccattgag aaactaagcaagcggcacca gtaccacatc cgtgcctatg atcccaaggg aggcctggac aatgcccgacgtctaactgg attccatgaa acctccaaca tcaacgactt ttctgctggt gtagccaatcgtagcgccag catacgcatt ccccggactg ttggccagga gaagaagggt tactttgaagatcgtcgccc ctctgccaac tgcgacccct tttcggtgac agaagccctc atccgcacgtgtcttctcaa tgaaaccggc gatgagccct tccagtacaa aaattaa(配列番号2)
【0034】
本発明において、「阻害物質」の「阻害」とは、GSタンパク質の発現またはその活性を阻害または抑制することにより、グルタミンの生成を遅延または停止させるプロセスを意味する。
【0035】
本発明において、ひとつの実施態様として、GSの阻害物質は、メチオニンスルホキシミンが挙げられる。メチオニンスルホキシミン (MSO) は、グルタミン合成酵素 (GS) がグルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成する酵素活性を阻害する (
図6a)。
【0036】
本発明において、別の実施態様として、GSの阻害物質は、GS発現の阻害物質が挙げられる。この態様において、GS発現の阻害物質は、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質が挙げられる:
(a)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
【0037】
本発明において、GS発現の阻害物質は具体的には、配列表の配列番号2に示す塩基配列を含む核酸と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列が挙げられる。
【0038】
本発明においてmRNAとは、標的核酸によりコードされるmRNA、または標的核酸によりコードされるタンパク質をコードするものであればいずれでもよい。好ましくはGSの核酸配列でコードされるmRNAである。
【0039】
本発明の一実施態様では、GS発現の阻害物質として、好ましくは、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれるものが挙げられる。
【0040】
本発明のリボザイムとはDNA制限エンドヌクレアーゼと類似の機構により他の一本鎖RNA分子を特異的に切断するRNA分子を意味する。既知の手法によりRNAの核酸配列を適宜修飾することにより、RNA一本鎖中の特定の塩基配列を認識し切断するリボザイムを作製することができる(Science, 239, p. 1412-1416, 1988)。
【0041】
本発明の siRNAとは、核酸配列(標的核酸)の発現を抑制する二本鎖RNAを指し、「RNAi剤」、「短鎖干渉性RNA」、「短鎖干渉性核酸」、「siNA」を意味し、配列特異的なRNA干渉(RNAi)または遺伝子サイレンシングを介して遺伝子発現またはウイルス複製を阻害または下向き調節することのできる核酸分子である。これは、RNAのみからなるものであってもよいし、DNAとRNAとの融合体であってもよい。該siRNAは標的核酸およびNCBIデータベースの検索により得られた情報から常法に従い作製することができる。siRNAオリゴヌクレオチドの設計においては、標的核酸がコードするmRNAのコーディング領域のうち、できるだけGC含有率が50%に近い配列を選択する。GC含有率は45%から55%の間が理想的である。AUGスタートコドン付近の50から100ヌクレオチドまたはターミネーションコドン付近の50から100ヌクレオチドの領域は避け、AA(アデニン・アデニン)に続く19ヌクレオチドを選択し、このセンス鎖19ヌクレオチドの3’末端にはdTdT(デオキシチミン・デオキシチミン)をオーバーハングとして付加する。オーバーハングは、RNAオリゴまたはRNA/DNAのキメラオリゴから選択できる。2塩基のオーバーハングとして通常、チミン(TT)やウラシル(UU)が使用されるが、その他のオーバーハングを使用することもできる。しかし、 siRNA末端を平滑にする、5’末端のみをオーバーハングにする、オーバーハングの長さを変えることにより、RNAi効果に影響を与える場合がある。該ヌクレオチドの塩基配列中には3 個以上のグアノシンまたはシトシンが連続している配列は避けるべきであり、他のどの遺伝子とも相同性がないことを確認する必要がある。アンチセンス鎖はセンス19ヌクレオチドの相補鎖とし、3’末端にはdTdTを付加する。こうして設計された塩基配列に基づき、センス鎖、アンチセンス鎖をDNA/RNA合成機で合成する。合成されたセンス鎖およびアンチセンス鎖は、NAP-10カラムなどによって精製後、濃縮乾燥し、再度バッファーに溶解して加熱し、アニーリングさせて二本鎖のsiRNAとする。DNA/RNA合成機によるsiRNAの調製法以外に、本発明のsiRNA標的配列をループ配列とともに発現ベクターに組み込み、細胞内で発現させて標的核酸の発現を抑制することも可能である。また、本発明のsiRNA標的配列のセンス鎖、アンチセンス鎖を別々に細胞内で発現させて、細胞内でハイブリダイズさせてsiRNAとし標的核酸の発現を抑制することも可能である。更には本発明のsiRNA標的配列を含む長いdsRNAを細胞内に導入して、細胞内で切断してsiRNAとし、標的核酸の発現を抑制することも可能である。
【0042】
本発明のsiRNAは、GSの核酸配列の発現を阻害することから、標的核酸の発現を調節する物質として、小細胞肺がんを予防または治療する医薬組成物として利用可能である。
【0043】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸配列(単に、アンチセンスと呼ぶことがある)とは、標的核酸の発現を抑制する塩基配列を有する核酸であり、常法に従って作製される。まず、標的核酸がコードするmRNAの標的候補部位を選択するが、この選択方法としては、エネルギー計算に基づくmRNA高次構造予測法(Methods in Enzymol., 180, p. 262, 1989; Ann. Rev. Biophys. Biophys. Chem., 17, p. 167, 1988)、ランダムオリゴ/RNase H法(Nucleic Acid Res., 25, p. 5010, 1997)、逆転写酵素法(Nature Biotech, 15, p. 537, 1997)、蛍光核酸プローブ法(Nucleic Acid Res., 27, p. 2387, 1999)、FRET法(Biochemistry, 31, p. 12055, 1992)などが使用できる。次に選択したmRNAの候補領域からアンチセンスオリゴヌクレオチドの配列を決定する。このとき、アンチセンスオリゴヌクレオチドの鎖長は15~30量体が一般的であり、アンチセンスオリゴヌクレオチド自体が自ら二重鎖や自己ステム-ループ構造を形成しないようにし、Gが4個以上連続して並ぶ配列はタンパク質と相互作用する可能性が高いので避け、アンチセンスオリゴヌクレオチド中の「CpG」配列はB細胞のレセプターに結合するので避けて設計する。アンチセンスオリゴヌクレオチドの構造としては、リン酸結合型(天然型、ホスホロチオエート型、メチルホスホネート型、ホスホロアミデート型、2'-O-メチル型)や非リン酸型(モルフォリデート型、ポリアミド核酸)などの選択肢がある。また、細胞透過性を高めるためにペプチドやコレステロールを導入し、またはアルキル化剤や光架橋剤を導入して架橋性能を持たせることも可能である。このように設計したアンチセンスオリゴヌクレオチドはDNA合成機などによって調製し、逆相HPLC、イオン交換HPLC、ゲル電気泳動法、エタノール沈殿などによって精製する。
【0044】
本発明のアンチセンス配列を有する核酸は標的核酸(GSの核酸配列)の発現を阻害することから、標的核酸の発現を調節する物質として、小細胞肺がんを予防または治療する医薬組成物として利用可能である。
【0045】
この実施態様において、「がん」は、小細胞肺がん、膵腺がん、および神経膠芽腫などが挙げられる。
【0046】
本発明において、「処置」とは、 (1) 小細胞肺がんなどのがんの発症を遅延させる; (2) 小細胞肺がんなどのがんの症状の進行、増悪または悪化を減速または停止させる; (3) 小細胞肺がんなどのがんの症状の寛解をもたらす;あるいは (4) 小細胞肺がんなどのがんを治癒させることを目的とする方法またはプロセスを意味する。処置は、予防的措置として疾患または状態の発症前に施してもよいし、あるいは、処置は、疾患の発症後に施してもよい。
【0047】
本発明において、「予防」とは、小細胞肺がんなどのがんの発症を事前に防ぐことを意味する。
【0048】
本発明の医薬組成物は、当業者に公知の方法で製剤化することが可能である。本発明の医薬組成物は、非経口投与および経口投与のいずれによっても投与することができる。非経口投与の場合、例えば、注射剤型、経鼻投与剤型、経肺投与剤型、経皮投与型の組成物とすることができる。例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などにより全身または局部的に投与することができる。経口投与の場合、錠剤、カプセル剤、丸剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等の組成物とすることができる。
【0049】
投与方法は、患者の年齢、症状により適宜選択することができる。投与量および投与方法は、患者の体重、年齢、症状などにより変動するが、当業者であればそれらの条件を考慮し適当な投与量および投与方法を設定することが可能である。
【0050】
<小細胞肺がんの予後判定>
本発明は別の形態として、小細胞肺がんにおける予後を判定する方法であって、
(a1)被検体のHPRT1の量(被検バイオマーカー量)を測定する工程、
(b1)被検バイオマーカー量と、健常検体のHPRT1の量(対照バイオマーカー量)とを比較する工程、および
(c1)被検バイオマーカー量が対照バイオマーカー量よりも多い場合に、被検体を、小細胞肺がんの予後不良と判定する方法、を提供する。
これに関連し、本発明はさらに別の態様として、小細胞肺がんにおける予後を判定することができる、HPRT1であるバイオマーカーを提供する。さらに、本発明は、小細胞肺がんにおける予後を判定することができるバイマーカーとしての、HPRT1の使用を提供する。
【0051】
本発明者らは、がん組織におけるHPRT1、DUT、およびPOLR2F遺伝子の発現量が高い (High) または低い (Low) 場合を対比したカプラン・マイヤー生存率解析を行い、サルベージ核酸合成経路の律速段階を制御するHPRT1は、小細胞肺がんの決定的な予後マーカーとなることを見出し、本発明の判定方法、バイオマーカーおよび血中HPRT1の使用を完成させた。本発明の判定方法、バイオマーカーおよび血中HPRT1の使用により、事前に、被検体の予後が判定できれば、その後のがん治療に大いに役立つことができ、小細胞肺がんの予防にとっても極めて有益である。
【0052】
被検体のHPRT1は、ヒト患者のがん組織を採取し、その中のHPRT1量は、通常、免疫学的手法により測定することができる。例えば、当業者に周知の免疫学的手法、例えばウエスタンブロッティング法、または免疫染色法によって測定することができる。
【実施例0053】
以下、本発明を参考例および実施例により、詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものでなく、単なる例示であることに留意すべきである。
【0054】
実施例にて利用している材料および方法は次の通りである。
材料および方法
患者および組織試料
iMPQAT解析のため,2012年1月から2018年7月までに九州大学病院で外科的切除を受けた肺腺がん (n=12)、扁平上皮がん (n=12)、限局型小細胞肺がん(n=12)患者36人の腫瘍の凍結標本を後方試験的に収集した。小細胞肺がん12名のうち、6名で正常肺組織の凍結検体が入手できた。また、2000年7月から2017年12月の間に九州大学病院で気管支鏡下生検を受けた未治療の進展型小細胞肺がん患者36名のホルマリン固定パラフィン包埋腫瘍試料を採取し、免疫組織化学の解析に使用した。年齢、性別、Brinkman index(BI)を含む喫煙歴、組織型、TNM分類、腺がん患者12名のドライバーオンコジーン、上皮成長因子受容体 (EGFR) 変異の種類などの患者の特性はカルテから抽出された。本研究は、九州大学の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守している。患者の診断は、WHO肺腫瘍分類(42)に基づき行った。本研究は、国立病院機構九州医療センターおよび九州大学の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守している。本研究は、適切な機関審査委員会 (IRB) から倫理的な承認を得て実施した。九州医療センターのIRB番号は20C076。九州大学病院のIRB番号は2020-446および2021-102。
【0055】
iMPAQT試料調製
凍結組織をビーズショッカー(yasuikikai MB1200)で2500 r.p.m.で破砕し、2%SDS、7 M尿素、100 mM Tris-HCl (pH 8.8) を含む溶液100 μlで溶解し、Bioruptor (Sonicbio) を用いて超音波破砕を30秒間隔で5回行い、同量の水で希釈し、再度同じプロトコルにしたがって超音波破砕し、ビシンコニン酸 (BCA) アッセイでタンパク質濃度を測定した。システイン/システイン残基をブロックするため、200μgのタンパク質を10 mMトリス (2-カルボキシエチル) ホスフィン塩酸塩 (Thermo Fisher) で37℃、45分間処理し、次に20 mM 2-ヨードアセトアミド (シグマ) で、室温にて30分間アルキル化を行った。これらの試料を5倍量のアセトンで激しくボルテックスし、-30℃で1時間放置した後、スイングロータ (Tomy AX-521) 2000 gで5分間、固定角ロータ (KUBOTA 3520) で12000 gで2分間の連続遠心分離を行い、タンパク質ペレットを得た。このタンパク質ペレットを氷冷した90%アセトンで2回洗浄した後、100 μlの消化バッファー (50 mMのトリエチルアンモニウム・バイカーボネート) を加え、ライセート処理時と同じ条件で超音波処理を行った。各試料をリシルエンドペプチダーゼ (2 μg、和光製) で37℃、3時間消化した。その後、さらにトリプシン (4 μg、Thermo Fisher) で37℃、14時間消化した。得られた組織消化物を凍結乾燥し、mTRAQ0試薬 (1U、SCIEX) を用いて室温で2時間標識した。
【0056】
MRMデータ解析
代謝酵素のペプチドをiMPAQTデータベースから選択し、化学合成を行った。このペプチドをmTRAQ4試薬で標識し、mTRAQ0対応試料消化物に添加した。iMPAQTデータベースから、期待される保持時間を持つ対応するMRM (多重反応モニタリング) 遷移を取得した。MRMは、3段式四重極質量分析計 (QTRAP6500, SCIEX) と液体クロマトグラフィーシステム (ACQUITY UPLC H-Class, Waters) を組み合わせて実施した。内因性ペプチドの存在量は、各遷移で合計した軽(light)と重(heavy)の強度の比と既知量の合成ペプチドの乗算によって求めた。
【0057】
小細胞肺がんにおけるPPATおよびHPRT-1発現の免疫組織化学的解析
全36例について、免疫組織化学染色を行った。ホルマリン固定、パラフィン包埋組織を3 μmの厚さで切片化した。一次抗体は、HPRT-1 (希釈度1:150;Abcam, Cambridge, UK)。免疫複合体は、DAKO EnVision Detection Systemで検出した。HPRT-1の細胞質染色を示す癌細胞は、Allred scoreを用いて評価した。Allred scoreのHPRT-1のカットオフ値は4と6に設定した。全ての免疫組織化学的画像は、結果を知らない研究者が評価した。
【0058】
生理的培地
高グルコースとピルビン酸ナトリウムを含み、アミノ酸を欠くDMEM (カタログ番号04833575、Wako) に、10%透析FBSとアミノ酸とヒポキサンチン(1 μM)をヒト血漿中に存在するのと同じ濃度で補充した(24).
【0059】
細胞培養
がん細胞は、生理的培地を用いて、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。ヒトがん細胞株は、マイコプラズマの混入がないことを確認した。レトロウイルス感染には、pCX4-EcoVRとpGP/pE-ampho (タカラバイオ) の両方をトランスフェクトしたHEK293T細胞で作製したアンフォトロピックウイルスを用いて、マウスエコトロウイルス受容体から細胞内に導入した。pCX4のHPRT1に対する相補DNAをpGP/pE-eco (タカラバイオ社) と共にHEK293T細胞に導入し、組換えレトロウイルスの作製を行った。その後、マウスエコトロピックレトロウイルス受容体を発現しているがん細胞に、HPRT1をコードするレトロウイルスを感染させた。
【0060】
抗体
HPRT1に対する抗体(1:1000、ab32072)はAbcamから、Hsp90に対する抗体(1:5000、610419)はBD Transduction Laboratoriesから、それぞれ入手した。
【0061】
抗がん剤試薬
MTXは富士フィルム和光 (1391571) から入手した。6-MPはシグマ-アルドリッチから得た (852678)。MSOはシグマ (M5379) から入手した。GLS1阻害物質CB-839は、カイマン ケミカル (22038) から得た。cDDPは富士フィルム和光 (033-20091)から得た。
【0062】
HPRT1ノックアウト細胞
CRISPR-Cas9システムを用いたHPRT1欠損SBC-3またはSBC-5細胞の作製には、HPRT1用シングルガイドRNAの標的配列に対応する相補的オリゴヌクレオチド (#1: 5'-CACCGAGCTGCTCACCACGACGCCA-3' (配列番号3) および 5'-AAACTGGCGTCGTGGTGAGCAGCTC-3' (配列番号4) ;
#3: 5'-CACCGCTCATGGACTAATTATGGAC-3' (配列番号5) および 5'-AAACGTCCATAATTAGTCCATGAGC-3' (配列番号6) ) または AAVS1 (5’-CACCGGTCCCCTCCACCCCACAGTG-3’ (配列番号7) および 5’-AAACCACTGTGGGGTGGAGGGGACC-3’ (配列番号8) ) をアニールして、pX330 (Addgene) のBbsI部位にサブクローン化した。細胞を、FuGENE HD トランスフェクション試薬 (Promega) の使用により1 μgのプラスミドでトランスフェクトした。HPRT1欠損細胞の選択のために、6-チオグアニンを培地に添加し(2μg/ml)、細胞を10日間増殖させた。
【0063】
細胞生存率アッセイ
細胞生存率アッセイでは、96ウエルアッセイプレート (コーニング社製)に、1ウエル当たり2500個の密度で細胞をプレーティングした。細胞増殖と生存率は、PrestoBlueアッセイを用いて、示された時間における細胞数から決定した。用量反応曲線は、4パラメータロジスティックモデルを用い、JMP pro 15ソフトウェア (バージョン15.1.0) を使用して、生物学的4回反復測定から作成した。
【0064】
cDDP耐性小細胞肺がんの樹立
小細胞肺がん細胞は、臨床で使用されているものを模倣した化学療法レジメンで処理した。小細胞肺がん細胞をヒト患者におけるcDDPの最大血漿中濃度 (Cmax) の濃度で48時間培養し、30日以内に生き残った細胞集団を耐性-1 (R1) とし、このサイクルを3回繰り返し、シスプラチン耐性集団を耐性-3 (R3) として樹立した。
【0065】
マウス
雌のヌード (Balb/c-nu/nu) マウスは、日本クレアから入手した。すべてのマウスは、病原体のない条件下で、12時間の暗・明周期で、自動的に供給される餌と水とともに飼育された。すべてのマウス実験は、九州大学動物倫理委員会の承認を得ている。
【0066】
腫瘍原性アッセイ
SBC-3またはSBC-5細胞 (2.5×10
6)、MS-1-L細胞またはMS-1-L R3またはSTC-1細胞またはSTC-1 R3細胞(1×10
7)を8~10週齢の雌のヌードマウスに皮下注射し、その後1週間ごとに腫瘍の大きさを測定した。腫瘍体積 (mm
3) は次のように計算した。(長径×2)/2。
図4hにおいて、マウスは、MTX (25 mg/kg、1日1回、5日間) またはビヒクル (生理食塩水)でI.P.注射により処置した。
図6dにおいて、マウスを6-MP (50 mg/kg、1日1回、5日間)、MTX (12.5 mg/kg、1日1回、5日間)、MSO (25 mg/kg、1日1回、5日間)または投与ビークル (生理食塩水) によりI.P注射を介して送達して治療した。
図7eでは、マウスを、6-MP (50 mg/kg、5日間、1日1回)、MTX (12.5 mg/kg、5日間、1日1回)、MSO (25 mg/kg、5日間、1日1回)、cDDP (2.5mg/kg、5日間、1回) またはI.P注射により投与された投与ビヒクル(食塩水)により処置した。腫瘍が1.4 cmの大きさの限界に達したとき、または健康状態の低下を示す他の症状が現れたとき、マウスを安楽死させた。これらには、嗜眠、体重減少(実験開始時より20%)、食欲減退、運動不足、猫背、脱毛が含まれる(43)。
【0067】
統計解析
カテゴリー変数は数値で表し、連続変数 (年齢) は中央値 (範囲) で表した。カテゴリー変数については、HPRT1の発現と臨床的および免疫組織化学的特性との間の統計的差異を、フィッシャーの正確検定を用いて検定した。全生存期間 (OS) は、初回手術日または初回診断日から最終フォローアップ日または死亡日までの期間と定義された。OSは、Kaplan-Meier法とlog-rank検定を用いて推定した。p値<0.05は統計的に有意とみなした。定量的データは、特に断りのない限り平均値±s.d.で示し、対の両側Studentのt検定で群間比較を行った。主成分分析は、測定された代謝酵素の階層的クラスタリングから得られたヒートマップに対して行われた。P値<0.05を統計的に有意とした。すべての統計解析は、JMP v15 (SAS Institute, Cary, NC, USA)を用いて実施した。
【0068】
実施例1
小細胞肺がん特異的代謝酵素発現シグネチャー
小細胞肺がんの代謝表現型を明らかにするため、小細胞肺がん患者12名、肺腺がん患者12名、肺扁平上皮がん患者12名から腫瘍検体を獲得し、iMPAQT解析によるタンパク質レベルでの代謝酵素発現量比較解析を行った (非特許文献9) (21)。得られた結果を
図1aに示す。
【0069】
代謝酵素の発現パターンから主成分分析を行った結果、小細胞肺がん、肺腺がん、肺扁平上皮がんの各々が独立した代謝酵素発現シグニチャーを有していることが明らかになった (
図1b)。これらの試料間でGSEA (遺伝子セットエンリッチメントアナリシス (Gene Set Enrichment Analysis: GSEA) ) 解析を行った。GSEA解析は、あらかじめ準備した「遺伝子セット (Gene Set)」について、遺伝子発現が増加または減少した遺伝子群が、どの「遺伝子セット」に多く含まれているかを調べることができる。その結果、小細胞肺がんは肺線がんおよび肺扁平上皮がんと比較し、プリンヌクレオチドおよびピリミジンヌクレオチド合成酵素群の発現が顕著に上昇していることが明らかになった (
図1c、d)。これら小細胞肺がん、肺扁平上皮がんおよび肺腺がんの代謝酵素発現量の比較解析を行った結果から、プリンピリミジンヌクレオチド合成酵素の発現上昇が、小細胞肺がんを特徴づける代謝酵素発現パターンであることが明らかになった。
【0070】
次に、小細胞肺がんを特徴付けるプリンピリミジンヌクレオチド合成酵素の中で最も発現上昇が顕著であった酵素を明らかにするため、小細胞肺がん対肺扁平上皮がん、また小細胞肺がん対肺腺がんとで生じたプリンピリミジンヌクレオチド合成酵素の発現変動を、火山プロット(volcano plot)を用いて比較解析した。得られた結果を
図2aに示す。小細胞肺がん対肺扁平上皮がん、また小細胞肺がん対肺腺がんとの両者で発現上昇した酵素を抽出した (
図2a、b)。その結果、小細胞肺がんでは肺扁平上皮がんおよび肺腺がんと比較し、プリンサルベージ経路のヒポキサンチン-グアニン ホスホリボシルトランスフェラーゼ (Hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase (HPRT1))、RNAポリメラーゼII, IおよびIIIサブユニットF (RNA Polymerase II, I And III Subunit F (POLR2F))、およびピリミジン代謝酵素であるデオキシウリジン三リン酸 (Deoxyuridine Triphosphatase (DUT)) の発現上昇が顕著であることが明らかになった (
図2b)。これら小細胞肺がんを特徴づける因子として抽出されたHPRT1、POLR2F、およびDUTの中で、HPRT1が小細胞肺がんと肺扁平上皮がんおよび肺腺がんと比較した際に最も発現量上昇が顕著であることが明らかになった (
図2a、c)。また、外科的介入が必要となる、腫瘍サイズ3 cmより大きなものと3 cm以下でHPRT1、POLR2F、DUTの発現量変化を確認したところ、腫瘍サイズの増大に伴い、HPRT1の発現量上昇が生じていることが明らかになった (
図2d)。小細胞肺がんを特徴付ける因子として抽出されたHPRT1、POLR2F、およびDUTについて、小細胞肺がん患者由来の正常組織とがん組織でiMPAQTを用いた発現量の比較解析を行った (
図2e)。その結果、HPRT1、POLR2F、DUTの中で最もHPRT1が正常組織対がん組織間での発現量差が大きかったことから、HPRT1が小細胞肺がんの悪性化の原因に関わっていることが推定された (
図2e)。
【0071】
小細胞肺がん患者の予後に関し、これらHPRT1、POLR2F、およびDUTの因子が示す影響を評価するため、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 解析を行なった。その結果、HPRT1の発現上昇が小細胞肺がん患者の死亡リスクを最も高める因子であり、決定的な予後マーカーとなることが明らかになった (
図2f)。このように、小細胞肺がん患者のiMPAQTによる代謝酵素定量値を用いた多角的な解析から、HPRT1は小細胞肺がんでの顕著な発現上昇と、死亡リスクの増大に寄与する悪性性因子であることが明らかになった。
【0072】
次いで、HPRT1が死亡リスクの増大に寄与する悪性性因子であることを再確認するため、進展型小細胞肺がん患者の腫瘍組織を用いてHPRT1の免疫染色を免疫組織化学染色 (IHC) により行い、またカプラン・マイヤー生存解析を実施した (
図3a、b)。その結果、HPRT1の免疫染色による解析でも、HPRT1が死亡リスクの増大に寄与する悪性性因子であることが再現された (
図3b)。これらiMPAQTで定量化した代謝酵素のタンパク質量を多角的に解析した結果、HPRT1の発現上昇が小細胞肺がんの腫瘍悪性度と強く関連していることが示唆された。
【0073】
実施例2
HPRT1の核酸配列欠損は小細胞肺がんの腫瘍化を抑制する
HPRT1が小細胞肺がんの悪性化に寄与する機能的因子であるかどうかを調べるため、小細胞肺がん10細胞株およびその他の20種類のがん細胞を6-メルカプトプリン (6-MP) で96時間生理的培地で処理し、小細胞肺がん細胞と他のがん細胞の6-MPに対する感受性を比較した。結果、小細胞肺がん細胞は他のがん細胞よりも6-MPに対して感受性が高いことが分かった (
図4a)。薬理実験に加えて、CRISPR-Cas9システムを用いて、2つの独立した小細胞肺がん細胞株SBC-3 (NIBIOHN) およびSBC-5 (JCRB) においてHPRT1の核酸配列を遺伝的に破壊した。すなわち、SBC-3およびSBC-5について、AAVS1対照細胞 (Kanarek, N., Petrova, B. & Sabatini, D. M. Dietary modifications for enhanced cancer therapy. Nature 579, 507-517, (2020).)、HPRT1-KO#1、HPRT1-KO#3、ならびに野生型 (WT) にヒトHPRT1のレトロウイルスを感染させたヒトHPRT1過剰発現HPRT1-KO小細胞肺がん細胞株 (+HPRT1-OEにおけるHPRT1-KO#1、HPRT1-KO#3) におけるHPRT1およびHsp90 (ローディング対照)の免疫ブロット分析を行った。免疫ブロット解析は、単回で行った。免疫ブロット解析の結果、これらの細胞ではHPRT1タンパク質の発現が検出されなかった (
図4b)。また、レスキュー実験のために、HPRT1欠損SBC-3およびSBC-5細胞 (HPRT1-KO#1およびHPRT1-KO#3) に外来性のHPRT1を過剰発現させた。すなわち、小細胞肺がん細胞 (2.5×10
3) をプレーティングし、そして生理的培地中、DMSO対照 (DMSO) または100μM 6-MPの存在下で培養した。細胞数は、3日目または6日目にPrestoBlueによって決定した (n=4)。これらのHPRT1欠損小細胞肺がん細胞は、HPRT1によって代謝されると細胞毒性が出現する6-MPに対して耐性を示すが、AAVS1対照細胞はこの薬剤に対して感受性を示した (
図4c)。ヒト血漿の栄養レベルで調製した生理的培地での2次元培養では、HPRT1欠損小細胞肺がん細胞の増殖効率は対照に比べて著しく低下したが、これはHPRT1欠損小細胞肺がん細胞に外来性のHPRT1を強制発現させると回復した(
図4d)。さらに、HPRT1欠損小細胞肺がん細胞では、3次元培養における足場非依存性増殖能も、AAVS1対照細胞と比較し低下していた (
図4d)。これは、がん特異的な浮遊状態での増殖能が抑制されていたことを意味する。
【0074】
プリン合成はde novo経路とサルベージ経路の両方によって担われていることから (
図4e)、HPRT1の欠損によってサルベージ経路が機能しなくなると、細胞の増殖要件を満たすためにプリン合成がよりde novo経路に依存するようになると考えられる。そこで、de novo経路を間接的に阻害する葉酸代謝の阻害物質であるメトトレキサート (MTX) で96時間処理したAAVS1対照細胞およびHPRT1-KO 小細胞肺がん細胞株 (SBC-3およびSBC-5) の細胞生存率の用量反応曲線 (n=4)を作成した。結果、予想通り、これらのHPRT1欠損小細胞肺がん細胞は、MTXに対し、AAVS1対照細胞よりも感受性が高くなり、腫瘍サイズと腫瘍重量が抑制された (
図4e)。
【0075】
さらに、マウス担がん移植アッセイで、HPRT1欠損が腫瘍形成に及ぼす影響を調べた。すなわち、ヌードマウスにおけるAAVS1対照細胞およびHPRT1-KO 小細胞肺がん細胞株 の腫瘍形成能を、皮下移植片の腫瘍体積(左パネル)および腫瘍重量 (右パネル) について、示されたMTX (25mg/kg、5日間) で処理した。MTXの単独投与は、AAVS1対照のSBC-3およびSBC-5細胞の腫瘍形成を緩やかに抑制した (
図4h)。HPRT1欠損小細胞肺がん細胞を移植すると、AAVS1対照に比べてはるかに造腫瘍抑制が生じ、この腫瘍サイズの縮小は、MTX処理によってさらに顕著になった。これらの結果は、HPRT1がインビトロでの小細胞肺がん細胞の増殖およびインビボでの腫瘍形成に不可欠であり、HPRT1阻害とMTXの併用が小細胞肺がんに対する有効な治療法となる可能性を示唆するものであった。
【0076】
実施例3
グルタミンの供給が制限された場合、がん細胞が増殖能と生存率を維持するためにサルベージ経路に依存している可能性を検証するために、サルベージプリン核酸合成で使用される基質ヒポキサンチンをグルタミン飢餓培地へ添加することによるSBC-3およびSBC-5細胞の増殖に及ぼす影響を調べた。小細胞肺がん細胞 (2.5×10
3) をプレーティングし、次に生理的培地で、ビヒクル (生理食塩水) 単独または生理的レベルのヒポキサンチン(1μMまたは10μM) の存在下で培養した。細胞数は、PrestoBlueによって96時間で決定した (n=4)。結果、ヒポキサンチンの添加により、グルタミン飢餓条件下でのSBC-3またはSBC-5の増殖阻害が改善した (
図5a)。次に、SBC-3およびSBC-5細胞について、グルタミン濃度を0、300、600μMとしたときの6-MPに対する感受性を調べた (
図5b)。その結果、これらの小細胞肺がん細胞の6-MPに対する感受性は、グルタミン飢餓条件下で有意に上昇することがわかった。さらに、6-MP処理とグルタミン飢餓の組み合わせが小細胞肺がん細胞株の増殖に及ぼす影響を調べた。すなわち、10種の独立した小細胞肺がん細胞株の等しい数の細胞 (2.5×10
3) をプレーティングし、次に各種細胞培養条件下で培養した。6-MP、MTXおよびCB-839は1μMで添加した。細胞数はPrestoBlueにより96時間後に決定した (n=4)。結果、6-MP処理とグルタミン飢餓の組み合わせは、10種の独立した小細胞肺がん細胞株の増殖抑制に、各処理単独よりも有効であり、MTXの追加処理はこの効果をさらに増強した (
図5c)。グルタミンは大きく分けて核酸合成とグルタミノリシス経路で代謝される。上記の小細胞肺がん細胞の培養環境下でグルタミノリシス経路に干渉していないことを示すため、グルタミノリシス経路の律速酵素GLS1をCB-839で阻害することにより、小細胞肺がん細胞の増殖が抑制されないことを調べた。結果、ほとんどの小細胞肺がん細胞株はCB-839に抵抗性を示したが、むしろ一部の細胞は生理的グルタミンレベル (600μM) 下でCB-839により増殖能が増加した。これにより、小細胞肺がん細胞ヘのグルタミン飢餓の摂動は、グルタミノリシス経路へ及んでおらず、核酸合成経路に摂動がかかっていることを検証できた。ここまでの上記結果は、de novo経路とサルベージ経路は相互に依存しており、グルタミンが制限された条件下ではHPRT1活性への依存性が高まることを示唆するものであった。
【0077】
次に、グルタミン供給量の減少が小細胞肺がんの増殖に及ぼす影響を、薬理学的アプローチによりマウスで検討した。メチオニンスルホキシミン (MSO) は、グルタミン合成酵素 (GS) がグルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成する酵素活性を阻害する (
図6a)。マウスにMSOを投与すると、確かに血中のグルタミンレベルが低下する (
図6b)。これは、鶏での先行研究 (27) と一致した。小細胞肺がん細胞SBC-3およびSBC-5細胞を、様々なグルタミン濃度 (0、300、600μM) の条件下でMSO処理し、それら小細胞肺がん細胞の成長を調べた。MSO処理は、これまでの研究 (28、29) と同様に、グルタミンが完全に枯渇した条件下でのみ小細胞肺がんの成長を緩やかに阻害したが、培養液からグルタミンが供給される条件下では小細胞肺がんの成長を阻害しなかった (
図6c)。
【0078】
次に、MSO単独投与、MSOと6-MPの併用、およびMSOと6-MPおよびMTXによる追加併用による、ヌードマウスにおける小細胞肺がん細胞の腫瘍重量および生存率の変化を調べた。すなわち、小細胞肺がんSBC-3またはSBC-5の移植から5日後、ヌードマウスをMSO (25 mg/kg)、MSO (25 mg/kg)/6-MP (50 mg/kg)、およびMSO(20 mg/kg)/6-MP (50 mg/kg)/MTX (12.5 mg/kg)で5日間処理した。結果、SBC-3 または SBC-5 のマウス担がん移植モデルにおいて、MSO単独投与では治療効果がなかったが、MSOと6-MPの併用は6-MP単独投与よりも小細胞肺がん細胞の増殖抑制に著しく有効であった (
図6d)。この治療効果は、MTXによる追加処理によってさらに高まった。実際、MSO+6-MPまたはMSO+6-MP+MTXで処理したマウスは、小細胞肺がん細胞をマウスに移植した後、~3ヶ月の観察期間内に死亡しなかった (
図6e)。これらの結果から、小細胞肺がんはグルタミンの利用が制限された条件下で6-MPに対する感受性が上昇し、MSOによる宿主のグルタミン代謝の撹乱が、インビボでの小細胞肺がんのサルベージ経路の阻害による抗がん治療の有効性を高めることが示唆された。
【0079】
このような結果から、宿主のグルタミン代謝を撹乱し、宿主内グルタミン量を低下させることが出来れば、インビボ小細胞肺がんの6-MP感受性を亢進させる可能性がある。この仮説を検証するため、今回、宿主の血漿グルタミン量を操作する介入法を実施した。そのためには、インビボで宿主のグルタミン代謝を撹乱し、がん細胞へのグルタミン供給を制限するには、宿主側のグルタミン合成を阻害する必要がある。メチオニンスルホキシミン (MSO) は、グルタミン合成酵素 (GS) 特異的阻害物質として知られており (
図6a)、齧歯類をはじめとした動物種の血漿、脳や肝臓などの臓器単位でのグルタミン量の抑制を可能とする。BALBc/Ajcl nu/nuヌードマウスに、MSOを25 mg/kgでIP投与し血漿グルタミン濃度を測定したところ、投与後24時間まで持続した血漿グルタミン濃度の低下が確認された (
図6b)。GSによる小細胞肺がんへの直接的増殖抑制効果を確認するため、インビトロ培養環境下でグルタミン濃度を振って確認したところ、GSはグルタミンが細胞外から補給される環境下では小細胞肺がんの増殖を抑制しなかった (
図6c)。GSは、インビトロ培養環境下でグルタミン完全枯渇の条件でのみ小細胞肺がんの増殖をわずかに抑制した (22) (
図6c)。MSOによる宿主血漿グルタミン代謝への撹乱が6-MPへの感受性を亢進させるか確認するため、異種移植片アッセイを実施した。MSO単剤投与群はSBC-3とSBC-5のビヒクル対照と比較し有意な造腫瘍抑制効果を示さなかった (
図6d, e)。SBC-3とSBC-5への6-MP単剤投与は、ビヒクル対照と比較し有意な造腫瘍抑制効果を示した (
図6d, f)。SBC-3とSBC-5へのMSOと6-MP併用投与は、ビヒクル対照と比較し顕著かつ有意な造腫瘍抑制効果を示し、マウスの生存期間を延伸した (
図6d, e)。SBC-3とSBC-5へのMSO、6-MP、MTXの3剤併用投与もまたビヒクル対照と比較し顕著かつ有意な造腫瘍抑制効果を示し、かつMSOと6-MP併用と比較しマウスの更なる生存期間延伸を実現した (
図6d, e )。これらの結果から、インビトロおよびインビボで小細胞肺がんはグルタミン利用可能性が制限された環境下で6-MPへの感受性の亢進を示し、MSOを用いた宿主グルタミン代謝の撹乱はサルベージ経路を介した抗がん治療法の効果を増強することが明らかになった。
【0080】
実施例5
シスプラチン耐性小細胞肺がんはグルタミン飢餓と核酸合成阻害に感受性を示す
de novoプリン合成経路とサルベージプリン合成経路の同時阻害がシスプラチン抵抗性小細胞肺がんに対しても有効であるかどうかを検討した。そのために、シスプラチン耐性で起こる代謝的適応を誘導するため、小細胞肺がん株のMS-1-LとSTC-1細胞株をシスプラチンに暴露した。ヒト血漿中のシスプラチンの最大治療濃度に相当する10μM (33) のシスプラチンへの48時間曝露を1サイクルとし、小細胞肺がん株にシスプラチン耐性が発現する3サイクル目まで介入した (
図7a)。
【0081】
その結果、これらのシスプラチン耐性小細胞肺がん細胞を用いたマウス担がん移植アッセイにおいて、インビボでのシスプラチン耐性が確認された (
図7b, c)。これらシスプラチン耐性 (cDDP耐性) MS-1-LおよびSTC-1細胞を、6-MPまたはMTXのいずれか、あるいは6-MP+MTXで処理し、cDDP耐性小細胞肺がん細胞の細胞生存率を調べた。結果、6-MPまたはMTXのいずれか、あるいは両方がシスプラチン耐性小細胞肺がん株の増殖を、対照である親株の小細胞肺がん株に比べて場合によってはより効果的に抑制することがわかった (
図7d)。次に、シスプラチン耐性小細胞肺がんMS-1-L R3およびSTC-1 R3を、6-MP (50 mg/kg) +MTX (12.5 mg/kg) およびMSO (25 mg/kg) +6-MP (50 mg/kg) +MTX (12.5 mg/kg) で処理した。結果、MTXおよび6-MPは、シスプラチン感受性およびシスプラチン耐性小細胞肺がんの両方において、対照群と比較して有意な腫瘍増殖抑制を示した (
図7e, f)。MSO、6-MPおよびMTXの併用療法は、シスプラチン感受性およびシスプラチン耐性小細胞肺がんの両方において、対照群と比較して有意な腫瘍抑制を示し、MSOおよび6-MP併用療法と比較してマウスの生存率をさらに高めた (
図7e, f))。これらの結果は、MSOによる血漿グルタミンレベルの操作と核酸合成阻害の組み合わせが、シスプラチン感受性小細胞肺がんのみならずシスプラチン耐性小細胞肺がんに対しても決定的な治療効果を示したことから、小細胞肺がんに対する新規治療法となる可能性を示唆するものであった。
【0082】
本発明は、以下の実施態様を包含することができる。
<HPRT1の阻害物質を含有する医薬組成物>
[101]
ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1 (HPRT1) の阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[102]
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、[101]記載の医薬組成物。
[103]
HPRT1の阻害物質が、HPRT1発現の阻害物質である、[101]記載の医薬組成物。
[104]
HPRT1発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、[103]記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
[105]
HPRT1発現の阻害物質が、配列表の配列番号1に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、[103]または[104]記載の医薬組成物。
[106]
HPRT1発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる、[103]または[104]記載の医薬組成物。
[107]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[101]から[106]までのいずれか記載の医薬組成物。
【0083】
<HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する医薬組成物>
[108]
HPRT1の阻害物質および葉酸合成阻害物質を含有する、小細胞肺がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[109]
HPRT1の阻害物質が、6-メルカプトプリンである、[108]記載の医薬組成物。
[110]
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、[108]または[109]記載の医薬組成物。
[111]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[108]から[110]までのいずれか記載の医薬組成物。
【0084】
<HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質およびグルタミン合成酵素の阻害物質を含有する医薬組成物>
[112]
HPRT1の阻害物質、葉酸合成阻害物質、およびグルタミン合成酵素 (GS) の阻害物質を含有する、がんを処置および/または予防するための医薬組成物。
[113]
GSの阻害物質が、メチオニンスルホキシミンである、[112]記載の医薬組成物。
[114]
GSの阻害物質が、GS発現の阻害物質である、[112]記載の医薬組成物。
[115]
GS発現の阻害物質が、以下の(a)または(b)のいずれかに示される核酸配列の発現を阻害する物質である、[114]記載の医薬組成物:
(a)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列、または
(b)配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換または付加されている塩基配列を含む核酸配列。
[116]
GS発現の阻害物質が、配列表の配列番号2に示されるHPRT1の核酸配列と相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸配列である、[114]または[115]記載の医薬組成物。
[117]
GS発現の阻害物質が、siRNA、アンチセンスおよびリボザイムからなる群から選ばれる[114]または[115]記載の医薬組成物。
[118]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[112]から[117]までのいずれか記載の医薬組成物。
[119]
葉酸合成阻害物質が、メトトレキサート、プララトレキサート、ペメトレキセド、およびラルチトレキセドの中から選ばれる、[112]から[118]記載の医薬組成物。
[120]
がんが、小細胞肺がん、膵腺がん、または神経膠芽腫である、[112]から[119]記載の医薬組成物。
[121]
がんが、小細胞肺がんである、[120]記載の医薬組成物。
[122]
小細胞肺がんが、シスプラチン耐性である、[121]記載の医薬組成物。
【0085】
<小細胞肺がんの予後判定>
[123]
小細胞肺がんにおける予後を判定する方法であって、
(a1)被検体のHPRT1の量(被検バイオマーカー量)を測定する工程、
(b1)被検バイオマーカー量と、健常検体のHPRT1の量(対照バイオマーカー量)とを比較する工程、および
(c1)被検バイオマーカー量が対照バイオマーカー量よりも多い場合に、被検体を、小細胞肺がんの予後不良と判定する方法。
[124]
小細胞肺がんにおける予後を判定することができる、HPRT1であるバイオマーカー。
[125]
小細胞肺がんにおける予後を判定することができるバイマーカーとしての、HPRT1の使用。
【0086】
本明細書に番号で引用している参考文献は次の通りである。
参考文献
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