(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051984
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】クランク軸
(51)【国際特許分類】
F02B 77/00 20060101AFI20240404BHJP
F16C 3/08 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
F02B77/00 J
F16C3/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158400
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木村 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】吉永 将大
【テーマコード(参考)】
3J033
【Fターム(参考)】
3J033AA02
3J033AB03
3J033BA01
3J033BA13
3J033BA20
(57)【要約】
【課題】エンジン全体の振動を抑制することができるクランク軸を提供する。
【解決手段】クランク軸(10)は、複数のジャーナル(J)と、複数のピン(P)と、複数のアーム(A)と、フロント(Fr)と、フランジ(Fl)と、を備える。複数のジャーナル(J)は、フロント(Fr)からフランジ(Fl)に向かって順に第1ジャーナル(J1)と、第2ジャーナル(J2)と、第3ジャーナル(J3)と、を含む。複数のピン(P)は、フロント(Fr)からフランジ(Fl)に向かって順に第1ピン(P1)と、第2ピン(P2)と、を含む。複数のアーム(A)は、フロント(Fr)からフランジ(Fl)に向かって順に第1アーム(A1)と、第2アーム(A2)と、第3アーム(A3)と、第4アーム(A4)と、を含む。第1スロー(T1)の横曲げ剛性は、第2スロー(T2)の横曲げ剛性よりも小さい。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
4気筒エンジン用のクランク軸であって、
複数のジャーナルと、
前記複数のジャーナルに対して偏心して配置される複数のピンと、
各々が対応する前記ジャーナルと前記ピンとを接続する複数のアームと、
前記エンジンの補機が取り付けられるフロントと、
フライホイールが取り付けられるフランジと、を備え、
前記複数のジャーナルは、前記フロントから前記フランジに向かって順に第1ジャーナルと、第2ジャーナルと、第3ジャーナルと、を含み、
前記複数のピンは、前記フロントから前記フランジに向かって順に第1ピンと、第2ピンと、を含み、
前記複数のアームは、前記フロントから前記フランジに向かって順に第1アームと、第2アームと、第3アームと、第4アームと、を含み、
前記第1ジャーナル、前記第1アーム、前記第1ピン、前記第2アーム及び前記第2ジャーナルからなる第1スローの横曲げ剛性は、前記第2ジャーナル、前記第3アーム、前記第2ピン、前記第4アーム及び前記第3ジャーナルからなる第2スローの横曲げ剛性よりも小さい、クランク軸。
【請求項2】
請求項1に記載のクランク軸であって、
前記第1スローの横曲げ剛性は、前記第2スローの横曲げ剛性の0.95倍以上1.00倍未満である、クランク軸。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクランク軸であって、
前記第1スローのねじり剛性は、前記第2スローのねじり剛性よりも大きい、クランク軸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、クランク軸に関する。
【背景技術】
【0002】
旧来より、自動車は、動力源として内燃機関を利用している。内燃機関は、効率良く動力を生むが、振動を引き起こし、騒音を発生しやすい。内燃機関が搭載された自動車には、乗り心地の向上及び環境の保護のため、振動を抑制し、騒音を抑制することが要求される。特に、騒音は、その最大レベルが法律で規制されている。そのため、自動車において騒音を抑制することは、技術上の課題であるだけでなく、法律順守の観点からも重要である。
【0003】
内燃機関は、自動車のほか、船舶や工事用重機等の車両、手押し式の雪かき機のような移動機械、チェーンソーや草刈り機などの手持ち式の機械、又は発電機などの据え置き型の機械に利用されている。これらの機械においても、騒音を抑制することは重要である。
【0004】
騒音を抑制する手法として、内燃機関を取り囲むカバー等に、音を吸収する部材(吸音材や防音材等)を取り付けることが考えられる。しかしながら、この手法の場合、吸音材等の設置に伴って機械全体の重量が増加し、その上に、吸音材等の設置空間のために機械全体が大きくなる。特に、移動体である自動車にとって、重量の増加は燃費の悪化を招く。また、振動を抑制する手法として、機械のフレームと内燃機関本体との間にダンパーを設置し、ダンパーによって振動を遮断することが考えられる。しかしながら、ダンパーによって振動を遮断することには限界がある上に、ダンパーを適切に設計するのは技術的に困難である。したがって、騒音を抑制するための吸音材の設置、及び振動を抑制するためのダンパー等の設置は、技術的な困難さを伴う。
【0005】
ところで、内燃機関を搭載する機械において、内燃機関で発生した振動が機械の表面に伝播し、機械に伝播した振動が空気を振動させる。この空気の振動により、騒音が発生している。このことから、内燃機関から発生する振動を抑制できれば、騒音も抑制できることがわかる。
【0006】
一般に、内燃機関において最大の可動部品はクランク軸である。このクランク軸の振動を抑制できれば、内燃機関全体の振動を抑制する効果が期待できる。以上より、内燃機関から発生する振動を抑制し、騒音を抑制するためには、クランク軸の振動を抑制することが重要である。
【0007】
例えば、特許文献1には、補機駆動端から順に8つのクランクショルダー(1番~8番クランクショルダー)を備える直列4気筒エンジン用のクランクシャフトが開示されている。クランクショルダーの各々は、メインジャーナルとクランクピンとを接続する。特許文献1には、7番クランクショルダーの剛性比(曲げ剛性とねじり剛性の比)を1.8未満に設定することにより、クランクシャフトの振動、延いてはエンジンの騒音を低減させることができる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
クランク軸はエンジン内で回転すると同時に振動している。クランク軸の振動は、振動モード(以下、単にモードとも言う。)毎に分解することができる。言い換えると、各モードの振動の和がクランク軸の全体の振動となる。
【0010】
一般に、クランク軸の振動の振幅は、モード毎に異なっている。振幅は、各モードの振動のエネルギーの大きさを意味する。クランク軸の振動は、クランク軸の外の部品(エンジンブロック等)に伝達される。この振動は、エンジン全体の振動、あるいはエンジンのうち振動が問題となる部位(例えば軸受やマウント)の振動として計測される。ここで、各モードの振動がエンジン全体の振動に及ぼす影響は一様ではない。要するに、特定のモードの振動がエンジン全体の振動に大きく寄与している。したがって、クランクシャフトの設計を適切に行い、エンジン全体の振動への寄与が大きいモードの振動の振幅を下げれば、クランク軸の振動を抑制することができる。
【0011】
なお、クランク軸各部の剛性を大幅に向上させ、全てのモードの振動の振幅を抑制しても、クランク軸の振動を抑制することができる。しかしながら、この場合、クランク軸の重量が大幅に増加する。クランク軸の重量の増加は、燃費の悪化を招くため好ましくない。したがって、クランク軸の重量を大幅に増加させることなくエンジン全体の振動への寄与が大きいクランク軸の振動を抑制することが求められる。
【0012】
本開示は、エンジン全体の振動を抑制することができるクランク軸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の4気筒エンジン用のクランク軸は、複数のジャーナルと、複数のピンと、複数のアームと、フロントと、フランジと、を備える。複数のピンは、複数のジャーナルに対して偏心して配置される。複数のアームは、各々が対応するジャーナルとピンとを接続する。フロントは、エンジンの補機が取り付けられる。フランジは、フライホイールが取り付けられる。複数のジャーナルは、フロントからフランジに向かって順に第1ジャーナルと、第2ジャーナルと、第3ジャーナルと、を含む。複数のピンは、フロントからフランジに向かって順に第1ピンと、第2ピンと、を含む。複数のアームは、フロントからフランジに向かって順に第1アームと、第2アームと、第3アームと、第4アームと、を含む。第1スローの横曲げ剛性は、第2スローの横曲げ剛性よりも小さい。第1スローは、第1ジャーナル、第1アーム、第1ピン、第2アーム及び第2ジャーナルからなる。第2スローは、第2ジャーナル、第3アーム、第2ピン、第4アーム及び第3ジャーナルからなる。
【発明の効果】
【0014】
本開示に係るクランク軸によれば、エンジン全体の振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、一般的なクランク軸の一例を示す正面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示すクランク軸におけるカウンターウエイト付きアームの側面図である。
【
図3】
図3は、実施形態に係るクランク軸の正面図である。
【
図4】
図4は、縦曲げ剛性の解析条件を示す模式図である。
【
図5】
図5は、横曲げ剛性の解析条件を示す模式図である。
【
図6】
図6は、ねじり剛性の解析条件を示す模式図である。
【
図7】
図7は、クランク軸のアームの側面図である。
【
図8】
図8は、クランク軸のスローの正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1は、一般的なクランク軸90の一例を示す正面図である。クランク軸90は、4気筒エンジンに搭載される。
図1を参照して、クランク軸90は、5つのジャーナルJ1~J5と、4つのピンP1~P4と、8つのアームA1~A8と、8つのカウンターウエイトWと、フロントFrと、フランジFlと、を含む。
図2は、
図1に示すクランク軸90におけるカウンターウエイトW付きアームAの側面図である。
図2では、アームAを代表して第1アームA1が示される。
【0017】
図1及び
図2を参照して、クランク軸90は、中心軸X1周りに回転する。第1ジャーナルJ1~第5ジャーナルJ5は、それぞれ、中心軸X1を中心軸とする概略円柱状をなす。第1ジャーナルJ1~第5ジャーナルJ5は、中心軸X1が延びる方向に沿って、フロントFrからフランジFlに向かってこの順で配列され、クランク軸90の主軸部を構成する。第1ジャーナルJ1は、フロントFrに連結される。第5ジャーナルJ5は、フランジFlに連結されている。フロントFrには、図示しない補機が取り付けられる。補機は、例えばタイミングベルト及びファンベルト等を駆動するためのプーリである。フランジFlには、図示しないフライホイールが取り付けられる。以下、5つのジャーナルJ1~J5を特に区別する必要がないときは、これらをジャーナルJと総称する。
【0018】
第1ピンP1~第4ピンP4は、それぞれ概略円柱状をなし、中心軸X1に沿ってジャーナルJと交互に配置される。第1ピンP1~第4ピンP4は、フロントFrからフランジFlに向かってこの順で配置される。ただし、第1ピンP1~第4ピンP4の各々は、ジャーナルJに対して偏心している。第1ピンP1~第4ピンP4は、中心軸X1の周りに所定の位相差で配置される。第1ピンP1及び第4ピンP4と、第2ピンP2及び第3ピンP3とは、180°の位相差で中心軸X1の周りに配置されている。以下、4つのピンP1~P4を特に区別する必要がないときは、これらをピンPと総称する。
【0019】
第1アームA1~第8アームA8の各々は、中心軸X1の延びる方向においてジャーナルJとピンPとの間に配置される。第1アームA1~第8アームA8は、それぞれ、ジャーナルJとピンPとを接続する。第1アームA1~第8アームA8は、フロントFrからフランジFlに向かってこの順で配置される。以下、8つのアームA1~A8を特に区別する必要がないときは、これらをアームAと総称する。
【0020】
第1アームA1は、第1ジャーナルJ1と第1ピンP1との間に配置され、第1ジャーナルJ1と第1ピンP1とを接続する。第2アームA2は、第1ピンP1と第2ジャーナルJ2との間に配置され、第1ピンP1と第2ジャーナルJ2とを接続する。第3アームA3は、第2ジャーナルJ2と第2ピンP2との間に配置され、第2ジャーナルJ2と第2ピンP2とを接続する。第4アームA4は、第2ピンP2と第3ジャーナルJ3との間に配置され、第2ピンP2と第3ジャーナルJ3とを接続する。第5アームA5は、第3ジャーナルJ3と第3ピンP3との間に配置され、第3ジャーナルJ3と第3ピンP3とを接続する。第6アームA6は、第3ピンP3と第4ジャーナルJ4との間に配置され、第3ピンP3と第4ジャーナルJ4とを接続する。第7アームA7は、第4ジャーナルJ4と第4ピンP4との間に配置され、第4ジャーナルJ4と第4ピンP4とを接続する。第8アームA8は、第4ピンP4と第5ジャーナルJ5との間に配置され、第4ピンP4と第5ジャーナルJ5とを接続する。
【0021】
第1アームA1~第8アームA8には、それぞれ、カウンターウエイトWが設けられている。カウンターウエイトWの各々は、それぞれアームA1~A8と一体的に形成されている。
【0022】
以下では、説明の便宜上、クランク軸90の中心軸X1が延びる方向を軸方向とも言う。また、ピンPの偏心する方向を上下方向とも言い、軸方向及び上下方向の両方に垂直な方向を幅方向とも言う。さらに、本明細書において、上下方向のうち、クランク軸90の中心軸X1に対して第1ピンP1が偏心する方向を上、第2ピンP2が偏心する方向を下と言う場合がある。
【0023】
本発明者らは、このクランク軸90の振動を振動モード毎に分解し、各モードの振動がエンジン全体の振動に及ぼす影響を分析した。ここで、振動モード毎に分解した振動とは、例えば、縦曲げ振動、横曲げ振動及びねじり振動である。分析の結果、各モードの振動のうち、横曲げ振動及びねじり振動の影響が比較的大きいことが分かった。クランク軸90における横曲げ振動とは、クランク軸90の一部を幅方向に変位させ、クランク軸90を幅方向にたわんだ状態にする振動を意味する。また、クランク軸90におけるねじり振動とは、クランク軸90の一部を軸方向周りに回転させ、クランク軸90をねじれた状態にする振動を意味する。
【0024】
逆に、分析の結果、縦曲げ振動の影響は、横曲げ振動及びねじり振動と比較して小さいことが分かった。クランク軸90における縦曲げ振動とは、クランク軸90の一部を上下方向に変位させ、クランク軸90を上下方向にたわんだ状態にする振動を意味する。
【0025】
したがって、クランク軸90において横曲げ振動及びねじり振動の振幅が小さければ、エンジン全体の振動が抑制される。さらに、本発明者らは、クランク軸の各部分の剛性を種々変更して解析を行い、クランク軸のどの部分の剛性がエンジン全体の振動に影響を及ぼしているかを検討した。その結果、本発明者らは、特に第2スローの横曲げ剛性に対する第1スローの横曲げ剛性の比(横曲げ剛性比)を規定することが振動を抑制するために重要であることを明らかにした。ここで、スローとは、1つのピンと、ピンの両側に接続されるアームと、アームの各々に接続されるジャーナルと、からなる。クランク軸90は、フロントFrからフランジFlに向かって順に第1~第4スローを備える。第1スローは、第1ジャーナルJ1、第1アームA1、第1ピンP1、第2アームA2及び第2ジャーナルJ2からなる。第2スローは、第2ジャーナルJ2、第3アームA3、第2ピンP2、第4アームA4及び第3ジャーナルJ3からなる。
【0026】
第1スロー及び第2スローの横曲げ剛性比を規定することが振動を抑制するために重要である理由は、第1スロー及び第2スローの横曲げの振動が、エンジン全体の振動に対して大きく寄与しているからである。クランク軸90のフランジFl側には、フライホイールやトランスミッション(あるいはトランスミッションへの接続軸)が接続される。これらの質量及び慣性はクランク軸90に対して非常に大きい。そのため、クランク軸90のフランジFl側には強い拘束力が働く。したがって、クランク軸90のフランジFl側では、振動の振幅は比較的小さい。逆に、クランク軸90のフロントFr側、すなわち第1スロー及び第2スローでは、フランジFl側と比較して振幅が大きい。第1スロー及び第2スローにはたらく振幅の大きい振動が、エンジンブロック等のクランク軸の外の部品に伝達されてエンジン全体の振動が大きくなると推定される。
【0027】
本開示の実施形態に係るクランク軸は、上記の知見に基づいて完成されたものである。
【0028】
実施形態に係る4気筒エンジン用のクランク軸は、複数のジャーナルと、複数のピンと、複数のアームと、フロントと、フランジと、を備える。複数のピンは、複数のジャーナルに対して偏心して配置される。複数のアームは、各々が対応するジャーナルとピンとを接続する。フロントは、エンジンの補機が取り付けられる。フランジは、フライホイールが取り付けられる。複数のジャーナルは、フロントからフランジに向かって順に第1ジャーナルと、第2ジャーナルと、第3ジャーナルと、を含む。複数のピンは、フロントからフランジに向かって順に第1ピンと、第2ピンと、を含む。複数のアームは、フロントからフランジに向かって順に第1アームと、第2アームと、第3アームと、第4アームと、を含む。第1スローの横曲げ剛性は、第2スローの横曲げ剛性よりも小さい。第1スローは、第1ジャーナル、第1アーム、第1ピン、第2アーム及び第2ジャーナルからなる。第2スローは、第2ジャーナル、第3アーム、第2ピン、第4アーム及び第3ジャーナルからなる(第1の構成)。
【0029】
第1の構成のクランク軸では、第1スローの横曲げ剛性が、第2スローの横曲げ剛性よりも小さく設定されている。このように、クランク軸において第1スロー及び第2スローの横曲げ剛性の大小関係を規定することにより、クランク軸において横曲げ振動の振幅を低減することができる。上述した通り、クランク軸の横曲げ振動は、エンジン全体の振動に大きい影響を及ぼす。したがって、第1の構成のクランク軸によれば、エンジン全体の振動を抑制することができる。
【0030】
第1の構成のクランク軸において、好ましくは、第1スローの横曲げ剛性は、第2スローの横曲げ剛性の0.95倍以上1.00倍未満である(第2の構成)。第2の構成のクランク軸では、第2スローの横曲げ剛性に対する第1スローの横曲げ剛性の比(横曲げ剛性比)が具体的に0.95以上1.00未満に規定される。これにより、エンジン全体の振動を確実に抑制することができる。
【0031】
第1又は第2の構成のクランク軸において、好ましくは、第1スローのねじり剛性は、第2スローのねじり剛性よりも大きい(第3の構成)。上述した通り、クランク軸の横曲げ振動だけでなく、ねじり振動も、エンジン全体の振動に大きい影響を及ぼす。第3の構成のクランク軸では、第1スロー及び第2スローのねじり剛性の大小関係が規定されている。これにより、クランク軸においてねじり振動の振幅を低減することができ、エンジン全体の振動をより抑制することができる。
【0032】
以下、本開示の実施形態に係るクランク軸について、図面を参照しながら説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は適宜省略する。
【0033】
[クランク軸]
図3は、本実施形態に係るクランク軸10の正面図(幅方向に沿って見た図)である。クランク軸10は、
図1に示すクランク軸90と概ね同じ構成を有する。そのため、以下ではクランク軸10の構成のうち、クランク軸90とは異なる部分について説明する。
【0034】
第1スローT1の横曲げ剛性は、第2スローT2の横曲げ剛性よりも小さい。第1スローT1の横曲げ剛性は、好ましくは第2スローT2の横曲げ剛性の0.95倍以上1.00倍未満である。言い換えると、第2スローT2の横曲げ剛性に対する第1スローの横曲げ剛性の比(横曲げ剛性比)は、好ましくは0.95以上1.00未満である。各スローの横曲げ剛性を算出する方法については後述する。
【0035】
本実施形態の例では、第1スローT1のねじり剛性は、第2スローT2のねじり剛性よりも大きい。言い換えると、第2スローT2のねじり剛性に対する第1スローのねじり剛性の比(ねじり剛性比)は1.00より大きい。各スローのねじり剛性を算出する方法については後述する。
【0036】
なお、上述した通り、クランク軸10のフランジFl側には強い拘束力が働く。そのため、クランク軸10のうちフランジFl側の部分、すなわち第3スローT3及び第4スローT4の剛性は、エンジンの振動に対してあまり影響を及ぼさない。そのため、第3スローT3及び第4スローT4の横曲げ剛性及びねじり剛性は、特に限定されない。ここで、第3スローT3は、第3ジャーナルJ3、第5アームA5、第3ピンP3、第6アームA6及び第4ジャーナルJ4からなる。第4スローT4は、第4ジャーナルJ4、第7アームA7、第4ピンP4、第8アームA8及び第5ジャーナルJ5からなる。
【0037】
また、クランク軸10の各モードの振動のうち縦曲げ振動がエンジン全体の振動に及ぼす影響は、横曲げ振動及びねじり振動と比較して小さい。そのため、各スローの縦曲げ剛性も特に限定されない。
【0038】
クランク軸10は、第1スローT1~第4スローT4を備える。第1スローT1~第4スローT4はそれぞれ2つのアームAを有する。この2つのアームAは、典型的には軸方向において互いに対称な形状である。つまり、軸方向において、第1アームA1は第2アームA2と、第3アームA3は第4アームA4と、第5アームA5は第6アームA6と、第7アームA7は第8アームA8と、それぞれ対称な形状を有する。
【0039】
[剛性の算出方法]
以下、クランク軸10において縦曲げ剛性、横曲げ剛性及びねじり剛性を算出する方法について説明する。縦曲げ剛性、横曲げ剛性及びねじり剛性を算出するには、クランク軸10のスロー毎に解析モデルを作成し、剛性解析を行えばよい。以下では、第1スローT1の縦曲げ剛性、横曲げ剛性及びねじり剛性を算出する場合について説明するが、第2スローT2~第4スローT4の縦曲げ剛性、横曲げ剛性及びねじり剛性も同様の手順で算出することができる。
【0040】
図4は、縦曲げ剛性の解析条件を示す模式図である。
図4は、クランク軸10の第1スローT1の解析モデルの正面図(幅方向に沿って見た図)である。縦曲げ剛性の解析では、第1ピンP1の軸方向における中央に上下方向下向きの荷重F1を加える。荷重F1は、第1ピンP1の上端に負荷される。その際、クランク軸10の第1ジャーナルJ1の軸方向中央及び第2ジャーナルJ2の軸方向中央をそれぞれ拘束する。第1ジャーナルJ1及び第2ジャーナルJ2の拘束位置は、上下方向において、第1ピンP1に荷重F1が負荷される側とは反対側(第1ジャーナルJ1及び第2ジャーナルJ2の下端)である。これにより、第1ジャーナルJ1及び第2ジャーナルJ2の拘束点では、それぞれ平行移動及び中心軸X1周りの回転が拘束される。第1ピンP1に負荷された荷重F1により、クランク軸10は上下方向にたわんだ状態となる。
【0041】
このような条件下で、荷重F1を負荷した後の第1ジャーナルJ1の点B、第1ピンP1の点C、第2ジャーナルJ2の点Dの上下方向における変位量を解析する。ここで、第1ピンP1に荷重F1が負荷される前において、点Bは第1ジャーナルJ1の重心に位置し、点Cは第1ピンP1の重心に位置し、点Dは第2ジャーナルJ2の重心に位置する。そして、荷重F1を負荷した後の点Cの変位量と、点Bの変位量及び点Dの変位量の平均との差(変位差Δ1)を算出する。縦曲げ剛性は、荷重F1を変位差Δ1で除すことによって算出される。
【0042】
図5は、横曲げ剛性の解析条件を示す模式図である。
図5は、クランク軸10の第1スローT1の解析モデルの上面図(上下方向に沿って見た図)である。横曲げ剛性の解析では、第1ピンP1の軸方向における中央に幅方向の荷重F2を加える。その際、クランク軸10の第1ジャーナルJ1の軸方向中央及び第2ジャーナルJ2の軸方向中央をそれぞれ拘束する。第1ジャーナルJ1及び第2ジャーナルJ2の拘束位置は、幅方向において、第1ピンP1に荷重F2が負荷される側とは反対側である。これにより、第1ジャーナルJ1及び第2ジャーナルJ2の拘束点では、それぞれ平行移動及び中心軸X1周りの回転が拘束される。第1ピンP1に負荷された荷重F2により、クランク軸10は幅方向にたわんだ状態となる。
【0043】
このような条件下で、荷重F2を負荷した後の第1ジャーナルJ1の点B、第1ピンP1の点C、第2ジャーナルJ2の点Dの幅方向における変位量を解析する。そして、荷重F2を負荷した後の点Cの変位量と、点Bの変位量及び点Dの変位量の平均との差(変位差Δ2)を算出する。横曲げ剛性は、荷重F2を変位差Δ2で除すことによって算出される。
【0044】
図6は、ねじり剛性の解析条件を示す模式図である。
図6は、クランク軸10の第1スローT1の解析モデルの正面図である。ねじり剛性の解析では、第2ジャーナルJ2に中心軸X1周りのトルクTを加える。その際、第1ジャーナルJ1の軸方向におけるフロントFr(
図3)側の端を拘束する。これにより、第1ジャーナルJ1のフロントFr側の端面は完全拘束される。第2ジャーナルJ2に負荷されたトルクTにより、クランク軸10は中心軸X1周りにねじられた状態となる。
【0045】
このような条件下で、トルクTを負荷した後の第1ジャーナルJ1の点Eと点Fとを結んだ直線と、第2ジャーナルJ2の点Gと点Hとを結んだ直線とが、軸方向に沿って見たときになす角度θを解析する。ここで、点E及び点Fは、それぞれ第1ジャーナルJ1の軸方向における中央に位置する。第2ジャーナルJ2にトルクTが負荷される前において、点Eは第1ジャーナルJ1の上端に位置し、点Fは第1ジャーナルJ1の下端に位置する。点G及び点Hは、それぞれ第2ジャーナルJ2の軸方向における中央に位置する。第2ジャーナルJ2にトルクTが負荷される前において、点Gは第2ジャーナルJ2の上端に位置し、点Hは第2ジャーナルJ2の下端に位置する。ねじり剛性は、トルクTを角度θで除すことによって算出される。
【0046】
[クランク軸の形状]
本実施形態に係るクランク軸10において、第1スローT1の横曲げ剛性は、第2スローT2の横曲げ剛性よりも小さい。一方、第1スローT1のねじり剛性は、第2スローT2のねじり剛性よりも大きい。以下、このような横曲げ剛性及びねじり剛性の条件を満たすクランク軸10の具体的な形状について説明する。
【0047】
クランク軸10の横曲げ剛性及びねじり剛性を大きくするためには、アームAの幅L及び厚みtを大きくすればよい。ここで、アームAの幅Lとは、アームAの上端の幅方向における寸法である。アームAの厚みtとは、アームAの上端の軸方向における寸法である。ただし、クランク軸10の横曲げ剛性は、アームAの幅Lを大きくするよりも、アームAの厚みtを大きくした方が高まりやすい。一方、クランク軸10のねじり剛性は、アームAの厚みtを大きくするよりも、アームAの幅Lを大きくした方が高まりやすい。
【0048】
図7は、クランク軸10のアームAの側面図である。
図7には、アームAを代表して第1アームA1が示される。
図7を参照して、第1アームA1は、加肉部11を含んでいてもよい。加肉部11は、アームAの幅Lを大きくするために設けられる。要するに、加肉部11を含むアームAは、加肉部11を含まないアームAと比較して、幅Lが大きい。加肉部11は、ピンP付近のアームAの幅方向両側に設けられる。
【0049】
図8は、クランク軸10のスローの正面図である。
図8には、スローを代表して第1スローT1が示される。
図8を参照して、第1スローT1のうち第1アームA1及び第2アームA2は、加肉部12を含んでいてもよい。加肉部12は、アームAの厚みtを大きくするために設けられる。要するに、加肉部12を含むアームAは、加肉部12を含まないアームAと比較して、厚みtが大きい。加肉部12は、ピンP付近のアームAの表面に設けられる。具体的には、加肉部12は、軸方向において、アームAのうちアームAに接続されるジャーナルJ側に設けられる。
【0050】
クランク軸10において、第1スローT1の第1アームA1及び第2アームA2は加肉部11を含み、第2スローT2の第3アームA3及び第4アームA4は加肉部11を含まなくてもよい。この場合、第1アームA1及び第2アームA2の幅Lは第3アームA3及び第4アームA4の幅Lよりも大きくなる。そのため、第1スローT1の方が第2スローT2よりもねじり剛性が大きくなる。また、クランク軸10において、第1アームA1及び第2アームA2は加肉部12を含まず、第3アームA3及び第4アームA4は加肉部12を含んでいてもよい。この場合、第1アームA1及び第2アームA2の厚みtは第3アームA3及び第4アームA4の厚みtよりも小さくなる。そのため、第1スローT1の方が第2スローT2よりも横曲げ剛性が小さくなる。つまり、第1スローT1及び第2スローT2をこのような形状とすれば、上述した横曲げ剛性及びねじり剛性の条件を満たす。
【0051】
[効果]
クランク軸10の横曲げ振動は、エンジン全体の振動に大きい影響を及ぼす。そこで、本実施形態に係るクランク軸10では、第1スローT1の横曲げ剛性が、第2スローT2の横曲げ剛性よりも小さく設定されている。このように、クランク軸10において第1スローT1及び第2スローT2の横曲げ剛性の大小関係を規定することにより、クランク軸10において横曲げ振動の振幅を低減することができる。したがって、本実施形態に係るクランク軸10によれば、エンジン全体の振動を抑制することができる。
【0052】
本実施形態に係るクランク軸10では、第2スローT2の横曲げ剛性に対する第1スローT1の横曲げ剛性の比(横曲げ剛性比)が具体的に0.95以上1.00未満に規定されている。これにより、エンジン全体の振動を確実に抑制することができる。
【0053】
クランク軸10のねじり振動は、横曲げ振動と同様にエンジン全体の振動に大きい影響を及ぼす。本実施形態に係るクランク軸10では、第1スローT1及び第2スローT2のねじり剛性の大小関係が規定されている。これにより、クランク軸10においてねじり振動の振幅を低減することができ、エンジン全体の振動をより抑制することができる。
【実施例0054】
実施形態に係るクランク軸の効果を確認するため、クランク軸の第1スロー及び第2スローの各々について横曲げ剛性及びねじり剛性を変化させ、エンジン全体の振動の大きさ(振動レベル)を評価した。本実施例では、クランク軸、エンジンブロック、エンジンを自動車に固定するために用いられるエンジンマウント、クランク軸のフランジに取り付けられるフライホイール及びトランスミッション等を含めたモデルを作成し、モデル全体の振動を数値解析により調査した。具体的には、エンジンマウントでの振動レベルを調査した。エンジンマウントでの振動レベルが小さければ、自動車に伝達される振動が小さくなって自動車の乗り心地が向上する上、自動車から放出される騒音が小さくなる。ただし、人間が知覚可能な周波数の振動のみを確認すればよいため、周波数が1000Hz以下の振動を評価対象とした。
【0055】
図9は、本実施例の結果を示す図である。
図9において、縦軸はクランク軸の振動レベル(G)を表し、横軸は第2スローの横曲げ剛性に対する第1スローの横曲げ剛性の比(横曲げ剛性比)を表す。
図9を参照して、横曲げ剛性比が1.00以上の場合、振動レベルはいずれも8(G)より大きくなった。一方、横曲げ剛性比が1.00未満の場合、振動レベルはいずれも7(G)以下となった。その中でも、横曲げ剛性比が1.00未満かつねじり剛性比が1.00より大きい場合、振動レベルは特に小さくなった。以上より、横曲げ剛性比が1.00未満、すなわち、第1スローの横曲げ剛性が第2スローの横曲げ剛性よりも小さければ、エンジン全体の振動を抑制できることが分かる。
【0056】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。