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特開2024-51987内燃機関の制御方法および内燃機関の制御装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024051987
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】内燃機関の制御方法および内燃機関の制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20240404BHJP
   F02D 21/10 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
F02D45/00 369
F02D45/00 364A
F02D45/00 368S
F02D21/10 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158405
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154380
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100081972
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 豊
(72)【発明者】
【氏名】葛岡 浩平
(72)【発明者】
【氏名】中津 雅之
(72)【発明者】
【氏名】山田 義和
【テーマコード(参考)】
3G092
3G384
【Fターム(参考)】
3G092AA17
3G092AB01
3G092DC09
3G092HB01
3G092HC01
3G092HD07
3G384AA02
3G384AA16
3G384BA02
3G384BA13
3G384FA14
3G384FA29
3G384FA34
3G384FA48
3G384FA54
(57)【要約】
【課題】着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させる。
【解決手段】燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報および発生トルクの情報を取得する情報取得ステップS1,S2と、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す特性マップと、情報取得ステップS1,S2で取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料の着火性を推定する燃料推定ステップS3と、燃料推定ステップS3で推定された燃料の着火性に基づいて内燃機関を制御する制御ステップS5と、を含む。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された前記混合気に含まれる前記燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関の制御方法であって、
コンピュータによりそれぞれ実行される、
前記内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報および発生トルクの情報を取得する情報取得ステップと、
予め定められた前記燃料噴射量と前記発生トルクと前記燃料の着火性との関係を示す特性マップと、前記情報取得ステップで取得された前記燃料噴射量の情報および前記発生トルクの情報と、に基づいて、前記燃料の着火性を推定する燃料推定ステップと、
前記燃料推定ステップで推定された前記燃料の着火性に基づいて前記内燃機関を制御する制御ステップと、を含むことを特徴とする内燃機関の制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の内燃機関の制御方法において、
前記燃料推定ステップでは、前記燃料の着火性を表す数値として、前記燃料のオクタン価を推定することを特徴とする内燃機関の制御方法。
【請求項3】
請求項1に記載の内燃機関の制御方法において、
前記内燃機関は、開度に応じて前記燃焼室からの排気の前記燃焼室への還流量を調整する還流調整弁を有し、
前記情報取得ステップでは、さらに、前記内燃機関の要求トルクの情報を取得し、
コンピュータによりそれぞれ実行される、
前記情報取得ステップで取得された前記内燃機関の要求トルクの情報と、前記燃料推定ステップで推定された前記燃料の着火性と、に基づいて、前記還流調整弁の開度を決定する還流量決定ステップをさらに含み、
前記制御ステップでは、さらに、前記還流量決定ステップで決定された前記還流調整弁の開度に基づいて前記内燃機関を制御することを特徴とする内燃機関の制御方法。
【請求項4】
請求項1に記載の内燃機関の制御方法において、
前記内燃機関は、前記燃焼室の圧力を検出するセンサを有し、
前記情報取得ステップでは、前記発生トルクの情報として、前記センサにより検出された前記燃焼室の圧力の情報を取得することを特徴とする内燃機関の制御方法。
【請求項5】
燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された前記混合気に含まれる前記燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関の制御装置であって、
演算部と記憶部とを有するコントローラを備え、
前記内燃機関は、燃焼サイクルごとに発生トルクを検出するセンサを有し、
前記記憶部は、予め定められた燃料噴射量と前記発生トルクと前記燃料の着火性との関係を示す特性マップを記憶するように構成され、
前記演算部は、
前記内燃機関の燃焼サイクルごとに前記燃料噴射量の情報および前記センサにより検出された前記発生トルクの情報を取得し、
前記記憶部に記憶された前記特性マップと、取得された前記燃料噴射量の情報および前記発生トルクの情報と、に基づいて、前記燃料の着火性を推定し、
推定された前記燃料の着火性に基づいて前記内燃機関を制御するように構成されることを特徴とする内燃機関の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異なる複数の燃料を燃焼可能な内燃機関の制御方法および内燃機関の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ガソリンとメチルアルコールとの混合燃料を燃焼可能な内燃機関の制御方法が知られている(例えば特許文献1参照)。上記特許文献1記載の装置では、O2センサにより排気ガスの空気過剰率を検出し、検出結果に基づいて空気過剰率が1.0に近付くように、内燃機関に供給されるガソリンとメチルアルコールとの割合を調整する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58-27834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、気候変動の緩和または影響軽減に寄与する観点では、炭素強度の高い化石燃料を太陽光、風力、水力、地熱、あるいはバイオマス等の再生可能エネルギーで代替し、炭素排出量を低減することが望ましい。このような観点から、再生可能エネルギーを利用して製造されるe-fuel、バイオマスから製造されるバイオアルコール、バイオディーゼル等の再生可能燃料が普及しつつあるが、各燃料の着火性は、その原料や製造方法によって大きく異なる。着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させることは、困難である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関の制御方法であって、コンピュータによりそれぞれ実行される、内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報および発生トルクの情報を取得する情報取得ステップと、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す特性マップと、情報取得ステップで取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料の着火性を推定する燃料推定ステップと、燃料推定ステップで推定された燃料の着火性に基づいて内燃機関を制御する制御ステップと、を含む。
【0006】
本発明の別の態様は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関の制御装置であって、演算部と記憶部とを有するコントローラを備える。内燃機関は、燃焼サイクルごとに発生トルクを検出するセンサを有する。記憶部は、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す特性マップを記憶するように構成される。演算部は、内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報およびセンサにより検出された発生トルクの情報を取得し、記憶部に記憶された特性マップと、取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料の着火性を推定し、推定された燃料の着火性に基づいて内燃機関を制御するように構成される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の実施形態に係る内燃機関で燃焼させる燃料について説明するための図。
図2】オクタン価の異なる燃料の着火前後における筒内圧力の変化について説明するための図。
図3】オクタン価の異なる燃料の着火前後における筒内温度の変化について説明するための図。
図4】燃料のオクタン価と燃料噴射量と発生トルクとの関係について説明するための図。
図5】燃料のオクタン価と低温酸化反応の発熱割合との関係について説明するための図。
図6】本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法の要部構成の一例を概略的に示すブロック図。
図7図6の排気絞り弁の最適な開度について説明するための図。
図8】本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法による、圧縮着火燃焼時の処理の一例を示すフローチャート。
図9】ノッキングが発生するときの、始動時の筒内圧力の変化について説明するための図。
図10】ノッキングが発生しないときの、始動時の筒内圧力の変化について説明するための図。
図11】燃料のオクタン価と空燃比との関係について説明するための図。
図12】空燃比を変えたときの、始動時における着火前後の筒内圧力の変化について説明するための図。
図13】空燃比と断熱火炎温度との関係について説明するための図。
図14】オクタン価の異なる燃料が給油されたときの、内燃機関に供給される燃料のオクタン価の変化について説明するための図。
図15】空燃比と圧縮開始温度との関係について説明するための図。
図16】空燃比を変えたときの、圧縮着火燃焼時における着火前後の筒内圧力の変化について説明するための図。
図17】燃料のオクタン価と最適なスロットル開度との関係について説明するための図。
図18】本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法による、始動直後の処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図1図18を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法は、着火性が大きく異なる複数の燃料を燃焼させる内燃機関を制御する。地球の平均気温は、大気中の温室効果ガスにより、生物に適した温暖な状態に保たれている。具体的には、太陽光で暖められた地表面から宇宙空間へと放射される熱の一部を温室効果ガスが吸収し、地表面へと再放射することで、大気が温暖な状態に保たれている。このような大気中の温室効果ガスの濃度が増加すると、地球の平均気温が上昇する(地球温暖化)。
【0010】
温室効果ガスの中でも地球温暖化への寄与が大きい二酸化炭素の大気中における濃度は、植物や化石燃料として地上や地中に固定された炭素と、二酸化炭素として大気中に存在する炭素とのバランスによって決定される。例えば、植物の生育過程での光合成により大気中の二酸化炭素が吸収されると大気中の二酸化炭素濃度が減少し、化石燃料の燃焼により二酸化炭素が大気中に放出されると大気中の二酸化炭素濃度が増加する。地球温暖化を抑制するには、化石燃料を太陽光、風力、水力、地熱、あるいはバイオマス等の再生可能エネルギーで代替し、炭素排出量を低減することが必要となる。
【0011】
このような観点から、再生可能エネルギーを利用して製造されるe-fuel、バイオマスから製造されるバイオアルコール、バイオディーゼル等の再生可能燃料が普及しつつあるが、各燃料の着火性は、その原料や製造方法によって大きく異なる。そこで、本実施形態では、着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させる内燃機関の制御方法について説明する。
【0012】
図1は、本発明の実施形態に係る内燃機関で燃焼させる燃料について説明するための図である。図1に示すように、従来のディーゼルエンジンでは、オクタン価(リサーチ法オクタン価)0~10程度の燃料(軽油)を燃焼可能であり、従来のガソリンエンジンでは、オクタン価90以上の燃料(ガソリン)を燃焼可能である。本発明の実施形態に係る内燃機関は、2ストローク機関または4ストローク機関として構成され、予混合圧縮着火燃焼によりオクタン価0~120程度の燃料を燃焼させる。
【0013】
従来のガソリンエンジンのように、空気と燃料の混合気を圧縮して点火し、点火により生じた火炎が伝播することで燃焼が進行する予混合火炎伝播燃焼では、オクタン価が低く着火性の高い燃料が供給されると、ノッキング(異常燃焼)が生じることがある。また、従来のディーゼルエンジンのように、高温圧縮空気中に高圧燃料を噴射し、噴射された燃料が蒸発拡散しながら自着火することで燃焼が進行する拡散燃焼では、オクタン価が高く着火性の低い燃料が供給されると、安定した燃焼と出力を得られないことがある。空気と燃料の混合気を圧縮し、圧縮された混合気中の燃料が自着火することで燃焼が進行する予混合圧縮着火燃焼では、ディーゼルエンジンのように比較的高い熱効率と、ガソリンエンジンのように比較的クリーンな排気ガスを実現することができる。
【0014】
図2および図3は、それぞれオクタン価の異なる燃料の着火前後における筒内圧力および筒内温度の変化について説明するための図であり、内燃機関の回転数を2000[rpm]、IMEP(図示平均有効圧力)を200[kPa]としたときの実験結果を示す。図2および図3に示すように、筒内圧力および筒内温度が立ち上がる圧縮着火開始時期は、燃料のオクタン価によらず、ほぼ同時期となり、圧縮着火開始時期の筒内温度も、燃料のオクタン価によらず、ほぼ一定となる。一方、筒内圧力および筒内温度の上昇は、燃料のオクタン価が高いほど緩やかになる。これは、燃料のオクタン価が高く着火性が低いほど圧縮着火開始後の燃焼が緩慢になるためである。
【0015】
図4は、燃料のオクタン価と燃料噴射量と発生トルクとの関係について説明するための実験結果を示す図である。図4に示すように、燃料のオクタン価が高いほど、燃料噴射量あたりの発生トルクは小さくなる。このような傾向は、燃料噴射量が多い高負荷ほど顕著となる。これは、図2および図3に示すように圧縮着火開始後の燃焼が緩慢になり、圧縮上死点から遅れて燃焼する燃料の割合が増加することで等容度および熱効率が低下するためである。
【0016】
圧縮着火開始前は、初期反応として、下式(i),(ii)のような炭化水素(下式の例ではイソオクタン)の酸化反応(低温酸化反応)が進行する。
iC818+OH=iC817+H2O ・・・(i)
iC817+O2(+M)=iC817OO(+M)・・・(ii)
【0017】
圧縮着火開始時期は、下式(iii)のような低温酸化反応の発熱量に依存する。
低温酸化反応発熱量[J]=燃料噴射量「g/cyc・cyl」
×低位発熱量[J/g]×低温酸化発熱割合[%]・・・(iii)
【0018】
図5は、燃料のオクタン価と低温酸化反応の発熱割合との関係について説明するための実験結果を示す図である。低温酸化反応の発熱割合は、内燃機関の吸気温度等の圧縮条件に応じて変化する。図5では、一例として、吸気温度30[℃]、吸気圧力[100kPa]の混合気を圧縮比14の内燃機関で圧縮着火させた場合の実験結果を示す。図5に示すように、低温酸化反応の発熱割合[%]は、燃料のオクタン価が低いほど高く、燃料のオクタン価が高いほど低くなる。したがって、式(iii)のような低温酸化反応の発熱量は、燃料のオクタン価が低いほど大きく、燃料のオクタン価が高いほど小さくなる。
【0019】
圧縮および低温酸化反応により筒内温度が上昇して所定の活性温度に到達すると、下式(iv)のようなH22の熱分解反応(圧縮着火のトリガ反応)が開始する。なお、圧縮後の上死点温度T2は、下式(v)のような断熱圧縮の熱力学方程式を用い、圧縮前の下死点温度T1、空燃比、圧縮比ε、および比熱比κに基づいて算出することができる。
22(+M)=OH+OH(+M) ・・・(iv)
2=T1×ε(κ-1) ・・・(v)
【0020】
トリガ反応の活性温度は、燃料のオクタン価によらず、概ね1000K程度である。トリガ反応(式(iv))が開始すると、OHラジカルの濃度が急激に上昇することで発熱量の大きい連鎖反応が促進され、圧縮着火が開始する。すなわち、筒内温度がトリガ反応の活性温度に到達する時期が圧縮着火開始時期となる。圧縮着火開始時期は、燃料のオクタン価が低く、低温酸化反応の発熱量が大きいほど早く、燃料のオクタン価が高く、低温酸化反応の発熱量が小さいほど遅くなる。
【0021】
圧縮着火開始時期が早く、圧縮上死点に近いほど、上死点近傍で燃焼する燃料の割合が増加してクランク角度あたりの発熱量が大きくなり、等容度および熱効率が向上し、発生トルクが増加する。圧縮着火開始時期が遅く、圧縮上死点から離間するほど、上死点から遅れて燃焼する燃料の割合が増加してクランク角度あたりの発熱量が小さくなり、等容度および熱効率が低下し、発生トルクが低下する。発生トルクは、燃料のオクタン価が低く、低温酸化反応の発熱量が大きく、圧縮着火開始時期が早いほど大きく、燃料のオクタン価が高く、低温酸化反応の発熱量が小さく、圧縮着火開始時期が遅いほど小さくなる。
【0022】
内燃機関ごとの発生トルクは、燃料のオクタン価が低いほど大きく、燃料のオクタン価が高いほど小さくなるとともに、燃料噴射量(総発熱量)に応じて変化する。発生トルク(出力トルク)は、内燃機関の出力軸に設けられた回転トルクメータにより測定することができる。発生トルクは、筒内圧力に対応するため、トルクに代えて、内燃機関の燃焼室に設けられた圧力センサにより燃焼室の圧力(筒内圧力)を測定してもよい。排気温度等、発生トルクに対応する他のパラメータを測定してもよい。内燃機関ごとに燃料のオクタン価と燃料噴射量とを変えて試験を行い、発生トルク(筒内圧力)を測定することで、図4に示すような、燃料のオクタン価と、燃料噴射量と、発生トルクとの関係を表す特性マップを作成することができる。
【0023】
図6は、本発明の実施形態に係る内燃機関の制御装置の要部構成の一例を概略的に示すブロック図である。図6に示すように、本発明の実施形態に係る内燃機関の制御装置は、主にコントローラ10を有する。コントローラ10は、CPUなどの演算部11、ROM,RAMなどの記憶部12、およびその周辺回路などを有するコンピュータを含んで構成される。記憶部12には、演算部11が実行するプログラムや設定値等の情報とともに、予め試験により作成された、燃料のオクタン価と燃料噴射量と発生トルク(筒内圧力)との関係を表す特性マップ(図4)が記憶される。
【0024】
コントローラ10には、筒内圧力を検出する筒内圧センサ2が接続される。コントローラ10は、内燃機関の燃焼サイクルごとに、筒内圧センサ2により検出された筒内圧力の情報を取得する。
【0025】
コントローラ10には、内燃機関に対する要求トルクに応じてインジェクタによる燃料噴射を制御する燃料噴射制御装置50が接続される。コントローラ10は、内燃機関の燃焼サイクルごとに、燃料噴射制御装置50から要求トルクの情報と燃料噴射量の情報とを取得する。なお、コントローラ10と燃料噴射制御装置50とを単一の装置として構成してもよい。
【0026】
コントローラ10の演算部11は、取得した燃料噴射量の情報および筒内圧力の情報と、記憶部12に記憶された燃料のオクタン価と燃料噴射量と発生トルク(筒内圧力)との関係を表す特性マップ(図4)とに基づいて、燃料のオクタン価を推定する。演算部11による燃料のオクタン価の推定は、内燃機関が始動されてから停止されるまでの運転中、随時(例えば燃焼サイクルごとに)行われる。
【0027】
演算部11で推定された燃料のオクタン価の情報は、記憶部12に記憶される。演算部11で推定され、記憶部12に記憶される燃料のオクタン価の情報は、時系列の情報として蓄積されてもよく、最新の推定値に更新されてもよい。
【0028】
コントローラ10の演算部11で推定された燃料のオクタン価の情報は、燃料噴射制御装置50にも送信される。燃料噴射制御装置50は、コントローラ10から取得した燃料のオクタン価の情報に基づいて、燃料噴射を制御するための特性マップを切り替える。すなわち、要求トルクに対する燃料噴射量は、オクタン価の異なる燃料ごとに予め試験により作成された、要求トルクに対する最適な燃料噴射量の特性マップに基づいて算出される。このような最適な燃料噴射量の特性マップを、コントローラ10から取得した燃料のオクタン価の情報に基づいて切り替えることで、燃料噴射制御装置50による燃料噴射制御を適切に行うことができる。
【0029】
本発明の実施形態に係る内燃機関には、開度に応じて燃焼室からの排気の流量を制限し、前回の燃焼サイクルで生じた排気の一部を燃焼室に還流することで、今回の燃焼サイクルに残存させる排気絞り弁3が設けられる。アクチュエータにより排気絞り弁3の開度を調整することで、排気の還流量を調整することができる。排気絞り弁3は、例えば燃焼室からの排気が通過する排気ポートに設けられる。排気ポートに設けられて排気ポートを開閉する排気バルブを排気絞り弁3として用いてもよい。排気絞り弁3(アクチュエータ)は、コントローラ10に接続され、コントローラ10により制御される。なお、本発明の実施形態に係る内燃機関は、2ストローク機関として構成されてもよく、4ストローク機関として構成されてもよいが、幅広いオクタン価の燃料に対応して排気還流量を大幅に変更する観点では、2ストローク機関として構成することが好ましい。
【0030】
圧縮着火開始時期が上死点近傍の最適着火時期に比して早すぎると、燃焼騒音が生じ、NOx排出量が増大する。また、最適着火時期に比して遅すぎると、熱効率が低下(燃費が悪化)し、THC排出量が増大する。高温の排気を還流することで、圧縮着火開始時期における筒内温度が高まり、低温酸化反応による発熱量が減少する。排気絞り弁3を開放側に調整し、排気還流量を制限することで、圧縮着火開始時期の筒内温度を低下させ、圧縮着火開始時期を遅く、すなわち遅角側に調整することができる。また、排気絞り弁3を閉鎖側に調整し、排気還流量を増大することで、圧縮着火開始時期の筒内温度を上昇させ、圧縮着火開始時期を早く、すなわち進角側に調整することができる。
【0031】
コントローラ10の演算部11は、推定された燃料のオクタン価に基づいて、排気絞り弁3の開度が最適な開度となるように、排気絞り弁3を制御する。例えば、推定された燃料のオクタン価が高く、燃料の着火性が低い場合には、排気絞り弁3を閉鎖側に調整することで、圧縮着火開始時期を進角側に調整する。これにより、燃料のオクタン価によらず、最適な圧縮着火開始時期に調整し、安定した出力を得ることができる。
【0032】
図7は、排気絞り弁3の最適な開度について説明するための図であり、予め試験により作成され、コントローラ10の記憶部12に記憶された特性の一例を示す。演算部11は、記憶部12に記憶された排気絞り弁3の最適な開度の特性に基づいて、要求負荷(要求トルク)および推定された燃料のオクタン価に対応する排気絞り弁3の開度を決定し、決定された開度となるように排気絞り弁3(アクチュエータ)を制御する。演算部11は、燃料噴射制御装置50から取得した要求負荷(要求トルク)と、筒内圧センサ2から取得した筒内圧力(発生トルク)とに基づいて、発生トルクが要求トルクとなるように排気絞り弁3(アクチュエータ)をフィードバック制御してもよい。
【0033】
図8は、本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法による、圧縮着火燃焼時の処理の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、コントローラ10の演算部11により、例えば内燃機関の燃焼サイクルごとに実行される。
【0034】
図8に示すように、先ずステップS1で、筒内圧センサ2から筒内圧力(発生トルク)の情報を取得する。次いでステップS2で、燃料噴射制御装置50から燃料噴射量の情報を取得する。次いでステップS3で、ステップS1,S2で取得した情報および記憶部12に記憶された燃料のオクタン価と燃料噴射量と発生トルク(筒内圧力)との関係を表す特性マップ(図4)とに基づいて、燃料のオクタン価を推定する。ステップS3で推定された燃料のオクタン価の情報は、記憶部12に記憶される。ステップS3で推定された燃料のオクタン価の情報は、燃料噴射制御装置50にも送信され、これにより、燃料のオクタン価に応じた燃料噴射を制御するための特性マップに基づいて、次回の燃焼サイクルでの燃料噴射制御が適切に行われる。
【0035】
次いでステップS4で、燃料噴射制御装置50から要求トルクの情報を取得する。次いでステップS5で、ステップS3で推定された燃料のオクタン価と、ステップS4で取得された要求トルク(要求負荷)と、記憶部12に記憶された排気絞り弁3の最適な開度の特性(図7)とに基づいて、排気絞り弁3の開度を決定する。また、決定された開度となるように排気絞り弁3(アクチュエータ)を制御する。
【0036】
本実施形態によれば以下のような作用効果を奏することができる。
(1)内燃機関の制御方法は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関を制御する。内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報および発生トルクの情報を取得する情報取得ステップS1,S2と、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す特性マップ(図4)と、情報取得ステップS1,S2で取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料の着火性を推定する燃料推定ステップS3と、燃料推定ステップS3で推定された燃料の着火性に基づいて内燃機関を制御する制御ステップと、を含む(図8)。このように、供給されている燃料の着火性を随時推定し、推定された燃料の着火性に応じて燃料噴射量等を制御することで、着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させることができる。
【0037】
(2)燃料推定ステップS3では、燃料の着火性を表す数値として、燃料のオクタン価を推定する(図4)。着火性をオクタン価として数値化することで、燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す汎用的な特性マップを作成することができる。
【0038】
(3)内燃機関は、開度に応じて燃焼室からの排気の燃焼室への還流量を調整する排気絞り弁3を有する(図6)。情報取得ステップS4では、内燃機関の要求トルクの情報を取得する(図8)。内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、情報取得ステップS4で取得された内燃機関の要求トルクの情報と、燃料推定ステップS3で推定された燃料の着火性と、に基づいて、排気絞り弁3の開度を決定する還流量決定ステップS5をさらに含む(図8)。制御ステップS5では、さらに、還流量決定ステップS5で決定された排気絞り弁3の開度に基づいて内燃機関を制御する。
【0039】
このように、要求トルクと燃料の着火性とに応じて排気絞り弁3の開度を決定することで、筒内温度を調整し、着火時期を最適に調整し、燃料の着火性によらず、安定した出力(発生トルク)を得ることができる。発生トルクが要求トルクとなるように排気絞り弁3の開度をフィードバック制御してもよい。
【0040】
(4)内燃機関は、燃焼室の圧力を検出する筒内圧センサ2を有する。情報取得ステップS1では、発生トルクの情報として、筒内圧センサ2により検出された燃焼室の圧力の情報を取得する。この場合、筒内圧力に基づいて精度よく発生トルクを推定することができる。
【0041】
(5)内燃機関の制御装置は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行う内燃機関を制御する。内燃機関の制御装置は、演算部11と記憶部12とを有するコントローラ10を備える(図6)。内燃機関は、燃焼サイクルごとに発生トルク(筒内圧力)を検出する筒内圧センサ2を有する(図6)。記憶部12は、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料の着火性との関係を示す特性マップ(図4)を記憶するように構成される。演算部11は、内燃機関の燃焼サイクルごとに燃料噴射量の情報および筒内圧センサ2により検出された発生トルク(筒内圧力)の情報を取得し、記憶部12に記憶された特性マップと、取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料の着火性を推定し、推定された燃料の着火性に基づいて内燃機関を制御するように構成される。
【0042】
以上では、排気の還流により圧縮着火開始時期を調整し、適切な燃焼を行うための内燃機関の制御方法について説明したが、前回の燃焼サイクルによる高温の排気を利用する排気還流は、内燃機関の始動直後(初爆時)には行うことができない。そこで、本実施形態では、さらに、始動直後は混合気に点火する火炎伝播燃焼を行うことで、着火性の低い燃料でも初爆時の燃焼を適切に行うための内燃機関の制御方法について説明する。
【0043】
図6に示すように、本発明の実施形態に係る内燃機関には、燃焼室に点火プラグ4が設けられる。一定の熱容量を有して筒内を加熱するグロープラグは、応答性が低いため、筒内温度を昇温しすぎることがあり、特に着火性の高い燃料では過早着火に至り、ノッキングが生じることがある。点火プラグ4を用いて火花により混合気に点火する場合は、燃料の着火性が高い場合であっても過剰な熱量により過早着火に至ることがない。点火プラグ4(アクチュエータ)は、コントローラ10に接続され、コントローラ10により制御される。
【0044】
図9および図10は、始動時の筒内圧力の変化について説明するための図である。図9は、燃焼が適切に行われず、ノッキングが発生するときの筒内圧力の変化を示し、図10は、燃焼が適切に行われ、ノッキングが発生しないときの筒内圧力の変化を示す。また、図11は、燃料のオクタン価と空燃比との関係について説明するための図である。
【0045】
図11に示すように、混合気の空燃比A/Fを燃料のオクタン価に応じた適正範囲(通常火炎伝播燃焼領域)内にすることで、図10のような適切な火炎伝播燃焼を行うことができる。混合気の空燃比A/Fが適正範囲を超えて大きくなり、混合気が過剰に希薄になると、点火により生じた火炎が伝播することなく失火(消炎)する可能性が高まる(失火領域)。混合気の空燃比A/Fが適正範囲を超えて大きくなり、混合気が過剰に濃くなると、図9のようにノッキングが生じる可能性が高まる(ノッキング領域)。
【0046】
図12は、空燃比を変えたときの、始動時における着火(点火)前後の筒内圧力の変化について説明するための図であり、実験結果を示す。図12に示すように、混合気の空燃比A/Fが15のときは、ノッキングが生じ、筒内圧力の振動が観測される。混合気の空燃比A/Fが23のときは、失火(消炎)が生じ、筒内圧力の急激な上昇が観測されない。一方、混合気の空燃比A/Fが20のときは、適切な燃焼が行われ、筒内圧力が振動することなく急激に上昇する。図11に示すように、混合気の空燃比A/Fの適正範囲は燃料のオクタン価に応じて変化するが、図11に破線で示すような、幅広いオクタン価で適切な燃焼を行うことができる空燃比A/Fの適正範囲は、16~20程度となる。
【0047】
ノッキングは、酸化発熱反応である燃焼反応の反応速度(下式(vi))が高まり、発熱が過剰となることで生じる急激な自己着火燃焼である。下式(vi)において、Aはプリエクスポネンシャルファクタ、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは筒内温度であり、燃料濃度および酸素濃度の単位は[mol/m3]である。
反応速度=A・exp(-E/RT)(燃料濃度)(酸素濃度)・・・(vi)
【0048】
式(vi)に示す燃焼反応の反応速度は、空燃比が大きく、混合気が希薄な状態から、量論空燃比に向けて空燃比が小さく、混合気が濃くなるほど速くなる。混合気を量論空燃比よりも希薄にして過剰な酸素の熱容量により筒内温度の上昇を抑制し、反応速度を低下させることで、ノッキングを生じ難くすることができる。ノッキングが生じると、内燃機関(燃焼室)の構成部品が損傷したり、燃焼騒音により内燃機関の商品性が損なわれたりする。図11の適正範囲の下限値であるノッキング限界の空燃比は、内燃機関(燃焼室)の強度や、許容される騒音レベル等に応じて変化する。また、ノッキング限界の空燃比は、圧縮比やバルブタイミング等に依存するため、内燃機関ごとに異なる。内燃機関ごとのノッキング限界を表す特性(図11の適正範囲の下限値)は、予め試験により決定され、コントローラ10の記憶部12に記憶される。
【0049】
図13は、空燃比と断熱火炎温度との関係について説明するための図である。図13に示すように、炭化水素の断熱火炎温度は、空燃比A/Fに応じて変化する。混合気が過剰に希薄になると、炭化水素の断熱火炎温度(図13)および層流燃焼速度(下式(vii))が低下することで、火炎を維持、伝播することが困難となり、失火(消炎)に至る。これは、火炎からの放熱と発熱とのバランスが崩れて熱を維持できなくなるためである。下式(vii)において、αは熱拡散率、Pは筒内圧力、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tadは断熱火炎温度である。
層流燃焼速度∝α×Pn-2(-E/RTad) ・・・(vii)
【0050】
火炎伝播限界の空燃比は、圧縮比やバルブタイミング等に依存するため、内燃機関ごとに異なるが、一般的なガソリンエンジンの火炎伝播限界の空燃比は20程度となる。内燃機関ごとの火炎伝播限界を表す特性(図11の適正範囲の上限値)は、予め試験により決定され、コントローラ10の記憶部12に記憶される。
【0051】
コントローラ10の演算部11は、今回の燃焼サイクルが内燃機関の始動直後の最初の燃焼サイクル(初爆時)であるか否かを判定し、初爆時であると判定されると、目標空燃比を決定するとともに、火炎伝播燃焼を行うように点火プラグ4を含む内燃機関を制御する。初爆時の目標空燃比は、記憶部12に記憶されたノッキング限界を表す特性と燃料のオクタン価とに基づいて、ノッキングを生じない限界付近の値(16~20程度)に決定される。コントローラ10の演算部11で決定された目標空燃比の情報は、燃料噴射制御装置50に送信され、燃料噴射制御装置50により目標空燃比に応じた燃料噴射制御が行われる。
【0052】
図14は、オクタン価の異なる燃料が給油されたときの、内燃機関に供給される燃料のオクタン価の変化について説明するための図である。図14の横軸は、内燃機関の運転時間を示す。時刻t1では、内燃機関が停止、始動され、停止から始動までの間に、燃料タンクに貯留されている燃料よりもオクタン価の低い燃料が給油される。時刻t3では、内燃機関が停止、始動され、停止から始動までの間に、燃料タンクに貯留されている燃料よりもオクタン価の高い燃料が給油される。
【0053】
内燃機関の始動直後の数サイクル分(図14の時刻t1~t2,t3~t4)の燃料は、内燃機関の停止前にすでに燃料タンクから燃料配管内に汲み上げられていた燃料でまかなわれる。このため、たとえ内燃機関の停止から始動までの間に給油が行われ、燃料タンク内の燃料のオクタン価が変化したとしても、始動直後の数サイクルで燃焼室に供給される燃料のオクタン価は、内燃機関の停止前に推定されたオクタン価と一致する。よって、内燃機関の停止前に推定された燃料のオクタン価に基づいて、初爆時の目標空燃比を適切に決定することができる。
【0054】
図15は、空燃比と圧縮開始温度との関係について説明するための図であり、初爆後、数回(図では初爆(1回目)から5回目まで)の燃焼サイクルにおける最適な空燃比の一例を示す。図15に示すように、2回目以降の燃焼サイクル(以下、「移行サイクル」と称することがある)では、前回の燃焼サイクルの排気が還流されることで筒内温度(圧縮開始温度および上死点近傍での温度)が徐々に高まる。このため、初爆時に決定された混合気の空燃比A/Fをそのまま維持するとノッキングが発生することがある。2回目以降の燃焼サイクルでは、初爆時に決定された空燃比A/Fを徐々に大きくし、混合気を徐々に希薄にすることで、ノッキングを生じることなく安定した火炎伝播燃焼を継続することができる。
【0055】
初爆後、数回目(図では5回目)の燃焼サイクルで圧縮開始温度が、排気の還流により圧縮着火開始時期を調整することで安定して圧縮着火燃焼が可能な温度域に到達すると、点火プラグ4による点火を要しない圧縮着火燃焼に移行することができる。
【0056】
図16は、空燃比を変えたときの、圧縮着火燃焼時における着火前後の筒内圧力の変化について説明するための図であり、実験結果を示す。図16に示すように、混合気の空燃比A/Fが19のときは、筒内圧力のピークがほぼ圧縮上死点に一致し、着火時期が早すぎるため、圧力上昇率が過大となる。この場合、内燃機関(燃焼室)の構成部品が損傷したり、燃焼騒音により内燃機関の商品性が損なわれたりする可能性が高まる。混合気の空燃比A/Fが24のときは、着火時期が遅すぎることで膨張行程の温度降下によって失火が生じ、筒内圧力の急激な上昇が観測されない。
【0057】
一方、混合気の空燃比A/Fが21,22のときは、適切な燃焼が行われ、筒内圧力のピークが圧縮上死点よりやや遅れた適当な時期に現れる。したがって、圧縮着火燃焼に移行後、適切な燃焼を行うことができる空燃比A/Fの適正範囲は、20~22程度となる。圧縮着火燃焼中の適切な空燃比は、圧縮比や吸気温度等に依存するため、内燃機関ごとに異なる。内燃機関ごとの圧縮着火燃焼中の適切な空燃比は、予め試験により決定され、コントローラ10の記憶部12に記憶される。
【0058】
図17は、燃料のオクタン価と最適なスロットル開度との関係について説明するための図である。低温酸化反応の発熱量は、燃料噴射量が多いほど大きくなる(式(iii))。このため、より早期、すなわち初爆後、より少ない回数の燃焼サイクルで火炎伝播燃焼から圧縮着火燃焼へと移行するためには、スロットル開度を開放側に調整し、より多くの混合気が燃焼室に供給されるようにしてもよい。ただし、オクタン価が低く、ノッキングが生じる可能性の高い燃料ほど、スロットル開度が制限される。
【0059】
コントローラ10の演算部11は、今回の燃焼サイクルが内燃機関の始動後、2回目以降の燃焼サイクル(移行サイクル)であるか否かを判定する。そして、移行サイクルであると判定されると、混合気が徐々に希薄となるように目標空燃比を決定するとともに、火炎伝播燃焼を行うように点火プラグ4を含む内燃機関を制御する。コントローラ10の演算部11で決定された目標空燃比の情報は、燃料噴射制御装置50に送信され、燃料噴射制御装置50により目標空燃比に応じた燃料噴射制御が行われる。移行サイクルの目標空燃比は、前回の燃焼サイクルの目標空燃比、記憶部12に記憶された燃料のオクタン価、ノッキング限界および火炎伝播限界を表す特性、および内燃機関ごとの圧縮着火燃焼中の適切な空燃比に基づいて、徐々に希薄となるように決定される。
【0060】
図18は、本発明の実施形態に係る内燃機関の制御方法による、始動直後の処理の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、コントローラ10の演算部11により、例えば内燃機関の燃焼サイクルごとに実行される。
【0061】
図18に示すように、先ずステップS10で、今回の燃焼サイクルが内燃機関の始動直後の最初の燃焼サイクル(初爆時)であるか否かを判定する。ステップS10で肯定されると、ステップS11に進み、記憶部12に記憶されたノッキング限界を表す特性と燃料のオクタン価とに基づいて目標空燃比を決定するとともに、火炎伝播燃焼を行うように点火プラグ4を含む内燃機関を制御する。一方、ステップS10で否定されると、ステップS12に進み、今回の燃焼サイクルが内燃機関の始動後、2回目以降の燃焼サイクル(移行サイクル)であるか否かを判定する。ステップS12で肯定されると、ステップS13に進み、混合気が徐々に希薄となるように目標空燃比を決定するとともに、火炎伝播燃焼を行うように点火プラグ4を含む内燃機関を制御する。一方、ステップS12で否定されると、ステップS14に進み、圧縮着火燃焼を行うように内燃機関を制御する。
【0062】
本実施形態によれば、さらに以下のような作用効果を奏することができる。
【0063】
(6)内燃機関の制御方法は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行うとともに、前回の燃焼サイクルにおける燃焼室からの排気を燃焼室に還流する内燃機関を制御する。内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであるか否かを判定する判定ステップS10,S12と、判定ステップS10,S12で内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであると判定されると、燃焼室に供給される混合気を圧縮して点火プラグにより点火し、点火により生じた火炎を伝播させる予混合火炎伝播燃焼を行うように内燃機関を制御する制御ステップS11,S13と、を含む。
【0064】
通常運転時は予混合圧縮着火燃焼を行い、排気還流により筒内温度を調整し、着火時期を調整する内燃機関において、始動直後は混合気に点火し、火炎伝播燃焼を行うことで、着火性の低い燃料でも初爆時の燃焼を適切に行うことができる。このとき、熱容量の大きいグロープラグではなく点火プラグを用いて火花により混合気に点火するため、過剰な熱量により過早着火に至ることがない。これにより、着火性が大きく異なる複数の燃料を単一の内燃機関で燃焼させることができる。
【0065】
(7)内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、内燃機関の燃焼サイクルごとに、燃料噴射量の情報および発生トルクの情報を取得する情報取得ステップS1,S2と、予め定められた燃料噴射量と発生トルクと燃料のオクタン価との関係を示す特性マップ(図4)と、情報取得ステップS1,S2で取得された燃料噴射量の情報および発生トルクの情報と、に基づいて、燃料のオクタン価を推定する燃料推定ステップS3と、判定ステップS10,S12で内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであると判定されると、燃料推定ステップS3で内燃機関の停止前に推定された燃料のオクタン価に基づいて、混合気の目標空燃比(図11)を決定する空燃比決定ステップS11,S13と、をさらに含む(図18)。制御ステップS11,S13では、空燃比決定ステップS11,S13で決定された目標空燃比に基づいて内燃機関を制御する。
【0066】
内燃機関の始動直後の数サイクル分の燃料は、内燃機関の停止前にすでに燃料タンクから燃料配管内に汲み上げられていた燃料でまかなわれる。このため、たとえ内燃機関の停止から始動までの間に給油が行われ、燃料タンク内の燃料のオクタン価が変化したとしても、始動直後の数サイクルで燃焼室に供給される燃料のオクタン価は、内燃機関の停止前に推定されたオクタン価と一致する(図16)。よって、内燃機関の停止前に推定された燃料のオクタン価に基づいて、始動直後の混合気の目標空燃比を適切に決定することができる。
【0067】
(8)空燃比決定ステップS13では、判定ステップS10,S12で内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであると判定されると、内燃機関の燃焼サイクルごとに徐々に希薄となるように混合気の目標空燃比を決定する(図12)。初爆後、2回目以降の燃焼サイクルでは、前回の燃焼サイクルで生じた高温の排気が還流されることで、燃焼サイクルが進むごとに圧縮開始温度が上昇し、ノッキングが生じる可能性が高まる。初爆後、2回目以降の燃焼サイクルでは、圧縮開始温度が安定して圧縮着火可能な温度域に達するまで徐々に空燃比を希薄にする過渡制御を行うことで、ノッキングを生じることなく、火炎伝播燃焼から圧縮着火燃焼へと適切に移行することができる。
【0068】
(9)内燃機関の制御方法は、コンピュータによりそれぞれ実行される、判定ステップS10で内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであると判定されると、燃料推定ステップS3で内燃機関の停止前に推定された燃料のオクタン価と、空燃比決定ステップS11で決定された目標空燃比と、に基づいて、燃料推定ステップS3で内燃機関の停止前に推定された燃料のオクタン価が高いほど燃焼室への吸気量を調整するスロットル開度を大きい開度に決定する吸気量決定ステップS11をさらに含む(図18)。制御ステップS11では、さらに、吸気量決定ステップS11で決定されたスロットル開度に基づいて内燃機関を制御する。すなわち、オクタン価が高く、ノッキングが生じる可能性の低い燃料の場合には、スロットルを開放側にして吸気量を増加することで、排気温度および圧縮着火開始温度を高め、より早期に圧縮着火燃焼に移行することができる。
【0069】
(10)内燃機関の制御装置は、燃焼室に供給される空気と燃料との混合気を圧縮し、圧縮された混合気に含まれる燃料を自着火させる予混合圧縮着火燃焼を行うとともに、前回の燃焼サイクルにおける燃焼室からの排気を燃焼室に還流する内燃機関を制御する。内燃機関の制御装置は、演算部11と記憶部12とを有するコントローラ10を備える(図6)。内燃機関は、点火プラグ4を有する(図6)。演算部11は、内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであるか否かを判定し、内燃機関の始動直後の燃焼サイクルであると判定されると、燃焼室に供給される混合気を圧縮して点火プラグ4により点火し、点火により生じた火炎を伝播させる予混合火炎伝播燃焼を行うように内燃機関を制御するように構成される。
【0070】
以上の説明はあくまで一例であり、本発明の特徴を損なわない限り、上述した実施形態および変形例により本発明が限定されるものではない。上記実施形態と変形例の1つまたは複数を任意に組み合わせることも可能であり、変形例同士を組み合わせることも可能である。
【符号の説明】
【0071】
2 筒内圧センサ、3 排気絞り弁、4 点火プラグ、10 コントローラ、11 演算部、12 記憶部、50 燃料噴射制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図18