(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024000520
(43)【公開日】2024-01-05
(54)【発明の名称】メタサーフェス素子用薄膜の成膜方法
(51)【国際特許分類】
G02B 1/113 20150101AFI20231225BHJP
G02B 1/14 20150101ALI20231225BHJP
H01L 21/027 20060101ALI20231225BHJP
【FI】
G02B1/113
G02B1/14
H01L21/30 502D
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【公開請求】
(21)【出願番号】P 2023097683
(22)【出願日】2023-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】390007216
【氏名又は名称】株式会社シンクロン
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菅原 卓也
(72)【発明者】
【氏名】菅田 博雅
(72)【発明者】
【氏名】須貝 優磨
(72)【発明者】
【氏名】サフダー ムハンマド
(72)【発明者】
【氏名】ジャニ ハマライネン
(72)【発明者】
【氏名】ニナ ラミンマキ
(72)【発明者】
【氏名】テロ ピルビ
(72)【発明者】
【氏名】ジュハナ コスタモ
【テーマコード(参考)】
2K009
5F146
【Fターム(参考)】
2K009AA01
2K009CC02
2K009CC45
2K009DD03
2K009DD12
2K009EE05
5F146AA31
(57)【要約】
【課題】メタサーフェス素子に反射防止特性及び/又は保護特性を付与する。
【解決手段】メタサーフェス素子のメタアトム表面に形成され、反射防止特性及び/又は前記メタアトムを保護する特性を有する薄膜である。前記薄膜は、フッ化マグネシウムからなり、単層膜であり、フッ化マグネシウムからなる薄膜のマグネシウム原子とフッ素原子の原子数の総和を100原子%とした場合、前記マグネシウム原子の含有率が30~37原子%、前記フッ素原子の含有率が63~70原子%である。
【選択図】
図5A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタサーフェス素子のメタアトム表面に形成され、反射防止特性及び/又は前記メタアトムを保護する特性を有する薄膜。
【請求項2】
前記薄膜は、フッ化マグネシウムからなり、単層膜である請求項1に記載の薄膜。
【請求項3】
前記フッ化マグネシウムからなる薄膜のマグネシウム原子とフッ素原子の原子数の総和を100原子%とした場合、前記マグネシウム原子の含有率が30~37原子%、前記フッ素原子の含有率が63~70原子%である請求項2に記載の薄膜。
【請求項4】
前記フッ化マグネシウムからなる薄膜の、波長550nmにおける屈折率nがn=1.39±0.03、消衰係数kがk=5×10-4以下である請求項2に記載の薄膜。
【請求項5】
前記メタサーフェス素子の前記メタアトムとして、アスペクト比が0.5~100の立体構造を用いた場合、前記メタアトムの表面に前記フッ化マグネシウムからなる薄膜を形成したときに、前記立体構造の最表面、側面及び底面それぞれの膜厚の均一性が±20%以下である請求項2に記載の薄膜。
【請求項6】
前記薄膜は、フッ化物又は酸化物の薄膜を含む請求項1に記載の薄膜。
【請求項7】
前記薄膜は、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、フッ化アルミニウム、フッ化ランタン、フッ化イットリウム、フッ化ハフニウム、フッ化ジルコニウム又はフッ化ガドリニウムのいずれかを含み、単層膜又は多層膜である請求項7に記載の薄膜。
【請求項8】
前記メタサーフェス素子の前記メタアトムは、金属、シリコン、酸化チタン、窒化ガリウム、酸化インジウム錫、窒化シリコン、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、酸化ハフニウム、酸化ジルコン、酸化ニオブ、酸化タンタル、ポリマー又はこれらの混合物からなる請求項1に記載の薄膜。
【請求項9】
前記メタサーフェス素子が適用される波長は、200~300nm、170~300nm、193nm、248nm、380~770nm、770nm以上のいずれかである請求項1に記載の薄膜。
【請求項10】
前記薄膜は、耐薬品性、水蒸気バリア耐性、耐フッ酸性のいずれかを有する請求項1に記載の薄膜。
【請求項11】
原子層成長法を用い、請求項1~10のいずれか一項に記載の薄膜を形成する成膜方法。
【請求項12】
前記メタサーフェス素子の前記メタアトムは、原子層成長法、化学気相成長法、物理気相成長法、ナノインプリント法のいずれかにより形成される請求項11に記載の成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタサーフェス又はメタマテリアル(以下、本明細書において、これらを総称してメタサーフェスとも言う。)の素子の表面に形成される反射防止膜又は保護膜などの薄膜及びその成膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学レンズを利用するデバイスは、幅広い分野において用いられており、小型化及び省電力化が強く求められている携帯端末や自動車において、その利用が拡大している。デバイスの一例として、スマートフォンのカメラや、ライダー(Lidar)などの測距センサーを挙げることができる。デバイスで使われる光学レンズの具体例としては、レンズ表面に多層構造からなる光学薄膜を用いた非球面レンズなどがある。
【0003】
光学薄膜を用いた非球面レンズは、光の屈折や干渉効果を利用したレンズであり、設計及び生産技術の向上により、ユーザーの厳しい要求に対応している。しかし、所望の特性を得るには複数枚のレンズを組み合わせる必要がある。また、得られる信号も様々なノイズを含んでいるために集積回路を使った解析が必要となる。これらの理由から、小型化や軽量化、低消費電力化の要求が厳しくなるとともに、要求を満たすことが難しくなってきている。
【0004】
光学薄膜を用いた非球面レンズに代わる新たなレンズとして、負の屈折率を持つメタサーフェスを用いた平板レンズの開発が進められ、近年注目を集めている。平板レンズの表面に、幅及び高さが数百nmのメタアトムと呼ばれる構造を数十nmの間隔で多数形成し、メタアトム表面に照射された光をメタアトム間で共鳴させて共鳴遅延を生じさせたり、メタアトムの導波路により伝搬遅延させたりして、マイナスの屈折率を付与することに成功している。このような微小構造は、成膜、リソグラフィー、エッチング、ナノインプリントなどの技術を使って、レンズ基板上に形成される。
【0005】
メタサーフェスを用いた平板レンズでは、一枚のレンズに、従来の複数枚からなる光学薄膜を用いた非球面レンズと同等の機能を付与したり、同時に偏光の機能を付与したりすることが可能である。したがって、小型化、軽量化、低消費電力化が可能となる。
【0006】
このようなメタサーフェスに用いられるメタアトムの材料としては、Si、TiO2、GaN、ITO、SiN、SiO2、LiNbO3、ポリマーなどを挙げることができる(例えば、非特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Shane Colburn et al., Optical Material Express, Vol.8, No.8, 2330 (2018)
【非特許文献2】Leshu Liu et al., Nanomaterials Vol.12, 3849 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、メタサーフェスは、微細な立体構造(三次元構造)を用いるため、表面積が非球面レンズと比べて格段に広く、構造も微細なため、強度が弱く、耐久性に課題が残る。また、メタアトムに光を取り込む必要があるため、反射防止の機能も必要となる。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、メタサーフェス素子に反射防止特性及び/又は保護特性を付与することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、原子層成長法を用いて、メタサーフェス素子のメタアトム表面に、反射防止特性及び/又は前記メタアトムを保護する特性を有する薄膜を形成することによって上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、メタサーフェス素子に反射防止特性及び/又は保護特性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施例1に係るALD装置及びPVD(真空蒸着)装置で形成したフッ化マグネシウム薄膜の組成及び密度を示すグラフである。
【
図2】実施例1のフッ化マグネシウム薄膜の光学特性を示すグラフである。
【
図3】実施例2のフッ化マグネシウム薄膜の保護膜特性(0.5%濃度のフッ酸によるエッチング)を示すグラフである。
【
図4】実施例2のフッ化マグネシウム薄膜の保護膜特性(49%濃度のフッ酸によるエッチング)を示すグラフである。
【
図5A】実施例3のフッ化マグネシウム薄膜の被覆特性を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
メタサーフェス素子のメタアトム表面に、反射防止膜又は保護膜などの薄膜を形成する方法として、本発明者らは、原子層成長法(Atomic Layer Deposition、以下ALDともいう。)に着目し、ALDを用いれば、メタアトム表面の反射防止膜や保護膜を提供できると考え、ALDにより形成されたフッ化マグネシウム薄膜の光学特性、化学特性、三次元構造への被覆特性(付きまわり性)を鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。反射防止特性を含む光学特性の確認結果は実施例1、保護特性を含む化学特性の確認結果は実施例2、反射防止特性又は保護特性を発揮し得る被覆特性の確認結果は実施例3において後述する。
【0014】
本発明に係る薄膜は、ALDで形成された薄膜であって、反射防止特性及び/又はメタアトムを保護する保護特性を有する。反射防止膜などに応用できる反射防止特性と、保護膜などに応用できる保護特性は、少なくとも一方の特性を有していればよく、両方の特性を有していることがより好ましい。
【0015】
本発明に係る薄膜は、特に限定はされないが、フッ化マグネシウム(MgF2)からなることがより好ましい。また、本発明に係る薄膜がフッ化マグネシウムからなる薄膜である場合、特に限定はされないが、単層膜で反射防止膜を構成することがより好ましい。また、また、本発明に係る薄膜がフッ化マグネシウムからなる薄膜である場合、特に限定はされないが、フッ化マグネシウム薄膜のマグネシウム原子とフッ素原子の原子数の総和を100原子%としたときに、マグネシウム原子の含有率が30~37原子%、フッ素原子の含有率が63~70原子%の範囲内であることがより好ましい。なお、本明細書において「原子%」とは原子百分率を指し、具体的には、マグネシウム原子数とフッ素原子数との総和を100原子%とした場合のマグネシウム原子の数又はフッ素原子の数を表す。
【0016】
本発明に係る薄膜がフッ化マグネシウムからなる薄膜である場合、特に限定はされないが、波長550nmにおける屈折率(n)が1.39±0.03、消衰係数(k)が5×10-4以下であることがより好ましい。これにより、波長300nm~1200nmの範囲において透過と反射の合計値(R+T)がともに99.5%以上を示すような膜特性を保持することができる。
【0017】
本発明に係る薄膜がフッ化マグネシウムからなる薄膜である場合、特に限定はされないが、メタサーフェス素子のメタアトムとして、アスペクト比が0.5~100の立体構造を用い、メタアトムの表面に上記ALDによりフッ化マグネシウム薄膜を形成したときに、立体構造の最表面、側面、底面それぞれの膜厚の均一性が±20%以下であることがより好ましい。なお、本明細書において膜厚の均一性は、(最大膜厚Max-最小膜厚Min)/(最大膜厚Max+最小膜厚Min)と定義するものとする。
【0018】
本発明に係るメタサーフェス素子が適用される波長は、特に限定されないが、200~300nm、170~300nm(遠紫外線領域)、193nm(半導体デバイスなどの露光装置のArF線)、248nm(半導体デバイスなどの露光装置のKrF線)、380~770nm(可視領域)、770nm以上(赤外線領域)のいずれかであることがより好ましい。
【0019】
本発明に係る薄膜は、特に限定されないが、耐薬品性、水蒸気バリア耐性、耐フッ酸性のいずれかを有することがより好ましい。
【0020】
フッ化マグネシウムの組成、光学特性、付き回り性(膜厚の均一性)を上記範囲とすることによって、フッ化マグネシウムの有する光学特性、化学薬品に対する耐性を失うことなく、メタサーフェス素子の特性を向上させることができる。具体的には、本発明に係る薄膜がないメタサーフェス素子に比べ、本発明に係る薄膜が形成されたメタサーフェス素子は高い透過率が実現できる。そのため、スマートフォンのカメラレンズに応用した場合には、照度が低いところでも解像度が高まり、測距センサーに応用した場合には、光源の電力を削減することができる。
【0021】
本発明に係る反射防止膜又は保護膜は、フッ化マグネシウムにのみ限定されず、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、フッ化アルミニウム、フッ化ランタン、フッ化イットリウム、フッ化ハフニウム、フッ化ジルコニウム又はフッ化ガドリニウムなど、広くフッ化物を用いることができる。また、必要に応じて酸化物を利用することもできる。
【0022】
本発明に係る反射防止膜としてフッ化物からなる薄膜を用いる場合において、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、フッ化アルミニウムからなる薄膜は、低屈折率であるため、いずれか一つのフッ化物からなる単層の薄膜で構成することができる。これに対し、フッ化ランタン、フッ化イットリウム、フッ化ハフニウム、フッ化ジルコニウム及びフッ化ガドリニウムからなる薄膜は、高屈折率であるため、これらいずれか一つのフッ化物からなる薄膜と、他の低屈折率の薄膜とを組み合わせた多層膜で構成することができる。
【0023】
本発明に係るメタサーフェス素子のメタアトムは、特に限定はされないが、金属、シリコン、酸化チタン、窒化ガリウム、酸化インジウム錫、窒化シリコン、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、酸化ハフニウム、酸化ジルコン、酸化ニオブ、酸化タンタル、ポリマー又はこれらの混合物からなることがより好ましい。そして、特に限定はされないが、これらのメタアトムは、原子層成長法、化学気相成長法、物理気相成長法、ナノインプリント法のいずれかにより形成されることがより好ましい。
【実施例0024】
上述したとおり、原子層成長法(ALD)を用いてフッ化マグネシウム薄膜を成膜すれば、メタアトム表面に反射防止膜や保護膜を形成できる。以下に、ALDにより形成されたフッ化マグネシウム薄膜の光学特性、化学特性、三次元構造への被覆特性(付きまわり性)の確認結果を説明する。反射防止特性を含む光学特性の確認結果は実施例1、保護特性を含む化学特性の確認結果は実施例2、反射防止特性又は保護特性を発揮し得る被覆特性の確認結果は実施例3においてそれぞれ説明する。
【0025】
《実施例1》
本発明に係る反射防止膜の実施例1として、光学特性を向上させ得るマグネシウムとフッ素の含有率を確認したので、
図1及び
図2を参照しながら説明する。
図1は、本発明の実施例1に係るALD装置及びPVD(真空蒸着)装置で形成したフッ化マグネシウム薄膜の組成及び密度を示すグラフ、
図2は、同じく実施例1のフッ化マグネシウム薄膜の光学特性を示すグラフである。
【0026】
本発明者らは、本発明を知見するにあたり、ALD装置(Picosun社製R-200)を用いてフッ化マグネシウム(MgF
2)薄膜を形成し、原子層成長法により形成したフッ化マグネシウム薄膜の光学特性を確認した。比較のためにPVD(真空蒸着)で形成したフッ化マグネシウム薄膜も評価した。
図1に示す組成評価は、ラザフォード・バックスキャッタリング(ラザフォード工法散乱分析法,RBS)により定量し、膜厚は、分光エリプソメータで測定した。
【0027】
図1のMgF
2組成・密度評価結果に示すように、本発明の実施例1に係るALDによるフッ化マグネシウム薄膜の組成は、マグネシウム原子の含有率が31.8原子%、フッ素原子の含有率が68.2%であった。なお、ALDのプロセスで用いたプリカーサやプロセスガスに含まれる炭素や酸素の量は、検出下限値(4原子%)以下であったため、薄膜内には炭素や酸素はほとんど含まれていないと推察される。また、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜の密度は、8.82×10
22atoms/cm
3,3.03g/cm
3、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜の膜厚は、30.9nmであった。これに対し、PVD(真空蒸着)で形成したフッ化マグネシウム薄膜の組成は、マグネシウム原子の含有率が33原子%、フッ素原子の含有率が67%であった。また、PVD(真空蒸着)によるフッ化マグネシウム薄膜の密度は、8.98×10
22atoms/cm
3,3.10g/cm
3、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜の膜厚は、23.3nmであった。
【0028】
図1に示すように、フッ化マグネシウム薄膜の組成は、マグネシウム原子の含有率が31.8~33%、フッ素の含有率が67~68.2%の範囲内に収まっている。RBS評価の検出下限値が4%であることから、測定誤差も同程度(±3~4%)存在すること、また、フッ化マグネシウム(MgF
2)の理論的な組成は、マグネシウム原子の含有率が33.3%、フッ素原子の含有率が66.7%であるため、適切な組成比は、マグネシウム原子の含有率が30~37原子%、フッ素原子の含有率が63~70%の範囲内と考えられる。
【0029】
図2に実施例1のALDによるフッ化マグネシウム薄膜の光学特性を示す。光学特性を評価する都合上、平板の石英基板の表面に薄膜を形成し、反射(R)、透過(T)、屈折率(n)、消衰係数(k)を評価した。基板は、波長が300nm~1200nmの範囲で透過と反射の合計値(R+T)が99.7%以上の平板の石英基板を用いた(
図2のBare quartz参照)。この石英基板上に、上記ALDによるフッ化マグネシウム薄膜と、比較のためにPVD(真空蒸着)によるフッ化マグネシウム薄膜を形成し、反射と透過の合計値R+Tを測定した。その結果、
図2に示すように、波長が300nm~1200nmの範囲で、ALDで形成されたフッ化マグネシウム薄膜とPVD(真空蒸着)で形成されたフッ化マグネシウム薄膜共に、99.5%以上の膜特性を示した。
【0030】
PVDにより形成されたフッ化マグネシウム薄膜は、広く光学薄膜として実用化されている。したがって、実施例1のALDによるフッ化マグネシウム薄膜は、この広く実用化されているPVDによるフッ化マグネシウム薄膜と同等の光学特性を示すことから、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜も光学薄膜として実用的に機能することが確認された。ここで、光学特性を指し示す物理量としては屈折率(n)と、消衰係数(k)がある。ALDによるフッ化マグネシウム薄膜の波長550nmにおける屈折率(n)は1.389、消衰係数(k)は9.0×10-5であり、この数字がPVDと同等の光学特性を有するための指標となる。また、ALDで成膜を行う場合、ALD成膜の原料であるプリカーサに炭素が含まれるため、プロセス条件を低温にしたり、プリカーサの種類一般には消衰係数(k)は増大する方向にプロセスが行きやすい。消衰係数(k)が増大すると吸収が増えてしまい光学薄膜としての性能が劣化するため、ある目安以下の消衰係数(k)に抑えることが必要となる。成膜方法にかかわらず、光学薄膜の波長550nmにける消衰係数(k)の数値の目安としては、発明者は5×10-4以下が好ましいと考えており、成膜方法にかかわらず、原料やプロセス条件もその数値以下になるように最適化されることが好ましい。本実施例でPVDおよびALDで成膜されたフッ化マグネシウム膜の波長550nmにおける消衰係数(k)はそれぞれ4.0×10-5、9.0×10-5であり、目安である5×10-4以下を満たしている。
【0031】
なお、実施例1では膜種にフッ化マグネシウムを用いたが、本発明に係る反射防止膜は、メタマテリアルを用いた光学素子に用いる場合、その具体的な膜種は特に限定されない。例えば、フッ化マグネシウム以外にも、フッ化カルシウム(CaF2)、フッ化リチウム(LiF)、フッ化アルミニウム(AlF3)、フッ化ランタン(LaF3)、フッ化イットリウム(YF3)、フッ化ハフニウム(HfF4)、フッ化ジルコニウム(ZrF4)、フッ化ガドリニウム(GdF3)など、既存の光学薄膜として使われている他のフッ化物や、酸化物も用いることができる。
【0032】
また、実施例1では、基板に石英基板を用いたが、本発明に係る反射防止膜を形成する基板や基材は、メタマテリアルを用いた光学素子である限り、その具体的な材料や種類は特に限定されない。例えば、本発明に係る反射防止膜は、石英基板の上に形成する以外にも、カメラレンズ、測距センサー、シリコンフォトニクス、ウェハレベルオプティクスなど、幅広く利用することができる。
【0033】
《実施例2》
本発明に係る保護膜の実施例2として、化学特性を向上させ得るマグネシウムとフッ素の含有率を確認したので、
図3及び
図4を参照しながら説明する。
図3は、本発明の実施例2に係るALD装置で形成したフッ化マグネシウム薄膜の0.5%濃度のフッ酸によるエッチング評価を示すグラフ、
図4は、本発明の実施例2に係るALD装置で形成したフッ化マグネシウム薄膜の49%濃度のフッ酸によるエッチング評価を示すグラフである。なお、
図3の左図には、実施例2との比較のために、膜厚100nmの酸化シリコン膜(SiO
2,熱酸化膜)の0.5%濃度のフッ酸によるエッチング評価も示す。
【0034】
実施例2では、ALD装置(Picosun社製R-200)を用いてフッ化マグネシウム(MgF
2)薄膜をシリコン基板上に形成し、原子層成長法によるフッ化マグネシウム薄膜の化学特性(耐薬品性,耐フッ酸性)を確認した。
図1のMgF
2組成・密度評価結果に示すように、本発明の実施例2に係るALDによるフッ化マグネシウム薄膜の組成は、マグネシウム原子の含有率が31.8原子%、フッ素原子の含有率が68.2%のものを用いた。そして、シリコン基板上に形成したフッ化マグネシウム薄膜を、0.5%濃度のフッ酸と、49%濃度のフッ酸にそれぞれ浸漬した場合の膜厚の変化を所定時間ごとに測定した。
【0035】
図3の左図に示すように、100nmの膜厚を有する酸化シリコン膜を0.5%濃度のフッ酸に浸漬したところ、15分で膜厚が60nm程度になるまでエッチングされた。これに対し、
図3の右図に示すように、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜を0.5%濃度のフッ酸に60分浸漬しても、膜厚の減少はほとんど観察されなかった。このことから、フッ化マグネシウム薄膜は、酸化シリコン膜に比べて優れたフッ酸バリア特性があると考えられる。また、0.5%濃度のフッ酸溶液は99.5%が水であること、並びにその溶液に浸しても膜厚の減少はほとんど観測されなかったことから、フッ化マグネシウム薄膜は、水にも溶けていないことが同時に示され、高い水蒸気バリアとしての機能も見込める。
【0036】
図4にALDによるフッ化マグネシウム薄膜を49%濃度のフッ酸に浸漬した場合の膜厚の変化を示すが、49%程度の高濃度のフッ酸に60分浸漬しても、フッ化マグネシウム薄膜の減少はほとんど観察されなかった。このことから、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜は、フッ酸に対して優れた化学耐性を示すことから、保護膜として有効に機能する。フッ酸は、酸としてエッチング力が高い薬品であるため、他の薬品についても同様に耐性があることが見込まれる。
【0037】
なお、実施例2では、基板にシリコン基板を用いたが、本発明に係る保護膜を形成する基板や基材は、メタマテリアルを用いた光学素子である限り、その具体的な材料や種類は特に限定されない。また、薬品としてフッ酸を用いたが、本発明の保護膜による耐性は、メタマテリアルを用いた光学素子に用いる場合、その具体的な薬品は特に限定されない。例えば、本発明に係る保護膜は、シリコン基板以外にも、カメラレンズや測距センサー、シリコンフォトニクス、ウェハレベルオプティクスなど幅広く利用することができる。また、フッ酸以外の化学薬品、水蒸気などへの耐性を付与することも可能である。
【0038】
《実施例3》
本発明に係る反射防止膜又は保護膜の実施例3として、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜がメタサーフェスの三次元構造に対して高い被覆率を示すことを確認したので、
図5A~
図5Eを参照して以下に説明する。
図5Aは、実施例3のフッ化マグネシウム薄膜の被覆特性を示すSEM写真、
図5B~
図5Eは、
図5AのVB部~VE部をそれぞれ拡大して示すSEM写真である。
【0039】
原子層成長法は、三次元構造に対して高い被覆率を示すことは知られているが、フッ化マグネシウム薄膜のALDの事例は限られている。そのため、
図5Aに示すように開口幅が30μm、深さ30μmの凹凸構造(アスペクト比が1:1)とされたシリコン基板を用意し、このシリコン基板の表面にALD装置(Picosun社製R-200)を用いてフッ化マグネシウム薄膜を形成した。フッ化マグネシウム薄膜の被覆状態を走査型電子顕微鏡で確認したSEM写真を、
図5に示す。
【0040】
このSEM写真から、フッ化マグネシウム薄膜の膜厚は、
図5Bに示す最表面(凹部と凹部との間の凸部の頂面をいう。)において181.9nm、
図5Cに示す凹部の側面において151.9nm、
図5Eに示す凹部の底面において、157.5nm、
図5Dに示す底面の両端部の最も薄い領域において130.2nmであった。このことから、膜厚の均一性を、(最大膜厚Max-最小膜厚Min)/(最大膜厚Max+最小膜厚Min)と定義すると、
図5に示す実施例3では、最大膜厚Max=181.9nm、最小膜厚Min=130.2nmであるから、実施例3の膜厚の均一性は、Max-Min/(Max+Min)=(181.9-130.2)/(181.9+130.2)=51.7/312.1=±16.5%であることがわかった。
【0041】
物理気相成長法(PVD)、化学気相成長法(CVD)又はイオンビームスパッタリング法(IBS)を用いた場合、このような三次元構造に対してフッ化マグネシウム薄膜を均一に被覆させることは困難である。したがって、ALDによるフッ化マグネシウム薄膜は、メタサーフェスのような三次元構造に対して優れた被覆特性を発揮することができる。
【0042】
なお、実施例3では基板にシリコン基板を用いたが、本発明に係る反射防止膜又は保護膜を形成する基板や基材は、メタマテリアルを用いた光学素子である限り、その具体的な材料や種類は特に限定されない。例えば、本発明により均一に形成される反射防止膜又は保護膜は、シリコン基板以外にも、カメラレンズや測距センサー、シリコンフォトニクス、ウェハレベルオプティクスなど幅広く利用することができる。
前記フッ化マグネシウムからなる薄膜のマグネシウム原子とフッ素原子の原子数の総和を100原子%とした場合、前記マグネシウム原子の含有率が30~37原子%、前記フッ素原子の含有率が63~70原子%である請求項2に記載の成膜方法。
前記メタサーフェス素子の前記メタアトムは、金属、シリコン、酸化チタン、窒化ガリウム、酸化インジウム錫、窒化シリコン、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、酸化ハフニウム、酸化ジルコン、酸化ニオブ、酸化タンタル、ポリマー又はこれらの混合物からなる請求項1に記載の成膜方法。