(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052116
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】紫蘇焼酎の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12G 3/06 20060101AFI20240404BHJP
【FI】
C12G3/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158602
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000170473
【氏名又は名称】オエノンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北澤 賢
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 美千穂
【テーマコード(参考)】
4B115
【Fターム(参考)】
4B115MA03
(57)【要約】
【課題】紫蘇の前処理や発酵工程、蒸留工程を変更するなどの操作をすることなく、ペリルアルデヒドの含有量が高く、紫蘇本来の香りを有する紫蘇焼酎の製造方法を提供すること。
【解決手段】アルコール発酵能を有する酵母であって、ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株を用いる紫蘇焼酎の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール発酵能を有する酵母であって、ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株を用いる紫蘇焼酎の製造方法。
【請求項2】
ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株が、ペリルアルデヒドが溶出成分として含まれる紫蘇の浸漬液に、培養増殖させて洗浄した酵母細胞を入れて、酵母の生物活性が維持発揮できる温度で、1日間インキュベートしたときに、
計算式:[[(B)-(A)]x100]÷(A)
((A);インキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量、
(B);培養増殖させ洗浄した酵母細胞と混合してインキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量)
によって算出されるペリルアルデヒドの減少割合を使って選ばれる酵母株である請求項1に記載の紫蘇焼酎の製造方法。
【請求項3】
ペリルアルデヒドを成分として含む紫蘇を原料として使用し、請求項1又は2に記載の方法で製造される紫蘇焼酎。
【請求項4】
請求項3に記載の紫蘇焼酎を含有するアルコール飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫蘇焼酎の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
紫蘇焼酎は、焼酎製造の工程において紫蘇を添加して発酵させ、その醪を蒸留することで得られる蒸留液を原酒として使用して製造することができる。その発酵過程の中で、紫蘇に含まれている香気成分は醪の液に溶出してくるが、赤紫蘇、青紫蘇のどちらにも含まれる香気成分の中で、ペリルアルデヒドは、紫蘇らしい香りを醸す重要な香りであると言われている(特許文献1、2)。
その香りを紫蘇焼酎という蒸留酒において活かすための工夫として、原料である紫蘇の生葉からアクを除去するために事前に加工処理する技術(特許文献1)や、紫蘇の生葉を焼酎製造の原料に使用して発酵させた後に蒸留する工程における条件を最適化することにより、ペリルアルデヒドに加えてリモネン、シネオール、リナロール、ベンズアルデヒド、α-ピネン、β-ピネンなどを一定量含有させる技術(特許文献2)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-143503号公報
【特許文献2】国際公開第2008/153118号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、原料である紫蘇の加工処理や蒸留工程に工夫をしても、十分量のペリルアルデヒドを含有する紫蘇焼酎を得ることはできず、紫蘇本来の香りを有する紫蘇焼酎は得られなかった。
従って、本発明の課題は、紫蘇の前処理や発酵工程、蒸留工程を変更するなどの操作をすることなく、ペリルアルデヒドの含有量が高く、紫蘇本来の香りを有する紫蘇焼酎の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ところで、本発明者は、長年紫蘇焼酎を製造してきた経験から、元々紫蘇に含まれていたペリルアルデヒドの含有量から期待される蒸留液中のペリルアルデヒド含有量が期待値を大きく下回り、焼酎製造過程で、紫蘇らしい香りが弱まってしまうことを見出した。その原因について検討したところ、紫蘇らしい香りが弱いと感じられる蒸留液に対しては、成分が大気中に揮散して量的減少が起きたと考えられてしまう場合もあるが、ペリルアルデヒド減少の主たる原因は、発酵に用いている酵母の作用によって、ペリルアルデヒドがシソオールやペリリルアルコールへと変換されて減少するためであることを突き止めた。そこで、数多くの酵母を用いて、紫蘇の発酵を行い、その発酵過程でペリルアルデヒドが減少しない、あるいは減少しづらい酵母のスクリーニングに成功し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[4]を提供するものである。
[1]アルコール発酵能を有する酵母であって、ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株を用いる紫蘇焼酎の製造方法。
[2]ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株が、ペリルアルデヒドが溶出成分として含まれる紫蘇の浸漬液に、培養増殖させて洗浄した酵母細胞を入れて、酵母の生物活性が維持発揮できる温度で、1日間インキュベートしたときに、
計算式:[[(B)-(A)]x100]÷(A)
((A);インキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量、
(B);培養増殖させ洗浄した酵母細胞と混合してインキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量)
によって算出されるペリルアルデヒドの減少割合を使って選ばれる酵母株である、[1]に記載の紫蘇焼酎の製造方法。
[3]ペリルアルデヒドを成分として含む紫蘇を原料として使用し、[1]又は[2]に記載の方法で製造される紫蘇焼酎。
[4][3]に記載の紫蘇焼酎を含有するアルコール飲料。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従前から使用していた酵母株を、選抜した優良株に変更するだけで、生葉はもちろん乾燥処理した紫蘇を使用した紫蘇焼酎の製造にも適用できるため、従前からの製法を変える必要はほとんどない。
紫蘇焼酎の品質の主な指標は紫蘇らしい香りを醸すことであるが、本発明により、従前から使用している紫蘇葉原料の数量を増量せずとも、蒸留液のペリルアルデヒド含有量を2倍前後まで増やすことができ、紫蘇らしい香りを増強することが可能となる。つまり、製造コストを上げることなく、品質を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】ペリルアルデヒドを基質とした試験におけるペリルアルデヒドの量的経時変化を示す図である。
【
図2】ペリルアルデヒドを基質とした試験におけるシソオールの量的経時変化を示す図である。
【
図3】ペリルアルデヒドを基質とした試験におけるペリリルアルコールの量的経時変化を示す図である。
【
図4】シソオールを基質とした試験におけるシソオールの量的経時変化を示す図である。
【
図5】シソオールを基質とした試験におけるペリルアルデヒドの量的経時変化を示す図である。
【
図6】シソオールを基質とした試験におけるペリリルアルコールの量的経時変化を示す図である。
【
図7】ペリリルアルコールを基質とした試験におけるペリリルアルコールの量的経時変化を示す図である。
【
図8】ペリリルアルコールを基質とした試験におけるペリルアルデヒドの量的経時変化を示す図である。
【
図9】ペリリルアルコールを基質とした試験におけるシソオールの量的経時変化を示す図である。
【
図10】酵母の作用によるペリルアルデヒドの変換経路を示す図である。
【
図11】供試酵母63株におけるペリルアルデヒド減少割合の分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の紫蘇焼酎の製造方法は、アルコール発酵能を有する酵母であって、ペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株を用いることを特徴とする。
本発明で使用するペリルアルデヒドに対する作用によってペリルアルデヒドが変換され減少する量の割合が65%未満の酵母株(以下、本発明で使用する酵母株とも称する)は、紫蘇の発酵過程でペリルアルデヒドが減少しない、あるいは減少しづらい酵母株であり、例えば、酒類の製造に使用される多くの酵母株を用いて、ペリルアルデヒドに対する作用性を紫蘇浸漬液内に酵母細胞を入れてインキュベートし、紫蘇から溶出されてくるペリルアルデヒドの量的減少の度合いを検討することにより、選出することができる。また、ペリルアルデヒドが変換され減少する割合が60%以下の酵母株がより好ましく、55%以下の酵母株がさらに好ましく、50%以下の酵母株がよりさらに好ましい。
【0010】
さらに具体的には、ペリルアルデヒドが溶出成分として含まれる紫蘇の浸漬液に、培養増殖させて洗浄した酵母細胞を入れて、酵母の生物活性が維持発揮できる温度で、1日間インキュベートしたときに、
計算式:[[(B)-(A)]x100]÷(A)
((A);インキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量、
(B);培養増殖させ洗浄した酵母細胞と混合してインキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量)
によって算出されるペリルアルデヒドの減少割合が65%未満の酵母株であるのが好ましい。ここで、酵母の生物活性が維持発揮できる温度としては、30℃が好ましい。
また、この方法によるペリルアルデヒドの減少割合が、60%以下の酵母株がより好ましく、55%以下の酵母株がさらに好ましく、50%以下の酵母株がよりさらに好ましい。
【0011】
前記の手段により、アルコール発酵能を有する酵母63株をスクリーニングした結果、ペリルアルデヒドの減少割合が65%以上である酵母株が54株であり、ほとんどの酵母株は発酵過程で紫蘇中のペリルアルデヒドがシソオールまたはペリリルアルコールに変換されてしまうことがわかった。
一方、63株中9株がペリルアルデヒドの減少割合が65%未満であり、63株中8株がペリルアルデヒドの減少割合が60%以下であった。このように、発酵過程でペリルアルデヒドの減少率が65%未満の酵母株を用いて、さらに好ましくは発酵過程でペリルアルデヒドの減少率が60%以下の酵母株を用いて、紫蘇を発酵すれば、ペリルアルデヒド含有量の高い焼酎が得られることがわかる。
【0012】
また、後記実施例に示すように、紫蘇中のペリルアルデヒドは、発酵過程でシソオール及びペリリルアルコールに変換されることが判明した。従って、発酵過程でペリルアルデヒドの減少率が高い酵母株は、発酵過程でシソオール又はペリリルアルコール含量の増加率も高い。一方、発酵過程でペリルアルデヒドの減少率が低い酵母株は、発酵過程でシソオール又はペリリルアルコール含量の増加率も低い。
【0013】
本発明で使用する酵母株は、紫蘇の発酵過程における前記のペリルアルデヒド減少率が低いものでればよいが、アルコール発酵能を有するサッカロミセス属又はシゾサッカロミセス属に属する酵母株が好ましい。さらに好ましい酵母株を挙げれば、IFO-0349、IFO-0340、IFO0346、農大No.5、ATCC-26192、IFO0342、IFO-0364、IFO-0638などが挙げられる。
【0014】
本発明の焼酎の製造法に用いられる紫蘇としては、紫蘇、赤紫蘇及び青紫蘇から選ばれる1種又は2種以上が挙げられる。紫蘇焼酎の製造に使用する紫蘇の原料は、収穫後に生葉をそのまま使用した方が、葉に含まれている香気成分の揮散による量的な減少が少ないので好ましい。しかし、紫蘇焼酎の製造では露地栽培の紫蘇を通常使用しており、その紫蘇は収穫時期が一定の限られた期間にならざるを得ないことから、常に収穫後の新鮮な生葉を使用することは困難である。通年で紫蘇焼酎を製造する場合、一定時期に収穫した紫蘇を生葉のまま保管あるいは乾燥処理後に保管し、それを原料として使用することが一定の品質を保つ一つの方法として採用することができる。なお、保管とは、冷蔵もしくは冷凍条件下で一定温度を保つことができる場所に袋等に入れて置いておくことをいう。本発明の焼酎の製造法によれば、使用する紫蘇は、生葉であっても、乾燥処理葉であっても、ペリルアルデヒド含量の高い焼酎を得ることができる。
また、紫蘇の葉又は茎を、乾燥、裁断、粉砕、酵素処理などの処理をして使用してもよい。
【0015】
本発明における焼酎の製造法は、前記特定の酵母株を使用する以外は、通常の焼酎製造法に従って実施することができる。すなわち、焼酎製造の工程において紫蘇を添加して発酵させ、その醪を蒸留することで得られる蒸留液を原酒として使用して製造することができる。
ここで、原料となる紫蘇は、前記紫蘇の生葉や乾燥処理葉をそのまま使用してもよいし、特許文献1のように、凍結、解凍、搾汁などの処理をしたものを用いてもよい。また、蒸留工程については、単式蒸留が好ましく、減圧蒸留又は常圧蒸留のいずれでもよい。
より具体的には、紫蘇に加えて発酵中の炭素源となり発酵してアルコールを生成する糖成分を含有する材料、例えば、米、小麦、大麦、さつまいも、そば、こうりゃん、じゃがいも、かぼちゃ、デーツ(ナツメヤシの実)などに酵母を加えて発酵し、得られた醪を蒸留すればよい。
【0016】
本発明方法により得られる紫蘇を発酵させて得られた蒸留原酒は、ペリルアルデヒド含量が高く、紫蘇本来の良好な香気を有するので、そのまま紫蘇焼酎とすることができる。また、得られた蒸留原酒は、水及び/又はリキュール類、スピリッツ類などの他の酒類と混和してアルコール飲料とすることもできる。さらに、これらのアルコール飲料には、糖類、酸味料、香料等を添加してもよい。
さらに、この蒸留原酒は、果汁、炭酸ガスなどを含有させたアルコール飲料とすることもできる。
【実施例0017】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0018】
<実施例1>ペリルアルデヒドの量的減少の原因究明
赤紫蘇や青紫蘇には、ペリルアルデヒド、シソオール、ペリリルアルコールという香気成分が元々含まれているが、紫蘇焼酎製造の発酵過程において、ペリルアルデヒドの含有量が減少して、シソオールとペリリルアルコールの含有量が増加するという現象に気付いた。このことから、ペリルアルデヒドがシソオールとペリリルアルコールに変換されている可能性が推測されたため、それぞれの香気成分の標準試薬を基質として用いて、ペリルアルデヒドの量的減少の原因を究明する試験を実施した。
【0019】
(酵母懸濁液の調製)
Saccharomyces cerevisiae OC-2を500ml容三角フラスコに入れたYPD液体培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)100mlに接種し、30℃で回転振とう(90rpm)させながら24時間培養して増殖させた。増殖した酵母細胞を遠心分離により回収し、その細胞を5%エタノール水溶液で洗浄後、再度遠心分離で回収した酵母細胞を、その細胞数が約1×108個/mlとなるように10%エタノール水溶液で懸濁した。
【0020】
(紫蘇香気成分溶液の調製)
3種類の標準試薬ペリルアルデヒド、シソオール、ペリリルアルコールを用いて、それぞれペリルアルデヒド5ppm、シソオール4ppm、ペリリルアルコール3ppmとなる濃度の10%エタノール水溶液を調製した。
【0021】
(酵母と香気成分のインキュベート)
前記の酵母懸濁液5mlと各紫蘇香気成分溶液45mlとを100ml容三角フラスコ中で混合し、アルミホイルで栓をした後30℃で静置にてインキュベートした。その際、対照として各試薬に対して酵母と混合しない試験区を設定して試験を実施した。試験区の詳細は表1に示した通りである。インキュベート開始時と1日及び2日経過時にサンプルを採取して、遠心分離により得られた上清液をGC/MS分析にかけ、ペリルアルデヒド、シソオール、ペリリルアルコールの濃度を測定した。
【0022】
【0023】
(紫蘇由来の香気成分の含有量測定方法と条件)
ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)とSPMEファイバーを用いて、以下の条件で測定した。
【0024】
1.測定試料調製
各分析対象サンプルのエタノール濃度を20%に調整し、分析装置専用のヘッドスペースバイアルに5ml充填して測定試料とした。
【0025】
2.GC/MS測定条件
装置:島津製作所製 GCMS-QP2010Plus
カラム:InertCap Pure WAX 0.25mmID x 60m df=0.25μm
注入モード:スプリットレス
気化室温度:250℃
キャリアガス:ヘリウム
カラム流速:1.82ml/分
線速度:30.3cm/分
カラム温度プログラム:40℃ → 5℃/分で昇温 → 250℃(5分間)
試料のイオン化:EI法
【0026】
3.SPME
ファイバー:PDMS(ポリジメチルシロキサン)、膜厚100μm
サンプルの事前加温:60℃、10分間
吸着抽出:60℃、20分間
離脱注入:250℃、3分間
【0027】
4.試験結果
(1)ペリルアルデヒドを基質とした試験
ペリルアルデヒドは、酵母の作用を受けて量的に減少し(
図1)、それに伴ってシソオールとペリリルアルコールの量的増加が確認された(
図2、3)。
(2)シソオールを基質とした試験
シソオールは、酵母の作用を受けることなく量的な変化は認められず(
図4)、ペリルアルデヒドとペリリルアルコールの量的変化も認められなかった(
図5、6)。
(3)ペリリルアルコールを基質とした試験
ペリリルアルコールは、酵母の作用を受けることなく量的な変化は認められず(
図7)、ペリルアルデヒドとシソオールの量的変化も認められなかった(
図8、9)。
【0028】
5.試験結果の解析
前述の(1)~(3)の結果から、ペリルアルデヒドは酵母の作用によりシソオールとペリリルアルコールに変換されることが証明された(
図10)。
【0029】
<実施例2>各種酵母株のペリルアルデヒド変換作用の度合い試験調査
前述の試験によって、発酵の過程でペリルアルデヒドが減少する原因は、酵母の作用によることが確認されたため、この作用が少ない酵母を探索することにした。この探索は、様々な酒類の製造に使用される多くの酵母株を用いて、ペリルアルデヒドに対する作用性を紫蘇浸漬液内に酵母細胞を入れてインキュベートし、紫蘇から溶出されてくるペリルアルデヒドの量的減少の度合いを調査検討することで行った。
【0030】
1.供試酵母の選抜
様々な酒類の製造に使用される得る酵母の中から63株をランダムに選んだ。選抜した酵母の内Saccharomyces cerevisiaeに属するものが48株、それ以外のSaccharomyces属の種に属するものは3株(これらを総称して、以下はサッカロミセスと称する)、Schzosaccharomyces pombe(シゾサッカロミセス ポンベ、以下はシゾサッカロミセスと称する)に属するものは12株であった。
【0031】
2.酵母懸濁液の調製
前記において選抜した各酵母株を500ml容三角フラスコに入れたYPD液体培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)100mlに接種し、30℃で回転振とう(90rpm)させながら24時間培養して増殖させた。増殖した酵母細胞を遠心分離により回収し、その細胞を5%エタノール水溶液で洗浄後、再度遠心分離で回収した酵母細胞を、その細胞数が約1×108個/mlとなるように10%エタノール水溶液で懸濁した。
【0032】
3.紫蘇葉懸濁液の調製
赤紫蘇の葉を40℃で送風乾燥させて保存していたもの約5gを粉砕機(ニューパワーミル PM2005)で約10秒間粉砕し、得られた粉末品を10%エタノール水溶液に0.5%となるように添加してスターラーにて1時間撹拌した。
【0033】
4.酵母と紫蘇葉懸濁液のインキュベート
前記の酵母懸濁液5mlと赤紫蘇葉懸濁液45mlとを100ml容三角フラスコ中で混合し、アルミホイルで栓をした後30℃で静置にてインキュベートした。その際、対照として酵母と混合しない紫蘇懸濁液のみの試験区を設定して試験を実施した。インキュベート開始時と1日経過時にサンプルを採取して、その遠心分離後の上清をろ紙(No.5C)でろ過し、得られた液をGC/MS分析にかけてペリルアルデヒドの濃度を測定した。
【0034】
5.GC/MS分析による紫蘇香気成分の測定
実施例1の「紫蘇由来の香気成分の含有量測定方法と条件」に記載の内容に従って、ペリルアルデヒドの含有量を測定した。
【0035】
6.試験結果
酵母と紫蘇懸濁液を混合し、30℃で1日間インキュベートした時の
(A);インキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量、
(B);培養増殖させ洗浄した酵母細胞と混合してインキュベートした紫蘇浸漬液に検出されるペリルアルデヒドの含有量、を用いて
計算式:[[(B)-(A)]x100]÷(A)
によってペリルアルデヒドの減少割合を算出し、供試酵母63株におけるペリルアルデヒド減少割合の分布をグラフにした(
図11)。
供試酵母63株とペリルアルデヒド減少割合を表2に示す。
【0036】
【0037】
図11及び表2の結果から、供試酵母63株中51株では、ペリルアルデヒドが80%以上減少する作用性の強いものであることが明らかとなり、試験に供した酵母株全体の8割以上を占めていることが分かった。その中には、通常よく使用される清酒酵母やワイン酵母の多くが含まれていたが、サッカロミセスに属するもの48株、シゾサッカロミセスに属するもの3株であった。ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが80%未満65%以上の酵母株は3株で、サッカロミセスに属するもの2株、シゾサッカロミセスに属するもの1株であった。
さらに、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが65%未満の酵母株は9株で、サッカロミセスに属するもの1株、シゾサッカロミセスに属するもの8株であった。ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが50%以下の酵母株は5株で、サッカロミセスに属するもの1株、シゾサッカロミセスに属するもの4株であった。
ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが低くなるに連れて、シゾサッカロミセスに属する酵母株の占める割合が増えていく傾向が示され、サッカロミセスに属する酵母よりもシゾサッカロミセスに属する酵母の方が、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが抑制される形質を優位に持っている可能性が推察された。しかし、シゾサッカロミセスに属する酵母株であってもペリルアルデヒドの量的減少の度合いが高いものもあることから、その差が生じる理由として、遺伝子の突然変異などによる形質の変化が想定され、サッカロミセスに属する酵母であっても、各種の人為的な遺伝子変異操作によりペリルアルデヒドの量的減少の度合いが低くなる酵母株を取得することができることを容易に理解することができる。
【0038】
<実施例3>乾燥葉を使用した優良株での小仕込試験(1)
実施例2の試験結果において、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが48%となった酵母株(Schzosaccharomyces pombe IFO-0345)を用いて、表3に示す仕込配合にて小仕込試験を行った。
(紫蘇焼酎の仕込)
18mm径試験管に入れたYPD液体培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)4mlに接種し、30℃で往復振とう(80rpm)させながら24時間培養し、その培養液を遠心分離により酵母細胞を回収した後、滅菌水で洗浄した酵母細胞を一次仕込用として用いた。酵母細胞数が約2×106/mlになるように添加して30℃で2日間静置培養した。一次醪の全量を投入して2次仕込を行い、30℃で10日間発酵させた。3次仕込として10日目に紫蘇の乾燥粉砕品を投入し、さらに1日間発酵を継続させた。これにより得られた紫蘇焼酎醪のアルコール度数は、10.05%であった。
(紫蘇の乾燥粉砕品作製)
根こそぎ収穫した紫蘇を逆さにして竿に吊るして2週間程度自然乾燥させ、その後に熱風強制乾燥を10日間程度行った後に、葉の部分だけを粉砕機により粉砕し、それを約10kg単位で袋詰めしたものを冷凍保存したものを紫蘇の乾燥粉砕品とした。
【0039】
【0040】
(蒸留)
紫蘇焼酎醪の全量を2L容の三口丸底フラスコに入れ、電熱線ヒーターで加熱した湯煎にフラスコを浸して加温しながら、醪の液温が約60℃を保つようにして減圧蒸留を行った。蒸留原酒のアルコール度数が約34%になると推定される時点で蒸留を終了した。
この蒸留で、アルコール度数30.30%で容量560mlの蒸留原酒を得た。
(蒸留原酒の香気成分測定)
得られた蒸留原酒に含まれるペリルアルデヒド、シソオール、ペリリルアルコールの含量は、実施例1の「紫蘇由来の香気成分の含有量測定方法と条件」に記載の内容に従って測定した。その測定結果は表4に示した通りとなった。
【0041】
<実施例4>乾燥葉を使用した優良株での小仕込試験(2)
実施例2の試験結果において、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが63%となった酵母株(Schzosaccharomyces pombe IFO-0638)で小仕込試験を実施した。
仕込、蒸留は、実施例3と同様に行い、この仕込で得られた紫蘇焼酎醪のアルコール度数は9.60%となり、この醪液を蒸留して得られた蒸留原酒は645mlの容量で、アルコール度数は26.25%であった。
香気成分の測定も実施例3と同様に行い、その測定結果は表4に示した通りとなった。
【0042】
<比較例1>乾燥葉を使用した従前使用株での小仕込試験
実施例2の試験結果において、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが95%となった酵母株(Saccharomyces cerevisiae OC-2)で小仕込試験を実施した。
仕込、蒸留は、実施例3と同様に行い、この仕込で得られた紫蘇焼酎醪のアルコール度数は10.00%となり、この醪液を蒸留して得られた蒸留原酒は555mlの容量で、アルコール度数は31.23%であった。
香気成分の測定も実施例3と同様に行い、その測定結果は表4に示した通りとなった。
【0043】
[乾燥紫蘇を使用した小仕込試験における蒸留原酒の香気成分]
表4に示した、実施例3~4と比較例1で得られた蒸留原酒の香気成分の測定値におけるペリルアルデヒドの含有量をみると、実施例2の結果におけるペリルアルデヒドの量的減少の度合いが95%と高い酵母株OC-2では30ppmであったが、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが63%と低い酵母株IFO-0638では57ppm、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが48%とさらに低い酵母株IFO-0345では51ppmとなり、実施例2の結果におけるペリルアルデヒドの量的減少の度合いが65%未満である酵母株を使って紫蘇焼酎の仕込を行うと、実施例2の結果におけるペリルアルデヒドの量的減少の度合いが95%と高く、大部分のペリルアルデヒドがシソオール及びペリリルアルコールに変換してしまう酵母株よりも、蒸留原酒中に回収されるペリルアルデヒドの含有量は2倍程度高くなることが示された。
【0044】
【0045】
<実施例5>生葉を使用した優良株での小仕込試験
実施例2の試験結果において、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが48%となった酵母株(Schzosaccharomyces pombe IFO-0345)を用いて、表5に示す仕込配合にて小仕込試験を行った。
(紫蘇焼酎の仕込)
18mm径試験管に入れたYPD液体培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)4mlに接種し、30℃で往復振とう(80rpm)させながら24時間培養し、その培養液を遠心分離により酵母細胞を回収した後、滅菌水で洗浄した酵母細胞を一次仕込用として用いた。酵母細胞数が約2×106/mlになるように添加して30℃で2日間静置培養した。一次醪の全量を投入して2次仕込を行い、30℃で9日間発酵させた。3次仕込として9日目に赤紫蘇の生葉を投入し、さらに1日間発酵を継続させた。これにより得られた紫蘇焼酎醪のアルコール度数は、8.62%であった。
生葉の投入量は、紫蘇の葉の水分含量を考慮して、乾燥紫蘇での投入と実質的に同じ配合となるように算出した。
(紫蘇生葉の粉砕品作製)
収穫した紫蘇の葉をスライド式ジッパー付きのフリーザーバッグに入れ、-30℃設定のフリーザーに格納して凍結保管した。
小仕込試験に使用する際には、凍結保管品を取り出し、予め-30℃のフリーザー内で冷却しておいたカッター容器に8g程度を入れ、粉砕機(ニューパワーミル PM2005)にセットして、約10秒間粉砕した。これを、生葉の必要量に応じた回数繰り返した。
【0046】
【0047】
蒸留は実施例3と同様に実施し、醪液を蒸留して得られた蒸留原酒は83mlの容量で、アルコール度数は33.98%であった。
香気成分の測定も実施例3と同様に行い、その測定結果は表6に示した通りとなった。
【0048】
<比較例2>生葉を使用した従前使用株での小仕込試験
実施例2の試験結果において、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが95%の酵母株(Saccharomyces cerevisiae OC-2)で小仕込試験を実施した。
仕込、蒸留は、実施例5と同様に行い、この仕込で得られた紫蘇焼酎醪のアルコール度数は7.69%となり、この醪液を蒸留して得られた蒸留原酒は、82mlの容量で、アルコール度数は32.52%であった。
香気成分の測定も実施例3と同様に行い、その測定結果は表6に示した通りとなった。
【0049】
[紫蘇生葉を使用した小仕込試験における蒸留原酒の香気成分]
表6に示した、実施例5と比較例2で得られた蒸留原酒の香気成分の測定値におけるペリルアルデヒドの含有量をみると、実施例2の結果におけるペリルアルデヒドの量的減少の度合いが95%と高い酵母株OC-2では20ppmであったが、ペリルアルデヒドの量的減少の度合いが48%と低い酵母株IFO-0345では84ppmとなり、IFO-0345株ではOC-2株の約4倍になった。この結果により、紫蘇生葉でも乾燥紫蘇の場合と同様に、実施例2の結果におけるペリルアルデヒドの量的減少の度合いが低い酵母株での仕込の方が、蒸留原酒中のペリルアルデヒドの含有量が優位に高くなることが示された。
【0050】