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特開2024-52177転動装置の診断方法、診断装置、およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052177
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】転動装置の診断方法、診断装置、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/04 20190101AFI20240404BHJP
【FI】
G01M13/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158718
(22)【出願日】2022-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】武富 樹林
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AC02
2G024AC05
2G024BA19
2G024CA18
2G024DA09
2G024DA21
2G024EA01
2G024FA06
2G024FA15
(57)【要約】
【課題】従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することと可能とする。
【解決手段】転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断方法であって、前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧を印加し、前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、前記測定されたインピーダンスおよび前記測定された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正し、前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断方法であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記測定されたインピーダンスおよび前記測定された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正し、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する、
転動装置の診断方法。
【請求項2】
前記補正式は、
【数1】

θ:補正後の位相角
:補正後のインピーダンス
:配線成分による抵抗
:配線成分によるリアクタンス
θ:測定された位相角
ω:交流電圧の角周波数
にて規定される、請求項1に記載の診断方法。
【請求項3】
転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断装置であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部と、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部と、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部と、
を有する転動装置の診断装置。
【請求項4】
コンピュータに、
転動装置内の転動体と前記転動体の周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部、
として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動装置の診断方法、診断装置、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
軸受の如き転動装置は、自動車、各種産業機械など幅広い産業分野にて利用されている。転動装置の内部の潤滑状態を把握することは、機械の円滑な動作、転動装置の寿命の確保などの観点から極めて重要な事項であり、適切に把握することにより、各種潤滑剤(油、グリースなど)の供給や転動装置の交換等のメンテナンスを、過不足無く最適な時期に行うことができる。しかしながら、潤滑状態を直接目視により観察することは困難であるため、転動装置の診断方法として、振動、音、油膜状態をモニタリングする方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、転動装置内部の潤滑状態を診断するための方法として、転動装置に交流電源を印加してインピーダンスと位相角を測定し、潤滑膜厚さと金属接触割合を算出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6380720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方法により潤滑膜厚さと金属接触割合を算出することが可能である。一方、特許文献1の方法では、診断対象となる転動装置の回転速度が低速である場合など、潤滑膜厚さが一定の値を下回ると想定される条件下では、測定精度が低下しうるという課題がある。
【0006】
本発明は、上記課題を鑑み、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明は以下の構成を有する。すなわち、転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断方法であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記測定されたインピーダンスおよび前記測定された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正し、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する。
【0008】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断装置であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部と、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部と、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部と、
を有する。
【0009】
また、本発明の別の形態は以下の構成を有する。すなわち、プログラムであって、
コンピュータに、
転動装置内の転動体と前記転動体の周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部、
として機能させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係る診断処理を適用可能なシステムの構成例を示す概略図。
図2】転がり軸受の接触領域を説明するための概念図。
図3】転がり軸受の接触領域周りの等価回路を説明するための回路図。
図4】従来における転がり軸受の等価回路を説明するための回路図。
図5】本発明の一実施形態に係る転がり軸受の等価回路を説明するための回路図。
図6】本発明の一実施形態に係る診断処理のフローチャート。
図7】従来方法における課題を説明するための図。
図8A】従来方法による診断結果を説明するためのグラフ図。
図8B】本発明の一実施形態に係る診断方法による診断結果を説明するためのグラフ図。
図9A】本発明の一実施形態に係る診断方法と従来方法との比較結果を説明するためのグラフ図。
図9B】本発明の一実施形態に係る診断方法と従来方法との比較結果を説明するためのグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を説明するための一実施形態であり、本発明を限定して解釈されることを意図するものではなく、また、各実施形態で説明されている全ての構成が本発明の課題を解決するために必須の構成であるとは限らない。また、各図面において、同じ構成要素については、同じ参照番号を付すことにより対応関係を示す。
【0013】
<第1の実施形態>
以下、本発明の第1の実施形態について説明を行う。なお、以下の装置構成の説明においては、玉軸受を例に挙げて説明するが、これに限定するものではなく本発明は他の構成の装置にも適用可能である。例えば、転動体(針状、円すい状、円筒状)などの転がり軸受にも適用可能である。また、転がり軸受に限定されず、ボールねじ、リニアガイド、アクチュエータ、すべり軸受、エンジンピストンなどの構成を有する装置一般に適用可能である。このような装置の例としては、自動車、二輪車、鉄道車両などの如き移動体や、産業機械、工作機械などが挙げられる。
【0014】
図1は、本実施形態に係る診断方法を実行する診断装置30にて診断を行う際の全体構成の一例を示す概略構成図である。図1には、本実施形態に係る診断方法が適用される軸受装置10と、診断を行う診断装置30が設けられる。なお、図1に示す構成は一例であり、軸受装置10の構成などに応じて、異なる構成が用いられてよい。また、図1においては、軸受装置10は、2つの転がり軸受8を含む構成を示したが、これに限定するものではなく、複数の転がり軸受が備えられてもよい。
【0015】
軸受装置10は、転がり軸受として、玉軸受を含んで構成される。軸受装置10において、転がり軸受8は、回転軸7の周囲に設けられ、回転軸7を回転可能に支持する。軸受装置10には、負荷装置(不図示)によって所定方向に荷重が負荷される。本実施形態では、負荷装置によって回転軸7に直交する方向にてラジアル荷重が負荷されるものとして説明するが、負荷の方向は特に限定するものではない。
【0016】
転がり軸受8は、外輪1、内輪3、複数の転動体5(本例では、玉)、および転動体5を転動自在に保持する保持器(不図示)を含んで構成される。ここでは、外輪1を固定輪とし、内輪3を回転輪とする。図1では不図示であるが、保持器の形状は特に限定するものではなく、例えば、転動体5の形状に応じて変化してよい。また、外輪1や内輪3などの転動体5の周辺部材についても、転動装置の構成に応じて、その形状や転動面の構成などは異なっていてよい。転がり軸受8内部において、所定の潤滑方式により、外輪1と転動体5の間、および、内輪3と転動体5の間の摩擦が軽減される。潤滑方式は特に限定するものではないが、例えば、グリース潤滑や油潤滑などが用いられ、転がり軸受8内部に供給されている。潤滑剤の種類についても特に限定するものではない。
【0017】
モータ14は、駆動用のモータであり、回転軸7に対して回転による動力を供給する。回転軸7は、回転コネクタ12を介してLCRメータ20に接続される。回転コネクタ12は、例えば、カーボンブラシやスリップリングを用いて構成されてもよいが、これに限定するものではない。また、軸受装置10の転がり軸受8もLCRメータ20に電気的に接続され、このとき、LCRメータ20は、軸受装置10に対する交流電源としても機能する。
【0018】
診断装置30は、本実施形態に係る診断方法を実行可能な診断装置として動作する。診断装置30は、診断の際に、LCRメータ20に対して交流電源の角周波数ω、および交流電圧Vを入力として指示し、それに対する出力としてLCRメータ20から軸受装置10のインピーダンス|Z|(|Z|は、Zの絶対値を示す)、および位相角θを取得する。そして、診断装置30はこれらの値を用いて軸受装置10に対する診断を行う。診断方法の詳細については、後述する。
【0019】
診断装置30は、例えば、不図示の制御装置、記憶装置、および出力装置を含んで構成される情報処理装置にて実現されてよい。制御装置は、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、DSP(Digital Single Processor)、または専用回路などから構成されてよい。記憶装置は、HDD(Hard Disk Drive)、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の揮発性および不揮発性の記憶媒体により構成され、制御装置からの指示により各種情報の入出力が可能である。出力装置は、スピーカやライト、或いは液晶ディスプレイ等の表示デバイス等から構成され、制御装置からの指示により、作業者への報知を行う。出力装置による報知方法は特に限定するものではないが、例えば、音声による聴覚的な報知であってもよいし、画面出力による視覚的な報知であってもよい。また、出力装置は、通信機能を備えたネットワークインターフェースであってもよく、ネットワーク(不図示)を介した外部装置(不図示)へのデータ送信により報知動作を行ってもよい。ここでの報知内容は、例えば、診断を行った結果、異常が検出された際の報知に限定するものではなく、軸受装置10が正常である旨の報知を含んでもよい。
【0020】
[物理モデル]
図2を用いて軸受装置10における転動体5と外輪1(または、内輪3)の接触状態について説明する。図2は、ボール片とディスク片とが接触した際の物理モデルを示すグラフである。ボール片が転動体に対応し、ディスク片が外輪1(または、内輪3)に対応する。h軸は、油膜厚さ(潤滑膜厚さ)方向を示し、y軸は油膜厚さ方向と直交する方向を示す。h軸はディスク片の表面を、y軸はボール片の中心を通る軸をそれぞれ0とする。また、図2に示す各変数はそれぞれ以下の通りである。
:Hertzian接触面積(Hertzian接触域)
c:Hertzian接触円半径(=√(S/π)
α:油膜の破断率(金属接触割合)(0≦α<1)
:ボール片の半径
αS:実接触領域(油膜の破断領域)
h:油膜厚さ
:Hertzian接触域における油膜厚さ
【0021】
Hertzian接触域において、金属同士が接触している範囲と接触していない範囲の割合はα:(1-α)となる。また、ボール片とディスク片とが接触していない理想状態ではα=0であり、y=0においてh>0となる。
【0022】
図2に示す油膜厚さhは以下の式にて表される。
h=0 (-αS/2≦y≦αS/2)
h=h (-c≦y<-αS/2、または、αS/2<y≦c)
h=h+√(r -c)-√(r -y) (-r≦y<-c、または、c<y≦r) …(1)
【0023】
なお、実際の転がり軸受において転動体5は荷重を受ける際に弾性変形が生じるため、厳密には球体とはならないが、本実施形態では、球体であるものとして上記の式(1)を用いている。したがって、油膜厚さを求める際に用いられる式は式(1)に限定するものではなく、他の算出式を用いてもよい。また、上記では、2次元による式を用いて説明したが、3次元による式を用いて算出してもよい。
【0024】
[等価電気回路]
図3は、図2に示した物理モデルを電気的に等価な電気回路(等価回路)にて示した図である。等価回路E1は、抵抗R、コンデンサC、およびコンデンサCから構成される。抵抗Rは、破断領域(=αS)における抵抗に相当する。コンデンサCは、Hertzian接触域における油膜により形成されるコンデンサに相当し、静電容量Cとする。コンデンサCは、Hertzian接触域の周辺(図2の-r≦y<-c、および、c<y≦r)における油膜により形成されるコンデンサに相当し、静電容量Cとする。Hertzian接触域(=S)が、図3の等価回路E1における抵抗RとコンデンサCの並列回路を形成する。更に、この抵抗RとコンデンサCから構成される電気回路に対して、コンデンサCが並列に接続される。このとき、Hertzian接触域の周辺(図2の-r≦y<-c、および、c<y≦r)では、潤滑剤が充填されているものとする。
【0025】
等価回路E1のインピーダンスをZにて示す。ここで、等価回路E1に印加される交流電圧V、等価回路E1を流れる電流I、および、等価回路E1全体の複素数インピーダンスZは以下の式(2)~(4)にて示される。
V=|V|exp(jωt) …(2)
I=|I|exp(j(ωt-θ)) …(3)
Z=V/I=|V/I|exp(jθ)=|Z|exp(jθ) …(4)
j:虚数
ω:交流電圧の角周波数
t:時間
θ:位相角(電圧と電流の位相のずれ)
【0026】
図4は、図3にて示した等価回路E1に基づいて、図1の転動体5周りにおける電気的に等価な電気回路を示した図である。1つの転動体5に着目すると、外輪1と転動体5の間、および、内輪3と転動体5の間において等価回路E2が形成される。ここでは、上側を外輪1と転動体5にて形成される電気回路とし、下側を内輪3と転動体5にて形成される電気回路として説明するが、逆であってもよい。1つの転動体5の周りにおいて、これらの電気回路が直列に接続されて等価回路E2が形成される。なお、図4図5には等価回路E2がひとつしか図示されていないが、実際には転動体の数と同数の等価回路E2が並列に接続される。
【0027】
[従来方法について]
ここで、本発明の一実施形態に係る診断方法との比較例として、従来方法として特許文献1について説明する。詳細については説明を省略するが、特許文献1では、上記のような転動体とその周辺部材とから構成されるモデルに基づき、以下の式(5)、(6)を用いて診断を行っている。
【0028】
【数1】
【0029】
【数2】
【0030】
h:油膜厚さ(図2のhに対応)
α:金属接触割合
ω:交流電圧の角周波数
ε:潤滑剤の誘電率
S:各接触領域を接触楕円に近似した場合の各接触楕円の面積の平均値
n:軸受装置の転動体の数(玉数)
Z:電気回路全体のインピーダンス
θ:位相角
20:完全に油膜がない状態における金属接触部の抵抗
θ:完全に油膜がある状態(金属部分の接触領域がない状態)における位相角
L:軸受装置に直列接続されているインダクタンス
R:軸受装置に直列接続されている抵抗
【0031】
図8Aは、従来方法による診断の結果を説明するためのグラフ図である。図8Aにおいて、左の縦軸は油膜厚さの対数を示し、右の縦軸は金属接触割合の対数を示し、横軸は回転軸の回転速度の対数を示す。横軸は右に行くほど高い値となる。また、図8Aの破線は、公知のHamrock-Dowsonの式を用いて算出された概算の理論油膜厚さを示す。Hamrock-Dowsonの式によると、油膜厚さは速度に比例することから、図8Aに示すような傾きを持った直線を示すことが知られている。
【0032】
図8Aを参照すると、回転速度が上がるほど、油膜厚さは上昇し、また、金属接触割合は低下する。また、一定の回転速度を下回った場合、従来方法の診断結果は、理論油膜厚さの値から乖離していく傾向が示されている。更に回転速度が低下すると、油膜厚さの算出ができなくなるという側面がある。また、金属接触割合は、一定の回転速度を下回った場合、急激に上昇し、1を超える不合理な値が出力されてしまっている。
【0033】
上記のような回転軸が低速である場合に測定精度が低下する(もしくは、算出不可となる)理由の1つとして、特許文献1の方法では上記の式(1)、式(2)において、油膜厚さを求める際の主要因子にcosθを用いていることが関係していると考えられる。つまり、特許文献1の方法では、初期値と測定値を利用し、それらのcosθの比率を用いている。
【0034】
従来方法の場合、回転軸の停止時(すなわち、初期値)および運転時(すなわち、測定値)のいずれにおいてもインピーダンスZと位相角θが、図7(a)に示すように第四象限にあることを前提としている。図7において、横軸は抵抗(R)を示し、縦軸はリアクタンス(C+L)を示す。第四象限では、インピーダンスZが正であり、位相角θが負である。実際の測定では、インピーダンスZと位相角θが、図7(b)に示すように、第一象限にある場合もある。すなわち、インピーダンスZおよび位相角θがいずれも正となる場合には、上記の式(1)、式(2)の適用条件範囲外となる。その結果、図8Aのような診断結果が得られたと考えられる。
【0035】
[本実施形態に係る診断方法]
本実施形態に係る診断方法では、上記のような従来方法よりも精度の高い診断方法を提供する。本実施形態では、診断対象の構成に着目し、その配線構造を考慮した方法を用いる。診断を行うに際し、例えば、転動装置とLCRメータとを接続するために一定の長さの配線を要する。特許文献1に示すような従来のインピーダンス法では、一定の高周波の交流電圧が用いられることから、その配線による影響があると考えられる。本発明者は、特に、油膜の薄い低速域や、停止時に測定する初期値においては、測定値のうちの配線成分のインピーダンスが支配的となることを解析等により特定した。ここでの配線成分には、転動装置とLCRメータとを接続するための配線に加え、配線上に配置される端子接点(不図示)なども含まれてよい。そこで、本発明者は、この配線の影響を考慮し、従来の方法で用いられたパラメータを補正することで、上述した特許文献1の適用条件範囲外であったものを適用範囲内となるように補正して、診断精度を向上させる。
【0036】
図5は、図4を用いて説明した電気回路に対し、更に配線を考慮した電気回路図である。上述したように、測定対象の回路には、配線や端子接点に相当する抵抗RとリアクタンスLが含まれる。そのため、上記の式(1)にて算出される値は、図5のZにて示す電気回路に相当する。本実施形態では、Zから抵抗RとリアクタンスLの成分を除いたZを導出する。
=|Z|exp(jθ) …(7)
【0037】
本実施形態では、図5に示す電気回路を踏まえ、キルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いる。そして、この補正式により、インピーダンスと位相角を停止時(すなわち、初期値)および運転時(すなわち、測定値)のいずれにおいても図7(a)に示したように第四象限に補正することを可能とする。その結果、補正後のパラメータは、上記の式(5)、式(6)の適用条件範囲内とすることができる。本実施形態に係る補正式として、以下の式(8)、式(9)を用いる。
【0038】
【数3】
【0039】
【数4】
【0040】
θ:補正後の位相角
:補正後のインピーダンス
:配線成分に相当する抵抗
:配線成分に相当するリアクタンス
【0041】
なお、上記式(8)、式(9)に示した補正式は一例であり、これに限定するものではない。軸受装置10の構成に基づいて電気回路が変化する場合には、その変化に応じて補正式も対応させてよい。例えば、軸受装置10の構成が図1の軸受装置に加えてジャーナル軸受や、シリンダとピストンのような2部品の間に潤滑膜を有する摺動部分を含む場合には図3のような等価回路が軸受装置10の構成に応じて図4図5の等価回路に直列または並列に追加される。それに応じて補正式を作成しても良い。
【0042】
[処理フロー]
図6は、本実施形態に係る診断処理のフローチャートである。本処理は、診断装置30により実行され、例えば、診断装置30が備える制御装置(不図示)が本実施形態に係る処理を実現するためのプログラムを記憶装置(不図示)から読み出して実行することにより実現されてよい。
【0043】
S601にて、診断装置30は、軸受装置10に対して、所定の方向に荷重が与えられるように制御する。ここでは、軸受装置10に含まれる転がり軸受8にラジアル荷重が付与されるように制御する。なお、軸受装置10に荷重を与える制御は、診断装置30とは別の装置により行われてもよい。
【0044】
S602にて、診断装置30は、LCRメータ20に対し、LCRメータ20が備える交流電源(不図示)を用いて角周波数ωの交流電圧を軸受装置10に与えるように制御する。これにより、軸受装置10には、角周波数ωの交流電圧が印加されることとなる。
【0045】
S603にて、診断装置30は、モータ14により回転軸7の回転を開始させる。これにより回転軸7の開始に伴って、転がり軸受8の回転動作も開始する。なお、モータ14の制御は、診断装置30とは別の装置により行われてもよい。
【0046】
S604にて、診断装置30は、S603の入力に対する出力として、LCRメータ20からインピーダンスZおよび位相角θを取得する。つまり、LCRメータ20は、入力である交流電圧Vおよび交流電圧の角周波数ωに対する軸受装置10の検出結果として、インピーダンスZおよび位相角θを診断装置30に出力する。ここで取得されるインピーダンスZおよび位相角θは、図5を用いて説明したように、配線等による抵抗RとリアクタンスLの成分が含まれる。
【0047】
S605にて、診断装置30は、S604にて取得したインピーダンスZおよび位相角θを、上記の式(8)、式(9)に適用することで、配線等による成分を除去したインピーダンスZおよび位相角θを算出する。
【0048】
S606にて、診断装置30は、S605にて算出したインピーダンスZおよび位相角θ、S602にて用いた交流電圧の角周波数ω、および、診断対象の軸受装置10の諸元を、式(5)、式(6)に適用することで、油膜厚さhおよび金属接触割合αを導出する。
【0049】
S607にて、診断装置30は、S606にて導出した油膜厚さhおよび金属接触割合αを用いて軸受装置10の潤滑状態を診断する。なお、ここでの診断方法は、例えば、油膜厚さhおよび金属接触割合αに対して予め閾値を設定しておき、その閾値との比較により潤滑状態を診断してよい。そして、本処理フローを終了する。
【0050】
[診断結果の比較]
図8Bは、本実施形態に係る方法による診断の結果を説明するためのグラフ図である。上述した図8Aに対応し、図8Bにおいて、左の縦軸は油膜厚さの対数を示し、右の縦軸は金属接触割合の対数を示し、横軸は回転軸の回転速度の対数を示す。横軸は右に行くほど高い値となる。また、図8Bの破線は、公知のHamrock-Dowsonの式を用いて算出された概算の理論油膜厚さを示す。
【0051】
図8Bを参照すると、回転速度が上がるほど、油膜厚さは上昇し、また、金属接触割合は低下する。油膜厚さは、図8Aの従来方法の結果とは異なり、回転速度が一定の値を下回った場合でも、途中で算出できなくなるようなことは無く、停止状態の場合まで算出が可能である。また、金属接触割合は、回転速度が一定の値を下回った場合でも、1を超えるような不合理な値は出力されない。
【0052】
図9Aは、図8Aおよび図8Bからそれぞれ、油膜厚さの値を取り出して比較した結果を示す両対数グラフである。図9Aにおいて、縦軸は油膜厚さの対数を示し、横軸は回転速度の対数を示す。上述したように、本実施形態に係る方法により補正を行った場合、回転速度が一定の値を下回ったとしても油膜厚さを算出することが可能となっている。
【0053】
図9Bは、図8Aおよび図8Bからそれぞれ、金属接触割合の値を取り出して比較した結果を示す両対数グラフである。図9Bにおいて、縦軸は金属接触割合の対数を示し、横軸は回転速度の対数を示す。上述したように、本実施形態に係る方法により補正を行った場合、回転速度が一定の値を下回ったとしても、1を超えるような不合理な値が出力されることは無い。
【0054】
以上、本実施形態により、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することが可能となる。特に、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法では算出することができていなかった油膜厚さを算出することができる。また、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法のような不合理な値を算出することを抑止することが可能となる。
【0055】
<その他の実施形態>
例えば、本発明の実施形態は転動装置を対象としているが、これに限定するものではない。例えば、潤滑膜を有する摺動要素のみから構成される機械装置(例えばジャーナル軸受や、シリンダとピストン等からなる摺動要素)について等価回路と補正を作成し、潤滑膜厚さや金属接触割合を算出することで診断を行ってもよい。
【0056】
また、本発明において、上述した1以上の実施形態の機能を実現するためのプログラムやアプリケーションを、ネットワーク又は記憶媒体等を用いてシステム又は装置に供給し、そのシステム又は装置のコンピュータにおける1つ以上のプロセッサがプログラムを読出し実行する処理でも実現可能である。
【0057】
また、1以上の機能を実現する回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array))によって実現してもよい。
【0058】
このように、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、実施形態の各構成を相互に組み合わせることや、明細書の記載、並びに周知の技術に基づいて、当業者が変更、応用することも本発明の予定するところであり、保護を求める範囲に含まれる。
【0059】
以上の通り、本明細書には次の事項が開示されている。
(1) 転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断方法であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧を印加し、
前記交流電圧の印加時の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を測定し、
前記測定されたインピーダンスおよび前記測定された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正し、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する、
転動装置の診断方法。
この構成によれば、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することが可能となる。特に、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法では算出することができていなかった油膜厚さを算出することができる。また、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法のような不合理な値を算出することを抑止することが可能となる。
【0060】
(2) 前記補正式は、
【数5】

θ:補正後の位相角
:補正後のインピーダンス
:配線成分による抵抗
:配線成分によるリアクタンス
θ:測定された位相角
ω:交流電圧の角周波数
にて規定される、(1)に記載の診断方法。
この構成によれば、電気回路の配線成分に対応するリアクタンスLEおよび抵抗REを考慮して、インピーダンスおよび位相角を補正することが可能となる。
【0061】
(3) 転動体と、前記転動体の周辺部材とを備える転動装置の診断装置であって、
前記転動体と前記周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部と、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部と、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部と、
を有する転動装置の診断装置。
この構成によれば、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することが可能となる。特に、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法では算出することができていなかった油膜厚さを算出することができる。また、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法のような不合理な値を算出することを抑止することが可能となる。
【0062】
(4) コンピュータに、
転動装置内の転動体と前記転動体の周辺部材とから構成される電気回路に交流電圧が印加された際の前記電気回路のインピーダンスおよび位相角を取得する取得部、
前記取得されたインピーダンスおよび前記取得された位相角を、前記電気回路内の配線成分による抵抗およびリアクタンスに対応して規定されたキルヒホッフ則の解に基づく補正式を用いて補正する補正部、
前記補正されたインピーダンスおよび前記補正された位相角に基づき、前記周辺部材と前記転動体の間における潤滑膜厚さおよび金属接触割合を算出する算出部、
として機能させるためのプログラム。
この構成によれば、従来よりも精度良く転動装置内部の潤滑状態を診断することが可能となる。特に、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法では算出することができていなかった油膜厚さを算出することができる。また、回転軸の回転速度が低速である場合に、従来の方法のような不合理な値を算出することを抑止することが可能となる。
【符号の説明】
【0063】
1 外輪
3 内輪
5 転動体
7 回転軸
10 軸受装置(転動装置)
12 回転コネクタ
14 モータ
20 LCRメータ
30 診断装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9A
図9B