(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052268
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】コーク量の推算方法
(51)【国際特許分類】
C10G 99/00 20060101AFI20240404BHJP
C10G 11/18 20060101ALI20240404BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240404BHJP
【FI】
C10G99/00
C10G11/18
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158863
(22)【出願日】2022-09-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】松本 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 潔
【テーマコード(参考)】
2G041
4H129
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041FA02
2G041FA06
2G041LA05
4H129AA02
4H129CA08
4H129CA09
4H129DA04
4H129GA03
4H129GA20
4H129KA02
4H129LA11
4H129LA14
4H129LA20
4H129NA45
(57)【要約】
【課題】流動接触分解装置類におけるコーク生成量高精度で推算する新たな手法を提供する。
【解決手段】
流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子のいずれかに分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求めるステップ、および
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、上記コーク生成量を算出するステップ
を含む方法を提供する。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求めるステップ、および
(2)総環数が4以上である前記各コア分子の構成成分情報に基づき、前記コーク生成量を算出するステップ
を含む、方法。
【請求項2】
前記流動接触分解装置類が、流動接触分解(FCC)装置または残油流動接触分解(RFCC)装置である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(1)における前記原料油中のコア分子の構成成分情報が、原料油中のシングルコア分子およびダブルコア分子の存在量または存在割合を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(1)が、前記原料油中のシングルコア分子およびダブルコア分子を、総環数、芳香族環数およびナフテン環数を含む構造因子に基づいてランピングすることを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(2)が、前記コーク生成量を、原料油およびその反応条件毎に予め設定された回帰係数を用いて算出することを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
ステップ(2)において、総環数が4以上である前記コア分子が、コークに変換されるものと推定する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】
ステップ(2)の前記各コア分子における総炭素数とナフテン環数の組合せが、総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下から選択される少なくとも一つのものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項8】
前記原料油の密度が0.8~1.0である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項9】
前記原料油における残留炭素分が0.1~6.0量%である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項10】
前記原料油は軽質留分または重質留分である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項11】
前記流動接触分解装置類の反応温度が430~550℃である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項12】
前記流動接触分解装置類における触媒/油比が4~9である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項13】
請求項1または2に記載の方法により得られるコーク生成量の推算値に基づいて運転条件を設定する、流動接触分解装置類の運転方法。
【請求項14】
請求項1または2に記載の方法を実行させるためのコンピュータプログラムまたは当該コンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項15】
請求項14に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【請求項16】
請求項14に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶した、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算方法に関し、より詳細には、RFCCをはじめとする流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法、当該方法を用いた流動接触分解装置類の運転方法、それらを実行させるコンピュータプログラム、それを記録した記録媒体およびそれを記憶したコンピュータに関する。
【背景技術】
【0002】
流動接触分解は、重質油をはじめとする石油原料と触媒とを接触させて分解し、製品価値の高い軽質油、中間留分等に変換する反応である。流動接触分解には、主に脱硫減圧軽油(DSVGO)を原料とする流動接触分解(FCC)装置や主に脱硫常圧残油(DSAR)を原料とする残油流動接触分解(RFCC)装置等の流動接触分解装置類が広く使用されており、製油所の収益向上を図る技術開発の鍵と位置付けられている。
【0003】
流動接触分解においては、コーク発生による触媒の反応効率の低下がしばしば問題となることから、コークの付着した触媒は通常、再生塔で燃焼処理され、さらに燃焼後の触媒は再利用に付される。そのため、コーク生成による流動接触分解の効率低下を回避する観点から、原料の性状、触媒の種類を含めた反応条件等に応じてコーク生成量を推算し、最適運転を実現するための様々な検討がなされている。(例えば、特許文献1)。
【0004】
しかしながら、流動接触分解装置類においては、コークの生成量の推算に利用しうる原料油中の構成成分の分子構造や存在量は何ら報告されておらず、コーク生成量を高精度で推算することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような技術状況下、本出願人は、鋭意検討した結果、流動接触分解装置類における生成油の得率の推算において、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)により得られる原料油の特定の構成成分情報に基づき、流動接触分解装置類におけるコーク生成量を高精度で推算し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0007】
したがって、本発明は、流動接触分解装置類において、コーク生成量を高精度で推算することを一つの目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
本発明の一実施態様において、流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法は、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求めるステップ、および
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、上記コーク生成量を算出するステップ
を含むことを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明の別の実施態様においては、上記方法を用いた流動接触分解装置類の運転方法や、それらを実行させるコンピュータプログラム、それを記録した記録媒体およびそれを記憶したコンピュータも提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、流動接触分解装置類において、コーク生成量を高精度で推算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態による流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法を説明するフローチャートである。
【
図2】本発明の実施形態における多成分混合物(原料油)の各成分の分子構造を特定するためのステップ(1)を説明するフローチャートである。
【
図3】本発明の実施形態による流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置を説明する機能ブロック図である。
【
図4】本発明の実施態様において使用されるRFCCベンチ装置の模式図である。
【
図5】総環数4以上のシングルコア分子(4環+コア)または総環数5以上のシングルコア分子(5環+コア)に関する原料油中のコア量と生成油中のコア量の差分と、コーク生成量との相関関係を示すグラフである。
【
図6】Aは、原料油DSVGOにおける総環数とシングルコア/ダブルコアの存在量を示すグラフである。Bは、原料油DSVGO+DSAR(=3+7(重量比))における総環数とシングルコア/ダブルコアの存在量を示すグラフである。Cは、原料油DSARにおける総環数とシングルコア/ダブルコアの存在量を示すグラフである。
【
図7】原料油の密度と重質サイクル油(Heavy Cycle Oil:HCO)留分/コーク生成の境界線の関係をシングル/ダブルコアモデルで整理した結果を示すグラフである。
【
図8】本発明の実施形態によるコーク生成量の推算値と、実測値の相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
(1)「多成分混合物」
「多成分混合物」とは、二以上の成分からなるあらゆる混合物を包括する概念である。成分の含有割合は問わない。具体的には、好ましくは、「石油」であり、さらに好ましくは、「重質油」である。より詳しくは、「多くの芳香族化合物を主たる成分とする混合物」である。
【0013】
(2)「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的または化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的または化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的または化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)同士は同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0014】
(3)「構成する」
「多成分混合物を構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物およびオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
【0015】
(4)「分子構造を特定する」、「分子」
「分子構造を特定する」とは、上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的および必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造を特定せず分子式のままにしておいてもよい。
本明細書において、好ましくは、後述する「JACD」で分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
【0016】
(5)「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
【0017】
(6)「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
【0018】
(7)「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオンまたは擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、または単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
【0019】
(8)「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量および後述するDBE値等の情報は得ることができる。
【0020】
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR-MS」ともいい、FT-ICR-質量分析により得られたスペクトルを「FT-ICR-質量分析スペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
【0021】
ただし、FT-ICR-MSの特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
【0022】
(9)「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、芳香環またはナフテン環そのもの、芳香環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、芳香環またはナフテン環にヘテロ環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋または側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋または側鎖を一切有しないものを意味している。
【0023】
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
【0024】
【0025】
(10)「DBE値」
「DBE値」とは、分子式が、「CcHhNnOoSs」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE = c- h/2+n/2 + 1 ・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合および環の存在の程度を示すものである。
【0026】
(11)「JACD (ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
【0027】
【0028】
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
【0029】
【0030】
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
【0031】
(12)「物性値」
「物性値」とは、物質の物理的または化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、沸点、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。
【0032】
(13)「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
【0033】
(14)「流動接触分解装置」、「流動接触分解装置類」
本明細書において、「流動接触分解装置」とは、石油留分を流動接触分解反応により分解する装置であり、流動接触分解(FCC:Fluid Catalytic Cracking)装置、残油流動接触分解(RFCC:Resid Fluid Catalytic Cracking)装置が挙げられる。狭義の流動接触分解(FCC)装置と区別するために「流動接触分解装置類」と記す場合もある。
【0034】
FCCおよびRFCCによれば、石油精製工程で得られる低品位な重質油を接触分解することによって、軽質な炭化水素油へと変換し、LPガス(LPG:炭素数C1~5)、接触分解ガソリン(FG:FCC Gasoline-沸点範囲:常温~150℃)や軽質サイクル油(Light Cycle Oil:LCO-沸点範囲:150~250℃)を生成するとともに、重質サイクル油(Heavy Cycle Oil:HCO-沸点範囲:250℃以上)、残渣油(スラリーオイル:Slurry Oil)、クラリファイド重油(Clarified Oil:CLO-触媒の粒子から精製される残渣油)等を副生することができる。ここで、コークは、残渣油とクラリファイド重油との和に相当する。
【0035】
<流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法>
本発明の一実施形態によれば、
図1に示される通り、流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求めるステップ、および
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、前記コーク生成量を算出するステップ
を含む方法が提供される。
上述のようなシングルコア分子とダブルコア分子の構成成分情報が、流動接触分解装置類におけるコーク生成量を推算するための指標となり得ることは、意外な事実である。
【0036】
ステップ(1):FT-ICR-MSを用いる原料油分析の結果に基づいて、原料油中のシングルコア分子の構成成分情報を求めるステップ
図2のフローチャートを参照して、本実施形態における多成分混合物(原料油)の各成分の分子構造を特定するための、ステップ(1)を説明する。
ステップS1(質量分析)(図2のS1)
ステップS1は、多成分混合物に対しFT-ICR-MSを行い、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。即ち、重質油に対しFT-ICR-MSを行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子式に該当する分子の存在割合を特定するステップである。
【0037】
FT-ICR-質量分析計によれば、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行うことができる。
【0038】
ステップS2(衝突誘起解離)(図2のS2)
ステップS2は、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップである。「衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation、以下、「CID」ともいう。)」とは、分子をイオン化し、これをアルゴン等の不活性ガスに衝突させ、架橋および側鎖を切断する操作をいう。通常、当該多成分混合物を構成する各成分における架橋および側鎖が切断されるように、衝突エネルギーを与えることが好ましい。架橋および側鎖を切断することにより、コアごとのフラグメントイオンが生成される。このコアは、衝突誘起解離では切断し得なかった炭素数0~4程度の脂肪族基を側鎖として有していることがある。
【0039】
多成分混合物に対しFT-ICR-MSを行ったとき、得られるピークのm/zから、多成分混合物を構成する分子の分子式を決定することができるが、その分子の「コア」に関する情報は得られない。そこで、さらに、衝突誘起解離を行って、多成分混合物を構成する各分子中の架橋および側鎖を切断すれば、多成分混合物全体の中に存在するコアの種類を知ることができる。
【0040】
衝突誘起解離を行う条件としては、分子中の架橋および側鎖を有効に切断できる衝突エネルギー、例えば、10~50kcal/モルが好ましく、20~40kcal/モルがより好ましい。なお、40kcal/モルは、分子量を700とすると32eVに相当する。
【0041】
ステップS3(各コアの構造および存在割合の特定)(図2のS3)
ステップS3は、ステップS2の衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、FT-ICR-MSを行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造および存在割合を特定するステップである。
【0042】
(ア)まず、各フラグメントイオンを構成するコアについて、その構造を特定する方法を説明する。
具体的には、前記ステップ2で得られたコアに関する情報と、予め用意しておいたコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、各コアの構造を特定する方法である。
詳しくは、以下のとおりである。
i.衝突誘起解離後におけるコアに関する情報の取得
衝突誘起解離後の各フラグメントイオンのFT-ICR-MSにおいては、コアの部分は同じであっても、側鎖として炭素数が0~4程度の脂肪族基を有するフラグメントイオンは、その側鎖の種類に応じて、各々質量が異なるため、別々のピークとして現れる。
【0043】
そこで、コアに側鎖として炭素数が0~4の脂肪族基を持つものについて、これら各種の質量を予め算出しておき、上記現れた別々のピークを種々比較照合すれば、コアそのものの質量を割り出すことが可能となる。
【0044】
この方法を用いて、ステップS2において、衝突誘起解離後に得られたピークの各々について、そのピークに帰属されるコアは、質量がいくつで、O,NまたはS原子等のヘテロ原子がいくつ存在し、またDBE値から芳香環がいくつ存在しているかという情報を得ることができる。
【0045】
ii.衝突誘起解離後におけるコアの構造の特定
衝突誘起解離後におけるコアの構造を特定する方法として、予め、多成分混合物の各成分分子を構成すると想定できる各種のコアをモデルとしてリスト化した、「コア構造リスト」を作成しておき、当該リストに格納されているコアの分子量、ヘテロ原子の種類と数等の情報と上記にて得られたコアの情報を照合して、このリストの中から最も妥当と考えられるコアのモデルを選択し、そのコアを当該コアとして該当させるという方法がある。この方法により、衝突誘起解離後のFT-ICR-MSにて得られたすべてのピークに対して、コアが割り付けられ、その構造を知ることが可能となる。
【0046】
iii.コア構造リスト
上記コア構造リストに格納するコアの種類については、特に限定されるものではなく、いかなるものであってもよいが、格納するコアの選定の妥当性が各コアの構造特定の妥当性に直結することになる。
試料である多成分混合物そのものの内容に応じて、予め「コア構造リスト」を作成しておくのが好ましい。例えば、多成分混合物が石油の場合、これまでの石油に関する知見をもとにして、予め、「石油の分子構造特定用のコア構造リスト」を作成しておき、それを用いればよい。
【0047】
リストの作成においては、基本となる芳香環における環数、芳香環に直接結合するナフテン環の種類と数(カタ型かペリ型かという違いも含む)および直接結合の態様(即ち、基本芳香環のどの位置にどういう形でナフテン環が結合しているのかという態様)等、諸条件を勘案して、適当数のコアを格納するのがよい。
【0048】
例えば、芳香環の大きさは11環までとすることや、ヘテロ原子はN、O、Sを想定し、ヘテロ環の種類としては10個程度とすること等、計算上の便宜を考慮してリストを作成すればよい。
【0049】
iv.コア構造リストからの選定
コア構造リストには、「分子量、DBE値およびヘテロ原子の種類と数がすべて同じであるが、構造式が異なる」というものが複数存在している場合がある。この場合、それらの複数のうちどれを第一優先として選定するかについては、適宜、ルールを決めておけばよい。例えば、優先性として、次の1~3が挙げられる。
1.芳香環のみから成るものを優先する。
2.不飽和結合の多いものを優先する。
3.環数の少ないものを優先する。
【0050】
(イ)次に、各コアの存在割合を特定する方法を説明する。
前述のとおり、ステップS2において衝突誘起解離後に得られた各々のピークの高さから、そのm/z、即ち、その質量を持つコアの存在割合を求めることができる。
本ステップS3で得られた衝突誘起解離後の各コアの構造および存在割合は、ステップS4にて用いられることになる。
【0051】
ステップS4(クラスごとのコアの存在態様および存在割合の推定)(図2のS4)
ステップS1におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
言い換えれば、ステップS1におけるすべてのピークに帰属する分子について、ステップS1にて特定された各々の分子式における「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
【0052】
以下、ステップS4について詳説する。
(ア)ステップS1において、すべてのピークについて分子式が特定されているため、その分子式におけるヘテロ原子の種類とその数およびDBE値が判明する。したがって、本ステップでは、この「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」に基づいて、すべてのピークに帰属させた分子それぞれを、「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」ごとに括られたそれぞれの「クラス」の中に編入する。
【0053】
「ヘテロ原子の種類と数」とは、詳しくは、「ヘテロ原子の種類とその種類ごとのヘテロ原子の数」である。ヘテロ原子とは、好ましくは、窒素原子、硫黄原子および酸素原子であるため、「ヘテロ原子の種類と数」とは、好ましくは、「窒素原子、硫黄原子および酸素原子のそれぞれの数」ということもできる。よって、ヘテロ原子に関して言えば、「窒素原子の数、硫黄原子の数および酸素原子の数のすべてが一致するもの」が同一の「クラス」に入ることになる。
【0054】
(イ)次に、(ア)に記載した「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」で括られた各クラスにおいて、そのクラスに属する各分子が、どういうシングルコアであるのかを推定する。ここで、ダブルコアを除き、マルチコアであっても、それらのシングルコアに分割して、シングルコアはそれぞれどういう割合で存在するのかを推定する。
【0055】
これらの推定を行うにあたっては、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。ここで、「マルチコア」は、どういうコアどうしが架橋して結合しているのかにより、いろいろな組み合わせがありうる。しかしながら、本モデルでは、ダブルコアを除き、マルチコアはそれを構成するシングルコアに分割して、シングルコアはそれぞれどういう割合で存在するのかを推定する。例えば、ダブルコア(シングルコア(4環)-架橋-シングルコア(5環))は総環数9のダブルコアである。一方で、マルチコア(シングルコア(4環)-架橋-シングルコア(5環)-架橋-シングルコア(1環))は、シングルコア(4環)とシングルコア(5環)とシングルコア(1環)があるとみなす。
【0056】
(ウ)上記のように、FT-ICR-MSにて得られたピークの各々に帰属する分子について、ヘテロ原子の種類と数およびDBE値が同じものからなるクラスごとに括り直す。そして、そのクラスに属するコア分子について、ヘテロ原子の種類と数およびDBE値を指標とするにより、どういうコアをもって構成されるのかを推定する。
【0057】
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)は、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。
各コア分子の存在割合は、総環数に対する存在割合の和と仮定し、これを推定値とする。上述の通り、本発明の方法においては、コア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)に関する構成成分情報、とりわけ、コア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)の存在量、総環数、芳香族環数およびナフテン環数が、コーク生成量の推算のため指標となる。したがって、本発明の好ましい態様によれば、ステップ(1)において、原料油中の各コア分子の構成成分情報として、原料油中のコア分子の存在量を推定する。また、本発明のより好ましい態様によれば、ステップ(1)において、原料油の各構成成分を、総環数、芳香族環数およびナフテン環数を含む構造因子に基づいて適宜簡略化(ランピング:ramping)する。
【0058】
上記のステップS1~ステップS4により、多成分混合物を構成する各成分について、必要となる分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
【0059】
なお、ステップS1~S4により、JACDを用いて特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各構成成分の物性値を取得してもよい。このような物性値は、コーク生成量に加えて、生成油の性状を予測するために使用することができる。これらの物性値は、上記のようにして特定された多成分混合物の各成分の分子構造について、全石油分子データベース(Comcat)を用いて特定することが好ましい。
【0060】
Comcatとは、JACDと各物性値とが紐付けられた「JACD-物性値データベース」のことである。該データベースへの登録分子数は、約2,500万件であり、石油に含まれる全成分は、すべてComcatに含まれる分子から構成されると仮定したモデル系解析において、利用可能である。
【0061】
ステップ(2):総環数が4以上であるコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)の構成成分情報に基づき、コーク生成量を算出するステップ
本発明の一実施態様によれば、総環数が4以上であるコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)の存在割合または存在量を指標として、コーク生成量を算出する。上述のような特定のシングルコア分子およびダブルコア分子の原料油中の存在割合または存在量は、コーク生成量と相関しうることから、高精度のコーク生成量の推算において有利に利用することができる。
【0062】
また、総環数が4以上、好ましくは総炭素数が5以上、より好ましくは総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および、総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下であるコア分子は特にコークへの変換率が高いことから、コーク生成量の算出の指標とする上で好ましい。したがって、本発明の好ましい態様によれば、ステップ(2)において、上述のような総環数を有するコア分子はいずれも、コークに変換されるものと推定する。
【0063】
原料油の上記コア分子の存在量と、コーク生成量との相関関係は、原料油(種類、性質等)および流動接触分解装置類における反応条件(反応温度、触媒の種類、触媒/油比等)毎に、変動しうる。したがって、本発明の一実施態様によれば、ステップ(2)においては、コーク生成量を、原料油およびその反応条件毎に予め設定された回帰係数または相関曲線を用いて算出することが好ましい。
【0064】
本発明の一実施態様によれば、原料油は、軽質油または重質留分のいずれであってもよいが重質留分であることが好ましい。より具体的には、原料油は、脱硫常圧残油(DSAR)や脱硫減圧軽油(DSVGO)等の脱硫重質油等が挙げられるが、好ましくは脱硫常圧残油(DSAR)、脱硫減圧軽油(DSVGO)またはそれらの組合せである。
【0065】
本発明の一実施態様によれば、原料油における密度は、特に限定されないが、好ましくは0.8~1.0であり、より好ましくは0.85~0.97であり、より一層好ましくは0.88~0.95である。
【0066】
本発明の一実施態様によれば、原料油における残留炭素分は、好ましくは0.1~6.0質量%であり、より好ましくは1.0~6.0質量%であり、より一層好ましくは2.0~6.0質量%である。
【0067】
本発明の一実施態様によれば、上記反応条件に関して規定される触媒の種類は、特に限定されず、バナジウム、ニッケル、亜鉛、鉄またはコバルト等が挙げられるがこれらに限定されない。流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、バナジウム、亜鉛、ニッケル、鉄またはコバルトを担持した触媒(特開2003-27065号公報等)、バナジウム金属をモレキュラーシーブの小孔内にカチオン種として導入したゼオライトを含有する触媒(特許第3545652号公報等)、さらには、バナジウム金属とともにランタン、セリウム等の希土類元素をモレキュラーシーブの小孔内に導入したゼオライトを含有する触媒(特許第3550065号公報等)等を用いてもよい。
【0068】
本発明の一実施態様によれば、流動接触分解装置類における触媒/油比は、特に限定されないが、流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、好ましくは4~9であり、より好ましくは4~8であり、より一層好ましくは5~7.5である。
【0069】
本発明の一実施態様によれば、流動接触分解装置類における反応温度は、特に限定されないが、流動接触分解反応の効率的な実施の観点からは、好ましくは430~550℃であり、より好ましくは500~550℃であり、より一層好ましくは520~540℃である。
【0070】
本発明の上記推算方法は、製油所の収益向上を図る観点から、流動接触分解装置類の運転条件の調整において利用することが可能である。したがって、好ましい態様によれば、本発明の上記方法により得られるコーク生成量の推算値に基づいて流動接触分解装置類の運転条件を設定する、流動接触分解装置類の運転方法が提供される。
【0071】
本発明において、コーク生成量を推算する一連の処理は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0072】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0073】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0074】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0075】
<流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置およびシステム>
次に、
図3を参照して、本発明の流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置の一実施形態を説明する。
図3は、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置の機能ブロック図である。
図3では、情報の入力および出力を行うインタフェースの図示を省略している。
【0076】
図3において、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置1は、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求める原料油分析部10、
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、上記コーク生成量を算出するコーク生成量算出部20
を備える。
【0077】
原料油分析部10は、イオン化部11と、構成成分情報分析部12とから構成することができる。イオン化部11は、APPI法、Ag-ESI法、LDI法、およびAg-LDI法等の種類を選択できるように単数または複数のイオン化装置を備えていてもよく、イオン化装置は、シリンジ、ネブライザー(Nebulizer)、ベイポライザー(Vaporizer)、ランプ(UVランプ等)を備え、キャピラリー等によりFT-ICR-MSの本体部分の質量分析計に接続していてもよい。
【0078】
また、構成成分情報分析部12は、FT-ICR-MSと、石油成分についての情報がデータベースとして格納された記憶部と、演算部とから構成することができ、FT-ICR-MSにより取得された各成分の情報と、記憶部に格納された情報とに基づき、演算部においてシングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を分析することができる。演算部および記憶部には、例えば、本出願人による特開2014-218643号公報および特表2020-502495号公報に記載のデータベースおよびプログラム(JACD (ジャックディー)(Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)等)が記憶され、コア分子、コア分子の側鎖および脂肪族分子の構造および存在量を含む原料油の構成成分情報の分析を実施することができる。
【0079】
コーク生成量算出部20では、構成成分情報分析部12から取得される総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報からコーク生成量を算出する。コーク生成量算出部20は、必要とされる情報がデータベースとして格納された記憶部と、上記情報に基づいてコーク生成量を算出する演算部とから構成されていてもよい。また、コーク生成量算出部20は、構成成分情報分析部12と接続する別体として構成してもよく、構成成分情報分析部12と一体的に構成してもよい。
【0080】
本発明の一実施態様によれば、コーク生成量算出部20において、総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下から選択される少なくとも一つの総炭素数とナフテン環数の組合せを有する上記各コア分子の存在割合または存在量を指標として、コーク生成量を算出する。また、好ましい態様によれば、本発明の好ましい態様によれば、コーク生成量算出部20において、総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下から選択される少なくとも一つの総炭素数とナフテン環数の組合せを有する上記各コア分子はいずれも、コークに変換されるものと推定する。
【0081】
コーク生成量算出部20には、原料油およびその反応条件毎に、上記各コア分子と、コーク生成量に関す回帰係数ないし相関曲線を予め記録しておくことが好ましい。かかる回帰係数ないし相関曲線は、上記各コア分子の構成成分情報、原料油およびその反応条件に基づき、コーク生成量を算出する上で有利に利用することができる。
【0082】
上記装置は、複数のユニットが結合したシステムとして構成してもよい。したがって、本発明の別の態様によれば、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算システムであって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求める原料油分析部、および
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、コーク生成量を算出するコーク生成量算出部
を含むシステムが提供される。
【0083】
本発明において、コーク生成量を推算する一連の処理は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0084】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0085】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0086】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0087】
また、本発明の一実施態様によれば、以下が提供される。
[1]流動接触分解装置類におけるコーク生成量をコンピュータにより推算する方法であって、
(1)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)を用いる原料油分析の結果に基づいて、シングルコア分子およびダブルコア分子に分類される原料油中の各コア分子の構成成分情報を求めるステップ、および
(2)総環数が4以上である上記各コア分子の構成成分情報に基づき、上記コーク生成量を算出するステップ
を含む、方法。
[2]上記流動接触分解装置類が、流動接触分解(FCC)装置または残油流動接触分解(RFCC)装置である、[1]に記載の方法。
[3]ステップ(1)における上記原料油中のコア分子の構成成分情報が、原料油中のシングルコア分子およびダブルコア分子の存在量または存在割合を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4]ステップ(1)が、上記原料油中のシングルコア分子およびダブルコア分子を、総環数、芳香族環数およびナフテン環数を含む構造因子に基づいてランピングすることを含む、[1]または[2]に記載の方法。
[5]ステップ(2)が、上記コーク生成量を、原料油およびその反応条件毎に予め設定された回帰係数を用いて算出することを含む、[1]または[2]に記載の方法。
[6]ステップ(2)において、総環数が4以上である上記コア分子が、コークに変換されるものと推定する、[1]または[2]に記載の方法。
[7]ステップ(2)の上記各コア分子における総炭素数とナフテン環数の組合せが、総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下から選択される少なくとも一つのものである、[1]または[2]に記載の方法。
[8]上記原料油の密度が0.8~1.0である、[1]または[2]に記載の方法。
[9]上記原料油における残留炭素分が0.1~6.0量%である、[1]または[2]に記載の方法。
[10]上記原料油は軽質留分または重質留分である、請求項1または2に記載の方法。
[11]上記流動接触分解装置類の反応温度が430~550℃である、[1]または[2]に記載の方法。
[12]上記流動接触分解装置類における触媒/油比が4~9である、[1]または[2]に記載の方法。
[13][1]または[2]に記載の方法により得られるコーク生成量の推算値に基づいて運転条件を設定する、流動接触分解装置類の運転方法。
[14][1]または[2]に記載の方法を実行させるためのコンピュータプログラムまたは当該コンピュータプログラムを記録した記録媒体。
[15][14]に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
[16][14]に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶した、流動接触分解装置類におけるコーク生成量の推算装置。
【0088】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的にまたは個別に実行されてもよい。本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
【実施例0089】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0090】
試験例1:RFCC装置による原料油の分解試験
(1)RFCC装置およびサンプルの準備
DSAR、DSVGO、それらの混合物を含む複数の原料油をRFCCベンチ装置にて処理し、得られた生成油を常圧蒸留条件下で分留し、原料油の組成との相関を解析した。原料油の一部を表2に示す。
【0091】
【0092】
次に、
図4の模式図に示されるRFCCベンチ装置(流動床式)を用いて、原料油の流動接触分解試験を実施した。
【0093】
始めに、再生塔に所定量の触媒をセットし、続いて系内を窒素ガス、再生塔を空気で加圧状態にして触媒循環を確立させた。系内を所定の反応温度に、再生塔は触媒再生温度に昇温させた。目標温度に到達した後、所定量の原料油を噴霧した。触媒循環量が所定の触媒/油比(Cat/Oil=C/O)に安定した時点から生成油の回収を開始した。生成物はフラクショネーターで気液分離を行い、液成分はレシーバーより回収する。触媒は再生塔にて触媒再生を行いながら循環と反応を継続し、所定量の生成油液成分が回収できるまで試験を継続した。なお、触媒再生過程で生じる排出ガスは再生塔より排出される。
【0094】
試験は表3に示す反応条件を含む複数の反応条件で行い、コーク生成量を測定した。なお、コーク生成量は、再生塔から排出される排出ガス中の二酸化炭素を測定して、その結果より算出した。
【0095】
【0096】
また、RFCCベンチ装置にて処理し、得られた生成油を常圧蒸留条件下でLPG、FCCガソリン、LCO、HCO、スラリーオイルおよびクラリファイド重油に分留し、各蒸留画分を取得した。
【0097】
また、原料油および各蒸留画分について、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICR-MS)を用いて、成分の同定を行った。なお、FT-ICR-MS測定では、親イオン(ParentIon)を観測するモードと娘イオン(DaugHTEr Ion)を観測するモードを併用し、JACDコードに変換した。
【0098】
ここで、原料油および蒸留画分中の化合物は、「コア構造」「架橋構造」「側鎖構造」「脂肪族」の4種の構造因子にラインピングされる。また、仮の条件として、コア構造はすべてシングルコアに分類した。例えば、ダブルコ分子ア(4環+架橋+5環の構造)は総環数9であるが、シングルコア分子(4環)とシングルコア分子(5環)があるとみなした。
【0099】
次に、反応条件(反応温度、触媒/油比等)、一般性状(残留炭素分、蒸留画分)の異なる複数の原料油毎に、構造因子(コア分子)とコーク生成量の相関を分析した。コークは主に原料油中に含まれる重質コアから生成することから、原料油とHCO留分のコア存在量の差分は、コアの生成量と関連性を有するものと推察される。そこで、原料油とHCO留分のコア存在量の差分を求め、原料油中のコア量と生成油(HCO)中のコア量の差分(原料からのコア減少,wt%)と、コーク生成量の実測値(コーク生成量(実測),wt%)との相関を確認した。
【0100】
分析の結果の一部を
図5に示す。
図5において、横軸はコーク生成量の実測値(コーク量(実測),wt%)を示し、縦軸は原料油中のコア分子の量と生成油(HCO)中のコア分子の量の差分(原料からのCore減少,wt%)を示す。ここで、
図5に示されるコーク生成量の実測値は、コーク生成量の推算モデルが正しく機能する場合には、原料油中に含まれる高い総環数側からのコア分子の量の積算値と等しくなるポイントに相当することから、以下、「HCO留分/コーク生成の境界線」ともいう。
【0101】
図5においては、反応温度520℃、触媒/油比(C/O)=5の反応条件で処理した原料油(DSVGO、DSARおよびDSVGO+DSAR(=3+7))の場合、原料油中の総環数4以上のシングルコア分子(4環+コア)または総環数5以上のシングルコア分子(5環+コア)のコアの減少量と、コーク生成量との相関を示した。
【0102】
上記結果より、HCO留分/コーク生成の境界線もまた3~6環コアの間にあると推測し、各原料油およびHCO留分に含まれるコア分子の芳香族環数とナフテン環数との比(芳香族環数/ナフテン環数)をさらに確認し、各原料油およびそのHCO留分との間の差異を比較した。
【0103】
その結果、原料油の総環数が4以上のコア分子は、HCO留分において大幅に減少していることから、総環数が4以上のコア分子はコーク等に移行しているものと推察された。特に、総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および、総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下であるコア分子は、HCO留分において大幅に減少していた。
一方で、原料油の芳香族環数/ナフテン環数の高いコア分子の存在量は原料油とHCO留分でほぼ同等であったことから、見掛け上の分解反応は発生していないことが分かった。
【0104】
上記解析の結果から、HCO留分/コーク生成の境界線は原料油に含まれるコア分子の種類および量に影響を受け、芳香族環とナフテン環の反応性に違いがあることを見出した。
【0105】
また、上述のような仮の条件では、シングルコア分子モデルにおける5環を例にとると、コア5環(シングルコア)とコア2環+架橋+コア3環(ダブルコア)を同一と見なしている。原料油のシングル/ダブルコアの存在量の違いを表4に示す。
【0106】
【0107】
DSVGOのシングル/ダブルコアの比率はおおよそ80/20であるのに対し、DSARのシングル/ダブルコアの比率はおおよそ50/50であり、両者のHCO留分/コーク生成の境界線を引くための仮定が異なる可能性があることが分かった。そこで、コアをシングル/ダブルコアに分類し、HCO留分/コーク生成の境界線を再解析した。
【0108】
3種類の原料油(反応温度520℃、触媒/オイル比=5)の総環数とシングル/ダブルコアの存在量を
図6に示す。
図6において、「Feed」は原料油を意味し、「HCO」はHCO留分を示す。
図6Aに示される軽質な原料油DSVGOには重質なシングルコアが含まれていないことから、DSVGOでは比較的軽質なコア同士が重合してコーク移行していると考えられる。一方、
図6Cに示される重質な原料油DSARを用いた場合、DSAR中に含まれる残留炭素に相当すると思われる重質コア総環数9~10環以上かつダブルコアの存在量が反応前後で変化していることから、これらが主にコーク移行したと推測される。
【0109】
原料油の密度とHCO留分/コーク生成の境界線の関係をシングル/ダブルコアモデルで整理した結果を
図7に示す。シングルモデル(
図5参照)では軽質な原料油ほど境界となる環数が低環数側にシフトしていたが、シングル/ダブルコアモデルに変更後も同じ傾向であった。しかしながら、シングルコアモデルにおける境界線は総環数4~5環の間にあるの対し、シングル/ダブルコアモデルでは総環数が4環以上の範囲、より具体的には5~7環の間に存在しうることが分かった。
【0110】
また、目的変数:コア境界線、説明変数;各種条件として回帰分析を行った。ここで、原料油の芳香族環数/ナフテン環数により反応比率は固定比率で検討を行い、ペトロリオミクス技術のJACDを用いたHCO留分/コーク生成の境界線モデルを構築した。コア分子は、ナフテン環0個の場合は100%HCO移行し、ナフテン環1個の場合は50%がHCOに移行して50%がコーク移行し、ナフテン環2個以上の場合は100%コークに移行することと仮定した。原料油以外にも各種条件を変更したベンチ試験のHCO留分/コーク生成の境界線を解析したところ、境界線の変化の範囲は、総環数4~7環であった。
【0111】
上記結果に基づき、反応条件(反応温度、触媒/油比等)、一般性状(残留炭素分、蒸留画分)、金属量(ニッケルなど)の異なる複数の原料油毎に、原料油における総環数が4以上であるコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子:総炭素数が5以上かつナフテン環が2以上、総炭素数が8以上かつナフテン環が2、および、総炭素数が9以上かつナフテン環が1以下であるコア分子)の量に基づきコーク生成量を推算し、実測値と比較した。
【0112】
表5では、反応温度520℃、触媒/油比(C/O)=5の反応条件で処理した原料油における結果を示す。さらに、
図8では、コーク生成量の推算値と、実測値の相関関係を示す。コーク生成量の推算値と、実測値とはほぼ一致していた。
【0113】
【0114】
以上の結果から、原料油における総環数が4以上であるコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)の構成成分情報と、コーク生成量とは相関を示し、回帰直線を予め作成しておくことにより、原料油からのコーク生成量を推算することができることが確認された。
本発明によれば、FT-ICR-MSにより得られる原料油のコア分子(シングルコア分子およびダブルコア分子)の構成成分情報を組合せて用いて、流動接触分解装置類におけるコーク生成量を高精度で推算することができる。流動接触分解装置類におけるコーク生成量を高精度に推算することは、石油精製設備の運転の安定性および運転効率を飛躍的に向上させることに寄与するものである。