(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052561
(43)【公開日】2024-04-11
(54)【発明の名称】溶接構造物用厚鋼板及びその製造方法、溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法、並びに溶接構造物
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240404BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20240404BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240404BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/14
C22C38/58
C21D8/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023143441
(22)【出願日】2023-09-05
(31)【優先権主張番号】P 2022157702
(32)【優先日】2022-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥城 賢士
(72)【発明者】
【氏名】室田 康宏
(72)【発明者】
【氏名】和田 裕
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB02
4K032CD05
4K032CD06
(57)【要約】 (修正有)
【課題】板厚中心部の偏析を制御することで、低温割れが抑制可能な溶接構造用厚鋼板及びその製造方法、溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法、並びに溶接構造物を提供する。
【解決手段】C、Si、Mn、P、S、Al、Ti、Nを含有し、Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、板厚中央部におけるMn成分濃化部の面積割合が3%以下、板厚中央位置の板厚方向の試験温度0℃でのシャルピー吸収エネルギーvE0が27J以上、降伏強さが325~750N/mm
2、引張強さが490~930N/mm
2で降伏比が90%以下の溶接構造用厚鋼板である。溶接部欠陥発生予測モデルに基づき、溶接仕様を入力し、溶接部の欠陥発生率が所望の値に漸近する又は所望の値の範囲内となるように厚鋼板の製造仕様を取得する厚鋼板の製造仕様取得ステップと、厚鋼板の製造仕様を用いて厚鋼板を製造する製造ステップとを有する溶接構造用厚鋼板の製造方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.03~0.16%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.8~3.0%、
P :0.015%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.005~0.100%、
Ti:0.004~0.030%、
N :0.0015~0.0065%を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
板厚中央部におけるMn成分濃化部の面積割合が3%以下であり、
板厚中央位置の板厚方向の試験温度0℃でのシャルピー吸収エネルギーvE0が27J以上であり、
降伏強さが325~750N/mm2、及び引張強さが490~930N/mm2で降伏比が90%以下であることを特徴とする溶接構造物用厚鋼板。
ここで、Mn成分濃化部とは、板厚中央部を含む分析視野において、鋼板のMn濃度がレードルにおける溶鋼のMn成分分析値の1.2倍以上となる領域とする。
【請求項2】
前記成分組成として、さらに、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Ni:0.01~2.50%、
Cr:1.5%以下、
Mo:1.0%以下、
Nb:0.1%以下、
V :0.2%以下、
Ca:0.005%以下、
REM:0.02%以下、
Mg:0.005%以下、
B :0.005%以下、から選択される1または2以上を含有することを特徴とする
請求項1に記載の溶接構造物用厚鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の溶接構造物用厚鋼板の製造時に、厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械的特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、事前に機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルに基づき、特定の溶接仕様を入力し、溶接部の欠陥発生率が所望の値に漸近するような、又は前記所望の値の範囲内となるように厚鋼板の製造仕様を取得する厚鋼板の製造仕様取得ステップと、前記厚鋼板の製造仕様取得ステップで取得された厚鋼板の製造仕様を用いて厚鋼板を製造する製造ステップと、を有することを特徴とする溶接構造物用厚鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載された溶接構造物用厚鋼板の製造時における溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法であって、
厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械的特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、機械学習により学習し、溶接部の欠陥発生の予測モデルを生成することを特徴とする溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の溶接構造物用厚鋼板を用いて、単層又は多層盛りアーク溶接されていることを特徴とする溶接構造物。
【請求項6】
前記溶接構造物は、ボックス柱であって、前記厚鋼板をフランジ側の鋼板に用いて、単層又は多層盛りサブマージアーク溶接されていることを特徴とする請求項5に記載の溶接構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土木、建築および橋梁分野の溶接構造物に使用され、入熱15~1200kJ/cmの広い条件の溶接性に優れ、降伏強さ325MPa以上、引張強さ490MPa以上を有し、降伏比が90%以下、板厚中心位置の板厚方向の試験温度0℃のシャルピー吸収エネルギーの平均が27J以上の厚鋼板、その厚鋼板の製造方法、溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法及びその厚鋼板を使用する溶接構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、溶接構造物の大型化に伴い、鋼板の高強度化や厚肉化が進められている。同時に、構造物の施工能率向上と施工コストの低減の観点から溶接効率の向上が求められ、大入熱溶接の適用範囲が拡大している。例えば、高層建築物に用いられるボックス柱では、サブマージアーク溶接やエレクトロスラグ溶接などの溶接入熱が400kJ/cmを超えるような超大入熱溶接が適用されている。
例えば、高層建築構造物に適用される柱は、4枚の長い鋼板(スキンプレート)をボックス柱形状になるように長辺角部を溶接し、さらに梁が溶接される予定になっている箇所には、強度を確保するために柱内にダイヤフラムを溶接しておくことによって製造される。これらの溶接を行う場合、施工効率の向上や施工時間の短縮を図るため、一パスでの溶接が望まれる。そこで、スキンプレート間の溶接となる角部溶接では入熱量が最大600kJ/cm程度の大入熱サブマージアーク溶接が行われる。また、スキンプレートとダイヤフラムとの溶接では入熱量が400~1200kJ/cm程度の大入熱エレクトロスラグ溶接が行われるようになってきている。しかし、大入熱溶接を行うと、溶接熱影響部(HAZ)の金属組織が粗大化することにより、溶接部の靭性が劣化する問題があり、さらに、低温割れや遅れ破壊などの危険がある。
特に、スキンプレート間の溶接となる角部溶接では、スキンプレート用鋼板の中心偏析の延伸する方向と垂直する。すなわち最も中心偏析に対して割れやすい方向にも力が加わるため、低温割れが発生する可能性が高かった。
【0003】
そこで、これらの問題を解決するため、これまでに様々なHAZ靭性を改善する鋼板が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、母材およびHAZの強度が確保しやすいC:0.07~0.09%の鋼に、Moを0.20~0.60%添加して、大入熱溶接HAZ組織をベイナイト単相化し、さらに、Si、Pを低減し、HAZ靭性を向上する技術が開示されている。この技術によれば、溶接熱影響部(HAZ)靭性と耐溶接割れ性に優れた高強度厚鋼板を製造できるとされている。
【0005】
特許文献2には、Ti:0.003~0.02%、B:0.0005~0.0030%、Ca:0.0015~0.0030%、N:0.0040~0.008%に合金元素を制御することにより、TiNやBN等の窒化物が微細分散することが開示されている。粗大なCa含有介在物および板厚方向靭性に有害な展伸したMnS系介在物を抑制し、さらにCの中心偏析を抑制し、溶接熱影響部(HAZ)での板厚方向(Z方向)の靭性を確保する技術が紹介されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-208213号公報
【特許文献2】特開2009-221522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献に開示された従来技術には、以下のような問題がある。
【0008】
特許文献1には、今回の課題である厚さ方向の靭性に関する記載はない。
【0009】
特許文献2には、厚さ方向の靭性を求めることは困難であるため、実際に評価することなく、製造制御によって、品質を担保することが記載されており、いずれの技術も、直接厚さ方向の靭性を評価することがないため、正確な低温割れに対する解決ができなかった。
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記の問題点に鑑み開発したものであって、板厚中心部の偏析を制御することで、低温割れを抑制可能な溶接構造用厚鋼板及びその製造方法、溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法、並びに溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは上記課題を解決するために、溶接構造物用厚鋼板において、鋼板中心偏析と溶接熱影響部(HAZ)の低温割れの要件について鋭意検討した。
その結果、低温割れを含む溶接欠陥を発生させずに溶接構造物を製作するには、鋼板の中心偏析の領域を低減させることであることを見出した。一方で、溶接欠陥に至るかどうかの閾値や中心偏析の領域に影響する各種鋼板の製造仕様は単一の因子で決定せず、複雑に影響していることが確認された。
そこで、大量データを用いた機械学習や統計解析によるモデルを構築することで複雑な影響を鑑みることができることができ、最終目的である溶接欠陥を発生させない溶接構造物の製造方法を見出した。
【0012】
上記知見に基づき開発した本発明に係る溶接構造物用厚鋼板は、以下のように構成される。
[1]質量%で、C:0.03~0.16%、Si:0.50%以下、Mn:0.8~3.0%、P:0.015%以下、S:0.0050%以下、Al:0.005~0.100%、Ti:0.004~0.030%、N:0.0015~0.0065%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、板厚中央部におけるMn成分濃化部の面積割合が3%以下であり、板厚中央位置の板厚方向の試験温度0℃でのシャルピー吸収エネルギーvE0が27J以上であり、降伏強さが325~750N/mm2、及び引張強さが490~930N/mm2で降伏比が90%以下の溶接構造物用厚鋼板である。ここで、Mn成分濃化部とは、板厚中央部を含む分析視野において、鋼板のMn濃度がレードルにおける溶鋼のMn成分分析値の1.2倍以上となる領域とする。
[2]上記の[1]において、前記成分組成として、さらに、質量%で、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~2.50%、Cr:1.5%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.2%以下、Ca:0.005%以下、REM:0.02%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、から選択される1または2以上を含有する溶接構造物用厚鋼板である。
【0013】
上記知見に基づき開発した本発明に係る溶接構造物用厚鋼板の製造方法およびその厚鋼板の製造時における溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法は、以下のように構成される。
[3]上記の[1]又は[2]の溶接構造物用厚鋼板の製造時に、厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、事前に機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルに基づき、特定の溶接仕様を入力し、溶接部の欠陥発生率が所望の値に漸近するような、又は前記所望の値の範囲内となるように厚鋼板の製造仕様を取得する厚鋼板の製造仕様取得ステップと、前記厚鋼板の製造仕様取得ステップで取得された厚鋼板の製造仕様を用いて厚鋼板を製造する製造ステップと、を有する溶接構造物用厚鋼板の製造方法である。
[4]上記の[1]又は[2]に記載された溶接構造物用厚鋼板の製造時における溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法であって、厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械的特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、機械学習により学習し、溶接部の欠陥発生の予測モデルを生成する溶接部欠陥発生予測モデルの生成方法である。
【0014】
上記知見に基づき開発した本発明に係る溶接構造物は、以下のように構成される。
[5]上記の[1]又は[2]の溶接構造物用厚鋼板を用いて、単層又は多層盛りアーク溶接されている溶接構造物である。
[6]上記の[5]において、前記溶接構造物は、ボックス柱であって、前記厚鋼板をフランジ側の鋼板に用いて、単層又は多層盛りサブマージアーク溶接されている溶接構造物である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、最大100mmまでの板厚範囲において325MPa以上の降伏強さ、490MPa以上の引張強さであって90%以下の低降伏比、板厚中心位置の板厚方向の試験温度0℃のシャルピー吸収エネルギーの平均が27J以上の靭性を有し、大入熱溶接熱影響部および小入熱多パス溶接部において耐溶接割れ性に優れた厚鋼板を製造することが可能となる。そのため、溶接構造物における溶接施工効率の向上に大きく寄与し、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】溶接構造物の角部における溶接継手の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板について説明する。
<厚鋼板の化学成分>
厚鋼板の成分組成は、質量%で、C:0.03~0.16%、Si:0.50%以下、Mn:0.8~3.0%、P:0.015%以下、S:0.0050%以下、Al:0.005~0.100%、Ti:0.004~0.030%、N:0.0015~0.0065%の範囲で含有させる。以下で各成分を説明する。以下の説明において、成分の含有量を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0018】
C:0.03%以上0.16%以下
Cは、鋼の強度を増加させ、構造用鋼材として必要な強度を確保するのに有用な元素である。他の合金元素の添加量を必要最小限に抑えるために、C含有量は、0.03%以上とする。一方、C含有量が0.16%を超えると耐溶接割れ性の低下、HAZ靭性の低下が顕著になる。そのため、C含有量は0.03%以上0.16%以下の範囲とする。
【0019】
Si:0.50%以下
Siは、脱酸材として機能するとともに、母材強度を高める効果を有する元素である。前記効果を得るために、Si含有量は0.01%以上とするのが好ましい。一方、Si含有量が0.50%を超えると、島状マルテンサイトの生成が促進され、靭性や溶接性の低下が顕在化する。そのため、Si含有量は0.50%以下とする。好ましくは、Si含有量は0.35%以下である。
【0020】
Mn:0.8%以上3.0%以下
Mnは、鋼の強度を増加させる効果を有する元素である。大入熱溶接熱影響部のミクロ組織中の島状マルテンサイトが低減し、組織が微細化することで靭性を確保するとともに、325MPa以上の母材の降伏強さを確保するため、Mn含有量は0.8%以上とする。好ましくは、Mn含有量は1.5%以上とする。一方、Mn含有量が3.0%を超えると、母材の靭性および溶接熱影響部靭性が著しく劣化する。そのため、Mn含有量は3.0%以下とする。好ましくは、Mn含有量は2.8%以下である。
【0021】
P:0.015%以下
Pは、HAZ組織において島状マルテンサイトに濃化し、島状マルテンサイトの生成を助長するため、HAZ靭性を低下させる。そのため、HAZ靭性を向上させるためにはPを低減することが好ましい。よって、P含有量は0.015%以下とする。好ましくは、P含有量が0.006%以下とすることによってHAZ靭性の向上効果が顕著となる。
【0022】
S:0.0050%以下
Sは、母材の低温靭性を劣化させる元素であり、できるだけ低減することが好ましい。S含有量が0.0050%を超えると、低温靭性の劣化が顕著となるため、S含有量は0.0050%以下とする。好ましくは、S含有量は0.0030%以下である。
【0023】
Al:0.005%以上0.100%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、高張力鋼の溶鋼脱酸プロセスにおいて、もっとも汎用的に使われる。また、Alは、鋼中のNをAlNとして固定し、母材の靭性向上に寄与する。前記効果を得るために、Al含有量は0.005%以上とする。好ましくは、Al含有量は、0.010%以上とする。一方、Al含有量が0.100%を超えると、母材の靭性が低下するとともに、溶接時に溶接金属部にAlが混入して、溶接金属部の靭性が劣化する。そのため、Al含有量は0.100%以下とする。好ましくは、Al含有量は0.070%以下である。
【0024】
Ti:0.004%以上0.030%以下
Tiは、Nとの親和力が強く、凝固時にTiNとして析出する。高温でも安定なTiNのピンニング効果により、大入熱溶接熱影響部でのオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制し、溶接熱影響部の靭性を向上させることができる。前記効果を得るために、Ti含有量は、0.004%以上とする。好ましくは、Ti含有量は0.006%以上とする。一方、Ti含有量が0.030%を超えると、TiN粒子が粗大化し、オーステナイト粒の粗大化抑制効果が飽和する。そのため、Ti含有量は0.030%以下とする。好ましくは、Ti含有量は0.025%以下である。
【0025】
N:0.0015%以上0.0065%以下
Nは、TiNを確保するために必要な元素であり、0.0015%未満では十分なTiN量が確保できない。そのため、N含有量は0.0015%以上とする。好ましくは、N含有量は、0.0030%以上とする。一方、N含有量が0.0065%を超えると、固溶N量の増加により、母材および溶接部の靭性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.0065%以下とする。好ましくは、N含有量は0.0060%以下とする。
【0026】
以上が実施形態に係る厚鋼板の成分組成の基本構成であるが、任意に、さらに、下記の成分組成から選択される1または2以上を含有することができる。
Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~2.50%、Cr:1.5%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.2%以下、Ca:0.005%以下、REM:0.02%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下。
【0027】
Cu:0.01%以上1.00%以下
Cuは、高靭性を保ちつつ強度を増加させることが可能な元素である。加えてCuは、大入熱溶接熱影響部の靭性への影響も小さいため、高強度化に有用な元素である。Cuを含有する場合には、前記効果を得るために、Cu含有量を0.01%以上とする。好ましくは、Cu含有量は0.10%以上とし、より好ましくは0.20%以上とする。一方、Cu含有量が1.00%を超えると熱間脆性を生じて鋼板の表面性状が劣化するため、Cu含有量は1.00%以下とする。好ましくは、Cu含有量は0.70%以下とする。
【0028】
Ni:0.01%以上2.50%以下
Niは、Cuと同様、高靭性を保ちつつ強度を増加させることが可能な元素である。加えてNiは、大入熱溶接熱影響部の靭性への影響も小さいため、高強度化のために有用な元素である。Niを含有する場合には、前記効果を得るために、Ni含有量は0.01%以上とする。好ましくは、Ni含有量は0.10%以上とし、より好ましくは0.20%以上とする。一方、Ni含有量が2.50%を超えると、添加効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利になる。そのため、Ni含有量は2.50%以下とする。好ましくは、Ni含有量は1.7%以下とする。
【0029】
Cr:1.5%以下
Crは、鋼の強度向上に寄与する元素であり、所望する強度に応じて任意に含有できる。しかし、Cr含有量が1.5%を超えると大入熱溶接熱影響部靭性が劣化するため、Crを含有する場合、Cr含有量は1.5%以下とする。なお、Crによる強度向上効果を得るという観点からは、Cr含有量は0.05%以上とすることが好ましい。
【0030】
Mo:1.0%以下
Moは、Crと同様、鋼の強度向上に寄与する元素であり、所望する強度に応じて任意に含有できる。しかし、Mo含有量が1.0%を超えると大入熱溶接熱影響部の靭性が劣化するため、Moを含有する場合、Mo含有量は1.0%以下とする。なお、Moによる強度向上効果を得るという観点からは、Mo含有量は0.05%以上とすることが好ましい。
【0031】
Nb:0.1%以下
Nbは、Cr、Moと同様、鋼の強度向上に寄与する元素であり、所望する強度に応じて任意に含有できる。しかし、Nb含有量が0.1%を超えると母材靭性および大入熱溶接熱影響部の靭性が劣化するため、Nbを含有する場合、Nb含有量は0.1%以下とする。なお、Nbによる強度向上効果を得るという観点からは、Nb含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0032】
V:0.2%以下
Vは、Cr、Mo、Nbと同様、鋼の強度向上に寄与する元素であり、所望する強度に応じて任意に含有できる。しかし、V含有量が0.2%を超えると大入熱溶接熱影響部の靭性が劣化するため、Vを含有する場合、V含有量は0.2%以下とする。なお、Vによる強度向上効果を得るという観点からは、V含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
【0033】
Ca:0.005%以下
Caは、結晶粒が微細化することによって、靭性が向上する効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有できる。しかし、Ca含有量が0.005%を超えると、添加効果が飽和するため、Caを含有する場合、Ca含有量は0.005%以下とする。なお、Caによる靭性向上効果を得るという観点からは、Ca含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0034】
REM:0.02%以下
REM(希土類金属)は、Caと同様に靭性が向上する効果を有しており、所望する特性に応じて任意に含有できる。しかし、REM含有量が0.02%を超えると、添加効果が飽和するため、REMを含有する場合、REM含有量は0.02%以下とする。なお、REMによる靭性が向上する効果を得るという観点からは、REM含有量は0.002%以上とすることが好ましい。
【0035】
Mg:0.005%以下
Mgは、Caと同様に結晶粒が微細化することによって、靭性が向上する効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有できる。しかし、Mg含有量が0.005%を超えると、添加効果が飽和するため、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.005%以下とする。なお、Mgによる靭性向上の効果を得るという観点からは、Mg含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0036】
B:0.005%以下
Bは、焼入れ性を向上させることにより、鋼の強度を向上させる作用を有する元素である。また、Bは、大入熱溶接時には、溶接熱影響部において固溶窒素を窒化物として固着することにより靭性を向上させる効果を有している。しかしB含有量が0.005%を超えると、焼入れ性が過度に高くなり、母材の靭性および延性が低下する。そのため、Bを含有する場合、B含有量を0.005%以下とする。好ましくは、B含有量は0.002%以下とする。なお、Bの添加効果を得るという観点からは、B含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
【0037】
Ceq:0.90%以下
炭素等量Ceqは、C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14で計算され、所望の強度に合わせて、各種合金元素を添加することが好ましい。Ceqが0.90%を超えると耐溶接割れ性の低下、HAZ靭性の低下が顕著になる。そのため、Ceqは0.90%以下とすることが好ましい。
Pcm:0.35%以下
溶接割れ感受性組成Pcmは、C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5Bで計算される。Pcmが0.35%を超えると低温割れ感受性が高まり、溶接金属に割れが発生しやすくなるため、Pcmは0.35%以下とすることが好ましい。
本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の化学組成は、上記の元素を含有し、残部はFe及び不可避的不純物である。
【0038】
<厚鋼板の金属組織と機械的特性>
次に、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の金属組織について説明する。
板厚中央部におけるMn成分濃化部の面積割合:3%以下
鋼板の金属組織は特定しないが、板厚中央部の成分濃化部の面積は小さくする。ここで、Mn成分濃化部とは、板厚中央部を含む分析視野において、鋼板のMn濃度がレードルにおける溶鋼のMn成分分析値の1.2倍以上となる領域とする。
鋼板の板幅中央と板厚中央から、長手方向と板厚方向が断面となるように、それぞれ試験片を採取し金属組織を評価した。
電子線マイクロアナライザ(EPMA)により試験片の化学元素の解析を行う。化学元素解析は、板厚中央を中心とし板厚方向5mm×10mm視野を対象とする。その定められた視野において、試験片表面を電解研磨した後、加速電圧20kV、ビーム形状の長さ20μmの帯状、ステップ20μmの条件で、Mn濃度を測定した。視野内における250点×500点のうち、Mn濃度がレードルにおける溶鋼のMn成分分析値の1.2倍以上となる位置を成分濃化部(介在物含む)と定め、10250点の成分濃化部面積の割合を求める。
【0039】
板厚中央に成分濃化部が存在するとき、成分濃化部の合金成分が多いため焼入れ性が高くなる。そのため、変態温度も低下する。FEM(有限要素法)による熱応力解析において、板厚中央位置の物性値を変化させ、変態による熱膨張する温度を低下させた場合、熱応力は増加することが確認された。
そこで、板厚中央部におけるMn成分濃化部面積の割合が3%を超える鋼板を用いて角部溶接を行うと、低温割れが発生する可能性が著しく高いため、Mn成分濃化部面積の割合は3%以下とする。
【0040】
また、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板とは、板厚が12mm以上の鋼板をいう。
【0041】
板厚中央位置の板厚方向の試験温度0℃でのシャルピー吸収エネルギーvE0:27J以上
本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の靭性は、板厚中央位置で評価する。板厚中央位置にVノッチを入れた、板厚方向の靭性のシャルピー特性vE0(0℃におけるシャルピー衝撃試験値)は27J以上である。
ボックス柱角部を溶接し、FEM(有限要素法)によって、溶接部の熱応力を解析した。その結果、溶接による入熱によって、熱応力が発生し、フランジ側の板厚中央位置に、板厚方向に大きな熱応力がかかることを見出した。
そのため、板厚中央位置の板厚方向の靭性vE0が27J未満の場合、溶接入熱による熱応力により、フランジ側の板厚中央位置に低温割れが発生する危険性が高くなる。
そこで、板厚中央位置の板厚方向の靭性vE0は27J以上である。なお、板厚が55mm以下の場合、板厚方向にシャルピー試験片を採取することが困難である。その場合は、シャルピー試験片のノッチ位置は板厚中央位置とし、両端に別途鋼材を圧接して、試験片を作成することで、試験が可能となる。
【0042】
降伏強さ:325N/mm2以上750N/mm2以下
本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の降伏強さ(YS)は、特に限定されず、任意の値とすることができる。建築構造用のボックス柱用途を考慮して、厚鋼板の降伏強さは325N/mm2以上750N/mm2以下とする。
【0043】
引張強さ:490N/mm2以上930N/mm2以下
本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の引張強さ(TS)は、特に限定されず、任意の値とすることができる。建築構造用のボックス柱用途を考慮して、厚鋼板の引張強さは490N/mm2以上930N/mm2以下とする。
【0044】
降伏比:90%以下
本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の降伏比(YR)は、特に限定されず、任意の値とすることができる。建築構造物では耐震性の向上が求められ、鋼板母材の塑性変形能確保のために、降伏比(YR)を90%以下の低YRとする。耐震性が必要な場合は、好ましくは、降伏比(YR)は85%以下であり、より好ましくは80%以下である。
なお、ここで降伏比とは、引張強さ(TS)に対する降伏強さ(YS)の比をパーセンテージで表した値、すなわち、YR(%)=(YS/TS)×100を指すものとする。
【0045】
<厚鋼板の製造方法>
次に、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の製造方法を説明する。
【0046】
本実施形態に係る低降伏比で高張力を有する溶接構造物用厚鋼板について、上述した成分組成の鋼素材(熱間圧延素材)の製造方法はとくに限定せず、例えば、上記した組成を有する溶鋼を溶製し、鋳造して製造することができる。前記溶製は、転炉、電気炉、誘導炉等、任意の方法により行うことができる。溶製後の鋳造は、生産性の観点から連続鋳造法で行うことが好ましいが、造塊-分解圧延法により行うこともできる。前記鋼素材としては、例えば、鋼スラブを用いることができる。鋳造されたスラブの厚さは500mm以下とすることが好ましい。
なお、厚鋼板の板厚中央の成分濃化部面積の割合を低減させるためには、鋳造条件が厳格に管理され、スラブの板厚中央付近まで柱状晶組織とし、軽圧下が加えられることが好ましい。なお、スラブ断面のマクロ組織を確認し、柱状晶組織となっていることを観察することができる。
【0047】
鋼素材の温度は、板厚平均温度を指すものとする。なお、製造管理では、板厚を複数に区分し、鋼板表面、1/4t位置、板厚中央の温度の管理を行うことがあるが、本実施形態の表記は、板厚を複数に区分し、管理する場合は全区分の温度の平均を板厚平均温度とする。
【0048】
また、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板は、溶接性に優れる厚鋼板であって、熱処理を行わない熱間圧延で製造する例を示す。なお、板厚中央の厚み方向の靭性、及び板厚中央位置の成分濃化部の面積割合は熱処理によって大きく変化しないため、所望の降伏強さ、引張強さ、及び降伏比を得るために、熱間圧延後の熱処理は実施されてもよい。
【0049】
上記の鋼素材は、熱間圧延に先立って加熱される。加熱は、鋳造などの方法によって得た鋼素材を一旦冷却した後に行ってもよく、また、鋳造により得られた鋼素材は、冷却することなく直接加熱に供することもできる。なお、厚鋼板のミクロ組織や特性は、熱間圧延後の熱処理によって制御することができる。
鋼素材の加熱温度が900℃未満であると、鋼素材の変形抵抗が高いため、熱間圧延における圧延機への負荷が増大し熱間圧延を行うことが困難となる場合がある。そのため、加熱温度は900℃以上とすることが好ましい。一方、加熱温度が1250℃より高いと、鋼の酸化が顕著となり酸化によるロスが増大する結果、歩留まりが低下する。そのため、加熱温度は1250℃以下とすることが好ましい。加熱の後、加熱された鋼素材は熱間圧延され厚鋼板とする。厚鋼板の最終板厚は、19mm以上100mm以下とする。
【0050】
熱間圧延が終了した厚鋼板は、降伏強さ、引張強さ、降伏比に応じて、鋼板が冷却されることもできる。冷却を行う場合の条件は特に限定されないが、空冷、水冷など、任意の方法で冷却を行うことができる。水冷としては、水を用いた任意の冷却方法(例えば、スプレー冷却、ミスト冷却、ラミナー冷却など)を用いることができる。冷却温度は、特に限定されないが、例えば、常温(20℃など)以上、700℃以下とすることができる。
【0051】
次に、本実施形態に係る溶接構造物用厚鋼板の製造方法における品質制御を説明する。
上述では、本実施形態の厚鋼板の製造方法の一例を示したが、溶接時の低温割れやすさを示す板厚方向の靭性は前記条件の範囲内でも得られないことがある。一方で、各工程の製造条件が相互に影響することによって板厚方向の靭性は変化するため、板厚方向の靭性を向上可能にする操業管理は非常に困難である。
【0052】
そこで、板厚方向の靭性に影響する鋼板の板厚中央の成分濃化部面積の割合を低減させるためには、鋳造後のスラブの段階で、板厚中央の成分濃化部面積を低減させることが有効である。成分濃化部面積は化学組成、溶鋼鋳込みモールド幅、溶鋼鋳込みモールド厚、溶鋼鋳造速度、鋳造における冷却条件、軽圧下条件、及び電磁攪拌条件などが影響する。
したがって、成分濃化部面積をスラブ段階で低減させるには、鋳造凝固時の組織をスラブ厚中心まで柱状晶にしつつ、凝固末期にスラブに軽圧下を加えることが有効である。ただし、スラブ厚中心まで柱状晶になる条件の推定や、凝固末期がいつかを予測することは影響因子が多く困難である。
【0053】
また、鋳造後のスラブの熱間圧延では、スラブ厚と鋼板厚みの比をより大きくすることにより熱間圧延を高温で行うことや、1パス当たりの圧下量を大きくすることで、スラブの成分濃化部の面積は同一でも板厚中央の結晶粒が細粒化し板厚方向の靭性が向上する。
【0054】
上述のように複雑に相互影響する各製造操業因子を制御する必要がある。そこで、厚鋼板における板厚中心部の偏析を制御することで、溶接構造物の施工における溶接時の低温割れを抑制する厚鋼板を製造するため、溶接部欠陥発生予測モデルを活用する。
そこで、厚鋼板の製造方法における品質制御方法を説明するが、本発明は、目的を達成する限りこの実施形態に限定されるものではない。
【0055】
本実施形態は、厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、事前に機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルに基づき、特定の溶接仕様を入力するとともに、溶接部の欠陥発生率が所望の値に漸近するような、又は前記所望の値の範囲内となるように厚鋼板の製造仕様を取得する厚鋼板の製造仕様取得ステップと、前記厚鋼板の製造仕様取得ステップで取得された厚鋼板の製造仕様を用いて厚鋼板を製造する製造ステップとを有する厚鋼板の製造方法である。
【0056】
まず、厚鋼板の製造仕様の実績、厚鋼板の機械特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルを構築する。
【0057】
ここで、教師データとして用いる厚鋼板の製造仕様の実績は、鋳造工程及び圧延工程の製造実績データを含む。鋳造工程の製造実績は、鋼板の板厚中央の成分濃化部面積に影響する化学組成、溶鋼鋳込みモールド幅、溶鋼鋳込みモールド厚、溶鋼鋳造速度、鋳造における冷却条件、軽圧下条件、及び電磁攪拌条件などである。圧延工程の製造実績は、加熱温度、制御圧延開始温度、制御圧延率、仕上げ圧延温度、制御冷却開始温度、制御冷却終了温度、熱処理有無、熱処理種別、熱処理時加熱温度、熱処理後温度などである。
【0058】
また、教師データとして用いる厚鋼板の機械的特性値は、製品板厚、板厚方向靭性値、降伏強さ、引張強さ、降伏比、伸び、寸法、形状、鋼板成分濃化部の面積割合を含む。
【0059】
また、教師データとして用いる溶接仕様実績は、溶接方法、開先形状、ルートギャップ、予熱温度、電流、電圧、ガス流量、溶接速度、パス数、後熱処理条件などを含む。
【0060】
また、教師データとして用いる溶接部の欠陥発生の実績は、低温割れ、高温割れ、凝固割れを含む。
【0061】
ここで、本実施形態の予測モデルとして、局所回帰、サポートベクターマシン、ニューラルネットワーク、及びランダムフォレストなどの統計手法並びに機械学習モデルを作成する。具体的には、複数若しくは単数のモデルを用い、最も精度の良い組み合わせ若しくは最も精度の良いモデルを選択する。
【0062】
次いで、上記のこれらの実績を教師データとして結びつけられ、構築された溶接部欠陥発生予測モデルに基づいて、特定の溶接仕様を入力して、溶接部の目標欠陥発生率と対比するために用いる溶接部の欠陥発生率の推定値を得る。
入力する溶接仕様は、溶接方法、開先形状、ルートギャップ、溶材の種類、予熱温度、電流、電圧、ガス流量、溶接速度、パス数、後熱処理条件などである。
【0063】
次の厚鋼板の製造仕様取得ステップとして、算出された溶接部の欠陥発生率の推定値が、溶接部の目標欠陥発生率として設定された溶接部の欠陥発生率に係る所望の値に漸近するような、又は所望の値の範囲内となるように、厚鋼板の製造仕様を探索し、取得する。
ここで、最適化された厚鋼板の機械的特性値も取得することができる。
【0064】
続いて、厚鋼板の製造ステップとして、厚鋼板の製造仕様取得ステップで取得された厚鋼板の製造仕様を用いて各製造ラインに製造条件を設定し、厚鋼板を製造する。
【0065】
以上の厚鋼板の製造ステップにより、最適化された機械的特性を有する厚鋼板を製造する厚鋼板の製造仕様が取得され、かつこの製造ステップにより製造された厚鋼板を溶接構造物の製造に使用することにより、溶接部の欠陥発生率が低い溶接構造物を得ることができる。
【0066】
他の一実施形態は、溶接構造物用厚鋼板を製造するにあたり、厚鋼板の機械的特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、事前に機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルに基づき、特定の溶接仕様を入力し、溶接部の欠陥発生率が所望の値に漸近するような、又は前記所望の値の範囲内となるように厚鋼板の機械的特性値を取得する厚鋼板の機械的特性値取得方法である。
【0067】
まず、厚鋼板の機械的特性値、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績を含む教師データを用いて、機械学習により学習された溶接部欠陥発生予測モデルを生成する。次いで、上記のこれらの実績を教師データとして結びつけられた溶接部欠陥発生予測モデルに基づいて、特定の溶接仕様を入力して、溶接部の目標欠陥発生率と対比するために用いる溶接部の欠陥発生率の推定値を得る。
【0068】
さらに、算出された溶接部の欠陥発生率の推定値が、溶接部の目標欠陥発生率として設定された溶接部の欠陥発生率に係る所望の値に漸近するような、又は所望の値の範囲内となるように厚鋼板の機械的特性値を探索し、取得する。
【0069】
ここで、溶接部の目標欠陥発生率とは、特定の厚鋼板の機械的特性を有する溶接素材が、特定の溶接仕様により溶接され、製造される溶接構造物における溶接部の目標とする欠陥発生率である。
【0070】
溶接部欠陥発生予測モデルを構築するために教師データとして採用される厚鋼板の機械的特性値は、製品板厚、板厚方向靭性値、降伏強さ、引張強さ、降伏比、伸び、寸法、形状、鋼板成分濃化部の面積割合を含む。
【0071】
また、教師データとして用いる溶接仕様実績は、溶接方法、開先形状、ルートギャップ、予熱温度、電流、電圧、ガス流量、溶接速度、パス数、後熱処理条件などを含む。
【0072】
また、教師データとして用いる溶接部の欠陥発生の実績は、低温割れ、高温割れ、凝固割れを含む。
【0073】
溶接部欠陥発生予測モデルを構築するための教師データとして、さらに、厚鋼板の製造における鋼素材の鋳造工程および圧延工程の製造実績データを含むことが好ましい。
【0074】
予測する厚鋼板の機械的特性値は、板厚方向靭性値を主とするが、合わせて、降伏強さ、引張強さ、伸び、降伏比、長手方向靭性値、寸法、形状、欠陥などのうち一つ以上を予測することが好ましい。理由は、操業条件を最適化する際に、板厚方向靭性が良好として最適化された条件が他の目標とする特性を満足しない場合があるため、板厚方向靭性値以外の機械的特性値を合わせて予測する予測モデルを構築することが好ましい。
【0075】
ここで、本実施形態の予測モデルとして、局所回帰、サポートベクターマシン、ニューラルネットワーク、及びランダムフォレストなどの統計手法並びに機械学習モデルを作成する。具体的には、複数若しくは単数のモデルを用い、最も精度の良い組み合わせ若しくは最も精度の良いモデルを選択する。
【0076】
上述の板厚方向靭性値以外の機械的特性値を合わせて予測する溶接部欠陥発生予測モデルにより取得された板厚方向靭性値を含む厚鋼板の機械的特性値を最適化する方法を次に示す。
【0077】
まず、材料特性に対する最適化については下記数式1で最適化する。数式1において、xはベクトルとして表わされる設計条件、kは特性の種類、fk(x)は特性の予測値、αkは予め設定される重み係数である。評価関数における特性の予測値の関数fk(x)は、構築された予測モデルに基づく。制約条件を満たす設計条件xの集合である。
したがって、制約条件を満たす範囲内で最適な設計条件を探索することになる。Lk、Ukはそれぞれ特性値の下限値および上限値である。メタヒューリスティクスや遺伝的アルゴリズム、数理計画法、群知能等を用いた方法により、このような最適化問題を解く。
【0078】
【0079】
所望の特性に対応する最適な設計条件が数式1に示すような制約条件を満たすことで、仮に製造コストの観点から鉄鋼材料への添加物の量および製造設備の能力に限界があるような場合であっても、逆解析により得られた設計条件を有効に利用できる。制約条件を定めることで、闇雲に探索するのではなく制約条件の範囲内で効率よく探索できる。
以上、上記で探索された厚鋼板の製造条件で製造することにより、例えば、板厚方向靭性値が27J以上、板厚方向靭性値以外の機械的特性の目標値を有する厚鋼板を製造することができる。
【0080】
<溶接構造物>
上記実施形態で製造した溶接構造用厚鋼板を用いて、単層又は多層盛りのアーク溶接を行い、溶接構造物を構築することができる。また、ボックス柱の溶接構造物では、上記厚鋼板をフランジ側の鋼板に用いて単層又は多層盛りのサブマージアーク溶接を行い、ボックス柱を構築することができる。
【実施例0081】
以下、本実施形態の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
転炉、取鍋精錬、連続鋳造法で、表1に示す成分組成に鋼を調整し、鋳造された鋼素材(スラブ)を熱間圧延により、板厚が19~100mmの鋼板とした。
【0082】
溶接構造物用厚鋼板を製造するにあたり、厚鋼板の機械的特性にかかる厚鋼板の製造仕様の最適化を実施した。予測モデルは、事前学習として、まず学習用データに対して回帰モデルによる学習を実施し、厚鋼板の製造仕様実績、板厚方向靭性値実績、溶接仕様の実績、及び溶接部の欠陥発生の実績とを結びつけ、溶接部欠陥発生予測モデルを作成した。 この予測モデルより、算出された溶接部の欠陥発生率の推定値が、溶接部の目標欠陥発生率として設定された溶接部の欠陥発生率の範囲内となるように、板厚方向靭性が向上するように、ガウス確率分布に基づくベイズ最適化により、厚鋼板の製造仕様を探索し取得した。
なお、厚鋼板の製造条件を探索する際、目標とする鋼の化学組成、鋼板の圧延条件は、事前に引張特性、寸法、形状が満たすことができる条件を設定し、溶鋼鋳造速度、鋳造における冷却条件、軽圧下条件、電磁攪拌条件を探索するように設定した。次いで、探索された条件から取得した製造仕様により厚鋼板を製造した。
【0083】
製造された各厚鋼板の板厚1/4位置から、JIS4号引張試験片を、圧延方向とは垂直方向の幅方向に採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施し引張特性を調査した。
【0084】
また、製造された各厚鋼板の板厚1/4位置から、JIS Z 2242の規定に準拠してVノッチシャルピー衝撃試験片を圧延方向に採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、0℃における吸収エネルギー(vE0)を求め母材靱性を評価した。表2で圧延方向靭性の項目欄に試験値を表示した。
【0085】
さらに、製造された各厚鋼板の板厚中央位置から、ノッチ位置が板厚中央となるようにVノッチシャルピー衝撃試験片を板厚方向に採取した。板厚が55mm未満の場合は試験片の両端にダミーの鋼を圧接し、JIS Z 2242の規定に準拠したVノッチシャルピー衝撃試験片を加工した。JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、0℃における吸収エネルギー(vE0)を求め母材靱性を評価した。表2で厚さ方向靭性の項目欄に試験値を表示した。
なお、表2の各vE0は、3本の試験片の平均値を表示した。
【0086】
また、板厚中央の成分濃化度を評価するため、製造された厚鋼板の板幅中央、かつ板厚中央より試験片を採取し、厚鋼板の長手方向と板厚方向が断面となるように試験片を加工した。電子線マイクロアナライザ(EPMA)によって評価し、板厚中央を中心とし、板厚方向5mm×10mmを視野とし、電解研磨後に加速電圧20kV、ビーム形状を長さ20μmの帯状、ステップ20μmの条件で、定められた視野におけるMn濃度を測定した。視野内における250点×500点のうち、Mn濃度が溶鋼(レードル)のMn成分分析値の1.2倍以上となる位置を成分濃化部(介在物含む)と定め、10250点の成分濃化部面積の割合を求めた。
【0087】
また、製造された各厚鋼板から、溶接継手用試験板(幅500×長1000mm)を採取し、
図1に示すような開先形状としたサブマージアーク溶接により溶接継手を作製した。なお、入熱量、溶接材料を含む溶接条件は鋼板強度に応じて変更した。
作製された溶接継手は低温割れを評価するため、フランジ側の鋼板をJIS G 0901(2010)に準拠し測定し、最大のエコー高さがDL線未満を『無』、DL線以上DM線未満を『○』、DM線以上DH線未満を『△』、DH線以上を『×』とし、評価した。
【0088】
以上、得られた評価試験の結果を表2に示す。
試験No.9,10,11(比較例)では、板厚方向靭性値が27J未満と予測されるような鋳造条件で製造した厚鋼板の試験結果である。また、試験No.12(比較例)では圧下比(スラブ厚/製品厚)が2.5以上で板厚方向靭性値が27J以上と予測される鋳造条件で製造したのち、製品厚を圧下比が2となるように圧延し製造した条件である。
【0089】
試験No.1~8、13~27の発明例では、全て板厚方向靭性値が27J以上を達成し、その後、この厚鋼板をサブマージアーク溶接し、溶接熱影響部の超音波探傷試験で、溶接欠陥は確認されなかった。
一方で、試験No.9~12の比較例では、板厚方向靭性値が27J未満だった厚鋼板をサブマージアーク溶接し、溶接熱影響部の超音波探傷試験で、溶接欠陥が確認された。
【0090】
【0091】