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特開2024-52955耐剥離剤およびそれを含有する潤滑剤組成物
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  • 特開-耐剥離剤およびそれを含有する潤滑剤組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052955
(43)【公開日】2024-04-12
(54)【発明の名称】耐剥離剤およびそれを含有する潤滑剤組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 171/00 20060101AFI20240405BHJP
   C10M 129/72 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/04 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/54 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/56 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/16 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 145/36 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 129/74 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 135/10 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/06 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 133/46 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 143/10 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 145/12 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 145/38 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 129/16 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 127/04 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 101/02 20060101ALI20240405BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20240405BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20240405BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20240405BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20240405BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20240405BHJP
【FI】
C10M171/00
C10M129/72
C10M133/04
C10M133/54
C10M133/56
C10M133/16
C10M145/36
C10M129/74
C10M135/10
C10M133/06
C10M133/46
C10M143/10
C10M145/12
C10M145/38
C10M129/16
C10M127/04
C10M101/02
C10M169/04
C10N20:00 Z
C10N50:10
C10N30:00 Z
C10N40:02
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024032233
(22)【出願日】2024-03-04
(62)【分割の表示】P 2019201492の分割
【原出願日】2019-11-06
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2018/041151
(32)【優先日】2018-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】WO
(71)【出願人】
【識別番号】000162423
【氏名又は名称】協同油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】納山 慧之
(72)【発明者】
【氏名】羽山 誠
(72)【発明者】
【氏名】董 大明
(72)【発明者】
【氏名】中山 景次
(57)【要約】
【課題】転がり軸受等の白層剥離を抑制することができる耐剥離剤、及び該耐剥離剤を含む潤滑剤組成物を提供すること。
【解決手段】本発明により、耐剥離剤の全質量を基準にして0.1質量%を超える量の、(A)体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である化合物、及び(B)分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合が40%以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する耐剥離剤、及び該耐剥離剤を含有する潤滑剤組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐剥離剤の全質量を基準にして0.1質量%を超える量の、
(A)体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である化合物、及び
(B)分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合が40%以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する耐剥離剤。
【請求項2】
前記化合物(A)が、25℃における、500MHz及び1GHzにおける誘電率が3.0以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1記載の耐剥離剤。
【請求項3】
前記化合物(A)が、ハンセン溶解度パラメータの双極子項δpが3.5以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1又は2記載の耐剥離剤。
【請求項4】
前記化合物(A)が、多価エステル、グリコール油、硫黄系化合物、リン系化合物、窒素系化合物、帯電防止剤、イオン液体、液晶、SP化合物、NS化合物、脂肪酸アミン塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1~3記載の耐剥離剤。
【請求項5】
前記化合物(A)が、炭素数6以下の脂肪族物アルコールと、炭素数3~10の脂環式脂肪酸又は炭素数3~10の芳香族二塩基酸とのジエステルである、請求項1~4のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【請求項6】
前記化合物(A)が、フタル酸ジメチル、マレイン酸ジメチル、マロン酸ジメチル、コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、アジピン酸ジメチル、スベリン酸ジメチル、セバシン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジブチル、及びマロン酸ジヘキシルからなる群から選ばれるジエステルである、請求項1~5のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【請求項7】
前記化合物(A)が、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミン、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミド、ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル、ポリ(オキシエチレン)アルキルフェニルエーテル、グリセリン脂肪族エステル、ソルビタン脂肪族エステル、アルキルスルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、アルキルホスフェート、第4級アンモニウムクロライド、第4級アンモ二ウムサルフェート、第4級アンモニウムナイトレート、アルキルベタイン、アルキルイミダゾリン、アルキルアラニン、ポリビニルベンジル、ポリアクリル、アミン誘導体、コハク酸誘導体,ポリ(オキシアルキレン)グリコールと多価アルコールとの部分エステル、アルキルナフタレンスルホン酸のアンモニウム化合物、ポリアルキルスルホン、アルキルアリールスルホン酸とアルキルアミンとの中和塩からなる群から選ばれる帯電防止剤である、請求項1~4のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【請求項8】
前記化合物(B)が、フェニルエーテル、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1~7のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項記載の化合物を含有する、潤滑剤組成物。
【請求項10】
さらに、鉱油及び合成油からなる群から選ばれる少なくとも1種の慣用の基油を含有する、請求項9記載の潤滑剤組成物。
【請求項11】
前記基油が、鉱油、合成炭化水素油およびエーテル油からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項10記載の潤滑剤組成物。
【請求項12】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、0.1質量%を超える、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項13】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、1質量%を超える、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項14】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、2質量%以上である、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項15】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、3質量%以上である、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項16】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準として、40質量%以下である、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項17】
さらに増ちょう剤を含む、請求項9~16のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受等の金属表面に適用することができる潤滑剤に含ませることができる新規耐剥離剤に関する。本発明はまた、前記耐剥離剤を含有する潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の転走面に発生する白色組織変化を伴った特異な早期異常剥離が、転がり軸受の疲労寿命を低下させるため、1980年代半ば頃から問題となっている。このような剥離は、白色剥離、白相剥離、脆性剥離、水素脆性剥離、又は水素脆化剥離などと称されている。
このような剥離が発生するメカニズムは未だ解明されていないものの、例えば、特許文献1には、水素説が紹介されている。すなわち、グリースを高負荷下で使用すると、グリースが分解して水素を発生する。その水素は、転がり軸受の鋼材内部に侵入し、粒界でカーバイドと反応する。その結果、鋼材が脆くなる、というものである。特許文献1は、白層剥離の問題、すなわち、潤滑剤の分解により発生した水素が金属内部に侵入することを、チアゾール誘導体、硫化油脂又は硫化オレフィンといった、硫黄原子を少なくとも1つ含む特定の化合物をグリース組成物に含ませることにより、対処できることを報告している。
【0003】
剥離が発生するメカニズムはまた、金属新生面の形成からも説明されている。すなわち、金属の転送面で摩耗が生じると、摩耗によって新生面が容易に形成され、その形成された新生面が触媒作用をしてグリースが化学分解し、その結果、多量の水素が発生し、発生した水素が鋼の内部に侵入し、最終的に、金属面に亀裂を生じさせる、というものである。特許文献2には、グリース中に亜硝酸塩等の不働態化酸化剤を添加することにより、金属表面を酸化して表面の触媒活性を抑制し、潤滑剤の分解による水素発生を抑制する添加剤が報告されている。特許文献3には、不働態化酸化剤に有機スルホン酸塩を組み合わせる技術が報告されている。特許文献4には、特定量のアゾ化合物をグリースに含ませる技術が報告されている。特許文献5には、グリースの基油をフェニルエーテル系合成油にすることにより、グリースからの水素の発生を抑制した技術が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開公報2015/016376号
【特許文献2】特開平3-210394号公報
【特許文献3】特開平5-263091号公報
【特許文献4】特開2002-130301号公報
【特許文献5】特開平3-250094号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
他方、摩擦面における数μmから数mmの微小な領域において、プラズマが発生することが知られている(Nakayama, K., Yagasaki, F., Tribology Letters (2018))。このようなプラズマは、「トライボプラズマ」と呼ばれている。転がり軸受上に形成されるグリースのEHL(elastohydrodynamic lubrication)薄膜でも放電発光や電食が発生すること、このことから、EHL薄膜において放電プラズマが発生していることが示唆されることが報告されている(中山・田中:トライボロジー会議予稿集、東京(2016)A2)。
本発明者らは、トライボプラズマの発生を抑制できれば、転がり軸受等の白層剥離を防止することができるのでは、と考えた。
そこで、本発明は、転がり軸受等の白層剥離を抑制することができる耐剥離剤、及び該耐剥離剤を含む潤滑剤組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが、潤滑剤組成物またはグリース組成物の多割合を占める基油となり得る化合物を用いて水素発生量を測定したところ、体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である化合物が、水素発生を効果的に抑制することができることを見出した。この知見に基づき、転がり軸受等の白層剥離を効果的に防止できる発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の耐剥離剤を提供する。
【0007】
[1]耐剥離剤の全質量を基準にして0.1質量%を超える量の、
(A)体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である化合物、及び
(B)分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合が40%以上である化合物
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する耐剥離剤。
[2]前記化合物(A)が、25℃における、500MHz及び1GHzにおける誘電率εが3.0以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である、前記1項記載の耐剥離剤。
[3]前記化合物(A)が、ハンセン溶解度パラメータの双極子項δpが3.5以上である化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である、前記1項記載の耐剥離剤。
[4]前記化合物(A)が、多価エステル、グリコール、硫黄系化合物、リン系化合物、窒素系化合物、帯電防止剤、イオン液体、液晶、SP化合物、NS化合物、脂肪酸アミン塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である、前記1~3項記載の耐剥離剤。
【0008】
[5]前記化合物(A)が、炭素数6以下の脂肪族モノアルコールと、炭素数3~10の飽和又は不飽和脂肪酸、炭素数3~10の脂環式脂肪酸又は炭素数3~10の芳香族二塩基酸とのジエステルである、前記1~4のいずれか1項記載の耐剥離剤。
[6]前記化合物(A)が、フタル酸ジメチル、マレイン酸ジメチル、マロン酸ジメチル、コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、アジピン酸ジメチル、スベリン酸ジメチル、セバシン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジブチル、及びマロン酸ジヘキシルからなる群から選ばれるジエステルである、前記1~5のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【0009】
[7]前記化合物(A)が、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミン、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミド、ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル、ポリ(オキシエチレン)アルキルフェニルエーテル、グリセリン脂肪族エステル、ソルビタン脂肪族エステル、アルキルスルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、アルキルホスフェート、第4級アンモニウムクロライド、第4級アンモ二ウムサルフェート、第4級アンモニウムナイトレート、アルキルベタイン、アルキルイミダゾリン、アルキルアラニン、ポリビニルベンジル、ポリアクリル、アミン誘導体、コハク酸誘導体,ポリ(オキシアルキレン)グリコールと多価アルコールとの部分エステル、アルキルナフタレンスルホン酸のアンモニウム化合物、ポリアルキルスルホン、アルキルアリールスルホン酸とアルキルアミンとの中和塩からなる群から選ばれる帯電防止剤である、前記1~4のいずれか1項記載の耐剥離剤。
[8]前記化合物(B)が、フェニルエーテル、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンからなる群から選ばれる少なくとも1種である、前記1~7のいずれか1項記載の耐剥離剤。
【0010】
本発明はまた、以下の潤滑剤組成物を提供する。
[9]前記1~8のいずれか1項記載の化合物を含有する、潤滑剤組成物。
[10]さらに、鉱油及び合成油からなる群から選ばれる少なくとも1種の慣用の基油を含有する、前記9項記載の潤滑剤組成物。
[1]前記基油が、鉱油、合成炭化水素油およびエーテル油からなる群から選ばれる少なくとも1種である、前記10項記載の潤滑剤組成物。
[12]前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、0.1質量%を超える、請求項9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
[13]前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、1質量%を超える、前記9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
[14]前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、2質量%以上である、前記9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
[15]前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、3質量%以上である、前記9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
[16]前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準として、40質量%以下である、前記9~11のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
[17]さらに増ちょう剤を含む、前記9~16のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明の耐剥離剤及び潤滑剤組成物は、白層剥離を効果的に(n-ヘキサデカンと比較した場合、20%以下に)防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例で用いた、トライボプラズマにより水素ガスを発生させる装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔定義〕
本明細書において、体積固有抵抗率とは、25℃において、試料に加えた直流電界(V/m)とそのときに試料に加わる単位断面積当たりの電流との比を表し、試料の1辺が1cmの立方体の相対する面間の抵抗に等しい。体積固有抵抗率は、JIS C2101に規定する電気絶縁油試験方法に基づいて測定することができる。
本明細書において、誘電率εとは、物質内で電荷とそれによって与えられる力との関係を示す係数である。誘電率εは、E4991Bインピーダンス・アナライザ(キーサイト・テクノロジー株式会社)にて25℃において測定した。
【0014】
本明細書において、「ハンセン溶解度パラメータ」とは、ある溶質のある溶媒への溶解しやすさを示す指標であり、分散項(δD)、双極子項(δP)、水素結合項(δH)の3成分で構成されている。分散項(δD)は分散力による効果、双極子項(δP)は双極子間力による効果、水素結合項(δH)は水素結合力による効果を示す。ハンセン溶解度パラメータの定義及び計算方法の詳細は、下記の文献に記載されている:Charles M.Hansen著、「Hansen Solubility Parameters:A Users Handbook」、CRCプレス、2007年。
【0015】
本明細書において、「白層剥離」とは、白色組織変化を伴った特異な早期異常剥離のことを指す。本明細書における「白層剥離」なる用語は、当業界において、白色剥離、白相剥離、脆性剥離、水素脆性剥離、水素脆化剥離などと称されている用語と同義である。通常、転がり疲れに対しては、規格(ISO281、JIS B-1518)で定められた寿命計算式を元に寿命を推測することができる。しかし、白層剥離が発生するような場合には計算寿命に比べて短時間で寿命に達する。実際の市場においては、計算寿命の約1/10~1/20で寿命に達したとの報告がなされている。白層剥離は、内部起点型の損傷の1つで、発生後の金属組織をナイタール液でエッチングして観察すると白い層が認められる特異的な現象を示す。
【0016】
〔耐剥離剤として用いる化合物〕
本発明において用いる化合物は、体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である化合物である。本発明者らは、このような物性を有する化合物が、プラズマによる水素発生を抑制することが出来ることを見出した。実験方法及び結果は実施例の欄に詳述するが、本発明者らがエステルの炭素鎖長が水素発生量に与える影響を系統的に検討したところ、メタノールとのエステル(R2OOC-R1-COOR2)を構成する二塩基脂肪酸由来の炭素鎖長(すなわち、R1)が炭素数6以下の場合、水素が全く発生しなかったが、炭素数8(すなわち、二塩基酸がセバシン酸)で水素が発生した。しかし、その発生量は、標準物質として使用されているn-ヘキサデカンと比較して、17%に過ぎなかった。セバシン酸ジメチルを用いた場合には、トライボプラズマが発生していると考えられることから、その体積固有抵抗率を測定したところ、9.0×109Ω・cmであった。更にR1の炭素数を変えてその体積固有抵抗率を測定したところ、R1の炭素数が増大するにつれて、体積固有抵抗率が増大することが分かった。
【0017】
【表1】

*n-ヘキサデカンの水素発生量を100とする。
【0018】
他方、セバシン酸とのエステルを構成するアルコール由来の炭素鎖長(すなわち、R2)が水素発生量に及ぼす影響を検討したところ、R2の炭素数が増大するにつれて、体積固有抵抗率が増大することが分かった。この傾向は、モノエステルの場合にも見られた。
【0019】
【表2】

*n-ヘキサデカンの水素発生量を100とする。
【0020】
本発明者らはまた、体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cmを上回る化合物であっても、特定の芳香族化合物は、水素発生を効果的に抑制できることを見出した。
【0021】
したがって本発明の化合物は、
(A)体積固有抵抗率が、1.0×1010Ω・cm以下である化合物、及び
(B)分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合が40%以上である化合物
からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0022】
(化合物(A))
前記化合物(A)としては、体積固有抵抗率が、5.0×109Ω・cm以下であるのが好ましい。
前記化合物(A)はまた、25℃において液状であるのが好ましい。
前記化合物(A)はまた、500MHz(25℃)及び1GHz(25℃)における誘電率εが3.0以上であるのが好ましい。
前記化合物(A)はまた、ハンセン溶解度パラメータの双極子項δpが3.5以上であるのが好ましい。
【0023】
δpは下記式で表され、誘電率εが大きいほど、δpは大きくなる。一般的に、油の誘電率εは電子波吸収に影響を与えると言われており、誘電率εが大きく、かつ誘電正接が大きいほど、効果的に電子波を吸収することができると言われ電子波ノイズ対策の1つになり得る。
【0024】
【数1】
【0025】
体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cmである化合物は、δpが3.5以上であることが分かった。したがって、δpが3.5以上であることにより、水素発生を防止して、白層剥離を防止することができると考えられる。δpは4.0以上であるのが好ましい。ハンセン溶解度パラメータの双極子項δpは20以下であるのが好ましい。
δpが3.5以上であると、帯電を防止できる程度の導電性を有し、かつ高誘電率であるため、トライボプラズマの発生の抑制を通して、白層剥離を抑制できると考えられるので好ましい。
【0026】
化合物(A)の具体例としては、多価エステル、グリコール、硫黄系化合物、リン系化合物、窒素系化合物、帯電防止剤、イオン液体、液晶、SP化合物、NS化合物、脂肪酸アミン塩があげられる。
【0027】
多価エステルは、ジエステル、トリエステル、テトラエステルから選ばれる。炭素数15以下の多価エステルが好ましい。炭素数15以下のジエステルがより好ましい。なかでも、炭素数6以下の、好ましくは炭素数4以下の直鎖又は分岐脂肪族モノアルコールと、炭素数3~10の直鎖又は分岐の飽和又は不飽和脂肪族二塩基酸、炭素数3~10の飽和又は不飽和脂環式二塩基酸、又は炭素数3~10の芳香族二塩基酸とのジエステルが好ましい。炭素数6以下の直鎖又は分岐脂肪族モノアルコールと、炭素数3~10の飽和又は不飽和族二塩基酸とのジエステルが特に好ましい。炭素数4以下の直鎖又は分岐脂肪族モノアルコールと、炭素数3~10の飽和又は不飽和族二塩基酸とのジエステルが最も好ましい。
【0028】
ジエステルの具体例としては、アルコールが、メタノール、エタノール、プロパロール、ブタノール又はヘキサノールであり、二塩基酸が、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸、フマル酸、マレイン酸、ジヒドロムコン酸、1,4-フェニレン二酢酸、又はcis-4-シクロヘキセン-1,2-ジカルボン酸であるジエステルがあげられる。このうち、アルコールが、メタノール、エタノール、n-プロパロール、又はn-ブタノールであり、二塩基酸が、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、スベリン酸、セバシン酸、フタル酸、マレイン酸であるジエステルが特に好ましい。とりわけ、マロン酸ジメチル、コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、アジピン酸ジメチル、スベリン酸ジメチル、セバシン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジブチル、及びマロン酸ジヘキシルが好ましい。
トリエステルの具体例としては、トリメリット酸トリブチルが挙げられる。
テトラエステルの具体例としては、ペンタエリスリトールとカルボン酸とのフルエステルが挙げられる。カルボン酸が、2-エチルヘキサン酸、n-ヘプタン酸及びn-オクタン酸を主成分とする、ペンタエリスリトールとのテトラエステルが好ましい。
【0029】
本発明で用いることができるグリコールとしては、アルキレングリコール、ポリアルキレングリコール又はそれらのアルキルエーテルが挙げられる。アルキレングリコールとしては、テトラエチレングリコール、トリプロピレングリコール等が挙げられる。ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール、ポリ(オキシエチレン)グリコール、ポリ(オキシプロピレン)グリコール、ポリ(オキシブチレン)グリコール、ポリ(オキシプロピレン、オキシブチレン)グリコール等が挙げられる。アルキレングリコールのアルキルエーテルとしては、テトラエチレングリコールジメチルエーテル等が挙げられる。ポリアルキレングリコールのアルキルエーテルとしては、ポリエチレングリコールアルキルエーテル、ポリプロピレングリコールアルキルエーテル(例えば、ポリプロピレングリコールモノブチルエーテル)、ポリブチレングリコールアルキルエーテル、ポリ(オキシプロピレン、オキシブチレン)グリコールアルキルエーテル等があげられる。アルキルエーテルのアルキルの炭素数は1~18であり、モノエーテルでもジエーテルでもよい。
【0030】
本発明で用いることができる硫黄系化合物は、通常、溶媒や有機合成におけるビルディングブロックとして使用されている、1分子内に硫黄原子を含む化合物である。具体的には、ジメチルスルホキシド、2,2’-チオジエタノール、ジエチルスルホキシド、ジブチルスルホキシド、ブチルスルフィド、ブチルジスルフィド、プロピルスルフィド、プロピルジスルフィド、フェニルスルフィド、ビス(2-ヒドロメトキシ)ジスルフィド等が挙げられる。このうち、ジメチルスルホキシド、2,2’-チオジエタノールが好ましい。
本発明で用いることができるリン系化合物は、通常、潤滑油の極圧剤ないし耐摩耗剤として使用されている、1分子内にリン原子とを含む化合物である。具体的には、リン酸トリメチル、リン酸トリエチル、リン酸トリブチル、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、リン酸2-エチルヘキシルジフェニル等が挙げられる。このうち、リン酸トリメチルが好ましい。
本発明で用いることができる窒素系化合物は、通常、溶媒や有機合成におけるビルディングブロックとして使用されている、1分子内に窒素原子を含む化合物である。具体的には、ホルムアミド、N-メチルホルムアミド、N-エチルホルムアミド、N-tert-ブチルホルムアミド、テトラメチル尿素、テトラエチル尿素、テトラブチル尿素等が挙げられる。このうち、ホルムアミド、N-メチルホルムアミド、N-tert-ブチルホルムアミド、テトラメチル尿素、テトラエチル尿素が好ましい。
【0031】
帯電防止剤は、陰イオン系,陽イオン系,両性系または非イオン系であってよく、例えば、化学工学日報社 2018年16918の化学商品 p1238に記載されている、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミン、ポリ(オキシエチレン)アルキルアミド、ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル、ポリ(オキシエチレン)アルキルフェニルエーテル、グリセリン脂肪族エステル、ソルビタン脂肪族エステル、アルキルスルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、アルキルホスフェート、第4級アンモニウムクロライド、第4級アンモ二ウムサルフェート、第4級アンモニウムナイトレート、アルキルベタイン、アルキルイミダゾリン、アルキルアラニン、ポリビニルベンジル、ポリアクリルが挙げられる。他に、アミン誘導体,コハク酸誘導体,ポリ(オキシアルキレン)グリコール及び多価アルコールの部分エステル、アルキルナフタレンスルホン酸のアンモニウム化合物、ポリアルキルスルホン、アルキルアリールスルホン酸とアルキルアミンとの中和塩等が挙げられる。
【0032】
イオン液体は、常温溶融塩とも呼ばれる、室温で液体となる溶融塩である。本発明において用いることのできるイオン液体としては、イオン性液体のアニオンが、ヘキサフルオロホスフェート、トリフルオロメタンスルホン酸、ビス(パーフルオロアルキルスルホニル)イミド、(トリフルオロメチルスルホニル)(ヘプタフルオロプロピルスルホニル)イミド、ビス〔フルオロスルホニル〕イミド、ビスペンタフルオロエタンスルホン酸イミド、三酸化窒素、p-トルエンスルホン酸、ジエチレングリコールモノメチルエーテルスルホン酸、酢酸、トリフルオロメタンカルボン酸、ビスシアノイミド、及びトリストリフルオロメタンスルホン酸メチド、トリス(パーフルオロアルキル)トリフルオロホスフェート、ビス(パーフルオロアルキル)(トリフルオロメチル)トリフルオロホスフェートからなる群から選ばれるものが挙げられる。
【0033】
例えば、アニオンが下記式1又は2のいずれかで表されるイオン液体もまた好適に使用することができる。
(Rf1-SO2)(Rf2-SO2)N- 式1
(Rf3)(Rf3)(Rf3)PF3 - 式2
(式1中、Rf1及びRf2は互いに同一でも異なっていてもよく、F、CF3、C2F5、C3F7又はC4F9を表す。式2中、Rf3は互いに同一でも異なっていてもよく、CF3、C2F5、C3F7又はC4F9を表す。)
【0034】
式1で表されるアニオンとしては、ビス(パーフルオロアルキルスルホニル)イミド、(トリフルオロメチルスルホニル)(ヘプタフルオロプロピルスルホニル)イミド、ビス〔フルオロスルホニル〕イミド等があげられる。式2で表されるアニオンとしては、トリス(パーフルオロアルキル)トリフルオロホスフェート、ビス(パーフルオロアルキル)(トリフルオロメチル)トリフルオロホスフェート等があげられる。
【0035】
イオン液体を構成するカチオンとしては、イミダゾリウム、ピリジニウム、ピラゾリウム、ピペリジニウム、ピロリジウム、モルホリン、ピペラジン、ピロール、ホスホニウム及び四級アンモニウム塩、イソオキサゾリウムであり、エチルメチルイミダゾリウム、ヘキシルメチルイミダゾリウム、メチルオクチルイミダゾリウム、ブチルジメチルイミダゾリウム等のイミダゾリウム;ブチル-4-メチルピリジニウム等のピリジニウム;メトキシエチル-メチルピペリジニウム等のピペリジウム;メトキシエチル-メチルピロリジニウム等のピロリジニウム;オクチルトリエチルホスホニウム、トリエチルオクチルホスホニウム等のホスホニウム;プロピルジメチルイソオキサゾリウム等のイソオキサゾリウム等が挙げられる。また、脂肪族アミン系、脂環式アミン系、ピリジン(芳香族)系と分類しているものもある。
【0036】
本発明で用いることのできるイオン液体としては、アニオンがビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであり、カチオンが1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムであるイオン液体、アニオンがビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであり、カチオンが1-(2-メトキシエチル)-1-メチルピロリジニウムであるイオン液体、アニオンがビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドであり、カチオンがトリエチルオクチルホスホニウムでるイオン液体、アニオンが(トリフルオロメチルスルホニル)(ヘプタフルオロプロピルスルホニル)イミドであり、カチオンが1-エチル-3-メチルイミダゾリウムであるイオン液体が好ましい。
【0037】
液晶化合物とは、ある温度領域において、外観上液体であると同時に、光学的異方性結晶に特有な複屈折性を示す化合物である。液晶化合物は、その溶融状態から、スメスチック液晶、ネマチック液晶、コレスチック液晶、ディスコチック液晶に分類されるが、本発明には、これらのいずれの液晶化合物であっても使用することができる。
【0038】
本発明に用いられる液晶化合物の具体例としては、以下に示すような、(1)シッフ塩基系、(2)アゾ系、アゾキシ系、(3)安息香酸エステル系、(4)ビフェニル系、ターフェニル系、(5)シクロヘキシルカルボン酸エステル系、(6)フェニルシクロヘキサン系、ビフェニルシクロヘキサン系、(7)ピリミジン系、ジオキサン系、(8)シクロヘキシルシクロヘキサンエステル系、(9)シクロヘキシルエタン系、(10)シクロヘキサン系、(11)トラン系、(12)コレステリック系、(13)トリアジン系、(14)COS系、(15)CCN系、(16)ディスコチック液晶等が挙げられる。
【0039】
前記(4)のシアノビフェニル系液晶化合物は、化学的安定性は優れるものの、液晶相の温度範囲が若干狭く、他の液晶化合物との混合使用が望ましいが、誘電率異方性の高いネマチック液晶であり、液晶ディスプレイに多く用いられる。例えばシアノビフェニル系液晶としては、4-シアノ-4'-ペンチルビフェニル、4-シアノ-4'-ブチルビフェニル、4-シアノ-4'-ヘキシルビフェニル、4-シアノ-4'-ヘプチルビフェニル、4-シアノ-4'-オクチルビフェニル、4-シアノ-4'-ノニルビフェニル、4-シアノ-4'-ウンデシルビフェニル、4-シアノ-4'-ドデシルビフェニル、4-ブトキシ-4'-シアノビフェニル、4-エトキシ-4'-シアノビフェニル、4-プロポキシ-4'-シアノビフェニル、4-ペントキシ-4'-シアノビフェニル、4-ヘキソキシ-4'-シアノビフェニル、4-ヘプトキシ-4'-シアノビフェニル、4-オクトキシ-4'-シアノビフェニル、4-ノナロキシ-4'-シアノビフェニル、4-デシロキシ-4'-シアノビフェニル、4-ドデシロキシ-4'-シアノビフェニル、(S)-4-シアノ-4'-(2-メチルブチル)ビフェニル、4-(trans-4-プロピルシクロヘキシル)ベンゾニトリル、4-(trans-4-ブチルシクロヘキシル)ベンゾニトリル、1-(trans-4-アミルシクロヘキシル)-4-シアノベンゼン、4-[trans-4-[(E)-1-プロペニル]シクロヘキシル]ベンゾニトリル、4-シアノ-4''-ペンチル-p-テルフェニル、4-シアノ-4''-プロピル-p-テルフェニル、trans-4'-(4-アミルシクロヘキシル)ビフェニル-4-カルボニトリルが挙げられる。
【0040】
本発明で用いることができるSP化合物は、通常、潤滑油の極圧剤ないし耐摩耗剤として使用されている、1分子内に硫黄原子とリン原子とを含む化合物である。具体的には、アルキル化トリフェニルホスホロチオエート、ZnDTP等が挙げられる。このうち、アルキル化トリフェニルホスホロチオエートが好ましい。
本発明で用いることができるNS化合物は、通常、潤滑油の金属腐食抑制剤として使用されている、1分子内に窒素原子と硫黄原子とを含む化合物である。具体的には、ジメルカプトチアジアゾール誘導体、ジチオカルバミン酸モリブデン、ZnDTC等が挙げられる。このうち、ジメルカプトチアジアゾール誘導体、ジチオカルバミン酸モリブデンが好ましい。
本発明で用いることができる脂肪酸アミン塩は、通常、潤滑油の防錆剤として使用されている化合物である。具体的には、オレイン酸ジシクロアミン塩、ラウリン酸アミン塩、ミリスチン酸アミン塩、パルミチン酸アミン塩、ステアリン酸アミン塩、リノール酸アミン塩、アラキドン酸アミン塩、リノレン酸アミン塩等が挙げられる。このうち、オレイン酸ジシクロアミン塩が好ましい。
【0041】
(化合物(B))
化合物(B)は、分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合が40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である化合物である。
ここで、分子を構成する全炭素原子のうち、芳香環構造をとる炭素原子数の割合は、計算により求めることができる。例えば、ジフェニルアミンの場合、全炭素原子数は13であり、芳香環構造をとる炭素原子数は12であるから、12を13で除した値が、前記割合となる。
化合物(B)としては、芳香環を2つ以上有するアルキル化合物またはアルケニル化合物が好ましい。具体例としては、ジフェニルメタン、ジフェニルプロパン、ジフェニルエチレンが挙げられる。芳香環を3つ以上有するフェニルエーテルもまた好ましく、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、アルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンが好ましい。
【0042】
本発明の耐剥離剤は、上記化合物(A)又は(B)の耐剥離効果に負の影響を与えない物質であれば如何なる物質を含んでいても良いが、本発明の耐剥離剤の全質量を基準にして、前記化合物の含有量は好ましくは1質量%以上であり、より好ましくは2質量%以上であり、さらに好ましくは3質量%以上である。前記化合物として、化合物(A)及び化合物(B)のいずれか一方を用いる場合、その含有量は、前記化合物と同様、0.1質量%超であり、好ましくは1質量%超、より好ましくは2質量%以上であり、さらに好ましくは4質量%以上である。化合物(A)と化合物(B)とを併用する場合、その合計量が2%以上であるのが好ましく、4%以上であるのがより好ましい。本発明の耐剥離剤に占める前記化合物の割合の上限は特に制限されない。多価エステル及びグリコールの場合、耐熱性、対樹脂性の観点から、耐剥離剤の全質量に対して40質量%未満であるのが好ましく、10質量%以下であるのがより好ましい。多価エステル及びグリコール以外の化合物の場合、経済的観点から、10質量%以下であるのが好ましく、3質量%以下であるのがより好ましい。
【0043】
潤滑部の摩擦に伴い発生するプラズマにより発火する危険性があるため、本発明の化合物の引火点は、70℃以下であるのが好ましい。引火点は、JIS K2265に基づいて測定することができる。
【0044】
〔潤滑剤組成物〕
前記化合物は、常温で液体であるため、単独で潤滑剤組成物とすることもできるし、潤滑剤又はグリースの基油として使用することもできるし、潤滑剤又はグリースの基油として慣用の基油と混合して潤滑剤組成物とすることもできる。
【0045】
(慣用の基油)
前記慣用の基油としては、体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cmを超えるものを用いることができる。全炭素数が12以上の飽和又は不飽和の炭化水素基を含有するものが好ましく、具体的には、鉱油又は合成油が挙げられる。鉱油としては、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油、これらの混合物を使用することができる。高精製鉱油(すなわち、脱ロウ処理によって低温時のワックス成分の析出を低減し、それによって、精製していない鉱油の流動点(-5℃~-20℃位、JIS K 2269に従って測定)よりも流動点を低くした鉱油)を含むことが好ましい。合成油としては、合成炭化水素、エステル油、エーテル油、グリコール油、シリコーン油、フッ素化油等が挙げられる。合成炭化水素油としては、ポリαオレフィン(「PAO」)、ポリブデン等が挙げられる。このうち、ポリαオレフィンが好ましい。エステル油としては、ジエステル、トリメリット酸エステル、ポリオールエステル等があげられる。エーテル油としては、アルキルジフェニルエーテル(「ADE」)、ジアルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。グリコール油としては、ポリプロピレングリコール、ポリプロピレンアルキルエーテル等が挙げられる。
【0046】
鉱油又は合成炭化水素(特に、ポリαオレフィン)と併用すると、前記化合物が少量でも、例えば、潤滑剤組成物の全質量を基準にして、0.1質量%超でも、好ましくは1質量%超、より好ましくは2質量%以上、さらに好ましくは3質量%以上でも水素発生を効果的に抑制することができる。本発明の潤滑剤組成物中の前記化合物の含有量は、例えば、40質量%以下、20質量%以下、10質量%以下、5質量%以下、又は3質量%以下であり得る。前記化合物との相溶性を考慮すると、慣用の油としては、ジエステル、ポリオールエステル等エステル油、アルキルフェニルエーテル油等エーテル油、非水溶性のポリアレキレングリコール等グリコール油、シリコーン油、フッ素化油などが好ましい。対樹脂性、耐熱性の観点からは、鉱油、合成油炭化水素油、又はフェニルエーテル油、アルキルフェニルエーテル油が好ましい。
【0047】
本発明の潤滑剤組成物中の基油(すなわち、前記化合物(A)及び/又は(B)単独、又は前記慣用の油との混合油)の40℃における動粘度は、10~500mm2/sであるのが好ましい。基油の40℃における動粘度が10mm2/s未満であると、低速や高温時の十分な油膜が確保できない場合がある、また、500mm2/sを超えると、高速や低温時でのトルク上昇が発生してしまうおそれがある。同様の理由で、50~200mm2/sがより好ましく、60~130mm2/sがさらに好ましい。なお、基油の動粘度は、JIS K2283に基づいて測定することができる。
本発明の潤滑剤組成物における基油の含有量は、基油と耐剥離剤との合計100質量部に対して、60~99.9質量部であるのが好ましく、90~99.9質量部であるのがより好ましく、97~99.9質量部であるのがさらに好ましい。基油の含有量がこのような範囲にあると、潤滑性、低揮発性に優れるので好ましい。
【0048】
(任意の添加剤)
本発明の潤滑剤組成物はさらに、必要に応じて汎用の添加剤を含んでも良い。例えば、錆止め剤、耐荷重添加剤、酸化防止剤などを必要に応じて含有することができる。これら任意の添加剤の含有量は、本発明の潤滑剤組成物の全質量を基準として、通常、0.5~5質量%である。
【0049】
錆止め剤としては、無機系錆止め剤と有機系錆止め剤が挙げられる。無機系錆止め剤としては、ケイ酸Na、炭酸Li、炭酸K、酸化Zn等の無機金属塩が挙げられる。有機系錆止め剤としては、安息香酸Na、安息香酸Liの安息香酸塩、Caスルホネート、Znスルホネートのスルホネート塩、ナフテン酸Zn、セバシン酸Naのカルボン酸塩、コハク酸、コハク酸無水物、コハク酸ハーフエステルのコハク酸誘導体、ソルビタンモノオレート、ソルビタントリオレートのソルビタンエステル、脂肪酸アミン塩が挙げられる。
【0050】
耐荷重添加剤としては、リン酸エステルなどのリン系、ポリサルファイド、硫化油脂などの硫黄系、フォスフォロチオネートなどのリン-硫黄系、チオカルバミン酸塩、チオリン酸塩、有機リン酸エステルが挙げられる。
【0051】
酸化防止剤は、グリースの酸化劣化抑制として知られており、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤が挙げられる。
フェノール系酸化防止剤としては、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(BHT)、2,2’-メチレンビス(4-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、4,4’-ブチリデンビス(3-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、2,6-ジ-tert-ブチル-フェノール、2,4-ジメチル-6-tert-ブチルフェノール、tert-ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、4,4’-ブチリデンビス(3-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、4,4’-メチレンビス(2,3-ジ-tert-ブチルフェノール)、4,4’-チオビス(3-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、オクタデシル-3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート等があげられる。このうち、オクタデシル-3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネートが好ましい。
アミン系酸化防止剤としては、N-n-ブチル-p-アミノフェノール、4,4’-テトラメチル-ジ-アミノジフェニルメタン、α-ナフチルアミン、N-フェニル-α-ナフチルアミン、フェノチアジン、アルキルジフェニルアミン等が挙げられる。このうち、アルキルジフェニルアミンが好ましい。
【0052】
本発明の潤滑剤組成物は、潤滑油、導電性油、動圧油等として使用することができる。本発明の潤滑剤組成物は、剥離摩耗防止に効果的である。
【0053】
〔グリース組成物〕
本発明の潤滑剤組成物は、さらに、増ちょう剤を含ませて、グリース組成物としてもよい。
潤滑剤組成物について述べたのと同じ理由から、前記化合物(A)及び/又は(B)の含有量は、本発明のグリース組成物の全質量を基準にして、0.1質量%超が好ましく、1質量%超がより好ましく、2質量%以上がさらに好ましく、3質量%以上が特に好ましく、上限は、例えば、40質量%以下、20質量%以下、10質量%以下、5質量%以下、又は3質量%以下であり得る。
本発明のグリース組成物に使用できる増ちょう剤としては、ジウレアに代表されるウレア系増ちょう剤、Li石けんやLiコンプレックス石けんに代表されるLi石けん系増ちょう剤、ベントナイトやシリカゲル等の固体増ちょう剤等が挙げられる。ウレア系増ちょう剤及びLi石けん系増ちょう剤が好ましい。
【0054】
本発明のグリース組成物はさらに、必要に応じて汎用の添加剤を含んでも良い。使用出来る添加剤としては、潤滑剤組成物について記載したものが挙げられる。任意の添加剤の含有量は、本発明のグリース組成物の全質量を基準として、通常、0.1~5質量%である。
【0055】
(ちょう度)
本発明のグリース組成物の混和ちょう度は、好ましくは200~300、より好ましくは220~280である。混和ちょう度が300を上回ると、高速回転による漏洩が多くなり、十分な潤滑寿命を満足することができないことがある。一方、混和ちょう度が200を下回ると、グリースの流動性が悪くなり、十分な潤滑寿命を満足することができないことがある。なお、本明細書において、用語「ちょう度」は、60回混和ちょう度を指す。ちょう度は、JIS K2220 7.に従って測定することができる。
【0056】
(増ちょう剤の含有量)
増ちょう剤の含有量は、本発明のグリース組成物の全質量を基準として、好ましくは5~25質量%、より好ましくは10~20質量%である。5質量%を下回ると、グリースが軟らかく、漏洩することがあり、十分な潤滑寿命を満足することができない場合がある。一方、25質量%より多いと流動性が劣るためグリースが潤滑部に入り込みにくくなり、十分な潤滑寿命を満足することができない場合がある。
(基油の含有量)
基油の含有量は、本発明のグリース組成物の全質量を基準として、60~90質量%であるのが好ましく、70~90質量%であるのがより好ましい。基油の含有量がこのような範囲にあると、潤滑性、低揮発性に優れるので好ましい。
【0057】
〔軸受〕
本発明のグリース組成物は、産業機械用、自動車用の各種転がり軸受に使用される。産業機械用としては、例えば産業機械用各種モーターや産業用ロボットの減速機や油圧機器、風力発電装置の主軸や減速機、エレベータの巻き上げ機周辺の転がり軸受があげられる。自動車用としては、自動車電装・補機用転がり軸受であるのが好ましい。自動車電装・補機としては、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、アイドラプーリ、テンションプーリ等が挙げられる。
【実施例0058】
〔水素発生試験と水素発生量の測定〕
納山・中山ら、トライボロジー会議予稿集,東京(2017)185に記載の方法にしたがって水素発生量を測定した。
具体的には、針/平板電極間でトライボプラズマを発生させることができる、トライボプラズマ発生装置(図1)を用いた。針が陰極であり、平板が陽極である。針の材質はSCM435鋼、針の頂角は120°である。針は、陽極平板に対して垂直に配置され、針の先端と陽極上面との距離が50μmとなる位置で固定されている。針と平板電極との距離はマイクロメーターにて制御した。陽極平板の材質はSPCC鋼である。陽極平板は、容器内部の底部を構成する。当該容器には実施例または比較例の耐剥離剤等が投入され、針は、容器内部の耐剥離剤等に接触している。陽極平板と陰極針とは、高圧電源で連結されている。電圧を印加した際の電圧と電流はオシロスコープで計測できる。容器と針は、両者を覆うようにさらに大きな筺体(以降、「雰囲気制御槽」と称する)で囲われている。その雰囲気制御槽の頂部には、開口部が設けられており、マイクロシリンジを介して、雰囲気制御槽内部のガスを採取することができるようになっている。その雰囲気制御槽の側部上方にもまた開口部が設けられており、乾燥空気が導入できるようになっている。雰囲気制御槽内部のガスは、半導体式のセンサーにより検出できる。
【0059】
乾燥空気を30秒間導入し、雰囲気制御槽内部の気体と入れ替えた。雰囲気制御槽内部の気体が乾燥空気に入れ替わった後、オシロスコープで電流値と電圧値をモニターしつつ放電を30秒間行い、その後20秒間静置し、発生ガスをマイクロシリンジにて採取した。採取したガスをガスクロマトグラフィーに導入し、水素ガス量を測定した。なお、ガスクロマトグラフィーは、ガスクロマトグラフ GC-2010 (島津製作所製)、カラムはRT-Msieve φ0.43mm×30m、検出器はTCDを用いて測定した。n-ヘキサデカンの水素発生量を100%とし、各化合物の水素発生量を算出した。
結果を表3~10に示す。実施例1~38は耐剥離剤の実施例であり、実施例39~71は耐剥離剤を含有する潤滑油組成物の実施例である。実施例42は、実施例3のマロン酸ジメチル3.0質量%と、比較例8のポリαオレフィン97.0質量%との混合物であるが、混合物の体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cmを超えても、体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下である本願の耐剥離剤を所定量含有していれば、水素発生量を0%に抑えることができることを示している。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
【表5】
【0063】
【表6】
【0064】
【表7】
【0065】
【表8】
【0066】
【表9】
【0067】
【表10】
【0068】
実施例及び比較例で用いた化合物の供給先及び商品名を以下に示す。
図1
【手続補正書】
【提出日】2024-04-03
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐剥離剤の全質量を基準にして0.1質量%を超える量の、
体積固有抵抗率が1.0×1010Ω・cm以下であって、ハンセン溶解度パラメータの双極子項δpが3.5以上であるジエステル化合物を含有する、転がり軸受用潤滑剤組成物用耐剥離剤。
【請求項2】
前記化合物が、炭素数4以下の脂肪族アルコールと、炭素数3~8の脂環式脂肪酸又は炭素数3~10の芳香族二塩基酸とのジエステルである、請求項1記載の耐剥離剤。
【請求項3】
前記化合物が、フタル酸ジメチル、マレイン酸ジメチル、マロン酸ジメチル、コハク酸ジメチル、グルタル酸ジメチル、アジピン酸ジメチル、スベリン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、及びマロン酸ジブチルからなる群から選ばれるジエステルである、請求項1又は2記載の耐剥離剤。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項記載の化合物を、組成物の全質量を基準にして、0.1質量%を超え、40質量%以下の量で含有する、転がり軸受用潤滑剤組成物。
【請求項5】
さらに、鉱油及び合成油からなる群から選ばれる少なくとも1種の慣用の基油を含有する、請求項記載の潤滑剤組成物。
【請求項6】
前記基油が、鉱油、合成炭化水素油およびエーテル油からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項記載の潤滑剤組成物。
【請求項7】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、1質量%を超え、40質量%以下である、請求項のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項8】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、2質量%以上であって、40質量%以下である、請求項のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項9】
前記化合物の含有量が、組成物の全質量を基準にして、3質量%以上であって、40質量%以下である、請求項のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。
【請求項10】
さらに増ちょう剤を含む、請求項のいずれか1項記載の潤滑剤組成物。