IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 味の素株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024052995
(43)【公開日】2024-04-12
(54)【発明の名称】バニリンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20240405BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20240405BHJP
   C12P 7/24 20060101ALI20240405BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240405BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240405BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240405BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240405BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240405BHJP
【FI】
C12N15/53
C12N9/02 ZNA
C12P7/24
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024033297
(22)【出願日】2024-03-05
(62)【分割の表示】P 2020033512の分割
【原出願日】2020-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 雄貴
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一敏
(72)【発明者】
【氏名】柏木 立己
(72)【発明者】
【氏名】田上 宇乃
(72)【発明者】
【氏名】中田 國夫
(72)【発明者】
【氏名】田代 明梨
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼倉 淳
(72)【発明者】
【氏名】福井 啓太
(57)【要約】
【課題】バニリンの生産に有用な変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ(aromatic carboxylic acid reductase;ACAR)およびそれを用いたバニリンの製造方法を提供する。
【解決手段】C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386
、V387、S388、I389、Y467、I574等のアミノ酸残基に変異を有する変異型ACARを利用してバニリンを製造する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型芳香族カルボン酸レダクターゼのアミノ酸配列において特定の変異を有し、且つ、バニリン生成活性を有する、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼであって、
前記特定の変異が、下記より選ばれる1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異である、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、I574。
【請求項2】
前記特定の変異が、G386における変異を含む、請求項1に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
【請求項3】
前記特定の変異が、下記より選ばれる1つまたはそれ以上の変異を含む、請求項1または2に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
C28A、C135(A, V)、R241(K, Q)、G249(N, S, T)、R252(K, Q, T)、W259(F, Y)、M265(I, V)、V270(A, I)、M271(A, G, H, I, L, N, Q, R, S, T, V, Y)、S274(A, N)、T275S、Q278D、Q310L、V312(A, C, D, F, G, I, L, M, P, Q, S, T, Y)、I353(L, V)、S356(A, T)、I376(F, L, V)、E377D、G378D、Y379(F, L)、S381(A, T)、T382S、A384(C, F, G, H, I, K, L, N, Q, S, T)、A385(D, E, K, P, R)、G386(C, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, Y)、V387I、S388(M, T)、I389V、Y467(F, H, W)、I574(A, C, F, G, L, L, M, N, P, T, V)。
【請求項4】
前記特定の変異が、G386Nを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の変異型芳香族
カルボン酸レダクターゼ。
【請求項5】
前記特定の変異が、下記のいずれかの変異を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
G386M/M271Y、G386M/S274N、G386M/I353F、G386M/I353L、G386N/M271Y、G386N/V312A、G386N/V312F、G386N/V312I、G386N/I353F、G386N/I353L、G386N/A384S、G386N/A385M、G386N/A385V、G386N/V387I、G386N/I574A、G386N/I574M、G386N/I574T。
【請求項6】
前記野生型芳香族カルボン酸レダクターゼが、ゴルドニア(Gordonia)属細菌の芳香族カルボン酸レダクターゼである、請求項1~5のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
【請求項7】
前記野生型芳香族カルボン酸レダクターゼが、下記のいずれかのタンパク質である、請求項1~6のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含むタンパク質;
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質。
【請求項8】
イソバニリン副生率が、1.0%以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
【請求項9】
バニリンの製造方法であって、
請求項1~8のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを利用してバニリン酸をバニリンに変換すること
を含む、方法。
【請求項10】
前記変換が、バニリン酸を含有する培地で前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを有する微生物を培養し、バニリンを該培地中に生成蓄積させることを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記変換が、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを反応液中のバニリン酸に作用させ、バニリンを該反応液中に生成蓄積させることを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼが、該変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを有する微生物の菌体の形態で利用される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記菌体が、前記微生物の培養液、該培養液から回収した菌体、それらの処理物、またはそれらの組み合わせの形態で用いられる、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記微生物が、細菌または酵母である、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記微生物が、コリネ型細菌または腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌である、請求項12~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記微生物が、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌またはエシェリヒア(Escherichia)属細菌である、請求項12~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記微生物が、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)またはエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)である、請求項12~16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記微生物が、ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼの活性が非改変株と比較して増大するように改変されている、請求項12~17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記微生物が、バニリン酸デメチラーゼおよび/またはアルコールデヒドロゲナーゼの活性が非改変株と比較して低下するように改変されている、請求項12~18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
さらに、バニリンを回収することを含む、請求項9~19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
請求項1~8のいずれか1項に記載の変異型芳香族カルボン酸レダクターゼをコードする遺伝子。
【請求項22】
請求項21に記載の遺伝子を搭載するベクター。
【請求項23】
請求項21に記載の遺伝子を有する微生物。
【請求項24】
細菌または酵母である、請求項23に記載の微生物。
【請求項25】
コリネ型細菌または腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌である、請求項23または24に記載の微生物。
【請求項26】
コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌またはエシェリヒア(Escherichia)属
細菌である、請求項23~25のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項27】
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)またはエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)である、請求項23~26のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項28】
ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼの活性が非改変株と比較して増大するように改変されている、請求項23~27のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項29】
バニリン酸デメチラーゼおよび/またはアルコールデヒドロゲナーゼの活性が非改変株と比較して低下するように改変されている、請求項23~28のいずれか1項に記載の微生物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バニリン(vanillin)の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バニリンは、バニラの香りの主要な成分であり、香料として飲食品や香水等に配合して使用されている。バニリンは、主に、天然物からの抽出または化学合成により製造されている。
【0003】
また、生物工学的手法によりバニリンを製造する試みもなされている。例えば、Corynebacterium glutamicum等の微生物を利用してバニリン酸等のバニリン前駆体からバニリンを製造することができる。
【0004】
バニリンは、プロトカテク酸を中間体として生成し得る。すなわち、プロトカテク酸は、O-メチルトランスフェラーゼ(O-methyltransferase;OMT)の作用によりバニリン酸(vanillic acid)へと変換され得る。バニリン酸は、芳香族カルボン酸レダクターゼ(aromatic carboxylic acid reductase;ACAR)の作用によりバニリンへと変換され得る。
加えて、イソバニリン(isovanillin)が、プロトカテク酸を中間体として副生物として
生成し得る。すなわち、プロトカテク酸は、OMTの作用によりイソバニリン酸(isovanillic acid)へと変換され得る。イソバニリン酸は、ACARの作用によりイソバニリンへと変換され得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、バニリンの生産に有用な変異型ACARおよびそれを用いたバニリンの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ACARのバニリン酸に対する基質特異性を向上させる変異を見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通り例示できる。
[1]
野生型芳香族カルボン酸レダクターゼのアミノ酸配列において特定の変異を有し、且つ、バニリン生成活性を有する、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼであって、
前記特定の変異が、下記より選ばれる1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異である、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、I574。
[2]
前記特定の変異が、G386における変異を含む、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
[3]
前記特定の変異が、下記より選ばれる1つまたはそれ以上の変異を含む、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
C28A、C135(A, V)、R241(K, Q)、G249(N, S, T)、R252(K, Q, T)、W259(F, Y)、M265(I, V)、V270(A, I)、M271(A, G, H, I, L, N, Q, R, S, T, V, Y)、S274(A, N)、T275S、Q278D、Q310L、V312(A, C, D, F, G, I, L, M, P, Q, S, T, Y)、I353(L, V)、S356(A, T)、I376(F, L, V)、E377D、G378D、Y379(F, L)、S381(A, T)、T382S、A384(C, F, G, H, I, K, L, N, Q, S, T)、A385(D, E, K, P, R)、G386(C, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, Y)、V387I、S388(M, T)、I389V、Y467(F, H, W)、I574(A, C, F, G, L, L, M, N, P, T, V)。
[4]
前記特定の変異が、G386Nを含む、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
[5]
前記特定の変異が、下記のいずれかの変異を含む、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
G386M/M271Y、G386M/S274N、G386M/I353F、G386M/I353L、G386N/M271Y、G386N/V312A、G386N/V312F、G386N/V312I、G386N/I353F、G386N/I353L、G386N/A384S、G386N/A385M、G386N/A385V、G386N/V387I、G386N/I574A、G386N/I574M、G386N/I574T。
[6]
前記野生型芳香族カルボン酸レダクターゼが、ゴルドニア(Gordonia)属細菌の芳香族カルボン酸レダクターゼである、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
[7]
前記野生型芳香族カルボン酸レダクターゼが、下記のいずれかのタンパク質である、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含むタンパク質;
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むタンパク質。
[8]
イソバニリン副生率が、1.0%以下である、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ。
[9]
バニリンの製造方法であって、
前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを利用してバニリン酸をバニリンに変換すること
を含む、方法。
[10]
前記変換が、バニリン酸を含有する培地で前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを有する微生物を培養し、バニリンを該培地中に生成蓄積させることを含む、前記方法。
[11]
前記変換が、前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを反応液中のバニリン酸に作用させ、バニリンを該反応液中に生成蓄積させることを含む、前記方法。
[12]
前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼが、該変異型芳香族カルボン酸レダクターゼを有する微生物の菌体の形態で利用される、前記方法。
[13]
前記菌体が、前記微生物の培養液、該培養液から回収した菌体、それらの処理物、またはそれらの組み合わせの形態で用いられる、前記方法。
[14]
前記微生物が、細菌または酵母である、前記方法。
[15]
前記微生物が、コリネ型細菌または腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌である、前記方法。
[16]
前記微生物が、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌またはエシェリヒア(Escherichia)属細菌である、前記方法。
[17]
前記微生物が、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)またはエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)である、前記方法。
[18]
前記微生物が、ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼの活性が非改変株と比較して増大するように改変されている、前記方法。
[19]
前記微生物が、バニリン酸デメチラーゼおよび/またはアルコールデヒドロゲナーゼの活性が非改変株と比較して低下するように改変されている、前記方法。
[20]
さらに、バニリンを回収することを含む、前記方法。
[21]
前記変異型芳香族カルボン酸レダクターゼをコードする遺伝子。
[22]
前記遺伝子を搭載するベクター。
[23]
前記遺伝子を有する微生物。
[24]
細菌または酵母である、前記微生物。
[25]
コリネ型細菌または腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌である、前記微生物。
[26]
コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌またはエシェリヒア(Escherichia)属細菌である、前記微生物。
[27]
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)またはエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)である、前記微生物。
[28]
ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼの活性が非改変株と比較して増大するように改変されている、前記微生物。
[29]
バニリン酸デメチラーゼおよび/またはアルコールデヒドロゲナーゼの活性が非改変株と比較して低下するように改変されている、前記微生物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、バニリンの生産に有用な変異型ACARを提供することができ、当該変異型ACARを利用してバニリンを効率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<1>変異型ACAR
本発明は、本明細書に記載の「特定の変異」を有する芳香族カルボン酸レダクターゼ(aromatic carboxylic acid reductase;ACAR)を提供する。
【0010】
「芳香族カルボン酸レダクターゼ(aromatic carboxylic acid reductase;ACAR)」とは、芳香族カルボン酸を還元して対応する芳香族アルデヒドを生成する反応を触媒する活性を有するタンパク質を意味してよい(EC 1.2.99.6等)。同活性を、「ACAR活性」とも
いう。ACARをコードする遺伝子を、「ACAR遺伝子」ともいう。
【0011】
「ACAR活性」とは、具体的には、電子供与体とATPの存在下で芳香族カルボン酸を還元
して対応する芳香族アルデヒドを生成する反応を触媒する活性を意味してよい。電子供与体としては、NADHやNADPHが挙げられる。電子供与体としては、特に、NADPHが挙げられる。
【0012】
芳香族カルボン酸とそれに対応する芳香族アルデヒドの組み合わせとしては、バニリン酸とバニリンの組み合わせや、イソバニリン酸とイソバニリンの組み合わせが挙げられる。バニリン酸が基質となるACAR活性、すなわち、バニリン酸を還元してバニリンを生成する反応を触媒する活性を、「バニリン生成活性」ともいう。「バニリン生成活性」とは、具体的には、電子供与体とATPの存在下でバニリン酸を還元してバニリンを生成する反応を触媒する活性を意味してよい。イソバニリン酸が基質となるACAR活性、すなわち、イソバニリン酸を還元してイソバニリンを生成する反応を触媒する活性を、「イソバニリン生成活性」ともいう。「イソバニリン生成活性」とは、具体的には、電子供与体とATPの存在下でイソバニリン酸を還元してイソバニリンを生成する反応を触媒する活性を意味してよい。
【0013】
ACAR活性(例えば、バニリン生成活性またはイソバニリン生成活性)は、例えば、ATP
およびNADPHの存在下で酵素を基質(例えば、バニリン酸またはイソバニリン酸)とイン
キュベートし、酵素および基質依存的なNADPHの酸化を測定することにより、測定できる
(J. Biol. Chem. 2007, Vol. 282, No.1, p478-485に記載の手法を改変)。「タンパク
質がACAR活性を有する」とは、タンパク質が少なくとも1つの適切な条件下で測定されるACAR活性を有することを意味してよい。本願で言及される他のタンパク質の活性についても同様である。
【0014】
「特定の変異」を有するACARを、「変異型ACAR」ともいう。また、変異型ACARをコードする遺伝子を、「変異型ACAR遺伝子」ともいう。
【0015】
「特定の変異」を有しないACARを、「野生型ACAR」ともいう。また、野生型ACARをコードする遺伝子を、「野生型ACAR遺伝子」ともいう。なお、ここでいう「野生型」とは、「野生型」のACARを「変異型」のACARと区別するための便宜上の記載であり、「特定の変異」を有しない限り、天然に得られるものには限定されない。「ACARが「特定の変異」を有しない」とは、ACARが「特定の変異」として選択された変異を有しないことを意味してよい。野生型ACARは、「特定の変異」として選択された変異を有しない限り、「特定の変異」として選択されなかった変異を有していてもよく、いなくてもよい。
【0016】
或る野生型ACARと或る変異型ACARが「特定の変異」の有無以外は同一である場合、当該野生型ACARを「或る変異型ACARに対応する野生型ACAR」ともいい、当該変異型ACARを「或る野生型ACARに対応する変異型ACAR」ともいう。
【0017】
以下、野生型ACARについて説明する。
【0018】
野生型ACARは、それに対応する変異型ACARがバニリン生成活性を有する限り、バニリン生成活性やイソバニリン生成活性等のACAR活性を有していてもよく、有していなくてもよい。野生型ACARは、通常、バニリン生成活性およびイソバニリン生成活性を有していてよい。野生型ACARは、少なくとも、イソバニリン生成活性を有していてよい。
【0019】
野生型ACARとしては、ゴルドニア(Gordonia)属細菌のACARが挙げられる(WO2018/079705)。Gordonia属細菌としては、ゴルドニア・エフューサ(Gordonia effusa)が挙げられる。Gordonia effusaのACAR遺伝子の塩基配列を配列番号1に、同遺伝子がコードするACARのアミノ酸配列を配列番号2に示す。すなわち、野生型ACAR遺伝子は、例えば、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子であってよい。また、野生型ACARは、例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。なお、「遺伝子またはタンパク質が塩基配列またはアミノ酸配列を有する」という表現は、特記しない限り、遺伝子またはタンパク質が当該塩基配列またはアミノ酸配列を含むことを意味してよく、遺伝子またはタンパク質が当該塩基配列またはアミノ酸配列からなる場合も包含してよい。
【0020】
野生型ACAR遺伝子は、コードするACARが「特定の変異」を有しない限り、上記例示した野生型ACAR遺伝子(例えば、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子)のバリアントであってもよい。同様に、野生型ACARは、「特定の変異」を有しない限り、上記例示した野生型ACAR(例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)のバリアントであってもよい。すなわち、「野生型ACAR遺伝子」という用語は、上記例示した野生型ACAR遺伝子(例えば、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子)に加えて、それらのバリアントを包含してよい。同様に、「野生型ACAR」という用語は、上記例示した野生型ACAR(例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)に加えて、それらのバリアントを包含してよい。なお、由来する生物種で特定される遺伝子は、当該生物種において見出される遺伝子そのものに限られず、当該生物種において見出される遺伝子の塩基配列を有する遺伝子およびそれらのバリアントを包含するものとする。また、由来する生物種で特定されるタンパク質は、当該生物種において見出されるタンパク質そのものに限られず、当該生物種において見出されるタンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。それらバリアントは、当該生物種において見出されてもよく、見出されなくてもよい。すなわち、例えば、「Gordonia属細菌のACAR」とは、Gordonia属細菌において見出されるACARそのものに限られず、Gordonia属細菌において見出されるACARのアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。バリアントとしては、例えば、上記例示した遺伝子やタンパク質のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
【0021】
野生型ACAR遺伝子のホモログまたは野生型ACARのホモログは、例えば、上記例示した野生型ACAR遺伝子の塩基配列または上記例示した野生型ACARのアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから容易に決定することができる。また、野生型ACAR遺伝子のホモログは、例えば、各種生物の染色体を鋳型にして、上記例示した野生型ACAR遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
【0022】
野生型ACAR遺伝子は、コードするACARが「特定の変異」を有しない限り、上記アミノ酸配列(例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列)において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするものであってもよい。例えば、コードされるタンパク質は、そのN末端および/またはC末端が、延長または短縮されていてもよい。なお、上記「1又は数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、1~20個、1~10個、1~5個、または1~3個であってよい。
【0023】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、タンパク質の元の機能が維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加には、遺伝子が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0024】
また、野生型ACAR遺伝子は、コードするACARが「特定の変異」を有しない限り、上記アミノ酸配列全体に対して、例えば、50%以上、65%以上、80%以上、90%以上、95%以上、97%以上、または99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺
伝子であってもよい。
【0025】
また、野生型ACAR遺伝子は、コードするACARが「特定の変異」を有しない限り、上記塩基配列(例えば、配列番号1に示す塩基配列)から調製され得るプローブ、例えば上記塩基配列の全体または一部に対する相補配列、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子、例えばDNA、であってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆ
る特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を意味してよい。一例を示せば、同一性が高いDNA同士、例えば、50%以上、65%以上、80%以上、90%以上、95%以上、97%以上、または99%以上の同一性を有するDNA同士がハイブリダイズ
し、それより同一性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザン
ハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。
【0026】
上述の通り、上記ハイブリダイゼーションに用いるプローブは、遺伝子の相補配列の一部であってもよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、上述の遺伝子を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。例えば、プローブとしては、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる
ことができる。プローブとして300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリ
ダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
【0027】
また、宿主によってコドンの縮重性が異なるので、野生型ACAR遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。すなわち、野生型ACAR遺伝子は、遺伝コードの縮重による上記例示した野生型ACAR遺伝子のバリアントであってもよい。例えば、野生型ACAR遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。コドン最適化された野生型ACAR遺伝子としては、E. coliのコ
ドン使用に応じてコドン最適化されている、配列番号177に示す塩基配列を有するACAR遺伝子が挙げられる。
【0028】
なお、アミノ酸配列間の「同一性」とは、blastpによりデフォルト設定のScoring Parameters(Matrix:BLOSUM62;Gap Costs:Existence=11, Extension=1;Compositional Adjustments:Conditional compositional score matrix adjustment)を用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味する。また、塩基配列間の「同一性」とは、blastnによりデフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2;Gap Costs=Linear)を用いて算出される塩基配列間の同一性を意味する。
【0029】
以下、変異型ACARについて説明する。
【0030】
変異型ACARは、バニリン生成活性を有する。変異型ACARは、イソバニリン生成活性を有していてもよく、有していなくてもよい。
【0031】
変異型ACARは、野生型ACARのアミノ酸配列において、「特定の変異」を有する。
【0032】
すなわち、変異型ACARは、例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列において、「特定の変異」を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、変異型ACARは、例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列において、「特定の変異」を有し、当該「特定の変異」以外の箇所にさらに1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を有し、且つ、バニリン生成活性を有するタンパク質であってよい。
【0033】
また、言い換えると、変異型ACARは、「特定の変異」を有する以外は、野生型ACARと同一のアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。すなわち、変異型ACARは、例えば、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、変異型ACARは、例えば、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を有し、且つ、バニリン生成活性を有するタンパク質であってよい。また、変異型ACARは、例えば、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ、バニリン生成活性を有するタンパク質であってよい。
【0034】
変異型ACARは、上記例示したような変異型ACARのアミノ酸配列に加えて、他のアミノ酸配列を含んでいてもよい。当該他のアミノ酸配列を、「付加配列」ともいう。すなわち、変異型ACARは、付加配列との融合タンパク質であってもよい。また、変異型ACARは、例えば、付加配列を含む形態で(すなわち付加配列との融合タンパク質として)発現し、且つ、最終的には当該付加配列の一部または全部を失っていてもよい。「変異型ACARが付加配列を含む」または「変異型ACARが付加配列との融合タンパク質である」とは、特記しない限り、最終的に得られる変異型ACARが付加配列を含むことを意味する。一方、「変異型ACARが付加配列を含む形態で発現する」または「変異型ACARが発現時に付加配列を含む」とは、特記しない限り、変異型ACARが少なくとも発現時に付加配列を含むことを意味し、最終的に得られる変異型ACARが付加配列を含むことを必ずしも意味しない。また、言い換えると、変異型ACAR遺伝子は、上記例示したような変異型ACAR遺伝子の塩基配列に加えて、付加配列をコードする塩基配列を含んでいてもよい。野生型ACARおよび野生型ACAR遺伝子についても同様である。付加配列は、変異型ACARがバニリン生成活性を有する限り、特に制限されない。付加配列は、その利用目的等の諸条件に応じて適宜選択できる。付加配列としては、例えば、ペプチドタグ、シグナルペプチド(シグナル配列ともいう)、プロテアーゼの認識配列が挙げられる。付加配列は、例えば、変異型ACARのN末端、若しくはC末端、またはその両方に連結されてよい。付加配列としては、1種のアミノ酸配列を用いてもよく、2種またはそれ以上のアミノ酸配列を組み合わせて用いてもよい。
【0035】
ペプチドタグとして、具体的には、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグ、Mycタグ、MBP(maltose binding protein)、CBP(cellulose binding protein)、TRX(Thioredoxin)、GFP(green fluorescent protein)、HRP(horseradish peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)、抗体のFc領域が挙げられる。Hisタグとしては、6xHisタグが挙げられる。ペ
プチドタグは、例えば、発現した変異型ACARの検出や精製に利用できる。
【0036】
シグナルペプチドは、変異型ACARを発現させる宿主で機能するものであれば、特に制限されない。シグナルペプチドとしては、Sec系分泌経路で認識されるシグナルペプチドやTat系分泌経路で認識されるシグナルペプチドが挙げられる。Sec系分泌経路で認識される
シグナルペプチドとして、具体的には、コリネ型細菌の細胞表層タンパク質のシグナルペプチドが挙げられる。コリネ型細菌の細胞表層タンパク質のシグナルペプチドとして、具体的には、C. glutamicumのPS1シグナル配列やPS2(CspB)シグナル配列(特表平6-502548)、C. stationisのSlpA(CspA)シグナル配列(特開平10-108675)が挙げられる。Tat系分泌経路で認識されるシグナルペプチドとして、具体的には、E. coliのTorAシグナル配列、E. coliのSufIシグナル配列、Bacillus subtilisのPhoDシグナル配列、Bacillus subtilisのLipAシグナル配列、Arthrobacter globiformisのIMDシグナル配列が挙げられる(WO2013/118544)。シグナルペプチドは、例えば、変異型ACARの分泌生産に利用できる。シグナルペプチドを利用して変異型ACARを分泌生産する場合、分泌時にシグナルペプチドが切断され、シグナルペプチドを有しない変異型ACARが菌体外に分泌され得る。すなわち、典型的には、最終的に得られる変異型ACARはシグナルペプチドを有しなくてよい。
【0037】
プロテアーゼの認識配列として、具体的には、Factor Xaプロテアーゼの認識配列やproTEVプロテアーゼの認識配列が挙げられる。プロテアーゼの認識配列は、例えば、発現した変異型ACARの切断に利用できる。具体的には、例えば、変異型ACARをペプチドタグとの融合タンパク質として発現させる場合、変異型ACARとペプチドタグの連結部にプロテアーゼの認識配列を導入することにより、発現した変異型ACARからプロテアーゼを利用してペプチドタグを切断し、ペプチドタグを有しない変異型ACARを得ることができる。
【0038】
変異型ACAR遺伝子は、上記のような変異型ACARをコードする限り、特に制限されない。なお、本発明において、「遺伝子」という用語は、目的のタンパク質をコードする限り、DNAに限られず、任意のポリヌクレオチドを包含してよい。すなわち、「変異型ACAR遺伝
子」とは、変異型ACARをコードする任意のポリヌクレオチドを意味してよい。変異型ACAR遺伝子は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、その組み合わせであってもよい。変異型ACAR遺伝子は、一本鎖であってもよく、二本鎖であってもよい。変異型ACAR遺伝子は、一本鎖DNAであってもよく、一本鎖RNAであってもよい。変異型ACAR遺伝子は、二本鎖DNAであってもよく、二本鎖RNAであってもよく、DNA鎖とRNA鎖からなるハイブリッド鎖であってもよい。変異型ACAR遺伝子は、単一のポリヌクレオチド鎖中に、DNA残基とRNA残基の両方を含んでいてもよい。変異型ACAR遺伝子がRNAを含む場合、上記例示した塩基配列等のDNAに関する記載は、RNAに合わせて適宜読み替えてよい。変異型ACAR遺伝子の態様は、その利用態様等の諸条件に応じて適宜選択できる。
【0039】
以下、「特定の変異」について説明する。
【0040】
「特定の変異」とは、バニリンの生産に有用な変異を意味する。「特定の変異」とは、具体的には、野生型ACARに導入した際に、バニリンの生成に適した性質を野生型ACARに付与する変異を意味してよい。「特定の変異」としては、ACARのバニリン酸に対する基質特異性を向上させる変異が挙げられる。ACARのバニリン酸に対する基質特異性を向上させる変異としては、ACARのイソバニリン副生率(iVNN副生率)を低下させる変異が挙げられる。すなわち、変異型ACARは、対応する野生型ACARよりも低いiVNN副生率を示してよい。変異型ACARのiVNN副生率は、例えば、対応する野生型ACARのiVNN副生率の、99%以下、97%以下、95%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、7%以下、5%以下、3%以下、2%以下、または1%以下であってよい。また、変異型ACARのiVNN副生率は、例えば、5.0%以下、4.5%以下、4.0%以下、3.5%以下、3.0%以下、2.5%以下、2.0%以下、1.5%以下、1.0%以下、0.5%以下、0.3%以下、0.2%以下、0.1%以下、または0であってよい。これらの範囲のiVNN副生率をもたらす変異としては、実施例においてこれらの範囲のiVNN副生率をもたらした変異が挙げられる。ACARのiVNN副生率の低下は、例えば、ACARのイソバニリン酸に対するKmの増大、ACARのバニリン酸に対するKmの低下、またはそれらの組み合わせにより達成されてよい。ACARのiVNN副生率の低下は、例えば、ACARのイソバニリン生成活性の比活性の低下、ACARのバニリン生成活性の比活性の増大、またはそれらの組み合わせにより達成されてよい。
【0041】
「イソバニリン副生率(iVNN副生率)」とは、バニリン酸とイソバニリン酸の混合物であってバニリン酸含有量:イソバニリン酸含有量がモル比で5:0.68であるものにACARを
作用させた際の、バニリン生成量に対するイソバニリン生成量のモル比を意味する。iVNN副生率は、具体的には、例えば、表3に示す反応バッファーに適切な量のACAR(例えば、同反応バッファー500 μLに対し総タンパク質量として50 μgに相当する無細胞抽出液)
を添加し、反応温度30℃、適切な時間反応(例えば、60分)で酵素反応を実施し、測定することができる。
【0042】
「特定の変異」としては、以下のアミノ酸残基における変異が挙げられる:
C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、I574。
【0043】
「特定の変異」は、1つのアミノ酸残基における変異であってもよく、2つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異の組み合わせであってもよい。すなわち、「特定の変異」は、例えば、これらのアミノ酸残基から選択される1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異を含んでいてよい。「特定の変異」は、例えば、これらのアミノ酸残基から選択される1つのアミノ酸残基における変異であってもよく、これらのアミノ酸残基から選択される2つまたはそれ以上のアミノ酸残基のアミノ酸残基における変異の組み合わせであってもよい。
【0044】
「特定の変異」としては、特に、G386における変異が挙げられる。すなわち、「特定の変異」は、例えば、G386における変異を含んでいてよい。「特定の変異」は、例えば、G386における変異であってもよく、G386における変異と他の1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異との組み合わせであってもよい。
【0045】
アミノ酸残基を特定するための上記表記において、数字は配列番号2に示すアミノ酸配列における位置を、数字の左側の文字は配列番号2に示すアミノ酸配列における各位置のアミノ酸残基(すなわち、各位置の改変前のアミノ酸残基)を、それぞれ示す。すなわち、例えば、「G386」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列における386位のG(Gly)残基を示す。
【0046】
任意の野生型ACARにおいて、これらのアミノ酸残基は、それぞれ、「配列番号2に示すアミノ酸配列における当該アミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」を示す。すなわち、例えば、任意の野生型ACARにおける「G386」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列における386位のG(Gly)残基に相当するアミノ酸残基を示す。
【0047】
上記各変異は、アミノ酸残基の置換であってよい。上記各変異において、改変後のアミノ酸残基は、改変前のアミノ酸残基以外のいずれのアミノ酸残基であってもよい。改変後のアミノ酸残基として、具体的には、K(Lys)、R(Arg)、H(His)、A(Ala)、V(Val)、L(Leu)、I(Ile)、G(Gly)、S(Ser)、T(Thr)、P(Pro)、F(Phe)、W(Trp)、Y(Tyr)、C(Cys)、M(Met)、D(Asp)、E(Glu)、N(Asn)、およびQ(Gln)から選択されるアミノ酸残基であって、改変前のアミノ酸残基以外のものが挙げられる。改変後のアミノ酸残基としては、バニリンの生産に有効なもの(例えば、ACARのiVNN副生率を低下させるもの)を選択してよい。
【0048】
「特定の変異」として、具体的には、以下の変異が挙げられる:
C28A、C135(A, V)、R241(K, Q)、G249(N, S, T)、R252(K, Q, T)、W259(F, Y)、M265(I, V)、V270(A, I)、M271(A, G, H, I, L, N, Q, R, S, T, V, Y)、S274(A, N)、T275S、Q278D、Q310L、V312(A, C, D, F, G, I, L, M, P, Q, S, T, Y)、I353(L, V)、S356(A, T)、I376(F, L, V)、E377D、G378D、Y379(F, L)、S381(A, T)、T382S、A384(C, F, G, H, I, K, L, N, Q, S, T)、A385(D, E, K, P, R)、G386(C, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, Y)、V387I、S388(M, T)、I389V、Y467(F, H, W)、I574(A, C, F, G, L, L, M, N, P, T, V)。
【0049】
すなわち、「特定の変異」は、例えば、これらの変異から選択される1つまたはそれ以上の変異を含んでいてよい。「特定の変異」は、例えば、これらの変異から選択される1つの変異であってもよく、これらの変異から選択される2つまたはそれ以上の変異の組み合わせであってもよい。また、「特定の変異」は、例えば、これらの変異から選択される1つまたはそれ以上の変異と、それ以外のC28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、I574から選択される1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異との組み合わせであってもよい。
【0050】
また、C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、およびI574における変異は、例えば、それぞれ、C28A、C135(A, V)、R241(K, Q)、G249(N, S, T)、R252(K, Q, T)、W259(F, Y)、M265(I, V)、V270(A, I)、M271(A, G, H, I, L, N, Q, R, S, T, V, Y)、S274(A, N)、T275S、Q278D、Q310L、V312(A, C, D, F, G, I, L, M, P, Q, S, T, Y)、I353(L, V)、S356(A, T)、I376(F, L, V)、E377D、G378D、Y379(F, L)、S381(A, T)、T382S、A384(C, F, G, H, I, K, L, N, Q, S, T)、A385(D, E, K, P, R)、G386(C, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, Y)、V387I、S388(M, T)、I389V、Y467(F, H, W)、およびI574(A, C, F, G, L, L, M, N, P, T, V)であってよい。
【0051】
G386における変異としては、特に、G386Nが挙げられる。
【0052】
変異を特定するための上記表記において、数字およびその左側の文字の意味は前記と同様である。変異を特定するための上記表記において、数字の右側の文字は、各位置の改変後のアミノ酸残基を示す。すなわち、例えば、「C28A」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列における28位のC(Cys)残基がA(Ala)残基に置換される変異を示す。また、例えば、「G386(C, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, Y)」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列における386位のG(Gly)残基がC, D, E, F, H, I, K, L, M, N, P, Q, R, S, T, V, W, またはY残基に置換される変異を示す。
【0053】
任意の野生型ACARにおいて、これらの変異は、それぞれ、「配列番号2に示すアミノ酸配列における当該変異に相当する変異」を示す。任意の野生型ACARにおいて、「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるX位のアミノ酸残基が或るアミノ酸残基に置換される変異に相当する変異」とは、「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が或るアミノ酸残基に置換される変異」と読み替えるものとする。すなわち、例えば、任意の野生型ACARにおいて、「G386N」とは、配列番号2に示すアミ
ノ酸配列における386位のG(Gly)残基に相当するアミノ酸残基がN(Asn)残基に置換さ
れる変異を示す。
【0054】
変異の組み合わせは特に制限されない。変異の組み合わせとしては、G386における変異を含む組み合わせが挙げられる。変異の組み合わせとして、具体的には、以下の組み合わせが挙げられる:
G386M/M271Y、G386M/S274N、G386M/I353F、G386M/I353L、G386N/M271Y、G386N/V312A、G386N/V312F、G386N/V312I、G386N/I353F、G386N/I353L、G386N/A384S、G386N/A385M、G386N/A385V、G386N/V387I、G386N/I574A、G386N/I574M、G386N/I574T。
【0055】
変異の組み合わせとしては、特に、以下の組み合わせが挙げられる:
G386M/M271Y、G386M/S274N、G386M/I353F、G386M/I353L、G386N/M271Y、G386N/V312A、G386N/V312F、G386N/V312I、G386N/I353F、G386N/I353L、G386N/A384S、G386N/A385M、G386N/V387I、G386N/I574A、G386N/I574M、G386N/I574T。
【0056】
すなわち、「特定の変異」は、例えば、これらのいずれかの組み合わせを含んでいてよい。
【0057】
組み合わせを特定するための上記表記において、数字およびその左側と右側の文字の意味は前記と同様である。組み合わせを特定するための上記表記において、「/」で区切ら
れた2またはそれ以上の変異の併記は、二重変異またはそれ以上の多重変異を示す。すなわち、例えば、「G386M/M271Y」は、G386MとM271Yの二重変異を示す。
【0058】
上記各変異で言及されるアミノ酸残基の位置は、改変されるアミノ酸残基を特定するための便宜上の記載であり、野生型ACARにおける絶対的な位置を示す必要はない。すなわち、上記各変異におけるアミノ酸残基の位置は、配列番号2に示すアミノ酸配列に基づく相対的な位置を示すものであって、アミノ酸残基の欠失、挿入、または付加等によってその絶対的な位置は前後することがある。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列において、X位よりもN末端側の位置で1アミノ酸残基が欠失した、または挿入された場合、元のX位のアミノ酸残基は、それぞれ、N末端から数えてX-1番目またはX+1番目のアミノ酸残基となるが、「配列番号2に示すアミノ酸配列のX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」とみなされる。また、上記各変異で言及される改変前のアミノ酸残基は、改変されるアミノ酸残基を特定するための便宜上の記載であり、野生型ACARにおいて保存されている必要はない。すなわち、野生型ACARが配列番号2に示すアミノ酸配列を有しない場合、上記各変異で言及される改変前のアミノ酸残基は保存されていないことがある。すなわち、上記各変異には、上記各変異で言及される改変前のアミノ酸残基が保存されていない場合に当該アミノ酸残基が他のアミノ酸残基(例えば、上記各変異で言及される改変後のアミノ酸残基)に置換される変異も包含されてよい。例えば、「G386における変異」には、G386に相当するアミノ酸残基が保存されている(すなわち、G(Gly)残基である)場合に当該アミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する変異に限られず、G386に相当するアミノ酸残基が保存されていない(すなわち、G(Gly)残基でない)場合に当該アミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換する変異も包含されてよい。改変前および改変後のアミノ酸残基は、互いに同一とならないように選択される。
【0059】
任意のACARのアミノ酸配列において、どのアミノ酸残基が「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」であるかは、当該任意のACARのアミノ酸配列と配列番号2に示すアミノ酸配列とのアライメントを行うことにより決定できる。アライメントは、例えば、公知の遺伝子解析ソフトウェアを利用して行うことができる。具体的なソフトウェアとしては、日立ソリューションズ製のDNASISや、ゼネティックス製のGENETYXなどが挙げられる(Elizabeth C. Tyler et al., Computers and Biomedical Research, 24(1), 72-96, 1991;Barton GJ et al., Journal of molecular biology, 198(2), 327-37. 1987)。
【0060】
<2>変異型ACARの製造
変異型ACARは、例えば、変異型ACAR遺伝子を有する宿主に同遺伝子を発現させることにより製造できる。
【0061】
また、変異型ACARは、例えば、変異型ACAR遺伝子を無細胞タンパク質合成系で発現させることによっても製造できる。
【0062】
以下、変異型ACAR遺伝子を有する宿主を利用した変異型ACARの製造について詳述する。
【0063】
<2-1>宿主
変異型ACAR遺伝子を有する宿主は、変異型ACAR遺伝子を適当な宿主に導入することにより取得できる。「変異型ACAR遺伝子を宿主に導入する」ことには、宿主が有する野生型ACAR遺伝子等のACAR遺伝子を変異型ACARをコードするように改変することも包含されてよい。「変異型ACAR遺伝子を有する」ことを、「変異型ACARを有する」ともいう。
【0064】
宿主は、機能する変異型ACARを発現できるものであれば特に制限されない。宿主としては、微生物、植物細胞、昆虫細胞、動物細胞が挙げられる。宿主としては、特に、微生物が挙げられる。微生物としては、細菌や酵母が挙げられる。微生物としては、特に、細菌が挙げられる。
【0065】
細菌としては、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)に属する細菌、コリネ型細菌、バチルス属細菌が挙げられる。
【0066】
腸内細菌科に属する細菌としては、エシェリヒア(Escherichia)属、エンテロバクタ
ー(Enterobacter)属、パントエア(Pantoea)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、セ
ラチア(Serratia)属、エルビニア(Erwinia)属、フォトラブダス(Photorhabdus)属
、プロビデンシア(Providencia)属、サルモネラ(Salmonella)属、モルガネラ(Morganella)等の属に属する細菌が挙げられる。具体的には、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=91347)で用いられている分類法により腸内細菌科に分類されている細菌を用いることができる。エシェリヒア属細菌としては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりエシェリヒア属に分類されている細菌が挙げられる。エシェリヒア属細菌としては、例えば、Neidhardtらの著書(Backmann, B. J. 1996. Derivations and Genotypes of some mutant derivatives of Escherichia coli K-12, p.
2460-2488. Table 1. In F. D. Neidhardt (ed.), Escherichia coli and Salmonella Cellular and Molecular Biology/Second Edition, American Society for Microbiology Press, Washington, D.C.)に記載されたものが挙げられる。エシェリヒア属細菌として
は、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)が挙げられる。エシェリヒア・コリとしては、例えば、W3110株(ATCC 27325)やMG1655株(ATCC 47076)等のエシェリヒ
ア・コリK-12株;エシェリヒア・コリK5株(ATCC 23506);BL21(DE3)株等のエシェリヒ
ア・コリB株;およびそれらの派生株が挙げられる。エンテロバクター属細菌としては、
例えば、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)やエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)が挙げられる。パントエア属細菌としては、例えば、パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)、パントエア・スチューアルティ(Pantoea stewartii)、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)、パントエア・シトレア(Pantoea citrea)が挙げられる。エルビニア属細菌としては、例えば、エルビニア・アミロボーラ(Erwinia amylovora)、エルビニア・カロトボーラ(Erwinia carotovora)が挙げられる。クレブシエラ属細菌としては、例えば、クレブシエラ・プランティコーラ(Klebsiella planticola)が挙げられる。
【0067】
コリネ型細菌としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ブレビバクテリ
ウム(Brevibacterium)属、およびミクロバクテリウム(Microbacterium)属等の属に属する細菌が挙げられる。
【0068】
コリネ型細菌としては、具体的には、下記のような種が挙げられる。
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム(Corynebacterium acetoacidophilum)
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム(Corynebacterium acetoglutamicum)
コリネバクテリウム・アルカノリティカム(Corynebacterium alkanolyticum)
コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)
コリネバクテリウム・クレナタム(Corynebacterium crenatum)
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)
コリネバクテリウム・リリウム(Corynebacterium lilium)
コリネバクテリウム・メラセコーラ(Corynebacterium melassecola)
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス(コリネバクテリウム・エフィシエンス)(Corynebacterium thermoaminogenes (Corynebacterium efficiens))
コリネバクテリウム・ハーキュリス(Corynebacterium herculis)
ブレビバクテリウム・ディバリカタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium divaricatum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・フラバム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium
flavum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・イマリオフィラム(Brevibacterium immariophilum)
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium lactofermentum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・ロゼウム(Brevibacterium roseum)
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム(Brevibacterium saccharolyticum)
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス(Brevibacterium thiogenitalis)
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(コリネバクテリウム・スタティオニス)(Corynebacterium ammoniagenes (Corynebacterium stationis))
ブレビバクテリウム・アルバム(Brevibacterium album)
ブレビバクテリウム・セリナム(Brevibacterium cerinum)
ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム(Microbacterium ammoniaphilum)
【0069】
コリネ型細菌としては、具体的には、下記のような菌株が挙げられる。
Corynebacterium acetoacidophilum ATCC 13870
Corynebacterium acetoglutamicum ATCC 15806
Corynebacterium alkanolyticum ATCC 21511
Corynebacterium callunae ATCC 15991
Corynebacterium crenatum AS1.542
Corynebacterium glutamicum ATCC 13020, ATCC 13032, ATCC 13060, ATCC 13869, FERM BP-734
Corynebacterium lilium ATCC 15990
Corynebacterium melassecola ATCC 17965
Corynebacterium efficiens (Corynebacterium thermoaminogenes) AJ12340 (FERM BP-1539)
Corynebacterium herculis ATCC 13868
Brevibacterium divaricatum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 14020
Brevibacterium flavum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 13826, ATCC 14067, AJ12418 (FERM BP-2205)
Brevibacterium immariophilum ATCC 14068
Brevibacterium lactofermentum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 13869
Brevibacterium roseum ATCC 13825
Brevibacterium saccharolyticum ATCC 14066
Brevibacterium thiogenitalis ATCC 19240
Corynebacterium ammoniagenes (Corynebacterium stationis) ATCC 6871, ATCC 6872
Brevibacterium album ATCC 15111
Brevibacterium cerinum ATCC 15112
Microbacterium ammoniaphilum ATCC 15354
【0070】
なお、コリネバクテリウム属細菌には、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に統合された細菌(Int. J. Syst. Bacteriol., 41, 255(1991))も含まれる。また、コリネバクテリウム・スタティオニスには、従来コリネバクテリウム・アンモニアゲネスに分類されていたが、16S rRNAの塩基配列解析等によりコリネバクテリウム・スタティオニスに再分類された細菌も含まれる(Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 60, 874-879(2010))。
【0071】
バチルス属細菌としては、例えば、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)、バ
チルス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)、バチルス・プミルス(Bacillus pumilus)、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、バチルス・ブレビス(Bacillus brevis)、バチルス・ポリミキサ(Bacillus polymixa)、バチルス・ステアロサーモフィラス(Bacillus stearothermophilus)が挙げられる。バチルス・サブチリスとして、具体的には、例えば、バチルス・サブチリス168 Marburg株(ATCC 6051)やバチルス・サブチリスPY79株(Plasmid, 1984, 12, 1-9)が挙げられる。バチルス・アミロリケファシエンスとして、具体的には、例えば、バチルス・アミロリケファシエンスT株(ATCC 23842)やバチ
ルス・アミロリケファシエンスN株(ATCC 23845)が挙げられる。
【0072】
酵母としては、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロミセス属、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)等のキャンディダ属、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等のピヒア属、ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula
polymorpha)等のハンゼヌラ属、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロミセス属等の属に属する酵母が挙げられる。
【0073】
これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることができる。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることができる(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、これらの菌株は、例えば、各菌株が寄託された寄託機関から入手することができる。
【0074】
変異型ACAR遺伝子は、例えば、野生型ACAR遺伝子を、コードされるACARが「特定の変異」を有するよう改変することにより取得できる。改変の元になる野生型ACAR遺伝子は、例えば、野生型ACAR遺伝子を有する生物からのクローニングにより、または、化学合成により、取得できる。また、変異型ACAR遺伝子は、野生型ACAR遺伝子を介さずに取得することもできる。変異型ACAR遺伝子は、例えば、化学合成により直接取得してもよい。取得した変異型ACAR遺伝子は、そのまま、あるいはさらに改変して利用してもよい。例えば、或る態様の変異型ACAR遺伝子を改変することにより別の態様の変異型ACAR遺伝子を取得してもよい。
【0075】
遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質が特定の部位にアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer, W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙
げられる。
【0076】
変異型ACAR遺伝子を宿主に導入する手法は特に制限されない。変異型ACAR遺伝子は、発現可能に宿主に保持されていればよい。変異型ACAR遺伝子は、「タンパク質の活性を増大させる手法」において後述する遺伝子の導入と同様にして宿主に導入することができる。
【0077】
また、宿主が染色体等に既に野生型ACAR遺伝子等のACAR遺伝子を有している場合、当該ACAR遺伝子を変異型ACARをコードするように改変することにより、変異型ACAR遺伝子を有するように宿主を改変することもできる。染色体等に存在するACAR遺伝子の改変は、例えば、自然変異、変異処理、または遺伝子工学により実施できる。
【0078】
宿主は、変異型ACARを製造できる限り、任意の性質を有していてよい。
【0079】
宿主は、例えば、バニリンの生産に有用な性質を有するよう改変されていてよい。宿主は、具体的には、例えば、バニリン酸からのバニリンの生産に有用な性質を有するよう改変されていてよい。そのような改変としては、WO2018/079687、WO2018/079686、WO2018/079685、WO2018/079684、WO2018/079683、WO2017/073701、WO2018/079705、US2018-0334693A、およびUS2019-0161776Aに記載の、バニリン生産能を付与または増強するための改変が挙げられる。そのような改変として、具体的には、ホスホパンテテイニル化酵素の活性の増強、バニリン酸取り込み系の活性の増強、バニリン酸デメチラーゼ(vanillate demethylase)の活性の低下、アルコールデヒドロゲナーゼ(alcohol dehydrogenase;ADH)の活性の低下が挙げられる。そのような改変としては、特に、ホスホパンテテイニル化酵素の活性の増強、バニリン酸デメチラーゼの活性の低下、アルコールデヒドロゲナーゼの活性の低下が挙げられる。これらの改変は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、用いることができる。宿主を構築するための改変の順序は特に制限されない。
【0080】
宿主は、ホスホパンテテイニル化酵素の活性が増大するように改変されていてよい。ACARは、ホスホパンテテイニル化されることにより活性型酵素となり得る(J. Biol. Chem. 2007, Vol. 282, No.1, p478-485)。よって、タンパク質のホスホパンテテイニル化を触媒する酵素(「ホスホパンテテイニル化酵素」ともいう)の活性を増大させることにより、ACARの活性を増大させることができる。ホスホパンテテイニル化酵素としては、ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼ(phosphopantetheinyl transferase;PPT)が挙げられる。
【0081】
「ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼ(phosphopantetheinyl transferase;PPT)」とは、ホスホパンテテイニル基供与体の存在下でACARをホスホパンテテイニル化する反応を触媒する活性を有するタンパク質を意味してよい。同活性を、「PPT活性」ともいう。PPTをコードする遺伝子を、「PPT遺伝子」ともいう。ホスホパンテテイニル基供与体としては、補酵素A(CoA)が挙げられる。PPTとしては、entD遺伝子にコードされるEntDタンパク質が挙げられる。EntDタンパク質等のPPTとしては、各種生物のものが挙げられる。PPTとして、具体的には、E. coli K-12 MG1655株等のE. coliのEntDタンパク質が挙げられる。E. coli K-12 MG1655株のentD遺伝子の塩基配列を配列番号3に、同遺伝子がコードするEntDタンパク質のアミノ酸配列を配列番号4に、それぞれ示す。また、PPTとして、具体的には、Nocardia brasiliensisのPPT、Nocardia farcinica IFM10152のPPT(J. Biol. Chem. 2007, Vol. 282, No.1, pp.478-485)、C. glutamicumのPPT(App. Env. Microbiol. 2009, Vol.75, No.9, pp.2765-2774)も挙げられる。C. glutamicumとしては、C. glutamicum ATCC 13032株やATCC 13869株等の上記例示した株が挙げられる。
【0082】
宿主は、バニリン酸取り込み系の活性が増大するように改変されていてよい。「バニリン酸取り込み系」とは、バニリン酸を細胞外から細胞内へ取り込む機能を有するタンパク質を意味してよい。同活性を、「バニリン酸取り込み活性」ともいう。バニリン酸取り込み系をコードする遺伝子を、「バニリン酸取り込み系遺伝子」ともいう。バニリン酸取り込み系としては、vanK遺伝子にコードされるVanKタンパク質が挙げられる(M. T. Chaudhry, et al., Microbiology, 2007. 153:857-865)。VanKタンパク質等のバニリン酸取り込み系やとしては、コリネ型細菌等の各種生物のものが挙げられる。バニリン酸取り込み系として、具体的には、C. glutamicum ATCC 13032株やATCC 13869株等のC. glutamicumのVanKタンパク質が挙げられる。
【0083】
宿主は、バニリン酸デメチラーゼ(vanillate demethylase)の活性が低下するように
改変されていてよい。「バニリン酸デメチラーゼ(vanillate demethylase)」とは、バ
ニリン酸を脱メチル化してプロトカテク酸を生成する反応を触媒する活性を有するタンパク質を意味してよい。同活性を、「vanillate demethylase活性」ともいう。vanillate demethylaseをコードする遺伝子を、「vanillate demethylase遺伝子」ともいう。vanillate demethylaseとしては、vanAB遺伝子にコードされるVanABタンパク質が挙げられる(Current Microbiology, 2005, Vol.51, p59-65)。vanA遺伝子およびvanB遺伝子は、それぞれ、vanillate demethylaseのサブユニットAおよびサブユニットBをコードする。vanillate demethylase活性を低下させる場合、例えば、vanAB遺伝子の両方を破壊等してもよく、片方のみを破壊等してもよい。VanABタンパク質等のvanillate demethylaseとしては、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌やコリネ型細菌等の各種生物のものが挙げられる。vanillate demethylaseとして、具体的には、C. glutamicum ATCC 13032株やATCC 13869株等のC. glutamicumのVanABタンパク質が挙げられる。なお、vanAB遺伝子は、通常、vanK遺伝子とvanABKオペロンを構成している。よって、vanillate demethylase活性を低下させるためにvanABKオペロンをまとめて破壊等(例えば、欠損)してもよい。その場合、改めて宿主にvanK遺伝子を導入してもよい。例えば、宿主細胞外に存在するバニリン酸を利用する場合であって、vanABKオペロンをまとめて破壊等(例えば、欠損)した場合は、改めてvanK遺伝子を導入してもよい。
【0084】
宿主は、アルコールデヒドロゲナーゼ(alcohol dehydrogenase;ADH)の活性が低下するように改変されていてよい。「アルコールデヒドロゲナーゼ(alcohol dehydrogenase
;ADH)」とは、電子供与体の存在下でアルデヒドを還元してアルコールを生成する反応
を触媒する活性を有するタンパク質を意味してよい(EC 1.1.1.1、EC 1.1.1.2、EC 1.1.1.71等)。同活性を、「ADH活性」ともいう。ADHをコードする遺伝子を、「ADH遺伝子」ともいう。電子供与体としては、NADHやNADPHが挙げられる。
【0085】
ADHとしては、特に、電子供与体の存在下でバニリンを還元してバニリルアルコールを
生成する反応を触媒する活性を有するものが挙げられる。同活性を、特に、「バニリルアルコールデヒドロゲナーゼ(vanillyl alcohol dehydrogenase)活性」ともいう。また、vanillyl alcohol dehydrogenase活性を有するADHを、特に、「バニリルアルコールデヒ
ドロゲナーゼ(vanillyl alcohol dehydrogenase)」ともいう。
【0086】
ADHとしては、yqhD遺伝子、NCgl0324遺伝子、NCgl0313遺伝子、NCgl2709遺伝子、NCgl0
219遺伝子、NCgl2382遺伝子にそれぞれコードされるYqhDタンパク質、NCgl0324タンパク
質、NCgl0313タンパク質、NCgl2709タンパク質、NCgl0219タンパク質、NCgl2382タンパク質が挙げられる。yqhD遺伝子およびNCgl0324遺伝子は、いずれも、vanillyl alcohol dehydrogenaseをコードする。このようなADHとしては、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌やコリネ型細菌等の各種生物のものが挙げられる。yqhD遺伝子は、例えば、E. coli等の腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌に見出され得る。NCgl0324遺伝子、NCgl0313遺伝子、NCgl2709遺伝子、NCgl0219遺伝子、およびNCgl2382遺伝子は、例えば、C. glutamicum等のコリネ型細菌に見出され得る。すなわち、ADHとして、具体的には、E. coli K-12 MG1655株等のE. coliのYqhDタンパク質が挙げられる。また、ADHとして、具体的には、C. glutamicum ATCC 13032株やATCC 13869株等のC. glutamicumのNCgl0324タンパク質、NCgl0313タンパク質、NCgl2709タンパク質、NCgl0219タンパク質、NCgl2382タンパク質が挙げられる。1種のADHの活性を低下させてもよく、2種またはそれ以上のADHの活性を低下させてもよい。例えば、NCgl0324タンパク質、NCgl2709タンパク質、およびNCgl0313タンパク質の内の1種またはそれ以上の活性を低下させてよい。特に、少なくとも、NCgl0324タンパク質の活性を低下させてもよい。
【0087】
宿主の改変に使用される遺伝子およびタンパク質は、それぞれ、例えば、公知の塩基配列およびアミノ酸配列を有する遺伝子およびタンパク質であってよい。また、宿主の改変に使用される遺伝子およびタンパク質は、それぞれ、公知の塩基配列およびアミノ酸配列を有する遺伝子およびタンパク質の保存的バリアントであってもよい。「保存的バリアント」とは、元の機能が維持されたバリアントを意味してよい。具体的には、例えば、宿主の改変に使用される遺伝子は、元の機能(すなわち、酵素活性等)が維持されている限り、タンパク質の公知のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。各タンパク質の活性は、例えば、WO2018/079687、WO2018/079686、WO2018/079685、WO2018/079684、WO2018/079683、WO2017/073701、WO2018/079705、US2018-0334693A、またはUS2019-0161776Aに記載の方法により測定することができる。このような遺伝子およびタンパク質の保存的バリアントについては、上述したACAR遺伝子およびACARのバリアントに関する記載を準用できる。
【0088】
<2-2>タンパク質の活性を増大させる手法
以下に、タンパク質の活性を増大させる手法(遺伝子を導入する手法も含む)について説明する。
【0089】
「タンパク質の活性が増大する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して増大することを意味してよい。「タンパク質の活性が増大する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株に対して増大することを意味してよい。「タンパク質の細胞当たりの活性」とは、同タンパク質の活性の細胞当たりの平均値を意味してよい。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が増大するように改変されていない対照株を意味してよい。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、宿主が属する種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変
株として、具体的には、宿主の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、基準株(すなわち宿主が属する種の基準株)と比較して増大してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13869株と比較して増大してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13032株と比較して増大してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、E. coli K-12 MG1655株と比較して増大してもよい。なお、「タンパク質の活性が増大する」ことを、「タンパク質の活性が増強される」ともいう。「タンパク質の活性が増大する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が増加していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が増大していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が増大する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。「タンパク質の細胞当たりの分子数」とは、同タンパク質の分子数の細胞当たりの平均値を意味してよい。また、「タンパク質の活性が増大する」ことには、もともと標的のタンパク質の活性を有する菌株において同タンパク質の活性を増大させることだけでなく、もともと標的のタンパク質の活性が存在しない菌株に同タンパク質の活性を付与することも包含される。また、結果としてタンパク質の活性が増大する限り、宿主が本来有する標的のタンパク質の活性を低下または消失させた上で、好適な標的のタンパク質の活性を付与してもよい。
【0090】
タンパク質の活性の増大の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して増大していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、1.2倍以上、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、非改変株が標的のタンパク質の活性を有していない場合は、同タンパク質をコードする遺伝子を導入することにより同タンパク質が生成されていればよいが、例えば、同タンパク質はその活性が測定できる程度に生産されていてよい。
【0091】
タンパク質の活性が増大するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を上昇させることによって達成できる。「遺伝子の発現が上昇する」とは、同遺伝子の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して増大することを意味してよい。「遺伝子の発現が上昇する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して増大することを意味してよい。「遺伝子の細胞当たりの発現量」とは、同遺伝子の発現量の細胞当たりの平均値を意味してよい。「遺伝子の発現が上昇する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が増大すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が増大することを意味してよい。なお、「遺伝子の発現が上昇する」ことを、「遺伝子の発現が増強される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、1.2倍以上、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、「遺伝子の発現が上昇する」ことには、もともと標的の遺伝子が発現している菌株において同遺伝子の発現量を上昇させることだけでなく、もともと標的の遺伝子が発現していない菌株において、同遺伝子を発現させることも包含される。すなわち、「遺伝子の発現が上昇する」とは、例えば、標的の遺伝子を保持しない菌株に同遺伝子を導入し、同遺伝子を発現させることを意味してもよい。
【0092】
遺伝子の発現の上昇は、例えば、遺伝子のコピー数を増加させることにより達成できる。
【0093】
遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(Miller, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、バニリンの生産に不要な遺伝子等の染色体上の適当な配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP805867B1)。
【0094】
染色体上に標的遺伝子が導入されたことの確認は、同遺伝子の全部又は一部と相補的な配列を持つプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、又は同遺伝子の配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCR等によって確認できる。
【0095】
また、遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。例えば、標的遺伝子を含むDNA断片を、宿主で機能するベクターと連結して同遺伝子の発現ベクターを構築し、当該発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同遺伝子のコピー数を増加させることができる。標的遺伝子を含むDNA断片は、例えば、標的遺伝子を有する微生物のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより取得できる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであってよい。また、形質転換体を選択するために、ベクターは抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有していてよい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。エシェリヒア・コリ等の腸内細菌科の細菌において自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pBR322、pSTV29(いずれもタカラバイオ社より入手可)、pACYC184、pMW219(ニッポンジーン社)、pTrc99A(ファルマシア社)、pPROK系ベクター(クロンテック社)、pKK233‐2(クロンテック社)、pET系ベクター(ノバジェン社)、pQE系ベクター(キアゲン社)、pCold TF DNA(Takara Bio)、pACYC系ベクター、広宿主域ベクターRSF1010が挙げられる。コリネ型細菌で自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pHM1519(Agric. Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));pAM330(Agric. Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));これらを改良した薬剤耐性遺伝子を有するプラスミド;pCRY30(特開平3-210184);pCRY21、pCRY2KE、pCRY2KX、pCRY31、pCRY3KE、およびpCRY3KX(特開平2-72876、米国特許5,185,262号);pCRY2およびpCRY3(特開平1-191686);pAJ655、pAJ611、およびpAJ1844(特開昭58-192900);pCG1(特開昭57-134500);pCG2(特開昭58-35197);pCG4およびpCG11(特開昭57-183799);pPK4(米国特許6,090,597号);pVK4(特開平No. 9-322774);pVK7(特開平10-215883);pVK9(WO2007/046389);pVS7(WO2013/069634);pVC7(特開平9-070291)が挙げられる。また、コリネ型細菌で自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pVC7H2等の、pVC7のバリアントも挙げられる(WO2018/179834)。
【0096】
遺伝子を導入する場合、遺伝子は、宿主により発現可能であればよい。具体的には、遺伝子は、宿主で機能するプロモーターによる制御を受けて発現するように保持されていればよい。「宿主において機能するプロモーター」とは、宿主においてプロモーター活性を有するプロモーターを意味してよい。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、導入する遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターとしては、例えば、本明細書に記載するようなより強力なプロモーターを利用してもよい。
【0097】
遺伝子の下流には、転写終結用のターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、導入する遺伝子の固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子のターミネーターであってもよい。ターミネーターとして、具体的には、例えば、T7ターミネーター、T4ターミネーター、fdファージターミネーター、tetターミネーター、およびtrpAターミネーターが挙げられる。
【0098】
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
【0099】
また、2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合、各遺伝子が、発現可能に宿主に保持されていればよい。例えば、各遺伝子は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、各遺伝子は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。また、2またはそれ以上の遺伝子でオペロンを構成して導入してもよい。「2またはそれ以上の遺伝子を導入する」場合としては、2またはそれ以上のタンパク質(例えば、酵素)をそれぞれコードする遺伝子を導入する場合や、単一のタンパク質複合体(例えば、酵素複合体)を構成する2またはそれ以上のサブユニットをそれぞれコードする遺伝子を導入する場合が挙げられる。
【0100】
導入される遺伝子は、宿主で機能するタンパク質をコードするものであれば特に制限されない。導入される遺伝子は、宿主由来の遺伝子であってもよく、異種由来の遺伝子であってもよい。導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用い、同遺伝子を有する生物のゲノムDNAや同遺伝子を搭載するプラスミド等を鋳型として、PCRにより取得することができる。また、導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて全合成してもよい(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。すなわち、遺伝子を改変することにより、そのバリアントを取得することができる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質が特定の部位においてアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer, W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。あるいは、遺伝子のバリアントを全合成してもよい。
【0101】
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が増大する限り、それらのサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、遺伝子の発現を上昇させることによりタンパク質の活性を増大させる場合、それらのサブユニットをそれぞれコードする遺伝子の全ての発現を増強してもよく、一部の発現のみを増強してもよい。通常は、それらのサブユニットをコードする遺伝子の全ての発現を増強するのが好ましい。また、複合体を構成する各サブユニットは、複合体が標的のタンパク質の機能を有する限り、1種の生物由来であってもよく、2種またはそれ以上の異なる生物由来であってもよい。すなわち、例えば、複数のサブユニットをコードする、同一の生物由来の遺伝子を宿主に導入してもよく、それぞれ異なる生物由来の遺伝子を宿主に導入してもよい。
【0102】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の転写効率を向上させることにより達成できる。また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の翻訳効率を向上させることにより達成できる。遺伝子の転写効率や翻訳効率の向上は、例えば、発現調節配列の改変により達成できる。「発現調節配列」とは、遺伝子の発現に影響する部位の総称であってよい。発現調節配列としては、例えば、プロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、およびRBSと開始コドンとの間のスペーサー領域が挙げられる。発現調節配列は、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することができる。これら発現調節配列の改変は、例えば、温度感受性ベクターを用いた方法や、Redドリブンインテグレーション法(WO2005/010175)により行うことができる。
【0103】
遺伝子の転写効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより強力なプロモーターに置換することにより達成できる。「より強力なプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも向上するプロモーターを意味してよい。より強力なプロモーターとしては、例えば、公知の高発現プロモーターであるT7プロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、thrプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、tetプロモーター、araBADプロモーター、rpoHプロモーター、msrAプロモーター、Bifidobacterium由来のPm1プロモーター、PRプロモーター、およびPLプロモーターが挙げられる。また、コリネ型細菌で利用できるより強力なプロモーターとしては、例えば、人為的に設計変更されたP54-6プロモーター(Appl. Microbiol. Biotechnol., 53, 674-679(2000))、コリネ型細菌内で酢酸、エタノール、ピルビン酸等で誘導できるpta、aceA、aceB、adh、amyEプロモーター、コリネ型細菌内で発現量が多い強力なプロモーターであるcspB、SOD、tuf(EF-Tu)プロモーター(Journal of Biotechnology 104 (2003) 311-323, Appl Environ Microbiol. 2005 Dec;71(12):8587-96.)、P2プロモーター(WO2018/079684)、P3プロモーター(WO2018/079684)、lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、F1プロモーター(WO2018/179834)が挙げられる。また、より強力なプロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得してもよい。例えば、プロモーター領域内の-35、-10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。高活性型プロモーターとしては、各種tac様プロモーター(Katashkina JI et al. Russian Federation Patent application 2006134574)が挙げられる。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。
【0104】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のシャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)をより強力なSD配列に置換することにより達成できる。「より強力なSD配列」とは、mRNAの翻訳が、もともと存在している野生型のSD配列よりも向上するSD配列を意味してよい。より強力なSD配列としては、例えば、ファージT7由来の遺伝子10のRBSが挙げられる(Olins P. O. et al, Gene,
1988, 73, 227-235)。さらに、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域、特に開始コドンのすぐ上流の配列(5’-UTR)における数個のヌクレオチドの置換、あるいは挿入
、あるいは欠失がmRNAの安定性および翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することによっても遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。
【0105】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、コドンの改変によっても達成できる。例えば、遺伝子中に存在するレアコドンを、より高頻度で利用される同義コドンに置き換えることにより、遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。すなわち、導入される遺伝子は、例えば、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。コドンの置換は、例えば、DNAの目的部位に目的の変異を導入する部位特異的変異法
により行うことができる。また、コドンが置換された遺伝子断片を全合成してもよい。種々の生物におけるコドンの使用頻度は、「コドン使用データベース」(http://www.kazusa.or.jp/codon; Nakamura, Y. et al, Nucl. Acids Res., 28, 292 (2000))に開示されている。
【0106】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを増幅すること、または、遺伝子の発現を低下させるようなレギュレーターを欠失または弱化させることによっても達成できる。
【0107】
上記のような遺伝子の発現を上昇させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0108】
また、タンパク質の活性が増大するような改変は、例えば、タンパク質の比活性を増強することによっても達成できる。比活性の増強には、フィードバック阻害の脱感作(desensitization to feedback inhibition)も包含されてよい。すなわち、タンパク質が代謝物によるフィードバック阻害を受ける場合は、フィードバック阻害が脱感作されるよう遺伝子またはタンパク質を宿主において変異させることにより、タンパク質の活性を増大させることができる。なお、「フィードバック阻害の脱感作」には、特記しない限り、フィードバック阻害が完全に解除される場合、および、フィードバック阻害が低減される場合が包含されてよい。また、「フィードバック阻害が脱感作されている」(すなわちフィードバック阻害が低減又は解除されている)ことを「フィードバック阻害に耐性」ともいう。比活性が増強されたタンパク質は、例えば、種々の生物を探索し取得することができる。また、在来のタンパク質に変異を導入することで高活性型のものを取得してもよい。導入される変異は、例えば、タンパク質の1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されるものであってよい。変異の導入は、例えば、上述したような部位特異的変異法により行うことができる。また、変異の導入は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。また、in vitroでDNAを直接ヒドロキシルアミンで処理し、ランダム変異を誘発してもよい。比活性の増強は、単独で用いてもよく、上記のような遺伝子の発現を増強する手法と任意に組み合わせて用いてもよい。
【0109】
形質転換の方法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウム
で処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A., J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)や、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E., 1977. Gene 1: 153-167)を用いることができる。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類、及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S. and Choen, S. N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。あるいは、コリネ型細菌について報告されているような、電気パルス法(特開平2-207791)を利用することもできる。
【0110】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0111】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が上昇したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が上昇したことは、同遺伝子の転写量が上昇したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が上昇したことを確認することにより確認できる。
【0112】
遺伝子の転写量が上昇したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を野生株または親株等の非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方法としてはノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙
げられる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、1.2倍以上、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0113】
タンパク質の量が上昇したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、1.2倍以上、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0114】
上記したタンパク質の活性を増大させる手法は、任意のタンパク質の活性増強や任意の遺伝子の発現増強に利用できる。
【0115】
<2-3>タンパク質の活性を低下させる手法
以下に、タンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
【0116】
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味してよい。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して低下することを意味してよい。「タンパク質の細胞当たりの活性」とは、同タンパク質の活性の細胞当たりの平均値を意味してよい。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味してよい。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、宿主が属する種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変株として、具体的には、宿主の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、基準株(すなわち宿主が属する種の基準株)と比較して低下してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13869株と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13032株と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、E. coli K-12 MG1655株と比較して低下してもよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も包含されてよい。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。「タンパク質の細胞当たりの分子数」とは、同タンパク質の分子数の細胞当たりの平均値を意味してよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も包含されてよい。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合も包含されてよい。タンパク質の活性の低下の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0117】
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子
の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して減少することを意味してよい。「遺伝子の細胞当たりの発現量」とは、同遺伝子の発現量の細胞当たりの平均値を意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合も包含されてよい。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0118】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、1塩基以上、2塩基以上、または3塩基以上が改変される。遺伝子の転写効率の低下は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより弱いプロモーターに置換することにより達成できる。「より弱いプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも弱化するプロモーターを意味してよい。より弱いプロモーターとしては、例えば、誘導型のプロモーターが挙げられる。すなわち、誘導型のプロモーターは、非誘導条件下(例えば、誘導物質の非存在下)でより弱いプロモーターとして機能し得る。より弱いプロモーターとしては、例えば、P4プロモーター(WO2018/079684)やP8プロモーター(WO2018/079684)も挙げられる。また、発現調節配列の一部または全部を欠失させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、本明細書に記載するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
【0119】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味してよい。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(例えば、活性または性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合も包含されてよい。
【0120】
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子を欠失(欠損)させることにより達成できる。「遺伝子の欠失」とは、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失を意味してよい。さらには、染色体上の遺伝子のコード領域の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域(すなわちタンパク質のN末端側をコードする領域)、内部領域、C末端領域(すなわちタンパク質のC末端側をコードする領域)等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化し得る。欠失させる領域は、例えば、遺伝子のコード領域全長の10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さの領域であってよい。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、欠失させる領域の下流でフレームシフトが生じ得る。
【0121】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドン(ナンセンス変異)を導入すること、または1~2塩基の付加または欠失(フレームシフト変異)を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
【0122】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の塩基配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する塩基配列は長い方が確実に遺伝子を不活化し得る。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、挿入部位の下流でフレームシフトが生じ得る。他の塩基配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子やバニリンの生産に有用な遺伝子が挙げられる。
【0123】
遺伝子の破壊は、特に、コードされるタンパク質のアミノ酸配列が欠失(欠損)するように実施してよい。言い換えると、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、タンパク質のアミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失させることにより、具体的には、アミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失したタンパク質をコードするように遺伝子を改変することにより、達成できる。なお、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失を意味してよい。また、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質において元のアミノ酸配列が存在しなくなることを意味してよく、元のアミノ酸配列が別のアミノ酸配列に変化する場合も包含されてよい。すなわち、例えば、フレームシフトにより別のアミノ酸配列に変化した領域は、欠失した領域とみなしてよい。アミノ酸配列の欠失により、典型的にはタンパク質の全長が短縮されるが、タンパク質の全長が変化しないか、あるいは延長される場合もあり得る。例えば、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該欠失した領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域への終止コドンの導入により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該導入部位より下流の領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域におけるフレームシフトにより、当該フレームシフト部位がコードする領域を欠失させることができる。アミノ酸配列の欠失における欠失させる領域の位置および長さについては、遺伝子の欠失における欠失させる領域の位置および長さの説明を準用できる。
【0124】
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した破壊型遺伝子を作製し、該破壊型遺伝子を含む組換えDNAで
宿主を形質転換して、破壊型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子
を含ませておくと操作がしやすい。破壊型遺伝子としては、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子が挿入された遺伝子が挙げられる。破壊型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
【0125】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'
-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0126】
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それらのサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、それらのサブユニットをそれぞれコードする遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。また、タンパク質に複数のアイソザイムが存在する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それらのアイソザイムの全ての活性を低下させてもよく、一部のみの活性を低下させてもよい。すなわち、例えば、それらのアイソザイムをそれぞれコードする遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。
【0127】
上記のようなタンパク質の活性を低下させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0128】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0129】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
【0130】
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙げられる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0131】
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0132】
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
【0133】
上記したタンパク質の活性を低下させる手法は、任意のタンパク質の活性低下や任意の
遺伝子の発現低下に利用できる。
【0134】
<2-4>宿主の培養
変異型ACAR遺伝子を有する宿主を培養することにより、変異型ACARを発現させることができる。
【0135】
使用する培地は、宿主が増殖でき、機能する変異型ACARが発現する限り、特に制限されない。培地としては、例えば、細菌や酵母等の微生物の培養に用いられる通常の培地を用いることができる。培地は、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分等の培地成分を必要に応じて含有してよい。培地成分の種類や濃度は、宿主の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0136】
炭素源として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、廃糖蜜、澱粉の加水分解物、バイオマスの加水分解物等の糖類、酢酸、クエン酸、コハク酸、グルコン酸等の有機酸類、エタノール、グリセロール、粗グリセロール等のアルコール類、脂肪酸類が挙げられる。なお、炭素源としては、植物由来原料を好ましく用いることができる。植物としては、例えば、トウモロコシ、米、小麦、大豆、サトウキビ、ビート、綿が挙げられる。植物由来原料としては、例えば、根、茎、幹、枝、葉、花、種子等の器官、それらを含む植物体、それら植物器官の分解産物が挙げられる。植物由来原料の利用形態は特に制限されず、例えば、未加工品、絞り汁、粉砕物、精製物等のいずれの形態でも利用できる。また、キシロース等の5炭糖、グルコース等の6炭糖、またはそれらの混合物は、例えば、植物バイオマスから取得して利用できる。具体的には、これらの糖類は、植物バイオマスを、水蒸気処理、濃酸加水分解、希酸加水分解、セルラーゼ等の酵素による加水分解、アルカリ処理等の処理に供することにより取得できる。なお、ヘミセルロースは一般的にセルロースよりも加水分解されやすいため、植物バイオマス中のヘミセルロースを予め加水分解して5炭糖を遊離させ、次いで、セルロースを加水分解して6炭糖を生成させてもよい。また、キシロースは、例えば、宿主にグルコース等の6炭糖からキシロースへの変換経路を保有させて、6炭糖からの変換により供給してもよい。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。
【0137】
培地中の炭素源の濃度は、宿主が増殖でき、機能する変異型ACARが発現する限り、特に制限されない。培地中の炭素源の濃度は、例えば、変異型ACARの生産が阻害されない範囲で可能な限り高くしてよい。培地中の炭素源の初発濃度は、例えば、通常5~30w/v%、好
ましくは10~20w/v%であってよい。また、適宜、炭素源を培地に追加的に供給してもよい。例えば、培養の進行に伴う炭素源の減少または枯渇に応じて、炭素源を培地に追加的に供給してもよい。最終的に変異型ACARが生産される限り炭素源は一時的に枯渇してもよいが、培養は、炭素源が枯渇しないように、あるいは炭素源が枯渇した状態が継続しないように、実施するのが好ましい場合がある。
【0138】
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。pH調整に用いられるアンモニアガスやアンモニア水を窒素源として利用してもよい。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
【0139】
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
【0140】
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
【0141】
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビ
タミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
【0142】
また、生育にアミノ酸等の栄養素を要求する栄養要求性変異株を使用する場合には、培地にそのような要求される栄養素を補添することが好ましい。
【0143】
培養条件は、宿主が増殖でき、機能する変異型ACARが発現する限り、特に制限されない。培養は、例えば、細菌や酵母等の微生物の培養に用いられる通常の条件で行うことができる。培養条件は、宿主の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。また、必要に応じて、変異型ACAR遺伝子の発現誘導を行うことができる。
【0144】
培養は、液体培地を用いて行うことができる。培養の際には、例えば、宿主を寒天培地等の固体培地で培養したものを直接液体培地に接種してもよく、宿主を液体培地で種培養したものを本培養用の液体培地に接種してもよい。すなわち、培養は、種培養と本培養とに分けて行われてもよい。その場合、種培養と本培養の培養条件は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。変異型ACARは、少なくとも本培養において発現すればよい。培養開始時に培地に含有される宿主の量は特に制限されない。例えば、OD660=4~100の種培養液を、培養開始時に、本培養用の培地に対して0.1質量%~100質量%、好ましくは1質量%~50質量%、添加してよい。
【0145】
培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(Fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。なお、培養開始時の培地を、「初発培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系(例えば発酵槽)に供給する培地を、「流加培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系に流加培地を供給することを、「流加」ともいう。なお、培養が種培養と本培養とに分けて行われる場合、種培養と本培養の培養形態は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。例えば、種培養と本培養を、共に回分培養で行ってもよく、種培養を回分培養で行い、本培養を流加培養または連続培養で行ってもよい。
【0146】
本発明において、炭素源等の各種成分は、初発培地、流加培地、またはその両方に含有されていてよい。すなわち、培養の過程において、炭素源等の各種成分を単独で、あるいは任意の組み合わせで、追加的に培地に供給してもよい。これらの成分は、いずれも、1回または複数回供給されてもよく、連続的に供給されてもよい。初発培地に含有される成分の種類は、流加培地に含有される成分の種類と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、初発培地に含有される各成分の濃度は、流加培地に含有される各成分の濃度と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、含有する成分の種類および/または濃度の異なる2種またはそれ以上の流加培地を用いてもよい。例えば、複数回の流加が間欠的に行われる場合、各流加培地に含有される成分の種類および/または濃度は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。
【0147】
培養は、例えば、好気条件で実施できる。「好気条件」とは、培地中の溶存酸素濃度が、0.33ppm以上であることを意味してよく、好ましくは1.5ppm以上であることを意味してもよい。酸素濃度は、具体的には、例えば、飽和酸素濃度の1~50%、好ましくは5%程度に制御されてよい。培養は、例えば、通気培養または振盪培養で実施できる。培地のpHは、例えば、pH 3~10、好ましくはpH 4.0~9.5であってよい。培養中、必要に応じて培地のpHを調整することができる。培地のpHは、アンモニアガス、アンモニア水、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の各種アルカリ性または酸性物質を用いて調整することができる。培養温度は、例えば、20~45℃、好ましくは25℃~37℃であってよい。培養期間は、例えば、10時間~120時間であってよい。培養は、例えば、培地中の炭素源が消費されるまで、あるいは宿主の活性がなくなるまで、継続してもよい。
【0148】
このようにして宿主を培養することにより、変異型ACARを含有する培養物が得られる。変異型ACARは、例えば、宿主の菌体内に蓄積し得る。「菌体」は、宿主の種類に応じて、適宜「細胞」と読み替えてよい。尚、使用する宿主および/または変異型ACAR遺伝子の設計によっては、ペリプラズムに変異型ACARを蓄積させることや、菌体外に変異型ACARを分泌生産させることも可能であり得る。
【0149】
変異型ACARは、培養物(具体的には、培地または菌体)に含有されたままバニリンの製造等の所望の用途に用いてもよく、培養物(具体的には、培地または菌体)から精製してバニリンの製造等の所望の用途に用いてもよい。精製は、所望の程度に実施することができる。すなわち、変異型ACARとしては、精製された変異型ACARや、変異型ACARを含有する画分が挙げられる。言い換えると、変異型ACARは、精製酵素の形態で利用されてもよく、そのような画分の形態で(すなわち、そのような画分に含有される形態で)利用されてもよく、それらの組み合わせの形態で利用されてもよい。そのような画分は、変異型ACARがその基質に作用できるように含有される限り、特に制限されない。そのような画分としては、変異型ACAR遺伝子を有する宿主(すなわち変異型ACARを有する宿主)の培養物、同培養物から回収した菌体、同培養物から回収した培養上清、それらの処理物(例えば、菌体破砕物、菌体溶解物、菌体抽出物、その他、後述するもの等の、菌体の処理物)、それらの部分精製物(すなわち粗精製物)、それらの組み合わせが挙げられる。なお、「精製された変異型ACAR」には、粗精製物が包含されてもよい。これらの画分は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。
【0150】
変異型ACARは、特に、菌体に含有された形態でバニリンの製造等の所望の用途に用いてよい。菌体は、培養物(具体的には、培地)に含有されたままバニリンの製造等の所望の用途に用いてもよく、培養物(具体的には、培地)から回収してバニリンの製造等の所望の用途に用いてもよい。また、菌体は、適宜処理に供してからバニリンの製造等の所望の用途に用いてもよい。すなわち、菌体としては、変異型ACAR遺伝子を有する宿主(すなわち変異型ACARを有する宿主)の培養物、該培養物から回収した菌体、それらの処理物が挙げられる。言い換えると、菌体は、変異型ACAR遺伝子を有する宿主(すなわち変異型ACARを有する宿主)の培養物、該培養物から回収した菌体、それらの処理物、またはそれらの組み合わせの形態で利用されてよい。処理物としては、菌体(例えば、培養物に含有される菌体や、培養物から回収した菌体)を処理に供したものが挙げられる。これらの態様の菌体は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。
【0151】
菌体を培養液から回収する手法は特に制限されず、例えば公知の手法を利用できる。そのような手法としては、例えば、自然沈降、遠心分離、濾過が挙げられる。また、凝集剤(flocculant)を利用してもよい。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。回収した菌体は、適当な媒体を用いて適宜洗浄することができる。
また、回収した菌体は、適当な媒体を用いて適宜再懸濁することができる。洗浄や懸濁に利用できる媒体としては、例えば、水や水性緩衝液等の水性媒体(水性溶媒)が挙げられる。
【0152】
菌体の処理としては、例えば、アクリルアミドやカラギーナン等の担体への固定化処理、凍結融解処理、膜の透過性を高める処理が挙げられる。膜の透過性は、例えば、界面活性剤または有機溶媒を利用して高めることができる。これらの処理は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。
【0153】
また、変異型ACARは、適宜、希釈または濃縮等してバニリンの製造等の所望の用途に用いてよい。
【0154】
変異型ACARは、単独で製造してもよく、他のタンパク質とまとめて製造してもよい。変異型ACARは、例えば、PPT等のホスホパンテテイニル化酵素とまとめて製造してもよい。
例えば、変異型ACAR遺伝子とPPT遺伝子を有する宿主にそれらの遺伝子を発現させること
により、変異型ACARとPPTをまとめて製造することができる。
【0155】
また、変異型ACAR遺伝子を有する宿主を培養することにより、該宿主を変異型ACARとしてバニリンの製造等の所望の用途に利用してもよい。
【0156】
<3>変異型ACARの利用
変異型ACARの用途は、特に制限されない。変異型ACARは、例えば、バニリンの製造に利用できる。バニリンは、例えば、炭素源またはバニリン前駆体から製造できる。バニリン前駆体としては、バニリン酸が挙げられる。すなわち、バニリンは、特に、バニリン酸から製造できる。変異型ACARを利用したバニリンの製造は、例えば、変異型ACARをACARとして利用すること以外は、WO2018/079687、WO2018/079686、WO2018/079685、WO2018/079684、WO2018/079683、WO2017/073701、WO2018/079705、US2018-0334693A、またはUS2019-0161776Aに記載の、ACARを利用したバニリンの製造(例えば、ACARを有する微生物を利用したバニリンの製造)と同様に実施できる。
【0157】
変異型ACARは、例えば、イソバニリン酸の存在下でのバニリン生産に好適に利用できる。変異型ACARは、特に、イソバニリン酸の存在下でのバニリン酸からのバニリン生産に好適に利用できる。すなわち、変異型ACARを利用することにより、イソバニリン酸からのイソバニリンの副生を低減しつつバニリンを効率よく製造することができる。
【0158】
以下、変異型ACARを利用してバニリン酸からバニリンを製造する方法について例示する。
【0159】
本発明は、変異型ACARを利用してバニリン酸からバニリンを製造する工程を含む、バニリンの製造方法を提供する。同工程を、「バニリン製造工程」ともいう。バニリン製造工程は、具体的には、変異型ACARを利用してバニリン酸をバニリンに変換する工程であってよい。
【0160】
バニリン酸は、フリー体として用いてもよく、塩として用いてもよく、それらの混合物として用いてもよい。すなわち、「バニリン酸」とは、特記しない限り、フリー体のバニリン酸、もしくはその塩、またはそれらの混合物を意味してよい。塩としては、例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が挙げられる。塩としては、1種の塩を用いてもよく、2種またはそれ以上の塩を組み合わせて用いてもよい。
【0161】
バニリン酸としては、市販品を用いてもよく、適宜製造して取得したものを用いてもよ
い。バニリン酸の製造方法は特に制限されず、例えば、公知の方法を利用できる。バニリン酸は、例えば、化学合成法、酵素法、生物変換法、発酵法、抽出法、またはそれらの組み合わせにより製造することができる。すなわち、例えば、バニリン酸は、バニリン酸前駆体からバニリン酸への変換反応を触媒する酵素(「バニリン酸生成酵素」ともいう)を利用して、バニリン酸前駆体から製造することができる。また、例えば、バニリン酸は、バニリン酸生産能を有する微生物を利用して、炭素源またはバニリン酸前駆体から、製造することができる。「バニリン酸生産能を有する微生物」とは、バニリン酸を生産することができる微生物を意味してよい。「バニリン酸生産能を有する微生物」とは、具体的には、炭素源および/またはバニリン酸前駆体からバニリン酸を生産することができる微生物を意味してよい。バニリン酸生産能を有する微生物およびそれを利用したバニリン酸の製造については、例えば、WO2018/079687、WO2018/079686、WO2018/079685、WO2018/079684、WO2018/079683、WO2017/073701、WO2018/079705、US2018-0334693A、またはUS2019-0161776Aに記載されている。バニリン酸は、例えば、プロトカテク酸を前駆体として、O-メチルトランスフェラーゼ(O-methyltransferase;OMT)を利用した酵素法またはOMTを有する微生物を利用した生物変換法により製造することができる(J. Am. CHm. Soc., 1998, Vol.120)。また、バニリン酸は、例えば、フェルラ酸を前駆体として、Pseudomonas sp. AV10株を利用した生物変換法により製造することができる(J. App. Microbiol., 2013, Vol.116, p903-910)。バニリン酸は、上記のようにして製造されたものであってよい。バニリン酸は、特に、バニリン酸生産能を有する微生物を利用して製造されたものであってよい。バニリンの製造方法は、さらに、バニリン酸を製造する工程を含んでいてもよい。バニリンの製造方法は、具体的には、上記のようにしてバニリン酸を製造する工程を含んでいてもよい。バニリンの製造方法は、特に、バニリン酸生産能を有する微生物を利用してバニリン酸を製造する工程を含んでいてもよい。製造されたバニリン酸は、そのまま、あるいは、適宜、濃縮、希釈、乾燥、溶解、分画、除菌、抽出、精製等の処理に供してから、バニリンの製造に利用できる。すなわち、バニリン酸としては、例えば、所望の程度に精製された精製品を用いてもよく、バニリン酸を含有する素材を用いてもよい。バニリン酸は、特に、バニリン酸を含有する素材の形態で用いられてもよい。バニリン酸を含有する素材は、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物)がバニリン酸を利用できる限り特に制限されない。バニリン酸を含有する素材として、具体的には、バニリン酸を含有する培養液または反応液、該培養液または反応液から分離した上清、それらの濃縮物(例えば、濃縮液)、希釈物(例えば、希釈液)、乾燥物等の処理物が挙げられる。バニリン酸を含有する素材は、例えば、バニリン酸に加えて、イソバニリン酸を含有していてよい。例えば、プロトカテク酸を前駆体としてOMTまたはそれを有する微生物を利用してバニリン酸を製造する場合、OMTの基質特異性に応じてイソバニリン酸が副生し得る。
【0162】
変異型ACARは、上述したような任意の形態でバニリンの製造に利用してよい。すなわち、変異型ACARの利用としては、上述したような任意の形態での利用が挙げられる。変異型ACARは、例えば、微生物菌体等の宿主細胞に含有された形態で利用してよい。また、変異型ACARは、例えば、精製酵素等の宿主細胞に含有されない形態で利用してもよい。変異型ACARは、特に、変異型ACARを有する微生物の形態で利用してよい。すなわち、変異型ACARの利用としては、特に、変異型ACARを有する微生物の利用が挙げられる。変異型ACARを有する微生物の利用としては、変異型ACARを有する微生物の培養や、変異型ACARを有する微生物の菌体の利用が挙げられる。すなわち、変異型ACARを有する微生物は、例えば、該微生物を培養することにより変異型ACARとして利用されてよい。また、変異型ACARを有する微生物は、例えば、その菌体が変異型ACARとして利用されてよい。
【0163】
一態様において、バニリン製造工程は、変異型ACARを有する微生物を培養することにより実施できる。この態様を、「バニリンの製造方法の第1の態様」ともいう。すなわち、バニリン製造工程は、例えば、バニリン酸を含有する培地で変異型ACARを有する微生物を
培養し、バニリン酸をバニリンに変換する工程であってよい。バニリン製造工程は、具体的には、バニリン酸を含有する培地で変異型ACARを有する微生物を培養し、バニリンを該培地中に生成蓄積する工程であってもよい。
【0164】
使用する培地は、バニリン酸を含有し、変異型ACARを有する微生物が増殖でき、バニリンが生産される限り、特に制限されない。培養条件は、変異型ACARを有する微生物が増殖でき、バニリンが生産される限り、特に制限されない。バニリンの製造方法の第1の態様における培養については、同態様においては培地がバニリン酸を含有し、バニリンが生産されること以外は、上述した変異型ACARの製造における宿主の培養についての記載(例えば、培地や培養条件についての記載)を準用できる。
【0165】
バニリン酸は、培養の全期間において培地に含有されていてもよく、培養の一部の期間にのみ培地に含有されていてもよい。すなわち、「バニリン酸を含有する培地で変異型ACARを有する微生物を培養する」とは、バニリン酸が培養の全期間において培地に含有されていることを要しない。例えば、バニリン酸は、培養開始時から培地に含有されていてもよく、いなくてもよい。バニリン酸が培養開始時に培地に含有されていない場合は、培養開始後に培地にバニリン酸を添加する。添加のタイミングは、培養時間等の諸条件に応じて適宜設定できる。例えば、変異型ACARを有する微生物が十分に生育してから培地にバニリン酸を添加してもよい。また、いずれの場合にも、適宜、培地にバニリン酸を添加してよい。例えば、バニリンの生成に伴うバニリン酸の減少または枯渇に応じて培地にバニリン酸を添加してもよい。バニリン酸を培地に添加する手段は特に制限されない。例えば、バニリン酸を含有する流加培地を培地に流加することにより、バニリン酸を培地に添加することができる。また、例えば、変異型ACARを有する微生物とバニリン酸生産能を有する微生物を共培養することにより、バニリン酸生産能を有する微生物にバニリン酸を培地中に生成させ、以てバニリン酸を培地に添加することもできる。「或る成分を培地に添加する」という場合の「成分」には、培地中で生成または再生するものも包含されてよい。これらの添加手段は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、利用してよい。培地中のバニリン酸濃度は、変異型ACARを有する微生物がバニリン酸をバニリンの原料として利用できる限り、特に制限されない。培地中のバニリン酸濃度は、フリー体の重量に換算して、例えば、0.1 g/L以上、1 g/L以上、2 g/L以上、5 g/L以上、10 g/L以上、または15 g/L以上であってもよく、200 g/L以下、100 g/L以下、50 g/L以下、または20 g/L以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。バニリン酸は、培養の全期間において上記例示した濃度で培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。バニリン酸は、例えば、培養開始時に上記例示した濃度で培地に含有されていてもよく、培養開始後に上記例示した濃度となるように培地に添加されてもよい。培養が種培養と本培養とに分けて行われる場合、バニリンは、少なくとも本培養の期間に生産されればよい。よって、バニリン酸は、少なくとも本培養の期間に、すなわち本培養の全期間または本培養の一部の期間に、培地に含有されていればよい。すなわち、バニリン酸は、種培養の期間には培地に含有されていてもよく、いなくてもよい。このような場合、培養についての記載(例えば、「培養期間(培養の期間)」や「培養開始」)は、本培養についてのものとして読み替えることができる。
【0166】
別の態様において、バニリン製造工程は、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)を利用することにより実施できる。この態様を、「バニリンの製造方法の第2の態様」ともいう。すなわち、バニリン製造工程は、例えば、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)を利用して反応液中のバニリン酸をバニリンに変換する工程であってよい。バニリン製造工程は、具体的には、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)を反応液中のバニリン酸に作用させ、バニリンを該反応液中に生成蓄積する工程であってもよい。バニリンの製造方法の第2の態様におけるバニリン製造工程を、「変換反応」ともいう。変換反応は、特に、変異型ACARを有する微生物の菌体を
利用することにより実施されてよい。
【0167】
変異型ACARを有する微生物の菌体等の宿主細胞は、代謝活性が維持されていてよい。「代謝活性が維持されている」とは、宿主細胞が炭素源を資化してバニリンの製造に有用な物質を生成または再生する能力を有していることを意味してよい。そのような物質としては、ATP、NADHやNADP等の電子供与体、PPT等のホスホパンテテイニル化酵素が挙げられる。宿主細胞は、生育する能力を有していてもよく、有していなくてもよい。
【0168】
変換反応は、適切な反応液中で実施することができる。変換反応は、具体的には、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)とバニリン酸とを適切な反応液中で共存させることにより実施することができる。変換反応は、バッチ式で実施してもよく、カラム式で実施してもよい。バッチ式の場合は、例えば、反応容器内の反応液中で、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)とバニリン酸とを混合することにより、変換反応を実施できる。変換反応は、静置して実施してもよく、撹拌や振盪して実施してもよい。カラム式の場合は、例えば、固定化菌体等の固定化酵素を充填したカラムにバニリン酸を含有する反応液を通液することにより、変換反応を実施できる。反応液としては、水や水性緩衝液等の水性媒体(水性溶媒)が挙げられる。
【0169】
反応液は、バニリン酸に加えて、バニリン酸以外の成分を必要に応じて含有してよい。バニリン酸以外の成分としては、ATP、NADHやNADPH等の電子供与体、PPT等のホスホパン
テテイニル化酵素、金属イオン、緩衝剤、界面活性剤、有機溶媒、炭素源、リン酸源、その他各種培地成分が挙げられる。すなわち、例えば、バニリン酸を含有する培地を反応液として用いてもよい。すなわち、バニリンの製造方法の第2の態様における反応液については、バニリンの製造方法の第1の態様における培地についての記載を準用できる。反応液に含有される成分の種類や濃度は、変異型ACARの性質や利用態様等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0170】
変換反応の条件(溶存酸素濃度、反応液のpH、反応温度、反応時間、各種成分の濃度等)は、バニリンが生成する限り特に制限されない。変換反応は、例えば、酵素を利用した物質変換(例えば、精製酵素を利用した物質変換や静止菌体等の微生物菌体を利用した物質変換)に用いられる通常の条件で行うことができる。変換反応の条件は、変異型ACARの性質や利用態様等の諸条件に応じて適宜設定してよい。変換反応は、例えば、好気条件で実施してよい。「好気条件」とは、反応液中の溶存酸素濃度が、0.33 ppm以上、または1.5 ppm以上である条件を意味してよい。酸素濃度は、具体的には、例えば、飽和酸素濃度に対し、1~50%、または5%程度に制御されてよい。反応液のpHは、例えば、通常6.0~10.0、または6.5~9.0であってよい。反応温度は、例えば、通常15~50℃、15~45℃、または20~40℃であってよい。反応時間は、例えば、5分~200時間であってよい。カラム法の場合、反応液の通液速度は、例えば、反応時間が上記例示した反応時間の範囲となるような速度であってよい。また、変換反応は、例えば、細菌や酵母等の微生物の培養に用いられる通常の条件等の培養条件で行うこともできる。その際、変異型ACARを有する微生物の菌体等の宿主細胞を利用している場合は、宿主細胞は、生育してもよく、しなくてもよい。すなわち、バニリンの製造方法の第2の態様における変換反応については、同態様においては宿主細胞が生育してもしなくてもよいこと以外は、バニリンの製造方法の第1の態様における培養についての記載を準用できる。そのような場合、宿主細胞を取得するための培養条件と、変換反応の条件は、同一であってもよく、なくてもよい。反応液中のバニリン酸の濃度は、フリー体の重量に換算して、例えば、0.1 g/L以上、1 g/L以上、2 g/L以上、5 g/L以上、10 g/L以上、または15 g/L以上であってもよく、200 g/L以下、100 g/L以下、50 g/L以下、または20 g/L以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。反応液中の宿主細胞の濃度は、例えば、600nmにおける光学密度(OD)に換算して、1以上であってもよく、300以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。
【0171】
変換反応の過程において、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)、バニリン酸、およびその他の成分を単独で、あるいは任意の組み合わせで、反応液に添加してもよい。例えば、バニリンの生成に伴うバニリン酸の減少または枯渇に応じて反応液にバニリン酸を添加してもよい。これらの成分は、1回または複数回添加されてもよく、連続的に添加されてもよい。
【0172】
バニリン酸等の各種成分を反応液に添加する手段は特に制限されない。これらの成分は、いずれも、反応液に直接添加することにより、反応液に添加することができる。また、例えば、変異型ACARを有する微生物とバニリン酸生産能を有する微生物を共培養することにより、バニリン酸生産能を有する微生物にバニリン酸を反応液中に生成させ、以てバニリン酸を反応液に添加することもできる。また、例えば、ATPや電子供与体等の成分は、いずれも、反応液中で生成または再生されてもよく、宿主細胞内で生成または再生されてもよく、細胞間共役により生成または再生されてもよい。例えば、宿主細胞において代謝活性が維持されている場合、炭素源を利用して宿主細胞内でATP、電子供与体、メチル基供与体等の成分を生成または再生することができる。また、ATPを生成または再生する方法としては、例えば、コリネバクテリウム属細菌を利用して炭素源からATPを供給させる方法(Hori, H et al., Appl. Microbiol. Biotechnol. 48(6): 693-698 (1997))、酵母菌体とグルコースを利用してATPを再生する方法(Yamamoto, S et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 69(4): 784-789 (2005))、ホスホエノールピルビン酸とピルビン酸キナーゼを利用してATPを再生する方法(C. Aug’e and Ch. Gautheron, Tetrahedron Lett. 29:789-790 (1988))、ポリリン酸とポリリン酸キナーゼを利用してATPを再生する方法(Murata, K et al., Agric. Biol. Chem. 52(6): 1471-1477 (1988))が挙げられる。「或る成分を反応液に添加する」という場合の「成分」には、反応液中で生成または再生するものも包含されてよい。
【0173】
また、反応条件は、変換反応の開始から終了まで均一であってもよく、変換反応の過程において変化してもよい。「反応条件が変換反応の過程において変化する」ことには、反応条件が時間的に変化することに限られず、反応条件が空間的に変化することも包含されてよい。「反応条件が空間的に変化する」とは、例えば、カラム式で変換反応を実施する場合に、反応温度や酵素密度(例えば、菌体密度)等の反応条件が流路上の位置に応じて異なっていることを意味してよい。
【0174】
このようにしてバニリン製造工程を実施することにより、バニリンを含有する培養液(具体的には培地)または反応液が得られる。
【0175】
バニリンが生成したことは、化合物の検出または同定に用いられる公知の手法により確認することができる。そのような手法としては、例えば、HPLC、UPLC、LC/MS、GC/MS、NMRが挙げられる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、用いることができる。これらの手法は、培地または反応液中に存在する各種成分の濃度を決定するためにも用いることができる。
【0176】
生成したバニリンは、適宜回収することができる。すなわち、バニリンの製造方法は、さらに、バニリンを回収する工程を含んでいてよい。同工程を、「回収工程」ともいう。回収工程は、培養液(具体的には培地)または反応液からバニリンを回収する工程であってよい。バニリンの回収は、化合物の分離精製に用いられる公知の手法により行うことができる。そのような手法としては、例えば、イオン交換樹脂法、膜処理法、沈殿法、抽出法、蒸留法、および晶析法が挙げられる。バニリンは、具体的には、酢酸エチル等の有機溶媒での抽出により、または蒸気蒸留により、回収することができる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、用いることができる。
【0177】
また、バニリンが培地または反応液中に析出する場合は、例えば、遠心分離または濾過により回収することができる。また、培地または反応液中に析出したバニリンは、培地または反応液中に溶解しているバニリンを晶析した後に、併せて単離してもよい。
【0178】
尚、回収されるバニリンは、バニリン以外に、例えば、変異型ACAR(例えば、変異型ACARを有する微生物の菌体)、培地成分、反応液成分、水分、及び微生物の代謝副産物等の他の成分を含んでいてもよい。回収されたバニリンの純度は、例えば、30%(w/w)以上、50%(w/w)以上、70%(w/w)以上、80%(w/w)以上、90%(w/w)以上、または95%(w/w)以上であってよい。
【実施例0179】
以下、非限定的な実施例を参照して、本発明をさらに具体的に説明する。
【0180】
<1>野生型ACARおよび変異型ACARの発現プラスミドおよび発現株の構築
<1-1>野生型ACARの発現プラスミドpET-28a-GeACAR_entDの構築
野生型ACARの発現プラスミドpET-28a-Ge_ACAR-entDを以下の手順で構築した。同プラスミドにより、Gordonia effusa由来野生型ACAR(Ge_ACAR;配列番号2)とE. coli由来PPT(EntD;配列番号4)を共発現することができる。
【0181】
プラスミドpVK9::Ptuf*-Ge_ACAR-entD(WO2018/079705)を鋳型として、配列番号5と
6の合成DNAをプライマーとしてPCRを行い、Ge_ACAR遺伝子(E. coliのコドン使用に応じてコドン最適化されている)とentD遺伝子のORF配列を含むPCR産物を得た。次に、このPCR産物をIn Fusion HD cloning lit(Clontech社製)を用いて、NdeIとEcoRIで処理したpET-28a(+)ベクター(Novagen社)に挿入した。このDNAを用いて、E. coli JM109のコンピテントセル(Takara Bio)を形質転換し、カナマイシン 50 μg/mLを含むLB寒天培地上に塗布し、一晩培養した。その後、出現したコロニーを釣り上げ、単コロニー分離し、形質転換体を得た。得られた形質転換体よりプラスミドを抽出し、目的のPCR産物が挿入されていたものをpET-28a-GeACAR_entDと命名した。
【0182】
<1-2>野生型ACARの発現株E. coli pET-28a-GeACAR_entD/BL21(DE3)の構築
プラスミドpET-28a-GeACAR_entDを、電気パルス法にて、E. coli BL21(DE3)株(Novagen社)に導入した。菌体をカナマイシン50 μg/mL含むLB寒天培地上に塗布し、37℃にて培養した。生育してきた株を同寒天培地にて純化し、pET-28a-GeACAR_entD/BL21(DE3)株と命名した。該株をカナマイシン50 μg/mL含有LB培地2 mLを含む試験管に接種し、37℃で約18時間振とう培養を行った。得られた培養液0.8 mLを40%グリセロール溶液0.8 mLと混合し、-80℃で保存した。
【0183】
<1-3>変異型ACARの発現プラスミドおよび発現株の構築
プラスミドpET-28a(+)-GeACAR-entDを鋳型にして、表1に示すプライマーを用いて、PCR法により変異が導入されたプラスミドを増幅した。PCRは、KAPA(TM) HiFi HotStart ReadyMixを用い、マニュアルに従い実施した。PCR条件は、(95 ℃, 2 min)→[(98℃, 20 sec)→(60℃, 15 sec)→(72℃, 9.5 min)→(95℃, 2 min)] × 18 times →(72℃, 5 min)とした。鋳型プラスミドを消化するため、PCR産物に制限酵素DpnIを0.8 μL添加して攪拌し、37℃で3 hrインキュベートした。反応液でE. coli JM109コンピテントセルを形質転換し、25 μg/mLのKanamycinを含むLB寒天培地にプレーティングした。得られた形質転換体のコロニーを、25 μg/mL のKanamycinを含むLB培地3 mLに植菌し、培養した(120 rpm, 37℃, overnight)。培養液2 mLを取り、QIAprep Spin Miniprep Kitを用いてプラスミドを抽出した。プラスミドの塩基配列をユーロフィンジェノミクス社に依頼して決定し、正しい変異が導入されたものを変異型ACARの発現プラスミドとした。これらのプラスミドにより、変異型ACARとPPTを共発現することができる。これらのプラスミドでE. coli BL21(DE3)コンピテントセルを形質転換し、表1に示す変異型ACARの発現株を得た。
【0184】
同様に、プラスミドpET-28a(+)-GeACAR-entDを鋳型にして、適宜設計したプライマーを用いて、他の変異(M271G、M271N、M271R、M271S、M271T、V312C、V312M、V312P、V312Q
、V312Y、A384C、A384F、A384G、A384H、A384I、A384K、A384L、A384N、A384Q、A384S、A384T、A385D、A385E、A385K、A385R、I574C、またはI574P)を有する変異型ACARの発現プラスミドを構築し、それら変異型ACARの発現株を得た。これらの変異によるコドン変化を表2に示す。
【0185】
同様に、上記で構築したG386NまたはG386Mの変異型ACARの発現プラスミドを鋳型にして、表1に示すプライマーまたは適宜設計したプライマーを用いて、二重変異(G386M/M271Y、G386M/S274N、G386M/I353F、G386M/I353L、G386N/M271Y、G386N/V312A、G386N/V312F、G386N/V312I、G386N/I353F、G386N/I353L、G386N/A384S、G386N/A385M、G386N/A385V、G386N/V387I、G386N/I574A、G386N/I574M、またはG386N/I574T)を有する変異型ACARの発現プラスミドを構築し、二重変異を有する変異型ACARの発現株を得た。I353F、A385M、およびA385Vによるコドン変化を表2に示す。
【0186】
【表1】
【0187】
【表2】
【0188】
<2>野生型ACARおよび変異型ACARの基質特異性の解析
<2-1>野生型ACARおよび変異型ACARの粗酵素液の調製
各変異型ACARの発現株のコロニーを、25 μg/mLのKanamycinを含むLB培地2 mLに植菌し、前培養した(200 rpm, 37℃, overnight)。50 mLファルコンチューブに張り込んだ25 μg/mLのKanamycinを含むLB培地8 mLに、前培養液を160 μL植菌した。ファルコンチューブの蓋を固く閉め、OD660 = 1.0になるまで培養した(200 rpm, 37℃)。IPTGを終濃度 0.1 mMとなるよう添加して変異型ACARの発現を誘導し、培養を継続した(200 rpm, 16℃, 18~20 hr)。2 mLビオラモマイクロチューブに培養液を2 mLずつ分注し、遠心(6,800 g, 4℃, 3 min)により集菌した。得られた菌体を300 μLの1×PBSで懸濁後、300 μL分を破砕用チューブに取り超音波破砕した(HIGHモード、10 min、30 sec破砕毎に30 secインターバル)。破砕物を遠心し(15,000 g, 4℃, 15 min)、上清を変異型ACARの粗酵素液とした。同様に、野生型ACARの発現株E. coli pET-28a-GeACAR_entD/BL21(DE3)を培養し、野生型ACARの粗酵素液を得た。粗酵素液のタンパク質濃度をQuick Start(TM) Bradford Protein Assay(Bio-Rad社)を用いたBradford法により測定した。タンパク質濃度測定時の標準液にはQuick Start BSA Standard Set(Bio-Rad社)を使用した。
【0189】
<2-2>野生型ACARおよび変異型ACARを用いた酵素反応
表3に示す反応バッファーを1.5 mLエッペンドルフチューブに500 μL分注した。反応
バッファーを30℃のヒートブロックあるいはウォーターバスにて10 minインキュベートした。タンパク質量として50 μgに相当する量の野生型ACARまたは変異型ACARの粗酵素液を反応バッファーに添加し、インキュベートを継続した。添加から60 min後に10 % TFAを混合液に50 μL添加して混合し、酵素反応を停止した。混合液を遠心し(15,000 g, 15 min, 4℃)、上清中のバニリンおよびイソバニリンを定量した。バニリンおよびイソバニリンの定量は、表4に示す条件でのUHPLC分析により実施した。バニリンおよびイソバニリンの量から、バニリン量に対するイソバニリン量の比率を算出し、イソバニリン副生率(iVNN副生率)とした。
【0190】
【表3】
【0191】
【表4】
【0192】
結果を表5および6に示す。野生型ACARと比較してiVNN副生率が低下した(すなわち、バニリン酸に対する基質特異性が向上した)変異型ACARが見出された。
【0193】
【表5】
【0194】
【表6】
【0195】
<配列表の説明>
配列番号1:Gordonia effusaのACAR遺伝子の塩基配列
配列番号2:Gordonia effusaのACARタンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:Escherichia coli MG1655のentD遺伝子の塩基配列
配列番号4:Escherichia coli MG1655のEntDタンパク質のアミノ酸配列
配列番号5~176:プライマー
配列番号177:E. coliのコドン使用に応じてコドン最適化したGordonia effusaのACAR遺伝子の塩基配列
【配列表】
2024052995000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2024-04-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型芳香族カルボン酸レダクターゼのアミノ酸配列において特定の変異を有し、且つ、バニリン生成活性を有する、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼであって、
前記特定の変異が、下記より選ばれる1つまたはそれ以上のアミノ酸残基における変異である、変異型芳香族カルボン酸レダクターゼ:
C28、C135、R241、G249、R252、W259、M265、V270、M271、S274、T275、Q278、Q310、V312、I353、S356、I376、E377、G378、Y379、S381、T382、A384、A385、G386、V387、S388、I389、Y467、I574。