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特開2024-53204圧電基板、圧電素子および圧電素子応用デバイス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053204
(43)【公開日】2024-04-15
(54)【発明の名称】圧電基板、圧電素子および圧電素子応用デバイス
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/20 20230101AFI20240408BHJP
   H10N 30/853 20230101ALI20240408BHJP
   H10N 30/85 20230101ALI20240408BHJP
   H10N 30/01 20230101ALI20240408BHJP
   H10N 30/077 20230101ALI20240408BHJP
   H10N 30/097 20230101ALI20240408BHJP
   B41J 2/14 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
H01L41/08 J
H01L41/187
H01L41/18 101Z
H01L41/22
H01L41/317
H01L41/43
B41J2/14 613
B41J2/14 301
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022159305
(22)【出願日】2022-10-03
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】矢野 凱己
(72)【発明者】
【氏名】大橋 幸司
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼田 泰彰
(72)【発明者】
【氏名】北田 和也
【テーマコード(参考)】
2C057
【Fターム(参考)】
2C057AG12
2C057AG44
2C057AN01
2C057BA04
2C057BA14
(57)【要約】
【課題】リーク電流の発生を抑制することができる圧電基板、圧電素子および圧電素子応用デバイスを提供する。
【解決手段】本発明の圧電基板は、基体と、基体上に成膜された電極と、電極上に成膜され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層とを備えた圧電基板であって、圧電体層の表面をフーリエ変換赤外分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満であることを特徴とする圧電基板。ここで、ピーク1は、波長が475~700cm-1に検出されるピークの内最も強いピークの面積強度であり、ピーク2は、波長が1200~1645cm-1に検出されるピークの面積強度の合算である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、
前記基体上に成膜された電極と、
前記電極上に成膜され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、
を備えた圧電基板であって、
前記圧電体層の表面をフーリエ変換赤外分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満であることを特徴とする圧電基板。
ここで、前記ピーク1は、波長が475~700cm-1に検出されるピークの内最も強いピークの面積強度であり、前記ピーク2は、波長が1200~1645cm-1に検出されるピークの面積強度の合算である。
【請求項2】
前記IR2/IR1が0.05以上であることを特徴とする請求項1に記載に圧電基板。
【請求項3】
前記圧電体層はリチウムを含むことを特徴とする請求項1に記載の圧電基板。
【請求項4】
前記リチウムの含有量は10mоl%以下であることを特徴とする請求項3に記載の圧電基板。
【請求項5】
前記圧電体層は第1遷移金属を含むことを特徴とする請求項1に記載の圧電基板。
【請求項6】
前記第1遷移金属はマンガンまたは銅を含むことを特徴とする請求項5に記載の圧電基板。
【請求項7】
前記第1遷移金属の合計含有量は5mоl%以下であることを特徴とする請求項5に記載の圧電基板。
【請求項8】
前記圧電体層と前記電極との間に配向制御層を有することを特徴とする請求項1に記載の圧電基板。
【請求項9】
基体と、
前記基体上に成膜された第1電極と、
前記第1電極上に成膜され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、
前記圧電体層上に成膜された第2電極と、
を備えた圧電素子であって、
前記圧電体層の表面をフーリエ変換赤外分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満であることを特徴とする圧電素子。
ここで、前記ピーク1は、波長が475~700cm-1に検出されるピークの内最も強いピークの面積強度であり、前記ピーク2は、波長が1200~1645cm-1に検出されるピークの面積強度の合算である。
【請求項10】
請求項9に記載の圧電素子を具備することを特徴とする圧電素子応用デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電基板、圧電素子および圧電素子応用デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子は、一般に、基板と、電気機械変換特性を有する圧電体層と、圧電体層を挟持する2つの電極と、を有している。このような圧電素子を駆動源として用いたデバイス(圧電素子応用デバイス)の開発が、近年、盛んに行われている。圧電素子応用デバイスの一つとして、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッド、圧電MEMS素子に代表されるMEMS要素、超音波センサ等に代表される超音波測定装置、更には、圧電アクチュエーター装置等がある。
【0003】
圧電素子の圧電体層の材料(圧電材料)として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。しかし近年は、環境負荷低減の観点から、鉛の含有量を抑えた非鉛系の圧電材料の開発が進められている。
さらに近年では、各種電子機器や電子部品等のさらなる小型化、高性能化が強く要求されており、それに伴い、圧電素子に対しても小型化、高性能化が求められてきている。
【0004】
非鉛系の圧電材料の1つとして、たとえば、特許文献1のように、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN;(K,Na)NbO)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-225605号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的に、KNN系を圧電材料として用いた場合、リーク電流が発生しやすいという課題が知られている。この点において、特許文献1では、鉄及びマンガンの少なくとも一方を含むことにより、リーク電流の発生を抑制することができることが開示されている。
【0007】
しかしながら、本発明者らの検討により、圧電体層内に残留する有機成分によってリーク電流密度が高くなることがわかってきた。すなわち、KNN系の圧電体層内への添加剤の添加により結晶配向性を向上させるだけでは、リーク電流密度を十分に低減できないおそれがある。
【0008】
このような事情から、KNN系の圧電体層を備える圧電基板や圧電素子において、リーク電流を十分に低減可能な圧電体層が求められている。
【0009】
なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに搭載された圧電アクチュエーターに用いられる圧電素子に限定されず、他の圧電素子応用デバイスに用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の第1の態様によれば、基体と、基体上に成膜された電極と、電極上に成膜され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層とを備えた圧電基板であって、圧電体層の表面をフーリエ変換赤外分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満である圧電基板が提供される。ここで、前記ピーク1は、波長が475~700cm-1に検出されるピークの内最も強いピークの面積強度であり、前記ピーク2は、波長が1200~1645cm-1に検出されるピークの面積強度の合算である。
【0011】
また、本発明の第2の態様によれば、基体と、基体上に成膜された第1電極と、第1電極上に成膜され、カリウムとナトリウムとニオブとを含む圧電体層と、圧電体層上に成膜された第2電極と、を備えた圧電素子であって、圧電体層の表面をフーリエ変換赤外分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満である圧電素子が提供される。
【0012】
また、本発明の第3の態様によれば、上記態様の圧電素子を具備する圧電素子応用デバイスが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態の圧電基板を模式的に示す断面図である。
図2】本実施形態の圧電素子を模式的に示す断面図である。
図3】本実施形態の記録装置の概略構成を示す斜視図である。
図4図1の記録装置の記録ヘッドの分解斜視図である。
図5図1の記録装置の記録ヘッドの平面図である。
図6図1の記録装置の記録ヘッドの断面図である。
図7】本実施例のフーリエ変換赤外分光法の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。以下の説明は、本発明の一態様を示すものであって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更可能である。なお、各図面において同じ符号を付したものは同一の部材を示しており、適宜説明が省略されている。参照符号を構成する文字の後の数字は、同じ文字を含んだ参照符号によって参照され、且つ同様の構成を有する要素同士を区別するために使用される。同じ文字を含んだ参照符号で示される要素を相互に区別する必要がない場合、これらの要素はそれぞれ文字のみを含んだ参照符号により参照される。
【0015】
各図面においてX,Y及びZは、互いに直交する3つの空間軸を表している。本明細書では、これらの軸に沿った方向を、それぞれ第1の方向X(X方向)、第2の方向Y(Y方向)及び第3の方向Z(Z方向)とし、各図の矢印の向かう方向を正(+)方向、矢印の反対方向を負(-)方向として説明する。X方向及びY方向は、板、層及び膜の面内方向を表し、Z方向は、板、層及び膜の厚さ方向又は積層方向を表す。
【0016】
また、各図面において示す構成要素、即ち、各部の形状や大きさ、板、層及び膜の厚さ、相対的な位置関係、繰り返し単位等は、本発明を説明する上で誇張して示されている場合がある。更に、本明細書の「上」という用語は、構成要素の位置関係が「直上」であることを限定するものではない。例えば、後述する「基体上の第1電極」や「第1電極上の圧電体層」という表現は、基体と第1電極との間や、第1電極と圧電体層との間に、他の構成要素を含むものを除外しない。
【0017】
(圧電基板)
まず、本実施形態の圧電基板400の構成について、図面を参照して説明する。図1は、圧電基板400を模式的に示す断面図である。
【0018】
圧電基板400は、図示するように、基体2と、電極60Aと、圧電体層70と、を含む。圧電基板400は、基体2の上方に設けられている。図示の例では、圧電基板400は、基体2上に設けられている。なお、図中に挙げた各要素の厚さはいずれも一例であり、本発明の要旨を変更しない範囲内で変更可能である。
【0019】
基体2は、例えば、半導体、絶縁体などで形成された平板である。基体2は、単層であっても、複数の層が積層された構造であってもよい。基体2は、上面が平面的な形状であれば内部の構造は限定されず、内部に空間などが形成された構造であってもよい。
【0020】
基体2は、例えば、圧電体層70の動作によって変形することのできる振動板50を有している。図示の例では、振動板50は、酸化シリコン層51と、酸化シリコン層51上に設けられた酸化物層52と、を有している。図示の例では、基体2は、シリコン基板10を有し、振動板50は、シリコン基板10上に設けられている。
【0021】
酸化シリコン層51は、シリコンと酸素とを含む層であり、例えば、シリカ(SiO)層である。酸化シリコン層51は、弾性膜としての機能を有してよい。振動板50は、酸化シリコン層51を有していなくてもよい。
【0022】
酸化物層52は、例えば、酸化ジルコニウム層である。酸化物層52が酸化ジルコニウム層である場合、酸化物層52は、ジルコニウムと酸素とを含む層であり、例えば、ZrO層である。
【0023】
電極60Aは、基体2(図1では振動板50)上に形成されている。電極60Aの形状は、例えば、層状または薄膜状である。電極60Aの厚み(Z軸方向の長さ)は、例えば、10nm以上200nm以下である。
【0024】
電極60Aの材質としては、例えば、ニッケル、イリジウム、白金などの各種の金属、それらの導電性酸化物(例えば酸化イリジウムなど)、ストロンチウムとルテニウムとの複合酸化物(SrRuOx:SRO)、ランタンとニッケルとの複合酸化物(LaNiOx:LNO)が挙げられる。電極層60Aは、上記に例示した材料の単層構造でもよいし、複数の材料を積層した構造であってもよい。
【0025】
電極60Aの材料は、白金(Pt)やイリジウム(Ir)等の貴金属やこれらの酸化物が好適である。電極60Aの材料の材料は、導電性を有する材料であればよい。
【0026】
電極60Aと酸化物層52との間には、密着層(不図示)が設けられてもよい。密着層は、例えば、酸化チタン(TiO)、チタン(Ti)、SiN等からなり、圧電体層70と振動板50との密着性を向上させる機能を有する。また密着層として、酸化チタン(TiO)層、チタン(Ti)層、又は窒化シリコン(SiN)層を用いた場合、密着層は、圧電体層70を形成する際に、圧電体層70の構成元素であるカリウム及びナトリウムが第1電極60を透過してシリコン基板10に到達するのを防ぐストッパーとしての機能も有する。なお、密着層は省略可能である。
【0027】
電極60Aと圧電体層70との間に、配向制御層(シード層)61を設けることが好ましい。配向制御層61は、圧電体層70を構成する圧電体の結晶の配向性を制御する配向制御層としての機能を有する。すなわち、電極60A上に配向制御層61を設けることで、圧電体層70を構成する圧電体の結晶を、所定の面方位(例えば、(100)面)に優先配向させることができる。圧電体層の結晶配向性を高めることで、ドメイン回転を効率よく利用し、変位特性を向上させることが可能である。配向制御層61の材質としては、例えば、チタン、ニッケル、イリジウム、白金などの各種の金属、それらの酸化物や、ビスマス、鉄、チタン、鉛などを含む化合物が挙げられる。
【0028】
圧電体層70は、電極60A上に、電極60Aを覆うように形成されている。圧電体層70は、主成分として一般式ABOで示されるペロブスカイト構造の複合酸化物を含む。本実施形態では、圧電体層70は、下記式(1)で表されるKNN系の複合酸化物からなる圧電材料を含む。
【0029】
(K,Na1-X)NbO ・・・ (1)
(0.1≦X≦0.9)
【0030】
上記式(1)で表される複合酸化物は、いわゆるKNN系の複合酸化物である。KNN系の複合酸化物は、鉛(Pb)等の含有量を抑えた非鉛系圧電材料であるため、生体適合性に優れ、また環境負荷も少ない。しかも、KNN系の複合酸化物は、非鉛系圧電材料の中でも圧電特性に優れているため、各種の特性向上に有利である。
【0031】
ここで、圧電体層70中に含まれる残留する有機成分(以下、残留有機成分)とリーク電流との関係について、発明者らの得た新たな知見と合わせて、以下に説明する。
一般的に、上記式(1)で表されるようなKNN系を圧電材料として用いた圧電基板(もしくは後述する圧電素子)の場合、リーク電流が発生しやすいという課題が知られている。このリーク電流の発生の要因について、本発明者が鋭意検討したところ、圧電体層内の残留有機成分によってリーク電流密度が高くなる、つまり、残留有機成分とリーク電流密度に相関があることがわかってきた。さらに、リーク電流を低減する手法の1つとして従来から知られる圧電体層内への添加剤の添加により結晶配向性を向上させるだけでは、リーク電流密度を十分に低減できないおそれがあることもわかってきた。
【0032】
そこで、本実施形態では、圧電体層70に含まれる残留有機成分に着目し、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により測定した時の各ピークの相関を規定する。具体的には、圧電体層70の表面をFT-IR分光法により測定した時のピーク2の積分強度IR2をピーク1の積分強度IR1で除した値IR2/IR1が0.086未満である。ここで、ピーク1は、波長が475~700cm-1に検出されるピークの内最も強いピークの面積強度であり、ピーク2は、波長が1200~1645cm-1に検出されるピークの面積強度の合算である。より具体的には、本実施形態の圧電体層70では、ピーク1はニオブ酸化物(NbO)に関するピークに該当し、当該ピーク1を基準として、残留有機成分に関するピークの相関をとることで、圧電体層70に含まれる残留有機成分の定量評価が可能となる。IR2/IR1が0.086未満である場合、圧電体層70内に残留する有機成分を低減でき、リーク電流を十分に抑制することができ、かつ、ドメインの回転を加えられるため、変位量を大きくできる。好ましくはIR2/IR1は0.078以下である。
【0033】
IR2/IR1は小さければ小さいほど好ましいため下限値については特に限定しない。ただし、本実施形態の圧電基板および後述する圧電素子の好ましい製法が液相法であり、前駆体溶液を利用する液相法の場合には、気相法に比べ、圧電体層70内に有機成分が残留しやすいため、例えば、IR2/IR1は0.05以上であってもよい。
【0034】
圧電体層70は、リチウムを含むことが好ましい。リチウムは、リーク特性を向上させる作用を有する。そのため、より効率的にリーク電流を低減させるためには、圧電体層70を構成する材料としてリチウムを含有させることが有効である。圧電体層70にリチウムを含む場合には、リチウム含有量は20mоl%以下であることが好ましい。リチウム含有量が20mоl%超の場合、圧電体層70内に異相が生じるおそれがあり、圧電体の結晶配向配性が低下するおそれがある。より好ましくは、リチウム含有量は10mоl%以下である。
【0035】
また、圧電体層70は、第1遷移金属を含むことが好ましい。第1遷移金属は、リチウムと同様に、リーク特性を向上させる作用を有する。そのため、より効率的にリーク電流を低減させるためには、圧電体層70を構成する材料として第1遷移金属を含有させることが有効である。第1遷移金属のうち、リーク特性の向上効果がより高い元素はマンガンおよび銅である。そのため、圧電体層70に第1遷移金属を含む場合には、マンガンまたは銅を含むことがより好ましい。マンガンおよび銅がともに圧電体層70に含まれてもよい。
【0036】
なお、圧電体層70内の第1遷移金属の含有量が5mоl%超の場合、圧電体層70内に異相が生じるおそれがあり、圧電体の結晶配向配性が低下するおそれがある。そのため、圧電体層70に第1遷移金属を含む場合の、第1遷移金属の合計含有量は5mоl%以下とすることが好ましい。
【0037】
上記のリチウムもしくは第1遷移金属は、いずれか一方が圧電体層70に含有されてもよく、両方含有されてもよい。よりリーク特性の向上を図るには、リチウムおよび銅を圧電体層70に含有させることが好ましい。
【0038】
圧電体層70を構成するKNN系の複合酸化物の平均結晶粒径は、1000nm以下であることが好ましい。KNN系の複合酸化物の平均結晶粒径が粗大であると、圧電体層70内に蓄積された残留応力が、粗大な結晶粒の存在領域に集中し、圧電体層70内にクラックが生じるおそれがある。そのため、KNN系の複合酸化物の平均結晶粒径は1000nm以下であることが好ましい。より好ましくは300nm以下である。なお、KNN系の複合酸化物の平均結晶粒径は、クラックの発生抑制の観点から小さい方が好ましいため、その下限値は特に限定しないが、例えば、20nm以上である。
【0039】
以上、圧電基板400について説明してきたが、圧電体層70を構成する圧電材料は、KNN系の複合酸化物であればよく、上記式(1)で表される組成に限定されない。たとえば、ニオブ酸カリウムナトリウムのAサイトやBサイトに、他の金属元素(添加物)が含まれていてもよい。このような添加物の例としては、マンガン(Mn)、リチウム(Li)、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、ビスマス(Bi)、タンタル(Ta)、アンチモン(Sb)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、銀(Ag)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)及び銅(Cu)等が挙げられる。これら添加物は、1つ以上含んでいてもよい。添加物を利用することにより、各種特性を向上させて構成や機能の多様化を図りやすくなる。これら他の元素を含む複合酸化物である場合も、ABO型ペロブスカイト構造を有するように構成されることが好ましい。
【0040】
また、本明細書において「K、Na及びNbを含むペロブスカイト型の複合酸化物」は、「K、Na及びNbを含むABO型ペロブスカイト構造の複合酸化物」であり、K、Na及びNbを含むABO型ペロブスカイト構造の複合酸化物のみに限定されない。すなわち、本明細書において「K、Na及びNbを含むペロブスカイト型の複合酸化物」は、K、Na及びNbを含むABO型ペロブスカイト構造の複合酸化物(例えば、上記に例示したKNN系の複合酸化物)と、ABO型ペロブスカイト構造を有する他の複合酸化物と、を含む混晶として表される圧電材料を含む。
【0041】
他の複合酸化物は、本実施形態の範囲で限定されないが、鉛(Pb)を含有しない非鉛系圧電材料であることが好ましい。これらによれば、生体適合性に優れ、また環境負荷も少ない圧電基板400となる。
【0042】
以上説明した本実施形態に係る圧電基板400によれば、圧電体層70内の残留有機成分を低減でき、リーク電流を低減することができる。
【0043】
(圧電素子)
次に、本実施形態の圧電素子300の構成について、図面を参照して説明する。図2は、圧電素子300を模式的に示す断面図であり、図6のB-B′線拡大断面図である。なお、図1および図2において同じ符号を付したものは同一の部材を示しており、適宜説明を省略する場合がある。
【0044】
圧電素子300は、図示するように、基体2と、第1電極60と、圧電体層70と、第2電極80と、を含む。圧電素子300は、基体2の上方に設けられている。図示の例では、圧電素子300は、基体2上に設けられている。なお、図中に挙げた各要素の厚さはいずれも一例であり、本発明の要旨を変更しない範囲内で変更可能である。
【0045】
基体2および振動板50の構成、材料等は、本実施形態に係る圧電基板400(図1参照)を同様であってよい。そのため、説明を省略する。
【0046】
第1電極60は、基体2(図2では振動板50)上に形成されている。第1電極60の形状は、例えば、層状または薄膜状である。第1電極60の厚み(Z軸方向の長さ)は、例えば、10nm以上200nm以下である。第1電極60の平面形状(Z軸方向から見た形状)は、第2電極80が対向して配置されたときに両者の間に圧電体層70を配置できる形状であれば、特に限定されない。
【0047】
第1電極60の材質としては、例えば、ニッケル、イリジウム、白金などの各種の金属、それらの導電性酸化物(例えば酸化イリジウムなど)、ストロンチウムとルテニウムとの複合酸化物(SrRuOx:SRO)、ランタンとニッケルとの複合酸化物(LaNiOx:LNO)が挙げられる。第1電極層60は、上記に例示した材料の単層構造でもよいし、複数の材料を積層した構造であってもよい。
【0048】
第1電極60は、第2電極80と一対になって、圧電体層70に電圧を印加するための一方の電極(例えば、圧電体層70の下方に形成された下部電極)となることができる。
【0049】
第2電極80は、圧電体層70上に形成されている。第2電極80は、圧電体層70を介して、第1電極60と対向して配置されている。第2電極80の形状は、例えば、層状または薄膜状の形状である。第2電極80の厚みは、例えば、10nm以上200nm以下である。第2電極80の平面形状は、第1電極60に対向して配置されたときに両者の間に圧電体層70を配置できる形状であれば、特に限定されない。
【0050】
第2電極80の材質としては、例えば、第1電極60の材質として上記に列挙したものを適用することができる。ただし、第2電極80のヤング率に対する圧電体層70のヤング率の比が上記範囲を満足するためには、第2電極80の材質として、白金(Pt)またはイリジウム(Ir)を用いることが好ましい。
【0051】
第2電極80の機能の一つとして、第1電極60と一対になって、圧電体層70に電圧を印加するための他方の電極(例えば、圧電体層70の上方に形成された上部電極)となることが挙げられる。
【0052】
第1電極60及び第2電極80の材料は、白金(Pt)やイリジウム(Ir)等の貴金属やこれらの酸化物が好適である。第1電極60の材料および第2電極80の材料は、導電性を有する材料であればよい。第1電極60の材料と第2電極80との材料は、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0053】
第1電極60と酸化物層52との間には、密着層(不図示)が設けられてもよい。密着層は、例えば、酸化チタン(TiO)、チタン(Ti)、SiN等からなり、圧電体層70と振動板50との密着性を向上させる機能を有する。また密着層として、酸化チタン(TiO)層、チタン(Ti)層、又は窒化シリコン(SiN)層を用いた場合、密着層は、圧電体層70を形成する際に、圧電体層70の構成元素であるカリウム及びナトリウムが第1電極60を透過してシリコン基板10に到達するのを防ぐストッパーとしての機能も有する。なお、密着層は省略可能である。
【0054】
第1電極60と圧電体層70との間に、配向制御層(シード層)61を設けることが好ましい。配向制御層61は、圧電体層70を構成する圧電体の結晶の配向性を制御する配向制御層としての機能を有する。すなわち、第1電極60上に配向制御層61を設けることで、圧電体層70を構成する圧電体の結晶を、所定の面方位(例えば、(100)面)に優先配向させることができる。圧電体層の結晶配向性を高めることで、ドメイン回転を効率よく利用し、変位特性を向上させることが可能である。配向制御層61の材質としては、例えば、チタン、ニッケル、イリジウム、白金などの各種の金属、それらの酸化物や、ビスマス、鉄、チタン、鉛などを含む化合物が挙げられる。
【0055】
圧電体層70は、第1電極60上に、第1電極60を覆うように形成されている。圧電体層70は、主成分として一般式ABOで示されるペロブスカイト構造の複合酸化物を含む。本実施形態では、圧電体層70は、上記式(1)で表されるKNN系の複合酸化物からなる圧電材料を含む。
【0056】
圧電体層70の構成、材料、IR2/IR1、リチウムおよび第1遷移金属などの各規定は、本実施形態に係る圧電基板400と同様のものとを採用できる。
【0057】
以上説明した本実施形態に係る圧電素子300によれば、圧電体層70内の残留有機成分を低減でき、リーク電流を低減することができる。
【0058】
(圧電素子の製造方法)
次に、圧電素子300の製造方法の一例について、説明する。なお、以下では、圧電体層70を化学溶液法(湿式法もしくは液相法ともいう)により製造する場合を例に挙げて説明する。
【0059】
まず、シリコン基板10を準備し、シリコン基板10を熱酸化することによって、その表面に、二酸化シリコン(SiO)からなる酸化シリコン層51を形成する。
【0060】
次に、酸化シリコン層51上に、原子層堆積法(ALD)にて酸化ジルコニウム(ZrO)からなる酸化物層52を成膜する。成膜温度は例えば450~850℃である。なお、酸化物層52は、ALD他にも、スパッタリング法や蒸着法等でも形成できる。例えばまず、スパッタリング法もしくは蒸着法によって、酸化シリコン層51上にジルコニウム膜を形成し、これを熱酸化することによって、酸化ジルコニウム(ZrO)からなる酸化物層52を得る。このようにして、シリコン基板10上に、酸化シリコン層51と酸化物層52とからなる振動板50を形成する。
【0061】
次いで、酸化物層52上に、金属チタン(Ti)からなる密着層を形成する。密着層は、スパッタリング法等により形成することができる。次いで、密着層上に、白金(Pt)からなる第1電極60を形成する。第1電極60は、電極材料に応じて適宜選択することができ、例えばスパッタリング法、真空蒸着法(PVD法)、レーザーアブレーション法等の気相成膜、スピンコート法等の液相成膜等により形成することができる。
【0062】
次いで、第1電極60上に、配向制御層(シード層)61を形成する。配向制御層61は、例えば、金属錯体を含む溶液(前駆体溶液)を塗布し、次いで乾燥および脱脂を行い、更に高温で焼成することで金属酸化物を得る化学溶液法(湿式法)により形成することができる。配向制御層61の材質としては、例えば、ビスマス、鉄、チタン、鉛、ニッケル、イリジウム、白金などの各種の金属、それらの酸化物が挙げられる。
【0063】
次いで、第1電極60上に所定形状のレジストをマスクとして形成し、密着層、第1電極60および配向制御層61を、同時にパターニングする。密着層、第1電極60および配向制御層61のパターニングは、例えば、反応性イオンエッチング(RIE:Reactive Ion Etching)、イオンミリング等のドライエッチングや、エッチング液を用いたウェットエッチングにより行うことができる。なお、密着層、第1電極60および配向制御層61のパターニングにおける形状は、特に限定されない。
【0064】
次に、第1電極60上に圧電体膜を複数層形成する。
圧電体層70は、これら複数層の圧電体膜によって構成される。圧電体層70は、例えば、金属錯体を含む溶液(前駆体溶液)を塗布乾燥し、更に高温で焼成することで金属酸化物を得る化学溶液法(湿式法)により形成することができる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、エアロゾル・デポジション法等によっても形成することができる。
【0065】
例えば、湿式法(液相法)によって形成された圧電体層70は、前駆体溶液を塗布して前駆体膜を形成する工程(塗布工程)、前駆体膜を乾燥する工程(乾燥工程)、乾燥した前駆体膜を加熱して脱脂する工程(脱脂工程)、及び、脱脂した前駆体膜を焼成する工程(焼成工程)までの一連の工程によって形成された複数層の圧電体膜を有する。即ち、圧電体層70は、塗布工程から焼成工程までの一連の工程を複数回繰り返すことによって形成される。なお、上述した一連の工程において、塗布工程から脱脂工程までを複数回繰り返した後に、焼成工程を実施してもよい。
【0066】
圧電体層70を湿式法(液相法)で形成する場合の具体的な手順は、例えば次のとおりである。
まず、所定の金属錯体を含む前駆体溶液を調整する。前駆体溶液は、焼成によりK、Na及びNbを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を、有機溶媒に溶解又は分散させたものである。このとき、Mn、Li、Cu等の添加物を含む金属錯体を更に混合してもよい。前駆体溶液にMn、LiまたはCuを含む金属錯体を混合させることで、得られる圧電体層70の絶縁性をより高めることができる。
【0067】
カリウム(K)を含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸カリウム、酢酸カリウム等が挙げられる。ナトリウム(Na)を含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム等が挙げられる。ニオブ(Nb)を含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸ニオブ、ペンタエトキシニオブ等が挙げられる。添加物としてMnを加える場合、Mnを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸マンガン等が挙げられる。添加物としてLiを加える場合、Liを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸リチウム等が挙げられる。添加物としてCuを加える場合、Cuを含む金属錯体としては、2-エチルヘキサン酸銅等が挙げられる。このとき、2種以上の金属錯体を併用してもよい。例えば、カリウム(K)を含む金属錯体として、2-エチルへキサン酸カリウムと酢酸カリウムとを併用してもよい。溶媒としては、2-nブトキシエタノール若しくはn-オクタン又はこれらの混合溶媒等が挙げられる。前駆体溶液は、K、Na、Nbを含む金属錯体の分散を安定化する添加剤を含んでもよい。このような添加剤としては、2-エチルヘキサン酸等が挙げられる。
【0068】
そして、酸化シリコン層51、酸化物層52、及び第1電極60が形成されたシリコン基板10上に、上記の前駆体溶液を塗布して、前駆体膜を形成する(塗布工程)。
次いで、この前駆体膜を所定温度、例えば130℃~250℃程度に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。
【0069】
次に、乾燥させた前駆体膜を所定温度、例えば250℃~450℃に加熱し、この温度で一定時間保持することによって脱脂し、前駆体膜中の有機成分を除去する(脱脂工程)。
【0070】
次に、脱脂後の前駆体膜を500℃~800℃に加熱し、この温度で1~10分間保持することで焼成する(焼成工程)。保持温度が高すぎると、結晶配向性が低くなるおそれがある。一方、保持温度が低すぎると焼成が不十分となるおそれがある。そのため、本実施形態では、保持温度は500~800℃とすることが好ましい。また、焼成工程における平均昇温速度は、60℃/秒以下が好ましい。平均昇温速度が速すぎると、結晶化までの時間が短くなり、有機成分が前駆体膜中に残留しやすくなる。そのため、平均昇温速度は60℃/秒以下が好ましい。
【0071】
乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。上記の工程を複数回繰り返して、複数層の圧電体膜からなる圧電体層70を形成する。尚、塗布工程から焼成工程までの一連の工程において、塗布工程から脱脂工程までを複数回繰り返した後に、焼成工程を実施してもよい。
【0072】
また、圧電体層70上に第2電極80を形成する前後で、必要に応じて600℃~800℃の温度域で再加熱処理(ポストアニール)を行ってもよい。このようにポストアニールを行うことで、圧電体層70と第1電極との良好な界面、および圧電体層70と第2電極80との良好な界面を形成することができる。また、圧電体層70の結晶性を改善することができ、圧電体層70の絶縁性をより高めることができる。
【0073】
焼成工程の後、複数の圧電体膜からなる圧電体層70を、所望の形状にパターニングする。パターニングは、反応性イオンエッチングやイオンミリング等のドライエッチングや、エッチング液を用いたウェットエッチングによって行うことができる。
【0074】
その後、圧電体層70上に第2電極80を形成する。第2電極80は、第1電極60と同様の方法により形成できる。
【0075】
以上の工程により、第1電極60と圧電体層70と第2電極80とを備えた圧電素子300が製造される。
【0076】
(圧電素子応用デバイス)
次に、本実施形態に係る圧電素子応用デバイスの一例である、記録ヘッドを備えた液体噴射装置の一例であるインクジェット式記録装置について、図面を参照して説明する。図3は、インクジェット式記録装置の概略構成を示す斜視図である。
図3に示すように、インクジェット式記録装置(記録装置)Iでは、インクジェット式記録ヘッドユニット(ヘッドユニット)IIが、カートリッジ2A,2Bに着脱可能に設けられている。カートリッジ2A,2Bは、インク供給手段を構成している。ヘッドユニットIIは、複数のインクジェット式記録ヘッド(記録ヘッド)1(図4等参照)を有しており、キャリッジ3に搭載されている。キャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に、軸方向に対して移動自在に設けられている。これらのヘッドユニットIIやキャリッジ3は、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出可能に構成されている。
【0077】
そして、駆動モーター6の駆動力が、図示しない複数の歯車及びタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達され、ヘッドユニットIIを搭載したキャリッジ3が、キャリッジ軸5に沿って移動されるようになっている。一方、装置本体4には搬送手段としての搬送ローラー8が設けられており、紙等の記録媒体(メディア)である記録シートSが搬送ローラー8により搬送されるようになっている。なお、記録シートSを搬送する搬送手段は、搬送ローラーに限られずベルトやドラム等であってもよい。
【0078】
記録ヘッド(ヘッドチップ)1には、圧電アクチュエーター装置として、圧電素子300(図2参照)が用いられている。圧電素子300を用いることによって、記録装置Iにおける各種特性(圧電特性、耐久性およびインク噴射特性等)の低下を回避することができる。本実施形態の圧電素子応用デバイスは、圧電素子300を適用することにより、特に、圧電特性(特に、リーク特性)を向上させることができる。
【0079】
次に、液体噴射装置に搭載されるヘッドチップの一例である記録ヘッド(ヘッドチップ)1について、図面を参照して説明する。図4は、インクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図である。図5は、インクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す平面図である。図6は、図4のA-A′線断面図である。なお、図4から図6は、それぞれ記録ヘッド1の構成の一部を示したものであり適宜省略されている。
【0080】
図示するように、記録ヘッド(ヘッドチップ)1は、液滴を吐出するノズル開口21を備えるノズルプレート20と、ノズル開口21と連通する圧力発生室12と、ノズルプレート20上に設けられ、圧力発生室12を形成する隔壁11と、圧力発生室12の壁面の一部を形成する流路形成基板(シリコン基板)10と、シリコン基板10上に設けられる、圧電素子300と、圧電素子300に電圧を印可するリード電極(電圧印加部)90と、を備える。
【0081】
シリコン基板10には、複数の隔壁11が形成されている。隔壁11によって、複数の圧力発生室12が区画されている。すなわち、基板10には、X方向(同じ色のインクを吐出するノズル開口21が並設される方向)に沿って圧力発生室12が並設されている。このような構成により、圧電素子300の可動部が形成される。シリコン基板10としては、例えば、シリコン単結晶基板を用いることができる。
【0082】
シリコン基板10のうち、圧力発生室12の一端部側(+Y方向側)には、インク供給路13と連通路14とが形成されている。インク供給路13は、圧力発生室12の一端部側の開口の面積が小さくなるように構成されている。また、連通路14は、+X方向において、圧力発生室12と略同じ幅を有している。連通路14の外側(+Y方向側)には、連通部15が形成されている。連通部15は、マニホールド100の一部を構成する。マニホールド100は、各圧力発生室12の共通のインク室となる。このように、シリコン基板10には、圧力発生室12、インク供給路13、連通路14及び連通部15からなる液体流路が形成されている。
【0083】
シリコン基板10の一方の面(-Z方向側の面)上には、例えばSUS製のノズルプレート20が接合されている。ノズルプレート20には、+X方向に沿ってノズル開口21が並設されている。ノズル開口21は、各圧力発生室12に連通している。ノズルプレート20は、接着剤や熱溶着フィルム等によってシリコン基板10に接合することができる。
【0084】
シリコン基板10の他方の面(+Z方向側の面)上には、振動板50が形成されている。振動板50は、例えば、シリコン基板10上に形成された酸化シリコン層51と、酸化シリコン層51上に形成された酸化物層52とにより構成されている。酸化シリコン層51は、例えば二酸化シリコン(SiO)からなり、酸化物層52は、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO)からなる。酸化シリコン層51は、シリコン基板10とは別部材でなくてもよい。シリコン基板10の一部を薄く加工し、これを酸化シリコン層51として使用してもよい。絶縁体膜52は、後述する圧電体層70を形成する際に、圧電体層70の構成元素であるカリウム及びナトリウムが第1電極60を透過して基板10に到達するのを防ぐストッパーとしての機能を有する。
【0085】
第1電極60は、圧力発生室12毎に設けられている。つまり、第1電極60は、圧力発生室12毎に独立する個別電極として構成されている。第1電極60は、±X方向において、圧力発生室12の幅よりも小さく形成されている。また、第1電極60は、±Y方向において、圧力発生室12の幅よりも広く形成されている。即ち、±Y方向において、第1電極60の両端部は、振動板50上の圧力発生室12に対向する領域より外側まで形成されている。第1電極60の一端部側(連通路14とは反対側)には、圧電素子300に電圧を印可するリード電極(電圧印加部)90が接続されている。
【0086】
圧電体層70は、第1電極60と第2電極80との間に設けられている。圧電体層70は、薄膜の圧電体である。圧電体層70は、±X方向において、第1電極60の幅よりも広い幅で形成されている。また、圧電体層70は、±Y方向において、圧力発生室12の±Y方向の長さよりも広い幅で形成されている。圧電体層70のインク供給路13側(+Y方向側)の端部は、第1電極60の+Y方向側の端部よりも外側まで形成されている。つまり、第1電極60の+Y方向側の端部は、圧電体層70によって覆われている。一方、圧電体層70のリード電極90側(-Y方向側)の端部は、第1電極60の-Y方向側の端部よりも内側(+Y方向側)にある。つまり、第1電極60の-Y方向側の端部は、圧電体層70によって覆われていない。
【0087】
第2電極80は、+X方向に亘って、圧電体層70及び振動板50上に連続して設けられている。つまり、第2電極80は、複数の圧電体層70に共通する共通電極として構成されている。本実施形態では、第1電極60が圧力発生室12に対応して独立して設けられた個別電極を構成し、第2電極80が圧力発生室12の並設方向に亘って連続的に設けられた共通電極を構成しているが、第1電極60が共通電極を構成し、第2電極80が個別電極を構成してもよい。
【0088】
本実施形態の圧電素子300においては、電気機械変換特性を有する圧電体層70の変位によって、振動板50及び第1電極60が変位する。すなわち、振動板50及び第1電極60が、実質的に振動板としての機能を有している。ただし、実際には、圧電体層70の変位によって第2電極80も変位しているので、振動板50、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80が順次積層された領域が、圧電素子300の可動部(振動部ともいう)として機能する。
【0089】
圧電素子300が形成された基板10(振動板50)上には、保護基板30が接着剤35により接合されている。保護基板30は、マニホールド部32を有している。マニホールド部32により、マニホールド100の少なくとも一部が構成されている。本実施形態のマニホールド部32は、保護基板30を厚さ方向(Z方向)に貫通しており、更に圧力発生室12の幅方向(+X方向)に亘って形成されている。そして、マニホールド部32は、基板10の連通部15と連通している。これらの構成により、各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100が構成されている。
【0090】
保護基板30には、圧電素子300を含む領域に、圧電素子保持部31が形成されている。圧電素子保持部31は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有している。この空間は、密封されていても密封されていなくてもよい。保護基板30には、保護基板30を厚さ方向(Z方向)に貫通する貫通孔33が設けられている。貫通孔33内には、リード電極90の端部が露出している。
【0091】
保護基板30の材料としては、例えば、Si、SOI、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることがより好ましい。
【0092】
保護基板30上には、信号処理部として機能する駆動回路120が固定されている。駆動回路120は、例えば回路基板や半導体集積回路(IC:Integrated Circuit)を用いることができる。駆動回路120及びリード電極90は、貫通孔33を挿通させたボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。駆動回路120は、プリンターコントローラー200(図2参照)に電気的に接続可能である。このような駆動回路120が、圧電アクチュエーター装置(圧電素子300)の制御手段として機能する。
【0093】
また、保護基板30上には、封止膜41及び固定板42からなるコンプライアンス基板40が接合されている。封止膜41は、剛性が低い材料からなり、固定板42は、金属等の硬質の材料で構成することができる。固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向(Z方向)に完全に除去された開口部43となっている。マニホールド100の一方の面(+Z方向側の面)は、可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0094】
このような記録ヘッド1は、次のような動作で、インク滴を吐出する。
まず、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たす。その後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、圧電素子300を撓み変形させる。これにより、各圧力発生室12内の圧力が高まり、ノズル開口21からインク滴が吐出される。
【0095】
上記の実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は、液体噴射ヘッド全般に適用可能であり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオチップ製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等がある。
【0096】
また、本発明は、液体噴射ヘッドに搭載される圧電素子に限られず、他の圧電素子応用デバイスに搭載される圧電素子にも適用することができる。圧電素子応用デバイスの一例としては、超音波デバイス、モーター、圧力センサ、焦電素子、強誘電体素子などが挙げられる。また、これらの圧電素子応用デバイスを利用した完成体、たとえば、上記液体等噴射ヘッドを利用した液体等噴射装置、上記超音波デバイスを利用した超音波センサ、上記モーターを駆動源として利用したロボット、上記焦電素子を利用したIRセンサ、強誘電体素子を利用した強誘電体メモリーなども、圧電素子応用デバイスに含まれる。
【0097】
特に、本発明の圧電素子は、センサに搭載される圧電素子として好適である。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。本発明の圧電素子をセンサに適用する場合、例えば、第1電極60と第2電極80の間に、圧電素子300から出力された電圧を検知する電圧検知部を設けることでセンサとできる。このようなセンサの場合、圧電素子300が何らかの外的な変化(物理量の変化)に起因して変形されると、その変形に伴って電圧が発生する。この電圧を電圧検知部によって検知することで各種の物理量を検出することができる。
【実施例0098】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0099】
(実施例1)
まず、基板となるシリコン基板(6インチ;(110)面方位)の表面を熱酸化し、基板上に二酸化シリコンからなる酸化シリコン層(1460nm)を形成した。さらに、酸化シリコン層上に、ALD法でZrO膜を成膜し、酸化ジルコニウムからなる酸化物層(400nm)を形成した。成膜温度は850℃とした。こうして、シリコン基板上に、酸化シリコン層と酸化物層とからなる振動板を形成した。
【0100】
次いで、振動板上に、スパッタリング法によりチタン(Ti)からなる密着層(20nm)を形成し、さらに、密着層上に、スパッタリング法により白金(Pt)とイリジウムを含む第1電極を形成した。第1電極は、密着層上に白金(Pt)を含む層(80nm)とイリジウム(Ir)を含む層(5nm)とを順に積層することで構成されている。
【0101】
次に、以下の手順で第1電極上に配向制御層(シード層)を形成した。
まず、ビスマス、鉄、チタンおよび鉛のプロピオン酸溶液を用いてBi:Pb:Fe:Ti=110:10:50:50となるように調合した。この溶液を第1電極上にスピンコート法により塗布した。その後、塗布した溶液に対し、ホットプレートを用いて乾燥/脱脂を行い、RTA(Rapid Thermal Annealing)を使用して、加熱処理を行い、配向制御層を形成した。配向制御層の成膜条件は表1に示す通りである。
【0102】
【表1】
【0103】
次いで、以下の手順で振動板上に圧電体層を形成した。
まず、2-エチルヘキサン酸カリウム、2-エチルヘキサン酸ナトリウム、2-エチルヘキサン酸リチウム、2-エチルヘキサン酸ニオブ、2-エチルヘキサン酸マンガン、2-エチルヘキサン酸銅からなる前駆体溶液を用いて、K0.5136Na0.4934Li0.053Nb0.99Mn0.005Cu0.005となるように調合し、スピンコート法により前記配向制御層上に塗布して前駆体膜を形成した(塗布工程)。その後、前駆体膜を乾燥し(乾燥工程)、次いで、脱脂を行った(脱脂工程)。次いで、脱脂した前駆体膜に対し、RTA(Rapid Thermal Annealing)を使用して、加熱処理を施し、圧電体膜を形成した(焼成工程)。塗布工程、乾燥工程、脱脂工程、焼成工程の各上限は表1に示す通りである。
【0104】
この塗布工程から焼成工程までの工程を、5回繰り返し行い、5層の圧電体膜からなる総膜厚が400nmの圧電体層を作製した。
【0105】
得られた圧電体層上に、スパッタ法にて第1電極と同様に白金(Pt)からなる第2電極(50nm)を形成し、圧電素子を得た。
【0106】
(実施例2)
圧電体層の組成をK0.5136Na0.4934Li0.053Nb0.99Cu0.01となる以外は実施例1と同様とした。
【0107】
(比較例1)
圧電体層の組成をK0.5136Na0.4934Li0.053Nb0.99Mn0.005となる以外は実施例1と同様とした。
【0108】
(比較例2)
圧電体層の組成をK0.5Na0.5Nb0.995Mn0.005とし、製造条件を表2のとおりとした以外は実施例1と同様とした。
【0109】
【表2】
【0110】
上述した各実施例、各比較例について、得られた圧電体層について、FT-IR分光分析を行った。
【0111】
<FT-IR分光分析>
日本分光社製FT/IR-4700(検出器:TGS)を用いて、ATR法にて測定を行った。ATR結晶にはダイヤモンドを採用し、ATR結晶は試料に密着して押し付けた。また、測定領域は4000~400cm-1、分解能は4cm-1、積算回数は32回とした。図7に、実施例1~2、比較例1~2それぞれのFT-IR分光分析結果を示す。なお、図7では、実施例1~2、および比較例1~2の分析結果が比較しやすいよう、各例の分析結果を縦軸方向に沿って並べて掲載している。
【0112】
<リーク電流測定>
微小電流計(ヒューレットパッカード社製:4140B)を用いて、得られた圧電素子のリーク電流の測定を行った。測定条件は、delay timeを10秒とし、第1電極側をdriveとして計測し、電界強度500kV/cmにおけるリーク電流を計測した。
【0113】
(試験結果)
実施例1、2および比較例1の電界強度500kV/cmにおけるリーク電流測定結果を、表3に示す。なお、比較例については、圧電体層を形成後に走査電子顕微鏡(SEM)で圧電体層表面を観察したところ、クラックの発生が確認されたため、リーク電流密度の測定は実施しなかった。
【0114】
以上の測定結果を表3、表4に示す。なお、表3における「BE」とは第1電極、「TE」とは第2電極を意味する。また、表3における「リーク電流量」における“E-0x”は、「×10-x」であることを表す。例えば、「2.71E-07」は「2.71×10-7」であることを意味する。
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
【0117】
(試験結果)
表3、図7に示すように、実施例1~2では圧電体層中の残留有機成分を低減でき、リーク電流量も大きく抑制できていることが判る。
【符号の説明】
【0118】
I…インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、II…インクジェット式記録ヘッドユニット(ヘッドユニット)、1…インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、2…基体、10…シリコン基板、12…圧力発生室、13…インク供給路、14…連通路、15…連通部、20…ノズルプレート、21…ノズル開口、30…保護基板、31…圧電素子保持部、32…マニホールド部、40…コンプライアンス基板、50…振動板、51…酸化シリコン層、52…酸化物層、60…第1電極、61…配向制御層、70…圧電体層、80…第2電極、90…リード電極、100…マニホールド、300…圧電素子、400圧電基板。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7