(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005336
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240110BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/06 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022105482
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】伊坂 正和
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF21
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA17
4K029BA54
4K029BA58
4K029BB02
4K029BB07
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA04
4K029CA06
4K029CA13
4K029DD06
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】被覆切削工具の耐久性を改善する。
【解決手段】実施形態の被覆切削工具は、基材と、硬質皮膜とを備える。硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、Crを20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、Alを55原子%以上、Tiを20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb2層とがそれぞれ100nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有する。積層皮膜は、Ih×100/(Ih+If)≦15の関係を満たし、積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりもAlの含有比率が大きい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に形成される硬質皮膜とを備え、
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、クロム(Cr)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、チタン(Ti)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb2層とがそれぞれ100nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有し、
前記積層皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充墳構造のAlNに起因する最大ピーク強度をIh、面心立方格子構造の(111)面、(200)面、(220)面に起因するピーク強度の合計をIfとした場合、Ih×100/(Ih+If)≦15の関係を満たし、
前記積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりもアルミニウム(Al)の含有比率が大きいことを特徴とする被覆切削工具。
【請求項2】
前記積層皮膜の前記基材側領域における前記b1層とb2層の膜厚は前記表層側領域における前記b1層とb2層の膜厚よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記積層皮膜の前記表層側領域は前記基材側領域よりも柱状粒子が微細であることを特徴とする請求項1または2に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1にはミクロレベルで六方最密充墳構造(hcp構造)のAlNを低減したAlCr窒化物とAlTi窒化物がナノレベルで交互に積層したAlリッチの積層皮膜を適用した耐久性に優れる被覆切削工具を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者の検討によると、従来から提案されている被覆切削工具について、耐久性に改善の余地があることを確認した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、基材と、前記基材上に形成される硬質皮膜とを備え、前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、クロム(Cr)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb1層と、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、チタン(Ti)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb2層とがそれぞれ100nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜を有し、前記積層皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充墳構造のAlNに起因する最大ピーク強度をIh、面心立方格子構造の(111)面、(200)面、(220)面に起因するピーク強度の合計をIfとした場合、Ih×100/(Ih+If)≦15の関係を満たし、前記積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりもアルミニウム(Al)の含有比率が大きい被覆切削工具である。
【0006】
また、前記積層皮膜の前記基材側領域における前記b1層とb2層の膜厚は前記表層側領域における前記b1層とb2層の膜厚よりも大きいことが好ましい。
また、前記積層皮膜の前記表層側領域は前記基材側領域よりも柱状粒子が微細であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、耐久性に優れる被覆切削工具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材上に形成される硬質皮膜とを有する。硬質皮膜は、基材側から順に、必要に応じて設けられる中間皮膜と、積層皮膜と、必要に応じて設けられる保護皮膜と、を有する。以下、各層について詳細に説明する。
【0009】
≪基材≫
本実施形態の被覆切削工具においては、基材は特段限定されないが、強度と靭性に優れるWC-Co基超硬合金を基材とすることが好ましい。
【0010】
≪積層皮膜≫
本実施形態に係る積層皮膜は、AlCr系のb1層とAlTi系のb2層とがそれぞれ100nm以下の膜厚で交互に積層したAlリッチな積層皮膜である。
具体的には、積層皮膜は、金属元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、クロム(Cr)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb1層と、金属部分の総量に対して、アルミニウム(Al)を55原子%以上、チタン(Ti)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物のb2層とが100nm以下の膜厚で交互に積層した積層皮膜である。組成系が異なるAlリッチなAlCrN系の硬質皮膜とAlリッチなAlTiN系の硬質皮膜とがナノレベルで交互に積層することで、皮膜破壊の進展が抑制され易くなる。また、六方最密充墳構造(hcp構造)のAlNを含有し難くなり、硬質皮膜の全体で耐熱性が高まり被覆切削工具の耐久性が向上する。
b1層とb2層の個々の膜厚は50nm以下であることが好ましい。b1層とb2層の個々の膜厚は2nm以上であることが好ましい。更にはb1層とb2層の個々の膜厚は5nm以上であることが好ましい。積層皮膜の全体の膜厚は1μm以上10μm以下であることが好ましい。必要に応じて中間皮膜や保護皮膜を設ける場合でも、硬質皮膜を構成する複数の皮膜のうちで、積層皮膜の膜厚が最も厚膜であることが好ましい。
【0011】
b1層は金属元素の総量に対してアルミニウム(Al)を55原子%以上、クロム(Cr)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物である。
AlとCrをベースとする窒化物または炭窒化物は耐熱性に優れる膜種である。特にAlの含有比率が大きくなると硬質皮膜の耐熱性が向上する傾向にあり被覆切削工具の耐久性が向上する。b1層は耐熱性と耐摩耗性に優れる窒化物であることが好ましい。硬質皮膜に高い耐熱性を付与するためにb1層のAlは55原子%以上とする。更にはb1層のAl含有比率は60原子%以上とすることが好ましい。ミクロ組織に含有する脆弱なhcp構造のAlNを低減するにはb1層のAl含有比率は75原子%以下とすることが好ましい。更にはb1層のAl含有比率は70原子%以下とすることが好ましい。
【0012】
硬質皮膜に高い耐摩耗性を付与するためにb1層は、金属元素の総量に対するCr含有比率を20原子%以上とする。b1層はAlCr系の窒化物または炭窒化物とするためにAlに次いでCrを多く含有している。硬質皮膜の耐熱性をより高めるためにb1層のCr含有比率は40原子%以下とすることが好ましい。更にはb1層のCr含有比率は35原子%以下とすることが好ましい。
【0013】
b1層は積層皮膜の耐熱性と耐摩耗性を高いレベルで両立させるために、金属元素の総量に対するAlとCrの合計の含有比率を85原子%以上とすることが好ましい。
【0014】
b1層とb2層はナノレベルで交互に積層しているため互いの組成が拡散し得る。そのためb1層にはb2層に必須で含まれるTiを含有し得る。但し、組成系が異なるAlリッチなAlCrN系の硬質皮膜とAlリッチなAlTiN系の硬質皮膜を積層させるために、b1層のTiの含有比率はb2層のTiの含有比率よりも少なくする。
【0015】
b1層はAlとCr以外の金属元素を含有することができる。b1層は、例えば、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性や潤滑性などの向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Y、Cuから選択される1種または2種以上の元素を含有することができる。これらの元素は硬質皮膜の特性を改善するためにAlTiN系やAlCrN系の硬質皮膜に一般的に添加されている元素であり、含有比率が過多にならなければ被覆切削工具の耐久性を著しく低下させることはない。b1層はAlとCr以外の金属元素の合計が25原子%以下とすることが好ましい。更にはb1層はAlとCr以外の金属元素の合計が20原子%以下とすることが好ましい。更にはb1層はAlとCr以外の金属元素の合計が15原子%以下とすることが好ましい。
【0016】
AlとCrの窒化物または炭窒化物はSi元素を含有することで皮膜組織が微細となって耐摩耗性と耐熱性がより向上するので好ましい。そのため、b1層がSiを含有することで積層皮膜の全体の耐摩耗性と耐熱性がより高まり好ましい。b1層はSiを1原子%以上で含有することが好ましい。但し、Siの含有比率が大きくなり過ぎるとミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNや非晶質相が増加する。そのためb1層のSi含有比率は8原子%以下とすることが好ましい。
【0017】
b2層は金属元素の総量に対してアルミニウム(Al)を55原子%以上、チタン(Ti)を20原子%以上を含有する窒化物または炭窒化物である。AlとTiを主体とする窒化物または炭窒化物は耐摩耗性および耐熱性に優れる膜種である。特に、Alの含有比率が大きくなると硬質皮膜の耐熱性が向上する傾向にあり被覆切削工具の耐久性が向上する。更には、耐熱性と耐摩耗性に優れる窒化物であることが好ましい。硬質皮膜に高い耐熱性を付与するためにb2層はAlを55原子%以上とする。更にはb2層のAlは60原子%以上とすることが好ましい。ミクロ組織に含有する脆弱なhcp構造のAlNを低減するにはb2層のAl含有比率は75原子%以下とすることが好ましい。更にはb2層のAl含有比率は70原子%以下とすることが好ましい。
【0018】
硬質皮膜に高い耐摩耗性を付与するためにb2層はTiを20原子%以上とする。b2層はAlTi系の窒化物または炭窒化物とするためにAlに次いでTiを多く含有している。硬質皮膜の耐熱性をより高めるためにb2層のTi含有比率は40原子%以下とすることが好ましい。更にはb2層のTi含有比率は35原子%以下とすることが好ましい。
【0019】
b2層は積層皮膜の耐熱性と耐摩耗性を高いレベルで両立させるためにAlとTiの合計の含有比率を80原子%以上とすることが好ましい。
【0020】
b1層とb2層はナノレベルで交互に積層しているため互いの組成が拡散し得る。そのためb2層はb1層に必須で含まれるCrを含有し得る。但し、組成系が異なるAlリッチなAlCrN系の硬質皮膜とAlリッチなAlTiN系の硬質皮膜を積層させるために、b2層のCrの含有比率はb1層のCrの含有比率よりも少なくする。
【0021】
b2層はAlとTi以外の金属元素を含有することができる。b2層は、例えば、硬質皮膜の耐摩耗性や耐熱性や潤滑性などの向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Y、Cuから選択される1種または2種以上の元素を含有することができる。これらの元素は硬質皮膜の特性を改善するためにAlTiN系やAlCrN系の硬質皮膜に一般的に添加されている元素であり、含有比率が過多にならなければ被覆切削工具の耐久性を著しく低下させることはない。b2層はAlとTi以外の金属元素の合計が25原子%以下とすることが好ましい。更にはb2層はAlとTi以外の金属元素の合計が20原子%以下とすることが好ましい。更にはb2層はAlとTi以外の金属元素の合計が15原子%以下とすることが好ましい。
【0022】
硬質皮膜にミクロ組織に存在するhcp構造のAlNを定量的に求めるには、硬質皮膜の加工断面について、透過型電子顕微鏡を用いて制限視野回折パターンを求め制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いる。具体的には、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンの強度プロファイルにおいて、Ih×100/(Ih+If)の関係を評価する。IhおよびIfは以下のように定義される。
【0023】
Ih:六方最密充墳構造(hcp構造)のAlNに起因する最大ピーク強度。
If:面心立方格子構造(fcc構造)の(111)面、(200)面、(220)面に起因するピーク強度の合計。
【0024】
上記IhとIfの関係を評価することで、X線回折によりhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認されない硬質皮膜において、ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを定量的に評価することができる。Ih×100/(Ih+If)の値がより小さいことは、積層皮膜のミクロ組織に存在する脆弱なhcp構造のAlNがより少ないことを意味する。本発明者は、積層皮膜におけるIh×100/(Ih+If)の値が15よりも大きい場合、過酷な使用環境下においては被覆切削工具の耐久性が低下し易くなることを確認した。本実施形態においては、積層皮膜がIh×100/(Ih+If)≦15を満たす構成とすることで、良好な耐久性を有する被覆切削工具を実現した。更には積層皮膜がIh×100/(Ih+If)≦10を満たす構成であることが好ましい。更には積層皮膜がIh×100/(Ih+If)≦5を満たす構成であることが好ましい。更には積層皮膜においてhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認されない構成、すなわち、積層皮膜がIh×100/(Ih+If)=0を満たす構成であることが好ましい。
【0025】
本実施形態では積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりもアルミニウム(Al)の含有比率を大きくする。この構成により積層皮膜全体でミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNの増加を抑制しつつ表層側領域の耐熱性をより高めることができる。積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりも2原子%以上10原子%以下の範囲でアルミニウム(Al)の含有比率が大きいことが好ましい。更には積層皮膜の表層側領域では基材側領域よりも2原子%以上5原子%以下の範囲でアルミニウム(Al)の含有比率が大きいことが好ましい。
本実施形態において基材側領域とは基材と硬質皮膜の界面から膜厚方向に0.3μm以内の範囲の領域である。本実施例形態において表層側領域とは積層皮膜の最表面から深さ0.3μm以内の範囲の領域である。
積層皮膜の組成は、鏡面加工した断面試料をEPMA等で分析することで確認することができる。積層皮膜の表層側領域と基材側領域のそれぞれで、直径が0.1~0.2μmの分析範囲を5カ所分析して、得られた測定値の平均値から積層皮膜の表層側領域と基材側領域の組成を求めればよい。
【0026】
本実施形態では積層皮膜の基材側領域におけるb1層とb2層の膜厚は表層側領域におけるb1層とb2層の膜厚よりも大きいことが好ましい。膜厚の大小は、b1層同士、b2層同士の平均膜厚の比較により判定する。より詳細には、基材側領域に含まれる全てのb1層の平均膜厚と、表層側領域に含まれる全てのb1層の平均膜厚とを比較する。また、基材側領域に含まれる全てのb2層の平均膜厚と、表層側領域に含まれる全てのb2層の平均膜厚とを比較する。基材側領域の表層側の境界を跨ぐb1層およびb2層、並びに表層側領域の基材側の境界を跨ぐb1層およびb2層は、平均膜厚の算出対象から除外する。
【0027】
基材側領域のb1層とb2層の膜厚が相対的に大きいことで基材と積層皮膜の密着性がより高まる。表層側領域のb1層とb2層の膜厚が相対的に小さいことでAlCr系とAlTi系の両方の硬質皮膜の効果がより再現され易くなる。積層皮膜の基材側領域におけるb1層とb2層の膜厚は表層側領域におけるb1層とb2層の膜厚の2倍以上10倍以下にすることが好ましい。更には積層皮膜の基材側領域におけるb1層とb2層の膜厚は3倍以上6倍以下にすることが好ましい。
【0028】
本実施形態では積層皮膜のミクロ組織は微細な柱状粒子から構成される。積層皮膜を構成する柱状粒子は積層皮膜の膜厚方向(積層方向)に沿って延びる。積層皮膜が微粒な柱状粒子で構成されることで硬度と靭性が高まる傾向にある。積層皮膜の柱状粒子の平均幅は10nm以上100nm以下であることが好ましい。積層皮膜の表層側領域は基材側領域よりも柱状粒子が微細であることが好ましい。表層側領域の柱状粒子が相対的に微細になることで耐摩耗性をより高めることができる。また、基材側領域の柱状粒子が相対的に粗粒になることで密着性をより高めることができる。積層皮膜の柱状粒子の平均幅は基材側領域が表層側領域の1.2倍以上3倍以下であることが好ましい。柱状粒子の幅は、透過型電子顕微鏡を用いた断面観察像により確認できる。柱状粒子の幅は、柱状粒子が延びる方向(概ね膜厚方向)と直交する方向における柱状粒子の長さである。柱状粒子の平均幅は、積層皮膜の膜厚方向の中央部分において測定される柱状粒子の幅を用いて算出する。膜厚方向の中央部分とは、積層皮膜の膜厚方向の中心から、膜厚方向の両側に10%以内の範囲にある部分を指す。柱状粒子の平均幅は、断面観察像により確認した10個以上の柱状粒子の幅の平均値として算出する。
【0029】
本実施形態では基材と積層皮膜の間に、必要に応じて、中間皮膜を設けてもよい。例えば、中間皮膜として金属、金属炭化物、金属窒化物または金属炭窒化物を設けても良い。また、基材の表面をメタルボンバードすることでメタルボンバード層を形成しても良い。
【0030】
本実施形態では積層皮膜の上層に、必要に応じて、保護皮膜を設けてもよい。例えば、保護皮膜として、耐摩耗性に優れる膜種であるTiとSiを含有する窒化物または炭窒化物を設けても良い。また、保護皮膜として、AlCr系やAlTi系の窒化物または炭窒化物を設けても良い。また、保護皮膜として、TiSi系、AlCr系およびAlTi系以外の組成系の金属窒化物や金属炭窒化物を設けても良い。また、保護皮膜として、金属窒化物や金属炭窒化物以外の金属、金属炭化物あるいは金属ホウ化物等を設けても良い。
【0031】
≪製造方法≫
本実施形態に係る硬質皮膜はターゲットのイオン化率が高いアークイオンプレーティング法で被覆することが好ましい。またターゲットのイオン化率が高い高出力スパッタリング法で被覆してもよい。Alリッチの積層皮膜について、結晶性を高めてミクロ組織に含有されるhcp構造のAlNを低減するためには、ターゲット中心付近の垂直方向における磁束密度が10mT以上のカソードを用いることが好ましい。
【0032】
AlCr系の硬質皮膜を形成するためのカソードでは、カソード電圧が20V以上35V以下の範囲で成膜することが好ましい。カソード電圧が低すぎると積層皮膜のhcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。カソード電圧が高くなり過ぎると積層皮膜の皮膜組織が粗大になり過ぎて耐久性が低下し易くなる。
【0033】
AlTi系の硬質皮膜を形成するためのカソードでは、カソード電圧が20V以上30V以下の範囲で成膜することが好ましい。カソード電圧が低くなり過ぎると、hcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。カソード電圧が高くなり過ぎると積層皮膜の皮膜組織が粗大になり過ぎて耐久性が低下し易くなる。カソード電流は、いずれのカソードにおいても120A以上200A以下が好ましい。
【0034】
ターゲット中心付近の垂直方向における磁束密度とカソード電圧を上述した範囲になる成膜装置を選定した上で、基材に印加する負のバイアス電圧の絶対値を大きくすることで、ミクロ組織のhcp構造のAlNの生成が抑制されIh×100/(Ih+If)の値を15よりも小さくすることができ好ましい。
基材に印加する負のバイアス電圧は-200V以上-100V未満が好ましい。更には-120V以下が好ましい。バイアス電圧の絶対値が大きくなり過ぎると成膜が安定し難く膜厚を調整することが困難となる。バイアス電圧の絶対値が小さくなり過ぎるとhcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。被覆温度は400℃以上600℃以下が好ましい。窒化物を被覆する場合、炉内に窒素ガスを導入して被覆する。被覆時の窒素ガス圧力は2.0Pa以上8.0Pa以下が好ましい。炭窒化物を被覆する場合には、例えば、窒素ガスの一部をメタンガスに置換すればよい。
【0035】
積層皮膜の表層側領域で基材側領域よりもアルミニウム(Al)の含有比率を高めたり、柱状粒子を微粒にするには、ターゲットに投入するコイル電流を基材側領域よりも表面側領域で高めることが好ましい。基材側領域と表面側領域で組成が異なるターゲットを利用してもよい。積層皮膜の個々の膜厚は被覆時のテーブル回転率やターゲットに投入するアーク電流を制御すればよい。