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特開2024-53406mRNA医薬品の特性評価方法並びに同評価に用いられる標準試料組成物及びキット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053406
(43)【公開日】2024-04-15
(54)【発明の名称】mRNA医薬品の特性評価方法並びに同評価に用いられる標準試料組成物及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6872 20180101AFI20240408BHJP
   C12Q 1/6806 20180101ALI20240408BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20240408BHJP
【FI】
C12Q1/6872 Z ZNA
C12Q1/6806 Z
C12N15/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022159661
(22)【出願日】2022-10-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年10月8日 ウェブサイト 「https://www.abstracts.asms.org/pages/dashboard.html#/conference/292/toc/292/details」における公開 〔刊行物等〕 令和3年11月2日 69th American Society for Mass Spectrometry (ASMS) Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics,Pennsylvania Convention Center,1101 Arch Street,Philadelphia,PA 19107,U.S.A.における公開 〔刊行物等〕 令和4年3月11日 国立研究開発法人理化学研究所(埼玉県和光市広沢2番1号)においてオンライン形式で開催された理研セミナーにおける公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年~平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)「RNA代謝異常症のリボヌクレオプロテオミクス解析と構造生命科学への展開」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100212509
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 知子
(72)【発明者】
【氏名】田岡 万悟
(72)【発明者】
【氏名】延 優子
(72)【発明者】
【氏名】中山 洋
(72)【発明者】
【氏名】小池 仁美
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA13
4B063QQ53
4B063QR14
4B063QS39
4B063QX04
(57)【要約】
【課題】質量分析法を用いてmRNA医薬品の特性評価を行う方法の提供。
【解決手段】液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)データを用いて、被験試料(p-RNA)を標準試料(s-RNA)と比較することにより、質量分析法を用いてmRNA医薬品の特性評価を行う。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(i)~(ii)を含む目的RNA:
(i)5’末端キャップ構造、及び
(ii)少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を少なくとも1つ含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ付加率を評価する方法であって、以下の工程(A-1)~(A-6):
(A-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端キャップ構造を含まず、1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(A-2)工程(A-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(A-3)工程(A-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(A-4)工程(A-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(A-5)工程(A-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のマスピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(A-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(A-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(A-6)下記式(1)によりアンキャップ率を算出する工程:
{Int1×a}/Int0 ・・・式(1)
Int1は、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(A-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む、方法。
【請求項2】
(A-7)下記式(2)
1-(アンキャップ率) ・・・式(2)
により、p-RNAにおける5’末端キャップ率を算出する工程を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(A-4)で得られたs-RNAの5'末端に由来する断片について、当該断片の配列を確認する工程を更に含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
下記(ii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)が、目的RNAの(ii)と同一の配列を有しているか否かを判定する方法であって、以下の工程(B-1)~(B-6):
(B-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(B-2)工程(B-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(B-3)工程(B-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(B-4)工程(B-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの(ii)に由来する断片のm/z値を有するピークを特定する工程;
(B-5)工程(B-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のマスピークを特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(B-6)下記(ア)及び/または(イ)の場合、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片は含まれていないこと、及び/または工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片が下記式(3)により算出される比率(以下、「同一配列含有率」という)で含まれていること、を判定する工程:
(ア)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在しない、または
(イ)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在する場合、当該工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークのシグナル強度及び当該工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークのシグナル強度を特定し、同一配列含有率が下記式(3)により算出される
{Int1×a}/Int0 ・・・式(3)
Int1は、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(B-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む、方法。
【請求項5】
(B-7)工程(B-5)及び(B-6)に代えて、工程(B-3)で得られたマススペクトルから、マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有するp-RNA断片以外のp-RNA断片を特定し、前記p-RNA断片の配列を特定する工程、
を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記目的RNAが5’末端キャップ構造を含み、前記標準試料(s-RNA)が5’末端キャップ構造を含まない点において目的RNAと異なる、請求項4または5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
下記(ii)~(iii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、及び
(iii)3’末端ポリ(A)テール
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)において、目的RNAと同一の長さを有するポリ(A)テールが含まれている割合(以下、「同一長のポリ(A)テール含有率」という)を評価する方法であって、以下の工程(C-1)~(C-6):
(C-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(C-2)工程(C-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(C-3)工程(C-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(C-4)工程(C-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(C-5)工程(C-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(C-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(C-6)下記式(4)により同一長のポリ(A)テール含有率を算出する工程:
{Int1×a}/Int0 ・・・式(4)
Int1は、工程(C-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(C-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(C-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む、方法。
【請求項8】
(i)5’末端キャップ構造、及び
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ構造を特定する方法であって、以下の工程(D-1)~(D-4):

(D-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端キャップ構造を含まず、1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(D-2)工程(D-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(D-3)工程(D-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(D-4)工程(D-3)で得られたマススペクトルから、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片のm/z値を有するp-RNA断片のピークを特定し、前記p-RNA断片の配列を特定する工程、
を含む、方法。
【請求項9】
(D-5)工程(D-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(D-6)工程(D-4)で特定されたp-RNA断片のマススペクトルにおけるシグナル強度を特定する工程;
(D-7)下記式(5)
{Int1×a}/Int0 ・・・式(5)
Int1は、工程(D-6)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(D-5)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(D-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
により、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合を算出する工程を更に含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
下記(ii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を含むmRNA医薬品の分析用標準試料組成物であって、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列(s-RNA)を含み、かつ
s-RNAをリボヌクレアーゼで同位体標識されたヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている、標準試料組成物。
【請求項11】
前記目的RNAが5’末端キャップ構造を含み、前記s-RNAが5’末端キャップ構造を含まない点において目的RNAと異なる、請求項10に記載の標準試料組成物。
【請求項12】
請求項10または11のいずれか1項に記載の標準試料組成物を含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析法を用いて、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品の特性評価、具体的には、mRNAの医薬品の被験試料(p-RNA)について、5’末端キャップ付加率の評価、有効成分である目的RNAと同一の配列を有しているか否かの判定(以下「目的RNAとの異同の判定」という)、目的mRNAと同一の長さを有する3’末端ポリ(A)テールが含まれている割合(以下「同一長のポリ(A)テール含有率」という)及び5’末端キャップ構造を評価する方法に関する。本発明は、前記特性評価に用いられる、標準試料(s-RNA)を含む組成物、前記組成物を含むキットにも関している。
【背景技術】
【0002】
メッセンジャーRNA(mRNA)の医療分野における適用は、COVID-19をはじめとするウイルス感染症の予防や、様々な種類のがんや遺伝病の治療法として有望視されている。mRNAはあらゆる種類のタンパク質を合成できる可能性があるため、すでに感染症予防のためのワクチンとして利用されているほか、がんや代謝性疾患など様々な疾患の治療薬として期待されている

mRNAの医療分野における適用は、幅広い疾患を対象とするだけでなく、宿主細胞ゲノムへの組み込みを起こさないという顕著な安全性を有している(Barbier,A.J., Jiang,A.Y., Zhang,P., Wooster,R. and Anderson,D.G. (2022) The clinical progress of mRNA vaccines and immunotherapies. Nat. Biotechnol., 40, 840-854)。また、製造やスケールアップが比較的容易であるため、コスト削減や市場投入までの時間短縮が可能である(Barbier,A.J., Jiang,A.Y., Zhang,P., Wooster,R. and Anderson,D.G. (2022) The clinical progress of mRNA vaccines and immunotherapies. Nat. Biotechnol., 40, 840-854; 3, Pardi,N., Hogan,M.J., Porter,F.W. and Weissman,D. (2018) mRNA vaccines - a new era in vaccinology. Nat. Rev. Drug Discov., 17, 261-279)。
【0003】
mRNAを医薬品として開発するためには、品質管理や代謝解析のために、mRNA医薬品に含まれるmRNAを特性評価する方法が必要である。
mRNA医薬品の特性評価にあたっては、mRNAに特有の特性解析項目として、目的RNAが正しく製造されているか(確認試験)、キャップ効率、ポリ(A)テール長等が挙げられている(荒戸照代他 (2019) mRNA医薬品の品質・安全性評価の考え方. PMDRS, 50(6), 300~306)。これら項目は、液体クロマトグラフィー、キャピラリーゲル電気泳動、RT-PCRを用いて確認することができる。しかしながら質量分析法によって確認をすることは、mRNA医薬品に含まれる目的RNAは分子量が大きいため技術的限界が存在するとして、いまだ確立されていない(Ibid.)。
【0004】
RNAの転写後修飾(PTM)を、質量分析法を用いて包括的かつ定量的に解析する方法として、本発明者らは、安定同位体標識したインビトロ転写RNAを内部標準として用いる方法(Stable Isotope-Labeled riboNucleic Acid as an internal Standard;SILNAS)を開発している。
非特許文献1は、前記方法により、分裂酵母シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)の全てのPTMが同定、定量され、単一塩基分解能で真核生物rRNAの最初の完全なPTMマップが生成されたことを記載している。
非特許文献2は、真核生物のモデル生物である出芽酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のrRNAについて、これまで同定されていなかった25S rRNAの2345位にあるシュードウリジンを含む112か所の12の異なるPTMを含む最終構造が、安定同位体標識した非修飾参照RNAを用いてSILNAS法により決定されたことを記載している。
特許文献1は、SILNAS法を用いて、哺乳動物細胞におけるRNA中のウリジンまたはシチジンの5位の転写後修飾部位を同定する方法等について記載している。
特許文献2は、リボ核酸(RNA)の質量データ(特に、開裂により生じるプロダクトイオン質量情報)を用いて配列データベースを検索しRNAを同定するリボ核酸同定装置、リボ核酸同定方法、プログラムおよびリボ核酸同定システムについて記載している。
非特許文献3は、修飾RNAの配列特性を解析するためのツールとして、RNAのタンデム質量分析データの解析を自動で行うオープンソースソフトウェアパッケージについて記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-103258
【特許文献2】国際公開第2009/128526
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nucleic Acids Res, 43, e115, 2015
【非特許文献2】NucleicAcidsRes,44,8951-8961,2016
【非特許文献3】NATURE COMMUNICATIONS https://doi.org/10.1038/s41467-022-30057
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
安全で効果的なmRNA医薬品を提供するためには、その特性評価を行うための分析基盤の開発が必要である。mRNA医薬品は、COVID-19のワクチンとして世界で初めて実用化されたところ、世界各国における同ワクチンの製造販売承認審査を通じ、品質管理、特にmRNAに特有の特性解析項目の評価の重要性が認識されている(Tinari,S. (2021) The EMA covid-19 data leak, and what it tells us about mRNA instability. BMJ, 372, n627; 厚生労働省「審議結果報告書」.https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000783071.pdf (閲覧日:2022年8月30日))。とりわけ、人工的に合成したRNAには、分解や伸長の欠陥に由来する切断型や、インビトロ転写の副産物であり炎症性サイトカインの発現を刺激するループバック二本鎖RNAに由来する余分な配列が混入する可能性があることも指摘されている

mRNA医薬品の特性評価方法として、液体クロマトグラフィー、キャピラリーゲル電気泳動やRT-PCRにより確認する方法が挙げられているが、いずれもmRNA医薬品に含まれるRNAを間接的に確認する方法である。また、これまで報告されている方法では、mRNA医薬品に含まれるRNAの有する様々な修飾ヌクレオシド(Vanhinsbergh,C.J., Criscuolo,A., Sutton,J.N., Murphy,K., Williamson,A.J.K., Cook,K. and Dickman,M.J. (2022) Characterization and Sequence Mapping of Large RNA and mRNA Therapeutics Using Mass Spectrometry. Anal. Chem., 94, 7339-7349)、キャップ構造、ポリ(A)構造(D’Ascenzo,L., Popova,A.M., Abernathy,S., Sheng,K., Limbach,P.A. and Williamson,J.R. (2022) Pytheas: a software package for the automated analysis of RNA sequences and modifications via tandem mass spectrometry. Nat. Commun., 13, 2424) の全てに対応して特性評価を行うことはできていない。質量分析法によれば、mRNA医薬品に含まれるRNAを直接分析することが可能となるが、質量分析法を用いたmRNA医薬品の特性評価方法はいまだに確立されていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)データを用いて、被験試料(p-RNA)を標準試料(s-RNA)と比較することにより、質量分析法を用いてmRNA医薬品の特性評価、具体的には、mRNAの医薬品の被験試料(p-RNA)における、5’末端キャップ付加率、有効成分である目的RNAとの異同の判定、目的mRNAと同一長のポリ(A)テール含有率、及び5’末端キャップ構造を評価する方法を確立した。
本発明の方法は、mRNA医薬品に含まれる修飾された長鎖mRNAを定量的に特徴付ける分析のための基盤(プラットフォーム)を提供する。更にタンデム質量分析(MS/MS)データをクエリーとするデータベース検索機能を備えることで、200~4,300ntのメチル化mRNAの一次構造の確認、配列の欠陥の検出・同定、5’末端キャップ構造、ポリアデニル化尾部(ポリ(A)テール)の解析にも応用できるシステムが提供される。
本発明の方法は、質量分析法を用いたmRNA医薬品の定量的な特性評価方法を確立するものであり、極めて有用である。
【0009】
本発明の方法による、質量分析法を用いたmRNA医薬品の定量的な特性評価は、次の2つの段階で構成される。
第1段階は、標準試料(s-RNA)の確立である。ここで、標準試料(s-RNA)は、mRNA医薬品の有効成分である目的RNAと比較して、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列を有するという特徴を有する。目的RNAと異なる5’末端構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いることにより、目的RNAと同一配列を有するRNA(とりわけ5’末端キャップ構造を有するRNA)を標準試料として作成することに伴う困難性を克服することが可能となった。また、標準試料(s-RNA)の1種または2種のヌクレオシドを同位体標識することにより、質量分析を用いて精度よくmRNA医薬品の特性評価を行うことが可能となった。
このような特徴を有する標準試料(s-RNA)をリボヌクレアーゼで断片化し、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行って、標準試料(s-RNA)断片の配列を特定する。
これにより、標準試料(s-RNA)断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列が特定された標準試料(s-RNA)が確立される。
第2段階は、被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合物をリボヌクレアーゼで断片化し、被験試料(p-RNA)断片と標準試料(s-RNA)断片の混合物について液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)を行って得られたLC-MSデータと、第1段階で確立された標準試料(s-RNA)のLC-MSデータとの比較により、被験試料(p-RNA)の特性評価をすることである。
標準試料(s-RNA)断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列構造は第1段階で確立されているから、第2段階では被験試料(p-RNA)とs-RNAの液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)データを比較するだけで、p-RNA断片の配列を特定し、その含有量を定量することが可能となる。ここでは具体的なmRNA医薬品に特有の特性評価項目として、5’末端キャップ付加率、有効成分である目的RNAとの異同の判定、目的mRNAと同一長のポリ(A)テール含有率、及び5’末端キャップ構造に係る情報を、全て入手する方法を提示する。
本発明にかかる方法によれば、mRNA医薬品の品質管理の現場では、第2段階の操作を1サンプルあたり2回実行するだけで、品質評価に必要かつ重要な情報(5'末端キャップ付加率、目的RNAとの異同、目的RNAと同一長のポリ(A)テール含有率、及び5’末端キャップ構造)を得ることができ、RNA医薬品のロットチェックを1ステップで実施することが可能となる。すなわち、本発明にかかる分析プラットフォームの活用により、mRNA医薬品の特性評価を迅速かつ精度よく行うことが可能となる。さらには、長期的な品質管理に重要なバッチ間比較も容易に行うことが可能であり、mRNA医薬品の品質管理を直ちに促進するプラットフォームとなると考えられる。
【0010】
限定されるわけではないが、本発明は以下の態様を含む。
〔1〕
下記(i)~(ii)を含む目的RNA:
(i)5’末端キャップ構造、及び
(ii)少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を少なくとも1つ含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ付加率を評価する方法であって、以下の工程(A-1)~(A-6):
(A-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端キャップ構造を含まず、1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(A-2)工程(A-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(A-3)工程(A-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(A-4)工程(A-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(A-5)工程(A-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のマスピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(A-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(A-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(A-6)下記式(1)によりアンキャップ率を算出する工程:
{Int1×a}/Int0 ・・・式(1)
Int1は、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(A-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む、方法。
〔2〕
(A-7)下記式(2)
1-(アンキャップ率) ・・・式(2)
により、p-RNAにおける5’末端キャップ率を算出する工程を更に含む、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕工程(A-4)で得られたs-RNAの5'末端に由来する断片について、当該断片の配列を確認する工程を更に含む、前記〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕
下記(ii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)が、目的RNAの(ii)と同一の配列を有しているか否かを判定する方法であって、以下の工程(B-1)~(B-6):
(B-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(B-2)工程(B-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(B-3)工程(B-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(B-4)工程(B-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの(ii)に由来する断片のm/z値を有するピークを特定する工程;
(B-5)工程(B-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のマスピークを特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(B-6)下記(ア)及び/または(イ)の場合、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片は含まれていないこと、及び/または工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片が下記式(3)により算出される比率(以下、「同一配列含有率」という)で含まれていること、を判定する工程:
(ア)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在しない、または
(イ)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在する場合、当該工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークのシグナル強度及び当該工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークのシグナル強度を特定し、同一配列含有率が下記式(3)により算出される
{Int1×a}/Int0 ・・・式(3)
Int1は、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(B-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む方法。
〔5〕
(B-7)工程(B-5)及び(B-6)に代えて、工程(B-3)で得られたマススペクトルから、マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有するp-RNA断片以外のp-RNA断片を特定し、前記p-RNA断片の配列を特定する工程、
を含む、前記〔4〕に記載の方法。
〔6〕前記目的RNAが5’末端キャップ構造を含み、前記標準試料(s-RNA)が5’末端キャップ構造を含まない点において目的RNAと異なる、前記〔4〕または〔5〕のいずれか1項に記載の方法。
〔7〕
下記(ii)~(iii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、及び
(iii)3’末端ポリ(A)テール
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)において、目的RNAと同一の長さを有するポリ(A)テールが含まれている割合(以下、「同一長のポリ(A)テール含有率」という)を評価する方法であって、以下の工程(C-1)~(C-6):
(C-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は、目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(C-2)工程(C-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(C-3)工程(C-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(C-4)工程(C-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(C-5)工程(C-3)で得られたマススペクトルから、下記(i)及び(ii-1)または(ii-2)を満たす、p-RNA断片のピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(i)マススペクトルにおいて、工程(C-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する;
(C-6)下記式(4)により同一長のポリ(A)テール含有率を算出する工程:
{Int1×a}/Int0 ・・・式(4)
Int1は、工程(C-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(C-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(C-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
を含む、方法。
〔8〕
(i)5’末端キャップ構造、及び
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を含むmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ構造を特定する方法であって、以下の工程(D-1)~(D-4):
(D-1)p-RNAと標準試料(s-RNA)を混合する工程、
ここで、s-RNAは、5’末端キャップ構造を含まず、1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は目的RNAと全部または一部同一の配列を有し、かつ
s-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている;
(D-2)工程(D-1)で得られた混合物を前記リボヌクレアーゼで断片化してs-RNA断片とp-RNA断片の混合物を調製する工程;
(D-3)工程(D-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する工程;
(D-4)工程(D-3)で得られたマススペクトルから、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片のm/z値を有するp-RNA断片のピークを特定し、前記p-RNA断片の配列を特定する工程、
を含む、方法。
〔9〕
(D-5)工程(D-3)で得られたマススペクトルから、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する工程;
(D-6)工程(D-4)で特定されたp-RNA断片のマススペクトルにおけるシグナル強度を特定する工程;
(D-7)下記式(5)
{Int1×a}/Int0 ・・・式(5)
Int1は、工程(D-6)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、工程(D-5)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度、
aは、工程(D-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す;
により、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合を算出する工程を更に含む、前記〔8〕に記載の方法。
〔10〕
下記(ii)を含む目的RNA:
(ii)医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレーム、
を含むmRNA医薬品の分析用標準試料組成物であって、5’末端構造及び1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている以外は目的RNAと全部または一部同一の配列(s-RNA)を含み、かつ
s-RNAをリボヌクレアーゼで同位体標識されたヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されている、標準試料組成物。
〔11〕前記目的RNAが5’末端キャップ構造を含み、前記s-RNAが5’末端キャップ構造を含まない点において目的RNAと異なる、前記〔10〕に記載の標準試料組成物。
〔12〕前記〔10〕または〔11〕のいずれか1項に記載の標準試料組成物を含む、キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明に依れば、mRNA医薬品の特性評価、具体的には、mRNAの医薬品の被験試料(p-RNA)について、5’末端キャップ付加率の評価、有効成分である目的RNAとの異同の判定、目的mRNAと同一長のポリ(A)テール含有率の評価及び5’末端キャップ構造の特定を、質量分析法を用いて迅速かつ精度よく行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】本願発明にかかる分析プラットフォームのイメージ図である。標準試料(s-RNA)の合成とmRNA医薬品の内部配列(被験試料(p-RNA)の内部配列)の解析についての流れを示す。
図1B】本願発明にかかる分析プラットフォームのイメージ図である。5’末端キャップとポリ(A)テール構造の定量的解析について示す。
図2】本願実施例で特性評価に用いたRNA1の種類とその配列構造等を示す。白と黒の長方形はそれぞれタンパク質コード領域と変異部位を表す。m1Ψ、Ψとmo5U、m5Cはそれぞれウリジンとシチジンの代わりに使用した修飾ヌクレオシドである。ここで使用したキャップはm3',7GpppAmG-OHである。
図3A】本願実施例で作成した、T7転写系で合成されたs-RNA1を精製した結果を示す。RNAの1 μgアリコートをLCシステムに適用し、溶離液を260 nmの紫外吸収でモニターした。分離に用いたLCカラムは、PLRP-S 300A (ID, 2.1 mm; Length; 150 mm)である。65.3分から67.5分の画分(縦点線で区切られた部分)を回収し、p-RNA1、p-RNA1mut、p-RNA1trn、p-RNA1extの確認用標準物質として使用した。
図3B】精製したs-RNA1の構造解析結果を示す。精製したs-RNA1をRNase T1またはAで消化し、得られた断片をダイレクトナノフローLC-MSシステムで分析し、Ariadneで同定した。黒いバーはRNase T1消化、灰色のバーはRNase A消化のRNA断片をそれぞれAriadneの検索により同定したものである。緑色のバー(グレースケールでは網掛けされたバー)は、MS/MSスペクトルの手動割り当てにより同定された。なお、図中、N1-メチルシュードウリジンはUと表記している。
図3C】精製したs-RNA1をRNase T1 で消化した CA30[13C10]Gp断片のマススペクトルを示す。スペクトルを得るために、s-RNA1消化物の100 fmolをナノフローLC-MSシステムに適用した。
図4】p-RNA1とs-RNA1を本発明の方法により解析して得られた質量シグナルの組合せの代表例についてのマススペクトルを示した図である。(A) CC(m1Y)AGp, (B) CACGp, (C) AAACAGp の質量シグナルを含むLC-MSピークを示した。p-RNA1とs-RNA1の10Daの差のあるMSシグナルの各ペアを検出した。
図5】s-RNA1とp-RNA1を解析したバブルチャートを示す。Ariadneから得られた各RNA断片のLCにおける保持時間(横軸)、m/z(縦軸)、シグナル強度(バブルサイズ)値をバブルチャートとしてプロットした。s-RNA1、p-RNA1由来のRNA断片、および鋳型配列から予測されないRNA断片は、それぞれ赤(グレースケールで濃色)、青(グレースケールで淡色)、点線のグレーのバブルで示される。付加体を持つイオンを示すバブルは、それぞれの色で塗りつぶされている。リボースに特徴的なMS/MSシグナル(m/z 211.00)を持つイオンのみを表示し、RNAに関連しないシグナルを除外している。鋳型配列から予想されないRNA断片のうち、バブルサイズの上位20個を固有のアルファベット記号とともに図に示している。各バブルの割り当ては、表3に掲載している。
図6A】p-RNA1中のcap1の選択的検出と定量の結果を示す。キャップ関連構造を含むRNA断片のマスクロマトグラフである。s-RNA1とp-RNA1の1:1混合物(各100 fmol)をRNase T1で消化し、その生成物をLC-MSおよびMS/MSに供した。ベースピークのクロマトグラムを上部に示した。MS/MSのステップで抽出されたシグナルは、pppAとm3',7Gpについてそれぞれm/z 567.944と390.082にあった(中、下)。Ariadneによって割り当てられた配列は、そのシグナルの横に示す。
図6B】p-RNA1のm3',7GpppAmGpのMS/MSスペクトルを示す。スペクトル中のm/zと配列は、それぞれ主要なa, b, c, dとw, x, y, zイオンを同定している(Thomas,B. and Akoulitchev,A. V (2006) Mass spectrometry of RNA. Trends Biochem. Sci., 31, 173-81)。割り当てられたイオンの開裂位置は、上図のRNA構造上にマッピングされている。m, CH2; p, H2PO4; pp, H3P2O7; ppp, H4P3O10; R, C5H7O4; m7G, 7-メチルグアニン; -, ニュートラルロス; -B(N), 核酸塩基のニュートラルロス。MS/MSスペクトルの下の記載は、Ariadneで求められたMS/MSシグナルのエラーを示す。
図6C】s-RNA1のpppA[13C10]GpのMS/MSスペクトルを示す。スペクトル中のm/zと配列は、それぞれ主要なa, b, c, dとw, x, y, zイオンを同定している(Thomas,B. and Akoulitchev,A. V (2006) Mass spectrometry of RNA. Trends Biochem. Sci., 31, 173-81)。割り当てられたイオンの開裂位置は、上図のRNA構造上にマッピングされている。m, CH2; p, H2PO4; pp, H3P2O7; ppp, H4P3O10; R, C5H7O4; m7G, 7-メチルグアニン; -, ニュートラルロス; -B(N), 核酸塩基のニュートラルロス。MS/MSスペクトルの下の記載は、Ariadneで求められたMS/MSシグナルのエラーを示す。
図6D】本発明の方法によるキャップ付加率の分析について示す。LC-MS分析では、p-とs-RNA1混合物から軽い断片pppAGp1-2と対応する重い断片pppA[13C10]Gp1-2が検出された。軽質量および重質量pppAGpイオンのマススペクトルのシグナル高から、キャップ率は90%と算出された。
図6E】cap1アナログを標準とした外部標準法での定量結果を示す。精製したp-RNA1(100fmol)をRNase T1で消化し、37℃で1時間アルカリホスファターゼ処理を行った。得られたフラグメントをダイレクトナノフローLC-MSシステムで分析し、cap1アナログと等しい構造のm3',7Gppp(Am)G-OHのシグナル高さを測定した。市販のcap1アナログに同様の分析方法を適用し、検量線を作成した。検量線は、光学濃度1を40mg/Lと仮定してA260を測定し、cap1アナログの絶対量を決定した。
図6F】キャップ構造の定量分析の直線性を示す。キャップされたp-RNA1とキャップされていないp-RNA1を数種類の比率で混合した。この混合したp-RNA1をさらにs-RNA1と1:1で混合した。この1:1混合物をRNase T1で消化し、消化産物をLC-MSおよびMS/MSに供した。観察されたキャップ率を理論値に対してプロットした。
図7】精製p-とs-RNA1の1:1混合物をRNase T1で消化したCA30GpとCA3013C10]Gpフラグメントの質量スペクトルを示す。スペクトルを得るために、100 fmolのs-RNA1消化物をナノフローLC-MSシステムに適用した。なお、この測定では、完全性(integrity)の値は103%であった。この値は、p-RNA1のポリ(A)フラグメントの強度をs-RNA1の強度の基準とし、RNA1のRNase T1消化物中の固有の質量を持つ10のRNAフラグメントの強度比から算出した平均混合比を用いて調整したものである。
図8A】p-RNA1の欠陥の検出に係る図を示す。s-RNA1に対するp-RNA1extの解析結果をバブルチャートで表示した。余分な配列に由来する一重バブル(シングレット)を中心に、チャートを部分的に拡大した。凡例は図5と同じ。
図8B】p-RNA1の1塩基置換型、切断型、拡張型について本発明の方法により構造検証を行った結果を示す図である。精製したp-RNA1mut、p-RNA1trn、p-RNA1ext(100 fmol)をs-RNA1と1:1で混合した。この混合物をRNase T1で消化し、生成物をLC-MSおよびMS/MSに供してRNA断片を同定し、そのマスクロマトグラムのピーク高さを測定した。p-RNA1断片のピーク高さは、s-RNA1の対応する断片で正規化し、図にプロットした。▼は、変異、欠失部のヌクレオチド位置を示す。
図8C】切断されたp-RNA1によるコンタミネーションの測定結果を示す。精製したp-RNA1とp-RNA1trnを様々な比率で混合した。この混合物(100fmol)をさらにs-RNA1と1:1の割合で混合した。この1:1の混合物をRNase T1で消化し、生成物をLC-MSおよびMS/MSに供してRNA断片を同定し、そのマスクロマトグラムのピーク高さを測定した。p-RNA1断片のピーク高さは、s-RNA1の対応する断片で正規化した。p-RNA1とp-RNA1trnの混合比は図中に示した。
図8D】少量のトランケートされたp-RNA1の混入の測定結果を示す。精製したp-RNA1とp-RNA1trnを95:5で混合した。この混合物(100fmol)をさらにs-RNA1と1:1になるように混合した。この1:1の混合物をRNase T1で消化し、生成物をLC-MSおよびMS/MSに供してRNA断片を同定し、そのマス・クロマトグラムのピーク高さを測定した。p-RNA1(斜線バー)およびs-RNA1フラグメント(白バー)のピーク高さをs-RNA1の対応するフラグメントで正規化し、エラーバー(3種類の実験の平均 +/- 標準誤差)を添えてプロットした。有意差はスチューデントのt-検定で検定した(*p<0.05および**p<0.01)。
図9A】ウリジンの代わりにΨまたはmo5U、シチジンの代わりにm5Cの修飾ヌクレオシドを含むRNAの解析結果を示す。s-RNA1mod1およびp-RNA1mod1について解析した結果のバブルチャート。凡例は図5と同じ。各バブルの割り当ては表4で確認できる。
図9B】様々な修飾ヌクレオチドを含むRNAのキャップ解析結果を示す。LC-MS分析では、p-とs-RNA1mod1、p-とs-RNA1mod2から、軽い断片pppAGp1-2と対応する重い断片pppA[13C10]Gp1-2が検出された。pppAGpイオンのマススペクトルのシグナル高さから、p-RNA1mod1とp-RNA1mod2のキャップ率はそれぞれ89%と90%と算出された。矢印は、m/z 618.562から5.0原子質量単位離れた位置を示している。
図9C】様々な修飾ヌクレオチドを含むRNA中のポリ(A)の分析結果を示す。精製したp-とs-RNA1mod1(左)とp-とs-RNA1mod2(右)の1:1混合物をRNase T1で消化して得られたm5CA30Gpとm5CA30[13C10]Gpフラグメントの質量スペクトルを示す。スペクトルを得るために、s-RNA1消化物10μgをナノフローLC-MSシステムに適用した。なお、今回の測定では、p-RNA1mod1、p-RNA1mod2の完全性の値は、それぞれ98%、89%であった。この値の計算方法は、図7の凡例に示されている。
図10】本発明にかかる分析プラットフォームにおいて使用されたワクチン様mRNAの概略構造を示す図である。ポリ(A)完全性(integrity)(%)は、p-RNAの最も3'側のポリ(A)セグメントの量とs-RNAのそれとの比である。白と黒の長方形は、それぞれタンパク質コード領域とポリ(A)を表す。各四角の横にはタンパク質名とポリ(A)の長さが書かれている。mimBNT162bとインフルエンザ、ジカ、西ナイルの完全性は、それぞれ67、63、67、58個のA残基を含むRNA断片から算出した。
図11A】s-mimBNT162b2の精製と特性評価の結果について示す図である。T7転写系で合成したs-mimBNT162b2の精製の結果を示す。RNAの1 μgアリコートをLCシステムに適用し、溶出液は260 nmの紫外吸収でモニターされた。分離に用いたLCカラムは、PLRP-S 4000A (ID, 2.1 mm; Length; 150 mm)である。61.9 ~ 63.6 分の画分(縦線で区切られた部分)を回収し,p-mimBNT162b2 の確認用標準物質として用いた。
図11B】精製したs-mimBNT162b2の構造解析の結果を示す。精製したs-mimBNT162b2(4.3kb、~1.4M Da)をRNase T1またはAで消化し、得られた断片をダイレクトナノフローLC-MSシステムで分析し、Ariadneで同定した。黒いバーはRNase T1消化、灰色のバーはRNase A消化のRNA断片をそれぞれAriadneの検索により同定したものである。緑色のバー(グレースケールでは網掛けされたバー)は、MS/MSスペクトルの手動割り当てにより同定された。なお、図中ではN1-メチルシュードウリジンはUと表記している。
図11C】精製s-mimBNT162b2中のポリ(A)を示す。精製 s-mimBNT162b2 を RNase T1 で消化した CA35[13C10]Gp (左)と ACUA67[13C10]Gp (右)フラグメントのマススペクトルを示す。スペクトルを得るために、s-mimBNT162b2消化物5μgをナノフローLC-MSシステムに適用した。
図11D】精製したs-およびp-mimBNT162b2におけるポリ(A)分布を示す。AC(m1Ψ)AnGpの26価のアニオンの最も多いシグナルの高さをアニオン中のA残基の数に対してプロットしたものである。
図12】p-とs-mimBNT162b2について解析したバブルチャートである。チャートを簡略化するため、acoG、アダクトなど合成時に存在しなかった修飾を除いたRNAイオンバブルのみを描画した。その他は図5と同じである。各バブルの割り当ては表5に掲載した。
図13A】p-mimBNT162b2の本発明の方法によるキャップ解析の結果を示す。LC-MS分析では、p-mimBNT162b2からは、軽い断片pppAGp1-2と対応する重い断片pppA[13C10]Gp1-2が検出された。pppAGpイオンのマススペクトルのシグナル高さから、混合比を調整した後、キャップ率は94%と算出された。
図13B】精製したp-とs-mimBNT162b2の1:1混合物中のポリ(A)を示す。精製したp-とs-mimBNT162b2の1:1混合物をRNase T1で消化したACUA67GpとACUA67[13C10]Gp断片のマススペクトルを示す。スペクトルを得るために、10μgのRNA消化物をナノフローLC-MSシステムに適用した。本測定では、混合比を調整した結果、p-mimBNT162b2のポリ(A)とs-mimBNT162b2のポリ(A)の量の比は78%であった。
図14】精製したs-およびp-Influenza Aにおけるポリ(A)の分布を示す図である。AC(m1Ψ)AnGpの24価アニオンの最も多いシグナルの高さを、アニオン中のA残基の数に対してプロットした。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
第1の形態において、本発明は、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ付加率を評価する方法を提供する。以下、工程(A-1)~(A-7)を詳述する。
【0014】
[工程(A-1)]
工程(A-1)では、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)とを混合する。
[mRNA医薬品]
mRNA医薬品は、人工的に合成したmRNAを、それを必要とする対象の体内に投与し、治療や予防に使用する医薬であれば、特に制限されない。mRNA医薬品は、感染症予防用mRNAワクチン、がん治療用mRNAワクチン、疾患治療用mRNA医薬であってよい。mRNAワクチンは、1価ワクチンであっても、2価以上の多価ワクチンであってもよい。mRNAワクチンは、混合ワクチンであってもよい。疾患治療用mRNA医薬としては、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬、酵素補充療法に用いられるmRNA医薬であってよい。mRNAワクチン及び酵素補充療法に用いられるmRNA医薬品が好ましい。
mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤であってよい。mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤の特定のバッチまたはロットであってよい。
mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを少なくとも1つ含む。mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを2以上含んでもよい。
【0015】
[目的RNA]
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含むリボ核酸(RNA)配列である。医薬的に有用なポリペプチドは、医薬的に有用なタンパク質を含む。医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片は、疾患の治療や予防に用いられるタンパク質、ポリペプチドまたはその有効な断片であれば、特に制限されない。医薬的に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、感染症予防、がん治療、疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。感染症予防用ポリペプチドまたはその有効な断片は、COVID-19ウィルス、サイトメガロウィルス、呼吸器合胞体ウィルス、インフルエンザA型ウィルス、インフルエンザB型ウィルス、ヒトメタニューモウイルス、パラインフルエンザウイルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、狂犬病ウィルス、エプスタイン-バーウイルス、ヒト免疫不全ウィルス、ニパウィルス、デングウィルスによるウィルス感染症に感染または発症を予防するために用いられる抗原ポリペチドまたは免疫原性断片であってよい。COVID-19ウィルス、インフルエンザウィルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、デングウィルスが好ましい。
感染症予防用ウィルス抗原ポリペプチドまたはその有効な断片としては、SARS-CoV-2-スパイクタンパク質、SARS-CoV-2-タンパク質、インフルエンザHAタンパク質、インフルエンザHA/NAタンパク質、ウエストナイルウィルスNS1タンパク質、ジカ熱ウィルスの構造タンパク質、デングウィルス粒子表面タンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。
がん治療ポリペプチドまたはその有効な断片は、固形がん/メラノーマ、大腸がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、前立腺がん、HPV16陽性頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がん、卵巣がんを対象腫瘍とする腫瘍関連抗原タンパク質、腫瘍関連抗原ポリペプチドまたは腫瘍関連免疫原性断片であってよい。
疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、心血管疾患、虚血性血管疾患、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)、チクングニア熱、プロピオン酸血症、嚢胞性線維症、自己免疫疾患、次世代のメチルマロン酸血症、糖原病I型、糖原病III型の治療に有用なポリぺプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、酵素補充療法(タンパク質補充療法)に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片としては、CFTRタンパク質、VEGF-Aポリペプチドまたはその有効な断片であってよいがこれらに限定されない。
目的RNAは、様々な(複数の)異なる修飾を含んでよい。目的RNAに含まれる修飾としては、例えば、目的RNAを構成するヌクレオシドの1つまたは複数が、メチル化、アセチル化、あるいはウリジンがシュードウリジン(Ψ)へ変換されている場合等が挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有する。目的RNAは、2以上の医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有してよい。
【0016】
オープンリーディングフレームは、開始コドン(例えば、AUG)で始まり、停止コドン(例えば、UAA、UAG、UGA)で終わり、タンパク質、ポリペプチドまたはそれらの断片をコードする、RNAの連続する配列(ストレッチ)を指す。
オープンリーディングフレームはコドン最適化されていてよい。コドン最適化法は当該技術分野で既知である。
目的RNAは、5’末端キャップ構造を有してよい。ただし、工程(A-1)の目的RNAは、必ず5’末端キャップ構造を含む。キャップは、効率よく翻訳を開始し、自然免疫系を活性化させない構造を有している(Schlake,T., Thess,A., Fotin-Mleczek,M. and Kallen,K.J. (2012) Developing mRNA-vaccine technologies. RNA Biol., 9, 1319-1330; To,K.K.W. and Cho,W.C.S. (2021) An overview of rational design of mRNA-based therapeutics and vaccines. Expert Opin. Drug Discov., 16, 1307-1317)。5’末端キャップ構造は、このようなキャップの機能を保持する構造をいう。キャップの機能を保持する構造であれば、合成キャップ類似体、化学キャップ、化学キャップ類似体、または構造もしくは機能キャップ類似体等のキャップ類似体であってよい。キャップ類似体として、m3’,7G(Am)G、m7GpppA、m7GpppG、m3’,7GpppG、m7G(Am)U、m7G(Am)Gが挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、3’末端ポリアデニル化(ポリ(A))テールを有してよい。ポリ(A)テールはエキソヌクレアーゼによる分解過程を遅らせる、つまり、RNAの安定性を高めることで生体内半減期を延長し、RNAの翻訳効率を向上させることができる(Gallie,D.R. (1991) The cap and poly(A) tail function synergistically to regulate mRNA translational efficiency. Genes Dev., 5, 2108-16)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'尾部を指し、その長さは様々であり得る(例えば、少なくとも5アデニンヌクレオシドから数百アデニンヌクレオシドであり得る)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーとホモポリマーの間にグアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド、シトシンヌクレオシドを1以上含んでいてもよい。例えば、アデニンヌクレオシドポリ(A)テールは、3’上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有していてもよい(Nance,K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。ポリ(A)テールを構成するヌクレオシドは修飾されていてもよい。
目的RNAは更に、5’末端キャップ構造とオープンリーディングフレームの間、及び/またはオープンリーディングフレームと3’末端ポリ(A)テールの間に、それぞれ5’非翻訳領域(5’UTR)、3’非翻訳領域(3’UTR)を含んでいてもよい。
目的RNAは、200~4,300ntの長さを有することが好ましいが、これに限定されない。
【0017】
[被験試料(p-RNA)]
被験試料(p-RNA)はmRNA医薬品に含まれるリボ核酸(RNA)配列である。理論的には、被験試料(p-RNA)は目的RNAと同一の配列を有する。しかしながら、実際には被験試料(p-RNA)は目的RNAと一部異なる配列を有する場合がある。これは、例えば、被験試料(p-RNA)の調製及び/または保管過程において、転写エラー、変異、分解等が生じることによる。被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定することを、「RNAの完全性」の解析という。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNAの5’末端キャップ構造、と同一の配列を有することを決定することによってもよく、あるいは、被験資料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNA5’末端キャップ構造、と同一の配列を有していないことを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えばオープンリーディングフレーム、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば3’末端ポリ(A)テール、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの全部と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。
RNAの完全性は、目的RNAと同一の配列を有する被験試料(p-RNA)の量(含量)で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列のうち目的RNAと同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列の特定の部分が、目的RNAの特定の部分と同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。
被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
【0018】
[標準試料(s-RNA)]
標準試料(s-RNA)は、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定するにあたり用いられるリボ核酸(RNA)配列である。工程(A-1)の標準試料(s-RNA)は、目的RNAと、
(a)5’末端キャップ構造を含まず、
(b)1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている
以外においては、全部または一部同一の配列を有するRNAである。ここで目的RNAと一部同一の配列を有する場合の「一部」とは、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部と同一の配列を有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合に、被験試料(p-RNA)が同一の配列を有しているか否か評価される目的RNAの部分をいう。例えば、被験試料(p-RNA)が目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有することを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、標準試料(s-RNA)は、完全性の解析において評価される目的RNAのオープンリーディングフレームと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することを「一部」同一の配列を有するという。この場合、例えば目的RNAが3’末端ポリ(A)テールを含んでいても、当該部分はRNAの完全性の解析の評価対象ではないため、標準試料(s-RNA)は、3’末端ポリ(A)テールを含まなくてもよい。
標準試料(s-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
標準試料(s-RNA)が「5’末端キャップ構造を含まず」とは、標準試料RNAの5’末端に通常リン酸基が(通常3つ)結合していることをいう。リン酸基は、チオリン酸基、メチルリン酸基であってよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は修飾されていてもよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は、脱リン酸してから、被験試料(p-RNA)と混合してもよい。目的RNAと同じ5’末端キャップ構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いるためには、5’末端キャップ構造を100%有するRNAを合成する必要があるが、そのようなRNAを合成する方法は現時点では確立されておらず、また合成されたRNAから5’末端キャップ構造を有しないRNAを除去するよう精製を繰り返し、標準試料に求められる純度を達成することは極めて困難であり現実的ではない。したがって、本発明の標準試料(s-RNA)は、5’末端キャップ構造を含まない点において、目的RNAと異なっている。
【0019】
標準試料(s-RNA)を構成する1種または2種のヌクレオシドは同位体標識されている。標識に用いる同位体は、安定同位体である。標識に用いる安定同位体は、重水素、13C、15Nまたは18Oであってよい。標識に用いる安定同位体は、13Cが好ましい。
同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシン(G)、ウリジン(U)、シチジン(C)またはアデノシン(A)のいずれか1種または2種であってよい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシンが好ましい。ヌクレオシドを構成する塩基や糖分子(例えばリボース)のみが同位体標識されていてもよい。同位体標識されるヌクレオシドは、修飾されていてもよい。ヌクレオシドを構成する塩基及び/または糖を重水素で標識する場合、水素と重水素は物理的性質が大きく異なるため化学的性質である解離度(酸性・塩基性)も異なることから、解離しないメチル水素、ピリミジン5,6位の水素やメチレン等を重水素で標識する必要がある。
標準試料(s-RNA)は、リボヌクレアーゼで、同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化した、その断片(以下「s-RNA断片」という)のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されているRNAである。s-RNAを断片化するリボヌクレアーゼは、s-RNAを3'末端または5'末端のいずれで切断してもよいが、得られたs-RNA断片が、同位体標識したヌクレオシドを含む断片となるように切断するリボヌクレアーゼである。同位体標識したヌクレオシドの種類によって、適切なリボヌクレアーゼが選択される。リボヌクレアーゼは、RNase T1、RNase A、またはMazFであってよい。G残基を同位体標識する場合は、RNase T1を用いることが好ましい。目的RNAがGの連続配列を含む場合は、U及びC残基を同位体標識し、RNase Aを用いることが好ましい。
s-RNAは、当該技術分野で利用可能な方法を用いて作成できる。具体的には、後述する実施例1に示すように、医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含む目的RNAのインビトロ転写用DNAテンプレートを用い、m1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTP、m5CTP、及びグアノシン-1310の存在下で、キャップ構造を有しないRNAを生成させ、得られたRNAを逆相液体クロマトグラフィーにより精製することにより得ることができる。
【0020】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行うことで、s-RNA断片のm/z値が得られる。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は、当該技術分野において利用可能な方法で行うことができる。
s-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)から得られたs-RNA断片のm/z値と、当該m/z値に対応するs-RNA断片の配列とを対応させることで、各s-RNA断片について、m/z値とその配列とが特定される。
【0021】
[5’末端キャップ付加率]
被験試料(p-RNA)がその5’末端にキャップ構造を有する割合を「キャップ率」という。被験試料(p-RNA)が5’末端にキャップ構造を有していない(すなわち、被験試料(p-RNA)の5’末端がs-RNAと同じ構造(例えばリン酸基)を有している)割合を「アンキャップ率」という。「5’末端キャップ付加率」とは、キャップ率またはアンキャップ率をいう。「5’末端キャップ付加率」とは、被験試料(p-RNA)の5’末端がキャップ構造を有しているか否かについて、その割合を表すものである。より詳細に、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一のキャップ構造を有することを特定するため、後述する方法を活用することができる。
【0022】
[mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合]
工程(A-1)のmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)は、質量分析装置で定量可能な量の被験試料(p-RNA)及び標準試料(s-RNA)が含まれていれば、その混合割合は任意であってよい。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合比率は、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)が、約100:約1~約1:約100のモル比であってもよく、約10:約1~約1:約10のモル比が好ましく、約5:約1から約1:約5のモル比より好ましく、約1:約1のモル比が最も好ましい。定量分析精度の高い結果を得る観点からは、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)のモル比は極端に大きく離れていない方が好ましい。
【0023】
[工程(A-2)]
工程(A-2)では、工程(A-1)で得られた混合物をリボヌクレアーゼで断片化して、s-RNA断片とp-RNA断片の混合物(以下「断片混合物」という)を調製する。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合物をリボヌクレアーゼで断片化することは、当該技術分野で利用可能な技術を用いて行うことができる。ここで、断片混合物を得るために用いるリボヌクレアーゼは、m/z値と、前記m/z値に対応する配列とが特定されたs-RNAを断片化するにあたり用いたリボヌクレアーゼと、同じリボヌクレアーゼである。
【0024】
[工程(A-3)]
工程(A-3)では、工程(A-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する。液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)は、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を用いてよい。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は当該技術分野で利用可能な技術を用いてよい。工程(A-3)のLC-MS及び/またはLC-MS/MSは、断片混合物に含まれる各断片のピークについて、保持時間、質量(m/z値)、電荷及びシグナル強度等のピーク情報を与える。工程(A-3)の分析により得られる各断片のピークは、s-RNA断片に由来するピークとp-RNA断片に由来するピークの両方である。
【0025】
[工程(A-4)]
工程(A-4)では、工程(A-3)で得られたマススペクトル(以下、「断片混合物スぺクトル」という)から、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する。具体的には、工程(A-3)で得られた、断片混合物スペクトルにおける各断片ピークのm/z値と、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を比較し、m/z値が同一または測定に使用した質量分析計の実測誤差の範囲内にある断片ピークを、断片混合物中のs-RNAの5'末端に由来する断片のピークとして特定する。断片混合物中のs-RNAの5'末端に由来する断片のピークを特定したら、そのシグナル強度を特定する。これにより、断片混合物スペクトルの中から、s-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値を有するピークとそのシグナル強度が特定される。
工程(A-4)で断片混合物からs-RNAの5'末端に由来する断片であると特定された断片について、当該断片の配列が5'末端に由来する断片の配列であることを確認する工程を更に含んでもよい。当該断片の配列は、当該技術分野で利用可能な技術によって特定することができる。例えば、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって当該断片の配列を特定し、s-RNAの5'末端に由来する断片であることを確認してもよい。
【0026】
[工程(A-5)]
工程(A-5)では、工程(A-3)で得られたマススペクトル(断片混合物スペクトル)から、
(i)マススペクトルにおいて、工程(A-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(A-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する、
p-RNA断片のマスピーク及びそのシグナル強度を特定する。
具体的には、まず、工程(A-4)で特定したs-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値とを比較する。s-RNAの5'末端に由来する断片と同じ配列を有するp-RNAの5'末端に由来する断片のピークであれば、当該断片は、同位体標識されたs-RNAの5’末端に由来する断片よりも、ヌクレオシドが同位体標識されていない分軽いことから、工程(A-4)で特定したs-RNAの5'末端に由来する断片のピークのm/z値よりも同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値を有することになる。
後述する実施例に示すように、グアノシンを13Cで同位体標識したs-RNAの場合、グアノシンの10個のCが13Cで同位体標識されたことから、s-RNAの5'末端に由来する断片のピークとp-RNAの5'末端に由来する断片のピークの間に約10Daの質量差が生じる。したがって、p-RNAの5'末端に由来する断片は、s-RNAの5'末端に由来する断片の13Cで同位体標識されたグアノシンが、13Cで同位体標識されず、天然同位体分布を有するグアノシンを含んでいることによる約10Daの質量差分軽いm/z値を有する。このように、工程(A-4)で特定したs-RNAの5'末端に由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値を比較することで、p-RNAの5'末端に由来する断片のマスピークを特定することが可能となる。s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差は、以下の式で表される。
(Mi-Mn)×N
i:標識に用いられた同位元素の質量
n:標識に用いられた同位元素の天然同位体分布における質量
N:同位体標識されたヌクレオシドに含まれる同位元素の数

p-RNAの5'末端に由来する断片のピークを特定すれば、当該ピークのピーク情報からシグナル強度を特定することが可能である。
前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである場合、当該p-RNA断片がs-RNAの5'末端に由来する断片と同じ配列を有するp-RNAの5'末端に由来する断片であると特定され、当該断片のマスピークを特定すれば、当該ピークのピーク情報からシグナル強度を特定することができる。
前記(i)に該当するp-RNA断片が「複数存在する場合」としては、p-RNAの5'末端に由来する断片が異性体を有する場合(例えば、OH_CUUG_pとOH_UCUG_p)がある。このような場合、配列の異なる複数のp-RNA断片のm/z値が同一であることから、(i)のみでは、工程(A-4)で特定したs-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片を特定することはできない。このため、(ii-2)により、液体クロマトグラフィーにおいて、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片と一緒に溶出したp-RNA断片を特定する。s-RNA断片とp-RNA断片が同じ配列を有する場合、両者の違いはs-RNA断片が同位体標識されている一方、p-RNA断片は天然同位体分布を有する点にあることから、理論的に両断片は、物理的性質は異なるが化学的性質は同一であるとされる。したがって、同じ配列を有するs-RNA断片とp-RNA断片とは、液体クロマトグラフィーにおいて一緒に溶出し、両者のピークは重なりあう。すなわち、クロマトグラムにおいて、s-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片は、前記s-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する。ここで「同一または隣接するピーク」とは、前記s-RNA断片に帰属されるピークと完全に重なるピーク、または前記s-RNA断片に帰属されるピークと最も近い溶出位置にあるピークをいう。これにより、同一のm/z値を有する複数のp-RNA断片が存在する場合にあっても、工程(A-4)で特定したs-RNAと同じ配列を有するp-RNA断片を特定することができる。
【0027】
[工程(A-6)]
工程(A-6)では、下記式(1)により、アンキャップ率(キャップ構造を有しないp-RNAの割合)を算出する。
具体的には、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度(式(1)中、「Int1」)を工程(A-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)(式(1)中、「a」)で規格化した値(以下、「規格化したp-RNA断片シグナル強度」という)を算出する。アンキャップ率は、規格化したp-RNA断片シグナル強度を、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度(式(1)中、「Int0」)で除した値として算出される。アンキャップ率は百分率で表してよい。
{Int1×a}/Int0 ・・・式(1)
Int1は、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度
Int0は、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度
aは、工程(A-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。
後述する実施例2に示すように、工程(A-1)における(被験試料)p-RNAと標準試料(s-RNA)との混合モル比が1:1である場合、式(1)の係数aは1となり、アンキャップ率は、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度を工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度で除した値として得ることができる。
【0028】
[工程(A-7)]
工程(A-7)は、工程(A-6)で算出されたアンキャップ率を用いて下記式(2)
1-(アンキャップ率) ・・・式(2)
により、p-RNAにおける5’末端キャップ率を算出する。mRNA医薬品に含まれる被験試料(p-RNA)の5’末端キャップ付加率は、アンキャップ率により、5’末端がs-RNAの5’末端と同じ配列を有するp-RNAの割合(すなわちキャップ構造を有していないp-RNA割合)で評価してもよく、上記式(2)を用いてキャップ率により、p-RNAの5’末端にキャップ構造を有するp-RNAの割合で評価してもよい。
【0029】
第2の形態において、本発明は、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における目的RNAの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームと同一の配列を有しているか否かを判定する方法を提供する。以下、工程(B-1)~(B-7)を詳述する。
【0030】
[工程(B-1)]
工程(B-1)では、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)とを混合する。
[mRNA医薬品]
mRNA医薬品は、人工的に合成したmRNAを、それを必要とする対象の体内に投与し、治療や予防に使用する医薬であれば、特に制限されない。mRNA医薬品は、感染症予防用mRNAワクチン、がん治療用mRNAワクチン、疾患治療用mRNA医薬であってよい。mRNAワクチンは、1価ワクチンであっても、2価以上の多価ワクチンであってもよい。mRNAワクチンは、混合ワクチンであってもよい。疾患治療用mRNA医薬としては、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬、酵素補充療法に用いられるmRNA医薬であってよい。mRNAワクチン及び酵素補充療法に用いられるmRNA医薬品が好ましい。
mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤であってよい。mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤の特定のバッチまたはロットであってよい。
mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを少なくとも1つ含む。mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを2以上含んでもよい。
【0031】
[目的RNA]
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含むリボ核酸(RNA)配列である。医薬的に有用なポリペプチドは、医薬的に有用なタンパク質を含む。医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片は、疾患の治療や予防に用いられるタンパク質、ポリペプチドまたはその有効な断片であれば、特に制限されない。医薬的に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、感染症予防、がん治療、疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。感染症予防用ポリペプチドまたはその有効な断片は、COVID-19ウィルス、サイトメガロウィルス、呼吸器合胞体ウィルス、インフルエンザA型ウィルス、インフルエンザB型ウィルス、ヒトメタニューモウイルス、パラインフルエンザウイルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、狂犬病ウィルス、エプスタイン-バーウイルス、ヒト免疫不全ウィルス、ニパウィルス、デングウィルスによるウィルス感染症に感染または発症を予防するために用いられる抗原ポリペチドまたは免疫原性断片であってよい。COVID-19ウィルス、インフルエンザウィルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、デングウィルスが好ましい。
感染症予防用ウィルス抗原ポリペプチドまたはその有効な断片としては、SARS-CoV-2-スパイクタンパク質、SARS-CoV-2-タンパク質、インフルエンザHAタンパク質、インフルエンザHA/NAタンパク質、ウエストナイルウィルスNS1タンパク質、ジカ熱ウィルスの構造タンパク質、デングウィルス粒子表面タンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。
がん治療ポリペプチドまたはその有効な断片は、固形がん/メラノーマ、大腸がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、前立腺がん、HPV16陽性頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がん、卵巣がんを対象腫瘍とする腫瘍関連抗原タンパク質、腫瘍関連抗原ポリペプチドまたは腫瘍関連免疫原性断片であってよい。
疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、心血管疾患、虚血性血管疾患、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)、チクングニア熱、プロピオン酸血症、嚢胞性線維症、自己免疫疾患、次世代のメチルマロン酸血症、糖原病I型、糖原病III型の治療に有用なポリぺプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、酵素補充療法(タンパク質補充療法)に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片としては、CFTRタンパク質、VEGF-Aポリペプチドまたはその有効な断片であってよいがこれらに限定されない。
目的RNAは、様々な(複数の)異なる修飾を含んでよい。目的RNAに含まれる修飾としては、例えば、目的RNAを構成するヌクレオシドの1つまたは複数が、メチル化、アセチル化、あるいはウリジンがシュードウリジン(Ψ)へ変換されている場合が挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有する。目的RNAは、2以上の医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有してよい。
【0032】
オープンリーディングフレームは、開始コドン(例えば、AUG)で始まり、停止コドン(例えば、UAA、UAG、UGA)で終わり、タンパク質、ポリペプチドまたはそれらの断片をコードする、RNAの連続する配列(ストレッチ)を指す。
オープンリーディングフレームはコドン最適化されていてよい。コドン最適化法は当該技術分野で既知である。
目的RNAは、5’末端キャップ構造を有してよい。工程(B-1)の目的RNAは、5’末端キャップ構造を含まなくてもよい。キャップは、効率よく翻訳を開始し、自然免疫系を活性化させない構造を有している(Schlake,T., Thess,A., Fotin-Mleczek,M. and Kallen,K.J. (2012) Developing mRNA-vaccine technologies. RNA Biol., 9, 1319-1330; To,K.K.W. and Cho,W.C.S. (2021) An overview of rational design of mRNA-based therapeutics and vaccines. Expert Opin. Drug Discov., 16, 1307-1317)。5’末端キャップ構造は、このようなキャップの機能を保持する構造をいう。キャップの機能を保持する構造であれば、合成キャップ類似体、化学キャップ、化学キャップ類似体、または構造もしくは機能キャップ類似体等のキャップ類似体であってよい。キャップ類似体として、m3’,7G(Am)G、m7GpppA、m7GpppG、m3’,7GpppG、m7G(Am)U、m7G(Am)Gが挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、3’末端ポリアデニル化(ポリ(A))テールを有してよい。ポリ(A)テールはエキソヌクレアーゼによる分解過程を遅らせる、つまり、RNAの安定性を高めることで生体内半減期を延長し、RNAの翻訳効率を向上させることができる(Gallie,D.R. (1991) The cap and poly(A) tail function synergistically to regulate mRNA translational efficiency. Genes Dev., 5, 2108-16)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'尾部を指し、その長さは様々であり得る(例えば、少なくとも5アデニンヌクレオシドから数百アデニンヌクレオシドであり得る)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーとホモポリマーの間にグアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド、シトシンヌクレオシドを1以上含んでいてもよい。例えば、アデニンヌクレオシドポリ(A)テールは、3’上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有していてもよい(Nance,K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。ポリ(A)テールを構成するヌクレオシドは修飾されていてもよい。
目的RNAは更に、5’末端キャップ構造とオープンリーディングフレームの間、及び/またはオープンリーディングフレームと3’末端ポリ(A)テールの間に、それぞれ5’非翻訳領域(5’UTR)、3’非翻訳領域(3’UTR)を含んでいてもよい。
目的RNAは、200~4,300ntの長さを有することが好ましいが、これに限定されない。
【0033】
[被験試料(p-RNA)]
被験試料(p-RNA)はmRNA医薬品に含まれるリボ核酸(RNA)配列である。理論的には、被験試料(p-RNA)は目的RNAと同一の配列を有する。しかしながら、実際には被験試料(p-RNA)は目的RNAと一部異なる配列を有する場合がある。これは、例えば、被験試料(p-RNA)の調製及び/または保管過程において、転写エラー、変異、分解等が生じることによる。被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定することを、「RNAの完全性」の解析という。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNAの5’末端キャップ構造、と同一の配列を有することを決定することによってもよく、あるいは、被験資料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNA5’末端キャップ構造、と同一の配列を有していないことを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えばオープンリーディングフレーム、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば3’末端ポリ(A)テール、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの全部と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。
RNAの完全性は、目的RNAと同一の配列を有する被験試料(p-RNA)の量(含量)で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列のうち目的RNAと同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列の特定の部分が、目的RNAの特定の部分と同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。
被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
【0034】
[標準試料(s-RNA)]
標準試料(s-RNA)は、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定するにあたり用いられるリボ核酸(RNA)配列である。工程(B-1)の標準試料(s-RNA)は、目的RNAと、
(a)5’末端構造、及び
(b)1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている
以外においては、全部または一部同一の配列を有するRNAである。ここで目的RNAと一部同一の配列を有する場合の「一部」とは、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部と同一の配列を有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合に、被験試料(p-RNA)が同一の配列を有しているか否か評価される目的RNAの部分をいう。例えば、被験試料(p-RNA)が目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有することを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、標準試料(s-RNA)は、完全性の解析において評価される目的RNAのオープンリーディングフレームと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することを「一部」同一の配列を有するという。この場合、例えば目的RNAが3’末端ポリ(A)テールを含んでいても、当該部分はRNAの完全性の解析の評価対象ではないため、標準試料(s-RNA)は、3’末端ポリ(A)テールを含まなくてもよい。
標準試料(s-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
標準試料(s-RNA)の「5’末端構造」は目的RNAの5’末端構造と異なる。真核生物のmRNAの5’末端は三リン酸結合を介してグアノシンが結びついた5’キャップ構造を有し、mRNAが5’端から分解されないよう保護する役割を果たしている。mRNA医薬品に含まれる目的RNAもまた、通常5’末端はリン酸基が結合したものではなく、キャップ構造を有することにより、mRNAを分解から保護している。これに対し、標準試料RNAの5’末端は、目的RNAの5’末端と異なり、通常リン酸基が(通常3つ)結合している。リン酸基は、チオリン酸基、メチルリン酸基であってよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は修飾されていてもよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は、脱リン酸してから、被験試料(p-RNA)と混合してもよい。
目的RNAは5’末端キャップ構造を有してよく、標準試料(s-RNA)は、5’末端キャップ構造を含まない点において、目的RNAと異なってよい。目的RNAが5’末端キャップ構造を有する場合、これと同じ5’末端キャップ構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いるためには、5’末端キャップ構造を100%有するRNAを合成する必要があるが、そのようなRNAを合成する方法は現時点では確立されておらず、また合成されたRNAから5’末端キャップ構造を有しないRNAを除去するよう精製を繰り返し、標準試料に求められる純度を達成することは極めて困難であり現実的ではない。したがって、本発明の標準試料(s-RNA)は、5’末端構造が目的RNAと異なっている点に特徴を有する。標準試料(s-RNA)は、5’末端構造は、目的RNAと異なっていればよく、必ずしも特定の構造を有さなければならないわけではない。
【0035】
標準試料(s-RNA)を構成する1種または2種のヌクレオシドは同位体標識されている。標識に用いる同位体は、安定同位体である。標識に用いる安定同位体は、重水素、13C、15Nまたは18Oであってよい。標識に用いる安定同位体は、13Cが好ましい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシン(G)、ウリジン(U)、シチジン(C)またはアデノシン(A)のいずれか1種または2種であってよい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシンが好ましい。ヌクレオシドを構成する塩基や糖分子(例えばリボース)のみが同位体標識されていてもよい。同位体標識されるヌクレオシドは、修飾されていてもよい。ヌクレオシドを構成する塩基及び/または糖を重水素で標識する場合、水素と重水素は物理的性質が大きく異なるため化学的性質である解離度(酸性・塩基性)も異なることから、解離しないメチル水素、ピリミジン5,6位の水素やメチレン等を重水素で標識する必要がある。
標準試料(s-RNA)は、リボヌクレアーゼで、同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化した、その断片(以下「s-RNA断片」という)のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されているRNAである。s-RNAを断片化するリボヌクレアーゼは、s-RNAを3'末端または5'末端のいずれで切断してもよいが、得られたs-RNA断片が、同位体標識したヌクレオシドを含む断片となるように切断するリボヌクレアーゼである。同位体標識したヌクレオシドの種類によって、適切なリボヌクレアーゼが選択される。リボヌクレアーゼは、RNase T1、RNase A、またはMazFであってよい。G残基を同位体標識する場合は、RNase T1を用いることが好ましい。目的RNAがGの連続配列を含む場合は、U及びC残基を同位体標識し、RNase Aを用いることが好ましい。
s-RNAは、当該技術分野で利用可能な方法を用いて作成できる。具体的には、後述する実施例1に示すように、医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含む目的RNAのインビトロ転写用DNAテンプレートを用い、m1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTP、m5CTP、及びグアノシン-1310の存在下で、キャップ構造を有しないRNAを生成させ、得られたRNAを逆相液体クロマトグラフィーにより精製することにより得ることができる。
【0036】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行うことで、s-RNA断片のm/z値が得られる。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は、当該技術分野において利用可能な方法で行うことができる。
s-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)から得られたs-RNA断片のm/z値と、当該m/z値に対応するs-RNA断片の配列とを対応させることで、各s-RNA断片について、m/z値とその配列とが特定される。
【0037】
[mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合]
工程(B-1)のmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)は、質量分析装置で定量可能な量の被験試料(p-RNA)及び標準試料(s-RNA)が含まれていれば、その混合割合は任意であってよい。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合比率は、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)が、約100:約1~約1:約100のモル比であってもよく、約10:約1~約1:約10のモル比が好ましく、約5:約1から約1:約5のモル比より好ましく、約1:約1のモル比が最も好ましい。定量分析精度の高い結果を得る観点からは、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)のモル比は極端に大きく離れていない方が好ましい。
【0038】
[工程(B-2)]
工程(B-2)では、工程(B-1)で得られた混合物をリボヌクレアーゼで断片化して、s-RNA断片とp-RNA断片の混合物(以下「断片混合物」という)を調製する。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合物をリボヌクレアーゼで断片化することは、当該技術分野で利用可能な技術を用いて行うことができる。ここで、断片混合物を得るために用いるリボヌクレアーゼは、m/z値と、前記m/z値に対応する配列とが特定されたs-RNAを断片化するにあたり用いたリボヌクレアーゼと、同じリボヌクレアーゼである。
【0039】
[工程(B-3)]
工程(B-3)では、工程(B-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する。液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)は、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を用いてよい。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は当該技術分野で利用可能な技術を用いてよい。工程(A-3)のLC-MS及び/またはLC-MS/MSは、断片混合物に含まれる各断片のピークについて、保持時間、質量(m/z値)、電荷及びシグナル強度等のピーク情報を与える。工程(B-3)の分析により得られる各断片のピークは、s-RNA断片に由来するピークとp-RNA断片に由来するピークの両方である。
【0040】
[工程(B-4)]
工程(B-4)では、工程(B-3)で得られたマススペクトル(以下、「断片混合物スぺクトル」という)から、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値を有するピークを特定する。具体的には、工程(B-3)で得られた、断片混合物スペクトルにおける各断片ピークのm/z値と、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値を比較し、m/z値が同一または測定に使用した質量分析計の実測誤差の範囲内にある断片ピークを、断片混合物中のs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のピークとして特定する。これにより、断片混合物スペクトルの中から、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値を有するピークが特定される。s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片は複数存在し得る。複数のs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片について、断片混合物スペクトルから、各断片に対応するs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値を有するピークを特定する。
【0041】
[工程(B-5)]
工程(B-5)では、工程(B-3)で得られたマススペクトル(断片混合物スペクトル)から、
(i)マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する、
p-RNA断片のマスピークを特定する。
具体的には、まず、工程(B-4)で特定したs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値とを比較する。s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片と同じ配列を有するp-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のピークであれば、当該断片は、同位体標識されたs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片よりも、ヌクレオシドが同位体標識されていない分軽いことから、工程(B-4)で特定したs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のピークのm/z値よりも同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値を有することになる。
後述する実施例に示すように、グアノシンを13Cで同位体標識したs-RNAの場合、グアノシンの10個のCが13Cで同位体標識されたことから、s-RNAの5'末端に由来する断片のピークとp-RNAの5'末端に由来する断片のピークの間に約10Daの質量差が生じる。したがって、p-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片は、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片の13Cで同位体標識されたグアノシンが、13Cで同位体標識されず、天然同位体分布を有するグアノシンを含んでいることによる約10Daの質量差分軽いm/z値を有する。このように、工程(B-4)で特定したs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値を比較することで、p-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片のマスピークを特定することが可能となる。s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差は、以下の式で表される。
(Mi-Mn)×N
i:標識に用いられた同位元素の質量
n:標識に用いられた同位元素の天然同位体分布における質量
N:同位体標識されたヌクレオシドに含まれる同位元素の数

前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである場合、当該p-RNA断片がs-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片と同じ配列を有するp-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片であると特定され、当該断片のマスピークを特定することができる。
前記(i)に該当するp-RNA断片が「複数存在する場合」としては、p-RNAのオープンリーディングフレームに由来する断片が異性体を有する場合(例えば、OH_CUUG_pとOH_UCUG_p)がある。このような場合、配列の異なる複数のp-RNA断片のm/z値が同一であることから、(i)のみでは、工程(B-4)で特定したs-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片を特定することはできない。このため、(ii-2)により、液体クロマトグラフィーにおいて、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と一緒に溶出したp-RNA断片を特定する。s-RNA断片とp-RNA断片が同じ配列を有する場合、両者の違いはs-RNA断片が同位体標識されている一方、p-RNA断片は天然同位体分布を有する点にあることから、理論的に両断片は、物理的性質は異なるが化学的性質は同一であるとされる。したがって、同じ配列を有するs-RNA断片とp-RNA断片とは、液体クロマトグラフィーにおいて一緒に溶出し、両者のピークは重なりあう。すなわち、クロマトグラムにおいて、s-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片は、前記s-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する。ここで「同一または隣接するピーク」とは、前記s-RNA断片に帰属されるピークと完全に重なるピーク、または前記s-RNA断片に帰属されるピークと最も近い溶出位置にあるピークをいう。これにより、同一のm/z値を有する複数のp-RNA断片が存在する場合にあっても、工程(B-4)で特定したs-RNAと同じ配列を有するp-RNA断片に由来するピークを特定することができる。
【0042】
[工程(B-6)]
工程(B-6)では、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片が含まれていないこと、及び/または、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片が下記式(3)により算出される比率で含まれていることを判定する。
具体的には:
(ア)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在しない場合、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片は含まれていないと判定する。
(イ)工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークに対応する、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークが存在する場合、当該工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークのシグナル強度及び当該工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークのシグナル強度を特定し、同一配列含有率が下記式(3)により算出される場合、当該工程(B-4)で特定されたs-RNA断片と同一の配列を有するp-RNA断片が同一配列含有率で含まれていると判定する。
同一配列含有率を算出するためには、まず、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度(式(3)中、「Int1」)を工程(B-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)(式(3)中、「a」)で規格化した値(以下、「規格化したp-RNA断片シグナル強度」という)を算出する。同一配列含有率は、規格化したp-RNA断片シグナル強度を、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度(式(3)中、「Int0」)で除した値として算出される。同一配列含有率は百分率で表してよい。
{Int1×a}/Int0 ・・・式(3)
Int1は、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークのシグナル強度
Int0は、工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークのシグナル強度
aは、工程(B-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。
後述する実施例2に示すように、工程(B-1)における(被験試料)p-RNAと標準試料(s-RNA)との混合モル比が1:1である場合、式(3)の係数aは1となり、同一配列含有率は、工程(B-5)で特定されたp-RNA断片のピークのシグナル強度を工程(B-4)で特定されたs-RNA断片のピークのシグナル強度で除した値として得ることができる。
同一配列含有率が1である場合、(被験試料)p-RNAは、工程(B-4)で特定したs-RNA断片と同一配列を有する断片を含むと判定する。
同一配列含有率が1以外である場合、(被験試料)p-RNAは、工程(B-4)で特定したs-RNA断片と同一配列を有する断片を、同一配列含有率で表される割合含むと判定する。
このように、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する各s-RNA断片について、対応するp-RNA断片が含まれていないこと、及び/または対応するp-RNA断片が同一配列含有率の割合で含まれていることを判定することにより、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)が、目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有しているか否かを判定することができる。すなわち、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来する全てのs-RNA断片について、各s-RNA断片に対応するp-RNA断片が、同一配列含有率=1の割合で含まれている場合は、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)が、目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有していると判定される。s-RNAのオープンリーディングフレームに由来するs-RNA断片に対応するp-RNA断片が含まれていない場合、及び/または、s-RNAのオープンリーディングフレームに由来するs-RNA断片に対応するp-RNA断片について、同一配列含有率が1を下回る断片または1を上回る断片がある場合、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)は、目的RNAのオープンリーディングフレームと全て同一の配列を有していないと判定される。
【0043】
[工程(B-7)]
工程(B-7)は、工程(B-3)で得られたマススペクトル(断片混合物スペクトル)から、マススペクトルにおいて、工程(B-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にマスピークを有するp-RNA断片以外のp-RNA断片を特定し、前記p-RNA断片の配列を特定する。したがって、本工程により、被験試料(p-RNA)に含まれる、目的RNAとは異なる配列を特定することができる。工程(B-4)で特定したs-RNA断片のm/z値よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にマスピークを有するp-RNA断片以外のp-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
後述する実施例2に示すように、被験試料(p-RNA)として、RNA1(s-RNAに対応)の、1塩基置換体(p-RNA1mut)、切断体(p-RNA1trn)及び3’末端に余分な配列を含むもの(p-RNA1ext)を合成し、工程(B-1)から(B-7)の方法に従って、RNA1に由来する断片と同一の配列を有するとは認められない断片を特定し、その配列を特定したところ、RNA1配列との違い(1塩基置換、切断、及び3’末端の余分な配列)に関する配列を有する断片であること確認された。このようにして、欠損、延長、置換等を受けた多様な修飾ヌクレオシドを含む被験試料(p-RNA)について、当該目的RNAと異なる配列を特定することが可能である。
【0044】
工程(B-1)から(B-6)は、目的RNAが更に、5’非翻訳領域(5’UTR)及び/または3’非翻訳領域(3’UTR)を含む場合、被験試料(p-RNA)が目的RNAの5’非翻訳領域(5’UTR)及び/または3’非翻訳領域(3’UTR)と同一の配列を有しているか否かを判定するために用いることができる。
また工程(B-7)は、被験試料(p-RNA)に、目的RNAに含まれていない配列が含まれている場合、その配列を特定するためにも用いることができる。
本願発明にかかる方法は、多様な配列の特性評価に適用することが可能であり、応用性が高い。
【0045】
第3の形態において、本発明は、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における同一長のポリ(A)テール含有率を評価する方法を提供する。以下、工程(C-1)~(C-6)を詳述する。
【0046】
[工程(C-1)]
工程(C-1)では、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)とを混合する。
[mRNA医薬品]
mRNA医薬品は、人工的に合成したmRNAを、それを必要とする対象の体内に投与し、治療や予防に使用する医薬であれば、特に制限されない。mRNA医薬品は、感染症予防用mRNAワクチン、がん治療用mRNAワクチン、疾患治療用mRNA医薬であってよい。mRNAワクチンは、1価ワクチンであっても、2価以上の多価ワクチンであってもよい。mRNAワクチンは、混合ワクチンであってもよい。疾患治療用mRNA医薬としては、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬、酵素補充療法に用いられるmRNA医薬であってよい。mRNAワクチン及び酵素補充療法に用いられるmRNA医薬品が好ましい。
mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤であってよい。mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤の特定のバッチまたはロットであってよい。
mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを少なくとも1つ含む。mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを2以上含んでもよい。
【0047】
[目的RNA]
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含むリボ核酸(RNA)配列である。医薬的に有用なポリペプチドは、医薬的に有用なタンパク質を含む。医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片は、疾患の治療や予防に用いられるタンパク質、ポリペプチドまたはその有効な断片であれば、特に制限されない。医薬的に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、感染症予防、がん治療、疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。感染症予防用ポリペプチドまたはその有効な断片は、COVID-19ウィルス、サイトメガロウィルス、呼吸器合胞体ウィルス、インフルエンザA型ウィルス、インフルエンザB型ウィルス、ヒトメタニューモウイルス、パラインフルエンザウイルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、狂犬病ウィルス、エプスタイン-バーウイルス、ヒト免疫不全ウィルス、ニパウィルス、デングウィルスによるウィルス感染症に感染または発症を予防するために用いられる抗原ポリペチドまたは免疫原性断片であってよい。COVID-19ウィルス、インフルエンザウィルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、デングウィルスが好ましい。
感染症予防用ウィルス抗原ポリペプチドまたはその有効な断片としては、SARS-CoV-2-スパイクタンパク質、SARS-CoV-2-タンパク質、インフルエンザHAタンパク質、インフルエンザHA/NAタンパク質、ウエストナイルウィルスNS1タンパク質、ジカ熱ウィルスの構造タンパク質、デングウィルス粒子表面タンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。
がん治療ポリペプチドまたはその有効な断片は、固形がん/メラノーマ、大腸がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、前立腺がん、HPV16陽性頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がん、卵巣がんを対象腫瘍とする腫瘍関連抗原タンパク質、腫瘍関連抗原ポリペプチドまたは腫瘍関連免疫原性断片であってよい。
疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、心血管疾患、虚血性血管疾患、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)、チクングニア熱、プロピオン酸血症、嚢胞性線維症、自己免疫疾患、次世代のメチルマロン酸血症、糖原病I型、糖原病III型の治療に有用ポリぺプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用ポリペプチドまたはその有効な断片は、酵素補充療法(タンパク質補充療法)に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片としては、CFTRタンパク質、VEGF-Aポリペプチドまたはその有効な断片であってよいがこれらに限定されない。
目的RNAは、様々な(複数の)異なる修飾を含んでよい。目的RNAに含まれる修飾としては、例えば、目的RNAを構成するヌクレオシドの1つまたは複数が、メチル化、アセチル化、あるいはウリジンがシュードウリジン(Ψ)へ変換されている場合が挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有する。目的RNAは、2以上の医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有してよい。
【0048】
オープンリーディングフレームは、開始コドン(例えば、AUG)で始まり、停止コドン(例えば、UAA、UAG、UGA)で終わり、タンパク質、ポリペプチドまたはそれらの断片をコードする、RNAの連続する配列(ストレッチ)を指す。
オープンリーディングフレームはコドン最適化されていてよい。コドン最適化法は当該技術分野で既知である。
目的RNAは、5’末端キャップ構造を有してよい。工程(C-1)の目的RNAについては、5’末端キャップ構造を含まなくてもよい。キャップは、効率よく翻訳を開始し、自然免疫系を活性化させない構造を有している(Schlake,T., Thess,A., Fotin-Mleczek,M. and Kallen,K.J. (2012) Developing mRNA-vaccine technologies. RNA Biol., 9, 1319-1330; To,K.K.W. and Cho,W.C.S. (2021) An overview of rational design of mRNA-based therapeutics and vaccines. Expert Opin. Drug Discov., 16, 1307-1317)。5’末端キャップ構造は、このようなキャップの機能を保持する構造をいう。キャップの機能を保持する構造であれば、合成キャップ類似体、化学キャップ、化学キャップ類似体、または構造もしくは機能キャップ類似体等のキャップ類似体であってよい。キャップ類似体として、m3’,7G(Am)G、m7GpppA、m7GpppG、m3’,7GpppG、m7G(Am)U、m7G(Am)Gが挙げられるが、これらに限定されない。
工程(C-1)の目的RNAは、必ず3’末端ポリアデニル化(ポリ(A))テールを含む。ポリ(A)テールはエキソヌクレアーゼによる分解過程を遅らせる、つまり、RNAの安定性を高めることで生体内半減期を延長し、RNAの翻訳効率を向上させることができる(Gallie,D.R. (1991) The cap and poly(A) tail function synergistically to regulate mRNA translational efficiency. Genes Dev., 5, 2108-16)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'尾部を指し、その長さは様々であり得る(例えば、少なくとも5アデニンヌクレオシドから数百アデニンヌクレオシドであり得る)。ただし、工程(C-1)の目的RNAにおいては、ポリ(A)テールのアデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'末端にアデニンヌクレオシド以外のヌクレオシド(すなわち、グアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド及び/またはシトシンヌクレオシド)が結合している必要がある。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーとホモポリマーの間にグアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド、シトシンヌクレオシドを1以上含んでいてもよい。例えば、アデニンヌクレオシドポリ(A)テールは、3’上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有していてもよい(Nance, K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。ポリ(A)テールを構成するヌクレオシドは修飾されていてもよい。
目的RNAは更に、5’末端キャップ構造とオープンリーディングフレームの間、及び/またはオープンリーディングフレームと3’末端ポリ(A)テールの間に、それぞれ5’非翻訳領域(5’UTR)、3’非翻訳領域(3’UTR)を含んでいてもよい。
目的RNAは、200~4,300ntの長さを有することが好ましいが、これに限定されない。
【0049】
[被験試料(p-RNA)]
被験試料(p-RNA)はmRNA医薬品に含まれるリボ核酸(RNA)配列である。理論的には、被験試料(p-RNA)は目的RNAと同一の配列を有する。しかしながら、実際には被験試料(p-RNA)は目的RNAと一部異なる配列を有する場合がある。これは、例えば、被験試料(p-RNA)の調製及び/または保管過程において、転写エラー、変異、分解等が生じることによる。被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定することを、「RNAの完全性」の解析という。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNAの5’末端キャップ構造、と同一の配列を有することを決定することによってもよく、あるいは、被験資料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNA5’末端キャップ構造、と同一の配列を有していないことを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えばオープンリーディングフレーム、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば3’末端ポリ(A)テール、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの全部と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。
RNAの完全性は、目的RNAと同一の配列を有する被験試料(p-RNA)の量(含量)で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列のうち目的RNAと同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列の特定の部分が、目的RNAの特定の部分と同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。
被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
【0050】
[標準試料(s-RNA)]
標準試料(s-RNA)は、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定するにあたり用いられるリボ核酸(RNA)配列である。工程(C-1)の標準試料(s-RNA)は、目的RNAと、
(a)5’末端構造、及び
(b)1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている
以外においては、全部または一部同一の配列を有するRNAである。ここで目的RNAと一部同一の配列を有する場合の「一部」とは、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部と同一の配列を有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合に、被験試料(p-RNA)が同一の配列を有しているか否か評価される目的RNAの部分をいう。例えば、被験試料(p-RNA)が目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有することを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、標準試料(s-RNA)は、完全性の解析において評価される目的RNAのオープンリーディングフレームと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することを「一部」同一の配列を有するという。
工程(C-1)で用いられるs-RNAは、被験試料(p-RNA)が目的RNAのポリ(A)テールと同一の長さのポリ(A)テールを有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、完全性の解析において評価される目的RNAのポリ(A)テールと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することから、「一部」同一の配列を有するという。目的RNAのポリ(A)テール長について、一定の幅をもって許容範囲が設定されている場合、s-RNAのポリ(A)テール長は、当該許容範囲内で有してよいポリ(A)テール長であってよい。そのような場合においても、標準試料(s-RNA)は、完全性の解析において評価される目的RNAのポリ(A)テールと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することから「一部」同一の配列を有するという。
標準試料(s-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
標準試料(s-RNA)の「5’末端構造」は目的RNAの5’末端構造と異なる。真核生物のmRNAの5’末端は三リン酸結合を介してグアノシンが結びついた5’キャップ構造を有し、mRNAが5’端から分解されないよう保護する役割を果たしている。mRNA医薬品に含まれる目的RNAもまた、通常5’末端はリン酸基が結合したものではなく、キャップ構造を有することにより、mRNAを分解から保護している。これに対し、標準試料RNAの5’末端は、目的RNAの5’末端と異なり、通常リン酸基が(通常3つ)結合している。リン酸基は、チオリン酸基、メチルリン酸基であってよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は修飾されていてもよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は、脱リン酸してから、被験試料(p-RNA)と混合してもよい。
目的RNAは5’末端キャップ構造を有してよく、標準試料(s-RNA)は、5’末端キャップ構造を含まない点において、目的RNAと異なってよい。目的RNAが5’末端キャップ構造を有する場合、これと同じ5’末端キャップ構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いるためには、5’末端キャップ構造を100%有するRNAを合成する必要があるが、そのようなRNAを合成する方法は現時点では確立されておらず、また合成されたRNAから5’末端キャップ構造を有しないRNAを除去するよう精製を繰り返し、標準試料に求められる純度を達成することは極めて困難であり現実的ではない。したがって、本発明の標準試料(s-RNA)は、5’末端構造が目的RNAと異なっている点に特徴を有する。標準試料(s-RNA)は、5’末端構造は、目的RNAと異なっていればよく、必ずしも特定の構造を有さなければならないわけではない。
【0051】
標準試料(s-RNA)を構成する1種または2種のヌクレオシドは同位体標識されている。標識に用いる同位体は、安定同位体である。標識に用いる安定同位体は、重水素、13C、15Nまたは18Oであってよい。標識に用いる安定同位体は、13Cが好ましい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシン(G)、ウリジン(U)、シチジン(C)またはアデノシン(A)のいずれか1種または2種であってよい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシンが好ましい。ヌクレオシドを構成する塩基や糖分子(例えばリボース)のみが同位体標識されていてもよい。同位体標識されるヌクレオシドは、修飾されていてもよい。ヌクレオシドを構成する塩基及び/または糖を重水素で標識する場合、水素と重水素は物理的性質が大きく異なるため化学的性質である解離度(酸性・塩基性)も異なることから、解離しないメチル水素、ピリミジン5,6位の水素やメチレン等を重水素で標識する必要がある。
標準試料(s-RNA)は、リボヌクレアーゼで、同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化した、その断片(以下「s-RNA断片」という)のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されているRNAである。s-RNAを断片化するリボヌクレアーゼは、s-RNAを3'末端または5'末端のいずれで切断してもよいが、得られたs-RNA断片が、同位体標識したヌクレオシドを含む断片となるように切断するリボヌクレアーゼである。同位体標識したヌクレオシドの種類によって、適切なリボヌクレアーゼが選択される。リボヌクレアーゼは、RNase T1、RNase A、またはMazFであってよい。G残基を同位体標識する場合は、RNase T1を用いることが好ましい。目的RNAがGの連続配列を含む場合は、U及びC残基を同位体標識し、RNase Aを用いることが好ましい。
s-RNAは、当該技術分野で利用可能な方法を用いて作成できる。具体的には、後述する実施例1に示すように、医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含む目的RNAのインビトロ転写用DNAテンプレートを用い、m1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTP、m5CTP、及びグアノシン-1310の存在下で、キャップ構造を有しないRNAを生成させ、得られたRNAを逆相液体クロマトグラフィーにより精製することにより得ることができる。
【0052】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行うことで、s-RNA断片のm/z値が得られる。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は、当該技術分野において利用可能な方法で行うことができる。
s-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12, 特許文献2)を用いることが好ましい。
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)から得られたs-RNA断片のm/z値と、当該m/z値に対応するs-RNA断片の配列とを対応させることで、各s-RNA断片について、m/z値とその配列とが特定される。
【0053】
[同一長のポリ(A)テール含有率]
被験試料(p-RNA)がその3’末端に有するポリ(A)テールの長さが、目的RNAがその3’末端に有するポリ(A)テールの長さと同一である割合を「同一長のポリ(A)テール含有率」という。「同一長のポリ(A)テール含有率」は、被験試料(p-RNA)が、目的RNAと設計通り同じ長さのポリ(A)テールを有している割合を評価するものである。目的RNAのポリ(A)テール長が一定の幅をもって許容範囲が設定されているような場合は、被験試料(p-RNA)が、当該許容範囲内で有してよいポリ(A)テール長(例えば、5アデニンヌクレオシド)を有している割合を評価するためにも用いることができる。
【0054】
[mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合]
工程(C-1)のmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)は、質量分析装置で定量可能な量の被験試料(p-RNA)及び標準試料(s-RNA)が含まれていれば、その混合割合は任意であってよい。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合比率は、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)が、約100:約1~約1:約100のモル比であってもよく、約10:約1~約1:約10のモル比が好ましく、約5:約1から約1:約5のモル比より好ましく、約1:約1のモル比が最も好ましい。定量分析精度の高い結果を得る観点からは、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)のモル比は極端に大きく離れていない方が好ましい。
【0055】
[工程(C-2)]
工程(C-2)では、工程(C-1)で得られた混合物をリボヌクレアーゼで断片化して、s-RNA断片とp-RNA断片の混合物(以下「断片混合物」という)を調製する。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合物をリボヌクレアーゼで断片化することは、当該技術分野で利用可能な技術を用いて行うことができる。ここで、断片混合物を得るために用いるリボヌクレアーゼは、m/z値と、前記m/z値に対応する配列とが特定されたs-RNAを断片化するにあたり用いたリボヌクレアーゼと、同じリボヌクレアーゼである。
【0056】
[工程(C-3)]
工程(C-3)では、工程(C-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する。液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)は、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を用いてよい。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は当該技術分野で利用可能な技術を用いてよい。工程(C-3)のLC-MS及び/またはLC-MS/MSは、断片混合物に含まれる各断片のピークについて、保持時間、質量(m/z値)、電荷及びシグナル強度等のピーク情報を与える。工程(C-3)の分析により得られる各断片のピークは、s-RNA断片に由来するピークとp-RNA断片に由来するピークの両方である。
【0057】
[工程(C-4)]
工程(C-4)では、工程(C-3)で得られたマススペクトル(以下、「断片混合物スぺクトル」という)から、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する。具体的には、工程(C-3)で得られた、断片混合物スペクトルにおける各断片ピークのm/z値と、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値を比較し、m/z値が同一または測定に使用した質量分析計の実測誤差の範囲内にある断片ピークを、断片混合物中のs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークとして特定する。断片混合物中のs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークを特定したら、そのシグナル強度を特定する。これにより、断片混合物スペクトルの中から、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値を有するピークとそのシグナル強度が特定される。
【0058】
[工程(C-5)]
工程(C-5)では、工程(C-3)で得られたマススペクトル(断片混合物スペクトル)から、
(i)マススペクトルにおいて、工程(A-4)で特定したs-RNA断片よりも、s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値にピークを有し、
(ii-1)前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである、または
(ii-2)前記(i)に該当するp-RNA断片が複数存在する場合は、クロマトグラムにおいて工程(B-4)で特定したs-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する、
p-RNA断片のマスピーク及びそのシグナル強度を特定する。
具体的には、まず、工程(C-4)で特定したs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値とを比較する。s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片と同じ配列を有するp-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークであれば、当該断片は、同位体標識されたs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片よりも、ヌクレオシドが同位体標識されていない分軽いことから、工程(C-4)で特定したs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークのm/z値よりも同位体標識されていないことによる質量差分軽いm/z値を有することになる。
後述する実施例2に示すように、グアノシンを13Cで同位体標識したs-RNAの場合、グアノシンの10個のCが13Cで同位体標識されたことから、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークとp-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークの間に約10Daの質量差が生じる。したがって、p-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片は、s-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片の13Cで同位体標識されたグアノシンが、13Cで同位体標識されず、天然同位体分布を有するグアノシンを含んでいることによる約10Daの質量差分軽いm/z値を有する。このように、工程(C-4)で特定したs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のm/z値とマススペクトルのm/z値を比較することで、p-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のマスピークを特定することが可能となる。s-RNAの同位体標識されたヌクレオシドがp-RNAにおいては同位体標識されていないことによる質量差は、以下の式で表される。
(Mi-Mn)×N
Mi:標識に用いられた同位元素の質量
Mn:標識に用いられた同位元素の天然同位体分布における質量
N:同位体標識されたヌクレオシドに含まれる同位元素の数

p-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片のピークを特定すれば、当該ピークのシグナル強度を特定することが可能である。
前記(i)に該当するp-RNA断片が1つである場合、当該p-RNA断片がs-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片と同じ配列を有するp-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片であると特定され、当該断片のマスピークを特定すれば、当該ピークのピーク情報からシグナル強度を特定することができる。
前記(i)に該当するp-RNA断片が「複数存在する場合」としては、p-RNAの3’末端ポリ(A)テールに由来する断片が異性体を有する場合(例えば、OH_AAACUUG_pとOH_AAAUCUG_p)がある。このような場合、配列の異なる複数のp-RNA断片のm/z値が同一であることから、(i)のみでは、工程(C-4)で特定したs-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片を特定することはできない。このため、(ii-2)により、液体クロマトグラフィーにおいて、工程(C-4)で特定されたs-RNA断片と一緒に溶出したp-RNA断片を特定する。s-RNA断片とp-RNA断片が同じ配列を有する場合、両者の違いはs-RNA断片が同位体標識されている一方、p-RNA断片は天然同位体分布を有する点にあることから、理論的に両断片は、物理的性質は異なるが化学的性質は同一であるとされる。したがって、同じ配列を有するs-RNA断片とp-RNA断片とは、液体クロマトグラフィーにおいて一緒に溶出し、両者のピークは重なりあう。すなわち、クロマトグラムにおいて、s-RNA断片と同じ配列を有するp-RNA断片は、前記s-RNA断片に帰属されるピークと同一または隣接するピークを有する。ここで「同一または隣接するピーク」とは、前記s-RNA断片に帰属されるピークと完全に重なるピーク、または前記s-RNA断片に帰属されるピークと最も近い溶出位置にあるピークをいう。これにより、同一のm/z値を有する複数のp-RNA断片が存在する場合にあっても、工程(C-4)で特定したs-RNAと同じ配列を有するp-RNA断片を特定することができる。
【0059】
[工程(C-6)]
工程(C-6)では、下記式(4)により、同一長のポリ(A)テール含有率を算出する。
具体的には、工程(C-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度(式(4)中、「Int1」)を工程(C-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)(式(4)中、「a」)で規格化した値(以下、「規格化したp-RNA断片シグナル強度」という)を算出する。同一長のポリ(A)テール含有率は、規格化したp-RNA断片シグナル強度を、工程(C-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度(式(4)中、「Int0」)で除した値として算出される。同一長のポリ(A)テール含有率は百分率で表してよい。
{Int1×a}/Int0 ・・・式(4)
Int1は、工程(A-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度
Int0は、工程(A-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度
aは、工程(A-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。
後述する実施例2に示すように、工程(C-1)における(被験試料)p-RNAと標準試料(s-RNA)との混合モル比が1:1である場合、式(1)の係数aは1となり、同一長のポリ(A)テール含有率は、工程(C-5)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度を工程(C-4)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度で除した値として得ることができる。
【0060】
第4の形態において、本発明は、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)における5’末端キャップ構造を特定する方法を提供する。以下、工程(D-1)~(D-7)を詳述する。
【0061】
[工程(D-1)]
工程(D-1)では、mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)とを混合する。
[mRNA医薬品]
mRNA医薬品は、人工的に合成したmRNAを、それを必要とする対象の体内に投与し、治療や予防に使用する医薬であれば、特に制限されない。mRNA医薬品は、感染症予防用mRNAワクチン、がん治療用mRNAワクチン、疾患治療用mRNA医薬であってよい。mRNAワクチンは、1価ワクチンであっても、2価以上の多価ワクチンであってもよい。mRNAワクチンは、混合ワクチンであってもよい。疾患治療用mRNA医薬としては、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬、酵素補充療法に用いられるmRNA医薬であってよい。mRNAワクチン及び酵素補充療法に用いられるmRNA医薬品が好ましい。
mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤であってよい。mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤の特定のバッチまたはロットであってよい。
mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを少なくとも1つ含む。mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを2以上含んでもよい。
【0062】
[目的RNA]
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含むリボ核酸(RNA)配列である。医薬的に有用なポリペプチドは、医薬的に有用なタンパク質を含む。医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片は、疾患の治療や予防に用いられるタンパク質、ポリペプチドまたはその有効な断片であれば、特に制限されない。医薬的に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、感染症予防、がん治療、疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。感染症予防用ポリペプチドまたはその有効な断片は、COVID-19ウィルス、サイトメガロウィルス、呼吸器合胞体ウィルス、インフルエンザA型ウィルス、インフルエンザB型ウィルス、ヒトメタニューモウイルス、パラインフルエンザウイルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、狂犬病ウィルス、エプスタイン-バーウイルス、ヒト免疫不全ウィルス、ニパウィルス、デングウィルスによるウィルス感染症に感染または発症を予防するために用いられる抗原ポリペチドまたは免疫原性断片であってよい。COVID-19ウィルス、インフルエンザウィルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、デングウィルスが好ましい。
感染症予防用ウィルス抗原ポリペプチドまたはその有効な断片としては、SARS-CoV-2-スパイクタンパク質、SARS-CoV-2-タンパク質、インフルエンザHAタンパク質、インフルエンザHA/NAタンパク質、ウエストナイルウィルスNS1タンパク質、ジカ熱ウィルスの構造タンパク質、デングウィルス粒子表面タンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。
がん治療ポリペプチドまたはその有効な断片は、固形がん/メラノーマ、大腸がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、前立腺がん、HPV16陽性頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がん、卵巣がんを対象腫瘍とする腫瘍関連抗原タンパク質、腫瘍関連抗原ポリペプチドまたは腫瘍関連免疫原性断片であってよい。
疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、心血管疾患、虚血性血管疾患、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)、チクングニア熱、プロピオン酸血症、嚢胞性線維症、自己免疫疾患、次世代のメチルマロン酸血症、糖原病I型、糖原病III型の治療に有用なポリぺプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、酵素補充療法(タンパク質補充療法)に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片としては、CFTRタンパク質、VEGF-Aポリペプチドまたはその有効な断片であってよいがこれらに限定されない。
目的RNAは、様々な(複数の)異なる修飾を含んでよい。目的RNAに含まれる修飾としては、例えば、目的RNAを構成するヌクレオシドの1つまたは複数が、メチル化、アセチル化、あるいはウリジンがシュードウリジン(Ψ)へ変換されている場合等が挙げられるが、これらに限定されない
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有する。目的RNAは、2以上の医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有してよい。
【0063】
オープンリーディングフレームは、開始コドン(例えば、AUG)で始まり、停止コドン(例えば、UAA、UAG、UGA)で終わり、タンパク質、ポリペプチドまたはそれらの断片をコードする、RNAの連続する配列(ストレッチ)を指す。
オープンリーディングフレームはコドン最適化されていてよい。コドン最適化法は当該技術分野で既知である。
目的RNAは、5’末端キャップ構造を有してよい。ただし、工程(D-1)の目的RNAは、必ず5’末端キャップ構造を含む。キャップは、効率よく翻訳を開始し、自然免疫系を活性化させない構造を有している(Schlake,T., Thess,A., Fotin-Mleczek,M. and Kallen,K.J. (2012) Developing mRNA-vaccine technologies. RNA Biol., 9, 1319-1330; To,K.K.W. and Cho,W.C.S. (2021) An overview of rational design of mRNA-based therapeutics and vaccines. Expert Opin. Drug Discov., 16, 1307-1317)。5’末端キャップ構造は、このようなキャップの機能を保持する構造をいう。キャップの機能を保持する構造であれば、合成キャップ類似体、化学キャップ、化学キャップ類似体、または構造もしくは機能キャップ類似体等のキャップ類似体であってよい。キャップ類似体として、m3’,7G(Am)G、m7GpppA、m7GpppG、m3’,7GpppG、m7G(Am)U、m7G(Am)Gが挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、3’末端ポリアデニル化(ポリ(A))テールを有してよい。ポリ(A)テールはエキソヌクレアーゼによる分解過程を遅らせる、つまり、RNAの安定性を高めることで生体内半減期を延長し、RNAの翻訳効率を向上させることができる(Gallie,D.R. (1991) The cap and poly(A) tail function synergistically to regulate mRNA translational efficiency. Genes Dev., 5, 2108-16)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'尾部を指し、その長さは様々であり得る(例えば、少なくとも5アデニンヌクレオシドから数百アデニンヌクレオシドであり得る)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーとホモポリマーの間にグアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド、シトシンヌクレオシドを1以上含んでいてもよい。例えば、アデニンヌクレオシドポリ(A)テールは、3’上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有していてもよい(Nance, K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。ポリ(A)テールを構成するヌクレオシドは修飾されていてもよい。
目的RNAは更に、5’末端キャップ構造とオープンリーディングフレームの間、及び/またはオープンリーディングフレームと3’末端ポリ(A)テールの間に、それぞれ5’非翻訳領域(5’UTR)、3’非翻訳領域(3’UTR)を含んでいてもよい。
目的RNAは、200~4,300ntの長さを有することが好ましいが、これに限定されない。
【0064】
[被験試料(p-RNA)]
被験試料(p-RNA)はmRNA医薬品に含まれるリボ核酸(RNA)配列である。理論的には、被験試料(p-RNA)は目的RNAと同一の配列を有する。しかしながら、実際には被験試料(p-RNA)は目的RNAと一部異なる配列を有する場合がある。これは、例えば、被験試料(p-RNA)の調製及び/または保管過程において、転写エラー、変異、分解等が生じることによる。被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定することを、「RNAの完全性」の解析という。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNAの5’末端キャップ構造、と同一の配列を有することを決定することによってもよく、あるいは、被験資料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば目的RNA5’末端キャップ構造、と同一の配列を有していないことを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えばオープンリーディングフレーム、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部、例えば3’末端ポリ(A)テール、と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。RNAの完全性の解析は、被験試料(p-RNA)が目的RNAの全部と同一の配列を有しているか否かを決定することによってもよい。
RNAの完全性は、目的RNAと同一の配列を有する被験試料(p-RNA)の量(含量)で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列のうち目的RNAと同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。前記含量は、被験試料(p-RNA)中のmRNA配列の特定の部分が、目的RNAの特定の部分と同一の配列を有するmRNA配列の割合で表してもよい。
被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
【0065】
[標準試料(s-RNA)]
標準試料(s-RNA)は、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定するにあたり用いられるリボ核酸(RNA)配列である。工程(D-1)の標準試料(s-RNA)は、目的RNAと、
(a)5’末端キャップ構造を含まず、
(b)1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている
以外においては、全部または一部同一の配列を有するRNAである。ここで目的RNAと一部同一の配列を有する場合の「一部」とは、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部と同一の配列を有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合に、被験試料(p-RNA)が同一の配列を有しているか否か評価される目的RNAの部分をいう。ただし被験試料(p-RNA)が目的RNAの5’末端キャップ構造と同一の配列を有することを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、標準試料(s-RNA)が、目的RNAのオープンリーディングフレームと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有していることを「一部」同一の配列を有するという。またこの場合、例えば目的RNAが3’末端ポリ(A)テールを含んでいても、標準試料(s-RNA)は、3’末端ポリ(A)テールを含まなくてよい。
標準試料(s-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
標準試料(s-RNA)が「5’末端キャップ構造を含まず」とは、標準試料RNAの5’末端に通常リン酸基が(通常3つ)結合していることをいう。リン酸基は、チオリン酸基、メチルリン酸基であってよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は修飾されていてもよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は、脱リン酸してから、被験試料(p-RNA)と混合してもよい。目的RNAと同じ5’末端キャップ構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いるためには、5’末端キャップ構造を100%有するRNAを合成する必要があるが、そのようなRNAを合成する方法は現時点では確立されておらず、また合成されたRNAから5’末端キャップ構造を有しないRNAを除去するよう精製を繰り返し、標準試料に求められる純度を達成することは極めて困難であり現実的ではない。したがって、本発明の標準試料(s-RNA)は、5’末端キャップ構造を含まない点において、目的RNAと異なっている。
【0066】
標準試料(s-RNA)を構成する1種または2種のヌクレオシドは同位体標識されている。標識に用いる同位体は、安定同位体である。標識に用いる安定同位体は、重水素、13C、15Nまたは18Oであってよい。標識に用いる安定同位体は、13Cが好ましい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシン(G)、ウリジン(U)、シチジン(C)またはアデノシン(A)のいずれか1種または2種であってよい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシンが好ましい。ヌクレオシドを構成する塩基や糖分子(例えばリボース)のみが同位体標識されていてもよい。同位体標識されるヌクレオシドは、修飾されていてもよい。ヌクレオシドを構成する塩基及び/または糖を重水素で標識する場合、水素と重水素は物理的性質が大きく異なるため化学的性質である解離度(酸性・塩基性)も異なることから、解離しないメチル水素、ピリミジン5,6位の水素やメチレン等を重水素で標識する必要がある。
標準試料(s-RNA)は、リボヌクレアーゼで、同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化した、その断片(以下「s-RNA断片」という)のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されているRNAである。s-RNAを断片化するリボヌクレアーゼは、s-RNAを3'末端または5'末端のいずれで切断してもよいが、得られたs-RNA断片が、同位体標識したヌクレオシドを含む断片となるように切断するリボヌクレアーゼである。同位体標識したヌクレオシドの種類によって、適切なリボヌクレアーゼが選択される。リボヌクレアーゼは、RNase T1、RNase A、またはMazFであってよい。G残基を同位体標識する場合は、RNase T1を用いることが好ましい。目的RNAがGの連続配列を含む場合は、U及びC残基を同位体標識し、RNase Aを用いることが好ましい。
s-RNAは、当該技術分野で利用可能な方法を用いて作成できる。具体的には、後述する実施例1に示すように、医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含む目的RNAのインビトロ転写用DNAテンプレートを用い、m1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTP、m5CTP、及びグアノシン-1310の存在下で、キャップ構造を有しないRNAを生成させ、得られたRNAを逆相液体クロマトグラフィーにより精製することにより得ることができる。
【0067】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行うことで、s-RNA断片のm/z値が得られる。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は、当該技術分野において利用可能な方法で行うことができる。
s-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)から得られたs-RNA断片のm/z値と、当該m/z値に対応するs-RNA断片の配列とを対応させることで、各s-RNA断片について、m/z値とその配列とが特定される。
【0068】
[mRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合]
工程(D-1)のmRNA医薬品の被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)は、質量分析装置で定量可能な量の被験試料(p-RNA)及び標準試料(s-RNA)が含まれていれば、その混合割合は任意であってよい。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合比率は、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)が、約100:約1~約1:約100のモル比であってもよく、約10:約1~約1:約10のモル比が好ましく、約5:約1から約1:約5のモル比より好ましく、約1:約1のモル比が最も好ましい。定量分析精度の高い結果を得る観点からは、被験試料(p-RNA):標準試料(s-RNA)のモル比は極端に大きく離れていない方が好ましい。
【0069】
[工程(D-2)]
工程(D-2)では、工程(D-1)で得られた混合物をリボヌクレアーゼで断片化して、s-RNA断片とp-RNA断片の混合物(以下「断片混合物」という)を調製する。被験試料(p-RNA)と標準試料(s-RNA)の混合物をリボヌクレアーゼで断片化することは、当該技術分野で利用可能な技術を用いて行うことができる。ここで、断片混合物を得るために用いるリボヌクレアーゼは、m/z値と、前記m/z値に対応する配列とが特定されたs-RNAを断片化するにあたり用いたリボヌクレアーゼと、同じリボヌクレアーゼである。
【0070】
[工程(D-3)]
工程(D-3)では、工程(D-2)で得られた混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)を用いて分析する。液体クロマトグラフィー(LC)及び質量分析法(MS)は、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を用いてよい。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は当該技術分野で利用可能な技術を用いてよい。工程(D-3)のLC-MS及び/またはLC-MS/MSは、断片混合物に含まれる各断片のピークについて、保持時間、質量(m/z値)、電荷及びシグナル強度等のピーク情報を与える。工程(D-3)の分析により得られる各断片のピークは、s-RNA断片に由来するピークとp-RNA断片に由来するピークの両方である。
【0071】
[工程(D-4)]
工程(D-4)では、工程(D-3)で得られたマススペクトル(以下、「断片混合物スぺクトル」という)から、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片のm/z値を有するp-RNA断片のピークを特定する。具体的には、目的RNAの5’末端キャップ構造は特定されていることから、目的RNAの5’末端に由来する断片の理論質量からm/z値を特定する。工程(D-3)で得られた、断片混合物スペクトルにおける各断片ピークのm/z値と、目的RNAの5’末端に由来する断片のm/z値を比較し、m/z値が同一または測定に使用した質量分析計の実測誤差の範囲内にある断片ピークを、断片混合物中の目的RNAの5’末端に由来する断片と同じ構造を有するp-RNAに由来する断片のピークとして特定する。ここで、目的RNAの5’末端に由来する断片のm/z値及びp-RNA断片のm/z値としては、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)により得られるm/z値の両方を用いて、目的RNAの5’末端に由来する断片と同じ構造を有するp-RNA断片を特定すると効率的である。
目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片のm/z値を有するp-RNA断片の配列を特定することで、被験試料(p-RNA)の5’末端キャップ構造を特定することが可能となる。特定された被験試料(p-RNA)の配列が、目的RNAの5’末端キャップ構造の配列と同一であれば、被験試料(p-RNA)は設計通りの5’末端キャップ構造を有するものと評価することができる。p-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
【0072】
[工程(D-5)]
工程(D-5)では、工程(D-3)で得られたマススペクトル(断片混合物スペクトル)から、s-RNAの5’末端に由来する断片のm/z値を有するピーク及びそのシグナル強度を特定する。具体的には、工程(D-3)で得られた、断片混合物スペクトルにおける各断片ピークのm/z値と、s-RNAの5’末端に由来する断片のm/z値を比較し、m/z値が同一または測定に使用した質量分析計の実測誤差の範囲内にある断片ピークを、断片混合物中のs-RNAの5’末端に由来する断片のピークとして特定する。
工程(D-5)で断片混合物からs-RNAの5'末端に由来する断片であると特定された断片について、当該断片の配列を確認する工程を更に含んでもよい。当該断片の配列は、当該技術分野で利用可能な技術によって特定することができる。例えば、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって当該断片の配列を特定し、s-RNAの5'末端に由来する断片であることを確認してもよい。
【0073】
[工程(D-6)]
工程(D-6)では、工程(D-4)で特定された、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片のm/z値を有するp-RNA断片のピークのピーク情報からシグナル強度を特定する。
【0074】
[工程(D-7)]
工程(D-7)では、下記式(5)により、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合を算出する。
具体的には、工程(D-6)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度(式(5)中、「Int1」)を工程(D-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)(式(5)中、「a」)で規格化した値(以下、「規格化したp-RNA断片シグナル強度」という)を算出する。目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合は、規格化したp-RNA断片シグナル強度を、工程(D-5)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度(式(5)中、「Int0」)で除した値として算出される。目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合は百分率で表してよい。
{Int1×a}/Int0 ・・・式(5)
Int1は、工程(D-6)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度
Int0は、工程(D-5)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度
aは、工程(D-1)における、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。
後述する実施例2に示すように、工程(D-1)における(被験試料)p-RNAと標準試料(s-RNA)との混合モル比が1:1である場合、式(5)の係数aは1となり、目的RNAの5’末端キャップ構造に由来する断片と同一の配列を有するp-RNA断片の割合は、工程(D-6)で特定されたp-RNA断片のシグナル強度を工程(D-5)で特定されたs-RNA断片のシグナル強度で除した値として得ることができる。
【0075】
第5の形態において、本発明は、mRNA医薬品の分析用標準試料組成物を提供する。
[mRNA医薬品]
mRNA医薬品は、人工的に合成したmRNAを、それを必要とする対象の体内に投与し、治療や予防に使用する医薬であれば、特に制限されない。mRNA医薬品は、感染症予防用mRNAワクチン、がん治療用mRNAワクチン、疾患治療用mRNA医薬であってよい。mRNAワクチンは、1価ワクチンであっても、2価以上の多価ワクチンであってもよい。mRNAワクチンは、混合ワクチンであってもよい。疾患治療用mRNA医薬としては、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬、酵素補充療法に用いられるmRNA医薬であってよい。mRNAワクチン及び酵素補充療法に用いられるmRNA医薬品が好ましい。
mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤であってよい。mRNA医薬品は、試薬、原薬、または製剤の特定のバッチまたはロットであってよい。
mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを少なくとも1つ含む。mRNA医薬品は、有効成分である目的RNAを2以上含んでもよい。
【0076】
[目的RNA]
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含むリボ核酸(RNA)配列である。医薬的に有用なポリペプチドは、医薬的に有用なタンパク質を含む。医薬的に有用なポリペチドまたはその医薬的に有用な断片は、疾患の治療や予防に用いられるタンパク質、ポリペプチドまたはその有効な断片であれば、特に制限されない。医薬的に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、感染症予防、がん治療、疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。感染症予防用ポリペプチドまたはその有効な断片は、COVID-19ウィルス、サイトメガロウィルス、呼吸器合胞体ウィルス、インフルエンザA型ウィルス、インフルエンザB型ウィルス、ヒトメタニューモウイルス、パラインフルエンザウイルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、狂犬病ウィルス、エプスタイン-バーウイルス、ヒト免疫不全ウィルス、ニパウィルス、デングウィルスによるウィルス感染症に感染または発症を予防するために用いられる抗原ポリペチドまたは免疫原性断片であってよい。COVID-19ウィルス、インフルエンザウィルス、ウエストナイルウィルス、ジカ熱ウィルス、デングウィルスが好ましい。
感染症予防用ウィルス抗原ポリペプチドまたはその有効な断片としては、SARS-CoV-2-スパイクタンパク質、SARS-CoV-2-タンパク質、インフルエンザHAタンパク質、インフルエンザHA/NAタンパク質、ウエストナイルウィルスNS1タンパク質、ジカ熱ウィルスの構造タンパク質、デングウィルス粒子表面タンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。
がん治療ポリペプチドまたはその有効な断片は、固形がん/メラノーマ、大腸がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、前立腺がん、HPV16陽性頭頸部がん、トリプルネガティブ乳がん、卵巣がんを対象腫瘍とする腫瘍関連抗原タンパク質、腫瘍関連抗原ポリペプチドまたは腫瘍関連免疫原性断片であってよい。
疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、心血管疾患、虚血性血管疾患、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、トランスサイレチンアミロイドーシス症(ATTR)、チクングニア熱、プロピオン酸血症、嚢胞性線維症、自己免疫疾患、次世代のメチルマロン酸血症、糖原病I型、糖原病III型の治療に有用なポリぺプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、酵素補充療法(タンパク質補充療法)に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片は、単一遺伝子変異を標的とするmRNA医薬に用いられるポリペプチドまたはその有効な断片であってよい。疾患治療に有用なポリペプチドまたはその有効な断片としては、CFTRタンパク質、VEGF-Aポリペプチドまたはその有効な断片であってよいがこれらに限定されない。
目的RNAは、様々な(複数の)異なる修飾を含んでよい。目的RNAに含まれる修飾としては、例えば、目的RNAを構成するヌクレオシドの1つまたは複数が、メチル化、アセチル化、あるいはウリジンがシュードウリジン(Ψ)へ変換されている場合等が挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、少なくとも1つの医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有する。目的RNAは、2以上の医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを有してよい。
【0077】
オープンリーディングフレームは、開始コドン(例えば、AUG)で始まり、停止コドン(例えば、UAA、UAG、UGA)で終わり、タンパク質、ポリペプチドまたはそれらの断片をコードする、RNAの連続する配列(ストレッチ)を指す。
オープンリーディングフレームはコドン最適化されていてよい。コドン最適化法は当該技術分野で既知である。
mRNA医薬品の分析用標準試料組成物により分析されるmRNA医薬品に含まれる目的RNAは、5’末端キャップ構造を有してよい。mRNA医薬品の分析用標準試料組成物により分析されるmRNA医薬品に含まれる目的RNAは、5’末端キャップ構造を含まなくてもよい。キャップは、効率よく翻訳を開始し、自然免疫系を活性化させない構造を有している(Schlake,T., Thess,A., Fotin-Mleczek,M. and Kallen,K.J. (2012) Developing mRNA-vaccine technologies. RNA Biol., 9, 1319-1330; To,K.K.W. and Cho,W.C.S. (2021) An overview of rational design of mRNA-based therapeutics and vaccines. Expert Opin. Drug Discov., 16, 1307-1317)。5’末端キャップ構造は、このようなキャップの機能を保持する構造をいう。キャップの機能を保持する構造であれば、合成キャップ類似体、化学キャップ、化学キャップ類似体、または構造もしくは機能キャップ類似体等のキャップ類似体であってよい。キャップ類似体として、m3’,7G(Am)G、m7GpppA、m7GpppG、m33’,7GpppG、m7G(Am)U、m7G(Am)Gが挙げられるが、これらに限定されない。
目的RNAは、3’末端ポリアデニル化(ポリ(A))テールを有してよい。ポリ(A)テールはエキソヌクレアーゼによる分解過程を遅らせる、つまり、RNAの安定性を高めることで生体内半減期を延長し、RNAの翻訳効率を向上させることができる(Gallie,D.R. (1991) The cap and poly(A) tail function synergistically to regulate mRNA translational efficiency. Genes Dev., 5, 2108-16)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーの3'尾部を指し、その長さは様々であり得る(例えば、少なくとも5アデニンヌクレオシドから数百アデニンヌクレオシドであり得る)。ポリ(A)テールは、アデニンヌクレオシドからなるホモポリマーとホモポリマーの間にグアニンヌクレオシド、ウラシルヌクレオシド、シトシンヌクレオシドを1以上含んでいてもよい。例えば、アデニンヌクレオシドポリ(A)テールは、3’上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有していてもよい(Nance, K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。ポリ(A)テールを構成するヌクレオシドは修飾されていてもよい。
目的RNAは更に、5’末端キャップ構造とオープンリーディングフレームの間、及び/またはオープンリーディングフレームと3’末端ポリ(A)テールの間に、それぞれ5’非翻訳領域(5’UTR)、3’非翻訳領域(3’UTR)を含んでいてもよい。
目的RNAは、200~4,300ntの長さを有することが好ましいが、これに限定されない。
【0078】
[標準試料(s-RNA)]
標準試料(s-RNA)は、被験試料(p-RNA)が目的RNAと同一の配列を有するか否かを決定するにあたり用いられるリボ核酸(RNA)配列である。ここで被験試料(p-RNA)は、mRNA医薬品に含まれるリボ核酸(RNA)配列であって、分析対象となる試料である。
標準試料(s-RNA)は、目的RNAと、
(a)5’末端キャップ構造、及び
(b)1種または2種のヌクレオシドが同位体標識されている
以外においては、全部または一部同一の配列を有するRNAである。ここで目的RNAと一部同一の配列を有する場合の「一部」とは、mRNA医薬品の分析において、被験試料(p-RNA)が目的RNAの一部と同一の配列を有するか否かを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合に、被験試料(p-RNA)が同一の配列を有しているか否か評価される目的RNAの部分をいう。例えば、被験試料(p-RNA)が目的RNAのオープンリーディングフレームと同一の配列を有することを決定することによってRNAの完全性の解析を行う場合、標準試料(s-RNA)は、完全性の解析において評価される目的RNAのオープンリーディングフレームと、前記(a)及び(b)以外については同一の配列を有することを「一部」同一の配列を有するという。この場合、例えば目的RNAが3’末端ポリ(A)テールを含んでいても、当該部分はRNAの完全性の解析の評価対象ではないため、標準試料(s-RNA)は、3’末端ポリ(A)テールを含まなくてもよい。
標準試料(s-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」とは、目的RNAに含まれるヌクレオチド配列と同一のヌクレオチド配列をいう。「ヌクレオチド配列」とは、ヌクレオチド分子同士がリン酸等のリンカー部(例えばリン酸ジエステルを含み、リンカーの誘導体も含む)で脱水縮合したポリマー分子をいう。「ヌクレオチド」とは、リン酸基を含むヌクレオシドを指し、「ヌクレオシド」とは、有機塩基またはその誘導体と組み合わせた糖分子またはその誘導体を含有する化合物を指す。被験試料(p-RNA)が有する目的RNAと同一の「配列」は、目的RNAに含まれる修飾を含む。
標準試料(s-RNA)の「5’末端構造」は、目的RNAの5’末端構造と異なる。真核生物のmRNAの5’末端は三リン酸結合を介してグアノシンが結びついた5’キャップ構造を有し、mRNAが5’端から分解されないよう保護する役割を果たしている。mRNA医薬品に含まれる目的RNAもまた、通常5’末端はリン酸基が結合したものではなく、キャップ構造を有することにより、mRNAを分解から保護している。これに対し、標準試料RNAの5’末端は、目的RNAの5’末端と異なり、通常リン酸基が(通常3つ)結合している。リン酸基は、チオリン酸基、メチルリン酸基であってよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は修飾されていてもよい。標準試料RNAの5’末端のリン酸基は、脱リン酸してから、被験試料(p-RNA)と混合してもよい。
目的RNAは5’末端キャップ構造を有してよく、標準試料(s-RNA)は、5’末端キャップ構造を含まない点において、目的RNAと異なってよい。目的RNAと同じ5’末端キャップ構造を有するRNAを標準試料(s-RNA)として用いるためには、5’末端キャップ構造を100%有するRNAを合成する必要があるが、そのようなRNAを合成する方法は現時点では確立されておらず、また合成されたRNAから5’末端キャップ構造を有しないRNAを除去するよう精製を繰り返し、標準試料に求められる純度を達成することは極めて困難であり現実的ではない。したがって、本発明の標準試料(s-RNA)は、5’末端構造が目的RNAと異なっている点に特徴を有する。標準試料(s-RNA)は、5’末端構造は、目的RNAと異なっていればよく、必ずしも特定の構造を有さなければならないわけではない。。
【0079】
標準試料(s-RNA)を構成する1種または2種のヌクレオシドは同位体標識されている。標識に用いる同位体は、安定同位体である。標識に用いる安定同位体は、重水素、13C、15Nまたは18Oであってよい。標識に用いる安定同位体は、13Cが好ましい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシン(G)、ウリジン(U)、シチジン(C)またはアデノシン(A)のいずれか1種または2種であってよい。同位体標識されるヌクレオシドは、グアノシンが好ましい。ヌクレオシドを構成する塩基や糖分子(例えばリボース)のみが同位体標識されていてもよい。同位体標識されるヌクレオシドは、修飾されていてもよい。ヌクレオシドを構成する塩基及び/または糖を重水素で標識する場合、水素と重水素は物理的性質が大きく異なるため化学的性質である解離度(酸性・塩基性)も異なることから、解離しないメチル水素、ピリミジン5,6位の水素やメチレン等を重水素で標識する必要がある。
標準試料(s-RNA)は、リボヌクレアーゼで、同位体標識したヌクレオシドを含む断片に断片化した、その断片(以下「s-RNA断片」という)のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列とが特定されているRNAである。s-RNAを断片化するリボヌクレアーゼは、s-RNAを3'末端または5'末端のいずれで切断してもよいが、得られたs-RNA断片が、同位体標識したヌクレオシドを含む断片となるように切断するリボヌクレアーゼである。同位体標識したヌクレオシドの種類によって、適切なリボヌクレアーゼが選択される。リボヌクレアーゼは、RNase T1、RNase A、またはMazFであってよい。G残基を同位体標識する場合は、RNase T1を用いることが好ましい。目的RNAがGの連続配列を含む場合は、U及びC残基を同位体標識し、RNase Aを用いることが好ましい。
s-RNAは、当該技術分野で利用可能な方法を用いて作成できる。具体的には、後述する実施例1に示すように、医薬的に有用なポリペプチドまたはその医薬的に有用な断片をコードするオープンリーディングフレームを含む目的RNAのインビトロ転写用DNAテンプレートを用い、m1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTP、m5CTP、及びグアノシン-1310の存在下で、キャップ構造を有しないRNAを生成させ、得られたRNAを逆相液体クロマトグラフィーにより精製することにより得ることができる。
【0080】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)を行うことで、s-RNA断片のm/z値が得られる。液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)は、当該技術分野において利用可能な方法で行うことができる。
s-RNA断片の配列の特定は、当該技術分野において利用可能な技術を用いて行うことができる。例えば、RNA配列データベース検索ソフトウェアの利用及び/またはMS及び/またはMS/MSスペクトルのマニュアル測定によって特定することができる。液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)スペクトルをクエリーとしたRNA配列データベース検索を行うことによって、s-RNA断片の配列を特定することも可能である。RNA配列データベース検索ソフトウェアとしては、Ariadneソフトウェア(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)を用いることが好ましい。
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)及び/または液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS/MS)から得られたs-RNA断片のm/z値と、当該m/z値に対応するs-RNA断片の配列とを対応させることで、各s-RNA断片について、m/z値とその配列とが特定される。
【0081】
第6の形態において、本発明は、前記mRNA医薬品の分析用標準試料組成物を含むキットを提供する。
当該キットは、前記標準試料組成物を含む。当該キットは、前記標準試料組成物に含まれるs-RNAを、リボヌクレアーゼで同位体標識されたヌクレオシドを含む断片に断片化したs-RNA断片のm/z値と、前記m/z値に対応するs-RNA断片の配列について記録した媒体を含んでよい。当該媒体は、紙媒体であってもよく、RAM、ROM等のメモリ装置、ハードディスク等の固定ディスク装置、フレキシブルディスク、光ディスク等のストレージ上に実現される論理的記憶手段であってもよいが、これらに限定されない。
【実施例0082】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
〔材料と方法〕
1.試薬
標準的な実験用化学薬品は和光純薬工業から入手した。グアノシン-13C10 5’-三リン酸ナトリウム塩(98 atom% 13C)はSigma-Aldrichから入手した。1-メチルシュードウリジン-5'-三リン酸(m1ΨTP、N-1081)、5-メチルシチジン-5'-三リン酸(m5CTP、N-1014)、5-メトキシウリジン-5'-三リン酸(mo5UTP, N-1093)、シュードウリジン-5'-三リン酸(ΨTP、N-1019)およびキャップ1アナログ(m3',7GpppAmG-OH, CleanCap Reagent AG(3'OMe), N-7413)はTriLinkから入手した。RNase T1はWorthingtonから購入し、使用前に逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)によりさらに精製した。酢酸トリエチルアンモニウム緩衝液 (2 M, pH 7.0) は Glen Research 社から購入した。
2.PCR手順
オリゴは、Fasmac Co. Ltd.から入手した。その配列は表1に記載の通りである。PCRはサーマルサイクラー(MJ Mini, Bio-Rad)を用いて30サイクル行った(各サイクルは98℃で10秒、60℃で15秒、68℃で20秒の構成)。プライマー10 pmol、PrimeSTAR GXL DNA Polymerase 2.5 unit (TaKaRa)を用い、50 μlの容量で、サプライヤーが推奨する反応バッファーを用いて各反応を行った。
3. インビトロ転写用DNAテンプレートの作製
BNT162b2 模倣 RNA (mimBNT162b2)の鋳型DNAはWHOの報告(Nance ,K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)に基づき、T7 プロモータを付加して構築した(表1)。ポリ(A)領域は、組換えによる長さのばらつきを減らすために、セグメント化した(Trepotec,Z., Geiger,J., Plank,C., Aneja,M.K. and Rudolph,C. (2019) Segmented poly(A) tails significantly reduce recombination of plasmid DNA without affecting mRNA translation efficiency or half-life. RNA, 25, 507-518)。化学合成した DNA をプラスミドに挿入したものは、Biologica Co. Ltd.から入手し、標準的な手順で塩基配列を決定した。ポリ(A)セグメントを除いて配列が確認された。いずれのセグメントも数残基の長さの不均質性を含んでいた。この不均一性の理由は、ポリ(A)を含むDNAをプラスミドにクローニングすると、ベクター中のホモポリマーA-T塩基対が不安定になり、バクテリアでの複製中に短縮しやすくなるからである

RNA1、RNA1mut、RNA1trn、RNA1extのインビトロ転写用DNAテンプレートは、それぞれt-VCovSmpl1F/t-VCovSmpl1R、t-VCovMut1F/T-VCovShortR、t-VCovSmpl1F/Cov19_2Rをプライマー(表1)として、PCRテンプレートにはimBNT162b2 DNAを使って標準PCR手順で作製した。
インフルエンザA型ヘマグルチニン、ウエストナイルNS1、ジカプロペプ/Mワクチン様mRNAのDNAテンプレートは、オーバーラップエクステンションPCR(Hilgarth,R.S. and Lanigan,T.M. (2020) Optimization of overlap extension PCR for efficient transgene construction. MethodsX, 7, 100759)により作製した。PCR鋳型を構築するために、5'非コード領域、3'非コード領域、コーディング領域の3つのcDNA断片をPCR手順で調製した。5'非コード領域と3'非コード領域は、それぞれCov19Vac F/Cov19Vac5PR とCov19Vac3PF/Cov19Vac3PRをプライマーとして用い、imBNT162b2 DNAを鋳型として増幅させた。これらの産物をアガロースゲル電気泳動で分離し、QIAEX II gel extraction kit (Qiagen)を用いて抽出した。InfAVac/InfVacR、WNVac/WNVacR、ZiKAVacF/ZikaVacRをプライマーとして、インフルエンザAヘマグルチニン(Addgene, Cat# 127810)、ウエストナイルNS1 (Addgene, Cat# 52882) およびジカプロペプ/M (Addgene, Cat# 79631) のDNAをそれぞれテンプレートにしてコード領域の増幅を試みた。5'および3'ノンコーディング領域とコーディング領域のPCR反応物を1000:1000:1のモル比で混合した。得られた混合物を鋳型として、Cov19Vac F/Cov19Vac3PR をプライマーとして、オーバーラップ伸長PCR を行い、インビトロ転写鋳型を作製した(表2)。PCR産物を直接塩基配列決定し、配列を確認したが、産物はポリ(A)長に不均一性を有していた。この不均一性は、PCRのようなインビトロ実験の場合に起こることが知られている(Fazekas,A., Steeves,R. and Newmaster,S. (2010) Improving sequencing quality from PCR products containing long mononucleotide repeats. Biotechniques, 48, 277-85; Shinde,D., Lai,Y., Sun,F. and Arnheim,N. (2003) Taq DNA polymerase slippage mutation rates measured by PCR and quasi-likelihood analysis: (CA/GT)n and (A/T)n microsatellites. Nucleic Acids Res., 31, 974-80)。これらのPCR産物をベクター(T-Vector pMD19、タカラバイオ社)にクローニングした。また、このクローン化されたDNAは、インビトロ転写のテンプレートとして用いた。クローン化されたDNAの配列を確認したところ、長さが数残基のヘテロジニアスを含んでいた。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2-1】
【表2-2】
【0085】
4.RNAの調製
RNAは、インビトロ転写キット(MEGAscript T7 Kit, Thermo Fisher Scientific)を用いて、ウリジン-5'-三リン酸(UTP)の代わりにm1ΨTP、ΨTP、またはmo5UTPの存在下で、あるいはシチジン-5'-三リン酸の代わりにm5Cの存在下でDNAテンプレートからメーカー指定の方法で生成させた。5'-キャッピング構造は、cap1アナログを用いて共転写的に合成された。この反応からRNAをPLRP-S 300A カラム(2.1 × 100 mm, 3 μm, Agilent Technologies)または4000A カラム(4.6 × 150 mm, 10 μm, Agilent Technologies)で逆相 LC 精製し (Yamauchi,Y., Taoka,M., Nobe,Y., Izumikawa,K., Takahashi,N., Nakayama,H. and Isobe,T. (2013) Denaturing reversed phase liquid chromatographic separation of non-coding ribonucleic acids on macro-porous polystyrene-divinylbenzene resins. J. Chromatogr. A, 1312, 87-92)、-80℃で保存した。
5.RNA断片のダイレクトナノフローLC-MSおよびMS/MS分析
RNAを100 mM 酢酸トリエチルアンモニウム緩衝液(pH 7.0)中のRNase T1 または A (~4 ng/μl)で、37℃、60分間消化した。核酸分解したRNA断片を逆相Develosil C30-UGチップカラム(内径150μm×50mm、粒子径3μm;野村化学)に注入し、溶媒A(10 mM TEAA, pH 7, in water:methanol, 9:1 )で平衡化し、溶媒B(10 mM TEAA, pH 7:acetonitrile, 6:4 )の60分間の0~24.5%の線形勾配を100 nl/分の流速で溶出した(Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Masaki,S., Nakayama,H., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) An analytical platform for mass spectrometry-based identification and chemical analysis of RNA in ribonucleoprotein complexes. Nucleic Acids Res., 37, e140-e140; Nakayama,H., Yamauchi,Y., Taoka,M. and Isobe,T. (2015) Direct Identification of Human Cellular MicroRNAs by Nanoflow Liquid Chromatography-High-Resolution Tandem Mass Spectrometry and Database Searching. Anal. Chem., 87, 2884-2891)。30残基より長いRNA断片の検出には、同じカラムを溶媒Aで平衡化し、同じ流速で溶媒Bの0-40%の線形勾配で30分間溶出させた。LC溶出液をスプレー補助装置(Nakayama,H., Yamauchi,Y., Taoka,M. and Isobe,T. (2015) Direct Identification of Human Cellular MicroRNAs by Nanoflow Liquid Chromatography-High-Resolution Tandem Mass Spectrometry and Database Searching. Anal. Chem., 87, 2884-2891)を用いて-1.3kVでオンラインスプレーし、Q Exactive質量分析計(Thermo Fisher Scientific)を用いてマイナスイオンモードで分析した。分光計は、MSとMS/MSの取得を自動的に切り替えるデータ依存モードで動作させた。HCDセルを使用して、NCEが20%のRNA配列を読み取った。質量分解能35,000または140,000でフルスキャン(m/z 480から2000まで)のマススペクトルが取得されました。50,000カウント/秒以上の強度を持つ5つの最も強い質量ピーク(最大注入時間60ms)を3m/zウィンドウ内で分離し、フラグメンテーションを行った。MS/MSのm/z 200の質量分解能は、配列イオンを検出するために17500に設定された。質量分解能を維持し、スペクトルの質を高めるために、3回のMS/MSマイクロスキャンを合計して、最終的なMS/MSスペクトルを得た。MS/MSスペクトル取得のための開始質量値はm/z 100であった。
6.MS/MS RNAスペクトルのデータベース検索と解釈
データベース検索、RNAのMS/MSスペクトルの割り当て、RNA断片の定量には、Ariadneを使用した(Nakayama,H., Akiyama,M., Taoka,M., Yamauchi,Y., Nobe,Y., Ishikawa,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2009) Ariadne: a database search engine for identification and chemical analysis of RNA using tandem mass spectrometry data. Nucleic Acids Res., 37, e47-e47; Nakayama,H., Takahashi,N. and Isobe,T. (2011) Informatics for mass spectrometry-based RNA analysis. Mass Spectrom. Rev., 30, 1000-12; 特許文献2)。RNAデータベースとして、RNAメディシンの仮想切断の配列を使用した。Ariadneのデフォルトの検索パラメータを使用した。最大切断ミス数は1、可変修飾パラメータは、任意の残基についてRNAフラグメントあたり2つのメチル化、任意のG残基あたり未知の58.005Da修飾(8-ヒドロキシグアノシンのアセチルエステルと仮定しacoGと表記)、可変付加はRNAフラグメントあたりNa (21.982 Da)、RNA質量許容範囲は±10 ppm、MS/MS許容範囲は±20 ppmであった。RNAの修飾残基の割り当てのために、可変修飾パラメータをデフォルト値から変更した。また、m1Ψ-, (m7,3′-O)Gp-, (m7,3′-O)Gpp, 2'-O-メチル化特性シグネチャーイオン(2'-O-methylation-characteristic signature ion)のm/z値 221.04, 390.07, 470.03 及び 225.02はそれぞれm1Ψとcap1アナログの割り当てに使用された。抽出されたイオンクロマトグラムは、Xcalibur 3.0 ソフトウェア (Thermo Fisher Scientific) を用いて、RNase消化断片の理論m/z (±5 ppm許容値) を描画した。
【0086】
〔結果〕
1.メソッドの原理とワークフロー
我々は、安定同位体で標識した標準試料(RNA)と天然同位体分布を有する被験試料(p-RNA)を比較することにより、mRNA医薬品の品質を評価する分析プラットフォームを開発した(図1)。実施例においては、標準試料(s-RNA)は、mRNA医薬品と同じ鋳型DNAからT7ポリメラーゼなどを用いたインビトロ転写系で合成した。本発明にかかる方法は、以下に述べるように、標準試料(s-RNA)の調製と、標準試料(s-RNA)との比較による被験試料(p-RNA)の評価の2段階から構成される。
【0087】
(実施例1:標準試料(s-RNA)の調製
標準試料(s-RNA)は、グアノシン-13C10とキャッピングアナログなしでインビトロで転写した(参考までに図1A及びB)。s-RNAの5'-キャッピング構造は三リン酸のままである。s-RNAはリファレンスであるため、十分に精製され、その配列が確認されていることが必要である。したがって、s-RNAを逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)などで精製し、RNase T1またはAで切断し、それぞれのRNA断片を、上記材料及び方法の5~6に記載のように、LC-MS/MSで十分に特性評価して配列を確認した。
【0088】
(実施例2:被験試料(p-RNA)の特性評価
〔総論〕
被験試料(p-RNA)を、標準的な手順で調製した。被験試料(p-RNA)は、標準試料(s-RNA)とは対照的に、キャッピング構造と天然同位体分布のグアノシンを含む。次に、このp-RNAをs-RNAと1:1の割合で混合し、RNA中のグアノシンの3'末端を加水分解するRNase T1で切断した(参考までに図1A)。得られたRNA断片は、同じ配列を持つグアノシン-1310標識体と非標識体が一対となっている。したがって、この混合物をLC-MSで分析すると、s-RNAとp-RNAの断片のLCピークが重なり、それぞれのLCピークのマススペクトルに10Daの差のある一対のMSシグナルが検出された。このシグナルペアの強度の比を調べることで、p-RNAまたはs-RNAの特異的な配列を評価した。この方法では、配列に欠陥のないすべてのRNA断片は、非標識の「軽い」RNA断片と標識の「重い」RNA断片を含む単一のクロマトグラフィーピークを同一のシグナル高さ(シグナル強度)で示すが、欠失、挿入、置換などの欠陥のある軽い断片は全く現れないか、s-RNA由来の重い断片とは異なるクロマトグラフィー保持時間を持つ別のピークに現われる。したがって、長いRNAに見られる欠陥であっても、軽い断片を検索することで説明でき、そのMSおよびMS/MSスペクトルから欠陥の種類と位置を特定することができる。また、この方法は、欠陥に関する定量的な情報を提供する。LC-MS分析で得たピーク情報に基づき、LCでの保持時間、m/z値、MSのシグナルの高さ(シグナル強度)をプロットしたバブルチャートを作成すると、p-RNA中の欠陥分子の量をシグナルの高さ(シグナル強度)で測定し、バブルチャートのバブルサイズとして表現することができる。なお、LCでの保持時間の再現性とMSでの精度が十分であれば、不純物の構造は決定されないが、LC-MSから得られる情報でp-RNAとs-RNAの配列同一性を確認することが可能であり、ほとんどの場合第2段階でMS/MSは必要ない。
〔5'末端キャップ付加率〕
5'末端キャップ付加率は、s-RNAとp-RNAの5’-3リン酸化断片を比較し、式(1)によりアンキャップ率を、または式(2)により5’末端キャップ率を算出した(図1B)。
{Int1×a}/Int0 ・・・式(1)
Int1は、p-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、s-RNA断片のシグナル強度、
aは、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。

1-(アンキャップ率) ・・・式(2)

〔同一長のポリ(A)テール含有率〕
s-RNAの3'末端を含む断片とp-RNAの3'末端を含む断片とを比較することにより、3'-ポリ (A)の量を決定することができる。しかし、この場合、グアノシンがポリ(A)配列よりも3'側にあるような形式でRNAを設計する必要がある。3'-ポリ(A)テールを含む被験試料(p-RNA)が標準試料(s-RNA)と同一長のポリ(A)テールを含む割合(同一長ポリ(A)テール含有率)は、下記式(4)により算出した。

{Int1×a}/Int0 ・・・式(4)
Int1は、p-RNA断片のシグナル強度、
Int0は、s-RNA断片のシグナル強度、
aは、s-RNAとp-RNAの混合モル比(mols-RNA/molp-RNA)を表す。
〔RNA1の特性評価〕
以下、被験試料(p-RNA)に対応するRNAは、接頭辞 "p-"を付けて表記し、標準試料(s-RNA)に対応するRNAは接頭辞"s-"を付けて表記した。
【0089】
(1)s-RNA1 の調製とキャラクタリゼーション
BNT162b2 (Nance, K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)の3-prime領域を模倣した、A30 ポリ(A)を含む5'および3'ノンコーディング配列とコーディング配列を含む約210塩基長のRNA1(表2)について本発明の方法による特性評価を行った(図2、表2)。RNA1は、鋳型の5'領域にプロモーター配列を付加したRNA1コーディングDNAを用いて、T7 RNAポリメラーゼを触媒として合成された(表1)。s-RNA1の合成では、UTPとGTPの代わりにm1ΨTPと [13C10]GTPを用い、ウリジンとグアノシンの代わりにm1Ψと [13C10]GをそれぞれRNAに組み込んだ(図2)。このs-RNA1をRPLCで精製し、短い生成物を除去して純度を95%以上とした(図3A)。RNase T1またはAで切断し、得られたそれぞれの消化物をLC-MS分析に供した。MSおよびMS/MSスペクトルは、Ariadneによりポリ(A)クラスター領域を除くs-RNA1配列に容易に帰属され、内部配列の100%シーケンスカバレッジを得ることができた(図3B)。また、ポリ(A)クラスター領域は、データの手動検査によりカバーされていることが確認された(図3C)。また、CC-OHやCGpなど鋳型配列では説明できない断片がいくつか確認されたが、主要なMS/MSスペクトルはほぼすべてRNA1配列と一致し(データなし)、精製により主要な夾雑物が除去されていることが示された。これらの結果から、このs-RNA1調製物は十分な純度を持ち、鋳型DNAの配列と一致することが示された。
(2)p- RNA1の配列の完全性の解析
s-RNA1と同じ鋳型にcap1類似体m3',7GpppAmG-OHと天然同位体分布を持つ原子を含むGTPを加えて製造したp-RNA1(図2、表2)を合成し、RPLCで精製した。p-RNA1とs-RNA1を1:1の割合で混合し、RNase T1で切断し、得られたRNA断片混合物の分析をLC-MSにより実施した。LC-MSの各ピークには、s-RNA1とp-RNA1の10Da差のMSシグナルのペアが含まれていた(図4)。この解析の概要を理解するために、解析によって検出されたRNA断片のLCでの保持時間、m/z、MSでのシグナル強度をプロットしたバブルチャートを作成した(図5、表3)。図中、s-RNA1およびp-RNA1のRNA断片に由来するバブルは、5'末端、ポリ(A)および一部のGを含まない断片を除き、すべて同じサイズのダブレットとして検出された(バックグラウンドノイズを減らすため、図ではリボースを含むバブルのみを示している。リボースを含む化学物質は、MS/MSスペクトル中のリボース特異的シグナルm/z 211.00によって識別された)。この結果は、p-RNA1由来のフラグメントがs-RNA1由来のフラグメントと質・量ともに同じであること、すなわち、p-RNA1は5'キャッピング配列と3'ポリ(A)配列周辺を除いてs-RNA1と同一の配列を同じ長さで有することが確認された。
【0090】
【表3-1】
【表3-2】
【表3-3】
【表3-4】
【表3-5】
【表3-6】
【0091】
(3)キャップ付加率
次に、s-RNA1とp-RNA1の5'末端断片を解析した。図5では、5'末端断片は、大きさの異なるバブルが重なったダブレットと一重のバブル(シングレット;アスタリスクで示す)が検出された。このダブレットとシングレットとはそれぞれ、cap1アナログを含まないs-およびp-RNA1のpppAGpと、cap1アナログを含むp-RNA1のm3',7GpppAmGpに由来する(図6A)。cap1アナログの有無に関わらず、フラグメントの構造はAriadneを用いたMS/MSイオン解析により確認した(図6B図6C)。s-RNA1とp-RNA1からのアンキャッピングフラグメントpppAGpのシグナル強度を比較すると、アンキャップ率は10%と算出され、キャップ率は90%であると算出された(図6D)。また、RNase T1によるp-RNA1の切断後に脱リン酸化されて生成したm3',7GpppAmG-OHを、市販品を定量基準としてLC-MSで定量したところ、同様の値93.5%が得られ(図6E)、上記の方法で5'キャッピング付加率を測定できることが確認された。さらに、キャップされていないRNAとキャップされたRNAの混合比を変えて解析したところ、本法はキャップ効率の測定において定量的な直線性を持つことが明らかとなった(図6F)。
(4)ポリ(A)テールの検出(同一長のポリ(A)テール含有率の算出)
ポリ(A)配列は、mRNA医薬品の安定性や翻訳効率を高めるために重要であるため、例えば、Pfizer社のBNT162b2は、3'上に30残基と70残基に分けて合計100残基のポリ(A)を有している(Nance,K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)。リボヌクレアーゼとしてRNase T1またはAを用いた本実施例では、RNAはRNase T1またはAで切断されるが、ポリ(A)配列は切断されないため、核酸分解断片の中に長い配列として残る。この長いポリ(A) RNAを、前記材料及び方法に記載したように、急勾配のLC gradientで短時間に溶出することで検出した(図7)。s-RNA1のシグナル強度と比較して、同一長のp-RNA1の3'-ポリ(A)テールの量(同一長のポリ(A)テール含有率)を1.00と決定した。また、短いポリ(A)配列は、p-RNA1からの汚染として認められなかった(データは示していない)。
【0092】
(5)配列が欠損していたり多様な修飾ヌクレオシドを含むRNAにおける当該配列の特定
次に、この方法を用いて、欠陥のあるRNA断片を検出し、その配列を特定した。欠陥のあるRNAとして、RNA1の1塩基置換体(p-RNA1mut)、切断体(p-RNA1trn)、3'末端に余分な配列を含むもの(p-RNA1ext)を合成した(図2、表2)。これらをs-RNA1と1:1で混合し、上記の方法で解析した。これらの欠損RNAから得られたバブルチャートでは、ほとんどのバブルがダブレットとして検出されたが、いくつかのシングレットバブルも観察された(図8A)。これらのシングレットバブルを提供しているRNA配列を同定したところ、欠陥に関与している配列と一致した(図8B)。RNA1の3'末端にCA(m1Ψ)A(m1Ψ)GAC(m1Ψ)AAA-OHを追加したRNA1extを混合した場合、p-RNA1extからのみCA(m1Ψ)A(m1Ψ)Gp、AC(m1Ψ)AAA-OH断片が検出された(図8A)。このように、本発明にかかる分析プラットフォームは、鋳型の置換、生成物の切断、リードスルーやループバック二本鎖RNA合成を含む余分な配列が生じた場合、欠陥RNAを容易に検出できることが確認された。
実際のmRNA医薬品の合成現場では、完全長の生成物の中に短いものが少量含まれる傾向がある。そこで、p-RNA1に一定割合のp-RNA1trnを混ぜたサンプルを用意した。これらのサンプルをs-RNA1を基準として分析したところ、RNA1trnの添加量に比例して、欠損領域に相当するRNA断片が検出された(図8C)。p-RNA1trnを5%程度含むp-RNA1試料であっても、本発明の方法はその欠損部分を検出した(図8D)。これらのデータは、本発明の方法が少量の切断産物でも検出することができ、その欠落した配列を特定できることを示している。
また、ウリジンの代わりにΨ、シチジンの代わりにm5Cなどの修飾ヌクレオシドを含むRNA(それぞれRNA1mod1、RNA1mod2と呼ぶ)を分析した(図2図9)。s-とp-RNA1mod1、s-とp-RNA1mod2は、RNA1をコードする同じ鋳型に修飾ヌクレオチド三リン酸を用いて調製した。s-とp-RNA1mod1、s-とp-RNA1mod2をそれぞれ1:1に混合し、上記の方法で解析した。その結果、p-RNA1mod1およびp-RNA1mod2はs-RNA1mod1およびs-RNA1mod2と同一の内部配列を有することが確認され、キャップ付加率およびポリ(A)効率が明らかになり(図9A図9Bおよび図9Cおよび表4)、本法は修飾ヌクレオシドの種類によらず適用できることが示された。
【0093】
【表4-1】
【表4-2】
【表4-3】
【表4-4】
【0094】
〔COVID-19ワクチン様分子を含む長鎖mRNA医薬品様分子の特性評価〕
(1)mimBNT162b2及びs-mimBNT162b2の調製とキャラクタリゼーション
長鎖mRNA医薬品様分子を本発明にかかる分析プラットフォームで評価するため、COVID-19、インフルエンザウイルス、ジカウイルス、西ナイルウイルスの表面抗原をコードする 1.1-4.3 kbの長さのRNAを用意した(図10)。まず、COVID-19抗原をコードするmRNAについて、ポリ(A)の長さが若干異なる以外は、ファイザー株式会社がCOVID-19ワクチン用に開発したBNT162b2と同じ配列のmimBNT162b2を試験した。mimBNT162b2の鋳型DNAは、報告(Nance,K.D. and Meier,J.L. (2021) Modifications in an Emergency: The Role of N1-Methylpseudouridine in COVID-19 Vaccines. ACS Cent. Sci., 7, 748-756)に基づき、T7プロモーターを付加して構築した。s-mimBNT162b2は、ヌクレオチド長が約4.3kbで、キャッピング構造を欠き、ウリジンとGの代わりにそれぞれm1Ψと13C10Gを有していた。RPLC精製後(図11A)、LC-MS分析でRNAの特徴を調べたところ、内部配列の配列カバー率は100%であった(図11B)。ポリ(A)テールは、長さが65から70の範囲に分布し、68が最も多かった(図11C及び図11D)。また、C(m1Ψ)(m1Ψ)(m1Ψ)(m1Ψ)-OHやC(m1Ψ)(m1Ψ)(m1Ψ)(m1Ψ)(m1Ψ)-OHなどテンプレート配列にはない断片が微量に検出され、この断片はループバック二本鎖から生成していると考えられた。このため、この断片はポリ(A)配列のループバック二本鎖から生成されたものと思われた。
(2)p-mimBNT162b2の特性評価
次に、s-mimBNT162b2RNAを用いて、p-mimBNT162b2の解析を行った。s-とp-mimBNT162b2を等量混合したため、5'端と3'端を除くすべてのRNA断片がほぼ1:1のバブルチャートで示された(図12)。しかし、p-mimBNT162b2からのRNase T1消化により生成した全303フラグメントのうち、RNA1からのRNAフラグメント18フラグメントはLC-MSでシグナルが重なり、定量できなかった(表5)。これらをMS/MSで得られたシグナルを用いた解析により定量したところ、s-mimBNT162b2から生成した対応するものとほぼ同量の13C標識断片が含まれていた(データは示していない)。また、解析の結果、m3',7GpppAmG-OHの5’末端キャップ率は94%以上であった(図10図13A及び図13B)。さらに、A67で測定したポリ(A)の完全性(同一長のポリ(A)テール含有率に相当)は100%であった。s-、p-mimBNT162b2ともにポリ(A)の長さに分布があったが、どの長さのポリ(A)もs-、p-mimBNT162b2でほぼ同じ量であり、両RNAのポリ(A)は本質的に同じであることがわかった(図11)。これらの結果から、本分析プラットフォームがワクチン様長尺mRNAに適用可能であることが示された。
(3)他のウィルス抗原ポリペプチドをコードするmRNAの調製と特性評価
次に、インフルエンザウイルス、ジカウイルス、西ナイルウイルスの表面抗原をコードするRNAを調製した(図10、表2)。これらのp-RNAもT7 RNAポリメラーゼで転写し、UTPとキャップ1アナログの代わりにm1ΨTPを持つようにした。これらのmRNA様分子の解析でも、そのs-RNAとの同一性が示され、その5’末端キャップ率が明らかにされた(図10)。これらの結果は、本発明にかかる分析プラットフォームが、生化学的に合成されたRNA医薬品のサイズや配列に依存しない定量的な特性評価に有用なツールであることを示している。興味深いことに、ポリ(A)の長さにおいて、PCRで増幅した鋳型から転写されたRNAは、プラスミド鋳型から転写されたものよりも広く分布していた(図14)。この結果は、ポリ(A)の解析において、プラスミドがPCRで増幅したものよりもs-RNAの鋳型として適していることを示していた。
【0095】
【表5-1】
【表5-2】
【表5-3】
【表5-4】
【表5-5】
【表5-6】
【表5-7】
【表5-8】
【表5-9】
【表5-10】
【表5-11】
【表5-12】
【表5-13】
【表5-14】
【表5-15】
【表5-16】
【表5-17】
【表5-18】
【表5-19】
【表5-20】
【表5-21】
【表5-22】
【表5-23】
【表5-24】
【表5-25】
【表5-26】
【表5-27】
【0096】
具体的に示したきたように、質量分析法を用いて、mRNA医薬品の特性評価、具体的には、mRNAの医薬品の被験試料(p-RNA)について、5’末端キャップ付加率の評価、有効成分である目的RNAとの異同の判定、目的mRNAと同一長のポリ(A)テール含有率の評価及び5’末端キャップ構造の特定をすることができることがわかった。したがって、本発明の方法により、mRNA医薬品の特性評価を、迅速かつ精度よく行うことが可能となる。
【0097】
以上のように、本開示の好ましい実施形態を用いて本開示を例示してきたが、本開示は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願及び他の文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図6F
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図9A
図9B
図9C
図10
図11A
図11B
図11C
図11D
図12
図13A
図13B
図14
【配列表】
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