(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053457
(43)【公開日】2024-04-15
(54)【発明の名称】敏捷性の改善のための組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/706 20060101AFI20240408BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240408BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20240408BHJP
A61P 19/08 20060101ALI20240408BHJP
A61P 25/02 20060101ALI20240408BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
A61K31/706
A23L33/10
A61P21/00
A61P19/08
A61P25/02
A61P43/00 105
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022159763
(22)【出願日】2022-10-03
(71)【出願人】
【識別番号】509111744
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
(71)【出願人】
【識別番号】311002148
【氏名又は名称】明治ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】西宗 裕史
(72)【発明者】
【氏名】森藤 雅史
(72)【発明者】
【氏名】中村 健太郎
【テーマコード(参考)】
4B018
4C086
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018LB10
4B018LE01
4B018LE02
4B018LE03
4B018LE04
4B018LE05
4B018MD18
4B018ME10
4B018ME14
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086NA14
4C086ZA22
4C086ZA94
4C086ZA96
4C086ZC52
(57)【要約】
【課題】中高年者で低下する敏捷性を改善し、また加齢による神経筋接合部の変化を抑えるのに有効な組成物を提供する。
【解決手段】ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、敏捷性の改善のための組成物、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための組成物を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、敏捷性の改善のための組成物。
【請求項2】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための組成物。
【請求項3】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善のための組成物。
【請求項4】
加齢により低下した敏捷性の改善のための、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
加齢により低下した運動機能の改善のための、請求項2に記載の組成物。
【請求項6】
加齢により低下した神経支配率の改善のための、請求項3に記載の組成物。
【請求項7】
下肢の敏捷性の改善のための、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
1日当たり200mg以上のNMNを経口摂取させるための、請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
高齢者に摂取させるための、請求項1~8のいずれか1項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敏捷性の改善のための組成物に関する。本発明は、中高年者又は高齢者の健康及び栄養代謝、並びにそれらのための飲食品の製造の分野等で有用である。
【背景技術】
【0002】
重要な運動機能の一つである敏捷性は、50歳以降急激に低下することが知られている。中高年者では下肢の敏捷性から歩行能力を推定することが可能であることが知られており(非特許文献1)、高齢者の下肢の敏捷性とその他の運動機能との関連が検討されている(非特許文献2)。
【0003】
一方、ニコチンアミドオノヌクレオチド(NMN)は、人間が生命機能を維持するために必要なニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の前駆物質である。NADは高齢になると生体中の量が低下するため、それへの対応として、NADの前駆物質であるNMNを摂取することが効果的であると考えられ、抗老化作用を期待してNMNをサプリメント等により補給することが検討されつつある。
【0004】
NMNに関し、非特許文献3は、体重過多又は肥満の糖尿病予備軍である閉経後女性に10週間NMNを補給することにより、インスリン刺激性グルコース処理と骨格筋インスリンシグナル伝達が増加したこと、またNMN補給は、血小板由来成長因子受容体β及び筋肉のリモデリングに関連する遺伝子の発現をアップレギュレートしたことを報告する。また非特許文献4は、65歳以上の高齢者にNMN (250 mg)を1日1回、12週間投与することにより、5回椅子立ち上がり (5-times sit-to-stand) テストの結果が有意に改善されたことを報告する。さらに非特許文献5は、高齢男性に1日あたり250 mgのNMNを6週間又は12週間投与することにより、歩行速度と左手の握力測定に有意な改善が見られたことを報告する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】敏捷性と歩行能力の関係―若年者と中高年者を比較して―. 理学療法科学. 2006; 21(1): 7-11.
【非特許文献2】高齢者の下肢敏捷性とその他の運動機能及び移動動作能力との関連. 理学療法科学. 2015; 30(6): 829-832.
【非特許文献3】Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women. Science. 2021 Jun 11; 372(6547): 1224-1229.
【非特許文献4】Effect of 12-Week Intake of Nicotinamide Mononucleotide on Sleep Quality, Fatigue, and Physical Performance in Older Japanese Adults: A Randomized, Double-Blind Placebo-Controlled Study. Nutrients. 2022 Feb 11;14(4):755. doi: 10.3390/nu14040755.
【非特許文献5】Chronic nicotinamide mononucleotide supplementation elevates blood nicotinamide adenine dinucleotide levels and alters muscle function in healthy older men. NPJ Aging. 2022 Dec; 8(1): 5.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
中高年者で低下する敏捷性を改善し、また加齢による神経筋接合部の変化を抑えるのに有効な成分があれば望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、加齢による敏捷性の低下に対するNMNの効果を検証した。本発明は、以下を提供する。
[1] ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、敏捷性の改善のための組成物。
[2] ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための組成物。
[3] ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善のための組成物。
[4] 加齢により低下した敏捷性の改善のための、1に記載の組成物。
[5] 加齢により低下した運動機能の改善のための、2に記載の組成物。
[6] 加齢により低下した神経筋接合部の神経支配率の改善のための、3に記載の組成物。
[7] 下肢の敏捷性の改善のための、1又は4に記載の組成物。
[8] 1日当たり200mg以上のNMNを経口摂取させるための、1~7のいずれか1項に記載の組成物。
[9] 高齢者に摂取させるための、1~8のいずれか1項に記載の組成物。
【0008】
[10] 下記の工程を含む、敏捷性の改善のための方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、敏捷性の改善の必要がある対象に摂取させる。敏捷性の改善のための方法に用いるための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物。下記の工程を含む、敏捷性の改善のための非治療的方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、敏捷性の改善の必要がある対象に摂取させる。ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の、敏捷性の改善のための組成物の製造における使用。敏捷性の改善のための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物の使用。
[11] 下記の工程を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善の必要がある対象に摂取させる。神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための方法に用いるための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物。下記の工程を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための非治療的方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善の必要がある対象に摂取させる。ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための組成物の製造における使用。神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物の使用。
[12] 下記の工程を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善のための方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、神経筋接合部の神経支配率の改善の必要がある対象に摂取させる。神経筋接合部の神経支配率の改善のための方法に用いるための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物。下記の工程を含む、神経筋接合部の神経支配率の改善のための非治療的方法:ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物を、神経筋接合部の神経支配率の改善の必要がある対象に摂取させる。ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の、神経筋接合部の神経支配率の改善のための組成物の製造における使用。神経筋接合部の神経支配率の改善のための、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む組成物の使用。
[13] 加齢により低下した敏捷性の改善のための、10に記載の方法、組成物、又は使用。
[14] 加齢により低下した運動機能の改善のための、11に記載の方法、組成物、又は使用。
[15] 加齢により低下した神経筋接合部の神経支配率の改善のための、12に記載の方法、組成物又は使用。
[16] 下肢の敏捷性の改善のための、10又は13に記載の方法、組成物、又は使用。
[17] 1日当たり200mg以上のNMNを経口摂取させるための、1~16のいずれか1項に記載の組成物。
[18] 高齢者に摂取させるための、10~17のいずれか1項に記載の方法、組成物又は使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、運動機能を改善するため、特に中高年者、高齢者の運動機能、特に敏捷性を改善するための組成物が提供できる。
本発明の組成物が有効成分とするNMNは食経験が長く、本発明の組成物は、安全に目的の効果を発揮できる。
本発明の組成物は、神経筋接合部に関連した疾患又は状態の処置への適用が期待できる。また本発明の組成物は、中高年者、高齢者のみならず、幼児、小児、若年者、壮年者、アスリート等における運動機能の改善、健康の維持・増進への適用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】老齢マウスの神経筋接合部の神経支配率 平均値±標準誤差、*p<0.05 by t test、Control:n=10、NMN:n=10
【
図2】老齢マウスの握力測定 平均値±標準誤差、*p<0.05、**p<0.01 by t test、開始前:Control:n=30、NMN:n=30 、2か月後:Control:n=29、NMN:n=29、4か月後:Control:n=21、NMN:n=22、6か月 後:Control:n=12、NMN:n=11
【
図3】老齢マウスの筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性の測定 平均値±標準誤差、*p<0.05、**p<0.01 by t test、Control:n=10、NMN:n=10
【発明を実施するための形態】
【0011】
[有効成分]
本発明の組成物は、有効成分として、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を含む。
【0012】
NMNは光学異性体としてα型、β型の2種類が存在するが、本発明に関し、NMNというときは、特に記載した場合を除き、β型のNMN(β-Nicotinamide mononucleotide)を指す。NMNは、NAD+の中間代謝産物である。なお有効成分は、目的に資する成分のことをいい、機能性表示食品に関しては、機能性関与成分ということがある。
【0013】
一態様では、NMNは、組成物に、食品又は医薬品として許容可能な塩として含まれていてもよい。本発明に関し、組成物がNMNを含むというときは、NMNが食品又は医薬品として許容可能な塩の形態で含まれている場合も包含する。
【0014】
食品又は医薬品として許容可能な塩とは、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、ハロゲン塩、ギ酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、シュウ酸塩、フマル酸塩、炭素数3~20の飽和又は不飽和脂肪酸の塩、カルニチン及びその誘導体の塩、ヒドロキシクエン酸及びその誘導体の塩、アスコルビン酸及びその誘導体の塩、アスコルビルリン酸及びその誘導体の塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、亜鉛塩、並びにアンモニウム塩からなる群より選択されるいずれかの塩をいう。
【0015】
一態様では、NMNは、組成物に、NAD類似物質又はその食品又は医薬品として許容可能な塩として含まれていてもよい。本発明に関し、組成物がNMNを含むというときは、NMNがNAD類似物質又はその食品又は医薬品として許容可能な塩の形態で含まれている場合も包含する。
【0016】
NAD類似物質は、NAD、又は生体内でNADに変換されうる物質をいう。NADは、生体内で種々の脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型(NAD+)及び還元型(NADH)の2つの状態を取り得る。NAD類似物質は、ニコチンアミドリボシド、NAD、ニコチンアミド(ナイアシンアミド(niacinamide)ということもある。)を含む。本発明に関し、NADというときは、特に記載した場合を除き、酸化型NAD+である場合と還元型NADHである場合とがある。
【0017】
NAD類似物質は、一般式(I)で表される化合物であるニコチンアミドモノヌクレオチド誘導体を含む。
【0018】
【0019】
式中、R1及びR2は、それぞれ独立に炭素数6~16のアシル基であり、該アシル基のカルボニル炭素に結合している炭化水素基は、直鎖状若しくは分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基である。このような化合物は、NMNを、pKaが2.0以下の強酸性液体を20質量%以上含む溶媒中で、直鎖状若しくは分岐鎖状の飽和又は不飽和の炭化水素基がカルボニル炭素に結合している炭素数6~16のアシル基を有するカルボン酸、該カルボン酸のハロゲン化物、該カルボン酸の無水物からなる群より選択されるいずれかのアシル化剤を用いてアシル化反応させることにより製造できる(WO2017/110317参照)。
【0020】
NMN、NAD類似物質、それらの食品又は医薬品として許容可能な塩は、種々の方法で製造し得る。合成してもよく、その物質を含む天然物や酵母等の培養物から抽出してもよい。
【0021】
[用途]
(機能・作用)
一態様では、本発明の組成物は、敏捷性の改善のために用いられる。
【0022】
敏捷性とは、運動機能の一つであり、脳からの指令に従って身体全体又は身体の一部を速やかに動かしたり、すばやく方向転換をしたりする能力をいう。敏捷性は、中枢神経での判断処理時間、神経伝導速度、筋収縮速度等に依存し、筋力や持久力とは異なる能力である。
【0023】
敏捷性の改善は、敏捷性の維持、敏捷性の向上、敏捷性の低下の抑制、及び低下した敏捷性の回復を含む。敏捷性の向上は、低下した敏捷性を元の状態に近づけること、及び低下していない敏捷性をより向上させることを含む。なお、男女とも、20歳以降、加齢に伴い運動能力は低下し、特に敏捷性は、50歳以降急激に低下することが知られている。
【0024】
敏捷性は、当業者には周知の既存の方法により評価することができる。評価のための方法として、立位ステッピングテスト、座位ステッピングテスト、刺激に対する反応の速さを評価するテスト、身体の位置変換や方向転換の速さを評価するテスト、反復横とび等が挙げられる。適切な場合は、敏捷性は、後述する神経支配率により評価してもよい。
【0025】
一態様では、本発明の組成物は、下肢の敏捷性の改善のために用いられる。
【0026】
一態様では、本発明の組成物は、運動機能の改善のため、好ましくは神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のため、又は神経筋接合部の神経支配率の改善のために用いられる。
【0027】
運動神経の末端と筋線維がつながっている部分を神経筋接合部(NMJ, neuromuscular junction)という。脳からの「動け」という指令(信号)は、運動神経を介して筋肉に伝わり、その結果、筋肉が収縮して体が動く。加齢に伴う運動機能低下の要因のひとつが、運動神経と骨格筋を結ぶNMJから運動神経が離れてしまう、脱神経化である。
【0028】
神経筋接合部の神経支配率の改善を介して改善される運動機能には、敏捷性、及び握力が挙げられる。一態様では、本発明の組成物の用途から、特定の運動機能を除くこととしてもよい。除かれるのは、例えば握力である。
【0029】
神経筋接合部の神経支配率は、当業者には周知の既存の方法により評価することができる。具体的には、%脱神経(%NMJ denervation)として、次のように求めることができる:
免疫組織化学法により染色した筋切片で、神経伝達物質受容体染色信号により位置が特定される神経筋接合部を神経筋接合部の全数とする。この中で、運動神経終末信号と神経伝達物質受容体信号の重複が全く認められなかった神経筋接合部の数を計測する。後者の数が神経筋接合部の全数に占める割合が%脱神経である。
【0030】
一態様では、本発明の組成物は、筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性の改善のために用いることができる。ミトコンドリアの酸化的リン酸化活性は、複合体IでNADHを酸化する活性、複合体IIでコハク酸を酸化する活性、複合体IIIでユビキノールを酸化することでシトクロムcを還元する活性、複合体IVでシトクロムcを酸化する活性を含む。本発明者らの検討によると、これらの活性のうち、有効成分であるNMNは、複合体I、II、及びIVに関連する酸化的リン酸化に作用し、活性を向上することができる。
【0031】
筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性は、当業者であれば市販のキット等を利用し、適宜測定することができる。
【0032】
本発明の組成物はまた、神経筋接合部の形成の増強、又は神経筋接合部の脱神経化の抑制により、良くなることが期待できる、運動機能に関連した疾患又は状態の処置のために用いうる。
【0033】
なお本発明に関し、疾患又は状態について処置というときは、発症リスクの低減、発症の遅延、予防、治療、進行の停止、遅延を含む。処置には、医師が行う、病気の治療を目的とした医療行為と、医師以外の者、例えば栄養士、管理栄養士、保健師、助産師、看護師、臨床検査技師、食品製造者、食品販売者等が行う、非医療的行為とが含まれる。また処置には、特定の食品の投与又は摂取の推奨、食餌方法指導、保健指導、栄養指導(傷病者に対する療養のために必要な栄養の指導、及び健康の保持増進のための栄養の指導を含む。)、給食管理、給食に関する栄養改善上必要な指導が含まれる。本発明における処置の対象は、ヒト(個体)と非ヒト哺乳類動物(コンパニオンアニマル等)を含む。
【0034】
(対象)
一態様では、本発明の組成物は、敏捷性の改善が望ましい対象、又はその必要がある対象に摂取させるのに適しており、また運動機能の改善、好ましくは神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善、又は神経筋接合部の神経支配率の改善が望ましい対象、又はその必要がある対象に摂取させるのに適しており、さらに筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性の改善が望ましい対象、又はその必要がある対象に摂取させるのに適している。このような対象には、中高年者(40歳以上65歳未満)、高齢者(65歳以上)、運動不足の者、アスリート、成人(15歳以上)、乳児(1歳未満。1か月齢までの新生児を含む。)、幼児(1歳以上6歳未満)、子ども(6歳以上15歳未満)、妊婦、産婦、病中病後の者、男性、女性が含まれる。
【0035】
好ましい態様では、本発明の組成物は、中高年者に摂取させるため、好ましくは高齢者に摂取させるために用いられる。
【0036】
[組成物]
(剤型・形態)
本発明の組成物は、食品、又は医薬品である組成物とすることができる。食品、又は医薬品は、特に記載した場合を除き、ヒトのためのものみならず、ヒト以外の動物のためのものを含む。食品は、特に記載した場合を除き、一般食品、機能性食品、栄養組成物を含み、また治療食(治療の目的を果たすもの。医師が食事箋を出し、それに従い栄養士等が作成した献立に基づいて調理されたもの。)、食事療法食、成分調整食、介護食、治療支援用食品を含む。食品は、特に記載した場合を除き、固形物のみならず、液状のもの、例えば飲料、ドリンク剤、流動食、及びスープを含む。機能性食品とは、生体に所定の機能性を付与できる食品をいい、例えば、特定保健用食品(条件付きトクホ[特定保健用食品]を含む)、機能性表示食品、栄養機能食品を含む保健機能食品、特別用途食品、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメント(例えば、錠剤、被覆錠、糖衣錠、カプセル、液剤等の各種の剤型のもの)、美容食品(例えば、ダイエット食品)等の、健康食品の全般を包含している。また、本発明において「機能性食品」とは、コーデックス(FAO/WHO合同食品規格委員会)の食品規格に基づく健康強調表示(Health claim)が適用される健康食品を包含している。
【0037】
本発明の組成物が食品である場合、サプリメント、菓子、飲料、ドリンク剤、調味料、乳製品、加工食品、惣菜、スープ等の任意の形態にすることができる。具体的には、本発明の組成物は、ゼリー、グミ、タブレット、カプセル剤、ドリンク剤、発酵乳、乳性飲料、乳飲料、清涼飲料、アイスクリーム、チーズ、パン、ビスケット、クラッカー、ピッツァクラスト、調製粉乳、流動食、高齢者用の介護食品、病者用食品、栄養食品、冷凍食品、加工食品等の形態とすることができ、また飲料や食品に混合するための、又は希釈して飲料等を調製するための、顆粒、粉末、ペースト、濃厚液等の形態とすることができる。
【0038】
本発明の組成物が医薬品である場合、具体的な形態の例として、チュアブル錠、舌下錠、錠剤、丸剤、カプセル、顆粒剤、散剤、粉末剤、液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、リニメント剤、ローション剤、ジェル剤、エアゾール剤、スプレー剤、軟膏剤、クリーム剤、テープ剤、ハップ剤、点眼剤、点鼻剤、坐剤が挙げられる。
【0039】
(NMNの含有量・用量)
本発明の組成物における、NMNの含有量は、目的の効果が発揮される量であればよい。本発明の組成物は、その被験体の年齢、体重、症状等の種々の要因を考慮して、その投与量又は摂取量を適宜設定することができるが、例えば、1単位(1錠、1剤、1回投与量・摂取量)あたり、NMNを5mg以上含有することができ、10mg以上含有してもよく、100mg以上含有することが好ましく、130mg以上含有することがより好ましく、200mg以上含有することがさらに好ましい。上限値は特に限定されないが、いずれの場合であっても、5000mg以下とすることができ、2500mg以下としてもよく、1000mg以下が好ましく、500mg以下がより好ましく、300mg以下がさらに好ましい。
【0040】
本発明の組成物中のNMNの量又は濃度を示すときは、特に記載した場合を除き、NMNとしての量・濃度を示している。すなわち、有効成分としてNMNの食品又は医薬品として許容可能な塩又はNAD類似物質を用いる場合は、その量又は濃度のNMNと等モル量・等モル濃度の、NMNの食品又は医薬品として許容可能な塩又はNAD類似物質を用いるようにすればよい。この換算は当業者であれば容易に行うことができる。
【0041】
本発明の組成物中のNMNの含有量は、一日あたりのNMNの量を勘案して設計してもよい。NMNの一日量は、例えば5mg以上とすることができ、10mg以上含有してもよく、100mg以上含有することが好ましく、130mg以上含有することがより好ましく、200mg以上含有することがさらに好ましい。
【0042】
上限値は特に限定されないが、いずれの場合であっても、5000mg以下とすることができ、2500mg以下としてもよく、1000mg以下が好ましく、500mg以下がより好ましく、300mg以下がさらに好ましい。
【0043】
このような一日量は、複数に、例えば一日3回の摂取・投与に適するように、3つに分割してもよい。
【0044】
(用法)
本発明の組成物は一日のうちのどの時点で摂取させてもよい。体内のNAD濃度には日内変動があると考えられ、活動期に高まるとの観点からは、一態様では、組成物は、活動期の開始にあたる朝により多く摂取させることが好ましいと考えられる。
【0045】
本発明の組成物は、種々の経路で用いられる。投与経路の例として、経口、舌下、経直腸、点眼、経鼻、吸入、経皮、経粘膜、皮下、筋肉、静脈が挙げられる。好ましい態様では、本発明の組成物は、全身投与される。全身投与は経口的に、又は非経口的に行いうるが、経口的であることがより好ましい。
【0046】
本発明の組成物は、繰り返し対象に摂取させることができ、また長期間にわたり継続して対象に摂取させることができる。期間は特に限定されないが、効果が十分に認められるためには、比較的長い期間、例えば1週間以上、2週間以上、1か月以上、3か月以上、6カ月以上、1年以上、継続して摂取させることが好ましい。有効成分であるNMNは食経験の長い物質であることから、本発明の組成物は、長期間摂取させるのに特に適している。
【0047】
(他の成分、添加剤)
本発明の組成物は、食品又は医薬品として許容可能な他の有効成分や栄養成分を含んでいてもよい。そのような成分の例は、サーチュイン活性化成分(例えば、レスベラトロール)、ケルセチン、アスタキサンチン、クロレラ、コエンザイムQ10、ビタミン(例えば、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビオチン、葉酸、パントテン酸及びニコチン酸類)、アミノ酸類(例えば、リジン、アルギニン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、ロイシン、イソロイシン、バリン)、糖質(グルコース、ショ糖、果糖、麦芽糖、トレハロース、エリスリトール、マルチトール、パラチノース、キシリトール、デキストリン)、電解質(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム)、ミネラル(例えば、銅、亜鉛、鉄、コバルト、マンガン)、抗生物質、食物繊維、タンパク質、脂質等である。
【0048】
本発明の組成物はまた、NMN以外に、食品、又は医薬品として許容可能な他の有効成分や栄養成分を含んでいてもよい。
【0049】
また本発明の組成物は、食品、又は医薬品として許容される添加物をさらに含んでいてもよい。そのような添加物の例は、不活性担体(固体や液体担体)、賦形剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、緩衝剤、pH調整剤、乳化剤、安定剤、甘味料、酸化防止剤、香料、酸味料、天然物である。
【0050】
(その他)
本発明の組成物は、他の成分の摂取、健康食品・サプリメント等の摂取、運動、通常の食事等とともに用いることができる。また本発明の組成物は、敏捷性の改善を促すような活動・運動と併用してもよい。敏捷性の改善を促すような活動・運動の例として、家事、庭仕事、通勤又は買い物のための歩行等の日常生活活動、身体活動レベルが高い仕事、趣味・レジャー活動、運動、スポーツ等が挙げられる。
【0051】
本発明の組成物は、当業者であれば既存の設備等を利用して適宜製造することができる。組成物の製造において、NMNの配合の段階は、NMNの特性を著しく損なわない限り、特に制限されない。
【0052】
本発明の組成物を含む製品には、機能や使用目的(用途)を表示することができ、また特定の対象に対して投与・摂取を薦める旨を表示することができる。表示は、直接的に又は間接的にすることができ、直接的な表示の例は、製品自体、パッケージ、容器、ラベル、タグ等の有体物への記載であり、間接的な表示の例は、ウェブサイト、店頭、パンフレット、展示会、メディアセミナー等のセミナー、書籍、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、郵送物、電子メール、音声等の、場所又は手段による、広告・宣伝活動を含む。表示される機能や使用目的(用途)の例として、「加齢による敏捷性の低下が気になる方に」、「敏捷性を向上させたい方に」、「中高年者向け」、「高齢者向け」、等が挙げられる。
【0053】
本発明は、NMNを摂取させる工程を含む、敏捷性の改善のための方法、神経筋接合部の神経支配率の改善を介した運動機能の改善のための方法、神経筋接合部の神経支配率の改善のための方法、筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性の改善のための方法等の各種方法を提供するが、このような方法は有効成分を摂取させた工程の後に、対象において目的の改善が行われていることを検査する工程を含むことができる。このような検査には、上述したような、例えば、立位ステッピングテスト、座位ステッピングテスト、刺激に対する反応の速さを評価するテスト、身体の位置変換や方向転換の速さを評価するテスト、反復横とび等の、敏捷性を評価するためのテストが含まれる。検査は、対象者自身が行ってもよく、対象者以外の者が行ってもよい。
【0054】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例0055】
[実施例1:神経筋接合部の神経支配率]
24か月齢の老齢マウスに、4週間、水又はNMN(NMNを300 mg/kg)を飲水投与した。後肢の前脛骨筋、ひらめ筋を摘出、免疫染色し、神経筋接合部の神経支配率(%脱神経)を計測した。具体的には、免疫組織化学法により染色した筋切片で、神経伝達物質受容体染色信号により位置が特定される神経筋接合部を神経筋接合部の全数とし、この中で、運動神経終末信号と神経伝達物質受容体信号の重複が全く認められなかった神経筋接合部の数を計測する。後者の数が神経筋接合部の全数に占める割合が、%脱神経(%NMJ denervation)である。
【0056】
神経支配率の計測は、次のように行った。
切除した骨格筋を4%パラホルムアルデヒド/PBS液を用いて浸透固定する。クライオスタットを用いて20μm切片を作成し、免疫組織化学染色法に用いた。運動神経終末(Neurofilament+SV2)と神経伝達物質受容体(Acetylcholine receptor)を染色し、神経筋接合部を同定した。神経筋接合部の運動神経終末信号と神経伝達物質受容体信号の重複度合いを観察することで神経支配率を定量した。(参考文献:Rogers, R. S. et al. Impaired Mitophagy Plays a Role in Denervation of Neuromuscular Junctions in ALS Mice. Front. Neurosci. 11, 473 (2017).)
【0057】
結果を
図1に示す。NMNを投与した群において、水を投与した(コントロール)群と比べ、脱神経化率が有意に低値を示した。また、NMN投与群では脱神経化が見られない骨格筋が多数みられた神経筋結合の形成維持は、筋の敏捷性と関連しており、加齢によって低下する身体機能、特に筋の敏捷性を改善することを意味する。
【0058】
[実施例2:握力測定]
18か月齢の老齢マウスに、水又はNMN(NMNを300 mg/kg)を飲水投与した。握力測定装置(Bioseb社製)を用いて、マウスの前肢における握力を測定した。データは投与6か月後(24か月齢)まで測定した
【0059】
結果を
図2に示す。NMNを投与した群において、水を投与した(コントロール)群と比べ、投与2か月、4ヶ月目の握力が有意に高値を示した。本結果は、マウスにおける敏捷性の指標である握力が高く維持され、加齢による敏捷性の低下が抑制されたことを意味する。
【0060】
[実施例3:筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性の測定]
24か月齢の老齢マウスに、4週間、水又はNMN(NMNを300 mg/kg)を飲水投与した。後肢のひらめ筋を摘出し、骨格筋組織をすり潰さず形質膜を透過処理した筋線維を用い、筋線維内部のミトコンドリアの酸化的リン酸化活性を測定した。具体的には、オロボロス社のO2k-FluoRespirometer機器を用い、筋線維内部のミトコンドリア 酸化的リン酸化活性解析用のメーカー推奨プロトコールにて測定した。
【0061】
結果を
図3に示す。NMNを投与した群において、水を投与した(コントロール)群と比べ、複合体I(NADH:ユビキノン還元酵素)、複合体II(コハク酸デヒドロゲナーゼ)、複合体IV(シトクロムcオキシダーゼ)の活性化が見られた。
【0062】
[実施例4:ヒト試験]
次のように行うことができる。
(方法)
高齢者に、β-NMNとして1日250mgを朝に摂取させることを12週間継続する。その後、ステッピング回数を評価する。
【0063】
機器名:ステッピング測定器(TKK5301 竹井機器工業株式会社)
5秒間の立位ステッピングを2回実施させ、ステッピング回数を計測する。最大値をデータとして採用する。また、膝角度90 °となるように座面高さを調整した椅子を用い、両手で座面横の持ち手を握らせた状態で、5秒間の座位ステッピングを2回実施させ、ステッピング回数を計測する。最大値をデータとして採用する。