(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053751
(43)【公開日】2024-04-16
(54)【発明の名称】永久磁石を用いた磁場可変磁気回路
(51)【国際特許分類】
H01F 7/02 20060101AFI20240409BHJP
【FI】
H01F7/02 D
H01F7/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160146
(22)【出願日】2022-10-04
(71)【出願人】
【識別番号】306017014
【氏名又は名称】地方独立行政法人 岩手県工業技術センター
(71)【出願人】
【識別番号】592143688
【氏名又は名称】株式会社サンアイ精機
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】目黒 和幸
(72)【発明者】
【氏名】菊地 晋也
(57)【要約】
【課題】加速器の一部で現在使用されている永久磁石型の磁場可変磁気回路では、短絡部材を動かすために回路外部に大きな可動スペースが必要であること、短絡部材の位置変換に大きな力が必要である等の課題があった。
【解決手段】本願発明者らは、鋭意研究の結果、2つの磁性部材の端部で永久磁石を挟み込み、もう一方の端部を離隔させ空隙とした略コの字型ないし略C字型の回路本体と、永久磁石が配された側である本体背面上に配置された短絡部材とを備え、本体背面上を短絡部材が摺動して位置変換することで空隙に発生する磁場強度が変動する構成の磁気回路により、上記の課題を解決できることを見出した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部磁性部材、下部磁性部材及び永久磁石で構成された本体と、少なくとも1対の可動短絡部材とを備える磁場可変磁気回路であって、
前記本体は、2つの磁極面を略上下方向に向けた少なくとも1個の永久磁石が、上部磁性部材及び下部磁性部材の端部によって略上下方向から挟み込まれて固定された背部を有し、上部磁性部材及び下部磁性部材のもう一方の端部は離隔して磁場発生部となる空隙を形成し、
本体背部の外側表面である本体背面では、上部磁性部材の背部外側表面と下部磁性部材の背部外側表面とが同一平面上に存在して該背面を形成し、
少なくとも1対の可動短絡部材は、本体背面上に配置され、1対が連動して、本体背面上を摺動して位置変換可能であり、可動短絡部材の位置変換により磁場発生部の磁場強度が変動する、前記磁気回路。
【請求項2】
可動短絡部材の位置変換が、1対の可動短絡部材の本体背面上での回転移動により行なわれ、磁場発生部に最も強い磁場を発生させるオン状態において、各可動短絡部材が上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方のみと接触して永久磁石とは接触せず、磁場発生部に最も弱い磁場を発生させるオフ状態において、各可動短絡部材が永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に接触する、請求項1記載の磁気回路。
【請求項3】
永久磁石の背部外側表面が本体背面と同一平面上に位置し、オフ状態において、各可動短絡部材が上部磁性部材及び下部磁性部材の双方と永久磁石とに接触する、請求項2記載の磁気回路。
【請求項4】
永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、オフ状態において、各可動短絡部材が永久磁石と接触することなく上部磁性部材及び下部磁性部材の双方と接触する、請求項2記載の磁気回路。
【請求項5】
可動短絡部材の位置変換が、本体背面上での1対の可動短絡部材の上下方向への開閉移動により行なわれ、磁場発生部に最も強い磁場を発生させるオン状態において、1対の可動短絡部材が互いに最も離隔して永久磁石とは接触せず、磁場発生部に最も弱い磁場を発生させるオフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちいずれか一方と接触した状態で互いに最も近接又は接触する、請求項1記載の磁気回路。
【請求項6】
永久磁石の背部外側表面が本体背面と同一平面上に位置し、オフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方と永久磁石とに接触する、請求項5記載の磁気回路。
【請求項7】
永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、オフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ永久磁石と接触することなく上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方と接触する、請求項5記載の磁気回路。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石を用いた磁場可変磁気回路に関する。
【背景技術】
【0002】
加速器とは、電子や陽子などの荷電粒子を電場で加速し、高エネルギービームを作り出す装置であり、がん治療等に使用される医療用リニアック、電子顕微鏡等の比較的小型のシステムから、重粒子線治療施設、放射光施設、大規模衝突型加速器のような大型のシステムまで、種々のシステムで用いられている。
【0003】
荷電粒子ビームは発散しながら直進するため、荷電粒子ビームの輸送にはビームの方向や発散度の制御が必要である。加速器では、ビームの制御(偏向)のために数多くの磁石が用いられており、一般には電磁石が用いられている。電磁石は、コイルに流す電流を調整することにより磁場強度を容易にかつ高速に制御でき、設計もしやすいというメリットがある。一方で、運転時に大電流が流れ続ける点、電源や冷却のための付帯設備が必要である点、水漏れや腐食に対する定期補修・交換が必要である点で、運転及び保守のコストが非常に高額になるというデメリットがあり、大型システムでは特に負担が大きくなる。
【0004】
加速器のビーム偏向器として利用できる、永久磁石を用いた磁場可変磁気回路も種々知られており(永久磁石又はその他の部材の回転により磁場強度を変動させる回路の公知例としては、特許文献1~7など)、放射光施設等の大型システムにおいても、加速器用電磁石の一部をそのような永久磁石型の磁場可変磁気回路に置き換えてコストを低減する試みがなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-129050号公報
【特許文献2】実開昭58-74800号公報
【特許文献3】特開2000-277323号公報
【特許文献4】国際公開第2016/034490号
【特許文献5】特開2003-142300号公報
【特許文献6】米国特許第10,324,148号明細書
【特許文献7】特開第2015-220014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
加速器の一部で現在使用されている永久磁石型の磁場可変磁気回路は、磁場強度をコントロールする短絡部材を動かすために回路外部に大きな可動スペースが必要である、短絡部材の位置変換に大きな力が必要である等の課題がある。本発明は、これらの課題を解決可能な永久磁石型の磁場可変磁気回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、2つの磁性部材の端部で永久磁石を挟み込み、もう一方の端部を離隔させ空隙とした略コの字型ないし略C字型の回路本体と、永久磁石が配された側である本体背面上に配置された短絡部材とを備え、本体背面上を短絡部材が摺動して位置変換することで空隙に発生する磁場強度が変動する構成の磁気回路により、上記の課題を解決できることを見出し、以下の本願発明を完成した。
【0008】
[1] 上部磁性部材、下部磁性部材及び永久磁石で構成された本体と、少なくとも1対の可動短絡部材とを備える磁場可変磁気回路であって、
前記本体は、2つの磁極面を略上下方向に向けた少なくとも1個の永久磁石が、上部磁性部材及び下部磁性部材の端部によって略上下方向から挟み込まれて固定された背部を有し、上部磁性部材及び下部磁性部材のもう一方の端部は離隔して磁場発生部となる空隙を形成し、
本体背部の外側表面である本体背面では、上部磁性部材の背部外側表面と下部磁性部材の背部外側表面とが同一平面上に存在して該背面を形成し、
少なくとも1対の可動短絡部材は、本体背面上に配置され、1対が連動して、本体背面上を摺動して位置変換可能であり、可動短絡部材の位置変換により磁場発生部の磁場強度が変動する、前記磁気回路。
[2] 可動短絡部材の位置変換が、1対の可動短絡部材の本体背面上での回転移動により行なわれ、磁場発生部に最も強い磁場を発生させるオン状態において、各可動短絡部材が上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方のみと接触して永久磁石とは接触せず、磁場発生部に最も弱い磁場を発生させるオフ状態において、各可動短絡部材が永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に接触する、[1]記載の磁気回路。
[3] 永久磁石の背部外側表面が本体背面と同一平面上に位置し、オフ状態において、各可動短絡部材が上部磁性部材及び下部磁性部材の双方と永久磁石とに接触する、[2]記載の磁気回路。
[4] 永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、オフ状態において、各可動短絡部材が永久磁石と接触することなく上部磁性部材及び下部磁性部材の双方と接触する、[2]記載の磁気回路。
[5] 可動短絡部材の位置変換が、本体背面上での1対の可動短絡部材の上下方向への開閉移動により行なわれ、磁場発生部に最も強い磁場を発生させるオン状態において、1対の可動短絡部材が互いに最も離隔して永久磁石とは接触せず、磁場発生部に最も弱い磁場を発生させるオフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちいずれか一方と接触した状態で互いに最も近接又は接触する、[1]記載の磁気回路。
[6] 永久磁石の背部外側表面が本体背面と同一平面上に位置し、オフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方と永久磁石とに接触する、[5]記載の磁気回路。
[7] 永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、オフ状態において、1対の可動短絡部材がそれぞれ永久磁石と接触することなく上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方と接触する、[5]記載の磁気回路。
【発明の効果】
【0009】
本発明の磁気回路によれば、短絡部材を動かすための大きな可動スペースを回路外部に設ける必要がない。また、従来の永久磁石型磁場可変磁気回路と比べてより小さい力で短絡部材を位置変換できる。これらの特徴により、磁場可変磁気回路を利用した装置ないしシステムのコンパクト化、切替モーターの小型化が可能となるので、運転コストをさらに削減できるとともに、装置ないしシステム全体の設計の自由度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明による回転式の磁場可変磁気回路の構造を模式的に示した図。一対の可動短絡部材を使用した例。(A)可動短絡部材の回転が0度のON状態。磁場発生部に生じる磁場が最も強い。(B)中間の45度回転状態。磁場発生部にコントロールされた磁場が生じる。(C)可動短絡部材の回転が90度のOFF状態。磁場発生部に生じる磁場が最も弱い。
【
図2A】回転式磁場可変磁気回路のON状態のシミュレーションデータ。
【
図2B】回転式磁場可変磁気回路のOFF状態のシミュレーションデータ。
【
図3A】回転式試作機の磁場実測データ(X方向)。
【
図3B】回転式試作機の磁場実測データ(Y方向)。
【
図3C】回転式試作機の磁場実測データ(Z方向)。
【
図4】本発明による開閉式の磁場可変磁気回路の構造を模式的に示した図。一対の可動短絡部材を使用した例。(A)可動短絡部材が最大開放のON状態。磁場発生部に生じる磁場が最も強い。(B)可動式短絡部材の移動距離が50%の中間開放状態。磁場発生部にコントロールされた磁場が生じる。(C)可動短絡部材が閉止しているOFF状態。磁場発生部に生じる磁場が最も弱い。
【
図5A】開閉式磁場可変磁気回路のON状態のシミュレーションデータ。
【
図5B】開閉式磁場可変磁気回路の50%移動状態のシミュレーションデータ。
【
図5C】開閉式磁場可変磁気回路のOFF状態のシミュレーションデータ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書では、磁気回路の構成を説明するに当たり、
図1及び
図4に示した三次元軸のX方向を「幅」、Y方向を「高さ」、Z方向を「奥行き」とし、これらの図におけるY方向を上下方向として上部、下部という文言を用いている。これらの文言は便宜的なものであり、本発明の磁気回路の使用状態をY方向が鉛直方向となる状態での使用に限定するものではない。
【0012】
本発明の磁場可変磁気回路は、上部磁性部材(202)、下部磁性部材(204)及び永久磁石(206)で構成された本体(20)と、少なくとも1対の可動短絡部材(30a, 30b)とを備える。本体(20)は、2つの磁極面を略上下方向に向けた少なくとも1個の永久磁石(206)が、上部磁性部材(202)及び下部磁性部材(204)の端部によって略上下方向から挟み込まれて固定された背部(24)を有する。永久磁石が1個の構成では、永久磁石の2つの磁極面は、上部磁性部材の端部及び下部磁性部材の端部とそれぞれ接触する。オン時に磁場発生部に生じる磁場強度を高める観点では、永久磁石が1個の構成が好ましいが、
図1、
図4の永久磁石(206)部分が、奥行き(Z)方向に2個以上並んだ永久磁石を含む構成や、高さ(Y)方向に2個以上並んだ永久磁石を含む構成も可能である。永久磁石が2個以上の構成では、磁極面の向きを一定方向に揃えて永久磁石を配置する。永久磁石が2個以上の構成において、永久磁石間は、磁性体の材料で埋めてもよいし、部分的に空隙があってもよい。少なくとも1個の永久磁石は、S極、N極のどちらが上を向いていてもよい。上部磁性部材及び下部磁性部材のもう一方の端部は互いに接触せず離隔し、磁場発生部となる空隙(22)を形成する。
【0013】
本体背部の外側表面である本体背面(26)では、上部磁性部材の背部外側表面と下部磁性部材の背部外側表面とが同一平面上に存在して該背面を形成する。永久磁石の背部外側表面も同一平面上に存在して本体背面を構成してもよいし、あるいは、永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、本体背面が永久磁石部分で凹部を有していてもよい。
【0014】
少なくとも1対の可動短絡部材(30a, 30b)は、本体背面(26)上に配置される。1対の可動短絡部材が連動して、本体背面上を摺動して位置変換可能であり、可動短絡部材の位置変換により磁場発生部の磁場強度が変動する。可動短絡部材は、本体背面上に直接接触していてもよいし、少なくとも1枚の非磁性板を介して本体背面上に配置されていてもよい。本発明において、「接触」という語は、直接接触する態様、及び少なくとも1枚の非磁性板を介して接触する態様を包含する。非磁性板のうちの1枚は、可動短絡部材を位置変換するための駆動手段(図示せず)の一部を構成し得る。非磁性板を介在させることにより、可動短絡部材の摺動動作時の摩擦が低減し、摺動動作に必要な力をさらに低減できる。非磁性板の厚さは、磁場発生部に発生する磁場強度が大きく損なわれない範囲内で(磁場強度の低下が許容される範囲内であるか否かは、磁場のシミュレーションや試作機を用いた実測により容易に調べることができる)本体サイズに応じて適宜設定できるので特に限定されないが、通常は数mm以内である。駆動手段は、1対2本の可動短絡部材を連動させて(例えば同時に)位置変換するための手段であり、コンピュータで制御されたナット、レバー、送りねじ等であってよい。磁場可変磁気回路が2対以上の可動短絡部材を備える場合、全ての対が連動して(例えば同時に)位置変換する構成であってもよいし、一部の対のみが連動して位置変換する構成でもよく、全ての対が独立して位置変換可能な構成でもよい。
【0015】
磁場発生部に最も強い磁場を発生させるオン状態では、本体背面上で可動短絡部材が磁束を短絡させない配置をとる。一対の可動短絡部材はどちらも永久磁石に接触せず、一対の可動短絡部材同士も接触せず、各可動短絡部材が上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方とのみ接触する。例えば、本体背面の上端に一方の可動短絡部材が位置し、本体背部の上端に他方の可動短絡部材が位置する。永久磁石の磁束は、本体背面上で短絡することなく、永久磁石→上部磁性部材→磁場発生部→下部磁性部材→永久磁石の方向(あるいはこの逆方向)で回路内を完結するので、磁場発生部に発生する磁場が最も強い状態となる。
【0016】
磁場発生部に最も弱い磁場を発生させるオフ状態では、一対の可動短絡部材がそれぞれ単独で、又は協働して、本体背面上で磁束を短絡させる。単独で短絡させる前者の場合、本体背面上において、各可動短絡部材が永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に接触する。回転式はこの態様に属する。協働して短絡させる後者の場合、一対の可動短絡部材が、それぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方と接触した状態で、互いに最も近接(例えば3mm程度以内、2mm程度以内又は1mm程度以内の距離まで近接)ないし互いに接触することにより、本体背面上で一対が一体となって永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に磁気的に接続し、短絡路を形成する。開閉式はこの態様に属する。かかる配置をとることで、永久磁石の磁束は、本体背面上で可動短絡部材を経由して短絡するので、磁場発生部に発生する磁場が最も弱い状態となる。なお、前者、後者どちらの場合も、永久磁石の背部外側表面が本体背面と同一平面上に存在する構成では、各可動短絡部材はさらに永久磁石とも接触する。永久磁石の背部外側表面が本体背面よりも内側に位置し、本体背面上で永久磁石部分が凹部となる構成では、オフ状態においても各可動短絡部材は永久磁石とは接触しない。
【0017】
図1は、可動短絡部材の位置変換が回転移動によって行なわれる態様の磁気回路の構成例である。一対の可動短絡部材は連動し、本体背面上を摺動して回転する。
図1には本体背面上を反時計回りに回転移動する例を示しているが、回転の方向は特に制限されず、時計回りであってもよい。一方の方向のみに回転可能でもよいし、両方向に回転可能でもよい。
【0018】
可動短絡部材の回転が0度であるオン状態では、
図1Aに示すように、可動短絡部材が本体背面のY方向の端部(上端と下端)に位置する。各可動短絡部材が、上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方のみと接触し、永久磁石とは接触していない状態である。本体背面上で磁束が短絡しないため、磁場発生部に発生する磁場が最も強くなる。
【0019】
可動短絡部材が回転移動して永久磁石に接近し、本体背面上で永久磁石の上を渡り始めると、磁束が可動短絡部材にも流れ始めるので、回路中で磁場発生部に向かう磁束が徐々に弱まり、磁場発生部に生じる磁場が徐々に弱くなる。
図1Bは、可動短絡部材が反時計回りに45度回転した、オンとオフの中間の状態である。
【0020】
45度回転からさらに可動短絡部材を回転させ、90度回転した状態がオフ状態である(
図1C)。本体背面のZ方向の端部に各可動短絡部材が位置する。一対の可動短絡部材のそれぞれが単独で、永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に接触し、本体背面上に短絡路を形成した状態である。この状態において、短絡路である可動短絡部材を流れる磁束が最も強くなり、磁場発生部に発生する磁場が最も弱くなる。
【0021】
図4は、可動短絡部材の位置変換が上下方向(Y方向)への開閉移動によって行なわれる態様の磁気回路の構成例である。一対の可動短絡部材は連動し、本体背面上を永久磁石部分に向かって摺動する。
【0022】
可動短絡部材が最大開放のオン状態では、
図4Aに示すように、可動短絡部材が本体背面のY方向の端部(上端と下端)に位置する。各可動短絡部材が互いに最も離隔して、上部磁性部材及び下部磁性部材のうちのいずれか一方のみと接触し、永久磁石とは接触していない状態である。本体背面上で磁束が短絡しないため、磁場発生部に発生する磁場が最も強くなる。
【0023】
可動短絡部材が互いに近づいて永久磁石に接近し、本体背面上で永久磁石の上に重なり始めると、磁束が可動短絡部材にも流れ始めるので、回路中で磁場発生部に向かう磁束が徐々に弱まり、磁場発生部に生じる磁場が徐々に弱くなる。
図4Bは、可動短絡部材の移動距離が50%の中間開放状態である。
【0024】
中間開放状態からさらに可動短絡部材を移動させ、互いに最接近(閉止)した状態がオフ状態である(
図4C)。1対の可動短絡部材がそれぞれ上部磁性部材及び下部磁性部材のうちいずれか一方と接触した状態で互いに最も近接又は接触する。閉止状態では、一対の可動短絡部材同士が接触することが好ましいが、磁気的に接続可能な範囲であれば離れていても差し支えない。例えば、3mm程度以内、2mm程度以内又は1mm程度以内の距離まで近接していれば、可動短絡部材が互いに接触していなくとも磁気的に接続可能である。1対の可動短絡部材が一体となって、永久磁石を跨いで上部磁性部材及び下部磁性部材の双方に磁気的に接続し、本体背面上に短絡路を形成した状態である。この状態において、短絡路である可動短絡部材を流れる磁束が最も強くなり、磁場発生部に発生する磁場が最も弱くなる。
【0025】
図示した構成例では、本体の幅(X方向の長さ)、高さ(Y方向の長さ)及び奥行き(Z方向の長さ)が同一の立方体形状となっているが、幅、高さ及び奥行きの寸法の比率はこれに限定されない。幅(X)寸法が高さ(Y)寸法に対して大きくてもよく、その逆でもよいし、高さ(Y)寸法に対して奥行き(Z)寸法が大きくても小さくてもよい。
【0026】
本発明の磁場可変磁気回路が備える可動短絡部材は、少なくとも2本1対であり、2対以上を備えていてもよい。本体の奥行き(Z)寸法を高さ(Y)寸法に対して2倍程度以上に大きいサイズとし、長方形の本体背面上に2対以上の可動短絡部材が奥行き(Z)方向に並べて設けられ、各対が回転移動又は開閉移動する構成としてもよい。開閉式の場合、本体の奥行き寸法を高さ寸法より大きくし、奥行き寸法と略同じ長さの可動短絡部材2本1対が開閉移動する構成も可能である。
【0027】
可動短絡部材の高さ寸法(
図1A、
図4Aの配置におけるY方向の寸法)は、オン状態において永久磁石と接触しない寸法であればよい。オン状態で磁場発生部に生じる磁場強度を高める観点から、オン時の配置において永久磁石の磁束が可動短絡部材に直接流れないように、上部磁性部材、下部磁性部材、及び一対の可動短絡部材の高さ寸法を設定することが望ましい。これらの高さ寸法は、使用する永久磁石の磁力の強さ、磁性部材及び可動短絡部材に選択する材料の透磁率等に応じて適宜選択できる。永久磁石の磁束が可動短絡部材に直接流れるかどうかは、磁場のシミュレーションや試作機を用いた実測により容易に調べることができる。
【0028】
可動短絡部材の長さ(
図1A、
図4Aの配置におけるZ方向の寸法)は、可動短絡部材の位置変換の方式、可動短絡部材の設置数、本体のサイズ等に応じて適宜設定できる。回転式の場合は本体背面の高さ(Y)寸法に合わせた長さとし、開閉式の場合は本体背面の奥行き(Z)寸法に合わせた長さとするのが一般的であるが、これらに限定されず、本発明の磁気回路を組み込む装置・システムが許容する限り自由に設定してよい。例えば、回転式では、オフ時の配置において、本体背面から上下方向のいずれか一方又は双方に可動短絡部材が突出する長さでもよいし、上下方向のいずれか一方又は双方が本体端部に達しない長さでもよい。開閉式では、オン時の配置において、本体背面から左右方向(Z方向)のいずれか一方又は双方に可動短絡部材が突出する長さでもよいし、左右方向のいずれか一方又は双方が本体端部に達しない長さでもよい。対をなす可動短絡部材の長さは、図示した構成例では同一であるが、一方が他方よりも長い設計としてもよい。
【0029】
図示した磁場可変磁気回路の構成例では本体形状が立方体であるが、本発明の磁場可変磁気回路の本体形状は立方体ないし直方体に限定されない。可動短絡部材を配置する本体背面が平面であり(永久磁石部分が凹部となっていてもよい)、XY断面が略コの字型ないし略C字型であればよく、本体のその他の部位に曲面や90度以外の角度の部位が含まれていてもよい。
【0030】
可動短絡部材、上部磁性部材及び下部磁性部材は、磁性体の材料で形成される。磁性体の材料の具体例としては、鉄、コバルト、ニッケル及びガドリニウムの単体が挙げられるほか、鉄、コバルト、ニッケル、ガドリニウム、クロム及びマンガン等のうちの1種以上を含む化合物、マルテンサイト系ステンレスなどの材料が挙げられる。各可動短絡部材、上部磁性部材及び下部磁性部材を全て同じ磁性体材料で形成してもよいし、一部の部材又は全ての部材を異なる磁性体材料で形成してもよい。
【0031】
本体背面と可動短絡部材との間に配置されうる非磁性板は、非磁性体の材料で形成された板状の部材である。オフ時の配置において、可動短絡部材による磁束の短絡を妨げない厚さであればよい。磁束の短絡を妨げるかどうかは、磁場のシミュレーションや試作機を用いた実測により容易に調べることができる。「非磁性体」は、全く磁力を通さない材料という意味ではなく、使用する磁性体との間で透磁率に非常に大きな差(例えば数百倍~数千倍程度以上)がある材料であればよい。非磁性体の材料の具体例としては、銅、亜鉛、スズ、鉛、アルミニウム、マグネシウム、硫黄及びチタン等の単体あるいはこれらのうちの1種以上を含む化合物(例えば真鍮、青銅など)、オーステナイト系ステンレス等のような非磁性金属;プラスチック、ポリエチレン、ビニール等の石油加工品素材;ゴム、ガラス等の非金属・非石油加工品素材;並びに天然繊維(綿など)、天然樹脂、木材及び木材加工品(紙など)のような植物由来素材が挙げられる。
【0032】
本発明の磁場可変磁気回路は、磁場をコントロールできる磁気回路を利用する様々な装置ないしシステムに利用可能である。具体的には、本発明の磁場可変磁気回路は、加速器のビーム偏向器として利用することができる。本発明の磁場可変磁気回路をビーム偏向器として利用できる装置ないしシステムの具体例を挙げると、比較的小型の装置ないしシステムの例としては、がん治療等に使用される医療用リニアック、電子顕微鏡等が挙げられ、大型の装置ないしシステムの例としては、重粒子線治療施設、放射光施設、大規模衝突型加速器等を挙げることができる。これらの装置ないしシステムにおいて、ビーム偏向器の全てとして、又は適宜電磁石と組み合わせて、本発明の磁場可変磁気回路を利用することができる。
【実施例0033】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0034】
1.回転式磁場可変磁気回路
可動短絡部材として高さ(Y)32mm、幅(X)40mm、奥行き(Z)210mmの鉄片を2本使用し、2本一対の鉄片が連動して回転移動することで磁場発生部の磁場強度が変動する、
図1に示す構造の回転式磁場可変磁気回路を設計した。回路内の磁束、磁場発生部に生じる磁場強度、鉄片の回転にかかるトルク等をシミュレーションした。シミュレーションデータを表1に示す。
図2A、2Bは、鉄片の角度0度(ON状態)及び90度(OFF状態)における回路断面の磁場のシミュレーション画像である。磁場強度は2,913 G~1,898 G(max -35%)で調整可能であり、ON/OFF比65.2%、切替トルクは最大13.78 N・mであった。
【0035】
【0036】
次いで、設計した回転式磁場可変磁気回路を試作し、下記仕様の3次元磁場測定システムを使用して試作機の磁場発生部に発生する磁場強度を測定した。
【0037】
<回転式磁場可変磁気回路の試作機の仕様>
永久磁石:Y(高さ)30mm x X(幅)30mm x Z(奥行き)210mmのネオジム磁石(最大磁場強度1508G)
上部及び下部磁性部材:鉄
可動短絡部材:鉄(ON状態の配置で、Y(高さ)32mm、X(幅)40mm、Z(奥行き)210mm)
本体部分のサイズ:Y(高さ)200mm、X(幅)200mm、Z(奥行き)210mm
磁場発生部:Y(高さ)20mm、X(幅)25mm、Z(奥行き)210mm
【0038】
<3次元磁場測定システムの仕様>
磁場測定範囲: X軸ステージ500 mm、Y軸ステージ200 mm、Z軸ステージ 1,500 mm
測定位置決め精度: ±1 mm
駆動方式: 手動
磁場強度範囲: 0.01 mT~3 T
プローブ形状: トランスバース型、アキシャル型
【0039】
磁場測定結果を
図3A~3Cに示す。磁場発生部に生じた磁場の強度はON状態の0度で1,157.5 G、OFF状態の90度で894.0 Gであり、磁場強度の可変域は最大-23%であった。
【0040】
2.開閉式磁場可変磁気回路
2本一対の可動短絡部材(鉄片)が連動して開閉移動することにより磁場発生部の磁場強度が変動する、
図4に示す構造(ただし断面の構造は
図5A~5Cの通りで、永久磁石は本体背面には出ない)の開閉式磁場可変磁気回路を設計した。
ON状態(鉄片が最大開放)、ONとOFFの中間の状態(50%開放)、OFF状態(鉄片が閉止)の磁場のシミュレーション結果を
図5A~5Cに示す。磁場発生部に生じる磁場の強度は1245G~2174Gであり、磁場強度の可変域は最大57%であった。