(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053876
(43)【公開日】2024-04-16
(54)【発明の名称】多層盛り溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/095 20060101AFI20240409BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20240409BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
B23K9/095 510B
B23K9/173 A
B23K9/095 501A
B23K31/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160347
(22)【出願日】2022-10-04
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 友也
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001BB09
4E001DD02
4E001DD04
4E001DE04
(57)【要約】
【課題】溶接継手の脆化を回避しつつ、溶接能率を向上させることができる多層盛り溶接方法を提供する。
【解決手段】溶接入熱上限値及びパス間温度上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、母材の温度を検出する工程と、検出された温度がパス間温度上限値よりも所定値以上低い温度である場合、溶接入熱上限値よりも所定量大きな溶接入熱を上限として次層を溶接する溶接工程とを備える。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接入熱上限値及びパス間温度上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、
母材の温度を検出する工程と、
検出された温度が前記パス間温度上限値よりも所定値以上低い温度である場合、前記溶接入熱上限値よりも所定量大きな溶接入熱を上限として溶接する溶接工程と
を備える多層盛り溶接方法。
【請求項2】
前記溶接工程は、
検出された温度が前記パス間温度上限値よりも低い第1温度範囲にある場合、前記溶接入熱上限値よりも大きな第1溶接入熱を上限として溶接する工程と、
検出された温度が前記第1温度範囲よりも低い第2温度範囲にある場合、前記第1溶接入熱よりも大きな第2溶接入熱を上限として溶接する工程と
を含む請求項1に記載の多層盛り溶接方法。
【請求項3】
前記溶接工程は、
検出された温度が前記パス間温度上限値に対して、100℃以上200℃未満小さい温度範囲にある場合、前記溶接入熱上限値よりも10kJ/cmだけ大きな溶接入熱を上限として溶接する工程と、
検出された温度が前記パス間温度上限値に対して、200℃以上300℃未満小さい温度範囲にある場合、前記溶接入熱上限値よりも20kJ/cmだけ大きな溶接入熱を上限として溶接する工程と、
検出された温度が前記パス間温度上限値に対して、300℃以上小さい温度範囲にある場合、前記溶接入熱上限値よりも30kJ/cmだけ大きな溶接入熱を上限として溶接する工程と
を含む請求項1に記載の多層盛り溶接方法。
【請求項4】
溶接ワイヤに平均電流300A以上の溶接電流を供給することによって、前記母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて前記母材を溶接する
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の多層盛り溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層盛り溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、300A以上の高電流条件でのGMA(Gas Metal Arc)溶接が着目されている(例えば、特許文献1)。高電流溶接では、深い溶込みが得られ、溶接ワイヤの溶着速度が高いことにより、厚板溶接を高能率化することができる。また、特許文献2には、上記高電流条件でのGMA溶接において、溶接電流を周期的に変動させることによって溶接状態を安定化させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6581438号公報
【特許文献2】特許第6748556号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、高電流条件での多層溶接においては、高い入熱による溶接継手の脆化が問題となる。そのため、溶接入熱及びパス間温度の上限に制限が設けられる場合がある。最も一般的な基準は、溶接入熱が40kJ/cm以下、パス間温度が350℃以下である。したがって、高電流GMA溶接を用いても、入熱制限により、溶接能率を十分に向上させることができないという技術的な問題があった。
【0005】
本開示の目的は、溶接継手の脆化を回避しつつ、溶接能率を向上させることができる多層盛り溶接方法を提供することになる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る多層盛り溶接方法は、溶接入熱上限値及びパス間温度上限値を設けて行う消耗電極式の多層盛り溶接方法であって、母材の温度を検出する工程と、検出された温度が前記パス間温度上限値よりも所定値以上低い温度である場合、前記溶接入熱上限値よりも所定量大きな溶接入熱を上限として溶接する溶接工程とを備える。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、溶接継手の脆化を回避しつつ、溶接能率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施形態に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。
【
図3】本実施形態に係る高能率多層盛り溶接方法を示す概念図である。
【
図4】本実施形態に係る高能率多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】本実施形態に係る高能率多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示の実施形態に係る多層盛り溶接方法を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本開示はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。また、以下に記載する実施形態の少なくとも一部を任意に組み合わせてもよい。
【0010】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて詳述する。本実施形態に係る溶接方法は、GMA溶接、具体的には埋もれアーク溶接を用いた厚板の高能率多層盛り溶接を実現する方法である。
【0011】
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係るアーク溶接装置は、GMA(Gas Metal Arc)を行う溶接半自動溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給装置3を備える。また、本実施形態に係る高能率多層盛り溶接方法を実施するための温度センサ6を用意する。温度センサ6は、多層盛り溶接におけるパス間温度、具体的には母材4の温度を検出センサである。温度センサ6は、半導体温度センサ、赤外線温度センサ、温度によって色が変化するシール又はチョーク等である。
【0012】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アークの発生に必要な溶接電流Iwを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iwを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、例えば炭酸ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0013】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0014】
ワイヤ送給装置3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給装置3は、送給ローラを回転させることによって、ワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ供給する。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0015】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iwを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御部12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御部12を別体で構成しても良い。電源部11は、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、制御回路11b、電圧検出部11c、電流検出部11dを備える。
【0016】
電圧検出部11cは、溶接電圧Vwを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0017】
電流検出部11dは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アークを流れる溶接電流Iwを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0018】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。制御回路11bは、設定された溶接条件、検出された溶接電流Iw及び溶接電圧Vwに基づいて、電源回路11aのインバータ回路をPWM制御する。母材4及び溶接ワイヤ5間には、所用の溶接電圧Vwが印加され、溶接電流Iwが通電する。
【0019】
トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された場合、トーチ2は溶接電源1へ出力指示信号を出力する。出力指示信号は、図示しない制御通信線を介して溶接電源1に入力され、制御回路11bは、当該出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電圧Vw及び溶接電流Iwの出力を開始させる。
【0020】
<埋もれアーク溶接>
本実施形態の多層盛り溶接方法は、GMA溶接、具体的には埋もれアーク溶接を用いて行う。
【0021】
図2は、埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。溶接ワイヤ5に大電流を供給すると、
図2に示すように、母材4に凹状の溶融部分が形成され、溶接ワイヤ5の先端部が溶融部分によって囲まれた空間に進入する。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤ5と、母材4又は溶融部分との間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。
【0022】
図2に示すグラフの横軸は溶接電流Iw、縦軸は溶接電圧Vwを示している。埋もれアーク溶接を実現する溶接条件は、溶接電流Iwの平均電流が300A以上、好ましくは300A以上1000A以下、より好ましくは400A以上650A以下である。溶接電流Iwが300A未満になると、アーク圧力が弱くなり、溶融金属を押し下げることができず、埋もれアーク溶接を維持することができなくなる。
【0023】
溶接電圧Vw(アーク電圧)は、溶接条件等によって変化する上限電圧が存在する。上限電圧は、埋もれアークを維持できる上限の電圧であり、その電圧を超えると、埋もれアーク溶接でなく、通常の直流溶接となる臨界電圧である。上限電圧は、溶接電流Iwの増加関数であり、溶接電流Iwが大きくなる程、高くなる。この上限電圧よりも約4V低い電圧が下限電圧である。下限電圧より低い電圧では、溶接ワイヤ5の先端位置の下降に伴い、溶接ワイヤ5と溶融池との短絡が頻発し、溶接が不安定化する。
【0024】
なお、上限電圧及び下限電圧は、溶接ワイヤ5の種類、ワイヤ径、溶接電流Iw、ワイヤ突出し長さ、開先形状、溶接速度、溶接電源二次側の負荷状態等の様々な影響を受けて変化するが、溶接電流Iwと溶接電圧Vwの関係は概ね
図2に示した通りである。
【0025】
高電流の埋もれアーク溶接を安定化させる溶接条件は以下の通りである。埋もれアーク溶接においては、10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを振動させるとよい。電流振幅は、50A以上、好ましくは100A以上500A以下、より好ましくは200A以上400A以下に設定するとよい。安定した高電流溶接が可能となる。
【0026】
一般的なGMA溶接は、高電流条件では安定しにくく、スパッタも多いため、低電流条件で溶接される場合が多く、再熱部の脆化が問題とならない場合が多い。一方、埋もれアーク溶接は、上記の通り、高電流での安定化制御が確立されており、300A以上の高電流溶接が可能である。しかし、埋もれアーク溶接においては、高電流溶接による再熱部の脆化が問題となる。本実施形態に係る多層盛り溶接方法は、この埋もれアーク溶接における再熱部の脆化を防ぐ方法として有効に働く。
【0027】
<厚板の高能率多層盛り溶接方法>
以下、埋もれアークによって、9~30mmの厚板である母材4を能率的に多層盛り溶接する方法を説明する。ここでは、所定の入熱制限が設けられているものとする。例えば、パス間温度上限値は350℃、溶接入熱上限値は40kJ/cmである。
【0028】
ただし、上述の入熱制限は、パス間温度上限値に到達した際でも、一定の継手じん性が確保される入熱の上限を定めるものである。したがって、パス間温度がパス間温度上限値に到達しないうちは、溶接入熱上限値を超える入熱で溶接を行っても、継手のじん性を確保できる場合がある。そこで本実施形態では、溶接パス数が少ない序盤の溶接時、特にパス間温度が室温近くで非常に低い初層溶接時に、溶接入熱上限値を超える高入熱溶接を行う。この施工方法によれば、継手の脆化を防止しつつ、高能率溶接が可能となる。
【0029】
ただし、溶接入熱は、30kJ/cm以上、80kJ/cm以下である。溶接入熱が30kJ/cmを下回ると、入熱が小さいために、再熱部の脆化は大きな問題にならない。溶接入熱が80kJ/cmを上回ると、パス間温度によらず入熱量が過大になり、継手の脆化を抑制することができない。
【0030】
高入熱溶接を行う対象のパスは、パス間温度があらかじめ定めた上限値に対して、100℃(所定値)以上小さいパスである。より望ましくは上限値よりも200℃(所定値)以上小さいパスであり、更に望ましくはパス間温度が室温近傍となる第1パスである。
【0031】
図3は、本実施形態に係る多層盛り溶接方法を示す概念図である。
図3に示すグラフの横軸はパス間温度、縦軸は溶接入熱を示している。高入熱溶接を行う場合において、継手じん性を担保するために溶接入熱に設けるべき上限は、パス間温度によって異なる。
例えば、
図3に示すように、母材4の温度が、パス間温度上限値に対して100℃以上200℃未満小さい第1温度範囲にある場合は、あらかじめ定めた溶接入熱上限値より10kJ/cm(第1所定量)だけ大きな溶接入熱を入熱上限とするとよい。
母材4の温度が、パス間温度上限値に対して200℃以上300℃小さい第2温度範囲にある場合は、あらかじめ定めた溶接入熱上限値より20kJ/cm(第2所定量)だけ大きな溶接入熱を入熱上限とするとよい。
母材4の温度が、パス間温度上限値に対して300℃以上小さい第3温度範囲にある場合は、あらかじめ定めた溶接入熱上限値より30kJ/cm(第3所定量)だけ大きな溶接入熱を入熱上限とするとよい。
なお、母材4の温度が、上記第1温度範囲より大きく、パス間温度上限値以下である場合、溶接入熱上限値を入熱上限とする。母材4の温度がパス間温度上限値より大きい場合、母材4の温度がパス間温度上限値以下になるまで、次層の溶接を行わずに待機する。
【0032】
図4及び
図5は、本実施形態に係る多層盛り溶接方法の手順を示すフローチャートである。まず、溶接作業者は、溶接により接合されるべき一対の母材4をアーク溶接装置に配置し、溶接条件等の各種設定を行う(ステップS11)。具体的には、板状の第1母材及び第2母材を用意し、被溶接部である端面を突き合わせて、所定の溶接作業位置に配する。なお、必要に応じて、第1母材及び第2母材にY形、レ形等の任意形状の開先を設けても良い。第1及び第2母材は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板であり、厚みは9mm以上30mm以下である。そして、上記した埋もれアーク溶接を実現する電圧、電流、周波数、電流振幅等を設定する。
【0033】
各種設定が行われた後、溶接作業者は、温度センサ6を用いて母材4の温度を検出し(ステップS12)、母材4の温度がパス間温度上限値以下であるか否かを判定する(ステップS13)。母材4の温度がパス間温度上限値超であると判定した場合(ステップS13:NO)、溶接作業者は、母材4の温度がパス間上限値以下になるまで待機する。
【0034】
母材4の温度がパス間温度上限値以下であると判定した場合(ステップS13:YES)、溶接作業者は、母材4の温度がパス間温度上限値に対して、100℃以上200℃未満小さい第1温度範囲より大きいか否かを判定する(ステップS14)。母材4の温度が第1温度範囲超であると判定した場合(ステップS14:YES)、溶接入熱上限値を上限として、次層を溶接する(ステップS15)。
【0035】
母材4の温度が第1温度範囲超で無いと判定した場合(ステップS14:NO)、溶接作業者は、母材4の温度が、パス間温度上限値に対して、100℃以上200℃未満小さい第1温度範囲にあるか否かを判定する(ステップS16)。母材4の温度が第1温度範囲にあると判定した場合(ステップS16:YES)、溶接入熱上限値よりも10kJ/cm(第1所定量)だけ大きな溶接入熱を上限として、次層を溶接する(ステップS17)。
【0036】
母材4の温度が第1温度範囲に無いと判定した場合(ステップS16:NO)、溶接作業者は、母材4の温度が、パス間温度上限値に対して、200℃以上300℃未満小さい第2温度範囲にあるか否かを判定する(ステップS18)。母材4の温度が第2温度範囲にあると判定した場合(ステップS18:YES)、溶接入熱上限値よりも20kJ/cm(第2所定量)だけ大きな溶接入熱を上限として、次層を溶接する(ステップS19)。
【0037】
母材4の温度が第2温度範囲に無いと判定した場合(ステップS18:NO)、溶接作業者は、母材4の温度が、パス間温度上限値に対して、300℃以上小さい第3温度範囲にあるか否かを判定する(ステップS20)。母材4の温度が第3温度範囲にあると判定した場合(ステップS20:YES)、溶接入熱上限値よりも30kJ/cm(第3所定量)だけ大きな溶接入熱を上限として、初層又は次層を溶接する(ステップS21)。
【0038】
ステップS21の処理を終えた場合、又は母材4の温度が第3温度範囲に無いと判定した場合(ステップS20:NO)、溶接作業者は、最終層の溶接を終えたか否かを判定する(ステップS22)。最終層の溶接を終えていないと判定した場合(ステップS22:NO)、溶接作業者は、ステップS12に戻り、次層の溶接工程を続ける。最終層の溶接を終えたと判定した場合(ステップS22:YES)、多層盛り溶接を終える。
【0039】
なお、上記の判定順序は一例であり、パス間温度がどの温度範囲に属するのかを判定し、溶接入熱の上限値を決定できれば、その処理順序は特に限定されるものでは無い。
【0040】
(実施例)
25mm厚板(SN490B)の5層5パス溶接を行う実施例を説明する。
溶接ワイヤ5としてワイヤ径1.4mmのソリッドワイヤ(YGW18)を用い、シールドガスとして炭酸ガスを用いて埋もれアーク溶接を行う。埋もれアーク溶接には、安定化のために、溶接電流Iwを周期的に変動させる上記した電流波形制御を適用する。
母材4の開先角度は35°、ルートギャップは4mmであり、裏当ては板厚9mmの圧延鋼材SN490Bとする。継手に要求するじん性として、27J以上のシャルピー吸収エネルギーを定める。
予め定める溶接入熱上限値は45kJ/cm、パス間温度上限値は350℃とするが、パス間温度が250℃以下の場合は45kJ/cmを超える溶接入熱を許容する。
【0041】
具体的には、パス間温度が150℃超250℃以下の場合の溶接入熱は55kJ/cmを上限、パス間温度が50℃超150℃以下の場合の溶接入熱は65kJ/cmを上限、パス間温度が50℃以下の場合の溶接入熱は75kJ/cmを上限とする。それぞれ順番に、3層目、2層目、1層目に相当する。4層目以降は、溶接終了後の母材4の温度が350℃を超えるため、パス間温度が350℃以下になるまで待ち、入熱45kJ/cm以下で溶接を行う。この方法により、継手のじん性を確保しつつ、全パスを45kJ/cm以下で溶接する場合よりも溶接能率を向上させることができる。
【0042】
以上の通り、本実施形態に係る多層盛り溶接方法によれば、接入熱及びパス間温度に制限が設けられている場合であっても、溶接継手の脆化を回避しつつ、溶接能率を向上させることができる。
【0043】
パス間温度上限値に比べてパス間温度が100℃以上低い場合、パス間温度上限値に対して設定された溶接入熱上限値よりも大きな溶接入熱を上限値として溶接することによって、能率的に多層盛り溶接を行うことができる。具体的には、溶接入熱上限値よりも10kJ/cm以上大きな値を上限値とすることによって、多層盛り溶接を行うことができる。
【0044】
また、パス間温度上限値に比べてパス間温度が100℃以上低い温度領域において、溶接入熱の上限値を段階的に大きな値に設定することによって、より能率的に多層盛り溶接を行うことができる。
【0045】
特に、
図3に示すように、溶接入熱の上限値を段階的に大きな値に設定することによって、より能率的に多層盛り溶接を行うことができる。
【0046】
更に、埋もれアークを用いて本実施形態の多層盛り溶接方法を実施することによって、溶接継手の脆化を回避しつつ、より能率的に厚板を溶接することができる。
【0047】
なお、各層の溶接後、適宜、パス間温度がより低い温度範囲になるまで待機し、より高い溶接入熱で次層を溶接するように構成してもよい。また、各層の溶接後、パス間温度が室温付近まで下がるまで毎回待機し、全パスを高入熱で溶接するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0048】
1:溶接電源、2:トーチ、3:ワイヤ送給装置、4:母材、5:溶接ワイヤ、6:温度センサ、11:電源部、11a:電源回路、11b:制御回路、11c:電圧検出部、11d:電流検出部、12:送給速度制御部