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特開2024-53879動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置
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  • 特開-動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置 図1
  • 特開-動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置 図2
  • 特開-動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024053879
(43)【公開日】2024-04-16
(54)【発明の名称】動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 17/02 20060101AFI20240409BHJP
   H02K 7/08 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
F16C17/02 A
H02K7/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160360
(22)【出願日】2022-10-04
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】小松原 慎治
【テーマコード(参考)】
3J011
5H607
【Fターム(参考)】
3J011AA07
3J011BA02
3J011CA03
3J011JA02
3J011KA02
3J011LA01
3J011LA04
3J011MA07
3J011MA23
3J011PA02
5H607AA00
5H607BB01
5H607BB14
5H607BB17
5H607GG12
5H607GG15
(57)【要約】
【課題】流体動圧軸受装置用の軸受部材として使用した際に、潤滑油の装置外部への漏れ出しやラジアル軸受隙間での油膜切れを防止可能とする動圧軸受を実現する。
【解決手段】軸2との間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面Rsに設けられた動圧発生部P1,P2が、軸方向に対して互いに反対方向に傾斜した複数の第1動圧溝Pa及び第2動圧溝Pbを有し、第1動圧溝Paが第2動圧溝Pbよりも有底筒状のハウジング7の底部7b側に配置された状態でハウジング7の内周に収容される動圧軸受(軸受部材8)であって、複数の第1動圧溝Paの開口面積の総和をA1、複数の第2動圧溝Pbの開口面積の総和をA2としたとき、0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たす。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持すべき軸の外周面との間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面に、前記ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部が設けられ、この動圧発生部が、軸方向に対して傾斜した複数の第1動圧溝と、軸方向に対して前記第1動圧溝とは反対方向に傾斜した複数の第2動圧溝とを有し、
前記第1動圧溝が前記第2動圧溝よりも有底筒状のハウジングの底部側に配置された状態で前記ハウジングの内周に収容される動圧軸受であって、
複数の前記第1動圧溝の開口面積の総和をA1、複数の前記第2動圧溝の開口面積の総和をA2としたとき、0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たすことを特徴とする動圧軸受。
【請求項2】
複数の前記第1動圧溝のうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差を1μm以下にすると共に、複数の前記第2動圧溝のうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差を1μm以下とした請求項1に記載の動圧軸受。
【請求項3】
複数の前記第1動圧溝の平均溝深さをB1、複数の前記第2動圧溝の平均溝深さをB2としたとき、B1とB2の差を3μm以下とした請求項1又は2に記載の動圧軸受。
【請求項4】
請求項1に記載の動圧軸受からなる軸受部材と、
前記軸受部材を内周に収容した前記ハウジングと、
前記ラジアル軸受隙間に形成される前記潤滑油の油膜で前記軸をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、を備える流体動圧軸受装置。
【請求項5】
請求項4に記載の流体動圧軸受装置を備えるモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動圧軸受及びこれを備えた流体動圧軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、HDD用のスピンドルモータ、PC用のファンモータ、LBP(レーザビームプリンタ)用のポリゴンスキャナモータ等に組み込まれる流体動圧軸受装置において、支持すべき軸をラジアル方向に支持するために設けられる円筒状の軸受部材には、軸の外周面との間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状の内周面(ラジアル軸受面)に動圧発生部が設けられた、いわゆる動圧軸受を使用する場合が多い。ラジアル軸受面に動圧発生部が設けられていることにより、軸と動圧軸受の相対回転に伴ってラジアル軸受隙間に形成される流体膜(例えば、潤滑油の油膜)に動圧作用を発生させることができるので、軸を精度良く支持することができる。
【0003】
上記の動圧発生部としては、例えば下記の特許文献1に記載されているように、軸方向に対して傾斜した傾斜溝からなる複数の動圧溝をへリングボーン形状に配列したもの、すなわち、互いに反対方向に傾斜した第1動圧溝及び第2動圧溝のうちの一方を所定の軸方向位置で周方向に間隔を空けて配置すると共に、他方を、上記一方とは異なる軸方向位置で周方向に間隔を空けて配置したものが採用される。係る構成の動圧発生部においては、第1動圧溝と第2動圧溝の軸方向幅(溝長さ)を互いに異ならせる場合がある(特許文献1の図1に記載された2つの動圧発生部のうち、紙面上側の動圧発生部を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5384079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、第1動圧溝と第2動圧溝の軸方向幅を互いに異ならせた場合には、軸と動圧軸受の相対回転に伴ってラジアル軸受隙間に介在する潤滑油に軸方向の流動力を生じさせ、軸受装置内で潤滑油を積極的に流動循環させることが可能となる。そのため、軸受装置の内部(例えば、動圧軸受を収容した有底筒状のハウジングの底部側)で負圧が発生するのを可及的に防止し、所望の軸受性能を安定的に発揮することが可能になるというメリットがある。その一方、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油に軸方向の流動力が生じると、潤滑油の流れ方によっては、ハウジングの開口部(に設けられる潤滑油の油面が存在するシール空間)から装置外部に潤滑油が漏れ出す、ラジアル軸受隙間に介在させるべき潤滑油量が不足し、ラジアル軸受隙間で油膜切れが生じる、などといった軸受性能に悪影響を及ぼす不都合が生じる可能性がある。
【0006】
上記の実情に鑑み、本発明は、流体動圧軸受装置用の軸受部材として使用した際に、潤滑油の装置外部への漏れ出しやラジアル軸受隙間での油膜切れを可及的に防止することを可能とする動圧軸受を実現し、もって所望の軸受性能を安定的に維持できて信頼性に富む流体動圧軸受装置を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意検討を重ねた結果、動圧発生部を構成する互いに反対方向に傾斜した複数の第1動圧溝及び第2動圧溝について、第1動圧溝の開口面積の総和に対する第2動圧溝の開口面積の総和の比が所定の数値範囲内に収まるようにすれば、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油の流れ方を適切にコントロールすることができる動圧軸受、つまり上記の目的を達成し得る動圧軸受を実現できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
上記の目的を達成ために創案された本発明は、支持すべき軸の外周面との間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面に、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部が設けられ、動圧発生部が、軸方向に対して傾斜した複数の第1動圧溝と、軸方向に対して第1動圧溝とは反対方向に傾斜した複数の第2動圧溝とを有し、第1動圧溝が第2動圧溝よりも有底筒状のハウジングの底部側に配置された状態で上記ハウジングの内周に収容される動圧軸受であって、複数の第1動圧溝の開口面積の総和をA1、複数の第2動圧溝の開口面積の総和をA2としたとき、0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たすことを特徴とする。
【0009】
A1に対するA2の比(=A2/A1)が0.8以下であると、軸に対して相対回転したとき、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジングの開口側に向けて流動させる力が強く作用するため、ハウジングの開口部を介して装置外部に潤滑油が漏れ出す可能性がある。一方、上記の比(=A2/A1)が1.2以上になると、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジング底部側に向けて流動させる力が強く作用するため、ラジアル軸受隙間のうち、特に第2動圧溝の対向領域で油膜切れが生じる可能性がある。そのため、上記の比(=A2/A1)が0.8よりも大きく、かつ1.2未満となるように各動圧溝を形成しておけば、ラジアル軸受隙間における潤滑油の流れ方を最適化し、潤滑油の外部漏洩やラジアル軸受隙間での油膜切れの発生を可及的に防止可能な動圧軸受を実現することができる。
【0010】
複数の第1動圧溝が設けられた円筒状領域内、及び複数の第2動圧溝が設けられた円筒状領域内で動圧溝の溝深さが大きくばらついていると、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジングの開口部側又は底部側に流動させる力が強く作用する可能性が高まり、潤滑油の外部漏洩又はラジアル軸受隙間での油膜切れが生じ易くなるおそれがある。そのため、複数の第1動圧溝のうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差と、複数の第2動圧溝のうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差は、何れも1μm以下とするのが好ましい。これにより、潤滑油の外部漏洩やラジアル軸受隙間での油膜切れを招来するような潤滑油の流れが生じ難くなる。
【0011】
同様の理由から、複数の第1動圧溝の平均溝深さをB1、複数の第2動圧溝の平均溝深さをB2としたとき、B1とB2の差を3μm以下にするのが好ましい。
【0012】
以上で説明した本発明に係る動圧軸受からなる軸受部材と、これを内周に収容した有底筒状のハウジングと、ラジアル軸受隙間に形成される油膜で支持すべき軸をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、を備える流体動圧軸受装置は、本発明に係る焼結軸受が上記の特徴を有することから、所望の軸受性能を安定的に維持できて信頼性に富むという特徴を有する。また、この流体動圧軸受装置を備えるモータは、高い回転性能を安定的に維持することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上より、本発明によれば、潤滑油の外部漏洩や、ラジアル軸受隙間での油膜切れを可及的に防止することを可能とする動圧軸受を実現することができる。これにより、所望の軸受性能を安定的に維持できて信頼性に富む流体動圧軸受装置を提供することができる
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ファンモータの一例を概念的に示す断面図である。
図2】本発明の一実施形態に係る動圧軸受を備えた流体動圧軸受装置の概略縦断面図である。
図3図2に示す動圧軸受の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面(図1図3)に基づいて説明する。
【0016】
図1に、ファンモータの一例を概念的に示す。同図に示すファンモータは、例えばノート型パソコンやタブレット型端末などのモバイル機器に組み込まれ、CPU等の発熱源を冷却するための風(気流)を発生させるものであって、流体動圧軸受装置1と、モータの静止側を構成するモータベース5と、流体動圧軸受装置1の軸部材2に固定されたロータ3と、ロータ3に取り付けられた羽根4と、径方向のギャップを介して対向配置されたステータコイル6a及びロータマグネット6bとを備える。ステータコイル6aは流体動圧軸受装置1のハウジング7に取り付けられ、ロータマグネット6bはロータ3に取り付けられている。係る構成のファンモータにおいて、ステータコイル6aに通電すると、ステータコイル6aとロータマグネット6bの間の電磁力でロータマグネット6bが回転し、これに伴って軸部材2及び軸部材2に固定されたロータ3が一体回転する。ロータ3が回転するのに伴い、ロータ3に取り付けられた羽根4の形態等に応じて軸方向の気流が発生する。
【0017】
図2は、図1に示すファンモータに組み込まれる流体動圧軸受装置1の概略縦断面図である。この流体動圧軸受装置1は、回転側を構成する軸部材2と、静止側を構成するハウジング7、軸受部材8及びシール部材9と、ハウジング7の内部空間に充填された図示しない潤滑油とを主な構成として備えたいわゆる軸回転タイプの軸受装置であり、軸受部材8には、本発明の実施形態に係る動圧軸受が採用される。以下では、説明の便宜上、図2の紙面上側を「上側」と、また、図2の紙面下側を「下側」と言うが、流体動圧軸受装置1の使用時の姿勢を限定する趣旨ではない。
【0018】
軸部材2は、ステンレス鋼等の高剛性の金属材料で作製され、その外周面2aは凹凸のない平滑な円筒面に、また下端面2bは凸球面に形成されている。軸部材2の上端には、羽根4及びロータマグネット6b(図1参照)が取り付けられたロータ3が固定される。
【0019】
ハウジング7は、筒部7aと、筒部7aの下端開口部を閉塞する底部7bとを有する有底筒状をなし、図示例では、筒部7aと底部7bが樹脂又は金属材料で一体に形成されている。筒部7aの内周面7a1は、径一定の円筒面に形成され、その下端部には、軸方向と直交する方向の平坦面に形成された環状の肩面7b2の外径端部が接続されている。筒部7aの外周面7a2には、ファンモータの構成部材であるステータコイル6a及びモータベース5が上下に間隔を空けて固定されている。
【0020】
図示例では、ハウジング7の内底面(底部7bの上端面)7b1上に、ハウジング7の形成材料よりも摺動性に優れた材料で円板状に形成されたスラストプレート10を載置し、スラストプレート10の上端面で軸部材2の下端面2bを接触支持(軸部材2をスラスト方向に接触支持)するようにしている。但し、スラストプレート10は、必ずしも設ける必要はなく、省略しても構わない。スラストプレート10が省略される場合には、ハウジング7の内底面7b1で軸部材2の下端面2bが接触支持される。
【0021】
シール部材9は、樹脂又は金属材料で環状に形成され、下端面9bを軸受部材8の上端面8bに当接させた状態でハウジング7の筒部7aの内周面7a1の上端部に固定されている。シール部材9の内周面9aは、対向する軸部材2の外周面2aとの間に環状のシール空間Sを形成する。このシール空間Sにより、ハウジング7の内部空間に充填された潤滑油の装置外部への漏れ出しが可及的に防止される。
【0022】
なお、流体動圧軸受装置1は、ハウジング7の内部空間全域を潤滑油で満たした、いわゆるフルフィル状態で使用される場合と、ハウジング7の内部空間の一部領域に潤滑油を介在させた(ハウジング7の内部空間に潤滑油と空気を混在させた)、いわゆるパーシャルフィル状態で使用される場合とがある。流体動圧軸受装置1がフルフィル状態で使用される場合、温度変化に伴って潤滑油の油面位置が軸方向で変動しても潤滑油の油面が常にシール空間Sの軸方向範囲内に存在するようにシール空間Sの容積が決定付けられる。
【0023】
本発明の実施形態に係る動圧軸受からなる軸受部材8は、下端面8cをハウジング7の底部7bの肩面7b2に当接させた状態でハウジング7の筒部7aの内周に固定されている。軸受部材8は、圧入、接着又は圧入接着(圧入と接着の併用)等により筒部7aの内周面7a1に固定することができる他、筒部7aの内周にすきまばめ(JIS B 0401-1参照)した後、シール部材9とハウジング7の肩面7b2とで軸方向両側から挟持することにより筒部7aの内周に固定することもできる。特に後者の固定方法では、ハウジング7に対してシール部材9を固定するのと同時に軸受部材8をハウジング7に固定することができるので、部材同士の組み付けに要する手間を軽減することができる。また、例えば、軸受部材8を筒部7aの内周に大きな締め代をもって圧入すると、圧入に伴う軸受部材8の変形が軸受部材8の内周面8aに波及し、ラジアル軸受隙間の精度、ひいてはラジアル軸受部R1,R2の軸受性能に悪影響が及ぶ可能性がある。これに対し、シール部材9とハウジング7の肩面7b2とで軸受部材8を軸方向両側から挟持する方法ではこのような問題発生も効果的に防止することができる。
【0024】
軸受部材8は、例えば銅及び鉄を主成分とする多孔質の金属焼結体で円筒状に形成され、その内部気孔に潤滑油を含浸させた含油状態でハウジング7の筒部7aの内周に固定されている。図1に示すような、モバイル機器に組み込まれるコンパクトなファンモータを実現する場合、例えば、内径:φ2mm以下、外径:φ4mm以下、軸方向寸法:10mm以下の軸受部材8が採用される。なお、軸受部材8は、金属焼結体に限らず、非多孔質の金属材料や樹脂材料で形成することもできる
【0025】
軸受部材8の内周面8aには、軸部材2の外周面2aとの間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面Rsが設けられ、本実施形態では内周面8a全体がラジアル軸受面Rsとして機能する。図3に示すように、ラジアル軸受面Rsには、軸方向に連続するようにして2つの動圧発生部(ラジアル動圧発生部)P1,P2が形成されている。軸受部材8の内周面8a(ラジアル軸受面Rs)、及び軸受部材8の外表面(両端面8b,8c及び外周面8d等)は、サイジング金型に倣って成形された成形面とされる。すなわち、軸受部材8は、例えば、金属粉末を主原料とする原料粉末を圧縮成形することで円筒状の圧粉体を得る圧縮成形工程、圧粉体を金属粉末の焼結温度以上で所定時間加熱することにより、金属粉末同士がネック結合した円筒状の焼結体を得る焼結工程、焼結体にサイジング(寸法矯正加工)を施すのと同時に、焼結体の内周面に動圧発生部P1,P2を型成形するサイジング工程、及び、サイジング済の焼結体の内部気孔に潤滑油を含浸させる含油工程などを経ることで得られる。
【0026】
動圧発生部P1,P2は、何れも、軸方向に対して傾斜し、周方向に間隔を空けて設けられた複数の第1動圧溝Paと、第1動圧溝Paとは反対方向に傾斜し、第1動圧溝Paとは異なる軸方向位置(第1動圧溝Paよりもハウジング7の開口部側)で周方向に間隔を空けて設けられた複数の第2動圧溝Pbと、両動圧溝Pa,Pbを区画する凸状の丘部Pcとを有する。丘部Pcは、第1動圧溝Paと第2動圧溝Pbの間に設けられた環状丘部Pc1と、周方向で隣り合う動圧溝間に設けられた傾斜丘部Pc2とからなり、全体としてヘリングボーン形状を呈する。
【0027】
動圧発生部P1は、複数の第1動圧溝Paの開口面積の総和をA1とし、複数の第2動圧溝Pbの開口面積の総和をA2としたとき、A1に対するA2の比(=A2/A1)が0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たすように形成されている。なお、動圧発生部P1における第1動圧溝Paの開口面積の総和A1とは、図3中に符号L1で示す範囲において、第1動圧溝Paとなる白抜き部分の面積の総和であり、動圧発生部P1における第2動圧溝Pbの開口面積の総和A2とは、図3中に符号L2で示す範囲において、第2動圧溝Pbとなる白抜き部分の面積の総和である。動圧発生部P2においても、動圧発生部P1と同様の関係式が成立するように、第1動圧溝Pa及び第2動圧溝Pbが形成されている。
【0028】
本実施形態の上側の動圧発生部P1においては、第1動圧溝Paの軸方向幅L1(溝長さ)よりも第2動圧溝Pbの軸方向幅L2の方が大きく設定されている。これに対し、下側の動圧発生部P2においては、第1動圧溝Paの軸方向幅L1、及び第2動圧溝Pbの軸方向幅L2が、何れも、上側の動圧発生部P1を構成する第1動圧溝Paの軸方向幅L1と等しくなっている。また、第1動圧溝Paの溝幅と第2動圧溝Pbの溝幅は等しく、各動圧溝Pa,Pbはその長さ方向で溝幅一定である。このような構成により、上側の動圧発生部P1における上記の比(=A2/A1)を1よりも大きく、かつ1.2未満とし、下側の動圧発生部P2における上記の比(=A2/A1)を1程度としている。
【0029】
以上の構成を有する本実施形態の流体動圧軸受装置1において、回転側部材である軸部材2が回転すると、互いに対向する軸部材2の外周面2aと軸受部材8のラジアル軸受面Rsとの間にラジアル軸受隙間が形成される。また、軸部材2の回転に伴う圧力の発生及び潤滑油の熱膨張などにより、軸受部材8の内部気孔に含浸させた潤滑油が軸受部材8の表面開孔を介して軸受部材8の外部に次々と滲み出てラジアル軸受隙間に引き込まれる。ラジアル軸受隙間に予め介在する潤滑油、及び軸受部材8から滲み出てラジアル軸受隙間に引きまれた潤滑油は油膜を形成し、この油膜の圧力が動圧発生部P1,P2の動圧作用によって高められる。これにより、軸部材2をラジアル方向に回転自在に非接触支持するラジアル軸受部R1,R2が形成される。なお、軸部材2の回転方向は、ラジアル軸受隙間に介在して動圧溝Pa,Pbに沿って流動する潤滑油が、各動圧発生部P1,P2の環状丘部Pc1に向けて流動する方向とする。
【0030】
また、軸部材2が回転すると、軸部材2の下端面2bがハウジング7の底部7b上に載置したスラストプレート10の上端面と摺動接触する。これにより、軸部材2をスラスト方向に支持(接触支持)するスラスト軸受部Tが形成される。
【0031】
流体動圧軸受装置1に軸受部材8として組み込まれた本発明の実施形態に係る動圧軸受は、以上で説明したように、
・軸部材2の外周面2aとの間にラジアル軸受隙間を形成する円筒状のラジアル軸受面Rsを有し、このラジアル軸受面Rsに動圧発生部P1,P2が設けられており、
・動圧発生部P1,P2が、軸方向に対して傾斜した複数の第1動圧溝Paと、軸方向に対して第1動圧溝Paとは反対方向に傾斜した複数の第2動圧溝Pbとを有しており、
・(動圧発生部P1,P2を構成する第1動圧溝Pa,第2動圧溝Pbのうち)第1動圧溝Paが第2動圧溝Pbよりもハウジング7の底部7b側に配置された状態でハウジング7の内周に収容されており、
・複数の第1動圧溝Paの開口面積の総和をA1、複数の第2動圧溝Pbの開口面積の総和をA2としたとき、A1に対するA2の比(=A2/A1)が0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たすように動圧発生部P1、P2のそれぞれの動圧溝Pa,Pbが形成されている。
【0032】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、
(1)上記の比(=A2/A1)が0.8以下であると、軸部材2が回転したとき、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジング7の開口部側(図2の紙面上側)に向けて流動させる力が強く作用するため、ハウジング7の開口部、ここではラジアル軸受隙間の真上に設けられたシール空間Sを介して装置外部に潤滑油が漏れ出す可能性があること、また、
(2)上記の比(=A2/A1)が1.2以上になると、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジング7の底部7b側に向けて流動させる力が強く作用するため、ラジアル軸受隙間のうち、特に第2動圧溝Pbの対向領域で油膜切れが生じる可能性があること、を見出した。
【0033】
このため、前述したとおり、上記の比(=A2/A1)が0.8よりも大きく、かつ1.2未満となるように各動圧溝Pa,Pbを形成しておけば、ラジアル軸受隙間における潤滑油の流れ方を最適化し、潤滑油の外部漏洩やラジアル軸受隙間での油膜切れの発生を可及的に防止可能な動圧軸受を実現することができる。従って、この動圧軸受を軸受部材8として用いた流体動圧軸受装置1は、所望の軸受性能(特に、ラジアル軸受部R1,R2の軸受性能)を安定的に維持できて信頼性に富むものとなる。
【0034】
但し、複数の第1動圧溝Paが設けられた円筒状領域内、及び複数の第2動圧溝Pbが設けられた円筒状領域内で動圧溝Pa,Pbの溝深さが大きくばらついていると、ラジアル軸受隙間に介在する潤滑油には、これをハウジング7の開口部側又は底部7b側に流動させる力が強く作用する可能性が高まり、潤滑油の外部漏洩又はラジアル軸受隙間での油膜切れが生じ易くなるおそれがある。そのため、複数の第1動圧溝Paのうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差と、複数の第2動圧溝Pbのうち、溝深さが最大の最深部と溝深さが最小の最浅部の寸法差は、何れも1μm以下とするのが好ましい。これにより、潤滑油の外部漏洩やラジアル軸受隙間での油膜切れを招来するような潤滑油の流れが生じ難くなる。例えば、第1動圧溝Paの最深部の溝深さが5μm、第1動圧溝Paの最浅部の溝深さが4μm、第2動圧溝Pbの最深部の溝深さが4μm、第2動圧溝Pbの最浅部の溝深さが3.5μmである場合、上記の条件を満たす。
【0035】
また、同様の理由から、複数の第1動圧溝Paの平均溝深さをB1、複数の第2動圧溝Pbの平均溝深さをB2としたとき、B1とB2の差は3μm以下(|B1-B2|≦3μm)とするのが好ましい。なお、第1動圧溝Paの最深部及び最浅部の溝深さ、並びに第2動圧溝Pbの最深部及び最浅部の溝深さが上段で例示したものである場合、第1動圧溝Paの平均溝深さB1は、B1=(5+4)/2=4.5μmとなり、第2動圧溝Pbの平均溝深さB2は、B2=(4+3.5)/2=3.75μmとなり、|B1-B2|=0.75μmとなることから、上記の条件を満たす。
【0036】
本実施形態では、上側の動圧発生部P1を構成する第1動圧溝Paの軸方向幅L1よりも第2動圧溝Pbの軸方向幅L2を大きくしている(L2>L1)関係上、軸部材2の回転時には、軸部材2の外周面2aと軸受部材8のラジアル軸受面Rsとの間のラジアル軸受隙間に介在する潤滑油に、これをハウジング7の底部7b側に流動させる力が作用する。本実施形態では、この力を利用してハウジング7の内部空間に介在する潤滑油を流動循環させるようにしている。潤滑油がハウジング7の内部空間を流動循環すると、ハウジング7の内部空間に介在する潤滑油の圧力バランスを保つことができるので、局部的な負圧の発生に伴う気泡の生成や、気泡の生成に起因する潤滑油の外部漏洩や振動の発生等を防止することができる。
【0037】
本実施形態において、潤滑油を流動循環させるための循環通路は、軸部材2の外周面2aと軸受部材8の内周面8a(ラジアル軸受面Rs)との間に形成される径方向隙間(ラジアル軸受隙間)と、ハウジング7の内底面7b1で形成される底側空間と、軸受部材8の下端面8cとハウジング7の肩面7b2に設けられた径方向溝7b3との間に形成される径方向通路と、軸受部材8の下端外周縁部に形成された面取りと、ハウジング7の筒部7aの内周面7a1と軸受部材8の外周面8dに設けられた軸方向溝8d1との間に形成される軸方向通路と、軸受部材8の上端外周縁部に形成された面取りと、軸受部材8の上端面8bとシール部材9の下端面9bに設けられた径方向溝9b1との間に形成される径方向通路とで構成される。
【0038】
以上、本発明の実施形態に係る動圧軸受、及びこの動圧軸受を軸受部材8として用いた流体動圧軸受装置1について説明したが、本発明の実施形態はこれに限定されるわけではない。
【0039】
例えば、以上で説明した(図3で例示した)動圧軸受としての軸受部材8においては、上側の動圧発生部P1を構成する第1動圧溝Paの軸方向幅L1と第2動圧溝Pbの軸方向幅L2とを異ならせていたが、0.8<(A2/A1)<1.2の関係式を満たす限りにおいて、第1動圧溝Paの軸方向幅L1と第2動圧溝Pbの軸方向幅L2は適宜設定することができる。図示は省略するが、例えば、上側の動圧発生部P1を構成する第1動圧溝Paの軸方向幅L1と第2動圧溝Pbの軸方向幅L2、さらには、下側の動圧発生部P2を構成する第1動圧溝Paの軸方向幅L1と第2動圧溝Pbの軸方向幅L2を、全て等しくすることもできる。
【0040】
また、以上で説明した動圧軸受としての軸受部材8は、ラジアル軸受面Rsの軸方向二箇所に動圧発生部P1,P2が設けられたものとしたが、動圧発生部は、ラジアル軸受面Rsの軸方向一箇所のみ、あるいは三箇所以上に設けることもできる。動圧発生部を軸方向の二箇所以上に設ける場合、動圧発生部は、以上で説明したように軸方向に連続して設けても良いし、軸方向に間隔を空けて設けても良い。
【0041】
また、図2に例示した流体動圧軸受装置1では、軸部材2をスラスト方向に支持するスラスト軸受部Tをピボット軸受で構成したが、スラスト軸受部Tはいわゆる動圧軸受で構成することもできる。図示は省略するが、係る構成は、例えば、軸部材2の下端面を軸方向と直交する方向の平坦面に形成し、軸部材2の下端面又はこれと対向するハウジング7の内底面7b1に動圧溝等の動圧発生部を設けることで実現することができる。
【0042】
また、以上で説明した流体動圧軸受装置1は、軸部材2が回転側を構成すると共に軸受部材8が静止側を構成するものであるが、これとは逆に、軸部材2が静止側を構成すると共に軸受部材8が回転側を構成する場合もある。すなわち、本発明の実施形態に係る動圧軸受からなる軸受部材8は、いわゆる軸回転型の流体動圧軸受装置1のみならず、いわゆる軸固定型の流体動圧軸受装置1に組み込んで使用することも可能である。
【0043】
また、流体動圧軸受装置1は、図1で例示したようなファンモータのみならず、HDD用のスピンドルモータやLBP用のポリゴンスキャナモータなどといったその他の小型モータ用の軸受装置としても使用することができる。流体動圧軸受装置1をスピンドルモータに使用する場合、流体動圧軸受装置1の回転側部材(例えば軸部材2)には、一又は複数の記録用ディスクを保持したロータが一体回転可能に設けられ、流体動圧軸受装置1をポリゴンスキャナモータに使用する場合、流体動圧軸受装置1の回転側部材には、ポリゴンミラーを保持したロータが一体回転可能に設けられる。
【符号の説明】
【0044】
1 流体動圧軸受装置
2 軸部材
8 軸受部材(動圧軸受)
8a 内周面
P1,P2 動圧発生部
Pa 第1動圧溝
Pb 第2動圧溝
Pc 丘部
Rs ラジアル軸受面
図1
図2
図3