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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054519
(43)【公開日】2024-04-17
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240410BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240410BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240410BHJP
   C21C 7/00 20060101ALI20240410BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21C7/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160783
(22)【出願日】2022-10-05
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】柴田 徹
(72)【発明者】
【氏名】境沢 勇人
(72)【発明者】
【氏名】菊地 辰
【テーマコード(参考)】
4K013
【Fターム(参考)】
4K013AA02
4K013BA16
4K013EA18
4K013FA05
4K013FA06
(57)【要約】
【課題】Tiを添加しながらMn、Mg、Al、Crを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物の生成される量を制御し、鏡面研磨性に優れるステンレス鋼材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、Al、Ti、O、N、Ca、および、Mgを含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、ステンレス鋼材の結晶粒度が4以上であり、Mn等を含有する相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下であるステンレス鋼材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001%以上0.150%以下、
Si:0.1%以上3.0%以下、
Mn:0.1%以上15.0%以下、
P:0.005%以上0.040%以下、
S:0.0001%以上0.0100%以下、
Ni:2.0%以上20.0%以下、
Cr:10.0%以上30.0%以下、
Al:0.0001%以上0.01%以下、
Ti:0.001%以上0.019%以下、
O:0.001%以上0.02%以下、
N:0.01%以上0.5%以下、
Ca:0.0001%以上0.005%以下、および、
Mg:0.0001%以上0.0030%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、
前記ステンレス鋼材の結晶粒度が4以上であり、
前記鋼材中に、Mn、Mg、Al、CrおよびTiを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、
複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下である、ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、さらに、
Mo:0.01%以上5.0%以下、
Cu:0.01%以上5.0%以下、
B:0.0001%以上0.0050%以下、
Nb:0.1%以上0.6%以下、
W:0.01%以上0.5%以下、
Sn:0.01%以上0.5%以下、
V:0.01%%以上0.5%以下、
Co:0.01%以上0.5%以下、
Zr:0.01%以上0.5%以下、
Pb:0.0001%以上0.5%以下、および、
REM:0.0003%以上0.3%以下を含む、ステンレス鋼材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のステンレス鋼材の製造方法であって、
精錬原料を添加した後の溶鋼および精錬スラグ中のTiの総量を、0.10kg/t以上2.00kg/t以下となるように精錬を行う精錬工程を含む、ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項4】
前記精錬工程を行った後のスラグ組成が、下記の(1)式乃至(4)式の範囲を満足する、請求項3に記載のステンレス鋼材の製造方法。
(1)式:0.9≦[CaO]/[SiO]≦3.0
(2)式:[Al]≦5.0
(3)式:[Ti]≦3.0
(4)式:[MgO]≦15.0
ただし、(1)式乃至(4)式中の[CaO]、[SiO]、[Al]、[Ti]および[MgO]は、それぞれスラグ組成中に含まれる、CaO、SiO、Al、TiおよびMgOの含有量(質量%)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性、加工性、表面外観等に優れることから家電、厨房品、建材等に広く用いられている。近年、生産性の向上のために導入されている連続鋳造法で製造されるステンレス鋼材では、凝固組織が粗大になり、ステンレス鋼材の結晶粒のばらつきが大きくなる傾向がある。
【0003】
そこで、ステンレス鋼材の結晶粒のばらつきを抑制するための手段としては、例えば、Tiを微量添加することでTiC、TiNをステンレス鋼材に析出させ、析出物による結晶粒界をピンニングすることによって、ステンレス鋼材の結晶粒度の微細化および結晶粒度のバラつきの抑制を図る方法が挙げられる。しかしながら、かかる方法は、Ti添加によってTi酸化物系介在物が生成され、粗大化する傾向がある。粗大化したTi酸化物系介在物が生成されたステンレス鋼材は、鏡面研磨を行う用途や疲労特性が要求される用途には適さないという問題があった。
【0004】
そこで、特許文献1では、鋳造条件を特に限定せず、低温靭性や熱間加工性の優れた鋳片や溶接金属および表面性状に優れたステンレス鋼板を得る方法として、Al、Mg濃度及びTi×N(窒素)濃度積を制御による鋳片組織制御法が提案されている。しかし、Al、Mg、O濃度が高すぎることで3μm以上の介在物が多く、鏡面研磨性に劣るという問題がある。
また、特許文献2では、ステンレス鋼の精錬方法に関し、スラグ塩基度および溶鋼中のMg、Al、Caといった微量成分を制御することにより、溶鋼中の有害な非金属介在物であるMgO・Alの生成を抑制して、ノズル内付着を防止しつつ、表面品質に優れたステンレス鋼を製造する介在物低減策が提案されている。しかし、本操業方法は、Tiを含有する材料に対しては介在物低減効果が充分に発揮されないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-323335号公報
【特許文献2】特開2015-074807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これに関して、発明者は、微量成分Ti濃度およびスラグ中のTiの最適化することで、鏡面研磨性に有害である複合酸化物系介在物の制御ができることを見出した。
そこで、本発明は、上記問題点を鑑みてなされたものであり、Tiを添加しながらMn、Mg、Al、Crを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物の生成される量を制御し、鏡面研磨性に優れるステンレス鋼材およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下に、本発明の特徴を列記する。
(1)質量%で、
C:0.001%以上0.150%以下、
Si:0.1%以上3.0%以下、
Mn:0.1%以上15.0%以下、
P:0.005%以上0.040%以下、
S:0.0001%以上0.0100%以下、
Ni:2.0%以上20.0%以下、
Cr:10.0%以上30.0%以下、
Al:0.0001%以上0.01%以下、
Ti:0.001%以上0.019%以下、
O:0.001%以上0.02%以下、
N:0.01%以上0.5%以下、
Ca:0.0001%以上0.005%以下、および、
Mg:0.0001%以上0.0030%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、
前記ステンレス鋼材の結晶粒度が4以上であり、
前記鋼材中に、Mn、Mg、Al、CrおよびTiを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、
複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下である、ステンレス鋼材。
【0008】
(2)前記化学組成が、質量%で、さらに、
Mo:0.01%以上5.0%以下、
Cu:0.01%以上5.0%以下、
B:0.0001%以上0.0050%以下、
Nb:0.1%以上0.6%以下、
W:0.01%以上0.5%以下、
Sn:0.01%以上0.5%以下、
V:0.01%%以上0.5%以下、
Co:0.01%以上0.5%以下、
Zr:0.01%以上0.5%以下、
Pb:0.0001%以上0.5%以下、および、
REM:0.0003%以上0.3%以下を含む、ステンレス鋼材。
【0009】
(3)精錬原料を添加した後の溶鋼および精錬スラグ中のTiの総量を、0.10kg/t以上2.00kg/t以下となるように精錬を行う精錬工程を含む、(1)又は(2)に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【0010】
(4)前記精錬工程を行った後のスラグ組成が、下記の(1)式乃至(4)式の範囲を満足する、(3)に記載のステンレス鋼材の製造方法。
(1)式:0.9≦[CaO]/[SiO]≦3.0
(2)式:[Al]≦5.0
(3)式:[Ti]≦3.0
(4)式:[MgO]≦15.0
ただし、(1)式乃至(4)式中の[CaO]、[SiO]、[Al]、[Ti]および[MgO]は、それぞれスラグ組成中に含まれる、CaO、SiO、Al、TiおよびMgOの含有量(質量%)である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ステンレス鋼材中に含有する特定成分の適正化を図るとともに、ステンレス鋼材の結晶粒度を4以上にし、ステンレス鋼材中に存在するMn、Mg、Al、CrおよびTiを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物を制御することによって、鏡面研磨性に優れたステンレス鋼およびその製造方法を提供することができた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の説明はこの発明における実施形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
【0013】
本発明者らは、課題を解決するために、脱炭処理における転炉、AOD又はVODによる精錬後のステンレス溶鋼に対して、スラグ調整用に添加する原料のTi量を調整し、スラグの組成を調整することで、ステンレス鋼材にした時の結晶粒度の粗大化を抑えながら、相当円直径3μm超えの複合酸化物系介在物を低減することが可能となった。これにより、3μm超えの複合酸化物系介在物を抑制できるため、表面欠陥の少ない鏡面研磨性に優れるステンレス鋼材の製造が可能になった。
以下に、本発明のステンレス鋼材を具体的に説明する。
【0014】
本発明のステンレス鋼材は、化学組成が、質量%で、
C:0.001%以上0.150%以下、
Si:0.1%以上3.0%以下、
Mn:0.1%以上15.0%以下、
P:0.005%以上0.040%以下、
S:0.0001%以上0.0100%以下、
Ni:2.0%以上20.0%以下、
Cr:10.0%以上30.0%以下、
Al:0.0001%以上0.01%以下、
Ti:0.001%以上0.019%以下、
O:0.001%以上0.02%以下、
N:0.01%以上0.5%以下、
Ca:0.0001%以上0.005%以下、および、
Mg:0.0001%以上0.0030%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【0015】
(化学組成)
以下に、各必須添加元素の限定理由について説明する。なお、以下の化学組成の各成分の説明では、「質量%」を単に「%」として示している。
(C:0.001%以上0.150%以下)
C(炭素)は、オーステナイト安定化元素であるとともに強度を向上する元素である。0.001%以上にするとよく、好ましくは0.004%以上がよい。ただし、過剰に存在する場合、Crの炭化物を生成することで耐食性を低下させ、また顕著に加工性を低下させるため、上限は0.150%以下にするとよく、好ましくは0.100%以下とする。
【0016】
(Si:0.1%以上3.0%以下、)
Si(シリコン)は、脱酸に寄与する元素であり、添加量が多いほど複合酸化物系介在物の塩基度が下がり軟質化する作用がある。Siを添加する必要はないが、Al添加前に予備脱酸として用いる分には添加しても構わない。添加する場合、その効果を発現させるためには0.1%以上含有する、好ましくは0.4%以上にする。一方、過剰な添加は加工性低下を招くため、3.0%以下とし、好ましくは1.0%以下にする。
【0017】
(Mn:0.1%以上15.0%以下、)
Mn(マンガン)は、オーステナイト安定化元素であるとともにSiと同様に脱酸に寄与する元素であり、添加量が多いほど複合酸化物系介在物の塩基度が下がり軟質化する作用がある。その効果を発現させるためには0.1%以上含有する、好ましくは0.3%以上にする。一方、過剰な添加は加工性や耐食性の低下を招くため、15.0%以下とし、好ましくは5.0%以下にする。
【0018】
(P:0.005%以上0.040%以下)
P(リン)は、靱性や熱間加工性、耐食性を低下させる等によりステンレス鋼にとって有害であるため、少ないほど良く、0.040%以下にする。ただし、過剰な低下は精錬時の負荷が高いか、または高価格の原料を用いる必要があるため、実際の操業としては0.005%以上含有する、好ましい範囲は、製造コストを考慮して0.010~0.030%とする。
【0019】
(S:0.0001%以上0.0100%以下)
S(硫黄)は、靱性や熱間加工性、耐食性を低下させる等によりステンレス鋼にとって有害であるため、少ないほど良く、0.0100%以下にする。ただし、過剰な低下は精錬時の負荷が高いか、または高価格の原料を用いる必要があるため、実際の操業としては0.0001%以上含有する。
【0020】
(Ni:2.0%以上20.0%以下)
Ni(ニッケル)は、添加することでステンレス鋼の高い耐食性をさらに高める作用がある。含有する場合、この効果を得るためには2.0%以上含有するとよく、好ましくは6.0%以上にする。一方、高価な元素であるため20.0%を超えて添加しても合金コストの増大に見合う効果が得られないため、20.0%以下にするとよく、好ましくは16%以下にする。
【0021】
(Cr:10.0%以上30.0%以下)
Cr(クロム)はステンレス鋼に耐食性をもたらす元素であり、10.0%以上含有するとよく、好ましくは15.0%以上にする。その一方、多量の含有は加工性の低下を招くため、30.0%以下にするとよく、好ましくは22.0%以下にする。
【0022】
(Al:0.0001%以上0.010%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸に寄与する元素であるが、スピネル構造の硬質介在物であるMgO・Alの生成を促進し、製品品質を低下させる。そのため0.010%以下にするとよく、好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.002%以下にする。ただし、過剰な低下は精錬時の負荷が高くなり、または高価格の原料を用いる必要があるため、実際の操業としては0.0001%以上含有する。
【0023】
(Ti:0.001%以上0.019%以下)
Ti(チタン)は、CやNの安定化作用により耐食性を担保する元素であるとともに、鋳造組織の微細化や炭窒化物Ti(C、N)によるピンニング効果等で製品材における母材の結晶粒径又は結晶粒度を制御するために必須の元素である。したがって、その効果を得るために0.001%以上含有する。しかし、表面性状が要求されるステンレス鋼ではTiが過剰に含まれる場合に 複合酸化物系介在物にTiが固溶し、複合酸化物系介在物の析出を促進する。この問題を解消するためには、0.019%以下にするとよく、好ましくは0.005%以下にする。
【0024】
(O:0.001%以上0.02%以下)
O(酸素)は、SiO生成により複合酸化物系介在物の軟質化を促進する元素であり、0.0010%以上とし、好ましくは0.0020%以上にする。0.02%を超えて存在すると、粗大なCrを生成し耐食性が低下してしまうため、0.02%以下にするとよく、好ましくは0.01%以下にする。
【0025】
(N:0.01%以上0.5%以下)
N(窒素)は、オーステナイト安定化元素であり、耐食性を向上するため、0.010%以上にするとよく、好ましくは0.030%以上にする。一方、過剰な添加は加工性の低下を招くため、0.5%以下にするとよく、好ましくは0.3%以下にする。
【0026】
(Ca:0.0001%以上0.005%以下)
Ca(カルシウム)は、0.005%を超えて存在すると、溶鋼段階における大粒径の複合酸化物系介在物が増加するため0.005%以下含有する。より好ましくは0.0020%以下にする。下限は特に限定しないが、Caはスラグの主成分であり、多少の巻き込みは避けられない。また、完全に除去することは難しく、過剰な低下は精錬時の負荷が高くなるため、実際の操業としては0.0001%以上含有する。
【0027】
(Mg:0.00001%以上0.0030%以下)
Mg(マグネシウム)は、スピネル構造の硬質介在物であるMgO・Alの生成を促進し、製品品質を低下させる。そのため、0.0030%以下にするとよく、好ましくは0.0020%以下にする。Mgはスラグの主成分であり、多少の巻き込みは避けられない。また、完全に除去することは難しく、過剰な低下は精錬時の負荷が高くなるため、実際の操業としては0.00001%以上含有する。
【0028】
また、本発明のステンレス鋼材は、必要に応じて、以下に示す任意添加元素をさらに添加することができる。
【0029】
(Mo:0.01%以上5.0%以下)
Mo(モリブデン)は、不動態皮膜の再不動態化を促進し、ステンレス鋼の高い耐食性をさらに高める作用がある。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.5%以上にする。一方、非常に高価であるため5.0%を超えて添加しても合金コストの増大に見合う効果が得られないばかりか、高Crで脆いシグマ相を形成して脆化と耐食性の低下を招くため、5.0%以下にするとよく、好ましくは1.5%以下にする。
【0030】
(Cu:0.01%以上5.0%以下)
Cu(銅)は、添加することでステンレス鋼の高い耐食性をさらに高める作用や加工性を向上する効果がある。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.5%以上にする。一方、過剰な添加は製造上のコストに見合う性能向上がなされないため、5.0%以下にするとよく、好ましくは1.5%以下にする。
【0031】
(B:0.0001%以上0.0050%以下)
B(ボロン)は粒界の強度を高める元素であり、加工性の向上に寄与する。含有する場合、この効果を発現させるためには0.0001%以上含有するとよく、好ましくは0.0005%以上にする。一方、過剰な添加は却って延びの低下による加工性低下を招くため、含有量を0.0100%以下にするとよく、好ましくは0.0050%以下にする。
【0032】
(Nb:0.1%以上0.6%以下)
Nb(ニオブ)は成形性や耐食性を高める作用がある。含有する場合、この効果を得るためには0.1%以上含有する。一方、0.6%を超えて添加すると再結晶しにくくなって組織が粗くなるため、0.6%以下にするとよく、好ましくは0.5%以下にする。
【0033】
(W:0.01%以上0.5%以下)
W(タングステン)は、Moと同様に、耐食性を向上させる効果がある。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.02%以上にする。一方で、W含有量が0.5%を超えると、強度が過度に高まり、加工性が低下するため、0.5%以下にするとよく、好ましくは0.3%以下にする。
【0034】
(Sn:0.01%以上0.5%以下)
Sn(スズ)は添加することでステンレス鋼の高い耐食性をさらに高める効果がある。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.02%以上にする。一方で過剰な添加は加工性の低下につながるため、0.5%以下にするとよく、好ましくは0.3%以下にする。
【0035】
(V:0.01%%以上0.50%以下)
V(バナジウム)は、窒化物VNを形成することでCr窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。その効果は、V含有量が0.01%以上で得られる。しかし、V含有量が0.50%を超えると、加工性が低下する。そのため、Vを含有する場合は、V含有量を0.01%以上0.50%以下とする。
【0036】
(Co:0.01%以上0.50%以下)
Co(コバルト)はオーステナイト安定化元素であり、ステンレス鋼の耐隙間腐食性を向上させる元素である。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有するとよく、好ましくは0.02%以上にする。一方で過剰な添加は加工性の低下につながるため、0.50%以下にするとよく、好ましくは0.30%以下にする。
【0037】
(Zr:0.01%以上0.50%以下)
Zr(ジルコニウム)は、CおよびNと結合して、Zr炭窒化物の析出による耐食性の低下を抑制する元素である。その効果は、Zr含有量が0.01%以上で得られる。しかし、Zr含有量が0.50%を超えると、加工性が低下する。そのため、Zrを含有する場合は、Zr含有量を0.01%以上0.50%以下とする。
【0038】
(Pb:0.0001%以上0.5%以下)
Pb(鉛)は鋼中に分散し快削性を高める効果がある。一方で、Pb含有量が0.50%を超えると、低融点化合物が過度に生成し熱間加工性が低下するため、0.50%以下にするとよく、好ましくは0.30%以下にする。また、完全に除去することは難しく、過剰な低下は精錬時の負荷が高くなるため、実際の操業としては0.0001%以上含有する。
【0039】
(REM:0.0003%以上0.30%以下)
REM(希土類金属)はSと反応し、耐食性を改善させる元素である。その効果はREM含有量が0.0003%以上で得られる。一方、過剰な添加はノズル閉塞を起こし、製造性に悪影響を及ぼすため、0.30%以下にするとよく、好ましくは0.003%以下にする。REM(希土類金属)は、Ce、Pr、Sm等のランタノイド系列、アクチノイド系列の希土類金属及びこれらの複合した金属を示している。
【0040】
(残部はFeおよび不可避的不純物)
残部はFeおよび不可避的不純物からなり、不可避的不純物としては、例えばAs及びSbなどが挙げられるが、ここで不可避的不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0041】
(結晶粒度および複合酸化物系介在物)
次に、本発明のステンレス鋼材の結晶粒度と複合酸化物系介在物の限定理由について説明する。
本発明のステンレス鋼材は、ステンレス鋼材の結晶粒度が4以上であり、鋼材中に、Mn、Mg、Al、CrおよびTiを含有し、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下である。
【0042】
本発明のステンレス鋼材は、結晶粒度が4以上である。結晶粒度は、ステンレス鋼材の表面の結晶粒の大きさを表す指標である。金属組織の結晶粒度を解析することで、金属材料が目的とする機械的性質を持っているかを検査し、評価することができる。
測定は、金属組織の試料を用意し、金属顕微鏡を使って結晶粒度を、JIS G 0551「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」に準拠して測定した。製造した本発明のステンレス鋼材から3つの試験片を切り出し、試験片の線材伸線方向平行な断面(L断面)および板材圧延方向に平行な断面(L断面)を研磨した。研磨後の試験片表面に対して試験片成分に応じた適当な腐食液を用いて結晶粒を現出した後にJIS G 0551に従い結晶粒度標準図と比較して粒度を評価した。
結晶粒度と加工後の表面粗さの相関を調べた結果、結晶粒度を4.0以上として細粒にすることにより、表面の欠陥の少ない優れた鏡面研磨性の高いステンレス鋼材を得ることができた。一方、結晶粒度の上限値は特に限定はしないが、結晶粒度が9.0を超えると、表面の研磨の生産性が低下し、加工後の表面粗さが大きくなる場合や、結晶粒径が小さくなって、結晶粒界が増加し、鏡面研磨性が低下する場合があることから、結晶粒度の上限値は9.0とすることが好ましい。更に、引張強度、延性および製造性の観点から、結晶粒度は4.5~8.0とすることがより好ましい。
【0043】
また、本発明のステンレス鋼材は、相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下である。
【0044】
本発明のステンレス鋼材の酸化精錬後における溶鋼中の介在物は、Cr、MnO等の低級酸化物が主体であるが、Si添加によってそれらが還元される際には、メタルSi源およびTi源に含まれる微量のAl、Ti、Caなど、および、スラグや耐火物などから還元されたCa、Mg、Alなどが、溶鋼に混入し、時間経過および温度低下とともに複合酸化物系介在物を形成する。
このときに、複合酸化物系介在物は多くの酸化物を含有している。例えば、MnO、MgO、Al、Cr、Ti、SiO、CaO等がある。このなかで、MnO、MgO、Al、Cr、Tiを含む複合酸化物系介在物は、ステンレス鋼材の表面で圧延等の製造時に、また、研磨して鏡面にして製品化する場合、伸延されていないために、研磨面に対して垂直方向に深い異物として残存し、鏡面研磨時に脱落するとピットとなり表面品質上問題となる。これに対して、Ti‐、Cr‐等以外のSiO、CaOを含む軟質な複合酸化物系介在物は、圧延又は研磨工程で伸延されると、研磨面に対して垂直方向に浅い異物として残存し問題とならない。
したがって、鏡面研磨性に有害となるMnO、MgO、Al、Cr、Tiを含む複合酸化物系介在物について個数密度規定している。
【0045】
また、上記酸化物組成を有し、且つ、相当円直径3μm以上である複合酸化物系介在物は、鏡面研磨性を低下させるため、単位面積当たりに存在する個数を0.01個/mm~5個/mmの範囲に制御することが好ましい。更に好ましくは、0.03個/mm~3個/mmの範囲である。
これによって、本発明のステンレス鋼材は、研磨性に優れ、研磨により鏡面を有する鏡面研磨性に優れたステンレス鋼材を得ることができる。
なお、精錬中の溶鋼中のO濃度によって、Ti価数は変化しうるが、いずれの価数のTiであっても複合酸化物系介在物の生成を促進し、悪影響を及ぼすので複合酸化物系介在物中のTiはTiO、TiOやTiなどの価数が異なる状態で存在してもよい。また、各成分の濃度については、MgO+Al+SiO+CaO+Ti+Cr+MnOを100質量%として換算し算出する。
【0046】
ここで、上記の複合酸化物系介在物の組成および個数密度の測定方法について、説明する。製造した本発明のステンレス鋼材の伸線方向断面をエメリー紙による研磨およびバフ研磨を行い鏡面仕上げにした後、SEM・EDS(走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析法)を用いて200mmの面積中に存在する複合酸化物系介在物の個数を計測し、EDSで介在物組成を測定することでコンタミの判定・複合酸化物系介在物の種別判定を行う。観察された複合酸化物系介在物について、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下であり、さらに、相当円直径3μm以上である複合酸化物系介在物について個数密度の測定と平均組成の算出を実施した。
【0047】
また、相当円直径は、以下のように測定する。SEM・EDS(走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析法)を用いて200mmの面積中に存在する複合酸化物系介在物の個数を計測する際に、観察視野n=3のサイズ(面積)を測定し、測定した析出物の平均サイズ(平均面積)に相当する円の直径を算出し、この算出した直径を相当円直径とする。
【0048】
以上で説明した成分組成、結晶粒度および複合酸化物系介在物に制御した本発明のステンレス鋼材は鏡面研磨性に優れるため、鋼材表面の算術平均粗さRaが、0.1μm以下となる。0.05μm以下であることが好ましい。
このような本発明のステンレス鋼材は、鏡面研磨後の美観性が重要視される各種用途に好適である。すなわち、鏡面研磨後の美観性には素材の表面粗さが重要であり、鏡面研磨で本来得られる素材の表面粗さに対して大きな介在物欠落によるピットが発生すると外観に劣った品質になる。表面粗さ測定については、JIS B 0601に従い、鋼板表面に対して圧延方向と平行方向あるいは直角方向に算術平均粗さ(Ra)が測定される。通常は、算術平均粗さRaが、0.2μm以下であれば、鏡面仕上げとして実用化されている。本発明のステンレス鋼材は、Raが0.1μm以下であれば、より高度な鏡面研磨においても美観性を満足することが明らかとなった。そのため、これら鏡面研磨後の美観性が重要視される用途に好適である。
【0049】
また、このステンレス鋼材の製造方法を以下に説明する。
本発明のステンレス鋼材の製造方法は、精錬原料を添加した後の溶鋼および精錬スラグ中に含まれるTi総量を0.10kg/t以上2.00kg/t以下とする精錬を行う精錬工程を含む。
【0050】
本発明のステンレス鋼材を製造方法には、原料を溶解および精錬し成分調整したステンレス鋼を溶製する。精錬工程においては、転炉、AOD、VOD、LFを用いる。本実施の形態では、精錬工程における還元時に発生するTiを含む複合酸化物系介在物の生成を抑制するため、還元材を高純度化し、また投入量を制御し、さらにスラグ組成を制御することで、ステンレス鋼中の複合酸化物系介在物の個数密度、組成を制御する。
複合酸化物系介在物は、Tiを含むことでより高温で生成しやすくなり、粗大化する。そこで、本実施の形態では、複合酸化物系介在物中のTi濃度が減少しやすい状態になるように鋼中成分、スラグ組成、および、塩基度(CaO/SiO)を調整する。
【0051】
本発明のステンレス鋼材を製造方法では、精錬工程において、原料または精錬で使用する耐火物などに含まれるAl、TiおよびAl、Tiを精錬に支障のない範囲で除くように調整する。また、鋼中のO濃度が上記の範囲となるように、十分な量のFe-Si合金またはメタルSi、メタルAlを用いて脱酸し、さらに、CaOまたはSiOを添加する。特に、精錬工程で添加する原料(精錬原料)中のTi成分は鋼中Ti濃度およびスラグ中のTiO濃度を上昇するため、Fe-Si合金またはメタルSi、メタルAlおよびFeCr合金やFeNi合金、石灰などの精錬原料に含まれるTiを0.10kg/t以上2.00kg/t以下とするように原料を規制する。
【0052】
これにより、精錬工程を行った後のスラグ組成が、下記の(1)式乃至(4)式の範囲を満足するように制御する。
(1)式:0.9≦[CaO]/[SiO]≦3.0
(2)式:[Al]≦5.0
(3)式:[Ti]≦3.0
(4)式:[MgO]≦15.0
ただし、(1)式乃至(4)式中の[CaO]、[SiO]、[Al]、[Ti]および[MgO]は、それぞれスラグ組成中に含まれる、CaO、SiO、Al、TiおよびMgOの含有量(質量%)である。
【0053】
このスラグ組成は、VOD、AOD、または、LF(取鍋加熱炉)の精錬後の値とする。ただし、精錬工程におけるスラグ中Tiの価数同定は通常の操業では困難であり、また、スラグ冷却過程でTiが異なる価数を取る場合が存在するので、スラグ中のTiはTiOやTiとして存在してもよい。(3)式:[Ti]の値が3.0質量%を超えると、複合酸化物系介在物にTiが固溶し、析出を促進することで3μm以上の複合酸化物系介在物が増加する。(2)式:[Al]の値が3.0を超える場合、(4)式:[MgO]の値が15.0を超える場合も、同様に、3μm以上の複合酸化物系介在物が増加する。
また、(1)式の値が3.0を超えると、Siによる還元効果で溶鋼中Ti濃度が上昇し、スラグ中の(3)式の値が1.0質量%の場合であっても溶鋼にTiが0.01質量%以上含まれることとなり、3μm以上の複合酸化物系介在物の析出が促進され、3μm以上介在物が多くなりすぎる場合がある。
【0054】
そして、精錬工程の後、連続鋳造法または造塊-分塊法により所定角サイズのビレットまたは所定サイズのスラブを形成する。
その後、線材製造の場合は、所定角サイズのビレットに対し、圧延工程、酸洗工程を経て、所定の径に圧延する。板材製造の場合は、所定サイズのスラブに対し、圧延工程を経て、所定の板厚に圧延する。その後、線材・板材はいずれも要求される寸法に応じて、焼鈍工程および/または酸洗工程を経てもよい。
【0055】
このように、本実施形態によれば、精錬工程後のステンレス溶鋼において、スラグ調整用のメタル原料に含有するTi総量の規制および浮上しているスラグの組成について調整を行うことで、通常の精錬と比較して、ステンレス鋼材中のTiを低減することが可能となる。これにより、多量のTiを添加することで、発生するTiを含有する複合酸化物系介在物の生成を安定して抑制できる。そのため、Tiを利用して製造方法に依らず母材の結晶粒径を4以上としながら、研磨時における介在物起因のピット、ピンホールなどの欠陥が少なく、鏡面度が非常に高い、つまり鏡面研磨性に優れたステンレス鋼成品の製造が可能になる。したがって、鏡面研磨して使用される材料向けのステンレス鋼として好適に用いることができる。
【実施例0056】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0057】
表1は、実施例1~20、比較例1~8に必須添加元素及び一部では任意添加元素の含有量を示している。
【0058】
【表1】
【0059】
表1に示した実施例と比較例のうち実施例1~実施例10および比較例1~6の各組成のステンレス鋼60トンを電気炉→AOD→LF(取鍋加熱炉)→連続鋳造工程を経て150mm角ビレットとして溶製した。表1に示した条件のうち、実施例11~実施例20および比較例7、8までの各組成のステンレス鋼100kgを真空溶解工程で20mm角の鋼塊として溶製した。
【0060】
つぎに、製造条件に応じて表2に示す組成の精錬スラグとなるよう、CaO/SiOを0.9~4.0、MgO濃度を1.8~20%、Al、Ti濃度を0.0~10.5%まで変化させて溶鋼と反応させた。
【0061】
【表2】
【0062】
その後、各ビレットおよびスラブに対して圧延・焼鈍酸洗を行い、実施例1~実施例10および比較例1~6をφ10mmの線材、実施例11~実施例20および比較例7、8を3mmtの厚さの板材とし、実施例1~実施例20および比較例1~比較例8から試料を採取した。その後、採取した試料を評価した。
【0063】
採取した試料から3つの試験片を切り出し、試験片の線材伸線方向平行な断面(L断面)および板材圧延方向に平行な断面(L断面)を研磨した。研磨後の試験片表面に対して試験片成分に応じた適当な腐食液を用いてで結晶粒を現出した後にJIS G 0551に従い結晶粒度標準図と比較して結晶粒度を評価した。
【0064】
採取した試料の伸線方向断面をエメリー紙による研磨およびバフ研磨を行い鏡面仕上げにした。SEM・EDSを用いて200mmの面積中に存在する介在物個数を計測し、EDSで介在物組成を測定することでコンタミの判定・介在物の種別判定を行った。観察された介在物についてMnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下の成分であり、さらに、相当円直径3μm以上である介在物について個数密度の測定と平均組成の算出を実施した。
【0065】
採取したサンプルの伸線方向断面をエメリー紙による研磨およびバフ研磨を行い鏡面仕上げにした。JIS B 0651に基づき、サンプルの周方向中心位置における長さ0.4mmについて針式粗さ計(針先端径2μm)での評価を各サンプル3回実施した。得られた3データから算術平均粗さRaの3点平均値を算出した。算術平均粗さRaが0.1μm以下であれば、研磨後の表面が汚れや斑点の少ないことから優れた鏡面研磨性を有していると判断した。
【0066】
【表3】
【0067】
表2と表3に示す結果から、実施例1~20のステンレス鋼材は、結晶粒度は4以上であり、複合介在物系の個数密度が0.01以上であり、MnOおよびMgOの合計濃度、Al、CrおよびTiの合計濃度、および、Tiの濃度が本発明の範囲内であり、適正な精錬原料添加後の溶鋼及び精錬スラグ中のTi含有量およびスラグ組成に制御されているため、製造した線材または板材は、算術平均粗さRaがすべて0.1μm以下の優れた鏡面研磨性を有していた。
【0068】
比較例1は、化学成分としてTi含有量が多く、かつ、精錬スラグの(1)式の値が3.0を超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えており、かつ、Tiの濃度が5.00質量%を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0069】
比較例2は、化学成分としてAl含有量が多く、かつ、精錬スラグの(2)式の値が5.0を超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0070】
比較例3は、化学成分としてMg含有量が多く、かつ、精錬スラグの(4)式の値が15.0を超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0071】
比較例4は、化学成分としてTi含有量が多く、かつ、精錬スラグの(3)式の値が3.0を超えている。また、精錬原料添加後の溶鋼及び精錬スラグ中のTi含有量が2.00kg/tを超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えており、かつ、Tiの濃度が5.00質量%を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0072】
比較例5は、化学成分としてTi含有量が多く、かつ、精錬スラグの(3)式の値が3.0を超えている。また、精錬原料添加後の溶鋼及び精錬スラグ中のTi含有量が2.00kg/tを超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えており、かつ、Tiの濃度が5.00質量%を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0073】
比較例6は、化学成分としてTi含有量を少なくしている。また、精錬原料添加後の溶鋼及び精錬スラグ中のTi含有量が0.1kg/t未満である。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを未満であるが、鋼塊の等軸晶化や熱延後の冷却過程における再結晶時のピンニング効果が不充分であり、結晶粒度が3.5と4未満の低い値となっており、実用上問題があると判断している。
【0074】
比較例7は、化学成分としてAlとMg含有量が多く、かつ、精錬スラグの(3)式の値が3.0を超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0075】
比較例8は、化学成分としてTi含有量が多く、かつ、精錬スラグの(3)式の値が3.0を超えている。また、精錬原料添加後の溶鋼及び精錬スラグ中のTi含有量が2.00kg/tを超えている。また、複合酸化物系介在物における個数密度が5を超えており、かつ、Tiの濃度が5.00質量%を超えている。このために、算術平均粗さRaが0.1μmを超えて、鏡面研磨性が不良と判断している。
【0076】
これらの実施例1~20および比較例1~8の結果から、本発明の目標とした結晶粒度、研磨後表面の算術平均粗さRaを満足するためには、本発明で規定する化学組成の範囲と、ステンレス鋼材の結晶粒度が4以上であり、鋼材中の相当円直径が3μm以上である複合酸化物系介在物が存在し、複合酸化物系介在物中における、MnOおよびMgOの合計濃度が10.0質量%以上50.0質量%以下であり、Al、CrおよびTiの合計濃度が30.0質量%以上80.0質量%以下であり、かつ、Tiの濃度が0.01質量%以上5.00質量%以下を満足する必要があることがわかった。