(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054530
(43)【公開日】2024-04-17
(54)【発明の名称】除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法
(51)【国際特許分類】
A01N 59/00 20060101AFI20240410BHJP
A61L 9/14 20060101ALI20240410BHJP
A61L 9/01 20060101ALI20240410BHJP
F24F 8/24 20210101ALI20240410BHJP
A61L 2/18 20060101ALI20240410BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20240410BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240410BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240410BHJP
A61L 101/22 20060101ALN20240410BHJP
【FI】
A01N59/00 A
A61L9/14
A61L9/01 B
F24F8/24
A61L2/18 102
A01N25/02
A01P1/00
A01P3/00
A61L101:22
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160801
(22)【出願日】2022-10-05
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-05-15
(71)【出願人】
【識別番号】599053643
【氏名又は名称】株式会社エアレックス
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】緒方 嘉貴
(72)【発明者】
【氏名】二村 はるか
(72)【発明者】
【氏名】郭 志強
(72)【発明者】
【氏名】北野 司
(72)【発明者】
【氏名】浮浦 亜由美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 成美
(72)【発明者】
【氏名】紅林 航平
(72)【発明者】
【氏名】青井 景都
(72)【発明者】
【氏名】奥村 鈴音
(72)【発明者】
【氏名】大島 充稔
(72)【発明者】
【氏名】川崎 康司
【テーマコード(参考)】
4C058
4C180
4H011
【Fターム(参考)】
4C058AA23
4C058BB07
4C058CC03
4C058JJ07
4C058JJ24
4C180AA07
4C180AA10
4C180CB01
4C180EA53X
4C180GG08
4C180LL06
4C180LL20
4H011AA02
4H011BB18
4H011DA13
4H011DG12
(57)【要約】
【課題】アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法を提供する。
【解決手段】除染液は、水溶液の電気伝導度を増加させる物質を溶解した過酸化水素水からなる。この物質は、電解質であることが好ましく、無機塩又は有機酸であることがより好ましい。また、この除染液の電気伝導度の値が14μS/cm以上であることが好ましい。また、除染液の蒸発残分が30ppm以下であることが好ましい。また、除染装置及び除染方法は、この除染液を除染用ミストとして除染対象室の内部に放出して、当該除染対象室の内部を除染する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
除染液を除染用ミストとして除染対象室の内部に放出して、当該除染対象室の内部を除染する除染装置に使用する除染液であって、
前記除染液は、水溶液の電気伝導度を増加させる物質を溶解した過酸化水素水からなることを特徴とする除染液。
【請求項2】
前記電気伝導度を増加させる物質は、電解質であることを特徴とする請求項1に記載の除染液。
【請求項3】
前記電解質は、無機塩又は有機酸であることを特徴とする請求項2に記載の除染液。
【請求項4】
前記有機酸は、常温で液体であり、且つ、沸点が150℃以下であることを特徴とする請求項3に記載の除染液。
【請求項5】
前記除染液は、電気伝導度の値を14μS/cm以上に調整されてなることを特徴とする請求項1~4のいずれか1つに記載の除染液。
【請求項6】
前記除染液は、蒸発残分が30ppm以下であることを特徴とする請求項5に記載の除染液。
【請求項7】
除染液を除染用ミストとして除染対象室の内部に放出して、当該除染対象室の内部を除染する除染装置であって、
除染液供給装置とミスト発生装置とミスト放出口とを備え、
前記除染液供給装置は、請求項6に記載の除染液を貯留して当該除染液を前記ミスト発生装置に供給し、
ミスト発生装置は、前記除染液をミスト化して除染用ミストを発生し、
ミスト放出口は、前記除染対象室の内部壁面に開口して前記除染用ミストを前記除染対象室の内部に放出することを特徴とする除染装置。
【請求項8】
除染工程とエアレーション工程とからなり、除染対象室の内部を除染する除染方法であって、
前記除染工程において、請求項7に記載の除染装置を使用し、前記ミスト発生装置により前記除染液から前記除染用ミストを発生させ、当該除染用ミストを前記ミスト放出口から放出して前記除染対象室の内部を除染し、
前記除染工程後の前記エアレーション工程において、前記除染対象室の内部に清浄空気を導入して、前記除染対象室の内部に残留する前記除染液のミスト及び凝縮膜を前記除染対象室の外部に放出することを特徴とする除染方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アイソレーター、RABS、無菌室などや、それらに付随するパスルーム、パスボックスなどの作業室の室内に除染用ミストを発生させて除染を行う際に使用する除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医薬品或いは食品などを製造する製造現場、或いは、手術室などの医療現場においては、室内の無菌状態を維持することが重要である。特に医薬品製造の作業室である無菌室の除染においては、GMP(Good Manufacturing Practice)に即した高度な除染バリデーションを完了させる必要がある。
【0003】
近年、無菌環境が要求される作業室の除染には、過酸化水素ガスが広く採用されている。この過酸化水素ガスは、強力な滅菌効果を有し、安価で入手しやすく、且つ、最終的には酸素と水に分解する環境に優しい除染ガスとして有効である。
【0004】
一方、過酸化水素ガスによる除染効果は、除染対象部位の表面に凝縮する過酸化水素水の凝縮膜によるものであることが下記特許文献1で示された。そこで、本発明者らは、過酸化水素ガスに代えて過酸化水素水の微細なミスト(以下「除染用ミスト」という)を除染対象である作業室に供給することで、より少ない量の除染液で効率的な除染が可能であることを見出し、下記特許文献2などの提案を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭61-4543号公報
【特許文献2】特開2020-156970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水が機械的に微小粒子に分裂されると粒子が帯電することは、レナード効果として知られている。一般に、超純水(電気伝導度<0.1μS/cm)などの電気伝導度の小さい液体を2流体ノズルや超音波霧化装置などによりミスト化すると、液体の配向双極子の分裂が起こり、小さな液滴ほど強く帯電する。本発明において、過酸化水素水を除染液として使用し、これを除染用ミストに微細化する際には、2流体ノズルや超音波霧化装置などを使用する。除染液として使用する過酸化水素水も、超純水と同様に電気伝導度が小さく、除染のために2流体ノズルや超音波霧化装置などにより微細ミスト化すると、超純水と同様に噴霧帯電が起こり、噴霧された除染用ミストが帯電することがわかってきた。
【0007】
噴霧帯電した除染用ミストは、ミスト放出口の近傍の壁面などに静電付着して壁面にミストの凝縮による濡れが生じるという問題があった。作業室の除染の際に、このような部分的に過剰な濡れが発生すると、除染の際に壁面での液垂れが生じる。その結果、除染用ミストの不均一性が生じ、除染効果が低下あるいは不均一を引き起こす。また、エアレーションの不良などの原因となる。しかし、これまでに除染に用いる過酸化水素からなる除染用ミストの噴霧帯電による付着を防止する技術は開発されていない。
【0008】
そこで、本発明は、上記の諸問題に対処して、アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、除染液として使用する過酸化水素水の電気伝導度に着目し、これを一定の値以上にすることのできる物質を過酸化水素水に溶解することにより上記目的を達成できることを見出し本発明の完成に至った。
【0010】
即ち、本発明に係る除染液は、請求項1の記載によれば、
除染液を除染用ミストとして除染対象室の内部に放出して、当該除染対象室の内部を除染する除染装置に使用する除染液であって、
前記除染液は、水溶液の電気伝導度を増加させる物質を溶解した過酸化水素水からなることを特徴とする。
【0011】
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載の除染液において、
前記電気伝導度を増加させる物質は、電解質であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項2に記載の除染液において、
前記電解質は、無機塩又は有機酸であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明は、請求項4の記載によると、請求項3に記載の除染液において、
前記有機酸は、常温で液体であり、且つ、沸点が150℃以下であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、請求項5の記載によると、請求項1~4のいずれか1つに記載の除染液において、
前記除染液は、電気伝導度の値を14μS/cm以上に調整されてなることを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、請求項6の記載によると、請求項5に記載の除染液において、
前記除染液は、蒸発残分が30ppm以下であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る除染装置は、請求項7の記載によると、
除染液を除染用ミストとして除染対象室の内部に放出して、当該除染対象室の内部を除染する除染装置であって、
除染液供給装置とミスト発生装置とミスト放出口とを備え、
前記除染液供給装置は、請求項6に記載の除染液を貯留して当該除染液を前記ミスト発生装置に供給し、
ミスト発生装置は、前記除染液をミスト化して除染用ミストを発生し、
ミスト放出口は、前記除染対象室の内部壁面に開口して前記除染用ミストを前記除染対象室の内部に放出することを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る除染方法は、請求項8の記載によると、
除染工程とエアレーション工程とからなり、除染対象室の内部を除染する除染方法であって、
前記除染工程において、請求項7に記載の除染装置を使用し、前記ミスト発生装置により前記除染液から前記除染用ミストを発生させ、当該除染用ミストを前記ミスト放出口から放出して前記除染対象室の内部を除染し、
前記除染工程後の前記エアレーション工程において、前記除染対象室の内部に清浄空気を導入して、前記除染対象室の内部に残留する前記除染液のミスト及び凝縮膜を前記除染対象室の外部に放出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
上記構成によれば、本発明に係る除染液は、水溶液の電気伝導度を増加させる物質を溶解した過酸化水素水からなる。また、電気伝導度を増加させる物質は、電解質であることが好ましい。また、電解質は、無機塩又は有機酸であることが好ましい。また、有機酸は、常温で液体であり、且つ、沸点が150℃以下であることが好ましい。また、この除染液の蒸発残分は、30ppm以下であることが好ましい。また、この除染液の電気伝導度の値は、14μS/cm以上に調整されていることが好ましい。
【0019】
これらのことにより、アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染液を提供することができる。
【0020】
また、上記構成によれば、本発明に係る除染装置は、除染液供給装置とミスト発生装置とミスト放出口とを備えている。また、除染液供給装置は、上記構成に係る除染液を貯留して当該除染液をミスト発生装置に供給する。また、ミスト発生装置は、除染液をミスト化して除染用ミストを発生する。また、ミスト放出口は、除染対象室の内部壁面に開口して除染用ミストを除染対象室の内部に放出する。
【0021】
このことにより、アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染装置を提供することができる。
【0022】
また、上記構成によれば、本発明に係る除染方法は、除染工程とエアレーション工程とからなる。除染工程においては、上記構成に係る除染装置を使用し、ミスト発生装置により除染液から除染用ミストを発生させ、当該除染用ミストをミスト放出口から放出して除染対象室の内部を除染する。次に、除染工程後のエアレーション工程においては、除染対象室の内部に清浄空気を導入して、除染対象室の内部に残留する除染液のミスト及び凝縮膜を除染対象室の外部に放出する。
【0023】
このことにより、アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】除染装置のミスト放出口から放出される除染用ミストが、噴霧帯電して除染対象室の壁面に静電付着する様子を示す概念図である。
【
図2】本実施形態に係る除染装置を装着したアイソレーターの内部を示す概略側面図である。
【
図3】
図2に装着した除染装置を示す外観正面図である。
【
図4】
図3の除染装置を構成する超音波霧化装置の構造を示す(A)正面図、(B)右側断面図である。
【
図5】
図3の除染装置のミスト放出口の周辺に感水試験紙を配置した状態を示す写真である。
【
図6】実施例1で調整した各除染液の噴霧試験による感水試験紙の濡れ状態を示す評価結果の表と写真を示す図である。
【
図7】アイソレーターの内部に酵素インジケーター(EI)を配置した状態を示す内部斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明において「ミスト」とは、広義に解釈するものであって、微細化して空気中に浮遊する除染液が液滴の状態、除染液がガスと液滴が混在した状態、除染液がガスと液滴との間で凝縮と蒸発との相変化を繰り返している状態などを含むものとする。また、粒径に関しても、場合によって細かく区分されるミスト・フォグ・エアロゾル・液滴などを含んで広義に解釈する。
【0026】
よって、本発明に係るミストにおいては、場合によってミスト(10μm以下と定義される場合もある)或いはフォグ(5μm以下と定義される場合もある)と呼ばれるもの、及び、それ以上の粒径を有するものも含むものとする。
【0027】
以下、本発明に係る除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明は、下記に示す実施形態にのみ限定されるものではない。
【0028】
《除染液》
本発明においては、除染液として過酸化水素水を使用し、これをミスト化して除染用ミストを発生させる。この除染用ミストを除染対象室の内部に放出して室内を除染する。除染液として使用する過酸化水素水の濃度は特に限定するものではないが、一般に、危険物などの取扱いを考慮して30~35W/V%のものを使用することが好ましい。
【0029】
上述のように、過酸化水素水をミスト化した場合、噴霧帯電により除染用ミストが強く帯電する。そのため、帯電した除染用ミストは、除染対象室の室内、特にミスト放出口の付近の壁面に静電付着して濡れが生じる。
図1は、除染装置のミスト放出口から放出される除染用ミストが、噴霧帯電して除染対象室の壁面に静電付着する様子を示す概念図である。
図1において、除染装置10は、除染液供給装置(図示せず)とミスト発生装置11とミスト放出口12とを備え、除染対象室の側壁面13に設けられている。
【0030】
ミスト発生装置11は、超音波霧化装置であって、除染液供給装置から供給された除染液を除染液溜14に保持し、これをミスト化して除染用ミスト15に変換する。このミスト発生装置11は、除染液を霧化する多孔振動板11aと、この多孔振動板11aを膜震動させる圧電振動子11bとから構成されている(詳細は後述する)。
【0031】
また、多孔振動板11aは、その表面を除染対象室の内部(側壁面13の図示左側)に向け、裏面を除染液溜14の内部に向けて取り付けられている。また、多孔振動板11aの複数の微細孔は、除染対象室の内部と除染液溜14とを貫通している。
図1においては、多孔振動板11aの表面がミスト放出口12を兼ねている。
【0032】
図1において、ミスト放出口12(多孔振動板11a)から放出された除染用ミスト15は、噴霧帯電により強く帯電している。そのため、除染用ミスト15は、静電付着して側壁面13の表面に除染液の濡れ16が生じている。この濡れ16が多くなると、除染対象室の除染の際に壁面での液垂れが生じる。その結果、除染ミストの不均一性を生じ、ひいては除染効果の低下あるいは不均一性を引き起こす。また、エアレーションの不良などの原因となる。
【0033】
本発明に係る除染液は、このような噴霧帯電の発生を防止することを目的とする。本発明者らの確認によれば、市販されている35W/V%過酸化水素水の電気伝導度は、平均値として約8μS/cmであった(詳細は後述する)。本発明者らは、このような低い電気伝導度ゆえに、過酸化水素水をミスト化した際に噴霧帯電を生じるものと考えた。
【0034】
そこで、本発明においては、除染用ミストの噴霧帯電を防止するために、過酸化水素水に所定量の電気伝導度を増加させる物質を溶解して、その電気伝導度を所定の値以上に調整したものを除染液とする。なお、過酸化水素水に添加する電気伝導度を増加させる物質の種類と量は、特に限定するものではないが、過酸化水素水の除染効果を妨げず、且つ、除染液としての安定性を確保することが必要である。
【0035】
水溶液の電気伝導度を増加させる物質としては、水溶液中で解離する電解質を挙げることができる。この電解質としては、塩類、酸類、塩基類などが考えられる。これらの中で、本発明における電解質としては、無機塩又は有機酸が特に有効である。代表的な無機塩としては、塩化物、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩などを使用することができる。また、代表的な有機酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸、酒石酸、酪酸、フマル酸などや、過酢酸などの過酸も使用することができる。なお、これらの無機塩又は有機酸などは、単独で使用してもよく、或いは、複数種類を組み合わせて使用してもよい。一方、炭酸ガスやアンモニアガスを直接吹き込み、或いは、水に溶解した炭酸水やアンモニア水も過酸化水素水に混合することができる。しかし、これらの物質は、常温でガスであり直ぐに蒸散してしまうことから、除染液の安定性に問題が生じることがある。
【0036】
また、使用する有機酸は、常温で液体であり、且つ、沸点が150℃以下であることが好ましい。まず、常温で液体であることにより、除染時及びエアレーション時に除染対象室の内部で析出固化することがなく、除染対象室の内部に残差を残すことがない。また、過酸化水素の沸点は約152℃であり、これより低い沸点を有することによりエアレーション時に除染対象室の内部から容易に排出することができる。このような有機酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、過酢酸などが好ましい。
【0037】
本発明においては、上記の電気伝導度を増加させる物質を過酸化水素水に溶解した除染液を使用する。なお、除染液の電気伝導度の値は、14μS/cm以上に調整することが好ましい。除染液の電気伝導度の値が14μS/cm以上であることにより、除染用ミストの噴霧帯電が生じることがなく、除染対象室の壁面に静電付着することがない。或いは、噴霧帯電が生じても非常に軽微であり、除染対象室の壁面に静電付着する量が非常に少ない。
【0038】
また、本発明に係る除染液においては、除染工程とエアレーション工程とを経て除染が完了した除染対象室の内部に、電気伝導度を増加させる物質が残渣として多く残ることは好ましくない。そこで、本発明者らは、除染液の蒸発残分(高温で除染液を蒸発させたあとに残る残渣成分の量)について、次のように考えている。
【0039】
まず、電気伝導度を増加させる物質として、蒸発残分が残らない物質を使用することが最も好ましい。その意味から、上述のように、常温で液体であり、且つ、沸点が150℃以下である有機酸を使用することが好ましい。一方、微量の蒸発残分が残る場合であっても、必要とされる電気伝導度の増加を発現し、且つ、除染液の蒸発残分が30ppm以下である物質を使用することが好ましい。更に、蒸発残分が20ppm以下である物質を使用することがより好ましい。除染液の蒸発残分が30ppm以下である物質を使用することにより、除染対象室を無菌環境で使用することに問題が生じにくいものと考えられる。
【実施例0040】
以下、除染液の電気伝導度と静電付着との関係を実施例により説明する。本実施例1は、35W/V%過酸化水素水に対して、有機酸としてクエン酸を使用し、その添加量を変化させて電気伝導度の値と静電付着の状態を評価するものである。
【0041】
まず、市販されている過酸化水素水の電気伝導度を測定した。表1は、4社から市販されている35W/V%過酸化水素水の電気伝導度の値を電気伝導度計(HANNAインスツルメンツ製、HI98311N)を用いて測定した結果である。市販されている35W/V%過酸化水素水の電気伝導度の平均値は、約8μS/cmであった。
【0042】
【0043】
次に、A社製の35W/V%過酸化水素水に、クエン酸水溶液(1W/V%)を添加して過酸化水素水中のクエン酸濃度を5~20ppmの範囲で調整して電気伝導度を測定した。表2に測定した電気伝導度の値を示す。なお、表2に示す各除染液について、除染装置を使用して除染液の電気伝導度と壁面への静電付着との関係を評価した(詳細は後述する)。
【0044】
【0045】
《除染装置》
ここで、除染液の電気伝導度と壁面への静電付着との関係を評価した除染装置及び除染対象室を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明は、下記に示す実施形態にのみ限定されるものではない。
【0046】
本実施形態においては、除染対象室としてアイソレーターを例にして説明する。
図2は、本実施形態に係る除染装置を装着したアイソレーターの内部を示す概略側面図である。
図2において、アイソレーター100は、容積1.0m
3のステンレス製チャンバーを有し、内部が閉鎖空間を構成する。アイソレーター100の内部には、除染装置10が側壁面(図示右側壁面)の上部に配設されている。本実施形態に係る除染装置10は、ミスト発生装置11として超音波霧化装置(ネブライザー)を使用した(詳細は後述する)。なお、
図2においては、給気・排気装置等の関連装置は省略する。
【0047】
この超音波霧化装置11は、除染液供給装置30の除染液タンク31から除染液供給配管32を経由して供給される除染液を除染用ミスト15に変換して、ミスト放出口12からアイソレーター100の内部に放出する。また、本実施形態に係る除染装置10は、除染用ミスト15をアイソレーター100の内部に分散・拡散するミスト分散・拡散装置20備えている(詳細は後述する)。このミスト分散・拡散装置20は、ミスト放出口12から放出される除染用ミスト15に対して、放出方向の下部後方から超音波振動による音響放射圧17を作用させるように配置されている(詳細は後述する)。
【0048】
ここで、超音波霧化装置11について説明する。
図3は、除染装置10を示す外観正面図である。
図3において、除染装置10は、上部に超音波霧化装置11を備え、ミスト放出口12がアイソレーター100の内部に向けて開口している。また、超音波霧化装置11の下部にはミスト分散・拡散装置20を備えている。
【0049】
図4は、除染装置を構成する超音波霧化装置の構造を示す(A)正面図、(B)右側断面図である。
図4において、超音波霧化装置11は、除染液供給装置(図示せず)から供給される除染液(H
2O
2 soln)を保持する除染液溜14と、この除染液溜14に保持された除染液を霧化する複数の微細孔が表裏を貫通して設けられた略円板状の多孔振動板11aと、この多孔振動板11aを膜震動させる略円環板状に形成された圧電振動子11bと、この圧電振動子11bの振動を制御する制御装置(図示せず)とから構成されている。多孔振動板11aは、圧電振動子11bの内孔部を覆うように圧電振動子11bに貼り合わされている。
【0050】
また、多孔振動板11aは、その表面を除染対象室の内部に向け、裏面を除染液溜14の内部に向けて取り付けられており、多孔振動板11aの複数の微細孔が除染対象室の内部と除染液溜14の内部とを貫通している。本実施形態においては、多孔振動板11aの表面がミスト放出口12を兼ねている。なお、
図4においては、多孔振動板11aの表面から水平方向に向けて除染用ミスト15を放出するように配設されているが、これに限るものではなく、下方に向けて或いは配設位置によっては上方に向けて放出するようにしてもよい。
【0051】
次に、ミスト分散・拡散装置20及びその作用について説明する。
図3において、ミスト分散・拡散装置20は、超音波震動盤21を有している。超音波震動盤21は、超音波霧化装置11から放出される除染用ミスト15に対して、放出方向の下部後方から超音波振動による音響放射圧17を作用させるように配置されている。
【0052】
ここで、超音波震動盤21の構造と作用について説明する。
図3において、超音波震動盤21は、基盤と複数の送波器とを具備している。本実施形態においては、基盤22を使用し、送波器として超音波発信器23を使用した。本実施形態においては、基盤22の盤上に複数の超音波発信器23をそれらの震動面の送波方向(図示手前方向)を統一して配置されている。なお、超音波発信器23の個数は、特に限定するものではない。
【0053】
本実施形態においては、超指向性の超音波発信器23を使用した。具体的には、周波数40KHz付近の超音波を送波する周波数変調方式の超音波発信器(DC12V、50mA)を使用した。なお、超音波発信器23の種類、大きさと構造、出力等に関しては、特に限定するものではない。また、本発明においては、超音波震動盤21に関しては超音波発信器に限るものではなく、超音波の発生機構、周波数域及び出力等について特に限定するものではない。
【0054】
本実施形態において、複数の超音波発信器23の震動面の送波方向を統一すると共にこれらの送波器を同位相で作動させることにより、各超音波発信器23の正面方向の超音波が互いに強め合うと共に、各超音波発信器23の横方向の超音波が互いに打ち消し合うようになる。その結果、基盤22に配置された超音波発信器23が超音波振動すると、各震動面から垂直方向に空気中を進行する指向性の強い音響流が発生する。なお、制御装置(図示せず)により超音波発信器23の周波数、出力、発信時間を制御すると共に、超音波の発信を間欠作動又は強弱作動させることにより、除染用ミスト15に作用する音響放射圧17による押圧を変化させることができる。
【0055】
《除染方法》
次に、本発明に係る除染方法について説明し、当該除染方法により上記実施例1で調整した各除染液の電気伝導度と壁面への静電付着との関係を評価した。
【0056】
なお、本発明に係る除染方法は、従来の除染方法と同様に除染工程とエアレーション工程とから構成される。本実施形態においては、上記除染装置10を配設したアイソレーター100(容積:1.0m3)に対して、除染工程においては、除染液を投入速度1.0g/分で10分間投入した(10g/m3に相当)。除染工程中のアイソレーター内の状態は、温度23℃、湿度50%であった。その後のエアレーション工程においては、25分間のエアレーションによりアイソレーター内に残留した除染液のミスト及び凝縮膜を除去した。
【0057】
上記実施例1で調整した、実施例1-1~1-5の各除染液及び比較例1の除染液を使用して、電気伝導度と壁面への静電付着との関係を評価した。
【0058】
図5は、上記除染装置のミスト放出口の周辺に感水試験紙を配置した状態を示す写真である。
図5において、ミスト放出口12の周辺は、複数枚の感水試験紙40で覆われている。この感水試験紙(スプレーイングシステムズジャパン株式会社製)は、乾燥時は黄色であるが水に濡れると青色に変化し、濡れの状態により青色が濃くなる。このことにより、その部分への除染用ミストの付着と付着状態を評価することができる。
【0059】
図6は、実施例1で調整した各除染液の噴霧試験による感水試験紙の濡れ状態を示す評価結果の表と写真を示す図である。
図6において、比較例1(7μS/cm)においては、ミスト放出口の周辺全体に多量の除染用ミストによる濡れが観察された。また、実施例1-1(9μS/cm)においては、ミスト放出口の周辺(特に下側)に多量の除染用ミストによる濡れが観察された。また、実施例1-2(11μS/cm)においては、ミスト放出口の下側に除染用ミストによる濡れが観察された。また、実施例1-3(13μS/cm)においては、ミスト放出口の下側に除染用ミストによる軽度な濡れが観察された。
【0060】
これらに対して、実施例1-4(14μS/cm)においては、ミスト放出口の下側に除染用ミストによる極軽微な濡れが観察されたが、非常に少なかった。また、実施例1-5(16μS/cm)においては、ミスト放出口の周辺に除染用ミストによる濡れが観察されなかった。これらの評価結果から、35W/V%過酸化水素水の電気伝導度の値を14μS/cm以上に調整することにより、除染用ミストの飛散による濡れが生じない、或いは非常に軽微であることが分かる。
除染効果の評価は、酵素インジケーター(EI:Enzyme Indicator)を用いて行った。EIは、試験後に残存酵素活性をルシフェラーゼアッセイによる発光強度を測定し、除染強度を評価するものである。従来のバイオロジカルインジケーター(BI:Biological Indicator)に比べ、培養操作が不要で短時間で除染強度を測定することができる。近年、BIとの比較同等性が確認され、普及が進んでいる。
表3から分かるように、実施例2(16μS/cm)のLRD値は、比較例2(7μS/cm)のLRD値と比較して、除染強度分布が全体的に高く、また平均の除染強度も高いことが分かった。このことから、除染用ミストの静電付着が抑えられることにより、除染用ミストが除染に有効に活用されたことが分かる。また、除染強度のばらつきも少なく、除染効果がアイソレーター内のいずれの位置においても良好であることが分かる。
以上説明したように、本発明においては、アイソレーターなどの作業室の内部を過酸化水素からなる除染用ミストを用いて除染する際に、除染用ミストの帯電を防止し、除染対象である作業室の内部の壁面への過剰な濡れや液垂れを防止することのできる除染液、並びに、これを使用する除染装置及び除染方法を提供することができる。