(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054581
(43)【公開日】2024-04-17
(54)【発明の名称】ウイスキーの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12H 6/02 20190101AFI20240410BHJP
【FI】
C12H6/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022160890
(22)【出願日】2022-10-05
(71)【出願人】
【識別番号】397068067
【氏名又は名称】相生ユニビオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079050
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 憲秋
(72)【発明者】
【氏名】村松 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】杉本 智章
【テーマコード(参考)】
4B115
【Fターム(参考)】
4B115NB02
4B115NG02
4B115NP01
4B115NP02
4B115NP08
(57)【要約】
【課題】蒸留後に好ましくない揮発成分となる不要成分を、蒸留前のもろみの成分中から除去してより淡麗な雑味のない好ましいウイスキーを作る。
【解決手段】麦芽を糖化して麦汁を得る糖化工程と、前記麦汁をエタノール発酵させる発酵工程と、前記発酵したもろみを蒸留する蒸留工程を有するウイスキーの製造方法において、前記もろみの蒸留前に、前記麦汁に含まれる粒子径200μm以上の粒子を固形側に分離し、粒子径200μmより小さい粒子を液体側に固液分離して、前記分離した液体側を蒸留する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
麦芽を糖化して麦汁を得る糖化工程と、前記麦汁をエタノール発酵させる発酵工程と、前記発酵したもろみを蒸留する蒸留工程を有するウイスキーの製造方法において、
前記もろみの蒸留前に、前記麦汁に含まれる粒子径200μm以上の粒子を固形側に分離し、粒子径200μmより小さい粒子を液体側に固液分離して、前記分離した液体側を蒸留することを特徴とするウイスキーの製造方法。
【請求項2】
前記固液分離が遠心分離によるものである請求項1に記載のウイスキーの製造方法。
【請求項3】
前記麦汁を得る糖化工程又は前記エタノール発酵させる発酵工程の少なくともいずれか一方において、容器内で攪拌する工程を含み、前記容器が水平断面円形の筒状でその中心部鉛直方向に配置した回転軸に前記容器内径の40%以上でかつ前記容器内高さの40%以上の大きさの攪拌翼を取り付けたものである請求項1または2に記載のウイスキーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はウイスキーの製造方法に関し、特には淡麗な雑味のないウイスキーの製法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイスキーは、大麦やトウモロコシなどの穀類を糖化させ、エタノール発酵させたもろみを蒸留して、エタノールなどの揮発成分を濃縮して製造する。エタノール発酵させたもろみにはエタノールの他に、穀物由来の成分や発酵過程で生成された成分が多く含まれている。蒸留の際、もろみをそのまま蒸留器にかけて揮発成分を濃縮するのが一般的であるが、もろみに含まれている成分の中には飲用時に好ましい成分だけでなく、好ましくない成分も含まれているため、好ましい揮発性成分が濃縮されるとともに、好ましくない揮発性成分までも濃縮されてしまう問題があった。
【0003】
このような課題を解決する技術として、減圧蒸留など複数の蒸留条件を組み合わせて不要成分を除去する方法が報告されている(特許文献1)。しかしながら、この方法だと製造工程が複雑になり作業者の負担が増えるだけでなく、製造するのに特別な蒸留装置が必要となるなど、実際に製造するにはコストや手間がかかりすぎる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明はこのような点に鑑みなされたもので、本発明は、不要成分を蒸留前に除去することで、より淡麗な雑味のない好ましいウイスキーを作ることが可能となる。本件発明者らは鋭意検討の結果、蒸留後に好ましくない揮発成分となる不要成分を、蒸留前のもろみの成分中から除去することに成功し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、請求項1の発明は、麦芽を糖化して麦汁を得る糖化工程と、前記麦汁をエタノール発酵させる発酵工程と、前記発酵したもろみを蒸留する蒸留工程を有するウイスキーの製造方法において、前記もろみの蒸留前に、前記麦汁に含まれる粒子径200μm以上の粒子を固形側に分離し、粒子径200μmより小さい粒子を液体側に固液分離して、前記分離した液体側を蒸留することを特徴とするウイスキーの製造方法に係る。
【0007】
また、請求項2の発明は、前記固液分離が遠心分離によるものである請求項1に記載のウイスキーの製造方法に係る。
【0008】
請求項3の発明は、前記麦汁を得る糖化工程又は前記エタノール発酵させる発酵工程の少なくともいずれか一方において、容器内で攪拌する工程を含み、前記容器が水平断面円形の筒状でその中心部鉛直方向に配置した回転軸に前記容器内径の40%以上でかつ前記容器内高さの40%以上の大きさの攪拌翼を取り付けたものである請求項1または2に記載のウイスキーの製造方法に係る。
【発明の効果】
【0009】
すなわち、請求項1の発明によれば、麦芽を糖化して麦汁を得る糖化工程と、前記麦汁をエタノール発酵させる発酵工程と、前記発酵したもろみを蒸留する蒸留工程を有するウイスキーの製造方法において、前記もろみの蒸留前に、前記麦汁に含まれる粒子径200μm以上の粒子を固形側に分離し、粒子径200μmより小さい粒子を液体側に固液分離して、前記分離した液体側を蒸留することにより、以下の効果を有する。すなわち、ウイスキーもろみに含まれている成分を粒子の大きさにより分離することで、好ましい成分を残し、好ましくない成分を除くことが可能となる。本件発明者らの研究の結果、200μm以上の粒子を除いて蒸留すると蒸留してできるウイスキー原酒が淡麗で雑味の無いものにすることが可能となる。
【0010】
また、請求項2の発明によれば、請求項1の発明において、前記固液分離が遠心分離によるものであるから、200μm以上の粒子を除く固液分離は遠心分離によって容易にでき、遠心分離機はほぼ無人で短時間で分離作業を終えることができるので作業効率化を図ることができる。
【0011】
また、請求項3の発明によれば、請求項1または2の発明において、前記麦汁を得る糖化工程又は前記エタノール発酵させる発酵工程の少なくともいずれか一方において、容器内で攪拌する工程を含み、前記容器が水平断面円形の筒状でその中心部鉛直方向に配置した回転軸に前記容器内径の40%以上でかつ前記容器内高さの40%以上の大きさの攪拌翼を取り付けたものであるから、攪拌翼を低速で回転させると、麦芽粒子をタンク内全体にわたって流動させることができるので、タンク内を効率よく上下に至るスムーズな循環流によって攪拌することができる。すなわち、麦芽の糖化工程及び発酵工程では粉砕麦芽の粒子サイズが小さくなるが、ここで激しく攪拌しすぎると必要以上に粒子が砕け小さくなりすぎてしまい、本来200μm以上の不要成分が砕かれて分離できなくなることが懸念され、この攪拌翼により低速でゆっくり攪拌すれば、例えば職人が櫂棒で混ぜるようにゆっくり攪拌するように、粒子が必要以上に小さくなりすぎることが無く、後の分離工程にて不要成分を除くのをより確実にすることができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】この発明の一実施例を示す概略工程図である。
【
図3】遠心加速度1000Gの遠心分離後のウイスキーもろみの粒度分布図である。
【
図4】遠心加速度100Gの遠心分離後のウイスキーもろみの粒度分布図である。
【
図5】遠心加速度50Gの遠心分離後のウイスキーもろみの粒度分布図である。
【
図6】遠心加速度10Gの遠心分離後のウイスキーもろみの粒度分布図である。
【
図7】実施例2の固液分離後のウイスキーもろみの粒度分布図である。
【
図8】実施例3の製造装置の攪拌翼の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下添付の図面に従ってこの発明を詳細に説明する。
図1はこの発明の一実施例を示す概略工程図であり、請求項1に規定するウイスキーは、ウイスキーもろみを蒸留する前に不要成分を分離し、不要成分が除かれたウイスキーもろみを蒸留してウイスキーを製造することを特徴とする。
【0014】
ウイスキーもろみは、発芽させた大麦にお湯を加えて糖化させ、酵母を添加して発酵させて造られる。
ウイスキーの原料としては、発芽させた大麦に他の穀類を加えてもよい。
図1では単に「麦芽」と表記したが、大麦以外の穀類を使用した場合であっても本発明のウイスキーを製造することができる(以下、他の穀類を使用した場合も含めて単に「麦芽」と表記する)。必要なら酵素を加えて糖化を促進してもよい。
【0015】
麦芽には澱粉質と糖化酵素が含まれている。麦芽を粉砕して糖化タンク内に入れ、お湯を加えて攪拌すると、その澱粉質が糖化酵素により糖に分解される(
図1の糖化工程)。 粉砕した麦芽は、粒径が1.4mm以上のもの(所謂「ハスク」)、粒径が1.4mm~0.2mmのもの(所謂「グリッツ」)、粒径が0.2mm以下のもの(所謂「フラワー」)の比率が概ね2:7:1になるとよい。
【0016】
粉砕麦芽をお湯と混ぜ攪拌すると、麦芽の澱粉質が麦芽の酵素により分解され糖となる。加えるお湯の温度は60℃から85℃とするのが好ましい。加えるお湯の量は、麦芽の3倍から5倍程度とし、2回から3回に分割して加えるのが好ましい。糖化タンク内で分割したお湯を加えたら、タンク内の麦芽全体が均一に分散するようにゆっくり攪拌する。麦芽の澱粉質は酵素の働きで分解され、大きかった粉砕麦芽粒は小さくなっていく。30分程度攪拌したら麦汁と麦芽粕とに分ける。粉砕麦芽のうち酵素で分解されない粒子の大きな籾殻部分がフィルターとなり、フィルターを通る麦汁と通らない麦芽粕とに分離される。分割したお湯の残りで同様の作業を繰り返して麦汁を作成する。作成した麦汁は次工程の醗酵工程に入る前に殺菌してもよい。
【0017】
出来た麦汁に酵母を添加しエタノール発酵させる。酵母は市販されているウイスキー用の酵母でもよいし、他の酒類の酵母でもよい。ウイスキー製造場内の天然酵母であってもよい。
【0018】
エタノール発酵が進んだら常法では発酵もろみをそのまま蒸留するが、本発明では発酵もろみを固液分離してから蒸留する。上述した麦汁作成工程で麦芽の大きな粒子は除かれているが、除き切れなかったものや発酵中に生成された粒子を液体成分から分離する。この固液分離は、フィルター濾過によるものでもよいし遠心分離によるものでもよいが、粒子径200μm以上の粒子を固形成分として概ね分離できる方法によるものである必要がある。分離して得られる分離液を蒸留し揮発成分を濃縮したものが本発明のウイスキーの原酒となる。できたウイスキー原酒を、常法と同様に樽詰して所望の期間貯蔵すれば美味しいウイスキーが完成する。
【実施例0019】
(実施例1)
粉砕した麦芽100kGをタンクに入れ、65℃のお湯10000Lを加えて攪拌し、30分後、タンク底のメッシュ板を通して麦汁約9000Lを回収した。麦汁を冷却した後、ウイスキー用乾燥酵母を添加し、48時間発酵させてウイスキーもろみ約9000Lを作成した。発酵により生成されたウイスキーもろみ中のエタノール濃度は6.8%v/vだった。
【0020】
図2は、このウイスキーもろみの粒度分布を測定した結果である。1500μm以上の大きな粒子と、10μm前後の小さな粒子が多くあり、900μm前後と200μm前後にも粒子のピークがあり、全体として4つの粒子サイズのグループがあるのが確認できた。測定に用いた粒度分布計は2000μm以上の測定はできないので、2000μm以上の粒子もあることが予想される。
【0021】
ここで遠心加速度によるウイスキーもろみ中の粒子の分離について実験例とともに説明する。
(a)実験方法
ウイスキーもろみを遠心分離器用チューブに分注し遠心分離器にかけた。遠心分離後直ちにデカンテーションにより固体成分と液体成分に分け、それぞれの重量を測定した。
(b)実験器具
遠心分離:KUBOTAテーブル遠心機、スイングロータST-504M、遠心用チューブ(50ml)
(c)遠心条件
遠心加速度が1000G、100G、50G、10Gになるように遠心用チューブ内の液と回転速度を調整し遠心分離した。遠心分離時間は5分とした。遠心分離液の粒度分布を測定した。
(d)実験結果
遠心加速度が1000G、100G、50G、10Gでの実験結果は
図3から
図6のようになった。
【0022】
(e)考察
図2及び、
図3から
図6の粒度分布測定結果を比較すると、粒子径1500μm以上と粒子径900μm前後の粒子は遠心分離により分離されて無くなっているが、200μm前後の粒子については遠心加速度によって除けているものと除けていないものに分かれた。遠心加速度100G以上では10μm前後の粒子のみに分離できるのに対し、遠心加速度50Gでは10μm前後の粒子の他に200μm前後の粒子が概ね分離されて無くなってはいるものの少し残った状態になり、遠心加速度10Gでは200μm前後の粒子が多く残ることがわかった。
【0023】
ウイスキーもろみの蒸留液と、遠心加速度1000G、100G、50G、10Gでの遠心分離液の蒸留液の味を確認した。具体的には、蒸留した蒸留液について、10名に被験者に、味、香り、全体について評価してもらった結果を表2に示した。なお、評価については、10名の被験者により1から5の5段階で、5が良、3が普通、1が不良である。表中の数値は10名の被験者による5段階評価の平均値である。
【0024】
【0025】
表1の結果より、遠心分離していないウイスキーもろみの蒸留液は雑味があり評価が低かったのに対し、遠心加速度1000Gによる遠心分離液の蒸留液は淡麗で味や香りの評価が全体に高かった。上記実験結果のように遠心加速度1000Gのものは200μm前後の粒子が除かれて10μm前後の粒子だけになったものである。200μm以上の粒子の有無が官能評価の結果に影響したと考えられる。
【0026】
実験結果を踏まえ、本実施例ではウイスキーもろみ約9000Lを遠心加速度1000Gで遠心分離した。得られた遠心分離液約9000Lを蒸留し揮発成分を濃縮してウイスキー原酒1000Lを得た。
【0027】
(実施例2)
実施例2では、実施例1で遠心分離機を使用して固液分離したのを圧搾濾過により分離する点が異なる。濾布による濾過により分離しても実施例1と同様に200μm以上の粒子を除くことができる。
図7は、ウイスキーもろみを濾布による濾過で固液分離した濾液の粒度分布図である。10μm前後の粒子だけになっているのがわかる。この濾液を蒸留した場合でも同様においしいウイスキーとすることができた。
【0028】
(実施例3)
実施例3は、実施例1で粉砕した麦芽をタンクに入れ、65℃のお湯を加えて攪拌する糖化工程で、麦芽を攪拌翼により攪拌しながら糖化させる点が異なる。
【0029】
図8は麦芽を糖化するタンク(本発明の「容器」)に取り付けられる攪拌翼Bの概略図である。タンクの中心部鉛直方向に回転軸Sが配置され、その回転軸Sにはタンク内径の40%以上で、かつタンク内高さの全体として40%以上の大きさの攪拌翼Bが取り付けられている。この実施例では具体的には50%以上でタンク内径2400mmに対し攪拌翼幅1440mmで、タンク内高さ3590mmに対し上下で2255mmの大きさの攪拌翼Bが取り付けられている。本発明の攪拌翼は、
図8のように回転軸を中心に左右に分かれていてもよいし、上下に分けてさらに回転軸に対して角度を変えて取り付けてもよい。実施例では直角に交差して取り付けられている。
【0030】
実施例の攪拌翼Bを低速で回転させると、麦芽をタンク内全体にわたって流動させることができるので、タンク内を効率よく上下に至るスムーズな循環流によって攪拌することができる。麦汁の糖化工程では粉砕麦芽の粒子サイズが小さくなるが、ここで激しく攪拌しすぎると必要以上に粒子が砕け小さくなりすぎてしまい、本来200μm以上の不要成分が砕かれて分離できなくなることが懸念される。本実施例の攪拌翼Bにより低速でゆっくり攪拌すれば、例えば職人が櫂棒で混ぜるようにゆっくり攪拌すれば、粒子が必要以上に小さくなりすぎることが無い。後の分離工程にて不要成分を除くのをより確実にすることができる。なお、撹拌は糖化工程又は発酵工程のいずれか一方でもよく両方でもよい。
以上の通り、本発明のウイスキーの製造方法は、不要成分を蒸留前に除去することで、より淡麗な雑味のない好ましいウイスキーを作ることが可能となり、有用な製品が得られる。従来のウイスキーの製造方法の代替として有望である。