(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054745
(43)【公開日】2024-04-17
(54)【発明の名称】車椅子の転倒防止装置
(51)【国際特許分類】
A61G 5/10 20060101AFI20240410BHJP
A61G 5/02 20060101ALI20240410BHJP
【FI】
A61G5/10 715
A61G5/02 701
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161171
(22)【出願日】2022-10-05
(71)【出願人】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(71)【出願人】
【識別番号】520016549
【氏名又は名称】株式会社ライフ・テクノサービス
(74)【代理人】
【識別番号】110001966
【氏名又は名称】弁理士法人笠井中根国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100147717
【弁理士】
【氏名又は名称】中根 美枝
(74)【代理人】
【識別番号】100103252
【弁理士】
【氏名又は名称】笠井 美孝
(72)【発明者】
【氏名】矢野 賢一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 黎
(72)【発明者】
【氏名】濱田 樹
(72)【発明者】
【氏名】中川 裕
(72)【発明者】
【氏名】中川 敬史
(57)【要約】
【課題】車椅子の走行への悪影響を抑えながら、車椅子の前方転倒と側方転倒の両方を防止することができる、新規な構造の車椅子の転倒防止装置を提供する。
【解決手段】操舵軸28が車輪軸24に対して車輪進行方向にオフセットして位置する前輪キャスタ16を備えた車椅子12に取り付けられる車椅子の転倒防止装置10であって、操舵軸28を中心として回転可能とされた前輪キャスタ16のフォーク部22で支持されて、前輪キャスタ16の接地位置よりも車輪進行方向の外方での接地によって車椅子12の転倒を防止する接地部54が設けられている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵軸が車輪軸に対して車輪進行方向にオフセットして位置する前輪キャスタを備えた車椅子に取り付けられる車椅子の転倒防止装置であって、
前記操舵軸を中心として回転可能とされた前記前輪キャスタのフォーク部で支持された接地部を有し、
該接地部は、該前輪キャスタの接地位置よりも前記車輪進行方向の外方で接地することによって前記車椅子の転倒を防止する、転倒防止装置。
【請求項2】
前記接地部は、前記車椅子の走行状態において前記前輪キャスタよりも前記車輪進行方向にオフセットした位置で接地する補助キャスタによって構成されている請求項1に記載の転倒防止装置。
【請求項3】
前記接地部は、前記車椅子の走行状態において前記前輪キャスタよりも前記車輪進行方向にオフセットした位置で地面に対して上方に離隔して近接配置されている請求項1に記載の転倒防止装置。
【請求項4】
前記前輪キャスタの前記フォーク部を前記車輪軸の延伸方向の両側から挟み込んで該フォーク部に固定される一対の固定部材が設けられており、前記接地部が該一対の固定部材を介して該フォーク部に支持されている請求項1~3の何れか一項に記載の転倒防止装置。
【請求項5】
前記一対の固定部材から前記車輪進行方向の前方へ向けて延び出す一対の延伸部材が該一対の固定部材に固定されており、それら一対の延伸部材の延伸端部に前記接地部が設けられている請求項4に記載の転倒防止装置。
【請求項6】
前記固定部材の前記前輪キャスタに対する取付位置を調節するアジャスト機構が設けられている請求項4に記載の転倒防止装置。
【請求項7】
前記前輪キャスタの側方に位置する補助接地部が設けられており、
該前輪キャスタの側方への倒れが該補助接地部の接地によって防止される請求項1~3の何れか一項に記載の転倒防止装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車椅子の転倒を防止する転倒防止装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
昨今の高齢化によって車椅子の使用者が増加しており、それに伴って、車椅子使用時の転倒事故の増加が問題となってきている。具体的には、使用者が車椅子の前部に荷重を加えることによる前方への転倒や、使用者が車椅子から側方に身を乗り出すことによる側方転倒が発生し得ることから、それらの転倒を防止することが求められている。
【0003】
例えば、特開2018-158001号公報(特許文献1)には、車椅子のフットレストに取り付けられて、前方転倒の発生を防ぐ車椅子の転倒防止装置が提案されている。特許文献1は、密着弦巻ばねからなる脚部材をフットレストから下方へ延び出すように設けた構造とされている。そして、車椅子が前方転倒しそうになると、脚部材が地面に対して突っ張ることで、車椅子の前方転倒が防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本発明者が検討したところ、特許文献1の転倒防止装置は、車椅子の前方又は後方への転倒を防止するものであって、側方への転倒を防止することができなかった。
【0006】
本発明の解決課題は、車椅子の前方転倒と側方転倒の両方を防止することができる、新規な構造の車椅子の転倒防止装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、本発明を把握するための好ましい態様について記載するが、以下に記載の各態様は、例示的に記載したものであって、適宜に互いに組み合わせて採用され得るだけでなく、各態様に記載の複数の構成要素についても、可能な限り独立して認識及び採用することができ、適宜に別の態様に記載の何れかの構成要素と組み合わせて採用することもできる。それによって、本発明では、以下に記載の態様に限定されることなく、種々の別態様が実現され得る。
【0008】
第一の態様は、操舵軸が車輪軸に対して車輪進行方向にオフセットして位置する前輪キャスタを備えた車椅子に取り付けられる車椅子の転倒防止装置であって、前記操舵軸を中心として回転可能とされた前記前輪キャスタのフォーク部で支持された接地部を有し、該接地部は、該前輪キャスタの接地位置よりも前記車輪進行方向の外方で接地することによって前記車椅子の転倒を防止する、ものである。
【0009】
車椅子の前方及び側方への転倒は、前輪キャスタの接地位置を通る軸(転倒モーメント軸)を中心とするモーメントに起因するが、発明者は、前輪キャスタにおける操舵軸と車輪軸のオフセットによって、転倒の原因となる力の作用点から転倒モーメント軸までの距離が長くなることで、前輪キャスタの進行方向(車輪進行方向)への転倒が生じ易いことを発見した。そこで、本態様に係る転倒防止装置は、前輪キャスタの接地位置よりも車輪進行方向に位置する接地部が設けられており、接地部の接地によって車椅子の車輪進行方向への転倒を防止することができる。
【0010】
転倒防止装置は、接地部が前輪キャスタのフォーク部によって支持されることから、接地部が前輪キャスタの車輪と共に操舵軸回りで回転して、接地部の位置が常に前輪キャスタの車輪進行方向に保持される。それゆえ、前輪キャスタの車輪進行方向が車椅子の前方である場合だけでなく、車椅子の側方である場合にも、接地部の接地によって車椅子の転倒を防止することができる。なお、発明者の検討によれば、車椅子の側方転倒は、前輪キャスタの車輪進行方向が車椅子の前方に向いたままで前輪キャスタが側方へ倒れ込むようにして発生する場合もあるが、例えば、使用者が側方へ身を乗り出すなどして側方へ向けた荷重を車椅子に入力することで前輪キャスタの車輪進行方向が車椅子の側方に向いた後、同じ方向へ再び力を加えることによって発生する場合が多いことが分かった。従って、前輪キャスタの車輪進行方向へ向けた車椅子の転倒を防止可能な本態様に係る転倒防止装置によって、車椅子の前方への転倒と側方への転倒とを何れも有効に防止することができる。
【0011】
第二の態様は、第一の態様に記載された転倒防止装置において、前記接地部は、前記車椅子の走行状態において前記前輪キャスタよりも前記車輪進行方向にオフセットした位置で接地する補助キャスタによって構成されているものである。
【0012】
本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、補助キャスタが常時接地していることから、車椅子の転倒時の姿勢変化(傾き)も防ぐことができる。また、接地部が補助キャスタとされていることにより、常時接地していても車椅子の走行に影響し難い。
【0013】
第三の態様は、第一の態様に記載された転倒防止装置において、前記接地部は、前記車椅子の走行状態において前記前輪キャスタよりも前記車輪進行方向にオフセットした位置で地面に対して上方に離隔して近接配置されているものである。
【0014】
本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、車椅子の走行時には接地部が地面から離れていることにより、接地部が車椅子の走行に影響し難い。また、接地部が地面に対して近接配置されていることから、転倒が発生し得る入力時には接地部が速やかに地面に接地して、車椅子の転倒が有効に防止される。
【0015】
第四の態様は、第一~第三の何れか1つの態様に記載された転倒防止装置において、前記前輪キャスタの前記フォーク部を前記車輪軸の延伸方向の両側から挟み込んで該フォーク部に固定される一対の固定部材が設けられており、前記接地部が該一対の固定部材を介して該フォーク部に支持されているものである。
【0016】
本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、フォーク部を挟み込む一対の固定部材によって前輪キャスタに取り付けられることから、多様なサイズや構造の前輪キャスタに取り付けることが可能となる。
【0017】
第五の態様は、第四の態様に記載された転倒防止装置において、前記一対の固定部材から前記車輪進行方向の前方へ向けて延び出す一対の延伸部材が該一対の固定部材に固定されており、それら一対の延伸部材の延伸端部に前記接地部が設けられているものである。
【0018】
本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、固定部材の形状や大きさを制限することなく、必要な位置に接地部を配することができる。また、固定部材と延伸部が別体とされていることで、例えば、延伸部の交換によって、共通の固定部材を用いながら接地部の位置を変更すること等もできる。
【0019】
第六の態様は、第四又は第五の態様に記載された転倒防止装置において、前記固定部材の前記前輪キャスタに対する取付位置を調節するアジャスト機構が設けられているものである。
【0020】
本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、例えば、前輪キャスタの大きさや構造、位置等に応じて固定部材の前輪キャスタに対する取付位置をアジャスト機構によって調節することで、接地部の位置等を調節することができる。
【0021】
第七の態様は、第一~第六の何れか1つの態様に記載された転倒防止装置において、前記前輪キャスタの側方に位置する補助接地部が設けられており、該前輪キャスタの側方への倒れが該補助接地部の接地によって防止されるものである。
【0022】
例えば、側方への入力に際して、車輪が地面の凹凸に引っ掛かる等して操舵軸回りでの前輪キャスタの回転が生じずに、前輪キャスタが側方へ傾斜する態様で車椅子の側方転倒が発生することも想定される。そこで、本態様に従う構造とされた転倒防止装置によれば、前輪キャスタの側方に設けられた補助接地部によって前輪キャスタの側方への倒れを防止することにより、上記の如き態様の車椅子の側方転倒も防ぐことができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、車椅子の前方転倒と側方転倒の両方を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の第一の実施形態としての転倒防止装置を車椅子への装着状態で示す右側面図
【
図2】
図1の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す斜視図
【
図3】
図1の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す別角度の斜視図
【
図4】
図1の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す左側面図
【
図5】
図1の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す平面図
【
図6】
図1の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す底面図
【
図7】
図1に示す転倒防止装置を構成する固定部材の斜視図
【
図8】
図1に示す転倒防止装置を構成する連結部材の斜視図
【
図9】
図1に示す転倒防止装置による車椅子の前方転倒の防止について説明する底面モデル図
【
図10】
図1に示す転倒防止装置による車椅子の側方転倒の防止について説明する底面モデル図
【
図11】本発明の第二の実施形態としての転倒防止装置を車椅子への装着状態で示す右側面図
【
図12】
図11の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す斜視図
【
図13】
図11の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す右側面図
【
図14】
図11の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す正面図
【
図15】
図11の転倒防止装置を前輪キャスタへの装着状態で示す平面図
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0026】
図1には、本発明の第一の実施形態としての車椅子の転倒防止装置10が、車椅子12への装着状態で示されている。以下の説明において、原則として、車椅子12の上下方向とは鉛直上下方向である
図1中の上下方向を、車椅子12の前後方向とは
図1中の左右方向を、車椅子12の左右方向とは
図1中の紙面直交方向を、それぞれ言う。また、後述する前輪キャスタ16の車輪26の進行方向(車輪進行方向)は、
図3中の右方を言う。以下の構造説明では、原則として、前輪キャスタ16の車輪進行方向が車椅子12の前方と一致している状態について説明する。
【0027】
車椅子12は、鋼材等で形成されて座面を支持するフレーム14を備えており、フレーム14の下端部が前輪キャスタ16と後輪18とによって支持されている。また、フレーム14の前部には、使用者が足を乗せるためのフットサポート20が、前輪キャスタ16よりも前方に設けられている。
【0028】
前輪キャスタ16は、
図2~
図6にも示すように、フォーク部22によって支持された車輪軸24を中心として回転可能な車輪26を備えている。フォーク部22は、下部が二股に分岐して車輪26の両側方へ延びており、下端部において車輪軸24の両端を固定的に支持している。フォーク部22の分岐していない上端部には、操舵軸28が取り付けられている。操舵軸28は、フォーク部22から上方へ突出するロッド状とされており、中心軸回りでフォーク部22に対して相対回転可能とされている。そして、操舵軸28が車椅子12のフレーム14における前輪キャスタ16の取付部分に固定されることにより、前輪キャスタ16がフレーム14に取り付けられる。前輪キャスタ16は、操舵軸28に対するフォーク部22の回転によって、車輪26の進行方向がフレーム14に対して自在に変更可能とされている。
【0029】
図4に示すように、前輪キャスタ16の操舵軸28は、車輪軸24に対して、車輪26の進行方向に所定の距離Dだけオフセットして位置している。車輪26の接地位置は車輪軸24の鉛直下方であることから、操舵軸28の中心線は、車輪26の接地位置に対して車輪進行方向にDだけずれている。車輪26の接地位置は、フォーク部22の二股に分岐した部分の上端部と車輪軸24とをつなぐ直線と地面との交点に対して車輪進行方向にずれており、所定のキャスタトレールTが設定されている。前輪キャスタ16は、操舵軸28と車輪軸24の水平方向でのオフセットによってキャスタトレールTが設定されていることにより、車輪26の進行方向が車輪軸24に対する操舵軸28の水平オフセット方向(
図4中の右方)へ向き易くなっている。
【0030】
転倒防止装置10は、前輪キャスタ16のフォーク部22に取り付けられる一対の固定部材30,30を備えている。固定部材30は、
図7にも示すように、略台形板状とされて、前後両端が上下方向に延びていると共に、下端が前後方向に延びており、前後両端が下端に対して直交している。固定部材30の後端下部には、前輪キャスタ16の車輪軸24が挿通される車軸挿通孔32が板厚方向に貫通して形成されている。固定部材30の前端下部には、板厚方向に貫通する2つの連結ボルト孔34,34が車輪進行方向に並んで形成されている。固定部材30の後端上部には、板厚方向に貫通する2つの取付ボルト孔36,36が形成されている。取付ボルト孔36,36は、固定部材30の上端に沿って並ぶように設けられている。なお、本実施形態の固定部材30には、中央部分を板厚方向に貫通する肉抜孔40が形成されて、軽量化や形成材料の削減が図られている。また、
図4に示すように、固定部材30には、鋼材等で形成された長手板状の補強プレート38が重ね合わされており、固定部材30の曲げ変形等に対する剛性の向上が図られている。補強プレート38は、例えば、連結ボルト孔34と車軸挿通孔32まで達する長さで前後方向に延びており、前後両端部分が後述する連結ボルト47と車輪軸24とによって固定部材30に固定されている。
【0031】
一対の固定部材30,30の対向面間には、連結部材42が設けられている。連結部材42は、
図8にも示すように、全体として左右方向に延びる略三角柱形状とされており、下面が略水平に広がっていると共に、上面が車輪進行方向(前方)に向けて下傾する傾斜面とされて、前方へ向けて上下方向で幅狭となっている。連結部材42には、略矩形断面で上下方向に貫通する空所44が形成されている。連結部材42の後端下部には、空所44の左右側壁を貫通する2つの連結ボルト孔46,46が左右両側にそれぞれ形成されている。連結部材42は、後部が一対の固定部材30,30に挟まれて配置されており、固定部材30,30の連結ボルト孔46,46に挿通された連結ボルト47,47が、連結部材42の連結ボルト孔46,46に挿通されることで、固定部材30,30にボルト固定されている。連結部材42は、固定部材30,30に固定された状態で、前輪キャスタ16の車輪26に対して車輪進行方向の前方に配置されている。連結部材42は、一対の固定部材30,30の間に配されることで、それら一対の固定部材30,30の先端部分を相互に位置決めしている。なお、連結部材42と固定部材30との重ね合わせ面間にスペーサ(例えば連結ボルト47に外挿されるリング等)を介在させることにより、一対の固定部材30,30間の距離を調節することもできる。
【0032】
連結部材42の上部後端には、車輪進行方向と反対側(後方)へ向けて上傾して突出するようにアジャスタ48が設けられている。アジャスタ48は、連結部材42に螺合された調節ねじ50に対して、平板状の当接部材52が調節ねじ50の軸方向で位置決めされ、且つ周方向に相対回転可能な態様で取り付けられた構造とされている。そして、アジャスタ48は、調節ねじ50を連結部材42に対して締め込む又は緩めることによって、当接部材52と連結部材42との距離を調節することが可能とされている。当接部材52は、前輪キャスタ16のフォーク部22の上部に前側の斜め下方から押し当てられることによって、前輪キャスタ16に対する連結部材42の位置や向きを規定する。
【0033】
連結部材42における車輪進行方向の端部には、接地部としての補助キャスタ54が取り付けられている。補助キャスタ54は、連結部材42の下面に取り付けられており、転倒防止装置10の前輪キャスタ16への装着状態において、前輪キャスタ16の車輪進行方向の外側(前方)で前輪キャスタ16と同時に接地可能とされている。補助キャスタ54は、前輪キャスタ16の接地位置よりも車輪進行方向の外側にオフセットした位置で接地する。補助キャスタ54の接地位置と前輪キャスタ16の接地位置とのオフセット量は、後述する転倒防止に必要とされる転倒モーメント軸の移動量等に応じて適宜に設定され、好適には22.5~27.5mmの範囲内に設定されることで、転倒防止効果を有効に得ながら、転倒防止装置10と車椅子12のフットサポート20との干渉等を防ぐことができる。補助キャスタ54は、前輪キャスタ16と同様に、操舵軸56が車輪軸58よりも前方にオフセットしている。なお、アジャスタ48によって連結部材42の前輪キャスタ16に対する取付位置や向きを調節することによって、補助キャスタ54を前輪キャスタ16と同時に接地可能な位置に配することができる。
【0034】
かくの如き構造とされた転倒防止装置10は、車椅子12の前輪キャスタ16のフォーク部22に固定的に取り付けられる。即ち、フォーク部22の左右両外側に配された一対の固定部材30,30が、車軸挿通孔32,32に挿通された前輪キャスタ16の車輪軸24によって左右内側へ締め込まれることにより、フォーク部22が一対の固定部材30,30によって両外側から挟み込まれる。また、一対の固定部材30,30の取付ボルト孔36,36に挿通された取付ボルト60がフォーク部22の上部の後方を延びて配されると共に、連結部材42に取り付けられたアジャスタ48の当接部材52がフォーク部22の上部に前方から押し当てられる。以上により、固定部材30,30がフォーク部22に対して位置決め固定されて、転倒防止装置10がフォーク部22に対して取り付けられる。
【0035】
このように、転倒防止装置10は、前輪キャスタ16のフォーク部22を一対の固定部材30,30で挟み込むと共に、フォーク部22の上部を取付ボルト60とアジャスタ48(当接部材52)とによって前後に挟み込むようにして、前輪キャスタ16に取り付けられることから、前輪キャスタ16の大きさや形状等の違いに対応し易く、各種の前輪キャスタ16に取り付けて使用することができる。アジャスタ48は、調節ねじ50の連結部材42に対する締込み量(連結部材42からの突出量)によって当接部材52の位置を調節することにより、転倒防止装置10のフォーク部22に対する取付けの位置や方向を調節可能であることから、本実施形態においてアジャスト機構として機能する。
【0036】
固定部材30,30及び連結部材42は、車輪進行方向の外方へ向けて下傾する上面を有しており、上下方向で次第に幅狭とされている。これにより、転倒防止装置10を車椅子12の前輪キャスタ16に後付けで装着しても、フットサポート20等の車椅子12の構造と干渉し難く、車椅子12の走行性能やフットサポート20の収納機能等に悪影響を及ぼし難い。
【0037】
固定部材30,30及び連結部材42がフォーク部22に取り付けられることにより、補助キャスタ54が固定部材30,30及び連結部材42を介してフォーク部22によって支持されている。補助キャスタ54は、転倒防止装置10の前輪キャスタ16(車輪26)に対する向きが常時保持されており、前輪キャスタ16の接地位置に対して常に車輪進行方向の外方に位置している。要するに、転倒防止装置10は、前輪キャスタ16のフォーク部22に取り付けられることによって、操舵軸28を中心として回転可能とされており、それによって、前輪キャスタ16の車輪進行方向が車椅子12に対して何れの方向とされている場合であっても、補助キャスタ54が常に前輪キャスタ16に対して車輪進行方向の外方に位置するようになっている。本実施形態では、上記の如く固定部材30,30及び連結部材42が先細形状とされていることにより、転倒防止装置10の前輪キャスタ16に追従する方向転換が、他部材との干渉で阻害されることなく許容される。
【0038】
前輪キャスタ16に取り付けられた転倒防止装置10は、
図4に示すように、補助キャスタ54において地面Gに接地している。転倒防止装置10は、接地部が補助キャスタ54で構成されていることから、車椅子12の通常の走行状態において接地していても、車椅子12の走行性能に影響し難い。
【0039】
転倒防止装置10が車椅子12の前輪キャスタ16に装着されることによって、例えば使用者が前方へ身を乗り出したり、フットサポート20上に起立したりすることによる車椅子12の前方への転倒が防止される。転倒防止装置10によって車椅子12の前方転倒が防止される機序は、例えば、以下のように捉えることができる。
【0040】
転倒防止装置10のない車椅子12では、
図9に示すように、車椅子12の前部に対して前方転倒を引き起こす下向きの荷重Wpが作用する場合に、前方転倒のモーメント中心軸(転倒モーメント軸)が、左右の前輪キャスタ16,16の接地位置をつないだ直線となる。そして、車椅子12の前部に作用する下向きの荷重Wpによる転倒モーメント軸回りのモーメント(Wp×Lp´)が、車椅子12の重心位置に作用する下向きの荷重Wwによる転倒モーメント軸回りのモーメント(Ww×Lw´)よりも大きい場合(Wp×Lp´>Ww×Lw´)に、モーメントの不均衡によって車椅子12の前方転倒が発生する。従って、荷重Wwによるモーメントと荷重Wpによるモーメントの差を正(Ww×Lw´-Wp×Lp´>0)の状態に保つことで、車椅子12の前方転倒を防止することができる。
【0041】
ところで、車椅子12の前輪キャスタ16に転倒防止装置10が装着されると、車椅子12は、前輪キャスタ16よりも更に前方に設けられた補助キャスタ54において接地する。これにより、転倒防止装置10が装着された車椅子12における前方転倒の転倒モーメント軸は、転倒防止装置10のない車椅子12の転倒モーメント軸に対して、前輪キャスタ16の接地位置から補助キャスタ54の接地位置までの距離dだけ前方に設定される。
【0042】
そして、転倒防止装置10を装着した車椅子12では、荷重Wwの作用点である車椅子12の重心から転倒モーメント軸までの距離Lwが、転倒防止装置10のない車椅子12の場合(Lw´)よりもdだけ長くなる。その結果、転倒防止装置10付きの車椅子12の荷重Wwによるモーメント(Ww×Lw)は、転倒防止装置10がない車椅子12の荷重Wwによるモーメント(Ww×Lw´)よりも大きくなる。
【0043】
さらに、転倒防止装置10を装着した車椅子12では、車椅子12の前方に設定された荷重Wpの作用点から転倒モーメント軸までの距離Lpが、転倒防止装置10のない車椅子12の場合(Lp´)よりもdだけ短くなる。その結果、転倒防止装置10付きの車椅子12の荷重Wpによるモーメント(Wp×Lp)は、転倒防止装置10がない車椅子12の荷重Wpによるモーメント(Wp×Lp´)よりも小さくなる。
【0044】
これらによって、転倒防止装置10を装着した車椅子12は、転倒防止装置10がない車椅子12に比して、前方転倒を防ぐ方向に作用する荷重Wwによるモーメントが大きくなると共に、前方転倒を引き起こす方向に作用する荷重Wpによるモーメントが小さくなって、荷重Wwによるモーメントと荷重Wpによるモーメントの差が正に保たれ易くなることから、車椅子12の前方転倒が防止される。
【0045】
また、転倒防止装置10は、車椅子12の側方への転倒も防止することができる。即ち、使用者が車椅子12から側方へ身を乗り出す等して、使用者の重心位置が車椅子12の側方に移動すると、
図10に示すように、車椅子12に対して下向きの荷重Wpが側方において作用する。なお、側方転倒は、
図10に示すような前輪キャスタ16の車輪進行方向が荷重Wpが作用する側方へ向いた状態で発生し易いことから、以下では、荷重Wpが車椅子12の右方に作用し、且つ前輪キャスタ16が車椅子12の右方に向いた状態について説明する。
【0046】
転倒防止装置10がない車椅子12では、側方転倒に関する転倒モーメント軸は、右側の後輪18の接地位置と右側の前輪キャスタ16の接地位置とを通って延びる直線となる。右方が進行方向となるように操舵軸28回りで回転した右側の前輪キャスタ16は、接地位置が後輪18の接地位置よりも左側となる。車椅子12の側方転倒は、前方転倒の場合と同様に、車椅子12の側方に作用する下向きの荷重Wpによる転倒モーメント軸回りのモーメント(Wp×Lp´)が、車椅子12の重心位置に作用する下向きの荷重Wwによる転倒モーメント軸回りのモーメント(Ww×Lw´)よりも大きい場合(Wp×Lp´>Ww×Lw´)に発生する。従って、荷重Wwによるモーメントと荷重Wpによるモーメントの差を正(Ww×Lw´-Wp×Lp´>0)の状態に保つことで、車椅子12の側方転倒を防止することができる。換言すれば、荷重Wwによるモーメントをできるだけ大きくし、且つ荷重Wpによるモーメントをできるだけ小さくすることで、側方転倒が防止される。
【0047】
転倒防止装置10が装着された車椅子12では、前輪キャスタ16の進行方向が右方に向いた
図10の状態では、補助キャスタ54が前輪キャスタ16よりも右方で接地する。これにより、転倒防止装置10がある車椅子12における側方転倒の転倒モーメント軸は、転倒防止装置10のない車椅子12の転倒モーメント軸よりも右方外側に設定される。
【0048】
そして、転倒防止装置10を装着した車椅子12では、荷重Wwの作用点である車椅子12の重心から転倒モーメント軸までの距離Lwが、転倒防止装置10のない車椅子12の場合(Lw´)よりも長くなる。その結果、転倒防止装置10付きの車椅子12の荷重Wwによるモーメント(Ww×Lw)は、転倒防止装置10がない車椅子12の荷重Wwによるモーメント(Ww×Lw´)よりも大きくなる。
【0049】
また、転倒防止装置10を装着した車椅子12では、車椅子12の右方に入力される荷重Wpの作用点から転倒モーメント軸までの距離Lpが、転倒防止装置10のない車椅子12の場合(Lp´)よりも短くなる。その結果、転倒防止装置10付きの車椅子12の荷重Wpによるモーメント(Wp×Lp)は、転倒防止装置10がない車椅子12の荷重Wpによるモーメント(Wp×Lp´)よりも小さくなる。
【0050】
これらによって、転倒防止装置10を装着した車椅子12は、転倒防止装置10がない車椅子12に比して、側方転倒を防ぐ方向に作用する荷重Wwによるモーメントが大きくなると共に、側方転倒を引き起こす方向に作用する荷重Wpによるモーメントが小さくなって、荷重Wwによるモーメントと荷重Wpによるモーメントの差が正に保たれ易くなることから、車椅子12の側方転倒が防止される。
【0051】
このように、転倒防止装置10は、接地部である補助キャスタ54が前輪キャスタ16と共に操舵軸28回りで回転可能とされており、常に前輪キャスタ16の進行方向前方に保持される。それゆえ、前輪キャスタ16の接地位置と操舵軸28とのオフセットに起因して側方転倒が発生し易くなる、前輪キャスタ16の進行方向が側方へ向いた状態において、補助キャスタ54の接地による転倒防止作用が側方転倒に対して有効に発揮される。なお、
図10では、右方への側方転倒について説明したが、左方への側方転倒についても同様の転倒防止効果が発揮されることは言うまでもない。
【0052】
本実施形態では、転倒防止装置10の接地部が補助キャスタ54で構成されており、転倒の発生が予測される転倒モーメントの作用時だけでなく通常の走行状態においても接地部が予め接地した状態とされていることから、転倒モーメントの作用時に速やかに転倒の防止効果が発揮されて、車椅子12の姿勢の変化(転倒方向への傾動等)も防止される。
【0053】
図11には、本発明の第二の実施形態としての車椅子の転倒防止装置70が車椅子12への装着状態で示されている。転倒防止装置70は、
図11~
図15に示すように、車椅子12の前輪キャスタ16に取り付けられている。以下の説明において、第一の実施形態と実質的に同一の部材及び部位には、図中に同一の符号を付して説明を省略する。
【0054】
転倒防止装置70は、
図12~
図15に示すように、前輪キャスタ16に取り付けられる一対の固定部材72,72を備えている。固定部材72は、下端部を中心とする略扇形板状とされている。固定部材72の上部には、複数の取付ボルト孔76が設けられている。複数の取付ボルト孔76は、車輪軸24(車軸挿通孔74)の周方向で相互に所定の距離を隔てて設けられており、本実施形態では6つの取付ボルト孔76,76,・・・が設けられている。要するに、扇形の固定部材72の中心部分に車軸挿通孔74が設けられていると共に、円弧部分に複数の取付ボルト孔76が設けられている。なお、固定部材72は、必要に応じて肉抜孔40を形成して軽量化を図ることもできる。
【0055】
一対の固定部材72,72は、前輪キャスタ16のフォーク部22を車輪軸24の延伸方向で挟み込むように配置されており、下端部において車輪軸24が左右方向に貫通している。そして、一対の固定部材72,72は、車輪軸24によってフォーク部22の下端部に対して位置決めされている。また、一対の固定部材72,72において車輪軸24と平行な方向で直列的に配置された取付ボルト孔76,76に取付ボルト78が挿通されており、一対の固定部材72,72の間に差し渡された2本の取付ボルト78,78が、車輪進行方向とその反対方向との両側でフォーク部22の上部を挟み込むように配されている。これにより、一対の固定部材72,72は、フォーク部22の上部に対して位置決めされている。このように、一対の固定部材72,72がフォーク部22に対して上部及び下部において位置決めされており、一対の固定部材72,72がフォーク部22に固定されている。
【0056】
一対の固定部材72,72がフォーク部22を挟み込むようにして取り付けられることから、一対の固定部材72,72の取付けに際してフォーク部22の幅寸法の違い等に対応し易く、サイズや構造の異なる複数種類の前輪キャスタに対して取付け可能とすることができる。また、取付ボルト78,78が挿通される取付ボルト孔76を適宜に選択可能とされていることによって、転倒防止装置70のフォーク部22に対する取付位置や取付方向等を調節するアジャスト機構が構成される。これにより、転倒防止装置70を形状や大きさの異なるフォーク部22に対して取り付けることが可能になると共に、後述する延伸部材80及び接地部96の向きや位置を設定することができる。
【0057】
各固定部材72には、延伸部材80が取り付けられている。延伸部材80は、固定部材72から車輪26の進行方向へ延び出す長手板状或いはロッド状とされており、本実施形態では、固定部材72とは別体とされて、複数の固定ボルト82によって固定部材72に固定されている。より具体的には、本実施形態の延伸部材80は、固定ボルト82によって固定部材72に固定される基部84が固定部材72から下方へ延び出しており、先部86が基部84の下端から車輪進行方向へ下傾しながら延び出している。延伸部材80の延伸端部88は、地面Gに対して上方に離れて近接配置されている。
【0058】
一対の延伸部材80,80の延伸端部88,88には、連結部材90が取り付けられている。連結部材90は、左右方向に長手の板状とされている。連結部材90は、一対の延伸部材80,80の延伸端部88,88間に配されており、各延伸部材80に対して固定ボルト94,94で固定されている。延伸部材80,80の延伸端部88,88に取り付けられた連結部材90は、地面Gに対する傾斜が小さくされて、地面Gと略平行に延びており、地面Gに対して上方に離れて近接配置されている。
【0059】
そして、延伸部材80,80の延伸端部88,88及び連結部材90によって、本実施形態の接地部96が構成されている。接地部96は、転倒防止装置70の前輪キャスタ16への装着状態において、
図13に示すように、前輪キャスタ16の接地位置に対して車輪進行方向の外側にオフセットした位置に配されている。接地部96は、車輪進行方向が車椅子12の前方と一致した状態において、好適には車椅子12のフットサポート20の後端よりも前方に位置し、より好適には、フットサポート20の前後中央の直下又は前後中央よりも前方に位置する。
【0060】
接地部96は、転倒防止装置70の前輪キャスタ16への装着状態において、
図13に示すように、地面に対して上方に離れて近接配置されている。接地部96の地面Gからの距離h1は、車輪軸24の地面Gからの距離Hよりも小さいことが望ましい。接地部96の地面Gからの距離h1は、好適には1~3cmの範囲内とされる。これによって、車椅子12の走行に際して接地部96が地面Gの凹凸等に干渉し難く、且つ後述する接地による転倒防止効果を有効に得ることができる。例えば、接地部96の接地時に床面等を傷付け難くなるように、接地部96の下面に緩衝材が設けられていてもよい。
【0061】
各固定部材72には、側方部材98が設けられている。側方部材98は、車輪26の側方へ向けて下傾しながら延び出している。側方部材98の上部は、固定部材72に重ね合わされて、2本の固定ボルト100,100によって固定部材72に固定される固定部材72とされている。側方部材98は、上部から下端部にわたって長さ方向に連続して延びる補強リブ102を備えている。
【0062】
側方部材98の下端部は、補助接地部104とされている。補助接地部104は、車輪26の両側方にそれぞれ設けられている。補助接地部104は、地面Gに対して略平行に広がっており、地面Gから上方に離れて近接配置されている。補助接地部104の地面Gからの距離h2は、車輪軸24の地面Gからの距離Hよりも小さくされていることが望ましい。補助接地部104の地面Gからの距離h2は、好適には1~2cmの範囲内とされる。補助接地部104の地面Gからの距離h2は、接地部96の地面Gからの距離h1と同じであってもよいし、h1とは異なっていてもよく、本実施形態ではh2>h1とされている。
【0063】
側方部材98は、一対の固定部材72,72のそれぞれに取り付けられており、各一方の側方へ延び出していることから、車輪26の両側方に補助接地部104,104が配置されている。これにより、車輪26の両側方への倒れが、何れかの補助接地部104の地面Gへの接地によって防止される。
【0064】
かくの如き構造とされた転倒防止装置70は、車椅子12における前輪キャスタ16のフォーク部22に取り付けられることから、操舵軸28の回転によって車椅子12のフレーム14に対する向きがフォーク部22と共に変更可能とされている。従って、接地部96が操舵軸28に対して常に車輪進行方向に位置していると共に、補助接地部104が車輪26に対して常に側方に位置している。要するに、車椅子12の移動方向に応じて前輪キャスタ16のフレーム14に対する向きが操舵軸28を中心として変化しても、接地部96及び補助接地部104の車輪26に対する相対的な位置が維持される。
【0065】
このような転倒防止装置70が車椅子12の前輪キャスタ16に装着されることによって、車椅子12の前方転倒及び側方転倒に対する転倒防止効果を得ることができる。なお、車椅子12の前方転倒は、例えば、車椅子12の使用者(乗員)が上体を前屈させたり、フットサポート20に乗る等して、車椅子12の使用者が重心を前方へ移動させることで発生する。また、車椅子12の側方転倒は、例えば、車椅子12の使用者が側方へ身を乗り出す等して、車椅子12の使用者が重心を側方へ移動させることで発生する。
【0066】
車椅子12の前方転倒が問題となる重心位置の前方移動状態(車椅子12の前部に対する下向きの入力状態)では、車輪進行方向が車椅子12の前方となって、操舵軸28に対して車輪進行方向の反対側にオフセットされた車輪26の接地位置がより後方となる。車輪26の接地位置が前方転倒を引き起こすモーメントの中心軸(転倒モーメント軸)となることから、車椅子12の前部に対する下向き荷重の作用点から転倒モーメント軸までの距離が長くなり、転倒モーメント軸を中心とする大きなモーメントが作用して、車椅子12の前方転倒が発生し易い。
【0067】
車椅子12に転倒防止装置70が装着されている場合には、前方転倒モーメントの作用時に、操舵軸28よりも前方に位置する転倒防止装置70の接地部96が地面Gに接地することで、転倒モーメント軸が車輪26の接地位置から接地部96の接地位置へ移行し、転倒モーメント軸がより前方に設定される。それゆえ、車椅子12の前部に対する下向きの入力から転倒モーメント軸までの距離が短くなって、車椅子12の前部に対する下向き荷重の作用点から転倒モーメント軸回りのモーメントが低減され、車椅子12の前方転倒が発生し難くなる。
【0068】
車椅子12の側方転倒が問題となる重心位置の側方移動状態では、前輪キャスタ16の車輪26が操舵軸28を中心として回転して、車輪進行方向が車椅子12の側方となる。そして、車輪26の接地位置は、車輪軸24と操舵軸28のオフセットによって、左右方向でより内側に設定される。接地部96が地面から離れた走行状態において、側方転倒における転倒モーメント軸は、車椅子12の後輪18の接地位置と前輪キャスタ16の車輪26の接地位置とをつなぐ直線となることから、車輪進行方向が車椅子12の左右方向となって、車輪26の接地位置が左右内側に設定されると、使用者の重心移動によって車椅子12の側方に及ぼされる下向き荷重の作用点から転倒モーメント軸までの距離が長くなって、側方転倒が発生し易くなる。
【0069】
転倒防止装置70は、前輪キャスタ16と共に操舵軸28を中心として回転することから、車輪進行方向が車椅子12の左右方向とされた側方転倒が問題となる状態では、接地部96が車輪26に対して車椅子12の左右方向で外方(使用者の重心移動側の側方外側)に位置している。そして、転倒モーメントによって車椅子12が側方へ傾動しようとすると、転倒防止装置70の接地部96が地面Gに接地して、転倒モーメント軸が車椅子12の後輪18の接地位置と接地部96とをつなぐ直線に移行し、転倒モーメント軸がより左右外側に設定される。これにより、車椅子12の側方における下向きの入力位置から転倒モーメント軸までの距離が短くなって、車椅子12の側方への入力による転倒モーメント軸回りのモーメントが低減され、車椅子12の側方転倒が発生し難くなる。
【0070】
上記のように、操舵軸28と車輪26の接地位置とがオフセットした前輪キャスタ16では、転倒モーメント軸がより車輪進行方向と反対側に位置することから、車輪進行方向への転倒が問題になり易い。本実施形態の転倒防止装置70は、車輪26と共に操舵軸28を中心として回転するフォーク部22に取り付けられていることから、接地部96が車輪26に対して常に車輪進行方向に位置しており、接地部96の接地によって転倒の原因となる入力位置により近い側へ転倒モーメント軸を移行させることができる。それゆえ、転倒防止装置70によれば、転倒方向が前方と側方の何れであったとしても、接地部96の接地によって有効な転倒防止効果を得ることができる。
【0071】
仮に、車輪26が地面Gの凹凸に引っ掛かる等して、車輪進行方向が入力方向とならないままで車輪26が倒れ込むように前方転倒又は側方転倒が発生しようとする場合には、車輪26の接地位置よりも側方外側に位置する補助接地部104が接地して、転倒モーメント軸がより側方外側へ移行することにより、車輪26の側方への倒れを伴う車椅子12の転倒も防止される。
【0072】
接地部96及び補助接地部104は、何れも地面Gから上方に離れていることから、車椅子12の通常の走行に影響し難い。また、接地部96及び補助接地部104は、何れも地面Gに近接して配置されていることから、転倒の危険がある入力時には速やかに接地して転倒防止効果が発揮される。特に本実施形態では、接地部96の地面Gからの距離h1が1~3cmの範囲内とされていることから、走行への悪影響を防ぎながら転倒防止効果を有効に得ることができる。同様に、補助接地部104の地面Gからの距離h2が1~2cmの範囲内とされていることから、走行への悪影響を防ぎながら転倒防止効果を有効に得ることができる。
【0073】
本実施形態では、固定部材72,72にそれぞれ複数の取付ボルト孔76が形成されており、取付ボルト78,78が挿通される取付ボルト孔76を適宜に選択することにより、接地部96の地面Gからの距離(地面Gへの接地タイミング)等を調節することができる。なお、接地部96の地面Gからの距離h1を大きく設定することによって、車椅子12の走行時に接地部96が地面Gの傾きや凹凸等による干渉が回避され易くなって、走行への影響を更に抑えることができる。一方、接地部96の地面Gからの距離h1を小さく設定することによって、車椅子12の転倒動作を接地部96の接地によってより初期の段階で迅速に制止することが可能になって、転倒防止性能の向上が図られる。
【0074】
以上、本発明の実施形態について詳述してきたが、本発明はその具体的な記載によって限定されない。例えば、前記実施形態では、車椅子12の転倒防止の例として前方転倒と側方転倒の防止について説明したが、例えば、前方転倒と側方転倒を組み合わせたような斜め前方への転倒についても、補助キャスタ54の接地位置が前輪キャスタ16に追従して前輪キャスタ16の進行方向に保持されることで防止される。要するに、転倒防止装置10は、車椅子12の両側方から前方に至る略180度の範囲において、使用者の重心移動等に起因する転倒を有効に防止することができる。
【0075】
転倒防止装置10のフォーク部22への固定方法は、特に限定されず、必ずしも一対の固定部材で挟み込むように固定する必要もない。例えば、第二の実施形態の連結部材42をフォーク部22に対して直接的にねじ等で固定することにより、一対の固定部材を省略することも考えられる。
【0076】
転倒防止装置10の固定部材は、フォーク部22と一体的に設けることも可能である。転倒防止装置10は、既存の車椅子12に適用できるように前輪キャスタ16とは別体で後付けされることが望ましいが、例えば、車椅子12の前輪キャスタ16に予め一体的に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0077】
10 転倒防止装置(第一の実施形態)
12 車椅子
14 フレーム
16 前輪キャスタ
18 後輪
20 フットサポート
22 フォーク部
24 車輪軸
26 車輪
28 操舵軸
30 固定部材
32 車軸挿通孔
34 連結ボルト孔
36 取付ボルト孔
38 補強プレート
40 肉抜孔
42 連結部材
44 空所
46 連結ボルト孔
47 連結ボルト
48 アジャスタ(アジャスト機構)
50 調節ねじ
52 当接部材
54 補助キャスタ(接地部)
56 操舵軸
58 車輪軸
60 取付ボルト
70 転倒防止装置(第二の実施形態)
72 固定部材
76 取付ボルト孔(アジャスト機構)
78 取付ボルト(アジャスト機構)
80 延伸部材
82 固定ボルト
84 基部
86 先部
88 延伸端部
90 連結部材
94 固定ボルト
96 接地部
98 側方部材
100 固定ボルト
102 補強リブ
104 補助接地部
G 地面