(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054886
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】脳神経疾患の検査、治療もしくは予防のための方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240411BHJP
C12Q 1/00 20060101ALI20240411BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20240411BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240411BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240411BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240411BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240411BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240411BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240411BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240411BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240411BHJP
A61P 25/08 20060101ALI20240411BHJP
A61P 25/04 20060101ALI20240411BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20240411BHJP
A61P 25/22 20060101ALI20240411BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20240411BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240411BHJP
A61K 31/56 20060101ALI20240411BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240411BHJP
A61K 35/14 20150101ALI20240411BHJP
A61K 35/16 20150101ALI20240411BHJP
【FI】
G01N33/53 N
C12Q1/00
C12N15/12
C12N15/63 Z
C12N5/10
C12N5/071
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
A61P43/00 121
A61P25/00
A61P25/08
A61P25/04
A61P25/18
A61P25/22
A61K38/17
A61K45/00
A61K31/56
A61K39/395 Y
A61K35/14 Z
A61K35/16 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】26
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161316
(22)【出願日】2022-10-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日・掲載日 令和4年4月19日 刊行物名等 Cell Reports Medicine 3,100597,April 19,2022,Cell Press 掲載アドレス https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666379122001148?via%3Dihub https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2022.100597 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/35492247 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9043990 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666379122001148?via%3Dihub#mmc2 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666379122001148?via%3Dihub#mmc3 https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S2666379122001148-mmc1.pdf https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S2666379122001148-mmc4.pdf https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666379122001148 http://orcid.org/0000-0001-7503-8044 https://researchmap.jp/shwk?lang=en https://loop.frontiersin.org/people/24241/overview
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日 令和4年4月20日 掲載アドレス https://www.tmd.ac.jp/press-release/20220420-1/ https://www.tmd.ac.jp/files/topics/57346_ext_04_6.pdf https://www.tmd.ac.jp/english/press-release/20220420-1/ 掲載年月日 令和4年6月6日 掲載アドレス https://www.eurekalert.org/news-releases/954994?language=japanese https://www.eurekalert.org/news-releases/954994 配布日 令和4年4月12日(公開時 令和4年4月20日午前0時) 配布場所 文部科学記者会(東京都千代田区霞ヶ関3-2-2 文部科学省内) 本町記者会(東京都千代田区岩本町2-3-8 神田Nビル3F) 掲載年月日 令和4年4月20日 掲載アドレス https://www.facebook.com/tmdu.public/posts/pfbid02j212jwuPHWXADvH2HgfjNDzD5H4DjNt5wAo78o3bM3yDLZW4MJJXrSsTNsBtBkeNl?__cft__[0]=AZUzrAubB3psjE-AdcERe_gVmAZf8B3tiBgagIreQxE38s3DEY2qMry26UpiNwSEobWbrY4mK7MSs3AInfZ1dL-I1n1zfWdTbGkNjmU5QMqB1DrqiQThiYJ6SOSoUNS2JYFtwTKQX9aJ57SIOFg5YZk3yJP5yd7BqKyITWWJLnKRnR40kI0MJ2sbI0oZDGo-mUPfNpfI8e6PR_WKykzXIYD7&__tn__=%2CO%2CP-R
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日 令和4年9月7日 掲載アドレス https://www.facebook.com/tmdujp/posts/pfbid02uUGvJ6DaaL3ehWCdFJ6DjtbDAubhAcCKeF4ytNp28S1vsenfaDxUXLUt8W5KzbR6l 掲載年月日 令和4年5月9日 掲載アドレス https://www.facebook.com/tmdu.public/posts/pfbid0zNwP8XvxMcsiRWnBRdUTq1z6cZLTG2QbC1HCnKHYVpw6BbXsDSTqFQhH6T1v9xail?__cft__[0]=AZXLGjakIwN1wJtYgAYPvCVuCrZF1GgF7DiqO1BTY-yujwiTZL0puapUVStkN7yp4FyO8-9TB7yKxKSL9AXExnMoQ-Xe-Dgyn1IvbWYT3r8y1fIFA7iq487tydC05jkN_Kv6vGp3PVsXrmuQMKtKHpd6J040QPYv0Fofz2zcx5059HuyfY0Cq4CRMth5oWOIlUUTBHttFwR1zIjD1cKbdebp&__tn__=%2CO%2CP-R 掲載年月日 令和4年4月20日 掲載アドレス https://twitter.com/tmdu_pr/status/1516605670191427584 https://twitter.com/TMDUniversity/status/1516606652232859650 掲載年月日 令和4年5月9日 掲載アドレス https://twitter.com/tmdu_pr/status/1523485382335102976
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日 令和4年9月7日 掲載アドレス https://www.linkedin.com/feed/update/urn:li:activity:6973134922731450368 https://jp.linkedin.com/company/tokyo-medical-dental-university?trk=organization_guest_main-feed-card_feed-actor-image 掲載年月日 令和4年5月6日 掲載アドレス https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220506/k10013613201000.html 放送日 令和4年5月6日 放送番組 NHK総合1 NHKNEWS(ニュース) 2022年5月6日 正午放送開始(午後0時16分ニュース取り上げ) 掲載年月日 令和4年4月20日 掲載アドレス https://www.tmd.ac.jp/npat/ 掲載年月日 令和4年4月21日 掲載アドレス https://www.asahi.com/articles/ASQ4M4G3TQ4MUTFL005.html 掲載年月日 令和4年4月25日 掲載アドレス http://www.qlifepro.com/news/20220425/ncam1.html 掲載年月日 令和4年5月19日 掲載アドレス https://medicaldoc.jp/news/news-202205n0361/ 掲載年月日 令和4年9月27日 掲載アドレス https://www.tmd.ac.jp/med/psyc/research/brain-and-heart.html
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日 令和4年9月6日 掲載アドレス https://www.facebook.com/tmdujp/posts/pfbid02uUGvJ6DaaL3ehWCdFJ6DjtbDAubhAcCKeF4ytNp28S1vsenfaDxUXLUt8W5KzbR6l?__cft__[0]=AZVuJna93buVsKdr2aZoISnQAauADnLyWWWDLDoWRVkAIV7z6ZEgOqQDPW9Lq6u20f5vOG7ioZocuTdMeaaFOcWMMfuQXqJ0b8VjDK8xdXU-N34FuP4HCUV-mip-MKxQl6x5VPJY9M4a6QqlBHj2LHwsqv_QZDdwPzIde-ZnxGhqdLZXcwdGRlv_Ry05pCwa16M7oJHjqnM-QheHN6AH19H3&__tn__=%2CO%2CP-R
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100130845
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 伸一
(72)【発明者】
【氏名】塩飽 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】高橋 英彦
(72)【発明者】
【氏名】岡澤 均
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C084
4C085
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4B063QQ02
4B063QQ79
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4B063QR72
4B065AA91X
4B065AA93X
4B065AB01
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4B065BA02
4B065CA46
4C084AA02
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4C084DC50
4C084NA05
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4C084ZB082
4C084ZC751
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4C085EE01
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4C086AA01
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4C086DA08
4C086MA01
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4C086NA14
4C086ZA02
4C086ZA05
4C086ZA06
4C086ZA08
4C086ZA18
4C086ZC75
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB34
4C087BB35
4C087CA04
4C087CA21
4C087DA40
4C087MA02
4C087NA05
4C087NA14
4C087ZA02
4C087ZA05
4C087ZA06
4C087ZA08
4C087ZA18
4C087ZC75
(57)【要約】 (修正有)
【課題】統合失調症などの脳神経疾患の検査方法、または脳神経疾患感受性の検査方法、ならびに検査に用いるための試薬およびキットを提供すること。また、統合失調症などの脳神経疾患の治療もしくは予防方法を提供すること。
【解決手段】i)対象から単離された試料を準備する工程、ii)前記試料中における特定の自己抗体の存在の有無を判定する工程を含む、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査方法が開示される。前記試料中に前記自己抗体が存在することが、前記対象が脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有することの指標となる。また、特定の自己抗体を患者から取り除くことによる脳神経疾患の治療、予防方法も開示される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、
前記自己抗体が抗NCAM1抗体であり、
前記試料中に前記自己抗体が存在することが、前記対象が脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有することの指標となる、方法。
【請求項2】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
in vitroで行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
試料が血液、血漿、血清または髄液である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
自己抗体の存在の有無を判定する工程がELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)を行うことを含む、請求項1記載の方法。
【請求項6】
ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)の測定値が、所定の値または対照の測定値を超える場合に自己抗体が存在すると判定される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記試料中における追加の自己抗体の存在の有無を判定する工程をさらに含み、前記追加の自己抗体が抗NMDA受容体抗体、および抗GABAARα1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査に用いるためのキットであって、以下の1)~3)の少なくともいずれか1つを含む、キット。
1)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチド、
2)前記1)記載のポリペプチドをコードする核酸、または
3)前記1)記載のポリペプチドを発現する細胞
【請求項9】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
前記ポリペプチドが基質上に固定されている、請求項8に記載のキット。
【請求項11】
前記基質が試験片、ビーズ、マルチウェルプレート又はマイクロチップである、請求項10に記載のキット。
【請求項12】
前記ポリペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターを含む、請求項8に記載のキット。
【請求項13】
抗NCAM1自己抗体に結合する、検出のための抗体をさらに含む、請求項8に記載のキット。
【請求項14】
対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の評価のための抗NCAM1自己抗体のバイオマーカーとしての使用。
【請求項15】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項14に記載の使用。
【請求項16】
対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、対象における抗NCAM1自己抗体を除去、低減、隔離、不活性化または分解する工程を含む、方法。
【請求項17】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
血漿交換を行う工程を含む、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有する対象から単離された血液、血漿、血清また髄液の処理方法であって、当該血液、血漿、血清また髄液を、NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは、抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを固定化した基質に接触させ、当該血液、血漿、血清また髄液に含まれる抗NCAM1自己抗体を除去または低減する方法。
【請求項20】
NCAM1ポリペプチドもしくは抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するその断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物。
【請求項21】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項20に記載の医薬組成物。
【請求項22】
対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、前記自己抗体が抗NCAM1抗体であり、
iii)前記試料中に前記自己抗体が存在する場合に、対象に、以下の1)から6)からなる群から選択される少なくとも1つを行う方法:
1)免疫グロブリン療法、
2)ステロイド療法、
3)免疫抑制剤の投与、
4)血漿製剤の投与、
5)血漿交換 または、
6)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与。
【請求項23】
前記試料中における追加の自己抗体の存在の有無を判定する工程をさらに含み、前記追加の自己抗体が抗NMDA受容体抗体、および抗GABAARα1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体であり、当該試料中に前記自己抗体が存在する場合に、
対象に、iii)に合わせて、存在が確認された自己抗体に対応する抗原ポリペプチド、当該自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチド断片、もしくは当該自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与を行う、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項22または23に記載の方法。
【請求項25】
血液、血漿、血清または髄液に抗NCAM1自己抗体の存在が確認された対象に対し、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物であって、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤
免疫抑制剤
血漿製剤、または
NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、医薬組成物。
【請求項26】
脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、請求項25に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査に有用なマーカーならびにそれを用いた検査方法およびキットに関する。より具体的には、本開示は、特定の自己抗体をマーカーとして用いる検査方法およびキットに関する。また、本開示は、脳神経疾患の治療もしくは予防のための方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
統合失調症は、思春期・青年期に発症する慢性・進行性の精神症状を呈する脳神経疾患であり、陽性症状(幻覚や妄想、まとまりに欠ける会話や行動など)、陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲の低下など)及び認知障害(注意障害、作業記憶の低下、実行機能障害など)を主な症状とする。統合失調症患者は症状的にも遺伝的にも不均一であり、様々な病態メカニズムが背景にあると考えられている(非特許文献1)。しかし、これらのヘテロ接合性のサブグループに対するバイオマーカーはなく、患者や症状における治療抵抗性の基盤となる病態メカニズムの解明は十分ではない。統合失調症の遺伝子解析により、シナプス、クロマチン修飾、免疫系に関連するリスク遺伝子が明らかになっている。特に、主要組織適合性複合体(MHC)領域の変異は統合失調症のリスクが最も高いことが分かっている。実際、統合失調症と自己免疫の間には疫学的な関係がある。 しかし、統合失調症における自己免疫反応の役割は依然として不明な点が多く残されている。
【0003】
自己抗体は、自己免疫の主要な要因である。実際、シナプス膜の分子に特異的な自己抗体が脳炎患者で見つかっている。これらの分子に特異的な自己抗体の中には、脳炎患者において脳神経疾患の症状を引き起こすものもある。自己抗体を介した脳炎の中で最も広く研究されているものに、統合失調症関連症状を伴う抗N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体抗体脳炎がある(非特許文献2)。また、抗GABAARα1受容体抗体脳炎は、脳神経疾患の症状を引き起こす(非特許文献3)。これらの自己抗体も統合失調症患者に存在するが、統合失調症の症状に関与しているかどうかは不明である。
【0004】
現状、統合失調症などの脳神経疾患の病態生理には依然として不明な部分が多く、生化学的な検査を基にした診断法には改善が必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Meyer-Lindenberg, A. (2010). From maps to mechanisms through neuroimaging of schizophrenia. Nature 468, 194-202.
【非特許文献2】Pollak, T.A., Lennox, B.R., Muller, S., Benros, M.E., Pruss, H., Tebartz van Elst, L., Klein, H., Steiner, J., Frodl, T., Bogerts, B., et al. (2020). Autoimmune psychosis: an international consensus on an approach to the diagnosis and management of psychosis of suspected autoimmune origin. Lancet. Psychiatry 7, 93-108.
【非特許文献3】Pettingill, P., Kramer, H.B., Coebergh, J.A., Pettingill, R., Maxwell, S., Nibber, A., Malaspina, A., Jacob, A., Irani, S.R., Buckley, C., et al. (2015). Antibodies to GABAA receptor a1 and g2 subunits: clinical and serologic characterization. Neurology 84, 1233-1241.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、統合失調症などの脳神経疾患の検査方法、または脳神経疾患感受性の検査方法、ならびに検査に用いるための試薬およびキットを提供することを目的の1つとする。また、本開示は、統合失調症などの脳神経疾患の治療もしくは予防方法を提供することも目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、統合失調症などの脳神経疾患に特異的なバイオマーカーを見出すべく、対象から単離された生体試料の分析を行った。統合失調症の病態に関連する自己抗体を探索する場合、その標的抗原は、(1)神経系に発現する膜分子(通常、自己抗体は生体の細胞内には侵入しない)、(2)統合失調症に関与し、自己抗体によってその機能が影響を受けるか、少なくともシナプスの機能に関わる分子でなければならないといった前提条件がいくつかある。この観点から、本発明者らはセルベースアッセイとELISAを用いて、統合失調症の病態生理に寄与すると考えられる新規の自己抗体を複数同定することに成功した。
【0008】
上記のように、本発明者らは、患者由来の試料に特異的な自己抗体を複数同定した。より具体的には、本発明者らは、統合失調症患者由来のNCAM1等に対する自己抗体が、マウスにおいて統合失調症関連行動やスパインおよびシナプスの変化を引き起こすことを明らかにした。これらの自己抗体は、統合失調症などの脳神経疾患の症状を引き起こしうるため、抗NCAM1自己抗体などの自己抗体が陽性である患者における治療標的とみなされうる。
【0009】
例えば、NCAM1は、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)とも結合し、シナプスの形成に寄与している。さらに、NCAM1のノックアウトマウスやドミナントネガティブ型のトランスジェニックマウスは、統合失調症関連行動の変化を示す。本発明者らは、統合失調症患者において抗NCAM1自己抗体を同定した。統合失調症患者から精製した免疫グロブリンG(IgG)をマウスに投与した疾患モデルを用いて、抗NCAM1自己抗体が前頭葉皮質のスパインおよびシナプス形成を阻害し、統合失調症関連行動を誘発することを明らかにした。
【0010】
本開示は、このような知見に基づくものであり、例示的には、以下の態様が含まれる。
【0011】
[態様1] 対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、
前記自己抗体が抗NCAM1抗体であり、
前記試料中に前記自己抗体が存在することが、前記対象が脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有することの指標となる、方法。
[態様2] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様1に記載の方法。
[態様3] in vitroで行われる、態様1に記載の方法。
[態様4] 試料が血液、血漿、血清または髄液である、態様1に記載の方法。
[態様5] 自己抗体の存在の有無を判定する工程がELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)を行うことを含む、態様1記載の方法。
[態様6] ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)の測定値が、所定の値または対照の測定値を超える場合に自己抗体が存在すると判定される、態様5に記載の方法。
[態様7] 前記試料中における追加の自己抗体の存在の有無を判定する工程をさらに含み、前記追加の自己抗体が抗NMDA受容体抗体、および抗GABAARα1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体である、態様1に記載の方法。
[態様8] 対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査に用いるためのキットであって、以下の1)~3)の少なくともいずれか1つを含む、キット。
1)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチド、
2)前記1)記載のポリペプチドをコードする核酸、または
3)前記1)記載のポリペプチドを発現する細胞
[態様9] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様8に記載のキット。
[態様10] 前記ポリペプチドが基質上に固定されている、態様8に記載のキット。
[態様11]前記基質が試験片、ビーズ、マルチウェルプレート又はマイクロチップである、態様10に記載のキット。
[態様12] 前記ポリペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターを含む、態様8に記載のキット。
[態様13] 抗NCAM1自己抗体に結合する、検出のための抗体をさらに含む、態様8に記載のキット。
[態様14] 対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の評価のための抗NCAM1自己抗体のバイオマーカーとしての使用。
[態様15] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様14に記載の使用。
[態様16] 対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、対象における抗NCAM1自己抗体を除去、低減、隔離、不活性化または分解する工程を含む、方法。
[態様17] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様16に記載の方法。
[態様18] 血漿交換を行う工程を含む、態様16に記載の方法。
[態様19] 脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有する対象から単離された血液、血漿、血清また髄液の処理方法であって、当該血液、血漿、血清また髄液を、NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは、抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを固定化した基質に接触させ、当該血液、血漿、血清また髄液に含まれる抗NCAM1自己抗体を除去または低減する方法。
[態様20] NCAM1ポリペプチドもしくは抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するその断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物。
[態様21] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様20に記載の医薬組成物。
[態様22] 対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、前記自己抗体が抗NCAM1抗体であり、
iii)前記試料中に前記自己抗体が存在する場合に、対象に、以下の1)から6)からなる群から選択される少なくとも1つを行う方法:
1)免疫グロブリン療法、
2)ステロイド療法、
3)免疫抑制剤の投与、
4)血漿製剤の投与、
5)血漿交換 または、
6)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与。
[態様23] 前記試料中における追加の自己抗体の存在の有無を判定する工程をさらに含み、前記追加の自己抗体が抗NMDA受容体抗体、および抗GABAARα1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体であり、当該試料中に前記自己抗体が存在する場合に、
対象に、iii)に合わせて、存在が確認された自己抗体に対応する抗原ポリペプチド、当該自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチド断片、もしくは当該自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与を行う、態様22に記載の方法。
[態様24] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様22または23に記載の方法。
[態様25] 血液、血漿、血清または髄液に抗NCAM1自己抗体の存在が確認された対象に対し、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物であって、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤
免疫抑制剤
血漿製剤、または
NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、医薬組成物。
[態様26] 脳神経疾患が統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択される、態様25に記載の医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】(A)抗NCAM1自己抗体の同定に関して、 ELISA法による血清中の抗NCAM1自己抗体の力価を示している。**p<0.01(n=201、対照健常者;n=223、統合失調症患者;マン・ホイットニーのU検定)。(B) 市販の抗NCAM1抗体、統合失調症患者1の血清とCSF、健常対照者の血清を用いた免疫細胞化学の結果を示している。NCAM1およびEGFPはプラスミドから発現させた。共焦点画像は、EGFP陽性のHeLa細胞の膜に結合した抗体を示している。同様の結果が、抗NCAM1抗体陽性の統合失調症患者全員について得られた。血清中の抗体は、(1)核内のEGFPと反応せず、(2)EGFPのみを発現する空のプラスミドでトランスフェクトした細胞とは反応しなかったため、EGFPとは反応しなかった。スケールバー:10μm、Ab:抗体、Sz:統合失調症。(C) セルベースアッセイによる血清中の抗NCAM1自己抗体の力価を示している。**p<0.01 (n=201, 健常対照者; n=223, 統合失調症患者; マン・ホイットニーのU検定)。
【
図2】(A) NCAM1欠失コンストラクトの構造を示している。(B) 抗NCAM1自己抗体陽性の統合失調症患者1からの血清を用いた免疫細胞化学の結果を示している。NCAM1欠失コンストラクトとEGFPはプラスミドから発現させた。抗NCAM1抗体陽性のすべての統合失調症患者から同様の結果が得られた。スケールバー :10μm。(C) 市販の抗NCAM1抗体を用いたNCAM1ΔIg1およびNCAM1ΔIg1~5の発現を免疫細胞化学的に確認した結果を示している。スケールバー:10μm。 (D) HeLa細胞にトランスフェクトしたNCAM1の欠失コンストラクトのウエスタンブロット解析の結果を示している。抗NCAM1自己抗体によって認識される主なエピトープはIg1ドメインにあることが判明した。
【
図3】(A) 抗NCAM1自己抗体陽性の統合失調症患者から精製したIgGがNCAM1-NCAM1相互作用を阻害することを確認するプルダウンアッセイの結果を示している。Hisタグ付きタンパク質はNi-NTA-アガロースで、GSTタグ付きタンパク質はグルタチオンセファロースでプルダウンした。(B) 抗NCAM1自己抗体陽性の統合失調症患者から精製したIgGがNCAM1-GDNF相互作用を阻害することを示すプルダウンアッセイの結果を示している。Hisタグ付きタンパク質はNi-NTA-アガロースで、GSTタグ付きタンパク質はグルタチオンセファロースでプルダウンした。
【
図4】(A) 統合失調症患者由来の抗NCAM1自己抗体のマウスへの注入に関する IgG注入の実験プロトコルを示している。AAV1-SYN1-EGFPおよびAAV2-VAMP2-mCherryを6週齢のマウスの前頭葉皮質に注入し、精製IgGを8週齢のマウスのCSFに注入した。分子生物学的、組織学的、二光子顕微鏡的、および行動学的解析は、9週齢のマウスで実施した。IHC:免疫組織化学、IP:免疫沈降、WB:ウエスタンブロット。(B)マウスの前頭葉皮質の組織の免疫沈降分析の結果を示している。統合失調症患者から取得した抗NCAM1自己抗体によってNCAM1-Fyn相互作用が阻害されることが明らかになった。CT:コンピュータ断層撮影。(C) 統合失調症患者1より精製したIgGが前頭葉皮質のFAK, MEK1, ERK1のリン酸化に及ぼす影響を示している。精製IgGから抗NCAM1抗体を除去すると、pFAK、pMEK、およびpERK1の減少が反転した。
【
図5】(A) 統合失調症患者由来の抗NCAM1自己抗体に関するIgG注入の実験プロトコルを示している。AAV1- SYN1-EGFP と AAV2-VAMP2-mCherry を6週齢のマウスの前頭葉に注射し、精製 IgG を8週齢のマウスのCSFに注射した。9週齢のマウスで二光子顕微鏡観察および行動解析を行った。(B) AAV1-SYN1-EGFPと対照健常者、統合失調症患者2および患者3から精製したIgGを注入したマウスの前頭葉皮質第1層における樹状突起スパインの2光子顕微鏡による解析結果を示している。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス;50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±SEMで表した。(C) AAV2-VAMP2- mCherry、AAV1-SYN1-EGFP、および対照健常者、統合失調症患者2および患者3から精製したIgGを注入したマウスの前頭葉皮質の第一層におけるスパインと合流した軸索端の二光子顕微鏡による分析結果を示している。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス;50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±SEMで表した。スケールバー:5μm。(D) 対照健常者、統合失調症患者2および患者3から精製したIgGを注射した後のY迷路試験における変化率を示している。**p<0.01(1群あたりn=9 のマウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±SEMで表した。(E) 対照健常者、統合失調症患者2および患者3から精製したIgGを注射したマウスのプレパルス抑制率を示している。*p<0.05 および **p<0.01(1群あたりn=9 のマウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±SEMで表した。
【
図6】(A)抗NRXN1α自己抗体の同定に関して、ELISAによる血清中の抗NRXN1α自己抗体の力価を示している。**p<0.01(N=362;対照健常者、N=387;統合失調症患者、マン・ホイットニーのU検定)。(B)市販の抗NRXN1α抗体、統合失調症患者1の血清とCSF、対照健常者の血清を用いた免疫細胞化学的染色を示している。バー:10μm。(C)セルベースアッセイによる血清中の抗NRXN1α自己抗体の力価を示している。**p<0.01 (対照健常者:N=362、統合失調症患者:N=387、マン・ホイットニーのU検定)。(D)NRXN1α欠失コンストラクトの模式図である。(E)抗NRXN1α自己抗体陽性の統合失調症患者1からの血清を用いた免疫細胞化学分析の結果を示している。NRXN1α欠失コンストラクトとEGFPはプラスミドから発現させた。抗NRXN1α抗体陽性のすべての統合失調症患者から同様の結果が得られた。バー:10μm。(F)市販の抗NRXN1α抗体を用いたNRXN1αΔLNS1-6の発現の免疫細胞化学的確認について示している。バー:10μm。
【
図7】(A)抗NRXN1自己抗体陽性の統合失調症患者1から精製したIgGがNRXN1-NLGN1相互作用を阻害することを確認するプルダウンアッセイの結果を示している。Hisタグ付きタンパク質はNi-NTA-アガロースで、Mycタグ付きタンパク質は抗Mycタグビーズでプルダウンした。(B)抗NRXN1自己抗体陽性の統合失調症患者1から精製したIgGがNRXN1-NLGN2相互作用を阻害することを確認するためのプルダウンアッセイの結果を示している。Hisタグ付きタンパク質はNi-NTA-アガロースで、Mycタグ付きタンパク質は抗Mycタグビーズでプルダウンした。(C)IgG注入と免疫沈降の実験プロトコルを示している。精製IgGを8週齢のマウスのCSFに注入し、9週齢の時点で免疫沈降解析を行った。(D)マウスの前頭葉組織の免疫沈降解析の結果を示している。NRXN1-NLGN1およびNRXN1-NLGN2相互作用が、統合失調症患者に存在する抗NRXN1自己抗体により阻害されることが判明した。
【
図8】(A)前頭葉皮質錐体ニューロンで記録された代表的なmEPSCトレースを示している。(B)各群の事象間間隔の累積分布を示している。記録時間は対照健常者と統合失調症患者1でそれぞれ7.5~15分(合計34,523個の事象間が検出された)、9.5~10分(合計27640個の事象間が検出された)であった。1群につき3匹のマウスから9個の細胞を解析した。**p<0.01;コルモゴロフ・スミルノフ検定および マン・ホイットニー検定。(C)群ごとの振幅の累積分布を示している。対照健常群:34532振幅、患者1:27649振幅。1群3匹のマウスから9個の細胞を分析した。**p<0.01;コルモゴロフ・スミルノフ検定および マン・ホイットニー検定。(D)IgG注入の実験プロトコルを示している。AAV1-SYN1-EGFPおよびAAV2-VAMP2-mCherryを6週齢のマウスの前頭葉皮質に注射し、精製IgGを8週齢のマウスのCSFに注射した。二光子顕微鏡による解析は、9週齢のマウスで行った。(E)AAV1-SYN1-EGFPと統合失調症患者1から精製したIgGまたは対照健常者から精製したIgGを注入したマウスの前頭葉皮質第1層における樹状突起スパインの2光子顕微鏡画像を示している。精製IgGから抗NRXN1抗体を除去すると、スパイン数の減少が反転した。右のグラフは、スパイン数の定量分析である。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス;50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.で表した。バー:5μm。(F)AAV2-VAMP2-mCherry、AAV1-SYN1-EGFP、統合失調症患者1から精製したIgG、または対照健常者のIgGを注入したマウスの前頭皮質の第1層における軸索端末と樹状突起スパインの接触を示す2光子顕微鏡画像である。右のグラフは、スパインと合流した軸索端の定量分析である。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス;50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.で表した(バー:5μm)。
【
図9】(A)統合失調症患者の抗NRXN1自己抗体に関するIgG注入の実験プロトコルを示している。精製IgGを8週齢のマウスのCSFに注射し、9週齢で行動解析を行った。(B)統合失調症患者および対照健常者群から精製したIgGを注入した後のY迷路テストにおける変化率を示している。精製IgGから抗NRXN1抗体を除去すると、変化率の減少が逆転した。**p< 0.01(1群あたりN=10 のマウス、テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.として表した。(C)統合失調症患者1または対照健常者から精製したIgGを注射したマウスのプレパルス抑制率を示している。精製IgGから抗NRXN1α抗体を除去すると、前パルス抑制の欠損が回復した。*p<0.05、** p<0.01(1群あたりN=10 のマウス、テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.として表した。(D)3室試験における社交性と社会的新奇性嗜好性の結果を示している。新たなマウスの入ったカップに近づくのにかかった時間(絶対値(左)および割合(右))と、両方のカップに近づくのにかかった時間とを調査した。精製IgGから抗NRXN1α抗体を除去すると、社会的新規性選好の低下が回復した。**p<0.01(1群あたりN=10 ~14のマウス、テューキーの HSD 検定)。(E)新規物体認識テストの結果を示している。群間に有意差はなかった(1群あたりN=10のマウス;テューキーの HSD 検定)。
【
図10】(A)統合失調症患者の自己抗体に関するIgG注入の実験プロトコルを示している。AAV1-SYN1-EGFPおよびAAV2-VAMP2-mCherryを6週齢のマウスの前頭葉皮質に注射し、精製IgGを8週齢のマウスのCSFに注射した。9週齢のマウスで二光子顕微鏡検査と行動解析を行った。(B)AAV1-SYN1-EGFPと対照健常者、統合失調症患者2、統合失調症患者3から精製したIgGを注入したマウスの前頭葉皮質の第一層の樹状突起スパインの二光子顕微鏡解析の結果を示している。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス; 50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.として表した。(C)AAV2-VAMP2-mCherry、AAV1-SYN1-EGFP、および対照健常者、統合失調症患者2、統合失調症患者3から精製したIgGを注入したマウスの前頭葉皮質の第1層でスパインと合流した軸索端の二光子顕微鏡による解析の結果を示している。**p<0.01(1群あたりn=5 のマウス; 50 樹状突起/マウス、500スパイン/マウス;テューキーの HSD 検定)データは平均値±s.e.m.で表した。バー: 5μm。(D)対照健常者、統合失調症患者2および統合失調症患者3から精製したIgGを注射した後のY字迷路試験における変化率を示している。**p<0.01(1群あたりn=9のマウス、テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.として表した。(E)対照健常者、統合失調症患者2、統合失調症患者3から精製したIgGを注射したマウスのプレパルス抑制率を示している。*p<0.05、** p<0.01(1群あたりn=9のマウス、テューキーの HSD 検定)。データは平均値±s.e.m.として表した。(F)対照健常群、統合失調症患者2および統合失調症患者3から精製したIgGを注射したマウスの3室試験における社交性と社会的新奇性嗜好の結果を示している。**p<0.01(1群あたりN=10~14マウス;テューキーの HSD 検定)。(G)新奇物体認識テストの結果を示している。群間に有意差はなかった(1群あたりN=10のマウス;テューキーの HSD 検定)。
【
図11】統合失調症の患者から得られた試料中におけるNRXN1α、NLGN2、NRG1、NLGN3、およびEphrin B1に対する自己抗体の存在をセルベースアッセイで調べた結果を示している。抗NRXN1α自己抗体は、統合失調症の患者380人中7人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。抗NLGN2自己抗体は、統合失調症の患者120人中7人で陽性であり、対照の健常者では201人中2人が陽性であった。抗NRG1自己抗体は、統合失調症の患者223人中9人で陽性であり、対照の健常者では201人中2人が陽性であった。抗NLGN3自己抗体は、統合失調症の患者122人中2人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。抗Ephrin B1自己抗体は、統合失調症の患者122人中2人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。
【
図12】疼痛性障害の患者から得られた試料中におけるTRPA1に対する自己抗体の存在をセルベースアッセイで調べた結果を示している。結果は、TRPA1を発現させた細胞に疼痛性障害の患者由来の血清が反応することを示している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査方法
本開示の第1の局面は、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査方法に関する。本方法は、例えば、i)対象から単離された試料を準備する工程、およびii)前記試料中における特定の自己抗体の存在の有無を判定する工程を含むことができ、試料中に特定の自己抗体が存在することが、対象が統合失調症または統合失調症感受性を有することの指標として用いられうる。本開示に係る検査方法は、統合失調症などの脳神経疾患を罹患ないし発症しているか否かを判定するための手段として、あるいは統合失調症などの脳神経疾患を将来発症する可能性を判定するための手段として有用であり、統合失調症などの脳神経疾患を診断するために有用な情報を与えることができる。ここで、脳神経疾患は、精神症状を呈する脳神経疾患でありうる。また、脳神経疾患は、自己抗体が引き起こす脳神経疾患でありうる。
【0014】
いくつかの実施形態において、対象はヒト、特に脳神経疾患の患者もしくは脳神経疾患の疑われる患者、または脳神経疾患感受性を有する可能性の疑われる対象である。例えば、医師の問診などによって統合失調症などの脳神経疾患であると診断された患者に対して本開示に係る方法を適用した場合、特定の自己抗体の存在の有無という客観的な指標に基づいて診断の当否を判定することができ、従来の診断を補助あるいは裏付ける情報として活用できる。このような情報は、より適切な治療方針の決定に有益であり、治療効果の向上や患者のQOLの向上を促すことができる。また、罹患状態のモニターに本開示に係る方法を利用し、難治化、重篤化、再発等の防止を図ることもできる。家族背景などから統合失調症などの脳神経疾患の罹患リスクが高いと推定される対象(高リスク対象)も好適な対象となる。このような対象に対して統合失調症などの脳神経疾患の症状が現れる前に本開示に係る方法を適用することは、発症の阻止または遅延あるいは早期の治療介入を可能にする。統合失調症などの脳神経疾患の罹患リスクが高い者、つまり、疾患感受性を有する者を特定する目的にも本開示に係る方法は有用である。このような特定は、例えば、予防的措置や生活習慣の改善等による発症可能性(罹患可能性)の低下を可能にする。自覚症状がない者など、従来の診断では脳神経疾患であるか否かの判定が不能または困難であった者も本開示に係る方法の好適な対象となる。なお、健康診断の一項目として本検査方法を実施することにしてもよい。
【0015】
脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎を含むが、これらに限定はされない。本開示の方法に係るいくつかの実施形態においては、対象から得られた試料中に特定の自己抗体が存在することが、対象が脳神経疾患を有することの指標となり、例えば、症状の類似した他の疾患との鑑別診断を行う上での判断材料として用いられうる。特定の実施形態においては、脳神経疾患は統合失調症である。「統合失調症」とは、脳機能の統合障害を生じる疾患であり、幻覚妄想、陰性症状、認知機能低下を呈する精神疾患である。現在使われている精神疾患の診断基準には、世界保健機関(WHO)の「ICD-10」(『国際疾病分類』第10版)とアメリカ精神医学会の「DSM-5」(「精神疾患の診断・統計マニュアル」第5版)の2つがある。特定の理論に縛られることを意図するものではないが、本発明者らが同定した自己抗体は、当該抗体が認識するタンパク質に結合することで、患者の中枢神経系に障害を与え、統合失調症をはじめ、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎などの脳神経疾患を引き起こすと考えられる。自己抗体は一般的に脳症および脳炎の原因となること、神経機能の障害につながれば、幅広い精神症状が呈されうることから、当業者であれば、本明細書の実施例に記載の統合失調症の患者で得られた結果に基づき、対象となる疾患が統合失調症に限定されず、幅広い精神疾患が対象になること、すなわち、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎といった他の脳神経疾患にも適用可能であると合理的に理解するであろう。
【0016】
疼痛性障害は、苦痛や社会的、職業的、その他重要な機能領域における障害を引き起こすほど重度の疼痛が、1カ所以上の解剖学的部位に生じるものをいう。現状の診断は、疼痛とその重症度、持続期間、および障害の程度を適切に説明する身体疾患を除外した上で、病歴に基づいてなされている。
【0017】
脳症とは、脳波異常、意識障害、精神症状などの脳炎にもみられる脳神経症状を示すにもかかわらず、脳実質内にあきらかな炎症が認められない状態のことである。
【0018】
てんかんは、発作の再発を特徴とする非伝染性の神経疾患群であり、脳内の細胞に発生する異常な神経活動(「てんかん放電」)によって、てんかん発作をきたす神経疾患、あるいは症状を指す。てんかん発作は、脳の異常な電気活動により、ほとんど検出できない短い時間から激しく震える長い時間までさまざまでありうる。
【0019】
精神病性障害は、何が現実で何が現実でないかを判断するのが困難な、心の異常な状態をいう。症状には、特に妄想や幻覚が含まれ、その他の症状には、支離滅裂な話し方や与えられた状況に対して不適切な行動などがある。また、睡眠障害、社会的引きこもり、意欲の欠如が生じたり、日常活動を行うことが困難になったりすることもある。
【0020】
気分障害は、感情障害としても知られ、ある程度の期間にわたって持続する気分(感情)の変調により、苦痛を感じたり、日常生活に著しい支障をきたしたりする状態のことをいう。気分障害の分類は、世界保健機関(WHO)の「ICD-10」(『国際疾病分類』第10版)とアメリカ精神医学会の「DSM-5」(「精神疾患の診断・統計マニュアル」第5版)に基づいてなされる。
【0021】
脳炎は、脳の炎症性疾患の総称であり、急性脳炎は脳実質に生じた炎症によって、発熱、頭痛、意識障害、麻痺などの急性症状を呈した状態を指す。合併症として、けいれん、幻覚、会話障害、記憶障害、聴覚障害などが起こることがある。
【0022】
本明細書の文脈において、脳神経疾患感受性とは、脳神経疾患に罹りやすい傾向、あるいは脳神経疾患を発症するリスクが高い状態を指す。本開示の方法に係るいくつかの実施形態においては、対象から得られた試料中に特定の自己抗体が存在することが、対象が脳神経疾患感受性を有することの指標となり、例えば、検査の時点において脳神経疾患を発症していなくとも、将来的に発症するリスクが高いと判断されうる。
【0023】
本明細書の文脈において、検査方法とは、対象から得られた試料中の成分をin vitroで分析し、何らかの測定結果を得ることをいう。得られた測定結果は、つまり、試料中に自己抗体が存在することは、対象が脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有することの指標として用いられうるが、本検査方法は、医療従事者による診断行為を含むものではないと解されるべきである。本開示に係る検査方法は、言い換えれば、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性のin vitro試験方法とも言える。また、本開示に係る方法は、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の可能性の指標を得る方法、または対象における脳神経疾患の有無またはその発症しやすさを試験する方法とも言える。
【0024】
本開示の文脈において、対象から単離された試料を準備する工程は、ヒト対象から採取された後の試料を用意する工程を意味し、明示的に規定されない限り、外科的な組織の採取や採血などのヒト対象に対する侵襲的な処置の工程を含むものではないと解されるべきである。ただし、本開示に係る方法は、いくつかの実施形態においては、対象から生体試料を採取する工程を含むと明示的に規定されていてもよい。
【0025】
いくつかの実施形態において、試料は、対象に由来する生体試料、例えば、血液、血漿、血清または髄液でありうるが、これらに限定はされない。対象から得られた試料は、特定の自己抗体の存在の有無を分析する前に、前処理または保存(凍結、解凍を含む)されてもよい。
【0026】
いくつかの実施形態において、試料中における特定の自己抗体の存在の有無を判定する工程は、例えば、ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)を行うこと含むことができるが、これらに限定はされない。なお、試料中における自己抗体の存在量を厳密に定量することは必須でなく、脳神経疾患の発症可能性が判定可能となる程度に自己抗体のレベルが検出できればよい。
【0027】
いくつかの実施形態においては、試料中における特定の自己抗体の測定値、例えば、ELISA、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、CLIA(化学発光免疫測定法)、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、免疫ブロット法、免疫沈降法、イムノクロマト法またはセルベースアッセイ(CBA)の測定値が、所定の値または対照の測定値を超える場合に自己抗体が存在すると判定される。所定の値または対照の測定値は、例えば、健常人に由来する試料または試験対象の自己抗体を含まないことが既知の試料の測定値をもとに決定することができるが、これらに限定はされない。例えば、自己抗体陽性の定義は、吸光度などの測定値の平均値から2標準偏差を上回る場合とすることができる。なお、ここでの判定は、その判定基準から明らかな通り、医師または検査技師など専門知識を有する者の判断によらずとも自動的または機械的に行うことが可能である。
【0028】
ELISA法は検出感度が高いこと、特異性が高いこと、定量性に優れること、操作が簡便であること、多検体の同時処理に適することなど、多くの利点を有する。ELISA法を利用する場合の具体的な操作法の一例を以下に示す。
【0029】
まず、特定の自己抗体が結合するポリペプチドを固相基質上に固定化する。具体的には例えばマイクロプレートの表面を自己抗体結合性ポリペプチドでコーティングする。このように固相化したポリペプチドに対して試料を接触させる。この操作の結果、固相化した抗原を認識する自己抗体が試料中に存在していれば免疫複合体が形成される。洗浄操作によって非特異的結合成分を除去した後、酵素を結合させた二次抗体を添加することで免疫複合体を標識し、次いで酵素の基質を反応させて発色させ、発色量を指標として免疫複合体を検出する。なお、ELISA法を実施する際には市販のキットを用いてもよい。
【0030】
いくつかの実施形態においては、自己抗体は、抗NCAM1(Neural Cell Adhesion Molecule 1)抗体である。また、いくつかの実施形態においては、自己抗体は、抗NRXN1α(Neurexin-1-alpha)抗体、抗NRG1(Neureglin-1)抗体、抗NLGN2(Neuroligin-2)抗体、抗NLGN3(Neuroligin-3)抗体、抗Ephrin B1抗体、および抗TRPA1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体である。よって、いくつかの実施形態においては、自己抗体は、抗NCAM1、抗NRXN1α抗体、抗NRG1抗体、抗NLGN2抗体、抗NLGN3抗体、抗Ephrin B1抗体、および抗TRPA1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体である。なお、これらの自己抗体は、上記の各タンパク質の天然に存在するサブタイプ、アイソフォームまたはバリアントを認識するものでありうる。また、当業者であれば、上記の各タンパク質の適切なサブタイプ、アイソフォームまたはバリアントの遺伝子配列およびアミノ酸配列を容易に入手することができ、公知の技術を用いて、細胞で発現させることができる。発現されたタンパク質はさらに単離、精製されてもよい。当業者による適切なサブタイプ、アイソフォームまたはバリアントの選択は、例えば、発現部位や発現量を考慮して行われうる。また、本開示に係る診断、検査、治療、予防において使用される上記の各タンパク質のサブタイプ、アイソフォームもしくはバリアント、またはその断片、誘導体もしくは変異体は、当業者であれば適宜選択することができるであろう。
【0031】
NCAM1は、CD56としても知られている免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞接着分子であり、主にヒトニューロン、グリア細胞、骨格筋細胞、NK細胞およびT細胞のサブセットで発現している。NCAM1には3つのサブタイプがあり、140/180 kDの分子は膜貫通型、120 kDの分子はGPIアンカー型である。各アイソフォームは選択的スプライシングによって生成される。
【0032】
NRXN1αは、脳において高レベルで発現し、シナプス前末端に存在する1回膜貫通型タンパク質であり、シナプス後部の膜タンパク質であるニューロリギン(Neuroligin)とシナプス間隙で結合し、シナプス構築や神経伝達物質の放出機構などに関わっている。多くのスプライス変異体が存在し、グルタミン酸作動性、GABA作動性神経シナプスの構築の選別に影響すると考えられている。
【0033】
NRG1(Neureglin-1)は、EGFファミリーに属するタンパク質であり、構造的に関連したNRG2、NRG3およびNRG4とファミリーを形成している。NRG1は、選択的スプライシングによって多数のアイソフォームが生成され、さまざまな機能を発揮することができ、神経系や心臓の正常な発達にとって必須とされている。
【0034】
NLGN2(Neuroligin-2)は、ヒトが有する5つのニューロリギン遺伝子(NLGN1、NLGN2、NLGN3、NLGN4、NLGN4Y)のうちの1つである。NLGN2は、神経細胞表面タンパク質のファミリーのメンバーをコードしているが、このファミリーのメンバーは、β-ニューレキシン(NRXN)のスプライス部位特異的リガンドとして働き、中枢神経系のシナプスの形成やリモデリングに関与していると考えられる。
【0035】
NLGN3(Neuroligin-3)は、ヒトが有する5つのニューロリギン遺伝子(NLGN1、NLGN2、NLGN3、NLGN4、NLGN4Y)のうちの1つである。ニューロリギンはシナプス後部に存在する1回膜貫通型タンパク質であり、シナプス前末端に存在するニューレキシン(NRXN)の内因性リガンドであり、シナプスの成熟や機能を調整している。NLGN3は脳に豊富に存在し、シナプス形成のピークと一致する生後発育期にNLGN3タンパク質レベルが増加する。
【0036】
Ephrin B1は、哺乳類に存在する8種類のエフリン(Ephrin A1~A5およびEphrin B1~B3)のうちの1つである。B型エフリンは分子量が30~45 kDaであり、細胞外領域、膜貫通領域、そしてC末端にPDZ結合配列を有する細胞内領域によって構成されるI型膜タンパク質である。Ephrin B1は、ヒトではEFNB1遺伝子にコードされる。コードされたタンパク質は、Eph関連受容体チロシンキナーゼのリガンドである。細胞接着に関与し、神経系の発生や維持に機能している可能性がある。
【0037】
TRPA1は、多くのヒトおよび動物細胞の細胞膜に存在するイオンチャネルである。このイオンチャネルは、ヒトや他の哺乳類の痛み、寒さ、かゆみのセンサーとして、また、他の保護反応(涙、気道抵抗、咳)を生じさせる環境刺激物のセンサーとして知られている。
【0038】
いくつかの実施形態においては、複数の自己抗体が同時に、または連続的に測定されてもよい。よって、いくつかの実施形態においては、抗NCAM1抗体、抗NRXN1α抗体、抗NRG1抗体、抗NLGN2抗体、抗NLGN3抗体、抗Ephrin B1抗体、および抗TRPA1抗体からなる群から任意の組み合わせで選択される2以上の自己抗体、例えば、2、3、4、5、6、または7個の自己抗体が測定されてもよい。いくつかの実施形態においては、分析対象の自己抗体はさらに、抗NMDA受容体抗体および抗GABAARα1抗体を含んでいてもよい。複数の抗体を同時に、または連続的に試験することで、原因の異なる脳神経疾患について幅広く検査を行うことができる。
【0039】
2.脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査に用いるためのキット
本開示の第2の局面は、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の検査に用いるためのキットに関する。ここで、脳神経疾患は、精神症状を呈する脳神経疾患でありうる。また、脳神経疾患は、自己抗体が引き起こす脳神経疾患でありうる。いくつかの実施形態において、本キットは、例えば、以下の1)~3)の少なくともいずれか1つを含むことができる:
1)特定の自己抗体の抗原ポリペプチド、特定の自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチドの断片、もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチド、
2)前記1)記載のポリペプチドをコードする核酸、または
3)前記1)記載のポリペプチドを発現する細胞。
【0040】
いくつかの実施形態において、脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択されうるが、これらに限定はされない。
【0041】
より具体的ないくつかの実施形態において、本キットは、例えば、以下の1)~3)の少なくともいずれか1つを含むことができる:
1)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチド、
2)前記1)記載のポリペプチドをコードする核酸、または
3)前記1)記載のポリペプチドを発現する細胞。
【0042】
また、いくつかの実施形態において、本キットは、例えば、以下の1)~3)の少なくともいずれか1つを含むことができる:
1)NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチド;抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体との結合活性を有するNRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチドの断片;または抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチド、
2)前記1)記載のポリペプチドをコードする核酸、または
3)前記1)記載のポリペプチドを発現する細胞。
【0043】
いくつかの実施形態において、自己抗体の抗原ポリペプチドは、野生型の全長ポリペプチドでありうる。また、いくつかの実施形態において、自己抗体の抗原ポリペプチドは、野生型の配列に比較して何らかの変異もしくはバリエーション、例えば、精製または固定を容易にするためのタグ配列の追加や、その他の置換、欠失または追加を含むものであってもよい。いくつかの実施形態において、変異もしくはバリエーションは、天然に存在するものでも、または天然には存在しないものであってもよい。いくつかの実施形態において、自己抗体の抗原ポリペプチドは、目的の用途に有用なものであれば、ヒト以外の生物に由来するものであってもよい。いくつかの実施形態では、抗原ポリペプチドは、例えば、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク質、またはヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質であってもよい。
【0044】
また、いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチドの断片が含まれていてもよい。自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチドの断片には、自己抗体が認識するエピトープが含まれている。よって、いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドが含まれていてもよい。例えば、抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープは、NCAM1のIg1ドメイン中に存在していることを本発明者らは見出している。また、抗NRXN1α自己抗体が認識するエピトープが、NRXN1αのLNS6ドメイン内に存在することも本発明者らは見出している。
【0045】
いくつかの実施形態では、上記のポリペプチドは、基質上に固定されていてもよい。基質は例えば、試験片、ビーズ、マルチウェルプレートまたはマイクロチップでありうるが、これらに限定はされない。いくつかの実施形態では、基質には複数の種類の自己抗体結合性ポリペプチドが固定されていてもよい。基質は例えば、ポリスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、シリコン樹脂、ナイロン樹脂等の樹脂、またはガラス等の水に不溶性の物質からなる固相基質を用いることができる。基質への抗原ポリペプチドの担持は、例えば、物理吸着または化学吸着によって行うことができる。
【0046】
いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、上記の自己抗体に結合するポリペプチドをコードする核酸が含まれていてもよい。例えば、上記のポリペプチドをコードする核酸は、上記のポリペプチドを細胞内またはin vitroで生成するために使用されうる。いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、上記ポリペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターが含まれていてもよい。発現ベクターは、例えば、細胞にトランスフェクトされて使用されうる。
【0047】
いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、上記の自己抗体に結合するポリペプチドを発現する細胞が含まれていてもよい。細胞には、原核細胞または真核細胞、例えば、ヒト細胞、非ヒト哺乳動物細胞、昆虫細胞、真菌細胞などが含まれうる。細胞は、ホリペプチドを分泌するものでも、細胞膜上に発現するものであってもよい。例えば、上記のポリペプチドを発現する細胞は、セルベースアッセイ(CBA)等に使用することができる。
【0048】
いくつかの実施形態において、本開示に係るキットには、自己抗体に結合する、検出のための抗体をさらに含まれていてもよい。そのような抗体には、例えば、ヒト抗体の定常領域を認識する抗体が含まれうる。検出のための抗体は、例えば、ペルオキシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、およびグルコース-6-リン酸脱水素酵素などの酵素、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)、およびユーロピウムなどの蛍光物質、ルミノール、イソルミノール、およびアクリジニウム誘導体などの化学発光物質、NADなどの補酵素、ビオチン、ならびに131Iおよび125Iなどの放射性物質で標識されていてもよい。
【0049】
本開示に係るキットには、通常、取り扱い説明書が添付される。検査方法を実施する際に使用するその他の試薬(緩衝液、ブロッキング用試薬、酵素の基質、発色試薬など)および/または装置ないし器具(容器、反応装置、吸光度計や蛍光リーダーなど)がキットに含められていてもよい。また、標準試料として、既知の濃度または量の抗体を含む容器がキットに含められていてもよい。
【0050】
3.脳神経疾患または脳神経疾患感受性の評価のためのバイオマーカー
本開示の第3の局面は、対象における脳神経疾患または脳神経疾患感受性の評価のための自己抗体のバイオマーカーとしての使用に関する。ここで、脳神経疾患は、精神症状を呈する脳神経疾患でありうる。また、脳神経疾患は、自己抗体が引き起こす脳神経疾患でありうる。本明細書の文脈において、バイオマーカーとは、疾患の有無、病状の変化や治療の効果の指標となる物質(生物指標化合物)を指す。なお、本開示に係るバイオマーカーのレベルを厳密に定量することは必須でなく、脳神経疾患の発症可能性が判定可能となる程度に各バイオマーカーのレベルが検出できればよい。例えば、試料中の各バイオマーカーのレベルが所定の基準値を超えるか否かが判別可能なように検出を行うことができる。バイオマーカーの検出には、本明細書に記載の手法または当業者に知られている任意の手法を用いることができる。
【0051】
いくつかの実施形態において、自己抗体は、抗NCAM1自己抗体である。また、いくつかの実施形態において、自己抗体は、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体である。よって、いくつかの実施形態においては、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体が、脳神経疾患または脳神経疾患感受性の評価のためのバイオマーカーとして用いられうる。これらのバイオマーカーは、複数を組み合わせて、バイオマーカーセットとして用いられてもよい。本開示に係るバイオマーカーまたはバイオマーカーセットは、統合失調症などの脳神経疾患の有無または脳神経疾患感受性の検査において有用であり、現在の病態または将来の発症可能性を判定、評価するために用いられうる。いくつかの実施形態において、バイオマーカーが関連付けられる脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎を含むが、これらに限定はされない。本開示に係るバイオマーカーは、統合失調症などの脳神経疾患のサブグループを区別する上で有用となりうる。
【0052】
4.脳神経疾患の治療または予防方法
本開示の第4の局面は、対象における脳神経疾患の治療または予防方法に関し、本方法は、例えば、対象における特定の自己抗体を除去、低減、隔離、不活性化または分解する工程を含むことができる。ここで、脳神経疾患は、精神症状を呈する脳神経疾患でありうる。また、脳神経疾患は、自己抗体が引き起こす脳神経疾患でありうる。
【0053】
いくつかの実施形態において、本開示に係る治療方法または予防方法が用いられる脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択されうるが、これらに限定はされない。特定の理論に縛られることを意図するものではないが、本発明者らが同定した自己抗体は、当該抗体が認識するタンパク質に結合することで、患者の中枢神経系に障害を与え、統合失調症をはじめ、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎などの脳神経疾患を引き起こすと考えられ、当該抗体を除去、低減、隔離、不活性化または分解することは、脳神経疾患の改善または予防を導くと考えられる。実際、本明細書の実施例においては、本発明者らが同定した自己抗体を除去することで、脳神経疾患の症状が誘導されなくなることが明確に示されている。
【0054】
いくつかの実施形態において、本開示に係る脳神経疾患の治療または予防方法は、血漿交換を行う工程を含んでいてもよい。血漿交換を行うことにより、対象における脳神経疾患の原因となる自己抗体を除去または低減することができる。血漿交換や免疫グロブリン療法などの免疫学的介入は、自己抗体脳炎の治療に用いられており、本開示に係る脳神経疾患の治療または予防方法においても有効に用いられると考えられる。同様に、自己抗体に起因する疾患の治療に用いられるステロイド療法、免疫抑制剤の投与、血漿製剤の投与なども本開示に係る脳神経疾患の治療または予防方法においても有効に用いられると考えられる。
【0055】
いくつかの実施形態において、自己抗体は、抗NCAM1自己抗体でありうる。また、いくつかの実施形態において、自己抗体は、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体でありうる。よって、いくつかの実施形態において、本開示に係る脳神経疾患の治療または予防方法は、対象における抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体を除去、低減、隔離、不活性化または分解する工程を含むことができる。
【0056】
いくつかの実施形態は、脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有する対象から単離された血液、血漿、血清また髄液の処理方法であって、当該血液、血漿、血清また髄液を、特定のポリペプチド、特定の自己抗体との結合活性を有する特定のポリペプチドの断片、もしくは、特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを固定化した基質に接触させ、当該血液、血漿、血清また髄液に含まれる特定の自己抗体を除去または低減する方法にも関する。いくつかの実施形態では、特定のポリペプチドは、NCAM1ポリペプチド、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、およびTRPA1ポリペプチドから成る群から選択され、また、特定の自己抗体は、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体から成る群から選択されうる。
【0057】
よって、いくつかの実施形態は、脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有する対象から単離された血液、血漿、血清また髄液の処理方法であって、当該血液、血漿、血清また髄液を、NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは、抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを固定化した基質に接触させ、当該血液、血漿、血清また髄液に含まれる抗NCAM1自己抗体を除去または低減する方法にも関する。
【0058】
また、いくつかの実施形態は、脳神経疾患または脳神経疾患感受性を有する対象から単離された血液、血漿、血清また髄液の処理方法であって、当該血液、血漿、血清また髄液を、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチド、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体との結合活性を有するNRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチドの断片、もしくは、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドからなる群から選択される少なくとも1つを固定化した基質に接触させ、当該血液、血漿、血清また髄液に含まれる抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体を除去または低減する方法にも関する。
【0059】
いくつかの実施形態において、特定の自己抗体の隔離、不活性化または分解は、例えば、特定の自己抗体に結合する物質を自己抗体と相互作用させることにより行うことができる。例えば、特定の自己抗体の隔離は、特定の自己抗体に結合する物質と自己抗体との複合体を特定の臓器または組織に標的化することにより行うことができるが、これに限定はされない。また、例えば、特定の自己抗体の不活化は、特定の自己抗体に結合する物質と自己抗体との複合体を形成させて、自己抗体の抗原結合能を阻害することにより行うことができるが、これに限定はされない。さらに、例えば、特定の自己抗体の破壊は、特定の自己抗体に結合する物質と自己抗体との複合体を形成させて、複合体をタンパク質分解機構へと誘導することにより行うことができるが、これに限定はされない。
【0060】
いくつかの実施形態は、特定のポリペプチドもしくは特定の自己抗体との結合活性を有するその断片、もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物に関する。また、いくつかの実施形態は、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬の製造における、特定のポリペプチドもしくは特定の自己抗体との結合活性を有するその断片、もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの使用に関する。いくつかの実施形態では、特定のポリペプチドは、NCAM1ポリペプチド、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、およびTRPA1ポリペプチドから成る群から選択され、また、特定の自己抗体は、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体から成る群から選択されうる。
【0061】
よって、いくつかの実施形態は、NCAM1ポリペプチドもしくは抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するその断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物にも関する。
【0062】
また、いくつかの実施形態は、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチド、または抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体との結合活性を有するその断片、または抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物にも関する。
【0063】
いくつかの実施形態において、本開示に係る医薬組成物が用いられる脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎を含むが、これらに限定はされない。
【0064】
いくつかの実施形態は、対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における特定の自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、
iii)前記試料中に前記自己抗体が存在する場合に、対象に、以下の1)から6)からなる群から選択される少なくとも1つを行う方法に関する:
1)免疫グロブリン療法、
2)ステロイド療法、
3)免疫抑制剤の投与、
4)血漿製剤の投与、
5)血漿交換、または、
6)特定のポリペプチド、特定の自己抗体との結合活性を有する特定のポリペプチド断片もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与。
【0065】
免疫グロブリン療法とは、Fc活性をもつIgGを静脈、筋肉あるいは皮下に投与する治療法であり、自己免疫疾患の治療に用いられている(例えば、Nature Reviews Immunology vol.13, pp.176-189 (2013)を参照)。疾患によっては、大量投与による免疫グロブリン大量療法が行われる。投与される製剤には1000人を超える献血者の血漿から抽出された多価IgG(免疫グロブリンG)が含まれており、IVIGの効果は数週間続く。
【0066】
ステロイド療法は、体の免疫力を抑制するために用いられる治療法であり、副腎(両方の腎臓の上端にあります)から作られる副腎皮質ホルモンであるステロイドの投与により治療が行われる。ステロイド療法には、例えば、プレドニゾロンが用いられうる。
【0067】
免疫抑制剤は、体内で過剰に起こっている異常な免疫反応を抑えるために用いられる薬剤である。免疫抑制剤としては、シクロスポリン、ミゾリビン、シクロフォスファミド、アザチオプリン、タクロリムス、およびミコフェノール酸モフェチルなどが用いられうる。
【0068】
血漿製剤は、血液から赤血球,白血球,血小板,そのほかの細胞成分を遠心により取り除いた液体である血漿を製剤として用いるものである。さらに、血漿に含まれるアルブミン、免疫グロブリン、血液凝固因子等のタンパク質を分離し取り出したものは血漿分画製剤とも呼ばれる。
【0069】
血漿交換は、血液を血漿分離器で血球成分と血漿成分に分離した後に、自己抗体などの病因物質を含む血漿を廃棄して、それと同じ量の健常人の血漿(新鮮凍結血漿)を入れて置き換える治療法である。血漿分離膜で血球と血漿に分離した後に、その血漿を二次分離膜に通すことにより、さらに特別なサイズの物質だけを取り除くことができる二重ろ過血漿交換(DFPP)なども用いられている。
【0070】
いくつかの実施形態では、特定のポリペプチドは、NCAM1ポリペプチド、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、およびTRPA1ポリペプチドから成る群から選択され、また、特定の自己抗体は、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体から成る群から選択されうる。
【0071】
よって、いくつかの実施形態は、対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、前記自己抗体が抗NCAM1抗体であり、
iii)前記試料中に前記自己抗体が存在する場合に、対象に、以下の1)から6)からなる群から選択される少なくとも1つを行う方法に関する。
1)免疫グロブリン療法、
2)ステロイド療法、
3)免疫抑制剤の投与、
4)血漿製剤の投与、
5)血漿交換、または、
6)NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与。
【0072】
また、いくつかの実施形態は、対象における脳神経疾患の治療または予防方法であって、
i)対象から単離された試料を準備する工程、
ii)前記試料中における自己抗体の存在の有無を判定する工程
を含み、前記自己抗体が、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体から成る群から選択され、
iii)前記試料中に前記自己抗体が存在する場合に、対象に、以下の1)から6)からなる群から選択される少なくとも1つを行う方法に関する:
1)免疫グロブリン療法、
2)ステロイド療法、
3)免疫抑制剤の投与、
4)血漿製剤の投与、
5)血漿交換、または、
6)NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチド;抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体との結合活性を有するNRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチドの断片;または、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与。
【0073】
いくつかの実施形態では、上述の本開示に係る脳神経疾患の治療または予防方法は、試料中における追加の自己抗体の存在の有無を判定する工程をさらに含み、前記追加の自己抗体が抗NMDA受容体抗体、抗GABAARα1抗体、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α抗体、抗NRG1抗体、抗NLGN2抗体、抗NLGN3抗体、抗Ephrin B1抗体、および抗TRPA1抗体からなる群から選択される少なくとも1つの自己抗体であり、当該試料中に前記自己抗体が存在する場合に、
対象に、前記工程iii)に合わせて、存在が確認された自己抗体に対応する抗原ポリペプチド、当該自己抗体との結合活性を有する抗原ポリペプチド断片、もしくは当該自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの投与を行うものであってもよい。
【0074】
いくつかの実施形態において、上記の脳神経疾患の治療または予防方法が適用される脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択されうる。
【0075】
いくつかの実施形態は、血液、血漿、血清または髄液に特定の自己抗体の存在が確認された対象に対し、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物であって、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤、
免疫抑制剤、
血漿製剤、または
特定のポリペプチド、特定の自己抗体との結合活性を有する特定のポリペプチド断片、もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、医薬組成物にも関する。
【0076】
いくつかの実施形態は、血液、血漿、血清または髄液に特定の自己抗体の存在が確認された対象において脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬における、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤、
免疫抑制剤、
血漿製剤、または
特定のポリペプチド、特定の自己抗体との結合活性を有する特定のポリペプチド断片、もしくは特定の自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドの使用にも関する。
【0077】
いくつかの実施形態では、特定のポリペプチドは、NCAM1ポリペプチド、NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、およびTRPA1ポリペプチドから成る群から選択され、また、特定の自己抗体は、抗NCAM1自己抗体、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および抗TRPA1自己抗体から成る群から選択されうる。
【0078】
よって、いくつかの実施形態は、血液、血漿、血清または髄液に抗NCAM1自己抗体の存在が確認された対象に対し、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物であって、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤、
免疫抑制剤、
血漿製剤、または
NCAM1ポリペプチド、抗NCAM1自己抗体との結合活性を有するNCAM1ポリペプチド断片、もしくは抗NCAM1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、医薬組成物に関する。
【0079】
また、いくつかの実施形態は、血液、血漿、血清または髄液に抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体の存在が確認された対象に対し、脳神経疾患の治療または予防に用いるための医薬組成物であって、
免疫グロブリン製剤、
ステロイド製剤、
免疫抑制剤、
血漿製剤、または
NRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチド、抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体との結合活性を有するNRXN1αポリペプチド、NRG1ポリペプチド、NLGN2ポリペプチド、NLGN3ポリペプチド、Ephrin B1ポリペプチド、および/もしくはTRPA1ポリペプチドの断片、または抗NRXN1α自己抗体、抗NRG1自己抗体、抗NLGN2自己抗体、抗NLGN3自己抗体、抗Ephrin B1自己抗体、および/もしくは抗TRPA1自己抗体が認識するエピトープを含むポリペプチドを含む、医薬組成物に関する。
【0080】
いくつかの実施形態において、上記の医薬組成物が適用される脳神経疾患は、統合失調症、疼痛性障害、脳症、てんかん、精神病性障害、気分障害および脳炎からなる群から選択されうるが、これらに限定はされない。
【0081】
本開示に係る本開示に係る医薬組成物は、錠剤、粉末、液体、半固体などの任意の形態をとることができるが、好ましくは液体である。本開示に係る医薬組成物は、基剤に各種の主剤を配合して調製されうる。本開示に係る医薬組成物は、上記の有効成分に加えて、薬学的に許容可能な賦形剤、添加剤、緩衝剤、等張調節のための塩類、抗酸化剤、保存剤、薬剤安定剤等を含みうる。賦形剤としては、例えば、水、精製水、アルコール、グリセリン、乳糖、デンプン、デキストリン、白糖、沈降シリカ、蜂蜜、コメデンプン、トラガントが挙げられるが、これらに限定はされない。また、本開示に係る医薬組成物には、他の活性成分が配合されていてもよい。各成分の配合量は、医薬として許容される範囲で適宜決定することができる。また、組成物の投与量は、使用する薬剤の種類、投与する対象に応じて、適宜決定することができる。例えば、有効成分は、0.01~15重量%、例えば、0.1~5重量%とすることもできる。
【0082】
投与経路についても、使用する薬剤の種類、投与する対象に応じて、適宜決定することができる。本開示に係る医薬組成物の投与方法としては特に制限されないが、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、髄腔内投与、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与、皮内投与、筋肉内投与、点眼等を好適に例示することができ、中でも、静脈内投与をより好適に例示することができる。
【0083】
投与量は、使用する薬剤の種類、投与する対象に応じて、適宜決定することができる。投与経路についても、使用する薬剤の種類、投与する対象に応じて、適宜決定することができる。好ましい投与経路としては、液剤の皮下注射、静脈内注射、髄腔内注射、点眼、固形剤、液剤の経口投与を挙げることができる。
【0084】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例0085】
例1.統合失調症患者における抗NCAM1自己抗体の同定
対照健常者201名(男性125名、女性76名、年齢22~90歳、中央値48歳)および統合失調症患者223名(男性112名、女性111名、年齢16~84歳、中央値52歳)から血清試料を入手した。患者の統合失調症はDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)に従って診断された。年齢に関して、群間に有意差はなかった。すべてのサンプルをELISA法とセルベースアッセイ法で検査した。ELISA分析では、統合失調症患者15人が抗NCAM1自己抗体陽性として検出された。自己抗体陽性の定義は吸光度の平均値から2標準偏差を上回る場合とした(
図1A)。
【0086】
抗NCAM1自己抗体のELISAは、以下のようにして行った。まず、ポリスチレン製マイクロタイタープレートをTBSバッファーに溶解したNCAM1組み換えタンパク質100 mL(2 mg/mL)でコーティングし、4℃で一晩インキュベートした。プレートをTBSで3回洗浄し、非特異的な結合をブロックするために1%のBSAを含むTBS(100 mL/ウェル)を加え、24℃で1時間インキュベートした。その後、血清およびCSFサンプルの各希釈液100 mL(血清は1:50、CSFは1:1、1%のBSA含有TBS)を加え、24℃で1時間インキュベートした。0.1% Tween 20 含有 TBS で 3 回洗浄後、抗ヒト IgG アルカリホスファターゼ (1:50000;Sigma-Aldrich社より購入) を 0.1% Tween 20 含有 TBS で 1 時間室温でインキュベートした。TBSで洗浄した後、基質バッファー中1 mg/mLのp-ニトロフェニルホスフェートを各ウェルに添加し、マイクロプレートリーダーで405 nmの吸光度を読み取った。
【0087】
セルベースアッセイは、以下のようにして行った。HeLa細胞および一次皮質神経細胞を2%パラホルムアルデヒド(リン酸バッファーで調製)中、室温で30分間固定し、PBS中の0.1% Triton X-100で10分間処理した後、10% FBSまたは1% BSA含有PBSにより室温で30分間ブロッキングし、ブロッキングバッファーで希釈した血清または一次抗体とインキュベートした。セルベースアッセイでは、自己抗体価≧1:30の血清を自己抗体陽性と定義した。これまでの研究で、NMDA受容体自己抗体とGABA受容体自己抗体の力価は通常1:30より高いことが示されている。さらに、血清を希釈することには、非特異的な染色を防ぐという利点もある。
【0088】
対照の健常者では、ELISA法において抗NCAM1自己抗体が陽性となったものはなかった。統合失調症患者の抗体価は、対照健常者の抗体価と比較して有意に高かった(
図1A)。HeLa細胞を用いたセルベースアッセイでは、ヒトNCAM1とEGFPをプラスミドから発現させ、EGFPを発現したすべてのトランスフェクト細胞でNCAM1の外来発現を認めた(
図1B)。12人の統合失調症患者(5.4%)が抗NCAM1自己抗体陽性であった(
図1B、1C、表1)。これらの患者が他のシナプス分子に対する自己抗体も有しているかどうかを調べるために、同じセルベースアッセイ法でNLGN1、NLGN2、NLGN3、NLGN4、NRXN1α、NRXN3、Ephrin B1~B3、ERBB4、NRG1、NR1、NR2、GABA
ARα1の発現を誘導してみた。しかし、抗NCAM1自己抗体を有するこれら12人の統合失調症患者には、これらの分子に対する自己抗体は認められなかった。これら12人の患者のうち、11人の統合失調症患者がELISAとセルベースアッセイの両方で抗NCAM1自己抗体陽性であることが検出された。対照の健康者2名(男性:26歳、抗体価1:30、乳癌の既往がある女性:46歳、抗体価1:100)が、セルベースアッセイで抗NCAM1抗体陽性(1.0%)であった。統合失調症患者の抗体価は、健常対照者の抗体価と比較して有意に高かった(すなわち、1:1,000~10,000;
図1C)。抗NCAM1自己抗体陽性統合失調症患者の脳脊髄液(CSF)にも抗NCAM1自己抗体が存在した(
図1B、表1)。これらの患者のCSFのタンパク質濃度および白血球数は正常であった。
【0089】
【0090】
NCAM1は神経系で高発現している。マウス脳におけるNCAM1の発現を確認するためにウエスタンブロット解析を行ったところ、確かに末梢臓器と比較して非常に高いレベルで発現していた。NCAM1は膜貫通領域を持つシナプスの細胞接着分子である。NCAM1の細胞外領域はADAM10とADAM17によって切断され、血清中にはその可溶型が少量見出される。統合失調症患者では可溶型NCAM1の変化が報告されていることから、本発明者らはNCAM1に対する自己抗体が血清中の可溶型NCAM1に影響を与えるかどうかを検証した。血清中の可溶性NCAM1を分析するためにELISAを行ったところ、統合失調症患者では可溶性NCAM1が有意に減少していることがわかった(
図1D)。さらに、セルベースアッセイで抗NCAM1自己抗体が検出された統合失調症患者では、抗NCAM1自己抗体のない患者と比較して、血清中の可溶性NCAM1が有意に減少していた(
図1E)。また、抗NCAM1自己抗体陰性の統合失調症患者の血清可溶性NCAM濃度は、対照の健常者のそれよりもやはり有意に低いことが注目される(
図1F)。これらの結果は、抗NCAM1自己抗体と可溶性NCAMの関連を示しているが、ELISAによるNCAM1の力価と可溶性NCAMの濃度の散布図解析では、有意な関係は示されなかった。従って、免疫複合体の結果は予想以上に複雑である可能性がある。
【0091】
セルベースアッセイで抗NCAM1自己抗体が検出された12名の患者の臨床的特徴を表1に示す。これらの患者では、他の患者と比較して、せん妄や脳炎を含む明瞭な精神・神経症状は認められなかった。さらに、がんや自己免疫疾患など、患者間で共通する過去の病歴もなかった。しかし、これらの患者の幻覚や妄想などの精神症状は、抗精神病薬に抵抗性であった。
【0092】
例2:統合失調症における抗NCAM1抗体によって認識される主なエピトープはIg1ドメイン内に存在する
抗NCAM1抗体によって認識されるエピトープを同定するために、本発明者らはNCAM1のトランケート体を構築した(
図2A)。NCAM1の細胞外領域は、5つのN末端免疫グロブリンドメイン(Ig1~Ig5)と2つのフィブロネクチンIII型ドメイン(FN3)から構成されている。統合失調症患者12名の血清は、Ig2ドメインとIg2~5ドメインをそれぞれ欠いたΔIg2とΔIg2~5のトランケート体と反応したが、Ig1ドメインとIg1~5ドメインをそれぞれ欠いたΔIg1とΔIg1~5のものとは反応しなかった(
図2B、2C)。これらの結合様式はウエスタンブロッティングで確認された(
図2D)。これらのデータは、主要なエピトープ領域がIg1ドメイン内に存在することを示している。
【0093】
ポリシアリル化されたNCAM1(PSA-NCAM)は、神経系の発生段階において豊富に存在し、細胞移動と軸索伸長に関連している。ポリシアリル化はNCAM1のIg5ドメイン上で起こる。したがって、抗NCAM1自己抗体はPSA-NCAMも検出すると仮定された。生後0日目のマウスの大脳皮質を用いたウエスタンブロット解析により、抗NCAM1自己抗体がNCAM1とPSA-NCAMの両方を検出することが明らかになった(
図S2A)。Igドメインを含む分子は約500種類ある。そこで、抗NCAM1自己抗体がNCAM2、L1CAM、TAG1などのIgドメインを含む他の分子と交差反応するかどうかを分析した。セルベースアッセイにより同定された12人の患者の抗NCAM1自己抗体は、いずれもこれらの分子と反応しないことが判明した。これらの結果は、抗NCAM1自己抗体がNCAM1特異的な配列と反応することを示唆している。
【0094】
例3:抗NCAM1自己抗体はNCAM1-NCAM1およびNCAM1-GDNF相互作用を阻害する
NCAM1はIg1ドメインを含む免疫グロブリンドメインを介して同種親和性の結合によりシナプスを形成する。さらにGDNFはNCAM1への結合によりスパインの発生を促進する。 従って、抗NCAM1自己抗体がNCAM1-NCAM1とNCAM1-GDNF相互作用を阻害すると仮定された。プルダウンアッセイにより、統合失調症患者1から精製したIgGはNCAM1-NCAM1およびNCAM1-GDNF相互作用を阻害したが、対照の健常者から精製したIgGは阻害しなかった(
図3Aおよび
図3B)。プルダウンアッセイでは、統合失調症患者2および3から精製したIgGもNCAM1-NCAM1およびNCAM1-GDNF相互作用を阻害した。
【0095】
例4:統合失調症患者由来の抗NCAM1自己抗体はマウスのNCAM1-Fyn-FAK-MEK1-ERK1経路を阻害する
もし統合失調症患者から見つかった抗NCAM1抗体がNCAM1-GCAM1およびNCAM1-GDNF相互作用を阻害するなら、マウスにおいても分子シグナルの異常、スパインやシナプスの異常形成、統合失調症関連行動を引き起こすだろうと想定された。これを検証するために、統合失調症患者(患者1)と年齢および性別をマッチさせた健常者からIgGを精製し、マウス(8週齢)のCSFに注入した。そして、9週齢のマウスの分子シグナル伝達、スパインやシナプスの形成、行動などを解析した(
図4A)。統合失調症患者由来の抗NCAM1自己抗体は、初代培養神経細胞およびマウスの前頭葉皮質で発現するNCAM1と反応することが確認された。以前の研究で、神経系内の特異的抗原に対してマウスに投与した抗体は1週間以上脳内に留まると報告されている。しかし、CSFに注入した非特異的IgGは1日以内に血清に移行する。これらの既報と一致して、本発明者らが行った免疫組織化学分析では、統合失調症患者からの抗NCAM1自己抗体の髄腔内投与は9週齢になってもマウス内に存在していることが確認された。ミクログリア活性化または脳炎の証拠はなかった。NCAM1-NCAM1相互作用およびGDNF-NCAM相互作用は、NCAM1の細胞質ドメインとFynの接触を誘導する。そこで、患者1由来のIgGをマウスに投与し、NCAM1-Fyn相互作用、FAK、MEK1、ERK1のリン酸化といったシグナル伝達を阻害するかどうかを検証した。患者1由来のIgGをマウスに投与し、免疫沈降法を用いて、NCAM1と共沈するFynの量を解析した。その結果、患者1由来のIgGを投与したマウスでは、NCAM1-Fynの相互作用が低下していることが明らかとなった(
図4B)。さらに、統合失調症患者1から精製したIgGは、FAK、MEK1、ERK1のリン酸化を抑制したが、健常者から精製したIgGは抑制しなかった(
図4Cおよび
図4D)。これらの結果は、抗NCAM1自己抗体によるNCAM1-NCAM1およびNCAM1-GDNF相互作用の阻害が、NCAM1-Fynの相互作用を損ない、FAK、MEK1およびERK1のリン酸化を低下させることを示している。
【0096】
例5:統合失調症患者由来の抗 NCAM1 自己抗体により、マウスの前頭葉皮質におけるスパインとシナプスの数が減少する
抗NCAM1自己抗体は、FAK、ERK1、MEK1のリン酸化を阻害し、シナプスを維持するプロセスであるシナプス前後のトランスホモフィリックNCAM1相互作用を中断することから、スパインとシナプスに変化をもたらすことが示唆された。これを調べるために、患者のIgGを髄腔内に投与したマウスの二光子解析を実施した。神経突起とスパインは、シナプシンIプロモーターによって駆動されるアデノ随伴ウイルス1(AAV1)-EGFP(AAV1-SYN-EGFP)を用いて可視化した。スパインと接触している軸索端は、AAV2-VAMP2-mCherryを用いて可視化された(
図4A)。予想通り、統合失調症患者1からのIgGを投与したマウスは、前頭皮質においてスパインとシナプスの減少を示した。これらの変化は、健常者からのIgGを投与したマウスには見られなかった(
図4E、4F)。
【0097】
例6:統合失調症患者由来の抗NCAM1自己抗体はマウスに統合失調症関連行動を引き起こす
抗NCAM1自己抗体が統合失調症の症状を引き起こすかどうかを検証するために、自己抗体投与マウスの行動解析を行った。統合失調症患者1から精製したIgGを投与すると、Y迷路試験において認知機能が低下した(
図4G)。さらに、統合失調症患者のIgGを投与したマウスは、統合失調症のエンドフェノタイプとして確立しているプレパルス抑制が欠損していた(
図4H)。健常者のIgGを投与したマウスは、プレパルス抑制が正常であった。統合失調症患者1のIgGを投与したマウスは、運動活性、不安行動、社会的相互作用には異常が見られなかったが、それぞれオープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、3室試験で異常が見られた。
【0098】
例7:抗NCAM1抗体の吸着、除去により、分子、脊髄、行動の変化が改善された
統合失調症患者1から精製したIgGのうち、抗NCAM1抗体がリン酸化を阻害し、スパインやシナプスの数を減少させ、統合失調症関連行動を誘発することを確認するため、マウスへの投与前に、統合失調症患者1から精製したIgGから抗NCAM1抗体を除去する吸着実験(吸着SZ IgG)を実施した。グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)プルダウンによる抗NCAM1抗体の吸着と除去は、セルベースアッセイと免疫組織化学で確認した。リン酸化、スパインおよびシナプス、ならびに行動は、吸着実験後に改善された(
図4B~4H)。これらの結果は、患者1からの抗NCAM1抗体がリン酸化を変化させ、マウスにおいてシナプスの変化と統合失調症関連行動を誘発することを確認するものである。
【0099】
例8:統合失調症を患者由来の抗NCAM1自己抗体により、マウスに統合失調症関連の行動とシナプスの変化が生じることが確認された
統合失調症患者1の結果が抗NCAM1自己抗体陽性の他の患者でも観察できることを確認するために、統合失調症患者2および3から精製したIgGを用いて二光子解析と行動解析を行った(
図5A)。これらの患者からのIgGも、前頭葉皮質のスパインとシナプス数も減少させ、認知障害とプレパルス抑制の欠損を誘発した(
図5B~5E)。
【0100】
例9:統合失調症患者における抗NRXN1α自己抗体の同定
対照健康者362名(男性181名、女性181名、年齢22-90歳、中央値49歳)と統合失調症患者387名(男性195名、女性192名、年齢16-84歳、中央値51歳)から血清試料を採取した。患者の統合失調症はDSM5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)に従って診断された。年齢に関して、群間に有意差はなかった。すべてのサンプルを酵素結合免疫吸着法(ELISA)およびセルベースアッセイで検査した。ELISA分析では、8人の統合失調症患者(2.1%)が抗NRXN1α自己抗体陽性として検出され、吸光度の平均値から2標準偏差を上回った場合をこの自己抗体の陽性とした(
図6A)。対照の健常者では、ELISA法において抗NRXN1α自己抗体が陽性となった者はいなかった。統合失調症患者の抗体価は、対照健常者の抗体価と比較して有意に高かった(
図6A)。HeLa細胞を用いたセルベースアッセイでは、ヒトNRXN1αとEGFPをプラスミドから発現させ、EGFPを発現したすべてのトランスフェクト細胞でNRXN1αの外来発現を認めた(
図6B)。同じ統合失調症患者8名(2.1%)が抗NRXN1α自己抗体陽性であった(
図6B、6C)。これらの患者が他のシナプス分子に対する自己抗体も有しているかどうかを調べるために、同じセルベースアッセイ法でNCAM1、NLGN1、NLGN2、NLGN3、NLGN4、Ephrin B1~B3、ERBB4、NRG1、NR1、NR2およびGABA
AR1αの発現を誘導して調べた。しかし、抗NRXN1α自己抗体を持つこれら8人の統合失調症患者には、これらの分子に対する自己抗体は見つからなかった。また、対照の健常者では抗NRXN1α自己抗体が陽性となる者はいなかった。統合失調症患者の抗体価は対照健常者の抗体価と比較して有意に高かった(
図6C)。抗NRXN1α自己抗体陽性統合失調症患者の脳脊髄液(CSF)にも抗NRXN1α自己抗体が認められた(
図6B)。これらの患者のCSFのタンパク質濃度および白血球数は正常であった。
【0101】
セルベースアッセイで抗NRXN1α自己抗体が検出された患者8名の臨床的特徴を表1に示す。これらの患者には、他の患者と比較して明確な精神症状や神経症状は見られなかった。さらに、がんや自己免疫疾患など、患者間で共通する過去の病歴はなかった。しかし、これらの患者の幻覚や妄想を含む精神症状は、抗精神病薬に抵抗性であった。
【0102】
抗NRXN1α自己抗体によって認識されるエピトープを同定するために、本発明者らはNRXN1αのトランケート体を作製した(
図6D)。NRXN1αの細胞外領域は、6つのラミニン、ニューレキシン、性ホルモン結合タンパク質(LNS)ドメインから構成されている。セルベースアッセイにおいて、統合失調症患者8名の血清は、LNS1~3ドメインを欠くΔLNS1-3およびΔLNS1-5ドメインの両方と反応したが、LNS1~6ドメインを欠くΔLNS1-6とは反応しなかった(
図6E、10F)。これらのデータから、エピトープ領域はLNS6ドメイン内に存在することが示唆された。
【0103】
抗NRXN1α自己抗体が、NRXN3やCASPR2のようなLSNドメインを含む他の分子と交差反応を起こすかどうかを解析した。セルベースアッセイにより同定された8人の患者の抗NRXN1α自己抗体は、いずれもこれらの分子と反応しないことが判明した。これらの結果は、抗NRXN1α自己抗体がNRXN1α特異的な配列に反応することを示唆している。
【0104】
例10:抗NRXN1α自己抗体は、NRXN1α-NLGN1およびNRXN1α-NLGN2相互作用を阻害する
NRXN1α は神経系で高発現している。マウスの脳におけるNRXN1αの発現を確認するためにウエスタンブロット解析を行ったところ、NRXN1αは末梢臓器に比べて確かに非常に高いレベルで発現していることがわかった。NRXN1αはシナプス前細胞接着分子であり、LNS6ドメインを介してNLGN(シナプス後細胞接着分子)と相互作用してシナプスを形成する。NRXN1αは、シナプス分子の相互作用とシグナルのプラットフォームおよびハブとして機能する。したがって、抗NRXN1α自己抗体がNRXN1α-NLGNs相互作用を阻害すると仮定された。プルダウンアッセイにより、抗NRXN1α自己抗体陽性の統合失調症患者(患者1)から精製したIgGはNRXN1α-NLGN1およびNRXN1α-NLGN2相互作用を阻害したが、対照の健常者から精製したIgGは阻害しなかった(
図7A、7B)。抗NRXN1α抗体がin vivoでこれらの相互作用を阻害することを確認するために、抗NRXN1α自己抗体陽性の統合失調症患者、および年齢と性別をマッチさせた健常者からIgGを分離した。そして、これらの抗体をマウス(8週齢)のCSFに注入し、9週齢で免疫沈降解析を行った(
図7C)。統合失調症患者由来の抗NRXN1α自己抗体が、初代培養神経細胞およびマウス前頭葉皮質に発現するNRXN1αと反応することが確認された。免疫組織化学的解析により、統合失調症患者から得た抗NRXN1α自己抗体の髄腔内投与は、9週齢のマウスにも残存していることが確認された。ミクログリア活性化や脳炎の証拠はなかった。プルダウンアッセイから得られた知見と一致して、抗NRXN1α自己抗体はNRXN1α-NLGN1およびNRXN1α-NLGN2相互作用を阻害した(
図7D)。プルダウンアッセイと免疫沈降解析により、統合失調症患者2および3から精製したIgGもNRXN1α-NLGN1およびNRXN1α-NLGN2相互作用を阻害した。
【0105】
例11:抗NRXN1α自己抗体によるmEPSC頻度の低下
NRXN1αノックアウトマウスでは、小型興奮性シナプス後電流(mEPSC)頻度が減少していた。統合失調症患者に見られる抗NRXN1α自己抗体がNRXN1α-NLGN1およびNRXN1α-NLGN2相互作用を阻害するなら、マウスでもシナプスの電気生理学的特性が変化すると推測された。これを検証するために、前頭葉皮質におけるmEPSCの電気生理学的解析を行った。その結果、抗NRXN1α抗体を投与したマウスでは、mEPSCの周波数が著しく低下していることがわかった(
図8A、12B)。しかし、mEPSCの振幅には変化がなかった(
図8A、12C)。これらのデータは、ノックアウトマウスにおける過去の知見と一致し、抗NRXN1α自己抗体が電気生理学的なシナプスの特性を変化させることを確認している。
【0106】
例12:抗NRXN1α自己抗体によるシナプスとスパインの減少
NRXN1αとNLGNの相互作用は、シナプスの形成と維持に必要である。これらの以前の知見は、抗NRXN1α自己抗体が、スパインとシナプスの変化を誘発する可能性を示している。これを調べるために、患者のIgGを髄腔内に投与したマウスの二光子解析を実施した。神経突起とスパインは、シナプシンIプロモーターで駆動するAAV1-EGFP(AAV1-SYN-EGFP)を用いて可視化し、スパインと接触する軸索端はAAV2-VAMP2-mCherryを用いて可視化した(
図8D)。予想通り、統合失調症患者1のIgGを投与したマウスは、前頭葉皮質においてスパインとシナプスの数が減少していた。これらの変化は、健常者のIgGを投与したマウスには見られなかった(
図8E、12F)。
【0107】
マウスのスパインやシナプスの数を減少させたものが、患者1から精製したIgGの中の抗NRXN1α抗体であることを確認するために、マウスに投与する前に統合失調症患者1から精製したIgGから抗NRXN1α抗体を除去する吸着実験を行った(吸着Sz IgG)。Mycプルダウンによる抗NRXN1α抗体の吸着、除去は、セルベースのアッセイと免疫組織化学で確認した。スパインとシナプスの数の減少は、吸着実験後には逆転した(
図8E、12F)。これらの結果は、抗NRXN1α抗体がマウスのシナプス変化を誘発することを確認するものである。
【0108】
例13:抗NRXN1α自己抗体はマウスにおいて統合失調症関連行動を引き起こす
抗NRXN1α自己抗体がマウスに統合失調症関連行動を引き起こすかどうかを調べるために、自己抗体投与マウスの行動解析を行った(
図9A)。統合失調症患者1から精製したIgGをマウスに投与すると、Y迷路試験において認知機能が低下した(
図9B)。さらに、これらのマウスは、統合失調症のエンドフェノタイプとして確立されているプレパルス抑制を欠損していた(
図9C)。このことが記憶障害によるものではないことを確認するために、新奇物体認識テストを行った。3チャンバーテストと同じ実験時間で行った新奇物体認識テストでは、自己抗体投与マウスと対照マウスの間に差はなかった(
図9E)。このことは、社会的新規性嗜好の低下は、記憶障害によるものではないことを示している。この解釈は、一部の疾患モデルマウスが3室試験では正常な社会的新規性選好行動を示すが、Y迷路試験では認知機能の低下を示すという事実とも一致する。これらの行動は、投与前に統合失調症患者1より精製したIgGから抗NRXN1α抗体を除去した吸着実験後に改善した(
図9B、13E)。なお、統合失調症患者由来のIgGを投与したマウスでは、オープンフィールド試験および高架式十字迷路試験においては、それぞれ運動活性および不安行動の異常は認められなかった。
【0109】
例14:抗NRXN1α自己抗体により、マウスに統合失調症関連行動とシナプスの変化が起こる
統合失調症患者1の結果が、抗NRXN1α自己抗体が陽性の他の患者でも観察できることを確認するために、統合失調症患者2および3から精製したIgGを用いて二光子解析と行動解析を行った(
図10A)。これらの患者からのIgGも、マウスの前頭葉皮質におけるスパインとシナプスの数を減少させるとともに、認知障害、プレパルス抑制の欠損、社会的新奇嗜好性の障害を誘発した(
図10B~14E)。
【0110】
例15:統合失調症患者において同定された他の自己抗体
実施例1~14に記載の抗NCAM1自己抗体と抗NRXN1α自己抗体に加え、本発明者らは、統合失調症のバイオマーカーとして、NLGN2、NRG1、NLGN3、Ephrin B1に対する自己抗体も同定した。
図11は、統合失調症の患者から得られた試料中におけるNRXN1α、NLGN2、NRG1、NLGN3、およびEphrin B1に対する自己抗体の存在をセルベースアッセイで調べた結果を示している。抗NRXN1α自己抗体は、統合失調症の患者380人中7人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。抗NLGN2自己抗体は、統合失調症の患者120人中7人で陽性であり、対照の健常者では201人中2人が陽性であった。抗NRG1自己抗体は、統合失調症の患者223人中9人で陽性であり、対照の健常者では201人中2人が陽性であった。抗NLGN3自己抗体は、統合失調症の患者122人中2人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。抗Ephrin B1自己抗体は、統合失調症の患者122人中2人で陽性であり、対照の健常者では250人中、陽性は無かった。これらの自己抗体もまた、本開示に係る検査方法、治療もしくは予防方法において、活用されうる。
【0111】
例16:疼痛性障害の患者において同定された他の自己抗体
本発明者らはさらに、疼痛性障害のバイオマーカーとして、TRPA1に対する自己抗体も同定した。本発明者らは280人以上の疼痛性障害患者の血清を収集し、分析を行った。
図12は、疼痛性障害の患者から得られた試料中におけるTRPA1に対する自己抗体の存在をセルベースアッセイで調べた結果を示している。結果は、この自己抗体もまた、本開示に係る診断、検査、治療もしくは予防方法において、活用されうることを示している。
本開示に係る検査方法は統合失調症などの脳神経疾患の高精度な判別を可能にする。本開示に係る検査方法は、統合失調症などの脳神経疾患を発症しているか否かを判定するための手段として有用である。また、脳神経疾患を将来発症する可能性を把握するための手段としても有用である。また、本開示は、脳神経疾患の予防方法および治療方法、ならびにそれに用いる医薬組成物も提供する。本開示に係る検査方法を利用した早期発見、本開示に係る治療方法を利用した早期治療によって、脳神経疾患の難治化、重篤化(病勢の進行)、再発等の防止を図ることが期待される。
以上、本発明について具体例を挙げて説明したが、以上の具体例はあくまでも例示であり、本発明は特許請求の範囲を逸脱しない範囲において、任意の変更を加えて実施することが可能である。上記の各所で言及されている本発明の様々な特徴および態様は、適宜、必要な変更を加えて、他の部分の記載にも適用されうる。したがって、ある態様において特定されている特徴は、適宜、他の態様で特定されている機能と組み合わせられうる。特許、特許出願、論文、教科書、および配列アクセッション番号を含む、本明細書で引用された全ての参考文献、およびそこに引用された参考文献は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。組み込まれた文献および同様な資料の1つまたは複数が、定義された用語、用語の使用法、説明された技法などを含むがこれらに限定されない点につき、本願と異なるか、または矛盾する場合、本願の記載が優先される。