IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 福田金属箔粉工業株式会社の特許一覧 ▶ トーカロ株式会社の特許一覧

特開2024-54930ニッケル自溶合金とその粉末、および、それを被覆した部材
<>
  • 特開-ニッケル自溶合金とその粉末、および、それを被覆した部材 図1
  • 特開-ニッケル自溶合金とその粉末、および、それを被覆した部材 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024054930
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】ニッケル自溶合金とその粉末、および、それを被覆した部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20240411BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240411BHJP
   B22F 9/08 20060101ALI20240411BHJP
   B22F 1/14 20220101ALI20240411BHJP
   C22C 30/02 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
C22C19/05 B
B22F1/00 M
B22F1/00 R
B22F9/08 A
B22F1/14
C22C30/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161405
(22)【出願日】2022-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】000239426
【氏名又は名称】福田金属箔粉工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】乙部 勝則
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 泰士
(72)【発明者】
【氏名】安尾 典之
(72)【発明者】
【氏名】熊川 雅也
(72)【発明者】
【氏名】清田 昌宏
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA04
4K017BA03
4K017BB04
4K017BB05
4K017BB13
4K017BB16
4K017CA07
4K017DA09
4K018AA08
4K018AA40
4K018BA20
4K018BB04
4K018BC08
4K018BD09
4K018KA58
(57)【要約】
【課題】高い耐塩酸腐食特性に加えて、耐高温腐食特性や、耐摩耗性を備えたニッケル自溶合金とその粉末の提供。
【解決手段】本発明のニッケル自溶合金は、Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなることを特徴とする。本発明のニッケル自溶合金は、さらに、5.0質量%以下のFe、3.0質量%以下のNb、0.3質量%以下のCの少なくともいずれか1つを含んでもよく、FeとNbとCの合計は5.0質量%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなることを特徴とするニッケル自溶合金。
【請求項2】
Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下でありを含み、さらに、5.0質量%以下のFe、3.0質量%以下のNb、0.3質量%以下のCの少なくともいずれか1つを含み、FeとNbとCの合計が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなることを特徴とするニッケル自溶合金。
【請求項3】
Crの含有量が13.0質量%以下、Cuの含有量が0.1質量%以上1.0質量%未満、Bの含有量が2.6~4.0質量%、Siの含有量が3.6~5.0質量%であり、BとSiの合計が6.5質量%以上である請求項1に記載のニッケル自溶合金。
【請求項4】
Crの含有量が13.0質量%以下、Cuの含有量が0.1質量%以上1.0質量%未満、Bの含有量が2.6~4.0質量%、Siの含有量が3.6~5.0質量%であり、BとSiの合計が6.5質量%以上である請求項2に記載のニッケル自溶合金。
【請求項5】
Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなる組成を有しており、45~106μmの粒度の粉末を80質量%以上含むことを特徴とするニッケル自溶合金粉末。
【請求項6】
Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、さらに、5.0質量%以下のFe、3.0質量%以下のNb、0.3質量%以下のCの少なくともいずれか1つを含み、FeとNbとCの合計が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなる組成を有しており、45~106μmの粒度の粉末を80質量%以上含むことを特徴とするニッケル自溶合金粉末。
【請求項7】
請求項1~4に記載のニッケル自溶合金を、アトマイズ法にて粉末化した後、粒度調整を行うことを特徴とする自溶合金粉末の製造方法。
【請求項8】
請求項1~4に記載のニッケル自溶合金からなる皮膜が表面に設けられていることを特徴とするコーティング部材。
【請求項9】
請求項5又は6に記載のニッケル自溶合金粉末を用いて、ブラスト処理した鋼材等の上に溶射施工を行って皮膜を形成した後、トーチもしくは炉内でフュージングを行うことを特徴とするコーティング部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレーム溶射、高速フレーム溶射、プラズマ溶射、プラズマ粉体肉盛などの粉末を用いた各種施工プロセスに用いられる表面改質用材料に関するものであり、特に塩酸腐食環境における耐久性が要求され、かつ、耐摩耗性が必要な部材に用いられるニッケル自溶合金とその粉末、および、それを被覆した部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、塩酸などのハロゲン系腐食性環境に対する耐食性が要求される部位には、Ni-Cu系合金(MONEL(登録商標))や、Ni-Mo-Cr系合金(HASTELLOY(登録商標))、Ni-Cr-Mo系合金(INCONEL(登録商標))のバルク材を用いるか、鋼材に、同材を盛金した肉盛部材が用いられる。例えば、特許文献1が挙げられる。
【0003】
しかし、Ni-Cu系合金や、Ni-Mo-Cr系合金、Ni-Cr-Mo系合金のバルク材をそのまま用いる場合は製品価格が高価となり、かつ、摩耗が激しい環境では満足する耐久性が得られない場合がある。また、Ni-Cu系合金や、Ni-Mo-Cr系合金、Ni-Cr-Mo系合金の肉盛部材を用いる場合は、肉盛部材が鋼材の溶け込みによって稀釈されることで、耐食性の低下が生じるほか、バルク材同様に、耐摩耗性が悪い問題がある。
【0004】
そこで、耐塩酸腐食特性と耐摩耗性の付与においては、例えば、特許文献2~6に記載されている高Mo系合金を鋼材等の表面に、溶射あるいは肉盛による被覆が適用あるいは検討されている。また、耐塩酸腐食特性については述べられていないが、特許文献7~12には特許文献2~6に近い合金組成が挙げられている。
【0005】
なお、溶射・肉盛材ではないが、高Mo系の焼結材料として特許文献13~17等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6918114号公報
【特許文献2】特開2000-45058号公報
【特許文献3】特許第3987129号公報
【特許文献4】特許第5855357号公報
【特許文献5】特開2004-263260号公報
【特許文献6】特開2014-111265号公報
【特許文献7】特開2008-291300号公報
【特許文献8】特許第2628317号公報
【特許文献9】特許第3430498号公報
【特許文献10】特許第4762583号公報
【特許文献11】特開平9-31576号公報
【特許文献12】特開2000-239860号公報
【特許文献13】特開平1-79338号公報
【特許文献14】特許第2995597号公報
【特許文献15】特開2003-155527号公報
【特許文献16】WO2013-058074号公報
【特許文献17】特許第4121694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、近年、使用環境は過酷化し、さらなる耐塩酸腐食特性や耐摩耗性の向上が求められるが、特許文献2~12のコーティング材では、特性が不十分となる場合があり、特許文献13~17では、焼結やHIP加工が必須で、大面積への表面コーティングができず、その用途が限定される問題がある。そこで、さらに耐塩酸腐食特性を備え、かつ、耐摩耗性を持った溶射・肉盛材の開発が課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では優れた耐塩酸腐食特性を備え、かつ、耐摩耗性を備えた合金組成の検討にあたって、下記の目標値を設定し、これを全て満足することを条件とした。
(1)耐塩酸腐食特性 → 所定条件下で腐食減量が15.0mg/m2・s未満
(2)耐摩耗性 → ロックウェル硬さが45HRC以上
(3)再溶融処理(フュージング)が可能である溶融温度範囲 → 固相線温度が1150℃以下、溶融温度範囲が250℃以上
【0009】
すなわち、上記の目標(1)~(3)を満足する本発明のニッケル自溶合金とその粉末の組成は、Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなることを特徴とする。
【0010】
又、本発明のニッケル自溶合金は、Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、さらに、5.0質量%以下のFe、3.0質量%以下のNb、0.3質量%以下のCの少なくともいずれか1つを含み、FeとNbとCの合計が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなることを特徴とするものである。
【0011】
又、本発明は、上記の特徴を有したニッケル自溶合金において、Crの含有量が13.0質量%以下、Cuの含有量が0.1質量%以上1.0質量%未満、Bの含有量が2.6~4.0質量%、Siの含有量が3.6~5.0質量%であり、BとSiの合計が6.5質量%以上であることを特徴とするものでもある。
【0012】
更に、本発明のニッケル自溶合金粉末は、Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなる組成を有しており、JIS Z 2510に規定される手法による粒度分布測定において、45~106μmの粒度の粉末を80質量%以上含むことを特徴とするものである。
【0013】
又、本発明のニッケル自溶合金粉末は、Moを18.0~30.0質量%、Bを1.8~4.0質量%、Siを2.5~5.0質量%含み、BとSiの合計が5.5質量%以上であり、Crの含有量が22.0質量%以下、Cuの含有量が5.0質量%以下であり、さらに、5.0質量%以下のFe、3.0質量%以下のNb、0.3質量%以下のCの少なくともいずれか1つを含み、FeとNbとCの合計が5.0質量%以下であり、残部が43.0~75.0質量%のNiと不可避不純物からなる組成を有しており、JIS Z 2510に規定される手法による粒度分布測定において、45~106μmの粒度の粉末を80質量%以上含むことを特徴とするものでもある。
【0014】
上記のニッケル自溶合金粉末は、前記組成を有するニッケル自溶合金を、アトマイズ法にて粉末化した後、粒度調整を行うことによって製造できる。
【0015】
又、本発明は、上記のニッケル自溶合金からなる皮膜が表面に設けられていることを特徴とするコーティング部材でもある。
【0016】
更に本発明は、優れた耐塩酸腐食特性を有する緻密な皮膜が形成された各種コーティング部材を製造するための方法でもあり、当該方法は、ブラスト処理した鋼材の上に、前記のニッケル自溶合金粉末を用いて溶射施工を行い、皮膜を形成した後、トーチもしくは炉内でフュージングを行うことを特徴とする。
【0017】
次に、本発明合金の各成分を限定した理由を述べる。
【0018】
Moは、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性付与に寄与するとともに、Bと結合して金属組織中に金属間化合物を形成し、耐摩耗性を向上させる。しかし、18.0質量%未満ではその効果が小さく、30.0質量%を超えると金属間化合物量が多くなり、脆くなるほか、溶融温度(固相線温度)が上昇し、湯流れの悪化や、溶射後のフュージングが難しくなるため、18.0~30.0質量%の範囲に限定した。
【0019】
Crは、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性に対しては、好ましくないが、添加することで、高温腐食特性を向上させ、Bと結合して金属組織中に金属間化合物を形成して耐摩耗性を向上させる。22.0質量%を超えると、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性が著しく低下し、かつ、金属間化合物量が多くなり、脆くなるほか、溶融温度が上昇し、湯流れの悪化や、溶射後のフュージングが難しくなるため、22.0質量%以下に限定した。さらに、Cr量は、13.0質量%以下とすることで、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性へのマイナス効果が小さくなり、耐食性が向上する。
【0020】
Cuは、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性付与に寄与するが、5.0質量%を超えるとMo系の金属間化合物が粗大化し、靭性低下につながるため、5.0質量%以下に限定した。なお、0.1質量%以上添加で、添加無し(0質量%Cu)と比較して、耐塩酸腐食特性が25%以上、最大70%向上するため、0.1質量%以上の添加がより好ましい。さらに、1.0質量%以上添加しても、耐塩酸腐食特性はそれ以上向上せず、Mo系化合物が粗大化する傾向があり、靭性低下、すなわち、耐衝撃特性の低下につながるため、0.1質量%以上~1.0質量%未満の範囲がより好ましい。
【0021】
Bは、自溶性の付与と、溶融温度を下げてフュージングの作業性を向上させるほか、MoやCrと金属組織中に金属間化合物を形成し、耐摩耗性の向上にも寄与する。しかし、1.8質量%未満では、自溶性が不十分で、フュージングが難しくなるほか、金属間化合物量が減り、耐摩耗性が低下する。また、4.0質量%を超えると、金属間化合物が粗大化し、金属間化合物の量も多くなり、靭性低下、すなわち、耐衝撃特性の低下につながる。そのため、1.8~4.0質量%の範囲に限定した。さらに、自溶性や溶融温度、金属間化合物の量を考慮すると、2.6~4.0質量%の範囲がより好ましい。
【0022】
Siは、自溶性の付与と、溶融温度を下げてフュージングの作業性を向上させる。しかし、2.5質量%未満では、自溶性が不十分で、フュージングが難しくなる。また、5.0質量%を超えると、塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性が低下するため、2.5~5.0質量%の範囲に限定した。さらに、耐食性や自溶性、溶融温度を考慮すると、3.6~5.0質量%の範囲がより好ましい。
【0023】
また、BとSiは複合添加することで、溶湯の清浄化作用が得られ、溶射後のフュージングにおける作業性を向上し、さらに、皮膜中の酸化物や空隙を軽減して被覆層の緻密化に寄与する。しかし、その合計量が5.5質量%未満の場合は、溶湯の清浄化作用やフュージングにおける作業性が得られない。そのため、BとSiの合計量は5.5質量%以上に規定した。なお、BとSiの添加量は多い方がその効果は大きく、より好ましくは、6.5質量%以上が良い。
【0024】
Feは、溶射や肉盛に使用する基材がFe系の鋼材である場合、フュージングの際に冶金的な結合(拡散)を促進し、密着強度を向上させる。しかし、5.0質量%を超えると塩酸等のハロゲン系腐食性環境への耐食性の低下につながるため、5.0%以下に限定した。
【0025】
Nbは、MoやCr、Si、Cと金属組織中に金属間化合物を形成し、耐摩耗性を付与し、さらに高温腐食特性(酸化や硫化)を向上させる。しかし、その添加量が多い場合、金属間化合物量が多くなり、靭性低下、すなわち、耐衝撃特性の低下につながるため、3.0質量%以下に限定した。
【0026】
Cは、溶融温度を下げてフュージングの作業性を向上させるほか、MoやCrと金属組織中に金属間化合物を形成し、耐摩耗性を向上させるが、0.3質量%を超えると、角状の金属間化合物量が多く、かつ粗大化して、靭性低下、すなわち、耐衝撃特性の低下につながるため、0.3質量%以下に限定した。
【0027】
本発明のニッケル自溶合金には、Fe、Nb、Cの少なくともいずれか1つが含まれてもよいが、その合計量が多くなると(5.0質量%を超えた場合)、溶融温度範囲が狭く、耐食性の低下や靭性低下を招くため、その合計量を5.0質量%以下に限定した。
【0028】
なお、MoやCr、B、Si、Cu、Fe等のすべての添加元素が上限となる場合、主成分となるNiは、29.0質量%となるが、その場合、主成分となるNi量が少なく、金属組織中に形成される金属間化合物の量が多くなり、靭性低下、すなわち、耐衝撃特性の低下につながる。また、全ての添加元素が下限となる場合、主成分となるNi量は77.7質量%となるが、その場合、主成分となるNi量が多く、金属組織中に形成される金属間化合物量が少なく、所望の硬さ(耐摩耗性)を得ることができない。そのため、Niは43.0~75.0質量%の範囲に限定した。
【0029】
そして、以上の合金組成を有する合金を、アトマイズ法により粉末化し、得られた粉末粒子を所定の粒度に調整することで、各種の溶射施工や、プラズマ粉体肉盛など、表面改質に適用することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明のニッケル自溶合金とその粉末は、高い耐塩酸腐食特性に加えて、耐高温腐食特性や、耐摩耗性を備えるため、ハロゲン環境の腐食を伴う、高温環境に対する表面改質材料として用いることができる。特に溶射においては、皮膜形成後、フュージングを施し、被覆層を緻密化することで、さらに耐食性や耐摩耗性が向上し、加えて、鋼材等の基材と冶金的な結合が得られ、密着性の向上ができ、高温環境に使用される広範囲な用途への適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明のニッケル自溶合金をロール部材に溶射した部材の模式図である。
図2】本発明のニッケル自溶合金を溶射後にフュージングした部材の断面組織である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
ベースのNi及び添加成分としてのMo、Cr、Cu、B、Si、Fe、Nb、Cのそれぞれが所定の質量%になるよう調整・配合した地金を、溶解炉中のルツボ内で加熱・溶融し、液状の合金とした後、アトマイズ法により、本発明合金の粉末を得ることができる。
【0033】
さらにアトマイズ法で製造した合金粉末は、目的の施工方法に適した粒度に調整することにより、溶射やプラズマ粉体肉盛などの表面改質施工に適用することができ、この粉末をコーティングすることで、耐塩酸腐食特性(もしくはハロゲン系腐食性環境に対する耐食性)を付与し、さらに耐摩耗性を向上させることができる。
【0034】
例えば、図1に示したロール部材1では、基材2として、内径35.6mm、外径45mm、長さ2000mmのSUS347チューブを用いて、その基材2上に厚みが約1mmとなるように溶射皮膜3を施工した。その断面を観察した図2は、溶射後にフュージングを施した例で、基材2と溶射皮膜3の界面に拡散層7を形成し、溶射皮膜3中には、マトリックスとなるニッケル固溶体4に、耐摩耗性に寄与するモリブデン化合物5が均質に分散し、フュージングによって、空隙6が少ない皮膜であることがわかる。
【実施例0035】
狙いの合金組成となるように調整・配合した地金を溶製し、以下に示す方法で、耐塩酸腐食特性や耐摩耗性の指標となるロックウェル硬さ、溶融温度範囲を評価した。また、アトマイズ法で作製した合金粉末を用いて、溶射・フュージングした皮膜特性の評価も実施した。
【0036】
(1)耐塩酸腐食特性;各合金の配合組成を有する100gの地金を、電気炉を用いアルゴン気流中で約1650℃に加熱、溶解し、シェル鋳型に鋳造した後、この鋳造片を約10×10×20mmに機械加工し、#240の耐水研磨紙を用いて、表面粗度を調整し、試験片とした。次に200ccビーカー内に30%塩酸水溶液を用意し、その中に試験片を入れて、全浸漬法による腐食試験を行った。試験条件は、試験温度60℃、試験時間6時間とした。そして、試験前後の単位表面積、単位時間当たりの質量減少量を算出して腐食減量(mg/m2・s)とし、塩酸に対する耐食性を評価した。なお、腐食減量が15.0mg/m2・s未満を合格とした。
【0037】
(2)ロックウェル硬さ;上記(1)と同じ方法で溶製し、同形状に機械加工し、表面粗度を調整した鋳造片を用いて、JIS Z 2245:2005に準拠したロックウェル硬さ試験を実施した。なお、硬さ測定はCスケールで実施し、耐摩耗性を有する基準として、ロックウェル硬さ45以上を合格とした。
【0038】
(3)溶融温度範囲;各合金の配合組成を有する100gの地金を、電気炉を用いアルゴン気流中で約1650℃に加熱、溶解後、溶湯にR熱電対を入れたアルミナ保護管を挿入し、徐冷を行い、冷却時の時間-温度曲線を得た。その時間-温度曲線から、凝固の際に生じる吸熱反応に伴う屈曲点を読み取り、最終凝固温度(固相線温度)と、凝固開始温度(液相線温度)と最終凝固温度(固相線温度)の範囲(溶融温度範囲)を読み取った。なお、固相線温度は1150℃以下を、溶融温度範囲は250℃以上を合格とした。
【0039】
表1に本発明合金の実施例を、表2に比較例を示す。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
表2に示す比較例合金No.13~No.19は、耐塩酸腐食特性や硬さ、固相線温度、溶融温度範囲の目標を満足しなかった。No.13はMoが18.0質量%未満であり、さらにBとSiの合計量が5.5質量%未満であり、耐塩酸腐食特性が悪い。No.14はMoが30.0質量%を超え、さらにBが1.8質量%未満であり、固相線温度が高めであり、かつ、硬さが低い。No.15はCrが23.0質量%を超え、固相線温度が高く、かつ、溶融温度範囲が狭く、耐塩酸腐食特性が悪い。No.16はBが4.0質量%を超え、かつCが0.3質量%を超え、耐塩酸腐食特性が悪い。No.17はSiが2.5質量%未満であり、さらに、Feが5.0質量%を超え、耐塩酸腐食特性が悪く、かつ、溶融温度範囲が狭い。No.18はSiが5.0質量%を超え、耐塩酸腐食特性が悪い。No.19はFeとNbの合計量が5.0質量%を超え、溶融温度範囲が狭い。
【0043】
これに対し、表1に示すように、本発明合金である実施例No.1~12は、耐塩酸腐食特性、硬さ、固相線温度や溶融温度範囲のすべての目標を満足しており、耐塩酸腐食特性を備え、かつ、耐摩耗性を持った溶射材として期待できる。
【0044】
また、表1に記載の実施例No.1、No.2、No.4、No.6、No.9、No.10の組成を有する100kgの地金を、高周波溶解炉を用いて、大気雰囲気にて約1650℃に加熱、溶解し、ガスアトマイズ法により粉末化させ、振動篩機にて45~106μmに粒度調整した。この合金粉末を粉末式フレーム溶射法により、ブラスト処理した鋼材(S15C)の表面にコーティングを施した。その後、炉中フュージング(真空炉を用いた再溶融処理、1000~1200℃の任意温度)を実施し、皮膜を得た。フュージング後の皮膜に対して、塩酸蒸気暴露試験(常温、220℃の2条件)での腐食減量を評価し、耐塩酸腐食特性を評価した。また、高温溶融塩腐食試験(67%NaCl+33%Na2SO4、650℃×5時間保持後室温まで冷却のサイクルを10回行い、断面観察から腐食による劣化深さ評価)と、ビッカース硬度計を用いて、皮膜表面硬さを評価した。そして、以下の基準を合格と判定した。
<評価基準>
【表3】
【0045】
比較材には、JIS H 8303記載のNiCrCuMoBSi 67 15 3 3A(旧JIS記号:SFNi4)、および、NiCrBSi 70 20A(旧JIS記号:SFNi5)、特許文献9(特許第3430498号公報)に記載の合金の溶射・フュージング皮膜と、INCONEL 625(登録商標)を、ブラスト処理した鋼材(S15C)上にTIG肉盛した1層盛品、および、2層盛品を用いて、比較を行った。なお、SFNi5は高速フレーム溶射で施工し、フュージングなしの試験片とし、原料粉末は10~45μmに調整した。また、TIG肉盛したINCONEL625はφ5の溶接棒を用いた。その結果を表4に示す。
【0046】
なお、溶射に使用した粉末の粒度調整においては、微粉が多い場合には、施工の際にスピッティングが発生しやすい他、粉末の流動性を阻害して脈動が生じるなどの問題が生じる。また、粗粉が多い場合には、流動性の阻害の他、未溶融粒子が生じ、緻密な皮膜形成ができない。そのため、JIS Z 2510に規定される手法による粒度分布測定において、所望の粒度範囲(45~106μm)の粉末が80質量%以上となるように調整した。
【0047】
【表4】
【0048】
実施例No. A~Fは本発明合金を用いた皮膜であり、塩酸蒸気暴露試験、高温溶融塩腐食試験、硬さ試験のすべてを満足している。一方、比較例No. G~Kは塩酸蒸気暴露試験、高温溶融塩腐食試験、硬さ試験のすべてを満足することができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上、述べたように、本発明によるニッケル自溶合金は、優れた耐塩酸腐食特性のほか、高硬度を備えるため、特に耐塩酸腐食特性が要求され、かつ、耐摩耗性が必要な部材に対して、アトマイズ粉末を用いて、溶射法により、表面へ被覆することによって、部材の長寿命化が期待できる。
【0050】
その粉末粒度を10~45μm、もしくは、20~53μm、45~106μm、45~150μm、75~150μmに、振動篩機や気流分級機を用いて分粒し、適切な粒度の粉末を選択することにより、本発明合金の粉末は、フレーム溶射以外にも、高速フレーム溶射やプラズマ溶射、プラズマ粉体肉盛等に適用することができるほか、本発明の合金組成を有する鋳造片とすることで、優れた耐塩酸腐食特性と、耐摩耗性を備えた機械部品を形成することにも活用できる。
【符号の説明】
【0051】
1 ロール部材
2 基材
3 溶射皮膜
4 ニッケル固溶体
5 モリブデン化合物
6 空隙
7 拡散層
図1
図2