(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055041
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】SOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/711 20060101AFI20240411BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240411BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20240411BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240411BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20240411BHJP
【FI】
A61K31/711
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61P9/04
A61K48/00
C12N15/113 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161627
(22)【出願日】2022-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】502437894
【氏名又は名称】学校法人大阪医科薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】朝日 通雄
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 淳平
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA13
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZB211
4C084ZC411
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA36
4C086ZB21
4C086ZC41
(57)【要約】
【課題】従来のSTIM阻害剤を用いること無く、SOCEを抑制できて、SOCEの異常な亢進に起因する疾病(SOCE異常症)を治療又は予防できるようにする。
【解決手段】本発明に係るSOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物は、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含む、SOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物。
【請求項2】
前記オリゴヌクレオチドは、hnRNP MがSTIM2のプレmRNAのイントロン9に結合することを競合的阻害する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記オリゴヌクレオチドは、ATCCTACTの配列を含む、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記オリゴヌクレオチドは、CAAATCCTACTGC(配列番号1)、ATCCTACTGCGAT(配列番号2)、又はTACAAATCCTACT(配列番号3)のいずれかの配列を含む、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記SOCE異常症は、心不全である、請求項1に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物に関し、特にStim2の発現を制御するオリゴヌクレオチドを含む医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ストア作動性カルシウム流入(store-operated calcium entry:SOCE)は、細胞内の小胞体のカルシウムイオンの枯渇を感知して、形質膜がカルシウムチャネルを介して細胞外からのカルシウムイオンの流入を促す現象である。小胞体内のカルシウムが枯渇すると、カルシウムセンサーであるSTIM分子の構造が変化し、細胞膜に局在するOrai1というカルシウムチャネルに結合し活性化させることにより、細胞内にカルシウムが流入することが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
このような機構は、筋細胞や神経細胞のような興奮細胞のみならず、血球細胞、上皮細胞、内皮細胞等の非興奮性細胞にも備わっている普遍的な機構である。この機構により、カルシウムが枯渇した小胞体にカルシウムが再充填されるが、持続的細胞内カルシウムシグナルの発生にも関与する。上記機構は、例えば、筋肉細胞のような興奮細胞の場合、小胞体内のカルシウム濃度を高く維持できるので、筋肉の収縮弛緩に重要な役割を果たしており、一方、免疫細胞のような非興奮性細胞の場合、細胞内カルシウムが持続的に上昇するため、炎症性サイトカインの分泌や成熟化等に重要な機構である。
【0004】
SOCEの持続的な活性の亢進は様々な病態と関係していることが知られている。特に、心不全、癌、アレルギー性疾患、肺高血圧症、自己免疫疾患、線維化症等の病態では、SOCE活性が亢進していることが報告されているため、SOCE活性を抑制することにより、これらの疾病を治療できる可能性も考えられている。
【0005】
SOCEに関わるSTIM分子には、STIM1とSTIM2という二つのサブタイプが存在していることが知られており、それぞれ複数のスプライシング変異体を有している。特にSTIM2遺伝子は、選択的スプライシングにより、STIM2.1又はStim2.2が生成される(例えば非特許文献2及び3を参照)。なお、STIM2.1はSOCEを抑制し、STIM2.2はSOCEを活性化することが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Science Signaling,2010 Nov 16;3(148):pe42.
【非特許文献2】Nature Communications,2015 Apr 21;Vol.6,p1-12.
【非特許文献3】Physiological Reserch,2019 Nov 30;Vol.68(suppl 2):S165-S172.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、STIM分子はSOCE活性に関連するため、例えば従来のSTIM阻害剤等の化合物を利用して、SOCEを抑制することによって上記疾病を治療することも考えられるが、このような化合物を利用すると、SOCEを抑制するSTIM2.1の作用も抑制するおそれがあり、さらには予測できない副作用が生じるおそれも考えられるため、臨床応用するのは難しい。
【0008】
本発明は前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来のSTIM阻害剤を用いること無く、SOCEを抑制できて、SOCEの異常な亢進に起因する疾病(SOCE異常症)を治療又は予防できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、STIM2のスプライシングを制御する因子としてのhnRNP Mが、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合することで、特にSTIM2.2を生成させる選択的スプライシングが生じる一方で、当該因子が結合できない場合、特にSTIM2.1の発現が増大し且つSTIM2.2の発現が低減することを見出して本発明を完成した。
【0010】
具体的に、本発明に係るSOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物は、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含むことを特徴とする。
【0011】
本発明に係る医薬組成物によると、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含むため、当該オリゴヌクレオチドが、STIM2のイントロン9に対するスプライシング制御因子であるhnRNP Mの結合を阻害するので、STIM2の正常なスプライシングを阻害する。これにより、SOCEを活性化するSTIM2.2の発現が低減し、一方SOCEを抑制するSTIM2.1の発現が増大して、SOCEが亢進する細胞においてSOCEを抑制することができる。その結果、SOCE活性の異常な亢進に起因するSOCE異常症を治療又は予防することができる。
【0012】
本発明に係る医薬組成物において、前記オリゴヌクレオチドは、hnRNP MがSTIM2のプレmRNAのイントロン9に結合することを競合的阻害するものであり得る。
【0013】
本発明に係る医薬組成物において、前記オリゴヌクレオチドは、ATCCTACTの配列を含むものであってもよい。
【0014】
本発明に係る医薬組成物において、前記オリゴヌクレオチドは、CAAATCCTACTGC(配列番号1)、ATCCTACTGCGAT(配列番号2)、又はTACAAATCCTACT(配列番号3)のいずれかの配列を含むものであってもよい。
【0015】
本発明に係る医薬組成物において、前記SOCE異常症は、例えば心不全である。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るSOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物によると、STIMのスプライシングを制御することにより、SOCEを抑制するSTIM2.1の発現を増大させることでSOCE活性の異常な亢進を抑制できるため、当該SOCEの異常な亢進に起因する疾病(SOCE異常症)を治療又は予防できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、STIM2の選択的スプライシングを説明するためのモデル図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る医薬組成物に含まれるオリゴヌクレオチドの作用を説明するためのモデル図である。
【
図3】
図3は、実施例1において行ったマウス心臓の抽出液から得たサンプルをSDS-PAGEによりポリアクリルアミドゲル上で分離し、ゲルを銀染色した結果を示す写真である。
【
図4】
図4は、STIM2のプレmRNA上のイントロン9の塩基配列を示し、hnRNP Mが結合可能と考えられる配列部位を示す図である。
【
図5】
図5の(a)は、実施例3において行った電気泳動のゲル写真であり、
図5の(b)は、(a)の結果から総Stim2RNAのうちのStim2.1の量比を定量した結果を示すグラフである。
【
図6】
図6の(a)は、実施例4において行った電気泳動のゲル写真であり、
図6の(b)は、(a)の結果から総Stim2量に対するStim2.1の量比を定量した結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例5において行ったSOCE活性の測定結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例6において行ったマウスの心機能評価の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0019】
本発明の一実施形態は、SOCE異常症を治療又は予防するための医薬組成物であり、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含むことを特徴とするものである。
【0020】
本実施形態において、SOCE異常症とは、SOCEの持続的な活性の亢進に関連する疾患を意味し、例えば心不全、癌、アレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎等)、肺高血圧症、自己免疫疾患、及び線維化症等を含む。
【0021】
本実施形態において、STIM2は、STIM(Stromal interaction molecule)分子のサブユニットである。
図1に示すように、STIM2のプレmRNAは選択的スプライシングを受けることで、STIM2.1又はSTIM2.2が生成される。具体的に、STIM2のプレmRNAにおいて、エクソン9を含むようにスプライシングされた場合は、STIM2.1が生成され、エクソン9を含まないようにスプライシングされた場合は、STIM2.2が生成される。これらのうちSTIM2.1はSOCEを抑制する一方、STIM2.2はSOCEを活性化することが知られている。
【0022】
上記のような選択的スプライシングには、スプライシング調節因子であるhnRNP Mが関与していることが本発明者らにより今回見出された。具体的に、後の実施例にて詳細に説明するが、hnRNP MがSTIM2のプレmRNAにおけるイントロン9に結合すると、エクソン9の取り込みが抑制され、すなわちエクソン9を含まないような選択的スプライシングがなされる。その結果、STIM2.1の生成が減少し、一方STIM2.2の生成が増大することとなる。そうして、SOCEが活性化することとなる。
【0023】
本実施形態に係る医薬組成物は、このようなSTIM2.1が減少する一方でSTIM2.2が増大するような選択的スプライシングを阻害して、STIM2.1の生成を増大させることによってSOCEを抑制するために、hnRNA MがSTIM2のプレmRNAにおけるイントロン9に結合するのを阻害するオリゴヌクレオチドを含む。該オリゴヌクレオチドは、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドであり、すなわち該イントロン9のアンチセンスオリゴヌクレオチドである。該オリゴヌクレオチドは、STIM2のプレmRNAのイントロン9に結合することによって、hnRNA Mがイントロン9に結合することを阻害する。従って、オリゴヌクレオチドは、STIM2のプレmRNAのイントロン9のうち特にhnRNA Mが結合する配列に、結合することが好ましい。これにより、hnRNP MがSTIM2のプレmRNAのイントロン9に結合することを競合的に阻害することができる。
【0024】
後の実施例で詳細に説明するが、hnRNP Mは、STIM2のプレmRNAのイントロン9のうちAGTAGGATの配列に結合すると考えられるため、オリゴヌクレオチドはその配列に相補的な配列であるATCCTACTの配列を含むことが好ましい。さらに、オリゴヌクレオチドは、CAAATCCTACTGC(配列番号1)、ATCCTACTGCGAT(配列番号2)、又はTACAAATCCTACT(配列番号3)の配列を含むことが好ましい。
【0025】
オリゴヌクレオチドは、本技術分野において通常用いられる化学的又は生物学的技術を利用して作製することができ、特に化学的な固相法を利用することで簡便に合成可能である。オリゴヌクレオチドは、例えば周知のホスホロアミダイト法等を利用して合成することができる。
【0026】
本実施形態に係る医薬組成物は、上記のようなオリゴヌクレオチドを含むものであればよく、その含有量は特に制限されない。例えば、オリゴヌクレオチドは、以下に限定されないが、医薬組成物の全重量を基準として、5重量%、10重量%、15重量%、20重量%、25重量%、30重量%、35重量%、40重量%、45重量%、50重量%、55重量%、60重量%、65重量%、70重量%、75重量%、80重量%、85重量%、90重量%、95重量%又は100重量%で含まれるものとすることができる。なお本実施形態に係る医薬組成物がオリゴヌクレオチドを100重量%で含まない場合には、それ以外の成分として、後述する製剤添加物を含むことができる。また、オリゴヌクレオチドは、生体内での安定性の向上等のために、本技術分野において通常行われ得る修飾がなされていてもよく、PEG等とともにコンジュゲートを形成した形態であってもよい。
【0027】
本実施形態において医薬組成物の剤形は特に制限されない。例えば経口薬とすることができるし、注射薬とすることもできる。経口薬としては、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、水剤もしくは舌下剤などが挙げられるが、これらに限定されない。また本実施形態に係る医薬組成物の投与方法は特に制限されず、経口投与および非経口投与から選択することができる。
【0028】
本実施形態に係る医薬組成物は、オリゴヌクレオチドと医薬的に許容し得る製剤添加物とを組み合わせて、それらを公知の方法で製剤化することができる。例えば、オリゴヌクレオチドに、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ビヒクル、防腐剤、および結合剤などを適宜組み合わせて製剤化することができる。このようにして製剤化した医薬組成物は、例えば経口投与用又は注射投与用として用いることができる。なお製剤添加物は上記の例に制限されず、当技術分野において使用される製剤添加物として考えられるものは全て含まれる。
【実施例0029】
以下に、本発明に係るSTIM2のプレmRNAのイントロン9に結合可能なオリゴヌクレオチドを含む医薬組成物について詳細に説明するための実施例を示す。
【0030】
実施例1:スプライシング調節因子の同定
まず、STIM2分子のスプライシングを調節する因子の同定を以下に示す通りに行った。
【0031】
スプライシング調節因子は特定のエクソンの前後のイントロンに結合し、当該エクソンの包含を促進したり抑制したりすることが知られている。従って、STIM2のプレmRNAの特にイントロン8及びイントロン9上に結合するスプライシング調節因子をRNAプルダウン法と質量分析とを組み合わせることで同定を行った。そのためにまず、マウスゲノムDNAからSTIM2のイントロン8及びイントロン9をT7プロモーターの配列が組み込まれたオリゴDNAを用いてPCR法により増幅し、クローニングベクターpTA2ベクターに挿入した。その後、T7プロモーターとマウスSTIM2のイントロン8及びイントロン9の配列のみを制限酵素により切り出し、精製を行った。精製したT7プロモーターとマウスSTIM2のイントロン8及びイントロン9をCUGA(登録商標)7 in vitro Transcription Kit(ニッポン・ジーン社製)を用いてRNAを合成した。合成したRNAをPierce RNA 3’ End Desthiobiotinylation Kit(Thermo Fisher Scientific社製)を用いデチオビオチン標識化し、Pierce Magnetic RNA-Protein Pull-Down Kit(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて心臓に圧負荷を与える横行大動脈縮窄術又は偽手術を施し1週間経過したC57BL/6Jマウス心臓の抽出液から結合タンパク質を特異的に回収した。回収したサンプルはSDS-PAGEによりポリアクリルアミドゲル上で分離し、ゲルを銀染色MSキット(富士フイルム和光純薬社製)にて銀染色し圧負荷により増加・減少するバンドを切り出した。切り出したゲル断片は脱色し、システイン残基の還元処理及びアルキル化などを行い、トリプシンによりゲル内消化を施した。消化されたペプチド断片を抽出し、脱塩処理の後、nanoLC-MS/MSで質量を測定した。電気泳動の結果を
図3に示す。
【0032】
図3において、TACは横行大動脈縮窄術を施したマウス心臓抽出液から得たサンプル、Shamは偽手術を施したマウス心臓抽出液から得たサンプルの結果である。これらを比較して、特にNo.1、2及び5のバンドにおいて変化が見られた。これらのバンドについて、質量分析した結果、No.5がhnRNP Mであることが分かった。
【0033】
実施例2:STIM2プレRNAのイントロン9におけるhnRNP Mの結合部位の推定
次に、同定されたhnRNP Mが、STIM2プレRNAのイントロン9のどの部位に結合するかについて、以下の通りに調べた。
【0034】
インターネット上で提供されている任意のRNA配列上に結合するRNA結合タンパク質の候補を提示するサービスであるRBPmap(Paz I,et al.Nucleic Acids Res.,2014)を用い、STIM2のプレmRNAのイントロン9(配列番号4、
図4を参照)上に結合するhnRNP Mの結合配列を予測した。その結果、hnRNP Mの結合配列はGGTTGGTTであったため、STIM2のプレmRNA上のイントロン9の塩基配列で結合可能な箇所が、5か所あることが分かった(
図4の四角で囲まれた配列)。
【0035】
実施例3:hnRNP Mの結合部位の同定
まず、STIM2のプレmRNAのイントロン9上のhnRNP M結合部位を同定するためにSTIM2ミニ遺伝子を作製した。マウスゲノムDNAを鋳型にSTIM2のエクソン8からエクソン10のDNA配列をオリゴDNAを用いて常法で増幅し、pcDNA3.1(+)ベクターにクローニングした。作製したpcDNA3.1-mSTIM2ミニ遺伝子を鋳型に、予測された結合部位5か所(
図4において四角で囲まれた配列)それぞれのGをCに、TをAに置換する部位特異的変異導入をPCRにより行い、部位置換した変異体5つのミニ遺伝子を作製した。また、マウスcDNAを鋳型に、マウスhnRNA MをPCRにより増幅し、pcDNA3.1ベクターにクローニングしてマウスhnRNA M発現ベクター作製した。
【0036】
マウス横紋筋由来筋芽細胞株であるC2C12細胞を、終濃度10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース)(Sigma-Aldrich社製)で37℃、5%CO
2存在下で培養し、6ウェルプレート上に5×10
4細胞になるように継代した。24時間後、変異体を含む作製したpcDNA3.1-mSTIM2ミニ遺伝子とpcDNA3.1-mhnRNP Mをそれぞれ1μgずつLipofectamine 3000遺伝子導入試薬(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて遺伝子導入し、終濃度2%になるようにFBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース)(Sigma-Aldrich社製)で24時間培養した。培養後、内在性のSTIM2 mRNAを除外する目的でSTIM2 siRNA(Silencer Select Pre-Designed siRNA,siRNA ID:s100291,Thermo Fisher Scientific社製)10μMをLipofectamine RNAiMAX Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて導入した。48時間培養後、RNAzol RT RNA単離試薬(Molecular Research Center 社製)によりRNAを単離精製し、PrimeScript RT reagent Kit(Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を使用し逆転写を行った。合成した10ngのcDNAを鋳型にPCRを行い、STIM2.1およびSTIM2.2の検出を行った。PCR反応は98℃で10秒、55℃で30秒、72℃で30秒を35サイクル行い増幅した。増幅したDNAを3%アガロースゲルで電気泳動を行いエチジウムブロマイドによりDNAを染色し検出した。その結果を
図5に示す。
図5の(a)は電気泳動のゲル写真であり、(b)は(a)の電気泳動により得られたバンドの強度から総Stim2RNAのうちのStim2.1の量比を定量した結果を示すものであり、変異1~5は、それぞれ
図4の四角1~5に囲まれた配列に変異を入れた場合の結果である。
【0037】
図5に示すように、結合可能な箇所の5か所いずれかに変異を導入して、それぞれのスプライシング効率を比較検討すると、2つ目の位置に変異を入れたSTIM2のみ、顕著にStim2.1の発現量が多く、すなわちエクソン9を除くようなスプライシングが抑制された。このことから、2番目の結合可能配列がhnRNP Mの結合箇所と考えられた。
【0038】
実施例4:アンチセンスオリゴヌクレオチドによるSTIM2のスプライシング制御に与える影響の検討
STIM2の上記2番目の結合可能配列がhnRNP Mの結合箇所と考えられるため、この結合を阻害できるアンチセンスオリゴヌクレオチドを作製した。アンチセンスオリゴヌクレオチドとして、結合可能配列に対応するATCCTACTの両端にそれぞれ3塩基及び2塩基加えた「CAAATCCTACTGC」(アンチセンスオリゴ1:配列番号1)、ATCCTACTの一方に5塩基加えた「ATCCTACTGCGAT」(アンチセンスオリゴ2:配列番号2)、ATCCTACTの他方に5塩基加えた「TACAAATCCTACT」(アンチセンスオリゴ3:配列番号3)を作製した。これらのアンチセンスオリゴヌクレオチドによってSTIM2のスプライシング制御に影響があるかについて調べるために、以下の通り試験をした。
【0039】
マウス横紋筋由来筋芽細胞株であるC2C12細胞を終濃度10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース)(Sigma-Aldrich社製)で37℃、5%CO
2存在下で培養し、6ウェルプレート上に5×10
4細胞になるように継代した。24時間後、pcDNA3.1-mhnRNP Mを1μg、Lipofectamine 3000遺伝子導入試薬(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて遺伝子導入し、終濃度2%になるようにFBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース)(Sigma-Aldrich社製)で24時間培養した。培養後、上記のアンチセンスオリゴ1~3又はコントロールのスクランブルオリゴヌクレオチド
(CAAATCCTACTGC:配列番号5)1μgをLipofectamine 3000遺伝子導入試薬(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて導入した。48時間培養後、RNAzol RT RNA単離試薬(Molecular Research Center 社製)によりRNAを単離精製し、PrimeScript RT reagent Kit(Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を使用し逆転写を行った。合成した10ngのcDNAを鋳型にPCRを行い、STIM2.1およびSTIM2.2の検出を行った。PCR反応は98℃で10秒、55℃で30秒、72℃で30秒を35サイクル行い増幅した。増幅したDNAを3%アガロースゲルで電気泳動を行いエチジウムブロマイドによりDNAを染色し検出した。その結果を
図6に示す。
図6の(a)は電気泳動のゲル写真であり、(b)は(a)の電気泳動で得られたバンドの強度から総Stim2量に対するStim2.1の量比を定量した結果を示す。
【0040】
図6に示すように、スクランブルオリゴヌクレオチドを処理した場合と比較して、アンチセンスオリゴ1~3を処理した場合、STIM2.1のSTIM2.2に対する比率が増加し、STIM2のスプライシング制御が確認できた。すなわち、上記結合可能配列に対応するATCCTACTを含むアンチセンスオリゴヌクレオチドによって、スプライシング制御ができて、STIM2.2の発現を抑制し、STIM2.1の発現を増大することができる。
【0041】
実施例5:アンチセンスオリゴヌクレオチドによるSOCE活性への影響の検討
上記アンチセンスオリゴヌクレオチドによってスプライシング制御ができたため、次に当該オリゴヌクレオチドがSOCE活性に影響を与えるかについて検討した。その試験について以下に説明する。
【0042】
C2C12細胞に対して、実施例4の試験と同様にアンチセンスオリゴヌクレオチド(アンチセンスオリゴ1)又はスクランブルオリゴヌクレオチドを遺伝子導入してから48時間培養後、2mMのCaCl
2、20mMのHEPES、115mMのNaCl、5.4mMのKCl、0.34mMのNa
2HPO
4、0.44mMのKH
2PO
4、4.17mMのNaHCO
3、0.8mMのMgCl
2を含む培地で洗浄し、細胞内カルシウムイオン測定試薬であるFluo 4-AM(同仁化学研究所社製)2μMを30分間細胞培養用インキュベーター内で取り込ませ、その後Ca
2+を含まない20mMのHEPES、115mMのNaCl、5.4mMのKCl、0.34mMのNa
2HPO
4、0.44mMのKH
2PO
4、4.17mMのNaHCO
3、0.8mMのMgCl
2を含む培地で洗浄し、オールインワン蛍光顕微鏡BZ-X700(キーエンス社製)にてカルシウムイオン動態を5秒間隔で測定した。測定開始から1分後に、小胞体へのカルシウムの取り込みを阻害する終濃度1μMタプシガルギンを含む培地を添加し、測定開始から16分後に終濃度1μMタプシガルギン、2mMのCaCl
2を含む培地を添加しSOCE活性を測定した。その結果を
図7に示す。なお、SOCE活性を測定は、オールインワン蛍光顕微鏡BZ-X700で5秒間隔で細胞を撮影し、撮影した画像の細胞一つ一つに対してFluo 4-AMで発せられる蛍光強度で計測した。
図7のグラフは、測定開始時(F0)の値で以降の時間で得られた画像の蛍光強度で割った値(F/F0)を時間軸でプロットしたものである。
【0043】
細胞内でカルシウムイオンを貯蔵する小胞体からのカルシウムイオンの細胞質への放出は自然に行われるため、小胞体へのカルシウムイオンの取り込みのみをタプシガルギンで抑制することで小胞体内のカルシウムイオンを枯渇することができる。
図7のグラフにおいて、測定開始から5分の時点で見られるピークは小胞体のカルシウムイオンが細胞質へ放出されたために増加したことを示している。細胞質へ放出されたカルシウムイオンは細胞外へ排出され、小胞体への取り込みは阻害されているため、測定開始から15分で蛍光強度は測定開始時のレベルに落ち着く。この際、STIMとORAI1のポアが形成されていると考えられ、測定培地中にカルシウムイオンを添加することで細胞内へSOCEとしてカルシウムイオンが取り込まれ、この際のカルシウムイオンの取り込みが蛍光強度の増加として測定されている。
【0044】
図7に示すように、スクランブルオリゴヌクレオチドを導入した場合と比較して、アンチセンスオリゴヌクレオチドを導入することにより、測定培地中へのカルシウムイオン添加後のSOCEは抑制された。これは、hnRNP MがSTIM2のイントロン9に結合するのをアンチセンスオリゴヌクレオチドが抑制することにより、エクソン9を含有するSTIM2.1の割合が増加するためであると考えられる。すなわち、SOCEを抑制するSTIM2.1の比率が上昇することにより、SOCEが抑制されたためと考えられる。
【0045】
実施例6:マウス心不全モデルにおけるアンチセンスオリゴによる治療効果の検討)
上述の通り、アンチセンスオリゴヌクレオチドにより、スプライシング制御によりSOCEを抑制するSTIM2.1の発現を増大できることがわかったため、次に、実際にSOCEの異常な亢進に起因する疾病に対して治療効果が見られるかを検討した。ここでは、マウスモデルを用いて心不全の治療効果について評価した。以下にその試験について説明する。
【0046】
C57BL/6Jマウスに上記のアンチセンスオリゴ1又はコントロールとしてのスクランブルオリゴヌクレオチドを0.3mg/kgとなるよう手術3日前に尾静脈から投与した。アンチセンスオリゴ1及びスクランブルオリゴヌクレオチドはマウス生体内細胞用siRNA導入試薬であるTransIT-QR Hydrodynamic Delivery Solution(Mirus社製)を用いて投与した。マウス心不全モデルは横行大動脈縮窄術による心臓圧負荷モデルを先のマウスに施すことにより作製した。本施術では首下の皮膚からの切開、胸骨舌骨筋および胸骨頭筋下から切断なしに気管を露出させ胸骨の一部を切断することにより大動脈弓を露出させ6-0の非吸収性縫合糸で縮窄し、左心室に負荷を与え心肥大及び心不全を誘導する。手術は三種混合麻酔薬(10ml/kg,ip)投与下で行った。手術2週間後に再度アンチセンスオリゴ1又はスクランブルオリゴヌクレオチドを0.3mg/kgとなるよう同様に尾静脈から投与した。手術4週間後の心機能を超音波診断装置SSA-660A Xario(東芝メディカルシステムズ社製)を用いて評価した。なお、評価の指標には、左室内径拡張期(LVID;d)、左室内径収縮期(LVID;s)及び左室内径短縮率(FS)を用いた。その結果を
図8に示す。
【0047】
図8に示すように、スクランブルオリゴヌクレオチドを投与した場合と比較して、アンチセンスオリゴ1を投与した場合、左室内径収縮期が小さくなり、左室内径短縮率が増大し、すなわち心機能が改善した。このため、本発明に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドは、心不全等の心疾患の治療や予防に効果があると考えられる。
【0048】
以上の結果より、本発明に係るオリゴヌクレオチドを含む医薬組成物によると、STIM分子を抑制することでSOCE活性の異常な亢進を抑制できるため、当該SOCEの異常な亢進に起因する疾病(SOCE異常症)を治療又は予防できる。