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特開2024-5520Liイオン二次電池用正極活物質及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005520
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】Liイオン二次電池用正極活物質及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/485 20100101AFI20240110BHJP
   C01G 55/00 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
H01M4/485
C01G55/00
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022105730
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】政広 泰
(72)【発明者】
【氏名】藪内 直明
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB01
4G048AC06
4G048AD04
4G048AD06
4G048AE05
5H050AA07
5H050AA08
5H050BA17
5H050CA07
5H050CB02
5H050CB03
5H050CB08
5H050GA02
5H050GA10
5H050HA03
5H050HA12
5H050HA13
5H050HA14
(57)【要約】
【課題】Li遷移金属複合酸化物としてLiRuOを含む正極活物質であって、高容量化と高サイクル性を有するものを提供する。
【解決手段】本発明は、層状岩塩型結晶構造を有するLiRuO複合酸化物からなるLiイオン二次電池用正極活物質に関する。本発明で適用されるLiRuO複合酸化物は、(i)初回満充電後のX線回折パターンに、イルメナイト型構造の(003)面の回折ピークが発現すること、(ii)初回満充電後において前記LiRuO複合酸化物を構成するRuイオンの20%以上50%以下のRuイオンがLiイオンサイトへ移動すること、の2つの条件を具備する。前記のRuイオンの好適な移動が層間距離の維持に寄与し、高サイクル性を発揮させる。このRuイオンの移動は、初回充電過程における各段階のX線回折パターンに基づく結晶構造解析から明らかにされる。
【選択図】図10

【特許請求の範囲】
【請求項1】
層状岩塩型結晶構造を有するLiRuO複合酸化物からなるLiイオン二次電池用正極活物質において、前記LiRuO複合酸化物は、下記条件(i)及び(ii)を具備することを特徴とするLiイオン二次電池用正極活物質。
(i)初回満充電後のX線回折パターンに、イルメナイト型構造の(003)面の回折ピークが発現すること。
(ii)初回満充電後において前記LiRuO複合酸化物を構成するRuイオンの20%以上50%以下のRuイオンがLiイオンサイトへ移動すること。
【請求項2】
LiRuO複合酸化物が、更に、下記条件(iii)を具備する請求項1記載のLiイオン二次電池用正極活物質。
(iii)初回満充電前の結晶構造は層状岩塩型結晶構造であり、そのときのX線回折パターンに(002)面の回折ピークが発現しており、
初回充電により1molのLiイオンが脱離したときの結晶構造がイルメナイト型構造を含み、そのときのX線回折パターンに前記(002)面の回折ピークが発現していると共に当該(002)面の回折ピークのCu Kα線によるピーク位置(2θ)が、初回充電前の前記(002)面のピーク位置(2θ)に対して1°以下シフトしていること。
【請求項3】
条件(ii)において、初回満充電後に移動したRuイオン同士の間隔が0.7Å以上1.3Å以下である請求項1又は請求項2記載のLiイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
初回満充電後のX線回折パターンにおける(113)面の回折強度I113と(110)面の回折強度I110との比(I113/I110)が、0.5以上1.0以下である請求項1又は請求項2記載のLiイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
請求項1記載のLiイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
Li化合物とRu化合物とを混合して前駆物質を製造する混合工程、
前記前駆物質を加熱焼成することでLiRuO複合酸化物とする焼成工程、を含み、
前記混合工程は、前記前駆物質の任意の複数箇所を組成分析したとき、O濃度の変動係数CV及びRu濃度の変動係数CVRuの双方が10%以下となるまでLi化合物とRu化合物とを混合する工程であり、
前記焼成工程は、前記前駆物質を700℃以上1000℃以下の温度で加熱する工程であるLiイオン二次電池用正極活物質の製造方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Liイオン二次電池用の正極活物質及びその製造方法に関する。詳しくは、Li過剰型遷移金属複合酸化物であるLiRuOを含む正極活物質であって、高リサイクル性及び高耐久性を有するものに関する。
【背景技術】
【0002】
Li(リチウム)イオン二次電池は、ニッケル・水素蓄電池や、ニッケル・カドミウム蓄電池等の二次電池に対してエネルギー密度が高く、小型・軽量化が容易である。このことから、Liイオン二次電池は、携帯電子機器等で使用される小型バッテリーや、ハイブリッド車(HV、PHV)、電気自動車(EV)等の車載用バッテリー等、その利用範囲が拡大している。
【0003】
Liイオン二次電池の電池特性を左右する要素の一つが、正極の電気化学反応を担う正極活物質である。Liイオン二次電池の正極に含まれる正極活物質としては、LiMeO(Me:Co、Ni、Mn等の金属元素)で表わされるLi遷移金属複合酸化物がこれまで主流であった。そして、近年においては、携帯型電子機器等や車載用のLiイオン二次電池に対し、更なる小型・軽量化の要求や放電容量増大の要求があることから、Liの含有率を高めたLiMnO-LiMO(M:Co、Ni、Mn等の金属元素)等のLi遷移金属複合酸化物の利用が検討されている(特許文献1等)。そして、Liイオン二次電池の更なる放電容量の増大のため、Li遷移金属複合酸化物を構成する遷移金属の改良も提案されている。尚、このようなLi含有率が高いLi遷移金属複合酸化物は、「Li過剰型」と称されることがある。
【0004】
このLi過剰型の遷移金属複合酸化物の一つとして、Ru(ルテニウム)を構成元素とするLiRuO複合酸化物が有望視されている。Ruは、高電子伝導性を有する金属元素であり、電子授受によって可逆的な酸素のアニオンレドックスを発現させる。このアニオンレドックスは電荷補償として作用することから、Ruイオンの価数変化(Ru4+→Ru5+)による電荷補償と協働して正極活物質としての高容量化に寄与している。
【0005】
また、LiRuO複合酸化物が優位となる特性として、充放電サイクルの増大による容量劣化が抑制され高いサイクル性能が挙げられる。Li遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の充放電サイクルは、複合酸化物からのLiイオンの脱離・挿入の反復によって達成される。しかし、充電時のLiイオンの脱離の際に、酸素の脱離による結晶構造の崩壊が生じ電池性能は低下することがある。こうした結晶構造の崩壊は、サイクル性の低下に繋がる。Ruは、共有結合性がNi、Co等に対して明確に強い。そのため、LiRuO複合酸化物においては、Ruイオンと酸化物イオンとの強固な共有結合性により酸素脱離が進行し難くなっている。これにより、Mn等で構成されるLi遷移金属複合酸化物でみられる酸素脱離が生じ難くなっている。
【0006】
また、LiRuO複合酸化物の高サイクル性の要因として、非特許文献2では、充放電時のRuイオンの移動(マイグレーション)も指摘されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-51504号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Chemistry of Materials Vol.25(No.7),p1121-1131(2013).
【非特許文献2】J.Phys.Chem.C2019,123,13491-13499
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記したように、遷移金属としてRuを適用するLiRuO複合酸化物は、高容量化と共に高サイクル性による高エネルギー密度化を達成できる正極活物質として期待されている。もっとも、LiRuO複合酸化物の正極活物質への適用についての検討例はいまだ少なく、前記好適特性を発揮するメカニズムについては十分に解明されていない。そして、その特性を十分に発揮するためのLiRuO複合酸化物の構成及び製造プロセスについても確立されていない。
【0010】
本発明は以上のような背景のもとになされたものであり、Li遷移金属複合酸化物としてLiRuOを含む正極活物質に関し、好適な充放電容量及び高サイクル性を発揮し得るものの構成と製造プロセスを明らかにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、LiRuO複合酸化物を主成分とするLiイオン二次電池用正極活物質に関する。LiRuOは、層状岩塩型結晶構造(O3型層状岩塩型結晶構造)を有する複合酸化物である。O3型層状岩塩型結晶構造は、O層-Ru層-O層-Li層-O層-Ru層-O層と規則的に連続した層からなる結晶構造を有し、移動し易い層間にLiイオンが存在する正極活物質として好適な構造を有する。
【0012】
LiRuO複合酸化物において、その特性を期待通りに発揮させるためには、上述した規則的な層構造を広範囲で形成する複合酸化物を形成することが必要となる。本発明者等は、LiRuO複合酸化物の合成方法を鋭意検討しつつ、その結果として好適特性のLiRuO複合酸化物を見出した。そして、このLiRuO複合酸化物においては、製造後の状態から初回満充電を行ったときのX線回折パターンについて、特異な傾向があることを見出し本発明に想到した。
【0013】
即ち、上記課題を解決する本発明は、層状岩塩型結晶構造を有するLiRuO複合酸化物からなるLiイオン二次電池用正極活物質において、前記LiRuO複合酸化物は、下記条件(i)、(ii)を具備することを特徴とするLiイオン二次電池用正極活物質である。
(i)初回満充電後のX線回折パターンに、イルメナイト型構造の(003)面の回折ピークが発現すること。
(ii)初回満充電時満充電後において、前記LiRuO複合酸化物を構成するRuイオンの20%以上50%以下のRuイオンがLiイオンサイトへ移動していること。
【0014】
また、上記(i)の条件にあるように、本発明に係るLiイオン二次電池用正極活物質は、初回満充電後のX線回折パターンにイルメナイト型構造の(003)面の回折ピークが発現しており、層状構造を維持している。このとき、本発明に係るLiRuO複合酸化物からなるLiイオン二次電池用正極活物質は、更に、下記条件(iii)を具備することが好ましい。
(iii)初回満充電前の結晶構造は層状岩塩型結晶構造であり、そのときのX線回折パターンに(002)面の回折ピークが発現しており、
初回充電により1molのLiイオンが脱離したときの結晶構造がイルメナイト型構造を含み、そのときのX線回折パターンに前記(002)面の回折ピークが発現していると共に当該(002)面の回折ピークのCu
Kα線によるピーク位置(2θ)が、初回満充電前の前記(002)面のピーク位置(2θ)に対して1°以下シフトしていること。
【0015】
更に、上記の条件(ii)に関連して、本発明では、初回満充電後に移動したRuイオン同士の間隔が0.7Å以上1.3Å以下であるものが好ましい。
【0016】
そして、本発明では、初回満充電後のX線回折パターンにおける(113)面の回折強度I113と(110)面の回折強度I110との比(I113/I110)が、0.5以上1.0以下であるものが好ましい。
【0017】
また、本発明は、上記したLiイオン二次電池用正極活物質の製造方法を提供する。この正極活物質の製造方法は、Li化合物とRu化合物とを混合して前駆物質を製造する混合工程、前記前駆物質を加熱焼成することでLiRuO複合酸化物とする焼成工程、を含み、前記混合工程は、前記前駆物質の任意の複数箇所を組成分析したとき、O濃度の変動係数CV及びRu濃度の変動係数CVRuの双方が10%以下となるまでLi化合物とRu化合物とを混合する工程であり、前記焼成工程は、前記前駆物質を700℃以上1000℃以下の温度で加熱する工程である。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明は、Liイオン二次電池用の正極活物質であって、LiRuO複合酸化物からなるものである。本発明のLiRuO複合酸化物は、充放電過程におけるRuイオンの適切なマイグレーションを生ぜしめ、酸素脱離等による構造崩壊が抑制されており優れたサイクル性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の定電流充放電曲線(初回サイクル)を示す図。
図2】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物のXRD回折パターン(Cu Kα線)を示す図。
図3】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物について行ったin-situX線回折分析の結果を示す図。
図4】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の初回満充電の各段階における放射光XRD回折パターンを示す図。
図5】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物のホスト状態から1mol脱離状態への相変化を説明するモデル図。
図6】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の1mol脱離状態の回折パターンのシミュレーション結果を示す図。
図7】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の2mol脱離状態(満充電後)における空孔位置を説明するモデル図。
図8】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の2mol脱離状態の回折パターンのシミュレーション結果を示す図。
図9】本発明の実施形態のLiRuO複合酸化物の2mol脱離状態におけるRuイオンの移動による構造変化を説明するモデル図。
図10】2mol脱離状態におけるRuイオンの移動率を変化させたときのXRD回折パターンのシミュレーション結果を示する図。
図11】2mol脱離状態におけるRuイオンの移動の態様を説明するモデル図。
図12】2mol脱離状態におけるRuイオンの移動距離を変化させたときのXRD回折パターンのシミュレーション結果を示する図。
図13】本発明のLiRuO複合酸化物の初回満充電の各段階における結晶構造の変化を説明するモデル図。
図14】実施例のLiRuO複合酸化物の製造のための前駆物質のSEM写真。
図15】実施例1、2のLiRuO複合酸化物のSEM像。
図16】実施例1、2のLiRuO複合酸化物のXRD回折パターン(Cu Kα線)を示す図。
図17】実施例1、2のLiRuO複合酸化物の定電流充放電曲線(室温)を示す図。
図18】実施例1、2のLiRuO複合酸化物の充放電サイクル数と放電容量との関係を示すグラフ。
図19】実施例2のLiRuO複合酸化物の定電流充放電曲線(50℃)を示す図。
図20】実施例2のLiRuO複合酸化物の充放電サイクル数に対する放電容量及びエネルギー密度との関係を示すグラフ。
図21】実施例のLiRuO複合酸化物を室温から500℃まで加熱したときのXRD回折パターン(Cu Kα線)を示す図。
図22】比較例1、2のLiRuO複合酸化物の定電流充放電曲線(室温)を示す図。
図23】比較例1のLiRuO複合酸化物の初回満充電後の放射光XRD回折パターンを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(A)本発明に係るLiイオン二次電池用正極活物質
(A-1)本発明に係る正極活物質の電気的特性
以下、本発明に係るLiイオン二次電池用正極活物質に関して好適な実施形態を説明する。図1は、本発明の一例となる実施形態(後述する実施例2)として製造されたLiRuO複合酸化物を正極活物質として電極にした電気化学セルにて測定した初回サイクルの定電流充放電曲線(電圧2.2V-4.6V)である。尚、本発明に係るLiRuO複合酸化物からなる正極活物質の製造方法及び定電流充放電曲線の測定方法・条件については後に詳述する。
【0021】
図1において、本実施形態のLiRuO複合酸化物からなる正極活物質では、初回充電時において、電圧4.0V付近で電位上昇し、電圧4.2V付近に電位平坦部がみられる。この電位変化については、前者の電圧4.0V付近の電位上昇で1molのLiイオンの脱離を示し、後者の電位平坦はアニオンレドックス由来のものと考えられる。
【0022】
(A-2)本発明に係る正極活物質のin-situX線回折分析
本実施形態ではLiRuO複合酸化物からなる正極活物質の状態を、図1を参照しつつ、(i)充放電前(製造後の正極活物質)、(ii)充電初期、(iii)1molのLiイオン脱離時、(iv)初回満充電後、の4段階に区分し、各段階における正極活物質の構造をin-situX線回折分析及び放射光X線回折分析により解析することとした。
【0023】
この解析において、in-situX線回折分析は、リガク製in-situXRD用セル(Be窓使用)を用い、X線源Cu Kα線(波長1.54Å)とし、上限電位を4.5Vとして製造直後段階(図1(i))から1molのLiイオン脱離段階(図1(iii))までの正極活物質をin-situで分析した。
【0024】
図2は、本実施形態の正極活物質であるLiRuO複合酸化物の充電前(製造後)のXRD回折パターンである。そして、図3は、充電中の正極活物質のin-situX線回折分析の結果である。図中の縦軸のxとは、Liイオンの脱モル数である。充電の進行に伴い、発現するピークが相違することが分かるが、回折ピークの帰属に基づく構造解析は、後述する放射線X線回折に基づく解析結果で詳細に説明する。ここで着目すべきは、層間距離に対応する(002)ピークのピーク位置である。図3から、充電によるLiイオンの脱離が進行しても(002)ピークのピーク位置のシフト量は極めて少ない。具体的には、1molのLiが脱離したとき(図1(iii)の(002)ピークのシフト量は、充電前(製造直後)の状態の(002)のピーク位置に対して2θ=1°以下(Cu Kα線基準)と僅かである。このピークシフトは、層間距離にして0.24Å程度の変化である。本発明のLiRuO複合酸化物は、1molのLiが脱離したにもかかわらず、層間距離の変化が少ないことを示している。後述するが、この1molのLiが脱離した状態から、更に1molのLiが脱離したとき(即ち、満充電後)の層間距離の変化が極めて少ない。本発明に係る正極活物質が高特性を示す要因の一つとして、このLiの脱離があっても層間距離を維持していることが挙げられる。
【0025】
(A-3)放射線X線回折及びそのシミュレーションによる構造解析
そこで、放射線X線回折による精密な分析と解析により、本発明に係る正極活物質を構成するLiRuO複合酸化物の構造を明確にする。 放射光X線回折分析では、(i)~(iv)の各段階の電極を回収及び洗浄後、Ar雰囲気下でガラスキャピラリーに封入した後、波長0.62Åとした放射光X線を照射して回折パターンを測定した。
【0026】
図4(i)~(iv)は、本実施形態の正極活物質の図1の(i)~(iv)の各段階における、放射線X線回折による実測の回折パターンである。図4において、充電前(製造後)のLiRuO複合酸化物においては、2θ=7°付近にO3型構造(層状岩塩型結晶構造)の層状構造に対応する(002)ピークが観られる(図4(i))。尚、以下において初回充電前の正極活物質(LiRuO複合酸化物)について、「ホスト状態」と称することがある。そして、充電初期(図4(ii))では、正極活物質の結晶構造に大きな変化は観られない。
【0027】
正極活物質の結晶構造が変化するのは、1molのLiが脱離する電圧4.0V付近からとなる(図4(iii))。1molのLiが脱離した正極活物質(LiRuO複合酸化物)には、部分的にO3型構造のLiRuOのピークが観察されるもの、O1型構造に帰属する回折ピーク(14°付近の(110)ピーク、16°付近の(113)ピーク、21°付近の(116)ピーク)が観察された。更に、層状構造を示す(003)ピークが観察された。尚、本明細書では、この1molのLiが脱離した正極活物質(LiRuO複合酸化物)について、「1mol脱離状態」と称することがある。
【0028】
そして、満充電後の正極活物質(図4(iv))においては、上記1mol脱離状態と同様に、O1型構造に帰属する回折ピークと層状構造に基づく(003)ピークが観察される。更に、満充電後の正極活物質の回折パターンでは、7°付近及び13°付近において超格子構造に由来する回折ピークが観察されている。以下、この完全にLiが脱離した正極活物質(RuO酸化物)について、「2mol脱離状態」と称することがある。
【0029】
次に、上記した各段階で実測された回折パターンを基にして、ホスト状態から1mol脱離状態を経て2mol脱離状態までの各段階における結晶構造について検討する。この検討においては、結晶・分子構造解析ソフトウエアであるCrystalMaker(登録商標:株式会社ヒューリンクス)を使用した。結晶構造の解析は、推定される結晶構造に基づき回折パターンを前記ソフトウエアでシミュレーションし、上記実測データと対比して解析結果の妥当性を評価した。
【0030】
まず、1mol脱離状態の正極活物質の結晶構造について検討する。文献(H. Kobayashi et al.,
Solid State Ionics, 82, 25 (1995).)によれば、LiRuOからLi脱離したLi0.9RuOは、イルメナイト型をとることが報告されている。
この報告例を参照し、ホスト状態から1mol脱離状態への相変化を図5に示すモデルで考察する。イルメナイト型構造をとる1mol脱離状態では、6配位している2つのRuとLiとが面共有しているため、静電反発によってLiが理想位置からずれて空孔の近傍に存在する構造をとっている。このとき、酸素の充填様式も変化し、結晶構造をO3型構造からO1型構造に変化させている。このモデルで示される1mol脱離状態の正極活物質の回折パターンをシミュレーションすると、図6のようになる。このシミュレーション結果は、実測された回折パターンに良く一致している。このことから本実施形態の正極活物質(LiRuO複合酸化物)の初回充電時における1mol脱離状態の結晶構造は、イルメナイト型O1型構造であることが確認される。そして、上述のとおり、本実施形態の正極活物質の1mol脱離状態は、(003)ピークを示す層状構造を有し、層間にLiが保持されており層間距離が広くなっている。
【0031】
上記の1mol脱離状態の解析結果に基づき、Liが完全に脱離する2mol脱離状態の正極活物質の結晶構造を解析する。
通常のイルメナイト型O1積層構造におけるカチオン(Ru)の配列は、図7上段に示すように、空孔位置が1→2→3→1→2→3・・・と全て異なるサイトを占有するようになっている。この空孔モデルに基づきシミュレーションされる回折パターンを図8中段に示す。図7上段の空孔モデルによる回折パターンは、実測の回折パターンに対し、メインピークは一致するものの、7°付近及び13°付近で発現すべき超格子線構造の回折ピークを再現できていない。
【0032】
そこで、空孔位置を修正し、図7下段のように1→2→2→1→2→2・・・に変更してシミュレーションを行った。その結果、図8下段で示すように、超格子ピークが再現され実測データと合致する。但し、実測の回折パターンでは、(110)ピーク強度と(113)ピーク強度とを対比すると前者の方が大きくなっている。一方、シミュレーション結果による回折パターンでは、(110)ピーク強度と(113)ピーク強度との大小関係が逆となっている。(110)ピーク及び(113)ピークは、O1型構造に由来する特有のピークであるが、これらのピーク強度の大小関係は、正極活物質の2mol脱離状態における結晶構造に加えて、Ruの移動というLiRuO複合酸化物に特有の変化に起因すると考えられる。
【0033】
このことから、2mol脱離状態の正極活物質の結晶構造の検討には、Ruイオンの移動(マイグレーション)を考慮することの必要性が明らかとなる。つまり、2mol脱離状態の正極活物質は、図9下段で示すように、2mol脱離状態の正極活物質は、イルメナイト型O1型構造からのLiの脱離に伴ったRuイオンが移動した状態にあると仮定する。図9下段においては、RuイオンがLi層の6配位サイトに平均的に移動すると仮定している。このRuイオンのLiサイトへの移動により層間の反発が低減されて構造が安定化し高いリサイクル性に寄与する。
【0034】
そして、本発明のLiRuO複合酸化物を構成するRuイオンの総数に対する移動したRuイオンの割合を移動率としたとき、移動率を0%~50%としてシミュレーションを行うと、図10で示すXRD回折パターンが得られる。図10を参照すると、Ruイオンの移動率を25%で、(110)ピーク強度が(113)ピーク強度より大幅に大きくなっている。このことから、(110)ピーク強度と(113)ピーク強度との大小関係が実測の回折パターンと同じくなるのは20%以上と想定され、これがRuイオンの移動率の下限となる。一方、Ruイオンの移動率が50%となると(003)ピークが微弱となる。これは層構造の崩壊の開始を示していると解される。よって、Ruイオンの移動率の上限は50%以下と想定される。これらから、本発明の正極活物質では、満充電時に20%以上50%以下の移動率でRuイオンのマイグレーションが生じていると考えられる。
【0035】
また、このとき移動したRuイオンの移動後の配置は、1mol脱離状態で残存するLiイオンの位置に関する検討結果を参照することができる。上記のとおり、1mol脱離状態におけるイルメナイト型のO1型構造では、残る1molのLiがRuとの面共有による静電反発を受けてその理想位置から歪んだ位置に配位する。2mol脱離状態でLiサイトへ移動するRuの配置も同様に、面共有による静電反発を受けると考えられる。つまり、移動後のRuイオンも、Liサイトの理想位置に対し、ズレがある歪んだ位置に移動すると考察される。この考察によるRuイオンの位置状態のモデルを図11に示す。
【0036】
そこで、この歪みによって理想位置から上下動した位置にあるRuイオンについて、2つのRuイオン間の間隔(相対距離)dを調整しながらシミュレーションすることで、実測データにより近い回折パターンを得ることができる。図12は、Ruイオンの移動率を40%と仮定し、移動したRuイオン同士の間隔dを0Å、0.55Å、1.10Åとしたときのシミュレーション結果である。
【0037】
図10図12とを参照すると、図10からRuイオンの移動率は(110)ピークの強度との関連が強く、図12から静電反発によるRuイオン同士の間隔dは(113)ピークの強度との関連が強い。そして、本実施形態の正極活物質では、Ru間の間隔dを1.10Åとすることで(113)ピーク強度を実測データに近似することができ、(110)ピークとの強度比も実測データに近似される。つまり、本実施形態の正極活物質は、2mol脱離状態におけるRuイオンの移動率を40%としたとき、移動したRuイオン同士の間隔dが1.10Åとなる状態にあると推定される。
【0038】
(A-4)本発明に係る正極活物質の構造変化のまとめ
以上説明したin-situX線回折分析及び放射光X線回折分岐性の結果を踏まえて、本発明に係る正極活物質(LiRuO)の、充電前(ホスト状態)、充電過程(1mol脱離状態)、及び満充電後(2mol脱離状態)の各段階における結晶構造の変化を纏めたものを図13に示す。
【0039】
本発明の正極活物質は、初回充電前(製造後)でO3型構造(岩塩型層状構造)を有し、充電開始から1molのLiイオンが脱離した段階でイルメナイト型のO1型層状構造となる。そして、初回満充電により更に1molのLiイオンが脱離することで、Ruイオンのマイグレーションが生じる。このRuイオンのマイグレーションにより層間距離の縮小が抑制され、酸素脱離による結晶構造の崩壊が抑制されている。初回満充電後にイルメナイト型構造を示すことは、そのX線回折パターンで(003)ピークの発現で確認される。また、Ruイオンの移動率は、(110)ピーク強度と(113)ピーク強度との大小関係((110)>(113))から25%以上50%以下であることが推定される。これらから、上述の条件(i)、(ii)が明らかになる。尚、本発明者等による検討では、条件(ii)におけRuの移動率は、25%以上45%以下がより好ましい。
【0040】
また、本発明の正極活物質であるLiRuO複合酸化物における層間距離の維持は、1mol脱離状態における(002)ピークのシフト量からも推認される。即ち、本発明のLiRuO複合酸化物は、1mol脱離状態の結晶構造としてイルメナイト型構造を含みつつ、O3構造の(002)ピークも示す。この(002)ピークは、初回充電前の(002)ピークのピーク位置(2θ)に対して1°以下(Cu Kα線)シフトしていること。このことから、好ましい条件として上述の条件(iii)が明らかになる。尚、この1°以下のピークシフトに基づく層間距離の減少幅としては、0.23Å以上0.25Å以下であるものが好ましい。
【0041】
また、本発明では、1mol脱離状態のO1型構造を維持したまま、20%以上50%以下の移動率でRuイオンがLiサイトに移動している。Ruイオンが移動することで、層間の静電反発が大きくなって構造の安定化に寄与していると考えられる。更に、移動したRuイオンは、Liサイトの理論位置に対して歪んだ位置にある。これらのRuイオンの移動は、回折パターンにおける(113)ピーク及び(110)ピークの強度から推定される。本発明者等による検討では、(113)面の回折強度I113と(110)面の回折強度I110との比(I113/I110)は、0.5以上1.0以下となっていることが好ましい。そして、この(113)ピークの強度比(I110/I113)の範囲に基づき規定される、移動したRu同士の間隔dの範囲としては、0.7Å以上1.3Å以下であるものが好ましい。
【0042】
尚、上記のようにしてRuイオンの移動によって維持された層間距離については、4.55Å以上4.60Å以下であるものが好ましい。本発明に係る正極活物質であるLiRuO複合酸化物は、これまでLiイオン二次電池用の正極活物質として知られているLiCoO等に対して広い層間距離を維持することができ、これが好適な特性に関連すると考えられる。
【0043】
(A-5)本発明に係る正極活物質(LiRuO複合酸化物)の結晶粒径
本発明に係る正極活物質においては、LiRuO複合酸化物の平均粒径は、0.1μm以上30μm以下のものが好ましい。0.1μm未満の微細な正極活物質は、表面積が過大となるので、電極を形成する際に結着剤の量も増加させることが必要となる。結着剤は、正極活物質粒子同士、或いは、正極活物質粒子と導電材とを結合させる材料である。結着剤の量が増大すると、単位電極重量当たりの容量が低下することとなるので、表面積を適切にする上で正極活物質の粒径は0.1μm以上とすることが好ましい。一方、30μmを超える粒径の正極活物質は、粒径サイズの上昇と表面積の低下により、粒子バルクの抵抗や粒子間抵抗の抵抗成分が大きくなる。これにより、放電容量及び充放電サイクルに伴う容量維持率は低下することとなるため30μm以下の正極活物質の適用が好ましい。以上の理由に加えてサイクル特性を考慮するとき、正極活物質の平均粒径は0.5μm以上とするのがより好ましい。
【0044】
(B)本発明に係るLiイオン二次電池用正極活物質の製造方法
次に、本発明に係る正極活物質を構成するLiRuO複合酸化物の製造方法について説明する。本発明で適用されるLiRuO複合酸化物は、基本的工程としては公知のLiRuO複合酸化物の製造工程と同様である。LiRuO複合酸化物の好ましい製造方法としては、Li化合物とRu化合物とを混合して前駆物質を製造し、前記前駆物質を高温で加熱焼成することで複合酸化物にする方法が挙げられる。但し、本発明に係るLiRuO複合酸化物は、正極活物質として充放電したとき、上述した構造的安定性を発揮すべく適切な層状結晶構造とすることが求められる。即ち、本発明に係る正極活物質の製造方法は、Li化合物とRu化合物とを混合して前駆物質を製造する混合工程、前記前駆物質を加熱焼成することでLiRuO複合酸化物とする焼成工程、を含み、前記混合工程は、前記前駆物質の任意の複数箇所を組成分析したとき、O濃度の変動係数CV及びRu濃度の変動係数CVRuの双方が10%以下となるまでLi化合物とRu化合物とを混合する工程であり、前記焼成工程は、前記前駆物質を700℃以上1000℃以下の温度で加熱する工程である。以下、本発明に係る正極活物質の製造方法では、上記前駆物質の製造工程及び焼成工程について詳細に説明しつつ、好適な結晶構造のLiRuO複合酸化物を形成するための手段について言及する。
【0045】
複合酸化物の前駆体を形成するための原料としては、Li化合物としては、炭酸Li、酢酸Li、硝酸Li、水酸化Li、塩化Li、硫酸Li、酸化Li等が挙げられる。これらのうち、安定性やコスト面を考慮して炭酸Li、酸化Liが好ましい。Ru化合物は、炭酸Ru、水酸化Ru、オキシ水酸化Ru、酢酸Ru、クエン酸Ru、酸化Ru等が使用できる。コストと安定性の理由から、Ru化合物としては酸化物を適用するのが好ましい。尚、Ru酸化物には、非水和物(RuO)及び水和物(RuO・nHO)の双方が使用できる。
【0046】
本発明の製造方法では、まず、上記原料となる各化合物を混合し、これらが混和した前駆物質を製造する。本発明に係る正極活物質は、LiRuO複合酸化物からなるので、Li化合物及びRu化合物の混合比は、複合酸化物の両論組成に従ったモル比で混合することが好ましい。但し、Li化合物については、その種類によっては焼成工程における加熱により揮発する場合がある。そのため、Li化合物の混合量については、目的組成に対応する質量に対し、1%以上10%以下を増量して混合することが好ましい。Li化合物の増量については、1%以上8%以下とするのがより好ましい。Li化合物を過剰に混合すると、電気的に不活性なLiRuOが部分的に生成することがあり、正極活物質として特性低下に繋がるからである。
【0047】
混合工程では、必要に応じて、粉砕と混合を行うことができる。粉末状の原料化合物を使用する場合において、粒径が大きい場合(15μm以上)、前駆物質の均一性確保のために粉砕が行われる。混合工程で粉砕を行う場合には、ボールミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の粉砕装置を用いることができる。また、粉砕は乾式粉砕、湿式粉砕いずれで行っても良い。好ましくは、水、有機溶媒を分散媒体とする湿式粉砕にて行う。また、混合工程後の前駆物質については、必要に応じて造粒、ペレタイジング等を行っても良い。
【0048】
そして、本発明に係る正極活物質となるLiRuO複合酸化物を製造するには、上記の混合工程において、Li化合物とRu化合物との混合物からなる前駆物質の組成均一性を高めることが要求される。この組成均一性の具体的な指標としては、Li化合物とRu化合物との混合物からなる前駆物質の任意の複数箇所を組成分析したとき、酸素濃度の変動係数CV及びRu濃度の変動係数CVRuの双方が10%以下であることである。
【0049】
前駆物質の酸素濃度の変動係数CVは、前駆物質の複数箇所で測定されるO濃度(C)に基づき、平均値(A)と標準偏差(σ)を算出し、CV=(ρ/A)×100で算出できる。同様にしてRu濃度の変動係数CVRuは、前駆物質の複数箇所で測定されるRu濃度(CRu)から平均値(ARu)と標準偏差(σRu)を算出し、CVRu=(ρRu/ARu)×100で算出できる。本発明では、CV及びCVRuの双方が10%以下であることを要する。CV及びCVRuの少なくともいずれかが10%を超えるとき、前駆物質の組成均一性が不十分であり、本発明に係る好適な正極活物質を得ることが困難となる。
【0050】
尚、前駆物質の組成分析は、電子線プローブマイクロ分析(EPMA)、エネルギー分散型X線分析(EDX)、蛍光X線分析(FRX)、X線光電子分光分析(XPS)等の各種の分析方法が適用可能であり、各分析方法に応じたスキームでO及びRuの濃度を分析する。また、前駆物質の任意に複数個所分析するとき、分析箇所は5箇所以上設定することが好ましい。
【0051】
以上の工程で製造した前駆物質を加熱し焼成することで、本発明の正極活物質となるLiRuO複合酸化物が製造される。焼成工程における加熱温度は、700℃以上1000℃以下とする。700℃以下では複合酸化物生成のための固相反応が進行し難い。また、1000℃を超えたときはLiRuO複合酸化物の合成は可能であるが、サイクル性に乏しい正極活物質となることがある。この加熱温度は、800℃以上1000℃以下がより好ましい。未反応の原料化合物(例えば、炭酸Li等)の残留を防止するため、熱処理時間としては、1時間以上48時間以下とするのが好ましい。焼成工程の加熱手段として、電気炉、バッチ炉等の固定炉、ロータリーキルン等の回転炉、ローラーハースキルン等の連続炉といった一般的な熱処理装置を用いることができる。
【0052】
そして、この焼成工程は、大気中でも良いし、非酸化雰囲気で行っても良い。但し、非酸化性雰囲気で焼成すると、温度条件等によっては、LiRuO複合酸化物に積層欠陥が導入されることがある。そのため、焼成工程の好ましい雰囲気としては、大気中或いは酸素含有雰囲気が好ましい。
【0053】
以上の混合工程と焼成工程を経て、LiRuO複合酸化物を含む正極活物質を製造することができる。このLi遷移金属複合酸化物は、適宜に脱イオン水等による洗浄及び乾燥を行っても良い。また、製造した正極活物質をLi2次電池の正極とするために好適な粒径の粉末にするため、LiRuO複合酸化物を解砕し分級する等の後処理を行っても良い。
【0054】
(C)本発明に係る正極活物質を適用するLiイオン二次電池用の正極及びLiイオン二次電池
本発明に係る正極活物質は、一般的なLiイオン二次電池と同様の構成で、Liイオン二次電池用の正極及びLiイオン二次電池とすることができる。
【0055】
Liイオン二次電池用の正極は、本発明に係る正極活物質に加えて、導電材や結着剤等の成分により構成される。導電材としては、例えば、黒鉛、アセチレンブラック、ファーネスブラック等の炭素粉末や、カーボンウイスカー、炭素繊維、金属粉末、金属繊維、導電性セラミックス材料等の導電性材料の1種又は2種以上が挙げられる。また、結着剤には、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレン、ポリプロピレンポリヘキサフルオロプロピレン、スチレン-ブタジエンゴム、ポリアクリロニトリル、変性ポリアクリロニトリル等の1種又は2種以上が挙げられる。
【0056】
正極は、これらの各成分をN-メチルピロリドン、トルエン、水等の溶媒に混合して電極合剤を調製し、電極合剤をアルミニウム箔等の集電体(基材)に塗布して電極合剤層を形成し、更に、電極合剤層を加圧成形することで製造される。
【0057】
また、Liイオン二次電池は、上記した本発明の正極活物質を含む正極、負極、電解質、セパレータを主要要素として構成される。
【0058】
負極は、負極活物質、導電材、結着剤等の成分により構成される。
負極活物質としては、グラファイト、ハードカーボン等の炭素材料の他、チタン酸Li等のチタン系材料、酸化ケイ素等のシリコン系材料等の公知の材料が使用できる。負極活物質は、充放電時にLiイオンを吸蔵・放出可能な材料・形態であれば特に限定されない。また、負極を構成する他の成分(負極活物質、導電材、結着剤等)は正極と同様とすることができる。そして、負極の製造プロセスも正極と同様となる。
【0059】
電解液についても、公知の構成の材料を使用することができる。電解液は、電解質と溶媒とで構成され、電解質としては、LiPF(ヘキサフルオロリン酸リチウム)、LiFSA(LiFSI:リチウムビス(フルオロスルホニル)アミド)、LiTFSI(リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)、LiClO(過塩素酸リチウム)、LiBF(四フッ化ホウ酸リチウム)等が適用できる。また、溶媒としては、EC(エチレンカーボネート)、PC(プロピレンカーボネート)、DMC(ジメチルカーボネート)、EMC(エチルメチルカーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート)、TMP(リン酸トリメチル)等が挙げられ、これらを単独或いは混合した溶媒を用いることができる。
【0060】
また、Liイオン二次電池その他の構成要素としては、セパレータ、端子、絶縁板、電池ケース(電池缶、電池蓋)等が挙げられるが、これらの部品も一般的に使用されるものが適用可能である。
【実施例0061】
本発明の実施例として、上記した実施形態に係る正極活物質の製造工程と、前記正極活物質によるLiイオン二次電池の電気特性、リサイクル性の評価結果について説明する。
【0062】
[正極活物質の製造]
炭酸Li(LiCO)粉末と酸化Ru(水和物:RuO・nHO)粉末とを混合して前駆物質6gを製造した。この実施例では、炭酸Li粉末のみ理論質量に対して3%多い量を混合している。炭酸Liと酸化Ruとの混合粉末からなる前駆物質を製造するための混合工程として、乳棒・乳鉢による粉砕・混合処理を10分間行い、前駆物質を製造した。この実施例では、SEM-EDXによる組成分析を行う観察領域を任意に5箇所設定し、それぞれの観察領域の視野全体での組成分析を行った。そして、5箇所の領域で得られた組成分析結果(O濃度(C)、Ru濃度(CRu):質量%)をもとに平均値(A、ARu:質量%)と標準偏差(ρ、ρRu)を求め、それらからO濃度及びRu濃度の変動係数(CV、CVRu)を算出した。この測定結果を表1に示す。また、図14は、本実施例の前駆物質のSEM像である。

【0063】
【表1】
【0064】
表1で確認されるとおり、実施例の前駆物資においては、O濃度及びRu濃度の変動係数(CV、CVRu)のいずれもが10%以下となっている。
【0065】
次に、上記の混合工程により製造した前駆物質を圧縮してペレットとした。そして、ペレット状の前駆物質を焼成してLiRuO複合酸化物を製造した。焼成工程の加熱条件は、大気中で昇温速度10℃/minで900℃になるまで加熱して900℃に到達後12時間加熱保持した。12時間の加熱後、炉冷にて室温まで冷却してLiRuO複合酸化物を取り出した。
【0066】
本実施例では、焼成条件として、大気雰囲気下、加熱温度950℃又は1000℃、加熱時間をいずれも24時間とした2種のLiRuO複合酸化物を合成した。図15は、これらLiRuO複合酸化物のSEM像である。焼成条件によって粒径が異なる複合酸化物が製造可能であり、焼成条件を大気中950℃、24時間としたときは平均で2μmのLiRuO複合酸化物となる(実施例1)。一方、焼成条件を大気中1000℃、24時間としたときは平均で5μmのLiRuO複合酸化物が合成された(実施例2)。
【0067】
図16は、実施例1、2のLiRuO複合酸化物のX線回折パターン(X線源:Cu Kα線)を示す。実施例1、2のLiRuO複合酸化物は、粒径は異なっているが、ピーク位置・ピーク強度に大きな差はなく、いずれもO3型構造に由来するLiRuO単相の回折パターンを示していた。
【0068】
[電気化学的特性の評価]
本実施例の正極活物質について定電流充放電曲線を測定し、電気化学的特性を評価した。この評価試験においては、正極に、本実施例の正極活物質(AM)と導電材(アセチレンブラック:AB)と結着剤(ポリフッ化ビニリデン:PVDF)とを混合し炭素複合化処理を行ったものを使用している。試験装置の構成は下記のとおりである。
・セルタイプ:二極式電気化学セル(TJ-AC:有限会社日本トムセル製)
・正極:AM:AB:PVDF=80:10:10(wt%)
・対極:リチウム金属
・セパレータ:ポリオレフィン多孔膜(セルガード2500)+ガラスフィルター(GB-100R)
・電解液:1M-LiPF
【0069】
定電流充放電試験は、室温で電圧範囲2.2V-4.6V、電流密度30mA/cmとして初回充電で放電容量を測定した。そして、充放電を5サイクル、15サイクル、30サイクル行って電位-容量曲線を測定した。
【0070】
図17は、本実施例(実施例1、2)の正極活物質(LiRuO複合酸化物)の定電流充放電曲線を示す。また、図18は、定電流充放電試験結果の結果から得られた、サイクル数と放電容量との関係を示すグラフを示す。これらの結果を参照すると、実施例1、2の正極活物質は、初回放電容量が225mAhg-1を超えており十分な容量を発揮する。また、容量維持率も高水準にあるといえる。粒子径が比較的小さい実施例1は、初回放電容量250mAhg-1を超える高容量を示す。そして、15サイクルまではわずかな容量劣化はみられるものの、それ以降は容量低下なく30サイクルまで安定的に充放電できることが確認できる。一方、粒径が大きい実施例2も、初回放電容量は実施例1より低いものの、30サイクルまで容量が全く劣化することはなくサイクル特性に優れていることが確認された。本発明のLiRuO複合酸化物は、粒径によって多少の傾向の相違はあるが、十分な放電容量とサイクル性を示すといえる。
【0071】
次に、実施例2の正極活物質(LiRuO複合酸化物)について、試験温度を50℃としたときの定電流充放電曲線を測定した。その結果を図19に示し、この結果を基にしたサイクル数に対する放電容量とエネルギー密度との関係を図20に示す。尚、図19には、同条件で測定したMn系リチウム過剰正極活物質であるLi1.2Ni0.13Co0.13Mn0.54の定電流充放電曲線の結果を示している。また、図20には、Mn系リチウム過剰正極活物質に加えて、更に、同条件で測定したNi系正極活物質であるLiNi0.815Co0.15Al0.035のサイクル性についての結果を示している。
【0072】
図19、20から、本実施例の正極活物質は、50℃の高温条件でリチウム基準の理論容量に迫る高容量を示す。また、本実施例の正極活物質は、100サイクルの充放電によっても容量劣化はみられず、極めて優れたリサイクル性を示すことが分かる。これに対して、Mn系リチウム過剰正極活物質(Li1.2Ni0.13Co0.13Mn0.54)は、初回満充電時のエネルギー密度は最も高いが、サイクル数の増加に従う放エネルギー密度の低下を回避することはできない。また、Ni系正極活物質(LiNi0.815Co0.15Al0.035)は、現在、既に実用化されているLiイオン二次電池用正極活物質である。この従来の正極活物質は、50℃における初回放電容量及びサイクル性において、本実施例の正極活物質に対して大きく劣っていることが分かる。
【0073】
[熱安定性の評価]
本実施例の正極活物質を構成するLiRuO複合酸化物の高温下における安定性をより詳細に検討するため、加熱試験を行った。加熱試験では、窒素ガス吹付け型装置にて試料を加熱しつつin situ放射光X線回折をした。室温での分析後、100℃~500℃まで100℃間隔で加熱及び分析を行った。
【0074】
図21は、本実施例のLiRuO複合酸化物を室温から500℃まで加熱したときの回折パターンを示す。図21から、LiRuO複合酸化物は、室温から300℃までの間ではO3型層構造を維持していることが分かる。400℃では、(003)ピークと超格子が消失していることから、この温度でO1型構造をベースとしつつカチオンの不規則配列が生じている。そして、500℃ではRuOのピークが明瞭に観察されることから、ここで酸素脱離に伴う分解が生じていると考えられる。以上のような本実施例のLiRuO複合酸化物の挙動について、例えば、LiNi系(LiNiO等)は、酸素脱離による分解(NiO形成が250℃~300℃で生じることが確認されている。本実施例のLiRuO複合酸化物は、LiNi系酸化物に対し、分解温度が200℃以上高く、熱安定性・耐久性が極めて高い正極活物質となるといえる。
【0075】
以上の検討結果から、本発明に係るLiRuO複合酸化物からなる正極活物質は、高温下にあっても好適な放電容量と高いサイクル性を有することが確認された。このように優れた特性が発現するのは、これまで述べたように、本発明に係るLiRuO複合酸化物は、充電過程で2molのLiが脱離する状態であっても、Ruイオンの適切な移動により層状構造を維持しつつ層間距離の減少が抑制されており、酸素イオンの脱離等による崩壊が抑制されていることによるものと考えられる。
【比較例】
【0076】
本願発明の正極活物質と対比する比較例として、以下の比較例の正極活物質を製造し、電気化学的特性を測定した。
【0077】
比較例1:実施例と同じ炭酸Li粉末と酸化Ru粉末とを混合して前駆物質を製造した。この比較例では、混合工程で実施例と同じ乳棒・乳鉢を使用しつつ粉砕・混合処理の時間を1分間とした。製造した前駆物質について、実施例と同様の方法でSEM-EDXによる組成分析を行った。組成分析の結果から得られた、前駆物質の酸素濃度の平均値(A、ARu)及び標準偏差(ρ、ρRu)とO濃度及びRu濃度の変動係数(CV、CVRu)を表2に示す。
【0078】
【表2】
【0079】
表2で示すとおり、比較例1の前駆物質は、CV及びCVRuのいずれもが10%を超えていた。そして、この前駆物質を実施例1と同様にして焼成処理して比較例1の正極活物質となるLiRuO複合酸化物を製造した。
【0080】
比較例2:実施例と同じ原料及び混合条件により、CV及びCVRuのいずれもが10%以下の前駆物質を製造した。この前駆物質を大気中、1050℃で24時間加熱し比較例1の正極活物質となるLiRuO複合酸化物を製造した。
【0081】
[電気化学的特性の評価]
比較例1、2の正極活物質についての定電流充放電曲線を測定した。測定装置は上記実施例1と同じとし、測定条件として室温で電圧範囲2.2V-4.6V、電流密度30mA/cmとして初回満充電で放電容量を測定した。そして、充放電を13サイクル行って電位-容量曲線を測定した。この測定結果を図22に示す。図22には、同じ条件で測定した実施例1の定電流充放電曲線も示している。
【0082】
図22から、比較例1の正極活物質は、初回放電容量が225mAhg-1を下回っており、本願実施例の正極活物質よりも低放電容量となっている。比較例1は、LiRuO複合酸化物を製造する焼成前の前駆物質において、CV及びCVRuのいずれもが10%超となっていたが、この組成の均一性が劣っていたことによる結果と考えられる。一方、比較例2は、焼成温度を1000℃超として製造したLiRuO複合酸化物である。比較例2の正極活物質は、初回放電容量が比較例1よりも低い上、サイクル特性においても劣っている。
【0083】
図23は、比較例1の正極活物質(LiRuO複合酸化物)の初回満充電後の放射光XRDによる回折パターンである。比較例1のLiRuO複合酸化物は、満充電後においてO1型構造を有し、この点は本発明と同様である。しかし、(110)ピークの強度(I110)が(113)ピークの強度(I113)よりも低く(I113/I110>1.0)、本発明とは逆となっている。Ruイオンの移動率について検討した図10を参照すると、比較例1でみられた(110)、(113)のピーク強度の関係は、Ruイオンの移動率が0%或いは20%未満であることを示唆している。比較例の正極活物質の特性が本実施形態より劣るのは、このRuイオンの移動が生じていないか、不十分であるかによると考えられる。このXRD回折パターンの傾向は、比較例2でも同様にみられた。本願実施例に係るLiRuO複合酸化物では、上述した初回充電過程での結晶構造の変化及びRuイオンの適切な移動による層間距離の維持が発現しており、これによる高容量且つサイクル性に優れた正極活物質となっているといえる。
【産業上の利用可能性】
【0084】
以上説明したように、本発明に係るLiイオン二次電池用の正極活物質は、LiRuOは充放電時の構造変化に起因してサイクル性に優れている。本発明に係る正極活物質は、Liイオン二次電池の正極に好適に対応することができ、各種の小型バッテリー、家庭用電源、車載用バッテリー等に広く利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23