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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055225
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】建設機械用部品
(51)【国際特許分類】
   E02F 9/02 20060101AFI20240411BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20240411BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20240411BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240411BHJP
   E02F 9/28 20060101ALI20240411BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240411BHJP
【FI】
E02F9/02 A
C22C38/24
C22C38/50
C22C38/00 301H
E02F9/28 A
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022161985
(22)【出願日】2022-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】能島 雅史
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 達也
【テーマコード(参考)】
2D015
4K042
【Fターム(参考)】
2D015JA06
2D015KA01
4K042AA25
4K042BA02
4K042BA03
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA04
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
4K042DE04
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性と靱性とを高次に兼ね備える建設機械用部品を提供する。
【解決手段】
Feを含む鋳鋼からなる建設機械用部品であって、質量%で、C:0.1~0.35%、Si:0.2~0.4%、Mn:0.8~1.4%、Cr:0.7~1.8%、Mo:0.2~0.5%、及びV:0.0~0.1%を含有し、かつマルテンサイトを主体とする組織を有する建設機械用部品を提供する。建設機械用部品は、Ni、Nb、Ti、Zrを合計で0.5%以下含有していても良い。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを含む鋳鋼からなる建設機械用部品であって、
質量%で、C:0.1~0.35%、Si:0.2~0.4%、Mn:0.8~1.4%、Cr:0.7~1.8%、Mo:0.2~0.5%、及びV:0.0~0.1%を含有し、かつ
マルテンサイトを主体とする組織を有することを特徴とする建設機械用部品。
【請求項2】
請求項1に記載の建設機械用部品において、
Ni、Nb、Ti、Zrを合計0.5%以下で含有することを特徴とする建設機械用部品。
【請求項3】
請求項1に記載の建設機械用部品において、
表面硬さ450Hv以上、シャルピー衝撃値25J/cm以上であることを特徴とする建設機械用部品。
【請求項4】
請求項1に記載の建設機械用部品において、
前記建設機械用部品は、バケットのツース材、クローラのシュー、アイドラ又はドライブタンブラであることを特徴とする建設機械用部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シュー等の足回り材やツース材等の建設機械に用いられる鋳鋼部品に関する。
【背景技術】
【0002】
建設機械の耐摩耗部材には、耐摩耗性と靭性を合わせ持つ鋳鋼が多く使用される。特にシュー等の足回り材やツース材等の耐摩耗性が要求される部品には、耐摩耗性鋳鋼として高Mn鋼が採用される場合が多い。高Mn鋼は、マトリクスがオーステナイトで靭性が高く、また塑性変形すると加工硬化して表面部が硬くなる特性を持つ。
【0003】
高Mn鋳鋼の靭性を向上させる方法としては、例えば、C含有量を高めたりTi,V,Nb,Zr,B等の炭化物形成元素を添加したりして、結晶粒を微細化したり球状炭化物を結晶粒内に分散させたりすることが知られている(特許文献1等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1-142058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、建設機械は、処理能力向上の要求に応じて大型化及び高寿命化が進められており、シュー等の足回り材やツース材等の耐摩耗性鋳鋼部品が晒される環境は過酷化してきている。そのため、こうした建設機械の耐摩耗性鋳鋼部品には、より過酷な使用条件に耐えつつ、耐摩耗性と靱性とを高次に兼ね備えることが要求される。しかし、特許文献1に開示された方法では、鋳鋼の靱性についてはある程度の改善効果が認められるものの、靭性と両立する形で耐摩耗性を十分に改善することができない。
【0006】
本発明の目的は、耐摩耗性と靱性とを高次に兼ね備える建設機械用部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、Feを含む鋳鋼からなる建設機械用部品であって、質量%で、C:0.1~0.35%、Si:0.2~0.4%、Mn:0.8~1.4%、Cr:0.7~1.8%、Mo:0.2~0.5%、及びV:0.0~0.1%を含有し、かつマルテンサイトを主体とする組織を有する建設機械用部品を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、耐摩耗性と靱性とを高次に兼ね備える建設機械用部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1A】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品を適用する建設機械の一例として油圧ショベルの外観を表す斜視図
図1B】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の一例であるアイドラの斜視図
図1C】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の一例であるドライブタンブラの斜視図
図1D】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の一例であるシューの斜視図
図1E】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の一例であるツース材の斜視図
図2】試験片を作製した発明材の成分組成を表す表
図3】試験片を作製した比較材の成分組成を表す表
図4】試験片の評価結果を表す表
図5】土砂摩耗試験の試験装置の模式図
図6】発明材の金属組織の一例を表す図
図7】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の適用対象の例である破砕機の模式図
図8】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の適用対象の例であるフォークグラップルの模式図
図9】本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の適用対象の例であるブレーカの模式図
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に図面を用いて本発明の実施の形態を説明する。
【0011】
-建設機械-
図1Aは本発明の一実施形態に係る建設機械用の耐摩耗性鋳鋼部品を適用する建設機械の一例として油圧ショベルの外観を表す斜視図である。以下の実施形態において、運転室18の前方(図1A中の左側)を油圧ショベル1の旋回体12の前方とする。また、図1B図1Eは、図1Aに示した油圧ショベルから、本発明の一実施形態に係る建設機械用部品の例を何種か抜き出して表す図である。具体的には、図1Bはアイドラ13の斜視図、図1Cはドライブタンブラ14の斜視図、図1Dはシュー17の斜視図、図1Eはツース材27の斜視図である。
【0012】
図1Aに示した油圧ショベル1は、車体10及びフロント作業機20を含んで構成されている。車体10は、走行体11及び旋回体12を含んで構成されている。
【0013】
走行体11には、本実施形態においては、遊動輪であるアイドラ13(図1B)と駆動輪であるドライブタンブラ14(図1C)とに掛け回された無限軌道履帯15を有する左右のクローラ(走行装置)16が備わっている。左右の走行モータ(不図示)によりドライブタンブラ14が駆動され、アイドラ13とドライブアンブラ14とに掛け回された無限軌道履帯15が回転し循環することにより、油圧ショベル1が走行する。走行モータには、例えば油圧モータが用いられる。無限軌道履帯15は、複数のシュー17(図1D)を連結して輪状に形成されている。
【0014】
旋回体12は、走行体11の上部に旋回装置(不図示)を介して左右に旋回可能に設けられている。旋回体12を走行体11に対して連結する旋回装置には、旋回モータ(不図示)が含まれており、旋回モータを駆動することによって走行体11に対して旋回体12が左回り又は右回りに旋回する。旋回モータには例えば油圧モータが用いられる。旋回体12の前部(本実施形態では前部左側)には、オペレータが搭乗する運転室18が設けられている。また、旋回体12には、原動機や油圧システム等が搭載される。
【0015】
フロント作業機20は、土砂の掘削等の作業を行うための多関節のアーム型作業装置であり、旋回体12の前部(本実施形態では運転室18の右側)に取り付けられている。このフロント作業機20は、ブーム21、アーム22及びバケット23を含んで構成されている。
【0016】
ブーム21は、旋回フレームと呼ばれる旋回体12のベースフレームにピンで連結されており、ブームシリンダ24によって駆動されて旋回体12に対して上下に回動する。ブームシリンダ24の両端は、ブーム21及び旋回体12にピンで回動自在に連結されている。アーム22は、ブーム21の先端にピンで連結されており、アームシリンダ25によって駆動されてブーム21に対して前後に回動する。アームシリンダ25の両端は、アーム22及びブーム21にピンで回動自在に連結されている。バケット23は、アーム22の先端にピンで連結されており、バケットシリンダ26によって駆動されてアーム22に対して上下に回動する。バケットシリンダ26の両端は、ブーム21及びバケット23にピンで連結されている。バケット23の先端には、バケット23の歯に相当する複数のツース材27(図1E)が設けられている。
【0017】
-建設機械用部品-
図1Aの油圧ショベル1のツース材27やシュー17、アイドラ13、ドライブタンブラ14は、本願発明者等により開発された新規な建設機械用の耐摩耗性鋳鋼(以下、発明材と記載する)で形成される建設機械用部品の代表例である。ツース材27やシュー17は、掘削時や走行時に土砂等と高負荷で激しく接触し著しく土砂摩耗が発生し易い部品である。また、アイドラ13やドライブタンブラ14も、シュー17(無限軌道履帯15)との接触、シュー17との間に噛み込む土砂との接触が激しく、同じく摩耗し易い部品である。こうした部品に発明材は好適に適用される。
【0018】
発明材は、本願発明者等が、高Mn鋳鋼に拘らず広く鋳鋼を対象として鋳鋼の耐摩耗性と靱性の双方を併せて改善すべく鋭意検討することにより得られた。検討段階では、特に重要なパラメータとして、土砂に対する土砂摩耗性及び耐衝撃性に注目した。
【0019】
また、発明材は、マルテンサイト変態を活用して摩耗面の硬さを向上させることにより、従来の鋳鋼よりも優れた耐摩耗性を有する。具体的には、従来の鋳鋼に比べてC含有量及びSi含有量が非常に低くなるように成分組成を調整することにより高靭性を獲得し、低炭素でマルテンサイトを主体とする組織とすることで高抗耐摩耗を獲得した。低炭素でマルテンサイトを主体とする組織は、所定の熱処理を施すことにより形成されるに至った。
【0020】
-成分組成-
発明材は、Feを主成分として含む鋳鋼からなり、より詳細な成分組成としては、質量%で、C:0.1~0.35%、Si:0.2~0.4%、Mn:0.8~1.4%、Cr:0.7~1.8%、Mo:0.2~0.5%、及びV:0.0~0.1%を含有すると共に、残部がFe及び不可避不純物からなる。この低炭素の成分組成の鋳鋼を、後述する熱処理を施すことによりマルテンサイト変態させ、組織をマルテンサイト化させたものが、発明材である。
【0021】
また、発明材は、耐摩耗性又は靭性の更なる向上に寄与する元素を、上記成分組成の残部として必要に応じて含有することを許容する。具体的には、Ni,Nb,Ti,Zrの少なくとも1種を選択し、選択した少なくとも1種の元素を合計で0.0~0.5%含有させることができる。
【0022】
以下、発明材を組成する各成分の好ましい構成について述べる。
【0023】
[C]
C(炭素)の含有量は、質量%で0.1~0.35%であることが好ましい。Cは、鋳鋼を熱処理する際に、マルテンサイト組織(残留オーステナイト相を含む)を得るための焼き入れ性を確保するために添加される。また、Cは耐摩耗性を改善する元素でもある。C含有量は、所望の耐摩耗性を確保するために0.1%以上が必要である。他方、C含有量が0.35%を超えると割れ易くなり、目的とする高靱性を得るために0.35%以下に制限する。
【0024】
[Si]
Si(ケイ素)の含有量は、質量%で0.2~0.4%であることが好ましい。鋳造時の溶湯の流動性を確保すると共に、溶解及び精錬の際の脱酸のために、0.2%以上、好ましくは0.3%以上のSiを添加する必要がある。他方、0.3%を超えてSiを添加すると、結晶粒界への炭化物の析出が促進されて靭性の低下を招くため、Si含有量は0.3%以下に制限する。
【0025】
[Mn]
Mn(マンガン)の含有量は、質量%で0.8~1.4%であることが好ましい。Mnは、オーステナイト安定化元素であり、オーステナイト化処理後、水冷の際に靱性を低下させるマルテンサイトの過度な生成を、Cと共に抑制する。発明材として所望の耐摩耗性を確保するために、Mn含有量は0.8%以上が必要である。しかし、Mn含有量が1.4%を超えると耐摩耗性が低下に転じる。所望の耐摩耗性を確保するために、Mn含有量は1.4%以下に制限する。
【0026】
[Cr]
Cr(クロム)の含有量は、質量%で0.7~1.8%であることが好ましい。Crは、鋳鋼の加工硬化特性を向上させて耐摩耗性を高める。発明材として所望の耐摩耗性を得る上で、Cr含有量は0.7%以上必要である。一方、Cr含有量が1.8%を超えると粒界炭化物の析出を促進させ靱性の低下に繋がる。Cr含有量は1.8%以下に制限する。
【0027】
[Mo]
Mo(モリブデン)の含有量は、質量%で0.2~0.5%であることが好ましい。Moは、熱処理時、特に水焼き入れ時に生成する粒界炭化物及び針状炭化物の抑制に有効であり、0.2%以上添加する必要がある。但し、Moは高価な元素であり、0.5%を超えて添加すると添加量に比して効果向上の程度が下がる。そのため、Mo含有量は0.5%以下に制限する。
【0028】
[V]
V(バナジウム)の含有量は、質量%で0.0~0.1%であることが好ましい。VはMoと同様、熱処理時、特に水焼き入れ時に生成する粒界炭化物及び針状炭化物の抑制に有効である。但し、Vは高価な元素であり、必要以上に添加すると費用対効果が低下する。そのため、他の元素の添加量やコストを考慮して、必要に応じて0.0~0.1%添加する。
【0029】
[Ni/Ti/Nb/Zr]
Ni(ニッケル)、Ti(チタン)、Nb(ニオブ)、及びZr(ジルコニウム)の含有量は、質量%で合計0.5%以下であることが好ましい。Niは、オーステナイト安定化元素であり、Mnと同じくマルテンサイトを形成し耐摩耗性向上に寄与する。但し、Niを0.5%以上添加すると残留オーステナイト量が増え、耐摩耗性が低下する。Ti、Nb、Zrは、炭化物を形成して析出させることにより耐摩耗性を高め、また結晶粒を微細化させて加工硬化特性や靱性を向上させる効果がある。但し、例えば延性を低下させる作用もある。また、これら元素の添加はコストアップとなる。よって、Ni、Ti、Nb、及びZrの含有量は、合計0.5%以下に制限する。
【0030】
-熱処理-
発明材の製造過程で実施する熱処理の好適例について説明する。
【0031】
発明材を製造する場合、まず前述した化学成分組成の鋳鋼を鋳造し、鋳造した鋳鋼を室温まで一旦冷却する。その際、鋳造欠陥が発生し易くなる低温での鋳込みを行う必要はない。
【0032】
その後、鋳鋼を室温から再加熱、好ましくは真空炉を用いて再加熱して、900~1200℃の温度範囲で1~50時間保持して炉冷し、均質化処理を行う。発明材の低炭素マルテンサイト組織は、鋳造時の凝固偏析を利用して形成される。鋳鋼のまま、つまり鋳造したままの鋼塊では割れ易いため、割れを防止するために上記の均質化処理が必要となる。
【0033】
均質化処理の温度は、900℃以下では十分に均質化が進まず、反対に1200℃を超えると組織肥大化や均質化が進み過ぎて、発明材に求められる低炭素マルテンサイト複合組織が得られない。均熱化処理の処理時間については、組織の十分な調整に少なくとも1時間が必要である。但し、50時間を超えると均質化が進み過ぎ、やはり発明材に求められる低炭素マルテンサイト複合組織が得られない。以上の理由から、鋳造時の凝固偏析を利用して発明材の低炭素マルテンサイト組織が形成されるように温度及び時間の条件を設定し、900~1200℃の温度範囲で1~50時間、例えば4.5時間程度保持し炉冷して均質化処理を行うこととした。
【0034】
その後、均質化処理した鋳鋼を室温から再加熱、好ましくは真空炉を用いて再加熱して、再び900~1200℃の温度範囲で1~50時間、例えば4.5時間保持し、水焼き入れを行ってマルテンサイト変態させる。この均熱化処理後に行う水冷等による焼入れ処理は、低炭素マルテンサイトを主体とする発明材の組織を得るために重要である。低炭素マルテンサイトを主体とする組織を得るために、また結晶粒界への炭化物の析出を防止又は抑制するためにも、鋳鋼の焼入れ処理時の冷却速度はできるだけ大きいことが望ましい。そのため、本例では均質化処理した鋳鋼を水焼き入れ処理している。
【0035】
最後に、水焼き入れした鋳鋼を再加熱し、500℃以下の温度範囲(例えば250℃)で1~50時間(例えば4.5時間)保持して焼ならし処理をし、そのまま放置し冷却して発明材を形成する。焼きならし処理は、焼き入れにより十分に硬くなったマルテンサイト鋳鋼について、硬さを減少させて靭性を向上させるため行う。発明材に要求する特性によって、200~500℃の範囲で温度を変えることができる。例えば硬さを重視する場合は、例えば200℃程度で焼きならし処理を行う。例えば靭性を重視する場合には、500℃程度に処理温度を上げて焼きならし処理を行う。
【0036】
以上の処理により得られた発明材の金属組織、つまり低炭素マルテンサイト組織の一例を図6に示す。同図に示した通り、発明材においては、上記成分組成の低炭素の鋳鉄からマルテンサイト組織100が形成されている。
【0037】
焼ならし処理後の鋳鋼、つまり発明材は、切削や研削等の機械加工や必要な場合には表面処理等が施され、ツース材27やシュー17、アイドラ13、ドライブタンブラ14等、過酷な条件で使用される建設機械用部品に仕上げられる。
【0038】
-特性評価方法-
図2は試験片を作製した発明材の成分組成を表す表、図3は試験片を作製した比較材の成分組成を表す表、図4は試験片の評価結果を表す表である。
【0039】
発明材の特性を評価するに当たり、まず成分組成を上記範囲に調整した鋳鋼を高周波誘導溶解炉で50kg溶製し、溶製した鋳鋼を熱処理して発明材A1~A7(図2)を形成した。発明材A1~A7は、上記範囲内で各成分の添加量を変えたものである。
【0040】
また、発明材A1~A7との比較のために、発明材に定義された範囲から成分組成を外した鋳鋼を同じく高周波誘導溶解炉で50kg溶製し、溶製した鋳鋼を熱処理して比較材B1~B5(図3)を形成した。比較材B1~B5も、各成分の添加量を各々変えたものである。更には、発明材に定義された範囲に成分組成が適合する鋳鋼を同じく高周波誘導溶解炉で50kg溶製し、その後の熱処理を施さず鋳鋼のままの比較材B6(図4)を形成した。
【0041】
そして、これら発明材A1~A7及び比較材B1~B6の中心と表面の中間の部位を切り出し、これらを機械加工して試験片(図5の試験片30等)を作製した。発明材A1~A7及び比較材B1~B6はそれぞれ5つずつ用意した(標本数N=5)。
【0042】
なお、発明材A1~A7と比較材B1~B5に施した熱処理は共通である。具体的には、まず室温まで冷却した鋳鋼を真空炉で940℃まで加熱して4.5時間保持して均質化処理し、その後再び920℃まで加熱して4.5時間保持したあと水冷した。その後、水冷した鋳鋼を230℃まで加熱して4.5時間保持し、室温まで冷却した。
【0043】
そして、発明材A1~A7及び比較材B1~B6の試験片について、硬度、引張試験、シャルピー試験、土砂摩耗試験を各々評価した。発明材A1~A7及び比較材B1~B6の各々の評価項目は、それぞれの標本数Nの平均値を採った。硬度、耐衝撃性、土砂摩耗性の各項目について行った評価の方法や基準は以下の通りである。
【0044】
[硬度]
硬度については、ビッカース硬度計を用い、荷重を1.0kgfとして各試験片の表面硬度(Hv)を7点測定し、試験片毎に最高値と最低値を除外した5点の値の平均値を算出した。そして、従来の建設機械用の耐摩耗性鋳鋼部品の一般水準を硬さ450Hvと想定し、この想定を基準値として各試験片の硬度を評価した。つまり、硬さ450Hv以上の試験片は高度について基準を満たしており(OK)、硬さ450Hv未満の試験片は高度について基準を満たさない(NG)と評価した。
【0045】
[耐衝撃性]
耐衝撃性については、シャルピー衝撃試験により、2mmのノッチのJIS3号試験片を用い、ハンマー荷重を294.2N(30kgf)、試験温度を室温に設定して行った。シャルピー衝撃値(J)としては、吸収エネルギーを試験片の断面積で除した値[J/cm]を算出した。そして、従来の建設機械用の耐摩耗性鋳鋼部品の一般水準をシャルピー衝撃値25J/cmと想定し、この想定を基準値として各試験片の耐衝撃性を評価した。すなわち、シャルピー衝撃値25J/cm以上の試験片は耐衝撃性について基準を満たしており(OK)、25J/cm未満の試験片は耐衝撃性について基準を満たさない(NG)と評価した。
【0046】
[土砂磨耗性]
土砂摩耗性は、ツース材27の使用環境を模擬して、ASTMG65に準拠したラバーホイール試験で評価した。具体的には、発明材A1~A7及び比較材B1~B6からそれぞれ10×20×65mmの板材を切り出し、これら板材を土砂磨耗試験用の試験片とし、これら試験片の耐磨耗性を図5に示す試験装置で評価した。図5の試験装置は、回転するラバーホイール31の外周面に、レバー32に固定した試験片30をウェイト33の荷重で押し付け、試験片30とラバーホイール31との間にノズル35を介してホッパー34の内部の砂を供給する仕組みである。
【0047】
試験では、図5の試験装置を用い、200rpmでラバーホイール31を10分間回転させ、回転するラバーホイール31の外周面に試験片30を押し当てながらラバーホイール31と試験片30との接触面に一定流量(0.35kg/分)の砂を流し込んだ。その後、ウェイト33の重量を変えて同様の試験を繰り返して試験片30の比摩耗量を見積もった。そして、従来の建設機械用の耐摩耗性鋳鋼部品の一般水準を比摩耗量6.0程度と想定し、この想定を基準値として各試験片の土砂摩耗性を評価した。つまり、比摩耗量が6.0以下の試験片は土砂摩耗性について基準を満たしており(OK)、6.0を超える試験片は土砂摩耗性について基準を満たさない(NG)と評価した。
【0048】
-材料評価結果-
以上の試験により、発明材A1~A7及び比較材B1~B6について図4に示す特性値の評価結果が得られた。図4の通り、発明材A1~A7の試験片は、いずれもシャルピー衝撃値が25J/cm以上で、かつ比摩耗量が6.0以下であり、前述した評価基準を満たす結果が得られた。また、発明材A1~A7は、いずれも硬さ450Hv以上を有していた。
【0049】
このように発明材A1~A7の試験片は、いずれもシャルピー衝撃値が25J/cm以上であり、建設機械用の従来の耐摩耗性鋳鋼部品以上の高靭性を備えていることが確認された。また、発明材A1~A7の試験片は、いずれも比摩耗量が6.0以下であり、シュー17等の足回り材やツース材27といった建設機械用部品として従来以上の耐磨耗性を備えていることも確認された。加えて、硬度の向上も確認された。
【0050】
これに対し、成分組成が発明材の範囲から外れた比較材B1~B5に関しては、発明材A1~A7と同様の熱処理を実施したものの、耐衝撃性及び耐磨耗性のいずれかが上記基準を満たさない。また、成分組成が発明材として定義した範囲であるものの熱処理を実施しなかった比較材B6に関しても、耐衝撃性が上記基準を満たさない。比較材B6に関しては、マルテンサイト変態していないことが、基準を満たさない理由と考えられる。このように、比較材B1~B6のいずれにおいても、耐衝撃性及び耐磨耗性の双方について上記基準を同時に満たす結果は得られなかった。
【0051】
-効果-
以上のように、本実施形態における建設機械用部品は、Feを含む鋳鋼からなり、例えば上記した成分の添加物を含有し、かつマルテンサイトを主体とする組織を有する。また、その具体的な実施例として、前述した成分組成に調整され、かつ低炭素マルテンサイト組織を持つ発明材A1~A7について、建設機械用の従来の耐摩耗性鋳鋼に比して優れた特性、すなわち、耐摩耗性と靱性とが高次にバランスして備わった特性が実証された。
【0052】
また、高価なV,Ni,Cr等の添加量が抑えられ、材料費が低廉であることも大きなメリットである。また、鋳造欠陥が発生し易くなる低温での鋳込みを行うことなく、従来の高Mn鋳鋼以上の耐摩耗性と高靱性を得ることができ、製造時又は製造後の建設機械用部品の割れも抑制できる。
【0053】
土砂摩耗が激しいシュー17やアイドラ13、ドライブタンブラ14等の足回り材や、バケット23のツース材27に発明材を使用することで、これらシュー17やツース材27等の消耗部品が長寿命化し、建設機械の稼働効率の向上にもつながり得る。
【0054】
-変形例-
上記実施形態においては、発明材の適用対象として、ツース材27、シュー17、アイドラ13、ドライブタンブラ14を例示したが、発明材の適用対象は必ずしもこれら部品に限定されない。耐摩耗性や高靭性が要求されるその他の部品にも発明材は適用可能であり、同様の効果を得ることができる。
【0055】
また、上記実施形態においては、油圧ショベル1を建設機械の例に挙げて説明したが、例えばホイールローダ、キャリアクローラ等の他の建設機械にも本発明の建設機械用部品は適宜適用され得る。
【0056】
また、油圧ショベルやホイールローダ等は、作業に応じてアタッチメントが交換される場合がある。例えば、図7は解体現場等で用いる小割用の破砕機40、図8は廃材のスクラップ処理や運搬等に用いるフォークグラップル50、図9は岩盤やコンクリート等の掘削や破砕等に用いるブレーカ60を示している。これらの破砕機40、フォークグラップル50、ブレーカ60は、いずれもフロント作業機のアームの先端にバケットに代えて装着して使用するアタッチメントである。
【0057】
バケット23のツース材27と同じく、例えば図7の破砕機40の破砕歯41も、小割するコンクリートや岩石等と激しく接触し摩耗する。図8のフォークグラップル50のフォーク51も同じく、把持するコンクリートガラや解体物等と激しく接触する。また、図9のブレーカ60のチゼル61も、破砕する岩盤やコンクリートと激しく接触し摩耗する。図1Aに示したバケット23の他にも、油圧ショベルの車格にもよって、このようにコンクリート等との激しい接触により摩耗するアタッチメントは多く存在する。これらアタッチメントにおけるコンクリート等との接触部品、例えば図7図9の例の破砕歯41、フォーク51、チゼル61等にも発明材料は好適に適用することができ、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0058】
1…油圧ショベル(建設機械)、13…アイドラ(建設機械用部品)、14…ドライブタンブラ(建設機械用部品)、16…クローラ、17…シュー(建設機械用部品)、23…バケット、28…ツース材(建設機械用部品)、41…破砕歯(建設機械用部品)、51…フォーク(建設機械用部品)、61…チゼル(建設機械用部品)、100…マルテンサイト組織
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9