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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055461
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】TSH受容体阻害活性の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240411BHJP
   C12Q 1/26 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
G01N33/53 N
C12Q1/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162408
(22)【出願日】2022-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】保科 元気
(72)【発明者】
【氏名】太田 賢志
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ63
4B063QR02
4B063QR48
4B063QS28
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、TSBAb活性測定において、これまで原理上不可避と考えられてきたTSH受容体刺激活性高値の検体でも、実態に即したTSH受容体阻害活性を評価できる、新規かつ有用な測定系を提供することにある。
【解決手段】 本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、見かけ上のTSBAb活性の測定値をTSH受容体刺激活性測定値で補正することにより、TSH受容体刺激活性高値の検体においても実態に即したTSH受容体阻害活性を評価できる測定系を見出した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)~(d)を含むことを特徴とする、甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体受容体阻害活性の測定方法。
(a)見かけ上のTSBAb活性を測定する工程;
(b)工程(a)にて見かけ上のTSBAb活性を測定した試料のTSH受容体刺激活性を測定する工程;
(c)以下の計算式によって阻害活性指標(Blocking Index:BI)を算出する工程
Blocking Index(BI)=(工程(a)の測定値)/(工程(b)の測定値);
(d)BIの高低によってTSH受容体阻害活性の強弱を判定する工程;
【請求項2】
TSH受容体阻害型自己抗体の活性の高低をBIとして評価することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
BIが閾値以上であった場合に、測定に供した試料がTSH受容体阻害型自己抗体陽性であると判定することを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
BIの高低によって、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の診断、診断の補助、病状把握、または予後予測を行うことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
工程(a)の測定と工程(b)の測定が、同じ測定原理によって行われることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
工程(a)の測定と工程(b)の測定が、細胞中のcAMPレベルをcAMPバイオセンサーによって測定されることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
工程(c)に代わり、以下の工程(c)’を行うことを特徴とする、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
(c’)以下の計算式によって阻害活性指標BI’を算出する工程
BI’=(工程(a)の測定値)/(工程(b)の測定値) (0.75≦n≦2.0);
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実態に即した甲状腺刺激ホルモン(TSH;Thyroid Stimulating Hormone)受容体の阻害活性測定が可能な測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TSH受容体は、甲状腺細胞膜上に存在するTSHの受容体である。脳下垂体から分泌されたTSHがTSH受容体に結合すると、その刺激により甲状腺ホルモンT3またはT4の分泌及び合成が行われる。
【0003】
甲状腺疾患の代表例であるバセドウ病(Basedow病;グレーブス病[Graves' disease]ともいう)は、TSH受容体に対して刺激活性を有する自己抗体(Thyroid Stimulation Antibody;TSAb)が原因となって発症する疾患である。バセドウ病患者においては、TSAbが、TSH受容体を過剰に刺激することにより、甲状腺機能が亢進する。
【0004】
一方、TSH受容体に対するTSHの刺激活性を阻害する自己抗体(Thyroid Stimulation Blocking Antibody;TSBAb)の存在も知られており、原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)やバセドウ病治療中で甲状腺機能低下症となった患者の一部などで検出される。TSH受容体へのTSH刺激を阻害する性質から、TSBAbは甲状腺機能低下症の原因の一つと考えられている。
【0005】
甲状腺疾患患者の血液試料中のTSAb活性を測定する方法として、例えば、ブタ甲状腺細胞を、当該患者由来の血清存在下でインキュベートし、血清中に含まれるTSAbが、ブタ甲状腺細胞膜上に存在するTSH受容体を刺激することにより産生される環状アデノシン一リン酸(cAMP)の量を測定することにより、TSAb活性を測定する方法が知られている。このとき、血清中には内因性cAMPが含まれていることから、正確な定量を行うために、活性炭を用いた前処理により、内因性cAMPの除去が行われていた(特許文献1)。同様の測定原理を応用して、TSH添加または非添加条件における血清試料をブタ甲状腺細胞と反応させ、産生するcAMP量を測定することで、TSH刺激に対する阻害活性(TSBAb活性)を測定する方法が知られている(非特許文献1)。しかしながら、特許文献1や非特許文献1記載のバイオアッセイにおいては、甲状腺疾患患者の血液試料、及びブタ甲状腺細胞のインキュベーション工程と、産生されたcAMPの量を測定する工程の両工程で、合計5~6時間要することから、迅速化が課題とされていた。
【0006】
近年、特許文献1記載のバイオアッセイの改良法として、カルシウムイオンを介した発光によってcAMP等のシグナルを検出するバイオアッセイ系と、それを利用したTSAbの測定法が報告されている(特許文献2~4)。しかしながら、これらの方法には、1)依然として前処理を必要とすること、2)時間短縮は図られているものの依然として4時間程度要すること、3)バセドウ病眼症を精度良く判定できるか否か明らかでないこと、等の問題点があり、必ずしも満足できる方法とはなりえなかった。
【0007】
最近、これらの課題を克服するさらなる改良法として、cAMPと結合して構造変化する改変型ルシフェラーゼを用いてcAMPシグナルを検出するバイオアッセイ系と、それを利用したTSAb測定法が報告された(特許文献5)。この方法によって、前処理不要で、60分以内でTSAb活性を測定することが可能となった。また、この方法により未治療バセドウ病やバセドウ病眼症の精度の高い判定も可能と報告されている(非特許文献2)。
【0008】
上記cAMPと結合して構造変化する改変型ルシフェラーゼを用いてcAMPシグナルを検出するバイオアッセイ系を応用して、TSBAbの活性を測定することもできる。具体的には、TSH添加または非添加条件における血清試料をTSH受容体および改変型ルシフェラーゼ共発現細胞と反応させ、産生するcAMP量をルシフェラーゼ活性として測定することで、血清試料にTSBAbが含まれている場合、TSH添加によるルシフェラーゼ活性上昇が阻害される。この阻害の程度をTSBAb活性として測定する。
【0009】
上記の測定法をはじめとして、TSBAb活性測定法においては、TSH受容体を発現させた動物細胞とTSH受容体の活性化状態を測定できる系を用いて、TSH受容体の刺激活性の抑制の程度を測定することで、TSH受容体の阻害活性を測定する方法が汎用されている。これは、TSBAb活性は複合的な要因から生じるものであるため、特定の物質の存在量を測定するような方法では、正確な活性が測定できないことに起因する。
【0010】
一方、TSBAb活性測定においては、迅速化の課題に加え、TSAb活性が高くなるに従い、TSBAb活性も上昇する現象が知られており、一定のTSAb活性以上の検体ではTSBAb活性を評価できないとされていた(非特許文献1)。
【0011】
cAMP産生量を指標としてTSAb活性及びTSBAb活性を測定する場合を例に、前記の現象について説明する。以下の説明においては、図1の内容も参照されたい。前述の通り、TSBAb活性測定法においては、TSH添加または非添加条件におけるTSH受容体の活性化状態の比較から、TSH受容体の阻害活性を測定する方法が汎用されている。ここで、cAMP産生量などのTSH受容体活性化状態の指標は、青天井に測定可能なものではなく、原理上上限が存在する。一定のTSAb活性以上の検体では、指標の上限に起因して、TSAb活性測定値が一定の値に漸近してしまう。当該上限付近のTSAb活性測定値を基にTSH受容体の阻害活性を測定しようとする場合、TSH受容体の刺激活性の抑制の程度が観測されず、結果としてTSH添加時の阻害活性を適切に評価できない(図1)。
【0012】
当該現象は、TSH受容体の刺激活性の抑制の程度を測定するTSBAb活性測定において、原理上不可避のものと考えられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2016-75707号公報
【特許文献2】再表2011/001885号公報
【特許文献3】特開2016-32472号公報
【特許文献4】特開2017-192396号公報
【特許文献5】再表2020/050208号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】日本甲状腺学会雑誌、2018;9:172-179
【非特許文献2】糖尿病・内分泌代謝科、53(5):479-486,2021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は、TSBAb活性測定において、これまで不正確な測定が原理上不可避と考えられてきたTSH受容体刺激活性高値の検体でも、実態に即したTSH受容体阻害活性を評価できる、新規かつ有用な測定系を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、見かけ上のTSBAb活性の測定値を、TSH受容体刺激活性測定値で補正することにより、TSH受容体刺激活性高値の検体においても実態に即したTSH受容体阻害活性を評価できる測定系を見出した。
【発明の効果】
【0017】
本発明の測定方法は、TSH受容体刺激活性を有する検体や、TSAbとTSBAbが混在する検体においても、実態に即したTSH受容体阻害活性を評価できる。
【0018】
本発明の将来的な応用としては、本発明の測定方法を利用することによって、TSH受容体阻害活性が関連する免疫疾患の診断、診断の補助、病状把握、予後予測をより正確に行うことが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、背景技術に記載された、TSH受容体刺激活性が高くなるに従いTSBAb活性が上昇する現象を説明した図である。縦軸は、cAMP産生量を表している。図中、黒色の棒グラフはTSH非添加時のcAMP産生量を表しており、灰色の棒グラフはTSH添加時のcAMP産生量を表している。各棒グラフの下には各試料の特性(正常血清、(1)刺激活性上昇に伴いTSBAb活性が上昇して見える検体、(2)刺激活性高値検体、(3)TSBAb活性高値検体)を記載している。図中、各棒グラフの下には、各試料のTSH受容体刺激活性を-(活性なし)~++++(TSAb高値)まで模式的に表している。その下には、当該測定系でTSBAb活性を測定した場合の、(見かけ上の)TSBAb活性(%)を0~100%で表している。図中、黒色破線で示したのは細胞によるcAMP産生能の上限であり、当該測定系ではこれ以上cAMPが産生されず、cAMPの産生量が漸近することを表している。図中、灰色の破線部は、TSH受容体刺激活性に比例してcAMPが産生される場合には産生されるはずであったが、実際にはcAMP産生能の上限に達してしまったために産生されなかったcAMPを表している。
図2図2は、実施例1または実施例2において、cAMPバイオセンサーおよびTSH受容体の共発現HEK293細胞を、TSBAb検体・TSAb検体1・TSH添加検体の希釈系列試料および、反応緩衝液またはTSHの存在下で反応させたときの、各試料の見かけ上のTSBAb活性とSI値を示す。図中、縦軸TSBAb%は実施例1にて測定された見かけ上のTSBAb活性を表す。横軸Stimulation Indexは実施例2にて測定されたTSH受容体刺激活性(SI)を表す。図中、●記号はTSBAb検体の結果を表し、▲記号はTSAb検体1の結果を表し、■記号はTSH添加検体の結果を表す。
図3図3は、実施例1または実施例2において、cAMPバイオセンサーおよびTSH受容体の共発現HEK293細胞を、健常検体・TSAb検体・TSH添加検体へTSBAb検体希釈系列を添加した各試料および、反応緩衝液またはTSHの存在下で反応させたときの、各試料の見かけ上のTSBAb活性とSI値を示す。図中、縦軸TSBAb%は実施例1にて測定された見かけ上のTSBAb活性を表す。横軸Stimulation Indexは実施例2にて測定されたTSH受容体刺激活性(SI)を表す。図中、●記号は健常検体にTSBAb検体希釈系列を添加した試料の結果を表し、▲記号はTSAb検体1にTSBAb検体希釈系列を添加した試料の結果を表し、■記号はTSAb検体2にTSBAb検体希釈系列を添加した試料の結果を表し、◆記号はrhTSH受容体にTSBAb検体希釈系列を添加した試料の結果を表す。
図4図4は、実施例1または実施例3においてcAMPバイオセンサーおよびTSH受容体の共発現HEK293細胞を、TSAb検体希釈系列・TSH添加検体希釈系列へ健常検体・TSBAb検体希釈系列を添加した各試料および、反応緩衝液またはTSHの存在下で反応させたときの、各試料の見かけ上のTSBAb活性とBIを示す。図中の縦軸は、Blocking Index(BI)を表す。横軸は、見かけ上のTSBAb活性を表す。図中、●記号はTSAb検体希釈系列・TSH添加検体希釈系列へ健常検体を添加した試料の結果を表し、▲記号はTSAb検体希釈系列・TSH添加検体希釈系列へ16倍希釈したTSBAb検体を添加した試料の結果を表し、■記号はTSAb検体希釈系列・TSH添加検体希釈系列へ4倍希釈したTSBAb検体を添加した試料の結果を表し、◆記号はTSAb検体希釈系列・TSH添加検体希釈系列へ原液のTSBAb検体を添加した試料の結果を表す。
図5図5は、実施例5においてcAMPバイオセンサーおよびTSH受容体の共発現HEK293細胞を、TSBAb検体希釈系列・TSH検体・TSAb検体の各試料および、反応緩衝液またはTSHの存在下で反応させたときの、各試料の見かけ上のTSBAb活性とBIを示す。図中、縦軸(左辺)のTSBAb%は、実施例5にて測定された見かけ上のTSBAb活性を表す。縦軸(右辺)は実施例5にて測定されたBlocking Indexを表す。横軸は各試料を意味し、その表す内容は実施例5に記載の通りである。図中黒単色の棒グラフはTSBAb%を表し、斜線模様の棒グラフはBlocking Indexを表す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の測定方法は、以下の工程(a)~(d)を含むことを特徴とする、TSH受容体阻害活性の測定方法である。
(a)見かけ上のTSBAb活性を測定する工程;
(b)工程(a)にて見かけ上のTSBAb活性を測定した試料のTSH受容体刺激活性を測定する工程;
(c)以下の計算式によって阻害活性指標(Blocking Index:BI)を算出する工程
Blocking Index(BI)=(工程(a)の測定値)/(工程(b)の測定値);
(d)BIの高低によって甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体に対する阻害性自己抗体活性の強弱を判定する工程;
【0021】
本明細書において、「TSH受容体阻害型自己抗体」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に阻害(不活性化)できる自己抗体、例えば、TSHのTSH受容体への結合を直接的又は間接的に阻害するアンタゴニスト(例えば、アンタゴニスト作用を有する抗TSH受容体抗体[TSBAb])を意味する。
【0022】
本明細書において、「TSH受容体阻害活性」とは、TSH受容体を阻害(不活性化)する活性のことを意味する。定義から明らかであるが、TSH受容体阻害型自己抗体はTSH受容体阻害活性を有する。
【0023】
本明細書において、TSH受容体刺激活性測定値によって補正することなく、TSH受容体刺激物質添加条件下のTSAb活性とTSH受容体刺激物質非添加条件下のTSAb活性とを測定することによって算出されるTSBAb活性のことを、前述の「TSH受容体阻害活性」と区別するために、「見かけ上のTSBAb活性」と定義する。「見かけ上のTSBAb活性」は、検体中のTSH受容体刺激活性が低い場合には、「TSH受容体阻害活性」の指標として機能し得るが、一定以上のTSH受容体刺激活性を有する検体では、見かけ上のTSBAb活性が上昇してしまい、「TSH受容体阻害活性」の指標として機能しないことが知られている。
【0024】
本明細書において、「TSH受容体刺激型自己抗体」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に刺激(活性化)できる自己抗体(すなわち、測定対象の被験者の体内で産生され、かつ、当該被験者の体内に存在するタンパク質等の物質を標的とする抗体)、例えば、TSH受容体に結合できるアゴニスト(例えば、アゴニスト作用を有する抗TSH受容体抗体[TSAb])を意味する。
【0025】
本明細書において、「TSH受容体刺激活性」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に刺激(活性化)する活性を意味する。定義から明らかであるが、TSH、TSAbはTSH受容体刺激活性を有する。
【0026】
本明細書において、「Blocking Index(BI)」とは、見かけ上のTSBAb活性とTSH受容体刺激活性測定値を用いて下記式によって算出される、TSH受容体阻害活性の指標を意味する。
BI=(見かけ上のTSBAb活性の測定値)/(TSH受容体刺激活性の測定値)
【0027】
BIは見かけ上のTSH受容体阻害性自己抗体の活性をTSH受容体刺激活性測定値で補正したTSH受容体阻害活性の指標で、TSH受容体刺激活性測定値が高ければBIが低くなり、逆にTSH受容体刺激活性測定値が低ければBIが高くなることから、TSH受容体刺激活性に依存しないTSH受容体阻害活性を表している。
【0028】
見かけ上のTSBAb活性の測定値及びTSH受容体刺激活性測定値からBIを算出する方法については、後述の本明細書中の記載及び実施例の記載も参照する。
【0029】
BIはTSH受容体刺激活性に依存しないTSH受容体阻害活性を反映するため、実態に即したTSH受容体阻害活性を評価することができ、TSH受容体阻害活性を有する検体とTSH刺激活性を有する検体を判別できる。
【0030】
本明細書において、下記の式によって算出される指標を、BI’と定義する。
BI’=(見かけ上のTSBAb活性の測定値)/(TSH受容体刺激活性の測定値) (0.75≦n≦2.0)
【0031】
BI’は、BIと同様に見かけ上のTSH受容体阻害性自己抗体の活性をTSH受容体刺激活性測定値で補正したTSH受容体阻害活性の指標であるが、TSH受容体刺激活性の測定値について、係数nが設定されている。nを調整することで、補正の強弱等を調整することができる。
【0032】
本明細書において、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患としては、TSH受容体刺激性自己抗体又はTSH受容体阻害性自己抗体によりTSH受容体が刺激又は阻害され、血液中の遊離型甲状腺ホルモン濃度の上昇又は低下に起因する甲状腺疾患であればよく、例えば、バセドウ病、新生児バセドウ病、甲状腺機能低下症、原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)等を挙げることができ、バセドウ病、甲状腺機能低下症、原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)を好適に例示することができる。
【0033】
本明細書において、「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0034】
本発明における見かけ上のTSBAb活性測定方法について、特に原理が限定されるものではなく、公知の測定方法を利用することができる。TSH受容体発現動物細胞によるcAMP産生反応とcAMP定量(cAMP抗体によるラジオイムノアッセイRIA、エンザイムイムノアッセイEIA)を組み合わせた方法、TSH受容体とcAMP依存性プロモーター結合ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ細胞を用いる方法、TSH受容体とcAMP依存性カルシウムチャネルとアポイクオリンを共発現させた細胞を用いる方法、TSH受容体とcAMP結合領域を含むルシフェラーゼを共発現させた細胞を用いる方法、TSH受容体とNFAT依存性プロモーター結合ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ細胞を用いる方法、TGFα切断アッセイ、βアレスチンとの会合を利用した方法、などが例示される。中でも、生体内でのTSH受容体阻害活性を反映した測定結果が得られる点から、TSH受容体発現動物細胞を用いる方法が好ましく、操作工程が少なく簡便かつ測定が短時間で完了する点から、TSH受容体とcAMP結合領域を含むルシフェラーゼを共発現させた細胞を用いる方法が好適である。
【0035】
本発明におけるTSH受容体刺激活性測定方法について、特に原理が限定されるものではなく、公知の測定方法を利用することができる。TSH受容体発現細胞(ブタ甲状腺細胞、TSH受容体発現組み換え細胞、他)によるcAMP産生反応とcAMP定量(cAMP抗体によるラジオイムノアッセイRIA、エンザイムイムノアッセイEIA)を組み合わせた方法、TSH受容体とcAMP依存性プロモーター結合ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ細胞を用いる方法、TSH受容体とcAMP依存性カルシウムチャネルとアポイクオリンを共発現させた細胞を用いる方法、TSH受容体とcAMP結合領域を含むルシフェラーゼを共発現させた細胞を用いる方法などが例示される。中でも、操作工程が少なく簡便かつ測定が短時間で完了する点から、TSH受容体とcAMP結合領域を含むルシフェラーゼを共発現させた細胞を用いる方法が好適である。
【0036】
本発明における見かけ上のTSBAb活性測定方法とTSH受容体刺激活性測定方法について、同じ測定原理を用いることもでき、異なる測定原理を用いることもできる。阻害活性測定時の刺激活性の影響を補正に用いることで、より精度高く刺激活性の影響を低減できるという観点から、同じ測定原理を用いることが好適である。
【0037】
本発明の説明のため、以下の明細書においては見かけ上のTSBAb活性測定方法及びTSH刺激活性の測定方法として、cAMPバイオセンサーを採用した場合を例として記載するが、本発明の技術的思想から明らかなように、本発明は見かけ上のTSBAb活性測定及び/又はTSH受容体刺激活性測定法に依存するものではなく、本発明は当該活性測定法としてcAMPバイオセンサーを用いるものに限定されるものではない。
【0038】
本発明は、(a)見かけ上のTSBAb活性を測定する工程を含む。見かけ上のTSBAb活性測定方法としてcAMPバイオセンサーを採用した場合、TSH受容体発現細胞を用いた、被験検体におけるcAMPバイオセンサーの活性化レベルと、対照におけるcAMPバイオセンサーの活性化レベルとを比較し、阻害性自己抗体の阻害活性を算定する。すなわち、測定系にTSHを添加することによりTSH受容体が活性化されると、cAMPが産生され、cAMPバイオセンサーが活性化する一方、試料中に阻害性自己抗体が含まれるときには、TSHによるTSH受容体の活性化を阻害性自己抗体が競合的に阻害するために、cAMPの産生量は減少し、cAMPバイオセンサーの活性化レベルが、対照と比べて相対的に低下する。
【0039】
より具体的な例としては、試験区「ST」「SB」「NT」「NB」を下記のように設定する。
[ST]被験試料及びTSH添加区(反応緩衝液+TSH+被験試料)
[SB]被験試料及びTSH非添加区(反応緩衝液+被験試料)
[NT]対照試料及びTSH添加区(反応緩衝液+TSH+健常者由来試料)
[NB]対照試料及びTSH非添加区(反応緩衝液+健常者由来試料)
【0040】
「ST」「SB」「NT」「NB」それぞれの試験区について、cAMPバイオセンサーの活性化レベル測定を実施する。それぞれの活性化レベル(ルミノメーターによる発光強度など)を下記計算式に当てはめることにより、見かけ上のTSBAb活性を算出することができる。
【0041】
(計算式)
見かけ上のTSBAb活性(%)={1-([ST]-[SB])/([NT]-[NB])}×100
【0042】
上記cAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(文献「Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.」参照)を挙げることができ、本実施例において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。また、上記cAMPバイオセンサーとしては、cAMPに対する特異性が、cGMPに対する特異性よりも高いものが好ましく、ここで、cAMPに対する特異性を1としたときのcGMPの特異性は、例えば、1/10以下、好ましくは1/30以下、より好ましくは1/60以下、さらに好ましくは1/100以下である。
【0043】
上記TSH受容体としては、ヒトTSH受容体阻害性自己抗体などの測定対象に反応を示す限りにおいて、その由来に制限はない。動物細胞にて発現した際にヒトのTSH受容体と近い反応性を示すことから、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができる。中でも、過去にTSAbやTSBAb活性測定に用いられてきた細胞の由来である点から、ヒト、マウス、ラット、ブタであることが好ましく、生体内のTSH受容体に対するTSAb活性やTSBAb活性をそのまま反映できる点から、ヒト由来であることがより好ましい。
【0044】
上記TSH受容体としては、ヒトTSH受容体阻害性自己抗体などの測定対象に反応を示す限りにおいて、その改変体に制限はない。具体的には、野生型受容体の他、ヒトTSH受容体とヒトLH/CG受容体によるキメラ改変体やアミノ酸変異導入改変体が例示される。
【0045】
上記哺乳動物細胞としては、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が、一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する哺乳動物細胞であればよく、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、内在性のTSH受容体を発現する哺乳動物細胞(例えば、哺乳類甲状腺細胞)であっても、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、外来性のTSH受容体を発現する哺乳類非甲状腺細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]、ヒト骨肉腫細胞株[U2OS細胞])であってもよい。中でも、GloSensor cAMP(Promega社製)と組み合わせた際に高い発光値やシグナル誘導倍率を示すことから、ヒト胎児腎細胞由来細胞株が好ましい。
【0046】
上記哺乳動物細胞としては、少なくともGNAL遺伝子(Gαolfタンパク質をコードする遺伝子)をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよく、血液試料中に含まれるTSH受容体のリガンド(TSH刺激性又は阻害性自己抗体[例えば、TSAb])の検出感度が向上し、低活性のTSH受容体のリガンドを含む血液試料についても、当該活性を正確に測定できることが期待できるため、外来性のGαsを発現し、かつ、GNAS遺伝子(Gαsタンパク質をコードする遺伝子)及びGNAL遺伝子の両方の遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよい。
【0047】
GNAS遺伝子やGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞としては、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子にヌクレオチドを挿入したり、前記GNAS遺伝子やGNAL遺伝子のヌクレオチドを欠失することにより、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊した哺乳動物細胞であればよく、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊するために、相同組換えを利用してヌクレオチドを欠失させたり挿入したりすることにより遺伝子を破壊する方法を用いてもよいが、費用対効果や時間対効果の観点から、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(文献「Urnov, F.D. et al (2010) Nature Review Genetics. 11, 636-646」)や、前記ジンクフィンガーヌクレアーゼを改良したタンパク質(特開2013-94148号公報)や、ガイドRNA(sgRNA;single-guide RNA)とCas9エンドヌクレアーゼ(文献「Cong et al (2013) Science 339, 819-823」)等を用いて、GNAS遺伝子やGNAL遺伝子領域の2本鎖DNAを切断し、相同組換え修復時にヌクレオチドの欠失や挿入が起こることを利用して遺伝子を破壊する方法(遺伝子ターゲッティング法)を用いることが好ましく、特にsgRNAとCas9エンドヌクレアーゼを用いた遺伝子ターゲッティング法を用いることがより好ましい。
【0048】
なお、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊する際、標的とするヌクレオチド配列を選択するために、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースにリンクし、以下のGene IDを基に、ヒト由来のGNAS遺伝子やGNAL遺伝子の塩基配列情報を参照したり、これら遺伝子のオーソログ遺伝子(チンパンジー、マウス、ラット、ウシ等)を参照することができる。
GNAS遺伝子(Gene ID2778)
GNAL遺伝子(Gene ID2774)
【0049】
外来性のcAMPバイオセンサー、外来性のTSH受容体、及び/又は外来性のGαsを発現する哺乳動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス[CMV]のIE[immediate early]遺伝子のプロモーター、SV40[Simian virus 40]の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているcAMPバイオセンサーをコードする遺伝子、TSH受容体をコードする遺伝子、及び/又Gαsをコードする遺伝子(GNAS遺伝子)を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。
【0050】
本明細書において、哺乳動物細胞としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができ、中でも、マウス、ブタ、又はヒト由来の細胞を好適に例示することができる。
【0051】
上記血液試料としては、血液そのものや、血液から調製された血清又は血漿を挙げることができ、血清が好ましい。
【0052】
上記TSHとしては、各種動物試料から抽出したものであっても良く、遺伝子組換法等によって人為的に合成されたものであっても良く、市販品を利用することも可能である。TSHの由来は、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等などを例示することができ、中でも、ウシ、またはヒト由来のTSHを好適に例示することができる。これらTSHの由来は、動物細胞上に発現させるTSH受容体の由来と同一であっても良く、異なっていても良い。
【0053】
哺乳動物細胞をインキュベートする方法としては、TSH受容体阻害性自己抗体が、添加TSHによる哺乳動物細胞におけるTSH受容体の活性化を競合阻害し、かかる競合阻害により細胞内のcAMP産生量がTSHのみを添加したTSBAb無添加区と比べて低下し、cAMPバイオセンサーに結合するcAMP産生量がTSBAb無添加区に比べて低下し、cAMPバイオセンサーの活性化を対象に比べて低下させることができる条件下でインキュベートする方法であればよく、インキュベート時間、インキュベート温度、インキュベート用液の種類等の条件は、哺乳動物細胞の性質や、測定対象の活性化レベルの性質も考慮して適宜選択することができる。
【0054】
上記インキュベート時間は、例えば、5分~2時間の範囲内、好ましくは10分~1.5時間の範囲内、より好ましくは20分~1時間の範囲内であり、上記インキュベート温度は、例えば、14~40℃の範囲内であり、好ましくは20~38℃の範囲内である。
【0055】
上記インキュベート用液としては、例えば、0.1~30(v/v)%の血清(ウシ胎児血清[Fetal bovine serum;FBS]、子牛血清[Calf bovine serum;CS]等)あるいは0.01~10(w/v)%のウシ血清アルブミン[bovine serum Albumin;BSA]を含有する生理的水溶液、無血清の生理的水溶液を挙げることができる。かかる生理的水溶液としては、例えば、哺乳動物細胞培養用培養液;生理食塩水;リン酸緩衝化生理食塩水;トリス緩衝化生理食塩水;HEPES緩衝化生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;5%グルコース水溶液を挙げることができる。また、上記哺乳動物細胞培養用培養液としては、具体的には、DMEM、EMEM、IMDM、RPMI1640、αMEM、F-12、F-10、M-199、AIM-V等を挙げることができる。また、上記無血清の哺乳動物細胞培養用培養液としては、例えば、市販のB27サプリメント(-インスリン)(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)、B27サプリメント(Life Technologies社製)、Knockout Serum Replacement(Invitrogen社製)等の血清代替物を適量(例えば、1~30%)添加した上記哺乳動物細胞培養用培養液を挙げることができる。さらに、インキュベート用液としては、特許文献1等のcAMP検出系に関する公知文献にて慣用されている、ホスホジエステラーゼ阻害剤(例えば、3-イソブチル-1-メチルキサンチン[IBMX]やテオフィリン等)を含有したものであってもよいが、ホスホジエステラーゼ阻害剤の存在により、バックグラウンドの値が高くなり、十分なS/N比が確保されず、定量的な測定が困難になる場合は、ホスホジエステラーゼ阻害剤を含有しないものが好ましい。
【0056】
上記の他、cAMPバイオセンサーを用いた細胞内のcAMPレベルを測定する方法については、特許文献5の内容を参照し、本願明細書の記載として組み入れることができる。
【0057】
本発明は、(b)工程(a)にて見かけ上のTSBAb活性を測定した試料のTSH受容体刺激活性を測定する工程を含む。TSH受容体刺激活性測定方法としてcAMPバイオセンサーを採用した場合、TSH受容体発現細胞を用いた、被験検体におけるcAMPバイオセンサーの活性化レベルと、対照試料におけるcAMPバイオセンサーの活性化レベルとを比較し、TSH受容体刺激活性を算定する。すなわち、測定系に検体を添加することにより、検体中に含まれるTSH受容体活性化物質によってTSH受容体が活性化されると、cAMPが産生され、cAMPバイオセンサーが活性化する。対照検体におけるcAMPバイオセンサー活性化レベルを比較することで、検体のTSH受容体刺激活性を測定することができる。
【0058】
より具体的な例としては、試験区「SB」「NB」を下記のように設定する。
[SB]被験試料及びTSH非添加区(反応緩衝液+被験試料)
[NB]対照試料及びTSH非添加区(反応緩衝液+健常者由来試料)
【0059】
「SB」「NB」それぞれの試験区について、cAMPバイオセンサーの活性化レベル測定を実施する。それぞれの活性化レベル(ルミノメーターによる発光強度など)を下記計算式に当てはめることにより、TSH受容体刺激活性を算出することができる。なお、以下の明細書においても、TSH受容体刺激活性の指標のことを、Stimulation IndexまたはSIと記載することがある。
【0060】
(計算式)
SI=SB/NB
【0061】
本発明は、(c)以下の計算式によって阻害活性指標(Blocking Index:BI)を算出する工程を含む。
BI=(見かけ上のTSBAb活性測定値)/(TSH受容体刺激活性測定値)
【0062】
本発明は、(d)BIの高低によってTSH受容体阻害活性の強弱を判定する工程を含む。すなわち、BIが高い場合にはTSH受容体阻害活性が高く、BIが低い場合にはTSH受容体阻害活性が低いと判定することができる。
【0063】
上記判定においては、閾値を設定し、BIが閾値の上下どちらに属するかによって判定する方法が含まれる。閾値の値は活性測定の目的や母集団の特性に応じて適宜設定することが可能である。
【0064】
例えば、後述の実施例にて記載されているように、TSBAb陰性検体とTSBAb陽性検体の両方がランダムに含まれている母集団からTSBAb陽性検体を弁別するような場合、BIの閾値として8.0以上であればTSBAb陽性と判定することが例示される。
【0065】
このとき、BIの高低により、TSH刺激活性を有する検体においてのTSBAb混在を判別できる。BI高値であれば、TSH刺激活性を有する検体中にTSBAbの混在が強く示唆される。また、TSH受容体はTSHなどによる刺激なしでcAMPを産生することが知られている(恒常活性と呼ばれる)。TSH受容体恒常活性を抑制するTSH受容体阻害性自己抗体が検体中に存在すれば、SI低値となり、見かけ上のTSBAb活性をSIで除して求めるBIは高値となると推測される。
【0066】
閾値の設定としては、事前に閾値を設定することも可能であるが、同一の母集団から得られた測定値より特定の計算式によって算出された閾値を設定することもできる。同一の母集団から得られた測定値より算出された閾値の例としては、平均値、中央値、最頻値、平均値の1/2、中央値の1/2、最頻値の1/2、平均値の1/4、中央値の1/4、最頻値の1/4、平均値の1/10、中央値の1/10、最頻値の1/10、標準偏差をσとしたときの平均値-σ、平均値-2σなどが例示されるが、限定されるものではない。
【0067】
本発明の阻害性自己抗体活性の測定法は、自己免疫にかかる疾患の診断や治療方針の参考とすることができる。自己免疫にかかる疾患には、原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)や甲状腺機能低下症、バセドウ病治療中で甲状腺機能低下症となった患者が例示される。
【0068】
例えば、バセドウ病治療中で甲状腺機能低下症となった例においては、BIが高い場合には、阻害性自己抗体がTSH刺激を阻害することで甲状腺機能低下症を発症したと推測される。
【0069】
さらに、本発明は、既存の測定系、すなわち見かけ上のTSBAb活性の測定では診断等のできなかった、TSH受容体恒常活性の抑制によって引き起こされる疾患の診断や病勢の把握に寄与する可能性が示唆される。
【0070】
本発明のBIは、甲状腺機能等に関する別の指標と組み合わせることも可能である。甲状腺機能等に関する別の指標としては、TRAb、TSAb活性、SIなどが例示される。別の指標と組み合わせる具体例としては、TRAb、TSAb活性、SIなど別の指標が一定の閾値に含まれる試料について、BIを利用することが例示される。一方、上述の通り、BIは単独でもTSH受容体阻害活性を表すことのできる指標のため、BIのみでTSH受容体阻害活性を評価することも可能である。
【0071】
本発明の一態様として、前記工程(c)の代わりに、以下の工程(c’)を行うこともできる。
(c’)以下の計算式によって阻害活性指標BI’を算出する工程
BI’=(見かけ上のTSBAb活性測定値)/(TSH受容体刺激活性測定値) (0.75≦n≦2.0)
【0072】
ここで、上記計算式中のnは、適宜定めることのできる係数である。
【0073】
係数nの設定は、TSH受容体阻害活性高値試料と、TSH受容体阻害活性低値試料を用意し、両試料の見かけ上のTSBAb活性値及びTSH受容体刺激活性値を測定し、そこから計算されるTSH受容体阻害活性高値試料のBI’がTSH受容体阻害活性低値試料のBI’よりも高くなる範囲で、適宜設定することができる。
【0074】
TSH受容体阻害活性高値試料とTSH受容体阻害活性低値試料の組み合わせについては、TSBAb陽性患者検体と健常者検体のような、TSH受容体阻害活性の大小が既知の試料の組み合わせを用いることもでき、TSH受容体阻害型自己抗体添加試料とTSH受容体阻害型自己抗体非添加試料のような、TSH受容体阻害活性の高低が明らかな試料の組み合わせを用いることもできる。
【0075】
係数nは、事前に定めた数値を使用することもでき、適時設定することもできる。事前に定めた数値を用いる場合には、測定に用いる測定法と同じ見かけ上のTSBAb活性測定法及びTSH受容体刺激活性測定法を用いて、上記の方法によって事前に設定された係数nを用いることが好ましい。
【0076】
係数nは、後述の実施例において、TSBAb陽性検体混合試料とTSBAb陽性検体非混合試料とを区別できることから、0.75≦n≦2.0の範囲で選択することが好ましい。当該範囲においては、活性測定の目的、活性測定に用いる試料の母集団などによって適宜選択することができる。検体の特性に関わらず広く応用可能であるという観点から、nは0.80以上1.5以下であることがより好ましく、0.85以上1.3以下であることがより好ましく、0.90以上1.2以下であることがより好ましく、0.95以上1.1以下であることがより好ましい。
【実施例0077】
実施例1.見かけ上のTSBAb活性の測定
以下に記載の方法で、モデル試料を作成し、見かけ上のTSBAb活性を測定した。
【0078】
(モデル試料の作成)
原液または健常検体で4倍,16倍希釈したTSBAb高値検体(TSBAb)と、原液または健常検体で2倍,4倍希釈したTSAb高値検体2例(TSAb-Sample1,2)を混合したTSBAb-TSAb混合試料を調製した。また、原液または健常検体で4,16倍希釈したTSBAb高値検体(TSBAb)と、健常検体にリコンビナントヒトTSH(rhTSH)100,200,400,800ng/mL添加した試料を混合したTSBAb-TSH混合試料を調製した。用いた健常検体、TSAb高値検体、リコンビナントヒトTSHがTSH受容体阻害活性を有していないことは確認している。本実施例にて用いた健常検体の見かけ上のTSBAb活性は、後述の測定法で測定したとき、-37.0(%)であった。本実施例にて用いたTSBAb高値検体(TSBAb)の見かけ上のTSBAb活性は、原液で102.0(%)、健常検体で4倍希釈した際に82.9(%)であった。なお、調製した試料は反応緩衝液で4倍希釈して測定に用いた。
【0079】
(見かけ上のTSBAb活性の測定)
下記(1)~(6)の手順に従い、発光強度を測定した。
(1)希釈調製済みの各試料を96well白色プレート(住友ベークライト社製)に2wellずつ25μL加えた。
(2)希釈した試料を加えた2wellの片方にrhTSH50ng/mLを、もう片方に反応緩衝液を25μLずつ加え、軽く攪拌した。
(3) 発光基質(GloSensor cAMP Reagent、Promega社)含有反応緩衝液12mLに、ヒトTSH受容体とcAMP結合領域含有ルシフェラーゼ改変体(GloSensor-22F,Promega社)の安定共発現ヒト胎児腎細胞293(HEK293細胞)を1.25×10cells/mLとなるように加えて良く混合し、調製済み細胞液を作製した。
(4)調製済み細胞液を前記96well白色プレートに100μLずつ加え、軽く攪拌した。
(5)25℃で30分間遮光静置した。
(6)ルミノメーター(Promega社)で発光強度を測定した。
【0080】
得られた発光強度から下記式により調製した各試料の見かけ上のTSBAb活性を、TSBAb(%)として算出した。なお、検体とrhTSHを加えたウェルの発光強度をST、検体と反応緩衝液を加えたウェルの発光強度をSB、正常コントロールとrhTSHを加えたウェルの発光強度をNT、正常コントロールと反応緩衝液を加えたウェルの発光強度をNBとして表記した。
見かけ上のTSBAb活性(%)={1-(ST-SB)/(NT-NB)}×100
【0081】
ここで、見かけ上のTSBAb(%)が30%であるとは、NTとNBの発光強度変化量を100としたとき、STとSBの発光強度変化量が70%である、すわなち添加したrhTSH50ng/mLのTSH受容体刺激活性を30%相当分阻害する見かけ上のTSBAb活性を有することを意味する。
【0082】
各試料における見かけ上のTSBAb活性(%)を表1に示す。なお、下記表中、TSBAbとある列はTSBAb高値検体(TSBAb)を意味し、TSAb-Sample1,2とある列は対応するTSAb高値検体2例を意味し、rhTSH spiked Sample(ng/mL)とある列は健常検体にリコンビナントヒトTSH(rhTSH)を添加した試料を意味する。Spikedと書かれた行は、TSAb-Sampleでは健常検体での希釈倍率を意味し、rhTSH spiked SampleではrhTSH濃度(ng/mL)を意味する。TSBAb×1、TSBAb×4、TSBAb×16の行は、試料を調製する際に、それぞれ原液のTSBAb高値検体(TSBAb)、健常検体で4倍希釈したTSBAb高値検体、健常検体で16倍希釈したTSBAb高値検体と混合したことを意味する。normalの行は、健常検体と混合したことを意味する。すなわち、TSAb-Sample1×4、TSBAb×4の欄に82.5とあるのは、TSBAb高値検体を健常検体で4倍に希釈した試料に、4倍希釈したTSAb高値検体1を添加して、見かけ上のTSBAb活性(%)を測定したところ、見かけ上のTSBAb活性(%)が82.5%であったことを意味する。なお、当該表記法は以下の実施例においても共通である。
【0083】
【表1】
【0084】
表1の各列においては、TSBAb×1など上部に位置するほどTSBAb検体濃度が高く、TSBAb×16など下部に位置するほどTSBAb検体濃度が低いことを意味する。同列の上部となるほど値が上昇していることから、TSAb検体やrhTSH添加検体へTSBAb検体を添加すると、添加量にしたがって見かけ上のTSBAb%が上昇したことが読み取れる。
【0085】
一方、TSAb検体やrhTSH添加検体で、TSAb濃度やTSH濃度が上昇すると、TSBAbが存在しないにもかかわらず、見かけ上のTSBAb%が上昇した。TSBAbが存在しない健常検体と、TSAb検体やrhTSH添加検体とを混合した結果(normal行の結果)について、表1から抽出したものを、表2に示す。
【0086】
【表2】
【0087】
本実施例においては、用いた健常検体、TSAb高値検体、リコンビナントヒトTSHがTSH受容体阻害活性を有していないことから、TSAb高値検体を健常検体で希釈した試料や、健常検体にrhTSHを添加した試料は、TSH受容体阻害活性を有していない。したがって、見かけ上のTSBAb%がTSH受容体阻害活性を反映している場合、上記表2に記載された試料においては、いずれの見かけ上のTSBAb%も低値となることが予想された。
【0088】
上記の予想に反して、TSAb検体4倍希釈(×4)、TSAb検体2倍希釈(×2)、TSAb検体原液(×1)とTSAb検体濃度が上昇するに従い、見かけ上のTSBAb%が上昇した。rhTSH添加検体においても、添加量が100,200,400,800ng/mLと増加するに従って、見かけ上のTSBAb%が上昇した。
【0089】
多数の健常検体の見かけ上のTSBAb活性が0%以下であったことと、定量性が担保できる下限が13%であったことを考慮して、見かけ上のTSBAb活性13%以上をTSBAb陽性と判定する場合、表1,2に記載のTSAb-Sample1の×2,×1条件やTSAb-Sample2の×4,×2,×1条件、rhTSH spiked Sampleの100,200,400,800ng/mL条件が、TSBAb非添加の試料であるにも関わらず、見かけ上のTSBAb活性が高値となり偽陽性となってしまうことが確認された。
【0090】
実施例2.TSH受容体刺激活性の算出
実施例1に記載の試料における発光強度から下記式により各試料のTSH受容体刺激活性(SI)を測定・算出した。なお、検体と反応緩衝液を加えたウェルの発光強度をSB、正常コントロールと反応緩衝液を加えたウェルの発光強度をNB、TSH受容体刺激活性をSIとして表記している。
SI=SB/NB
【0091】
各試料のSIを表3に示す。なお、本実施例にて用いた健常検体のSI値は0.8であった。本実施例にて用いたTSBAb高値検体(TSBAb)のSIは、原液で3.0、健常検体で4倍希釈した際に1.5、健常検体で16倍希釈した際に1.0であった。
【0092】
【表3】
【0093】
TSAb検体のTSAb濃度やTSH添加検体のTSH添加濃度の上昇に伴って、SIが上昇した。SIはTSH受容体への刺激活性を反映していると考えられた。また、SIが一定以上の条件にTSBAbを添加するとSIは低下した。TSAbやTSHによるTSH受容体刺激がTSBAbによって阻害されてSIが低下したと考えられた。
【0094】
調製試料の内、TSBAb検体、TSAb検体1、rhTSH添加検体の健常検体による希釈系列の見かけ上のTSBAb活性とSI値のプロットを図2に示す。
【0095】
図2から、TSBAb検体においては、SIはさほど上昇しないにも関わらず、見かけ上のTSBAb活性はTSBAb濃度上昇依存的に上昇することが示された。TSBAb検体における見かけ上のTSBAb活性とSI値のプロットは、見かけ上のTSBAb活性高値かつSI低値、すなわち図2の左上の領域に移動した。さらに、TSAb検体1及びrhTSH添加検体においては、TSBAbを有さないにも関わらず、TSAbやrhTSHの濃度上昇に依存して、見かけ上のTSBAb活性測定値が高値へ変動し、かつ、SIの測定値は高値に変動した。TSAb検体1及びrhTSH添加検体における見かけ上のTSBAb活性とSI値のプロットは、見かけ上のTSBAb活性高値かつSI高値の領域、すなわち図2の右上へと移動した。このことは、TSAbやTSH等によるTSH受容体刺激活性によって、見かけ上のTSBAb活性が上昇することを示している。
【0096】
健常検体・TSAb検体1・TSAb検体2・rhTSH添加検体(800ng/mL)へTSBAb検体の希釈系列を混合した試料の、見かけ上のTSBAb活性とSI値のプロットを図3に示す。
【0097】
TSBAb検体を添加する濃度に依存して、TSAb検体やrhTSH検体の測定値が見かけ上のTSBAb活性高値かつSI低値(左上)に変動した。
【0098】
これは、添加されるTSBAb検体濃度に依存して、見かけ上のTSBAb活性/SI比、つまり実施例3にて検討するBlocking Indexが増大することを示している。
【0099】
実施例3.Blocking Index (BI)の算出
各試料の見かけ上のTSBAb%とSIから下記式により各試料のBIを算出した。
BI=見かけ上のTSBAb%/SI
【0100】
各試料のBIを表4に示す。
【0101】
【表4】
【0102】
TSBAb検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料(表4におけるTSBAb×1~TSBAb×16の行)では、BIは8.8~31.3であった。健常検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料(表4におけるnormalの行)では、BIは-15.8~7.7であった。
【0103】
表4の結果から、16倍希釈したTSBAb検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料の結果と、健常検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料の結果を抜粋したものを、表5として示す。
【0104】
【表5】
【0105】
表5において、BIがTSH受容体阻害活性を反映している場合、TSBAb検体希釈液を添加したTSBAb×16の行においてはBIが高くなり、TSH受容体阻害活性を有していない、normalの行に記載された試料(TSAb高値検体を健常検体で希釈した試料及び健常検体にrhTSHを添加した試料)においては、BIが低くなることが予想された。
【0106】
表5の結果を見ると、果たして事前に予想した通り、TSBAb検体希釈液を添加した試料(例えば、TSBAb×16の行に記載された試料)においてはBIが高くなり、健常検体と、TSAb検体やrhTSH添加検体とを混合した試料(normalの行に記載された試料)においては、BIが低くなった。
【0107】
表5において、BI8.0以上を阻害活性陽性とすれば、見かけ上のTSBAb活性測定では陽性判定となったTSAb-Sample1の×2,×1条件やTSAb-Sample2の×4,×2,×1条件、rhTSH spiked Sampleの100,200,400,800ng/mL条件はすべて、実態に即して阻害活性陰性と判定された。
【0108】
調製試料の見かけ上のTSBAb活性とBIをTSBAb検体添加濃度ごとに分類したプロットを図4に示す。TSBAb検体未添加群において、見かけ上のTSBAb活性は多様であり、TSAb検体添加濃度の上昇に伴って見かけ上のTSBAb活性高値にプロットされた。したがって、見かけ上のTSBAb活性をTSH受容体阻害活性の指標とした場合には、TSBAb検体添加群と未添加群を、特定の閾値によって区別することはできなかった。一方、BIをTSH受容体阻害活性の指標とした場合には、TSBAb検体未添加群ではBIが8.0未満で、TSBAb検体16倍希釈添加群ではBIが8.0以上であり、BI8.0を閾値とすることで両群を判別できた。また、TSBAb検体添加濃度の上昇により、BIは高値にシフトした。
【0109】
見かけ上のTSBAb活性をTSAb活性の値で補正したBIとすることで、刺激活性に依存した見かけ上のTSBAb活性と本来のTSH受容体阻害活性を判別できた。一方、見かけ上のTSBAb活性では、TSAb検体添加濃度の上昇に伴って見かけ上のTSBAb活性が高値となり、実情に即したTSH受容体阻害活性は測定できなかった。
【0110】
実施例4.BI’計算におけるn値の検討
BI’と係数nの関係について、検証を行った。
【0111】
実施例1において測定された見かけ上のTSBAb%、実施例2にて測定されたSIの測定値を用いて、下記式に従ってBI’を再計算した。
BI’=見かけ上のTSBAb%/SI
【0112】
係数nとして、0.75を使用したときのBIについて表6に、2.0を使用したときのBIについて表7に示す。
【0113】
【表6】
【0114】
【表7】
【0115】
n=0.75とした場合、健常検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料では、BI’は0.6~13.9であった。TSBAb検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料では、BI’は15.1~45.4であった。BI’14.0以上を阻害活性陽性とすれば、見かけ上のTSBAb活性測定では陽性判定となったTSAb-Sample1の×2,×1条件やTSAb-Sample2の×4,×2,×1条件、rhTSH spiked Sampleの100,200,400,800ng/mL条件はすべて、実態に即して阻害活性陰性と判定された。
【0116】
健常検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料では、BI’は0.11~0.85であった。TSBAb検体をTSAb検体またはTSH添加検体に加えた試料では、BI’は0.87~17.2であった。BI’0.86以上を阻害活性陽性とすれば、見かけ上のTSBAb活性測定では陽性判定となったTSAb-Sample1の×2,×1条件やTSAb-Sample2の×4,×2,×1条件、rhTSH spiked Sampleの100,200,400,800ng/mL条件はすべて、実態に即して阻害活性陰性と判定された。
【0117】
上記の結果より、本発明の原理及び数学的に明らかではあるが、BI’の係数nは1である必然性はなく、1前後の値においても本発明は成立することが明らかとなった。
【0118】
実施例5.患者検体の測定
TSBAb陽性検体2例または健常検体によるそれぞれの2倍・4倍希釈試料、TSH高値検体(TSH-1:TSH 143.1 μIU/mL、TSH-2:TSH 176.4 μIU/mL)2例、TSAb陽性検体16例を実施例1~3に記載の方法でそれぞれ見かけ上のTSBAb活性(%)、SI値、BIを算出した。なお、TSH受容体刺激活性とTSH受容体阻害活性を同時に示す検体は稀であることが知られていることから、TSAb陽性検体については、TSBAb陰性である可能性が高いことが分かっている。
【0119】
各試料の見かけ上のTSBAb活性(%)、SI値、BIを表8に示す。
【0120】
【表8】
【0121】
また、図5に各試料の見かけ上のTSBAb活性(%)とBIを示す。各試料の見かけ上のTSBAb活性について、実施例1と同じく、見かけ上のTSBAb活性13%以上をTSBAb陽性と判定した。各試料のBIについて、実施例3と同じく、BI8.0以上をTSBAb陽性と判定した。
【0122】
本実施例においては、TSBAb-1、TSBAb-2試料はTSBAb陽性であることが予想される。TSH-1、TSH-2、TSAb-1~TSAb-13試料については、TSBAb陰性であることが予想される。
【0123】
TSBAb検体2例または健常検体によるそれぞれの2倍・4倍希釈試料のいずれも、見かけ上のTSBAb活性は16.0~93.8%で陽性判定となった。TSH高値検体の内、TSH-1(TSH 143.1 μIU/mL)は見かけ上のTSBAb活性-12.5%で陰性であったが、TSH-2(TSH 176.4 μIU/mL)は見かけ上のTSBAb活性20.4%で陽性判定となった。TSAb検体13例の内、5例(TSAb-8,9,10,12,13)は見かけ上のTSBAb活性-21.3~9.8%で陰性判定であったが、8例(TSAb-1,2,3,4,5,6,7,11)は見かけ上のTSBAb活性19.7~109.3%と陽性判定となった。
【0124】
従来使用されてきた、見かけ上のTSBAb活性という指標では、TSBAb検体だけでなく、TSHやTSAb検体においても陽性判定となる検体が多数存在し、両者のTSH受容体阻害活性を判別することはできなかった。
【0125】
これら各試料の内、TSAb検体7例(TSAb-1,2,3,4,5,6,7)でSI値5.2~15.1と高値であった。これらSI高値のTSAb検体7例の見かけ上のTSBAb活性(%)は24.4~109.3%といずれも陽性判定であり、刺激活性依存的な見かけ上のTSBAb活性上昇による偽陽性が疑われた。
【0126】
一方、これら各試料の見かけ上のTSBAb活性をSI値で補正したBIは、TSBAb検体は15.0~112.4、TSH検体は-8.2~7.7、TSAb検体は1例を除き-14.2~7.6であった。BI7.8以上をTSH受容体阻害活性陽性判定とした場合、TSBAb検体とTSH検体またはTSAb検体とを判別することができた。なお、BI11.7となったTSAb検体11はTSH受容体刺激活性を有しており、かつTSH受容体阻害活性も有していると考えられた。
【0127】
以上の結果から、見かけ上のTSBAb活性をTSH受容体刺激活性測定値で補正したBIを用いることで、TSH受容体への刺激活性の影響を受けないTSH受容体阻害活性の評価が可能となることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明は、TSH受容体阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の診断および治療に資するものである。
図1
図2
図3
図4
図5