(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055690
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】耐食性銅合金、銅合金管および熱交換器
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20240411BHJP
C22C 9/05 20060101ALI20240411BHJP
F28F 21/08 20060101ALI20240411BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240411BHJP
【FI】
C22C9/00
C22C9/05
F28F21/08 E
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 626
C22F1/00 630K
C22F1/00 630M
C22F1/00 640A
C22F1/00 641B
C22F1/00 651A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022162811
(22)【出願日】2022-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】504136753
【氏名又は名称】株式会社KMCT
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 真一
(72)【発明者】
【氏名】細木 哲郎
(57)【要約】
【課題】応力腐食割れに対する耐食性を向上させた銅合金、これを用いた銅合金管および熱交換器を提供する。
【解決手段】銅合金は、標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素(例;Mg、Mn等)が添加された銅合金である。銅合金管は、標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素が添加された銅合金で形成される。熱交換器は、標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素が添加された銅合金で形成された銅合金管を用いている。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素が添加された銅合金。
【請求項2】
請求項1に記載の銅合金であって、
前記卑金属元素は、Pと化合物を形成するりん化合物形成元素である銅合金。
【請求項3】
請求項2に記載の銅合金であって、
前記卑金属元素は、MgまたはMnである銅合金。
【請求項4】
請求項3に記載の銅合金であって、
Mg:0.25質量%以下、または、Mn:1.5質量%以下である銅合金。
【請求項5】
請求項4に記載の銅合金であって、
P:0.0065質量%以上であり、
前記銅合金のMg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、次の式(I)を満たし、
JBMA T-301-1981に準拠して、室温20±5℃に管理した室内にて、14質量%のアンモニア水溶液から100mmの距離で72時間にわたって暴露させた後、前記銅合金の板材を180度に折り曲げたとき、または、前記銅合金の管材を外径の半分以下に押しつぶしたときに測定されるき裂深さが、0.05mm以下である銅合金。
Y≧2X-0.0130・・・(I)
【請求項6】
請求項4に記載の銅合金であって、
前記銅合金のMg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、次の式(II)を満たし、
JBMA T-301-1981に準拠して、室温20±5℃に管理した室内にて、14質量%のアンモニア水溶液から100mmの距離で72時間にわたって暴露させた後、前記銅合金の板材を180度に折り曲げたとき、または、前記銅合金の管材を外径の半分以下に押しつぶしたときに測定されるき裂深さが、0.03mm以下である銅合金。
Y≧2X・・・(II)
【請求項7】
請求項4に記載の銅合金であって、
Mn:1.2質量%以上1.5質量%以下である銅合金。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の銅合金で形成された銅合金管。
【請求項9】
請求項8に記載の銅合金管であって、
管内面に溝が形成された内面溝付管である銅合金管。
【請求項10】
請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の銅合金で形成された銅合金管を用いた熱交換器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力腐食割れに対する耐食性を向上させた耐食性銅合金、これを用いた銅合金管および熱交換器に関する。
【背景技術】
【0002】
冷凍空調機器の冷媒用配管や熱交換器用配管としては、りん脱酸銅管が広く用いられている。りん脱酸銅の種別としては、JIS H3300:2018に規定された低りん脱酸銅であるC1201や、高りん脱酸銅であるC1220がある。
【0003】
銅は、熱伝導性、曲げ加工性、ろう付け性等に優れた材料である。また、標準電極電位が高いため、非酸化性の環境下における耐食性に優れている。りん脱酸銅は、りんを含むが酸素を含まないため、無酸素銅と同様に水素脆化を起こし難いことが知られている。りん脱酸銅は、無酸素銅と比較して製造コストが低いため、ろう付け等で高温に晒される用途にも多用されている。
【0004】
銅系材料等の耐食性材料は、特定の因子の重畳によって応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)を生じる。純銅、銅合金等の銅系材料のSCCについては、アンモニア環境下における事例が古くから報告されている。銅系材料のSCCは、特に黄銅で顕著であった。しかし、近年では、りん脱酸銅管における事例も報告されている。
【0005】
銅系材料のSCCは、アンモニア環境等の特殊な条件下で起こるが、アンモニアのみでは進行せず、アンモニアと水分との共存下で進行する。銅系材料に水分が付着すると、水相にアンモニアが溶解して浸食が起こる。SCCは、粒界が浸食された箇所に残留応力や外部応力が集中して生じる。SCCは、引張応力によって割れに至る現象であるが、りん脱酸銅における腐食の形態としては粒界腐食を呈する特徴がある。
【0006】
冷媒用配管や熱交換器用配管等の分野では、SCCによる冷媒の漏洩が問題となっており、SCCを抑制する対策が求められている。SCCの進展によって配管が破損すると、冷媒の漏洩に繋がり、機器の機能を維持できなくなったり、機器の信頼性が損なわれたりする。また、冷媒の漏洩によって、地球温暖化への影響が懸念される。SCCを抑制する対策としては、材料因子上では、結晶粒を微細化する方法があり得る。また、力学因子上では、残留応力や外部応力を低減する方法があり得る。
【0007】
しかし、残留応力や外部応力を低減する方法は、実材料において実現が困難であり、SCCを抑制する対策として現実的ではない。また、結晶粒を微細化する方法では、材料を十分焼鈍することができないため、加工性を著しく損ない、用途の制約が大きい対策となってしまう。このような状況下、化学組成等の観点から、SCCを抑制する対策が検討されている。
【0008】
特許文献1には、蟻の巣状腐食に対する耐食性に優れており、且つ、SCCに対する耐食性に優れる銅管が記載されている。この銅管は、0.10~1.0重量%のPを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅材からなり、該銅材の結晶粒界におけるP濃度(P1)が、該銅材の結晶粒内のP濃度(P0)の5.0倍未満とされている。最終熱処理条件の適性化によって、Pが結晶粒界に濃縮することを抑制して、SCC感受性を低くしている(段落0011参照)。
【0009】
特許文献2には、高い導電率と優れた耐応力緩和特性とを有する銅合金等が記載されている。この銅合金は、Mgの含有量が0.001mass%超え0.01mass%以下、Pの含有量が0.001mass%以下とされている。また、Hの含有量が0.001mass%以下、Oの含有量が0.01mass%以下、Cの含有量が0.001mass%以下とされている。
【0010】
特許文献3には、孔食の発生を防止することができる耐孔食性銅や銅合金管が記載されている。吸収液として臭化リチウムが使用される場合、その精製工程において、不可避的にアンモニアの残留を伴うことがある旨や、りん脱酸銅の応力腐食割れ感受性はりん含有量が多いほど高くなる旨が記載されている(段落0002参照)。
【0011】
従来、銅に添加されたPがSCCを助長するメカニズムの全容は、必ずしも解明されていない。一般には、PがSCCを助長するメカニズムに関して、次の(1)~(3)のような要因が推定されている。
【0012】
(1)粒界は、本質的に不純物や添加されたPの集中を起こし易い部位であること。(2)銅相から水相にPが溶出し、Pの溶出によって水相のpHが低下してCuが溶出し、溶出したCuはその化学形態のうち、酸化物や水酸化物よりも銅イオンが安定になること。(3)腐食が進行する箇所でpH等の分布が生じること。
【0013】
また、銅と銅合金 第53巻1号(2014) p.128-p.133(蟻の巣状腐食メカニズム解明のための電気化学的アプローチ)に次の(4)のような要因が新しく推定されている。蟻の巣状腐食が進行する際に、(4)溶出したPと銅イオンとが錯イオンを形成する錯形成反応が起こる。この反応は、自由エネルギの観点から、銅相から水相へのCuの溶出を駆動するとされている。このPの溶出による銅の溶出反応は、腐食促進物質が蟻酸であるか、アンモニアであるかに関わらず作用し得る。そのため、SCCにおいても、Pの溶出は(4)の反応による更なる銅イオンの溶出を招くと考えられ、より深刻なSCCの進展をもたらすと予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2022-056871号公報
【特許文献2】特開2022-022637号公報
【特許文献3】特開2007-154221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従来の銅系材料では、水素脆化を防止しつつSCCを抑制するのが困難な現状がある。銅系材料の水素脆化を防止するためには、酸素量を低減する必要がある。酸素を含む銅は、水素雰囲気下で高温に晒されたときに、水素脆化を起こして強度や靭性が低下する。水素雰囲気中での炉中ろう付け等を行う用途では、材料が加熱される際に高温の環境中で水素が拡散することで、酸化銅が還元されて結晶粒界に水蒸気のボイドが発生し、強度や靭性が低下する問題がある。
【0016】
銅系材料にPを添加すると、脱酸されるため、このような水素脆化を抑制することができる。しかし、Pの添加によってSCCが発生・進展することが問題となる。
【0017】
無酸素銅は、酸素濃度およびりん濃度が低いため、水素脆化を起こし難いだけでなく、SCC感受性が低い材料である。しかし、無酸素銅は、真空溶解鋳造方式等の特殊な鋳造設備を必要とするため、製造コストや価格の点で課題がある。
【0018】
一方、りん脱酸銅は、水素脆化を起こし難いものの、脱酸のために溶解工程で添加されたPを含む。りん脱酸銅としては、Pが0.004質量%以上0.015質量%未満である低りん脱酸銅もある。しかし、低りん脱酸銅であっても、Pによる影響を完全に排除できず、腐食性の強い環境での使用が制約される。また、低りん脱酸銅は、製造時にPを含むリサイクル原料の使用割合を低減する必要があり、製造コストや価格の点で制約が大きい。
【0019】
特許文献1では、銅材のSCC感受性を低くするために、結晶粒界におけるP濃度を低減している。しかし、この方法では、結晶粒界におけるP濃度と結晶粒内におけるP濃度との比を調整しており、銅材中のPを直接的に無害化している訳ではない。また、この方法では、特殊な最終熱処理を必要とするため、製造効率や製造設備等に関して、実用上の課題があると考えられる。
【0020】
特許文献2では、銅合金について、Mgと、S、P、Se、Te、Sb、Bi、Asの合計との比や、H、O、Cの含有量を規定している。しかし、この銅合金は、P量等が微量であり、無酸素銅相当とされている。このようなP量では、製造コストや価格の点で問題がある。また、Hは、組織中に欠陥を生じ得るため、結果的にSCCを助長する可能性はあるが、銅系材料のSCCには直接的に関与していない。
【0021】
このような状況下、りん脱酸銅相当や無酸素銅相当の銅系材料について、コストを抑制して水素脆化を防止しつつSCCも抑制することが可能な技術が求められている。SCCを助長するPが添加された場合であっても、Pによる影響を排除して銅系材料のSCCを直接的に抑制することが望まれる。
【0022】
そこで、本発明は、応力腐食割れに対する耐食性を向上させた銅合金、これを用いた銅合金管および熱交換器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の課題を解決するため、本発明に係る銅合金は、標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素が添加された銅合金である。本発明に係る銅合金管は、前記の銅合金で形成される。本発明に係る熱交換器は、前記の銅合金で形成された銅合金管を用いている。
【発明の効果】
【0024】
本発明によると、応力腐食割れに対する耐食性を向上させた銅合金、これを用いた銅合金管および熱交換器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】銅合金管を備えた熱交換器の一例を模式的に示す図である。
【
図2】銅合金で形成された供試材の前処理の方法を示す図である。
【
図3】応力腐食割れによるき裂深さの測定方法を示す図である。
【
図5】応力腐食割れによるき裂深さとP濃度との関係を示す図である。
【
図6】応力腐食割れによるき裂深さに対するMg濃度とP濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態に係る銅合金、これを用いた銅合金管および熱交換器について説明する。
【0027】
本実施形態に係る銅合金は、標準電極電位でMnの電位以下である卑金属元素が添加された銅合金である。卑金属元素としては、Pと反応してりん化合物を形成するりん化合物形成元素が好ましい。この銅合金の好ましい形態は、P:0%を超え0.040質量%以下であり、卑金属元素の合計が0.01質量%以上1.5質量%以下であり、残部がCuおよび不可避的不純物からなる。
【0028】
本実施形態に係る銅合金は、卑金属元素を添加することによって、応力腐食割れ(SCC)に対する耐食性を向上させるものである。この銅合金には、水素脆化の要因となるO量を低減するために、Pが添加されてもよい。PはSCCを助長する因子であるが、脱酸のためにPが添加されても、卑金属元素によってSCCの発生・進展を抑制できる。
【0029】
酸素を含む銅は、水素雰囲気下で高温に晒されたときに、水素脆化を起こすことが知られている。水素は銅相の格子間に侵入して拡散する。拡散した水素が銅相中の酸化銅と反応すると、酸化銅を還元することで水蒸気が発生する。この結果、水素自体は直接的に脆化の反応を起こさずとも、発生する水蒸気の作用によって結晶粒界にボイドが形成され、水素脆化による強度や靭性の低下を生じる。
【0030】
また、冷媒用配管や熱交換器用配管等に用いられる銅系材料は、稀であるが、蟻の巣状腐食が生じることがある。蟻の巣状腐食は、材料の表面に生じた微小な腐食孔から内部に向けて蟻の巣状の浸食を生じる腐食である。蟻の巣状腐食は、酸素や水分の存在下、蟻酸、酢酸等のカルボン酸類や、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等のアルデヒド類や、アルコール類等を腐食媒として起こる。
【0031】
これらの腐食媒は、製管工程、熱交換器組立工程等で使用される潤滑油や、加工油、有機溶剤や、使用環境中に含まれる物質が結露水等の水分による加水分解や劣化反応を起こして生成すると考えられている。蟻の巣状腐食は一旦発生すると、その特徴的な形態からアノード反応が特定の箇所に集中するため、腐食の進行速度が速くなり、短期間のうちに肉厚方向へ進展して貫通する虞がある。
【0032】
銅系材料は、冷媒用配管や熱交換器用配管等のろう付けを、水素雰囲気中での炉中にて行う用途で用いられることが多い。ろう付け時に水素雰囲気下で高温に晒されるため、水素脆化の要因となるO量を低減することが望まれる。しかし、蟻の巣状腐食や応力腐食割れは、鋳造工程での脱酸に必要なPによる影響を受ける。耐SCC性の向上や、他の腐食現象の抑制の観点から、Pの影響を排除する必要がある。
【0033】
りん脱酸銅系の材料において、Cuに添加されたPがSCCを助長するメカニズムは、必ずしも解明されていない。しかし、りん脱酸銅におけるSCCの腐食の形態は、あくまでも粒界腐食である。Cuを溶出させるアノード反応が生じるならば、対となるカソード反応が成立していると考えられる。Cuは、アルカリ条件下や非酸化性条件下では腐食し難く、カソード反応には酸素が関与していると推測される。
【0034】
冷媒用配管や熱交換器用配管等として用いられる銅管には、結露水等の水分が接触し得る。電位やpH毎の化学形態の安定状態を示すプールベダイアグラム(Pourbaix Diagram)を考慮すると、水溶液中におけるCuの溶出に関連する反応は、次の式(1)~(2)で表すことができる。
Cu → Cu2++2e-・・・(1) (アノード反応)
O2+2H2O+4e- → 4OH-・・・(2) (カソード反応)
【0035】
銅相から水相へのCuの溶出は、式(1)~(2)を用いると、次の式(3)~(4)で表すことができる。水相に溶出したCuは、式(4)で表される平衡反応によって水酸化銅(II)を形成すると見做せる。
Cu+O2+2H2O → Cu2++4OH-・・・(3)
Cu2++4OH- ⇔ Cu(OH)2+2OH-・・・(4)
【0036】
また、アンモニア環境下では、次の式(5)で表される反応が起こるといわれている。水相に溶出したCuは、アクア錯イオンを形成し、式(5)で表される平衡反応によってテトラアンミン銅(II)イオンを生成すると考えられている。
[Cu(H2O)4]2++4NH3 ⇔ [Cu(NH3)4]2++4H2O・・・(5)
【0037】
銅相から水相へのCuの溶出量は、式(3)~(4)を考慮すると、水相の溶存酸素濃度や、水酸化銅(II)の濃度や、水相のpHに依存すると考えられる。また、式(5)を考慮すると、アンモニア濃度に依存すると考えられる。式(5)によって式(4)の平衡が移動するため、Cuの溶出が継続することが懸念される。
【0038】
本発明者らは、このような知見に基づき、銅系材料のSCCの抑制には、銅相から水相へのCuの溶出の抑制や、Cuが関与する錯イオンの形成の抑制が有効であると考えた。Cuの溶出を抑制する手段としては、Cuを溶出させるアノード反応の抑制や、銅相中のPの無害化や、カソード反応を担うOの無害化が候補となる。錯イオンの形成を抑制する手段としては、アンモニア等の錯形成成分の除去や、錯形成反応の阻害が候補となる。
【0039】
また、本発明者らは、Pを含まない無酸素銅ではSCCが発生しないこと、銅相中のPは、水相に溶出し易く、水相に溶出してpHを低下させること、低pHでは、Cuの化学形態のうち、酸化物や水酸化物よりも銅イオンが安定となり、銅相から水相へのCuの溶出が促進されること、銅相中にPが含まれると、銅相の電極電位が低下して、銅相から水相へのCuの溶出が促進されることを考慮した。
【0040】
その結果、本発明者らは、Pによって増長されるSCCの問題に対して、所定の添加元素をCuに添加してPによる影響を排除する手法を見出し、SCCを抑制する本発明を完成するに至った。添加元素としては、次の(1)や(2)の特性が有効であると考えた。
【0041】
(1)標準電極電位でHよりも電位の低い卑金属元素であること。このような卑金属元素は、Cuを溶出させるアノード反応よりも低電位でアノード反応を生じる。すなわち、酸素が関与するカソード反応に対して、対となるアノード反応を犠牲的に生じる。また、水素電極電位よりも電位が低いため、銅相から水相へのPの溶出が起こっても、水相のpHの低下を抑制する作用を示す。よって、このようなアノード反応とpH抑制作用によって、銅相から水相へのCuの溶出を抑制できる。
【0042】
(2)銅相中のPと反応してりん化合物を形成するりん化合物形成元素であること。りん化合物形成元素は、銅相中のPを固定化する作用を示す。銅相中にPが固定化されると、銅相から水相へのPの溶出が抑制されて、水相のpHが低下し難くなる。このようなpH抑制作用によって、銅相から水相へのCuの溶出を抑制できる。
【0043】
ここで、本実施形態に係る銅合金の化学組成についてより詳細に説明する。以下の説明において、「%」の表記は、特に限定しない場合、質量%を意味する。
【0044】
(卑金属元素)
卑金属元素としては、標準電極電位でHよりも電位の低い元素が好ましく、Mnの電位以下である元素がより好ましい。このような元素であると、銅相から水相へのPの溶出が起こっても、水相のpHの低下を抑制する作用が得られる。また、標準電極電位がMnの電位以下であると、Mn等のりん化合物形成元素による作用を併せて得ることができる。
【0045】
卑金属元素の具体例としては、Mn、Alや、第1族元素や、第2族元素が挙げられる。第1族元素としては、Li、Na、K等が挙げられる。第2族元素としては、Mg、Ca、Ba等が挙げられる。これらの元素によると、Cuよりも低電位でアノード反応を生じるため、Cuを溶出させるアノード反応を抑制することができる。また、銅相から水相へのPの溶出が起こっても、水相のpHの低下を抑制することができる。これらのpH抑制作用によって、銅相から水相へのCuの溶出を効果的に抑制できる。
【0046】
卑金属元素としては、Pと反応してりん化合物を形成するりん化合物形成元素が好ましい。りん化合物形成元素としては、Mn、Mg、Ca等が挙げられる。これらの元素によると、銅相中のPを固定化して、銅相から水相へのPの溶出を抑制できる。水相のpHの低下が抑制されるため、Cuの化学形態のうち、銅イオンよりも酸化物や水酸化物が安定になり、銅相から水相へのCuの溶出を効果的に抑制できる。
【0047】
卑金属元素としては、銅母材に対して、一種の元素を添加してもよいし、複数種の元素を添加してもよい。卑金属元素としては、銅母材に対して、りん化合物形成元素のみを添加してもよいし、りん化合物形成元素以外の非りん化合物形成元素のみを添加してもよいし、りん化合物形成元素と非りん化合物形成元素との組み合わせを添加してもよい。
【0048】
卑金属元素量は、卑金属元素の合計で、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.01%超、更に好ましくは0.03%以上、更に好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。このような卑金属元素量であると、銅相から水相へのCuの溶出を抑制する効果を得ることができる。卑金属元素量は、卑金属元素の合計で、0.15%以上であってもよいし、0.20%以上であってもよい。
【0049】
卑金属元素量は、卑金属元素の合計で、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.25以下、更に好ましくは0.20%以下、更に好ましくは0.15%以下である。卑金属元素量が多すぎると、原料コストが増大したり、鋳造の難易度が増大したりする。また、機械的性質や電気的性質が変化して、銅管として使用し難くなる。しかし、このような卑金属元素量であると、機械的特性、ろう付け性等への影響を回避しつつ、原料コストや鋳造の難易度を抑制できる。卑金属元素量は、卑金属元素の合計で、0.10%以下であってもよいし、0.05%以下であってもよい。
【0050】
卑金属元素としては、MgまたはMnを添加することが好ましい。これらの卑金属元素は、りん化合物形成元素である。これらの卑金属元素を添加すると、銅相中のPをりん化合物として固定化すると共に、Pの溶出による水相のpHの低下を抑制できる。また、良好な加工性や、ろう付け性を得ることができる。
【0051】
(Mg:0.01%以上0.25%未満)
Mg量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.017%以上、更に好ましくは0.03%以上、更に好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。このようなMg量であると、銅相から水相へのCuの溶出を抑制する作用が得られると共に、良好な引張強さ等の機械的特性や、ろう材の濡れ性が得られる。また、Mg量が0.017%以上であると、低りん脱酸銅の規格上限である0.015%のP量であっても、十分な耐SCC性を得ることができる。また、Mg量が0.10%以上であると、高りん脱酸銅の規格上限である0.04%のP量であっても、十分な耐SCC性を得ることができる。
【0052】
Mg量は、好ましくは0.25%以下、より好ましくは0.20%以下、更に好ましくは0.15%以下である。Mg量が0.29%以上であると、ろう材の濡れ性が損なわれる。しかし、Mg量が0.25%以下であると、良好なろう材の濡れ性が得られると共に、機械的特性、高導電率を適切に確保できる。
【0053】
(Mn:0.01%以上1.5%以下)
Mn量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上、更に好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上、更に好ましくは0.50%以上、更に好ましくは1.0%以上、更に好ましくは1.2%以上である。このようなMn量であると、銅相から水相へのCuの溶出を抑制する作用が得られると共に、良好な引張強さ等の機械的特性が得られる。
【0054】
Mn量は、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.4%以下、更に好ましくは1.3%以下である。Mn量が1.5%を超えると、耐力が高くなり、曲げ加工性が低下する。しかし、Mn量が1.5%以下であると、良好な加工性が得られると共に、高導電率を適切に確保できる。
【0055】
(P:0%を超え0.040%以下)
Pは、主に脱酸のために添加される。P量が多すぎると、靭性や加工性が低下すると共に、SCC感受性や蟻の巣状腐食感受性が高くなる。そのため、P量は、0.040%以下が好ましい。P量は、許容可能なO量等に応じて、0%を超え0.0003%以下としてもよいし、0.0003%を超え0.001%未満としてもよいし、0.001%を超え0.004%未満としてもよいし、0.004%以上0.015%未満としてもよいし、0.015%以上0.040%以下としてもよい。
【0056】
(不可避的不純物)
不可避的不純物は、銅合金や銅合金管の製造上で添加が必要な物質や完全な分離除去が困難な物質に由来し、原料からの混入や製造工程上の混入が不可避的である不純物の元素を意味する。銅合金は、P:0%を超え0.040質量%以下であり、卑金属元素の合計が1.5質量%以下であり、残部がCuおよび不可避的不純物からなることが好ましい。
【0057】
不可避的不純物の具体例としては、卑金属元素以外の元素であって、O、H、S、Pb、Bi、Se、Te、As、Sb等が挙げられる。不可避的不純物量は、各元素の合計で、0.1%以下が好ましく、0.05%以下がより好ましく、0.01%以下が更に好ましい。不可避的不純物の合計が0.1%以下であれば、本発明の効果を阻害しない。
【0058】
(O:0.01%以下)
Oは、水素雰囲気下での炉中ろう付け時等の高温環境下において、Hと反応して水蒸気を生成して水素脆化の要因となる。また、酸化物を形成して加工性を低下させる。そのため、O量は、0.01%以下が好ましく、0.005%以下がより好ましく、0.001%以下が更に好ましい。
【0059】
(その他の元素)
S量は、0.0018%以下が好ましい。Pb量、Bi量、Se量、Te量およびC量は、それぞれ、0.001%以下が好ましい。Zn量、Cd量およびHg量は、それぞれ、0.0001%以下が好ましい。
【0060】
(Cu:98.5%以上)
Cuは、卑金属元素および不可避的不純物を除いて、銅合金の残部を構成する。Cu量は、銅合金の残部を構成する限り、特に限定されるものではない。但し、Cu量は、純銅相当の銅合金による特性、例えば、熱伝導性、曲げ加工性、ろう付け性等を得る観点からは、98.5%以上が好ましく、99.0%以上がより好ましく、99.5%以上が更に好ましく、99.80%以上が更に好ましく、99.90%以上が更に好ましい。
【0061】
次に、本実施形態に係る銅合金の応力腐食割れ(SCC)に対する耐食性について説明する。
【0062】
本実施形態に係る銅合金の応力腐食割れ(SCC)に対する耐食性は、日本伸銅協会 技術標準 JBMA T-301-1981に準拠してアンモニア水溶液による飽和環境に暴露させた後、所定の応力を付加した後に測定されるき裂深さによって評価できる。SCCによるき裂深さは、銅合金の表面からき裂の最深点までの最短距離として定義される。
【0063】
JBMA T-301-1981に準拠したアンモニア試験は、14質量%のアンモニア水溶液を用いて行う。アンモニア水溶液は、25質量%以上のアンモニア水溶液を等量の純水で希釈して調製する。試験環境温度は室温とし、アンモニア水溶液を入れた容器は室温20℃±5℃に管理した室内に保持する。供試材は、アンモニア水溶液を入れた容量10Lの試験容器内に、アンモニア水溶液と直接接触しないように配置する。供試材の配置は、アンモニア水溶液の液面から100mmの距離とする。試験容器内のアンモニア雰囲気への暴露条件は、室温で72時間とする。
【0064】
アンモニア試験に供する銅合金で形成された供試材は、板材または管材とする。アンモニア雰囲気への曝露試験後に、板材の場合、
図2に示すように、圧延方向と平行な中心線を曲げ軸として180度に折り曲げて外部応力を負荷する。管材の場合、管材の径方向から管材を外径の半分以下まで押しつぶして外部応力を負荷する。SCCによる割れの観察点は、板材の場合、折り曲げ時の山側の表面とする。管材の場合、押しつぶし時の屈曲部の外側の表面とする。
【0065】
銅管の表面には、製管時に表面疵が形成されることがある。一般に、表面疵によるき裂深さは、最大で0.03mm程度である。SCCによる浅いき裂と表面疵によるき裂とは、判別が困難である。そのため、SCCによるき裂深さが0.03mmを超えていても、0.05mm以下であれば、SCCに対する耐食性が良好であると判定できる。また、0.03mm以下であれば、実質的にSCCが発生していないといえる。
【0066】
本実施形態に係る銅合金は、P:0.0065質量%以上0.040質量%以下である場合、質量%で銅合金のMg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、次の式(I)を満たし、JBMA T-301-1981に準拠して、室温20±5℃に管理した室内にて、14質量%のアンモニア水溶液から100mmの距離で72時間にわたって暴露させた後、銅合金の板材を180度に折り曲げたとき、または、銅合金の管材を外径の半分以下に押しつぶしたときに測定されるき裂深さが、0.05mm以下であることが好ましい。
Y≧2X-0.0130 (0.0065≦X≦0.0400)・・・(I)
【0067】
P:0.0065質量%以上0.040質量%以下である場合、Mg濃度が式(I)の条件を満たすと、JBMA T-301-1981に準拠したアンモニア試験において、SCCによるき裂深さを0.05mm以下に抑制できる。SCCが促進されるアンモニア環境下において、SCCの進展が小さく抑制されるため、耐SCC性に優れた銅合金を得ることができる。
【0068】
本実施形態に係る銅合金は、P:0.040質量%以下である場合、質量%で銅合金のMg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、次の式(II)を満たし、JBMA T-301-1981に準拠して、室温20±5℃に管理した室内にて、14質量%のアンモニア水溶液から100mmの距離で72時間にわたって暴露させた後、銅合金の板材を180度に折り曲げたとき、または、銅合金の管材を外径の半分以下に押しつぶしたときに測定されるき裂深さが、0.03mm以下であることがより好ましい。
Y≧2X (X≦0.0400)・・・(II)
【0069】
P:0.040質量%以下である場合、Mg濃度が式(II)の条件を満たすと、JBMA T-301-1981に準拠したアンモニア試験において、応力腐食割れによるき裂深さを0.03mm以下に抑制できる。P:0.0065質量%未満であれば、卑金属元素が添加されていない場合であっても、SCCが進展し難い。しかし、この範囲であっても、銅合金は、依然としてSCC感受性を示す。そのため、より高度な耐SCC性を保証したい場合は、式(II)の条件を要求する。
【0070】
より高度な耐SCC性が要求される場合としては、SCCの発生や進展が加速される条件で銅合金が使用される場合、例えば、工場や家屋等の密閉された環境中にアンモニアの発生源が存在する場合や、銅合金のSCCによる破損が厳格に制限される場合、例えば、銅合金が冷媒用配管や熱交換器用配管等の材料として用いられる場合であって、銅合金管の内部に可燃性冷媒が流される場合等が挙げられる。
【0071】
次に、本実施形態に係る銅合金や銅合金管の用途、および、これらの製造方法について説明する。
【0072】
本実施形態に係る銅合金は、各種の銅製品の材料として用いることができる。銅製品としては、管材、板材、棒材、線材、その他の形状の成形材等が挙げられる。銅合金は、特に、銅合金管の材料として用いることが好ましい。
【0073】
銅合金管は、管内面に溝が形成された内面溝付管であってもよいし、管内面に溝が形成されていない平滑管であってもよい。内面溝付管は、例えば、管内面の全周にわたって所定の間隔の螺旋状の溝、または、互いに平行に配列した直線状の溝が設けられる。銅合金管として内面溝付管を製造する場合、溝の個数、溝の底幅、溝部の肉厚、溝部間のフィンの高さ、フィンの山頂角、管中心軸に対する溝のリード角等は、適宜の条件とすることができる。
【0074】
銅合金管によると、卑金属元素が添加されているため、脱酸のためにPが添加されていても、SCCの発生および進展を抑制できる。そのため、無酸素銅と比較してコストを抑制して、Pによる脱酸によって水素脆化を防止しつつ、Pによって増長されるSCCも抑制できる。P量の影響を受け難くなるため、材料選択の自由度が拡大する。
【0075】
特に内面溝付管によると、銅合金管の表面積を拡大させると共に、銅合金管を流れる流体を溝によって攪拌できる。そのため、冷媒を通流させる用途において、高いエネルギ効率や、高い省エネルギ性能を得ることができる。また、表面積の拡大やエネルギ効率の向上によって、冷媒を通流させる配管の小型化が可能になる。
【0076】
銅合金管は、鋳造工程と、ソーキング工程と、熱間押出工程と、圧延抽伸工程と、焼鈍工程と、を含む製造方法によって製造できる。内面溝付管は、銅合金管を製造した後に、転造加工工程と、最終焼鈍工程と、を経て製造できる。
【0077】
(鋳造工程)
鋳造工程では、還元性雰囲気下、銅合金の原料を溶解し、脱酸材を添加してP量を調整した後、所定の寸法の鋳塊を鋳造する。原料としては、電気銅、卑金属元素を含む地金等を用いることができる。脱酸材としては、りん銅等を用いることができる。鋳造法としては、半連続鋳造法等を用いてビレット等を鋳造できる。
【0078】
(ソーキング工程)
ソーキング工程では、ビレット等の鋳塊を熱処理によって均質化させる。均質化によって、P等の偏析を除去すると共に、添加した卑金属元素を拡散させる。熱処理の温度は、例えば、680℃以上950℃以下とする。680℃以上であると、P等の偏析を十分に除去できる。950℃を超えると、均質化効果が頭打ちとなるが、950℃以下であると、熱処理コストを抑制できる。熱処理の時間は、例えば、15分以上2時間以下とする。
【0079】
(熱間押出工程)
熱間押出工程では、加熱されたビレット等の鋳塊を、マンドレルを挿入したダイスに熱間で押し出して素管を形成する。熱間押出の温度は、例えば、680℃以上950℃以下とする。熱間押出における加工率は、割れ、表面欠陥等を生じない限り、適宜の条件とすることができる。押出後の素管は、例えば、自然放冷によって冷却する。なお、熱間押出および圧延加工に代えて、プラグとロールダイスを用いた穿孔圧延を行ってもよい。
【0080】
(圧延抽伸工程)
圧延抽伸工程では、成形された素管に、マンドレルを用いた圧延加工や抽伸加工を施して、引き延ばされた抽伸素管を形成する。圧延加工や抽伸加工における加工率は、適宜の条件とすることができるが、割れ、表面欠陥等を低減する観点から、95%以下とすることが好ましい。抽伸加工は、プラグを用いた連続抽伸機等を用いて、適宜のパス数で行うことができる。各パスにおける加工率は、割れ、表面欠陥等を低減する観点から、40%以下とすることが好ましい。
【0081】
(焼鈍工程)
焼鈍工程では、加工された抽伸素管を熱処理によって焼鈍する。焼鈍によって、加工歪みを除去して柔軟化させる。焼鈍は、ローラーハース炉、高周波誘導加熱炉等を用いて行うことができる。熱処理の温度は、例えば、350℃以上700℃以下、好ましくは350℃以上500℃以下とする。350℃以上であると、加工歪みを適切に除去できる。熱処理の時間は、例えば、5分以上2時間以下とする。
【0082】
以上の工程によって、平滑管である銅合金管を製造できる。内面溝付管は、抽伸素管に溝付転造加工を施すことによって製造できる。
【0083】
(転造加工工程)
転造加工工程では、抽伸素管に溝付転造加工を施して、抽伸素管の内面に溝を形成する。溝付転造加工は、例えば、溝付プラグを用いたロール転造によって行うことができる。溝を転写するための逆溝が形成された溝付プラグを素管内に挿入する。そして、回転するロールダイスで押し付けながら素管を引き抜いて、素管の内面に溝を成型する。溝付転造加工は、縮径プラグと連結された溝付プラグを用いて、抽伸加工の縮径パスから連続的に行うこともできる。また、ロールダイスに代えて、ベアリング構造のボールダイスを用いることもできる。
【0084】
(最終焼鈍工程)
最終焼鈍工程では、溝付管を熱処理によって最終焼鈍する。最終焼鈍は、焼鈍工程と同様に、ローラーハース炉、高周波誘導加熱炉等で行うことができる。熱処理の温度は、例えば、350℃以上700℃以下、好ましくは350℃以上500℃以下とする。熱処理の時間は、例えば、5分以上2時間以下とする。
【0085】
以上の工程によって、内面溝付管である銅合金管を製造できる。製造された銅合金管には、矯正加工、面取加工、切断加工等の加工処理や、外観検査を行うことができる。また、抽伸加工後、且つ、焼鈍前において、抽伸素管について、矯正加工、面取加工、探傷検査等を行うこともできる。
【0086】
銅合金管は、各種の用途に用いることができる。銅合金管の用途としては、熱交換器用配管、冷媒用配管、給湯配管、給水配管等が挙げられる。熱交換器用配管としては、フィン等に接続されて熱交換器を構成する配管が挙げられる。冷媒用配管としては、冷媒を通流させる配管が挙げられる。給湯配管や給水配管としては、熱水、温水、冷水を通流させる配管が挙げられる。
【0087】
これらの配管は、冷凍空調機器、熱交換装置、給湯器等に備えることができる。冷凍空調機器としては、空調機、冷凍機、蒸気圧縮式冷凍機、吸収式冷凍機等が挙げられる。吸収式冷凍機としては、アンモニア式や、臭化リチウム式等がある。臭化リチウム式では、冷媒の精製過程でアンモニアが不可避的に残留することがある。アンモニアは、SCCを増長する環境因子の一種である。本実施形態に係る銅合金管は、特に、アンモニア環境下で使用される用途に有効である。
【0088】
銅合金管は、熱交換器の材料として用いることが好ましい。熱交換器としては、フィンチューブ式、コルゲートチューブ式、二重管式等の各種の熱交換器が挙げられる。銅合金管は、直管部に用いられてもよいし、U字形ベンド部、主配管に対する螺旋状巻回部等の曲管部に用いられてもよい。銅合金管を用いた熱交換器は、例えば、空気調和機、冷凍ショーケース、冷蔵庫、オイルクーラ、ラジエータ等に用いることができる。
【0089】
図1は、銅合金管を備えた熱交換器の一例を模式的に示す図である。
図1に示すように、熱交換器30は、複数のフィン10と、伝熱管20と、を備えている。複数のフィン10は、所定の間隔を空けて配列しており、フィン10同士の間に通風路を形成している。伝熱管20は、複数箇所でU字形に曲げられており、複数のフィン10を貫通するように、フィン10上の貫通孔に挿入されて、ろう付けされている。
【0090】
伝熱管20は、前記の卑金属元素が添加された銅合金管で形成される。銅合金管は、管内面に溝が形成された内面溝付管であってもよいし、管内面に溝が形成されていない平滑管であってもよい。銅合金管を用いた熱交換器によると、卑金属元素によってSCCが抑制されるため、長期間にわたって冷媒等の熱交換媒体が漏洩し難く、信頼性が高い熱交換器を得ることができる。
【実施例0091】
以下、本発明の実施例を示して本発明について具体的に説明を行う。但し、本発明の技術的範囲は、これに限定されるものではない。
【0092】
卑金属元素を添加した銅合金の供試材を作製し、応力腐食割れ(SCC)への影響や、その他の材料特性を評価した。その他の材料特性としては、耐蟻の巣状腐食性、引張強さ、ろう材の濡れ性を評価した。また、卑金属元素の含有量を変えた銅合金の供試材を作製し、含有量毎のSCCによるき裂深さを測定した。
【0093】
供試材としては、りん脱酸銅相当の銅合金に所定の卑金属元素のみを添加した板材または管材を作製した。板材は、化学組成を調整して原料を鋳造した後、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍を、この順に行って作製した。管材は、化学組成を調整して原料を鋳造した後、熱間押出、冷間抽伸、焼鈍を、この順に行って作製した。
【0094】
(耐蟻の巣状腐食性の評価)
耐蟻の巣状腐食性の評価は、板材を供試材として、次の手順で行った。はじめに、長さ200mmの供試材を、腐食液を入れた試験容器に収納した。試験容器にはポリ瓶を使用し、ポリ瓶中蓋に孔をあけ、差し込んだシリコン栓を蓋とした。シリコン栓に孔をくりぬき、くりぬいた孔に板材を差し込む形で板材を保持した。このとき腐食液と直接接触しない高さに配置し、ポリ瓶内部の試験環境に板材の長さ100mmの区間が曝露されるようにした。このとき板材に生じる腐食の方向を統一するため、板材の観察面以外はシリコン樹脂で被覆した。そして、試験容器を密封して、所定のヒートサイクルを設定した乾燥炉内に投入し、所定の試験時間にわたってヒートサイクルを繰り返しながら静置させた。その後、供試材をアクリル樹脂またはエポキシ樹脂に埋設し、断面観察により供試材に発生した蟻の巣状腐食を観察した。
【0095】
耐蟻の巣状腐食性の評価の条件は、次のとおりである。
・供試材の寸法:幅10~13mm×長さ200mm×厚さ1.0mm(供試材の一部をゴム材で被覆し、試験容器内部の腐食環境への露出面積を片面のみとした。)。
・試験容器 :容量2Lのポリ容器
・腐食液 :500mLの0.5体積%蟻酸水溶液
・試験雰囲気 :工業用酸素(純度99.5vol.%以上)のボンベを元とし、屋内専用配管ならびに接続したシリコンチューブを経由して取り出した酸素ガスを置換ガスとした。2Lポリ容器内に100mm以上差し込んだシリコンチューブから1L/minの流量で5分間、置換ガスとして酸素ガスを流入し、容器内部を酸素雰囲気とした。
・温度条件(乾燥炉のヒートサイクル条件):20℃で2時間保持した後に40℃で22時間保持を繰り返し
・試験時間 :60日
【0096】
耐蟻の巣状腐食性の評価は、次の基準による。蟻の巣状腐食による最大腐食深さは、供試材の表面から腐食の最深点までの距離として測定した。各供試材ごとに3断面(断面間の間隔を1mm以上として観察したもの)を観察し、これらのうちの最大の距離を最大腐食深さとして求めた。
〇:最大腐食深さ0.25mm以下 → 耐蟻の巣状腐食性が良好
×:最大腐食深さ0.25mm超え → 耐蟻の巣状腐食性が不良
【0097】
(引張強さの評価)
引張強さの評価は、板材を供試材として、次の条件で行った。引張強さの測定は、引張試験機を用いて行った。
【0098】
・供試材の寸法:幅10mm×長さ200mm×厚さ0.1mm
・試験方法 :JIS Z2241:2011 金属材料引張試験方法に準拠し、短冊状試験片を用いて行った。
【0099】
引張強さ評価は、次の基準による。
〇:引張強さ280N/mm2以上 → 曲げ等の加工性を維持
×:引張強さ280N/mm2超え → 曲げ等の加工性が低下
【0100】
(耐応力腐食割れ性の評価)
耐応力腐食割れ性の評価は、板材または管材を供試材として、JBMA T-301-1981に準拠したアンモニア試験を利用して、次の手順で行った。はじめに、供試材を、腐食液を入れた試験容器内の中板の上方に水平に収納し、腐食液と直接接触しない高さに配置した。
図2に、板材の場合の供試材のサンプリング方法を記す。供試材に板材を用いる場合は、
図2に示すように、幅10~13mm×長さ25mm×厚さ1mmとなるように圧延材から板材を切り出し、表裏が上下方向を向くよう中板の上方に設置した。管材の場合は長さ20mmを切り出した。供試材の両端部と中板との間には、樹脂被覆した直径2.5mmの銅製ワイヤを置いて、供試材と中板とが直接的に接触しないようにした。次いで、試験容器を密封して、所定の試験時間にわたって静置させた。そして、供試材を試験容器から取り出し、硫酸で酸洗した後に、前処理として外部応力を負荷した。
【0101】
図2は、銅合金で形成された供試材の前処理の方法を示す図である。
図2の左上図は、供試材の作製に用いた圧延前の銅合金塊を示す。
図2の右上図は、銅合金塊を圧延した圧延材と供試材の切り出し位置を示す。
図2の下図は、応力を負荷するための供試材の曲げ位置を示す。
図2に示すように、供試材が板材の場合は、圧延方向と平行な中心線を軸として、試験環境曝露時の上側の面が外側になるように、180度に折り曲げた。一方、管材については、外径が半部以下、例えばΦ9.52mmの場合は約4mmになるまで、圧延方向である径方向に沿って一軸方向に押しつぶした。押しつぶした面山側の外観から、光学顕微鏡(×69倍)でき裂の有無を観察した。外観からき裂が激しい箇所の断面を切り出し、アクリル樹脂またはエポキシ樹脂に埋設し、断面の割れを光学顕微鏡(×150倍)で観察した。き裂が激しい箇所が複数点ある場合は、供試材を分割して断面観察を行った。
【0102】
図3は、応力腐食割れによるき裂深さの測定方法を示す図である。
図4は、
図3の要部を拡大して示す図である。
図4は、
図3における矩形領域Sの拡大図に相当する。
図3に示すように、応力腐食割れが発生した箇所には、供試材の本来の外表面が存在しない。そこで、供試材の断面画像を撮像し、供試材の外表面を表す仮想線を画像処理によって内挿して、応力腐食割れによる最大き裂深さを測定した。
【0103】
図3に示すように、谷側のA点を中心として、左右の45度となる外表面にB点とB’点を定めた。そして、A点を中心として、B点およびB’点を通る円弧を仮想表面として内挿した。A点とき裂の最深点とを通る仮想直線Cを描画して、仮想直線Cと円弧状の仮想曲線との交点を求めた。この交点からき裂の最深点までの最短距離を、SCCによるき裂深さとして測定した。最大腐食深さは、所定の測定数観察している断面中に設けた円弧B-B’間に認められるき裂のうちで最大のき裂深さとした。
【0104】
耐応力腐食割れ性の評価の条件は、次のとおりである。
・板材の寸法 :幅10~13mm×長さ25mm×厚さ1.0mm
・管材の寸法 :外径9.52mm×厚さ0.8mm×長さ20mm
・試験容器 :容量10Lのデシケータ
・腐食液 :100mLの14質量%アンモニア水(市販の25質量%以上のアンモニア水溶液を等量の純水で希釈したもの)
・温度条件 :試験温度を室温とし、試験容器を保持する部屋の室温を、空調機にて20℃±5℃以内に管理した。
・暴露条件 :腐食液の液面から100mm
・試験時間 :最大72時間
【0105】
耐応力腐食割れ性の評価は、次の基準による。最大き裂深さが0.03mm以下の場合、製管時の表面疵との判別が困難なため、SCCによるき裂とは見做さなかった。
◎:最大き裂深さが0.03mm以下 → 耐応力腐食割れ性が優良
〇:最大き裂深さが0.03mm超え0.05mm以下 → 耐応力腐食割れ性が良好
×:最大き裂深さが0.05mm超え → 耐応力腐食割れ性が不良
【0106】
(ろう材の濡れ性の評価)
ろう材の濡れ性の評価は、板材を供試材として、次の条件で行った。はじめに、供試材を長さ方向の中心線に沿って90度に折り曲げた。そして、供試材の谷側の中央に棒状のろう材を配置した。ろう材が配置された供試材を、所定の加熱条件で加熱した後に冷却した。その後、供試材の表面に濡れ広がったろう材の長手方向の長さを測定した。
【0107】
ろう材の濡れ性の評価の条件は、次のとおりである。
・供試材の寸法:幅30mm×長さ100mm×厚さ1.0mm
・ろう材の種類:リン銅ろう BCuP-2(直径1.6mm×長さ20mm)
・加熱機器 :赤外線ゴールドイメージ炉(アルバック社製)
・加熱雰囲気 :窒素ガス雰囲気
・加熱条件 :昇温速度850℃/5分で室温から850℃まで加熱
・保持条件 :850℃で5分間保持
・冷却条件 :自然冷却
【0108】
ろう材の濡れ性の評価は、次の基準による。
〇:ろう材の長手方向の長さが100mm以上 → ろう材の濡れ性が良好
×:ろう材の長手方向の長さが100mm未満 → ろう材の濡れ性が不良
【0109】
(供試材の化学組成の分析)
供試材の化学組成の分析は、発光分光分析装置PDA-7000(島津製作所社製)を使用して、JIS K0116:2014 発光分光分析通則の「5 スパーク放電発光分光分析」に準拠して、次の条件で行った。
【0110】
化学組成の分析の条件は、次のとおりである。
・分析雰囲気 :高純度アルゴンガス雰囲気(99.9995体積%)
・電極間隔 :7mm(放電ギャップの距離)
・定量方法 :強度比法による定時間積分
・予備放電 :1500パルス
・本放電 :1200パルス(積分時間として用いた放電時間)
【0111】
化学組成の分析は、焼鈍を終えた供試材の表面上の任意の3点について行った。板材については、平滑な主面上を測定した。管材については、管材を押しつぶした後に平滑な外表面上を測定した。各箇所で測定された測定値の平均値を計算して、各供試材の測定結果とした。
【0112】
化学組成の分析に使用したスパーク放電発光分光分析の測定波長、および、その波長による測定感度は、次のとおりである。
Al:波長396.1nm,測定感度44
Cu:波長296.1nm,測定感度24
Mg:波長285.2nm,測定感度24
P:波長178.3nm,測定感度52
【0113】
表1に、供試材の化学組成(Mg量の狙い値)と、耐蟻の巣状腐食性、引張強さ、耐応力腐食割れ性、ろう材の濡れ性の評価結果を示す。総合判定は、これらの総合的な評価である。
【0114】
【0115】
表1に示すように、実施例1および2は、Mg濃度が0.01mass%や0.25mass%であり、ろう材の濡れ性が基準を満たした。比較例1は、Mg濃度が0.29mass%であり、ろう材の濡れ性が基準を満たさなかった。ろう材の濡れ性の観点からは、Mg濃度は、0.25mass%以下が好ましいといえる。
【0116】
表2に、供試材の化学組成(Mg量、Mn量、P量の分析値)と、応力腐食割れによる最大き裂深さの測定結果と、耐応力腐食割れ性の評価結果を示す。
【0117】
【0118】
図5は、応力腐食割れによるき裂深さとP濃度との関係を示す図である。
図5において、縦軸は、供試材で測定されたき裂深さ[μm]、横軸は、供試材のP濃度[mass%]を示す。〇のプロットは、Mg量が0.1mass%である実施例に係る供試材の結果である。◇のプロットは、卑金属元素が添加されていない比較例に係る供試材の結果である。
【0119】
図5に示すように、銅合金のP濃度が低い場合、卑金属元素の添加の有無にかかわらず、応力腐食割れによるき裂が抑制された。き裂深さが30μm以下の場合、製管時の表面疵との判別が困難なため、SCCによるき裂が発生していないといえる。したがって、卑金属元素の添加は、P濃度が0.0065mass%(0.0065質量%)以上の場合に特に有効といえる。
【0120】
図6は、応力腐食割れによるき裂深さに対するMg濃度とP濃度との関係を示す図である。
図6において、縦軸は、供試材のMg濃度[mass%]、横軸は、供試材のP濃度[mass%]を示す。●のプロットは、最大き裂深さが30μm以下である供試材の結果である。▲のプロットは、最大き裂深さが30μmを超え50μm以下である供試材の結果である。●のプロットは、最大き裂深さが50μmを超える供試材の結果である。
【0121】
図6において、上側の破線は、Mg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、式(I)で表される直線:Y=2X-0.0130を示す。下側の破線は、Mg濃度をY[%]、P濃度をX[%]としたとき、式(II)で表される直線:Y=2Xを示す。これらの直線は、表2に示す実施例1-1~1-20の結果に基づいて、線形的な境界条件として求めたものである。
【0122】
表2および
図6に示すように、実施例1-1~1-14は、式(II)で表される関係:Y≧2X(X≦0.0400)を満たし、P量に対して卑金属元素量が適切であるため、耐応力腐食割れ性が0.03mm以下の基準を満たした。実施例1-13は、0.02mass%のPに対して、0.041mass%のMgによって良好な耐応力腐食割れ性が得られており、耐応力腐食割れ性が0.03mm以下の基準を満たした。
【0123】
実施例1-15は、Pを含まないため、卑金属元素が添加されてなくても、耐応力腐食割れ性が0.03mm以下の基準を満たした。
【0124】
実施例1-16は、Pが微量であるため、耐応力腐食割れ性が0.03mm以下の基準を満たさなかったが、卑金属元素が添加されてなくても、耐応力腐食割れ性が0.05mm以下の基準を満たした。但し、実施例1-15と比較すると、Pの増加に連れて、き裂の深さが大きくなった。
【0125】
実施例1-17は式(II)で表される関係:Y≧2X(X≦0.0400)を満たさなかったが、Pが微量であるため、耐応力腐食割れ性が0.05mm以下の基準を満たした。実施例1-18~1-19は、式(I)で表される関係:Y≧2X-0.0130(0.0065≦X≦0.0400)を満たし、P量に対して卑金属元素量が適切であるため、耐応力腐食割れ性が0.05mm以下の基準を満たした。
【0126】
実施例1-21は、卑金属元素がMnであるが、P量に対して卑金属元素量が適切であるため、耐応力腐食割れ性が0.03mm以下の基準を満たした。卑金属元素がMnであっても、応力腐食割れによるき裂の進展が抑制されることが明らかとなった。
【0127】
比較例1-1~1-5は、応力腐食割れ試験後のき裂深さが0.05mmを超えており、式(I)で表される関係や、式(II)で表される関係を満たさなかった。比較例1-2や1-3は卑金属元素を含んでおらず、特に比較例1-2は、低リン酸銅(JIS H3300 C1201)に相当するが、耐応力腐食割れ性が0.05mm以下の基準を満たさなかった。比較例1-1や1-4~1-5ではP量に対して卑金属元素量が不足しており、応力腐食割れに対する耐食性を向上させる効果が認められなかった。