(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055732
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】炎症性皮膚疾患の検出及び重症度の判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240411BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240411BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
G01N33/50 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023031988
(22)【出願日】2023-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2022162538
(32)【優先日】2022-10-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506151235
【氏名又は名称】株式会社ナノエッグ
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】北澤 和之
(72)【発明者】
【氏名】田中 一則
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB09
2G045DA36
2G045FB01
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】炎症性皮膚疾患の罹患の可能性、その重症度又は進行度の検査技術を提供すること。
【解決手段】本開示は、被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度の検査のために前記被検体から採取された生体試料を分析する方法であって、前記被検体から採取された前記生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度の検査のために前記被検体から採取された生体試料を分析する方法であって、前記被検体から採取された前記生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む方法。
【請求項2】
前記炎症性皮膚疾患が、アトピー性皮膚炎である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記上皮間葉転換マーカーが、N-カドヘリン、ビメンチン、Twist、及びSnai1からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
予め設定された基準値と前記被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度とを比較する工程をさらに含む、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記基準値が、炎症性皮膚疾患に罹患していない被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記生体試料が皮膚又は皮膚由来の試料である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記皮膚由来の試料が角層、表皮、及び毛包からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
上皮間葉転換マーカーの検出試薬を含む、被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査する検査薬。
【請求項9】
前記検出試薬が、前記上皮間葉転換マーカーに対する抗体又はその抗原結合断片、および機能的核酸からなる群より選択される、請求項8に記載の検査薬。
【請求項10】
前記上皮間葉転換マーカーが、N-カドヘリン、ビメンチン、Twist、及びSnai1からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8又は9に記載の検査薬。
【請求項11】
前記炎症性皮膚疾患が、アトピー性皮膚炎である、請求項8~10のいずれかに記載の検査薬。
【請求項12】
上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する試薬を含む、被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を決定するための組成物。
【請求項13】
上皮間葉転換を抑制する分子を含む、炎症性皮膚疾患を治療又は予防するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査する方法ならびにそのための試薬および診断用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
炎症が関与する皮膚疾患には様々な種類があり、例えば、アトピー性皮膚炎では、炎症によって症状が進行することが知られている。
【0003】
アトピー性皮膚炎の検査法として、血液中のTARC(Thymus and activation-regulated chemokine)量やSCCA2(squamous cell carcinoma antigen 2)量を測定する方法が用いられているが、臨床の現場では、アトピー性皮膚炎の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査する、より感度の高いバイオマーカーが望まれている。また、アトピー性皮膚炎は小児患者が多いため、生体試料である血液を採取するのが困難な場合がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、アトピー性皮膚炎などの炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を測定する、低侵襲で且つ簡便な検査技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究をした結果、被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む方法により、炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査、診断、または予測することができることを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本開示の発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
(項目1)
被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度の検査のために前記被検体から採取された生体試料を分析する方法であって、前記被検体から採取された前記生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む方法。
(項目2)
前記炎症性皮膚疾患が、アトピー性皮膚炎である、上記項目に記載の方法。
(項目3)
前記上皮間葉転換マーカーが、N-カドヘリン、ビメンチン、Twist、及びSnai1からなる群より選択される少なくとも1種である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目4)
予め設定された基準値と前記被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度とを比較する工程をさらに含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目5)
前記基準値が、炎症性皮膚疾患に罹患していない被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目6)
前記生体試料が皮膚又は皮膚由来の試料である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目7)
前記皮膚由来の試料が角層、表皮、及び毛包からなる群より選択される少なくとも1種である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目8)
上皮間葉転換マーカーの検出試薬を含む、被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査する検査薬。
(項目9)
前記検出試薬が、前記上皮間葉転換マーカーに対する抗体又はその抗原結合断片、および機能的核酸からなる群より選択される、上記項目のいずれかに記載の検査薬。
(項目10)
前記上皮間葉転換マーカーが、N-カドヘリン、ビメンチン、Twist、及びSnai1からなる群より選択される少なくとも1種である、上記項目のいずれかに記載の検査薬。
(項目11)
前記炎症性皮膚疾患が、アトピー性皮膚炎である、上記項目のいずれかに記載の検査薬。
(項目12)
上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する試薬を含む、被検体における炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を決定するための組成物。
(項目13)
上皮間葉転換を抑制する分子を含む、炎症性皮膚疾患を治療又は予防するための組成物。
【発明の効果】
【0006】
本開示によれば、低侵襲で且つ簡便に炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施例1で測定された、Snai1/β-アクチンと、アトピー性皮膚炎の重症度((A)ADスコア、(B)IgE、(c)表皮厚)との相関を示す。縦軸は、Snai1/β-アクチン値を示す。横軸は、アトピー性皮膚炎の重症度の指標値を示す。
【
図2】実施例1で測定された、Twist/β-アクチンと、アトピー性皮膚炎の重症度((A)ADスコア、(B)IgE、(c)表皮厚)との相関を示す。縦軸は、Twist/β-アクチン値を示す。横軸は、アトピー性皮膚炎の重症度の指標値を示す。
【
図3】比較例1で測定された、血中TARC濃度と、アトピー性皮膚炎の重症度((A)ADスコア、(B)IgE、(c)表皮厚)との相関を示す。縦軸は、血中TARC濃度を示す。横軸は、アトピー性皮膚炎の重症度の指標値を示す。
【
図4】実施例2で測定された、正常動物とアトピー性皮膚炎モデル動物における、Twist/チューブリン値を比較した結果を示す。縦軸は、C57BL/6マウスのTwist/チューブリン値を1とした相対値を示す。
【
図5】実施例3で測定された、上皮間葉転換マーカー(Snail、Twistまたはビメンチン)陽性細胞と表皮厚との相関を示す。縦軸は表皮厚(μm)を示し、横軸は上皮間葉転換マーカー陽性細胞率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(定義)
本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0009】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0010】
本明細書中において、「及び/又は」なる表現については、「及び」と「又は」のいずれを選択した場合の意味も包含する。すなわち、「A及び/又はB」なる表現には、「A又はB」と「A及びB」のいずれの意味も包含される。
【0011】
本明細書において、「マーカー」とは、ある状態(例えば、炎症性皮膚疾患の罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度等)にあるかどうかの指標となる物質をいう。このような物質としては、遺伝子、遺伝子産物、代謝物質、酵素などを挙げることができる。
【0012】
本明細書において、「上皮間葉転換マーカー」とは、表皮細胞などの上皮細胞がその細胞極性や周囲細胞との細胞接着機能を失い、遊走、浸潤能を得ることで、線維芽細胞などの間葉系様の細胞へと変化する過程において、細胞が発現するマーカーをいう。
【0013】
本明細書において、「炎症性皮膚疾患」とは、皮膚疾患および皮膚障害を含み、掻痒、浮腫、紅斑および剥離などの一連の臨床的徴候および症状を伴う状態を意味し、皮膚における一連の炎症反応を引き起こす様々な刺激性因子により誘発される皮膚疾患を指す。炎症性皮膚疾患の臨床的徴候および症状は、皮膚の潰瘍形成、丘疹、炎症または水疱形成が挙げられる。炎症性皮膚疾患は、代表的にはアトピー性皮膚炎を含む。
【0014】
本明細書において、「アトピー性皮膚炎」とは、痒疹を伴う炎症性皮膚炎であり、寛解、憎悪を繰り返す慢性、反復性の経過を特徴とする。多くは、アレルギー性の喘息、アレルギー性鼻炎(花粉症)、アレルギー性結膜炎などを家系に有し、および/またはIgE抗体を産生しやすい素因であるアトピー素因を背景に発症する。
【0015】
本明細書において、「被検体」とは、本開示の方法の検査対象を指し、被検体としては、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル、ヤギ、ブタ等)が挙げられる。
【0016】
本明細書において、「基準値」とは、被検体から採取された生体試料において測定される上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度と比較して、炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を判断するための基準値であり、対象疾患に罹患していない被検体または特定の重症度を有する被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換のマーカーの測定値であり得る。
【0017】
1.炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度の検査方法
本開示は、その一態様において、炎症性皮膚疾患の罹患の有無、罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査する方法であって、被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む、方法に関する。以下、これらの方法について説明する。
【0018】
炎症性皮膚疾患は、皮膚の炎症を伴う及び/又は発症過程に炎症が関与する疾患である限り特に制限されない。例えば、アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、尋常性ざ瘡、全身性エリテマトーデス、結節性紅斑、多形紅斑、水疱症、掌蹠膿疱症、血管炎、接触性皮膚炎、蕁麻疹、薬疹、痒疹、脂漏性皮膚炎、貨幣状湿疹、慢性単純性苔癬、自家感作性皮膚炎、うっ滞性皮膚炎、皮脂欠乏性湿疹、環状肉芽腫、毛孔性角化症、脂肪織炎、壊疽性膿皮症、スティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死融解症などが挙げられ、好ましくはアトピー性皮膚炎が挙げられる。
【0019】
炎症性皮膚疾患の重症度及び進行度は特に制限されない。重症度については、軽度、中等度、重度などの程度値や、臨床医による皮疹スコア(アトピー性皮膚炎の場合、SCORAD(Scoring Atopic Dermatitis)やEASIスコア)などの評価値などに基づく。進行度は、対象疾患の病態や症状の進行の観点から定められる概念であり、上記値に基づくことも可能である。より具体的には、進行度は、過去に決定した程度値及び/又は評価値からの変化量を指し得る。例えば、過去に軽度と決定され、その後1年後に本開示の方法に基づき中等症と決定された場合、1年間で軽度から中等症への進行を進行度として判断することができる。進行度は、評価値の変化量として示されてもよい。過去に決定される程度値及び/又は評価値は、従来のスコアやマーカーに基づき決定されたものでもよく、本開示の方法に基づき決定されたものでもよい。
【0020】
SCORAD(Scoring Atopic Dermatitis)は、皮疹の範囲(%)、皮疹の強さ(0~3の4段階)及び自覚症状(掻痒と睡眠不足とをそれぞれ0~10の11段階)を基にして点数化したものを指す。
【0021】
実施例において使用されるADスコアは、動物試験モデルに対して使用されるスコアであり、(1)背部の発赤・出血、(2)背部の痂皮乾燥、(3)耳介の浮腫、及び(4)耳介の組織欠損の4項目について、無症状(0点)・軽度(1点)・中度(2点)及び重度(3点)の4段階で評価し、点数化したものを指す(Mina Yamamoto, et al., Allergology International 2007; 56: 139-148)。
【0022】
被検体は、本開示の検査方法の対象生物であり、その生物種は特に制限されない。被検体の生物種としては、例えばヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギなどの種々の哺乳類動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。
【0023】
被検体の対象疾患に関する状態は、特に制限されない。被検体としては、例えば対象疾患に罹患しているかどうか不明な検体、対象疾患罹患歴の無い検体、対象疾患罹患歴があり且つ対象疾患治療を受けた検体、他の検査方法によって対象疾患に罹患している(或いは罹患していない)と既に判定されている検体、問診法、アンケート検査法、スコア法、病理診断法、血液生化学検査法などによる対象疾患検査により、重症度や進行度が判定されている検体などが挙げられる。被検体がヒトの場合、これまでの病歴を問わず、健常者と思われる者を含め、どのような者でも検査対象者とすることができる。健常者と思われる者の場合には、一般の健康診断や人間ドック等において、対象疾患の早期発見や早期診断に有効である。また、問診法、アンケート検査法、スコア法、病理診断法、及び血液生化学検査法などによる対象疾患検査により、対象疾患の疑いやその重症度及び/又は進行度が診断された被験者の場合には、本開示の検査方法により、対象疾患診断を補助することができる。
【0024】
上皮間葉転換とは、表皮細胞などの上皮細胞がその細胞極性や周囲細胞との細胞接着機能を失い、遊走、浸潤能を得ることで、線維芽細胞などの間葉系様の細胞へと変化する過程である。上皮間葉転換は中胚葉形成や神経管形成などを含むさまざまな発生過程に重要な役割を果たしている。また、炎症、創傷治癒や組織の線維化、がんの浸潤、転移などにおいても出現していると考えられている。
【0025】
上皮間葉転換マーカーとしては、例えば、E-カドヘリン、サイトケラチン、ZO-1、ムチン、サーファクタントタンパク質、N-カドヘリン、ビメンチン、FSP-1、α-平滑筋アクチン、I型コラーゲン、ZEB1、ZEB2、Ovol1、Snai1及びSlugなどが挙げられ、好ましくはN-カドヘリン、ビメンチン、Twist、及びSnai1が挙げられる。
【0026】
生体試料は、上皮間葉転換のマーカーを含有し得るものであれば特に制限されない。生体試料としては、例えば血液、尿、体分泌液、鼻粘膜、口腔粘膜、汗液、唾液、涙液、痰などの体液由来、角層、表皮、真皮、体毛、毛髪、毛包、皮脂腺、脂肪組織などの皮膚由来の試料が挙げられ、好ましくは角層、表皮、及び毛包が挙げられる。血液試料には、全血、血漿、血清等が含まれ、被検体から採取された全血を適宜処理することによって調製することができる。角層は、テープストリッピング法や綿棒を用いた採取方法などを用いて、哺乳類動物等から低侵襲的に直接採取することが可能である。また、切除した皮膚から加熱分離法により採取することも可能である。表皮は、真皮を含む皮膚をNaBr溶液や高張食塩水に浸漬させることによって採取することができる。毛包は、哺乳類動物等から低侵襲的に直接採取することが可能である。
【0027】
被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する方法としては特に限定されず、イムノアッセイ法、クロマトグラフィー法、質量分析法、核酸アプタマー法、定量PCR法等が挙げられる。イムノアッセイは、直接法、間接法、均一法、不均一法、競合法、非競合法などを問わず、広く採用することができる。イムノアッセイとして、より具体的には、例えばELISA(例えば直接法、間接法、サンドイッチ法、競合法など)、ラジオイムノアッセイ、イムノラジオメトリックアッセイ、エンザイムイムノアッセイ、サンドイッチEIA、イムノクロマト、ウェスタンブロット、免疫沈降、スロット或いはドットブロットアッセイ、免疫組織染色、蛍光イムノアッセイ、表面プラズモン共鳴法を用いるイムノアッセイなどが挙げられる。また、生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度は、生体試料の湿・乾燥重量や、生体試料の内部標準分子(例えば、β-アクチン、GAPDH、β2-マイクログロブリン、チューブリン、HPRT1)を基準にして補正することができる。
【0028】
本開示の検査方法は、一態様として、予め設定された上皮間葉転換のマーカーの基準値との比較結果に基づいて、罹患の有無、被検体が対象疾患に罹患している可能性、或いは被検体の対象疾患の重症度及び/又は進行度を判定する工程を含むことが好ましい。ここで、「対象疾患に罹患している可能性」とは、「生体試料採取時に対象疾患に罹患している可能性」を意味し、「対象疾患の重症度及び/又は進行度」とは、「生体試料採取時の対象疾患の状態の程度や、該程度の経日的な変化」を意味する。「生体試料採取時に対象疾患に罹患している可能性」とは、その生体試料において測定された上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度に基づき決定される対象疾患に罹患している可能性を指し、その生体試料において測定された上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度が、基準値(例えば、健常者において測定された上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度)と比べて高い場合は、対象疾患に罹患している可能性が高いことを意味し、基準値と同等または基準値よりも低い場合は、対象疾患に罹患している可能性がない又は低いことを意味する。「生体試料採取時の対象疾患の状態の程度」とは、その生体試料において測定された上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度に基づき判断される生体試料を採取した時点における重症度を意味し、「程度の経日的な変化」とは、同一の被検体において、過去に決定した対象疾患の状態の程度から生体試料採取時の対象疾患の状態の程度への変化を意味する。
【0029】
予め設定された上皮間葉転換のマーカーの基準値は、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率などの観点から当業者が適宜設定することができる。例えば、対象疾患に罹患している可能性を判定する場合は、基準値を、対象疾患に罹患していない被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度に設定できる。より具体的には、例えば、対象疾患に罹患している被検体、及び対象疾患に罹患していない被検体から採取された生体試料における、上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度を内部標準分子などで補正した値を用いて、受信者操作特性(Receiver Operating Characteristic, ROC)曲線の解析などに基づいた統計解析(より具体的には、Youden indexを用いた方法が例示される。)を行うことにより、設定することができる。被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度が、基準値よりも高い場合は、被検体が対象疾患を有する、または対象疾患に罹患している可能性があり、基準値と同等または基準値よりも低い場合は、被検体が対象疾患を有さない、または対象疾患に罹患している可能性がない又は低いと判断され得る。
【0030】
対象疾患の重症度及び/又は進行度を判定する場合は、上皮間葉転換のマーカーの基準値を、対象疾患について任意の重症度及び/又は任意の進行度の被検体から採取された生体試料を用いて設定できる。より具体的には、例えば、対象疾患について任意の重症度及び/又は任意の進行度の被検体における、上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度を内部標準分子などで補正した値を用いて、ROC曲線の解析などに基づいた統計解析を行うことにより、設定することができる。アトピー性皮膚炎診療ガイドラインで定められた重症度の指標、その他の従来の指標(例えば、SCORAD、EASIスコア、従来のマーカー(例えば、SCCA2、TARC、IgE)、またはこれらの組み合わせ)は、重症度及び/又は進行度の上皮間葉転換のマーカーの基準値を決定するために用いられてもよい。例えば、対象疾患の重症度及び/又は進行度の基準値を決定するために、従来の指標(例えば、SCORAD、EASIスコア、従来のマーカー(例えば、SCCA2、TARC、IgE)、またはこれらの組み合わせ)と、上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度とを対応させて、その対応関係に基づき各重症度及び/又は進行度の基準値を決定することができる。より具体的には、重症度及び/又は進行度は、基準値と被検体から採取された生体試料において測定された上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度とを比較し、例えば、上記対応関係に基づき、測定値がどの程度の従来の指標と対応するのか(例えば、EASIスコアの××点に対応する)を決定し得る。典型的には、アトピー性皮膚炎の従来のスコアおよび従来のマーカー(血清検査値、中央値)に基づく重症度評価は以下のとおりである:
SCCA2:軽症 2.0、中等症 3.5、重症 10.8;
TARC:軽症 885、中等症 897、重症 2530;
IgG:軽症 282、中等症 652、重症 1869;
アトピー性皮膚炎診療ガイドラインで定められた重症度:最重症 強い炎症を伴う皮疹が体表面の30%以上にみられる、重症 強い炎症を伴う皮疹が体表面の10%以上、30%未満にみられる、中等症 強い炎症を伴う皮疹が体表面の10%未満にみられる、軽症 面積にかかわらず、軽度の皮疹のみがみられる;
SCORAD:皮疹の範囲(%)、皮疹の強さ(0-3の4段階)、患者の自覚症状(そう痒と睡眠不足とをそれぞれ0-10の11段階)の3項目で評価する(最高点数は103点);
EASIスコア:頭頸部・体幹・上肢・下肢の4つの身体部位で重症度を評価する。各部位における皮疹の重症度(0-3の4段階)、皮疹面積(0-6の7段階)を評価し、2つを掛け合わせて得点を算出する(最高点数は72点)。
【0031】
別の実施形態において、SCORAD又はEASIスコアと、上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度との相関図を予め作成して、上皮間葉転換のマーカーの量及び/又は濃度に対応するSCORAD又はEASIスコアの点数を、重症度及び/又は進行度として使用してもよい。
【0032】
尋常性乾癬における従来の重症度評価は以下のとおりである:
BSA(Body Surface Area皮疹の相対面積):軽症 3%未満、中等症 3~10%、重症 10%超;
PASI:各部位別(頭部、上肢、体幹、下肢)に皮膚症状(紅斑、浸潤、落屑)をそれぞれ5段階(0:なし、1:軽度、2:中等度、3:高度、4:きわめて高度)で評価し点数化する(72点満点)。
【0033】
尋常性ざ瘡における従来の重症度評価は以下のとおりである:
皮膚所見:軽症 片顔に炎症性皮疹が5個以下、中等症 片顔に炎症性皮疹が6個以上20個以下、重症 片顔に炎症性皮疹が21個以上50個以下、最重症 片顔に炎症性皮疹が51個以上。
【0034】
全身性エリテマトーデスにおける従来の重症度評価は以下のとおりである:
皮膚所見:軽症 片顔に炎症性皮疹が5個以下、中等症 片顔に炎症性皮疹が6個以上20個以下、重症 片顔に炎症性皮疹が21個以上50個以下、最重症 片顔に炎症性皮疹が51個以上
SLEDAI:点数1 発熱、血小板減少、白血球減少、 点数2 新規皮疹、脱毛、粘膜潰瘍、胸膜炎、侵害膜炎、補体低値、DNA結合能の上昇、 点数4 関節炎、筋炎、尿沈査、血尿、蛋白尿、膿尿 点数8 痙攣、精神症状、器質性脳症候群、視覚障害、脳神経障害、ループス頭痛、脳血管障害、血管炎 (4点以上が医療費助成対象)。
【0035】
さらに、上皮間葉転換のマーカーの基準値と比較することによって、罹患の有無、被検体が対象疾患に罹患している可能性、或いは被検体の対象疾患の重症度及び/又は進行度を判定する工程を含むことが好ましい。
【0036】
2.対象疾患の検査薬
本開示は、その一態様において、上皮間葉転換マーカーの検出試薬(例えば、上皮間葉転換マーカーに対する抗体又はその抗原結合断片、および機能的核酸からなる群より選択される少なくとも1種)を含む、対象疾患の検査薬に関する。以下、これについて説明する。機能的核酸は、上皮間葉転換マーカーの少なくとも一部を増幅するためのプライマーであり得る。
【0037】
本開示の検査薬は、対象疾患の罹患の有無、対象疾患に罹患している可能性、その重症度及び/又は進行度を検査するために用いられる。
【0038】
本開示の検査薬は、抗体を含む場合、市販の抗体又は例えばハイブリドーマ技術を用いて作製した抗体を使用することができる。本開示の検査薬は、上皮間葉転換マーカーに対する抗体からなる群より選択される少なくとも1種を含む組成物の形態であってもよい。該組成物には、必要に応じて他の成分が含まれていてもよい。他の成分としては、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられる。
【0039】
本開示の検査薬は、上皮間葉転換マーカーに対する抗体からなる群より選択される少なくとも1種を含むキットに用いてもよい。該キットには、本開示の検査方法の実施に用いられ得る器具、試薬などが含まれていてもよい。器具としては、例えば試験管、限外濾過ユニット、クロマトグラフィーカラム(例えばSephadexカラム等)などが挙げられる。また、試薬としては、SDS、2-メルカプトエタノールなどが挙げられる。
【0040】
本開示の検査薬は、遺伝子定量プライマーを含む場合、市販のプライマー又は例えば下記の方法で設計したプライマーを使用することができる。
【0041】
プライマーの設計
長さ:17~25mer、GC含有:40~60%、Tm:55~65℃、配列(3’末端にG又はCが3個以上連続する配列は避ける。3’末端がTになる配列は避ける。プライマー内部に3’末端と2mer以上一致する配列は避ける。)。最後に、BLASTサーチを行い、プライマーの特異性を確認する。
【0042】
本開示の検査薬は、上皮間葉転換マーカーに対する遺伝子定量プライマーからなる群より選択される少なくとも1種を含む組成物の形態であってもよい。また、本開示の検査薬は、上皮間葉転換マーカーに対する遺伝子定量プライマーからなる群より選択される少なくとも1種を含むキットに用いてもよい。
【0043】
3.対象疾患の治療薬
本開示において、被検体から採取された生体試料における上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を測定する工程を含む方法により、炎症性皮膚疾患、特に、アトピー性皮膚炎の罹患の可能性、その重症度及び/又は進行度を検査することができる。また、本開示において、炎症性皮膚疾患(例えば、アトピー性皮膚炎)の重症度と上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度が正の相関を示すことから、上皮間葉転換マーカーの量及び/又は濃度を、炎症性皮膚疾患(例えば、アトピー性皮膚炎)の重症度の指標とすることができる。また、本発明にしたがって、炎症性皮膚疾患(例えば、アトピー性皮膚炎)の重症度に関する情報が得られた場合、上皮間葉転換を抑制する医薬組成物を炎症性皮膚疾患、特に、アトピー性皮膚炎の治療薬に用いることができる。上皮間葉転換を抑制する分子としては、EMT inhibitor-1などが挙げられる。理論に束縛されることは望まないが、上皮細胞は皮膚における物理的バリアの役割を担っており、炎症をもたらす物質等の侵入を防いでおり、炎症性皮膚疾患(例えば、アトピー性皮膚炎)において、上皮間葉転換が生じると、上皮細胞が細胞接着機能を失い、周囲に遊走、浸潤して、線維芽細胞などの間葉系様の細胞へと変化することで、上皮細胞の皮膚バリアとしての機能が失われ、上皮組織の恒常性が失われる。そのため、炎症性皮膚疾患(例えば、アトピー性皮膚炎)において、上皮間葉転換を抑制する分子が有効である。
【0044】
その他の治療薬としては、ステロイド、免疫抑制剤、抗アレルギー薬、抗サイトカイン抗体、抗サイトカイン受容体抗体、JAK阻害剤などが挙げられるが、これらに限定されない。
【実施例0045】
以下に、実施例に基づいて本開示の発明を詳細に説明するが、本開示の発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0046】
実施例1.アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカーの相関解析
(a)アトピー性皮膚炎モデル動物の作製
アトピー性皮膚炎自然発症動物NC/Ngaマウスはジャクソン・ラボラトリー・ジャパンから入手した。本マウスは、ヒトアトピー性皮膚炎に類似しており、当該分野で最も広く使用されているアトピー性皮膚炎のモデル動物である。NC/Ngaマウス(雄、9週齢)をイソフルラン(富士フィルム和光純薬製、カタログ番号:099-06571)の麻酔下で剃毛し、エピラット除毛クリーム(クラシエ製)を塗布した30分後に、背部と耳介にダニ抗原ビオスタAD(ビオスタ製、カタログ番号:AD002)100mgを塗布してダニ抗原を感作した。2回目以降の感作では、除毛クリームの代わりに4%SDSを塗布した後にビオスタAD 100mgを塗布した。ダニ抗原の感作を2回/週、3週間(計6回)実施して、アトピー性皮膚炎モデル動物を作製した。
【0047】
(b)ADスコアの測定
作製したアトピー性皮膚炎モデル動物について、(1)背部の発赤・出血、(2)背部の痂皮乾燥、(3)耳介の浮腫、及び(4)耳介の組織欠損の4項目について、無症状(0点)・軽度(1点)・中度(2点)及び重度(3点)の4段階で評価し、これらの総合点をADスコアとした(Mina Yamamoto, et al., Allergology International 2007; 56: 139-148)。
【0048】
(c)血中IgE濃度の測定
アトピー性皮膚炎モデル動物を採血し、3000 rpmで15分間遠心した上清を血漿とした。血漿中のIgE濃度は、IgE ELISA kit(レビス製、カタログ番号:639-02891)を用いて測定した。
【0049】
(d)表皮厚の測定
採取したアトピー性皮膚炎モデル動物の皮膚をマイルドホル10NM(富士フィルム和光純薬製、カタログ番号:130-10527)中に室温で一晩浸漬して固定した。固定した皮膚を脱水、パラフィン包埋後、LEICA SM2010R(Leica Biosystems製)を用いて厚さ5μmの皮膚切片を作製した。作製した皮膚切片を脱パラフィン処理後、ヘマトキシリン・エオジン染色した後、封入剤(メルク製、カタログ番号:1.07961.0100)を用いて封入した。次に、BZ-X710 All-in-One Fluorescence Microscope(キーエンス製)を用いてヘマトキシリン・エオジン染色切片の画像を取得し、画像解析ソフトBZ-X analyzer(キーエンス製)を用いて表皮厚を測定した。
【0050】
(e)上皮間葉転換マーカー量の測定
採取したアトピー性皮膚炎モデル動物の皮膚を2M臭化ナトリウムに37℃で2時間浸漬して表皮を剥離した。剥離した表皮にRIPAバッファー(1% NP-40、20 mM Tris-HCl (pH 7.4)、0.15 M NaCl、1 mM EDTA、phosphatase inhibitor cocktail (Merck製 、カタログ番号:11836170001)、protein inhibitor cocktail(Merck製、カタログ番号:04906845001)100 μL添加し、氷上で細断後にホモジナイザーペッスルを用いて表皮懸濁液を作製した。次に、表皮懸濁液を4℃、12000×gで10分間遠心分離した後、上清を回収して表皮抽出液とした。表皮抽出液のタンパク質濃度をProtein assay kit(ナカライテスク製、カタログ番号:06385-00)を用いて測定して500 μg/mLに調製した。
【0051】
表皮抽出液にSDSサンプルバッファーを加えて混和し、97℃で3分間加熱処理した後、10% SDS-PAGEをおこなった。次に、ゲルをPVDF膜に転写してBlocking one(ナカライテスク製、カタログ番号:03953-95)でブロッキングした後、希釈した抗Snai1抗体(Proteintech製、カタログ番号:13099-1-AP)、抗Twist抗体(Abcam製、カタログ番号:ab50889)又は抗β-アクチン抗体(MBL製、カタログ番号:M177-3)を加えて4℃で一晩反応した。次に、洗浄したPVDF膜に希釈したHRP標識抗マウスIgG抗体(Cell signaling technology製、カタログ番号:#7076)又はHRP標識抗ウサギIgG抗体(Abcam製、カタログ番号:ab6721)を加えて室温で1時間反応した。次に、洗浄したPVDF膜に化学発光試薬(ナカライテスク製、カタログ番号:11644-40)を加え、ChemiDoc Touchイメージングシステム(BIO-RAD製)を用いてシグナルを検出した。各シグナル値を画像分析ソフトImage Lab(BIO-RAD製)を用いて測定し、次式に従って上皮間葉転換マーカー量を算出した。
【0052】
上皮間葉転換マーカー量
=上皮間葉転換マーカーのシグナル値/β-アクチンのシグナル値
(e)アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカー量の相関解析
アトピー性皮膚炎モデル動物におけるアトピー性皮膚炎の重症度(ADスコア、IgE、表皮厚)と、上皮間葉転換マーカー量の相関について解析した。その結果、
図1(Snai1)と
図2(Twist)に示すように、アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカー量に相関があることが示された。また、相関係数を算出した結果、表1に示す通り、ADスコアと上皮間葉転換マーカー量が特に高い相関があることが示された。
【0053】
【0054】
Snai1やTwist(共に、転写因子)の発現が上昇することにより、Snai1やTwistで制御される下流の遺伝子の発現が変動して、上皮間葉転換が誘導される(佐谷秀行、家族性腫瘍第10巻第2号2010年)。したがって、Snai1やTwist以外の上皮間葉転換に関連する他のマーカーも同様に上昇していると考えられる。
【0055】
比較例1.アトピー性皮膚炎モデル動物における既存マーカーの測定
実施例1(a)で作製したアトピー性皮膚炎モデル動物の血漿中のTARC濃度をTARC ELISA kit(R&D systems製、カタログ番号:MCC170)を用いて測定した。
【0056】
実施例1(b~d)で算出したアトピー性皮膚炎の重症度と、血中TARC濃度の相関について解析した結果、
図3に示すように、アトピー性皮膚炎の重症度と血中TARC濃度にある程度相関があることが示された。一方、相関係数を比較した結果、表1に示す通り、本開示の検査方法がTARC検査法よりも、アトピー性皮膚炎の重症度を検査する能力がより高いものであることが示された。
【0057】
実施例2.正常動物とアトピー性皮膚炎自然発症動物での上皮間葉転換マーカーの比較
アトピー性皮膚炎自然発症動物NC/Ngaマウスはジャクソン・ラボラトリー・ジャパンから入手した。また、正常動物として、C57BL/6マウスとBALB/cマウスを日本クレアから入手した。各マウスについて、実施例1(e)で示した方法に従って表皮中のTwist量、及び抗チューブリン抗体(Proteintech製、カタログ番号:11224-1-AP)を用いて表皮の内部標準量を測定し、アトピー性皮膚炎自然発症動物と正常動物のTwist量を比較した。
【0058】
その結果、
図4に示すように、アトピー性皮膚炎自然発症動物は正常動物に比して、上皮間葉転換マーカー量が有意(p<0.01)に高値を示し、本開示の検査方法は、アトピー性皮膚炎の罹患の可能性、又はアトピー性皮膚炎を将来発症するリスクを検査する能力が高いものであることが示された。正常動物(B6、Balbc)とアトピー性皮膚炎モデルマウス(NC)のTwist量を比較すると、後者で明らかにTwist量が増加した。アトピー性皮膚炎においてTwist量が増加するため、アトピー性皮膚炎に至る過程においてTwist量が増加すると考えられる。従って、健常者のTwist量を最小値、アトピー性皮膚炎のTwist量を最大値とすることにより、Twist量を基準にしてアトピー性皮膚炎を将来発症するリスクを判定できると考えられる。
【0059】
実施例3.ヒトアトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカーの相関解析
(a)アトピー性皮膚炎患者の標本
健常者(N=3)の正常皮膚及びアトピー性皮膚炎患者(N=4)の無疹部及び皮疹部の皮膚をバイオプシーにより採取した。
【0060】
(b)表皮厚の測定
採取した皮膚を固定、脱水、パラフィン包埋後に皮膚切片を作製し、実施例1.(d)に記載の方法に従って表皮厚を測定した。
【0061】
(c)上皮間葉転換マーカー率の測定
皮膚切片を脱パラフィン処理及び120℃で10分間オートクレーブ処理した後、100倍希釈したマウス抗Snai1抗体(Santa Cruz製、カタログ番号:SC-272977)、50倍希釈したマウス抗Twist抗体(Abcam製、カタログ番号:ab50889)、250倍希釈したウサギ抗ビメンチン抗体(Cell Signaling Technology製、カタログ番号:5741)、250倍希釈したモルモット抗ケラチン5抗体(OriGene製、カタログ番号:BP5006)を加えて4℃で一晩反応した。各切片をPBS(-)で洗浄後、Alexa 594標識抗マウス抗体、Dylight 564標識抗ウサギ抗体、Alexa 488標識抗モルモット抗体を加えて室温で1時間反応した。次に、洗浄した切片を核染色後、BZ-X710 All-in-One Fluorescence Microscopeを用いて蛍光観察し、次式に従って上皮間葉転換マーカー率(上皮間葉転換マーカー陽性細胞率)を算出した。
【0062】
上皮間葉転換マーカー率(上皮間葉転換マーカー陽性細胞率)(%)
=上皮間葉転換マーカー陽性細胞数/ケラチン5陽性細胞数
【0063】
(d)アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカー量の相関解析
健常者と、アトピー性皮膚炎患者の無疹部及び皮疹部におけるアトピー性皮膚炎の重症度(表皮厚)と、上皮間葉転換マーカー量の相関について解析した。その結果、
図5に示すように、アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカー量に相関があることが示された。また、相関係数を算出した結果、表2に示す通り、ヒトにおいても、アトピー性皮膚炎の重症度と上皮間葉転換マーカー量に高い相関があることが示された。
【0064】
実施例1および2においてマウスにおいて確認されたアトピー性皮膚炎と相関する上皮間葉転換マーカーが、ヒトにおいても同様にアトピー性皮膚炎と相関した。したがって、本実施例の結果は、上皮間葉転換マーカーは、ヒトにおけるアトピー性皮膚炎の指標として使用できることを示す。
【0065】
健常者の皮膚におけるマーカー率(%)は、Snailが約0~約5%、Twistが約2~約20%、ビメンチンが約0~約10%であった。他方で、アトピー性皮膚炎の皮疹部皮膚におけるマーカー率(%)は、Snailが約30~約40%、Twistが約80~約90%、ビメンチンが約30~約40%であった。
【表2】