(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055743
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】対土石流構造物
(51)【国際特許分類】
E02B 7/02 20060101AFI20240411BHJP
【FI】
E02B7/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067652
(22)【出願日】2023-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2022161704
(32)【優先日】2022-10-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】390029012
【氏名又は名称】株式会社エスイー
(74)【代理人】
【識別番号】100124316
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】堀口 俊行
(72)【発明者】
【氏名】萬▲徳▼ 昌昭
(72)【発明者】
【氏名】木部 洋
(72)【発明者】
【氏名】竹家 宏治
(57)【要約】
【課題】土石流の発生が想定される渓流に発生した場合の土石流を堰き止める上で、構造体が土石から受ける衝撃を緩和させ、本来の形態を維持可能な構造にする。
【解決手段】渓床26上に構築される平板状の基礎11上に立体的に構築される構造体2と、少なくとも渓流の両岸の地盤と構造体2との間に架設されて両岸側の端部が地盤に定着され、土石流の発生時に土石からの衝撃力を構造体2と共に負担する引張材13から対土石流構造物1を構成し、基礎11上に渓流の幅方向に並列し、土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材3と、各下部枠材3の軸方向の上流側及び下流側に接合され、下部枠材3から起立する前方側縦枠材4及び後方側縦枠材5と、少なくとも渓流の幅方向に隣接する下部枠材3、3を互いに連結するつなぎ材6から構造体2を構成し、下部枠材3を基礎11に軸方向に相対移動自在に引張材13を構造体2に接触させるか、接続する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
土石流の発生が想定される渓流の渓床上に構築される平板状の基礎上に立体的に構築される構造体と、
少なくとも前記渓流の両岸の地盤と前記構造体との間に架設されて前記両岸側の端部が前記地盤に定着され、前記土石流の発生時に土石からの衝撃力を前記構造体と共に負担する引張材とを備え、
前記構造体は前記基礎上に、前記渓流の幅方向に並列し、前記土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材と、この各下部枠材の軸方向の上流側及び下流側に接合され、前記下部枠材から起立する前方側縦枠材及び後方側縦枠材と、少なくとも前記渓流の幅方向に隣接する前記下部枠材間に架設され、前記両下部枠材を互いに連結するつなぎ材とを備え、
前記下部枠材は前記基礎に軸方向に相対移動自在に直接、もしくは間接的に接触し、
前記引張材は前記下部枠材の前記基礎上での前記相対移動を許容しながら、前記構造体が前記土石から前記渓流の下流側に向かって受ける荷重を負担可能に、前記構造体のいずれかの部分に接触している、または接続されていることを特徴とする対土石流構造物。
【請求項2】
前記引張材は前記渓流の幅方向の中央部付近において前記構造体の下流側に接触し、前記中央部付近から前記渓流の幅方向両側寄りにかけて前記渓流の上流側に向けて配置され、平面上、全体として曲線状に配置されていることを特徴とする請求項1に記載の対土石流構造物。
【請求項3】
前記下部枠材は前記基礎に定着された調整材に浮き上がりを拘束されていることを特徴とする請求項1に記載の対土石流構造物。
【請求項4】
前記引張材の一部に、前記引張材が前記土石による引張力を負担したときに減衰力を発生する減衰装置が介在していることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の対土石流構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は土石流の発生が想定される渓流に、発生した場合の土石流を堰き止める目的で設置される対土石流構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
渓流に土石流を堰き止める目的で設置(構築)される構造物は、両端部が渓岸に定着されたケーブル(引張材)とケーブルに接続された網(ネット)を基本構造にする形態(特許文献1~4参照)と、渓床上に両渓岸間に跨るように立体的に組み立てられる骨組材からなる構造体とその上流側か下流側に張られる網を基本構造にする形態(特許文献5~7参照)とに大別される。構造体にはケーブルが併用されることもある(特許文献5)。この他、ケーブルや網が併用されない構造体のみの構造物の例もある(特許文献8、9参照)。
【0003】
前者の構造では、網が土石を受け止めたときの衝撃(運動エネルギ)をケーブル本体とその端部の定着部が主に引張力として負担するため、土石を受け止める能力は構造体が併用される後者の構造より低く、能力を超える程の衝撃を与える土石を受け止めたときにケーブルと定着部のいずれかが破断する可能性がある。
【0004】
後者の構造体は基本的に土石流の流れの方向に並列する柱等の縦部材と、渓流の幅方向に隣接する縦部材をつなぐ横部材から組み立てられ、網は渓流の幅方向に張られるため、網が土石を受け止めたときの衝撃を構造体が負担することになる。
【0005】
後者の構造の内、縦部材の脚部が渓床上等に単純に載置される場合(特許文献7)には、土石流の流れの方向に並列する縦部材間につなぎ材が架設されたとしても、渓流の幅方向に隣接する縦部材の下端部同士が連結されていなければ、渓流の幅方向に配列する各縦部材の下端部が衝撃時に独立して渓床上を滑動する可能性があり、構造体としての本来の形態を維持できなくなる可能性がある。構造体が形態を維持できなくなれば、形態の喪失箇所から崩壊が始まる可能性がある。
【0006】
縦部材の脚部(下端部)がコンクリート等の基礎中に定着される場合(特許文献5、6、8、9)には、載置の場合より構造体全体では形態の安定性は高い。但し、各縦部材等が土石から直接、または網を通じて衝撃を受けるときに、各縦部材等は移動(滑動)を拘束されていることで、滑動可能な場合より衝撃を受け易く、衝撃による損傷が大きくなり易い。このため、縦部材等が損傷する可能性が高く、損傷に起因して構造体の形態が損なわれる可能性がある。
【0007】
土石流方向に並列する縦部材同士をその方向に架設される横部材で接続し、並列する縦部材を拘束した場合でも(特許文献6の
図7、
図8)、構造的には各縦部材を基礎に定着させることに変わりがないため、縦部材等が損傷する可能性が高い。
【0008】
構造体とケーブルが併用される形態の場合(特許文献5)には、理論上、衝撃を構造体とケーブルが分担することができることで、構造体かケーブルの単体の場合より衝撃時の損傷の可能性は低下し易いため、他の例より相対的に形態維持能力を高めることは可能であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】実開平3-36021号公報(請求項1、公報第6頁第20行~第13頁第10行、第1図~第13図)
【特許文献2】特開平9-273137号公報(請求項1、段落0008~0032、
図1~
図5)
【特許文献3】特開平10-60866号公報(請求項1、段落0015~0032、
図1~
図4)
【特許文献4】特開2009-52215号公報(請求項1、段落0048~0073、
図1~
図10)
【特許文献5】特公昭58-51568号公報(公報第3欄第42行~第5欄第12行、第4図~第6図)
【特許文献6】特開2017-141568号公報(段落0022~0030、
図1~
図8)
【特許文献7】特開2021-28445号公報(段落0013~0030、
図1~
図13)
【特許文献8】特開2007-177467号公報(段落0013~0039、
図1~
図8)
【特許文献9】特開2022-39651号公報(段落0022~0039、
図2、
図3、
図7~
図15)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献5では、縦部材が独立してコンクリート基礎に定着(拘束)されているため、拘束の状況下では上記のように各縦部材が土石を受け止めたときの衝撃が大きくなり易く、損傷を受ける可能性が高い。
【0011】
本発明は上記背景より、構造体が土石から受ける衝撃を緩和させ、構造体の形態を維持可能な構造の対土石流構造物を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明の対土石流構造物は、土石流の発生が想定される渓流の渓床上に構築される平板状の基礎上に立体的に構築される構造体と、
少なくとも前記渓流の両岸の地盤と前記構造体との間に架設されて前記両岸側の端部が前記地盤に定着され、前記土石流の発生時に土石からの衝撃力を前記構造体と共に負担する引張材とを備え、
前記構造体は前記基礎上に、前記渓流の幅方向に並列し、前記土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材と、この各下部枠材の軸方向の上流側及び下流側に接合され、前記下部枠材から起立する前方側縦枠材及び後方側縦枠材と、少なくとも前記渓流の幅方向に隣接する前記下部枠材間に架設され、前記両下部枠材を互いに連結するつなぎ材とを備え、
前記下部枠材が前記基礎に軸方向に相対移動自在に直接、もしくは間接的に接触し、
前記引張材が前記下部枠材の前記基礎上での前記相対移動を許容しながら、前記構造体が前記土石から前記渓流の下流側に向かって受ける荷重を負担可能に、前記構造体のいずれかの部分の前記下流側に接触していることを構成要件とする。
【0013】
「渓床上に構築される平板状の基礎」とは、渓床26の不陸を均すために渓床26上に、上面(天端面)が実質的に平坦で、全体的に平板状に構築される均しコンクリートや類似のコンクリート造の底版等の基礎11のことを言う。「実質的に」とは、必ずしも全面が一様に平坦である必要はない意味である。構造体2は基礎11上に構築される。「構築」は一部が予め組み立てられている場合を含む。
【0014】
「立体的に構築される構造体」とは、構造体2全体が渓流の幅方向に長さを持つと同時に、想定される土石の規模に応じた高さを持ちながら、土石流方向に厚さ(奥行)を有するように構築されることを言う。構造体2は基本的に、渓流の幅方向には実質的に渓流の全幅に亘る長さを持ち、想定される最大の土石を受け止め可能な高さを持つ。詳しくは
図1等に示すように構造体構成材である前方側縦枠材4と後方側縦枠材5の少なくともいずれか長い側の長さの鉛直距離が構造体2の高さになり、土石流方向を向いて配置される下部枠材3の長さが構造体2の厚さになる。「渓流の幅方向」は構造体2の軸方向(長さ方向)である。
【0015】
「少なくとも渓流の両岸の地盤と構造体2との間に架設される引張材」とは、引張材13が少なくとも渓流両岸の地盤と構造体2との間に架設されることを言い、引張材13が
図3-(b)に示すように構造体2を経由して両岸の地盤間に架設されることと、
図14に示すように構造体2の軸方向の両側とその側の渓岸の地盤との間に架設されることを含む。前者の場合、構造体2の区間に位置する引張材13は構造体2には主に接触し(請求項2)、後者の場合、引張材13は構造体2のいずれかの部分に接続される。
【0016】
「両岸側の端部が地盤に定着される引張材」とは、
図3に示すように引張材13の両岸側の端部が渓岸の地盤中に、引張材13が負担する引張力を地盤に伝達し得る程度に定着されることを言う。具体的には
図12に示すように渓岸の地盤中に形成される削孔22中に引張材13の端部定着部であるアンカー体14が挿入され、削孔23中に充填されるグラウト材24中に埋設され、定着されることで、引張材15が地盤に固定された状態を永続的に維持することを言う。引張材13にはPC鋼材、繊維強化プラスチック等、引張力の導入が可能な材料が使用される。渓流の両岸は渓岸である。
【0017】
引張材13の構造体2側の部分は
図14に示すように構造体2のいずれかの部分に接続(定着)される場合もあるが、
図3-(b)、
図5に示すように引張材13の長さ方向の両端部が渓流の両岸に定着されながら、上記のように中間部(中間区間)が構造体2のいずれかの部分の下流側に接触する場合もある(請求項1)。後者の場合、引張材13は構造体2に、渓流の下流側で接触しながら、渓流の幅方向に架設され、両端部において渓岸の地盤に定着されることで、構造体2が土石から受ける衝撃力を構造体2と共に分担し、渓岸の地盤に伝達する状態になる。引張材13の両端部は引張材13が負担する引張力に十分に抵抗し得る程度に定着される。
【0018】
「土石流の発生時に土石からの衝撃力を構造体と共に負担する引張材」とは、引張材13が土石からの衝撃力を構造体2と共に分担することを言う。引張材13は両岸側の端部が地盤に定着される一方、構造体2側の端部が構造体2のいずれかの部分に接続されるか、接触することで、構造体2が土石から受ける衝撃力を構造体2と共に分担し、渓岸の地盤に伝達する状態になる。引張材13は構造体2から伝達される衝撃力を引張力として負担する。
【0019】
特に引張材13の中間部が構造体2に接触する場合に、構造体2が基礎11上に設置される場合には、引張材13は構造体2を構成する下部枠材3の、基礎11上での相対移動を許容しながら、構造体2に対して渓流の幅方向に相対移動自在に構造体2のいずれかの部分の下流側に接触することで、構造体2が負担する衝撃力の一部を負担する状態になる。引張材13は例えば後方側縦枠材5等に接触する。下部枠材3の相対移動は構造体2の基礎11に対する相対移動である。
【0020】
引張材13が構造体2に接続される場合も、構造体2に接触する場合も、構造体2が基礎11に対して相対移動を生じようとするときから構造体2が負担した荷重の一部を分担する状態にある。引張材13が荷重を負担する分だけ、構造体2が負担すべき荷重(衝撃力)が軽減されるため、構造体2が土石から受ける損傷が緩和される。
【0021】
引張材13が構造体2に接触する場合には、引張材13が構造体2の基礎11上での相対移動を許容することで、構造体2が基礎11上を土石流の下流側へ滑動(相対移動)しようとしたときに、引張材13は平常時より大きい引張力を負担する。この平常時の引張力を超える引張力が、構造体2が土石から受ける、静止状態を維持できなくなった分の荷重(衝撃力)に相当する。引張材15は平常時に引張力を負担していないこともある。
【0022】
引張材13が構造体2に接続される場合も、構造体2に接触する場合も、構造体2が土石から衝撃力を受けたときに、衝撃力に応じた伸び変形をするため、引張材13の伸び変形量が構造体2の基礎11に対する滑動量になる。
【0023】
構造体2が土石から衝撃力を受けたときに基礎11上を滑動できることは、構造体2が土石から一定の大きさを超える衝撃力を受け続けることなく、滑動する分の衝撃力を引張材15に流すことである。このことは、構造体2が破壊に至る程の衝撃力を受けずに、引張材15に負担させることでもある。
【0024】
また構造体2が基礎11上を滑動できることは、土石による衝撃時に土石が有していた運動エネルギを、構造体2の滑動時に基礎11との間に生じる摩擦による熱エネルギに変換できることである。従って構造体2は土石の有する運動エネルギを熱エネルギとして消費することができるため、基礎11上で拘束(固定)された状態にある場合との対比では、衝撃力による損傷が緩和されることになる。基礎11との間の摩擦は下部枠材3との間に生じる。
【0025】
土石の有する運動エネルギを消費することは、
図3-(b)に示すように引張材13の一部に、引張材13が土石による引張力を負担したときに減衰力を発生する減衰装置16を介在させることで(請求項4)、より効率的になり、構造体2の損傷緩和効果が向上する。減衰装置16は引張材13が平常時より大きい引張力を負担したときにその引張力を負担する状態に引張材13に接続される必要があるため、
図3、
図5、
図13に示すように引張材13とアンカー体14との間に介在させられる。減衰装置16の形態は問われず、例えばオイルダンパ、摩擦ダンパその他のエネルギ吸収装置が使用される。
【0026】
「基礎上に、渓流の幅方向に並列し、土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材」とは、渓流の幅方向に並列する複数本の下部枠材3が基礎11上に、軸方向を土石流方向に沿う方向に向けて配置されることを言う。「土石流方向に沿って」とは、基本的には「(下部枠材の)軸方向が土石流方向を向いて」の意味であるが、必ずしも軸方向が土石流方向に合致している必要はない。構造体2は基礎11上に直接、もしくは間接的に構築(設置)されるため、下部枠材3は基礎11上に直接、もしくは間接的に配置(載置)される。
【0027】
下部枠材3が基礎11上で軸方向を土石流方向に沿う方向に向けて配置されることで、構造体2は土石から衝撃力を受けたときに、土石流の方向である下部枠材3の軸方向に力(荷重)を受け、下部枠材3が基礎11に軸方向に相対移動自在に接触することと併せ、上記の通り、衝撃力の程度によっては引張材13が伸び変形し得る範囲で下部枠材3の軸方向に滑動し得ることになる。
【0028】
「各下部枠材の軸方向の上流側及び下流側に接合され、下部枠材から起立する前方側縦枠材及び後方側縦枠材」とは、下部枠材3の上流側の端部、または端部寄りの位置に、上方へ向かって前方側縦部材4が接合され、下部枠材3の下流側の端部、または端部寄りの位置に上方側へ向かって後方側縦部材5が接合されることを言う。「上方側」は必ずしも鉛直方向とは限らない。前方側縦部材4と後方側縦部材5は互いに直接、接合されるか、両者間に後述の補助材10等の中間材が架設されることで間接的に接合される。
【0029】
前方側縦部材4と後方側縦部材5は互いに直接、もしくは間接的に接合されることで、
図1に示すように下部枠材3と共に、平面トラス、または平面トラスに近い構造の単位フレーム2Aを形成し、単位フレーム2A単位で土石流方向の外力(衝撃力)に対する一定の形態維持能力(剛性)を確保する。構造体2はこの下部枠材3単位で成立する単位フレーム2Aを渓流の幅方向に架設されるつなぎ材6で連結した構造になる。
【0030】
「少なくとも渓流の幅方向に隣接する下部枠材間に架設され、両下部枠材を互いに連結するつなぎ材」とは、少なくとも渓流の幅方向に隣接する下部枠材3、3間につなぎ材6が架設され、必要により渓流の幅方向に隣接する前方側縦枠材4、4間と後方側縦枠材5、5間の少なくともいずれか一方にもつなぎ材6が架設されることを言う。つなぎ材6は隣接する下部枠材3、3間単位で架設される場合と、全下部枠材3、3間に跨るように架設される場合がある。
【0031】
「下部枠材は基礎に軸方向に相対移動自在に直接、もしくは間接的に接触し」とは、基礎11上に配置された下部枠材3が基礎11に対し、下部枠材3の軸方向に相対移動自在に直接、接触するか、後述の調整材15等のような何らかの中間材を介して間接的に接触することを言う。下部枠材3が基礎11に対して下部枠材3の軸方向に相対移動自在に接触することで、上記のように構造体2は土石から衝撃力を受けたときに下部枠材3の軸方向に相対移動可能な状態にある。
【0032】
「引張材は下部枠材の基礎上での相対移動を許容しながら、構造体が土石から渓流の下流側に向かって受ける荷重を負担可能に、構造体に接触し、または接続され」とは、引張材13が構造体2に接触しながらも、または接続されながらも、構造体2の基礎11上での相対移動を拘束せず、構造体2が土石から受ける荷重を引張材13が分担することを言う。構造体2が基礎11上を相対移動(滑動)するとき、引張材13は平常時より伸長し、上記のように平常時より大きい引張力を負担する。
【0033】
引張材13が構造体2に接触する場合、構造体2が基礎11上を相対移動するとき、引張材13は伸長しながら、構造体2に対して相対移動する。引張材13が構造体2に接続される場合、上記のように引張材13は伸長(伸び変形)可能な範囲で、構造体2の基礎11に対する相対移動を許容する。
【0034】
「構造体のいずれかの部分に接触し」とは、構造体2を構成する下部枠材3、前方側縦枠材4、後方側縦枠材5のいずれか、または後述の受け材8等の構造体構成材の内、構造体2が基礎11上で、土石からの衝撃力を受けて基礎11に対して相対移動する側にある部分の渓流の下流側等に接触することを言う。
【0035】
引張材13が構造体2に接触する場合、引張材13は構造体2の軸方向の全長に亘って架設(張架)されることが合理的であるため、構造体2を構成する全後方側縦枠材5か全前方側縦枠材4、またはつなぎ材6、あるいはこれら以外の上記受け材8等を経由するように架設される。但し、平面上、引張材13が部分的に極端に屈曲して架設されるとすれば、その屈曲部分の張力が過大になり、引張材13が破断し易くなる。
【0036】
そこで、引張材13を渓流の幅方向の中央部付近において構造体2の後方側(下流側)に接触させ、中央部付近から渓流の幅方向両側寄りにかけて渓流の上流側に向けて配置し、平面上、全体として曲線状に配置することで(請求項2)、引張材13が部分的に極端に屈曲する箇所をなくし、引張材13の部分的な破断を回避することが可能になる。「全体として」とは、両側の端部定着部(アンカー体14)を除き、引張材13を全体として見たときに、曲線を描くように配置されていることを言い、渓流の幅方向に隣接する構造体構成材間では引張材13が直線状に配置されることを含む。「平面上」は平面図として見たとき、の意味である。
【0037】
接触の場合、引張材13は構造体構成材のいずれかの部分に接触するが、引張材13が構造体構成材との接触部分で構造体構成材に対して滑りを生じる状態に接触していれば、引張材13の構造体構成材との相対移動時に摺動による摩擦力が発生し、引張材13の引張力負担能力が低下する可能性がある。これに対しては、構造体構成材の引張材13との接触箇所にローラや滑車を接続する等により引張材13が構造体構成材に対して摺動しないように接触させることで、摩擦力の発生を抑制し、引張力負担能力の低下を抑制することが可能になる。
【0038】
下部枠材3が基礎11上を滑動するとき、あるいは滑動しようとするときには、土石からの衝撃力の程度、または土石の衝突箇所によっては、構造体2が下部枠材3の下流側の端部を支点として転倒しようとすることが想定される。このような事態に備え、基礎11に上記した調整材15等の案内部材(ガイドレール)を定着させ、案内部材に下部枠材3の浮き上がりを拘束させることで(請求項3)、下部枠材3(構造体2)の浮き上がりを防止することが可能になる。
【0039】
下部枠材3に
図2に示すようにH型鋼を使用した場合のように、下部枠材3が基礎11上に載るフランジを有する場合、案内部材(調整材15)は
図2-(c)に示すようにフランジの幅方向両側を基礎11と共に上下に挟み込む形状に形成される。案内部材は下部枠材3の軸方向に連続する必要はなく、
図1に示すように軸方向に部分的に配置されればよい。
【発明の効果】
【0040】
渓床上の基礎上に構築され、土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材を有する構造体と、端部が渓流の両岸に定着される引張材とを有し、下部枠材を基礎に軸方向に相対移動自在に接触させ、引張材を、下部枠材の相対移動を許容しながら、構造体に接触させて、または接続しているため、構造体が相対移動を生じるときから構造体が負担した荷重の一部を引張材に分担させることができる。従って引張材が負担する分だけ、構造体が負担すべき荷重(衝撃力)を軽減することができるため、構造体が土石から受ける損傷を緩和することができる。
【0041】
また構造体が基礎上を滑動できることで、土石による衝撃時の土石が有していた運動エネルギを、構造体の滑動時に基礎との間に生じる摩擦による熱エネルギに変換でき、土石の有する運動エネルギを熱エネルギとして消費することができるため、基礎上で拘束(固定)された状態にある場合との対比では、衝撃力による損傷を緩和することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】基礎上に構築された構造体の構成例とその下流側に配置された引張材の関係を示した、構造体を渓流の幅方向に見た縦断面図である。
【
図2】(a)は
図1のx-x線方向の立面図、(b)は
図1のy-y線の断面図、(c)は(a)の破線円部分の拡大図である。
【
図3】(a)は
図1に示す構造体と土石流の関係、及び端部定着部(アンカー体)が地盤に定着された引張材との関係を概略的に示した縦断面図、(b)は構造体と引張材との関係を概略的に示した平面図である。
【
図4】(a)は
図1に示す構造体とは異なる構造をした構造体の構成例を示した縦断面図、(b)は(a)のx-x線の断面端面図である。
【
図5】(a)は
図4に示す構造体の下流側に引張材を平面上、湾曲させながら接触させて配置した様子を示した平面図である。
【
図6】
図4、
図5に示す構造体の構造を、横架材を除いて示した平面図である。
【
図7】(a)は
図4~
図6に示す構造体の横架材の配列状態を上流側から見た様子を示した立面図、(b)は(a)の平面図である。
【
図8】(a)は引張材本体の端部と、これに接続される端部定着部であるアンカー体との接続部の構成例を示した立面図、(b)は(a)の平面図である。
【
図9】(a)は
図8に示す定着材を示した正面図、(b)は(a)のx-x線矢視図、(c)は(a)のy-y線矢視図である。
【
図10】(a)は
図8に示す接続材を示した正面図、(b)は(a)のx-x線矢視図、(c)は(a)のy-y線矢視図である。
【
図11】(a)は
図8に示すアンカー定着材を示した正面図、(b)は(a)のx-x線矢視図である。
【
図12】アンカー体の本体全体の構成例を示した断面図である。
【
図14】(a)は引張材が上下2段に配置された場合に、上段側の引張材の端部を構造体に接続した様子を示した平面図、(b)は下段側の引張材の端部を構造体に接続した様子を示した平面図である。
【
図15】(a)は
図14-(a)の引張材と構造体との接続部分の具体例を示した平面図、(b)は(a)の立面図である。
【
図16】(a)は引張材が上下2段に配置された場合に、2本の引張材を立面上、平行に配置した場合の引張材の架設例の概要を示した立面図、(b)は2本の引張材を立面上、渓岸側で交差するように配置した場合の引張材の架設例の概要を示した立面図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
図1、
図2は土石流の発生が想定される渓流の渓床26上に構築される平板状の均しコンクリート等の、構造体2を渓床26上に実質的に水平に設置(構築)するための基礎11上に立体的に構築される構造体2と、渓流の両岸(渓岸)側の端部が渓流両岸の地盤に定着される引張材13とを備えた対土石流構造物1の構成例を示す。
【0044】
引張材13は渓流の幅方向に、構造体2を挟んで両岸間に架設される場合と、構造体2の軸方向(長さ方向)両側とそれぞれの側の渓岸との間に架設される場合がある。前者の場合、引張材13は構造体2の全体に接触し、後者の場合、引張材13は構造体2の軸方向の両側に接続される。いずれの場合も土石流の発生時に土石からの衝撃力を構造体2と共に負担する。基礎11の下の符号12は割栗石を示す。引張材13の両側の端部は定着部であるアンカー体14である。
図1~
図7は引張材13が構造体2に接触する場合の構造体2の構築例を、
図14~
図16は引張材13が構造体2の軸方向両側に接続される場合の構造体2の構築例を示す。
【0045】
構造体2は
図1に示すように基礎11上に、渓流の幅方向に並列し、軸方向が土石流方向に沿って配置される複数本の下部枠材3と、各下部枠材3の軸方向両端部、または両端部寄りの位置に接合され、下部枠材4から起立する前方側縦枠材4及び後方側縦枠材5を基本の単位フレーム2Aとして備える。構造体2は渓流の幅方向に配列する複数の単位フレーム2A、2A間に下記のつなぎ材6が架設されることにより構成される。
【0046】
少なくとも渓流の幅方向に隣接する下部枠材3、3間には、
図4、
図6に示すように両下部枠材3、3を渓流の幅方向に互いに連結するつなぎ材6が架設され、双方に接合される。つなぎ材6は渓流の幅方向に隣接する前方側縦枠材4、4間、または後方側縦枠材5、5間のいずれか、または双方にも架設されることがある。
【0047】
隣接する前方側縦枠材4、4間の上流側には
図1~
図3に示すように土石を直接、堰き止める横架材7が高さ方向に並列して架設され、両前方側縦枠材4、4に接合される。横架材7は一定規模より小さい礫を通過させ、一定規模以上の大きさの礫を堰き止めるために前方側縦枠材4の軸方向に適度な間隔を置いて配列する。横架材7は土石流と共に流下する流木を堰き止めることもある。
【0048】
図1、
図2は隣接する前方側縦枠材4、4間単位で区画される区間毎に横架材7の基礎11からの架設高さを変え、構造体2が土石から受ける衝撃力を隣接する前方側縦枠材4、4に分散させ、前方側縦枠材4の軸方向にも分散させるようにした場合の例を示している。この場合、1本の前方側縦枠材4に接合され、渓流の幅方向に隣接する横架材7、7間に段差が付けられる。横架材7は渓流の幅方向に隣接する前方側縦枠材4、4間に架設され、双方に接合されるため、つなぎ材6を兼ねる。
【0049】
下部枠材3等の構造体2の構成材には主に鋼材が使用されるが、プレキャストコンクリート部材が使用されることもある他、構造体2が鉄筋コンクリート造で、または鋼材との合成構造で構築されることもある。図面では横架材7を除き、構造体2の構成材がH形鋼等の鋼材である場合の例を示している。横架材7には、土石の衝突による衝撃力に対して変形しにくい鋼管を使用しているが、横架材7を含め、構成材の形状は問われない。構造体2の構成材が鋼材の場合、接合は主に図示するように溶接かボルト接合になる。
【0050】
前方側縦枠材4と後方側縦枠材5の上部は互いに直接、接合されることもあるが、土石からの衝撃力を受けたときの前方側縦枠材4の転倒を防止する機能を後方側縦枠材5に果たさせる上では、
図1、
図3-(a)に示すように後方側縦枠材5の上部は前方側縦枠材4の軸方向の中間部に接合されることが合理的である。この場合、前方側縦枠材4に生じる曲げモーメントを後方側縦枠材5が軸方向力として効率的に負担できる利点もある。「上流側」は渓流の上流側(前方側)を指す。同様に以下、「下流側」は渓流の下流側(後方側)を指す。
【0051】
前方側縦枠材4の後方側(下流側)には
図1、
図4、
図5に示すように構造体2に引張材13が接触しながら、渓流の幅方向に架設されるための受け材8が接合され、下部枠材3に直接、もしくは間接的に支持される。受け材8の下には
図4に示すように受け材8を下部枠材3に直接、もしくは間接的に支持させるための支持材9が配置され、下部枠材3、または後方側縦枠材5に接合される。支持材9は構造体2の幅方向に前方側縦枠材4と対になる。
【0052】
図1に示す例では受け材8を安定的に構造体2に支持させ、構造体2全体としての剛性を確保するために、前方側縦枠材4の上端部と受け材8の中間部との間に、補助材10を架設し、その両端部を前方側縦枠材4と受け材8に接合している。
図1ではまた、前方側縦枠材4の後方側縦枠材5との接合部の上の下流側に接合したつなぎ材6に受け材8を土石流方向に接合し、受け材8の中間部と後方側縦枠材5の下端部との間に支持材9を架設している。
【0053】
図4は支持材9の下端部を下部枠材3上の下流側に接合されたつなぎ材6に接合し、支持材9の上端部を受け材8下の下流側に接合されたつなぎ材6に接合した場合の例を示している。
図4に示す例では前方側縦枠材4と後方側縦枠材5との接合部の下と下部枠材3の下流側寄りの位置との間に補助材10を架設している。
【0054】
下部枠材3は
図1、
図2-(c)に示すように基礎11に下部枠材3の軸方向に相対移動自在に直接、もしくは間接的に接触する。引張材13は下部枠材3の基礎11上での相対移動を許容しながら、構造体2が土石から渓流の下流側に向かって受ける荷重を負担可能に、構造体2のいずれかの部分の下流側に接触するか、接続される。接触の場合、引張材13は構造体2に対しては渓流の幅方向に相対移動自在に接触する。接続の場合、引張材13が土石からの衝撃力を受けて伸長する範囲で構造体2は基礎11上を滑動し得る。
【0055】
図2-(c)は基礎11上に、下部枠材3に滑動が生じるときの、構造体2が土石から受ける荷重の程度(摩擦力)を調整するための調整材15をアンカーボルト等により固定した場合の例を示す。基礎11上に調整材15が固定されることで、下部枠材3が基礎11上を滑動し始めるときの静止摩擦力を調整し、滑動し易くすることも、滑動しにくくすることも可能になる。
【0056】
図2-(c)に示す例ではH型鋼を使用した下部枠材3の下部フランジの底面に、調整材15上に直接載り、下部枠材3の下部フランジの幅より大きい幅を有する滑り材31を一体化させている。同時に、調整材15の幅方向両側に、調整材15の本体部と共に滑り材31の幅方向両側部分を上下から挟み込む被係止部15aを一体化させ、滑り材31の調整材15上での滑動に伴う浮き上がりを防止している。この場合、上記の静止摩擦力は滑り材31と調整材15との間の摩擦係数で決まる。
【0057】
被係止部15aは
図1に示すように調整材15の軸方向に間隔を置いて部分的に、分散して配置されればよいが、連続的に形成されることもある。調整材15の幅方向両側の被係止部15a、15a、あるいは被係止部15a、15aを有する調整材15は下部枠材3の基礎11からの浮き上がりを拘束しながら、調整材15上での滑動を案内する案内部材(ガイドレール)の役目を果たす。
【0058】
図3-(a)は構造体2に引張材13、13を上下2段に配置し、両引張材13、13を構造体2に接触させ、引張材13の端部定着部であるアンカー体14を渓流の両岸(渓岸)の地盤に定着させた様子を示す。
図3-(b)は(a)に示す上段側の引張材13の架設(配置)状況を示している。アンカー体14は
図3-(b)、
図5に示すように引張材13の長さ方向の両端部に接続される。アンカー体14と引張材13との接続の詳細例は後述する。
図3-(a)は土石による衝撃力の程度に応じ、構造体2が基礎11上を自由に滑動できる状態に基礎11上に直接、もしくは中間材である上記の調整材15を介して間接的に載置されている様子も示している。
【0059】
基礎11上、もしくは調整材15上には構造体2の下部枠材3が直接、または上記した滑り材31が載置されるため、下部枠材3の底面と基礎11、または調整材15との間の静止摩擦力を超える水平力が
図3の矢印の向きに構造体2に作用したときに、構造体2は基礎11上、もしくは調整材15上を滑動する。下部枠材3の底面は上記したH型鋼の下部フランジの底面である。
【0060】
図3-(b)は引張材13を構造体2の下流側に接触させながら、平面上、全体として曲線状に配置した様子を示す。引張材13は構造体2が土石から受ける衝撃力を構造体2と共に分担し、長さ方向にも分散して負担可能なように、平面上、極端な屈曲箇所が生じないように配置される。
【0061】
具体的には引張材13は渓流の幅方向の中央部付近において構造体2の後方側(下流側)に配置され、中央部付近から渓流の幅方向両側寄りにかけ、渓流の上流側に向かう曲線を描くように架設される。引張材13は構造体2が土石からの衝撃力を受けて基礎11上を滑動したときに、平常時より伸長し、伸長分の引張力を負担し、アンカー体14を通じて地盤に伝達する。引張材13は構造体2の軸方向中間部で下流側に凸の曲線を描く。
【0062】
図3-(a)、(b)は渓流の幅方向に見たとき、引張材13の、構造体2の両側に位置する部分と両岸の地盤に定着されたアンカー体14との間に、土石からの衝撃力を受けたときに、衝撃力(引張力)に応じた減衰力を発生する減衰装置16を接続した状況も併せて示している。減衰装置16とアンカー体14の詳細例は後述する。
【0063】
図4は構造体2の他の具体的な構成例を示す。この例でも下部枠材3の上流側の端部か端部寄りの位置に前方側縦枠材4の下端部を接合し、下流側の端部か端部寄りの位置に後方側縦枠材4の下端部を接合し、後方側縦枠材4の上端部を前方側縦枠材4の軸方向中間部に接合している。ここでは、受け材8を後方側縦枠材5の前方側縦枠材4との接合部より上の位置に接合し、下部枠材3と平行に水平に架設している。
【0064】
受け材8の下流側の端部か端部寄りの位置に、受け材8を下部枠材3に支持させるための支持材9の上端部が接合される。この例では下部枠材3の下流側の上と受け材8の下流側の下につなぎ材6を架設している関係で、支持材9の上下はつなぎ材6、6に接合され、受け材8はつなぎ材6に接合されている。支持材9の下端部は後方側縦枠材5に接合されることもあり、支持材9の上端部は受け材8に接合されることもある。また前方側縦枠材4と後方側縦枠材5との接合部の下方と、下部枠材3と後方側縦枠材5との接合部の上流側との間に補助材10を架設し、両端部を双方に接合している。
【0065】
図5は
図3-(a)に示す構造体2と上段側の引張材13との関係の具体例を示す。
図3-(a)に示す上段側の引張材13は渓流の幅方向の中央部付近では構造体2の下流側(後方側)に位置し、渓流の幅方向両側寄りでは渓流の上流側に位置し、平面上、湾曲するように配置される。
【0066】
「湾曲する」とは、引張材13が渓流の幅方向に、構造体2の区間において全体として多角形状に配置されることも含む。
図5には
図3-(a)に示す下段側の引張材13を配置した様子も示している。下段側の引張材13は上段側の引張材13と同様に湾曲して配置される他、部分的に屈曲し、上段側より小さい多角形状等に配置される。
【0067】
図5に示すように引張材13が渓流の幅方向の中央部付近では構造体2の下流側に位置し、幅方向両側寄りになる程、構造体2の上流側に位置するように引張材13を配置することは、引張材13が直接、もしくは間接的に接触する受け材8の上流側の端部を前方側縦枠材4に揃えながら、受け材8の長さを相違させることによっても可能である。但し、その場合、各受け材8の長さを渓流の幅方向の位置毎に相違させることになり、受け材8を支持する支持材9の位置を変えることが必要になる。
【0068】
これに対し、渓流の幅方向の位置に拘わらず、全受け材8の長さを統一しながら、引張材13の接触位置を変えることは、
図5に示すように引張材13が受け材8毎に異なる位置で接触する滑車(アイドラー)やローラ等の接触材17を受け材8に接続し、幅方向の位置に応じて受け材8への接続位置を変えることで、可能になる。接触材17の引張材13が接触する区間は主に曲線状に形成される。
【0069】
引張材13に予め引張力が付与される場合、渓流の幅方向に隣接する受け材8、8間では引張材13は直線状に配置されるが、構造体2全体では平面上、近似的に曲線状に配置される。接触材17が滑車等の場合、引張材13は接触材17に対して相対移動しようとするときに、引張材13が接触材17に摺動する場合との対比では接触材17との間に生じる摩擦力を抑制できる利点がある。構造体2が土石から衝撃力を受けた時点から引張材13に衝撃力の一部を分担させる上では、引張材13には予め引張力が付与されることが合理的であるが、必ずしもその必要はない。
【0070】
図6は
図5に示す構造体2の少なくとも渓流の幅方向に隣接する下部枠材3、3間に架設され、両下部枠材3、3を互いに連結するつなぎ材6と下部枠材3との関係を示す。つなぎ材6は
図4-(a)に示すように下部枠材3上の上流側の位置と下流側の位置に配置され、下部枠材3に接合される。
【0071】
図4は受け材8の下流側の直下にもつなぎ材6を配置した場合の例を示している。つなぎ材6は具体的には
図6に示すように各下部枠材3上等に予め接合される固定つなぎ材61と、隣接する下部枠材3、3等に固定されている固定つなぎ材61、61間に現場で架設され、固定つなぎ材61に接合される接続つなぎ材62からなる。「予め」とは、構造体2が現場で最終的に構築される以前の意味であり、主に工場での接合を言う。
【0072】
固定つなぎ材61が一体化した下部枠材3は基礎11上には現場で渓流の幅方向に間隔を置いて配列させられ、幅方向に隣接する下部枠材3、3の固定つなぎ材61、61間に接続つなぎ材62が架設され、両固定つなぎ材61、61に接合される。
【0073】
下部枠材3と上流側の固定つなぎ材61との接合部と、その下部枠材3に隣接する下部枠材3と下流側の固定つなぎ材61との接合部との間に
図6に示すように水平ブレース18、18が交差して架設される。水平ブレース18、18は隣接する単位フレーム2A、2A間の2方向の水平剛性を確保し、下部枠材3を含む、上記した隣接する単位フレーム2A、2Aの一体性が確保される。水平ブレース18は下部枠材3以外の隣接する構造体構成材間に架設されることもある。
【0074】
図7-(a)は
図2とは異なる横架材7の架設例を示す。横架材7はつなぎ材6と同様、構造体2の基本となる下部枠材3(単位フレーム2A)単位で接合される前方側縦枠材4に予め接合される固定横架材71と、隣接する前方側縦枠材4、4に固定されている固定横架材71、71間に現場で架設され、両固定横架材71、71に接合される接続横架材72からなる。
【0075】
図7に示す例では接続横架材72を隣接する固定横架材71、71間に現場で架設し、両固定横架材71、71に接合する際の作業性を確保するために、固定横架材71の軸方向両端に端部プレート71aを、接続横架材72の軸方向両端に端部プレート72aをそれぞれ接合している。端部プレート71a、72aには補剛のためのスチフナ71b、72bが接合される。
【0076】
その上で、特に接合の作業性を向上させる目的で、
図7-(b)に示すように固定横架材71の端部プレート71aの表面と接続横架材72の端部プレート72aの表面に、下流側から上流側にかけて前方側縦枠材4の幅方向両外側から中心側へ向かう傾斜を付けている。「前方側縦枠材4の幅方向両外側から中心側へ向かう傾斜」は固定横架材71の軸方向両端側から中心側へ向かう傾斜とも言える。
【0077】
端部プレート71a、72aの表面にこの傾斜が付けられることで、両端に端部プレート72a、72aが接合された接続横架材72を隣接する固定横架材71、71間に上流側から下流側へ向けて差し込み、接続横架材72の端部プレート72aを固定横架材71の端部プレート71aに重ね、ボルト等による接合の作業がし易くなる。
【0078】
この場合、端部プレート72aが端部プレート71aに重なるときに、予め隙間なく、丁度重なるような精度で固定横架材71と接続横架材72が製作されている場合でも、隣接する固定横架材71、71の両端部プレート71a、71a間の上流側の間隔が大きいため、間に差し込まれる接続横架材72の端部プレート72a、72aを端部プレート71a、71aに接触(摺動)させずに端部プレート71a、71a間に差し込むことができる。端部プレート72a、72aは端部プレート71a、71aに重なった状態で双方を貫通するボルト等により接合される。
【0079】
また端部プレート71a、72aの表面が傾斜することで、接続横架材72が土石からの衝撃力を受けたときに、端部プレート72aが重なる固定横架材71の端部プレート71aから、端部プレート71aの面に垂直な方向の反力を期待することができる。従って接続横架材72が土石から受けた衝撃力(荷重)をボルトのせん断力に依らずに、固定横架材71に端部プレート72a、71aを通じて伝達することができるため、ボルトの損傷を招くことなく、固定横架材71と接続横架材72が受けた衝撃力を、前方側縦枠材4を通じて構造体2全体に負担させることができる。
【0080】
図8は引張材13の本体部分の端部と、これに接続され、渓流両岸の地盤に定着される端部定着部のアンカー体14との接続例を示す。アンカー体14は地盤に定着(固定)されるため、引張材13の端部はアンカー体14の地上に露出する頭部141に接続されることで、地盤に間接的に固定された状態になる。
図8は
図12に示すアンカー体14の頭部141が後述のアンカー定着材20に定着されている様子を示している。
【0081】
図8に示す例では引張材13の端部を
図9に示す定着材19に接続する一方、アンカー体14の頭部141に接続された
図11に示すアンカー定着材20に
図10に示す接続材21を接続し、この接続材21に定着材19を接続している。引張材13の端部は定着材19にはナット等の定着具131により定着される。
【0082】
接続材21はアンカー定着材20に接続される接続板21aと、これに一体化し、引張材13が接続された定着材19が間接的に接続される定着板21bを有し、定着板21bに、定着材19が接続されるロッド22、22が引張材13側へ突出した状態で接続される。ここでは引張材13からの引張力を安定的に接続材21に伝達するために、ロッド22、22と定着板21b、21bを引張材13の幅方向(厚さ方向)に並列させている。ロッド22は定着板21bにはナット等の定着具221により接続される。
【0083】
アンカー定着材20はアンカー体14の頭部141がナット等の定着具142等により定着される定着板20aと、定着板20aから接続材21側へ張り出して定着板20aに一体化する接続板20bを有し、接続板20bに接続材21の接続板21bがいずれかの軸回りに、または任意の軸回りに回転自在に接続される。
【0084】
定着材19は
図9に示すように接続材21の並列するロッド22、22が挿通するロッド挿通部19a、19aと、引張材13が挿通する引張材挿通部19bと、これらの双方に一体化する反力材19cから組み立てられる。定着材19はロッド22、22には
図8に示すようにロッド22の軸方向の位置の調整が自在に接続され、接続位置の調整により引張材13への初期の張力の付与と張力の調整が可能になっている。ロッド22はロッド挿通部19aに形成された孔を挿通し、引張材13は引張材挿通部19bに形成された孔を挿通する。
【0085】
図12はアンカー体14の全体を示す。アンカー体14の頭部141以下の区間は地盤中に形成された削孔23内に挿入され、削孔23内にグラウト材24が充填され、アンカー体14の先端定着部143がグラウト材24中に定着された状態で、頭部141側から軸方向に引張力が付与される。その状態で
図8に示すように頭部141が地上のアンカー定着材20に定着されることで、アンカー体14は地盤に圧縮力を加え、地盤に定着された状態を維持する。
図12中のアンカー体14の頭部141が定着されているプレートは
図8におけるアンカー定着材20の定着板20aに置き換わる。
【0086】
アンカー定着材20は地盤の表面に設置、または構築された鉄筋コンクリート造等の被定着体25に支持され、アンカー定着材20が負担するアンカー体14の引張力の反力は被定着体25で負担される。
【0087】
図13は
図3に示す減衰装置16の具体例を示す。ここに示す減衰装置16は、引張材13が引張力を受けて伸長し、地盤に定着されているアンカー体14に対して移動しようとする引張材13のいずれかの部分に、断面積が軸方向に変化する形状の、厚肉のプレート161を接続する一方、引張材13の外周にプレート161が内接する筒状材162を配置した構造をしている。
【0088】
プレート161は、引張材13の軸方向に直交する方向の断面積が引張力の作用側から反対側へかけて次第に拡大するテーパの付いた形状をしている。
図13では引張力の作用側が引張材13側を示している。筒状材162はプレート161の断面積の小さい側の小径区間162aと大きい側の大径区間162bと、平常時にプレート161が内接する中間区間162cとに区分される。プレート161は引張材13の伸長に応じて引張材13の軸方向に移動するが、筒状材162は引張材13に追従しないよう、引張材13から絶縁され、絶対的に固定されており、プレート161のみが筒状材162に対して相対移動する。
【0089】
引張材13に作用する引張力を受け、プレート161が筒状材162内を中間区間162cから小径区間162aに移動するときに、プレート161が筒状材162の中間区間162cと小径区間162aを力嵌め式に押し広げようとすることで、摩擦力と筒状材162の塑性変形時の履歴吸収エネルギに応じた減衰力を発生する機構になっている。但し、
図13に示す減衰装置16は例示に過ぎないため、減衰装置16の形態は問われない。
【0090】
図14-(a)、(b)は
図3に示すように引張材13、13が上下2段に配置された場合に、構造体2の軸方向両側寄りの上部側と下部側に引張材13の構造体2側の端部が接続(定着)された場合の、引張材13の構造体2との接続例を示す。(a)は上段側の引張材13の構造体2との接続例を、(b)は下段側の引張材13の構造体2との接続例を示している。
図14の例では引張材13の端部を構造体2の支持材9に接続しているが、引張材13の接続位置は問われない。引張材13は構造体2の高さ方向に3段以上、配置されることもある。
【0091】
引張材13の構造体2側の端部は、これに構造体2との相対変位時に曲げモーメントが作用しないよう、
図15に示すように構造体2のいずれかの部分に支持された水平軸2aと鉛直軸2bの回りに回転自在に接続(連結)される。
図14の引張材13の構造体2側端部の詳細例を
図15-(a)に、その立面を(b)に示す。
【0092】
図15では引張材13のアンカー体14側の端部を、定着材19を介在させずに接続材21に直接、ナット等の定着具131で接続するために、その端部に一体的に接続したスリーブ13aと同様に、引張材13の構造体2側の端部に雄ねじが形成されたスリーブ13aを一体的に接続している。このスリーブ13aを、構造体2のいずれかの部分に支持された水平軸2aに軸支される上流側連結材13bに、引張材13からの引張力が伝達可能に接続している。
【0093】
上流側連結材13bは構造体2の他の部分に支持された鉛直軸2bに軸支された下流側連結材13cに水平軸2a回りに回転自在に連結される。引張材13は水平軸2a回りと鉛直軸2b回りに回転自在に連結されることで、構造体2に任意の方向の軸回りに回転自在な状態にある。
【0094】
図15に示す例では(a)、(b)に示すように構造体2の下流側に位置する例えば支持材9の上流側に鉛直方向に並列して突設されたブラケット9a、9a間に鉛直軸2bとしてのピンを支持させ、この鉛直軸2bに下流側連結材13cを軸支させている。
【0095】
引張材13、13は2段に配置されるため、
図14に示すように上段側の引張材13は支持材9等の上部に突設されたブラケット9a、9aに接続され、下段側の引張材13は支持材9等の下部に突設されたブラケット9a、9aに接続される。
【0096】
図16-(a)は構造体2に上下2段に引張材13、13を配置した場合に、2本の引張材13、13を互いに平行に配置した場合の引張材13、13の架設例を、(b)は2本の引張材13、13を渓岸側で交差させて配置した場合の引張材13、13の架設例を示す。
【符号の説明】
【0097】
1……対土石流構造物、
2……構造体、2A……単位フレーム、2a……水平軸、2b……鉛直軸、
3……下部枠材、31……滑り材、
4……前方側縦枠材、5……後方側縦枠材、
6……つなぎ材、61……固定つなぎ材、62……接続つなぎ材、
7……横架材、71……固定横架材、71a……端部プレート、71b……スチフナ、72……接続横架材、72a……端部プレート、72b……スチフナ、
8……受け材、9……支持材、9a……ブラケット、10……補助材、
11……基礎、12……割栗石、
13……引張材、131……定着具、13a……スリーブ、13b……上流側連結材、13c……下流側連結材、
14……アンカー体、141……頭部、142……定着具、143……先端定着部、
15……調整材、15a……被係止部、
16……減衰装置、161……プレート、162……筒状材、162a……小径区間、162b……大径区間、162c……中間区間、
17……接触材、
18……水平ブレース、
19……定着材、19a……ロッド挿通部、19b……引張材挿通部、19c……反力材、
20……アンカー定着材、20a……定着板、20b……接続板、
21……接続材、21a……接続板、21b……定着板、22……ロッド、221……定着具、
23……削孔、24……グラウト材、
25……被定着体、
26……渓床。