IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人物質・材料研究機構の特許一覧 ▶ 株式会社積丹スピリットの特許一覧

特開2024-55798風味改善剤、風味改善方法、製造方法および除去剤
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055798
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】風味改善剤、風味改善方法、製造方法および除去剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 2/00 20060101AFI20240411BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20240411BHJP
   C12G 3/04 20190101ALI20240411BHJP
【FI】
A23L2/00 B
A23L2/52
C12G3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023169653
(22)【出願日】2023-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2022161381
(32)【優先日】2022-10-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】519098338
【氏名又は名称】株式会社積丹スピリット
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】菊池 正紀
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 秀威
【テーマコード(参考)】
4B115
4B117
【Fターム(参考)】
4B115LG02
4B115LH01
4B115LH11
4B115LP02
4B117LC03
4B117LG01
4B117LG18
4B117LK01
4B117LK07
4B117LK17
4B117LP03
4B117LP20
(57)【要約】
【課題】飲料の風味を良好にする。
【解決手段】飲料の風味を改善させるための改善剤であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲料の風味を改善させるための改善剤であって、
多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する
風味改善剤。
【請求項2】
前記水酸アパタイト相と前記β-リン酸三カルシウム相との質量比(水酸アパタイト相:β-リン酸三カルシウム相)は、10:90~25:75である
請求項1の風味改善剤。
【請求項3】
マグネシウム(Mg)を含む
請求項1または請求項2の風味改善剤。
【請求項4】
カルシウムに対するマグネシウムの原子比(Mg/Ca)が0.1210以上0.1250以下である
請求項3の風味改善剤。
【請求項5】
BET比表面積が3m/g以上7m/g以下である
請求項1から請求項4の風味改善剤。
【請求項6】
開気孔率が70%以上である
請求項1から請求項5の風味改善剤。
【請求項7】
当該風味改善剤は、ウニの骨格をリン酸化したものである
請求項1から請求項6の風味改善剤。
【請求項8】
飲料の風味を改善する方法であって、
多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤を、飲料中に浸漬することを含む
風味改善方法。
【請求項9】
飲料を製造する方法であって、
多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤を、飲料中に浸漬することを含む
製造方法。
【請求項10】
飲料中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属からなる群から選択される1種以上を除去する除去剤であって、
多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する
除去剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲料の風味を改善するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料の風味を改善する各種の技術が従来から提案されている。飲料の中でも特にアルコール飲料は、コク、うま味、まろやかさ、および、苦みを制御することで、風味を良好にすることが所望されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、粒体または多孔質体であるハイドロキシアパタイトからなる飲料用味覚改善剤が開示されている。飲料用味覚改善剤を充填させたフィルターにアルコール飲料を通過させて所定の成分を除去(吸着)することで、アルコール飲料のまろやかさや軽さを向上させていると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭62-32872号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1の飲料用味覚改善剤においては、除去している具体的な成分も不明であり、さらにその成分を除去する除去能力も十分とは言えなかった。したがって、風味を良好にするという観点からは改善の余地があった。以上の事情を考慮して、本発明では、飲料の風味を良好にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1]本発明の風味改善剤は、飲料の風味を改善させるための改善剤であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する。
【0007】
[2]前記水酸アパタイト相と前記β-リン酸三カルシウム相との質量比(水酸アパタイト相:β-リン酸三カルシウム相)は、10:90~25:75である[1]の風味改善剤。
【0008】
[3]マグネシウム(Mg)を含む[1]または[2]の風味改善剤。
【0009】
[4]カルシウムに対するマグネシウムの原子比(Mg/Ca)が0.1210以上0.1250以下である[3]の風味改善剤。
【0010】
[5]BET比表面積が3m/g以上7m/g以下である[1]から[4]の何れかの風味改善剤。
【0011】
[6]開気孔率が70%以上である[1]から[5]の何れかの風味改善剤。
【0012】
[7]当該風味改善剤は、ウニの骨格をリン酸化したものである[1]から[6]の何れかの風味改善剤。
【0013】
[8]本発明の風味改善方法は、飲料の風味を改善する方法であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤を、飲料中に浸漬することを含む。
【0014】
[9]本発明の製造方法は、飲料を製造する方法であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤を、飲料中に浸漬することを含む。
【0015】
[10]本発明の除去剤は、飲料中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属からなる群から選択される1種以上を除去する除去剤であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の風味改善剤によれば、飲料における苦みや雑味の原因となる成分(例えばCaやMg)を除去することが可能になる。したがって、飲料の風味を良好にすることができる。
【0017】
本発明の風味改善方法によれば、飲料における苦みや雑味の原因となる成分(例えばCaやMg)を除去される。したがって、飲料の風味を良好にすることができる。
【0018】
本発明の製造方法によれば、苦みや雑味の原因となる成分(例えばCaやMg)が除去された飲料を製造することが可能になる。したがって、風味が良好になった飲料を提供することができる。
【0019】
本発明の除去剤によれば、飲料における苦みや雑味の原因となる成分(例えばCaやMg)を除去することが可能になる。したがって、飲料の風味を良好にすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<風味改善剤>
本発明に係る風味改善剤は、苦みや雑味の原因となる成分を除去(吸着)することで、風味を良好にすることができる。苦みや雑味の原因となる成分には、例えばアルカリ金属(NaやKなど)、アルカリ土類金属(CaやMgなど)、アミノ酸、タンパク質、糖などが想定される。
【0021】
具体的には、本発明の風味改善剤は、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する。すなわち、風味改善剤は、二相性リン酸カルシウムを含む複合材料であるとも換言できる。
【0022】
さらに、本発明の風味改善剤は、マグネシウムを含有することが好ましい。風味改善剤中のマグネシウムは、β-リン酸三カルシウム相と水酸アパタイト相とのそれぞれに含有される。マグネシウムは、カルシウムと一部置換された状態で、主としてβ-リン酸三カルシウムに含有され、わずかな量が水酸アパタイトに含有される。
【0023】
水酸アパタイト相とβ-リン酸三カルシウム相との質量比(水酸アパタイト相:β-リン酸三カルシウム相)は、例えば10:90~25:75であり、好ましくは15:85~20:80である。水酸アパタイト相とβ-リン酸三カルシウム相との質量比が上記の範囲内にあることで、苦みや雑味の原因となる成分を除去する処理時間の短縮、および、それらを除去する除去能力を向上させることが可能になる。
【0024】
なお、質量比(水酸アパタイト相:β-リン酸三カルシウム相)は、例えばX線回折(CuKα線)により得られる回折パターンから特定される。
【0025】
風味改善剤におけるカルシウム(Ca)に対するマグネシウム(Mg)の原子比(Mg/Ca)は、例えば0.1210以上0.1250以下であり、好ましくは0.1215以上0.1245以下であり、さらに好ましくは0.1220以上0.1235以下である。風味改善剤における原子比(Mg/Ca)が上記の範囲内にあることで、前述のβ-リン酸三カルシウムと水酸化アパタイトとの質量比を実現しやすくなり、その結果、香り、風味、またはその両方について良好となり得る。
【0026】
風味改善剤におけるリン(P)に対するカルシウム(Ca)およびマグネシウム(Mg)の原子比((Ca+Mg)/P)は、例えば1.5000以上1.5500以下であり、好ましくは1.5050以上1.5450以下であり、さらに好ましくは1.5100以上1.5400以下である。風味改善剤における原子比((Ca+Mg)/P)が上記の範囲内にあることで、前述のβ-リン酸三カルシウムと水酸化アパタイトとの質量比を実現しやすくなる。原子比(Mg/Ca)と原子比((Ca+Mg)/P)とは、誘導結合プラズマ発光分光法を用いて特定される。
【0027】
風味改善剤のBET比表面積は、例えば3m/g以上7m/g以下であり、好ましくは4m/g以上6m/g以下であり、さらに好ましくは4.5m/g以上5.5m/g以下である。BET比表面積が上記の範囲内にあることで、除去能力を向上させることが可能になる。BET比表面積は、公知の比表面積測定装置を用いてBET(Brunauer-Emmett-Teller)法により特定される。
【0028】
風味改善剤における開気孔率は、例えば70%以上であり、好ましくは75%以上であり、さらに好ましくは80%以上である。風味改善剤の開気孔率を上記の範囲内にすることで、除去能力を向上させることが可能になる。なお、開気孔率の上限値は特に限定されないが、例えば98%程度である。
【0029】
本発明に係る風味改善剤は、例えば動物の骨格をリン酸化することで製造される。動物の中でも比表面積が大きい棘皮動物の骨格が好ましい。さらに、棘皮動物の中でも、水酸化アパタイトに対してβ-リン三酸カルシウムが多く合成されることから、ウニが好ましい。なお、β-リン三酸カルシウムは、特にアルカリ金属類やアルカリ土類金属類の除去に寄与する。
【0030】
ウニの骨格をリン酸化する方法には、公知の任意の技術(例えば、参考文献1「Naga Vijaya Lakshmi Manchinasetty, Sho Oshima, Masanori Kikuchi “Preparation of flexible bone tissue scaffold utilizing sea urchin test and collagen” J Mater Sci: Mater Med (2017)」に記載の方法)が採用される。参考文献1に記載の通り、リン酸化合物(例えばリン酸アンモニウム塩、リン酸アルカリ金属塩、リン酸アルカリ土類金属塩など)溶液を用いて水熱処理することで、ウニの骨格をリン酸化することができる。
【0031】
ウニの骨格(ウニ殻)は、マグネシウムを含むカルサイト型の炭酸カルシウムで構成され、数百マイクロメートルの大きな気孔に加え、数十マイクロメートルの小気孔が連通した細孔構造を持つ。マグネシウムを含む炭酸カルシウムは、リン酸化によって、β-リン酸三カルシウムと水酸アパタイトとに変化する。一方で、リン酸化後における細孔構造は、リン酸化前の細孔構造が維持されている。
【0032】
なお、風味改善剤を製造する方法は、以上の例示には限定されない。例えば、動物の骨格を使用せずに、公知の任意の方法により原料から化学的に合成することで風味改善剤を製造してもよい。ただし、動物(特にウニ)の骨格をリン酸化することで風味改善剤を製造する方法は、風味改善剤を原料から化学的に合成する方法と比較して、製造工程を簡素化することが可能になる。
【0033】
本発明の風味改善剤は、飲料中の所定の成分(例えば苦みや雑味の原因となる成分)を除去することで、風味を改善することが可能になる。例えば水酸化アパタイト単相からなる風味改善剤(例えば特許文献1の改善剤)は、ほとんど飲料水中で変化を起こさない低い溶解度を持っている。それに対して、本発明の風味改善剤は、水酸化アパタイトよりも高い溶解度を持ち、Ca/P原子比が低いβ-リン酸三カルシウムが飲料中に溶解する。その後、飲料中のカルシウムやマグネシウムを析出物に取り込むことで、より低い溶解度を持ち(安定性を持ち)、Ca/P原子比が高い水酸化アパタイトとして再析出する。本発明の風味改善剤は、この再析出した水酸化アパタイトが雑味成分を吸着しやすい微結晶あることから、風味改善に適した性質を持っている。
【0034】
本発明の風味改善剤は、例えば、アルコール飲料、ミネラルウォーター、お茶および清涼飲料水などの各種の飲料に使用される。これらの飲料の中でもアルコール飲料は、特に風味の制御が所望されるため、本発明の風味改善剤が好ましく使用される。アルコール飲料としては、蒸留酒(例えばジン、ウイスキー、ラムなど)および醸造酒(例えば日本酒やワインなど)の他に、リキュールなどでもよい。
【0035】
なお、本発明は、飲料中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属からなる群から選択される1種以上を除去する除去剤であって、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する除去剤としても観念できる。除去の対象となるアルカリ金属としては、例えばナトリウムやカリウムであり、除去の対象となるアルカリ土類金属としては、例えばカルシウムやマグネシウムである。本発明の除去剤によれば、飲料中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属からなる群から選択される1種以上を除去することが可能になる。ひいては、飲料の風味を良好にできる。
【0036】
なお、風味改善剤は、典型的には、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とからなり、不純物が含まれないが、風味改善剤に不純物が含まれる場合には、例えば1質量%以下の微量である。水酸アパタイトには、例えば、炭酸基やNa、Kが含まれていてもよい。また、β-リン酸三カルシウムには、例えば、マグネシウムや亜鉛などのカルシウムよりも小さいイオン半径を持つ2価陽イオンが含まれてもよい。
【0037】
<風味改善方法>
本発明の風味改善方法は、風味改善剤を飲料に浸漬することで風味を改善する方法である。なお、風味改善剤は、飲料に浸漬した後に取り出す。
【0038】
風味改善剤の添加量は、特に限定されないが、飲料50mLに対して、例えば15mg以上1700mg以下であり、好ましくは20mg以上1500mg以下であり、さらに好ましくは、25mg以上500mg以下である。風味改善剤の添加量を上記の範囲内にすることで、風味改善剤に含まれる成分(例えばCaやMg)が飲料中に溶け出すことを防ぎ、効率的に風味を良好にすることができる。
【0039】
風味改善剤を浸漬する時間は、特に限定されないが、例えば15分以上10日以下であり、好ましくは30分以上7日以下であり、さらに好ましくは6時間以上3日以下である。風味改善剤を浸漬する時間を上記の範囲内にすることで、苦みおよび雑味の原因となる成分を適度に除去して、風味を良好にすることができる。ただし、風味改善剤を浸漬する時間の上限値は、以上の例示には限定されず、飲料の保存期間に応じて適宜に変更してもよい。したがって、長期間(例えば4か月以上)にわたり風味改善剤を浸漬してもよい。
【0040】
ここで、短期間(例えば24時間以下)で風味を良好にするという観点からは、風味改善剤の添加量は、飲料50mLに対して、例えば15mg以上100mg以下、好ましくは20mg以上70mg以下、より好ましくは30mg以上60mg以下であれば、効果は十分に得られる。
【0041】
一方で、長期間(例えば4か月以上)にわたり飲料を保存する場合には、風味改善剤の添加量は、飲料50mLに対して、例えば1000mg以上であり、好ましくは1300mg以上であり、より好ましくは1500mg以上である。長期間にわたり飲料を保存する場合に、風味改善剤の添加量を上記の範囲にすることで、飲料中の揮発成分(香り成分など)の揮発が抑制され、風味が良好になる(または少なくとも風味が維持される)。
【0042】
また、本発明は、飲料を製造する製造方法としても観念できる。本発明の製造方法は、多孔質であり、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有する風味改善剤を、飲料中に浸漬することを含む。以上の製造方法によれば、風味が改善された飲料を製造することができる。
【実施例0043】
以下に、実施例により本発明を詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0044】
[実施例1]
実施例1は、以下の方法でウニの骨格をリン酸化することで得た。リン酸化は、上述した参考文献1に記載の方法で行った。
【0045】
まず、キタムラサキウニ(北海道積丹町産)の骨格から有機物を除去した。具体的には、骨格を市販の10%濃度の漂白剤(キッチンパワー漂白剤,ライオンハイジーン株式会社製)に浸漬して有機物を除去し、蒸留水で数回洗浄した後に、温水に一晩浸して余分な塩素を取り除き、再び蒸留水で洗浄し、60℃のオーブンで乾燥させた。
【0046】
次に、骨格を手で粉砕して、ステンレス製ふるいにて1~2mmに分級した後、ライニングステンレス製オートクレーブ(内容積300 mL,TAIATSU TECHNO社製)にて180℃で6日間、750mM (NHPOを200mLと300mM KHPOを25mLとを用いて水熱処理を施した。6日間の水熱処理後にオートクレーブを水道水で急冷した。そして、固相をろ過して集め、蒸留水中で超音波洗浄(Ultrasonic multi cleaner, W-113,本田電子株式会社製)により5分間洗浄して、60℃のオーブンで一晩乾燥させた。
【0047】
実施例1では、参考文献1に記載の「CP2」と同様に、水酸アパタイト(Ca10(PO)(OH))相とβ-リン酸三カルシウム(β-Ca(PO)相とを含有するものが得られた。具体的には、X線回折測定を行って得られた回折パターンから特定された質量比(水酸アパタイト相:β-リン酸三カルシウム相)は、18:82程度であった。また、誘導結合プラズマ発光分光法により特定された原子比(Mg/Ca)は0.1226程度であり、原子比((Ca+Mg)/P)は1.5217程度であった。X線回折測定および誘導結合プラズマ発光分光法の測定条件は、参考文献1と同様である。
【0048】
[比較例1]
実施例1で使用したキタムラサキウニの骨格(分級後)をリン酸化させずに比較例1とした。比較例1は、参考文献1に記載の「SU2」と同様の組成のものであり、マグネシウムを含有するカルサイト型の炭酸カルシウムであった。なお、比較例1において、参考文献1と同様の条件で行った誘導結合プラズマ発光分光法により特定された原子比(Mg/Ca)は0.1205程度であった。
【0049】
以下の通り、実施例1および比較例1について評価を行った。
【0050】
<1>飲料中の無機イオンの濃度変化
実施例1および比較例1を所定の時間にわたり浸漬したジンの無機イオン(カルシウム,マグネシウム,リン酸)の濃度を定量した。
【0051】
具体的には、ジン(原材料:醸造用アルコール、水、ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカルート、リコリスルート、カシアバーク、オレンジピール、レモンピール、エゾノカワラマツバ、アカエゾマツ、エゾヤマモモ、エゾミカン、オオバクロモジ、キタコブシ、ホップ、ハーブ7種)50mLに所定量の実施例1および比較例1を入れて1時間から7日間にわたり静置したものと、無処理のジンとについて、無機イオンの濃度を誘導結合プラズマ発光分析により定量した。1時間、3時間、6時間、24時間(1日)、72時間(3日間)および168時間(7日間)を経過した時にそれぞれ無機イオンの濃度を測定した。
【0052】
無機イオンの濃度の定量は、実施例1および比較例1の添加量を相違させたジン(実施例1-1~1-5,比較例1-1および比較例1-2)について行った。その結果を表1~表3に示す。表1はカルシウムイオンであり、表2はマグネシウムイオンであり、表3はリン酸イオンである。各表における0時間は、無処理のジンについての濃度である。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
表1から把握される通り、カルシウムイオンの濃度については、実施例1-1~1-4において、1時間以降の全ての時点で、無処理のジンと比較して大きく低下していることが確認された。実施例1-5においては、カルシウムイオンの濃度は、無処理のジンと比較して、1時間から3日までは下回ることがなかったが、7日経過時には大きく低下したことが確認できた。なお、実施例1-5において、カルシウムイオンの濃度が上昇したのは、一時的にウニの骨格に含まれるカルシウムが飲料内に溶出したと考えられる。ただ、7日経過時には、溶出したカルシウムも除去された。
【0057】
それに対して、比較例1-1においては、カルシウムイオンの濃度は、無処理のジンと比較して、低下した時点(3時間経過時および3日経過時)もあるものの、添加量が同じである実施例1-2と比較して、その低下量はわずかであった。比較例1-2では、7日経過時までの何れの時点においても無処理のジンにおけるカルシウムイオンの濃度を下回ることはなく、むしろ増加してしまった。なお、比較例1-1,1-2において、カルシウムイオンの濃度が上昇しているのは、ウニの骨格に含まれるカルシウムが飲料内に溶出したと考えられる。
【0058】
表2から把握される通り、マグネシウムイオンについては、実施例1-1~1-5において、全ての時点で、無処理のジンと比較して大きく濃度が低下していることが確認された。
【0059】
それに対して、比較例1-1においては、マグネシウムイオンの濃度は、無処理のジンと比較して、3時間以降における各時点では低下してはいるものの、添加量が同じである実施例1-2と比較して、その低下量は少なかった。比較例1-2では、全ての時点において、無処理のジンにおけるマグネシウムイオンの濃度を下回ることはなく、むしろ増加してしまった。なお、比較例1-1,1-2において、濃度が上昇しているのは、ウニの骨格に含まれるマグネシウムが飲料内に溶け出したと考えられる。
【0060】
表3から把握される通り、リン酸イオンの濃度については、比較例1-1,1-2では何れの時点においても無処理の場合と同様に0.15mg/L未満であったが、実施例1-1~1-5においては、上昇する場合があった。ただし、リン酸イオンの濃度が上昇した場合であっても風味に影響が出るほど当該濃度は高くなかった。
【0061】
実施例1-1~1-5においては、β-リン酸三カルシウムを含有することで、カルシウムとマグネシウムとリン酸とがわずかに飲料に溶出した後に、低結晶性のマグネシウム含有水酸アパタイトとして再析出する際に、飲料に含まれるカルシウムやマグネシウムを除去すると考えられる。その結果、苦みや雑味が抑制されて、風味が良好になる。なお、リン酸の濃度が上昇したのは、低結晶性の水酸アパタイトが再析出する際の副生成物としてリン酸が生成されたと推定される。
【0062】
<2>官能評価1
ジン(原材料:醸造用アルコール、水、ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカルート、リコリスルート、カシアバーク、オレンジピール、レモンピール、エゾノカワラマツバ)500mLに実施例1を0.5g入れて一晩静置した後に取り出した処理済のジンと、無処理のジンとを、ハーブ専門家を含む6人の被験者(A~F)が二重盲検法にて試飲し、処理後のジンと無処理のジンとの風味について回答を記述した。その結果を表4に示す。なお、表中の「〇」は「はい」であり、「△」は「わからない、または、同程度である」であり、「×」は「いいえ」である。
【0063】
【表4】
【0064】
表4から把握される通り、風味の変化は被験者6人全員が「感じる」と回答した。そして、被験者6人中の4人は、処理後のジンを無処理のジンより「美味しい」と評価した。
【0065】
<3>官能評価2
ジン(原材料:醸造用アルコール、水、ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカルート、リコリスルート、カシアバーク、オレンジピール、レモンピール、エゾノカワラマツバ、アカエゾマツ、エゾヤマモモ、エゾミカン、オオバクロモジ、キタコブシ、ホップ、ハーブ7種)50mLに実施例1を0.5g入れて一晩静置した後に取り出した処理済のジンと、無処理のジンとを、バーテンダーおよびハーブ専門家を含む被験者8人(A~H)の被験者が二重盲検法にて試飲し、処理後のジンと無処理のジンとの風味について回答を記述した。その結果を表5に示す。
【0066】
【表5】
【0067】
表5から把握される通り、風味の変化は被験者8人全員が「感じる」と回答した。そして、被験者8人中5人が処理後のジンを無処理のジンより「美味しい」と評価した。
【0068】
表4および表5の結果が示す通り、苦みや雑味に影響するカルシウムおよびマグネシウムが除去されたことで、口当たりや旨味が良好になり、美味しい(すなわち風味が良好になった)と感じる被験者が多かった。なお、ジン中のカルシウムとマグネシウムとは原料として使用される水中に多く含有される。風味改善剤により除去(吸着)の対象となる成分は、カルシウムやマグネシウムには限定されず、例えばナトリウムやカルシウムの場合も想定される。
【0069】
<4>比表面積の測定
実施例1および比較例1について、BET比表面積の測定を行った。具体的には、以下の通りである。
【0070】
実施例1および比較例1の試料約1gをガラス試料管に封入し、前処理装置(日本ベル社製 BELPREP‐vac2)にて減圧下において、120℃および300℃でそれぞれ3時間の脱気処理を行った後に、比表面積測定装置(同社製 BELSORP‐mini)で測定を行った。具体的には、試料管を液体窒素に浸し、-196℃に冷却した状態で管内に窒素を導入して試料に吸着させ、窒素分圧と吸着量との関係(吸着等温線)を測定した。窒素の飽和蒸気圧に対する相対圧力0.04~0.28から適切な範囲を選んでBETプロットを行い、その傾きと切片から比表面積を算出した。
【0071】
実施例1におけるBET比表面積は、300℃で脱気した場合には5.12m2/gであり、120℃で脱気した場合は4.77m2/gであった。それに対して、比較例1におけるBET比表面積は、300℃で脱気した場合には0.197m2/gであり、120℃で脱気した場合は0.0738m2/g2であった。以上の結果からも、実施例1は、比較例1と比較して、BET比表面積が十分に大きく、除去能力が向上していると考えられる。
【0072】
<5>官能評価3
ここで、揮発成分(香り成分など含む)を含むアルコールは、保存期間が長期間になるにつれて、全体的に揮発成分が抜けて風味が悪くなる。そこで、官能評価3では、風味改善剤の添加量と、風味改善剤を添加してからの添加時間とが保存期間に及ぼす影響を調べた。具体的には、実施例1に係る風味改善剤を50mLのジン(積丹ジン「KIBOU-きぼう」,株式会社積丹スピリット製)に添加量(50mg,1500mg)で添加した。風味改善剤の添加量と、風味改善剤をジンに浸漬してからの添加時間とを相違させて、実施例1-6~1-11とした。そして、被験者3人(A~C)の被験者が二重盲検法にて試飲して、実施例1-6~1-11について、甘み、酸味、塩味、苦味、旨味、刺激、広がり、奥深さ、華やか、爽やかさ、コク、および、キレなどを加味して、順位付けを行った。その結果を表6に示す。風味がよいと感じたものほど順位の値が小さくなる(1が一番美味しい)。そして、A~Cの順位を集計して総合評価とした。Bについては、順位を決められなかった試料については、中央値の4として集計をした。なお、実施例1-6~1-11は、風味改善剤の添加時期は全て同一にして、実施例1-6,1-7は、24時間で、実施例1-8,1-9は24週でそれぞれ風味改善剤を取り除き、密閉保存をして、1年(365日経過)後に風味改善剤を取り除いた実施例1-10,1-11と同時に官能評価3を行った。
【0073】
また、表7には、実施例1-6~1-11における無機イオン(カルシウム,マグネシウム,リン酸)の濃度を示す。表7には、風味改善剤を添加していないジンを参考例として、無機イオンの濃度を測定した結果も示されている。無機イオンの濃度は、誘導結合プラズマ発光分析により定量した。
【0074】
【表6】
【0075】
【表7】
【0076】
表6から把握される通り、風味改善剤の添加量が1500mgである実施例1-7,1-9,1-11を比較すると、総合評価は、添加時間が長期間になるほど高くなった。これは、風味改善剤のリン酸カルシウムに揮発成分(香り成分などを含む)が一部吸着しており、保存期間の経過による揮発成分の低下に伴い、吸着平行が移動して、吸着していた揮発成分がウニ骨から脱離することで、ジン中に揮発成分を一定に保っていたものと考えられる。したがって、実施例1-11が最も評価が高くなった。
【0077】
一方で、風味改善剤の添加量が50mgである実施例1-6,1-8,1-10を比較すると、総合評価は、添加時間が長期間になるほど必ずしも高くなるというわけではなかった。
【0078】
表7から把握される通り、風味改善剤の添加量が1500mgの場合と50mgの場合との双方において、カルシウムとマグネシウムの濃度は、添加時間が長くなるにつれて、概ね減少していることも確認できた。したがって、風味改善剤の添加量が1500mgの場合と50mgの場合との双方において、風味改善剤を添加していない場合と比較すると、保存期間の長短に関わらず、風味は良好になっていると推定できる。
【0079】
以上の説明から理解される通り、長期間(例えば4か月以上)にわたり飲料を保存する場合には、風味改善剤を添加することで、風味を維持することができる。さらに、例えば1000mg/50ml以上の風味改善剤を飲料に添加することで、保存期間が長期間になるにつれて風味が維持される(揮発成分が維持される)という効果が顕著になる。一方で、短期間(例えば24時間以下)で風味を良好にするという観点からは、風味改善剤の添加量は、飲料50mLに対して、例えば15mg/50ml以上100mg/50ml以下あれば効果が得られると言える。
【0080】
本発明の風味改善剤は、飲料における苦みや雑味の原因となる成分(例えばCaやMg)の除去により風味を改善するだけでなく、揮発成分を飲料内に維持することで風味を維持するという効果も得られる。