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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024055852
(43)【公開日】2024-04-18
(54)【発明の名称】認知障害の予防及び/又は治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/05 20060101AFI20240411BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
A61K31/05
A61P25/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023174391
(22)【出願日】2023-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2022162718
(32)【優先日】2022-10-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 開催日 2022年11月17日 集会名、開催場所 山内進循環器病研究助成 第3回研究発表会 国立循環器病研究センター エントランス棟3階講堂(大阪府吹田市岸部新町6番1号)
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】服部 ▲頼▼都
(72)【発明者】
【氏名】猪原 匡史
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206CA17
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA43
4C206MA54
4C206MA55
4C206MA57
4C206MA61
4C206MA63
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA15
(57)【要約】
【課題】これまでヒトに対する血管性認知障害の予防及び/又は治療効果が実証されていなかった化合物を有効成分とする新規の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤を提供すること。
【解決手段】ポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項2】
ポリフェノール化合物が、一日当たり1~300mg投与される、請求項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項3】
ポリフェノール化合物が、一日当たり10~50mg投与される、請求項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項4】
ポリフェノール化合物が、レスベラトロール化合物又はその塩を含む、請求項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項5】
ポリフェノール化合物が、レスベラトロール又はその塩を含む、請求項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項6】
経口投与剤である、請求項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は認知障害の予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における65歳以上の認知症の人の数は2020年時点で約600万人と推計されており、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されている。そのため、高齢社会の日本では認知症に向けた取組が今後ますます重要と考えられている。
【0003】
認知症のように普段の生活に支障をきたすほどではないが、記憶等の能力が低下し、正常とも認知症ともいえない状態のことを「軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)」という。MCIの方の約半数は5年以内に認知症に移行するといわれている。そのため、MCIの段階から予防的活動を開始することで、認知症の進行を遅らせることが期待されている。
【0004】
しかし、認知症及び軽度認知障害の治療剤の研究においては、動物実験で効果がみられる薬剤であってもヒトでは有効性が認められないといった場合が多く、その開発は困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hattori Y, Okamoto Y, Maki T, Yamamoto Y, Oishi N, Yamahara K, et al. Silent information regulator 2 homolog 1 counters cerebral hypoperfusion injury by deacetylating endothelial nitric oxide synthase. Stroke. 2014;45(11):3403-11.
【非特許文献2】Hattori Y, Okamoto Y, Nagatsuka K, Takahashi R, Kalaria RN, Kinoshita M, et al. SIRT1 attenuates severe ischemic damage by preserving cerebral blood flow. Neuroreport. 2015;26(3):113-7.
【非特許文献3】Wang N, He J, Pan C, Wang J, Ma M, Shi X, Xu Z. Resveratrol Activates Autophagy via the AKT/mTOR Signaling Pathway to Improve Cognitive Dysfunction in Rats With Chronic Cerebral Hypoperfusion. Front Neurol. 2019;13:859.
【非特許文献4】Researching Alzheimer's Medicines. Setbacks and Stepping Stones. PhRMA Analysis of Adis R and D Insight Database. 2021.
【非特許文献5】Turner RS, Thomas RG, Craft S, van Dyck CH, Mintzer J, Reynolds BA, Brewer JB, Rissman RA, Raman R, Aisen PS. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial of resveratrol for Alzheimer disease. Neurology. 2015;85(16):1383-91.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、これまでヒトに対する血管性認知障害の予防及び/又は治療効果が実証されていなかった化合物を有効成分とする新規の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる状況の下、本発明者らは多種多様な化合物について検討した結果、ポリフェノール化合物を投与したヒトにおいて、脳血流量が改善し、脳酸素代謝量が改善の傾向を示し、さらに、ポリフェノール化合物を投与したヒトにおいて、遅延再生、記憶ドメイン(遅延再生、見当識、教示再起)、遂行機能/空間認知機能等の認知機能の改善が認められ、再認についても改善傾向が認められることを見出した。本発明は、かかる新規の知見に基づくものである。
【0008】
従って、本発明は、以下の項を提供する:
項1.ポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0009】
項2.ポリフェノール化合物が、一日当たり1~300mg投与される、項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0010】
項3.ポリフェノール化合物が、一日当たり10~50mg投与される、項1に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0011】
項4.ポリフェノール化合物が、レスベラトロール化合物又はその塩を含む、項1~3のいずれか一項に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0012】
項5.ポリフェノール化合物が、レスベラトロール又はその塩を含む、項1~4のいずれか一項に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0013】
項6.経口投与剤である、項1~5のいずれか一項に記載の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0014】
項7.ポリフェノール化合物を含む、頸動脈狭窄症又は閉塞症に起因する血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0015】
項8.SIRT1を活性化させるポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【0016】
項9.SIRT1を活性化させるポリフェノール化合物を含む、頸動脈狭窄症又は閉塞症に起因するヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、これまでヒトに対する血管性認知障害の予防及び/又は治療効果が実証されていなかった化合物を有効成分とする新規の血管性認知障害の予防及び/又は治療剤を提供することができる。
【0018】
本発明者らは、頸動脈狭窄症モデルマウスを使用した基礎研究で、NAD+依存性の長寿遺伝子SIRT1が,以下の機序を介して認知機能改善に寄与し(非特許文献1)、頸動脈閉塞症モデルマウスにおいて、SIRT1が海馬の遅発性神経細胞死を抑制する(非特許文献2)ことを見出し、報告している。さらに、頸動脈閉塞症モデルマウスにレスベラトロールを投与したところ、オートファジーを活性化し、酸化ストレスによる神経傷害を軽減し、認知機能改善を示したとの報告もされている(非特許文献3)。しかし、前述の通り、動物実験で効果がみられる薬剤であってもヒトでは有効性が認められないといった場合も多く(非特許文献4)、動物実験の結果を必ずしもヒトに外挿できないというのが認知機能障害の予防、治療分野における技術常識である。
【0019】
しかも、ヒトのアルツハイマー患者に対しレスベラトロール500mg投与しても効果が認められなかった報告もある(非特許文献5)。しかし、本発明者らは、ヒトの血管性認知障害患者に対しては、レスベラトロールによる治療効果が認められることを見出した。従って、本発明の上記効果は、従来技術から予想し得ない効果である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
血管性認知障害の予防及び/又は治療剤
本発明は、ポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤を提供する。本明細書においては、ポリフェノール化合物としては、タンニン酸、イソフラボン、カテキン、クルクミン、タンニン、ヒドロキシ安息香酸、ヒドロキシケイ皮酸、フラボノイド、リグナン、スチルベン、カフェイン酸、クロロゲン酸、アントシアン、ピロガロール、エラグ酸、没食子酸、テアフラビン-3-ガレート、レスベラトロール、ケンフェロール、ケルセチン、ミリセチン、ルテオリン、デルフィニジン、シアニジン、アンペロプシン、ヘスペリジン、オーランチニジン、ユーロピニジン、ペラルゴニジン、マルビジン、ペオニジン、ペチュニジン、ロシニジン、これらの塩等が挙げられる。これらのポリフェノール化合物は一種単独でまたは二種以上を組み合わせて用いることができる。ポリフェノール化合物としては、レスベラトロール、クルクミン、没食子酸、その誘導体、それらの塩等が好ましい。レスベラトロール及びその誘導体を総称して単にレスベラトロール化合物と略することもある。レスベラトロールの誘導体としては、例えば、レスベラトロールに対し、水酸基及び/又はアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等)等で1個又は複数(例えば、1~3個、1個等)置換された化合物(例えば、ピセアタンノール)等が挙げられる。従って、好ましい実施形態において、本発明は、レスベラトロール化合物又はその塩を含有する、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤を提供する。
【0021】
本発明において、血管性認知障害とは、脳血管障害に関連する軽症の認知機能障害から血管性認知症までを包含する概念を示す。従って、本発明の予防及び/又は治療剤は、例えば、血管性認知症、血管性の軽度認知障害等、典型的には軽度認知障害レベルの血管性認知障害の予防及び/又は治療に用いることができる。また、本発明の予防及び/又は治療剤は血管性認知障害(典型的には軽度認知障害レベルの血管性認知障害)の悪化抑制のために用いることもできる。
【0022】
本発明における血管性認知障害は、頸動脈狭窄/閉塞症に起因する血管性認知障害を含む。頸動脈狭窄/閉塞症は症候を有していても無症候でもよい。頸動脈狭窄/閉塞症は、脳梗塞の主要な原因疾患であり、かつ、脳梗塞を発症せずとも認知機能障害を惹起し、血管性認知障害の原因疾患の1つである。脳梗塞の発症のリスクについて、無症候性の頸動脈狭窄患者を対象に米国及びカナダで実施された大規模な臨床試験であるACASにおいて、中等度以上(径狭窄率60%以上)の頸動脈狭窄患者では、内科治療(アスピリン及びリスクファクターの管理)における5年間の脳梗塞のリスクが11.0%であることが報告されている。また、認知機能障害の発現リスクについて、無症候性高度頸動脈狭窄症患者(210例)を対象に認知機能の変化を前向きに36ヶ月間評価した結果、健康成人と比較して認知機能が低下した患者(Mini-mental state examination 3点以上低下)が多く、無症候性の中等度以上(径狭窄率50%以上)の頸動脈狭窄症患者(82例)において、コントロール群と比較して認知機能の低下が認められ、さらに、中等度以上頸動脈狭窄症患者(25例)において、コントロール群と比較してストループ検査の結果が有意に悪化し、無症候性頸動脈狭窄/閉塞症は血管性認知障害の代表的原因疾患の1つである。
【0023】
現在、頸動脈狭窄/閉塞症に対して、認知機能を改善する有効な治療法は確立されておらず、新たな治療法の開発が期待されており、本発明は頸動脈狭窄/閉塞症に伴う予防及び/又は治療剤として用いることができる。
【0024】
好ましい実施形態において、本発明で用いるポリフェノール化合物はSIRT1を活性化させる。血管性認知障害の原因となる頸動脈狭窄/閉塞症は、血管内皮傷害が重要な役割を果たしており、血管内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の発現が低下し血管内皮機能低下が発症を惹起する。eNOSは、NOによる血管拡張を介して血流を改善すると共に、血管内皮傷害の修復にも関与し、更にeNOS自身を活性化する。以上より、血管内皮を標的として脳血流量を増加させる新たな治療法として、NAD+/SIRT1経路を活性化させる作用を有するポリフェノール化合物に着目した。例えば、トランスレスベラトロールの薬理作用は、ホスホジエステラーゼ4に結合し、活性を阻害するとcAMPが上昇する。cAMPの上昇にてCamKKβ-AMPK経路を活性化し、その結果,細胞内NAD+を増加させ、SIRT1活性を上昇させる。その後、SIRT1はeNOSの脱アセチル化を介して活性型へ変換し、eNOS-NO軸によって脳血管を拡張させる。
【0025】
好ましい実施形態において、本発明は、レスベラトロール[CAS No.501-36-0、(3,4',5-トリヒドロキシ-トランス-スチルベン(3,4',5-trihydroxy trans-stilbene)]であり、さらに好ましくは、下記構造を有する公知の物質である:
【0026】
【化1】
【0027】
レスベラトロールの誘導体としては、限定されないが、例えば、トランス及びシス異性体、トランス-シス異性体混合物、二量体等の重合体、配糖体、メチル化レスベラトロール等が挙げられる。レスベラトロール誘導体の具体的かつ非限定的な例としては、例えば、レスベラトロール-4'-O-β-D-グルコピラノシド、3,5,4'-トランス-トリヒドロキシスチルベン、3,5,3'-トランス-トリヒドロキシスチルベン、3,5-トランス-ジヒドロキシスチルベン、3,4'-トランス-ジヒドロキシスチルベン、3,3'-トランス-ジヒドロキシスチルベン、3-トランス-ヒドロキシスチルベン、4-トランス-ヒドロキシスチルベン、3,4,3',5'-トランス-テトラヒドロキシスチルベン、3,5-ジメトキシ-4'-ヒドロキシ-トランス-スチルベン等が挙げられる。
【0028】
本発明においてレスベラトロール化合物は、フリー体として用いても、薬学的に許容され得る塩として用いてもよい。本発明の有効成分としてレスベラトロール化合物の塩を用いる場合、当該レスベラトロール化合物の塩には、酸付加塩と塩基との塩が包含され得る。酸付加塩の具体例として、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、乳酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、酢酸塩、メタンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩等の有機酸塩、及びグルタミン酸塩、アスパラギン酸塩等の酸性アミノ酸塩が挙げられる。塩基との塩の具体例としては、ナトリウム塩、カリウム塩又はカルシウム塩のようなアルカリ金属又はアルカリ土類金属塩、ピリジン塩、トリエチルアミン塩のような有機塩基との塩、リジン、アルギニン等の塩基性アミノ酸との塩が挙げられる。
【0029】
本発明において、レスベラトロール化合物又はその塩を用いる場合、これらのうち、レスベラトロールが好ましい。
【0030】
本発明の有効成分であるポリフェノール化合物は、水和物又は溶媒和物の形で存在することもあるので、これらの水和物及び溶媒和物もまた本発明の有効成分である化合物に包含される。
【0031】
溶媒和物を形成する溶媒としては、エタノール、プロパノール等のアルコール、酢酸等の有機酸、酢酸エチル等のエステル類、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル類、アセトン等のケトン類、DMSO等が例示される。これらの溶媒は、1種単独で、又は2種以上を混合溶媒として用いることができる。
【0032】
本発明において、ポリフェノール化合物を含む、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤には、医薬、食品(保健機能食品(栄養機能食品、特定保健用食品、機能性表示食品)等)等が包含される。食品としてはサプリメント等の形式が挙げられる。
【0033】
本発明においては、本発明の有効成分であるポリフェノール化合物そのものをヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤として用いても、薬学的に許容される、もしくは食品に添加され得る各種担体(例えば、等張化剤、キレート剤、安定化剤、pH調節剤、防腐剤、抗酸化剤、溶解補助剤、粘稠化剤等)と組み合わせた組成物として用いてもよい。
【0034】
等張化剤としては、例えば、グルコース、トレハロース、ラクトース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、ソルビトール等の糖類、グリセリン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等の無機塩類等が挙げられる。これらの等張化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0035】
キレート剤としては、例えば、エデト酸二ナトリウム、エデト酸カルシウム二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、エデト酸四ナトリウム、エデト酸カルシウム等のエデト酸塩類、エチレンジアミン四酢酸塩、ニトリロ三酢酸又はその塩、ヘキサメタリン酸ソーダ、クエン酸等が挙げられる。これらのキレート剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0036】
安定化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。
【0037】
pH調節剤としては、例えば、塩酸、炭酸、酢酸、クエン酸等の酸が挙げられ、さらに水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸ナトリウム等のアルカリ金属炭酸塩又は炭酸水素塩、酢酸ナトリウム等のアルカリ金属酢酸塩、クエン酸ナトリウム等のアルカリ金属クエン酸塩、トロメタモール等の塩基等が挙げられる。これらのpH調節剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0038】
防腐剤としては、例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル等のパラオキシ安息香酸エステル、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム等の第4級アンモニウム塩、アルキルポリアミノエチルグリシン、クロロブタノール、ポリクォード、ポリヘキサメチレンビグアニド、クロルヘキシジン等が挙げられる。これらの防腐剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0039】
抗酸化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、濃縮混合トコフェロール等が挙げられる。これらの抗酸化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0040】
溶解補助剤としては、例えば、安息香酸ナトリウム、グリセリン、D-ソルビトール、ブドウ糖、プロピレングリコール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、D-マンニトール等が挙げられる。これらの溶解補助剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0041】
粘稠化剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、メチルセルロース、エチルセルロース、カルメロースナトリウム、キサンタンガム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。これらの粘稠化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0042】
また、上記組成物は、ポリフェノール化合物以外に、血管性認知障害の予防又は治療作用を有するとされている化合物又は血管性認知障害の原因の少なくとも1つの予防又は治療作用を有することが知られている化合物をさらに含んでいてもよい。かかる化合物としては、例えば、血管性認知障害の原因の1つである虚血性脳血管障害の予防または治療作用を有するアスピリン、シロスタゾール、クロピドグレル、プラスグレル、ワルファリン、選択的直接作用型第Xa因子阻害剤、直接トロンビン阻害剤等、また、現在承認されている抗認知症薬である抗アセチルコリンエステラーゼ阻害剤、NMDA受容体拮抗薬等が挙げられる。これらの化合物は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0043】
組成物の実施形態において、組成物中のポリフェノール化合物の含有量は特に限定されず、例えば、90質量%以上、70質量%以上、50質量%以上、30質量%以上、10質量%以上、5質量%以上、1質量%以上等の条件から適宜設定できる。
【0044】
製剤形態は、特に限定されず、例えば錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口投与剤;注射剤(静脈注射、筋肉注射、局所注射等)、含嗽剤、点滴剤、外用剤(軟膏、クリーム、貼付薬、吸入薬)、座剤等の非経口投与剤等の各種製剤形態を挙げることができる。上記製剤形態のうち、好ましいものとしては、例えば、経口投与剤(錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等)等が挙げられる。
【0045】
本発明においてポリフェノール化合物の投与量は、投与経路、患者の年齢、体重、症状等によって異なり一概に規定できないが、成人に対する1日投与量が通常、約1000mg以下、好ましくは約300mg以下、より好ましくは50mg以下、さらに好ましくは35mg以下になる量とすればよい。ポリフェノール化合物の投与量の下限も特に限定されず、例えば、成人に対する1日投与量が通常、1mg以上、好ましくは10mg以上、より好ましくは25mg以上の範囲で適宜設定できる。典型的には、成人に対する1日投与量は、30mgである。1日1回投与する場合は、1製剤中にこの量が含まれていればよく、1日3回投与する場合は、1製剤中にこの3分の1量が含まれていればよい。また、本発明においてポリフェノール化合物としてレスベラトロール化合物又はその塩を用いる場合、レスベラトロール化合物又はその塩の投与量は、投与経路、患者の年齢、体重、症状等によって異なり一概に規定できないが、レスベラトロール化合物の投与量として、成人に対する1日投与量が通常、約1000mg以下、好ましくは約300mg以下、より好ましくは50mg以下、さらに好ましくは35mg以下になる量とすればよい。レスベラトロール化合物又はその塩の投与量の下限も特に限定されず、例えば、レスベラトロール化合物の投与量として、成人に対する1日投与量が通常、1mg以上、好ましくは10mg以上、より好ましくは25mg以上の範囲で適宜設定できる。典型的には、成人に対する1日投与量は、30mgである。1日1回投与する場合は、1製剤中にこの量が含まれていればよく、1日3回投与する場合は、1製剤中にこの3分の1量が含まれていればよい。
【0046】
本発明のヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤は、少なくとも脳血流量を増加させることによりヒトの血管性認知障害を予防及び/又は治療する。従って、本発明は、ポリフェノール化合物を含むヒトの脳血流量促進剤も提供する。また、後述する実施例に示すように、ポリフェノール化合物は、ヒトにおける遅延再生、再認、記憶ドメイン(遅延再生、見当識、再認、教示再起)、遂行機能/空間認知機能等の認知機能、特に遅延再生、記憶ドメイン(遅延再生、見当識、再認、教示再起)、遂行機能/空間認知機能を向上する。従って、好ましい実施形態において、本発明は、ポリフェノール化合物を含むヒトの、遅延再生、再認、記憶ドメイン、遂行機能、空間認知機能からなる群より選択される少なくとも一種の認知機能、好ましくは遂行機能、及び空間認知機能からなる群より選択される少なくとも一種の認知機能を向上するための剤を提供する。本発明において、用語「認知機能の向上」には、認知機能を上昇させることだけでなく、認知機能の維持(認知機能の低下を抑制すること)も包含される。
尚、上記剤の有効成分、製剤形態、投与量等は、ヒトの血管性認知障害の予防及び/又は治療剤と同様である。
【0047】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例0048】
実施例1
1-I 方法
2020 年7 月より2021 年8 月までに国立循環器病研究センターを受診した、トランスレスベラトロール30mg/日を摂取、または、非摂取の無症候性の中等度以上頸動脈狭窄症または閉塞症患者を対象とした。選択基準は、(1) )頸動脈エコーにおいて、狭窄部のpeak systolic velocity が130 cm/s 以上(径狭窄率>50%に相当の無症候性頚動脈中等度以上狭窄症または閉塞症であり、かつ(2)及び/又は(3) の検査を受けている患者である:(2) 認知機能検査(Alzheimer's Disease Assessment Scale-Cognitive subscale 13: ADAS-Cog とMontreal Cognitive Assessment: MoCA)を縦断的に2回測定している、(3) 15O ガスpositron emission tomography (PET) も同様に、縦断的に2回測定している。主要アウトカムは、観察期間におけるADAS-Cog の変化量(差分解析)の比較である。副次アウトカムは、(1) 観察期間におけるMoCAの変化量(差分解析)の比較、(2) 15O ガスPET での脳血流量の変化量(差分解析)の比較である。国立循環器病研究センター研究倫理審査委員会での承認を受けて本研究を開始した(研究課題番号:R20113)。
【0049】
15OガスPET定量
すべての患者の脳画像が同じ解剖学的形式であることを確認するため、SPM2を用いて線形変換および非線形変換を行い、すべてのPET画像を解剖学的に標準化し、3DSRT(PDラジオファーマ株式会社、東京、日本)を使用し脳血流量を定量した。動脈供給に従ってグループ化された12のROIセグメントに分割した:脳梁辺縁動脈領域、脳梁周囲動脈領域、中心前溝動脈領域、中心動脈領域、角回動脈領域、頭頂葉、側頭葉、後頭葉、海馬、レンズ核、視床、小脳。前方循環領域は、脳梁辺縁動脈領域、脳梁周囲動脈領域、中心前溝動脈領域、中心動脈領域とした。相対的脳血流量の定量化において、各ROIでのカウントは両側小脳の平均脳血流量で正規化した。
【0050】
1-II 結 果
1-II-1. 患者背景
結果を以下の表1に示す。表1に示すように、45名のレスベラトロール非摂取患者 (Non-RES群)と37名のレスベラトロール摂取患者 (RES群)が、選択基準を満たした。年齢の平均値は、Non-RES群で76.4±7.2歳、RES群で76.9±8.5歳であり、男性の割合は、Non-RES群で80.0%、RES群で73.0%であった。ベースラインのADAS-Cogは、Non-RES群で15.0±5.6点、RES群で15.7±7.2点であった。MoCAは、Non-RES群で23.6±3.5点、RES群で23.7±3.6点であった。ADAS-Cog、MoCAともに両群で有意差は認めなかった。また、このベースラインの点数は軽度認知障害 (MCI) の範疇であった。上記82名の患者に対し認知機能検査及び/又は15O ガスPETでの脳血流量の検査を行った。
【0051】
【表1】
【0052】
1-II-2. 認知機能の変化
結果を以下の表2に示す。表2に示すように、MoCAについては、遂行機能/空間認知機能で、RES摂取と認知機能改善に有意な関連を認めた。さらに、ADAS-Cogで測定した認知機能の変化について、遅延再生、記憶ドメイン(遅延再生、見当識、再認、教示再起)、合計点で、RES摂取と認知機能改善に有意な関連を認めた(表2)。
【0053】
【表2】
【0054】
1-II-3. 脳血流量の変化
結果を以下の表3に示す。表3に示すように、15OガスPETで脳血流量、脳酸素代謝量、脳酸素摂取率を測定した。3D-SRT(FUJIFILM RI Pharma, Tokyo, Japan)を用いて変化量(RES群についてはRES投与前の脳血流量(対小脳比)とRES投与後の脳血流量(対小脳比)の差。Non-Res群については6か月から1年のインターバルでの脳血流量(対小脳比))の差を解析した。脳血流量の前後差は、両側脳梁辺縁動脈領域、右前頭葉、左被殻、両側視床でRES摂取と脳血流量増加との有意な関連を示した。その他の部位でもRES摂取と脳血流量増加の関連を認める傾向があった(表3)。脳酸素代謝量においては、全領域において、RES摂取と脳酸素代謝量増加の関連を認める傾向があった。脳酸素摂取率は双方に関連を認めなかった。
【0055】
【表3】
【0056】
実施例2
上記実施例1において、対象とした82名には、認知機能の変化と脳血流量の変化との両方の検査を行った患者と、認知機能の変化と脳血流量の変化との一方のみの検査を行った患者とが含まれる。そこで、上記の結果を踏まえ、前記82名のうち、認知機能の変化と脳血流量の変化との両方の検査を行った患者79名に対し、実施例1と同様に再度解析を行った。
【0057】
2-1. 患者背景
79人の患者のうち、36人はレスベラトロール30mg/日を服用し、最良の内科的治療を受け(RES群)、43名は、同様に最良の内科的治療を受けているがレスベラトロール非摂取患者 (Non-RES群)である。患者79名についての結果を以下の表4に示す。平均年齢(76.4±7.4歳 vs 77.0±8.6歳)と男性患者の割合[34人(79.1%) vs 27人(75.0%)]は、レスベラトロール群と非投与群で同等であった。ベースラインのMoCA合計点の平均は、Non-RES群が23.6±3.6点、RES群が23.7±3.6点であった。さらに、ADAS-Cog合計点の平均は、Non-RES群が14.6±5.4点、RES群が15.8±7.2点であった。平均観察期間は、それぞれ、244.8±86.9日と221.2±61.9日(p = 0.18)であった。このベースラインの点数は軽度認知障害 (MCI) の範疇であった(表4)。
【0058】
【表4】
【0059】
2-2. 認知機能の変化
患者79名について、レスベラトロール投与に関連した認知機能の変化を調べるために、MoCAとADAS-Cogスコアの変化量を調べた。レスベラトロールの摂取は、MoCAに基づく視空間認知・遂行機能の改善(Non-RES群:-0.2±1.3 vs.RES群:0.4±0.9;p = 0.020)と有意な関連が認められた。しかし、MoCA合計点では有意差を示さなかった(-0.4±3.2 vs. 0.4±2.6)。ADAS-Cogでは、遅延再生(0.5±1.6 vs. -0.9±1.8;p=0.001)、記憶ドメイン(0.4±3.3 vs. -1.6±3.1;p=0.007)、合計点(0.5±3.7 vs. -1.5±3.4;p=0.019)において、RES群で認知機能改善との有意な関連が認められた。そこで、年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、冠動脈疾患を調整した後、多変量線形回帰モデル解析を行った。レスベラトロールの摂取は、空間認知機能/遂行機能(β=0.26、95%信頼区間[CI]:0.062-1.15、p=0.03)および記憶(記憶ドメイン:β=-0.26、95%CI:-3.23-0.15、p=0.032;遅延再生:β=-0.37、95%CI:-2.16-0.54、p=0.001)の改善を予測する独立した因子であった(表5)。したがって、レスベラトロールは、視空間認知機能、遂行機能、記憶の改善に寄与した可能性がある。
【0060】
【表5】
【0061】
2-3. 脳血流量の変化
RES群で視空間認知機能、遂行機能、記憶の有意な改善と関連があった要因を明らかにするため、脳血流量測定を行った。最初に、各半球全体の脳血流量変化を解析した。Non-RES群に比べ、RES群では右半球全体(0.0011±0.034 vs. 0.016±0.032;p=0.051)と左半球全体(-0.0011±0.035 vs. 0.014±0.031;p=0.054)でCBFの改善傾向がみられた。この変化を詳細に調べるため、視空間認知機能、実行機能及び記憶を司る前頭葉、基底核、視床の脳血流量を分析した。縦断的にみると、レスベラトロールの長期摂取は、右前頭葉の脳血流量の有意な増加と関連していた(Non-RES群:0.001±0.037、RES群:0.019±0.037):0.019±0.033; p = 0.027)。前頭葉では、右(-0.004±0.041 vs. 0.018±0.034;p=0.013)と左(-0.003±0.040 vs. 0.017±0.042;p=0.031)の脳梁縁動脈領域、および右の中心前溝動脈領域(0.002±0.040 vs. 0.021±0.035;p=0.028)で、脳血流量の有意な増加とレスベラトロールの長期摂取との関連が認められた。さらに、左レンズ核(-0.002±0.06 vs. 0.033±0.06;p=0.01)、右視床(-0.002±0.085 vs. 0.039±0.85;p=0.04)、左視床(-0.011±0.095 vs. 0.045±0.090;p=0.01)も有意な関連を示した。前述の結果の頑強性を確認するために、年齢、性別、高血圧、糖尿病、脂質異常症、冠動脈疾患を調整した後、多変量線形回帰モデルを用いたところ、レスベラトロールの長期摂取は、右前頭葉(β = 0.25、95%CI: 0.001-0.035、p = 0.039)、右脳梁縁動脈領域(β=0.29、95%CI:0.005-0.041、p=0.013)、右中心前溝動脈(β=0.25、95%CI:0.001-0.037、p=0.042)、左レンズ核(β=0.31、95%CI:0.009-0.067、p=0.011)、左視床(β=0.29、95%CI:0.011-0.10、p=0.016)であった(表6)。したがって、レスベラトロールの長期摂取は、認知機能の改善だけでなく、脳血流量の増加にも寄与する可能性がある。ちなみに、有害事象は観察されなかった。
【0062】
【表6】
【0063】
考 察
本研究で、(1) レスベラトロールと脳血流増加、(2) レスベラトロールと認知機能(特に記憶、遂行機能、空間認知機能)の改善、に関連を認めることができた。レスベラトロール は、ホスホジエステラーゼを阻害してcAMPを分解抑制し、NAD+/SIRT1経路を活性化させて、eNOSを活性型に変換し脳血管拡張を介して脳血流を改善し、最終的に認知機能改善に寄与したことが考えられた。
【0064】
結 論
レスベラトロールを含むポリフェノール化合物は、頸動脈狭窄症または閉塞症を原因とする血管性認知障害の認知機能悪化予防に有意に関連しており、血管性認知障害における予防効果が十分に期待される。