(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005591
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする新規スクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240110BHJP
【FI】
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022105838
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】木内 里美
(72)【発明者】
【氏名】張 優希
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QQ20
4B063QQ42
4B063QR41
4B063QR58
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】
本発明が解決しようとする課題は、皮膚組織の線維化を抑制する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制する成分、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分の新規なスクリーニング方法を提供することである。
【解決手段】
ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、皮膚組織の線維化を抑制する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分の新規なスクリーニング方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分のスクリーニング方法。
【請求項2】
ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分のスクリーニング方法。
【請求項3】
ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分のスクリーニング方法。
【請求項4】
被験物質の存在下で、ヒト好中球による細胞外トラップ形成を誘導する誘導工程と、
前記誘導工程後の前記被験物質による細胞外トラップの形成抑制効果を分析する分析工程と、
前記分析工程での分析結果に基づいて、前記被験物質が、前記皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、前記しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは前記皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分であるかを判定する判定工程と、
を含む、請求項1~3の何れか一項に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする新規スクリーニング方法に関する。具体的には、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体防御システムのひとつとして、好中球が形成する細胞外トラップ(Neutrophil extracellular traps、以下、NETsともいう)が存在する。NETsは、好中球のDNA骨格、ヒストン、好中球エラスターゼ、ミエロペルオキシダーゼ等を含む網状の構造物であり、生体内に侵入した微生物を貪食しきれない場合に、その微生物を捕獲・殺菌するために放出される。
【0003】
一方で、NETsは、過剰に形成されると炎症を引き起こすことや、ある種の疾患と関係することが知られている。例えば、NETsと炎症性皮膚疾患との関連が研究されている(非特許文献1)。また、全身性エリテマトーデスのような自己免疫疾患との関連も研究されている(特許文献1)。
【0004】
このような状況の中、NETsの形成を抑制するための組成物が、種々開発されてきた。
例えば特許文献1には、CXCL4阻害性物質を含有してなる、NETs形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患の治療剤が記載されている。また特許文献2には、Btk阻害活性を有する化合物を含有する、NETs形成抑制剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-050160号公報
【特許文献2】再表2019/208805号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of Dermatological Science 84 (2016) 3-10
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、老化とともに顔にしわやたるみが形成されることがある。しわやたるみが形成されると老けて見えるため、しわやたるみの形成を抑制又は改善する化粧料等が望まれている。
また老化とともに皮膚の粘弾性や弾力性が失われることにより、肌のハリが減少することもある。肌のハリが減少する場合もやはり老けて見え、また肌のハリの減少にともなってさらなるしわやたるみが形成されることもあるため、若々しい見た目を保つためには、肌のハリを維持することが重要である。
【0008】
しわやたるみが形成される要因のひとつとして、皮膚組織を構成する正常な線維構造の減少及び変性した線維構造の蓄積(いわゆる線維化)が挙げられる。それに伴い皮膚を支える力が衰えることで、しわやたるみが形成され、又は皮膚の粘弾性や弾力が失われてハリが失われる。
したがって、しわやたるみの形成の抑制又は改善や、肌のハリ(すなわち、皮膚の粘弾性及び/又は弾力性)の維持・向上のためには、皮膚組織の線維化を抑制又は改善することが重要である。
【0009】
また、けがや手術、やけど、ニキビにより皮膚に傷がつくと、これらの治癒後に瘢痕が形成される場合がある。瘢痕には、白っぽい成熟瘢痕と、傷が赤くみみずばれのように盛り上がる、肥厚性瘢痕がある。
深い傷がついた場合や、関節や首など体が動くと引っ張られる箇所に傷ができた場合には、肥厚性瘢痕が形成されることが多いが、肥厚性瘢痕は目立ちやすいため、審美的に問題になる。
また成熟瘢痕は、肥厚性瘢痕と比較すれば目立ちにくく、痛みやかゆみもないものではあるが、周囲の正常な皮膚とは明らかに見た目が異なるため、これも審美的に問題になる。
瘢痕はレーザー治療や外科的手術、薬剤の注射等の種々の治療方法があるが、いずれも患者の負担が大きい。そもそも瘢痕の形成を抑制することができれば、このような患者の負担が大きい手段を採る必要がない。しかし現状、瘢痕の形成を抑制又は改善する組成物は検討されていない。
【0010】
上記の通り、NETsと疾患との関連性については検討されている。またしわやたるみの形成を抑制し、又は肌のハリを維持・向上させる成分を含む化粧料や、このような成分をスクリーニングする方法は、例示するまでもないほど数多く検討されてきている。
しかし、NETsの形成抑制効果を指標として、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分や、しわやたるみ、瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングする方法は、検討されてきていなかった。
【0011】
上記状況に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分を促進する成分の新規なスクリーニング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明は、ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分のスクリーニング方法である。
本発明によれば、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができる。
【0013】
上記課題を解決する本発明は、ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分のスクリーニング方法である。
本発明によれば、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができる。
【0014】
上記課題を解決する本発明は、ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分のスクリーニング方法である。
本発明によれば、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングすることができる。
【0015】
本発明の好ましい形態では、被験物質の存在下で、ヒト好中球による細胞外トラップ形成を誘導する誘導工程と、前記誘導工程後の前記被験物質による細胞外トラップの形成抑制効果を分析する分析工程と、前記分析工程での分析結果に基づいて、前記被験物質が、前記皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、前記しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは前記皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分であるかを判定する判定工程と、を含む。
本発明によれば、上記成分の何れかをスクリーニングすることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分の新規なスクリーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】試験例において、NETs培養上清を添加しない対照試料に対するCOL1A1遺伝子又はα-SMA遺伝子の相対的発現量、及び、対照試料におけるTGFβ1/TGFβ3遺伝子の発現量比を1としたときの、NETs培養上清を添加した試料における各遺伝子の発現量又は発現量比を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において皮膚組織とは、皮膚を構成する組織を指し、表皮、真皮、皮下組織の何れも含む。
【0019】
本発明のスクリーニング方法は、ヒト好中球による細胞外トラップの形成抑制効果を指標とする。
細胞外トラップは、白血球の一種である好中球等が放出する網状構造物であり、クロマチン構造を足場とし、好中球エラスターゼ、ミエロペルオキシダーゼ等の顆粒タンパク質、細胞質タンパク質を含む。生体内に侵入した微生物を捕獲・殺菌するために放出される。
【0020】
本発明の好ましい形態では、誘導工程、分析工程及び判定工程を含む。
以下、各工程について詳述する。
【0021】
誘導工程は、被験物質の存在下で、ヒト好中球による細胞外トラップ形成を誘導する工程である。
具体的には、ヒト好中球を含む、被験物質を添加した培地において、ヒト好中球による細胞外トラップの形成を誘導するNETs形成誘導剤を添加し、ヒト好中球によるNETs形成を誘導する。
【0022】
ヒト好中球は、ヒトの全血又はその画分から分離して得たものを使用することもできるし、研究用試薬として市販されているものを使用することもできる。
また、使用する培地は、ヒト造血細胞の培養に使用できる培地であれば特に制限されない。このような培地としては、RPMI1640培地を例示することができる。
【0023】
被験物質は特に限定されず、市販の化合物、公知化合物、動植物由来の抽出物等を例示することができる。また動植物由来の抽出物は、分画や精製、溶媒除去等がされたものでもよい。さらにまた植物由来の抽出物は、自生若しくは生育された植物、漢方生薬原料等として販売されるものを用いた抽出物、市販されている抽出物等を挙げることができる。
【0024】
NETs形成誘導剤は、好中球による細胞外トラップを誘導することができれば特に制限されない。例えば、ホルボール12-ミリスタート13-アセタート(phorbol myristate acetate;PMA)、リポポリサッカライド(lipopolysaccharide;LPS)、インターロイキン-8(IL-8)等を挙げることができるが、これに限定されない。
【0025】
誘導工程は、NETs形成誘導剤の添加後、好中球の培養条件下でインキュベートする、インキュベート工程を含んでいてもよい。
インキュベート時間は30分以上であればよく、好ましくは1時間以上とすることができる。インキュベート時間の上限は特に制限されないが、例えば24時間を上限とすることができる。
インキュベート工程を含むことにより、後述する分析工程における分析の精度を向上させることができる。
なお好中球の培養条件は特に制限されず、本分野において公知の条件を適宜採用することができる。
【0026】
誘導工程は、ヒト好中球を含む、被験物質を添加した培地を、NETs形成誘導剤の添加前に、好中球の培養条件下でプレインキュベートする、プレインキュベート工程を含んでいてもよい。
プレインキュベート時間は、15分以上とすることができ、好ましくは30分以上とすることができ、好ましくは40分以上とすることができ、より好ましくは50分以上とすることができ、さらに好ましくは60分以上とすることができる。
【0027】
また誘導工程においては、被験物質の存在下でのNETsの誘導と並行して、比較対象として被験物質の非存在下でのNETsの誘導を実施してもよい。この場合、培養条件は被験物質の有無を除き、一致させておくことが好ましい。
さらにまた誘導工程においては、異なる2以上の被験物質の存在下でのNETsの誘導を並行して行ってもよい。この場合、培養条件は被験物質の相違を除き、一致させておくことが好ましい。
【0028】
分析工程では、上記誘導工程後の細胞外トラップの形成抑制効果を分析する。好ましくは、上記誘導工程後の細胞外トラップの形成抑制効果を、定量的に分析する。
このとき、被験物質の非存在下でのNETs誘導や、異なる2以上の被験物質の存在下でのNETs誘導を並行して行っている場合、同様に細胞外トラップの形成状況を分析する。好ましくは、全ての試料における分析は同じ方法で行う。
【0029】
分析工程においては、対照試料と比較して、被験物質を添加した試料におけるNETs形成が抑制されている場合に、当該被験物質はNETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
例えば、被験物質の非存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質の存在下でNETsを誘導した試料において、NETsの形成が抑制されている場合に、当該被験物質は、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
また例えば、異なる2以上の被験物質について、各被験物質それぞれ単独での存在下でNETs形成をそれぞれ誘導し、NETsの形成がより抑制されている被験物質は、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
【0030】
分析方法は特に制限されず、誘導工程後の細胞外トラップの形成抑制効果を分析することができればよい。
例えば、免疫染色により好中球マーカーと細胞外トラップマーカーで共染色される細胞の数を測定して、細胞外トラップの形成状況を分析することができる。好中球マーカーとしては好中球エラスターゼやミエロペルオキシダーゼ等が挙げられ、細胞外トラップマーカーとしてはシトルリン化ヒストンH3等が挙げられる。免疫染色に用いられる試薬や染色方法は、適宜公知のものを採用することができる。
具体的には、例えば、被験物質の非存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質の存在下でNETsを誘導した試料において、共染色される細胞の数が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、当該被験物質は、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
また例えば、被験物質Aの存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質Bの存在下でNETsを誘導した試料において、共染色される細胞の数が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、被験物質Bは、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
【0031】
また例えば、培地に放出されたDNA量を定量することにより、被験物質の細胞外トラップの形成抑制効果を分析することができる。定量には、適宜公知のキットや試薬、機器を使用することができる。例えば、細胞外DNAを検出する蛍光試薬(例えば、サーモフィッシャーサイエンス社のSYTOX Green等)や、二本鎖DNAを検出する蛍光試薬を用いた蛍光強度の測定等により定量することができる。
具体的には、例えば、被験物質の非存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質の存在下でNETsを誘導した試料において、定量されるDNA量が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、当該被験物質は、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
また例えば、被験物質Aの存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質Bの存在下でNETsを誘導した試料において、定量されるDNA量が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、被験物質Bは、NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
【0032】
さらにまた例えば、ELISA、ウエスタンブロッティング等の抗原抗体反応を利用した方法により、被験物質の細胞外トラップの形成抑制効果を分析することができる。
具体的には例えば、被験物質の非存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質の存在下でNETsを誘導した試料において、発色が薄くなり、又は蛍光強度が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、当該被験物質NETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
また例えば、被験物質Aの存在下でNETsを誘導した試料と比較して、被験物質Bの存在下でNETsを誘導した試料において、発色が薄くなり、又は蛍光強度が減少している(すなわち、NETs形成が抑制されている)場合に、被験物質BはNETs形成抑制効果を有すると分析することができる。
【0033】
判定工程では、分析工程での分析結果に基づいて、被験物質が所望の効果を発揮する成分であるかを判定する。
具体的には、上記分析工程において、NETs形成抑制効果を有すると分析された被験物質を、所望の効果を発揮する成分であると判定する。
ここで、所望の効果とは、皮膚組織の線維化を抑制する効果、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する効果、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる効果から選ばれる。
【0034】
また、判定工程にて所望の効果を発揮する成分であると判定した被検物質を、そのまま有効成分として判別してもよいし、又は、2次スクリーニングに供するための有効成分候補として判別してもよい。
【0035】
本発明の一の実施形態では、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分のスクリーニングを行う。
皮膚組織は表皮、真皮及び皮下組織からなる。また表皮は角質層、顆粒層、有棘層、基底層からなる。真皮は乳頭層と網状層とからなり、網状層はコラーゲン、エラスチン、線維芽細胞等からなる。さらにまた皮下組織は大部分が脂肪細胞で構成されている。
皮膚組織はこのように複雑な構造を有しており、これを再現するのは容易ではない。
しかし本発明によれば、細胞外トラップの形成抑制効果という単純な指標によって、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができる。
【0036】
本発明の別の実施形態では、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分をスクリーニングする。
本発明によれば、細胞外トラップの形成抑制効果という単純な指標によって、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができる。
【0037】
本発明の別の実施形態では、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングする。
本発明によれば、細胞外トラップの形成抑制効果という単純な指標によって、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングすることができる。
【実施例0038】
<試験例>NETsの形成が皮膚組織に与える影響の検証
本試験例では、NETsの形成が皮膚組織の線維化に与える影響を検証した。
【0039】
[試験方法]
<NETs培養上清の調製>
(1)あらかじめ37℃にあたためておいた、10%FBS及び2mM L‐グルタミンを含有するRPMI1640培地(Thermo Fisher Science社製)を用いて、通常の方法でヒト好中球(HemaCere社製)を起眠させた。
(2)poly-D-lysineコートプレートに、上記(1)で起眠させた好中球を培地ごと添加し、好中球をプレートに接着させた。
(3)培地をホルボール12-ミリスタート13-アセタート(以下PMAともいう。富士フイルム和光純薬社製)を50nM含有するRPMA1640培地に交換し、60分間インキュベートし、NETs形成を誘導した。
(4)10%FBSを含有するDMEM/F12培地に交換し、残存PMAを除去した。このとき、形成されたNETs(以下、NETs構造物ともいう)が崩壊しないよう、ゆっくり培地交換を行った。
(5)さらに、新しいDMEM/F12培地を添加した。
(6)ピペッティングにて好中球およびNETs構造物を回収し、250×gで3分間遠心分離した。
(7)上記(6)で遠心分離した上清を回収した。当該上清にはNETs構造物が含まれるが、好中球は含まれない。以下、これをNETs培養上清ともいう。
(8)上記(7)で得たNETs培養上清中のNETsを定量した。本試験例では、dsDNA量を、蛍光試薬を用いた方法で定法により定量し、これをNETs量とした。
【0040】
<NETs存在下での組織培養>
(1)10%FBSを含有するDMEM/F12培地で馴化しておいた新鮮ヒト皮下組織(外科手術の余剰皮膚から調製)に対し、上記<NETs培養上清の調製>(7)で調製したNETs培養上清を、NETs培養上清中のNETs構造物由来のdsDNA量が200ng/mLとなるように添加し、37℃で48時間培養した。対照として、DMEM/F12培地のみを添加し、NETs培養上清を添加しない対照試料を調製し、同様に37℃で48時間培養した。
(2)上記(1)で培養した各皮下組織からtotalRNAを抽出し、qPCRによりCOL1A1遺伝子、α‐SMA遺伝子、TGFβ1遺伝子、及びTGFβ3遺伝子の発現量を定量した。
ここで、COL1A1遺伝子は、皮膚組織の線維化に伴い過剰に増えることが報告されている。またα-SMA遺伝子は、皮膚組織の線維化の促進に寄与する筋線維芽細胞のマーカー遺伝子である。さらにまたTGFβ1遺伝子は線維化促進的に、TGFβ3遺伝子は線維化抑制的に、それぞれ皮膚組織に対して作用することが報告されている。換言すれば、COL1A1遺伝子、α-SMA遺伝子、及びTGFβ1遺伝子の発現量が増加していれば、皮下組織の線維化が進んでいるといえ、TGFβ3遺伝子の発現量が増加していれば、皮下組織の線維化が抑制されているといえる。
totalRNAの抽出及びqPCRは、QIAGEN社製のキットを用いて行い、プロトコルは当該キットに付属したものにしたがった。またプライマーセットは、以下の表1に記載のものを使用した(いずれもQIAGEN社製)。
【0041】
【0042】
上記(5)の定量結果から、COL1A1遺伝子及びα-SMAについては、NETs培養上清を添加しない対照試料における各遺伝子の発現量を1としたときの、NETs培養上清を添加した試料における各遺伝子の発現量(相対的発現量)を算出した(
図1(a)、
図1(b))。
また、TGFβ1遺伝子及びTGFβ3遺伝子については、対照試料及びNETs培養上清を添加した試料におけるTGFβ1/TGFβ3の発現量比をそれぞれ算出し、対照試料におけるTGFβ1/TGFβ3の発現量比を1としたときの、NETs培養上清を添加した試料におけるTGFβ1/TGFβ3の発現量比を算出した(
図1(c))。上記の通り、TGFβ1遺伝子は線維化促進的に、TGFβ3遺伝子は線維化抑制的に、それぞれ皮膚組織に対して作用するものであるから、TGFβ1/TGFβ3の発現量比が増加している場合には、皮下組織の線維化が促進されているといえる。
図1において、「-」はNETs培養上清を添加しない対照試料であることを表し、「+」はNETs培養上清を添加した試料であることを表す。
【0043】
図1(a)から明らかなとおり、NETs培養上清を添加しない対照試料と比較して、NETs培養上清を添加した試料においては、COL1A1遺伝子の発現量が増加していた。
また
図1(b)から明らかなとおり、NETs培養上清を添加しない対照試料と比較して、NETs培養上清を添加した試料においては、α-SMA遺伝子の発現量が相対的に増加していた。
また
図1(c)から明らかなとおり、NETs培養上清を添加しない対照試料と比較して、NETs形成誘導後の培養上清を添加した試料においては、TGFβ1/TGFβ3の発現量比が相対的に増加していた。
以上の結果より、NETsは皮膚組織(特に、皮下組織)の線維化を進める方向に働くことが確認された。
【0044】
また、上記(2)のNETs形成を誘導する工程で、スクリーニング対照の被験物質を添加した培地を用いることにより、当該被験物質がNETs形成抑制効果を有するか否かについて分析することができることが示唆された。
あわせて、被験物質の存在下及び非存在下でNETs形成をそれぞれ誘導し、各試料におけるNETs形成抑制効果を分析し、これらの分析結果を比較することにより、当該被験物質がNETs形成抑制効果を有するか否かについて分析することができることが示唆された。
さらに、2以上の被験物質について、各被験物質それぞれの存在下でNETs形成をそれぞれ誘導し、各試料におけるNETs形成抑制効果を分析し、これらの分析結果を比較することにより、複数の被験物質のうち何れがNETs形成抑制効果を有するかについて分析することができることが示唆された。
さらにまた上記結果から、NETsの形成抑制効果を指標として、皮膚組織(特に、皮下組織)の線維化を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができることが示唆された。
【0045】
上記の通り、皮膚組織の線維化は、皮膚におけるしわやたるみの形成又は進行、若しくは瘢痕の形成に関連することが知られている。
上記試験結果と合わせると、NETs形成抑制効果を指標として、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分をスクリーニングすることができることが示唆された。
【0046】
上記の通り、皮膚組織の線維化が進行すると、皮膚の粘弾性や弾力が失われることが知られている。
上記試験結果と合わせると、NETs形成抑制効果を指標として、皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングすることができることが示唆された。
本発明によれば、NETs形成抑制効果という単純な指標によって、皮膚組織の線維化を抑制又は改善する成分、しわ、たるみ又は瘢痕の形成を抑制又は改善する成分、若しくは皮膚の粘弾性及び/又は弾力を向上させる成分をスクリーニングすることができる。