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特開2024-56359架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056359
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/201 20180101AFI20240416BHJP
   G01N 33/44 20060101ALI20240416BHJP
   G01N 23/202 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
G01N23/201
G01N33/44
G01N23/202
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163178
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】清水 克典
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001AA04
2G001BA14
2G001CA01
2G001CA04
2G001LA05
2G001NA03
2G001NA08
2G001NA19
(57)【要約】
【課題】架橋材料の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握する架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムを提供する。
【解決手段】試料として膨潤させた網目構造が固定化した架橋材料の超薄切片20を用いて、X線散乱法または中性子散乱法の測定によりその試料の散乱プロファイルデータ30を取得し、取得した散乱プロファイルデータ30に近似する強度曲線40を特定するデータ処理を演算装置3により行って、強度曲線40での一次粒子径Rssを算出し、算出した一次粒子径Rssを指標として用いて架橋状態を評価する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線散乱法または中性子散乱法の測定により架橋材料の試料の散乱プロファイルデータを取得し、取得した前記散乱プロファイルデータを用いた前記架橋材料の架橋状態の評価方法において、
前記試料として膨潤させた網目構造が固定化した前記架橋材料の超薄切片を用いて、
前記散乱プロファイルデータに近似する強度曲線を特定するデータ処理を演算装置により行って、前記強度曲線での一次粒子径を算出し、算出した前記一次粒子径を指標として用いて架橋状態を評価する架橋材料の架橋状態の評価方法。
【請求項2】
前記散乱プロファイルデータに対してUnified-Guinierの式を曲線回帰させて、前記強度曲線を特定する請求項1に記載の架橋材料の架橋状態の評価方法。
【請求項3】
算出した前記一次粒子径と前記架橋材料の伸びとの相関関係を取得しておき、評価対象の架橋材料を前記試料として用いて算出した前記一次粒子径と予め把握している前記相関関係とを用いて、前記評価対象の架橋材料の伸びを推定する請求項1または2に記載の架橋材料の架橋状態の評価方法。
【請求項4】
X線散乱法または中性子散乱法の測定により取得した架橋材料の試料の散乱プロファイルデータと、この散乱プロファイルデータを用いて前記架橋材料の架橋状態を評価する演算装置と、を備える架橋材料の架橋状態の評価システムにおいて、
前記試料は、膨潤させた網目構造が固定化した架橋材料の超薄切片であり、
前記演算装置は、前記散乱プロファイルデータに近似する強度曲線を特定するデータ処理と、前記強度曲線の特定で算出された一次粒子径を指標として用いて架橋状態を評価するデータ処理とを行う構成である架橋材料の架橋状態の評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムに関し、より詳しくは、架橋材料の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握する架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
架橋ゴムの網目構造の架橋疎密を評価する方法として、異なる膨潤度に膨潤させた架橋ゴムを測定材料として用いて、小角X線散乱法または小角中性子散乱法により架橋ゴムの架橋疎密を評価する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、溶媒を用いて膨潤させた架橋ゴムを測定材料として用いているため、溶媒が経時的に揮発することに伴って膨潤させた網目の大きさ、形状が変化する。また、膨潤度の度合いに応じて測定材料ごとにその厚さが変化する。これに伴い、特許文献1に記載の方法では、架橋状態を安定して正確に把握するには不利になる。それ故、架橋材料の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握するには改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6367758号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、架橋材料の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握する架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成する本発明の架橋材料の架橋状態の評価方法は、X線散乱法または中性子散乱法の測定により架橋材料の試料の散乱プロファイルデータを取得し、取得した前記散乱プロファイルデータを用いた前記架橋材料の架橋状態の評価方法において、前記試料として膨潤させた網目構造が固定化した前記架橋材料の超薄切片を用いて、前記散乱プロファイルデータに近似する強度曲線を特定するデータ処理を演算装置により行って、前記強度曲線での一次粒子径を算出し、算出した前記一次粒子径を指標として用いて架橋状態を評価することを特徴とする。
【0007】
上記の目的を達成する本発明の架橋材料の架橋状態の評価システムは、X線散乱法または中性子散乱法の測定により取得した架橋材料の試料の散乱プロファイルデータと、この散乱プロファイルデータを用いて前記架橋材料の架橋状態を評価する演算装置と、を備える架橋材料の架橋状態の評価システムにおいて、前記試料は、膨潤させた網目構造が固定化した架橋材料の超薄切片であり、前記演算装置は、前記散乱プロファイルデータに近似する強度曲線を特定するデータ処理と、前記強度曲線の特定で算出された一次粒子径を指標として用いて架橋状態を評価するデータ処理とを行う構成であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、架橋材料における凝集塊最小単位の大きさを示す一次粒子径を指標として使用する。この一次粒子径の大きさは、架橋材料の分子の凝集状態(架橋状態)を意味しているので、一次粒子径を指標にすることで架橋状態を正確に把握できる。
【0009】
また、膨潤させた網目構造が固定化した架橋材料の超薄切片を測定の試料として用いるため、膨潤させた網目構造が経時的には実質的に変化しない。また、試料ごとの厚さを統一することが可能になる。それ故、架橋状態を安定して正確に把握するには有利になる。
【0010】
加えて、X線散乱法または中性子散乱法の測定では、電子顕微鏡を用いた測定に比して広い範囲を一度に測定できる。そのため、網目構造にバラつきがあっても、そのバラつきに起因して架橋状態が偏って観測されることを回避し易くなる。その結果、架橋材料の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握するには有利になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】架橋材料の架橋状態の評価システムの実施形態を例示する説明図である。
図2】架橋材料の架橋状態の評価方法の実施形態の手順を例示するフロー図である。
図3】X線散乱装置によるX線散乱法の測定により取得された散乱プロファイルデータを例示する説明図である。
図4図3の散乱プロファイルデータに近似する強度曲線を例示する説明図である。
図5】実施例で得られた一次粒子径と架橋材料の伸びとの相関関係を例示するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムを、図に示す実施形態に基づいて説明する。
【0013】
図1に例示する評価システム1の実施形態を用いて、架橋材料の架橋状態の評価方法が実施される。この評価方法は、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定により得られた架橋材料の超薄切片20の散乱プロファイルデータ30を演算装置3によりデータ処理することにより、架橋材料の架橋状態を評価する方法である。一例では、散乱プロファイルデータ30を、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定により取得したが、中性子散乱装置による中性子散乱法の測定により取得することもできる。
【0014】
X線散乱装置2は、小角X線散乱法(SAXS)または超小角X線散乱法(USAXS)の測定が可能な公知の種々のX線散乱装置を用いることができる。小角X線散乱法の測定では、散乱角θとして、0.1°<2θ<10°の小角領域を用いて、超薄切片20中に存在する1~100nm程度の大きさの電子密度の異なる領域ごとのX線の散乱強度I(q)を測定する。超小角X線散乱法の測定では、散乱角θとして、0°<2θ≦0.1°の超小角領域を用いて、超薄切片20中に存在する1~1000nm程度の大きさの電子密度の異なる領域ごとのX線の散乱強度I(q)を測定する。X線散乱装置2には、研究室レベルの小型装置や大型施設の大型装置などを用いることができる。
【0015】
評価システム1はX線散乱装置2を用いて測定された散乱プロファイルデータ30が入力される演算装置3を備えている。演算装置3は公知の種々のコンピュータを用いることができる。演算装置3は、中央演算処理部(CPU)4、主記憶部(メモリ)5、補助記憶部(例えば、HDD)6、入力部(キーボード、マウス)7、および、出力部(ディスプレイ)8を有している。評価プログラム10は演算装置3の補助記憶部6にインストールされる。
【0016】
演算装置3は、入力部7により評価プログラム10が起動されて実行されると、評価プログラム10により指示された各データ処理を実行する。そして、各データ処理を実行して架橋材料の架橋状態の評価結果を算出して出力部8に出力する。
【0017】
評価プログラム10は、起動した後に、入力部7により初期設定が行われる。評価プログラム10は、初期設定が完了した後に、演算装置3に初期設定に従った各処理を実行させる。
【0018】
図2は架橋材料の架橋状態の評価方法の手順の一例を示す。まず、超薄切片20を準備し(S110)、X線散乱装置2を用いたX線散乱法の測定により超薄切片20の散乱プロファイルデータ30を取得する(S120)。次いで、評価プログラム10を起動して実行することで、評価プログラム10は演算装置3に各手順を実行させる(S130、S140)。最終的に、架橋材料の架橋状態の評価結果が出力部8出力されると終了となる。以下に、各ステップ(S110~S140)の内容を詳述する。
【0019】
超薄切片20を準備するステップ(S110)では、架橋材料の試験片を作成し、超薄切片20をその試験片から切り出す。架橋材料は、主に架橋ゴムであるが樹脂などの場合もある。この実施形態では、架橋材料として架橋ゴムを用いているが、架橋構造を有していればよいので、架橋ゴムに限らず樹脂の場合もある。架橋ゴムの試験片は、重合性モノマーを用いて架橋ゴムを膨潤させた後に、重合開始剤の存在下で重合性モノマーを重合させることにより、飽和状態に膨潤させた網目構造が樹脂包埋により固定化した状態となっている。
【0020】
架橋ゴムのゴム成分としては、加硫剤により架橋可能なゴム成分であればよく、天然ゴム(NR)、あるいは、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、イソプレンゴム(IR)などの合成ゴムが例示される。加硫剤(架橋剤)としては、ゴム成分の鎖状高分子を示す分子鎖どうしを架橋可能であればよく、有機過酸化物や硫黄が例示される。架橋ゴムには、加硫剤以外の、加硫促進剤、老化防止剤、難燃剤、補強材、および、着色剤などのゴム配合剤が配合されていてもよい。
【0021】
試験片の作成時に用いる重合性モノマーとしては、架橋ゴムを飽和状態まで膨潤させて架橋ゴムとの共存下で重合可能なものであればよく、メタクリル酸メチル、スチレンモノマー、および、シリコーンなどが例示される。重合開始剤としては、熱、光、または、酸化還元によりラジカルを発生させるものであればよく、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、ペルオキシド、および、トリエチルボランなどが例示される。
【0022】
架橋ゴムの網目構造を構成する分子鎖は、重合開始剤による発生するラジカルにより切断されることが知られている。試験片の作成では、重合開始剤の配合量を減らすことでラジカルの発生を抑制することが好ましい。具体的に、重合開始剤の配合量は、重合性モノマー100質量部に対して、10質量部未満とすることが望ましく、3質量部以下とすることがより望ましい。重合開始剤の配合量は、重合性モノマーと重合開始剤の組み合わせによっても異なる。例えば、重合性モノマーとしてメタクリル酸メチルを用いて、重合開始剤として過酸化ベンゾイルを用いる場合、重合開始剤の配合量は、メタクリル酸メチル100質量部に対して、2質量部程度でよい。このように、試験片の作成で用いる重合開始剤の配合量を減らすことで、ラジカルによる分子鎖の切断が抑制されるので、実際の網目構造をより忠実に把握して、網目構造の架橋状態を的確に評価するには有利になる。
【0023】
X線散乱装置2によるX線散乱法の測定での測定可能な範囲は、X線散乱装置2のビーム径に依存する。よって、超薄切片20の所望の観察範囲の大きさに応じて、その観察範囲に照射されるX線の面積(ビーム径)を適宜選択する。このビーム径は、例えば、50μm以上、より好ましくは100μm以上にして上限は例えば300μmにする。また、超薄切片20の厚さは例えば100nm以下である。
【0024】
超薄切片20は染色剤で染色することもできる。染色剤としては、四酸化オスミウムおよびヨウ素などが例示される。染色剤は、架橋ゴムの分子鎖を染色するが重合性モノマーを染色しないものが望ましい。
【0025】
図3に例示する散乱プロファイルデータ30を取得するステップ(S120)では、X線散乱装置2による小角X線散乱法あるいは超小角X線散乱法の測定により超薄切片20の散乱プロファイルデータ30を取得する。このステップでは、X線散乱装置2により、超薄切片20に対してX線を照射して散乱したX線の中の所定の散乱ベクトルq〔nm-1〕の領域に現れるX線の散乱強度I(q)〔a.u.〕を測定して、散乱プロファイルデータ30を取得する。
【0026】
図3に例示する散乱プロファイルデータ30は、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定結果に基づいて作成されたものである。散乱プロファイルデータ30では、横軸が散乱ベクトルq〔nm-1〕、縦軸が散乱強度I(q)〔a.u.〕を示す。図中の多数の丸は、散乱ベクトルqと散乱強度I(q)の該当位置にプロットしたものである。散乱プロファイルデータ30は、演算装置3の補助記憶部6に記憶される。なお、X線散乱装置2と演算装置3とが別々の場所に設置されている場合、X線散乱装置2により取得された散乱プロファイルデータ30は、フラッシュメモリなどの電子媒体に記憶され、その電子媒体から演算装置3に入力されて、演算装置3の補助記憶部6に記憶されてもよい。
【0027】
強度曲線40を特定するステップ(S130)では、演算装置3により散乱プロファイルデータ30に対して近似する強度曲線40を特定するデータ処理が実行される。この強度曲線40を特定する過程で、一次粒子径Rssが算出される。具体的に、このステップでは、演算装置3により、散乱プロファイルデータ30に対して下記の数式(1)に示す公知のUnified-Guinierの式を曲線回帰させることにより、強度曲線40を特定する。
【0028】
【数1】

・・・(1)
【0029】
上記の数式(1)において、A、B、C、D、Eは定数を、pは累乗の指数を示す。Dmは質量フラクタル次元を、Dsは表面フラクタル次元を、dは空間のユークリッド次元を示す。なお、一例でのユークリッド次元は「3」とする。Rggは架橋材料の階層的構造における高次凝集体の大きさを、Rssは架橋材料の階層的構造における高次凝集体を構成する一次凝集体の一次粒子径(凝集塊最小単位の大きさ)を示す。
【0030】
散乱プロファイルデータ30に対して、上記の数式(1)を曲線回帰により当てはめるようにフィッティングすることにより、定数A、B、C、D、E、指数p、質量フラクタル次元Dm、表面フラクタル次元Ds、高次凝集体の大きさRgg、および、一次粒子径Rssが見積られる。一次粒子径Rssを算出する場合、上記の数式(1)は、一次粒子径Rssを含まない項(第一項および第二項)を除き、一次粒子径Rssを含む項(第三項~第五項)のみで構成することもできる。
【0031】
図4に例示する強度曲線40は、散乱プロファイルデータ30に対して上記の数式(1)を曲線回帰したものである。強度曲線40における変曲点は、一次粒子径Rss、高次元凝集体の大きさRggに関係があり、直線領域は質量フラクタルDmまたは表面フラクタル次元Dsに関係がある。
【0032】
一次粒子径Rssは、ギニエプロットを用いた散乱プロファイルデータに対して、散乱強度I(q)を上記の数式(1)の第四項(Dexp(-qRss/3))のみで表すGuinierの式を曲線回帰させる過程で算出することもできる。具体的に、ステップ(S120)で横軸に散乱ベクトルqの二乗、縦軸に散乱強度I(q)の対数とするギニエプロットを用いて散乱プロファイルデータを取得する。次いで、ステップ(S130)でGuinierの式を曲線回帰させることにより、一次粒子径Rssを算出する。ただし、Guinierの式(上記の数式(1)の第四項)のみでは、階層性を含んでいないため、算出される一次粒子径Rssの精度が低くなる。よって、一次粒子径Rssの算出には、階層性を含んだUnified-Guinierの式を用いることが望ましい。
【0033】
架橋状態を評価するステップ(S140)では、演算装置3により算出した一次粒子径Rssを指標として用いて、架橋状態を評価するデータ処理が実行される。評価する架橋状態とは、具体的には網目構造の状態(例えば、分子の凝集状態)である。一次粒子径Rssは、架橋材料における凝集塊最小単位の大きさを示すので、架橋材料の分子の凝集状態(架橋状態)を意味している。そこで、一次粒子径Rssを指標にすれば、架橋状態を把握できる。例えば、一次粒子径Rssの値が大きい程より多くの分子が結びついていて架橋がより密であり、一次粒子径Rssの値が小さい程架橋が疎であると推定できる。このように算出した一次粒子径Rssの値の大きさに基づいて、架橋材料の架橋状態を正確に把握することが可能になる。
【0034】
一次粒子径Rssの算出は、統一された同条件下(使用する散乱プロファイルデータ30を同じ測定条件、例えば、ビーム径やX線の強度、光子数、エネルギー、照射時間などを同一にする)で行えばよい。このように同条件に設定することで様々な試験片に対して架橋状態を単純比較することができる。
【0035】
以上のとおり、本実施形態によれば、一次粒子径Rssを指標にすることで架橋状態を正確に把握できる。
【0036】
また、X線散乱法による測定に架橋材料の網目構造を膨潤させた状態で樹脂包埋により固定化してスライスした試料を用いる。樹脂包埋による固定化なので、膨潤させた網目構造は経時的には実質的に変化しない。それ故、架橋状態を安定して正確に把握するには有利になる。
【0037】
また、X線散乱法による測定では、X線のビーム径を調節することで、比較的広い所望の範囲を一度に測定できる。そのため、網目構造にバラつきがあっても、そのバラつきに起因して架橋状態が偏って観察されることを回避するには有利になる。その結果、架橋状態の全体的な架橋状態を効率的に正確に把握するには有利になる。
【0038】
一方、電子顕微鏡を用いた測定では、一度に測定できる範囲が狭い(観測領域は、例えば、一辺1μmから50μm程度)。そのため、網目構造にバラつきがあると(そもそもある程度のバラつきがある)、そのバラつきに起因して架橋状態が偏って観察されるリスクが高くなる。また、全体的な架橋状態を把握するには多大な測定回数が必要になる。それ故、架橋材料の全体的な架橋状態を把握するには不利になる。
【0039】
上記の評価方法は、一枚の超薄切片20のみを用いて架橋状態を評価してもよいが、架橋状態は架橋材料の位置(超薄切片20を採取する位置)に起因して若干のバラつきがあることは避けられない。そのため、一つの試験片から複数枚の超薄切片20を作成し、超薄切片20ごとの一次粒子径Rssの代表値(平均値、中央値、最頻値)に基づいて架橋状態を評価することがより望ましい。このように、複数の散乱プロファイルデータ30を用いることで、超薄切片20の試験片での採取位置の違いに起因する一次粒子径Rssのデータのばらつきを小さくするには益々有利になる。超薄切片20を採取する際には、その試験片の代表的な架橋状態(より均一な架橋状態)を呈している位置を特定して、その位置から採取するとよい。
【0040】
また、上記の評価方法は、複数枚の超薄切片20ごとの一次粒子径Rssのバラつきに基づいて架橋状態を評価することもできる。例えば、複数枚の超薄切片20ごとの一次粒子径Rssの分散状態を表す分散指標を算出し、算出した分散指標に基づいて網目構造の不均一性を評価する。この分散指標は、いわゆる算術的な分散、標準偏差などを用いる。
【0041】
架橋状態は架橋材料の特性に大きく影響する。本願発明の発明者は、上述した一次粒子径Rssと架橋材料の様々な特性との関係について種々の検討を行った。その結果、一次粒子径Rssと架橋材料の伸びEb〔%〕との間には高い相関性があることが判明した。具体的には、一次粒子径Rssが異なる多数の架橋材料について、それぞれの架橋材料の伸びEbを測定し、一次粒子径Rssと伸びEbとの相関関係を把握した。この伸びEbは、JIS K6251:2017に規定されている引張試験に準拠した試験により得られる破断時伸びである。
【0042】
そこで、多種多数の試験サンプルを用いて、上述した相関関係を予め取得しておくとよい。これにより、評価対象の架橋材料について一次粒子径Rssを算出し、算出したこの一次粒子径Rssと予め把握している上述の相関関係を用いることで、評価対象の架橋材料の伸びEb〔%〕を推定することが可能になる。尚、上述の相関関係の相関性の高さは、例えば架橋材料の主成分のポリマー種、硫黄種、加硫促進剤種などに起因して若干変化する。そこで、架橋材料の主成分のポリマー種毎や硫黄種、加硫促進剤種毎に、一次粒子径Rssと伸びEbとの相関関係を把握することが好ましい。
【0043】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の架橋材料の架橋状態の評価方法および評価システムは特定の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例0044】
サンプル(実施例1~実施例6)として、加硫促進剤と硫黄の配合量が異なる6種類の加硫ゴム(イソプレンゴム)を用いて、以下の手順によって一次粒子径Rss〔nm〕を測定した結果を下記の表1に示す。下記の表1では、硫黄および加硫促進剤(CZ:N-シクロヘキシル-2-ベンゾチアゾリルスルフェンアミド)の配合量を、イソプレンゴム(IR)100質量部に対する質量部として示している。
【0045】
【表1】
【0046】
試験片の超薄切片20を作成する工程では、共通条件下でイソプレンゴムを加硫した。次いで、加硫したそれぞれのイソプレンゴムをメタクリル酸メチルで48時間膨潤させた。膨潤させたそれぞれのイソプレンゴムにメタクリル酸メチル100質量部に対して過酸化ベンゾイル2質量部を添加し、常温で3時間静置後、60℃で24時間加熱して、サンプルの試験片を作成した。次いで、それぞれのサンプルの試験片からウルトラミクロトームにより70nmの超薄切片20を作成し、四酸化オスミウムで染色した。
【0047】
次いで、超薄切片20をX線散乱装置2にセットして、室温にて超薄切片20にX線を照射し、散乱プロファイルデータ30を得た。X線散乱装置2には、SPring-8(登録商標)のビームラインBL03XUを用いた。ビーム径をΦ100μmとした。X線の強度を5×1012photons/s/mrad/mm/0.1%bwとした。X線の光子数を2×10photons/sとした。X線のエネルギーを小角散乱法の測定では12.4KeVとし、超小角散乱法の測定では6KeVとした。X線の照射時間を一箇所あたり1secとした。超薄切片20からX線散乱装置2の検出器までの距離を、小角散乱法の測定では4mとし、超小角散乱法の測定では8mとした。検出器として、X線光子計数型二次元検出器を用いた。
【0048】
演算装置3により、測定により取得した散乱プロファイルデータ30に対して上記の数式(1)に示すUnified-Guinierの式を曲線回帰させて、強度曲線40を特定した。その強度曲線40の特定により一次粒子径Rssを算出した。
【0049】
上記の表1に示すように、それぞれのサンプルについて一次粒子径Rssが算出できる。この算出した一次粒子径Rssを指標にすることで、それぞれのサンプルの架橋状態を把握できる。
【0050】
さらに、サンプル(実施例1~実施例6)に対して、JIS K6251:2017に規定されている引張試験に準拠した試験を行って破断時伸びEbを測定し、その結果を下記の表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
図5は、実施例1~実施例6のそれぞれの一次粒子径Rssと伸びEBとに基づいて作成されたものである。図5中の黒点は、実施例1~実施例6のそれぞれの一次粒子径Rssと伸びEBの該当位置にプロットしたものである。このプロットした黒点群を直線に近似した直線が一次粒子径Rssと伸びEBとの相関関係を示す。図5に示すように伸びEBと一次粒子径Rssとには高い相関性があることが分かる。
【符号の説明】
【0053】
1 評価システム
2 X線散乱装置
3 演算装置
10 評価プログラム
20 超薄切片
30 散乱プロファイルデータ
40 強度曲線
図1
図2
図3
図4
図5