(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056367
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】逆転写反応用組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 9/10 20060101AFI20240416BHJP
【FI】
C12N9/10 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163190
(22)【出願日】2022-10-11
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.Triton
3.NONIDET
4.IGEPAL
5.EMULGEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小林 哲大
(72)【発明者】
【氏名】大地 健介
【テーマコード(参考)】
4B050
【Fターム(参考)】
4B050CC07
4B050DD01
4B050KK01
4B050KK05
4B050KK09
4B050KK14
4B050KK18
4B050LL03
(57)【要約】
【課題】 安定性に優れた逆転写反応用組成物を提供すること。
【解決手段】 本発明の逆転写反応用組成物は、逆転写活性を有する酵素及びMPCポリマーを含むことを特徴とする。MPCポリマーは、アニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含むMPCポリマーであることが好ましく、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと、アニオン性官能基を有するビニルモノマーとを構成単位として含む共重合体のMPCポリマーであることが更に好ましい。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
MPCポリマー及び逆転写活性を有する酵素を含む、逆転写反応用組成物。
【請求項2】
MPCポリマーが、アニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含む、請求項1に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項3】
MPCポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと、アニオン性官能基を有するビニルモノマーとを構成単位として含む共重合体である、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項4】
逆転写活性を有する酵素が、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)由来の逆転写酵素、トリ骨髄芽球症ウイルス(AMV)由来の逆転写酵素、及びヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)由来の逆転写酵素からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項5】
MPCポリマーの濃度が、組成物全体に対して0.0002%以上である、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項6】
更に多価アルコールを含む、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項7】
多価アルコールが、グリセロール、グリコール、及び糖アルコールからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項6に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項8】
更に2価陽イオンを含む、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項9】
2価陽イオンが、マグネシウムイオン及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項10】
更にデオキシヌクレオチドを含む、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項11】
更にDNAポリメラーゼを含む、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項12】
更に界面活性剤を含む、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項13】
界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、請求項12に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項14】
37℃で4日間保管した場合に60%以上の残存活性率を示す、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項15】
RT-PCR反応に用いられる、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項16】
マスターミックス試薬として用いられる、請求項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
【請求項17】
逆転写活性を有する酵素をMPCポリマーと共存させることを特徴とする、逆転写活性を有する酵素の安定化方法。
【請求項18】
MPCポリマーが、アニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含む、請求項17に記載の安定化方法。
【請求項19】
MPCポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと、アニオン性官能基を有するビニルモノマーとを構成単位として含む共重合体である、請求項17又は18に記載の安定化方法。
【請求項20】
逆転写活性を有する酵素を含有する溶液中においてMPCポリマーを共存させる、請求項17又は18に記載の安定化方法。
【請求項21】
逆転写活性を有する酵素を含有する溶液を37℃で4日間保管した場合の残存活性率を60%以上にする、請求項17又は18に記載の安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、逆転写活性を有する酵素の安定性を向上させる方法、及びそれにより得られる逆転写反応用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
逆転写酵素はRNAを鋳型としてDNAを合成する酵素であり、遺伝子工学や分子生物学では必要不可欠な酵素である。例えば、モロニ―マウス白血病ウイルス(Moloneymurine leukemia virus:MMLV)逆転写酵素、トリ骨髄芽球症ウイルス(Avian myelobslastosisvirus:AMV)逆転写酵素、ヒト免疫不全ウイルス1型(Human Immunodefficiency Virus1型:HIV-1)逆転写酵素、またそれらの改変体が市販されている。これらの酵素は核酸増幅法と組み合わせることで、数コピーの標的RNAを可視化可能なレベル、すなわち数億コピー以上に増幅することができ、研究分野のみならず、遺伝子診断、臨床検査といった医療分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等においても、広く用いられている。
【0003】
代表的な核酸増幅法であるPCR(Polymerase Chain Reaction)は、(1)熱処理によるDNA変性(2本鎖DNAから1本鎖DNAへの解離)、(2)鋳型1本鎖DNAへのプライマーのアニーリング、(3)DNAポリメラーゼを用いた前記プライマーの伸長、という3ステップを1サイクルとし、このサイクルを繰り返すことによって、試料中の標的核酸を増幅する方法である。この増幅に使用される酵素、DNAポリメラーゼの反応はDNAに特異的であるため、対象がRNAの場合、逆転写酵素によって、一度DNAに変換する逆転写(Reverse Transcription;RT)を実施してから上記増幅反応を行う必要がある。この逆転写反応とPCRを組み合わせた反応をRT-PCRと呼び、RT-PCRには、(1)RT、PCRを非連続に実施する2ステップRT-PCR、(2)RT、PCRを連続的に実施する1ステップRT-PCRが存在する。
【0004】
逆転写反応には逆転写酵素以外にも、緩衝剤、マグネシウム等の補因子、デオキシヌクレオチドが通常必要とされる。そのため、市販の逆転写酵素は、例えば、緩衝剤、塩、界面活性剤などを含む50%程度のグリセロール溶液中で保存され、使用時に緩衝剤及びマグネシウムなどを含む反応Bufferと混合して用いられる試薬の形態として販売されたり、又は緩衝剤及びマグネシウム等を含む反応Bufferと酵素が最初からすべて混合されて1液化(マスターミックス化)されており、使用時にそのまま用いることが可能な試薬の形態などで販売されている。これらの逆転写反応は一般に、核酸増幅法とは独立して実施され、その後、核酸増幅法と組み合わされる。また、例えば、Thermo Fisher製のTaqPath 1-Step RT-qPCR Master Mix,CGのように逆転写反応のマスターミックスにDNAポリメラーゼが含有され、RT-PCR用のマスターミックス試薬として、RT、PCRを連続的に実施する1ステップRT-PCRに利用される試薬等も存在する。
【0005】
このような逆転写酵素試薬は一般的に-20℃から-80℃で保存される。そして、逆転写酵素は、耐熱性であるDNAポリメラーゼに比べ、安定性が低いことが多く、逆転写酵素の失活が実験の再現性の低下などにつながることが知られている。しかし、一般的にこれらの試薬は使用時には4℃などで融解または一時保管されるため、何回か使用した後は酵素が徐々に失活し、試薬の再購入や再調製を検討する必要があり、多大なる労力及びコストがかかっていた。
【0006】
このような逆転写活性を有する酵素の失活は、RNAの発現解析など逆転写反応を行う研究において時間、労力、費用の面で負担を大きくする。また、RNAウイルス検査などのRNAをターゲットとする検査を行う必要がある臨床の現場では、このような逆転写活性を有する酵素の失活が誤った診断につながるため、これらの酵素の安定化が強く望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記従来技術に鑑みてなされたものであり、逆転写活性を有する酵素の安定性を向上させ、例えば、長期に保存しても安定な逆転写反応用組成物を提供することを目的とする。安定性の向上した逆転写反応用組成物とすることで、例えば、-20℃から-80℃よりも高い温度で一定期間保管されても逆転写活性を有する酵素の失活を抑えることができ、逆転写反応を行う実験や試験の再現性を高めることができる。また、逆転写活性を有する酵素を含む試薬の再購入・再調製を抑えることで、無駄な費用と手間等を減らし、低コストで実験、試験を実施することができるようになる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記事情に鑑み、鋭意研究を行った結果、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含むポリマー(MPCポリマー)、特にはアニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含む共重合体のMPCポリマーを、逆転写活性を有する酵素と共存させることで、逆転写活性を有する酵素の保存安定性を向上させることができることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
代表的な本願発明は、以下の通りである。
[項1] MPCポリマー及び逆転写活性を有する酵素を含む、逆転写反応用組成物。
[項2] MPCポリマーが、アニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含む、項1に記載の逆転写反応用組成物。
[項3] MPCポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと、アニオン性官能基を有するビニルモノマーとを構成単位として含む共重合体である、項1又は2に記載の逆転写反応用組成物。
[項4] 逆転写活性を有する酵素が、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)由来の逆転写酵素、トリ骨髄芽球症ウイルス(AMV)由来の逆転写酵素、及びヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)由来の逆転写酵素からなる群より選択される少なくとも1種である、項1~3のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項5] MPCポリマーの濃度が、組成物全体に対して0.0002%以上である、項1~4のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項6] 更に多価アルコールを含む、項1~5のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項7] 多価アルコールが、グリセロール、グリコール、及び糖アルコールからなる群より選択される少なくとも1種である、項6に記載の逆転写反応用組成物。
[項8] 更に2価陽イオンを含む、項1~7のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項9] 2価陽イオンが、マグネシウムイオン及びマンガンイオンからなる群より選択される少なくとも1種である、項8に記載の逆転写反応用組成物。
[項10] 更にデオキシヌクレオチドを含む、項1~9のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項11] 更にDNAポリメラーゼを含む、項1~10のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項12] 更に界面活性剤を含む、項1~11のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項13] 界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、項12に記載の逆転写反応用組成物。
[項14] 37℃で4日間保管した場合に60%以上の残存活性率を示す、項1~13のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項15] RT-PCR反応に用いられる、項1~14のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項16] マスターミックス試薬として用いられる、項1~15のいずれかに記載の逆転写反応用組成物。
[項17] 逆転写活性を有する酵素をMPCポリマーと共存させることを特徴とする、逆転写活性を有する酵素の安定化方法。
[項18] MPCポリマーが、アニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含む、項17に記載の安定化方法。
[項19] MPCポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと、アニオン性官能基を有するビニルモノマーとを構成単位として含む共重合体である、項17又は18に記載の安定化方法。
[項20] 逆転写活性を有する酵素を含有する溶液中においてMPCポリマーを共存させる、項17~19のいずれかに記載の安定化方法。
[項21] 逆転写活性を有する酵素を含有する溶液を37℃で4日間保管した場合の残存活性率を60%以上にする、項17~20のいずれかに記載の安定化方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、逆転写活性を有する酵素の安定性を向上させることができ、例えば、長期に保存しても安定な逆転写反応用組成物を提供することができる。逆転写活性を有する酵素の失活を抑えることで、逆転写反応に用いる試薬の再購入・再調製の手間を低減し、低コストでの逆転写反応を行う実験や試験を可能にする。また、逆転写活性を有する酵素の失活による再現性低下を防ぐことができ、安定した実験結果、試験結果を得ることが可能になる。研究用途だけでなく、臨床分野にも大いに寄与し得る。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明についてさらに詳説する。
【0012】
本発明は、逆転写活性を有する酵素(特には、保存安定性が低いことが知られている逆転写酵素)の安定性を向上させた組成物に関する。本発明における逆転写酵素とは、RNAからcDNAを合成しうる能力を有する酵素であれば特に限定されない。保存安定性が低いことが知られている逆転写酵素としては、例えば、レトロウイルスなどから得られるRNAからcDNAを合成しうる逆転写酵素が挙げられ、具体的には、モロニーマウス白血病ウイルス(Moloney murine leukemia virus:MMLV)由来の逆転写酵素、トリ骨髄芽球症ウイルス(Avianmyelobslastosis virus:AMV)由来の逆転写酵素、ヒト免疫不全ウイルス1型(Human Immunodefficiency Virus1型:HIV-1)由来の逆転写酵素等を好ましい例として挙げることができるが、これらに限定されない。なお本明細書において、例えば、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)由来の逆転写酵素という場合、野生型のMMLV由来の逆転写酵素だけではなく、逆転写活性が失われていないその逆転写酵素の改変体も含み、他の起源に由来する逆転写酵素の場合も同様であり得る。逆転写活性を有する酵素は、市販の逆転写酵素であってもよく、例えば、PrimeScript、SuperScript、SuperScript II、SuperScript III、SuperScript IV、ReverTra Aceなどが挙げられる。中でも、本発明の高い安定化効果が得られ易いという観点から、逆転写活性を有する酵素は、MMLV由来の逆転写酵素が好ましいが、特に限定されるものではない。
【0013】
本明細書において、逆転写酵素の改変体とは、その由来である野生型の逆転写酵素のアミノ酸配列に対して、例えば85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、なかでも好ましくは99%以上の配列同一性を有し、且つ、RNAからcDNAを合成しうる能力が失われておらず逆転写活性を有するものをいう。ここで、アミノ酸配列の同一性を算出する方法としては、当該分野で公知の任意の手段で行うことができる。例えば、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、一例として、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgiにおいてデフォルト(初期設定)のパラメータを用いることにより、アミノ酸配列の同一性を算出することが可能である。また、本発明に用いられ得る改変体は、その由来である野生型逆転写酵素のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入および/または付加(以下、これらを纏めて「改変」又は「変異」等ともいう)したアミノ酸配列からなるポリペプチドであり、且つ、野生型逆転写酵素と同様にRNAをcDNAに変換する活性を有するものであってもよい。ここで1又は数個とは、例えば、1~80個、好ましくは1~40個、よりこのましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個であり得るが、特に限定されない。
【0014】
本発明の逆転写反応用組成物における上記逆転写酵素の量は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、0.015~50U/μlとすることができ、0.15~5U/μlとすることが好ましい。本発明によれば、このような量の逆転写酵素を含む場合であっても安定性の低下が高度に抑制され、所定期間保存された後でも実用上十分なレベルで逆転写活性を発揮し得る。
【0015】
本発明におけるMPCポリマーとは、以下の一般式(1)で表される2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を構成単位として含む重合体をいう。
【化1】
【0016】
本発明に用いられるMPCポリマーは、MPCのホモポリマーであってもよいし、MPC及び他のモノマーを構成単位として含むコポリマー(共重合体)であってもよい。より確実に本発明の効果が得られ易いという観点から、MPCポリマーはコポリマーであることが好ましい。コポリマーは、ランダムコポリマーであってもよいし、ブロックコポリマーであってもよいし、ランダム部分とブロック部分とを含むコポリマーであってもよい。このようなコポリマーのMPCポリマーは、例えば、特定の重合開始剤の存在下、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とメタクリル酸(MAc)とを重合させたものが挙げられるが、MAcの代わりに又はMAcに加えて、共重合可能な他のビニルモノマー等を重合させたものであってもよく、特に限定されない。共重合可能な他のビニルモノマーとしては、例えば、アクリル酸、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、メタリルスルホン酸、2-アクリロイルオキシエチルコハク酸、2-メタクリロイルオキシエチルフタル酸、(メタ)アクリル酸n-ブチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸ヘプチル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸ウンデシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸トリデシル、(メタ)アクリル酸テトラデシル、(メタ)アクリル酸ペンタデシル、(メタ)アクリル酸セチル、(メタ)アクリル酸ヘプタデシル、(メタ)アクリル酸ステアリル、(メタ)アクリル酸ベンジル、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、スチレン、α-メチルスチレン、メチル核置換スチレン、クロロ核置換スチレン、塩化ビニル、塩化ビニリデン、エチレン、プロピレン、イソブチレン、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、エチルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、ジエチルイタコネート、ジ-n-ブチルイタコネートを挙げることができ、或いは、多価アルコールと(メタ)アクリル酸とのエステル化反応により得られるビニルモノマー等であってもよい。多価アルコールと(メタ)アクリル酸とのエステル化反応により得られるビニルモノマーとしては、例えば、グリセリンモノ(メタ)アクリレート、トレイトールモノ(メタ)アクリレート、エリトリトールモノ(メタ)アクリレート、キシリトールモノ(メタ)アクリレート、アラビトールモノ(メタ)アクリレート、マンニトールモノ(メタ)アクリレート、ガラクチトールモノ(メタ)アクリレート、ソルビトールモノ(メタ)アクリレート等が挙げられるが、これらに限定されない。また共重合可能な他のビニルモノマーとしては、前記のようなビニルモノマーを、例えば、ハロゲン原子、アルコキシ基、アリール基、アリールオキシ基、複素環基等で置換したビニルモノマーなどであってもよい。MPCポリマーがコポリマーである場合、上記のような他のモノマーを1種類だけ含むものであってもよいし、2種類以上含むものであってもよい。
【0017】
好ましい実施形態において、本発明に用いられるMPCポリマーは、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン及びアニオン性官能基を有するモノマーを構成単位として含むMPCポリマーであり得る。アニオン性官能基としては、例えば、水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、ホスフィン酸基等を挙げることができる。好ましくは、MPCポリマーは、アニオン性官能基を有するビニルモノマーを構成単位として含み、より好ましくは、水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、及びホスフィン酸基からなる群より選択される少なくとも1つのアニオン性官能基を有するビニルモノマーを構成単位として含むMPCポリマーであり得る。アニオン性官能基を有するビニルモノマーとしては、例えば、メタクリル酸、アクリル酸、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、メタリルスルホン酸、2-アクリロイルオキシエチルコハク酸、2-メタクリロイルオキシエチルフタル酸、グリセリンモノ(メタ)アクリレート、トレイトールモノ(メタ)アクリレート、エリトリトールモノ(メタ)アクリレート、キシリトールモノ(メタ)アクリレート、アラビトールモノ(メタ)アクリレート、マンニトールモノ(メタ)アクリレート、ガラクチトールモノ(メタ)アクリレート、ソルビトールモノ(メタ)アクリレート等が挙げられるが、これらに限定されない。一つの好ましい実施形態において、本発明に用いるMPCポリマーは、水酸基又はカルボキシル基を有するモノマーを少なくとも1つの構成単位として含むMPCポリマーであり、より好ましくは、メタクリル酸を少なくとも1つの構成単位として含むMPCポリマーである。このようなアニオン性の側鎖を持つビニルモノマーを構成単位に含むMPCポリマーを使用することで、より高い安定化効果を得ることができるので好ましい。
【0018】
一例として、本発明に用いられるMPCポリマーにおいて、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)と共にMPCポリマーを構成する他のモノマーは、以下の一般式(2)で表されるビニルモノマーであり得る。
【化2】
(上記式中、Rは、水素原子、又は水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、若しくはホスフィン酸基で置換されていてもよい炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルケニル基、炭素数1~6のアルキニル基、炭素数1~6のアルキルオキシ基、炭素数6~12のアリール基、若しくは炭素数7~20のアラルキル基を示す。)
【0019】
一つの実施形態において、本発明に用いられるMPCポリマーは共重合体(コポリマー)であることが好ましく、上記一般式(2)で表されるビニルモノマーを構成単位として含む共重合体であることがより好ましい。なかでも、一般式(2)において、Rが、水素原子であるか、又は水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基、ホスホン酸基、及びホスフィン酸基からなる群より選択される少なくとも1つのアニオン性官能基で置換されている、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルケニル基、炭素数1~6のアルキニル基、炭素数1~6のアルキルオキシ基、炭素数6~12のアリール基、若しくは炭素数7~20のアラルキル基から選択される炭素鎖であるビニルモノマーを構成単位として含む共重合体のMPCポリマーであることが好ましい。ここで、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルキルオキシ基等は、直鎖であっても分岐鎖であってもよい。一つの好ましい実施形態では、本発明の用いられるMPCポリマーは、一般式(2)において、Rが、水素原子であるか、又は水酸基及びカルボキシル基からなる群より選択される少なくとも1つのアニオン性官能基で置換されている炭素数1~6のアルキル基であるビニルモノマーを構成単位として含む共重合体のMPCポリマーであり得る。例えば、前記一般式(2)において、Rが2個以上の水酸基及び/又はカルボキシル基で置換されている炭素数1~6のアルキル基であるビニルモノマーを構成単位として含むMPCポリマーなども本発明に好適に使用することができる。
【0020】
本発明に用いられるMPCポリマーは、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを任意の割合で含むポリマーであり得る。例えば、MPCポリマーは、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンモノマーの構成単位を30モル%以上含むものであってよく、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンモノマーを構成単位として、好ましくは35~99モル%、より好ましくは40~90モル%、更に好ましくは45~85モル%含むMPCポリマーであるのがよい。本発明のMPCポリマーが、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンモノマーと他のビニルモノマー(例えば、アニオン性官能基を有するビニルモノマー)とを構成単位として含むコポリマーである場合、そのモル比も特に限定されないが、例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンモノマー:他のビニルモノマー(例えば、アニオン性官能基を有するビニルモノマー)のモル比は35~99:1~65であり得、好ましくは、40~90:10~60、より好ましくは45~85:15~55程度であるのがよい。
【0021】
本発明に用いられるMPCポリマーは、任意の長さのポリマーであり得る。より確実に効果が得られ易いという観点から、好ましくは、重量平均分子量10,000~1,000,000程度、より好ましくは、重量平均分子量30,000~800,000程度、更に好ましくは、重量平均分子量100,000~700,000程度のMPCポリマーを用いるのがよい。MPCポリマーは疎水性であっても親水性であってもよいが、溶液中において逆転写活性を有する酵素を安定化させ易いという観点から、水溶性のMPCポリマーであることが好ましい。
【0022】
MPCポリマーを合成する際の重合開始剤としては、通常のラジカル重合開始剤であれば特に限定されるものではなく、例えば、スクシニックパーオキサイド、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル、ジイソプロピルペルオキシジカーボネート、t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルペルオキシピバレート、t-ブチルペルオキシジイソブチレート、過硫酸塩又は過硫酸-亜硫酸水素塩等を適宜使用することができる。重合開始剤の使用量は、全原料モノマー100質量部に対して0.01~10質量部が好ましく、0.1~5質量部がより好ましい。
【0023】
MPCポリマーを合成する際の重合条件は、特に限定されないが、好ましくは30~80℃、特に好ましくは40~70℃において、2~72時間にわたり重合反応を行う条件である。この際、重合反応をより円滑に行なうために溶媒を用いてもよく、該溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、t-ブタノール、ベンゼン、トルエン、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、クロロホルム又はこれらの混合物を挙げることができる。また、得られるMPCポリマーの精製は公知の方法により行うことができる。
【0024】
本発明に用いるMPCポリマーは上記のように合成したものを用いてもよいが、市販のものを用いてもよい。例えば、MPCポリマーとして、日油製のリピジュア(Lipidure)シリーズのMPCポリマーを用いることができるが、特に限定されるものではない。例えば日油製のLipidure-BL400シリーズのMPCポリマー(Lipidure-BL401、BL402、BL403、BL405、BL406、BL407、BL408などが挙げられるが特に限定されない)は、アニオン性側鎖を有するMPCポリマーとして知られており、本発明に好適に使用することができる。
【0025】
本発明の逆転写反応用組成物におけるMPCポリマーの濃度は特に限定されるものではないが、例えば、0.0002%以上であればよい。より高い安定化効果が得られ易いという観点からは、好ましくは、0.002%以上、より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.1%以上であればよい。本発明の組成物中におけるMPCポリマーの上限値は特に限定されないが、例えば10%以下、より好ましくは5%以下であり得る。本発明の逆転写反応用組成物は、1種類のMPCポリマーを含むものであってもよいが、2種類以上のMPCポリマーを含むものであってもよく、2種類以上のMPCポリマーを含む場合はそれらの総量が上記濃度範囲となるように調整することが好ましい。
【0026】
さらに、本発明の逆転写反応用組成物は、多価アルコールを含んでいてもよい。多価アルコールとしては、グリセロール;プロピレングリコール、トリエチレングリコール、1,3-ブチレングリコール、ポリエチレングリコール等のグリコール;ソルビトール、キシリトール、トレハロース等の糖アルコールが挙げられるが、特に限定されるものではない。好ましくは、グリセロール、ソルビトール、キシロース、及びトレハロースからなる群より選択される少なくとも一種の多価アルコールである。多価アルコールをさらに含むことにより、より一層高い安定化効果を得ることができる。
【0027】
本発明の逆転写反応用組成物における多価アルコールの濃度は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは25%以上で、より良好な安定化効果を得ることが可能となる。上限は特に限定されないが、一例として、75%以下とすることができ、50%以下であることがより好ましい。
【0028】
さらに、本発明の逆転写反応用組成物は、界面活性剤を含んでいてもよい。界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性イオン性界面活性剤、陽イオン性活性剤のいずれを用いてもよい。具体的に、界面活性剤としては、、ツイーン20(Tween20),Nonidet P40、Nonidet P-40 Substitute、IGEPAL CA-630、Briji35、Briji58、トリトンX-100(TritonX-100)、トリトンX-114(TritonX-114)、SDS、CHAPS、CHAPSO、Emulgen420などが挙げられるが、特に限定されない。好ましくは、非イオン界面活性剤であり、より好ましくは、ツイーン20(Tween20),Nonidet P40、Nonidet P-40 Substitute、IGEPAL CA-630、Briji35、Briji58、トリトンX-100(TritonX-100)、トリトンX-114(TritonX-114)等のポリオキシエチレン鎖を有する非イオン界面活性剤である。界面活性剤を用いる場合、本発明の逆転写反応用組成物中における界面活性剤の濃度は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、例えば、0.0001%以上、より好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.01%以上で、より良好な安定化効果を得ることが可能となる。上限は特に限定されないが、一例として、1%以下とすることができる。
【0029】
さらに、本発明の逆転写反応用組成物は、逆転写反応に必要な因子を含むことが好ましい。逆転写反応に必要な因子とは、緩衝剤、塩、マグネシウムなどの2価イオン(2価の陽イオン)、デオキシヌクレオチド、オリゴヌクレオチドなどが挙げられるが、特に限定されない。好ましくは、逆転写酵素の他にマグネシウムやデオキシヌクレオチドを含み、逆転写反応のマスターミックス試薬として使用することができる逆転写反応用組成物であり得るが、特に限定されない。本発明によれば、長期保存しても逆転写活性を有する酵素の失活を高度に抑えることができるので、このようなマスターミックス試薬として好適に利用され得る。
【0030】
さらに、本発明の逆転写反応用組成物は、核酸増幅反応に必要な因子を含んでいてもよい。核酸増幅反応に必要な因子とは、例えば核酸増幅反応としてPCRを行う場合は緩衝剤、塩、2価陽イオン(好ましくは、マグネシウムイオン又はマンガンイオン)、デオキシヌクレオチド、核酸増幅用のDNAポリメラーゼなどが挙げられるが、特に限定されない。好ましくは、逆転写活性を有する酵素の他に、マグネシウムイオンを発生させる成分(例えばマグネシウム塩)、デオキシヌクレオチド、及びDNAポリメラーゼを含み、RT-PCR反応のマスターミックス試薬として使用することができる逆転写反応用組成物であり得るが、特に限定されない。本発明によれば、長期保存しても逆転写活性を有する酵素の失活を高度に抑えることができるので、このようなマスターミックス試薬として好適に利用され得る。
【0031】
本発明の逆転写反応用組成物に含まれ得る2価陽イオンの量は、本発明の効果を奏する限り限定されないが、例えば、1~50mM、好ましくは2~20mMであり得る。また、本発明の逆転写反応用組成物に含まれ得るデオキシヌクレオチドの量もまた、本発明の効果を奏する限り限定されないが、例えば、0.2~2mM、好ましくは0.5~1mMであり得る。更に、本発明の逆転写反応用組成物に含まれ得るDNAポリメラーゼの量もまた本発明の効果を奏する限り限定されないが、例えば、0.02~2U/μl、好ましくは0.1~0.5U/μlであり得る。
【0032】
本発明の逆転写反応用組成物は、例えば、逆転写酵素の通常の保管温度である-20℃から-80℃よりも高い温度で一定期間保管されても(例えば、4℃より高い温度、又は10℃以上、15℃以上、20℃以上、25℃以上、30℃以上、若しくは35℃以上の温度で、3時間、6時間、12時間、1日間、2日間、若しくは3日間保管されても)、逆転写酵素の失活が抑えられ、実用上十分なレベルで逆転写活性を発揮し得る。例えば、本発明のMPCポリマーを含む逆転写反応用組成物は、MPCポリマーを含まない場合と比較して、37℃で4日間保存後であっても逆転写活性の低下が抑えられ、好ましくは37℃で7日間保存後であっても逆転写活性の低下が抑えられ、より好ましくは37℃で14日間保存後であっても逆転写活性の低下が抑えられ、更に好ましくは37℃で33日間保存後であっても逆転写活性の低下が抑えられ、更により好ましくは37℃で35日間保存後であっても逆転写活性の低下が抑えられた組成物であり得る。特に好ましい実施形態では、本発明の逆転写反応用組成物は、上記のような温度及び期間の条件で保存された場合に、例えば、調製直後の逆転写活性と比較して、56%以上の残存活性率を示す組成物であり、好ましくは60%以上の残存活性、より好ましくは70%以上、更に好ましくは75%以上、更により好ましくは80%以上の残存活性率を示す組成物であり得る。調製直後の逆転写活性と比較した場合の活性残存率は、後述の実施例に記載の方法と同様にして測定することができる。
【0033】
後述の試験例の結果に示されるように、MPCポリマーを共存させることにより、逆転写活性を有する酵素の安定性を向上させることができる。従って、本発明は更に別の観点から、逆転写活性を有する酵素をMPCポリマーと共存させることにより、逆転写活性を有する酵素を安定化する方法をも提供する。とりわけ、逆転写活性を有する酵素が溶液中に存在する場合に安定性が低下し易い傾向があることが分かっているが、本発明によれば、このような場合であっても逆転写活性を有する酵素の失活を高度に抑えることができる。
【0034】
従って、好ましい実施形態において、前記方法は、逆転写活性を有する酵素を含有する溶液中においてMPCポリマーを共存させることを特徴とする方法であり得る。
この実施態様において使用されるMPCポリマーの種類や量、逆転写活性を有する酵素の種類や量、その他任意に含んでいてもよい多価アルコール、2価陽イオン、デオキシヌクレオチド、DNAポリメラーゼ、界面活性剤などの種類や量等は、前記の逆転写反応用組成物において詳述したものと同様であり得る。
【0035】
以下、実施例をもって、本発明を具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0036】
実施例1
MPCポリマーの作製
2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)30.96g(0.105molに相当)、及びメタクリル酸(MAc)9.04g(0.105molに相当)を純水160gに溶解し、温度計と冷却管を付けた500mLの4つ口フラスコに入れて30分間窒素を吹き込んだ。その後、70℃でスクシニックパーオキサイド種1.56g加えて7時間重合反応させた。反応終了後、透析膜精製し、無色透明のMPCポリマー水溶液を得た。得られたMPCポリマーは、カルボキシル基を有するメタクリル酸を構成モノマーとして含む共重合体に相当する。ここで調製したMPCポリマーは重量平均分子量が約200,000~500,000であった。
【0037】
実施例2
逆転写酵素を含む組成物の安定化
以下のように組成物における逆転写酵素の安定性を評価した。20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mMNaCl、0.1mM EDTA、50% Glycerolの溶液に表1に示した濃度になるよう各種添加剤(実施例1で調製したMPCポリマー、Lipidure-BL405(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとアニオン性側鎖を有するビニルモノマーを構成単位として含むMPCポリマー)、又は非イオン性界面活性剤である、Nonidet P-40、Nonidet P-40 Substitute、IGEPAL CA-630、若しくはTween-20)を加え、酵素希釈液を調製した。それらの酵素希釈液で、MMLV由来の逆転写酵素であるReverTra Ace(TOYOBO製)を5U/μLとなるように希釈し、調製直後と37℃で4日後の逆転写酵素活性を測定し、調製直後に対する37℃4日後の活性残存率を求めた。
【0038】
逆転写酵素活性の測定は以下のように実施した。酵素活性が強い場合には、緩衝液(20mM Tris-HCl(pH7.5)、50mM NaCl、0.1mM EDTA、20%Glycerol、1mM DTT)でサンプルを希釈して測定を行った。
【0039】
[逆転写酵素活性測定法]
(1)下記のA液10μl、B液12μl、C液5μl、D液5μl、滅菌水12μl、3H-dTTP1μl、及び酵素溶液5μlをマイクロチューブに加えて、42℃にて10分間反応する。
(2)その後氷冷し、E液150μlを加えて、攪拌後更に3分間氷冷する。
(3)この液をガラスフィルター(ワットマン製GF/Cフィルター)で濾過し、0.1N 塩酸およびエタノールで十分洗浄する。
(4)フィルターの放射活性を液体シンチレーションカウンター(パッカード製Tri-Carb2810 TR)で計測し、dTTPの取り込みを測定する。酵素活性の1単位はこの条件で10分当りの1nmolのdTTPを酸不溶性画分(即ち、E液を添加したときに不溶化する画分)に取り込む酵素量とする。
【0040】
(試薬)
A液:250mM Tris-HCl緩衝液(pH8.3)、15mM 塩化マグネシウム、50mM ジチオスレイトール、375mM 塩化カリウム
B液:1mg/ml PolyA RNA
C液:1pmol/μl Oligo dT20
D液:10mM dTTP
E液:66mM ピロリン酸ナトリウム、666mM 過塩素酸ナトリウム
【0041】
【0042】
表1には酵素希釈に用いた酵素希釈液に含まれる添加剤濃度と各組成で37℃4日保管後における活性の残存率を示す。添加剤なしの場合は、活性残存率が半分以下にまで落ちており、また、Nonidet P-40、IGEPAL CA-630、Tween-20などの界面活性剤だけを添加した場合には、活性残存率は僅かに改善するものの、まだ十分ではないことが分かる。一方、実施例1で調製したMPCポリマー、また市販のMPCポリマーであるLIPIDURE-BL405を添加した組成物では、活性残存率が改善しており、特に0.002%以上のMPCポリマーを添加することで約60~85%程度まで著しく活性残存率が改善することが認められた。この結果から、逆転写酵素を含む組成物にMPCポリマーを添加することで安定性が向上することが示された。
【0043】
実施例3-1
RT-PCRマスターミックス試薬としての安定化(1)
各種添加剤を加えたRT-PCRマスターミックスを調製し、37℃で保存後の反応性を評価することで逆転写酵素の安定性を評価した。反応性はインフルエンザRNAからの逆転写反応とそれに続くPCR反応で検出するRT-PCRの系を用い、保存後のRT-PCRマスターミックスを用いて得られたCt値と用事調製したRT-PCRマスターミックスのCt値と比較することで評価した。
【0044】
RT-PCRマスターミックスは、表2のように調製した。添加剤には実施例1で調製したMPCポリマー、又は陰イオン性界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、コール酸ナトリウム、若しくはデオキシコール酸ナトリウム、両性イオン性界面活性剤であるCHAPSをそれぞれ表3の濃度になるように加えた。逆転写活性を有する酵素としては、MMLV由来の逆転写酵素であるReverTra Aceを使用した。
【0045】
【0046】
【0047】
上記のようにして調製した各反応液を37℃で7日間、又は33日間保管した後、RT-PCR反応を行った。RT-PCR反応の反応液は表4のように調製し、表5の反応サイクルでRT-PCRを実施した。反応は、用事調製の添加剤を含まないRT-PCRマスターミックスでも実施し、用事調製の添加剤を含まないRT-PCRマスターミックス(保存前(0日目)の逆転写反応用組成物に相当)とのCtの差(ΔCt)を表6にまとめた。増幅が見られなかったものには「増幅せず」と記載した。
【表4】
【表5】
【表6】
【0048】
上記結果に示されるように、添加剤なし(条件1)やドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、CHAPSを含んだRT-PCRマスターミックス(条件5~8)では、37℃での長期保管によりΔCtが大きくなり、37℃33日後にはΔCtが10程度大きくなっている。これは37℃での長期保管により逆転写酵素が失活し、反応性が悪くなったためと考えられる。一方、MPCポリマーを含むRT-PCRマスターミックス(条件2~4)は、37℃33日後にもΔCtが1~4程度に抑えられており、逆転写酵素の失活が高度に抑えられていることが示唆された。
【0049】
実施例3-2
RT-PCRマスターミックスとしての安定化(2)
実施例3-1と同様にして、各種添加剤を加えたRT-PCRマスターミックス試薬を調製し、37℃で保存後の反応性を評価することで逆転写酵素の安定性を評価した。
【0050】
RT-PCRマスターミックスは、実施例3-1の表2と同じようにして調製した。添加剤には実施例1で調製したMPCポリマー、市販されているMPCポリマーであるLIPIDUREシリーズをそれぞれ0.356%になるように加えた。
【0051】
上記のようにして調製した各反応液を37℃で14日間保管した後、上記実施例3-1と同様にしてRT-PCR反応を行った。具体的には、反応液を上記実施例3-1の表4のように調製し、同じく実施例3-1の表5の反応サイクルでRT-PCRを実施した。反応は、用事調製で添加剤を含まないRT-PCRマスターミックスでも実施し、用事調製の添加剤を含まないRT-PCRマスターミックス(保存前(0日目)の逆転写反応用組成物に相当)とのCtの差(ΔCt)を表7にまとめた。
【0052】
【0053】
上記結果に示されるように、MPCポリマーを添加したRT-PCRマスターミックス試薬では37℃14日後でも、添加剤なしの場合に比べてΔCtが明らかに小さく、逆転写酵素の安定性が改善している結果となった。特に、実施例1で調製したアニオン性官能基を有するモノマーを含むMPCポリマー、及びLIPIDURE-BL401,402,405,406,407,408は、ΔCtが小さく、高い安定化効果が確認された。LIPIDURE-BL200シリーズ(BL206F、BL203)は親水性の側鎖を有するモノマーを構成単位に含むMPCポリマー、BL400シリーズ(BL401、BL402、BL405、BL406、BL407、BL408)はアニオン性の側鎖を有するモノマーを構成単位に含むMPCポリマー、BL800シリーズ(BL802、BL803)は親水・疎水性の側鎖を有するモノマーを構成単位に含むMPCポリマーとして知られている。この結果から、MPCポリマーの中でも特に、アニオン性の官能基を有するモノマーを構成単位に含むMPCポリマーが、とりわけ逆転写酵素の安定化効果が高いことが示された。
【0054】
実施例3-3
RT-PCRマスターミックスでの安定化(3)
実施例3-1と同様にして、各種添加剤を加えたRT-PCRマスターミックス試薬を調製し、37℃で保存後の反応性を評価することで逆転写酵素の安定性を評価した。
【0055】
RT-PCRマスターミックスは、表8のように調製した。添加剤としては、実施例1で調製したMPCポリマーを0.356%になるように加えたもの、又は加えていないものを調製した。
【0056】
【0057】
上記のようにして調製した各反応液を37℃で35日間保管した後、上記実施例3-1と同様にしてRT-PCR反応を行った。具体的には、反応液は上記実施例3-1の表4のように調製し、同じく実施例3-1の表5の反応サイクルでRT-PCRを実施した。反応は、用事調製の添加剤を含まないRT-PCRマスターミックスでも実施し、この用事調製の添加剤を含まないRT-PCRマスターミックス(保存前(0日目)の逆転写反応用組成物に相当)とのCtの差(ΔCt)を表9にまとめた。増幅が見られなかったものには「増幅せず」と記載した。
【0058】
【0059】
上記結果に示されるように、MPCポリマーを含む組成物では、37℃で35日間保存後も高い安定性効果が確認でき、逆転写活性酵素の失活が高度に抑制されていることが示された。MPCポリマーと組み合わせて用いる多価アルコールは、ソルビトール、トレハロース、又はスクロースのどれを用いても、大きな差は見られなかった。
以上の結果から、逆転写活性を有する酵素と共に、MPCポリマー、なかでもアニオン性官能基を有するモノマーを含むMPCポリマーを共存させることにより、マスターミックス試薬として長期保存された場合でも高い安定性が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は逆転写活性を有する酵素の安定性を向上させ、長期に安定な逆転写反応用組成物を提供する。安定性が向上した本発明の逆転写反応用組成物を使用することで、例えば、-20から-80℃よりも高い温度で一定期間保存されたとしても、逆転写酵素の活性低下を抑えることができ、逆転写反応を行う実験や試験の再現性を高めることができる。また逆転写反応に用いる試薬の再購入・再調製の頻度を抑えることで、低コストで実験、試験を実施することができる。本発明は、RNAを用いた遺伝子発現解析に際して特に有用であり、研究用途のみならず臨床診断や環境検査等にも利用できる。
【配列表】