(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056397
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】摺動部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/06 20060101AFI20240416BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240416BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20240416BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240416BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240416BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240416BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20240416BHJP
B23K 9/04 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
C22C9/06
F16C33/14
F16C33/12 A
F16C17/02 Z
C23C26/00 B
B23K35/30 320R
C22C9/02
B23K9/04 J
B23K9/04 S
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163240
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】中井 雅博
(72)【発明者】
【氏名】浅羽 凌
【テーマコード(参考)】
3J011
4K044
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA02
3J011DA01
3J011DA02
3J011LA04
3J011MA02
3J011QA07
3J011SB02
3J011SB03
3J011SB05
3J011SB15
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA06
4K044BB03
4K044BC01
4K044CA11
4K044CA62
4K044CA71
(57)【要約】
【課題】工数の増加を必要とすることなく、溶接時におけるFe系の基材へのCu系の合金の差し込みを低減し、強度のさらなる向上を図る摺動部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】摺動部材10は、Feを主成分とする基材11と、基材11に積層され、Niを6~12質量%、Snを3~9質量%を含むCu基合金からなる合金層12と、を備える。合金層12は、本体層15と中間層16とを有する。本体層15はCu基合金で形成され、中間層16はCu基合金を由来とするNi、Sn、Cuに基材11を由来とするFeを含む合金からなる。合金層12は、厚さ方向に切断した任意の観察断面において、厚さ方向の中間で分割して基材11側を下側領域とし、反対側を上側領域と設定したとき、下側領域の観察断面に占める硬質相17の合計の面積の割合を1とすると、上側領域の観察断面に占める硬質相17の合計の面積の割合は、1.2~3.0である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを主成分とする基材と、
前記基材に積層され、Niを6~12質量%、およびSnを3~9質量%を含むCu基合金からなる合金層と、
を備える摺動部材であって、
前記合金層は、
前記Cu基合金で形成される本体層と、
前記Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuに前記基材を由来とするFeを含む合金からなる中間層と、を有するとともに、
前記Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuの化合物からなる硬質相、ならびに前記硬質相および前記Cu基合金のマトリクスを含むフレーク相を有し、
前記合金層の厚さ方向に切断した任意の観察断面において、前記合金層の厚さ方向の中間で分割して前記基材側を下側領域とし、前記基材と反対側を上側領域と設定したとき、
前記下側領域において前記観察断面に占める前記硬質相の合計の面積の割合を1とすると、前記上側領域において前記観察断面に占める前記硬質相の合計の面積の割合は、1.2~3.0である、
摺動部材。
【請求項2】
基材と親和性の高い添加元素を含む溶接材料を、前記基材に溶接して溶接層を形成する溶接工程と、
前記溶接工程と同時に、前記溶接材料に含まれる前記添加元素および前記基材を形成する基材元素を含む中間層を、前記溶接層の前記基材側の端部に形成する中間層形成工程と、
前記中間層を含む前記溶接層を形成した後、前記溶接層に熱処理を加えて、合金層を生成する時効工程と、
を含む、
摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記基材は、Feを主成分とし、
前記溶接材料は、Cu-Sn-Ni合金である、
請求項2記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記時効工程は、温度を370~430℃とし、時間を4~10時間とする、
請求項2記載の摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、摺動部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高い負荷が加わり、かつ起動と停止とを繰り返す過酷な条件では、回転軸を支持する摺動部材は高い強度と耐久性とが要求される。このような摺動部材では、強度および耐久性の確保のためにFe系の基材が用いられ、その表面に軸受のための合金層としてCu系の合金層が積層される。
【0003】
一般に、Cu系の合金は、Fe系の基材に対して固溶限が低いという特性がある。そのため、過大な溶込みによってCu系の合金にFeが固溶すると、Feが溶出しやすく、Fe系の基材にCu系の合金層を形成する場合、割れや剥離が発生しやすいという問題がある。特に、Fe系の基材にCu系の合金を溶接する場合、Cu系の合金が基材へ差し込む現象が生じ、基材と溶接層との境界における割れや剥離の原因となる。従来は、このCu系の合金の基材へ差し込みを低減するために、基材と合金層との間に他の金属または合金からなる中間層を形成している(特許文献1、2など参照)。中間層を形成することにより、Cu系の合金の基材への差し込みの低減が図られている。
【0004】
しかしながら、中間層の形成は、Fe系の基材にCu系合金を形成する工程に加え、別途の工程を必要とする。特に、大型の機器に適用される摺動部材のように、製造コストの低減の観点から溶接で合金層を形成する場合、中間層を形成するための工程の増加を招くという問題がある。また、中間層は、これら基材や合金層と異なる材料を必要とすることから、取り扱いも煩雑となるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭56-179020号公報
【特許文献2】特開昭62-267078号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、工数の増加を必要とすることなく、溶接時におけるFe系の基材へのCu系の合金の差し込みを低減し、強度のさらなる向上を図る摺動部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために一実施形態の摺動部材は、Feを主成分とする基材と、前記基材に積層され、Niを6~12質量%、およびSnを3~9質量%を含むCu基合金からなる合金層と、を備える。
前記合金層は、本体層と中間層とを有する。本体層は、前記Cu基合金で形成される。中間層は、前記Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuに前記基材を由来とするFeを含む合金からなる。前記合金層は、前記Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuの化合物からなる硬質相、ならびに前記硬質相および前記Cu基合金のマトリクスを含むフレーク相を有する。前記合金層は、前記合金層の厚さ方向に切断した任意の観察断面において、前記合金層の厚さ方向の中間で分割して前記基材側を下側領域とし、前記基材と反対側を上側領域と設定したとき、前記下側領域において前記観察断面に占める前記硬質相の合計の面積の割合を1とすると、前記上側領域において前記観察断面に占める前記硬質相の合計の面積の割合は、1.2~3.0である。
【0008】
合金層は、本体層と中間層とを有している。これらの本体層と中間層とは、合金層を溶接によって形成するとき、同時に形成される。すなわち、溶接の際に基材に被着されたCu基合金は、基材のFeとの界面において、Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuと基材を由来とするFeとから中間層となる合金を生成する。一方、合金層と基材との界面を除く領域では、Cu基合金から本体層が形成される。このように、本実施形態では、合金層を溶接するとき、本体層に加え、基材との界面に中間層が同時に形成される。Cu基合金に含まれるNiは、基材を形成するFeとの親和性が高い。そのため、Cu基合金に含まれるNiと基材に含まれるFeとは、合金層と基材との界面に、合金層となるCu基合金とは異なる組成の中間層を形成する。すなわち、中間層は、合金層の溶接と同時に形成される。これにより、溶接時におけるFe基材へのCu系の合金の差し込み現象が中間層によって阻止され、割れや剥離を低減することができる。
【0009】
また、一実施形態では、合金層は、下側領域において観察断面に占める硬質相の合計の面積の割合を1とすると、上側領域において観察断面に示す硬質相の合計の面積の割合は、1.2~3.0である。硬質相は、合金層を構成するCu基合金のマトリクスよりも硬い。そのため、合金層と相手部材とが摺動するとき、硬質相は合金層の摩耗の低減に寄与する。一方、硬質相は、基材と合金層との接着力を低減する要因となる。そこで、硬質相の分布割合を下側領域と上側領域とで異ならせることにより、上側領域において合金層の摩耗の低減が図られるとともに、下側領域において基材と合金層との剥離が低減される。
したがって、中間層を形成するための工数を必要とすることなく、強度のさらなる向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態による摺動部材の構造を示す模式的な断面図
【
図2】一実施形態による摺動部材の合金層における硬質相およびフレーク相の組織を示す模式図
【
図3】一実施形態による摺動部材の構造を示す模式図
【
図4】一実施形態による摺動部材を回転軸部に適用した模式図
【
図5】一実施形態による摺動部材の合金層を基材に溶接する溶接装置を示す模式図
【
図6】一実施形態による摺動部材の試験片を示す模式図
【
図8】一実施形態による摺動部材の焼付試験および摩耗試験を行なう試験装置を示す模式図
【
図9】試験装置に装着された試験片を
図8の矢印IX方向から見た模式図
【
図12】実施例および比較例の試験結果を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、一実施形態による摺動部材について図面に基づいて説明する。
図1に示すように摺動部材10は、基材11および合金層12を備えている。合金層12は、基材11の一方の面側である界面13に溶接することにより、基材11に設けられる。摺動部材10は、合金層12の表面、つまり合金層12の基材11と反対側の端面が図示しない相手部材と摺動する摺動面14となる。
【0012】
基材11は、いわゆる裏金層であり、Feを主成分とする材料で形成されている。Feを主成分とする基材11としては、例えば亜共析鋼、共析鋼、過共析鋼、鋳鉄、高速度鋼、工具鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼などを用いることができる。
【0013】
合金層12は、Cuを主成分とするCu基合金である。合金層12は、Niを6~12質量%、およびSnを3~9質量%を含んでいるCuSnNi合金である。つまり、合金層12は、少なくともこれらNiおよびSnを含んでいる。この合金層12は、本体層15および中間層16を有している。本体層15は、合金層12を形成するCu基合金で形成されている。つまり、本体層15は、Ni、Snおよび不可避的不純物を含むCu基の合金である。中間層16は、この合金層12を形成するCu基合金を由来とするNi、Sn、Cuに、基材11を由来とするFeを含む合金である。つまり、中間層16は、Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuおよび不可避的不純物と、基材11を由来とするFeとの合金によって形成されている。Cu基合金に含まれるNiは、基材11を構成するFeとの親和性が高い。そのため、基材11に合金層12を溶接によって形成するとき、溶融した合金層12に含まれるNiは、Feを主成分とする基材11との界面13に移動する。これにより、基材11と合金層12との界面13には、Feを含む中間層16が形成される。その結果、合金層12は、Cu基合金からなる本体層15と、Feを含む合金からなる中間層16とを有する。
【0014】
合金層12は、
図2に示すように硬質相17およびフレーク相18を有している。硬質相17は、Cu基合金に含まれるNi、Sn、Cuを由来とする、例えば(Cu・Ni)
3Snなどの合金からなる準安定相である。合金層12は、これら硬質相17およびフレーク相18をCu基合金のマトリクス19が包囲している。このうち、フレーク相18は、硬質相17を形成する成分からなる部分と、マトリクス19を形成する成分からなる部分とが層状に重なっている組織である。フレーク相18は、この組織によって、硬質相17の全体または一部を包むように存在している。合金層12は、硬質相17を包む層状のフレーク相18と、マトリクス19とによって構成されている。
【0015】
合金層12は、厚さ方向に切断した任意の断面で硬質相17の合計の面積の割合Rが規定されている。具体的には、
図3に示すように観察断面Sを設定する合金層12は、合金層12の厚さの中間Hを境界として、基材11側を下側領域A1として、基材11と反対側つまり摺動面14側を上側領域A2として設定される。このとき、下側領域A1において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合を1とすると、上側領域A2において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合Rは、1.2~3.0である。つまり、上側領域A2において含まれる硬質相17は、下側領域A1よりも1.2~3.0倍、多くなる。
【0016】
硬質相17は、合金層12を構成するCu基合金のマトリクスよりも硬い。そのため、合金層12と図示しない相手部材とが摺動するとき、硬質相17は合金層12の摩耗の低減に寄与する。一方、硬質相17は、基材11と合金層12との接着力に影響を与える。合金層12を含む摺動部材10に図示しない相手部材からの荷重が加わると、摺動部材10には例えばたわみなどの変形が生じる。この変形は、基材11と合金層12との間の剥離の要因となる。界面13に近い位置に硬質相17が多く存在すると、この基材11と合金層12との剥離が生じやすくなる。そこで、硬質相17の分布を下側領域A1と上側領域A2とで異ならせることにより、上側領域A2において合金層12の摩耗の低減を図りつつ、下側領域A1において基材11と合金層12との剥離の低減が図られる。その結果、摺動部材10は、基材11と合金層12との間の接着性を高めることができるとともに、合金層12の耐焼付性および耐摩耗性を高めることができる。
【0017】
本実施形態で形成する摺動部材10は、例えば
図4に示すように風力発電機の回転軸や軸受などのように、大規模かつ面圧が高い回転部材20に好適に用いることができる。
図4に示す例の場合、回転部材20は、基材11および合金層12を備えている。合金層12は、基材11となる回転軸部21に、溶接によって直接設けられている。この場合、合金層12の外周面は、摺動面14を形成する。このように、回転軸部21に溶接によって合金層12を直接設けることにより、回転部材20は高い面圧にも対応することができる。また、このように風力発電機の回転部材20に摺動部材10を用いる場合、合金層12は、溶接によって、基材11となる回転軸部21に肉盛されたあと、0.5mm程度の厚さに切削される。このとき、合金層12において、基材11との界面13に形成される中間層16の厚さは、1.0~20μm程度である。また、摺動面14の粗さRaは、0.3~0.6程度に設定される。なお、摺動部材10は、例えば軸受部材などのように、円筒、半円筒、または周方向に3つ以上に分割した筒片状の基材11の内周側に、溶接によって合金層12を形成する構成としてもよい。
【0018】
次に、摺動部材10の製造方法について説明する。
合金層12は、Feを主成分とする基材11の表面に溶接によって形成されている。具体的には、合金層12は、
図5に示すように溶接材料31を基材11に溶接することによって、溶接材料31を主材料として形成される。溶接材料31は、合金層12を形成するCu基合金であり、基材11との親和性の高い添加元素としてNiを含んでいる。溶接材料31は、このNiの他に、Snおよび不可避的不純物を含んでいる。つまり、溶接材料31は、Ni、Snおよび不可避的不純物を含むCu基合金である。添加元素は、Niに限らず、基材11となるFeと親和性が高いものであれば用いることができる。
【0019】
溶接材料31は、例えばワイヤまたは複数の繊維状の金属をより合わせた紐状に形成され、
図5に示すように溶接装置32の供給部33に供給される。供給された溶接材料31は、基材11との間のアーク放電によって溶融し、基材11へ移行する。溶接装置32で用いる溶接方法は、シールドガス34として不活性ガスを用いるMIG溶接であることが好ましい。また、溶接方法は、供給する溶接材料31を高速で正方向または逆方向へ駆動するCMT方式を用いるMIG溶接がより好ましい。さらに、溶接方法は、条件を満たせば、TIG溶接を用いてもよい。この溶接時において、基材11への熱影響深さは200μm以下にすることが好ましい。
【0020】
溶接材料31を基材11に溶接することにより、基材11には溶接層35が形成される。これと同時に、溶融した溶接材料31は、基材11との界面13において基材11を形成する基材元素であるFeと合金を生成する。つまり、溶融した高温の溶接材料31は、基材11に移行することにより、基材11の界面13において基材元素であるFeを含む合金を生成する。この基材11の界面13で生成した合金は、
図1に示す中間層16となる。
【0021】
溶接材料31を基材11に溶接することにより、高温の溶接材料31は基材11との界面13において基材11の表面を溶かし、基材元素であるFeと混合される。これにより、溶接材料31によって形成される溶接層35は、基材11との界面13にFeを含む合金からなる中間層16を有し、この中間層16を除く基材11から遠い側にFeを含まない本体層15を有する。つまり、溶接層35は、その内部にFeを含む中間層16と、Feを含まない本体層15とを有している。
【0022】
この溶接層35は、
図1に示す摺動部材10における合金層12の前駆体である。基材11に溶接によって溶接層35が形成されると、溶接層35は熱処理が加えられる。具体的には、基材11に形成された溶接層35は、370~430℃の温度で4~10時間、時効処理が加えられる。この時効処理によって、溶接層35は、硬質相17およびフレーク相18を生成する。すなわち、溶接層35は、時効処理を加えることにより、
図2に示すように硬質相17およびフレーク相18が層状に形成された組織を生成し、合金層12となる。
【0023】
時効処理が加えられ合金層12が形成された摺動部材10は、合金層12が所望の厚さへ切削される。合金層12は、例えば0.5mm以下の厚さに切削される。また、上記の時効処理によって、硬質相17の平均径は、0.5~2.0μmとなる。切削された合金層12の表面の粗さRaは、0.3~0.6であることが好ましい。
【0024】
以上説明したように、一実施形態による合金層12は、本体層15と中間層16とを有している。これらの本体層15と中間層16とは、合金層12を溶接によって形成するとき、同時に形成される。すなわち、溶接の際に基材11に被着されたCu基合金は、基材11との界面13において、Cu基合金を由来とするNi、Sn、Cuと基材11を由来とするFeとから、中間層16となる合金を生成する。一方、界面13を除く領域では、Cu基合金から本体層15が形成される。このように、本実施形態では、合金層12を溶接するとき、本体層15に加え、基材11との界面13に中間層16が同時に形成される。これにより、合金層12に含まれるCuが基材11のFeへ差し込む現象は、中間層16によって阻止され、この差し込みを原因とする割れや剥離が低減される。
【0025】
また、一実施形態では、合金層12は、下側領域A1において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合を1とすると、上側領域A2において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合Rが、1.2~3.0である。硬質相17の分布割合を下側領域A1と上側領域A2とで異ならせることにより、上側領域A2において合金層12の摩耗の低減が図られるとともに、下側領域A1において基材11と合金層12との剥離が低減される。
したがって、中間層16を形成するための工数を必要とすることなく、摺動部材10の強度のさらなる向上を図ることができる。
【0026】
以下、摺動部材10の実施例および比較例について説明する。
実施例および比較例は、接着試験および摺動試験によって評価した。試験片は、Fe系の基材11に、Cu9Ni6Sn合金を合金層12として肉盛溶接した。Cu9Ni6Sn合金は、溶接時において、溶融池へ当該合金のワイヤを正方向および逆方向へ高速で供給を繰り返しながらMIG溶接によって行なった。合金層12は、溶接によって形成された後、実施例および比較例で規定している熱処理を加えた。熱処理の後、試験片は、切削および研磨などの機械加工を加えて所定の形状とした。
【0027】
接着試験は、摺動部材10の強度として、基材11と合金層12との接着力を接着強度で評価した。接着試験では、
図6および
図7に示すように基材11と合金層12とが同一の接合面積で接合されている試験片40を用いた。接着強度は、試験片40の両端に引張荷重を加え、接合部41が破壊する最大の引張力を測定した。用いた試験片40は、基材11と合金層12との接合部41において重なりが9mm×0.3mmであり、接合面積が2.7mm
2である。
【0028】
摺動試験は、摺動部材10の強度として焼付試験および摩耗試験で評価した。焼付試験では、摺動部材10の焼き付かない最大面圧を耐焼付性として評価した。摩耗試験では、摺動部材10の摩耗量を耐摩耗性として評価した。摺動試験における焼付試験および摩耗試験は、
図8および
図9に示すように円弧環状に形成した試験片50を保持具51に取り付け、保持具51に取り付けた試験片50を筒状の試験軸52を押し付けて測定した。摺動試験は、
図10に示す条件による焼付試験、および
図11に示す条件による摩耗試験で摺動部材10の実施例および比較例を評価した。
【0029】
実施例および比較例の評価結果を
図12に示す。接着試験では、接着強度が300N/mm
2以上を「適格」とした。焼付試験では、焼き付かない最大面圧が18MPa以上を「適格」とした。摩耗試験では、摩耗量が5μm以下を「適格」とした。なお、焼付試験においては、試験機器の性能による制約から、25MPaが最大値である。
【0030】
実施例1~7は、基材11の材質または溶接方法がそれぞれ異なっているものの、合金層12を形成するCu基合金は共通である。つまり、実施例1~7は、合金層12に含まれる本体層15および中間層16の組成が共通している。実施例1~7は、熱処理の温度が370~430℃であり、時間が4~10時間である。この熱処理により、実施例1~7は、下側領域A1において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合を1としたとき、上側領域A2において観察断面Sに占める硬質相17の合計の面積の割合Rが1.2~3.0である。これら実施例1~7は、接着強度が300N/mm2以上である。また、実施例1~7は、焼き付かない最大面圧が25MPa以上であり、摩耗量が5μm以下である。
【0031】
実施例8は、熱処理の温度が360℃と低い。そのため、比較例1は、実施例1~7と比較して生成する硬質相17の平均粒径が小さく、硬質相17の合計の面積の割合Rも小さい。その結果、比較例1は、摺動試験の結果が低下することがわかる。一方、比較例2は、熱処理の温度が450℃と高い。そのため、比較例2は、実施例1~7と比較して硬質相17の平均粒径が大きい。また、比較例2では、下側領域A1に対する上側領域A2の硬質相17の合計の面積の割合Rは過大となる。その結果、比較例2は、摺動試験の結果が低下することがわかる。
【0032】
比較例3~5は、いずれも合金層12にFeと親和性の高い添加元素を含んでいない。そのため、比較例3~5は、合金層12において中間層16に相当する層が形成されないとともに、熱処理を加えても硬質相17が生成しない。その結果、比較例3~5は、接着試験および摺動試験の結果がいずれも低下することがわかる。特に、比較例5は、基材11とCu系の合金層12とが接着せず、接着試験が成立しない。
【0033】
比較例6は、合金層12の組成および熱処理の条件が実施例1と共通するものの、合金層12において中間層16に相当する層を有していない。そのため、比較例6では、硬質相17は、合金層12の全体にほぼ均一に分布し、合計の面積の割合Rが1.0となる。その結果、比較例6は、摺動試験の結果が適格であるものの、接着強度が不十分である。比較例7および比較例8は、合金層12の形成に先立って、基材11に予め基材11と親和性の高い中間層16に相当する層を形成したものである。これら比較例7および比較例8は、基材11と合金層12との接着強度が高く確保されるものの、合金層12の組成が異なるために熱処理を加えても硬質相17が生成されない。その結果、比較例7および比較例8は、摺動試験の結果が低下する。
【0034】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
【符号の説明】
【0035】
図面中、10は摺動部材、11は基材、12は合金層、13は界面、15は本体層、16は中間層、17は硬質相、18はフレーク相、19はマトリクスを示す。