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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056528
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】メタサーフェス光学素子
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/00 20060101AFI20240416BHJP
   G02B 5/30 20060101ALI20240416BHJP
   G02B 5/02 20060101ALI20240416BHJP
   G02B 3/00 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
G02B5/00 Z
G02B5/30
G02B5/02 D
G02B3/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163489
(22)【出願日】2022-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】000133227
【氏名又は名称】株式会社タムロン
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】李 潔
(72)【発明者】
【氏名】國定 照房
【テーマコード(参考)】
2H042
2H149
【Fターム(参考)】
2H042AA03
2H042AA18
2H042AA19
2H042AA20
2H042AA21
2H042BA09
2H042BA11
2H042BA13
2H042BA16
2H149AB01
2H149AB26
2H149BA03
2H149FA41W
2H149FA41Z
2H149FD46
(57)【要約】
【課題】700~850nmの波長でも光学特性に優れ、かつ生産性にも優れるメタサーフェス光学素子を提供する。
【解決手段】メタサーフェス光学素子は、基板と、基板の表面に配列されたa-Si:H製のピラーと、を有する。基板の表面におけるピラーの中心間距離は300~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さは300~580nmの範囲内にあり、ピラーの径は100~250nmの範囲内にある。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板の表面に配列された水素化アモルファスシリコン製のピラーと、
を有し、
前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が300~450nmの範囲内にあり、
前記ピラーの高さが300~580nmの範囲内にあり、
前記ピラーの径が100~250nmの範囲内にある、
メタサーフェス光学素子。
【請求項2】
前記ピラーの高さが一定である、請求項1に記載のメタサーフェス光学素子。
【請求項3】
前記ピラーの断面形状は円形、楕円形または多角形である、請求項1に記載のメタサーフェス光学素子。
【請求項4】
前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が300nmであり、
前記ピラーの高さが300~400nmの範囲内にあり、
前記ピラーの径が100~200nmの範囲内にある、
請求項1~3のいずれか一項に記載のメタサーフェス光学素子。
【請求項5】
前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が350~400nmの範囲内にあり、
前記ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、
前記ピラーの径が100~220nmの範囲内にある、
請求項1~3のいずれか一項に記載のメタサーフェス光学素子。
【請求項6】
前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、
前記ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、
前記ピラーの径が100~250nmの範囲内にある、
請求項1~3のいずれか一項に記載のメタサーフェス光学素子。
【請求項7】
前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、
前記ピラーの高さが380~580nmの範囲内にあり、
前記ピラーの径が100~250nmの範囲内にある、
請求項1~3のいずれか一項に記載のメタサーフェス光学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタサーフェス光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外波長の光は様々な産業分野で利用されている。たとえば、医療用検査機器、医療用の治療器、ヘルスケア用測定器、各種非破壊検査としては食品検査、農産物の生育状況の検査、さらには交通監視、測量、光通信および自動運転車用の物体認識装置、生体の認証装置、ならびに、バーコード読み取り装置などである。
【0003】
これらの用途で近赤外光が用いられる理由としては、主に二つある。一つは、人間の眼では見えないために眩しくなく、視認の妨害要因にもならないため、である。もう一つは、この波長領域の光は、物質における原子間の結合状態を反映した振動励起波長に対応することから、物質の化学結合状態を反映した情報を取得することができるため、である。
【0004】
さらに、特殊な用途として医療用途では、近赤外は生体透過性の高い波長領域であり、この波長領域では生体の内部情報を観察することができる。
【0005】
現在、これらの用途で用いられる近赤外用レンズには、プラスチックレンズおよびガラスレンズなどの屈折タイプのレンズが用いられている。
【0006】
近年、平板基板上にナノサイズのピラーを配置して入射する光の屈折を制御する、メタレンズと呼ばれるメタサーフェス光学素子が活発に開発されている。メタサーフェス光学素子の例には、水素化されたアモルファスシリコン(以下、単に「a-Si:H」とも表記する)を材料として形成されたナノサイズのピラーが透明基板上に配列してなるメタサーフェス光学素子が知られている(例えば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2020-537193号公報
【特許文献2】特開2021-12376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
メタサーフェス光学素子では、目的とする光の高い透過率に加えて様々な位相シフト量を有するピラーを適宜に配置する必要がある。また、光学素子には、一般に、小型化および薄膜化に加えて生産性が求められる。上記の従来技術では、a-Si:Hのピラーを有するメタサーフェス光学素子において、700~850nmの波長域の透過性および屈折率などの光学特性が不十分であり、所望の光学特性を発現させるピラーの製造が困難なことがある。
【0009】
本発明の一態様は、700~850nmの波長でも光学特性に優れ、かつ生産性にも優れるメタサーフェス光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るメタサーフェス光学素子は、基板と、前記基板の表面に配列された水素化アモルファスシリコン製のピラーと、を有し、前記基板の表面における前記ピラーの中心間距離が300~450nmの範囲内にあり、前記ピラーの高さが300~580nmの範囲内にあり、前記ピラーの径が100~250nmの範囲内にある。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、700~850nmの波長でも光学特性に優れ、かつ生産性にも優れるメタサーフェス光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】シミュレーションで用いるピラーの寸法決定のための電磁場解析で用いた解析モデルを説明するための図である。
図2】700nmの波長に対する、300nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図3】700nmの波長に対する、300nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図4】750nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図5】750nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図6】750nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図7】750nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図8】800nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図9】800nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの透過率を示す図である。
図10】800nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの位相シフト量を示す図である。
図11】800nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの透過率を示す図である。
図12】800nmの波長に対する、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの位相シフト量を示す図である。
図13】800nmの波長に対する、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図14】850nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーおよび高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図15】850nmの波長に対する、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図16】850nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図17】850nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの透過率を示す図である。
図18】850nmの波長に対する、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの位相シフト量を示す図である。
図19】850nmの波長に対する、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときの透過率を示す図である。
図20】シミュレーションに用いたメタレンズの構成を模式的に示す図である。
図21図20のA部を拡大して示すピラーの配置の一例を示す図である。
図22】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーのメタレンズのXZ平面(Y=0)における焦点スポットの電場強度分布を示す図である。
図23】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーのメタレンズのXY平面(Z=100μm)における焦点スポットの電場強度分布を示す図である。
図24】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用メタレンズのXZ平面(Y=0)における焦点スポットの電場強度分布を示す図である。
図25】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用メタレンズのXY平面(Z=100μm)における焦点スポットの電場強度分布を示す図である。
図26】波長800nmの近赤外光を通したときの、a-Si:H製ピラーを配列させた集光用メタレンズ(実線)と、アモルファスシリコン製ピラーを配列させた集光用の比較用メタレンズ(破線)とのZ軸(X=Y=0)における焦点スポットの強度の一例を示す図である。
図27】波長800nmの近赤外光を通したときの、a-Si:H製ピラーを配列させた集光用メタレンズ(実線)と、アモルファスシリコン製ピラーを配列させた集光用の比較用メタレンズ(破線)とのX軸(Y=0、Z=100μm)における焦点スポットの強度の一例を示す図である。
図28】近赤外光の波長域におけるa-Si:H膜(実線)および比較用a-Si膜(破線)の屈折率の実数部(屈折率)を示すグラフである。
図29】近赤外光の波長域におけるa-Si:H膜(実線)および比較用a-Si膜(破線)の屈折率の虚数部(消光係数)を示すグラフである。
図30】集光用メタレンズのピラーの径に対する位相遅延を示す図である。
図31】集光用メタレンズのピラーの径に対する透過率を示す図である。
図32】800nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの位相シフト量を示す図である。
図33】800nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの透過率を示す図である。
図34】比較用メタレンズのピラーの径に対する位相遅延を示す図である。
図35】比較用メタレンズのピラーの径に対する透過率を示す図である。
図36】トップハットと拡散用メタレンズの設計仕様の一例を模式的に示す図である。
図37】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーの拡散メタレンズのXZ平面(Y=0)における電場強度分布を示す図である。
図38】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーの拡散メタレンズのX軸(Y=0、Z=10mm)における強度分布を示す図である。
図39】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用拡散メタレンズのXZ平面(Y=0)における強度分布を示す図である。
図40】波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用拡散メタレンズのX軸(Y=0、Z=10mm)における強度分布を示す図である。
図41】シミュレーションで用いるピラーの電磁場解析で用いた解析モデルを説明するための図である。
図42】800nmの波長に対するピラーの長径および短径を変えたときのa-Si:H製ピラーの透過率を示す図である。
図43】800nmの波長に対するピラーの長径および短径を変えたときのa-Si製ピラーの透過率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態は、近赤外領域において光を制御するメタサーフェス素子を提供する。提供されるメタサーフェス素子は、集光、拡散または偏光分離のために使用され得る。以下、本発明の実施の形態を説明する。本明細書において、特段の説明がなければ、「~」はその両端の数値を含む以上以下の範囲を示す。
【0014】
本発明の一実施形態に係るメタサーフェス光学素子は、基板とピラーとを有する。メタサーフェス光学素子は、メタサーフェスを備える光学素子である。メタサーフェスは、光の波長よりも微細な周期的構造物(メタマテリアル)の二次元構造である。当該光学素子は、超小型かつ軽量であることから、小型飛行ロボットあるいはドローンの眼、バーチャルリアリティ用ヘッドセットあるいはプロジェクタの小型化、あるいはスマートフォンカメラの薄型化などへの応用が期待されている。
【0015】
基板は、例えば、メタサーフェス光学素子における光学素子の種類に応じて適宜に決められる。たとえばレンズの用途であれば、基板は、近赤外領域に透光性を有する部材であればよい。基板の材料の例には、石英、硼珪酸ガラスおよびポリカーボネートが含まれる。
【0016】
ピラーは、前述の周期的構造物の個々の構造物である。ピラーは、メタサーフェス光学素子の対象となる光の波長よりも小さい寸法を有する。ピラーは、基板の表面に配列される構造であればよく、高さと径とを有する。ピラーの形状は限定されず、種々な形状であり得る。ピラーの高さとは、ピラーの軸方向における両端間の距離である。ピラーの径は、ピラーの断面形状における代表的な寸法(断面寸法)であり、ピラーの断面に外接する長方形の一辺の長さである。当該辺の長さのうちの長い方を長径、短い方を短径と言う。
【0017】
ピラーの断面に外接する四角形が正方形の場合は、ピラーは一つの径のみを有する。たとえばピラーの断面形状が円、正方形または正六角形のような対称性の高い形状を有する場合である。このような断面形状を有するピラーで構成されたメタレンズは、偏波に依存しないメタレンズとすることができる。ピラーが長径と短径とを有する場合、すなわち長方形または楕円などの対称性の低い断面構造とした場合は、メタレンズに偏波依存性を付与することが可能である。このような偏波依存性のメタレンズは、偏光カメラの実現を可能となる。このように、偏光依存性を無くす場合は、ピラーの断面形状は、円形、正方形、六角形および八角形などの種々の形状であり得る。偏光依存性を付与する場合は、ピラーの断面形状は、長方形、楕円形および菱形などの種々の形状であり得る。設計の容易さの観点、および、偏光依存性を無くす観点などから、ピラーの断面形状は円形であることが好ましい。この場合、ピラーの高さは、円柱体の両端面間の距離であり、ピラーの径は、円柱体の直径である。
【0018】
ピラーは、メタサーフェス光学素子の対象となる光に対する狙いの位相シフト量となるように配列される。この配列は、目的とする光学素子の機能に応じて適宜に決定される。
【0019】
たとえば、メタサーフェス光学素子がレンズ(以下、「メタレンズ」とも言う)である場合、ピラーは、当該レンズを硝材で形成したときの表面の湾曲に応じて位相シフト量が周期的に変化するように配置される。この場合、ピラーは、硝材のレンズにおける湾曲が緩やかな部分に対応する基板の部分では、位相シフト量の変化の割合がより小さくなるように配置される。一方で当該湾曲がより急な部分に対応する基板の部分では、ピラーは、位相シフト量の変化の割合がより大きくなるように配置される。
【0020】
ピラーは、a-Si:H製である。すなわち、ピラーはa-Si:Hからなる。a-Si:Hは、アモルファスシリコンの未結合手に水素が結合した非晶質材料である。a-Si:Hの組成は、公知の技術によって制御可能であり、メタサーフェス光学素子の用途に応じて適宜に調整されてもよい。ピラーは、本発明の効果が得られる範囲において、a-Si:H以外の他の成分(ドーパントなど)をさらに含んでいてもよい。
【0021】
メタサーフェス光学素子におけるピラーの配置は、本発明の効果が得られる範囲で適宜に決めることができる。たとえば、ピラーは、基板上において、格子状に配置されていてもよい。格子状に配置には、正方格子でもよいし、六角格子でもよい。
【0022】
メタサーフェス光学素子におけるピラーの位相シフト量は、ピラーの寸法によって調整可能である。すなわち、当該変化は、ピラーの高さ、径、中心間距離またはそれらの三つによって、前述の位相シフト量を調整することが可能である。生産性の観点から、ピラーの高さが一定であることが好ましい。すなわち、異なる径のピラーの配列によって位相シフト量の変化が発現されることが好ましい。
【0023】
本発明の一実施形態において、基板の表面におけるピラーの中心間距離は300~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さは300~580nmの範囲内にあり、ピラーの径は100~250nmの範囲内にある。ピラーが長径および短径の両方を有する場合、透過率と位相遅延効果との両方が得られる範囲において、長径および短径の一方のみが100~250nmの範囲内にあってよいが、長径および短径の両方が100~250nmの範囲内にあることが透過率と位相遅延効果との両方を十分に発現させる観点から好ましい。
【0024】
ピラーをa-Si:Hで構成し、かつ、ピラーの中心間距離、高さおよび径が上記の範囲内にあることにより、波長が700~850nmの近赤外光の高い屈折率が発現され、また、高い透過率が発現される。また、上記の範囲内では、透過率が十分に高く、かつピラーの位相シフト量が-πからπまで変化する領域が単調増加関数の関係に存在する。たとえば、上記の範囲内では、ピラーの高さが一定でピラーの径を変えたときに近赤外光の透過率が十分に高く、かつピラーの位相シフト量が-πからπまで変化する単調増加関数の関係にある領域が存在する。また、他の関係も存在し得る。たとえば、上記の範囲内では、近赤外光の透過率が十分に高く、かつピラーの径が一定でピラーの高さを変えたときにピラーの位相シフト量が-πからπまで変化する単調増加関数の関係にある領域が存在し得る。あるいは、上記の範囲内では、近赤外光の透過率が十分に高く、かつピラーの径とピラーの高さとの両方を変えたときにピラーの位相シフト量が-πからπまで変化する単調増加関数の関係にある領域、も存在し得る。したがって、ピラーの高さおよび径の一方または両方を徐々に変化させることによって、前述の周期的構造をピラーによって構築することができる。
【0025】
より具体的には、基板の表面におけるピラーの中心間距離が300nmであり、ピラーの高さが300~400nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~200nmの範囲内にあってよい。この場合、ピラーの径と高さで表される領域において、波長700nmの近赤外光の透過率が十分に高く、かつ-πからπまでの位相シフト量のピラーを含み、かつピラーの高さが一定である単調増加関数の関係にある領域が存在する。
【0026】
また、より具体的に、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~400nmの範囲内にあり、ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~220nmの範囲内にあってもよい。この場合、ピラーの径と高さで表される領域において、波長750nmの近赤外光の透過率が十分に高く、かつ-πからπまでの位相シフト量のピラーを含み、かつピラーの高さが一定である単調増加関数の関係にある領域が存在する。
【0027】
また、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~250nmの範囲内にあってもよい。この場合、ピラーの径と高さで表される領域において、波長800nmの近赤外光の透過率が十分に高く、かつ-πからπまでの位相シフト量のピラーを含み、かつピラーの高さが一定である単調増加関数の関係にある領域が存在する。
【0028】
また、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さが380~580nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~250nmの範囲内にあってもよい。この場合、ピラーの径と高さで表される領域において、波長850nmの近赤外光の透過率が十分に高く、かつ-πからπまでの位相シフト量のピラーを含み、かつピラーの高さが一定である単調増加関数の関係にある領域が存在する。
【0029】
これらの場合、メタサーフェス光学素子の対象とする近赤外光の波長に応じて、ピラーの高さが一定である、連続する単調増加関数の関係にある領域から、所望の位相シフト量に対応する径のピラーを選ぶことができる。よって、所望の位相シフト量に対応した異なる径を有するピラーの一群を繰り返し配置することで、メタサーフェス光学素子を構成することが可能である。
【0030】
メタサーフェス光学素子は、基板上にa-Si:Hの層を形成し、当該層をエッチングして周期的構造を形成することによって製造することが可能である。この製造方法では、a-Si:Hの層の厚さがピラーの高さになるため、高さが一定のピラーを容易に製造することが可能である。また、本実施形態では、前述したように、ピラーの高さと径との間で、幅広い位相シフト量と高い透過性とが実現される一連の関係が存在する。したがって、ピラーの高さが一定であり、かつ幅広い位相シフト量に対応するピラーの径の一連の関係から所望の寸法のピラーを選ぶことが可能である。よって、本実施形態のメタサーフェス光学素子は、ピラーの幅と高さで表される領域であって、近赤外光の透過率が特定の範囲(例えば平均で90%以上など)であり、かつ-πからπまでの位相シフト量のピラーを含む特定の領域から、特定の幅および特定の高さを有するピラーを選択し、基板の表面に配列させることによって製造され得る。
【0031】
さらに、ピラーの断面形状および径は、ナノインプリント、電子線描画またはフォトリソグラフィーなどによるパターニングプロセスにより制御可能である。したがって、上記のような簡素な工程によって前述したメタサーフェス光学素子を得ることが可能である。
【0032】
以下、ピラーの寸法と構築されるメタサーフェス光学素子の光学特性とをより詳しく説明する。
【0033】
〔シミュレーション1〕
a-Si:Hのピラーの寸法による近赤外光の透過率と位相シフト量とを求めた。解析モデルとして、円柱形状のピラーを採用した。当該モデルのピラーにおける高さは、円柱体の端面間の距離であり、ピラーの径は円柱体の直径(幅)である。また、ピラーの中心間距離は、隣り合う円柱体の中心軸間の距離である。そして、ピラーの高さ、径および中心間距離を変えたときの特定の波長の近赤外光の透過率と位相シフト量とをピラーの電磁場解析により求めた。
【0034】
当該電磁場解析に用いたピラーの解析モデルを図1に示す。当該解析における基板11は、SiOとした。図中、「Height」はピラーの高さ、「Width」はピラーの径、そして「Period」はピラーの周期を表している。「Period」は、ピラーを中心とする平面形状が正方形の一区画の一辺の長さであり、前述した中心間距離に該当する。
【0035】
[波長700nmの場合]
図2は、300nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長700nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。また、図3は、当該ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長700nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0036】
なお、図2~19のうちの位相シフト量を示す図(奇数番号の図面)では、シフト位相量が-πからπに向けて変化するに連れて色が黒から白へ変化するように示されている。また、図2~19のうちの透過率を示す図(偶数番号の図面)では、透過率が0から1に向けて変化するに連れて色が黒から白へ変化するように示されている。
【0037】
図2に示されるように、ピラーの高さが300~400nm、ピラーの径が100~200nmの領域101には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図3に示されるように、領域101は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0038】
[波長750nmの場合]
図4は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの波長750nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図5は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長750nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0039】
図4に示されるように、ピラーの高さが400~500nm、ピラーの径が100~220nmの領域102には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図5に示されるように、領域102は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0040】
また、図6は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長750nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図7は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長750nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0041】
図6に示されるように、ピラーの高さが500~550nm、ピラーの径が100~200nmの領域103には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図7に示されるように、領域103は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0042】
[波長800nmの場合]
図8は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図9は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0043】
図8に示されるように、ピラーの高さが400~540nm、ピラーの径が100~250nmの領域104には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図9に示されるように、領域104は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0044】
また、図10は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図11は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0045】
図10に示されるように、ピラーの高さが440~550nm、ピラーの径が100~220nmの領域105には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図11に示されるように、領域105は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0046】
また、図12は、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図13は、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長800nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0047】
図12に示されるように、ピラーの高さが450~550nm、ピラーの径が100~220nmの領域106には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図13に示されるように、領域106は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0048】
[波長850nmの場合]
図14は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーおよび高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図15は、350nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0049】
図14に示されるように、ピラーの高さが380~540nm、ピラーの径が100~250nmの領域107には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図15に示されるように、領域107は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0050】
また、図16は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図17は、400nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0051】
図16に示されるように、ピラーの高さが420~580nm、ピラーの径が100~250nmの領域108には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図17に示されるように、領域108は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0052】
また、図18は、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の位相シフト量を示す図である。図19は、450nmの中心間距離で配列されたa-Si:H製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの波長850nmの近赤外光の透過率を示す図である。
【0053】
図18に示されるように、ピラーの高さが480~560nm、ピラーの径が100~250nmの領域109には、-πからπまでのシフト位相量を含みつつも高さが一定の単調増加関数の関係にある領域が内在する。そして図19に示されるように、領域109は、透過率が平均で90%以上となっており、高さが一定である上記の単調増加関数の関係にある領域の透過率が平均で90%以上となる。
【0054】
上記の結果から、a-Si:Hのピラーは、近赤外光の領域において、高い透過率と0~2πの位相遅延条件を満たす高さ一定の領域を有することがわかる。
【0055】
〔シミュレーション2〕
上記のシミュレーション結果に基づくa-Si:Hのピラーを備えるメタレンズのモデルを作成し、当該メタレンズの集光シミュレーションを実行した。比較として、アモルファスシリコン(以下、単に「a-Si」とも表記する)のピラーを備えるメタレンズのモデルを作成し、同様の集光シミュレーションを実行した。
【0056】
ここで、a-Siおよびa-Si:Hのそれぞれの膜組成に対して最適なメタレンズの設計を行い、波長800nmの場合の透過率を求めたところ、水素の含有率が0原子%(すなわちa-Si)の場合の当該メタレンズの透過率は40%であった。水素の含有率が8~25原子%程度の場合の当該メタレンズの透過率は90%となった。a-Si:Hの膜中の水素濃度(Si原子に対する比)は、8原子%以上25原子%以下が好ましく、より好ましくは、10原子%以上20原子%以下が好ましい。よって、本実施形態におけるシミュレーションでは、a-Si:Hにおける水素の含有率を15原子%としている。水素の含有率の測定は、RBS(Rutherford Backscattering Spectrometry)とHFS(Hydrogen Forward scattering Spectrometry)で測定して得た結果である。
【0057】
[集光用メタレンズ]
前述のシミュレーション1の結果に基づき、以下の式を用いて最適なピラーの配置を算出してメタレンズのモデルを作成した。式中、「f」はメタレンズの焦点距離であり、「λ」はメタレンズに透過させる光の波長である。本シミュレーションでは、「f」を100μmであり、「λ」は800nmとした。なお、メタレンズの直径は50μmである。
【0058】
【数1】
【0059】
図21は、図20のA部を拡大して示すピラーの配置の一例を示す図である。図20に示されるように、メタレンズ1は、基板11とその一方の主面に配列されているピラー(符号12)とを有している。基板11は、700~850nmの波長の近赤外光の透過性を有する部材であり、例えば平面形状が円形のガラス板である。
【0060】
ピラー12は、基板11上に格子状に配列している。メタレンズ1には、図中の破線で示されるように、中心の円形部およびそれより外側の円環部が、ピラーの配列単位領域として設定されている。なお、図20のA部は、ある配列単位領域の境界部である。
【0061】
各配列単位領域では、当該領域においてメタレンズが光学素子として機能するのに適当な屈折力を発現するように、位相シフト量の異なるピラーが配置されている。各配列単位領域には、-πの位相シフト量を有するピラー12n1がより中心側に、そしてπの位相シフト量を有するピラー12nxがより円周側に位置し、その間に位相シフト量が中心側から円周側に向けて漸次大きくなるように、位相シフト量が異なるピラー(12n2、12n3、・・・、12n(x-2)、12n(x-1))が配置されている。したがって、メタレンズ1の径方向における配列単位領域の長さが短いほど、径方向におけるピラー12の位相シフト量の変化が大きくなり、より大きな屈折力を発現する。
【0062】
集光用のメタレンズ1において、ピラー12はいずれもa-Si:H製である。また、メタレンズ1におけるピラー12の高さはいずれも500nmである。さらに、ピラー12の中心間距離は400nmで一定である。一方、ピラー12の直径は、位相シフト量に応じて異なり、100~240nmの範囲内にある。メタレンズ1は、光軸方向をZ軸方向とし、XY平面上に広がる集光レンズとして機能する。
【0063】
なお、比較用として、メタレンズ1のそれと同じ寸法のアモルファスシリコン製のピラーを、メタレンズ1のそれと同じ中心間距離で配列させた集光用の比較用メタレンズのモデルも作成した。
【0064】
[シミュレーションの条件]
a-Si:H製ピラーのメタレンズ1と、a-Si製ピラーの比較用メタレンズとのそれぞれにおいて、波長800nmの近赤外光を通したときの集光強度を求めた。
【0065】
図22は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーのメタレンズのXZ平面における電場強度分布を示す図である。図23は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーのメタレンズのXY平面における電場強度分布を示す図である。図24は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用メタレンズのXZ平面における電場強度分布を示す図である。図25は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用メタレンズのXY平面における電場強度分布を示す図である。図26は、波長800nmの近赤外光を通したときの、メタレンズ1(実線)と、比較用メタレンズ(破線)とのZ軸におけるメタレンズからの距離と焦点スポットの電場強度との一例を示す図である。ここで言うZ軸は、XYZ座標系におけるX=Y=0の平面上の軸である。図27は、波長800nmの近赤外光を通したときの、メタレンズ1(実線)と、比較用メタレンズ(破線)とのX軸における光軸からの距離と焦点スポットの電場強度との一例を示す図である。ここで言うX軸は、XYZ座標系におけるY=0、Z=100(μm)の平面上の軸である。
【0066】
図26および図27に示されるように、メタレンズ1および比較用メタレンズのいずれも、Z軸上におけるメタレンズから100μmの位置に波長800nmの近赤外光を集めているが、メタレンズ1の集光効率は、比較用メタレンズのそれに比べて2倍以上である。これは、a-Si:Hのピラーであれば、位相シフト量が-πからπまで変化し、高さが一定であるピラーの高さと径とのある単調増加関数の関係にある領域において、近赤外光の透過率が90%以上であるのに対して、a-Siのピラーでは、当該ある単調増加関数の関係にある領域における近赤外光の平均の透過率が90%をはるかに下回る(例えば以下に示すように20%程度)ため、と考えられる。
【0067】
ここで、図28は、近赤外光の波長域におけるa-Si:H膜(実線)および比較用a-Si膜(破線)の屈折率の実数部(屈折率)を示すグラフである。図29は、近赤外光の波長域におけるa-Si:H膜(実線)および比較用a-Si膜(破線)の屈折率の虚数部(消光係数)を示すグラフである。図28および図29より、700~850nmの帯域で、a-Siの実数部とa-Si:Hの実数部とはほぼ同じである。これに対して、a-Si:Hの虚数部は、a-Siのそれよりも小さい。なお、この測定は、各材料の平面膜を分光エリプソメーターで測定して得た結果である。
【0068】
このため、メタレンズ1と比較用メタレンズとの間で、位相遅延効果および透過率が相違すると考えられる。図30は、メタレンズ1のピラーの径に対する位相遅延を示す図である。図31は、メタレンズ1のピラーの径に対する透過率を示す図である。いずれも、入射光の波長を800nm、ピラーの中心間距離を400nm、ピラーの高さを500nm、ピラーの径を100~300nmとした。a-Si:H製ピラーのメタレンズ1は、図30および31から明らかなように、ピラーの径が100~240nmのときに平均透過率90%以上という高い透過率と、0~2πの位相遅延条件を満たす(図10、11参考)。
【0069】
以上より、a-Si:H製のピラーを用いてメタサーフェス光学素子の周期的構造を形成することにより、高さが一定で径が異なるピラーを適宜に配置することで、十分に高い光学特性を有するメタサーフェス光学素子を構成することが可能となることがわかる。
【0070】
一方、800nmの波長に対する、400nmの中心間距離で配列されたa-Si製ピラーの径および高さを変えたときのピラーの位相シフト量を図32に、そのときのピラーの透過率を図33にそれぞれ示す図である。また、比較用メタレンズのピラーの径に対する位相遅延を図34に、そのときの透過率を図35に、それぞれ示す。a-Siピラーでは、0~2πの位相遅延条件を満たすピラーの径の範囲は、a-Si:Hのそれとほぼ同じである。しかしながら、この範囲における透過率は低い。たとえば、ピラーの径が160nmのときでは、透過率は20%以下である。
【0071】
[拡散用メタレンズ]
「Optics Communications、462、(2020)、125313」などに記載の、ガウシアンビームをトップハットに変換する位相式を導出する公知技術に基づいて、ガウシアンビームをトップハットに変換する位相式を導出し、上記のように最適なピラーの配置を導出してa-Si:H製のピラーで構成される拡散メタレンズと、a-Si製のピラーで構成される比較用拡散メタレンズとを設計した。トップハットと拡散用メタレンズの設計仕様を図36に示す。
【0072】
そして、拡散メタレンズと比較用拡散メタレンズとの電場強度の分布のシミュレーションを実行した。当該シミュレーションの条件は、入射光の波長λが800nm、ピラーの中心間距離が400nm、ピラーの高さが500nm、ピラーの径が100~220nm、である。
【0073】
図37は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーの拡散メタレンズのXZ平面における電場強度分布を示す図である。図38は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si:H製ピラーの拡散メタレンズのX軸におけるY=0、Z=10mmの電場強度を示す図である。図39は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用拡散メタレンズのXZ平面における電場強度を示す図である。図40は、波長800nmの近赤外光を通したときのa-Si製ピラーの比較用拡散メタレンズのX軸におけるY=0、Z=10mmでの電場強度を示す図である。
【0074】
図37および図38から明らかなように、a-Si:H製ピラーの拡散メタレンズは、トップハットに近い形状を得ることができた。これに対してa-Si製ピラーの比較用拡散メタレンズでは、図39および図40から明らかなように、拡散光の電場強度がa-Si:H製ピラーの拡散メタレンズのそれに比べて低く、かつ入射光の0次光も出現している。
【0075】
[偏光分離用メタレンズ]
ピラーの断面形状が対称性の低い形状を有する場合には、ピラー自体が偏光依存の位相遅延を生じさせる。そのため、このようなピラーを有するメタレンズによれば、吸収型偏光子を利用せずに偏光分離機能を実現することが可能である。長方形の断面形状を有するピラーで構成されるメタレンズを設計した。図41に示す解析モデルを用いて、a-Si:H製のピラー22の電磁場解析を行った。また比較用としてa-Si製のピラーの電磁場解析も行った。基板11はSiOである。図中、「Width x」はピラーの長径、「Width y」はピラーの短径をそれぞれ示す。当該解析の条件は、入射光の波長λが800nm、ピラーの中心間距離が400nm、ピラーの高さが500nm、ピラーの長径および短径がそれぞれ100~220nm、である。
【0076】
800nmの波長に対するピラーの長径および短径を変えたときのa-Si:H製ピラーの透過率を図42に示す。また、800nmの波長に対するピラーの長径および短径を変えたときのa-Si製ピラーの透過率を図43に示す。a-Si:H製ピラーでは、長径および短径のいずれもが100~220nmの範囲内の場合の平均透過率が90%以上である。一方、a-Si製ピラーでは、長径および短径のいずれもが100~220nmの範囲内において、透過率が20%以下まで低下している範囲が確認される。
【0077】
以上の各種シミュレーションから明らかなように、本発明は、近赤外光を高効率に集光し、あるいは均一に拡大し、さらに集光の場合であっても、拡大の場合であっても、レンズ上での屈折角を大きくできるメタレンズを提供し、各種産業との近赤外用光学系の小型化、薄型化、軽量化へ寄与するものである。
【0078】
本発明に係るメタサーフェス光学素子は、ドローン、内視鏡、または車載用カメラなどの種々の装置における光学系において、単独でレンズなどの光学素子に適用することが可能である。
【0079】
メタサーフェス光学素子における屈折力は、位相シフト量の異なるピラーの配置によって発現される。よって、メタレンズ以外のメタサーフェス光学素子も、ピラーの配置によって作製することが可能である。
【0080】
本発明に係るメタサーフェス光学素子は、撮像光学系へ使用することも可能であるし、照明光学系へ使用することも可能である。また、偏光の分離にも使用することが可能である。撮像光学系に適用した場合には、像円内の光量を均一にすることが可能である。一方、照明光学系に適用した場合には、照明範囲内の光量を均一に高くすることが可能となる。特に、レーザーを光源とする所謂レーザー照明に適用した場合には、レーザーの0次光を効果的に抑制し、トップハット形状の均一な照明を実現することができる。
【0081】
なお、前述の実施形態の説明では、ピラーの中心間距離を一定として説明しているが、本発明はこれに限定されない。本発明において、一つのメタサーフェス光学素子は、メタサーフェス光学素子としての所望の機能を発現する範囲において、一種の中心間距離を有するのみではなく、複数種の中心間距離を有してもよい。
【0082】
〔まとめ〕
従来の光学素子の膜の材料には、TiOおよびSiなどがある。たとえばTiOの屈折率は約2.7であり、メタレンズを作製する場合に必要なピラーの高さは1μm程度になる。また、例えばSiの屈折率は約2.0であり、メタレンズを作製する場合に必要な柱状構造の高さは1.2μm程度になる。このため、メタレンズの作製が難しい。加えて、ピラーのアスペクト比が非常に大きくなるため、隣り合うピラーと付着し集合体を作りやすく、その結果、メタレンズの耐久試験で性能が低下しやすい。
【0083】
一方で、a-Siの膜の屈折率は約3.5と高いく、高さ500nm程度のピラーを用いれば、メタレンズを作製することができる。しかしながら、700~850nmの波長領域の光に対しては、透過率を高くすることができない。もちろん、ピラーの断面積を小さくすることによって、幾分の透過率を改善することが可能であるが、改善後の透過率は精々70%程度であり、90%以上の透過率を実現することは困難である。
【0084】
a-Si:H製のピラーは、メタサーフェス光学素子における位相遅延条件を満たし、かつ水素をその構造中に実質的に含まないa-Siのピラーに比べて、高い透過率、例えば平均で90%以上の透過率、を発現し得る。よって、a-Si:Hのピラーを有するメタサーフェス光学素子は、近赤外光の波長域で高い透過率と高い屈折率との両方を発現する。したがって、近赤外光の波長領域の分野への適用と利用の促進とが期待される。
【0085】
なお、このようなメタサーフェス光学素子は、基板上における、平均90%以上の高い透過率を有するピラーによる光の位相シフト量を決定し、所望の位相シフト量を有するピラーを配置することによって設計および製造することが可能であり、その結果、近赤外領域において高効率な種々メタサーフェス素子を構成することができる。
【0086】
以上の説明から明らかなように、本発明の第一の態様は、基板(11)と、基板の表面に配列されたa-Si:H製のピラー(12)と、を有し、基板の表面におけるピラーの中心間距離が300~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さが300~580nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~250nmの範囲内にある、メタサーフェス光学素子(メタレンズ1)である。
【0087】
さらに、ピラーの径が100~250nmの範囲内であり、かつピラーの高さが300~580nmの範囲内であることにより、上記の波長域での近赤外光に対する透過率を90%以上にすることができる。
【0088】
このように、第一の態様によれば、ピラーの高さと径との相関関係において、-πからπまでの位相シフト量を含み、かつ高い透過性を有する一連の領域が含まれる。よってピラーおよびメタサーフェス光学素子の設計および製造が容易となり、700~850nmの波長でも光学特性に優れ、かつ生産性にも優れるメタサーフェス光学素子を提供することができる。
【0089】
本発明の第二の態様は、第一の態様において、ピラーの高さが一定である。第二の態様は、ピラーの径によってピラーの位相シフト量を調整可能であることから、メタサーフェス光学素子の設計およびピラーの製造をより簡素に実施することが可能となり、生産性向上の観点からより一層効果的である。
【0090】
本発明の第三の態様は、第一の態様または第二の態様において、ピラーの断面形状は円形、楕円形または多角形である。第三の形態は、集光レンズ、拡大レンズ(拡散レンズ)および偏光分離レンズなどの様々な光学素子を実現するのに有効である。
【0091】
本発明の第四の態様は、第一の態様から第三の態様のいずれかにおいて、基板の表面におけるピラーの中心間距離が300nmであり、ピラーの高さが300~400nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~200nmの範囲内にある。第四の態様は、波長700nmの近赤外光を対象とするメタサーフェス光学素子を実現するのに好適である。
【0092】
本発明の第五の態様は、第一の態様から第三の態様のいずれかにおいて、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~400nmの範囲内にあり、ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~220nmの範囲内にある。第五の態様は、波長750nmの近赤外光を対象とするメタサーフェス光学素子を実現するのに好適である。
【0093】
本発明の第六の態様は、第一の態様から第三の態様のいずれかにおいて、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さが400~550nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~250nmの範囲内にある。第六の態様は、波長800nmの近赤外光を対象とするメタサーフェス光学素子を実現するのに好適である。
【0094】
本発明の第七の態様は、第一の態様から第三の態様のいずれかにおいて、基板の表面におけるピラーの中心間距離が350~450nmの範囲内にあり、ピラーの高さが380~580nmの範囲内にあり、ピラーの径が100~250nmの範囲内にある。第七の態様は、波長850nmの近赤外光を対象とするメタサーフェス光学素子を実現するのに好適である。
【0095】
硝材の形状による従来のレンズは、その製造過程で多くの二酸化炭素を排出するため、この点で環境への影響上好ましくない。これを当該メタレンズに置き換えることにより、レンズ製造過程における二酸化炭素の放出をより抑制することができる。このような本発明は、例えば、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)の気候変動対策に関する目標13の達成に貢献することが期待される。
【0096】
本発明は、上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0097】
1 メタレンズ(メタサーフェス光学素子)
11 基板
12、12n1、12nx、22 ピラー
101~109 領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40
図41
図42
図43