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特開2024-56798グリコサミノグリカン阻害剤および促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024056798
(43)【公開日】2024-04-23
(54)【発明の名称】グリコサミノグリカン阻害剤および促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/40 20060101AFI20240416BHJP
   A61K 38/46 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 14/79 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 16/00 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 14/765 20060101ALI20240416BHJP
   C07K 14/535 20060101ALI20240416BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240416BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20240416BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20240416BHJP
   C12N 15/14 20060101ALN20240416BHJP
   C12N 15/27 20060101ALN20240416BHJP
   A23L 33/19 20160101ALN20240416BHJP
【FI】
A61K38/40 ZNA
A61K38/46
A61P3/10
A61P9/10 101
A61P11/00
A61P25/00
A61P25/28
A61P29/00
A61P35/00
A61P35/04
A61P43/00 121
A61K9/08
C07K14/79
C07K7/06
C07K19/00
C07K16/00
C07K14/765
C07K14/535
C12N15/12
C12N15/13
C12N15/62 Z
C12N15/14
C12N15/27
A23L33/19
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024017277
(22)【出願日】2024-02-07
(62)【分割の表示】P 2020527538の分割
【原出願日】2019-06-25
(31)【優先権主張番号】P 2018121377
(32)【優先日】2018-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520328970
【氏名又は名称】株式会社S&Kバイオファーマ
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100126354
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100135943
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 規樹
(72)【発明者】
【氏名】中村 真男
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 淳
(72)【発明者】
【氏名】加賀谷 伸治
(57)【要約】      (修正有)
【課題】グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患に対する副作用の少ない医薬品を開発することを目的とする。
【解決手段】ラクトフェリンまたはその誘導体を含有するグリコサミノグリカンの阻害剤または促進剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンまたはその誘導体を含有するグリコサミノグリカンの阻害剤または促進剤。
【請求項2】
前記ラクトフェリンが、鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンである、請求項1に記載の阻害剤または促進剤。
【請求項3】
前記ラクトフェリンはヒト由来のものである、請求項1または2に記載の阻害剤または促進剤。
【請求項4】
前記ラクトフェリンが、以下の(a)~(e)からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、請求項1に記載の阻害剤または促進剤:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(e)GRRRRSVQWCA(配列番号7)のアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項5】
前記ラクトフェリンの誘導体が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)である、請求項1~4のいずれか一項に記載の阻害剤、促進剤。
【請求項6】
前記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-A(CS-A)、コンドロイチン硫酸-B(CS-B)、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、コンドロイチン硫酸-E(CS-E)、ヘパリン(HP)及びヘパラン硫酸(HS)、およびケラタン硫酸 (KS)からなる群から選択されるいずれか1つのものである、請求項1~5のいずれか一項に記載の阻害剤、促進剤。
【請求項7】
前記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、またはコンドロイチン硫酸-E(CS-E)である、請求項6に記載の阻害剤、促進剤。
【請求項8】
前記グリコサミノグリカンが、CS-Eである、請求項6に記載の阻害剤、促進剤。
【請求項9】
ラクトフェリンまたはその誘導体を含有する、グリコサミノグリカンに関連する疾患または病態を治療するための医薬組成物。
【請求項10】
前記ラクトフェリンが鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンであり、0.001~10g/kg/日の量になるように調製されている、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記ラクトフェリンはヒト由来のものである、請求項9または10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記ラクトフェリンが、以下の(a)~(e)からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、請求項9に記載の医薬組成物:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつグリコサミノグリカンの発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(e)GRRRRSVQWCA(配列番号7)のアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項13】
前記ラクトフェリンの誘導体が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)である、請求項9~12のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項14】
前記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、またはコンドロイチン硫酸-E(CS-E)である、請求項9~13のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
コンドロイチン硫酸分解酵素と併用するための、請求項9~14のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記疾患は、脊髄損傷、がん転移、がん、糖尿病、炎症、動脈硬化、線維化、急性呼吸器疾患、アルツハイマー病からなる群より選択されるいずれか1つである、請求項9~15のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項17】
食品の形態にある、請求項9~16のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項18】
注射剤の形態にある、請求項9~16のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項19】
経口投与されるものである、請求項9~16のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコサミノグリカンの阻害剤および促進剤に関する。より具体的には、本発明は、ラクトフェリンまたはその誘導体を有効成分として含有するグリコサミノグリカンの阻害剤または促進剤に関し、さらにラクトフェリンのグリコサミノグリカン阻害または促進作用に基づく、グリコサミノグリカン関連疾患の治療におけるラクトフェリンの医薬用途に関する。
【背景技術】
【0002】
グリコサミノグリカンの殆どは、プロテオグリカンとしてコアタンパク質と呼ばれる核となるタンパク質に多糖類が付加した形で存在し、体組織中の細胞外マトリックスや細胞表面に存在するほか、軟骨の主成分としても存在している。その中でもコンドロイチン硫酸は、様々な細胞増殖因子や細胞外マトリックス成分と相互作用し、細胞接着、移動、増殖、分化、形態形成といった様々な細胞活動を制御している。また、コンドロイチン硫酸ナトリウムを成分とした腰痛症、関節痛、肩関節周囲炎などの医薬品や、食品が販売されている。以下、糖に関して、コンドロイチン硫酸A(CS-A)、コンドロイチン硫酸B(CS-B)、コンドロイチン硫酸C(CS-C)、コンドロイチン硫酸D(CS-D)、コンドロイチン硫酸E(CS-E)、ヒアルロン酸(HA)、ヘパリン(HP)、へパラン酸(HS)、ケラタン硫酸(KS)の略号を示す。
【0003】
炎症部位の過度のコンドロイチン硫酸の発現は、脊髄損傷やがんの転移、アルツハイマー病などに関わり、疾患の悪化につながる。コンドロイチン硫酸が病態の改善に関わる脊髄損傷は、本邦では患者が既に10万人以上に上り、さらに毎年約5千人が新たに発症し、全世界で約20万人が新たに発症していると推定されている。その疾患は、受傷から数時間までの急性期、数週間までの亜急性期、そしてそれ以後の慢性期に分類される。亜急性期まではある程度の組織修復と自発的回復が達成されるが、慢性期以降は、損傷部位で強固に形成されたグリア性瘢痕により、破綻した神経回路の再構築が阻害され回復が困難となる(非特許文献1)。現在、受傷後72時間以内に大量のステロイド、肝細胞増殖因子の投与や、再生医療による回復が試されているが、治療方法は確立していない。
【0004】
脊髄損傷では、神経回路の再構築を阻害するグリア性瘢痕の主要要因である反応性アストロサイトは、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンを合成する。損傷部位に存在する神経細胞の成長円錐表面には、グリコサミノグリカンの受容体であるPTPσやLARが存在し、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン特にCS-E糖鎖がそれら受容体に結合することで軸索再生阻害に関与することが報告されている(非特許文献2)。そのため、脊髄損傷モデルを用いた実験では、CS-Eの受容体のPTPσ(非特許文献3)や脱リン酸化酵素LARのノックアウトマウス(非特許文献4)による神経再生亢進、プロテオグリカンコアタンパクに結合する糖鎖を分解するバクテリア酵素のコンドロイチナーゼABCを用いたCS-Eの分解(非特許文献5、6)、CS-E合成酵素阻害剤(非特許文献7)による軸索再生などで、治療効果が報告されている。
【0005】
近年、新たな治療方法としてコンドロイチナーゼABCを用いた局所投与療法が期待され、腰椎椎間板ヘルニア治療薬として販売されている。しかし、この製剤はバクテリアのタンパク質のため、国内臨床試験などから副作用(臨床検査値異常を含む)が53.3%認められた。主なものとして、Modic分類の椎体輝度変化(23.6%)、腰痛(22.3%)、椎間板高の30%以上の低下(14.4%)、下肢痛(4.8%)などであり、重大なものはショック、アナフィラキシーが報告されている。このことから、副作用の少ない医薬品の開発が不可欠である。
【0006】
ヒトにはコンドロイチン硫酸を分解する酵素として、ヒアルロニダーゼ (Hyaluronidase) という酵素が存在する。ヒアルロニダーゼを脊髄損傷モデルの犬に投与しても効果がないこと(非特許文献8)、脊髄損傷モデルマウスに投与した場合、運動改善は認められず、むしろ炎症悪化の傾向が観察されている (非特許文献9)。再生医療としての治療も考えられており、2018年に、培養した自己骨髄間葉系幹細胞を投与する治療が承認されている。また、iPS細胞から損傷した神経細胞を再生させる試みも考えられているが、再生医療は治療費が高く、細胞を投与できるまでに時間がかかるため、受傷後早い段階での治療に対応できないという欠点がある。
【0007】
また、がん細胞の表面にはコンドロイチン硫酸が多く発現し、がんの転移に関与していることが報告されている(非特許文献10)。特に肺がんでは、正常肺組織の細胞、特に血管内皮に発現しているRAGEタンパク質がCS-Eなどに結合することで、がん細胞が転移することが分かっている(非特許文献11、12)。その転移は、コンドロイチナーゼABC、抗CS-E抗体、抗RAGE抗体などで、阻害される。また、乳がんの転移に関わる乳癌幹細胞の表面マーカーCD44にもヒアルロン酸やCS-Cなどのグリコサミノグリカンが結合すると報告されている(非特許文献10)。
【0008】
一方、ラクトフェリン(Lf)は、トランスフェリンファミリーに属する分子量約8万の鉄結合性糖タンパク質であり、初乳や涙など哺乳類の外分泌液に多く含まれる。N-lobeとC-lobeの球状ドメインからなり、各ドメインには1個の三価鉄が結合する。鉄が結合した鉄飽和型(Holo)と鉄が遊離した鉄遊離型(Apo)とではその立体配座が異なる。図10にヒトラクトフェリンの三次元構造を示す。
【0009】
ラクトフェリンは、哺乳類の先天性および適応免疫機能を橋渡しする細胞分泌分子であり、その防御効果は、抗がん活性、抗炎症活性および免疫調節活性から、多数の微生物に対する抗菌活性まで多岐にわたる。この広範な活性は、Lfの鉄結合能だけでなく、Lfと宿主および病原体の分子成分および細胞成分との相互作用が関与する作用機序によって可能になっていると報告されている(非特許文献13)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J. Neurotrauma 2005; 22(5), 544-558.
【非特許文献2】Trends in Glycoscience and Glycotechnology 2011; 23(133) 201-211.
【非特許文献3】Science 2009 Oct 23;326(5952):592-6.
【非特許文献4】Neurobiol Dis 2015; 73: 36-48.
【非特許文献5】FEBS Journal 280 (2013) 2462-2470
【非特許文献6】Nature. 2002 Apr 11;416(6881):636-40.
【非特許文献7】ACS Chem. Biol. 2017, 12, 3126-3133.
【非特許文献8】Surg. Neurol. 13, 157-159, 1980
【非特許文献9】第37回日本糖質学会年会要旨集、小田ら 2018年8月30日
【非特許文献10】Biochemical Journal (2018) 475 587-620.
【非特許文献11】THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY 2008;283(49):34294-34304.
【非特許文献12】Biomed Res Int. 2013;656319.
【非特許文献13】Biochimica et Biophysica Acta, Volume 1820, Issue 3, March 2012, Pages 226-236
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患に対する副作用の少ない医薬品の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の欠点を克服するための手段として、本発明者らは、安全性の高いヒトラクトフェリン(hLF)およびその機能的部分、誘導体等を典型的に用いる、グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患に対する副作用の少ない医薬組成物およびそれを用いた該疾患の治療法を提案する。
【0013】
発明者らは、多疾患の増悪に関わるグリコサミノグリカンの機能を阻害・亢進する生体内物質を探索するにあたって、ラクトフェリンに着目し、特定のグリコサミノグリカンにおいて、ラクトフェリンがその機能阻害または亢進をすることを検討してきた。発明者らは、ラクトフェリン、そのN-lobe、およびラクトフェリンに含まれる塩基性ペプチドを用いて、円偏光二色性(CD)スペクトルによりラクトフェリンと特定のグリコサミノグリカンのみが結合すること、脊髄損傷改善作用の薬理活性は、細胞モデルを用いて軸索伸長活性があること、がん治療作用は、がん細胞株の増殖抑制や細胞死の割合、スクラッチアッセイによるがん細胞の浸潤や遊走能阻害があることを見出した。これらのことから、特定のグリコサミノグリカンに対する疾患にラクトフェリンとその活性を持つペプチド、球状ドメイン、変異体、誘導体などが有効な治療薬となり得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
本開示は以下の[1]から[19]を含む。
[1]ラクトフェリンまたはその誘導体を含有するグリコサミノグリカンの阻害剤または促進剤。
[2]上記ラクトフェリンが、鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンである、上記[1]に記載の阻害剤または促進剤。
[3]上記ラクトフェリンはヒト由来のものである、上記[1]または[2]に記載の阻害剤または促進剤。
[4]上記ラクトフェリンが、以下の(a)~(e)からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、上記[1]に記載の阻害剤または促進剤:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(e)GRRRRSVQWCA(配列番号7)のアミノ酸配列からなるペプチド。
[5]上記ラクトフェリンの誘導体が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)である、上記[1]~[4]のいずれか一項に記載の阻害剤、促進剤。
[6]上記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-A(CS-A)、コンドロイチン硫酸-B(CS-B)、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、コンドロイチン硫酸-E(CS-E)、ヘパリン(HP)及びヘパラン硫酸(HS)、およびケラタン硫酸 (KS)からなる群から選択されるいずれか1つのものである、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の阻害剤、促進剤。
[7]上記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、またはコンドロイチン硫酸-E(CS-E)である、上記[6]に記載の阻害剤、促進剤。
[8]上記グリコサミノグリカンが、CS-Eである、上記[6]に記載の阻害剤、促進剤。
[9]ラクトフェリンまたはその誘導体を含有する、グリコサミノグリカンに関連する疾患または病態を治療するための医薬組成物。
[10]上記ラクトフェリンが鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンであり、0.001~10g/kg/日の量になるように調製されている、上記[9]に記載の医薬組成物。
[11]上記ラクトフェリンはヒト由来のものである、上記[9]または[10]に記載の医薬組成物。
[12]上記ラクトフェリンが、以下の(a)~(e)からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、上記[9]に記載の医薬組成物:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつグリコサミノグリカンの発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつコンドロイチン硫酸の発現または機能を阻害または促進する活性を有するタンパク質;
(e)GRRRRSVQWCA(配列番号7)のアミノ酸配列からなるペプチド。
[13]上記ラクトフェリンの誘導体が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)である、上記[9]~[12]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[14]上記グリコサミノグリカンが、コンドロイチン硫酸-C(CS-C)、コンドロイチン硫酸-D(CS-D)、またはコンドロイチン硫酸-E(CS-E)である、上記[9]~[13]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[15]コンドロイチン硫酸分解酵素と併用するための、上記[9]~[14]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[16]上記疾患は、脊髄損傷、がん転移、がん、糖尿病、炎症、動脈硬化、線維化、急性呼吸器疾患、アルツハイマー病からなる群より選択されるいずれか1つである、上記[9]~[15]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[17]食品の形態にある、上記[9]~[16]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[18]注射剤の形態にある、上記[9]~[16]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[19]経口投与されるものである、上記[9]~[16]のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明者らはhLF、hLF N-lobe、およびその誘導体であるhLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSFがグリコサミノグリカンの一種であるCS-Eに強く結合することを見出した。ニワトリ胚の脊髄後根神経節神経細胞を用いた実験で、CS-Eにより神経軸索伸長の阻害、成長円錐の崩壊が観察されるが、hLF、hLF N-lobe、hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、ならびにhLF-G-CSFを添加すると、軸索伸長阻害が抑制され、成長円錐の崩壊から保護する作用が認められた。このことから、特に急性期における治療用途への利用可能性が示された。
【0016】
本発明のラクトフェリンまたはその誘導体を含有するグリコサミノグリカン阻害剤・促進剤は、グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患または病態の治療のための医薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なる(ApoおよびHolo)全長ヒトラクトフェリン(hLf)の二次構造解析の結果を示す図である。(A)鉄飽和型hLf(Holo hLf)の二次構造解析結果;(B)鉄遊離型hLf(Apo hLf)の二次構造解析結果。
図2】CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なるhLf N-lobeの二次構造解析の結果を示す図である。(A)鉄飽和型hLf N-lobe(Holo hLf N-lobe)の二次構造解析結果;(B)鉄遊離型hLf N-lobe(Apo hLf N-lobe)の二次構造解析結果。
図3】CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なる全長ヒトラクトフェリン(hLf)およびhLf N-lobeそれぞれの熱変性試験の結果を示す図である。(A)グリコサミノグリカン非存在下でのApo/Holo hLf(左)およびApo/Holo hLf N-lobe(右)の熱安定性を示す。;(B)各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのApo hLfの熱安定性。(C)各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのHolo hLf N-lobeの熱安定性。(D)各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのApo hLf N-lobeの熱安定性。
図4】CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下でのhLfcin1-11(GRRRRSVQWCA(配列番号7))の二次構造解析の結果を示す図である。
図5】各種グリコサミノグリカン(CS-A~E)存在下での、塩素酸(NaClO)処理した非小細胞肺がん細胞株PC-3の細胞増殖に対するhLF N-lobeの効果を示すグラフである。
図6】(A)塩素酸(NaClO)処理または(B)コンドロイチン硫酸分解酵素(ChABC)処理した非小細胞肺がん細胞株PC-3の細胞増殖に対する鉄飽和型(Holo)hLF N-lobeの効果を示す図である。
図7】ヒト肺がんPC-14細胞のCS-E依存的な転移に対するhLF N-lobeの効果を示す図である。
図8】PC-12細胞の突起伸張および成長円錐に対する各種グリコサミノグリカン(CS-A~E)の効果を示す図である。
図9】各種グリコサミノグリカン(CS-A~E)存在下でのPC-12細胞の突起伸張および成長円錐に対するhLf N-lobeの効果を示す図である。
図10】ヒトラクトフェリンの三次元構造を示す図である(背景技術)。
図11】Solid-phase binding assayによる、ヒトラクトフェリン(hLF)、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)と各種硫酸化グリコサミノグリカン(sGAG)との結合解析の結果を示す図である。
図12】CS-Eのニワトリ胚脊髄後根神経節(DRG)細胞の軸索伸長阻害活性に対するhLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)の抑制作用の結果を示す図である。
図13】CS-Eのニワトリ胚脊髄DRG細胞の成長円錐崩壊活性に対するhLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)の抑制作用の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.用語の定義
【0019】
本願明細書中で使用される用語「ラクトフェリン」は、特に断らない限り、全長ラクトフェリン、ラクトフェリンの機能的部分(Functional moiety)からなるタンパク質、または当該機能的部分を含有するタンパク質を意味する。本願明細書中、ラクトフェリンの「機能的部分」とは、それのみで全長ラクトフェリンの「機能」と同等もしくは少なくともその一部の機能を有するラクトフェリンの一部または変異体(variant(s))を意味する。なお、全長ラクトフェリンには、ヒトラクトフェリン(配列番号1)、ウシラクトフェリン(配列番号2)、ヒツジラクトフェリン(配列番号3)、ヤギラクトフェリン(配列番号4)、ウマラクトフェリン(配列番号5)、ラクダラクトフェリン(配列番号6)等が含まれるが、これらに限定されない。
【0020】
これらのラクトフェリンのアミノ酸配列およびそれをコードするヌクレオチド配列の情報は、Web上で容易にアクセス可能な配列データベース(例えば、NCBIデータベース)にアクセスすることにより入手可能である。便宜のために、以下の表1にこれらのヒトおよびいくつかの哺乳動物の配列情報を示す。
【表1】
【0021】
本明細書中、「ラクトフェリンの機能」とは、少なくともインビトロでの、好ましくは、インビボでの、グリコサミノグリカンの発現または機能の阻害能または促進能を意味する。「グリコサミノグリカンの機能」としては、当業者にグリコサミノグリカンの機能として認識されているものであれば特に制限はなく、例えば、細胞接着、移動、増殖、分化、形態形成といった様々な細胞活動の制御が含まれる。
【0022】
ラクトフェリンの「機能的部分」としては、典型的には、
(1)ラクトフェリンの球状ドメイン(N-lobeまたはC-lobe)、
(2)ラクトフェリンの変異体(例えば、配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列、または配列番号1~6のいずれかのアミノ酸配列において1~数個(例えば、2個から70個程度まで)のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/もしくは付加を有するアミノ酸配列からなるタンパク質)、
(3)ラクトフェリンの部分ペプチド(例えば、ヒトラクトフェリンのアミノ酸残基20-30からなるペプチド(「GRRRRSVQWCA」(配列番号7)))、
などが含まれる。
【0023】
上記(2)に記載の変異体は、典型的には、天然に存在する配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列を有するラクトフェリンの変異体であるが、それに限定されず、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409(1982)"、"Gene, 34, 315 (1985)"、"Nuc. Acids. Res., 13, 4431(1985)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488(1985)"等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、人為的に取得することができるものも含まれる。
【0024】
上記(2)の変異体の例において、アミノ酸配列におけるアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/もしくは付加などによる変異の程度は、変異体タンパク質が元のタンパク質の機能と同等もしくは少なくともその一部の機能を有する限り許容され、典型的には、元のアミノ酸配列の10%程度まで、すなわち、アミノ酸残基の数において、1~数個(例えば、2個から順次70個程度まで)の変異を有し得る。
【0025】
上記(2)の変異体の例において、「90%以上の同一性」としては、元のアミノ酸配列と90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の配列同一性が含まれ得る。
【0026】
本明細書中、「ラクトフェリンの誘導体(derivative(s))」とは、ラクトフェリンに対して遺伝子工学の手法により所望の修飾をしたラクトフェリン分子を意味する。そのようなラクトフェリンの誘導体の例としては、例えば、ラクトフェリンと他のタンパク質との融合タンパク質が含まれる。そのような融合タンパク質の例としては、本願明細書後述の実施例に非限定的な例として示される、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、ヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)等が含まれる。
【0027】
ラクトフェリンについて、「グリコサミノグリカンの発現または機能の阻害能または促進能」は、グリコサミノグリカンの発現量または機能の測定値を、ラクトフェリンの非存在下と存在下との間で比較して、ラクトフェリンの存在下において上記測定値が減少または増大することを確認することによって定量的に測定することができる。そのような定量的な測定方法の非限定的な例が、本願明細書後述の実施例に示されている。
【0028】
本明細書中、「グリコサミノグリカン」は、当該分野で当業者に一般的に認識されている意味で使用され、繰り返し二糖単位からなる長い非分岐多糖類を意味する。本発明に関連して、グリコサミノグリカンの例としては、コンドロイチン硫酸A(CS-A)、コンドロイチン硫酸B(CS-B)、コンドロイチン硫酸C(CS-C)、コンドロイチン硫酸D(CS-D)、コンドロイチン硫酸E(CS-E)、ヒアルロン酸(HA)、ヘパリン(HP)、へパラン酸(HS)、ケラタン硫酸(KS)等が含まれるが、これらに限定されない。
【0029】
2.ラクトフェリンを含有するグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤
【0030】
本発明の1つの実施形態によれば、ラクトフェリンを含有するグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤(あるいは、阻害または促進のための組成物)が提供される。上記阻害剤または促進剤において、ラクトフェリンは、鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンであり得る。本発明のラクトフェリンを含有するグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤は、ラクトフェリンによるグリコサミノグリカンの発現または機能の阻害能または促進能を利用するものであり、本発明のグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤により、グリコサミノグリカンの発現量または機能が阻害または促進される。
【0031】
本発明のグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤は、ラクトフェリンの他に、当業者に知られている任意の、溶媒、分散媒、結合剤、添加剤、等の賦型剤を含んでよい。
【0032】
本発明のラクトフェリンを含有するグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤は、インビトロまたはインビボにおいて用いることができる。
【0033】
3.ラクトフェリンを含有するグリコサミノグリカン阻害剤または促進剤の医薬への適用
【0034】
本発明のさらなる実施形態によれば、ラクトフェリンを含有する、グリコサミノグリカンに関連する疾患または病態を治療するための医薬組成物(以下、単に「本発明の医薬組成物」という。)が提供される。本発明の医薬組成物において、ラクトフェリンは鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)であり、典型的にはラクトフェリンの量が0.001~10g/kg/日になるように調製されている。被験対象は、ヒトまたは動物(例えば、ヒトを除く哺乳動物)であり得る。本発明の医薬組成物は、他の薬剤(例えば、コンドロイチン硫酸分解酵素)との併用(同時または連続的)において使用することもできる。
【0035】
ラクトフェリンは、生体内に元々存在するタンパク質であり、また食品にも含まれていることから、本発明に従って医薬として用いた場合には、副作用も少なく、患者または被験体に苦痛を強いることもなく、他の疾患を誘発するリスクも少ないという利点を有する。
【0036】
「グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患または病態」の例としては、典型的には、がん(例えば、肺がん、乳がん、精巣がん、肝がん等)、がん転移、軸索再生に関連する疾患(例えば、脊髄損傷、アルツハイマー病等)、糖尿病、炎症、動脈硬化、線維化、急性呼吸器疾患などが含まれるが、これらに限定されない。
【0037】
本発明の医薬組成物において、ラクトフェリンは、そのまま、あるいは薬学的に許容される担体などとともに医薬として製剤化されて、各種疾患の治療のためにヒトまたは動物に投与され得る。したがって、本発明はまた、ラクトフェリンを、治療を必要とする患者または被験体に投与する工程を含む、グリコサミノグリカン(の機能)に関連する疾患または病態の治療方法を提供する。
【0038】
発明のさらなる実施形態によれば、ラクトフェリンは、グリコサミノグリカンに関連する疾患または病態の治療のための医薬の製造のために使用され得る。
【0039】
本発明の医薬組成物において、ラクトフェリンは、医療用(例えば、治療または予防用)キットの構成要素の一つとして当該キットに含まれて提供され得る。当該キットには、当該医薬組成物の他に、適用方法、適用量などを説明した使用説明書を含み得る。
【0040】
本明細書中、用語「薬学的に許容される」または「薬理学的に許容される」は、過剰な毒性、刺激、アレルギー反応、またはその他の問題あるいは合併症がなく、妥当な利点/危険の比と相応しており、人間および動物の組織と接触して使用するために適切であるという正しい医学的判断の範囲内にあるそのような物質、材料、組成物、および/または剤形を言い表すために使用される。
【0041】
本明細書で使用される「薬(理)学的に許容される担体」としては、当業者に知られている任意の、溶媒、分散媒、コーティング、界面活性剤、抗酸化剤、保存料(例えば抗菌剤、抗真菌剤)、等張剤、吸収遅延剤、塩、保存料、薬剤、薬物安定剤、ゲル、結合剤、添加剤、崩壊剤、滑剤、甘味剤、香味料、染料、および/またはそれらの材料および組合せが含まれる。
【0042】
本明細書で使用される「治療」または「治療する」は、(i) 病的状態が起こることを防ぐこと(例えば、予防)、(ii) 病的状態を阻止することまたはその発達を阻むこと、(iii) 病的状態を軽減、寛解、もしくは完治すること、および/または病的状態と関連する症状が軽減、寛解、もしくは完治することを含む。
【0043】
本発明に従って、ラクトフェリンを医薬として患者または被験体に投与する場合、例えば、ラクトフェリンを単独、または慣用の賦形剤と共に製剤して、カプセル剤、錠剤、注射剤等の適宜な剤形として、経口的または非経口的投与に使用し得る。例えば、カプセル剤は、本発明の阻害剤または促進剤またはラクトフェリンを乳糖、澱粉またはその誘導体、セルロース誘導体等の賦形剤と混合してゼラチンカプセルに充填し調製することができる。
【0044】
また、錠剤は、上記賦形剤の他に、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アルギン酸、アラビアゴム等の結合剤と水を加えて練合し、必要により顆粒とした後、さらにタルク、ステアリン酸等の滑沢剤を添加して、通常の圧縮打錠機を用いて錠剤に調製することができる。
【0045】
さらに、注射による非経口投与に際しては、ラクトフェリンを溶解補助剤と共に滅菌蒸留水または滅菌生理食塩水に溶解し、アンプルに封入して注射用製剤とする。必要により安定化剤、緩衝物質等を含有させてもよい。これらの非経口投与製剤は、静脈内投与、あるいは点滴静注により投与することができる。
【0046】
さらに、ラクトフェリンをそのまま、あるいは製剤化した後、これを栄養剤や飲食品等に添加してもよい。
【0047】
本発明によれば、ラクトフェリンの投与量は、種々の要因、例えば治療すべき患者または被験体の症状、重症度、年齢、合併症の有無等によって変化する。また、投与経路、剤形、投与回数等によっても異なるものであるが、一般的には、経口投与の場合は、有効成分として、通常、0.001~10g/kg/日、0.005~10g/kg/日、0.01~10g/kg/日、0.01~5g/kg/日とすることができる。ヒトに投与する場合、一般的には、治療上有効量として、一日あたり10mg~15,000mg、10mg~12,000mg、10mg~10,000mg、20mg~10,000mg、20mg~8,000mg、30mg~8,000mg、30mg~6,000mgの量である。このような一日あたりの用量を一度にまたは分割して、グリコサミノグリカンに関連する疾患または病態の治療を必要とする患者に投与することができる。また、非経口投与の場合は、経口投与の場合における投与量の約1/100~1/2量程度の範囲内で適宜選別し、投与することができる。
【0048】
本発明は、以下の実施例によってより詳細に記載される。これらの実施例は、例示であって、本発明の範囲をいかなる様式においても限定するものではない。
【実施例0049】
以下、実施例を示す。なお、本文中および図中での略語は、ヒトラクトフェリン(hLF)、ヒトラクトフェリンN-lobe(hLF N-lobe)、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)、ヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)、ヒトIgG(hIgG)、ヒト血清アルブミン(HSA)、コンドロイチン硫酸A,B,C,D,E(CS-A,B,C,D,E)、ヘパリン(HP)、硫酸化グリコサミノグリカン(sGAG)、ニワトリ胚脊髄後根神経節(DRG)である。
【0050】
[実施例1]全長ヒトラクトフェリン(hLf)およびhLf球状ドメインの各種グリコサミノグリカン存在での2次構造と熱安定評価
【0051】
hLf、hLf N-lobeとsGAG糖鎖のモル比を1 : 0, 1 : 1, 1 : 5にして、PBS(-)で全液量を250 μlに調製した。調製したサンプルをアルミブロックで37℃、1時間インキュベートした。円二色性分散計J-1500(日本分光)は表2-1、2-2に示した。
【表2】
【0052】
図1は、CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なる(ApoおよびHolo)全長ヒトラクトフェリン(hLf)の二次構造解析の結果を示す。図1Aは、鉄飽和型hLf(Holo hLf)の二次構造解析結果を示し、図1(B)は鉄遊離型hLf(Apo hLf)の二次構造解析結果を示す。CS-C、CS-D、CS-Eの存在下で、全長hLfの2次構造が顕著に変化した。この効果は、hLfの鉄の有無に影響されなかった。
【0053】
図2は、CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なるhLf N-lobeの二次構造解析の結果を示す。図2Aは、鉄飽和型hLf N-lobe(Holo hLf N-lobe)の二次構造解析結果を示し、図2Bは、鉄遊離型hLf N-lobe(Apo hLf N-lobe)の二次構造解析結果を示す。CS-C、CS-D、CS-Eの存在下で、hLf N-lobeの2次構造が顕著に変化した。この効果は、hLf N-lobeの鉄の有無で影響されなかった。
【0054】
図3は、CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下での鉄結合度の異なる全長ヒトラクトフェリン(hLf)およびhLf N-lobeそれぞれの熱変性試験の結果を示す。図3Aは、グリコサミノグリカン非存在下でのApo/Holo hLf(左)およびApo/Holo hLf N-lobe(右)の熱安定性を示す。図3Bは、各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのApo hLfの熱安定性を示す。図3Cは、各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのHolo hLf N-lobeの熱安定性を示す。図3Dは、各種グリコサミノグリカン(CS-A~E(左)、HPおよびHS(右))存在下でのApo hLf N-lobeの熱安定性を示す。CS-Eの存在下で、全長hLf、hLf N-lobeの熱安定性が大幅に向上した。この効果は、hLf、hLf N-lobeの鉄の有無で影響されなかった。
【0055】
図4は、CD分光分析による、各種グリコサミノグリカン存在下でのhLfcin1-11(GRRRRSVQWCA)の二次構造解析の結果を示す。CS-C、CS-D、CS-Eの存在下で、hLfcin1-11の2次構造が変化した。
【0056】
[実施例2]塩素酸ナトリウム(NaClO)処理したPC-3細胞に対する鉄飽和型ヒトラクトフェリンN-lobeの活性
【0057】
2-1.細胞増殖試験
塩素酸ナトリウム(NaClO)(Wako)を終濃度1 Mとなるように超純水に溶解した。調製した溶液は、0.22μmシリンジフィルターを用いて、濾過滅菌した。塩素酸ナトリウム処理は、細胞に対して、それらが持つ糖鎖の硫酸化を抑制する働きがあると報告されている(Hoogewerfら., The Journal of Biological Chemistry, 266, 16564-16571 (1991))。本評価では、N-lobeの活性に細胞表面にある糖鎖が関与するのかを評価するために使用した。
【0058】
96ウェルプレートにゼラチンコートを施した。ゼラチン溶液を破棄し、1 mM 塩素酸ナトリウム共存下で細胞を5×103 cells/wellで播種し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で24時間培養した。コントロールとして、塩素酸ナトリウムを添加しない状態で播種した細胞を用意し、同様に培養した。塩素酸ナトリウム溶液を終濃度1 mMとなるように5% FBSを含むRPMI-1640を用いて調整した。上清を破棄し、試験培地に交換した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で3日間培養した。Cell Counting kit-8を10 μl/well添加し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で2時間発色させた。マイクロプレートリーダーを用いて、450 nmの吸光度を測定した。
【0059】
96ウェルプレートにゼラチンコートを施した。ゼラチン溶液を破棄し、1 mM 塩素酸ナトリウム共存下で細胞を5×103 cells/wellで播種し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で24時間培養した。比較対象として、塩素酸ナトリウムを添加しない状態で播種した細胞を用意し、同様に培養した。塩素酸ナトリウムを終濃度1 mM、N-lobeを終濃度5 μMになるように5% FBSを含むRPMI-1640を用いて調整した。塩素酸ナトリウムを終濃度1 mMになるように5% FBSを含むRPMI-1640を用いて調整した。また、N-lobeを終濃度5 μMになるように5% FBSを含むRPMI-1640を用いて調整した。コントロールとして、5% FBSを含むRPMI-1640を用意した。培養上清を破棄し、試験培地を100 μl/wellで添加した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で3日間培養した。Cell Counting kit-8を10 μl/well添加し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で2時間発色させた。マイクロプレートリーダーを用いて、450 nmの吸光度を測定した。吸光度が1を超えた場合、希釈して測定を行った。
【0060】
図5は、各種グリコサミノグリカン(CS-A~E)存在下での塩素酸(NaClO)処理した非小細胞肺がん細胞株PC-3の細胞増殖に対するhLF N-lobeの効果を示す。CS-C、CS-Dの存在下では、hLf N-lobeのPC-3細胞に対する細胞増殖阻害の増強がみられ、CS-Eによる細胞増殖はN-lobeの存在により抑制された。
【0061】
2-2.細胞生存試験
ガラスボトムディッシュ(IWAKI)に0.1%ゼラチンコートを施した。ゼラチン溶液を破棄し、PC-3細胞を5×104cells/dishで播種し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で24時間培養した。10 μM N-lobe溶液を10% FBSを含むRPMI-1640で10 μMに調整した。コントロールの0 μMとして、血清含有培地にN-lobe溶液を10 μM添加した際と同量のPBS(-)を加えた。37℃ 5% CO2インキュベーター内で3日間培養した。1 mg/ml PI Solution(同仁化学)を終濃度1 μg/ml、4 mM Calcein-AM(Thermo scientific)を終濃度400 μMとなるように、RPMI-1640に溶解し、染色液とした。
【0062】
PC-3細胞に対しては、以下の手順を踏んだ。上清を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を300 μl/dish添加し、細胞を洗浄した。洗浄液を破棄し、染色液を200 μl/dishで添加した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で15分間培養し、その際は、遮光しながら培養した。上清を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を300 μl/dishで添加し、洗浄した。PC-3細胞に対しては、以下の通りである。上清を1.5 mlチューブに回収し、ディッシュに残った細胞には、血清を含まないRPMI-1640を300 μl/dishで添加した。回収した上清を200 x g、4℃、2分間遠心した。上清を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を500 μl/tubeを加えタッピングした。200 x g、4℃、2分間遠心した。上清を破棄し、染色液を100 μl/tubeを加え、タッピングした。ディッシュの上清を破棄し、染色液を200 μl/dishで添加した。また、チューブに回収した細胞も染色液ごと全量をディッシュに戻した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で15分間培養し、その際は、遮光しながら培養した。上清を1.5 mlチューブに回収し、ディッシュに残った細胞には、血清を含まないRPMI-1640を300 μl/dishで添加した。回収した上清を200 x g、4℃、2分間遠心した。上清を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を1 ml/tubeを加えタッピングした。この操作を洗浄操作として、3回行った。洗浄液を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を200 μl/dishで添加した。ディッシュの上清を破棄し、血清を含まないRPMI-1640を200 μl/dishで添加した。また、チューブに回収した細胞の全量をディッシュに戻した。走査型共焦点レーザー顕微鏡FV3000RSを用いて観察した。
【0063】
図6(A)は、塩素酸(NaClO)処理した非小細胞肺がん細胞株PC-3の細胞増殖に対する鉄飽和型(Holo)hLF N-lobeの効果を示す。塩素酸処理したPC-3細胞において、N-lobe処理により生存細胞の減少および死細胞の増加が観察されたことから、細胞表面に存在する糖がN-lobeの活性を減弱していることが示唆された。
【0064】
2-3.コンドロイチン硫酸分解酵素(ChABC)処理したPC-3細胞に対する鉄飽和型ヒトラクトフェリンN-lobeの活性
PC-3細胞を5×103 cells/wellで播種し、1 UN/ml コンドロイチン硫酸分解酵素ChABC(SIGMA)の共存下で、37℃、5% CO2インキュベーター内で24時間培養した。比較対象として、1 UN/ml ChABCを添加しない状態で播種した細胞を用意し、同様に培養した。細胞を播種した際には、5% FBSを含むRPMI-1640を使用した。5% FBS、1 UN/ml ChABC、5 μM N-lobeを含むRPMI-1640と5% FBS、1 UN/ml ChABC、を含むRPMI-1640を含むRPMI-1640を調整した。また、5%FBS、5 μM N-lobeを含むRPMI-1640と5% FBSを含むRPMI-1640を調整した。培養上清を破棄し、試験培地を100 μl/wellで添加した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で3日間培養した。Cell Counting kit-8を10 μl/well添加し、37℃ 5% CO2インキュベーター内で2時間発色させた。マイクロプレートリーダーを用いて、450 nmの吸光度を測定した。
【0065】
図6(B)は、コンドロイチン硫酸分解酵素(ChABC)処理した非小細胞肺がん細胞株PC-3の細胞増殖に対する鉄飽和型(Holo)hLF N-lobeの効果を示す。ChABC処理したPC-3細胞において、N-lobeによる増殖阻害がより増強されたことから、細胞表面に存在するCSがN-lobeの活性を減弱していることが確認された。
【0066】
塩素酸(NaClO)処理のみでは細胞増殖に特に影響はなかった(図6(A))。一方、コンドロイチン硫酸分解酵素(ChABC)のみの処理でPC-3細胞の細胞増殖が阻害されることが示された(図6(B))。これは、ChABC処理+N-lobeでのPC-3細胞の細胞増殖阻害が増強されたこと、すなわち、ChABC処理とN-lobeの併用による少なくとも相加作用が確認されたことを示す。
【0067】
[実施例4]ヒト肺がん細胞PC-14細胞のCS-E依存的な転移に対するヒトラクトフェリンN-lobeの効果
【0068】
12ウェルプレートにPC-14細胞を4×105cells/wellで播種した。1晩培養し、細胞単層を形成させた。スクラッチガイドを当てながら、スクラッチャーで細胞単層に均一な傷を形成した。血清を含まないRPMI-1640を1 ml/wellで添加し、洗浄した。洗浄操作を3回行った。rhLF溶液もしくはN-lobe溶液を10% FBSを含むRPMI-1640で5 μMに調整し、37℃にインキュベートした。培養上清を破棄し、rhLF溶液もしくはN-lobe溶液含有培地を400 μl/wellで添加した。コントロールとして、rhLF溶液及びN-lobe溶液の添加量と同量のPBS(-)を添加した培地を400 μl/wellで添加した。37℃ 5% CO2インキュベーター内で1晩培養した。培養後の細胞の上清を破棄し、37℃に温めた4% ホルムアルデヒド溶液を350 μl/wellで添加した。室温で20分間静置し、細胞を固定化した。上清を破棄し、37℃に温めたPBS(-)を1 ml/well入れ、室温で10分間静置した。この操作を洗浄操作として、3回行った。洗浄液を捨て、染色液(2% エタノールを含む0.2%クリスタルバイオレット)を350 μl/wellで添加し、室温で15分間静置した。染色液を捨て、PBS(-)を1 ml/wellで添加し、室温で10分間静置した。この操作を洗浄操作として、4回行った。染色した細胞を顕微鏡で観察した。傷の距離は、Image Jを用いて解析した。
【0069】
図7は、ヒト肺がんPC-14細胞のCS-E依存的な転移に対するhLF N-lobeの効果を示す。スクラッチアッセイを用いた評価:CS-E存在下でPC-14細胞はより転移した(スクラッチの内側に存在する細胞数で評価した)。N-lobeの添加により、CS-E存在下で転移した細胞数が減少した。このことは、hLf N-lobeがPC-14細胞のCS-E依存的な転移を阻害したことを示す。
【0070】
[実施例5]PC-12細胞を用いた脊髄損傷モデルへの効果
5-1.PC-12細胞でのCS-Eを用いた脊髄損傷モデル
【0071】
CS糖鎖を均一基質としてラット由来副腎褐色細胞腫細胞株PC-12に作用させ、その突起長を測定するため、ラミニンと各種CS(CS-A、CS-C、CS-D、CS-Eの4種)を12 mmガラスボトムディッシュにコートした。NGF投与10時間後、PC-12細胞の突起長と突起先端部位に存在する成長円錐の崩壊数を算出した。
【0072】
図8は、PC-12細胞の突起伸張および成長円錐に対する各種グリコサミノグリカン(CS-A~E)の効果を示す。CS-E存在下において、軸索伸長が顕著に阻害された。
【0073】
5-2. CS-Eによる突起伸長を制御するラクトフェリンN-lobe
【0074】
ラミニンとCS-Eの混合液中に、同モル数のhLf N-lobeを加えて、添加10時間後のPC-12細胞の突起長と突起先端部位に存在する成長円錐の崩壊数を算出した。
【0075】
図9は、コンドロイチン硫酸EによるPC-12細胞の突起の伸長抑制効果は、ヒトラクトフェリンN-lobeの投与において減弱し、突起の伸長を促進することを示す。
[実施例6]hLF、hLF球状ドメイン、及びhLF誘導体とコンドロイチン硫酸E(CS-E)との結合評価
【0076】
中性アビジンをコートしたストリップウェルプレート(Thermo scientific社)に、600 nMビオチン化CS-E(PGリサーチ社)を添加し、室温で2時間反応させて、CS-E固定化プレートを作製した。CS-E固定化プレートの各ウェルをPBS(-)で洗浄後、ブロッキングワン(ナカライテスク社)で、1時間振盪してブロッキングを行った。その後、1.5 μM のhLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)を添加して、4時間反応させた。一次抗体反応は、Blocking/Sample Dilution Buffer (Chondrex社)で10000倍希釈したHRP標識抗hLF抗体(Bethyl Laboratories社)を用いて、室温で1時間行った。反応後は、PBS(-)で洗浄した後、発色基質液TMB (ナカライテスク社)を加え、室温で反応させた。1規定HClで反応を停止し、マイクロプレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。競合実験は、hLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)と同時に、3 μMのCS-C、CS-E、HP、HSAを加えて、4時間反応させた。
【0077】
図11Aは、hLFとsGAG(CS-E、CS-C、HP)との結合の結果を示す。図11Bは、hLF N-lobeとsGAG(CS-E、CS-C、HP)との結合の結果を示す。図11Cは、hLF-CH2-CH3融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)とsGAG(CS-E、CS-C、HP)との結合の結果を示す。図11Dは、hLF-HSA融合タンパク質(hLF-HSA)とsGAG(CS-E、CS-C、HP)またはヒト血清アルブミン(HSA)との結合の結果を示す。図11Eは、hLF-顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質とsGAG(CS-E、CS-C、HP)との結合の結果を示す。hLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)は、CS-Eと直接結合した (A、B、C、D、Eの(1)と(2))。固定化CS-Eに対して、hLF、hLF N-lobe、およびhLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)と同時に、他のsGAG(CS-E、CS-C、HP)またはHSAを作用させたところ、CS-E とHPでは競合阻害がみられたが (A、B、C、D、Eの(3)と(5))、CS-CとHSAではみられなかった(A、B、C、D、Eの(4)とCの(6))。
【0078】
[実施例7]ニワトリ胚脊髄後根神経節細胞を用いた脊髄損傷モデルへの効果
【0079】
7-1.CS-Eの軸索伸長阻害に対するhLF、hLF球状ドメイン、およびhLF誘導体の効果
100 μg/mlポリ-D-リジン(Sigma-aldrich社)を塗布した14 mmφガラスボトムディッシュ(松波硝子工業社)に、図12に示す10 μg/mlラミニン(Gibco社)、10 μg/ml CS-E(PGリサーチ社)、138 nMのhLF、hLF N-lobe、hLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)の組み合わせをあらかじめ混合し、37℃で 1時間反応した試料をディッシュに塗布した。8日齢ニワトリ胚から脊髄後根神経節細胞を採取し、0.05%トリプシン/EDTAを用いて、37℃で18分間処理した。2% B-27 supplement(Gibco社)、1% ペニシリン-ストレプトマイシン液(Thermo Fisher Scientific社)、20 ng/ml マウスNGF2.5S(Alomone labs社)を含有するNeurobasal medium(Thermo Fisher Scientific社)でDRGを懸濁し、37℃で24時間培養した。WraySpect(レイマー社)を用いて、軸索の長さを計測した。縦軸は、300個のDRGの最長の軸索長を計測し、その平均を示した。
【0080】
図12Aは、CS-Eの軸索伸長阻害活性に対するhLF及びhLF N-lobeの抑制作用の結果を示す。図12Bは、CS-Eの軸索伸長阻害活性に対するhLF-CH2-CH3の抑制作用の結果を示す。図12Cは、CS-Eの軸索伸長阻害活性に対するhLF-HSAの抑制作用の結果を示す。図12Dは、CS-Eの軸索伸長阻害活性に対するhLF-G-CSFの抑制作用の結果を示す。
【0081】
CS-EによるDRGの軸索伸長阻害活性 (A、B、C、Dの(1)と(2))は、hLF (Aの(3)、Bの(5)、Cの(5)、Dの(4))、hLF N-lobe (Aの(4))、hLF-CH2-CH3 (Bの(3))、hLF-HSA (Cの(3))、hLF-G-CSF(Dの(3))の存在下で完全に抑制され、CS-Eを作用させていない神経軸索(A、B、C、Dの(1))の長さ、あるいはそれ以上に回復した。融合タンパク質(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA)のコントロールとして、hLFとhIgG(Bの(4))、hLFとHSA(Cの(4))をそれぞれ添加した場合も、CS-Eを作用させていない神経軸索(A、B、Cの(1))の長さまで回復した。特にhLF-HSA(Cの(3))とhLF-G-CSF(Dの(3))では、軸索の伸長がCS-Eを作用させていない神経軸索(C、Dの(1))より亢進し、hLFとHSAを一緒に添加した場合(Cの(4))にはその効果は認められないことから、融合タンパク質として調製することの効果が示された。なお、CS-Eを作用させていない神経軸索(A、B、C、Dの(1))に対して、hLF (Aの(5)、Bの(8)、Cの(8)、Dの(6))、hLF N-lobe (Aの(6))、hLF-CH2-CH3(Bの(7))、hLF-HSA (Cの(7))、hLF-G-CSF(Dの(5))を添加しても、 軸索の伸長には影響しなかった。
【0082】
7-2.CS-Eの成長円錐崩壊に対するhLF及びhLF誘導体の効果
100 μg/mlポリ-D-リジンを塗布後、さらに10 μg/mlラミニンを塗布したディッシュに、8日齢ニワトリ胚脊髄後根神経節(DRG)細胞を播種し、2% B-27 supplement(Gibco社)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン液(Thermo Fisher Scientific社)、20 ng/ml マウスNGF2.5S(Promega社)を含有するNeurobasal medium(Thermo Fisher Scientific社)の培養液で24時間培養した。培養液中に、10 μg/ml CS-Eまたは10 μg/ml CS-Eと138 nMのhLF、hLF N-lobe、hLF誘導体(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA、hLF-G-CSF)を共存させ、30分後の成長円錐の崩壊率を算出した。縦軸は、総成長円錐中の崩壊率を示す。
【0083】
図13Aは、CS-Eによる成長円錐の崩壊活性に対するhLF及びhLF N-lobeの抑制作用の結果を示す。図13Bは、CS-Eによる成長円錐の崩壊活性に対するhLF-CH2-CH3の抑制作用の結果を示す。図13Cは、CS-Eによる成長円錐の崩壊活性に対するhLF-HSAの抑制作用の結果を示す。図13Dは、CS-Eによる成長円錐の崩壊活性に対するhLF-G-CSFの抑制作用の結果を示す。
【0084】
CS-EによるDRGの成長円錐の崩壊活性(A、B、C、Dの(1)と(2))は、hLF (Aの(3)、Bの(5)、Cの(5)、Dの(4))、hLF N-lobe (Aの(4))、hLF-CH2-CH3 (Bの(3))、hLF-HSA (Cの(3))、hLF-G-CSF(Dの(3))の存在下で完全に抑制され、CS-Eを作用させていない神経細胞の成長円錐崩壊(A、B、C、Dの(1))と同じ程度まで回復した。融合タンパク質(hLF-CH2-CH3、hLF-HSA)のコントロールとして、hLFとhIgG(Bの(4))、hLFとHSA(Cの(4))を一緒に添加した場合も、CS-Eを作用させていない神経細胞の成長円錐崩壊(A、B、Cの(1)) と同じ程度まで回復した。特にhLF-HSA(Cの(3))とhLF-G-CSF(Dの(3))を添加した場合では、成長円錐崩壊率がCS-Eを作用させていない神経細胞 (C、Dの(1))より低い傾向を示した。hLFとHSAをそれぞれ添加した場合(Cの(4))にはその効果は認められないことから、融合タンパク質として調製することの効果が示された。なお、CS-Eを作用させていない神経細胞(A、B、C、Dの(1))に、hLF (Aの(5)、Bの(8)、Cの(8)、Dの(6))、hLF N-lobe (Aの(6))、hLF-CH2-CH3(Bの(7))、hLF-HSA (Cの(7))、hLF-G-CSF(Dの(5))をそれぞれ添加しても、成長円錐崩壊に影響しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のラクトフェリンまたはその誘導体を含有するグリコサミノグリカン阻害剤・促進剤は、グリコサミノグリカンの機能に関連する疾患または病態の治療法に、治療剤として、または治療剤の製造に使用され得る。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
2024056798000001.app
【手続補正書】
【提出日】2024-03-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンまたはその誘導体を含有するコンドロイチン硫酸-E(CS-E)の阻害剤であって、
前記ラクトフェリンの誘導体が、ラクトフェリンと他のタンパク質との融合タンパク質であり、前記融合タンパク質が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)を含む、阻害剤
【請求項2】
前記ラクトフェリンが、鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンである、請求項1に記載の阻害剤。
【請求項3】
前記ラクトフェリンはヒト由来のものである、請求項1または2に記載の阻害剤。
【請求項4】
前記ラクトフェリンが、以下の(a)~()からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、請求項1~3のいずれか一項に記載の阻害剤:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつCS-Eの発現または機能を阻害する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつCS-Eの発現または機能を阻害する活性を有するタンパク質。
【請求項5】
ラクトフェリンまたはその誘導体を含有する、コンドロイチン硫酸-E(CS-E)に関連する疾患または病態を治療するための医薬組成物であって、
前記ラクトフェリンの誘導体が、ラクトフェリンと他のタンパク質との融合タンパク質であり、前記融合タンパク質が、ヒンジ欠失ヒトラクトフェリン/ヒトIgG Fc融合タンパク質(hLF-CH2-CH3)(配列番号9)、ヒトラクトフェリン/ヒト血清アルブミン融合タンパク質(hLF-HSA)(配列番号10)、またはヒトラクトフェリン-ヒト顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)融合タンパク質(hLF-G-CSF)(配列番号11)を含む、医薬組成物
【請求項6】
前記ラクトフェリンが鉄遊離型(Apo)または鉄飽和型(Holo)のラクトフェリンであり、0.001~10g/kg/日の量になるように調製されている、請求項
に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記ラクトフェリンはヒト由来のものである、請求項またはに記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記ラクトフェリンが、以下の(a)~()からなる群から選択されるタンパク質またはペプチドである、請求項5~7のいずれか一項に記載の医薬組成物:
(a)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)ラクトフェリンのN-lobeを含むタンパク質;
(c)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列において、1~70個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつCS-Eの発現または機能を阻害する活性を有するタンパク質;
(d)配列番号1~6のいずれか1つのアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつCS-Eの発現または機能を阻害する活性を有するタンパク質。
【請求項9】
コンドロイチン硫酸分解酵素と併用するための、請求項のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記疾患は、脊髄損傷、がん転移、がん、糖尿病、炎症、動脈硬化、線維化、急性呼吸器疾患、アルツハイマー病からなる群より選択されるいずれか1つである、請求項のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
食品の形態にある、請求項10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
注射剤の形態にある、請求項10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
経口投与されるものである、請求項10のいずれか一項に記載の医薬組成物。