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  • 特開-フェライト系ステンレス鋼 図1
  • 特開-フェライト系ステンレス鋼 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057167
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240417BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240417BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240417BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022163701
(22)【出願日】2022-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】藤村 佳幸
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF00
4K037FF05
4K037FG00
4K037FJ02
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037GA08
4K037JA06
(57)【要約】
【課題】耐赤スケール性に優れ、意匠性または溶接性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】C:0.030%以下、Si:0.005~1.20%、Mn:0.03~1.2%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Ni:0.01~1.0%、Cr:12.00~23.00%、Cu:0.01~2.0%、N:0.030%以下、残部:Feおよび不純物からなり、表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、Al系酸化領域の厚みが6nm以上、Si系酸化領域の厚みが5nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みが15nm以上120nm以下であり、色差測定におけるLが65以上、aが0.50以下を満足する、フェライト系ステンレス鋼を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.005~1.20%、
Mn:0.03~1.2%、
P:0.05%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.01~1.0%、
Cr:12.00~23.00%、
Cu:0.01~2.0%、
N:0.030%以下、
Mo:0~2.5%、
Nb:0~1.0%、
Ti:0~0.6%、
Al:0.002~0.5%、
V :0~1.0%、
B :0~0.01%、
Ca:0~0.0150%、
Hf:0~0.6%、
Zr:0~0.60%、
Sb:0~0.60%、
Co:0~1.50%、
W :0~2.0%、
Ta:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Ga:0~0.50%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.20%、を含み、
残部:Feおよび不純物からなり、
表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、前記Al系酸化領域の厚みが6nm以上、前記Si系酸化領域の厚みが5nm以上、前記Al系酸化領域および前記Si系酸化領域の合計厚みが15nm以上120nm以下であり、
色差測定におけるLが65以上、aが0.50以下を満足する、フェライト系ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.005~1.20%、
Mn:0.03~1.2%、
P:0.05%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.01~1.0%、
Cr:12.00~23.00%、
Cu:0.01~2.0%、
N:0.030%以下、
Mo:0~2.5%、
Nb:0~1.0%、
Ti:0~0.6%、
Al:0.002~0.5%、
V :0~1.0%、
B :0~0.01%、
Ca:0~0.0150%、
Hf:0~0.6%、
Zr:0~0.60%、
Sb:0~0.60%、
Co:0~1.50%、
W :0~2.0%、
Ta:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Ga:0~0.50%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.20%、を含み、
残部:Feおよび不純物からなり、
表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、前記Al系酸化領域の厚みが6nm以上、前記Si系酸化領域の厚みが3nm以上、前記Al系酸化領域および前記Si系酸化領域の合計厚みが15nm以上50nm以下である、フェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
質量%で、
V :0.05~1.0%、
B :0.0005~0.01%、
Ca:0.0002~0.0150%、
Hf:0.001~0.6%、
Zr:0.01~0.60%、
Sb:0.005~0.60%、
Co:0.01~1.50%、
W :0.01~2.0%、
Ta:0.001~1.0%、
Sn:0.002~1.0%、
Ga:0.0002~0.50%、
Mg:0.0003~0.0050%、
REM:0.001~0.20%、
のうちの1種または2種以上を含有する、請求項1または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、水蒸気が含まる環境下で300~900℃程度の温度で使用されることがある。このようなステンレス鋼の用途としては、例えば、エキゾーストマニホールド、尿素SCR、マフラー、フランジ、電気加熱式触媒装置等の自動車用排ガス経路部材がある。また、他の用途として、発電プラントの排ガス管や排ガスダクト、燃料電池の改質器やマニホールド等における高温燃焼部、石油ストーブの燃焼筒などが挙げられる。
【0003】
ところで、ステンレス鋼が、水蒸気が含まる環境下で比較的高温で使用された場合、表面に赤スケール(Fe系酸化物)が生成することがある。例えば、自動車の排ガス経路部材の用途では、燃費改善を目的とした燃料の希薄燃焼に伴って排ガス温度が例えば700℃程度に低下している。これにより、排ガス経路部材の素材であるステンレス鋼が赤スケール発生温度域にさらされやすくなり、赤スケールの発生が懸念されている。また、人目に付く用途では、ステンレス鋼に意匠性が求められる場合があり、耐赤スケール性とともに意匠性も兼ね備える必要がある。
【0004】
特許文献1には、Cr:8~25質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,Si:0.10~2.5質量%,Mn:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Al:4.0質量%以下を含み,残部が実質的にFeの組成をもち、A=Cr+5(Si+Al)と定義されるA値が13~60の範囲に調整されているアルコール系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が記載されている。
【0005】
特許文献2には、Cr:12~20質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,Si:0.1~1.5質量%,Mn:0.1~1.5質量%,S:0.008質量%以下,Al:1.5質量%以下と、Nb:0.10~0.80質量%,Ti:0.03~0.50質量%,Mo:0.1~4.0質量%,Cu:0.1~4.0質量%の1種又は2種以上を含み、残部が実質的にFeの組成をもち、A=Cr+Mn+5(Si+Al)で定義されるA値が15~25の範囲に調整されている炭化水素系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が記載されている。
【0006】
特許文献3には、高温水蒸気雰囲気にて使用される薄肉状の集熱機器用フェライト系ステンレス鋼材であって、質量%で、C:0.03%以下、Si:1.5%以下、Mn:0.5~2.0%、S:0.005%以下、Cr:11~20%、Al:0(無添加を含む)~0.5%、N:0.03%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、この成分組成に関して下記(1)式で示されるA値が1.5以上でかつ下記(2)式で示されるB値が3.5以下となるように合金成分が調整された集熱機器用フェライト系ステンレス鋼材が記載されている。
(1)A値=Si+Mn+Al
(2)B値=0.2(Cr-11)+0.5Mn+2Si+5Al
【0007】
特許文献4には、質量%において、C:0.08%以下,Mn:2.0%以下,Ni:7.0~18.0%,Cr:15.0~26.0%,Siおよび/またはAl:合計量で1.0~4.0%,N:0.002~0.3%を含み、残部が実質的にFeからなる組成を有し、その表面がJISB0601で規定される表面粗さRaで0.01~400μmに機械研磨仕上げされている耐赤スケール性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼材が記載されている。
【0008】
特許文献5には、質量%で、C:0.02%以下、Si:2%以下、Mn:2%以下、Cr:5~25%、Nb:0.1超え~1%、Ti:0.3%以下、N:0.02%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼板を基材とし、基材を、質量%で、Si:3~12%、残部Alおよび不可避的不純物からなる溶融めっき浴に浸漬したのち引き上げ、めっき付着量を調整することにより、平均厚さ3~20μmのめっき層を表面に形成した耐赤スケール性に優れた二輪車排ガス経路部材用Al系めっき鋼板が記載されている。
【0009】
しかし、特許文献1~5に記載された技術は、耐赤スケール性に有効な元素の増加または製造工程の追加による改善のため、いずれの手法も製造コストアップ要因となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003-160844号公報
【特許文献2】特開2003-160842号公報
【特許文献3】特開2009-007601号公報
【特許文献4】特開2004-043903号公報
【特許文献5】特開2009-35756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、耐赤スケール性に優れるとともに、意匠性または溶接性にも優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.005~1.20%、
Mn:0.03~1.2%、
P:0.05%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.01~1.0%、
Cr:12.00~23.00%、
Cu:0.01~2.0%、
N:0.030%以下、
Mo:0~2.5%、
Nb:0~1.0%、
Ti:0~0.6%、
Al:0.002~0.5%、
V :0~1.0%、
B :0~0.01%、
Ca:0~0.0150%、
Hf:0~0.6%、
Zr:0~0.60%、
Sb:0~0.60%、
Co:0~1.50%、
W :0~2.0%、
Ta:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Ga:0~0.50%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.20%、を含み、
残部:Feおよび不純物からなり、
表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、前記Al系酸化領域の厚みが6nm以上、前記Si系酸化領域の厚みが5nm以上、前記Al系酸化領域および前記Si系酸化領域の合計厚みが15nm以上120nm以下であり、
色差測定におけるLが65以上、aが0.50以下を満足する、フェライト系ステンレス鋼。
[2] 質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.005~1.20%、
Mn:0.03~1.2%、
P:0.05%以下、
S:0.005%以下、
Ni:0.01~1.0%、
Cr:12.00~23.00%、
Cu:0.01~2.0%、
N:0.030%以下、
Mo:0~2.5%、
Nb:0~1.0%、
Ti:0~0.6%、
Al:0.002~0.5%、
V :0~1.0%、
B :0~0.01%、
Ca:0~0.0150%、
Hf:0~0.6%、
Zr:0~0.60%、
Sb:0~0.60%、
Co:0~1.50%、
W :0~2.0%、
Ta:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Ga:0~0.50%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.20%、を含み、
残部:Feおよび不純物からなり、
表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、前記Al系酸化領域の厚みが6nm以上、前記Si系酸化領域の厚みが3nm以上、前記Al系酸化領域および前記Si系酸化領域の合計厚みが15nm以上50nm以下である、フェライト系ステンレス鋼。
[3] 質量%で、
V :0.05~1.0%、
B :0.0005~0.01%、
Ca:0.0002~0.0150%、
Hf:0.001~0.6%、
Zr:0.01~0.60%、
Sb:0.005~0.60%、
Co:0.01~1.50%、
W :0.01~2.0%、
Ta:0.001~1.0%、
Sn:0.002~1.0%、
Ga:0.0002~0.50%、
Mg:0.0003~0.0050%、
REM:0.001~0.20%、
のうちの1種または2種以上を含有する、[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐赤スケール性に優れるとともに、意匠性または溶接性にも優れたフェライト系ステンレス鋼を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、溶接性評価用の試験片を示す模式図。
図2図2は、No.67のGDS分析による深さ方向の元素プロファイルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
自動車の排ガスは、水蒸気を含むとともに800~950℃程度の温度とされている。このような高温の排ガスに晒される自動車排気系部材の素材にステンレス鋼を適用した場合は、ステンレス鋼の表面において、Cr拡散が活発になってCrの再生が進み、これにより赤スケールの生成が効果的に抑制されている。しかしながら、燃費改善を目的としたリーンバーンエンジンにおいては、燃料の希薄燃焼に伴って排ガス温度が例えば700℃以下の範囲に低下している。このため、ステンレス鋼自体の温度が低下し、ステンレス鋼表面におけるCrの拡散速度が低下することで、Crの形成が遅延し、これにより、赤スケールの発生が懸念される。また、人目に付く用途では、ステンレス鋼に意匠性が求められる場合があり、耐赤スケール性とともに意匠性も兼ね備える必要がある。
【0016】
本発明者らは、耐赤スケール性および意匠性の改善を図るべく鋭意検討した結果、500~700℃程度の水蒸気環境下で、優れた耐赤スケール性を発現させるためには、鋼成分のみならず、表面に存在する酸化領域の組成と厚みが極めて重要であることを知見した。また、このような酸化領域を得るには、最終の焼鈍条件の最適化が重要であることを知見した。更には、最終の焼鈍条件の最適化に加えて、酸化領域が損なわれないように酸洗を行うことにより、溶接性を向上できることを見出した。
【0017】
従来、耐赤スケール性の改善のために、Cr量およびSi量の増加、表面研磨、予備酸化等の対策が一般的であった。しかし、本発明では、鋼中のCr、AlおよびSiの含有量に着目するのではなく、最終酸洗後の表面に、Al系酸化領域およびSi系酸化領域を形成させることに着目した。皮膜状のAl系酸化領域およびSi系酸化領域が耐赤スケール性の改善に有効であることが分かった。
【0018】
Al系酸化領域およびSi系酸化領域が耐赤スケール性を改善させる理由は必ずしも明らかでないが、これらの領域に含まれる酸化物が皮膜状になることで保護皮膜として作用すること、加熱に伴いこれらの酸化物が成長することで酸化物周辺の酸素分圧を低下させてCr形成を助長し、赤スケール(Fe系酸化物)の生成を抑制させること、が考えられる。ただし、酸化領域が過剰に厚くなると、鋼表面が着色して意匠性が劣化し、更にはプレス成形性が劣化するおそれがある。そのため、耐赤スケール性に加え、表面の色調の調整のために皮膜厚みを制御することが好ましいことが分かった。更には、皮膜厚みをより適正に制御することで、耐赤スケール性及び溶接性を兼ね備えた性能が得られることが分かった。
【0019】
以下に、本発明の実施形態である耐赤スケール性に優れ、意匠性または溶接性にも優れたフェライト系ステンレス鋼について説明する。
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.005~1.20%、Mn:0.03~1.2%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Ni:0.01~1.0%、Cr:12.00~23.00%、Cu:0.01~2.0%、N:0.030%以下、Mo:0~2.5%、Nb:0~1.0%、Ti:0~0.6%、Al:0.002~0.5%、V:0~1.0%、B:0~0.01%、Ca:0~0.0150%、Hf:0~0.6%、Zr:0~0.60%、Sb:0~0.60%、Co:0~1.50%、W:0~2.0%、Ta:0~1.0%、Sn:0~1.0%、Ga:0~0.50%、Mg:0~0.0050%、REM:0~0.20%、を含み、残部:Feおよび不純物からなり、表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、Al系酸化領域の厚みが6nm以上、前記Si系酸化領域の厚みが5nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域が占める厚みが15nm以上120nm以下であり、色差測定におけるLが65以上、aが0.50以下を満足する。
また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.005~1.20%、Mn:0.03~1.2%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Ni:0.01~1.0%、Cr:12.00~23.00%、Cu:0.01~2.0%、N:0.030%以下、Mo:0~2.5%、Nb:0~1.0%、Ti:0~0.6%、Al:0.002~0.5%、V:0~1.0%、B:0~0.01%、Ca:0~0.0150%、Hf:0~0.6%、Zr:0~0.60%、Sb:0~0.60%、Co:0~1.50%、W:0~2.0%、Ta:0~1.0%、Sn:0~1.0%、Ga:0~0.50%、Mg:0~0.0050%、REM:0~0.20%、を含み、残部:Feおよび不純物からなり、表面に、Al濃度が10質量%以上であるAl系酸化領域と、Si濃度が5質量%以上であるSi系酸化領域とがあり、Al系酸化領域の厚みが6nm以上、Si系酸化領域の厚みが3nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域が占める厚みが15nm以上50nm以下である、フェライト系ステンレス鋼である。
【0020】
以下、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼の化学組成について説明する。化学組成の説明において「%」は質量%であることを意味する。
【0021】
C:0.030%以下
Cが過度に含有されると、フェライト系ステンレス鋼中の炭化物量が増加し、鋼の耐食性が低下する。そのため、C含有量は0.030%以下とする。C含有量は好ましくは0.0020%以下である。C含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、C含有量を必要以上に低下させると、コストが上昇するので、C含有量を0.001%以上としてもよい。
【0022】
Si:0.005~1.20%
Siは、耐赤スケール性の改善に有効な元素である。この効果を得るため、Si含有量は0.005%以上である。Si含有量は、好ましくは0.01%以上である。一方、Siを過度に含有すると、靱性や加工性が低下する要因となる。そのため、Si含有量は1.20%以下である。Si含有量は、好ましくは、1.00%以下または0.80%以下である。
【0023】
Mn:0.03~1.2%
Mnは、フェライト系ステンレス鋼において、スケールの密着性を向上させる元素である。この効果を得るため、Mn含有量は、0.03%以上である。Mn含有量は、好ましくは0.05%以上である。一方、Mnを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに腐食起点となるMnSの発生が促進される。そのため、Mn含有量は、1.2%以下とする。Mn含有量は、好ましくは、1.0%以下である。
【0024】
P:0.05%以下
Pが過度に含有されると、フェライト系ステンレス鋼の加工性が低下する。そのため、P含有量は0.05%以下である。P含有量は、好ましくは、0.04%以下である。P含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、P含有量を必要以上に低下させると、コストが上昇するので、P含有量を0.005%以上としてもよい。
【0025】
S:0.005%以下
Sが過度に含有されると、フェライト系ステンレス鋼において腐食起点の発生が促進される。そのため、S含有量は0.005%以下である。S含有量は、好ましくは、0.003%以下である。S含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、S含有量を必要以上に低下させると、コストが上昇するので、S含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0026】
Ni:0.01~1.0%
Niは、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。この効果を得るため、Ni含有量は0.01%以上とする。Ni含有量は、より好ましくは0.05%以上である。一方、Niを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに、材料コストが上昇する。そのため、Ni含有量は1.0%以下である。Ni含有量は、好ましくは、0.5%以下である。
【0027】
Cr:12.00~23.00%
Crは、不動態被膜を形成し、耐食性を確保するために必須の元素である。また、耐赤スケール性を確保するためにも有効である。この効果を得るため、Cr含有量は12.00%以上である。Cr含有量は、好ましくは15.00%以上である。一方、Crを過度に含有すると、材料コストが上昇するとともに、靭性低下の要因となる。そのため、Cr含有量は、23.00%以下である。Cr含有量は、好ましくは20.00%以下である。
【0028】
Cu:0.01~2.0%
Cuは、高温強度確保のために含有させる元素である。この効果を得るため、Cu含有量は0.01%以上とする。Cu含有量はより好ましくは0.02%以上である。一方、Cuを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに、材料コストが上昇する。そのため、Cu含有量は2.0%以下である。Cu含有量は、好ましくは、1.6%以下である。
【0029】
N:0.030%以下
Nが過度に含有されると、Nが他の元素と窒化物を形成して、フェライト系ステンレス鋼の硬質化を招く。そのため、N含有量は0.030%以下である。N含有量は、好ましくは0.020%以下である。N含有量は少ないほど好ましく、0%でもよいが、N含有量を必要以上に低下させると、コストが上昇するので、N含有量を0.003%以上としてもよい。
【0030】
Mo:0~2.5%
Moは、高温強度および耐赤スケール性確保のために含有される元素であり、含有させてもよい。この効果を得るためには、Mo含有量を0.01%以上であることが好ましい。一方、Moを過度に含有すると鋼が硬質化し、加工性が低下するとともに材料コストが上昇する。そのため、Mo含有量は、2.5%以下である。Mo含有量は、好ましくは、2.2%以下である。
【0031】
Nb:0~1.0%
Nbは、高温強度確保のために含有させる元素であり、含有させてもよい。この効果を得るためには、Nb含有量を0.001%以上であることが好ましい。Nb含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。一方、Nbを過度に含有すると、加工性および靱性が劣化する可能性がある。そのため、Nb含有量は、1.0%以下である。Nb含有量は、好ましくは、0.7%以下であり、より好ましくは、0.5%以下である。
【0032】
Ti:0~0.6%
Tiは、Cおよび/またはNと反応することにより、フェライト系ステンレス鋼を900~1000℃においてフェライト系単相にすることができ、耐赤スケール性および加工性を向上させる元素であるので、含有させてもよい。この効果を得るためには、Ti含有量を0.001%以上にすることが好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.05%以上である。一方、Tiを過度に含有すると、加工性および表面品質が劣化する可能性がある。そのため、Ti含有量は、0.6%以下である。Ti含有量は、好ましくは、0.3%以下であり、より好ましくは、0.2%以下である。
【0033】
Al:0.002~0.5%
Alは、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を向上させるとともに、耐赤スケール性を改善するために有効な元素である。また、Alは製鋼時の脱酸剤として有効な元素である。これらの効果を得るため、Al含有量は0.002%以上である。Al含有量は、好ましくは0.004%以上である。一方、Alを過度に含有すると、表面品質が劣化する可能性がある。そのため、Al含有量は0.5%以下である。より好ましくは0.3%以下である。
【0034】
更に、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼は、V:0.05~1.0%、B:0.0005~0.01%、Ca:0.0002~0.0150%、Hf:0.001~0.6%、Zr:0.01~0.60%、Sb:0.005~0.60%、Co:0.01~1.50%、W:0.01~2.0%、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.50%、Mg:0.0003~0.0050%、REM:0.001~0.20%、のうちの1種または2種以上を含有してもよい。これらの元素の下限はそれぞれ0%でもよい。
【0035】
V:0.05~1.0%
Vは、鋼中の固溶C、Nを化合物として固定し、鋼の延性や加工性を向上させる元素である。そのため、必要に応じてVを含有させてもよい。この効果を得る場合、V含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方、Vの過度な含有により、鋼の加工性が低下する。そのため、V含有量は1.0%以下である。V含有量は、好ましくは、0.05~0.5%である。
【0036】
B:0.0005~0.01%
Bは、フェライト系ステンレス鋼を使用して製造された成形品の二次加工性を向上させる元素である。しかしながら、Bを過度に含有すると、CrB等の化合物が形成されやすくなり、耐赤スケール性を劣化させる可能性がある。そのため、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.01%以下のBを含有してもよい。Bの下限は0.0005%以上である。B含有量は、好ましくは、0.0005~0.005%である。
【0037】
Ca:0.0002~0.0150%
Caは、耐高温酸化性を促進する元素である。本発明の一実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.0002%以上のCaを含有してもよい。しかしながら、過度な含有は耐食性の低下を招くため、Ca含有量の上限は0.0150%以下であることが好ましい。Ca含有量は、好ましくは、0.0002~0.005%である。
【0038】
Hf:0.001~0.6%
Hfは、耐食性、高温強度および耐酸化性を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.001%以上のHfを含有してもよい。しかしながら、過度な含有は加工性および製造性の低下を招く可能性があるため、含有量の上限は0.6%以下であることが好ましい。Hf含有量は、好ましくは、0.005~0.4%である。
【0039】
Zr:0.01~0.60%
Zrは、高温強度、耐食性および耐高温酸化性を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.01%以上のZrを含有してもよい。しかしながら、過度な含有は加工性、製造性の低下を招くため、含有量の上限は0.60%以下であることが好ましい。Zr含有量は、好ましくは、0.05~0.40%である。
【0040】
Sb:0.005~0.60%
Sbは、高温強度を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.005%以上のSbを含有してもよい。しかしながら、過度な含有は溶接性、靭性を低下させるため、含有量の上限は0.60%以下であることが好ましい。Sb含有量は、好ましくは、0.01~0.40%である。
【0041】
Co:0.01~1.50%
Coは、高温強度を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.01%以上のCoを含有してもよい。しかしながら、過度に含有すると靱性が低下し、製造性の低下を招くため、含有量の上限は1.50%以下であることが好ましい。Co含有量は、好ましくは、0.10~1.00%である。
【0042】
W:0.01~2.0%
Wは、高温強度確保のために含有する元素である。しかしながら、Wを過度に含有すると、材料コストが上昇する。そのため、本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.01~2.0%のWを含有してもよい。Wの含有量は、0.05~1.5%であることが好ましい。
【0043】
Ta:0.001~1.0%
Taは、高温強度を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.001%以上のTaを含有してもよい。しかしながら、過度な含有は溶接性、靭性を低下させるため、含有量の上限は1.0%以下であることが好ましい。Ta含有量は、好ましくは、0.005~0.5%である。
【0044】
Sn:0.002~1.0%
Snは、耐食性および高温強度を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.002%以上のSnを含有してもよい。しかしながら、過度の含有は靭性および製造性の低下を招く可能性があるため、含有量の上限は1.0%以下であることが好ましい。Sn含有量は、好ましくは、0.002~0.3%である。
【0045】
Ga:0.0002~0.50%
Gaは、耐食性および耐水素脆化特性を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.0002%以上のGaを含有してもよい。しかし、過度な含有は溶接性、靭性を低下させるため、含有量の上限0.50%以下であることが好ましい。Ga含有量は、好ましくは、0.0002~0.30%である。
【0046】
Mg:0.0003~0.0050%
Mgは、脱酸元素であることに加え、スラブの組織を微細化させ、成型性を向上させる元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.0003%以上のMgを含有してもよい。しかし、過度な含有は耐食性、溶接性、表面品質の低下を招くため、含有量の上限は0.0050%以下であることが好ましい。Mg含有量は、好ましくは、0.0003~0.0030%である。
【0047】
REM:0.001~0.20%
REMは、スカンジウム(Sc)と、イットリウム(Y)と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)との総称を指す。REMは、単独の元素として含有されてもよく、または複数の元素の混合物として含有されてもよい。REMは、フェライト系ステンレス鋼の清浄度を向上させるとともに、耐高温酸化性も改善する元素である。本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、必要に応じて0.001%以上のREMを含有してもよい。しかし、過度な含有は合金コストを上昇させ、製造性を低下させるため、含有量の上限は0.20%以下であることが好ましい。REM含有量は、好ましくは、0.005~0.10%である。
【0048】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼では、上述した元素以外の残部は、Feおよび不純物である。不純物とは、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0049】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の化学組成は、表面から板厚の1/4深さ位置(厚さ方向に表面から厚さの1/8~3/8の範囲であれば許容される)から、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)などの、一般的な方法で元素分析を行うことによって得られる。また、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0050】
次に、Al系酸化領域およびSi系酸化領域について説明する。
【0051】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、表面において、Alを10質量%以上含有したAl系酸化領域、およびSiを5質量%以上含有したSi系酸化領域が存在する。Si系酸化領域は、Al系酸化領域よりも表層側にある。Si系酸化領域とAl系酸化領域は相互に重なることなく隣り合っていてもよいし、Si系酸化領域とAl系酸化領域が相互に一部重なりつつ隣り合っていてもよい。すなわち、ステンレス鋼側にAl系酸化領域があり、その上にSi系酸化領域があり、Al系酸化領域およびSi系酸化領が相互に重なることなく隣り合っていてもよい。また、ステンレス鋼側にAl系酸化領域があり、その上にSi系酸化領域があり、Al系酸化領域の一部とSi系酸化領の一部とが相互に重なっていてもよい。
【0052】
Al系酸化領域の厚みは6nm以上、Si系酸化領域の厚みは5nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは15nm以上120nm以下とされている。これにより、耐赤スケール性及び意匠性に優れたものとなる。Al系酸化領域の厚みは、10nm以上、15nm以上または20nm以上でもよく、100nm以下、90nm以下、70nm以下または50nm以下でもよい。Si系酸化領域の厚みは、6nm以上でもよく、50nm以下、30nm以下、20nm以下でもよい。Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは、20nm以上または30nm以上でもよく、100nm以下、80nm以下、50nm以下でもよい。
【0053】
また、Al系酸化領域の厚みは6nm以上、Si系酸化領域の厚みは3nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは15nm以上50nm以下であってもよい。これにより、耐赤スケール性及び溶接性に優れたものとなる。Al系酸化領域の厚みは、10nm以上でもよく、40nm以下、30nm以下または20nm以下でもよい。Si系酸化領域の厚みは、4nm以上でもよく、20nm以下または10nm以下でもよい。Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは、50nm以下、40nm以下、30nm以下または20nm以下でもよい。
【0054】
このようなAl系酸化領域およびSi系酸化領域が表面に形成されていることにより、フェライトステンレス鋼が500~700℃の高温水蒸気雰囲気下に置かれた場合の耐赤スケール性が向上し、また、意匠性も向上する。
【0055】
Al系酸化領域およびSi系酸化領域が耐赤スケール性を改善する理由は、次の通りと考えられる。第1に、Al系酸化領域およびSi系酸化領域が保護被膜として作用することが挙げられる。第2に、フェライト系ステンレス鋼が加熱されることによってAl系酸化領域およびSi系酸化領域が成長し、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の周辺の酸素分圧を低下させることが挙げられる。Al、Si、Cr、Feは、この順に、酸化されやすいため、FeよりもAl、SiおよびCrの方が優先的に酸化される。したがって、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の成長により、Fe系酸化物である赤スケールの生成を低減されると考えられる。
【0056】
Al系酸化領域には、10質量%以上のAlのほかに、0~10質量%のCr、0~5質量%のMn、0~5質量%のTiが含有され、残部として酸素が含まれていてもよい。また、Al系酸化領域にはSiが含有されていてもよい。
【0057】
Si系酸化領域には、5質量%以上のSiのほかに、0~10質量%のCr、0~5質量%のMn、0~5質量%のTiが含有され、残部として酸素が含まれていてもよい。また、Si系酸化領域にはAlが含有されていてもよい。
【0058】
Al系酸化領域の組成およびSi系酸化領域の組成は、後述するように、高周波グロー放電発光分光分析装置(GDS)の深さ方向分析により測定する。
【0059】
耐赤スケール性及び意匠性が要求される場合、Al系酸化領域の厚みは、6nm以上である必要がある。また、Si系酸化領域の厚みが5nm以上である必要がある。更に、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは15nm以上である必要がある。これらの条件を満足しないと、耐赤スケール性が低下するので好ましくない。また、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みが120nmを超えると、鋼表面が着色するなどして、意匠性が低下するので好ましくない。
【0060】
耐赤スケール性及び溶接性が要求される場合、Al系酸化領域の厚みは、6nm以上である必要がある。また、Si系酸化領域の厚みが3nm以上である必要がある。更に、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは15nm以上である必要がある。これらの条件を満足しないと、耐赤スケール性および溶接性が低下するので好ましくない。また、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みが50nmを超えると、溶接性が低下するので好ましくない。
【0061】
Al系酸化領域及びSi系酸化領域におけるAl量、Si量、その他の元素の含有量は、高周波グロー放電発光分光分析装置(GDS)により測定することができる。具体的には、GDS分析装置(例えばHORIBA製GD-Profiler2または同等の装置)を用い、フェライト系ステンレス鋼の表面から深さ方向に2.5nmピッチで元素分析を行う。検出された元素の全量を100質量%とし、検出された各元素の含有量(質量%)を深さ方向毎に求める。これにより、深さ方向と各元素濃度との関係を示す元素プロファイルが得られる。本実施形態のフェライト系ステンレス鋼を分析すると、元素プロファイルにおいて、O(酸素)、AlおよびSiについて濃度のピークが表層に観察される。O、Al、Siのそれぞれのピークにおける濃度が、各元素の濃度の最大値となる。
【0062】
Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは、鋼表面から酸素濃度の最大値の1/4の値を示す位置に至るまでの距離とする。また、Si系酸化領域の厚みは、表面からSi濃度の最大値の1/4の値を示す位置に至るまで範囲をSi系酸化領域とし、その深さ方向の距離を厚みとする。更に、Al系酸化領域の厚みは、Al濃度が最大値の1/4以上の値を示す範囲をAl系酸化領域とし、その深さ方向の距離を厚みとする。
【0063】
Si系酸化領域の厚みを上記のように規定した場合、その領域の全範囲においてSi含有量が5質量%以上である必要がある。領域の一部にSi含有量が5質量%未満の部分がある場合は、その部分をSi系酸化領域から除外して、Si系酸化領域の厚みを決定する。
【0064】
同様に、Al系酸化領域の厚みを上記のように規定した場合、その領域の全範囲においてAl含有量が10質量%以上である必要がある。領域の一部にAl含有量が10質量%未満の部分がある場合は、その部分をAl系酸化領域から除外して、Al系酸化領域の厚みを決定する。
【0065】
その他のGDS測定条件は、例えば、以下の通りである。
【0066】
ガス置換時間:200秒、
予備スパッタ時間:30秒、
バックグラウンド:5秒、
深さ:1.01μm、
圧力:600Pa、
出力:35W、
実効値:8.75W、
モジュール:8V、
フェーズ:4V、
周波数:100Hzデューティサイクル:0.25。
【0067】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼では、水蒸気が含まれる高温で使用される場合、Al系酸化領域およびSi系酸化領域が成長して、Al系酸化領域およびSi系酸化領域近傍の酸素分圧を低下させる。その結果、通常のフェライト系ステンレス鋼とは異なり、赤スケールの主となるFe系酸化物の生成は低減し、Cr、Al、Si系酸化物の生成が増加した表面形態となることで、耐赤スケール性に優れる。
【0068】
また、耐赤スケール性及び意匠性が求められる場合、すなわち、Al系酸化領域の厚みは6nm以上、Si系酸化領域の厚みは5nm以上、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは15nm以上120nm以下の場合、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼の外観をCIE1976(L,a,b)色空間で評価した場合の、Lとaは、Lが65以上、aが0.50以下である必要がある。Lとaがこの範囲を満たすことにより、意匠性に優れたものとなる。Lは65以上80以下でもよく、aは0.05以上0.50以下でもよい。
【0069】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼は、鋼材であってもよい。すなわち、鋼片、鋼板、鋼帯、棒鋼材、鋼線材、鋼管、各種の形鋼などであってもよい。
【0070】
次に、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼の製造方法を説明する。
基本的には、フェライト系ステンレス鋼からなる鋼板を製造する一般的な方法が適用される。例えば、転炉または電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉等で精錬される。その後、連続鋳造法または造塊法で鋼片とし、次いで、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を経て、本実施形態のステンレス鋼が製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗を繰り返し行ってもよい。各工程の間に表面研削を行ってもよい。
【0071】
ただし、本実施形態の最も重要な点である、Al系酸化領域およびSi系酸化領域の造り込みのため、熱延後の酸洗条件、最終焼鈍条件に留意する。また、溶接性を改善するためには、最終焼鈍後に更に酸洗を行う。
【0072】
具体的な熱延後の酸洗条件は、40~60℃の硝弗酸液(1~5%弗酸、5~20%硝酸、残部:水)よりなる酸洗浴に30~120秒間浸漬することにより、酸化スケールを除去する。
【0073】
また、最終焼鈍条件は、焼鈍温度を950~1100℃とし、焼鈍時間を60~120秒とし、焼鈍雰囲気を窒素-水素の混合雰囲気とし、雰囲気中の窒素を10~30%、望ましくは20~25%とし、水素を65~85%、望ましくは70~80%以上とし、露点を-30~-65℃とする。
【0074】
更に、溶接性を改善するために最終焼鈍後に酸洗を行う場合は、40~60℃の硝弗酸液(100~200g/Lの硝酸、5~20g/Lのふっ酸、残部:水)よりなる酸洗浴に30~120秒間浸漬する。
【0075】
以上により、Al系酸化領域およびSi系酸化領域を備えた耐赤スケール性に優れ、意匠性または溶接性にも優れるフェライト系ステンレス鋼を製造できる。
【実施例0076】
本発明の効果を詳細に確認するため、以下の実験を行った。なお、本実施例は、本発明の一実施例を示すものであり、本発明は以下の構成に限定されるものではない。
【0077】
表1に示す組成の鋼を真空溶製により30kgスラブを製造し、1230℃で2時間加熱した後、熱間圧延を施して板厚4mm熱延鋼帯を製造した。次いで、60℃の硝弗酸液(3%弗酸、10%硝酸、残水)に30~120秒間浸漬することで酸化スケールを除去した。更に、板厚が1.0mmになるまで冷間圧延を施し、均熱温度950~1100℃、均熱時間30~180秒で焼鈍を行った。焼鈍は、種々の露点の雰囲気で行った。雰囲気組成は25%N+75%Hとし、露点は表2A及び表2Bに記載の通りとした。このようにして、表2A及び表2Bに示すような、No.1~65の試料を得た。
【0078】
また、表1に示す組成の鋼を真空溶製により30kgスラブを製造し、1230℃で2時間加熱した後、熱間圧延を施して板厚4mm熱延鋼帯を製造した。次いで、60℃の硝弗酸液(3%弗酸、10%硝酸、残水)に30~120秒間浸漬することで酸化スケールを除去した。更に、板厚が1.0mmになるまで冷間圧延を施し、均熱温度950~1100℃、均熱時間30~180秒で焼鈍を行った。焼鈍は、種々の露点の雰囲気で行った。雰囲気組成は25%N+75%Hとし、露点は表3A及び表3Bに記載の通りとした。更に、最終焼鈍後に、表3A及び表3Bに示す条件で酸洗を行った。酸洗時間は30~120秒とした。このようにして、表3A及び表3Bに示すような、No.66~130の試料を得た。
【0079】
得られた試料について、Al系酸化領域、Si系酸化領域およびこれらの合計の厚みを測定した。測定には、高周波グロー放電発光分光分析装置(HORIBA製GD-Profiler2)を用いた。フェライト系ステンレス鋼の表面から深さ方向に2.5nmピッチで元素分析を行った。検出された元素の全量を100質量%とし、検出された各元素の含有量(質量%)を深さ方向毎に求めた。このようにして、深さ方向と各元素濃度との関係を示す元素プロファイルを得た。元素プロファイルにおいて、O(酸素)、AlおよびSiについて濃度のピークが表層に観察された。O、Al、Siのそれぞれのピークにおける濃度を、各元素の濃度の最大値とした。
【0080】
Al系酸化領域およびSi系酸化領域の合計厚みは、鋼表面から酸素濃度の最大値の1/4の値を示す位置に至るまでの距離とした。Si系酸化領域の厚みは、表面からSi濃度の最大値の1/4の値を示す位置に至るまで範囲をSi系酸化領域とし、その深さ方向の距離を厚みとした。Al系酸化領域の厚みは、Al濃度が最大値の1/4以上の値を示す範囲をAl系酸化領域とし、その深さ方向の距離を厚みとした。
【0081】
なお、Si系酸化領域の厚みを上記のように規定した場合において、Si系酸化領域の一部にSi含有量が5質量%未満の部分がある場合は、その部分をSi系酸化領域から除外して、Si系酸化領域の厚みを決定した。
【0082】
同様に、Al系酸化領域の厚みを上記のように規定した場合において、Si系酸化領域の一部にAl含有量が10質量%未満の部分がある場合は、その部分をAl系酸化領域から除外して、Al系酸化領域の厚みを決定した。
【0083】
その他のGDS測定条件は、以下の通りとした。
【0084】
ガス置換時間:200秒、
予備スパッタ時間:30秒、
バックグラウンド:5秒、
深さ:1.01μm、
圧力:600Pa、
出力:35W、
実効値:8.75W、
モジュール:8V、
フェーズ:4V、
周波数:100Hzデューティサイクル:0.25。
【0085】
<耐赤スケール性>
表2A及び表2B、表3A及び表3Bに示した試料No.1~130に対して、耐赤スケール性評価試験を実施した。耐赤スケール性の評価試験は、JIS Z 2281(金属材料の高温連続酸化試験方法)に準拠し、酸化増量を用いて評価した。評価の判断基準として、酸化増量が0.2mg/cm以下を許容範囲とした。具体的には、試験片として、20mm×25mmの試験片を切り出した。水蒸気濃度10vol%の大気環境中で、当該試験片を600℃で100時間連続加熱した。酸化増量は、試験前後の重量変化より算出した。
【0086】
<意匠性>
表2A及び表2Bに示した試料No.1~65に対して、意匠性評価試験を実施した。各試料の外観をCIE1976(L,a,b)色空間で評価し、Lが65以上かつaが0.50以下である場合を合格とした。
【0087】
<溶接性>
表3A及び表3Bに示した試料No.66~130に対して、溶接性評価試験を実施した。試料No.66~130から、2枚の鋼板を切り出した。鋼板のサイズは、幅20mm、長さ100mm、厚み10mmである。2枚の鋼板を重ね合わせ、重ね合わせ部を先端径が6mmの電極を用いてスポット溶接することにより、試験片を作成した。図1に、引張剪断試験片の外観を示す。図1に示すように、2枚の鋼板の長手方向の両端を重ね合わせて重ね合わせ部とした。重ね合わせ部の長さは10mmとした。溶接箇所は、重ね合わせ部の中央の1箇所とした。溶接条件は、溶接電流10kA、通電時間13Hz、加圧力5000N、電極先端径6mmとした。スポット溶接性の可否判断は、スポット溶接後の試験片を溶接部の剪断方向に引張速度3mm/分の一定速度で引っ張り、溶接部で破断した場合を不合格(×)とし、母材部で破断した場合を合格(○、◎)とした。結果を表3A及び表3Bに示す。
【0088】
表2A及び表2Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足し、かつ、製造条件が適切であったNo.2~4、7~9、12~14、17~19、22~24、27~29、32~34、37~39、42~44は、耐赤スケール性及び意匠性の両方に優れていた。
【0089】
一方、表2A及び表2Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足するものの、製造条件が好ましい範囲から外れたNo.1、5、6、10,11、15、16、20、21、25、26、30、31、35、36、40、41、45は、耐赤スケール性または意匠性のいずれかが劣位になった。
【0090】
また、表2Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足しないNo.46~65は、耐赤スケール性が劣位になった。
【0091】
次に、表3A及び表3Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足し、かつ、製造条件が適切であったNo.67~69、72~74、77~79、82~84、87~89、92~94、97~99、102~104、107~109は、耐赤スケール性及び溶接性の両方に優れていた。なお、図2には、No.67のGDS分析の結果を示した。
【0092】
一方、表3A及び表3Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足するものの、製造条件が好ましい範囲から外れたNo.66、70、71、75、76、80、81、85、86、90、91、95、96、100、101、105、106、110は、耐赤スケール性または溶接性のいずれかが劣位になった。
【0093】
また、表3Bに示すように、本発明に係る鋼の化学組成を満足しないNo.111~130は、耐赤スケール性が劣位になった。
【0094】
【表1】
【0095】
【表2A】
【0096】
【表2B】
【0097】
【表3A】
【0098】
【表3B】
図1
図2