(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057346
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】改変植物体
(51)【国際特許分類】
A01H 5/00 20180101AFI20240417BHJP
C07K 7/08 20060101ALI20240417BHJP
A01H 5/10 20180101ALI20240417BHJP
A01H 3/00 20060101ALI20240417BHJP
C12N 15/29 20060101ALI20240417BHJP
C07K 14/415 20060101ALN20240417BHJP
【FI】
A01H5/00 A
C07K7/08
A01H5/10
A01H3/00
C12N15/29
C07K14/415 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164023
(22)【出願日】2022-10-12
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松林 嘉克
(72)【発明者】
【氏名】大西 真理
【テーマコード(参考)】
2B030
4H045
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030AD06
2B030CA08
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA17
4H045CA30
4H045DA30
4H045EA05
4H045FA34
4H045GA25
(57)【要約】
【課題】植物の低ストレス環境下での成長能を向上させる技術を提供すること。
【解決手段】PSYR遺伝子を改変し、前記改変により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現を欠損又は低下させること。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
PSYR遺伝子が改変されており、前記改変により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している、改変植物体。
【請求項2】
前記PSYR遺伝子によってコードされるタンパク質が、タンパク質(a)及びタンパク質(b):
(a)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、及び
(b)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つPSYに対する結合性を有するタンパク質、
からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の改変植物体。
【請求項3】
前記タンパク質(b)における同一性が90%以上である、請求項2に記載の改変植物体。
【請求項4】
前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現の指標値が、前記PSYR遺伝子が改変されていない場合の機能及び/又は発現の指標値100%に対して10%以下である、請求項1に記載の改変植物体。
【請求項5】
全てのPSYR遺伝子が改変されており、前記改変により全ての前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している、請求項1に記載の改変植物体。
【請求項6】
低ストレス環境下での成長能が非改変植物体に比べて高い、請求項1に記載の改変植物体。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の改変植物体に発生する、種子。
【請求項8】
植物体に、PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異を導入することを含む、請求項1~6のいずれかに記載の改変植物体を製造する方法。
【請求項9】
PSYタンパク質を含有する、植物のストレス応答抑制剤。
【請求項10】
被験物質のPSYRタンパク質に対する結合性を指標とする、植物のストレス応答調節剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改変植物体等に関する。
【背景技術】
【0002】
人口の爆発や、地球温暖化、過剰開発、エネルギー問題が深刻化するなか、食糧不足がますます深刻化している。これを回避するためには、植物の成長を促進し、収量の増加を試みるなどの方策が望まれている。
【0003】
シロイヌナズナチロシン硫酸化ペプチドPSY1(PLANT PEPTIDE CONTAINING SULFATED TYROSINE 1)は、チロシン硫酸化とヒドロキシプロリンアラビノシル化によって翻訳後修飾された18アミノ酸のペプチドである(成熟型)。PSY1は、根の成長促進、細胞サイズの増大、苗のキューティクル形成促進、リン酸化による細胞膜H+-ATPase AHA2の活性化などの機能を有することが報告されているが(例えば非特許文献1)、直接リガンドと認識される受容体はまだ同定されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Y. Amano, H. Tsubouchi, H. Shinohara, M. Ogawa, Y. Matsubayashi, Tyrosine-sulfated glycopeptide involved in cellular proliferation and expansion in Arabidopsis. Proc Natl Acad Sci U S A 104, 18333-18338 (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
植物は、生育環境における種々のストレスに対して、成長に使用されるエネルギーを抑制し、その分、ストレス応答に使用されるエネルギーを増加させるという、ストレス応答システムを有する。ただ、近年は植物工場で生産される野菜も増えており、屋内の低ストレス環境で栽培する場合に、野外の変動環境に耐えるための強靱なストレス応答システムは必ずしも必要ではない。
【0006】
本発明は、植物の低ストレス環境下での成長能を向上させる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、PSY受容体(PSYR)遺伝子を改変し、前記改変により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現を欠損又は低下させることにより、植物のストレス耐性が低下する代わりに、低ストレス環境下での成長能が向上することを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。
即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0008】
項1. PSYR遺伝子が改変されており、前記改変により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している、改変植物体。
【0009】
項2. 前記PSYR遺伝子によってコードされるタンパク質が、タンパク質(a)及びタンパク質(b):
(a)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、及び
(b)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つPSYに対する結合性を有するタンパク質、
からなる群より選択される少なくとも1種である、項1に記載の改変植物体。
【0010】
項3. 前記タンパク質(b)における同一性が90%以上である、項2に記載の改変植物体。
【0011】
項4. 前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現の指標値が、前記PSYR遺伝子が改変されていない場合の機能及び/又は発現の指標値100%に対して10%以下である、項1に記載の改変植物体。
【0012】
項5. 全てのPSYR遺伝子が改変されており、前記改変により全ての前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している、項1に記載の改変植物体。
【0013】
項6. 低ストレス環境下での成長能が非改変植物体に比べて高い、項1に記載の改変植物体。
【0014】
項7. 項1~6のいずれかに記載の改変植物体に発生する、種子。
【0015】
項8. 植物体に、PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異を導入することを含む、項1~6のいずれかに記載の改変植物体を製造する方法。
【0016】
項9. PSYタンパク質を含有する、植物のストレス応答抑制剤。
【0017】
項10. 被験物質のPSYRタンパク質に対する結合性を指標とする、植物のストレス応答調節剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、植物の低ストレス環境下での成長能を向上させる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】PSYファミリーのペプチドは3つのLRR-RKに直接結合することを示す。(A) PSYファミリーの一次ペプチドの複数配列のアラインメントを示す。(B)PSY5、PSY6、PSY8、PSY2、PSY3の成熟ペプチドの立体構造を示す。(C) PSYR1 (At1g17230), PSYR2 (At2g33170), PSYR3 (At5g63930) を [
125I]ASA-PSY5 と [
125I]ASA-PSY6 で光親和性標識した結果を示す。標識されたタンパク質はSDS-PAGEで分離し、オートラジオグラフィーで検出した。(D) [
125I]ASA-PSY6 の PSYR への結合を 300 倍過剰の非標識 PSY ファミリーペプチドで競合置換した結果を示す。
図1A及び1Bの各種PSYのアミノ酸配列は、配列番号137~145である。
【
図2】PSYファミリーペプチドはPSYRシグナルを抑制し、生長を促進することを示す。(AおよびB)tpst-1植物の根の成長に対するPSY5処理またはPSYR破壊の効果を示す(平均±s.d.、p < 0.05、一元配置分散分析に続いてテューキーのテスト、n = 15)。画像は発芽から8日後に記録した。(CおよびD)tpst-1のシュート成長に対するペプチド処理または受容体破壊の効果を示す(n = 20-39)。画像は発芽から16日後に記録された。(EおよびF)WTおよびpsyr1,2,3植物(n = 18-22)の根の成長に対するPSY5処理の効果を示す。画像は発芽から9日後に記録した。(GおよびH)tpst-1およびtpst/psyr1,2,3植物(n=31-39)の根の成長に対するPSY5、RaxX16およびRaxX21処置の効果を示す。画像は発芽から10日後に記録した。スケールバー、10 mm (A, C, E 及び G)。
【
図3】PSY-PSYRシグナルは植物の成長とストレス応答との間のトレードオフを仲介することを示す。(A) 根と芽のデータセットにおいて、少なくとも1つの比較対象で差次的に発現した遺伝子(Differentially Expressed Genes, DEGs)の転写レベルのヒートマップを示す(根はn = 3、芽はn = 4)。(B) PSY5処理後のtpst-1全植物におけるコアDEGsの転写レベルの変化のヒートマップを示す(n = 3)。(C) コア DEGs に富む 26 の転写因子遺伝子のシュートでの転写レベルのヒートマップを示す (n = 3)。(D) PSYファミリーペプチドを含む培地で生育した7日目のtpst-1植物の根におけるWRKY22の発現量を示す(n = 3)。(E)PSY5を添加した培地または添加しない培地で生育した10日齢のtpst-1およびtpst/psyr1,2,3植物の根におけるWRKY22の発現レベルを示す(n = 4)。
【
図4】PSYRの欠損は、生物的および環境的ストレスに対する耐性を低下させることを示す。(A and B) WT、psyr1,2,3 triple mutant、およびPSYR3 complemented mutantの耐塩性は、100 mM NaCl存在下で28日間生育した後に評価した(n = 4)。(C と D) WT、psyr1,2,3 変異体、および相補体の耐熱性。10日齢の苗を37℃で3日間インキュベートした後、22℃で10日間回復させた(n = 3)。(E) WT、psyr1,2,3変異体および相補体の病害抵抗性は、Pst DC3000 を浸漬接種後11日目に評価した。(F) 各植物系統における菌の増殖を示す(n = 9)。(G と H) WT と tpst-1 植物の耐熱性を示す。10日齢の苗を37℃に4日間移した後、22℃で3日間回復させた(n = 3)。(I および J) WT 株を 100 mM NaCl 存在下で PSY5 を添加または無添加で 23 日間栽培した場合の塩耐性を示す (n = 6)。(K)WTおよびpsyr1,2,3バックグラウンドのpDREB1B:GUSレポーターを持つ熱ストレス植物の葉の組織化学的GUS染色の結果を示す。10日齢の苗を37℃で3日間インキュベートした後、22℃で1日回復させてから染色を行った。アスタリスクは、代謝的に機能不全の損傷部位を示す。矢印は、損傷部位に隣接する細胞層におけるDREB1Bプロモーター活性の上昇を示す。(L) pMYC2:GUSレポーターを持つWTおよびpsyr1,2,3植物のPst DC3000接種後10日目の葉の組織化学的GUS染色の結果を示す。アスタリスクは損傷部位を示す。矢印は、損傷部位の周辺領域におけるMYC2プロモーター活性の上昇を示す。スケールバー:10 mm (A, C, E, G, I), 0.5 mm (K, L)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.定義
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0021】
アミノ酸配列の「同一性」とは、2以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(KarlinS,Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes” Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、Karlin S,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTPと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェエブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。また、塩基配列の『同一性』も上記に準じて定義される。
【0022】
本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;スレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0023】
2.改変植物体
本発明は、その一態様において、PSYR遺伝子が改変されており、前記改変により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している、改変植物体(本明細書において、「本発明の改変植物体」と示すこともある。)、に関する。以下にこれについて説明する。
【0024】
本発明の改変植物体は、PSYR遺伝子の改変により、PSYR遺伝子に変異が導入されている。
【0025】
本発明の改変植物体の由来植物(PSYR遺伝子改変前の植物(非改変植物体))としては、PSYR遺伝子を有する植物である限り、特に制限されない。植物としては、例えば被子植物のモクレン類、単子葉類、真正双子葉類(バラ類I、バラ類II、キク類I、キク類II及びそれらの外群)を含む広い範囲の植物を挙げることができる。植物のより具体的な例としては、トマト、ピーマン、トウガラシ、ナス等のナス類、キュウリ、カボチャ、メロン、スイカ等のウリ類、キャベツ、ブロッコリー、ハクサイ等の菜類、セルリー、パセリー、レタス等の生菜又は香辛菜類、ネギ、タマネギ、ニンニク等のネギ類、ダイズ、ラッカセイ、インゲン、エンドウ、アズキ等の豆類、イチゴ等のその他果菜類、ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ等の直根類、サトイモ、キャッサバ、バレイショ、サツマイモ、ナガイモ等のイモ類、アスパラガス、ホウレンソウ、ミツバ等の柔菜類、トルコギキョウ、ストック、カーネーション、キク等の花卉類、イネ、コムギ、オオムギ、エンバク、トウモロコシ等の穀物類、ベントグラス、コウライシバ等の芝類、ナタネ、ラッカセイ等の油料作物類、サトウキビ、テンサイ等の糖料作物類、ワタ、イグサ等の繊維料作物類、クローバー、ソルガム、デントコーン等の飼料作物類、リンゴ、ナシ、ブドウ、モモ等の落葉性果樹類、ウンシュウミカン、レモン、グレープフルーツといった柑橘類、サツキ、ツツジ、スギ等の木本類等が挙げられる。
【0026】
植物体は、植物の各組織(根、茎、葉等)を全て含む植物全体を意味する。
【0027】
改変対象であるPSYR(PSY RECEPTOR)遺伝子は、PSY(PLANT PEPTIDE CONTAINING SULFATED TYROSINE)の受容体遺伝子である。PSYR遺伝子は、植物内に、1種又は複数種(通常は、2~3種)存在する。後述の実施例では、PSYR遺伝子として、シロイヌナズナのPSYR1遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号1)、PSYR2遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号2)、及びPSYR3遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号3)が見出されている。PSYR遺伝子は、これらのシロイヌナズナPSYR遺伝子、及びそのオルソログ遺伝子である。
【0028】
改変対象であるPSYR遺伝子には、自然界において生じ得る機能正常の変異体も含まれる。改変対象であるPSYR遺伝子は、PSYに対する結合性が著しく損なわれない限りにおいて、置換、欠失、付加、挿入等の塩基変異を有していてもよい。変異としては、コードされるタンパク質においてアミノ酸置換が生じない変異やアミノ酸の保存的置換が生じる変異が好ましい。
【0029】
種々の植物由来のPSYR遺伝子は公知のデータベース中に見出すことができる。具体例は以下のとおりである。
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
【0035】
PSYR遺伝子によってコードされるタンパク質は、好ましくは、タンパク質(a)及びタンパク質(b):
(a)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、及び
(b)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つPSYに対する結合性を有するタンパク質、
からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0036】
上記(b)において、同一性は、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、よりさらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上である。
【0037】
タンパク質(b)の一例としては、
(b’)配列番号1~136のいずれかに示されるアミノ酸配列に対して1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つPSYに対する結合性を有するタンパク質
が挙げられる。
【0038】
上記(b’)において、複数個とは、例えば2~10個であり、好ましくは2~5個であり、より好ましくは2~3個であり、よりさらに好ましくは2個である。
【0039】
PSYに対する結合性は、後述の試験例2の光親和性標識による結合アッセイにより評価することができる。
【0040】
PSY遺伝子は、通常、植物内に複数種存在する。後述の実施例では、PSY遺伝子として、シロイヌナズナのPSY1遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号137)、PSY2遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号138)、及びPSY3遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号139)、PSY4遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号140)、PSY5遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号141)、PSY6遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号142)、PSY7遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号143)、PSY8遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号144)、PSY9遺伝子(コードされるタンパク質のアミノ酸配列は配列番号145)が開示されている。PSY遺伝子は、これらのシロイヌナズナPSY遺伝子、及びそのオルソログ遺伝子である。
【0041】
種々の植物由来のPSY遺伝子は公知である。具体例は以下のとおりである。
【0042】
【0043】
PSY遺伝子によってコードされるタンパク質は、好ましくは、タンパク質(c)及びタンパク質/ペプチド(d):
(c)配列番号137~173のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、及び
(d)配列番号137~173のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と、DYから始まる14アミノ酸保存領域において80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つPSYRに対する結合性を有するタンパク質又はペプチド、
からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0044】
DYから始まる14アミノ酸保存領域は、例えばシロイヌナズナPSY(配列番号137)においては、48番目のアミノ酸~61番目のアミノ酸からなる領域(DYGDPSANPKHDPG)である。他のPSYにおける当該保存領域は、アミノ酸配列アライメント等により容易に同定することができる。
【0045】
タンパク質(c)及びタンパク質/ペプチド(d)において、DYから始まる14アミノ酸保存領域のYは硫酸化されている。
【0046】
タンパク質/ペプチド(d)は、PSYRに対する結合性を有する限りにおいて、DYから始まる14アミノ酸保存領域のみからなるペプチドであってもよい。
【0047】
上記(d)において、DYから始まる14アミノ酸保存領域(Yは硫酸化)における同一性は、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、よりさらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上である。
【0048】
タンパク質/ペプチド(d)の一例としては、
(d’)配列番号137~173のいずれかに示されるアミノ酸配列に対して1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つDYから始まる14アミノ酸領域(Yは硫酸化)がPSYRに対する結合性を有するタンパク質又はペプチド
が挙げられる。
【0049】
上記(d’)において、複数個とは、例えば2~1200個、2~600個、2~200個、2~100個、2~50個、又は2~10個である。当該個数は、好ましくは2~5個であり、より好ましくは2~3個であり、よりさらに好ましくは2個である。
【0050】
PSYRに対する結合性は、後述の試験例2の光親和性標識による結合アッセイにより評価することができる。
【0051】
本発明の植物体においては、植物内の少なくとも1種(好ましくは2種以上、特に好ましくは全て)のPSYR遺伝子が改変されており、前記改変(により導入された変異)により前記PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下している。ここで、PSYR遺伝子の「機能」は、PSYに対する結合性を示す。また、PSYR遺伝子の「発現」は、PSYR遺伝子 mRNAの発現、及びPSYR遺伝子タンパク質の発現の両方を包含するが、好ましくはPSYR遺伝子タンパク質の発現である。「欠損」とは、本発明の植物体から得られたサンプルについて、PSYR遺伝子タンパク質の活性及び/又はPSYR遺伝子の発現量が検出限界以下であることを示す。また、「低下」とは、本発明の植物体から得られたサンプルについて、PSYR遺伝子タンパク質の活性及び/又はPSYR遺伝子の発現量(PSYR遺伝子の機能及び/又は発現の指標値)が、変異導入前のPSYR遺伝子タンパク質の活性及び/又はPSYR遺伝子の発現量(PSYR遺伝子が改変されていない場合の機能及び/又は発現の指標値)100%に対して、例えば70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、10%以下、5%以下、2%以下、1%以下、0.5%以下、0.2%以下、0.1%以下、0.05%以下、0.02%以下、又は0.01%以下であることを示す。
【0052】
PSYR遺伝子に導入される変異としては、PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異である限り特に制限されるものではない。当該変異としては、例えば遺伝子破壊、タンパク質コード領域における変異、部分欠損、スプライシング調節領域における変異、発現制御領域(例えば、プロモーター、アクチベーター、エンハンサー等)における変異等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはタンパク質コード領域における変異が挙げられる。特に、PSYRの細胞外ドメインの途中においてストップコドンが出現するような変異が好ましい。本発明の植物体においては、好ましくは、PSYR遺伝子の変異を、対の染色体の両方において有する。
【0053】
本発明の改変植物体は、低ストレス環境下での成長能が非改変植物体に比べて高い。
【0054】
低ストレス環境となる生育条件は、植物の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、植物工場において採用される生育条件を、低ストレス環境の生育条件として採用することができる。例えば、本発明の改変植物体の低ストレス環境下での生育後の生重量又は根の長さは、非改変植物体(PSYRが改変されていない以外は本発明の改変植物体と同じ)の同環境下での生育後の生重量又は根の長さ100%に対して、例えば102%以上、103%以上、104%以上、105%以上、106%以上、107%以上、108%以上、109%以上、又は110%以上であることができる。
【0055】
本発明は、その一態様において、本発明の改変植物体に発生する、種子、に関する。当該種子は、例えば生殖細胞においてPSYR遺伝子が改変されている本発明の改変植物体から、得ることができる。
【0056】
3.改変植物体の製造方法
本発明の改変植物体は、例えば、植物体に、PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異を導入することを含む方法により、得ることができる。この観点から、本発明は、その一態様において、植物体に、PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異を導入することを含む、本発明の改変植物体を製造する方法(本明細書において、「本発明の植物製造方法」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0057】
PSYR遺伝子の機能及び/又は発現が欠損又は低下する変異については、「2.改変植物体」における説明と同様である。
【0058】
変異の導入方法は、特に制限されないが、製造効率の観点から、標的特異的ヌクレアーゼ、該ヌクレアーゼの発現カセット、及び該ヌクレアーゼのmRNAからなる群より選択される少なくとも1種を含む導入物を植物の細胞に導入する方法が挙げられる。
【0059】
標的特異的ヌクレアーゼは、ゲノムDNA上の特定部位を特異的に切断して、変異を誘導できるヌクレアーゼである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼとしては、例えばCasタンパク質、TALENタンパク質、ZFNタンパク質などが挙げられる。
【0060】
Casタンパク質を用いるCRISPR/Casシステムは、ヌクレアーゼ(RGN;RNA-guided nuclease)であるCasタンパク質とガイドRNAを使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ガイドRNAが標的部位に結合し、該結合部位に呼び込まれたCasタンパク質によってDNAを切断することができる。
【0061】
TALENタンパク質を用いるTALENシステムは、DNA切断ドメイン(例えばFokIドメイン)に加えて転写活性化因子様(TAL)エフェクターのDNA結合ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(TALEN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、TALENがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキーム(例えばZhang F et al. (2011) Nature Biotechnology 29 (2);この論文は、本明細書に参考として援用される)に従って設計することができる。
【0062】
ZFNタンパク質を用いるZFNシステムは、ジンクフィンガーアレイを含むDNA結合ドメインにコンジュゲートした核酸切断ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(ZFN)を使用する。該システムを細胞内に導入することにより、ZFNがDNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキームに従って設計することができる。
【0063】
標的特異的ヌクレアーゼの中でも、切断部位をより自由に決定できるという観点から、Casタンパク質が好ましい。Casタンパク質としては好ましくはCas9タンパク質が挙げられる。
【0064】
標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、本発明の植物製造方法の対象物の細胞内で標的特異的ヌクレアーゼを発現可能なDNAである限り特に制限されない。標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットの典型例としては、プロモーター、及びそのプロモーターの制御下に配置された標的特異的ヌクレアーゼコード配列を含むDNAが挙げられる。また、標的特異的ヌクレアーゼ発現カセットは、これのみで、或いは他の配列(例えば薬剤耐性遺伝子、複製起点等)と共にベクターを構成していてもよい。ベクターの種類は、特に制限されない。
【0065】
標的特異的ヌクレアーゼがCasタンパク質である場合、本発明の植物製造方法における導入物は、さらに、ガイドRNA発現カセット及びガイドRNAからなる群より選択される少なくとも1種を含む。
【0066】
ガイドRNAは、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば特に制限されず、例えばゲノムDNAの標的部位に結合し、且つCasタンパク質と結合することにより、Casタンパク質をゲノムDNAの標的部位に誘導可能なものを各種使用することができる。
【0067】
なお、ガイドRNAの標的部位への結合には、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列の3’ 側の12塩基が重要であるといわれている。このため、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列が、標的鎖と完全同一ではない場合、標的鎖と異なる塩基は、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列の3’ 側の12塩基以外に存在することが好ましい。
【0068】
また、本発明の植物製造方法における導入物は、ドナーDNAを含むことができる。ドナーDNAの使用により、目的の変異をより正確に導入することができる。
【0069】
導入対象は特に制限されず、未分化状態の植物組織(例えばカルス)であってもよいし、種子の一部(例えば胚軸、茎頂等)であってもよいし、成体の一部(例えば茎頂等)であってもよい。
【0070】
導入方法は、植物細胞内に導入物が到達できる態様であれば、特に制限されず、導入する物の種類や導入対象に応じて、適宜選択することができる。導入方法としては、例えばフローラル・ディップ法、フローラル・スプレー法、アグロバクテリウム法、パーティクル・ガン法、インフィルトレーション法、爪楊枝接種法、吸引注入法、リーフディスク法、花序浸潤法、減圧濾過法、ウイルス媒介性核酸送達等が挙げられる。これらの中でも、簡便性や安全性等の観点から、好ましくはアグロバクテリウム法が挙げられる。
【0071】
導入方法のより具体的な例を以下に示す。
【0072】
導入方法の1つ目の具体例(導入例1)としては、プロモーター(例えばT7プロモーター、T3プロモーター、35Sプロモーター等)、及びその下流に発現カセットを含む配列を含むプラスミドを準備する工程(工程a1)、工程a1で得られたプラスミドから、試験管内転写により、植物ウイルスのゲノムRNAを得る工程(工程b1)、及び工程b1で得られたゲノムRNA(有効成分)を植物に接種(例えば、摩擦接種法、パーティクルガン接種法等)する工程(工程c1)を含む方法によって行うことができる。或いは、工程a1で得られたプラスミドが35Sプロモーター等の植物細胞内で転写活性化能を持つプロモーターを含むTiプラスミドである場合であれば、上記工程b1及びc1に代えて、例えば工程a1で得られたプラスミドをアグロバクテリアに導入して培養する工程(工程b2)、及び工程b2で得られた培養液(有効成分を含む培養液)を植物に接種(例えば、インフィルトレーション法、爪楊枝接種法、吸引注入法等)する工程(工程c2)を含む方法によって行うことができる。或いは、上記工程b1及びc1に代えて、例えば工程a1で得られたプラスミド(有効成分)を植物に接種(例えば磨砕接種法、パーティクルガン接種法等)する工程(工程c3)を含む方法によって行うことができる。或いは、上記工程c2に代えて、例えばリーフディスク法や花序浸潤法、減圧濾過法等を行う工程(工程c4)を含む方法によって行うことができる。これらの方法により植物内に導入されたゲノムRNAやプラスミド、T-DNA等から、所望のタンパク質やペプチドが産生される。
【0073】
導入方法の2つ目の具体例(導入例2)としては、(例えば上記導入例1によって得られた)植物ウイルスを含む植物から、該ウイルスを採取する工程(工程d1)、及び工程d1で採取された該ウイルス(有効成分を含むウイルス)を植物に接種する工程(工程e1)を含む方法が挙げられる。工程d1における採取は、例えば植物ウイルスを含む植物の一部(例えば、葉等)を磨砕することにより得られるウイルス液を回収することにより行うことができる。工程e1における接種は、例えば炭化ケイ素等の研磨剤を用いて植物の接種対象部位(例えば、葉等)に傷をつけ、そこにウイルスを接触させることにより行うことができる。
【0074】
導入後は、得られた植物又は植物細胞を成長させることにより、或いは得られた植物からカルスを経て成長させることにより、本発明の改変植物体を得ることができる。また、導入後は、必要に応じて、導入された細胞、組織等を、薬剤で選別することができる。
【0075】
上記した導入物は、本発明の改変植物体の製造用剤として、利用することができる。
【0076】
本発明の製造用剤は、上記導入物(必須成分)のみからなるものでもよいが、該必須成分に加えて、含有する必須成分の種類、後述の剤形、使用態様等に応じて種々の他の成分を含んでいてもよい。本発明の製造用剤中の必須成分(乾燥重量)の含有割合は、後述の剤形、使用態様等に応じて適宜決定することができるが、例えば0.0001~100質量%の範囲を例示することができる。他の成分としては、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられる。本発明の製造用剤の形態は特に制限されず、例えば乾燥形態、溶液形態等であることができ、さらにキット形態であってもよい。キットは、必要に応じて核酸導入試薬、緩衝液等、植物体の製造に必要な他の材料、試薬、器具等を適宜含んでいてもよい。
【0077】
4.植物のストレス応答抑制剤
本発明は、その一態様において、PSYタンパク質を含有する、植物のストレス応答抑制剤、に関する。
【0078】
PSYタンパク質については、「2.改変植物体」における説明と同様である。
【0079】
ストレス応答抑制剤は、PSYタンパク質(必須成分)のみからなるものでもよいが、該必須成分に加えて、含有する必須成分の種類、後述の剤形、使用態様等に応じて種々の他の成分を含んでいてもよい。本発明の製造用剤中の必須成分(乾燥重量)の含有割合は、後述の剤形、使用態様等に応じて適宜決定することができるが、例えば0.0001~100質量%の範囲を例示することができる。他の成分としては、例えば担体、界面活性剤、展着剤、スプレー・アジュバント、増粘剤、増量剤、結合剤、ビタミン類、酸化防止剤、pH調整剤、揮散抑制剤、色素等等が挙げられる。ストレス応答抑制剤の形態は特に制限されず、例えば液剤、固形剤、粉剤、顆粒剤、粒剤、水和剤、フロアブル剤、乳剤、ペースト剤、分散剤等であることができる。
【0080】
ストレス応答抑制剤は、植物のストレス応答を抑制する目的で使用されるものである。例えば、植物にストレス応答を惹起させ得る条件で生育させる場合、或いは当該条件を付与する場合において、ストレス応答抑制剤を植物に施用する。施用態様は、農薬の使用態様として公知の態様(或いは将来開発される態様)である限り特に限定されない。例えば、散布、滴下、塗布、植物生育環境中(土壌中、水中、固形培地中、液体培地中等)への混合又は溶解等が挙げられる。好ましくは、ストレス応答が惹起されている部位及び/又はその近傍部位にPSYタンパク質が接触するように施用することができる。
【0081】
5.スクリーニング方法
本発明は、その一態様において、被験物質のPSYRタンパク質に対する結合性を指標とする、植物のストレス応答調節剤のスクリーニング方法、に関する。
【0082】
PSYRタンパク質については、「2.改変植物体」における説明と同様である。
【0083】
被検物質としては、天然に存在する化合物又は人工に作られた化合物を問わず広く使用することができる。また、精製された化合物に限らず、多種の化合物を混合した組成物や、動植物の抽出液も使用することができる。化合物には、低分子化合物に限らず、タンパク質、核酸、多糖類等の高分子化合物も包含される。
【0084】
本発明のスクリーニング方法は、より具体的には、被験物質がPSYRタンパク質に対する結合性を有する場合に、前記被験物質を植物のストレス応答調節剤(例えばストレス応答抑制剤)として選択する工程、を含むことができる。本発明のスクリーニング方法により、植物のストレス応答調節剤の有効成分、候補物質を選別することが可能である。
【0085】
本発明のスクリーニング方法は、さらに具体的には、被験物質のPSYRタンパク質に対する結合性が、PSYタンパク質のPSYRタンパク質に対する結合性に対して、例えば50%以上、70%以上、100%以上、200%以上、又は300%以上である場合に、前記被験物質を植物のストレス応答調節剤(例えばストレス応答抑制剤)として選択する工程、を含むことができる。
【0086】
PSYRタンパク質に対する結合性は、膜タンパク質とそれに対するリガンドとの結合性を測定可能な種々の方法によって測定することができる。当該方法は、in vitroの方法及びin vivoの方法のいずれであってもよい。
【実施例0087】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0088】
材料と方法
以下の試験例1~8の試験の材料と方法は以下のとおりである。
【0089】
<植物生育条件>
シロイヌナズナ生態型コロンビア(Col)を野生型(WT)として使用した。表面殺菌したシロイヌナズナの種子を1.0%スクロースを含む寒天固化B5培地に播種し、4℃で2日間春化した後、22℃の連続光下で表示期間インキュベーションを行った。特に断らない限り、植物は0.7%寒天で固めた培地上で栽培した。根の解析のために、植物は1.2%寒天で固めた培地上で垂直に成長させた。時間経過の解析では、種子を1.0%ショ糖を含むB5液体培地に直接播種し、4℃で2日間春化した後、22℃の連続光下で振盪せずに培養した。
【0090】
<ペプチドホルモン候補のインシリコスクリーニング>
TAIR10でアノテーションされたシロイヌナズナ蛋白質(35,176 ORFs)を配列長にしたがって並べ替え、50から150アミノ酸の長さを持つ蛋白質をコードする1,690 ORFsを抽出した。ペプチドと小タンパク質について、SignalP 3.0サーバーのHMMバージョンを使って、分泌経路に導くと予測されるN末端のシグナルペプチドの存在についてスクリーニングした。これにより、シグナルペプチドの確率の閾値を0.75以上に設定した場合、ORFの数は1,086に減少した。さらに、分子内ジスルフィド結合を形成する可能性のあるCys残基を6個以上含むペプチドをコードしているORFを除外した。その結果、465のシステイン低含有ORFの中には、機能不明のペプチドをコードするORFが204個含まれていた。これらの204個のペプチドについて、WU BLAST 2.0データベース解析を行い、C末端領域に保存されたドメインを含むペプチドファミリーを検索した。
【0091】
<ペプチド構造解析>
ペプチド構造解析のために、シロイヌナズナ実生から分離したtotal RNAを用いて、特定のプライマーを用いたRT-PCRにより個々のcDNAを得た。得られた断片を、In-Fusion HD cloning kit (Clontech) または NEBuilder HiFi DNA Assembly Kit (New England BioLabs) を用いてバイナリーベクターpBI121にクローニングした。このコンストラクトは、アグロバクテリウムを介した形質転換によりWTに導入された。PSY5 については、cDNA 断片をエストラジオール誘導性バイナリベクター pER8 にクローニングした。エストラジオール誘導性遺伝子を持つシロイヌナズナの種子を、1.0%のショ糖を含む100 mlのB5液体培地に直接播種し、22℃の連続光下で振盪せずに培養した。14日間の培養後、75 μMのエストラジオールを24時間添加して導入遺伝子の過剰発現を誘導した。o-クロロフェノールによる培養液からのペプチドの抽出は、既報に従って行った。分泌ペプチドを含む画分を500 μl の0.1% TFAに溶解した。ナノ LC-MS 分析は、LTQ Orbitrap XL 質量分析計 (Thermo Scientific) に接続した DiNa-M スプリットレスナノ HPLC システム (KYA Technologies, Japan) を用いて実施した。ペプチド画分の一部 (5 μl) を C18 トラップカラム (0.5 mm i.d. 1 mm cartridge; KYA Technologies) にロードし、10 μl の 0.1% ギ酸で洗浄した。その後、ペプチドをプレカラムから溶出し、MonoCap C18 Fast-flow nano-column (100 μm i.d. 150 mm; GL Sciences) で、0.1%ギ酸含有2-35%アセトニトリルグラジエントを用い、500 nl/分で30分間分離しました。タンデムマススペクトルは、PSY3は30、PSY2は32.5、PSY6は35、PSY5とPSY8は40の規格化衝突エネルギーでHCD断片化を行い、データに依存する取得方法を用いてm/z 350からm/z 1,500までの質量範囲をスキャンして得られた。Raw ファイルは Proteome Discoverer ソフトウェア (バージョン 2.5) (Thermo Scientific) を用いて解析し、SEQUEST-HT を用いて対応する前駆体ペプチド配列に対して検索を行った。消化酵素なし、前駆体質量公差10ppm、フラグメント質量公差0.02 Da、プロリン酸化(+15.995 Da)およびチロシン硫酸化(+79.957 Da)を動的修飾として検索に使用した。
【0092】
<ペプチドの合成とバイオアッセイ>
PSY, RaxX, PSK, RGF1, CIF1 ペプチドは,自動ペプチド合成機(Biotage Initiator+ Alstra) を用いて TrtA-PEG 樹脂上に Fmoc 固相化学合成し,逆相 HPLC で精製した.PSY2, PSY3, PSY5, PSY6, PSY8 については、実験的に決定された成熟構造に一致する硫酸化ペプチドを合成した。PSY4, PSY7, PSY9 については、PSY6 の成熟ペプチド領域に相当する14 アミノ酸のチロシン硫酸化ペプチドを調製した。PSY1 については、非糖化の 18 アミノ酸チロシン硫酸化ペプチドを合成した。PSYおよびRaxX処理では、タイムコース実験を除き、全培養期間中、ペプチドを1μMで培地に添加した。RGF1およびCIF1処理アッセイでは、tpst/psyr1,2,3苗を1.2%寒天B5プレート上で10日間縦長に培養した. タイムコース遺伝子発現解析は、tpst-1苗を発芽させ、B5液体培地で水中培養し、1μM PSY5で2時間、6時間、24時間、7日間処理した後、7日目に収穫した。
【0093】
<光活性化 [125I]ASA-PSY5, [125I]ASA-PSY6 および [125I]ASA-PSY1 の合成>
Fmocで保護されたPSY5アナログFmoc-[Lys20]PSY5をペプチド合成機を用いてFmocケミストリで合成した。副反応を防ぐためにLys(Dde)をLys10に組み込んだ。4-Azidosalicylic acid succinimidyl ester (0.9 mg, Pearce), Fmoc-[Lys20]PSY5 (4.5 mg), NaHCO3 (1.0 mg) を200 μl の50%アセトニトリルに溶解し、暗所で室温にて1時間攪拌した。粗ペプチドを逆相HPLCで精製し、凍結乾燥してFmoc-[(4-azidosalicyl)Lys20]PSY5を得た。DdeおよびFmoc基を、200μlの50%アセトニトリル中の10%ヒドラジンで1時間処理し、続いて50μlのピペリジンを加えて1時間インキュベートすることによって脱保護した。ASA-PSY5をさらにクロラミンT法で放射性ヨウ素化した。ASA-PSY5 (10 nmol), 非標識NaI (2.5 nmol), カラードNa125I (18.5 MBq, ~0.24 nmol, PerkinElmer) およびクロラミンT (10 nmol) を50 lの100 mM NaH2PO4-NaOH buffer (pH 7.5) に溶解し,暗所で10分間室温で攪拌した。この標識ペプチドを逆相HPLCで精製し、比放射能98Ci/mmolの分析的に純粋な[125I]ASA-PSY5を得た。Fmoc-[Lys18]PSY1 (Lys(Dde) を Lys10 に導入) を 4-azidosalicylic acid succinimidyl ester と反応させ、ヒドラジンとピペリジンで脱保護して ASA-PSY1 を調製した。放射性ヨウ素化した後、比放射能179 Ci/mmolの[125I]ASA-PSY1を得た。ASA-PSY6は、Fmoc-[Lys12]PSY6を4-アジドサリチル酸スクシンイミジルエステルと反応させ、ピペリジンで脱保護することにより調製した。ヨウ素化した後、比放射能65 Ci/mmolの[125I]ASA-PSY6を得た。
【0094】
<シロイヌナズナ受容体キナーゼ発現ライブラリーを用いた光アフィニティーラベリング>
シロイヌナズナ受容体キナーゼ発現ライブラリーの調製は既報の通りである。発現したHaloTag融合受容体をHaloTag TMR (Promega) を用いて特異的に標識し、SDS-PAGEで分離し、Typhoon 9400 fluorescent image analyzer (GE Healthcare) を用いて可視化した。光親和性標識、免疫沈降、SDS-PAGEおよびオートラジオグラフィーは、30 nMの[125I]ASA-PSY5、[125I]ASA-PSY6または[125I]ASA-PSY1を使って過去の報告に従って行った。競合結合アッセイでは、300 倍モル過剰の非標識ペプチドを使用した。
【0095】
<プロモーター解析>
遺伝子のプロモーター活性を解析するために、ゲノムPCRを用いて遺伝子の上流2-3kbのプロモーター領域を増幅し、バイナリーベクターpBI101またはpCAMBIA-bastaに-グルクロニダーゼ(GUS)コーディング配列とインフレームで融合させてクローニングした。GUS活性は、X-Glucを基質として、従来のプロトコルにしたがって評価した。
【0096】
<変異体およびトランスジェニック植物>
T-DNA タグ付き PSYR1、PSYR2、PSYR3 および PSY5 変異体は、SALK および SAIL T-DNA コレクションで同定した (psyr1-1, SALK_101617; psyr2-1, SALK_115856; psyr3-1, SAIL_429_B07; psy5-1, SALK_205832)。tpst-1変異体は、既報に記載した。T-DNA の挿入位置と変異のホモ接合性は、ゲノム PCR と RT-PCR で確認した。相補性解析のために、3.0kbプロモーター領域を含む完全長PSYR3ゲノム断片をバイナリーベクターpCAMBIA-bastaにクローン化した。このコンストラクトは、psyr1,2,3 triple mutant または tpst/psyr1,2,3 quadruple mutant に導入された。PSYR3-GFPを用いた共免疫沈降のために、PSYR3遺伝子の3.0kb 5'-上流領域、PSYR3コーディング領域のcDNA断片、GFPのcDNA断片をPCRにより増幅した。これら3つの断片をNEBuilder HiFi DNA Assembly Kitを用いてHindIII/BamHIで消化したバイナリーベクターpCAMBIA-bastaに4成分ライゲーションによりインフレームでクローニングした。得られたPSYR3-GFPコンストラクトはtpst/psyr1,2,3変異体植物に導入した。共免疫沈降のポジティブコントロールとしてRGFR1-GFPの発現のために、3.2kbのプロモーター領域を含む完全長のRGFR1ゲノム断片、GFPのcDNA断片、RGFR1遺伝子の2.6kb 3'-領域をPCRを用いて増幅させた。これら3つの断片をSalI消化したバイナリーベクターpBI101-Hmに4成分ライゲーションでクローニングした。得られた RGFR1-GFP コンストラクトはrgfr1,2,3 変異体に導入した。psy6-1 および psy8-1 変異体は、CRISPR/Cas9 システムを用いて作製した。U6.26 プロモーターとガイド RNA 配列を pKIR1.0 にクローニングし、WT に形質転換した。PCRとシークエンスにより形質転換体をスクリーニングした結果、PSY6のコーディング領域に1bpの挿入、PSY8には23bpの挿入を伴う20bpの欠失をそれぞれ見出した。その後、遺伝的安定性を確保するため、CRISPR/Cas9コンストラクトを除去した。
【0097】
<定量的リン酸化プロテオーム解析>
tpst-1実生を代謝的取り込みにより14Nまたは安定同位体15Nで標識した。表面殺菌したtpst-1種子をナイロンメッシュ(孔径990μm)上に、1.5%寒天を用いて固めた14Nまたは15N含有B5培地上に13×10cmプラスチックプレート(120種子×3列/プレート)で播種し、22℃で連続点灯しながら垂直に生育させた。15N B5培地では、K14NO3および(14NH4)2SO4を、それぞれ重窒素塩であるK15NO3および(15NH4)2SO4に置き換えた。10日後、苗の根に直接ペプチド溶液を注ぎ、1μMのPSY5またはPSY1で30分間処理した(1プレートあたり6ml)。根を回収した後、14N標識したPSY処理根と15N標識した模擬処理根を新鮮重量比で1:1になるように混合して標識サンプルとした。同様に、15N標識したモック処理根を14N標識したPSY処理根と1:1の割合で組み合わせて相互標識を行なった。混合した根の組織(0.3-0.5 g)を液体窒素中で凍結し、マルチビーズショッカー(安井機械製作所、日本)を用いて微粉末にした。タンパク質の抽出、消化、リン酸化ペプチドの濃縮は、既報の通り行った。
【0098】
ナノLC-MS/MS分析は、Orbitrap Exploris 480ハイブリッド四重極-オービトラップ質量分析計 (Thermo Fisher Scientific) に接続したEASY-nLC 1200 LCシステム (Thermo Fisher Scientific) を使用して行った。濃縮したリン酸化ペプチドを 20 μl の 2% アセトニトリル (0.1% TFA) に溶解し、上清の 7.5 μlを LC-MS/MS 分析に使用した。サンプルはダイレクトインジェクションモードでロードし、ナノHPLCキャピラリーカラム(Aurora カラム [75 μm I.D. × 250 mm], IonOpticks) で、3-32%アセトニトリル (0.1% ギ酸含有 ) のグラジエントを流速300 nl/minで90minかけて分離した。Orbitrap Exploris 480質量分析計は、Data-dependent exclusionを有効にしたデータ依存の取得モードで動作させた(10秒)。MS/MSスキャンは、衝突エネルギーを30に設定した高エネルギー衝突解離HCDによって行った。MS/MS RawファイルはProteome Discoverer 2.5 (Thermo Fisher Scientific) でSEQUEST HTアルゴリズムを用いて処理・解析し、TAIR10 Arabidopsisタンパク質データベースに対して検索を行った。
【0099】
<共免疫沈降-質量分析法>
PSYR3-GFPを相補的に持つtpst/psyr1,2,3植物(PSYR3-GFP/4KO)の表面滅菌種子を1.5%寒天で固めた1/2MS培地の上にナイロンメッシュ(孔径990μm)をしいた13×10cmプラスチックプレート(120種子×3列/プレート)に播種し、22℃で連続光下で垂直育成させた。12日後、苗の根に直接ペプチド溶液を注ぎ、1μM PSY5で30分間処理した(1プレートあたり6ml)。根(0.2-0.3 g)を回収し、液体窒素中で凍結した後、マルチビーズショッカーを使用して微粉末に粉砕した。ポジティブコントロールとして、RGFR1-GFP/rgr1,2,3の種子を播種し、22℃、連続光で垂直に生育させた。5 日後、苗の根を 1 μM の RGF1 で 30 分間処理した。全タンパク質は、粉砕した根組織250 mgを1.0 mlの抽出バッファー(50 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 1% Triton X-100, cOmplete Mini EDTA-free Protease Inhibitor Cocktail [Roche, 1 tablet per 10 ml] )と混合し、超音波バスで5秒間超音波処理を行い、30分間氷上培養後、10000 × g、4℃で15分遠心し、上清を新しいチューブで回収して、抽出した。抗GFP抗体(ab290, Abcam)を、製造元の指示に従い、ビス(スルホスクシンイミジル)スベレートで0.5μg/μlビーズ(50%スラリー)で磁性Dynabeads Protein G(Invitrogen)と架橋させた。上清を20μlの抗体-ビーズ(50%スラリー)と共に4℃で2時間インキュベートした。免疫沈降後、ビーズを洗浄バッファ(50 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Triton X-100)で洗浄し、さらに洗剤を除く洗浄バッファ(50 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl)を用いて2回洗浄した。免疫沈降したビーズを20 μlの消化バッファー (8 M 尿素、250 mM 重炭酸アンモニウム) に懸濁し、25 mM tris(2-carboxyethyl)phosphine (TCEP) で37℃、15分間還元、25 mM iodoacetamide で37℃、30分間暗所で、いずれも標準プロトコルに従って1200 rpmで振りながらアルキル化処理をした。ビーズ上のタンパク質を0.1 μg Lys-C (FUJIFILM Wako, Japan) で37℃、3時間、1,000 rpmで振とうしながら直接消化した。50 mM Tris-HCl (pH 8.5) で尿素濃度2 Mに希釈し、1 mM CaCl2を加えた後、0.1 μgトリプシン (Promega) で一晩37℃で1000 rpmで振り混ぜながらLys-C消化物を更に消化させた。5 μl の 20% TFA を加えて消化を停止した後、Lys-C/トリプシン二重消化ペプチドをGL-Tip SDB (GL Science) を用いて製造者の指示に従って脱塩した。脱塩したサンプルを200 μlの2%アセトニトリル (0.1% TFA) に溶解し、上清の7.5 μlを上記のようにOrbitrap Exploris 480を使用してナノLC-MS/MSで分析した。
【0100】
<RNA-seq 解析>
RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いて、7日齢の苗の根、芽、または植物全体から総RNAを抽出した。NEBNext Oligo d(T)25 magnetic isolation module (New England Biolabs) を用いたmRNA精製に1 μg total RNAを使用し、その後、製造者のプロトコルにしたがってNEBNext Ultra II RNA Library Prep Kit for Illuminaを用いて第一鎖cDNA合成を行った。その後、サンプルをNEBNext multiplex oligo adaptor kitsでライゲーションし、バーコーディングした。cDNAの量は、Agilent 4150 TapeStation Systemで決定した。得られたcDNAライブラリーは、Illumina NextSeq 550またはMiniSeqで、それぞれシングルエンド81-bpまたは75-bpシーケンスで配列決定した。リードは、ウェブ上のBaseSpaceソフトウェア(Illumina、https://basespace.illumina.com)を使用して、シロイヌナズナTAIR10参照ゲノムにマッピングした。サンプル間の一対比較は、ウェブ上のEdgeRパッケージを用いて行った(Degust, https://degust.erc.monash.edu)。q値 1の遺伝子を差次的発現遺伝子と定義した。データは、少なくとも3つの生物学的に独立したRNA-seqデータの平均値である。遺伝子オントロジー解析は、TAIRウェブサイト(https://www.arabidopsis.org)を通じてPANTHER classification systemデータベースを用いて実施した。
【0101】
<ストレス処理>
塩ストレス処理では,発芽後,100 mM または 120 mM NaCl 添加寒天固化 B5 培地を用いて,明記した期間栽培した。熱ストレス処理では、寒天培地上で生育した10日齢の苗を37℃で3または4日間培養した後、22℃に戻し、明記した期間培養した。生物的ストレス耐性を調べるために、0.0025% Silwet L-77を含む滅菌水中のPseudomonas syringae pv. tomato DC3000(Pst DC3000)の細菌懸濁液を2 × 107 CFU/mlの濃度で、10-d齢のアラビドプシス苗を含むB5プレートに分配し、プレートを室温で3分間インキュベートした(浸漬接種(38)).菌懸濁液をピペットで除去した後、プレートを25℃の長日条件下(18/6明暗サイクル)で培養した。症状は接種後11日目に観察した。菌の増殖を調べるため,ロゼット葉を収穫,粉砕,連続希釈し,希釈試料を100 mg/l リファンピシンを含むキングスB培地にプレーティングした.希釈サンプルのプレーティングから2日後に,適切な希釈サンプルを用いて細菌のコロニー形成単位(CFU)を計数した.CFU値は、収穫した葉の総面積を用いて、CFU/cm2として正規化した。
【0102】
<定量的 RT-PCR>
RNeasy kit(Qiagen)を用いて、根または芽からTotal RNAを得た。Superscript IV VILO Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いて、0.5gのtotal RNAから製造者のプロトコルにしたがって一本鎖cDNAを合成した。プライマーとTaqmanプローブはUniversal Probe Library (UPL) Assay Design Center (Roche)のProbe Finderソフトウェアを用いて設計した。すべてのPCR反応はStepOne System (Applied Biosystems)を用いて行った。定量的 RT-PCR データの正規化には、構成的発現 EF-1 を参照遺伝子として用いた。
【0103】
<顕微鏡観察>
共焦点根のイメージングでは、細胞外形を50μg/mlのヨウ化プロピジウムで2分間染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡(Olympus FV3000)で543nmで励起して観察した。根の分裂細胞の数は、急速な伸長の兆候を示さない皮層細胞を数えることによってカウントした。根の皮層細胞の細胞長は,成熟領域の皮層細胞の長さを測定することによって解析した。葉の葉肉パリセード細胞の観察には、18日齢の植物から切り取った初生葉をホルマリン/酢酸/アルコール溶液で固定し、クロラール溶液で洗浄した。Casparian stripを可視化するために,11-d齢の苗の根を既報の方法で洗浄し、488 nmのアルゴンレーザー励起によりCasparian stripの自家蛍光を可視化した(Olympus FV300)。Casparian stripの不連続性の定量的解析のために、Casparian stripの穴の数を決定した。
【0104】
試験例1.PSYファミリーの解析
シロイヌナズナの未同定ペプチドホルモン候補を上記の経験則に基づいてスクリーニングする過程で、我々は3つの近縁パラロガス遺伝子、At5g53486, At1g74458, At3g47510に注目した(それぞれC末端に保存ドメインを持つ~90アミノ酸のポリペプチドがコードされている)(
図1A)。これらのポリペプチドはPSY1と配列が類似していることから、At5g53486, At1g74458, At3g47510はそれぞれPSY5, PSY6, PSY8と最近命名された。
【0105】
PSY5、PSY6またはPSY8を過剰発現したシロイヌナズナ細胞から分泌されたペプチドをナノ液体クロマトグラフィー結合タンデム質量分析法(LC-MS/MS)で解析したところ、これらのペプチドの成熟型は保存ドメイン由来の21、14および14アミノ酸チロシン-硫酸化ペプチドであることが分かった(
図1B)。PSY1糖ペプチドとは対照的に、PSY5、PSY6およびPSY8はヒドロキシプロリンアラビノシル化を欠いている。さらに、PSY2とPSY3はそれぞれ17アミノ酸と15アミノ酸のチロシン硫酸化ペプチドであることを明らかにした(
図1B)。
【0106】
PSYファミリーペプチドの機能を解明するために、シロイヌナズナのpsy5 psy6 psy8 triple mutantを作成したが、この系統は植物成長に関して明らかな表現型を示さず、PSYファミリーペプチド間の機能の重複がリガンド側からの特定の役割を分析することを妨げていると考えられた。
【0107】
試験例2.PSYファミリーペプチドを直接認識する3つの関連LRR-RKsの解析
これらのペプチドと直接相互作用する受容体を同定するために、PSY5とPSY6のパラログ間で保存されていない残基に光活性化可能な4-アジドサリチル酸(ASA)部位を組み込んだ架橋性誘導体を化学合成し、ラジオヨード化を行った。LRR X と LRR XI のサブファミリーに対応するシロイヌナズナ受容体キナーゼ発現ライブラリーに対して光親和性標識による網羅的な結合アッセイを行った。その結果、3種類のLRR-RK(At1g17230, At2g33170, At5g63930; いずれもLRR XIサブファミリーのメンバー)が[125I]ASA-PSY5およびASA-PSY6ペプチドと直接相互作用することがわかった(
図1C)。この相互作用は過剰な非標識リガンドによって競合的に阻害され、この結合が特異的であることが示された(
図1C)。[
125I]ASA-PSY6もGSO1やGSO2と相互作用したが、この結合は過剰な非標識PSY6によって競合的に阻害されなかったことから、観察された結合は非特異的であることが示された。
【0108】
PSYファミリーの硫酸化ペプチドがどのようにLRR-RKのリガンドとして働くかを明らかにするために、他のPSYファミリーメンバーを[
125I]ASA-PSY6を放射性リガンドとして用いた競合結合アッセイでスクリーニングしたところ、9つのPSYファミリーの硫酸化ペプチドがすべてLRR-RKのリガンドとして働くことがわかった。その結果、9種類のペプチド全てが[
125I]ASA-PSY6と競合し、3つのLRR-RKのいずれにも結合することがわかった(
図1D)。対照ペプチドであるCIF1は、PSY6との受容体結合において測定可能な競合を示さなかった。これらの結果から、上記の9つの硫酸化ペプチドはすべて、試験した3つのLRR-RKのリガンドとして働くことが示された。したがって、PSYR1 (At1g17230), PSYR2 (At2g33170) およびPSYR3 (At5g63930) と命名した。
【0109】
[125I]ASA-PSY6は、PSY1受容体(PSY1R)と呼ばれ、PSY1の反応に影響を与えることが報告されているAt1g72300(サブファミリーLRR X)と直接相互作用しなかったことに注目した。At1g72300は[125I]ASA-PSY1も直接認識しなかったことから、LRR XサブファミリーのAt1g72300はPSYペプチドに対する直接的なリガンド認識受容体ではないことがわかった。
【0110】
試験例3.PSYRのXanthomonas RaxXペプチドの認識の解析
生物栄養病原体Xooは、PSYファミリーペプチドと高い類似性を持つRaxXと名付けられた硫酸化ペプチドを分泌する。16残基(RaxX16)あるいは21残基(RaxX21)からなる合成硫酸化RaxXペプチドは、PSY1によって引き起こされるのと同様に、シロイヌナズナやイネの根の成長を促進することが知られている。RaxX16とRaxX21はPSYR2とPSYR3への結合において[125I]ASA-PSY6と有効に競合し、RaxXもシロイヌナズナのPSYRによって認識されていることが我々の競合結合アッセイによって示された。
【0111】
試験例4.PSYおよびPSYR遺伝子の発現プロファイルの解析
Genevestigatorから公開されている大規模トランスクリプトームデータセットに基づくPSYR1、PSYR2、PSYR3遺伝子のインシリコ発現プロファイリングにより、PSYRファミリーの受容体遺伝子はシロイヌナズナのほぼ植物全体で発現を示すことがわかった。より細かく解析すると、PSYR1の発現量は根よりもシュートで高く、PSYR3の発現量はシュートよりも根で高いことが示された。また、各PSYR遺伝子のプロモーター制御下でβ-グルクロニダーゼ(GUS)を発現するトランスジェニック植物の組織化学染色により、これらの転写産物に基づく発現パターンが支持された。また、GenevestigatorとGUSレポーター株を用いてPSYファミリーペプチド遺伝子の発現を調べたところ、このペプチドファミリーのメンバーは、一般的に、葉、葉柄、茎、胚軸、子葉、根などの様々な組織で発現していた。また、PSYRsとPSYsの発現は、寒冷、乾燥、熱、浸透圧、塩、創傷、微生物接種などの様々なストレス条件下でほぼ安定しており、これらの遺伝子はストレス誘導性ではないことが示唆された。これらの結果は、PSY-PSYRシグナル伝達が植物全体レベルで典型的に構成的に活性化していることを示した。
【0112】
試験例5.リガンド側と受容体側からの遺伝子型-表現型相関解析
PSY-PSYR シグナル伝達の分子機構を明らかにするために、個々の T-DNA 変異体を交配して作製したチロシルプロテイン硫酸転移酵素変異体 tpst-1 と受容体トリプル変異体 psyr1-1 psyr2-1 psyr3-1 (psyr1,2,3) を用いてリガンド側、受容体側の遺伝子型-表現型の相関を分析した。まず、tpst-1苗を合成成熟PSYペプチドを添加した培養液で培養した。tpst-1は全てのチロシン硫酸化ペプチドの生合成が欠損しているため、この変異体は硫酸化ペプチドホルモンのポリミュータントの代用品として使うことができる。1 μM PSY2、PSY3、PSY5、PSY6、またはPSY8を培養液に添加すると、tpst-1に見られた根の成長阻害が回復し、PSY5が最も強力であったため、このペプチドをPSYファミリーの代表として選んだ。また、1μMのPSY5を培養液に添加すると、根端分裂組織の活性がわずかに上昇するとともに、tpst-1の根における細胞伸長欠損が回復した(
図2A-B)。さらに、tpst-1の葉の細胞サイズは野生型(WT)レベルまで回復し、それに伴ってロゼットのサイズも回復したが、以前に報告されたAHA2 Thr881リン酸化レベルの上昇は我々の条件下では検出されなかった(
図2C-D)。
【0113】
しかし、上記のペプチドバイオアッセイに基づく我々の当初の予想とは異なり、psyr1,2,3受容体三重変異体はWTと比較して、根皮層細胞の長さが増加することを特徴とする伸長した根の表現型を示した(
図2A-B)。しかし、psyr1,2,3ではPSY5処理による根の伸長は観察されず、この受容体変異体はリガンドに非応答性であることが示された(
図2E-F)。
【0114】
さらに、受容体変異体の表現型を決定的に確認するために、tpst-1 psyr1-1 psyr2-1 psyr3-1 (tpst/psyr1,2,3) 四重変異体を作製した。psyr1,2,3変異体をtpst-1と組み合わせたところ、根の長さが親株のtpst-1と比較して2.1倍増加し、この効果はPSY5ペプチドで処理したtpst-1の根で見られたのと同等であった(
図2A-B)。また、tpst/psyr1,2,3四重変異体では根の皮層細胞長も増加し、WT植物で見られたレベルを超えた。葉の中葉パリセード細胞についても同様の結果が得られ、それに伴いロゼット葉の大きさも回復した(
図2C-D)。psyr1,2,3変異とtpst-1の組み合わせも、わずかではあるが根端分裂活性に顕著な好影響を与えた。tpst/psyr1,2,3四重変異体の根におけるこれらの細胞表現型は、PSYR3ゲノム断片による相補によって回復した(
図2A-D)。また、psyr1,2,3変異体、tpst/psyr1,2,3変異体ともに開花や種子着生は正常であった。
【0115】
tpst/psyr1,2,3変異体は、シロイヌナズナPSY5やXoo RaxXペプチドで処理しても一次根の長さが伸びなかったが、フィトスルフォカイン(PSK)、RGF、Casparian strip integrity factor(CIF)など他のチロシン-硫酸化ペプチドホルモンには反応し、PSYファミリーペプチドに対して特異的に非応答性の変異体であることが確認できた(Fig. 2G-H)。これらの結果から、PSYR1, PSYR2, PSYR3はリガンド非存在下で機能的に冗長な成長抑制因子であり、PSYファミリーペプチドはPSYRシグナルを抑制して成長を可能にすることが示唆された。
【0116】
Co-immunoprecipitation coupled with mass spectrometry (CoIP-MS) により、RGFR1-GFP が RGF1 存在下で SERK1 や BAK1 と共沈する条件下では、PSY5 の処理に関わらず PSYR3-GFP は既知の共受容体と共沈せず、PSYR 信号には既知のものとは異なる共受容体系が関わっていると考えられる。
【0117】
試験例6.PSY-PSYRシグナルによる生長とストレス応答のトレードオフ
PSYペプチド処理によってPSYRの喪失が分子レベルでどのような影響を与えるかを調べるために、tpst-1一重変異体、tpst/psyr1,2,3四重変異体、PSY5処理したtpst-1の根の転写産物プロフィールを比較検討した。PSY5処理したtpst-1植物では、未処理のtpst-1と比較して、合計1,004個の異なる発現遺伝子(DEG)が同定された。これらのDEGのうち、656個(65.3%)がtpst/psyr1,2,3 4倍体変異体で検出されたDEGと重複しており(tpst-1 1倍体変異体と比較して)、tpst/psyr1,2,3植物とPSY5処理tpst-1は非常に似た転写プロファイルを持つことが分かった(
図3A)。また、上記植物の地上部のトランスクリプトームを比較したところ、PSY5処理したtpst-1植物で検出された合計586個のDEGのうち400個(68.3%)がtpst/psyr1,2,3四元変異体のDEGと重なった(
図3A)。したがって、psyr1,2,3三重変異体は構成的なPSY応答表現型を示すと結論付けた。この応答は、通常リガンドが結合したときのみ応答を誘導する他の既知のLRR-RKに見られるものとは逆であった。
【0118】
上記の2つの比較(tpst-1 vs. PSY5処理tpst-1、tpst-1 vs. tpst/psyr1,2,3 4倍体)の根と地上部の重複DEGsを比較解析したところ、根と芽のデータセットで共通する139個の「コア」DEGsが見つかり、そのうち135個のDEGがPSY5処理でダウンレギュレーションした。
【0119】
浸漬培養条件下でPSY5処理したtpst-1植物の時間経過トランスクリプトーム解析の結果、コアDEGの大部分は2時間以内にダウンレギュレーションされる初期応答遺伝子であった(
図3B)。これらの135のダウンレギュレーションされたDEGsのGene ontology termは、26の転写因子遺伝子に濃縮されていることに代表されるように、ストレスに対する反応に大きく関係しており、そのうち10 ERFs、5 WRKYs、3 DREBs、1 MYCなどほぼ全てがストレス関連遺伝子である(
図3C)。これらの転写因子は、ストレス耐性遺伝子のプロモーター領域のシスエレメントに直接結合することで、生物的ストレス耐性を付与する役割を担っていることが示されている。この発見から、我々はPSYファミリーペプチドの成長促進効果を、成長とストレス耐性との間のトレードオフという観点で解釈した。ストレスシグナリングネットワークは、細胞の代謝活動を積極的に抑制し、植物の生育を抑制する。一方、成長を促進する場合は、ストレス応答プログラムを抑制する必要がある。生長するか、生長を制限してストレス応答にリソースを振り向けるかは、変動する環境に適応しようとする植物にとって大きな生理的トレードオフである。しかし、この判断の基礎となる細胞間情報伝達機構は、ほとんどわかっていなかった。
【0120】
PSYファミリーペプチドを欠損した植物(tpst-1)では、これらの転写因子遺伝子26個すべての転写レベルが、WT植物と比較して非常に上昇していた(
図3C)。このことから、通常の生育条件下では、ほぼ恒常的に発現しているPSYファミリーペプチドによってストレス応答が積極的に抑制され、生育が促進されていることが示唆された(
図3C)。そこで、tpst-1を様々なPSYファミリーペプチド(PSY5に加え、PSY2、PSY3、PSY6またはPSY8)を含む培地で培養したところ、代表的遺伝子(根のWRKY22、芽のDREB1B)の転写レベルが低下することを確認した(
図3D)。一方、リガンドがない場合でも、PSYRを欠損させると、tpst/psyr1,2,3 4倍体変異体で見られるように、ストレス応答転写因子遺伝子の転写レベルが低下した(
図3C)。また、tpst/psyr1,2,3変異体では、PSY5処理後もWRKY22の転写レベルがそれ以上低下しなかった(
図3E)。この結果は、tpst/psyr1,2,3 4倍体変異体が親株のtpst-1よりも根が長く、シュートが大きくなる理由を、成長とストレス応答のトレードオフの観点から説明するものである。以上のことから、PSYRはリガンド非存在下ではストレス応答遺伝子を誘導して成長を制限し、リガンド存在下ではこのストレスシグナルを抑制して成長を可能にすることが示唆された。
【0121】
試験例7.生物的・環境的ストレスに対する耐性へのPSYRの欠損の影響の解析
我々は、もしPSYRシグナルがストレス応答遺伝子の制御に関与しているならば、PSYRを介したストレス応答転写因子遺伝子の誘導が損なわれたpsyr1,2,3 triple-mutant植物はストレス耐性に変化を示す可能性がある。これを検証するために、我々は高塩分、高温、病原体曝露などの様々なストレスに対する psyr1,2,3 変異体植物の応答を検討した。100 mM NaCl 条件下で発芽させた場合、psyr1,2,3 変異体は重度の成長阻害を示し、発芽後 28 日目の生存率は WT 植物と比較して約 2 倍に減少した(図 4A-B)。熱ストレス処理では、10 日齢の苗を 37℃で 3 日間培養した後、22℃に戻して 10 日間培養した。 psyr1,2,3 変異体は早期にクロロシスを示し、WT 植物と比較して生存率が著しく低下した(
図4C-D)。また、10 日齢の植物に細菌性病原体 Pseudomonas syringae pv. tomato (Pst) DC3000 を浸漬接種し、その感受性を調査した。界面活性剤濃度を低くして緩やかな感染を促すと、WT株では接種後11日目に典型的な病斑が見られた。この条件下で、psyr1,2,3株はWT株よりも重度の病徴を示し、葉に大きなクロロシス病斑が形成された(Fig. 4E)。また、接種後11日目におけるWTおよびpsyr1,2,3の葉における菌の増殖は、それぞれ1.5 × 10
9および6.1 × 10
9コロニー形成単位(CFU)/cm
2であり、WTと比較して変異体では菌増殖が4.2倍増加した(Fig. 4F)。psyr1,2,3をPSYR3で相補すると、変異体の上記の表現型は回復した。PSYRシグナルが構成的に活性化しているtpst-1変異体は、熱ストレスに対する耐性が向上していた(
図4G-H)。逆に、PSYRシグナルを阻害するPSY5でWT植物を処理すると、100 mM NaCl条件下で生育したWT植物の生存率が低下し、やはりPSYRシグナルを構成的に阻害するとストレス耐性が損なわれることが示された(
図4I-J)。同様に、PSY6を過剰発現させると、生長は促進されるものの、耐塩性は低下した。これらの結果から、PSYRは植物の複数の環境ストレスに対する耐性に必須であることが明らかとなった。
【0122】
試験例8.PSY-PSYRシグナルによる、損傷部位の周辺領域への特異的なストレス応答の誘導
最後に、PSYRがリガンド不在時にストレス応答遺伝子を誘導することを踏まえ、この機構が環境ストレスに対する耐性獲得にどのように寄与しているのかを検討した。DREB1BとMYC2を例にとり、PSYRの標的遺伝子の発現パターンを熱および生物ストレス後のpsyr1、2、3およびWT植物で比較した。DREB1Bプロモーター-GUSレポーターアッセイにより、10日齢の植物を37℃で3日間インキュベートした後、22℃に1日間戻すと、WT植物では損傷部位に隣接するいくつかの細胞層でDREB1Bのプロモーター活性が上昇した(Fig. 4K)。一方、psyr1,2,3植物では、そのような領域特異的なGUSの発現は観察されなかった。同様の結果は、Pst DC3000接種後10日目にMYC2プロモーター-GUSレポーターを発現させた植物でも得られた(
図4L)。これらの結果から、代謝機能不全の損傷細胞の増加は、損傷部位に隣接する細胞層内の細胞外PSY濃度の低下をもたらすため(PSYシグナルがある程度オートクライン様式で作用するとしても)、このリガンド欠乏が引き金となってPSYRシグナルが活性化することにより、植物は損傷部位の周辺領域に特異的にストレス応答を誘導する可能性があることが明らかとなった。