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特開2024-57455震源距離推定装置、震源距離推定プログラム及び震源距離推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057455
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】震源距離推定装置、震源距離推定プログラム及び震源距離推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01V 1/01 20240101AFI20240417BHJP
【FI】
G01V1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164213
(22)【出願日】2022-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】304000836
【氏名又は名称】学校法人 名古屋電気学園
(71)【出願人】
【識別番号】522400652
【氏名又は名称】株式会社エーアイシステムサービス
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】横田 崇
(72)【発明者】
【氏名】増田 徹
(72)【発明者】
【氏名】落合 鋭充
【テーマコード(参考)】
2G105
【Fターム(参考)】
2G105AA03
2G105BB01
2G105EE01
2G105MM02
2G105NN02
(57)【要約】
【課題】P波を的確に検知してP波到達と同時に震源距離の推定を高精度で行う。
【解決手段】震源距離推定装置1(以下、推定装置1)は、加速度観測記録における各成分に対してIIRフィルターによる演算を行う。離推定装置1は、IIRフィルターによる演算が行われた各成分をベクトル合成して3成分ベクトル合成波を算出する。推定装置1は、3成分ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出する。推定装置1は、対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出する。推定装置1は、即時震度時刻歴の増加率を算出する。推定装置1は、第1,2距離算出式の少なくとも一方に、増加率を代入することにより、震源距離を算出する。増加率をSとし、震源距離をRとし、S(R)={a/(R+b)}+cを第1距離算出式とし、R(S)={A/(S+B)}+Cを第2距離算出式とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
地震動により生じる加速度について、3次元直交座標系を構成する第1軸、第2軸及び第3軸のそれぞれの方向に沿った第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分を検出する地震計から取得した加速度検出信号に基づいて、前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分それぞれの時間変化を示す加速度観測記録を作成するように構成された加速度観測記録作成部と、
前記加速度観測記録における前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分のそれぞれに対して、震度計算のために予め設定されたフィルター特性を有するIIRフィルターによる演算を行うように構成されたフィルター演算部と、
前記IIRフィルターによる演算が行われた前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分をベクトル合成してベクトル合成波を算出するように構成されたベクトル合成波算出部と、
前記ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出するように構成された対数関数算出部と、
前記対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出するように構成された即時震度時刻歴算出部と、
前記即時震度時刻歴の増加率を算出するように構成された増加率算出部と、
前記増加率をSとし、前記地震動を発生させた地震の震源距離をRとし、予め設定された第1,2,3係数をそれぞれa,b,cとし、S(R)={a/(R+b)}+cを第1距離算出式とし、予め設定された第4,5,6係数をそれぞれA,B,Cとし、R(S)={A/(S+B)}+Cを第2距離算出式として、前記第1距離算出式及び前記第2距離算出式の少なくとも一方に、前記増加率算出部により算出された前記増加率を代入することにより、前記震源距離を算出するように構成された震源距離算出部と
を備える震源距離推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の震源距離推定装置であって、
前記震源距離算出部は、前記第1距離算出式に前記増加率を代入することにより算出される第1震源距離と、前記第2距離算出式に前記増加率を代入することにより算出される第2震源距離との幾何平均を前記震源距離として算出する震源距離推定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の震源距離推定装置であって、
前記震源距離算出部は、前記第1距離算出式に前記増加率を代入することにより算出される第1震源距離と、前記第2距離算出式に前記増加率を代入することにより算出される第2震源距離との算術平均を前記震源距離として算出する震源距離推定装置。
【請求項4】
震源距離を推定するために、コンピュータを、
地震動により生じる加速度について、3次元直交座標系を構成する第1軸、第2軸及び第3軸のそれぞれの方向に沿った第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分を検出する地震計から取得した加速度検出信号に基づいて、前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分それぞれの時間変化を示す加速度観測記録を作成するように構成された加速度観測記録作成部、
前記加速度観測記録における前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分のそれぞれに対して、震度計算のために予め設定されたフィルター特性を有するIIRフィルターによる演算を行うように構成されたフィルター演算部、
前記IIRフィルターによる演算が行われた前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分をベクトル合成してベクトル合成波を算出するように構成されたベクトル合成波算出部、
前記ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出するように構成された対数関数算出部、
前記対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出するように構成された即時震度時刻歴算出部、
前記即時震度時刻歴の増加率を算出するように構成された増加率算出部、及び、
前記増加率をSとし、前記地震動を発生させた地震の震源距離をRとし、予め設定された第1,2,3係数をそれぞれa,b,cとし、S(R)={a/(R+b)}+cを第1距離算出式とし、予め設定された第4,5,6係数をそれぞれA,B,Cとし、R(S)={A/(S+B)}+Cを第2距離算出式として、前記第1距離算出式及び前記第2距離算出式の少なくとも一方に、前記増加率算出部により算出された前記増加率を代入することにより、前記震源距離を算出するように構成された震源距離算出部
として機能させるための震源距離推定プログラム。
【請求項5】
震源距離を推定する震源距離推定装置が実行する震源距離推定方法であって、
前記震源距離推定装置が、地震動により生じる加速度について、3次元直交座標系を構成する第1軸、第2軸及び第3軸のそれぞれの方向に沿った第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分を検出する地震計から取得した加速度検出信号に基づいて、前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分それぞれの時間変化を示す加速度観測記録を作成し、
前記震源距離推定装置が、前記加速度観測記録における前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分のそれぞれに対して、震度計算のために予め設定されたフィルター特性を有するIIRフィルターによる演算を行い、
前記震源距離推定装置が、前記IIRフィルターによる演算が行われた前記第1加速度成分、前記第2加速度成分及び前記第3加速度成分をベクトル合成してベクトル合成波を算出し、
前記震源距離推定装置が、前記ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出し、
前記震源距離推定装置が、前記対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出し、
前記震源距離推定装置が、前記即時震度時刻歴の増加率を算出し、
前記震源距離推定装置が、前記増加率をSとし、前記地震動を発生させた地震の震源距離をRとし、予め設定された第1,2,3係数をそれぞれa,b,cとし、S(R)={a/(R+b)}+cを第1距離算出式とし、予め設定された第4,5,6係数をそれぞれA,B,Cとし、R(S)={A/(S+B)}+Cを第2距離算出式として、前記第1距離算出式及び前記第2距離算出式の少なくとも一方に、前記増加率を代入することにより、前記震源距離を算出する震源距離推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、震源距離を推定する震源距離推定装置、震源距離推定プログラム及び震源距離推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地震が発生したときに即座に有効な警報を発出するために、P波を検知しP波初動部分の時刻歴から震源距離を推定する工夫がなされている。これまでに提案されている方法においては、一定時間長の観測記録データの蓄積が必要であるために、P波検知から震源距離推定までに一定の時間が掛かり、早期警報の発出のためには改良すべき課題がある。
【0003】
特許文献1では、「震央距離及びマグニチュード方法とそのための装置」という発明が開示されている。この発明では、地震波を検知し、地震波初動部分の時刻歴データの包絡線を計算し、包絡線に関数y=Bt×exp(-At)を当てはめることにより係数A,Bを求め、係数Bから震央距離を推定する方法が採られている。
【0004】
特許文献1に記載されている方法では、数秒間のデータを蓄積する必要があるために震央距離を推定するまでに数秒の時間が掛かること、及び、観測記録の包絡線に当てはめる関数の理論的妥当性等が問題点である。
【0005】
特許文献2では、「震央距離推定装置、震央距離推定システム及び震央距離推定方法」という発明が開示されている。この発明では、特許文献1と同様に、地震波初動部分の時刻歴データの包絡線を計算し、包絡線に関数y=Bt×exp(-At)を当てはめることにより係数Bを求め、更に、観測記録のP波初動部分にローパスフィルター処理をした3成分時刻歴から計算される地震動軌跡に楕円を当てはめることより、P波の入射方位と入射角を推定し、係数BとP波入射角から震央距離を推定する方法が採られている。
【0006】
特許文献2に記載されている方法では、包絡線に関数を当てはめるにも、地震動軌跡に楕円を当てはめるにも、観測記録時刻歴の蓄積が必要であることは、特許文献1と同様の問題点である。
【0007】
特許文献3では、「リアルタイム震度計とそれを用いた震度等の予知方法」という発明が開示されている。特許文献3では、多くの地震観測記録の解析に基づいて、即時震度時刻歴のP波初動到達時における増加率が震源距離に応じて平均的に系統的関係にあることが指摘されている。即時震度時刻歴のP波初動到達時における増加率は、震源から近い地点ほど大きい値を取り、震源から遠ざかるにしたがって小さくなる。特許文献3では、上記の関係を利用すれば、増加率から震源距離を推定できることが示唆されている。しかし、特許文献3には、増加率と震源距離との関係について定量的な回帰式等は提示されておらず、震源距離推定の具体的な方法は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3695579号公報
【特許文献2】特許第4465509号公報
【特許文献3】特許第4472769号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
地震多発国の我が国において、地震防災対策の継続的な改善は全ての人にとって重要課題の一つである。地震発生を事前に予知することが困難である限り、地震が発生した際に揺れの最大の強さとその到達時刻を地震発生直後に予測し、可能な限り迅速に警報を発出する等の対応が災害を軽減する手段となる。
【0010】
地震による揺れは、震源から近いほど早く到達し振幅は大きい。すなわち、地震の揺れによる災害は、震源から近いほど深刻である。内陸で地震が発生すると、震源直上の地域では、P波到達時刻から最大の揺れが発現するまでの時間は、短い場合わずか2秒程度である。したがって、大きな地震、特にいわゆる直下地震が発生した際に、P波を検知し早期に震源からの距離を推定することは、地震防災にとってたいへん有意義であり、震源距離推定の有効な手段の開発は重要な課題である。
【0011】
これまでに提案された方法は、P波初動部分の数秒間にわたり蓄積されたデータの解析から震源距離推定に有用なパラメタを抽出する考え方に依っている。そのため、P波検知から震源距離推定までに一定の時間を要する。警報発出の緊急性を踏まえれば、的確にP波を検知してP波検知から震源距離推定までの数秒間の遅延を克服する新しい方法の開発が解決すべき具体的課題である。
【0012】
本開示は、P波を的確に検知してP波到達と同時に震源距離の推定を高精度で行うことができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の一態様は、加速度観測記録作成部と、フィルター演算部と、ベクトル合成波算出部と、対数関数算出部と、即時震度時刻歴算出部と、増加率算出部と、震源距離算出部とを備える震源距離推定装置である。
【0014】
加速度観測記録作成部は、地震動により生じる加速度について、3次元直交座標系を構成する第1軸、第2軸及び第3軸のそれぞれの方向に沿った第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分を検出する地震計から取得した加速度検出信号に基づいて、第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分それぞれの時間変化を示す加速度観測記録を作成するように構成される。
【0015】
フィルター演算部は、加速度観測記録における第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分のそれぞれに対して、震度計算のために予め設定されたフィルター特性を有するIIRフィルターによる演算を行うように構成される。
【0016】
ベクトル合成波算出部は、IIRフィルターによる演算が行われた第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分をベクトル合成してベクトル合成波を算出するように構成される。
【0017】
対数関数算出部は、ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出するように構成される。
即時震度時刻歴算出部は、対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出するように構成される。
【0018】
増加率算出部は、即時震度時刻歴の増加率を算出するように構成される。
震源距離算出部は、第1距離算出式及び第2距離算出式の少なくとも一方に、増加率算出部により算出された増加率を代入することにより、震源距離を算出するように構成される。増加率をSとし、地震動を発生させた地震の震源距離をRとし、予め設定された第1,2,3係数をそれぞれa,b,cとし、S(R)={a/(R+b)}+cを第1距離算出式とし、予め設定された第4,5,6係数をそれぞれA,B,Cとし、R(S)={A/(S+B)}+Cを第2距離算出式とする。
【0019】
このように構成された本開示の震源距離推定装置は、即時震度時刻歴の増加率に基づいて震源距離を算出するため、P波を的確に検知してP波到達と同時に震源距離の推定を高精度で行うことができる。このため、本開示の震源距離推定装置は、これまでの方法で不可避であったP波検知から震源距離推定までの時間遅延を解消することができる。これにより、本開示の震源距離推定装置は、緊急性を要する震源直上地域に対する有効な警報を発出することを可能とする。
【0020】
本開示の別の態様は、震源距離を推定するために、コンピュータを、フィルター演算部、ベクトル合成波算出部、対数関数算出部、即時震度時刻歴算出部、増加率算出部、及び、震源距離算出部として機能させるための震源距離推定プログラムである。
【0021】
本開示の震源距離推定プログラムによって制御されるコンピュータは、本開示の震源距離推定装置の一部を構成することができ、本開示の震源距離推定装置と同様の効果を得ることができる。
【0022】
本開示の更に別の態様は、震源距離を推定する震源距離推定装置が実行する震源距離推定方法である。
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、地震計から取得した加速度検出信号に基づいて、加速度観測記録を作成する。
【0023】
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、加速度観測記録における第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分のそれぞれに対して、震度計算のために予め設定されたフィルター特性を有するIIRフィルターによる演算を行う。
【0024】
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、IIRフィルターによる演算が行われた第1加速度成分、第2加速度成分及び第3加速度成分をベクトル合成してベクトル合成波を算出する。
【0025】
本開示の管理方法では、ベクトル合成波の対数を含む対数関数を算出する。
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、対数関数に対して、予め設定された区間長について積算継続時間を0とした演算を実行して即時震度時刻歴を算出する。
【0026】
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、即時震度時刻歴の増加率を算出する。
本開示の管理方法では、震源距離推定装置が、第1距離算出式及び第2距離算出式の少なくとも一方に、増加率を代入することにより、震源距離を算出する。
【0027】
本開示の震源距離推定方法は、本開示の震源距離推定装置にて実行される方法であり、当該方法を実行することで、本開示の震源距離推定装置と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】震源距離推定装置の構成を示すブロック図である。
図2】観測記録、フィルター処理時刻歴、ベクトル合成時刻歴、常用対数時刻歴、即時震度時刻歴、及び増加率時刻歴を示すグラフである。
図3】P波初動における増加率と震源距離との関係を示すグラフである。
図4】震源距離とP波初動における増加率との関係を示すグラフである。
図5】P波初動における増加率と震源距離との関係と、回帰式とを示すグラフである。
図6】即時震度時刻歴の解析に用いた地震の震央位置と観測点位置とを示す図である。
図7】即時震度時刻歴の解析に用いた地震の頻度分布を示す図である。
図8】即時震度時刻歴の解析に用いたデータの頻度分布を示す図である。
図9】即時震度時刻歴の増加率と震源距離との関係のトリガーレベルによる相違を示す図である。
図10】即時震度時刻歴増加率と震源距離との関係の測定区間長による相違を示す図である。
図11】即時震度時刻歴増加率と震源距離との関係の震源深さによる相違を示す図である。
図12】非弾性減衰モデルの特性を示す図である。
図13】非弾性減衰モデルにおける即時震度時刻歴の増加率の最大値と震源距離との関係を示す図である。
図14】即時震度時刻歴増加率と震源距離との関係のトリガーレベルによる相違を示す図である。
図15】即時震度時刻歴増加率と震源距離との関係の区間長による相違を示す図である。
図16】実際の震源距離と、算術平均により算出された震源距離との関係を示す図である。
図17】実際の震源距離と、幾何平均により算出された震源距離との関係を示す図である。
図18】震源距離推定処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に本開示の実施形態を図面とともに説明する。
[1]震源距離推定装置の構成
本実施形態の震源距離推定装置1は、図1に示すように、処理部2と、入出力部3とを備える。
【0030】
処理部2は、CPU2a、ROM2b及びRAM2c等を備えたマイクロコンピュータを中心に構成された電子制御装置である。マイクロコンピュータの各種機能は、CPU2aが非遷移的実体的記録媒体に格納されたプログラムを実行することにより実現される。この例では、ROM2bが、プログラムを格納した非遷移的実体的記録媒体に該当する。また、このプログラムの実行により、プログラムに対応する方法が実行される。なお、CPU2aが実行する機能の一部または全部を、一つあるいは複数のIC等によりハードウェア的に構成してもよい。また、処理部2を構成するマイクロコンピュータの数は1つでも複数でもよい。
【0031】
入出力部3は、震源距離推定装置1の外部と処理部2との間でアナログ信号またはデジタル信号の入出力を行わせるための回路である。入出力部3には、地震計4が接続される。
【0032】
地震計4は、例えば地表面または地中に設置され、地震計4が設置された観測点における地震動により生じる加速度を、南北方向、東西方向及び上下方向の3成分で検出し、検出した加速度の時間変化を示す3成分加速度検出信号を出力する。
【0033】
[2]即時震度増加率の震源距離に対する関係
図2に、2019年大阪府内で発生したマグニチュード6.5、震源深さ1.4kmの地震について、震源から近い観測点と遠い観測点における即時震度時刻歴の例を示す。観測記録時刻歴から即時震度時刻歴を計算する際は時間領域フィルターを用い、震度換算の区間長は0.5s、積算継続時間は0.0sとしている。左側の図は観測点OSK002で震央距離2.8km、右側の図は観測点HYG009で震央距離59.5kmである。図2の上から下に、南北方向成分観測記録、東西方向成分観測記録、上下方向成分観測記録、南北方向成分フィルター処理時刻歴、東西方向成分フィルター処理時刻歴、上下方向成分フィルター処理時刻歴、ベクトル合成時刻歴、常用対数時刻歴、即時震度時刻歴、及び増加率時刻歴であり、P波初動として検知された即時震度時刻歴の立ち上がり時刻を時刻0として表示している。
【0034】
即時震度時刻歴の振幅変化はP波到達時に最も大きく、P波初動到達の直後、即時震度時刻歴の傾斜は緩やかに減少する。その後、即時震度時刻歴はS波や表面波の到達により更に増加し、その後衰退する。即時震度時刻歴のP波到達時における増加率は、震源から近い観測点(左図)で大きく遠い観測点(右図)で小さいことが認められる。
【0035】
P波が検知された際に、その時刻の時刻歴データとそれに続く数サンプルのデータを用いて、いくつかの区間長での増加率が計算され、増加率が震源距離と系統的な関係をもつことが多くの地震動観測記録の解析により見いだされた。即時震度時刻歴のP波初動到達時における増加率と震源距離との関係を多くの観測記録についてまとめた結果を図3及び図4に示す。小さな丸は個々のデータを表す。図3では、大きな丸と線分は、震源距離10km毎の平均値と標準偏差を表す。図4では、大きな三角と線分は、増加率10s-1毎の平均値と標準偏差を表す。震源から近いほど増加率は大きく遠ざかるにしたがって小さくなる様子が認められる。図中の曲線は、震源距離と増加率との関係を表現する回帰式を表し、図3においては式S(R)、図4においては式R(S)である。後述されるように、回帰式は理論的根拠に裏付けられたモデル関数である。
【0036】
式S(R)と式R(S)は、理論式として見た場合は同値であるが、ばらつきをもつデータに対する回帰式としては異なるものとなる。式S(R)の回帰においては、震源距離Rは独立変数として取り扱われ、即時震度時刻歴の増加率Sの個々のデータに対して、Rが与えられたとき式S(R)からの2乗残差の合計が最小になるように係数a,b,cが決定される。個々の増加率Sの式S(R)からのばらつきの程度を、震源距離10km区間での標準偏差として表現したものが図3に示された縦向きの線分である。一方、式R(S)の回帰においては、即時震度時刻歴の増加率Sは独立変数として取り扱われ、震源距離Rの個々のデータに対して、Sが与えられたとき式R(S)からの2乗残差の合計が最小になるように係数A,B,Cが決定される。個々の震源距離Rの式R(S)からのばらつきの程度を、増加率10s-1区間での標準偏差として表現したものが図3に示された横向きの線分である。回帰式S(R)と回帰式R(S)の相違を図5に示す。小さな丸は個々のデータを表し、縦向きの線分と大きな丸は、震源距離10km毎の増加率Sの平均値と標準偏差、横向きの線分と大きな三角は、増加率10s-1毎の震源距離Rの平均値と標準偏差を表す。これらは図3及び図4と同様である。
【0037】
図6に、解析に用いた地震の震央と観測点位置を示す。地震数は934、観測点数は1675、地震観測記録数は58,617である。図7に、解析に用いた地震のマグニチュード別頻度分布と震源深さ別頻度分布を示す。また、図8に、解析に用いた観測記録データの震央距離別頻度分布、計測震度別頻度分布、P波検知におけるトリガーレベル別頻度分布、及び、震源距離が50km以内の領域でのP波到達時刻から最大の揺れの時刻までの時間別頻度分布を示す。図8に示される「P波到達時刻から揺れが最大になる時刻までの時間別頻度分布」から、震源に近い領域では最大の揺れがP波到達時から短時間で起こる場合が少なからずあることがわかる。
【0038】
即時震度時刻歴のP波到達時における増加率と震源距離との関係は、定常的ノイズレベルにより決まるP波検知のトリガーレベルに依存しており、その様子は図9に示される。
図9のグラフでは、横軸は震源距離(km)、縦軸は区間0.01秒での震度増加率(/s)である。小さい丸は個別データ、大きい丸は震源距離10kmごとの平均値である。大きな丸に付随する縦向き線分は増加率の標準偏差である。曲線は、後述する式(12)の回帰曲線である。震源深さは0~60kmである。
【0039】
また、増加率と震源距離との関係は増加率を計算する区間長にも依存しておりその様子は図10に示される。
図10のグラフでは、横軸は震源距離(km)、縦軸は区間0.01~0.06秒での震度増加率(/s)である。小さい丸は個別データ、大きい丸は震源距離10kmごとの平均値である。大きな丸に付随する縦向き線分は増加率の標準偏差である。曲線は、後述する式(12)の回帰曲線である。震源深さは0~60kmである。トリガーレベルは震度-5.0である。
【0040】
図9及び図10に示される性質は、それぞれ後述される理論的な予測と一致している。図11に、増加率と震源距離との関係の震源深さによる相違を示す。
図11のグラフでは、横軸は震源距離(km)、縦軸は震度増加率(/s)である。小さい丸は個別データ、大きい丸は震源距離10kmごとの平均値である。大きな丸に付随する縦向き線分は増加率の標準偏差である。増加率測定の区間長は0.01秒である。トリガーレベルは震度-5.0である。
【0041】
震源深さが0~60kmの範囲では増加率と震源距離との関係に大きな差異はなく、震源深さが60km以上で差異が大きくなる。この相違は、地殻内での非弾性減衰が最上部マントル内での非弾性減衰より大きいことと調和的である。
【0042】
[3]震源から地表に至る地震動伝播
震源で地震が発生し地表の1地点に地震動が到達するまでの間に、地震動に影響を与える主な要因は、(A)震源特性、(B)伝播経路での伝達特性、(C)表層地盤での応答特性の3項である。
【0043】
上記3項のうち、(A)震源特性及び(C)表層地盤応答特性は観測地震動の周波数特性を左右する要因であるが、その影響は震源距離に依存しない。震源距離に応じて観測地震動に変化を及ぼす要因は(B)伝播経路での伝達特性である。伝播経路での伝達特性のうち観測地震動に共通して含まれるものは幾何減衰と非弾性減衰であるが、地震動の高周波数帯域での周波静特性に特に大きく影響する因子は非弾性減衰である。観測地震動の周波数特性は、震源距離に応じた影響を及ぼす非弾性減衰による効果に、震源距離に依らない震源特性と表層地盤応答特性による効果が加わったものである。
【0044】
震源距離Rにおいて時間tの関数として得られる即時震度時刻歴I(R,t)は、加速度観測記録a(R,t)に対して、以下に示す(P1)~(P4)の処理を順次実行して得られる。
【0045】
(P1)加速度観測記録a(R,t)の各成分a(R,t)に対して、気象庁告示第4号による計測震度計算用のフィルター特性を近似する特性J(ω)をもつIIRフィルターによる演算を行う。IIRは、Infinite Impulse Responseの略である。
【0046】
この演算による効果は、a(R,t)のフーリエ変換A(R,ω)に対してJ(ω)を乗じてF(R,ω)を得てF(R,ω)を逆フーリエ変換してf(R,t)を得ることと同値であり、式(1),(2),(3)のように表すことができる。
【0047】
【数1】
【0048】
(P2)式(4)に示すように、f(R,t)の3成分ベクトル合成波v(R,t)を計算する。
【0049】
【数2】
【0050】
(P3)式(5)に示すように、v(R,t)の常用対数を2倍して定数項Cを加え関数w(R,t)を計算する。
【0051】
【数3】
【0052】
(P4)式(6)に示すように、w(t)に対して、区間長Lについて積算継続時間を0(区間内の最大値を取ることに相当)とした演算Sを実施して即時震度時刻歴I(R,t)を得る。例えば、「区間長が1秒であり、1秒間のサンプル数が100である場合において、積算継続時間が0.3秒となる値」とは、区間長内における関数w(R,t)の値を大きい順に並べて30番目となる値である。従って、例えば、「区間長が1秒であり、1秒間のサンプル数が100である場合において、積算継続時間が0秒となる値」とは、区間長内における関数w(R,t)の値を大きい順に並べて1番目となる値、すなわち最大値である。
【0053】
【数4】
【0054】
処理(P1)~(P4)のうち、処理(P1)の計測震度計算用フィルター処理は明らかに即時震度時刻歴の周波数特性を変化させる。ただし、この変化は震源距離とは無関係である。処理(P2)の3成分ベクトル合成処理は即時震度時間関数の負値の部分を正値に変更するが、波動の初動部分は定符号であることから初動部分の性質に本質的な変化を与えるものではない。処理(P3)の対数計算処理は、即時震度時刻歴の時系列としての性質は変化させるが周波数特性に変化を与えない。また、処理(P4)の演算処理は即時震度時刻歴の周波数特性に一般的には影響を与えるものであるが、P波到達時においては即時震度時刻歴は単調増加することから、初動部分の増加率(すなわち、即時震度時刻歴の時間微分)を変化させない。
【0055】
以上の考察から、即時震度時刻歴の周波数特性は、伝播経路での非弾性減衰により震源距離に応じた相違が生じ、震源特性、表層地盤応答特性により震源距離に依らない変化が生じ、即時震度時刻歴計算での処理(P1)による震源距離に無関係な効果が加わることになる。
【0056】
[4]伝播経路における非弾性減衰と即時震度時刻歴の増加率
即時震度時刻歴の増加率S(R,t)は、増加率測定の区間長について最小二乗法を用いてI(R,t)の平均傾斜を求めることにより得られる。増加率は、式(7)に示すように、I(R,t)の時間微分に近い値となる。
【0057】
【数5】
【0058】
したがって、即時震度時刻歴のP波到達時における増加率は、伝播経路での非弾性減衰による震源距離に応じた効果に、震源特性、表層地盤応答特性、及び演算処理に伴う効果が加わることになる。
【0059】
地震動伝播経路における非弾性減衰に関していくつかのモデルが提案されている。このうち、位相スペクトルを無視し振幅スペクトルのみの特性で表現される因果律を満たさないモデルは、非現実的であるが時間領域での効果を解析的に表すことができ、即時震度時刻歴に対する非弾性減衰の効果を考察するうえで有意義である。複素伝達関数をK(ω)、非弾性減衰についてのQ値をQ、地震動伝播の位相速度をcとすると、K(ω)は、式(8)で表される。
【0060】
【数6】
【0061】
因果律を満たさない非弾性減衰モデルでは、位相速度を別にすれば自由パラメタはQ値のみである。即時震度時刻歴に対する非弾性減衰の効果を顕在化するため、震源時間関数をデルタ関数とし、表層地盤応答特性を無視し、計測震度用のフィルター処理をしない場合、即時震度時刻歴は、式(9)のように得られる。
【0062】
【数7】
【0063】
因果律を満たさないモデルであるため、即時震度時刻歴はP波の到達時刻t=R/cについて対称となっている。即時震度時刻歴の増加率は上式を時間微分して式(10)のように得られ、その最大値は、式(11)のようになる。
【0064】
【数8】
【0065】
図12の左上に位相速度を6km/s、Q値を100とした場合の因果律を満たさない非弾性減衰モデルの特性、図13の左上に因果律を満たさない非弾性減衰モデルを採用した場合の即時震度時刻歴の増加率の最大値と震源距離との関係を示す。式(11)と図12から、即時震度時刻歴に対する非弾性減衰の効果は、増加率の最大値が震源距離に反比例することであり、比例係数は位相速度とQ値の積に比例することである。このことから、震源距離に依存しない周波数特性、即ち、一般の震源時間関数に伴う周波数特性、表層地盤応答特性、即時震度時刻歴の演算処理に伴う周波数特性が追加される実際の場合に、即時震度時刻歴のP波到達時における増加率は、式(11)を参照してこの関数を一般化して、式(12)のように表されると考えられる。
【0066】
【数9】
【0067】
式(12)の関係を独立変数と従属変数を入れ替えて書き換えれば、式(13)が得られる。
【0068】
【数10】
【0069】
因果律を満たす非弾性減衰モデルのうち、Futtermanモデルの場合、複素伝達関数は式(14)のように表される。
【0070】
【数11】
【0071】
図12の右上に位相速度c=6km/s、Q=100とした場合の因果律を満たすFuttermanモデルの特性を示す。Futtermanモデルは周波数の広い範囲でQ値がほぼ一定となる。図13の右上にFuttermanモデルを採用した場合の即時震度時刻歴のP波初動における増加率と震源距離との関係を示す。P波検知の際のトリガーレベルは震度-5.0、増加率測定の区間長は0.01秒である。図中の曲線は計算結果に回帰式(12)を当てはめたものであり、式(12)が計算結果とよく一致していることが確認される。
【0072】
因果律を満たす非弾性減衰モデルのうち、Strickモデルの場合、複素伝達関数は式(15)のように表される。
【0073】
【数12】
【0074】
Strickモデルでは位相速度を別にすれば自由パラメタはkとσである。図12の左下に位相速度を6km/s、1HzにおけるQ値を100、σ=0.8とした場合のStrickモデルの特性を示す。Q値と位相速度が周波数に依存することが示されており、このことにより因果率を満たす特性となっている。Q値は周波数とともに増加しており、多くの観測結果と調和的である。図13の左下にStrickモデルを採用した場合の即時震度時刻歴のP波初動における増加率と震源距離との関係を示す。P波検知の際のトリガーレベルは震度-5.0、増加率測定の区間長は0.01秒である。図中の曲線は計算結果に回帰式(12)を当てはめたものであり、式(12)が計算結果とよく一致していることが確認される。
【0075】
因果律を満たす非弾性減衰モデルのうち、Azimiモデルの場合、複素伝達関数は式(16)のように表される。
【0076】
【数13】
【0077】
Azimiモデルでは位相速度を別にすれば自由パラメタはαとαである。図12の右下に位相速度を6km/s、1HzにおけるQ値を100、α=0.002とした場合の因果律を満たすAzimiモデルの特性を示す。位相速度が周波数に依存することが示されており、このことにより因果率を満たす特性となっている。Q値は周波数とともに増加しており、多くの観測結果と調和的である。図13の右下にAzimiモデルを採用した場合の即時震度時刻歴のP波初動における増加率と震源距離との関係を示す。P波検知の際のトリガーレベルは震度-5.0、増加率測定の区間長は0.01秒である。図中の曲線は計算結果に回帰式(12)を当てはめたものであり、式(12)が計算結果とよく一致していることが確認される。
【0078】
図14に、即時震度時刻歴のP波初動における増加率と震源距離との関係に対するP波検知の際のトリガーレベルによる効果を示す。非弾性減衰モデルは因果律を満たすAzimiモデルを採用した。増加率測定の区間長は0.01秒である。
【0079】
図15に、即時震度時刻歴のP波初動における増加率と震源距離との関係に対する増加率測定の区間長による効果を示す。非弾性減衰モデルは因果律を満たすAzimiモデルを採用した。P波検知の際のトリガーレベルは震度-5.0である。
【0080】
図14及び図15に示される結果から、即時震度時刻歴はP波初動到達と同時に急激に立ち上がり、P波初動到達直後は傾斜が徐々に緩やかになることを示している。多くの観測記録から得られた図9図10に示される結果は、ここに示される理論的結果とよく一致しており、即時震度時刻歴のP波初動到達時における増加率の震源距離依存性が、伝播経路における非弾性減衰に起因するものであることを裏付けている。
【0081】
[5]P波初動の検知
P波検知に際しては、即時震度時刻歴を対象としている。P波初動到達の直後、即時震度時刻歴の傾斜は緩やかに減少する。その後、即時震度時刻歴はS波や表面波の到達により更に増加しその後衰退する。即時震度時刻歴の振幅変化はP波到達時に最も大きく、通常のように線形の観測時刻歴を対象とする場合と比較すると、定常ノイズ振幅の大小にかかわらず、P波検知のためのアルゴリズムがより簡略であることを特徴とする。
【0082】
P波検知は即時震度時刻歴の振幅と増加率の上述の特長を利用する。具体的手順は以下の通りである。当該地点における定常的ノイズレベルを監視することによりそのノイズレベルより一定の値大きな閾値を設定し、即時震度時刻歴の値がその閾値を超えたときにP波が検知されたとし、その時刻を記憶し同時に即時震度時刻歴の増加率を測定する。ある時刻にP波を検知した後、一定の時間内に当初のP波検知時に測定された増加率より大きな増加率が測定されたときは、その時刻を改めてP波検知時刻とする。
【0083】
地震動と突発的ノイズとの振幅推移の相違は、即時震度時刻歴を用いることにより線形時刻歴より明確になる。このことを利用して、即時震度時刻歴の振幅が一定の時間以上継続する場合は地震と認識し、そうでない場合は突発的ノイズと判定してP波検知を取り消す。さらに、より小さい地震の直後により大きい地震のP波が到達する場合には、即時震度時刻歴の振幅変化は線形時刻歴よりも明確であり、また、即時震度時刻歴の増加率が大きな値を取るため、大地震のP波到達を精度よく検知できる。
【0084】
P波が検知され即時震度時刻歴の増加率が測定されると、瞬時に震源距離が推定され、その後実行されるべき最大の揺れの予測等に活用される。
[6]震源距離の即時的推定
即時震度時刻歴の増加率と震源距離との関係を表す式(12)の係数a,b,c、及び式(13)の係数A,B,Cはいずれも、P波検知におけるトリガーレベル、増加率測定の区間長、及び震源深さに依存する値となっている。トリガーレベルは当該地点の定常ノイズにしたがって決まるもので既知量、区間長は増加率測定に伴うもので既知量である。震源深さはP波検知時には未知である。実際の震源距離推定に際しては、P波検知時のトリガーレベル、区間長0.01秒、震源深さ0~60kmに対応する係数を用いることとした。この場合、式(12)の係数a,b,c、及び式(13)の係数A,B,Cはトリガーレベルに依存する値となる。このことを明示的に表すために式(12)の係数a,b,c、及び式(13)の係数A,B,Cを書き換えて、式(17)及び式(18)のように表す。
【0085】
【数14】
【0086】
P波が検知され即時震度時刻歴のP波到達時における増加率が測定されると、式(17)、式(18)に示される増加率と震源距離との関係から、P波検知と同時に震源距離が推定される。本開示の方法では、これまでの方法では不可避であったP波検知から震源距離推定までの時間遅延は解消される。
【0087】
式(17)と式(18)は理論式として見れば同値であるが、ばらつきをもつデータに関する回帰式としては異なるものであり、式(17)を用いて推定する場合と式(18)を用いて推定する場合とでは、震源距離の推定値は異なる値となる。そこで、本実施形態では、式(17)を用いて推定される値と式(18)から推定される値の算術平均あるいは幾何平均をとり推定値偏差を調整した値を震源距離の推定値として採用する。
【0088】
図16に算術平均をとった場合、図17に幾何平均を取った場合の震源距離推定値を示す。
図16のグラフにおいて、横軸は実際の震源距離、縦軸は算術平均により算出された震源距離の推定値である。小さい丸は個別データ、大きい丸は震源距離10kmごとの平均値である。大きな丸に付随する横棒は震源距離の標準偏差、縦棒は推定値の標準偏差である。トリガーレベルは震度-4.5以下である。
【0089】
図17のグラフにおいて、横軸は実際の震源距離、縦軸は幾何平均により算出された震源距離の推定値である。小さい丸は個別データ、大きい丸は震源距離10kmごとの平均値である。大きな丸に付随する横棒は震源距離の標準偏差、縦棒は推定値の標準偏差である。トリガーレベルは震度-4.5以下である。
【0090】
どちらの場合も、即時震度時刻歴のP波到達時における増加率から震源距離が推定できることを示している。推定値は、震源距離の大きい範囲ではやや過小評価であるが、震源距離の小さい範囲での誤差平均はほぼ0であることが重要である。
【0091】
[7]処理部において実行される処理
震源距離推定装置1の処理部2が実行する震源距離推定処理の手順を説明する。震源距離推定処理は、処理部2の動作中において繰り返し実行される処理である。
【0092】
震源距離推定処理が実行されると、処理部2のCPU2aは、図18に示すように、まずS10にて、地震計4から取得した3成分加速度検出信号に基づいて、加速度観測記録a(R,t)を作成する。
【0093】
次にCPU2aは、S20にて、加速度観測記録a(R,t)の各成分a(R,t)に対して、上記のIIRフィルターによる演算を行い、f(R,t)を算出する。
次にCPU2aは、S30にて、上式(4)を用いて、f(R,t)の3成分ベクトル合成波v(R,t)を算出する。
【0094】
次にCPU2aは、S40にて、上式(5)を用いて、関数w(R,t)を算出する。
次にCPU2aは、S50にて、上式(6)を用いて、即時震度時刻歴I(R,t)を算出する。
【0095】
次にCPU2aは、S60にて、P波を検知したか否かを判断する。具体的には、CPU2aは、即時震度時刻歴I(R,t)の値が所定の閾値を超えたか否かを判断し、即時震度時刻歴I(R,t)の値が所定の閾値を超えた場合に、P波を検知したと判断する。
【0096】
ここで、P波を検知していない場合には、CPU2aは、震源距離推定処理を終了する。一方、P波を検知した場合には、CPU2aは、S70にて、上述のように、増加率測定の区間長について最小二乗法を用いて即時震度時刻歴I(R,t)の平均傾斜を求めることにより、即時震度時刻歴I(R,t)の増加率S(R,t)を算出する。
【0097】
次にCPU2aは、S80にて、S70で算出された増加率S(R,t)を式(17)に代入することにより、震源距離Rを算出する。以下、S80で算出された震源距離Rを第1震源距離という。
【0098】
次にCPU2aは、S90にて、S70で算出された増加率S(R,t)を式(18)に代入することにより、震源距離Rを算出する。以下、S90で算出された震源距離Rを第2震源距離という。
【0099】
次にCPU2aは、S100にて、第1震源距離と第2震源距離の平均値を算術平均あるいは幾何平均により算出し、算出された平均値を震源距離の推定値とし、震源距離推定処理を終了する。
【0100】
[8]効果
このように構成された震源距離推定装置1は、地震動により生じる加速度について、3次元直交座標系を構成する南北方向軸、東西方向軸及び上下方向軸のそれぞれの方向に沿った南北方向加速度成分、東西方向加速度成分及び上下方向加速度成分を検出する地震計4から取得した3成分加速度検出信号に基づいて、南北方向加速度成分、東西方向加速度成分及び上下方向加速度成分それぞれの時間変化を示す加速度観測記録a(R,t)を作成する。
【0101】
震源距離推定装置1は、加速度観測記録a(R,t)における南北方向加速度成分、東西方向加速度成分及び上下方向加速度成分のそれぞれに対して、気象庁告示第4号による計測震度計算用のフィルター特性を近似する特性J(ω)をもつIIRフィルターによる演算を行う。
【0102】
震源距離推定装置1は、IIRフィルターによる演算が行われた南北方向加速度成分、東西方向加速度成分及び上下方向加速度成分をベクトル合成して3成分ベクトル合成波v(R,t)を算出する。
【0103】
震源距離推定装置1は、3成分ベクトル合成波v(R,t)の常用対数を含む関数w(R,t)を算出する。
震源距離推定装置1は、関数w(R,t)に対して、予め設定された区間長Lについて積算継続時間を0とした演算Sを実行して即時震度時刻歴I(R,t)を算出する。
【0104】
震源距離推定装置1は、即時震度時刻歴I(R,t)の増加率S(R,t)を算出する。
震源距離推定装置1は、式(17)及び式(18)に、増加率S(R,t)を代入することにより、震源距離を算出する。
【0105】
このような震源距離推定装置1は、即時震度時刻歴I(R,t)の増加率S(R,t)に基づいて震源距離を算出するため、P波を的確に検知してP波到達と同時に震源距離の推定を高精度で行うことができる。このため、震源距離推定装置1は、これまでの方法で不可避であったP波検知から震源距離推定までの時間遅延を解消することができる。これにより、震源距離推定装置1は、緊急性を要する震源直上地域に対する有効な警報を発出することを可能とする。
【0106】
また震源距離推定装置1は、簡略なアルゴリズムで突発的ノイズや直前の小地震と対象の地震とを高い精度で区別し、的確にP波を検知することができる。
また、即時震度時刻歴I(R,t)のP波到達時における増加率S(R,t)と震源距離との関係が、非弾性減衰モデルを用いた地震動シミュレーションによる計算結果に基づいてトリガーレベルの相違に応じて定式化されるため、震源距離推定装置1は、理論的に裏付けられた方法で震源距離を推定することができる。
【0107】
以上より、震源距離推定装置1は、地震防災措置を講じ緊急警報を発出する必要がある施設及び機関において有意義であると同時に、特に緊急性が要請される震源近傍地域における警報発出に対して有効である。
【0108】
以上説明した実施形態において、S10は加速度観測記録作成部としての処理に相当し、S20はフィルター演算部としての処理に相当し、S30はベクトル合成波算出部としての処理に相当し、S40は対数関数算出部としての処理に相当する。
【0109】
また、S50は即時震度時刻歴算出部としての処理に相当し、S70は増加率算出部としての処理に相当し、S80~S100は震源距離算出部としての処理に相当する。
また、南北方向軸は第1軸に相当し、東西方向軸は第2軸に相当し、上下方向軸は第3軸に相当し、南北方向加速度成分は第1加速度成分に相当し、東西方向加速度成分は第2加速度成分に相当し、上下方向加速度成分は第3加速度成分に相当し、3成分加速度検出信号は加速度検出信号に相当する。
【0110】
また、3成分ベクトル合成波v(R,t)はベクトル合成波に相当し、関数w(R,t)は対数関数に相当し、式(17)は第1距離算出式に相当し、式(18)は第2距離算出式に相当する。
【0111】
以上、本開示の一実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、種々変形して実施することができる。
[変形例1]
例えば上記実施形態では、1つの観測点に設置された地震計4から取得した加速度検出信号に基づいて震源距離を推定する形態を示した。しかし、複数の観測点のそれぞれに設置された複数の地震計4から取得した加速度検出信号に基づいて震源距離を推定するようにしてもよい。
【0112】
[変形例2]
上記実施形態では、増加率S(R,t)を式(17)に代入することにより算出された第1震源距離と、増加率S(R,t)を式(18)に代入することにより算出された第2震源距離との算術平均あるいは幾何平均により震源距離を推定する形態を示した。しかし、増加率S(R,t)を式(17)に代入することにより算出された第1震源距離、及び、増加率S(R,t)を式(18)に代入することにより算出された第2震源距離の何れか一方に基づいて、震源距離を推定するようにしてもよい。
【0113】
上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加または置換してもよい。
【0114】
上述した震源距離推定装置1の他、当該震源距離推定装置1を構成要素とするシステム、当該震源距離推定装置1としてコンピュータを機能させるためのプログラム、このプログラムを記録した半導体メモリ等の非遷移的実体的記録媒体、震源距離推定方法など、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0115】
1…震源距離推定装置、4…地震計
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18