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特開2024-57459拡散接合に適したフェライト系ステンレス鋼材および拡散接合体
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  • 特開-拡散接合に適したフェライト系ステンレス鋼材および拡散接合体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057459
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】拡散接合に適したフェライト系ステンレス鋼材および拡散接合体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240417BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20240417BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240417BHJP
   B23K 20/00 20060101ALI20240417BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240417BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/40
C22C38/60
B23K20/00 310G
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164221
(22)【出願日】2022-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【テーマコード(参考)】
4E167
4K037
【Fターム(参考)】
4E167AA03
4E167BA02
4E167BA09
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF02
4K037FF03
4K037FG00
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037JA06
(57)【要約】
【課題】拡散接合性に優れるとともに、拡散接合後の耐食性も劣化しないフェライト系ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】C、Si、Mn、P、S、Ni、Cr、Al、および、Nを含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、式(1)で表されるγp値が30.0以上70.0以下であって、かつ、式(2)で表されるΔG800値が-12.0以下であるフェライト系ステンレス鋼材。式(1):γp値=420{C}-11.5{Si}+7{Mn}+23{Ni}-11.5{Cr}-12{Mo}+9{Cu}-49{Ti}-52{Al}+470{N}+189 式(2):ΔG800値=-415{C}+2570{N}-16.4{Si}+46.6{Mn}-15.0{Cr}+59.5{Ni}+39.4{Cu}-111{Al}+180。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.060%以上0.120%以下、
Si:0.20%以上1.00%以下、
Mn:0.01%以上1.50%以下、
P:0.040%以下、
S:0.015%以下、
Ni:0.01%以上1.00%以下、
Cr:15.0%以上17.5%以下、
Al:0.001%以上0.10%以下、および、
N:0.030%以下、
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、
下記式(1)で表されるγp値が30.0以上70.0以下であって、かつ、下記式(2)で表されるΔG800値が-12.0以下である、フェライト系ステンレス鋼材。
式(1):γp値=420{C}-11.5{Si}+7{Mn}+23{Ni}-11.5{Cr}-12{Mo}+9{Cu}-49{Ti}-47{Nb}-52{Al}+470{N}+189
式(2):ΔG800値=-415{C}+2570{N}-16.4{Si}+46.6{Mn}-15.0{Cr}+59.5{Ni}+39.4{Cu}-111{Al}+180
ただし、式(1)及び式(2)の右辺中の元素記号は、前記化学組成中に含まれる各元素の含有量(質量%)を示す。なお、Mo、Cu、Nb及びTiは、前記化学組成中には含有しない元素であるので、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}、{Nb}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量として0質量%を代入する。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、さらに、
Cu:0.01%以上2.0%以下、
Sn:0.001%以上0.1%以下、
Mo:1.0%以下、
Nb:0.2%以下、
Ti:0.1%以下、
V:0.5%以下、
B:0.0001%以上0.01%以下、
W:0.5%以下、
Co:0.5%以下、
Ca:0.03%以下、
Mg:0.03%以下、
Sb:0.5%以下、
Zr:0.5%以下、
Ta:0.03%以下、
Hf:0.03%以下、および、
REM:0.2%以下を含む、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
なお、Mo、Cu及びTiは、前記化学組成中に含有する場合には、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}、{Nb}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量を代入し、また、前記化学組成中に含有しない場合には、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}、{Nb}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量として0質量%を代入する。
【請求項3】
複数の請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼材を、表面同士が接触するように積層した状態で拡散接合により形成された拡散接合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散接合に適したフェライト系ステンレス鋼材および拡散接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、熱交換器、機械部品、燃料電池部品、家電製品部品、プラント部品、装飾品構成部材、建材などの様々な用途に適用されている。このような様々な用途に対応するために、ステンレス鋼材は、加工され、また、他のステンレス鋼材と溶接して接合されて用いられることが多い。ステンレス鋼材同士の接合方法の一つに拡散接合があり、ステンレス鋼材の表面同士を直接接触させて接合させている。この直接拡散接合法は、製造コスト低減の面で有利であり、種々の方法が検討されてきた。
例えば、特許文献1では、拡散接合に好適な結晶粒径を微細に制御した複相系ステンレス鋼が開示されており、拡散接合条件としては比較的低温(900~1100℃)および低面圧(0.1~1MPa)の条件下にて一定の接合性が得られることが示されている。
特許文献1には、一定の成分範囲に制御したSUS430のようなフェライト系ステンレス鋼材も含まれ、高温でオーステナイト相とフェライト相の二相となるよう成分調整することで、結晶粒径を微細に維持し、拡散接合性を向上させことができる。これによって、SUS430のようなフェライト系ステンレス鋼材同士の拡散接合を安定的に行うことが可能になった。
【0003】
しかしながら、フェライト系ステンレス鋼材は、拡散接合の際の雰囲気条件によっては、鋼中のAlによりAlからなる酸化皮膜が形成されて接合性が劣化する場合もあった。このため、Alからなる酸化皮膜の形成を抑制するための手段としては、例えば、特許文献2に、フェライト系ステンレス鋼在中のTiおよびAlの含有量を厳しく制限することで、Al皮膜の生成を防止することが開示されている。これにより、拡散接合性の劣化を抑制することが可能である。
【0004】
しかし、化学成分や拡散接合条件によっては、拡散接合後の耐食性が著しく劣化する場合があり、耐食性を劣化させない拡散接合に適したフェライト系ステンレス鋼材が要望されているという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-089223号公報
【特許文献2】特開2011-157616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の目的は、上記問題点を鑑みてなされたものであり、拡散接合性に優れるとともに、拡散接合後の耐食性も劣化しないフェライト系ステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下に、本発明の特徴を列記する。
(I)質量%で、
C:0.060%以上0.120%以下、
Si:0.20%以上1.00%以下、
Mn:0.01%以上1.50%以下、
P:0.040%以下、
S:0.015%以下、
Ni:0.01%以上1.00%以下、
Cr:15.0%以上17.5%以下、
Al:0.001%以上0.10%以下、および、
N:0.030%以下、
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼材であって、
下記式(1)で表されるγp値が30.0以上70.0以下であって、かつ、下記式(2)で表されるΔG800値が-12.0以下である、フェライト系ステンレス鋼材。
式(1):γp値=420{C}-11.5{Si}+7{Mn}+23{Ni}-11.5{Cr}-12{Mo}+9{Cu}-49{Ti}-47Nb-52{Al}+470{N}+189
式(2):ΔG800値=-415{C}+2570{N}-16.4{Si}+46.6{Mn}-15.0{Cr}+59.5{Ni}+39.4{Cu}-111{Al}+180
ただし、式(1)及び式(2)の右辺中の元素記号は、前記化学組成中に含まれる各元素の含有量(質量%)を示す。なお、Mo、Cu及びTiは、前記化学組成中には含有しない元素であるので、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}、{Nb}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量として0質量%を代入する。
(II)前記化学組成が、質量%で、さらに、
Cu:0.01%以上2.0%以下、
Sn:0.001%以上0.1%以下、
Mo:1.0%以下、
Nb:0.2%以下、
Ti:0.1%以下、
V:0.5%以下、
B:0.0001%以上0.01%以下、
W:0.5%以下、
Co:0.5%以下、
Ca:0.03%以下、
Mg:0.03%以下、
Sb:0.5%以下、
Zr:0.5%以下、
Ta:0.03%以下、
Hf:0.03%以下、および、
REM:0.2%以下を含む、上記(I)に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
なお、Mo、Cu及びTiは、前記化学組成中に含有する場合には、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量を代入し、また、前記化学組成中に含有しない場合には、式(1)の右辺中の{Mo}、{Cu}及び{Ti}並びに式(2)の右辺中の{Cu}に、それぞれの含有量として0質量%を代入する。
(III)複数の上記(I)又は(II)に記載のフェライト系ステンレス鋼材を、表面同士が接触するように積層した状態で拡散接合により形成された拡散接合体。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、拡散接合性に優れるとともに、拡散接合後の耐食性も劣化しないフェライト系ステンレス鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明のステンレス鋼材の金属組織を示す図であり、(a)は拡散接合時の処理温度(例えば1000℃)における金属組織を示す図であり、(b)は拡散接合処理を施してから冷却した後における金属組織を示す図である。
図2】拡散接合後で、耐食性が劣化した従来の金属組織の一例を示している。
図3】耐食性試験を説明する図であり、(a)は耐食性ありとして発明例1を、(b)は耐食性なしとして比較例3を示している。
図4】発明例1~14と比較例1~6のγp値とΔG800値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の説明はこの発明における実施形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
本発明者らは、課題を解決するために、フェライト系ステンレス鋼材において、拡散接合性、孔食電位、耐食性を改善する添加元素の作用効果について鋭意検討を行い、下記の新しい知見を得て本発明をなすに至った。
【0011】
本発明のフェライト系ステンレス鋼材(以下、単に「ステンレス鋼材」と記す。)は、C、Crを主成分として含有し、金属組織としてはフェライト相を主体とする組織であり、以下に示す化学組成を有している。
さらに、本発明のステンレス鋼材は、拡散接合および溶接される成形品、例えば熱交換器、機械部品、燃料電池部品、家電製品部品、建材、プラント部品、装飾品構成部材などの用途に好適なフェライト系ステンレス鋼材を提供する。フェライト相を有するステンレス鋼材として、熱膨張係数が小さく、特に大型の機械部品、建材、プラント用途に好適である。
【0012】
従来、ステンレス鋼材は、接合率を高めるために高温でオーステナイト相とフェライト相の二相を得るために、C、N、Ni、Mn、Cuなどのオーステナイト生成元素を活用する必要がある。しかし、これら金属元素やステンレス鋼材のコストおよび生産性の観点からCを活用することが最も好ましいが、Cr炭化物を形成して耐食性が劣化しやすい一面がある。
本発明は、拡散接合の冷却中にCr炭化物が生成されることは避けられないこととした上で、Cr炭化物が生じてもその周囲にCr欠乏層が生成されるのを防止した。そのために、本発明のステンレス鋼材は、高温でオーステナイト相をフェライト相とCr炭化物に分解させることを知見し、Cを積極活用する化学組成にしている。これにより、優れた拡散接合性が得られ、不働態化が容易であり、さらに、拡散接合後も耐食性を劣化させないステンレス鋼材を提供することが可能になった。
以下に、本発明のフェライト系ステンレス鋼材を具体的に説明する。
【0013】
(化学組成)
以下に、各必須添加元素の限定理由について説明する。なお、以下の化学組成の各成分の説明では、「質量%」を単に「%」として示している。
【0014】
(C:0.060%以上0.120%以下)
C(炭素)は、オーステナイト生成元素であり、拡散接合温度でオーステナイト相を得るために有効である。ただし、拡散接合法における熱処理の冷却中に、Cr炭化物を形成し、鋭敏化を生じない場合でも耐食性を劣化させる要因となるためC含有量の上限は、0.120%とする。
拡散接合温度でオーステナイト相を安定化させる上、適切に活用することでCr炭化物を高温で析出させ、その周囲でのCr欠乏を抑制することに活用できる。その効果を得るために、C含有量は0.060%以上の添加が必要である。好ましくは0.075%以上、0.095%未満である。
なお、Cr炭化物と特に記載した場合は別として、Cr23、Cr等の量比にかかわらずCrとCの化合物のすべてを含んでいる。また、炭化物とは、Cと金属元素1種以上が結合して形成されたものであり、CとNと金属元素とが結合した炭窒化物も含まれる。
【0015】
(Si:0.20%以上1.00%以下)
Si(シリコン)は、フェライト生成元素であり、ステンレス鋼材の製造工程での脱酸剤として有効な元素である。また、フェライト相に多く固溶し、フェライト相の強度を上昇させる作用を有する。同じく脱酸剤として利用されるAlに比べて、拡散接合雰囲気での皮膜形成とそれによる接合性低下を起こしにくいため、本発明の主要な脱酸材であり、Si含有量は0.20%以上添加する。ただし、過剰な添加はステンレス鋼材を硬質化させ加工性を低下させること、拡散接合法における処理中にSi酸化皮膜を形成し、接合性の低下を招くことから、Si含有量は1.00%以下とする、好ましくは0.80%以下とする。
【0016】
(Mn:0.01%以上1.50%以下)
Mn(マンガン)は、オーステナイト生成元素であり、拡散接合実施時の処理温度でオーステナイト相をフェライト相と共存させることができる。その効果を得るため、Mn含有量は0.01%以上添加する。しかし、過剰なMnの添加は耐食性劣化の原因となること、拡散接合法の処理中にMn酸化皮膜を形成し接合性の低下を招くことから、Mn含有量は1.50%以下、好ましくは1.00%以下とする。
【0017】
(P:0.040%以下)
P(リン)は、固溶強化に寄与する元素である一方で、耐食性を劣化させる。そのため、P含有量は、低いほど好ましい。したがって、P含有量は、ステンレス鋼材の耐食性、靭性を劣化させるため0.040%以下に制限される、好ましく0.035%以下にする。
【0018】
(S:0.015%以下)
S(硫黄)は、孔食の起点となりやすいMnSを形成して耐食性を阻害する元素である。また、オーステナイト相の粒界にSが偏析した場合、熱間加工性が低下する。そのため、S含有量は、低いほど好ましい。したがって、S含有量は、0.015%以下にする、好ましく0.010%以下にする。
【0019】
(Ni:0.01%以上1.00%以下)
Ni(ニッケル)は、強力なオーステナイト生成元素であり、拡散接合実施時の処理温度でオーステナイト相を存在させる上で有効である。ただし、高価な元素であること、過剰に添加すると低温域までオーステナイト相が安定的に存在し、比較的低温でCr炭化物が析出し粒界でのCr欠乏の原因ともなることから、Ni含有量は0.01%以上1.00%以下の範囲、好ましくは0.01%以上0.80%以下の範囲とする。
【0020】
(Cr:15.0%以上17.5%以下)
Cr(クロム)は、強力なフェライト生成元素であり、不働態皮膜の主要構成元素であり、孔食や隙間腐食などの局部腐食に対する抵抗力の増大をもたらす。熱交換器、燃料電池部品、建材、プラント部品等で一般的にフェライト系ステンレス鋼材に期待される耐食性を得るため、15.0%以上、好ましくは16.0%以上のCr含有量とする。ただし、Cr含有量が多くなると高温でオーステナイト相を得るためC、N、Ni、Mn、Cuなどのオーステナイト生成元素を多く必要とするため機械的性質の低下を招き、かつコストを増大させる要因となる。本発明ではCr含有量を17.5%以下、好ましくは17.0%以下とする。
【0021】
(Al:0.001%以上0.10%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸剤として有効な元素であり必要に応じて添加することができるが、拡散接合法の処理中にステンレス鋼表面にAl酸化皮膜を形成して拡散接合性の低下を招くことから0.10%以下、好ましくは0.03%以下とする。なお、ステンレス鋼材の製造工程における生産の安定性から、少なくとも0.0001%以上とする。
【0022】
(N:0.030%以下)
N(窒素)は、Cと同様に、オーステナイト生成元素であり、金属組織中のオーステナイト相の体積率を大きくする作用を有する。また、Nの含有量が多いと、拡散接合時の処理温度からの冷却中にCr窒化物の生成を招き、フェライト相にCr欠乏層を形成して粒界腐食を引き起こす要因となることがある。また、一定量以上のNを添加しても、フェライト相とマルテンサイト相等の体積率や機械的強度へ寄与する程度が飽和することに加えて、形成されたCr窒化物の増加により機械加工性の低下を招くようになる。さらに、Cr窒化物はCr炭化物よりも低温で生じるため、高温で析出させることでCr欠乏を回復することが難しいことから、N含有量は0.03%以下に制限される、好ましく0.02%以下にする。
【0023】
次に、各任意添加元素の限定理由について説明する。
【0024】
(Cu:0.01%以上2.0%以下)
Cu(銅)は、オーステナイト生成元素であり拡散接合時の処理温度でのオーステナイト相の存在量を確保するために有効である。このためCuは、必要に応じて任意に添加することができる。その場合、さらにSnとの複合添加によって拡散接合性の向上効果がある。これは拡散接合の途中工程において一時的に低融点化合物であるCuSn相が微細析出し、液相状態となって拡散接合性を高めるためであると考えられる。CuSn相はその後拡散して接合後の組織、特性への影響は及ぼさない。これら効果を得るために、Cu含有量は0.01%以上、多くとも0.2%以上にする。ただし多量のCu含有はεCu相の析出を招き耐食性低下の要因となる。Cuを添加する場合は2.0%以下、好ましくは1.5%以下の範囲とする。
【0025】
(Sn:0.001%以上0.1%以下)
SnはCuとの複合添加によって拡散接合性の向上に効果があり、必要に応じて添加することができる。これは拡散接合の途中工程において一時的に低融点化合物であるCuSn相が微細析出し、液相状態となって拡散接合性を高めるためであると考えられる。CuSn相はその後拡散して接合後の組織、特性への影響は及ぼさない。これら効果を得るためには0.001%以上のSn含有量を確保する。ただし多量のSnの添加は熱間加工性の低下を招くことから、Sn含有量を0.1%以下とする。
【0026】
(Mo:1.0%以下)
Mo(モリブデン)は、フェライト生成元素であり、Crとともに引張強度を低下させることなく耐食性を向上させる作用を有する。他方、Moが過多であると、機械加工性の低下を招くことがある。したがって、Mo含有量は、1.0%以下にする、好ましく0.5%以下にする。
【0027】
(Nb:0.2%以下)
Nb(ニオブ)は、結晶粒の粗大化を抑制する作用があり、必要に応じて添加しても良い。ただし、Cと結合してNbCを形成して固溶Cを低減させるため、高温でのオーステナイト相の量を減らし、NbCとして存在するC分として概ね12/92.9×Nb質量%のC分だけΔG800値の変動要因となることからその0.2%を上限、好ましくは0.1%以下とする。
【0028】
(Ti:0.1%以下)
Ti(チタン)は、Nと結合してTiNを形成するため、固溶Nを減らす狙いで必要に応じて拡散接合中にステンレス鋼表面にTi酸化皮膜を形成して拡散接合性の低下を招くことから0.1%以下、好ましくは0.03%以下とする。
【0029】
(V:0.5%以下)
V(バナジウム)は、Crとともに引張強度、機械加工性を低下させることなく耐食性を向上させる作用を有する。また、固溶しているCを炭化物として固定することにより、機械加工性の向上に寄与する元素である。他方、多過ぎると、ステンレス鋼材を硬化させ製造性の低下を招くことがある。したがって、V含有量は、0.5%以下にする、好ましく0.3%以下にする。
【0030】
(B:0.0001%以上0.01%以下)
B(ボロン)は、微量の添加で高温での粒界強度を向上させ、熱間加工性の向上等に有効である。このため本発明では必要に応じてBを添加することができる。その作用を十分に得るには0.0001%以上のB含有量を確保することが効果的である。しかし過剰のB添加は硼化物の形成を招き、却って高温での変形能を低下させる要因となる。B含有量は0.01%以下に制限される。
【0031】
(W:0.5%以下)
W(タングステン)は、ステンレス鋼材の耐熱性を向上させる元素である。W含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、W含有量の上限は、0.5%、好ましくは0.3%にする。一方、W含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%である。
【0032】
(Co:0.5%以下)
Coは、ステンレス鋼材の高温強度を向上させる元素である。Co含有量が多すぎると、製造コストの上昇につながる。そのため、Coの含有量の上限は、0.5%、好ましくは0.3%にする。一方、Co含有量の下限は、特に限定されないが、好ましくは0.01%、より好ましくは0.05%である。
【0033】
(Ca:0.03%以下、Mg:0.03%以下)
その他、Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)は、いずれも脱酸作用を有する元素であり、必要に応じて、0.03%以下で添加して良い。
【0034】
(Sb:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Ta:0.03%以下、Hf:0.03%以下、REM:0.2%以下)
Sb(アンチモン)、Zr(ジルコニウム)、Ta(タンタル)、Hf(ハフニウム)およびREM(希土類)はいずれも、熱間加工性を改善すると共に、耐酸化性にも有効な元素である。必要に応じて、0.5%以下のSb、0.5%以下のZr、0.03%以下のTa、0.03%以下のHf、および0.2%以下のREM で添加して良い。なお、REM(希土類金属)は、Ce、Pr、Sm等のランタノイド系列、アクチノイド系列の希土類金属及びこれらの複合した金属を示している。
【0035】
(残部はFeおよび不可避的不純物)
残部はFeおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、例えばAsなどが挙げられるが、ここで不可避的不純物とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0036】
(金属組織)
図1は、本発明のステンレス鋼材の金属組織を示す図であり、(a)は拡散接合時の処理温度(例えば1000℃)における金属組織を示す図であり、(b)は拡散接合処理を施してから冷却した後における金属組織を示す図である。
従来、ステンレス鋼材は、接合率を高めるために高温でオーステナイト相とフェライト相の二相にして、C、N、Ni、Mn、Cuなどのオーステナイト生成元素を活用している。本発明のステンレス鋼材は、拡散接合処理をする高温域でCr濃度が相対的に高いフェライト相と、Cr濃度が相対的に低くかつC濃度が相対的に高いオーステナイト相との二相が適正な面積割合になるように調整する。
【0037】
オーステナイト相は冷却中に一部あるいは全てがフェライト相とCr炭化物に分解する。冷却中に600~700℃の温度域を通過する際にオーステナイト相が残存するとその温度で新たに粒界にCr炭化物が析出した際にCr欠乏が起こり、耐食性が著しく低下する。一方、700℃以上の比較的高温域で分解が進むと拡散速度が速くCr炭化物の周囲のCr欠乏、それに伴う耐食性低下が生じにくい。そのようにオーステナイト相とが分解してできた組織が図1(b)であり、本発明は成分設計により安定的にこのような組織制御することを狙ったものである。
本発明のステンレス鋼材は、温度域600~700℃の範囲を通過する際には、オーステナイト相を無くすために、高温域でオーステナイト相がフェライト相とCr炭化物に変態させる駆動力を、化学組成から導き出される自由エネルギーG(英語:Gibbs free energy:「ギブズの自由エネルギー」を表している。)で制御している。これにより、本発明のステンレス鋼材は、優れた拡散接合性が得られ、さらに、接合後に耐食性を低下させないフェライト系ステンレス鋼材を提供することが可能になった。
【0038】
(γp値)
本発明のステンレス鋼材は、拡散接合法及び溶接法の実施可能な温度領域でのオーステナイト相の金属組織中における体積量をγp値として制御し、かつ、常温におけるフェライト相における炭化物相の析出状態を制御している。
なお、それぞれの金属組織において、オーステナイト相、フェライト相、マルテンサイト相、炭化物相が、本発明のステンレス鋼材の効果を阻害しない程度に含まれることを許容している。
【0039】
発明者らは、オーステナイト相のγp値に及ぼす影響力の大きい金属元素のC、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、Ti、Al、Nの含有量を変動させたステンレス鋼材を作製し、さらに、溶融する温度を考慮に入れて、γp値を導き出す下記式(1)を作成した。
式(1):γp値=420{C}-11.5{Si}+7{Mn}+23{Ni}-11.5{Cr}-12{Mo}+9{Cu}-49{Ti}-47{Nb}-52{Al}+470{N}+189
ただし、式(1)の右辺中の元素記号は、前記化学組成中に含まれる各元素の含有量(質量%)を示している。式(1)の右辺中のMo、Cu、NbおよびTiは、含まれない場合は、{Mo}、{Cu}、{Nb}および{Ti}は、0質量%を代入する。
【0040】
ここで、γp値は、1100℃程度に加熱保持した場合に生成するオーステナイト相の体積量(体積%)を表す指標である。γp値が100以上の場合はオーステナイト相単相となる鋼種であるとみなすことができ、γp値が0以下の場合はフェライト相単相となる鋼種であるとみなすことができる。
したがって、各必須添加元素、任意添加元素が、それぞれFe中でオーステナイト相を形成する作用を有するオーステナイト形成元素であれば、正(+)の符号と、その作用の強度によって係数が決定される。または、各必須添加元素、任意添加元素が、フェライト相を形成する作用を有するフェライト形成元素であれば、負(-)の符号と、その作用の強度によって係数が決定される。
本発明のステンレス鋼材は、γp値が30以上70以下であると、拡散接合が進行する温度域でオーステナイト相とフェライト相の二相となり、この金属組織が互いに高温下での結晶粒成長を抑制するため、微細結晶組織を得るのに有効である。γp値が35以上65以下であるとさらに好ましい。
また、本発明のステンレス鋼材は、オーステナイト相とフェライト相の平均結晶粒径は20μm以下、好ましくは10μm以下にする。これにより、オーステナイト相とフェライト相のγp値の制御を容易にすることができる。ただし、平均結晶粒径は5μm以上とする。ステンレス鋼材を5μm未満にすると生産性が低下する。
【0041】
γp値が、30未満の場合はオーステナイト相が少なく、ピン止め効果が不十分となりフェライト相の粒径が粗大化する。γp値が、70超の場合はフェライト相が少なくピン止め効果が不十分となりオーステナイト相が粗大化し、粒界すべりが抑制され、拡散接合性が低下することを把握した。
なお、従来の拡散接合用のフェライト系ステンレス鋼材における金属組織の制御では、オーステナイト相のγp値量が10~90、すなわち第二相が10%存在すれば結晶粒径を微細制御できるとみなしている。しかし、本発明のステンレス鋼材では35%の第二相が必要となった。従来の拡散接合用のフェライト系ステンレス鋼材では拡散接合前の段階で複相組織化し、結晶粒径を20μm以下としているが、本発明では加工性にも優れる通常の焼鈍組織を対象としていることから、同じように、粒径制御のためには従来の拡散接合用のフェライト系ステンレス鋼材よりも多くの第二相を必要としている。
【0042】
(ΔG800値)
さらに、本発明のステンレス鋼材は、拡散接合後の耐食性を得るために、下記式(2)で表されるΔG800値を調整し、ΔG800値が-12.0以下にすることで、Cr炭化物が析出する金属粗組織を制御して、Cr欠乏層の発生を抑えることができる。
式(2)は、以下のステップ(i)、(ii)、(iii)により作成した。
ステップ(i):ステンレス鋼材の化学組成から、1000℃において存在するオーステナイト相とフェライト相における化学組成を計算する。
ステップ(ii):計算したオーステナイト相の化学組成のまま、800℃になった時の自由エネルギーGγを計算する。次に、計算したオーステナイト相の化学組成で、フェライト相とCr炭化物に変態した時の800℃における自由エネルギーGαを計算する。次に、由エネルギーGαから自由エネルギーGγを引くことで、ΔG800値を計算する。
ステップ(iii):次に、化学組成の値を変えて、ステップ(i)、ステップ(ii)の計算を行い、化学組成とΔG800値の関係を整理し、成分回帰式にまとめることで、式(2)を作成する。
式(2):ΔG800値=-415{C}+2570{N}-16.4{Si}+46.6{Mn}-15.0{Cr}+59.5{Ni}+39.4{Cu}-111{Al}+180
ただし、式(2)の右辺中の元素記号は、前記化学組成中に含まれる各元素の含有量(質量%)を示している。また、式(2)の右辺中のCuを含まない場合は、{Cu}に0質量%を代入する。
式(2)は、各必須添加元素、任意添加元素が、それぞれFe中で、Cr炭化物の形成を促進する元素であれば、負(-)の符号と、その作用の強度によって係数が決定される。また、各必須添加元素、任意添加元素が、Cr炭化物の形成を抑制する元素であれば、正(+)の符号と、その作用の強度によって係数が決定される。
【0043】
発明者は、本発明の化学組成を有するステンレス鋼材において、800℃におけるオーステナイト相とフェライト相とCr炭化物の自由エネルギーに及ぼす成分の影響について検討し、金属組織を制御することができるΔG800値を見出した。ΔG800値は、平均組成から高温でフェライト相とオーステナイト相の二相となった際の、オーステナイト相中の成分分配まで考慮した800℃でのオーステナイト相の化学組成における自由エネルギーと、フェライト相とCr炭化物の化学組成における自由エネルギーの差を表している。ΔG800値は、自由エネルギーの変化が負であれば自発的に化学反応が起こるが、その値が大きいほど、化学反応が激しくなる。
【0044】
拡散接合温度ではオーステナイト相とフェライト相に二相組織のステンレス鋼材が、冷却中にオーステナイト相はフェライト相とCr炭化物(主に、Cr23から構成されている。)に変態する。自由エネルギー的には温度が低いほどフェライト相とCr炭化物が安定であるが、温度が低いほど拡散速度が遅くなる。概ね700℃以下までオーステナイト相が存在し、その温度域でフェライト相とCr炭化物への変態が起こる場合は、拡散速度が速い結晶粒界でCr炭化物が多く析出し、その周囲でCr欠乏が生じ、耐食性が低下する。図2は、拡散接合後で、耐食性が劣化した従来の金属組織の一例を示している。
【0045】
一方、800℃程度で自由エネルギーが、フェライト相とCr炭化物が安定になるような化学組成を調整し、ΔG800値の制御を行うと、700℃まで冷却された時点でオーステナイト相が存在しなくなり、したがって結晶粒界でのCr炭化物析出とそれに伴うCr欠乏を回避できることもわかった。800℃程度でCr炭化物は析出するものの、その温度では拡散速度が速いこともあってその周囲でのCr欠乏も生じないことから良好な耐食性が得られる。
【0046】
したがって、800℃でのオーステナイト相の化学組成における自由エネルギーと、フェライト相とCr炭化物の化学組成における自由エネルギーの差を表しているΔG800値が-12.0以下であれば800℃の高温でオーステナイト相がフェライト相とCr炭化物に自然に変態し、良好な耐食性が得られる。好ましくは-20以下とする。なお、ΔG800値の下限値は、特に限定されないが、ΔG800値が小さくなるにしたがいCの含有量が大きくなることから、Cの上限値として限定される。ただし、ΔG800値の下限値は、-60以上であることが好ましい。
【0047】
図1(b)に示すように、本発明のステンレス鋼材では、高温領域でオーステナイト相であった結晶粒は、マルテンサイト変態ではなく、フェライト相とCr炭化物に変態させている。このときに、オーステナイト相の結晶粒内のCは、結晶粒界に拡散することなく、結晶粒内でCr炭化物を形成することで、Cr欠乏層の形成を抑制している。これにより、腐食環境に対して鋭敏化することなく、拡散接合等の熱処理の影響を受けない従来のフェライト系ステンレス鋼材と同等の耐食性を得ることができる。
【0048】
(ステンレス鋼材の製造方法)
本発明のステンレス鋼材の製造方法を以下に説明する。
フェライト系ステンレス鋼材の一般的な製造工程でよい。連続鋳造によって製造したスラブを1100~1300℃に加熱した後、熱間圧延を施して熱延鋼帯とする。熱延鋼帯を焼鈍した後酸洗、あるいは焼鈍することなく酸洗する。焼鈍を施す場合は700~1000℃程度の連続焼鈍あるいは600~900℃のバッチ焼鈍が好ましい。酸洗後、所定板厚まで冷間圧延し、その後仕上焼鈍を行う。仕上焼鈍温度は700~1000℃の範囲、好ましくは800~950℃。また最終板厚が薄い場合など、必要に応じて仕上焼鈍の前に、中間焼鈍および中間圧延を行ってもよい。さらに仕上焼鈍を省略し冷間圧延したままの状態で拡散接合用途に供しても良い。
【0049】
(接合方法)
本発明のステンレス鋼材は、インサート溶接材を用いないで、直接法による拡散接合法に用いられる。このステンレス鋼材は、拡散接合が進行する温度領域では、フェライト相およびオーステナイト相が互いに高温下で生じる結晶粒成長を抑制することで、微細な組織を維持し、粒界すべりを起因するクリープ変形が容易に生じさせる。その結果、接合面の凹凸部において変形が容易に促進され拡散接合が可能となる。さらに、Cu、Snを含有させることで、結晶粒界の滑りやすさを良好にすることで、また、過剰な粒界滑りを抑えることで、拡散接合法による材料の変形を防止し、接合した時に優れた強度を得ることができる。
【0050】
また、本発明のステンレス鋼材は、具体的に本発明のステンレス鋼材同士を直接に拡散接合法として、例えば、接触面圧0.1~1.0MPaで直接接触させた状態とし、圧力1.0×10-3Pa以下、好ましくは1.0×10-4Pa以下の炉内で、加熱温度は950~1100℃、保持時間は0.5~3hの範囲で加熱保持することにより、拡散接合を進行させる。さらに、本発明のステンレス鋼材は、拡散接合後に、接合温度から2.5℃/分以上で、20℃/分以下の冷却速度で冷却しても、鋭敏化せずにCr欠乏層を生ずることなく、優れた耐食性を得ることができる。冷却速度が2.5℃/分未満では、化学組成によらず鋭敏化を回避することが困難である。また、冷却速度が20℃/分を超えると、化学組成によって安定的に鋭敏化を回避することが難しくなる。
また、本発明のステンレス鋼材は、接合前の平均結晶粒径は、40μm以下が好ましく、25μm以下がより好ましい。平均結晶粒径が細かいほうが、オーステナイト相の変態を迅速に進行させることができる。
【0051】
本発明のステンレス鋼材は、拡散接合法の他に、インサート棒、溶接棒、ろう材等を用いずに、母材自身を溶融してそれを冷却することで接合させる溶接法にも適用する。例えば、TIG法、MiG法、レーザ法、高周波法等に用いる。
【0052】
(拡散接合体)
本発明の拡散接合体は、ステンレス鋼材が拡散接合された拡散接合体であって、拡散接合体のうち少なくとも一方が、上述のフェライト系ステンレス鋼材を用いている。
これにより、拡散接合および溶接される成形品、例えば熱交換器、機械部品、燃料電池部品、家電製品部品、建材、プラント部品、装飾品構成部材などの用途に好適なフェライト系ステンレス鋼材を提供する。従来の二相組織を利用した拡散接合用材の中で、オーステナイト相とフェライト相と二相ステンレス鋼に対して熱膨張係数が小さく、特に大型の機械部品、建材、プラント用途に好適である。
【実施例0053】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0054】
表1は、発明例1~14、比較例1~6に必須添加元素および一部では任意添加元素の含有量を示している。
【0055】
【表1】
【0056】
表1の発明例1~14、比較例1~6の化学組成から、式(1)および式(2)を用いて、γp値とΔG800値を計算した。計算結果を表2に示す。
【0057】
(拡散接合性)
表1に示す成分を有する鋼を溶製、板厚3.5mに熱延し、830℃、8hのバッチ焼鈍後に酸洗し、板厚1.0mmに冷間圧延し、850℃、均熱30秒の仕上焼鈍を行った。
各鋼板から20mm×20mmの平板試験片を取り出し、以下の方法で拡散接合を行った。同一鋼材2枚の試験片を互いに表面同士が接触するように積層した状態とし、2枚の試験片の接触表面に付与される面圧を1MPaとなるよう圧力を加えた状態で、初期真空度1.0×10-3~1.0×10-4Paで1000℃まで約1hで昇温し、その温度で2h保持した後、冷却室に移して冷却した。冷却は900℃まで上記真空度を維持し、その後Arガスを導入して90kPaのArガス雰囲気中で約300℃以下まで冷却速度20℃/分で冷却、その後室温まで冷却した。上記熱処理を終えた積層体について、超音波厚さ計(オリンパス社製;Model35DL)を用いて、20mm×20mmの積層体表面上に3mmピッチで設けた49箇所の測定点において厚さ測定を行った。プローブ径は1.5mmとした。ある測定点での板厚測定値が2枚の鋼材の合計板厚を示す場合には、その測定点に対応する両鋼材の界面位置では原子の拡散によって両鋼材が一体化しているとみなすことができる。一方、板厚測定値が両鋼材の合計板厚に満たない場合には、その測定点に対応する両鋼材の界面位置に未接合部(欠陥)が存在する。
【0058】
加熱処理後の積層体の断面組織と、この測定手法により得られた測定結果との対応関係を調べたところ、測定結果が両鋼材の合計板厚となった測定点の数を測定総数49で除した値(これを、以下「接合率」という。)によって、接触面積に占める接合部分の面積率が精度良く評価できることを確認した。そこで、以下の評価基準で拡散接合性を評価した。
◎:接合率100%(優秀)
○:接合率90~99%(良好)
△:接合率60~89%(やや良好)
×:接合率0~59%(不良)
種々の検討の結果、○評価において拡散接合部の強度が十分に確保され、かつ両部材間のシール性(連通する欠陥を介する気体の漏れが生じない性質)も良好であることから、○評価以上を合格と判定した。
さらに、発明例の結果として示していないが、拡散接合温度を950℃、1050℃、1100℃とした場合に同様の評価を行い、γp値が発明範囲を満たす発明鋼は拡散接合が良好であることを確認した。
【0059】
(孔食電位試験)
ステンレス鋼板の耐食性は、以下の方法で評価した。JIS G0577:2014に準拠した方法で、3.5質量%NaCl水溶液を調製し、当該水溶液を用いて試験を行った。ここでは、3.5質量%NaCl水溶液の温度を30℃とした。試験により得られるアノード分極曲線において、掃引速度20mV/minで電位を上昇させて、電流密度が100μA・cm-2に達したときの電位を孔食電位(V´c100)[V vs SSE]とした。参照電極はAg/AgCl電極(SSE)を用いた。なお、孔食電位測定に用いた試料は上記の拡散接合材(1000℃で2時間保持、20℃/分で冷却)の表面を#600研磨、さらに孔食電位測定直前に#600研磨し測定に供した。焼鈍処理前後の孔食電位差ΔV´c100(焼鈍処理後の孔食電位-焼鈍処理前の孔食電位)が-0.05Vより小さい場合は不働態化せずに、実環境でも耐食性が発揮されないため不適とした。
【0060】
(耐食性試験)
上記の拡散接合条件(1000℃で2時間保持、20℃/分で冷却)と同様の熱履歴となる熱処理を施した素材の表面を#600研磨し、「塩水噴霧、乾燥、湿潤」を繰り返す塩乾湿繰返し試験を用いた耐食性試験にて外観評価を行った。
供試材を切削加工により50mm(板幅方向)×100mm(圧延方向)の矩形に切り出した。耐食性評価に用いる端面(以下、「評価面」という。)を#600まで湿式研磨した後、端面をシリコンシーラントで被覆し、ベークライトの台座に固定して耐食試験用の試験片とした。作製した試験片を塩乾湿繰返し試験に供した。耐食性試験は、35℃の雰囲気で5%NaClを15分噴霧し、次に60℃、相対湿度30%の雰囲気で1時間保持して乾燥、続いて50℃、相対湿度95%の湿潤環境で3時間保持するサイクルを50サイクル繰り返す試験である。塩水噴霧は噴霧量が1.5ml/cm・hとなるよう調整した。耐食性判断は溶接部と母材部の腐食程度を外観から目視することで判断する。
【0061】
評価基準は次のとおりである。
○:耐食性あり
×:耐食性なし
外観で溶接部と母材部の腐食程度に差がない場合は耐食性あり(〇)と、外観で溶接部と母材部の腐食程度に差がある場合は耐食性なし(×)と判断する。
【0062】
図3は、耐食性試験を説明する図であり、(a)は耐食性ありとして発明例1を、(b)は耐食性なしとして比較例3を示している。
図3(a)及び(b)は、それぞれ下側の写真は外観を、上左側は溶接部の金属顕微鏡写真、上右側は同じ部分のEPMA(電子プローブマイクロアナライザー)のCrの分析結果を示している。
図3(a)に示すように、顕微鏡写真では、フェライト相とCr炭化物が見られるが、マルテンサイト相はほとんど観察されない。また、EPMA写真ではCr炭化物も結晶粒界に分散して存在しているのが観察できる。このように、Cr炭化物が分散していることで、腐食環境に対して鋭敏化することがなく、優れた耐食性を有してることが分かる。
これに対して、図3(b)は、試験片の表面に多くの腐食部分が生成されていることがわかる。また、顕微鏡写真では、フェライト相とCr炭化物の他に、マルテンサイト相があることが分かる。また、EPMA写真ではCr炭化物がフェライト相の結晶粒界に沿って存在しているのが観察できる。これにより、腐食環境に対して鋭敏化し、耐食性を有していないことが分かる。
【0063】
(評価結果)
表2は、発明例1~14と比較例1~6の拡散接合性試験、孔食電位試験、耐食性試験の評価結果を示している。
図4は、発明例1~14と比較例1~6のγp値とΔG800値との関係を示す図である。
発明例1~14は、全て、本発明のγp値とΔG800値とで規定している範囲内にあることが分かる。比較例2はΔG800値は低いものの、C量が多いためCr炭化物の総量が多くなったことで耐食性が劣ったと考えられる。
【0064】
【表2】
【0065】
発明例1~14は、化学組成および式(1)で示すγp値と式(2)でΔG800値が本発明の範囲内にあることで、拡散接合性が「〇」以上であり、孔食電位が100mV以上で不働態化している。さらに、耐食試験でも、「〇」以上であった。
【0066】
一方、比較例1は、γp値は本発明の範囲内にあり、拡散接合性は「◎」である。しかし、化学組成およびΔG800値は本発明の範囲外にあり、孔食電位は測定できず不働態化を示さなかった。さらに、耐食性も「×」であった。
【0067】
比較例2は、γp値は本発明の範囲内にあり、拡散接合性は「◎」である。しかし、ΔG800値は本発明の範囲外で低く、Cr炭化物が高温で析出するものの、その総量が多いことで耐食性が劣化し、不働態化を示さなかった。さらに、耐食性も「×」であった。
【0068】
比較例3および4は、γp値は本発明の範囲内にあり、拡散接合性は「〇」以上である。しかし、化学組成およびΔG800値は本発明の範囲外で高く、孔食電位は測定できず不働態化を示さなかった。さらに、耐食性も「×」であった。
【0069】
比較例5は、ΔG800値は本発明の範囲外であったが、不働態化を示している。耐食試験でも、「〇」以上であった。しかし、γp値は本発明の範囲外で低く、拡散接合性は「×」である。
【0070】
比較例6は、ΔG800値は本発明の範囲外であったが、不働態化を示している。耐食試験でも、「〇」以上であった。しかし、γp値は本発明の範囲内にあるが、化学組成でAl含有量が多く接合時にAl酸化膜が形成され拡散接合性を阻害していることで、拡散接合性は「×」である。
【0071】
これらの発明例1~14および比較例1~6の結果から、本発明の目標とした拡散接合性、孔食電位、耐食性を満足するためには、本発明で規定する化学組成の範囲と、γp値が30以上70以下で、ΔG800値が-12.0以下を満足する必要があることがわかった。
図1
図2
図3
図4